IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社東京鐵骨橋梁の特許一覧

<>
  • 特許-傾斜狭開先溶接工法 図1
  • 特許-傾斜狭開先溶接工法 図2
  • 特許-傾斜狭開先溶接工法 図3
  • 特許-傾斜狭開先溶接工法 図4
  • 特許-傾斜狭開先溶接工法 図5
  • 特許-傾斜狭開先溶接工法 図6
  • 特許-傾斜狭開先溶接工法 図7
  • 特許-傾斜狭開先溶接工法 図8
  • 特許-傾斜狭開先溶接工法 図9
  • 特許-傾斜狭開先溶接工法 図10
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-30
(45)【発行日】2024-09-09
(54)【発明の名称】傾斜狭開先溶接工法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/02 20060101AFI20240902BHJP
   B23K 9/00 20060101ALI20240902BHJP
   B23K 33/00 20060101ALI20240902BHJP
【FI】
B23K9/02 G
B23K9/00 101F
B23K33/00 Z
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2024106964
(22)【出願日】2024-07-02
【審査請求日】2024-07-23
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】592173124
【氏名又は名称】日本ファブテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100140718
【弁理士】
【氏名又は名称】仁内 宏紀
(72)【発明者】
【氏名】上野 康雄
(72)【発明者】
【氏名】奥村 泰輔
(72)【発明者】
【氏名】山田 浩二
(72)【発明者】
【氏名】高野倉 正三
【審査官】柏原 郁昭
(56)【参考文献】
【文献】特開昭57-085675(JP,A)
【文献】特開昭52-032839(JP,A)
【文献】特開平08-206827(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/02
B23K 9/00
B23K 33/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭酸ガスアーク溶接を使用して傾斜させて溶接する傾斜狭開先溶接工法であって、
横向き溶接の狭開先を下板側の下側開先角度を水平より上向きに35度~45度に設定する工程と、
上板側の上側開先角度を前記下側開先角度より2度~5度の範囲で大きく設定する工程と、
前記狭開先のルートギャップを9mm~12mmの範囲に設定する工程と、
を有し、
前記下板及び前記上板に取り付けられ、前記上板の開先面下端部を位置決めするとともに開先角度および前記ルートギャップを設定し、溶融金属の溶落ちを防止する溶落ち防止部材が設けられ、
前記狭開先内に溶接ワイヤを送り出すワイヤ孔を有するコンタクトチップを挿入し、前記コンタクトチップをノズル軸回りに回転させずに前記下板と前記上板を、開先内部を一層1パス施工により溶接を行う傾斜狭開先溶接工法。
【請求項2】
前記コンタクトチップを備えたトーチは、水平方向に移動可能に設けられている、請求項1に記載の傾斜狭開先溶接工法。
【請求項3】
前記コンタクトチップにおける溶接の初層の狙い位置を下側開先とする、請求項1に記載の傾斜狭開先溶接工法。
【請求項4】
前記コンタクトチップは、外径6mmに設定され、耐熱絶縁テープが巻き付けられる、又はセラミック管に挿入されることで絶縁されている、請求項1に記載の傾斜狭開先溶接工法。
【請求項5】
前記コンタクトチップを備えたトーチは、上下方向および前後方向の移動距離が30cmである溶接装置に搭載され、
前記トーチは、前記コンタクトチップの水平方向に沿う移動速度が15cm/分~65cm/分に設定され、トーチ角度が0度~50度、後退角度が0度~10度である、請求項1乃至4のいずれか1項に記載の傾斜狭開先溶接工法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、傾斜狭開先溶接工法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、炭酸ガスアーク溶接において、横向き溶接における被溶接部材の位置決め時間と溶接時間を短縮するとともに溶接欠陥を低減する横向き溶接工法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
特許文献1には、横向き溶接における開先を下板側の開先角度を水平より上向きに35度~55度とし、上板側の開先角度を下板側と平行にして、開先断面積を減少させ、この開先内に偏心孔を有するコンタクトチップを挿入し、コンタクトチップを回転してコンタクトチップを通過する溶接ワイヤの先端を回転させてア-クを高速回転して1層1パスで溶接する方法について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平8-206827号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の炭酸ガスアーク溶接を使用した横向き溶接工法では、35°レ形開先の多パス溶接で行われることが一般的であることから、溶接量を抑え、より効率よく溶接することができ、かつ溶接欠陥を削減することができる溶接方法が求められており、その点で改善の余地があった。
【0005】
本発明は、このような事情に考慮してなされたもので、その目的は、下向き溶接で、溶接量を抑え、かつ高温割れの発生を防止しつつ開先内部を一層1パス施工による1パス溶接を可能とすることで、効率よく溶接欠陥を抑制した健全な溶接を行うことができる傾斜狭開先溶接工法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)本発明に係る傾斜狭開先溶接工法の態様1は、炭酸ガスアーク溶接を使用して傾斜させて溶接する傾斜狭開先溶接工法であって、横向き溶接の狭開先を下板側の下側開先角度を水平より上向きに35度~45度に設定する工程と、上板側の上側開先角度を前記下側開先角度より2度~5度の範囲で大きく設定する工程と、前記狭開先のルートギャップを9mm~12mmの範囲に設定する工程と、を有し、前記下板及び前記上板に取り付けられ、前記上板の開先面下端部を位置決めするとともに開先角度および前記ルートギャップを設定し、溶融金属の溶落ちを防止する溶落ち防止部材が設けられ、前記狭開先内に溶接ワイヤを送り出すワイヤ孔を有するコンタクトチップを挿入し、前記コンタクトチップをノズル軸回りに回転させずに前記下板と前記上板を、開先内部を一層1パス施工により溶接を行う傾斜狭開先溶接工前記下板及び前記上板に取り付けられ、前記上板の開先面下端部を位置決めするとともに開先角度および前記ルートギャップを設定する裏当て金が設けられ、前記狭開先内に溶接ワイヤを送り出すワイヤ孔を有するコンタクトチップを挿入し、前記コンタクトチップをノズル軸回りに回転させずに前記下板と前記上板を、1パス施工により溶接を行うことを特徴としている。
【0007】
本発明に係る傾斜狭開先溶接工法の態様1によれば、下板側の下側開先角度を水平より上向きに35度~45度に設定し、狭開先のルートギャップを9mm~12mmの範囲に設定することで開先内部(板厚内部)では下向き溶接となり、表面付近では横向き溶接となり、溶接作業が容易になる。さらに、このように溶接条件を設定することで、開先断面積が小さくなって溶接量を抑えることができ、かつ高温割れの発生を防止でき、一層1パス溶接を可能とすることができる。
また、本発明では、上側開先角度が下側開先角度より2度~5度の範囲で大きく設定されて狭開先になっているので、開先先端部での狙い位置の視認性が好適となる。さらに狭開先内におけるコンタクトチップの可動領域の自由度を確保でき、溶接の作業性を高めることができる。また、上側開先角度が下側開先角度よりも5度より大きくなる場合のように溶接量が増えることを抑制できるため、溶接ワイヤ、炭酸ガスおよび電気の使用量を低減することができる。
【0008】
このように、上述した溶接条件で施工することにより開先内を一層1パス溶接を可能とすることで、多パスで溶接する場合に比べて、溶接時間の短縮を図ることができ、効率よく溶接欠陥を抑制した健全な溶接を行うことができ、高品質な溶接を行うことができる。そのため、鋼構造建築の柱、鋼構造橋梁の脚、あるいは鋼構造塔等の工場溶接及び現場溶接工事において好適な溶接方法となる。
【0009】
また、本発明では、従来の35°レ形開先の横向き溶接電流(例えば240A~300A、φ1.4mm)に比べ、本発明の下向き開先溶接(φ1.4mm)では、365A程度まで上昇させることができ、効率よく溶接することができる。
また、上述したように溶接作業の効率化を図ることができることから、溶接作業にかかる施工時間を短縮でき、生産量を増加することができる。
さらに、溶接作業が容易で簡単になるので、溶接作業者に高度の技量が不要となり、必要としない。
さらにまた、本発明では、一般的な裏当て金を使用して溶接を行うことができ、例えば二分割され、それぞれが上板および下板に固定するといった複雑な構成にする必要がなく、溶接作業の簡易化を図ることができる。
また、本発明では、コンタクトチップをノズル軸回りに回転させる必要がなく、一般的な溶接機を使用して溶接作業を行うことが可能である。そのため、コンタクトチップを回転させるための複雑な機構を有する溶接装置となることがなく、また溶接時の動作管理も容易であり、高品質な溶接を行うことができる。
【0010】
(2)本発明の態様2は、態様1の傾斜狭開先溶接工法において、前記コンタクトチップを備えたトーチは、水平方向に移動可能に設けられていることが好ましい。
【0011】
この場合には、トーチを水平に移動させることにより、狭開先のためにガスシールド不足となって発生するブローホールを防止することができる。
【0012】
(3)本発明の態様3は、態様1又は態様2の傾斜狭開先溶接工法において、前記コンタクトチップにおける溶接の初層の狙い位置を下側開先とすることが好ましい。
【0013】
この場合には、開先底部における狭開先となる鋭角的なルート部において初層の狙い位置を下側開先とすることで、より健全な溶込みを達成することができる。
【0014】
本発明の態様4は、態様1から態様3のいずれか一つの傾斜狭開先溶接工法において、前記コンタクトチップは、外径6mmに設定され、耐熱絶縁テープが巻き付けられる、又はセラミック管に挿入されることで絶縁されていることを特徴としてもよい。
【0015】
この場合には、狭開先の内部に挿入するコンタクトチップが開先面と接触して短絡することを防止できる。
【0016】
(5)本発明の態様5は、態様1から態様4のいずれか一つの傾斜狭開先溶接工法において、前記コンタクトチップを備えたトーチは、上下方向および前後方向の移動距離が30cmである溶接装置に搭載され、前記トーチは、前記コンタクトチップの水平方向に沿う移動速度が15cm/分~65cm/分に設定され、トーチ角度が0度~50度、後退角度が0度~10度であることを特徴としてもよい。
【0017】
この場合には、溶接装置に設けられるトーチの可動条件を上記のように設定することにより、上述した形状の狭開先内を効率よく溶接することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る傾斜狭開先溶接工法によれば、下向き溶接で、溶接量を抑え、かつ高温割れの発生を防止しつつ開先内部を一層1パス施工による溶接を可能とすることで、効率よく溶接欠陥を抑制した健全な溶接を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の実施形態による傾斜狭開先溶接工法を示す模式的な断面図である。
図2図1に示す狭開先の断面形状を説明するための図である。
図3図1に示す狭開先の断面形状を説明するための図であって、溶接した状態を示す図である。
図4図3において、溶接前の狭開先の断面形状を説明するための図である。
図5】第1実施例の開先形状を示す断面図であって、(a)は比較例の図、(b)は実施例の図である。
図6】第1実施例の結果を示す図であって、鋼板の板厚と開先断面積との関係を示す図である。
図7】(a)~(c)は、第2実施例による試験例1~3の溶接状態を模式的に示した断面図である。
図8】(a)~(c)は、第2実施例による試験例4~6の溶接状態を模式的に示した断面図である。
図9】(a)~(c)は、第2実施例による試験例1~3の溶接断面の写真である。
図10】(a)~(c)は、第2実施例による試験例4~6の溶接断面の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明に係る傾斜狭開先溶接工法の実施形態について図面を参照して説明する。なお、各図面において、各構成部材を視認可能な大きさとするために必要に応じて各構成部材の縮尺を適宜変更している場合がある。
【0021】
図1図4に示すように、本実施形態の傾斜狭開先溶接工法は、母材である鋼板5の狭開先50において、溶接装置1を用い、炭酸ガスアーク(MAG)溶接を使用して傾斜させて板厚内部を1層1パス施工により溶接を行う方法である。
【0022】
本傾斜狭開先溶接工法は、鋼板5として、例えば橋梁に使用される橋脚に好適に採用することができ、このような橋脚における現場溶接部の溶接に対して高い適用性をもつ。鉄橋では、柱の現場溶接部、柱の角溶接部(工場)に高い適用性がある。鋼板5は、下板5Aと上板5Bとを有する。本溶接方法では、下板5Aと上板5Bとの間の狭開先50を溶接することで、下板5Aに対して上板5Bを接合した溶接継手とする方法である。
【0023】
本実施形態による傾斜狭開先溶接工法は、横向き溶接の狭開先50を下板5A側の下側開先角度θを水平より上向きに35度~45度に設定する工程と、上板5B側の上側開先角度αを下側開先角度θより2度~5度の範囲で大きく設定する工程と、狭開先50のルートギャップRGを9mm~12mmの範囲に設定する工程と、を有する。下側開先角度θは、好ましくは35度である。
【0024】
傾斜狭開先溶接工法では、下板5A及び上板5Bに取り付けられ、上板5Bの開先面下端部5aを位置決めするとともに開先角度(下側開先角度θ、上側開先角度α)およびルートギャップRGを設定し、溶融金属の溶け落ちを防止する裏当て金6(溶落ち防止部材)が設けられる。また、傾斜狭開先溶接工法では、狭開先50内に溶接ワイヤ10を送り出すワイヤ孔21を有するコンタクトチップ22を挿入し、コンタクトチップ22をノズル軸O1回りに回転させずに下板5Aと上板5Bの開先内部を一層1パス施工により溶接を行う。
【0025】
コンタクトチップ22は、例えば自作のものであり、トーチ20に備えられている。コンタクトチップ22は、電極ワイヤを溶接部へ案内するとともに溶接電流を供給する円筒形の導体であり、トーチ20の先端に固定される交換可能な金属部品である。
トーチ20は、上下方向Zおよび前後方向Y(鋼板5の板厚tの方向に相当)の移動距離が30cmである溶接装置1に搭載されている。トーチ20は、コンタクトチップ22の水平方向で開先延在方向Xに沿う移動速度が15cm/分~65cm/分に設定され、トーチ角度βが0度~50度、後退角度β1が0度~10度に設定されている。トーチ角度βは、トーチ20における水平方向との傾斜角度である。
【0026】
図1に示すように、溶接装置1は、コンタクトチップ22を水平方向で開先延在方向Xに移動可能に設けている。ここで、開先延在方向Xは、上下方向Z及び前後方向Yに直交する方向である。
【0027】
溶接装置1は、開先延在方向Xに沿って延びる案内レール(図示省略)と、案内レール上を走行可能な溶接ヘッド(図示省略)と、を有する。溶接ヘッドには、コンタクトチップ22を備えたトーチ20が一体的に設けられている。溶接ヘッドは、トーチ20を上下方向Z、前後方向Y及びトーチ角度βで回動させる機構を備えている。すなわち、トーチ20およびコンタクトチップ22は、開先延在方向Xにスライド可能であり、さらに上下方向Z、前後方向Yに移動可能であり、トーチ角度βも変更可能である。
【0028】
コンタクトチップ22は、外径6mmに設定されている。コンタクトチップ22は、耐熱絶縁テープ(図示省略)を巻き付けられる、又はセラミック管に挿入されることで絶縁されている。
【0029】
本傾斜狭開先溶接工法では、溶接ワイヤ10のワイヤ径が1.2mm~1.4mmのものが使用される。傾斜狭開先溶接工法では、電流値を240A~365Aに設定し、電圧を21V~42Vに設定し、溶接移動速度を18cm/分~50cm/分に設定している。このような溶接条件とすることで、狭開先50において一層1パス溶接で発生する溶込不良や融合不良をより確実に防止することができる。
【0030】
また、傾斜狭開先溶接工法では、溶接の初層P1(図7及び図8に示す符号1の層)の狙い位置を下側開先5bとする。
【0031】
また、図2に示すように、傾斜狭開先溶接工法では、高さhと幅Wの比(h/W)が1.0以下となることが好ましい。
【0032】
傾斜狭開先溶接工法では、上記の溶接条件に基づいて、電源(図示せず)から溶接ワイヤ10に通電を行い、鋼板5と溶接ワイヤ10との間でアークを発生させる。そして、トーチ20を、進行方向(図1において紙面に直交する方向)へ設定される移動速度で移動させる。そうすると、アークの後方側に溶融池が形成される。
【0033】
次に、このように構成される傾斜狭開先溶接工法の作用について、図面に基づいて詳細に説明する。
本実施形態による傾斜狭開先溶接工法は、炭酸ガスアーク溶接(MAG溶接)を使用して傾斜させて溶接する。傾斜狭開先溶接工法は、横向き溶接の狭開先50を下板5A側の下側開先角度θを水平より上向きに35度~45度に設定する工程と、上板5B側の上側開先角度αを下側開先角度θより2度~5度の範囲で大きく設定する工程と、狭開先50のルートギャップRGを9mm~12mmの範囲に設定し、溶接金属の溶落ちを防止する工程と、を有する。傾斜狭開先溶接工法は、下板5A及び上板5Bに取り付けられ、上板5Bの開先面下端部5aを位置決めするとともに開先角度およびルートギャップRGを設定する裏当て金6が設けられ、狭開先50内に溶接ワイヤ10を送り出すワイヤ孔21を有するコンタクトチップ22を挿入し、コンタクトチップ22をノズル軸O1回りに回転させずに下板5Aと上板5Bを、開先内部を一層1パス施工により溶接を行う。
【0034】
本実施形態による傾斜狭開先溶接工法によれば、下板5A側の下側開先角度θを水平より上向きに35度~45度に設定し、狭開先50のルートギャップRGを9mm~12mmの範囲に設定することで開先内部(板厚内部)では下向き溶接、表面付近では横向き溶接となり、溶接作業が容易になる。つまり、下側開先角度θが45度より大きい場合のように溶接量が増大し、コストがかかることを防止でき、下側開先角度θが35度より小さい場合のように収縮量を抑制し、施工性を向上させることができる。さらに、ルートギャップRGが12mmより大きい場合のように、施工がしにくくなることを防止できる。
このように溶接条件を設定することで、開先断面積が小さくなって溶接量を抑えることができ、かつ高温割れの発生を防止でき、開先内を一層1パス溶接を可能とすることができる。
【0035】
また、本実施形態では、上側開先角度αが下側開先角度θより2度~5度の範囲で大きく設定されて狭開先50になっているので、開先先端部で溶接ワイヤ10の狙い位置の視認性が好適となる。さらに狭開先50内におけるコンタクトチップ22の可動領域の自由度を確保でき、溶接の作業性を高めることができる。また、上側開先角度αが下側開先角度θよりも5度より大きくなる場合のように溶接量が増えることを抑制できるため、溶接ワイヤ10、炭酸ガスおよび電気の使用量を低減することができる。
【0036】
このように、上述した溶接条件で施工することにより開先内を一層1パス溶接を可能とすることで、多パスで溶接する場合に比べて、溶接時間の短縮を図ることができ、効率よく溶接欠陥を抑制した健全な溶接を行うことができ、高品質な溶接を行うことができる。そのため、鋼構造建築の柱、鋼構造橋梁の脚、あるいは鋼構造塔等の工場溶接及び現場溶接工事において好適な溶接方法となる。
【0037】
また、本実施形態では、従来の35°レ形開先の横向き溶接電流(例えば240A~300A、φ1.4mm)に比べ、本発明の下向き開先溶接(φ1.4mm)では、365A程度まで上昇させることができ、効率よく溶接することができる。
【0038】
また、本実施形態では、上述したように溶接作業の効率化を図ることができることから、溶接作業にかかる施工時間を短縮でき、生産量を増加することができる。
【0039】
さらに、本実施形態では、溶接作業が容易で簡単になるので、溶接作業者に高度の技量が不要となり、必要としない。
【0040】
さらにまた、本実施形態では、一般的な裏当て金を使用して溶接を行うことができ、例えば二分割され、それぞれが上板および下板に固定するといった複雑な構成にする必要がなく、溶接作業の簡易化を図ることができる。
【0041】
また、本実施形態では、コンタクトチップ22をノズル軸O1回りに回転させる必要がなく、一般的な溶接機を使用して溶接作業を行うことが可能である。そのため、コンタクトチップ22を回転させるための複雑な機構を有する溶接装置となることがなく、また溶接時の動作管理も容易であり、高品質な溶接を行うことができる。
【0042】
また、本実施形態では、コンタクトチップ22を備えたトーチ20は、水平方向に移動可能に設けられていることが好ましい。
そのため、電極ノズルに二重ノズルを採用することで、狭開先50のためにガスシールド不足となって発生するブローホールを防止することができる。
【0043】
また、本実施形態では、開先底部における狭開先50となる鋭角的なルート部において初層P1の狙い位置を下側開先5bとすることで、より健全な溶込みを達成することができる。
【0044】
また、本実施形態では、コンタクトチップ22は、外径6mmに設定され、耐熱絶縁テープ(図示省略)を巻き付けられる、又はセラミック管に挿入されることで絶縁されている。
そのため、狭開先50の内部に挿入するコンタクトチップ22が開先面と接触して短絡することを防止できる。
【0045】
また、本実施形態では、コンタクトチップ22を備えたトーチ20は、上下方向Zおよび前後方向Yの移動距離が30cmである溶接装置1に搭載される。トーチ20は、コンタクトチップ22の水平方向に沿う移動速度が15cm/分~65cm/分に設定され、トーチ角度βが0度~50度、後退角度β1が0度~10度である。
そのため、溶接装置1に設けられるトーチ20の可動条件を上記のように設定することにより、上述した形状の狭開先50内を効率よく溶接することができる。
【0046】
上述のように構成された本実施形態による傾斜狭開先溶接工法では、下向き溶接で、溶接量を抑え、かつ高温割れの発生を防止しつつ開先内部を一層1パス施工による1パス溶接を可能とすることで、効率よく溶接欠陥を抑制した健全な溶接を行うことができる。
【0047】
次に、上述した実施形態による傾斜狭開先溶接工法の効果を裏付けるために行った実施例について以下説明する。
【0048】
(第1実施例)
第1実施例は、上述した実施形態の狭開先50(図2参照)による傾斜狭開先溶接工法の実施例1と、従来のレ形開先による溶接工法の比較例1のそれぞれの開先断面積を比較したものである。
【0049】
図5(a)は、比較例によるレ形開先の開先断面形状を示している。図5(b)は、実施例による狭開先の開先断面形状を示している。
図5(a)に示すように、比較例のレ形開先溶接は、開先角度が35°、ルートギャップが7mm、余盛高さが3mm、RF(ルートフェイス)が0である。なお、RF(ルートフェイス)は、開先部の斜面を除いた垂直面の長さを指す。図5(b)に示すように、実施例の狭開先溶接は、下側開先角度θが35°、上側開先角度αが37°(下側開先角度θ+2°)、ルートギャップRGが10mm、余盛り高さが3mmである。
【0050】
図6は、下側開先角度θが35°において、鋼板の板厚t(mm)と開先断面積(mm)との関係を示している。図6において、横軸は鋼板の板厚t(mm)であり、縦軸は開先断面積(mm)である。
図6に示すように、実施例は、比較例に比べて板厚tが大きくなっても開先断面積の増加率が小さく抑えられることが確認できる。例えば、板厚tが100mmのとき、比較例1の開先断面積は略4300mmであり、実施例の開先断面積は略1500mmであり、実施例は比較例の半分以下の開先断面積となる。そのため、溶接量を小さく抑えることができ、開先内を一層1パス溶接が可能であることを確認できる。
【0051】
(第2実施例)
第2実施例は、溶接条件を変えた試験例1~6において、溶接状態を目視により確認し、それぞれの品質を評価した。
図7(a)~(c)は、それぞれ試験例1~3の溶接状態を模式的に示した断面図である。図8(a)~(c)は、それぞれ試験例4~6の溶接状態を模式的に示した断面図である。図9(a)~(c)は、それぞれ試験例1~3の溶接断面の写真である。図10(a)~(c)は、それぞれ試験例4~6の溶接断面の写真である。
【0052】
板厚、狭開先及び裏当ての形状が異なる試験例1~6において、表1~6に示す溶接条件により試験鋼板に対して炭酸ガスアーク溶接で一層1パスにより溶接を行った。表1~6に示すように、溶接条件は、パス(Pass)毎の電流(A)、電圧(V)、速度(cm/分)、溶接ワイヤの入熱量(kJ/cm)、ワイヤ突き出し(mm)、狙い位置、ノズルの種類、トーチ角度(°)、後退角(°)である。狙い位置において、ノズルは、ノズル軸方向の長さを示し、例えば「60+カバー」は、長さ60mmのチップと、カバー(スライドノズルを示す)を使用し、「直85」は、表面近くで横向き溶接となる際にストレートで85mmのノズルを使用していることを表している。
また、図7(a)~(c)、図8(a)~(c)に示す「S」の数値はテストピースのスタート側のルートギャップの測定値を示し、「E」の数値はテストピースのエンド側のルートギャップの測定値を示している。
【0053】
以下に、試験例1~6の溶接条件と試験結果を示す。
溶接状態の評価は、目視検査及び超音波探傷検査(日本建築学会「鋼構造建築溶接部の超音波探傷検査基準・同解説」)に基づいて行い、溶接欠陥の有無を確認し、溶接欠陥が認められない場合に良好(Good)、1箇所でも溶接欠陥が確認された場合には不良(No Good)と評価した。
【0054】
図7(a)、図9(a)及び表1に示すように、試験例1は、板厚が36mm、下側開先角度θが35°、上側開先角度αが37°(θ+2°)であり、裏当て金を使用した。試験例1では、溶材はYM-55Cの直径1.4mmであり、シールドガスはCOで60(開先内)-35リットル/分(表面部)であり、コンタクトチップは外径6mm(長さ60mm)の特注品及び標準チップ(市販品)を使用した。表1において、狙い位置における「α」は下板を示し、「β」は上板を示している。
試験例1は、「良好」の評価となった。
【0055】
【表1】
【0056】
図7(b)、図9(b)及び表2に示すように、試験例2は、板厚が36mm、下側開先角度θが40°、上側開先角度αが42°(θ+2°)であり、裏当て金を使用した。試験例2では、溶材はYM-55Cの直径1.4mmであり、シールドガスはCOで60(開先内)-35リットル/分(表面部)であり、コンタクトチップは外径6mm(長さ60mm)の特注品及び標準チップ(市販品)を使用した。表2において、狙い位置における「α」は下板を示し、「β」は上板を示している。
試験例2は、「良好」の評価となった。
【0057】
【表2】
【0058】
図7(c)、図9(c)及び表3に示すように、試験例3は、板厚が36mm、下側開先角度θが40°、上側開先角度αが42°(θ+2°)であり、裏当て金を使用した。試験例3では、溶材はYM-55Cの直径1.4mmであり、シールドガスはCOで60(開先内)-35リットル/分(表面部)であり、コンタクトチップは外径6mm(長さ60mm)の特注品及び標準チップ(市販品)を使用した。表3において、狙い位置における「α」は下板を示し、「β」は上板を示している。
試験例3は、「良好」の評価となった。
【0059】
【表3】
【0060】
図8(a)、図10(a)及び表4に示すように、試験例4は、板厚が36mm、下側開先角度θが45°、上側開先角度αが47°(θ+2°)であり、裏当て金を使用した。試験例4では、溶材はYM-55Cの直径1.4mmであり、シールドガスはCOで65リットル/分であり、コンタクトチップは外径6mm(長さ60mm)の特注品及び標準チップ(市販品)を使用した。なお、後退角は10°である。表4において、狙い位置における「α」は下板を示し、「β」は上板を示している。
試験例4は、「良好」の評価となった。
【0061】
【表4】
【0062】
図8(b)、図10(b)及び表5に示すように、試験例5は、板厚が36mm、下側開先角度θが45°、上側開先角度αが47°(θ+2°)であり、裏当て金を使用した。試験例5では、溶材はYM-55Cの直径1.4mmであり、シールドガスはCOで65リットル/分(開先内)であり、コンタクトチップは外径6mm(長さ60mm)の特注品及び標準チップ(市販品)を使用した。なお、後退角は10°である。表5において、狙い位置における「α」は下板を示し、「β」は上板を示している。
試験例5は、「良好」の評価となった。
【0063】
【表5】
【0064】
図8(c)、図10(c)及び表6に示すように、試験例6は、板厚が36mm、下側開先角度θが35°、上側開先角度αが37°(θ+2°)であり、裏波を採用した。試験例5では、溶材はYM-55Cの直径1.4mmであり、シールドガスはCOで65リットル/分(開先内)であり、コンタクトチップは外径6mm(長さ60mm)の特注品及び標準チップ(市販品)を使用した。なお、後退角は、PassNo.1~4で0°であり、PassNo.5~10で0°である。表6において、狙い位置における「α」は下板を示し、「β」は上板を示している。
試験例6は、「良好」の評価となった。
【0065】
【表6】
【0066】
試験例1~6の溶接結果より、試験例1~6は溶接状態が良好であった。このことから、炭酸ガスアーク溶接を使用して傾斜させて溶接する傾斜狭開先溶接工法において、横向き溶接の狭開先を下板側の下側開先角度を水平より上向きに35度~45度とすることが好ましく、上側開先角度を下側開先角度より2度大きく設定することが好ましく、狭開先のルートギャップを9mm~12mmの範囲に設定することが好ましいことがわかった。
【0067】
また、試験例1~6の結果から、トーチ(コンタクトチップ)の水平方向に沿う移動速度を17cm/分~65cm/分に設定することが好ましく、トーチ角度を0度~45度、後退角度を0度~10度に設定することが好ましいことがわかった。
【0068】
さらに、溶接状態が良好である試験例1~6の溶接条件より、溶接ワイヤのワイヤ径が1.4mmが好ましく、電流値を240A~360A、電圧を21V~40Vに設定することが好ましく、溶接移動速度を18cm/分~65cm/分に設定することが好ましいといえる。
【0069】
表7は、試験例4、5における機械試験を行った結果である。具体的には、継手引張、硬さ、溶接金属引張試験を行った。この結果、いずれの試験項目においても判定基準を上回り、「合格」判定となった。
【0070】
【表7】
【0071】
以上、本発明の実施形態を説明したが、これらの実施形態は例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。実施形態は、その他様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。実施形態やその変形例には、例えば当業者が容易に想定できるもの、実質的に同一のもの、均等の範囲のものなどが含まれる。
【0072】
例えば、上記実施形態では、トーチ20が水平方向に移動可能に設けられているが、水平方向に移動させることに限定されることはない。
【0073】
また、本実施形態では、コンタクトチップ22における溶接の初層P1の狙い位置を下側開先としているが、この下側開先の位置に限定されることはない。
【0074】
さらに、本実施形態では、コンタクトチップ22が外径6mmに設定され、耐熱絶縁テープを巻き付けたり、セラミック管に挿入されることで絶縁される構成としているが、他の絶縁構成を採用することも可能である。
【0075】
また、本実施形態では、トーチ20を備えた溶接ヘッドを有する溶接装置1を使用し、溶接ヘッドを溶接方向に沿って移動させながら溶接する構成としているが、このような溶接装置1であることに限定されることはないし、溶接装置を省略することも可能である。
【符号の説明】
【0076】
1 溶接装置
5 鋼板
5A 下板
5B 上板
5a 開先面下端部
6 裏当て金(溶落ち防止部材)
10 溶接ワイヤ
20 トーチ
21 ワイヤ孔
22 コンタクトチップ
50 狭開先
X 開先延在方向
Y 前後方向
Z 上下方向
【要約】
【課題】下向き溶接で、溶接量を抑え、かつ高温割れの発生を防止しつつ、効率よく溶接欠陥を抑制した健全な溶接を行う。
【解決手段】横向き溶接の狭開先50を下板5A側の下側開先角度θを水平より上向きに35度~45度に設定し、上側開先角度αを下側開先角度θより2度~5度の範囲で大きく設定し、狭開先50のルートギャップRGを9mm~12mmの範囲に設定し、下板5A及び上板5Bに取り付けられ、上板5Bの開先面下端部5aを位置決めするとともに開先角度およびルートギャップRGを設定し、溶融金属の溶落ちを防止する裏当て金6が設けられ、狭開先50内に溶接ワイヤを送り出すワイヤ孔を有するコンタクトチップを挿入し、コンタクトチップをノズル軸回りに回転させずに下板5Aと上板5Bを、開先内部を一層1パス施工により溶接を行う傾斜狭開先溶接工法を提供する。
【選択図】図3
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10