(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-02
(45)【発行日】2024-09-10
(54)【発明の名称】構造探索方法、構造探索装置、構造探索用プログラム、及び相互作用ポテンシャル特定方法
(51)【国際特許分類】
G16B 15/00 20190101AFI20240903BHJP
【FI】
G16B15/00
(21)【出願番号】P 2020098832
(22)【出願日】2020-06-05
【審査請求日】2023-03-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000005223
【氏名又は名称】富士通株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(74)【代理人】
【識別番号】100107515
【氏名又は名称】廣田 浩一
(72)【発明者】
【氏名】寺島 千絵子
(72)【発明者】
【氏名】谷田 義明
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 博之
【審査官】山田 倍司
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-042576(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0176074(US,A1)
【文献】特開2007-299125(JP,A)
【文献】特開2005-234699(JP,A)
【文献】国際公開第2005/081166(WO,A1)
【文献】国際公開第1997/024301(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G16B 5/00-99/00
G16C 10/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のアミノ酸残基が連結したペプチドの安定構造を探索する、コンピュータによる構造探索方法であって、
前記複数のアミノ酸残基の内のアミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する工程と、
格子点の集合である三次元格子空間の各格子点に、前記相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを考慮して前記複数のアミノ酸残基を配置し、前記三次元格子空間に前記ペプチドの立体構造を特定する工程と、
を含み、
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程が、
前記アミノ酸残基xに対し、
前記アミノ酸残基xにおけるペプチド結合に関与するアミノ基と結合するカルボニル基を有する、前記アミノ酸残基xに隣接するアミノ酸残基x-1における、
前記カルボニル基と、前記カルボニル基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、前記炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるアセチル構造部分と、
前記アミノ酸残基xにおけるペプチド結合に関与するカルボニル基と結合するアミノ基を有する、前記アミノ酸残基xに隣接するアミノ酸残基x+1における、
前記アミノ基と、前記アミノ基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、前記炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるN-メチル構造部分と、
を付加して得られた、前記アミノ酸残基xを有するアミノ酸誘導体xにおける、前記アセチル構造部分及び前記N-メチル構造部分が
、他の部分との相互作用を生じないようにパラメータを設定し、
前記アミノ酸残基yに対し、
前記アミノ酸残基yにおけるペプチド結合に関与するアミノ基と結合するカルボニル基を有する、前記アミノ酸残基yに隣接するアミノ酸残基y-1における、
前記カルボニル基と、前記カルボニル基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、前記炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるアセチル構造部分と、
前記アミノ酸残基yにおけるペプチド結合に関与するカルボニル基と結合するアミノ基を有する、前記アミノ酸残基yに隣接するアミノ酸残基y+1における、
前記アミノ基と、前記アミノ基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、前記炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるN-メチル構造部分と、
を付加して得られた、前記アミノ酸残基yを有するアミノ酸誘導体yにおける、前記アセチル構造部分及び前記N-メチル構造部分が
、他の部分との相互作用を生じないようにパラメータを設定して、
前記アミノ酸残基xと前記アミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する、
ことを特徴とする構造探索方法。
【請求項2】
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程が、前記複数のアミノ酸残基における、2つのアミノ酸残基の種類の組合せの総てについて相互作用ポテンシャルを特定する、請求項1に記載の構造探索方法。
【請求項3】
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程において、分子動力学計算により、前記アミノ酸残基xと前記アミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する、請求項1又は2に記載の構造探索方法。
【請求項4】
前記立体構造を特定する工程において、
前記複数のアミノ酸残基のそれぞれは一つしか存在しないことを表す項と、
前記複数のアミノ酸残基は一の前記格子点においては重複して存在しないことを表す項と、
前記複数のアミノ酸残基のうち、互いにペプチド結合するアミノ酸残基どうしは、前記三次元格子空間において隣接する格子点に存在することを表す項と、
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを表す項と、
を含む目的関数式に基づき、前記ペプチドの立体構造が特定される、請求項1から3のいずれかに記載の構造探索方法。
【請求項5】
前記立体構造を特定する工程が、下記式(1)で表される前記目的関数式に基づく最適化処理により行われる、請求項4に記載の構造探索方法。
【数1】
ただし、前記式(1)において、
前記Eは、前記目的関数式であり、
前記H
oneは、前記複数のアミノ酸残基のそれぞれは一つしか存在しないことを表す項であり、
前記H
olapは、前記複数のアミノ酸残基は一の前記格子点においては重複して存在しないことを表す項であり、
前記H
connは、前記複数のアミノ酸残基のうち、互いにペプチド結合するアミノ酸残基どうしは、前記三次元格子空間において隣接する格子点に存在することを表す項であり、
前記H
pairは、前記相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを表す項である。
【請求項6】
前記立体構造を特定する工程が、
前記複数のアミノ酸残基の配置される空間の各格子点にビットが割り当てられ、下記式(2)で表されるイジングモデル式に変換した前記目的関数式に基づく最適化処理により行われる、請求項5に記載の構造探索方法。
【数2】
ただし、前記式(2)において、
前記Eは、前記イジングモデル式に変換した前記目的関数式であり、
前記w
ijは、i番目の前記ビットとj番目の前記ビットとの間の相互作用を表す数値であり、
前記b
iは、i番目の前記ビットに対するバイアスを表す数値であり、
前記x
iは、i番目の前記ビットが0又は1であることを表すバイナリ変数であり、
前記x
jは、j番目の前記ビットが0又は1であることを表すバイナリ変数である。
【請求項7】
前記立体構造を特定する工程が、前記イジングモデル式について、焼き鈍し法を用いた基底状態探索を実行することにより、前記イジングモデル式の最小エネルギーを特定することにより行われる、請求項6に記載の構造探索方法。
【請求項8】
複数の化合物残基が連結した化合物の安定構造を探索する、コンピュータによる構造探索方法であって、
前記複数の化合物残基の内の化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する工程と、
格子点の集合である三次元格子空間の各格子点に、前記相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを考慮して前記複数の化合物残基を配置し、前記三次元格子空間に前記化合物の立体構造を特定する工程と、
を含み、
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程が、
前記化合物残基xに対し、
前記化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基xに隣接する化合物残基x-1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x-1と、
前記化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基xに隣接する化合物残基x+1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x+1と、
を付加して得られた、前記化合物残基xを有する化合物誘導体xにおける、前記飽和基含有構造部分x-1及び前記飽和基含有構造部分x+1が
、他の部分との相互作用を生じないようにパラメータを設定し、
前記化合物残基yに対し、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基yに隣接する化合物残基y-1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y-1と、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基yに隣接する化合物残基y+1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y+1と、
を付加して得られた、前記化合物残基yを有する化合物誘導体yにおける、前記飽和基含有構造部分y-1及び前記飽和基含有構造部分y+1が
、他の部分との相互作用を生じないようにパラメータを設定して、
前記化合物残基xと前記化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する、
ことを特徴とする構造探索方法。
【請求項9】
複数の化合物残基が連結した化合物における化合物残基間の相互作用ポテンシャルを特定する、コンピュータによる相互作用ポテンシャル特定方法であって、
前記複数の化合物残基の内の化合物残基xに対し、
前記化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基xに隣接する化合物残基x-1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x-1と、
前記化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基xに隣接する化合物残基x+1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x+1と、
を付加して得られた、前記化合物残基xを有する化合物誘導体xにおける、前記飽和基含有構造部分x-1及び前記飽和基含有構造部分x+1が
、他の部分との相互作用を生じないようにパラメータを設定し、
前記複数の化合物残基の内の化合物残基yに対し、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基yに隣接する化合物残基y-1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y-1と、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基yに隣接する化合物残基y+1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y+1と、
を付加して得られた、前記化合物残基yを有する化合物誘導体yにおける、前記飽和基含有構造部分y-1及び前記飽和基含有構造部分y+1が
、他の部分との相互作用を生じないようにパラメータを設定して、
前記化合物残基xと前記化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する、
ことを特徴とする相互作用ポテンシャル特定方法。
【請求項10】
複数の化合物残基が連結した化合物の安定構造を探索する構造探索装置であって、
前記複数の化合物残基の内の化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する相互作用ポテンシャル特定部と、
格子点の集合である三次元格子空間の各格子点に、前記相互作用ポテンシャル特定部を用いて特定した相互作用ポテンシャルを考慮して前記複数の化合物残基を配置し、前記三次元格子空間に前記化合物の立体構造を特定する立体構造特定部と、
を含み、
前記相互作用ポテンシャル特定部が、
前記化合物残基xに対し、
前記化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基xに隣接する化合物残基x-1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x-1と、
前記化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基xに隣接する化合物残基x+1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x+1と、
を付加して得られた、前記化合物残基xを有する化合物誘導体xにおける、前記飽和基含有構造部分x-1及び前記飽和基含有構造部分x+1が
、他の部分との相互作用を生じないようにパラメータを設定し、
前記化合物残基yに対し、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基yに隣接する化合物残基y-1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y-1と、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基yに隣接する化合物残基y+1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y+1と、
を付加して得られた、前記化合物残基yを有する化合物誘導体yにおける、前記飽和基含有構造部分y-1及び前記飽和基含有構造部分y+1が
、他の部分との相互作用を生じないようにパラメータを設定して、
前記化合物残基xと前記化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する、
ことを特徴とする構造探索装置。
【請求項11】
複数の化合物残基が連結した化合物の安定構造を探索する、コンピュータによる構造探索を行わせるプログラムであって、
前記複数の化合物残基の内の化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する工程と、
格子点の集合である三次元格子空間の各格子点に、前記相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを考慮して前記複数の化合物残基を配置し、前記三次元格子空間に前記化合物の立体構造を特定する工程と、
をコンピュータに行わせ、
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程が、
前記化合物残基xに対し、
前記化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基xに隣接する化合物残基x-1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x-1と、
前記化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基xに隣接する化合物残基x+1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x+1と、
を付加して得られた、前記化合物残基xを有する化合物誘導体xにおける、前記飽和基含有構造部分x-1及び前記飽和基含有構造部分x+1が
、他の部分との相互作用を生じないようにパラメータを設定し、
前記化合物残基yに対し、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基yに隣接する化合物残基y-1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y-1と、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基yに隣接する化合物残基y+1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y+1と、
を付加して得られた、前記化合物残基yを有する化合物誘導体yにおける、前記飽和基含有構造部分y-1及び前記飽和基含有構造部分y+1が
、他の部分との相互作用を生じないようにパラメータを設定して、
前記化合物残基xと前記化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する、
ことを特徴とする構造探索用プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件は、構造探索方法、構造探索装置、構造探索用プログラム、及び相互作用ポテンシャル特定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、創薬などの場面においては、計算機(コンピュータ)を用いてサイズの比較的大きな分子の安定構造を求めることが必要となる場合がある。しかし、例えば、ペプチドやタンパク質などのサイズの比較的大きな分子は、全ての原子を露わに考慮する計算では、現実的な時間内に安定構造を探索することが困難になる場合がある。
【0003】
そこで、分子の構造を粗く捉える(粗視化する)ことで、計算時間を短縮する技術が研究されている。分子構造の粗視化に関する技術としては、例えば、タンパク質におけるアミノ酸残基の一次元配列情報に基づき、タンパク質を直鎖(一続き)の単純立方格子構造に粗視化して、格子タンパク質(Lattice Protein)として扱う技術が研究されている。Lattice Proteinを利用した技術においては、量子アニーリングの技術を用いて、安定構造を高速に探索する技術が報告されている(例えば、非特許文献1参照)。
【0004】
このようなLattice Proteinを利用した技術においては、通常、粗視化した各アミノ酸残基どうしの間の相互作用の大きさを考慮して、分子の安定構造の探索を行う。粗視化した各アミノ酸残基どうしの間の相互作用の計算は、例えば、アミノ酸残基間の相互作用ポテンシャルを用いることにより行うことができる。
ここで、相互作用ポテンシャルは、粗視化された各アミノ酸残基における各アミノ酸残基の配置に対するエネルギーの変化をまとめたものである。上述したLattice Proteinを利用した技術では、例えば、相互作用ポテンシャルから求められるエネルギーが最も安定な構造を探索することにより、分子の安定構造を探索する。
【0005】
相互作用ポテンシャルとしては、例えば、ペプチドやタンパク質を形成する通常の天然アミノ酸残基については、タンパク質のデータベースに基づき、アミノ酸残基間の相対位置を統計的に処理して作成されたものを用いることができる(例えば、非特許文献2参照)。このように、分子を形成するアミノ酸残基が通常の天然アミノ酸残基(20種類の天然アミノ酸)である場合は、タンパク質のデータベースに基づいて作成された汎用的な相互作用ポテンシャルを用いることができる。
また、天然アミノ酸残基以外のアミノ酸残基(化学修飾された非天然アミノ酸残基など)に関しては、アミノ酸残基の側鎖部分を抜き出した構造についての分子動力学計算により、相互作用ポテンシャルを求める手法が提案されている(例えば、非特許文献3参照)。このように、分子を形成するアミノ酸残基に天然アミノ酸残基以外のアミノ酸残基が含まれる場合は、汎用的な相互作用ポテンシャルを用いることはできず、当該天然アミノ酸残基以外のアミノ酸残基の相互作用ポテンシャルを個別に求めることが必要となる。
【0006】
ここで、近年では、創薬などの場面において、ペプチドやタンパク質などの中分子化合物乃至高分子化合物を薬として用いようとする場合に、化合物の生理活性や安定性を向上させるために、天然アミノ酸残基以外のアミノ酸残基を化合物に導入するときがある。したがって、天然アミノ酸残基以外のアミノ酸残基(以下、「修飾アミノ酸残基」と称することがある)を含む化合物の安定構造を探索することは、創薬などの場面において有用であると考えられる。
しかしながら、非特許文献3などの従来技術では、分子中におけるアミノ酸残基の構造を適切に考慮して相互作用ポテンシャルを求めることはできず、相互作用ポテンシャルの正確性が十分ではなく、分子の安定構造の探索を精度よく行うことができなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】R. Babbush et.al., Construction of Energy Functions for Lattice Heteropolymer Models: A Case Study in Constraint Satisfaction Programmisng and Adiabatic Quantum Optimization, Advances in Chemical Physics, 155, 201-244
【文献】Dror Tobi1 et.al., Distance-Dependent, Pair Potential for Protein Folding:Results From Linear Optimization, PROTEINS: Structure, Function, and Genetics 41:40-46 (2000)
【文献】Andrew Pohorille., Good Practices in Free-Energy Calculations, J. Phys. Chem. B 2010, 114, 10235-10253
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一つの側面では、本件は、複数の化合物残基が連結した化合物の安定構造を探索する際に、相互作用ポテンシャルが未知の化合物基が化合物に含まれる場合でも、当該化合物の安定構造を精度よく探索できる、構造探索方法、構造探索装置、及び構造探索用プログラムを提供することを目的とする。
また、他の側面では、本件は、複数の化合物残基が連結した化合物における化合物残基間の相互作用ポテンシャルを特定する際に、相互作用ポテンシャルが未知の化合物基についての相互作用ポテンシャルを精度よく特定できる、相互作用ポテンシャル特定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するための手段の一つの実施態様は、以下の通りである。
すなわち、一つの実施態様では、構造探索方法は、複数の化合物残基が連結した化合物の安定構造を探索する、コンピュータによる構造探索方法であって、
複数の化合物残基の内の化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する工程と、
格子点の集合である三次元格子空間の各格子点に、相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを考慮して複数の化合物残基を配置し、三次元格子空間に前記化合物の立体構造を特定する工程と、
を含み、
相互作用ポテンシャルを特定する工程が、
化合物残基xに対し、
化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基xに隣接する化合物残基x-1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x-1と、
化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基xに隣接する化合物残基x+1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x+1と、
を付加して得られた、化合物残基xを有する化合物誘導体xにおける、飽和基含有構造部分x-1及び飽和基含有構造部分x+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定し、
化合物残基yに対し、
化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基yに隣接する化合物残基y-1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y-1と、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基yに隣接する化合物残基y+1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y+1と、
を付加して得られた、化合物残基yを有する化合物誘導体yにおける、飽和基含有構造部分y-1及び飽和基含有構造部分y+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定して、
化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する。
【0010】
また、一つの実施態様では、構造探索方法は、複数のアミノ酸残基が連結したペプチドの安定構造を探索する、コンピュータによる構造探索方法であって、
複数のアミノ酸残基の内のアミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する工程と、
格子点の集合である三次元格子空間の各格子点に、相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを考慮して複数のアミノ酸残基を配置し、三次元格子空間にペプチドの立体構造を特定する工程と、
を含み、
相互作用ポテンシャルを特定する工程が、
アミノ酸残基xに対し、
アミノ酸残基xにおけるペプチド結合に関与するアミノ基と結合するカルボニル基を有する、アミノ酸残基xに隣接するアミノ酸残基x-1における、
カルボニル基と、カルボニル基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるアセチル構造部分と、
アミノ酸残基xにおけるペプチド結合に関与するカルボニル基と結合するアミノ基を有する、アミノ酸残基xに隣接するアミノ酸残基x+1における、
アミノ基と、アミノ基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるN-メチル構造部分と、
を付加して得られた、アミノ酸残基xを有するアミノ酸誘導体xにおける、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分が相互作用を生じないようにパラメータを設定し、
アミノ酸残基yに対し、
アミノ酸残基yにおけるペプチド結合に関与するアミノ基と結合するカルボニル基を有する、アミノ酸残基yに隣接するアミノ酸残基y-1における、
カルボニル基と、カルボニル基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるアセチル構造部分と、
アミノ酸残基yにおけるペプチド結合に関与するカルボニル基と結合するアミノ基を有する、アミノ酸残基yに隣接するアミノ酸残基y+1における、
アミノ基と、アミノ基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるN-メチル構造部分と、
を付加して得られた、アミノ酸残基yを有するアミノ酸誘導体yにおける、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分が相互作用を生じないようにパラメータを設定して、
アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する。
【0011】
さらに、一つの実施態様では、相互作用ポテンシャル特定方法は、複数の化合物残基が連結した化合物における化合物残基間の相互作用ポテンシャルを特定する、コンピュータによる相互作用ポテンシャル特定方法であって、
複数の化合物残基の内の化合物残基xに対し、
化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基xに隣接する化合物残基x-1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x-1と、
化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基xに隣接する化合物残基x+1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x+1と、
を付加して得られた、化合物残基xを有する化合物誘導体xにおける、飽和基含有構造部分x-1及び飽和基含有構造部分x+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定し、
複数の化合物残基の内の化合物残基yに対し、
化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基yに隣接する化合物残基y-1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y-1と、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基yに隣接する化合物残基y+1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y+1と、
を付加して得られた、化合物残基yを有する化合物誘導体yにおける、飽和基含有構造部分y-1及び飽和基含有構造部分y+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定して、
化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する。
【発明の効果】
【0012】
一つの側面では、本件は、複数の化合物残基が連結した化合物の安定構造を探索する際に、相互作用ポテンシャルが未知の化合物基が化合物に含まれる場合でも、当該化合物の安定構造を精度よく探索できる、構造探索方法、構造探索装置、及び構造探索用プログラムを提供できる。
また、他の側面では、本件は、複数の化合物残基が連結した化合物における化合物残基間の相互作用ポテンシャルを特定する際に、相互作用ポテンシャルが未知の化合物基についての相互作用ポテンシャルを精度よく特定できる、相互作用ポテンシャル特定方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1A】
図1Aは、タンパク質の粗視化して安定構造を探索する際の一例を示す模式図である。
【
図1B】
図1Bは、タンパク質の粗視化して安定構造を探索する際の一例を示す模式図である。
【
図1C】
図1Cは、タンパク質の粗視化して安定構造を探索する際の一例を示す模式図である。
【
図2A】
図2Aは、Diamond encording法の一例を説明するための模式図である。
【
図2B】
図2Bは、Diamond encording法の一例を説明するための模式図である。
【
図2C】
図2Cは、Diamond encording法の一例を説明するための模式図である。
【
図2D】
図2Dは、Diamond encording法の一例を説明するための模式図である。
【
図2E】
図2Eは、Diamond encording法の一例を説明するための模式図である。
【
図3】
図3は、従来技術において、アミノ酸残基どうしの相互作用ポテンシャルの算出のための分子動力学計算に用いる、アミノ酸残基の構造の一例を示す図である。
【
図4】
図4は、ペプチド中における、アミノ酸残基の結合の様子の一例を示す図である。
【
図5】
図5は、本件で開示する技術の一例において用意するアミノ酸誘導体xの構造の一例を示す図である。
【
図6】
図6は、本件で開示する技術の一例における、アミノ酸誘導体xとアミノ酸誘導体yとの間の相互作用の一例を示す図である。
【
図7】
図7は、本件で開示する構造探索装置のハードウェア構成例を示す図である。
【
図8】
図8は、本件で開示する構造探索装置の他のハードウェア構成例を示す図である。
【
図9】
図9は、本件で開示する構造探索装置の機能構成例を示す図である。
【
図10】
図10は、本件で開示する技術の一例を用いて、ペプチドの安定構造の探索に用いる相互作用ポテンシャルを特定する際のフローチャートの例を示す図である。
【
図11】
図11は、件で開示する技術の一例を用いて特定した相互作用ポテンシャルを考慮して、ペプチドの安定構造を探索する際のフローチャートの例を示す図である。
【
図12】
図12は、半径rにある各格子をS
rとした場合の一例を表す図である。
【
図13A】
図13Aは、アミノ酸残基の移動先の格子点の集合の一例を表す図である。
【
図13B】
図13Bは、アミノ酸残基の移動先の格子点の集合の一例を表す図である。
【
図13C】
図13Cは、アミノ酸残基の移動先の格子点の集合の一例を表す図である。
【
図13D】
図13Dは、アミノ酸残基の移動先の格子点の集合の一例を表す図である。
【
図14】
図14は、S
1、S
2、S
3を三次元で表した場合の一例を示す図である。
【
図15A】
図15Aは、各ビットX
1~X
nに空間の情報を割り振る様子の一例を示す図である。
【
図15B】
図15Bは、各ビットX
1~X
nに空間の情報を割り振る様子の一例を示す図である。
【
図15C】
図15Cは、各ビットX
1~X
nに空間の情報を割り振る様子の一例を示す図である。
【
図16】
図16は、H
oneの一例を説明するための図である。
【
図17】
図17は、H
olapの一例を説明するための図である。
【
図18】
図18は、H
connの一例を説明するための図である。
【
図20A】
図20Aは、粗視化したアミノ酸残基における主鎖と側鎖を表す粒子の一例を示す図である。
【
図21】
図21は、焼き鈍し法に用いるアニーリングマシンの機能構成の一例を示す図である。
【
図22】
図22は、遷移制御部の動作フローの一例を示す図である。
【
図23】
図23は、実施例1で算出した、ロイシン残基間のPMFを示す図である。
【
図24A】
図24Aは、ペプチド中のN-メチルフェニルアラニン残基の化学式の一例を示す図である。
【
図24B】
図24Bは、実施例2において作成したN-メチルフェニルアラニン誘導体の構造の一例を示す図である。
【
図25】
図25は、実施例2で算出した、N-メチルフェニルアラニン残基と、バリン残基との間のPMFを示す図である。
【
図26】
図26は、実施例3で探索した環状ペプチドの安定構造の探索結果と、当該環状ペプチドのNMRにより特定された構造とを重ね合わせて示す図である。
【
図27】
図27は、本件で開示する技術の一実施形態と従来技術とにおける、アミノ酸残基間の相互作用ポテンシャルを特定して、ペプチドの安定構造を探索する際の関係の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(構造探索方法)
本件で開示する技術は、従来技術では、複数の化合物残基が連結した化合物の安定構造を探索する際に、相互作用ポテンシャルが未知の化合物基が含まれる場合は、化合物の安定構造の探索の精度が十分でないという、本発明者らの知見に基づくものである。そこで、本件で開示する技術の詳細を説明する前に、従来技術の問題点等について、安定構造を探索する化合物がペプチド(タンパク質)である場合を例として説明する。
また、ペプチド(タンパク質)については、近年、創薬などの場面において、ペプチド(タンパク質)を薬として用いようとする場合に、生理活性や安定性を向上させるために、天然アミノ酸残基以外のアミノ酸残基(修飾アミノ酸残基)が導入されるときがある。したがって、相互作用ポテンシャルが未知の修飾アミノ酸残基を含むペプチド(タンパク質)の安定構造を探索することは、創薬などの場面において有用であると考えられる。
【0015】
ペプチド(タンパク質)の安定構造を探索する際には、上述したように、タンパク質を形成するアミノ酸残基を粗視化して、格子タンパク質(Lattice Protein)として扱う技術を用いることができる。ここでは、Lattice Proteinを用いた技術の一つとして、Diamond encording法によって、タンパク質の安定構造としての折り畳み構造を求める方法について説明する。
【0016】
Lattice Proteinを用いたタンパク質(又はペプチド)の構造探索を行う際には、まず、タンパク質の粗視化を行う。ここで、タンパク質の粗視化は、例えば、
図1Aに示すように、タンパク質を構成する原子2を、アミノ酸残基ごとの単位である粗視化粒子1A、1B、1Cに粗視化して粗視化モデルを作成することにより行う。
次に、作成した粗視化モデルを用いて安定な結合構造の探索を行う。
図1Bにおいては、粗視化粒子1Cが矢印の終点に位置する結合構造が安定である場合の例を示す。ここで、安定な結合構造の探索は、後述するDiamond encording法によって行う。
そして、
図1Cに示すように、Diamond encording法を用いて探索した安定な結合構造に基づいて、粗視化モデルを全原子のモデルに戻す。
【0017】
ここで、Diamond encording法は、一般に、タンパク質を形成する鎖状のアミノ酸を粗視化した粒子(粗視化モデル)を、ダイアモンド格子の格子点に当てはめていく手法であり、三次元のタンパク質の構造を表現可能である。
以下では、説明の簡略化のため、Diamond encording法について、二次元の場合を例として説明する。
【0018】
図2Aは、5つのアミノ酸残基が結合した直鎖ペンタペプチドが直線構造を有する場合の構造の一例を示す図である。また、
図2A~
図2Eにおいて、丸の中の番号は、直鎖ペンタペプチドにおけるアミノ酸残基の番号を表す。
【0019】
Diamond encording法において、まず、ダイアモンド格子の中心に、番号1のアミノ酸残基を配置すると、
図2Aに示すように、番号2のアミノ酸残基の配置可能な場所は、中心に隣接する
図2Bに示す場所(番号2が付された場所)に限定される。続いて、番号2のアミノ酸残基に結合する番号3のアミノ酸残基の配置可能な場所は、
図2Cにおいて、
図2Bで番号2が付された場所に隣接する場所(番号3が付された場所)に限定される。
そして、番号3のアミノ酸残基に結合する番号4のアミノ酸残基の配置可能な場所は、
図2Dにおいて、
図2Cで番号3が付された場所に隣接する場所(番号4が付された場所)に限定される。さらに、番号4のアミノ酸残基に結合する番号5のアミノ酸残基の配置可能な場所は、
図2Eにおいて、
図2Dで番号4が付された場所に隣接する場所(番号5が付された場所)に限定される。
こうして特定された配置可能な場所どうしを、アミノ酸残基の番号の順に繋いでいくことにより、粗視化したタンパク質の構造を表現することができる。
【0020】
このように、Diamond encording法などを用いることにより、格子点の集合である三次元格子空間の各格子点に、粗視化したアミノ酸残基を順次配置することで、三次元格子空間にタンパク質(ペプチド)の立体構造を作成することができる。
ここで、三次元格子空間にタンパク質(ペプチド)の立体構造を作成して、タンパク質の安定構造を探索する際には、三次元格子空間における、粗視化したアミノ酸残基の配置の組み合わせを適切に選択することが求められる。粗視化したアミノ酸残基の配置の組み合わせを適切に選択するためには、例えば、アミノ酸残基の配置が所定の条件を満たすように、アミノ酸残基の配置を決定することが好ましい。
【0021】
アミノ酸残基の配置についての条件としては、例えば、三次元格子空間にアミノ酸残基を配置して作成する立体構造を、タンパク質(ペプチド)として矛盾なく存在し得る構造、かつ、エネルギー的に安定な構造とすることができる条件とすることができる。このような条件としては、例えば、下記の3つの制約と、アミノ酸残基どうしの相互作用を含む条件とすることができる。
〔制約〕
・タンパク質(ペプチド)を形成するアミノ酸残基のそれぞれは一つしか存在しない
・タンパク質(ペプチド)を形成するアミノ酸残基は、一つの格子点においては重複して存在しない
・タンパク質(ペプチド)を形成するアミノ酸残基のうち、互いにペプチド結合するアミノ酸残基どうしは、前記三次元格子空間において隣接する格子点に存在する
〔相互作用〕
・タンパク質(ペプチド)を形成するアミノ酸残基のうち、互いにペプチド結合しないアミノ酸残基どうしの相互作用
【0022】
つまり、三次元格子空間にタンパク質の立体構造を作成して、タンパク質の安定構造を探索する際には、上記の3つの制約を満たすと共に、互いにペプチド結合しないアミノ酸残基どうしの相互作用が安定な(エネルギーが低い)構造を探索することが好ましい。
【0023】
ここで、上述したように、互いにペプチド結合しないアミノ酸残基どうしの相互作用は、例えば、アミノ酸残基間の相互作用ポテンシャルを用いることにより行うことができる。
ここで、相互作用ポテンシャルは、粗視化された各アミノ酸残基における各アミノ酸残基の配置に対するエネルギーの変化をまとめたものである。
相互作用ポテンシャルとしては、例えば、タンパク質を形成する通常の天然アミノ酸残基(20種類の天然アミノ酸)については、タンパク質のデータベースに基づき、アミノ酸残基間の相対位置を統計的に処理して作成されたものを用いることができる。つまり、分子を形成するアミノ酸残基が通常の天然アミノ酸残基(20種類の天然アミノ酸)である場合は、タンパク質のデータベースに基づいて作成された汎用的な既知の相互作用ポテンシャルを用いることができる。
【0024】
一方、天然アミノ酸残基以外のアミノ酸残基(化学修飾された非天然アミノ酸残基など)に関しては、非特許文献3のように、アミノ酸残基の側鎖部分を抜き出した構造についての分子動力学計算により算出した相互作用ポテンシャルを用いる技術が知られている。このように、分子を形成するアミノ酸残基に天然アミノ酸残基以外のアミノ酸残基が含まれる場合は、汎用的な既知の相互作用ポテンシャルを用いることはできず、相互作用ポテンシャルを個別に算出して求めることが必要となる。
ここで、上述したように、非特許文献3等の従来技術は、アミノ酸残基どうしの相互作用ポテンシャルを算出する際に、アミノ酸の側鎖部分を抜き出した構造(側鎖アナログ)についての分子動力学計算を行うことで、相互作用ポテンシャルを算出する技術である。このように、従来技術では、アミノ酸の側鎖部分を抜き出した構造(側鎖アナログ)やアミノ酸分子単体の構造についての分子動力学計算を行うことにより、相互作用ポテンシャルを算出する。
【0025】
図3は、従来技術において、アミノ酸残基どうしの相互作用ポテンシャルの算出のための分子動力学計算に用いる、アミノ酸残基の構造の一例を示す図である。
図3に示すように、ペプチド中のアミノ酸残基は、当該アミノ酸残基に隣接して存在するアミノ酸残基とペプチド結合を形成している。つまり、
図3の破線で囲んだアミノ酸残基は、ペプチド中においては、隣接するアミノ酸残基とペプチド結合した状態で存在する。このため、
図3の破線で囲んだアミノ酸残基がペプチド中でとり得る構造は、当該ペプチド残基が隣接するアミノ酸残基とのペプチド結合の影響を受ける。言い換えると、計算対象とする(相互作用ポテンシャルを計算する)アミノ酸残基における、ペプチド中の主鎖を形成する部分の構造は、当該アミノ酸残基と隣接するアミノ酸残基とのペプチド結合の影響を受ける。
【0026】
しかしながら、従来技術では、
図3において実線で囲んだ、アミノ酸の側鎖部分を抜き出した構造(側鎖アナログ)や、
図3において破線で囲んだアミノ酸分子単体の構造についての分子動力学計算を行う。このため、従来技術では、計算対象とするアミノ酸残基に隣接するアミノ酸残基とのペプチド結合の影響は考慮されない。したがって、従来技術では、計算対象とする(相互作用ポテンシャルを計算する)アミノ酸残基における、ペプチド中の主鎖を形成する部分の構造が受ける当該アミノ酸残基と隣接するアミノ酸残基とのペプチド結合の影響を考慮することができない。
このため、従来技術では、計算対象とする(相互作用ポテンシャルを計算する)アミノ酸残基におけるペプチド中の主鎖と、当該アミノ酸残基の側鎖との相互作用を適切に評価することができない。つまり、従来技術では、アミノ酸残基におけるペプチド中の主鎖と、当該アミノ酸残基の側鎖との相互作用を適切に評価することができないため、相互作用ポテンシャルの正確性が十分ではなく、ペプチドの立体構造の探索を精度よく行うことができなかった。
【0027】
以上、化合物がペプチドであり、化合物残基がアミノ酸残基である場合を例として説明したように、従来技術では、相互作用ポテンシャルが未知の化合物残基が化合物に含まれる場合、化合物の一部を抜き出した構造等を用いて、相互作用ポテンシャルを算出する。よって、従来技術では、化合物残基における、化合物の主鎖を形成する部分の構造が受ける当該化合物残基と隣接する化合物残基との連結結合の影響を考慮することができない。このため、従来技術では、算出した相互作用ポテンシャルの精度が低くなり、化合物の立体構造の探索を精度よく行うことができなかった。
【0028】
そこで、本発明者らは、複数の化合物残基が連結した化合物の安定構造を探索する際に、相互作用ポテンシャルが未知の化合物基が化合物に含まれる場合でも、当該化合物の安定構造を精度よく探索できる装置等について鋭意検討を重ね、以下の知見を得た。
すなわち、本発明者らは、下記の構造探索方法等により、複数の化合物残基が連結した化合物の安定構造を探索する際に、相互作用ポテンシャルが未知の化合物基が化合物に含まれる場合でも、当該化合物の安定構造を精度よく探索できることを知見した。
【0029】
本件で開示する技術の一例としての構造探索方法は、複数の化合物残基が連結した化合物の安定構造を探索する、コンピュータによる構造探索方法であって、
複数の化合物残基の内の化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する工程と、
格子点の集合である三次元格子空間の各格子点に、相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを考慮して複数の化合物残基を順次配置し、三次元格子空間に化合物の立体構造を特定する工程と、
を含み、
相互作用ポテンシャルを特定する工程が、
化合物残基xに対し、
化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基xに隣接する化合物残基x-1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x-1と、
化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基xに隣接する化合物残基x+1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x+1と、
を付加して得られた、化合物残基xを有する化合物誘導体xにおける、飽和基含有構造部分x-1及び飽和基含有構造部分x+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定し、
化合物残基yに対し、
化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基yに隣接する化合物残基y-1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y-1と、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基yに隣接する化合物残基y+1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y+1と、
を付加して得られた、化合物残基yを有する化合物誘導体yにおける、飽和基含有構造部分y-1及び飽和基含有構造部分y+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定して、
化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する。
【0030】
また、上記の構造探索方法を、アミノ酸残基で形成されるペプチド(タンパク質)に適用すると以下のようにすることができる。
すなわち、本件で開示する構造探索方法の他の一例は、複数のアミノ酸残基が連結したペプチドの安定構造を探索する、コンピュータによる構造探索方法であって、
複数のアミノ酸残基の内のアミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する工程と、
格子点の集合である三次元格子空間の各格子点に、相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを考慮して複数のアミノ酸残基を順次配置し、三次元格子空間にペプチドの立体構造を特定する工程と、
を含み、
相互作用ポテンシャルを特定する工程が、
アミノ酸残基xに対し、
アミノ酸残基xにおけるペプチド結合に関与するアミノ基と結合するカルボニル基を有する、アミノ酸残基xに隣接するアミノ酸残基x-1における、
カルボニル基と、カルボニル基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるアセチル構造部分と、
アミノ酸残基xにおけるペプチド結合に関与するカルボニル基と結合するアミノ基を有する、アミノ酸残基xに隣接するアミノ酸残基x+1における、
アミノ基と、アミノ基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるN-メチル構造部分と、
を付加して得られた、アミノ酸残基xを有するアミノ酸誘導体xにおける、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分が相互作用を生じないようにパラメータを設定し、
アミノ酸残基yに対し、
アミノ酸残基yにおけるペプチド結合に関与するアミノ基と結合するカルボニル基を有する、アミノ酸残基yに隣接するアミノ酸残基y-1における、
カルボニル基と、カルボニル基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるアセチル構造部分と、
アミノ酸残基yにおけるペプチド結合に関与するカルボニル基と結合するアミノ基を有する、アミノ酸残基yに隣接するアミノ酸残基y+1における、
アミノ基と、アミノ基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるN-メチル構造部分と、
を付加して得られた、アミノ酸残基yを有するアミノ酸誘導体yにおける、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分が相互作用を生じないようにパラメータを設定して、
アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する。
【0031】
ここで、本件で開示する技術の一例により、化合物の安定構造を探索する際に、相互作用ポテンシャルが未知の化合物基が化合物に含まれる場合でも、当該化合物の安定構造を精度よく探索できることについて、化合物がペプチドである場合を例として説明する。
まず、本件で開示する技術の一例では、複数のアミノ酸残基の内のアミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定(算出)する。そして、本件で開示する技術の一例では、格子点の集合である三次元格子空間の各格子点に、相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを考慮して複数のアミノ酸残基を順次配置する。さらに、本件で開示する技術の一例では、複数のアミノ酸残基を順次配置することにより、三次元格子空間にペプチドの立体構造を特定(作成)する。
このように、本件で開示する技術は、のアミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定し、特定した相互作用ポテンシャルを考慮してペプチドの立体構造を探索することにより、ペプチドの安定構造を探索する。
【0032】
ここで、本件で開示する技術の一例では、相互作用ポテンシャルを特定する工程において、アミノ酸残基xについて、アミノ酸残基単体に相当する部分だけではなく、当該アミノ酸残基に隣接して結合するアミノ酸残基の部分構造を取り込む。
具体的には、本件で開示する技術の一例では、アミノ酸残基xについて、当該アミノ酸残基xの一端のペプチド結合に関与するアミノ基側で隣接するアミノ酸残基の一部と、他端のペプチド結合に関与するカルボニル基側で隣接するアミノ酸残基の一部を取り込む。
【0033】
本件で開示する技術の一例において、アミノ酸残基xについて、当該アミノ酸残基xに隣接して結合するアミノ酸残基の部分構造を取り込むことについて、図面を参照して詳細に説明する。
図4は、ペプチド中における、アミノ酸残基の結合の様子の一例を示す図である。
図4においては、
図4の中央に位置するアミノ酸残基xは、アミノ酸残基xの左隣のアミノ酸残基x+1と、アミノ酸残基xの右隣のアミノ酸残基x-1と結合している。アミノ酸残基xは、側鎖Rと、Rと結合する炭素原子(Cα原子)と、Cα原子と結合するアミノ基と、Cα原子と結合するカルボニル基とを有する。
図4に示すように、アミノ酸残基xにおけるアミノ基(NH基)は、アミノ酸残基xの右隣のアミノ酸残基x-1のカルボニル基(CO基)と結合し、アミノ酸残基xにおけるカルボニル基は、アミノ酸残基xの左隣のアミノ酸残基x+1のアミノ基と結合している。
【0034】
そこで、本件で開示する技術の一例では、アミノ酸残基xに隣接して結合するアミノ酸残基x+1とアミノ酸残基x-1の構造のうち、
図4の実線の四角枠線で囲われた領域に含まれる部分構造を、アミノ酸残基xに付加することによりアミノ酸誘導体xを用意する。
言い換えると、本件で開示する技術の一例においては、アミノ酸残基xについて、当該アミノ酸残基xに隣接して結合する2つのアミノ酸残基を考慮するために、以下の2つの処理を行い、アミノ酸残基xを有するアミノ酸誘導体xを用意する。
・アミノ酸残基xについて、ペプチド結合に関与するアミノ基側をアセチル化する
・アミノ酸残基xについて、ペプチド結合に関与するカルボニル基側をN-メチル化する
【0035】
ここで、
図4に示すように、アミノ酸残基xに隣接して結合する2つのアミノ酸残基を、それぞれ、アミノ酸残基x-1とアミノ酸残基x+1とする。
さらに、アミノ酸残基x-1は、アミノ酸残基xにおけるペプチド結合に関与するアミノ基と結合するカルボニル基を有する、アミノ酸残基xに隣接するアミノ酸残基であるとする。また、アミノ酸残基x+1は、アミノ酸残基xにおけるペプチド結合に関与するカルボニル基と結合するアミノ基を有する、アミノ酸残基xに隣接するアミノ酸残基であるとする。
このとき、アミノ酸残基x-1における、カルボニル基と、カルボニル基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなる構造部分を、アセチル構造部分とする。また、アミノ酸残基x+1における、アミノ基と、アミノ基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなる構造部分を、N-メチル構造部分とする。
つまり、本件で開示する技術の一例では、アミノ酸残基xの末端部分について、ペプチド結合に関与する、アミノ基側をアセチル化し、カルボニル基側をN-メチル化することで、アミノ酸残基xのペプチド中における主鎖の構造を考慮できるようにする。
【0036】
図5は、本件で開示する技術の一例において用意するアミノ酸誘導体xの構造の一例を示す図である。
図5では、右の枠線で囲われた領域が、カルボニル基と、当該カルボニル基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるアセチル構造部分(アミノ酸残基xのアミノ基側末端をアセチル化した構造)を示す。
図5では、左の枠線で囲われた領域が、アミノ基と、アミノ基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるN-メチル構造部分(アミノ酸残基xのカルボニル基側末端をN-メチル化した構造)を示す。
本件で開示する技術の一例では、
図5に示すように、アミノ酸残基xに対し、アセチル構造部分とN-メチル構造部分を付加して得られた、アミノ酸残基xを有するアミノ酸誘導体xを用意する。こうすることにより、アミノ酸残基xに隣接して結合する2つのアミノ酸残基とのペプチド結合の影響を考慮することができる。
【0037】
さらに、本件で開示する技術の一例においては、上述したアミノ酸残基xについての処理を、アミノ酸残基yについても行う。つまり、本件で開示する技術の一例においては、上述したアミノ酸残基xについての処理と同様の処理を行い、アミノ酸残基yに対し、アセチル構造部分とN-メチル構造部分を付加して得られた、アミノ酸残基yを有するアミノ酸誘導体yを用意する。こうすることにより、アミノ酸残基xに隣接して結合する2つのアミノ酸残基とのペプチド結合の影響を考慮することができる。
【0038】
ここで、本件で開示する技術の一例では、複数のアミノ酸残基の内のアミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定(算出)して、特定した相互作用ポテンシャルを考慮して、三次元格子空間にペプチドの立体構造を特定(作成)する。したがって、相互作用ポテンシャルの特定においては、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用を正確に評価して、相互作用ポテンシャルを特定することが好ましい。
このため、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定するためには、用意したアミノ酸誘導体xとアミノ酸誘導体yとの間の相互作用を評価する際に、付加した構造部分については、他の分子と相互作用しないようにすることが好ましい。
【0039】
そこで、本件で開示する技術の一例では、アミノ酸誘導体xにおける、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分が相互作用を生じないようにパラメータを設定する。同様に、本件で開示する技術の一例では、アミノ酸誘導体yにおける、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分が相互作用を生じないようにパラメータを設定する。言い換えると、本件で開示する技術の一例では、アミノ酸誘導体x及びアミノ酸誘導体yにおける、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分が相互作用を生じないようにパラメータを設定する。
なお、本件で開示する技術の一例では、アミノ酸誘導体xにおけるアセチル構造部分及びN-メチル構造部分は、アミノ酸誘導体xの分子内においては、アミノ酸残基xに相当する部分(アミノ酸誘導体xの主要部分)と化学結合による作用を生じる。同様に、本件で開示する技術の一例では、アミノ酸誘導体yにおけるアセチル構造部分及びN-メチル構造部分は、アミノ酸誘導体yの分子内においては、アミノ酸残基yに相当する部分(アミノ酸誘導体yの主要部分)と化学結合による作用を生じる。
【0040】
ここで、
図6に、本件で開示する技術の一例における、アミノ酸誘導体xとアミノ酸誘導体yとの間の相互作用の一例を示す。
図6に示すように、本件で開示する技術の一例では、例えば、アミノ酸誘導体x及びアミノ酸誘導体yにおける、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分が、他の分子と相互作用を生じないようにパラメータを設定する。なお、
図6においては、相互作用を考慮する部分を実線の矢印で結び、相互作用を考慮しない部分(相互作用を生じないようにパラメータを設定する部分)を点線の矢印で結んでいる。
【0041】
図6に示すように、本件で開示する技術の一例では、例えば、アミノ酸誘導体xにおけるアミノ酸残基xは、アミノ酸誘導体yにおける、アミノ酸残基yとは相互作用するようにパラメータを設定する。また、
図6に示すように、本件で開示する技術の一例では、溶媒分子(水分子など)の影響を考慮して相互作用ポテンシャルを特定する場合は、例えば、アミノ酸誘導体xにおけるアミノ酸残基xは、溶媒分子とも相互作用するようにパラメータを設定する。
さらに、本件で開示する技術の一例では、アミノ酸誘導体xにおけるアセチル構造部分及びN-メチル構造部分が、アミノ酸誘導体yにおける、アミノ酸残基y、アセチル構造部分、及びN-メチル構造部分と相互作用しないようにパラメータを設定する。また、
図6に示すように、本件で開示する技術の一例では、溶媒分子の影響を考慮して相互作用ポテンシャルを特定する場合、例えば、アミノ酸誘導体xにおけるアセチル構造部分及びN-メチル構造部分が、溶媒分子と相互作用しないようにパラメータを設定する。
なお、
図6に示すように、本件で開示する技術の一例では、溶媒分子の影響を考慮して相互作用ポテンシャルを特定する場合は、例えば、溶媒分子どうしは相互作用するようにパラメータを設定することが好ましい。
【0042】
本件で開示する技術の一例では、
図6の例ように、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分が相互作用を生じないようにパラメータを設定することで、アミノ酸誘導体x及びアミノ酸誘導体yにおける、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの相互作用を評価できる。したがって、本件で開示する技術の一例では、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの相互作用を適切に評価して、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを正確に特定することができる。
【0043】
以上、説明したように、本件で開示する技術の一例では、アミノ酸残基xに対し、アセチル構造部分とN-メチル構造部分を付加して得られた、アミノ酸残基xを有するアミノ酸誘導体xを用意する。さらに、本件で開示する技術の一例では、アミノ酸残基yに対し、アセチル構造部分とN-メチル構造部分を付加して得られた、アミノ酸残基yを有するアミノ酸誘導体yを用意する。
こうすることにより、本件で開示する技術の一例では、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yのそれぞれについて、隣接して結合する2つのアミノ酸残基とのペプチド結合の影響を考慮することができる。つまり、本件で開示する技術の一例では、計算対象とする(相互作用ポテンシャルを計算する)アミノ酸残基における、ペプチド中の主鎖と当該アミノ酸残基の側鎖との相互作用を適切に評価することができる。
さらに、本件で開示する技術の一例では、アミノ酸誘導体x及びアミノ酸誘導体yにおける、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分が相互作用を生じないようにパラメータを設定する。
こうすることにより、本件で開示する技術の一例では、アミノ酸誘導体x及びアミノ酸誘導体yにおける、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの相互作用を適切に評価することができる。
【0044】
したがって、本件で開示する技術の一例では、アミノ酸残基におけるペプチド中の主鎖と、当該アミノ酸残基の側鎖との相互作用と、アミノ酸残基どうしの相互作用とを正確に評価することができ、高い正確性の相互作用ポテンシャルを特定することができる。
本件で開示する技術の一例では、上記のような正確性の高い相互作用ポテンシャルを考慮してペプチドの立体構造を特定するため、相互作用ポテンシャルが未知のアミノ酸残基が含まれる場合でも、当該ペプチドの安定構造を精度よく探索することができる。
【0045】
また、上述した説明では、本件で開示する技術の一例において、安定構造を探索する化合物がペプチドであり、化合物を形成する化合物残基がアミノ酸残基である場合を例として説明した。本件で開示する技術は、上述した例に限定されるものではなく、複数の化合物残基が連結した化合物の安定構造を探索する際に、上述した説明と同様にして、化合物の安定構造を精度よく探索することができる。
【0046】
以下では、本件で開示する構造探索方法の一例における各工程ついて、詳細に説明する。
本件で開示する構造探索方法は、例えば、相互作用ポテンシャルを特定する工程と、立体構造を特定する工程とを含み、更に必要に応じてその他の工程を含む。
【0047】
まず、本件で開示する構造探索方法は、複数の化合物残基が連結した化合物の安定構造を探索する、コンピュータによる構造探索方法とすることができる。
ここで、安定構造を探索する化合物としては、複数の化合物残基が連結した化合物であれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
化合物残基としては、化合物残基どうしが互いに結合可能なものであれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、アミノ酸残基、反応性を有するモノマー(単量体)などが挙げられる。例えば、化合物残基をアミノ酸残基とする場合は、化合物はペプチド(タンパク質)とすることができ、化合物残基を、反応性を有するモノマー(単量体)とする場合は、化合物はポリマー(重合体)とすることができる。これらの中でも、本件で開示する技術の一例では、化合物残基をアミノ酸残基として、化合物をペプチド(タンパク質)とすることが好ましい。
また、複数の化合物残基が連結した化合物としては、直鎖(一続き)のものに限られるものではなく、化合物中に分岐構造を有するものであってもよい。
【0048】
アミノ酸残基の元となるアミノ酸としては、天然アミノ酸であってもよいし、非天然アミノ酸(修飾アミノ酸、人工アミノ酸)であってもよい。天然アミノ酸としては、例えば、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、トレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン、β-アラニン、β-フェニルアラニンなどが挙げられる。なお、ペプチド(タンパク質)におけるアミノ酸残基の数としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、10以上50以下程度であってもよいし、数百であってもよい。
また、修飾アミノ酸としては、例えば、上述したような天然アミノ酸の構造の一部を修飾(置換)したアミノ酸などが挙げられる。具体的には、修飾アミノ酸としては、例えば、天然アミノ酸の構造の一部をメチル化したアミノ酸などを用いることができる。ここで、本件で開示する技術の一例は、上述したように、修飾アミノ酸などの、相互作用ポテンシャルが未知の化合物基が化合物に含まれる場合でも、当該化合物の安定構造を精度よく探索できるものである。
【0049】
また、化合物残基を、反応性を有するモノマー(単量体)とする際は、相互作用ポテンシャルが未知である場合が多いと考えられるため、化合物に含まれ得るモノマーのそれぞれを、相互作用ポテンシャルが未知の化合物残基として扱うことが好ましい。
【0050】
ここで、化合物残基は、立体構造を特定する工程において、三次元格子空間の各格子点に配置可能な粒子として扱うことが好ましい。このため、化合物残基は、例えば、アミノ酸残基を粗視化した粒子、モノマーを粗視化した粒子などとして扱うことが好ましい。
例えば、アミノ酸残基を粗視化した粒子として扱う場合、ペプチドにおける各アミノ酸残基をそれぞれ1つの粒子に粗視化して扱ってもよいし、アミノ酸残基をペプチド中における主鎖と側鎖に分けて別の粒子(主鎖粒子と側鎖粒子)として扱ってもよい。アミノ酸残基をペプチド中における主鎖と側鎖に分けて、それぞれを別の粒子として扱う場合、側鎖を持たないアミノ酸(例えば、グリシンなど)については、主鎖粒子を側鎖粒子とみなして扱うことが好ましい。
【0051】
<相互作用ポテンシャルを特定する工程(相互作用ポテンシャル特定工程)>
相互作用ポテンシャルを特定する工程(相互作用ポテンシャル特定工程)においては、例えば、複数の化合物残基の内の化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する。なお、以下では、「相互作用ポテンシャルを特定すること」を、「相互作用ポテンシャルを算出する」と称する場合があり、「相互作用ポテンシャルを特定する工程」を、「相互作用ポテンシャルを算出する工程」と称する場合がある。
相互作用ポテンシャルを特定する工程においては、上述したように、化合物残基xに対し、飽和基含有構造部分x-1と、飽和基含有構造部分x+1とを付加して得られた、化合物残基xを有する化合物誘導体xを用意する。
【0052】
ここで、化合物残基xは、化合物残基x-1と化合物残基x+1と隣接している。さらに、化合物残基x-1と化合物残基x+1は、化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する。
化合物残基x-1及び化合物残基x+1における、化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。化合物残基x-1及び化合物残基x+1における、化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基としては、例えば、ヒドロキシ基、アルデヒド基、カルボニル基、カルボキシ基、スルホ基、アミノ基などが挙げられる。
【0053】
相互作用ポテンシャルを特定する工程では、例えば、上記の官能基と、当該官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x-1及び飽和基含有構造部分x+1を化合物残基xに付加する。
ここで、官能基と結合する原子としては、他の原子と結合可能な原子であれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、炭素原子、酸素原子、窒素原子、硫黄原子、リン原子などが挙げられる。
また、原子の原子価を飽和させて得た飽和基としては、例えば、メチル基、ヒドロキシ基、アミノ基などが挙げられる。
【0054】
また、相互作用ポテンシャルを特定する工程において、化合物残基xに対する、飽和基含有構造部分x-1と、飽和基含有構造部分x+1との付加(化合物誘導体xの用意)は、例えば、公知の分子モデリングソフトを用いて行うことができる。
【0055】
また、化合物をペプチドとする場合において、アミノ酸残基xにおけるペプチド結合に関与するアミノ基、及びアミノ酸残基xにおけるペプチド結合に関与するカルボニル基は、一部が化学修飾されたものであってもよい。つまり、本件で開示する技術の一例では、例えば、アミノ酸残基xにおけるペプチド結合に関与するアミノ基は、当該アミノ基における水素が、メチル基に置換された(メチル化された)ものなどであってもよい。言い換えると、本件で開示する技術の一例では、例えば、上記のようなメチル化されたアミノ基側の末端に、アセチル構造部分を付加してもよい。
なお、本件で開示する技術の一例では、例えば、上記のような、ペプチド結合に関与するアミノ基やペプチド結合に関与するカルボニル基が修飾されたアミノ酸残基は、相互作用ポテンシャルが未知の修飾アミノ酸残基として扱う。
【0056】
相互作用ポテンシャルを特定する工程では、例えば、用意した化合物誘導体xについて、飽和基含有構造部分x-1及び飽和基含有構造部分x+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定する。また、化合物をペプチドとする場合は、アミノ酸誘導体xにおける、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分が相互作用を生じないようにパラメータを設定する。
【0057】
また、相互作用ポテンシャルを特定する工程では、例えば、化合物誘導体xを用意する手法と同様の手法で、化合物残基yに対し、飽和基含有構造部分y-1と、飽和基含有構造部分y+1とを付加して得られた、化合物残基yを有する化合物誘導体yを用意する。
さらに、相互作用ポテンシャルを特定する工程では、例えば、化合物誘導体xのパラメータを設定する手法と同様の手法で、化合物誘導体yについても、飽和基含有構造部分y-1及び飽和基含有構造部分y+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定する。
【0058】
そして、相互作用ポテンシャルを特定する工程においては、化合物誘導体xと化合物誘導体yについて設定したパラメータを用いて、化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定(算出)する。
ここで、化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを算出する手法としては、化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用を計算して相互作用ポテンシャルを算出することができれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを算出する手法としては、例えば、分子力学法(Molecular Mechanics)を利用する手法、分子動力学法(Molecular Dynamics)を利用する手法などが挙げられる。また、相互作用ポテンシャルを算出する手法としては、例えば、モンテカルロ(MC)法を用いて、化合物残基xと化合物残基yとの複数の配置を特定し、特定した配置についての分子力学法の計算を行うことにより、相互作用ポテンシャルを算出することもできる。
これらの中でも、化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを算出する手法としては、分子動力学法を利用する手法が好ましい。言い換えると、本件で開示する技術の一例では、相互作用ポテンシャルを算出する工程において、分子動力学計算により、化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを算出することが好ましい。こうすることにより、本件で開示する技術の一例は、一つの側面では、化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用をより適切に評価することができ、より正確性の高い相互作用ポテンシャルを算出することができる。また、分子動力学法により相互作用ポテンシャルを算出する場合において、化合物残基xと化合物残基yとの間のエネルギーの計算には、例えば、分子力学法を用いることができる。
【0059】
ここでは、相互作用ポテンシャルを特定する工程において、分子動力学計算を用いてアミノ酸残基間の相互作用ポテンシャルを求める場合について、パラメータの設定と相互作用ポテンシャルの特定(算出)に関しての詳細を説明する。
相互作用ポテンシャルを分子動力学計算により算出する場合、アミノ酸誘導体のパラメータの設定は、例えば、アミノ酸誘導体における分子力場のパラメータを設定することにより行うことができる。
ここで、分子力場とは、例えば、ペプチドなどの分子中に存在する各原子が、他の原子から受ける力を関数として数式化したものである。分子力場に基づく分子力学計算や分子動力学計算では、原子間に働く力を、例えば、原子間の結合を表すパラメータ(結合距離や結合角など)を変数として、原子の種類や結合状態によって決まるポテンシャル関数を用いて数値で表す。
【0060】
本件で開示する技術の一例では、例えば、アミノ酸誘導体x及びアミノ酸誘導体yにおける、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分が相互作用を生じないように、分子力場のパラメータを調整して設定する。
分子力場としては、特に制限なく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、作成した分子力場を用いてもよし、既存の分子力場を用いてもよい。
分子力場を作成して用いる場合において、分子力場の作成は、例えば、公知の分子力場作成ソフトを用いることができる。
既存の分子力場について、ペプチド(タンパク質)についての分子力場としては、例えば、Amber系の分子力場、CHARMm系の分子力場、OPLS系の分子力場などが挙げられる。Amber系の分子力場としては、例えば、Amber ff99SB-ILDN、Amber 12SBなどが挙げられる。CHARMm系の分子力場としては、例えば、CHARMm36などが挙げられる。
また、分子力場に関して、ペプチド(タンパク質)以外の化合物についての既存力場としては、例えば、有機化合物についての汎用分子力場であるGAFF(General AMBER force field)を用いることができる。また、ペプチドが修飾アミノ酸(非天然アミノ酸)を含む場合には、修飾アミノ酸についての分子力場としては、例えば、分子力場作成ソフトを用いて作成した分子力場やGAFFなどを用いることができる。
【0061】
本件で開示する技術の一例では、パラメータを設定する際に、例えば、原子の電荷を表すパラメータと、分散力(ファンデルワールス力)を表すパラメータを調整することで、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分が相互作用を生じないようにすることができる。
本件で開示する技術の一例では、例えば、アセチル構造部分とN-メチル構造部分の電荷を、既存の分子力場の値を用いて、各構造部分の電荷の合計値が整数になるように固定し、これらの構造部分以外の部分の電荷を、量子化学計算により求める。
より具体的には、本件で開示する技術の一例では、例えば、アセチル構造部分の電荷を、アセチル基に対応する残基種である「ACE基」の電荷に固定し、N-メチル構造部分の電荷を、N-メチル基に対応する残基種である「NME基」の電荷に固定する。これらの残基種においては、通常、各残基種における電荷の合計値が整数になるように、各原子の電荷が設定されている。
そして、本件で開示する技術の一例では、例えば、アミノ酸誘導体についての量子化学計算により構造最適化を行って静電ポテンシャルを算出し、算出した静電ポテンシャルに基づいて、アミノ酸誘導体における電荷のパラメータを求める。
ここで、静電ポテンシャルに基づいて設定するアミノ酸誘導体における電荷としては、例えば、RESP(Restrained Electrostatic Potential)電荷を用いることが好ましい。
【0062】
ここで、上述したように、アミノ酸誘導体における電荷のパラメータを求める際には、アセチル構造部分とN-メチル構造部分の電荷の合計が整数となるようにすることが好ましい。
例えば、周期境界条件を用いた分子動力学計算における、高速な静電相互作用の計算手法であるEwald法やParticle Mesh Ewald法(PME法)を用いるためには、計算系(計算セル)の電荷の総和をゼロとすることが好ましい。分子動力学計算においては、Na+イオンやCl-イオンなどのカウンターイオンを計算系に含めることにより計算系の電荷を調整する。このため、アセチル構造部分とN-メチル構造部分の電荷の合計が整数となるようにすることにより、計算系(計算セル)の電荷の総和をゼロに容易に調整することができる。なお、通常、既存の分子力場における「ACE基」及び「NME基」の電荷のパラメータは、これらの基の電荷の総和がゼロになるように、個々の原子の電荷が設定されている。
【0063】
そして、本件で開示する技術の一例では、例えば、上記のようにして設定したアミノ酸誘導体のパラメータについて、アセチル構造部分とN-メチル構造部分についての電荷を表すパラメータと、分散力を表すパラメータをゼロとする。アセチル構造部分とN-メチル構造部分についての電荷を表すパラメータと、分散力を表すパラメータをゼロとすることは、例えば、アミノ酸誘導体についてのパラメータを設定するファイルを修正することにより行うことができる。
本件で開示する技術の一例では、アセチル構造部分とN-メチル構造部分の電荷を表すパラメータと、分散力を表すパラメータをゼロとすることで、これらの構造部分における、他の分子との相互作用(結合していない原子に与える力)をゼロすることができる。つまり、本件で開示する技術の一例では、アセチル構造部分とN-メチル構造部分の電荷を表すパラメータと、分散力を表すパラメータをゼロとすることにより、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分が相互作用を生じないパラメータを設定することができる。
【0064】
さらに、本件で開示する技術の一例では、例えば、上記のように設定したアセチル構造部分及びN-メチル構造部分が相互作用を生じないパラメータを用いた分子動力学計算を行うことで、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを算出する。
分子動力学計算とは、例えば、ニュートンの運動方程式を数値的に解くことにより、原子などの粒子(質点)の運動をシミュレーションすることを意味する。
分子動力学計算(分子動力学シミュレーション)は、例えば、公知の分子動力学計算プログラムを用いて行うことができる。分子動力学計算プログラムとしては、例えば、AMBER、CHARMm、GROMACS、GROMOS、NAMD、myPresto、MAPLECAFEE(登録商標)などが挙げられる。
【0065】
分子動力学計算においては、例えば、計算の対象分子の初期構造を作成した後、計算系(計算セル)のサイズを設定し、対象分子の周りに溶媒分子(例えば、水分子)を配置する。水分子のモデルとしては、例えば、TIP3Pモデルなどを用いることができる。
そして、分子動力学計算では、例えば、計算セル内の原子の電荷の総和がゼロとなるように、計算セルにNa+イオン、Cl-イオンなどを挿入して、周期的境界条件下で、それぞれの原子に働く力を計算する。そして、分子動力学計算では、例えば、計算系に含まれる各原子が、力を受けてどのように運動するかを、ニュートンの運動方程式に基づいて計算する。
【0066】
ここで、分子動力学計算においては、より安定なシミュレーションを実施するために、溶媒分子の構造緩和と計算系のサイズの調整を行うことが好ましい。溶媒分子の構造緩和は、例えば、計算系のサイズを固定し、対象分子の主鎖の原子に位置拘束をかけた条件で、粒子数、体積、温度一定の分子動力学計算(NVT計算)により行うことができる。また、計算系のサイズの調整は、例えば、溶媒分子の構造緩和を行った後に、粒子数、圧力、温度一定の分子動力学計算(NPT計算)による計算系全体の平衡化により行うことができる。
さらに、分子動力学計算においては、例えば、上述のようにしてサイズの調整を行った計算セルについて、NVT計算又はNPT計算を実行することにより、より安定なシミュレーションを継続して行うことができる。
また、分子動力学計算は、例えば、280K(ケルビン)以上320K以下程度の設定温度下で行うことが好ましい。
【0067】
本件で開示する技術の一例では、例えば、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分が相互作用を生じないパラメータを用いた分子動力学計算を行うことで、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yについての構造のサンプリングを行う。
ここで、分子動力学計算による、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yについての構造のサンプリングは、例えば、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとを所定の距離で配置した計算系についての、NPT計算を実行することにより行うことができる。このようにして、本件で開示する技術の一例では、例えば、分子動力学計算により、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yの構造のサンプリングを行うことで、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用の大きさ等を解析することができる。
【0068】
そして、本件で開示する技術の一例では、例えば、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yの構造のサンプリングのデータ(トラジェクトリのデータなど)を解析することにより、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yについての自由エネルギーを求めることができる。より具体的は、本件で開示する技術の一例では、例えば、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yの構造のサンプリングのデータに基づいて、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の距離についてのPMFを求めることができる。
PMF(Potential of Mean Force;平均力ポテンシャル)は、例えば、計算系の自由エネルギー曲面(任意の反応座標に沿って自由エネルギーをプロットした曲面)を表すことができるものである。このため、例えば、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の距離についてのPMFを求めることにより、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの距離に応じた自由エネルギーの変化を求めることができる。
【0069】
本件で開示する技術の一例において、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yの構造のサンプリングのデータに基づいてPMFを求める手法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。アミノ酸残基xとアミノ酸残基yの構造のサンプリングのデータに基づいてPMFを求める手法としては、例えば、アンブレラサンプリング法、レプリカ交換アンブレラサンプリング法、マルチカノニカル法などが挙げられる。これらの中でも、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yの構造のサンプリングのデータに基づいてPMFを求める手法としては、アンブレラサンプリング法を用いることが好ましい。
【0070】
アンブレラサンプリング法を用いてPMFを求める場合には、例えば、アミノ酸誘導体xとアミノ酸誘導体yの間の距離を拘束(束縛)した条件の分子動力学計算を、拘束する距離を変更して複数行う。そして、例えば、それぞれの分子動力学計算によるサンプリングのデータを接続することにより、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yの間の距離に応じたPMFを求めることができる。さらに、例えば、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yの間の距離に応じたPMFから、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yの間の距離を反応座標としたPMFのグラフ(自由エネルギー地形)を得ることができる。
また、それぞれの分子動力学計算によるサンプリングのデータを接続する手法としては、例えば、WHAM法(Weighted Histogram Analysis Method)などを用いることができる。
【0071】
本件で開示する技術の一例では、例えば、上述したようにして求めたPMFに基づいて、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを算出する。アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルは、例えば、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yの間の距離に応じたPMFの値を、アミノ酸残基を配置する三次元格子空間におけるアミノ酸残基間の距離に対応するように変換して算出できる。
本件で開示する構造探索方法における、相互作用ポテンシャルを算出する工程では、例えば、上述したように、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yを含む系についての分子動力学計算に基づいて、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yの間の距離に応じたPMFを求める。そして、相互作用ポテンシャルを算出する工程では、例えば、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yの間の距離に応じたPMFに基づいて、ペプチドの立体構造を作成する工程で利用可能な、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを算出する。
【0072】
また、本件で開示する技術の一例においては、上述した、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルの算出を、立体構造を探索するペプチドの種類の組み合わせ全てについて行うことが好ましい。言い換えると、本件で開示する技術の一例では、一つの側面では、複数のアミノ酸残基における、2つのアミノ酸残基の種類の組合せの総てについて相互作用ポテンシャルを算出することが好ましい。つまり、本件で開示する技術の一例では、一つの側面では、複数の化合物残基における、2つの化合物残基の種類の組合せの総てについて相互作用ポテンシャルを算出することが好ましい。
こうすることにより、本件で開示する技術の一例では、化合物を形成する複数のアミノ酸残基を、三次元格子空間の各格子点に配置する際に、もれなく正確性が高い相互作用ポテンシャルを考慮することができ、化合物の安定構造の探索の精度をより向上できる。
なお、本件で開示する技術は、上記の例に限定されるものではなく、例えば、通常の天然アミノ酸残基(20種類の天然アミノ酸)どうしの組合せについては、上述した汎用的な既知の相互作用ポテンシャルを用いてもよい。
【0073】
<立体構造を特定する工程(立体構造特定工程)>
立体構造を特定する工程では、例えば、格子点の集合である三次元格子空間の各格子点に、相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを考慮して複数の化合物残基を順次配置し、三次元格子空間に化合物の立体構造を特定する。なお、以下では、「立体構造を特定すること」を、「立体構造を作成する」と称する場合があり、「立体構造を特定する工程」を、「立体構造を作成する工程」と称する場合がある。
立体構造を特定する工程において、三次元格子空間に化合物の立体構造を特定(作成)する手法としては、相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを考慮可能なものであれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。立体構造を特定する工程において、三次元格子空間に化合物の立体構造を特定(作成)する手法としては、例えば、化合物の配置する条件や制約に基づいた目的関数式に基づいて立体構造を特定する手法を好適に用いることができる。
【0074】
<<目的関数式>>
目的関数式とは、一般に、組合せ最適化問題における条件や制約に基づいた関数を意味し、当該目的関数式における変数(パラメータ)が、組合せ最適化問題における最適な組合せとなるときに、最小の値をとる関数である。なお、目的関数式(目的関数)は、エネルギー関数、コスト関数、ハミルトニアンなどと称される場合もある。
ここで、三次元格子空間の各格子点に、複数の化合物残基を順次配置し、三次元格子空間において化合物の立体構造を特定することは、各格子点に配置する化合物残基の組合せを最適化する最適化問題と考えることができる。このため、例えば、目的関数式が最小の値となる変数の組合せを探索することにより、組合せ最適化問題の解を探索すること、即ち、三次元格子空間において化合物の安定な立体構造を探索することができる。
【0075】
目的関数式としては、相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを考慮可能であり、化合物の安定な立体構造となるときに低い値となるものであれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
目的関数式としては、例えば、下記の4つの項を少なくとも含むものが好ましい。
・複数の化合物残基のそれぞれは一つしか存在しないことを表す項
・複数の化合物残基は一の格子点においては重複して存在しないことを表す項
・複数の化合物残基のうち、互いに連結結合する化合物残基どうしは、三次元格子空間において隣接する格子点に存在することを表す項
・相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを表す項
【0076】
ここで、上記4つの項のうち、相互作用ポテンシャルを表す項以外の3つの項は、例えば、作成する化合物の立体構造を、化合物として矛盾なく存在し得る構造とするための制約項であると考えることができる。これらの3つの制約項は、例えば、各項が表す制約を満たすときに値が小さくなる(例えば、値がゼロとなる)項とすることができる。こうすることにより、本件で開示する技術の一例では、例えば、探索した化合物の立体構造が、化合物として矛盾なく存在し得る構造であるときに、目的関数式の値が小さくなるため、より適切な立体構造を探索することができる。
また、上記の目的関数式における相互作用ポテンシャルを表す項は、特定する化合物の立体構造を、エネルギー的に安定な構造とするための相互作用を表す項と考えることができる。相互作用ポテンシャルを表す項は、例えば、三次元格子空間の各格子点に配置した各化合物残基間の距離に応じて、相互作用が安定な(エネルギーが低い)ときに、より小さな値となる項とすることができる。こうすることにより、本件で開示する技術の一例では、例えば、探索した化合物の立体構造が、よりエネルギー的に安定な構造であるときに、目的関数式の値が小さくなるため、より適切な立体構造を探索することができる。
つまり、本件で開示する技術の一例においては、上記の4つの項を含む目的関数式に基づき、化合物の立体構造を特定することにより、探索する立体構造を、化合物として矛盾なく存在し得る構造、かつ、エネルギー的に安定な構造とすることができる。
【0077】
また、本件で開示する技術の一例において、目的関数式としては、例えば、下記の式(1)で表されるものを用いることが好ましい。本件で開示する技術の一例では、例えば、下記の式(1)を最小化(最適化)することにより、化合物の立体構造を特定することで、より安定な化合物の構造を探索することができる。
【0078】
【数1】
ただし、式(1)において、Eは、目的関数式である。
H
oneは、複数の化合物残基のそれぞれは一つしか存在しないことを表す項である。
H
olapは、複数の化合物残基は一の格子点においては重複して存在しないことを表す項である。
H
connは、複数の化合物残基のうち、互いに連結結合する化合物残基どうしは、三次元格子空間において隣接する格子点に存在することを表す項である。
H
pairは、相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを表す項である。
【0079】
上記の式(1)において、Hone、Holap、及びHconnは、例えば、特定する化合物の立体構造が、化合物として矛盾なく存在し得る構造とするための制約項であり、各項が表す制約を満たすときに値が小さくなる(例えば、値がゼロとなる)項とすることができる。
また、上記の式(1)において、Hpairは、例えば、特定する化合物の立体構造を、エネルギー的に安定な構造とするための相互作用を表す項であり、相互作用が安定な(エネルギーが低い)ときに、より小さな値となる項とすることができる。
なお、上記の式(1)におけるHone、Holap、Hconn、及びHpairについての、より具体的な表現等に関しては後述する。
【0080】
ここで、目的関数式を最小化する手法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、下記式(2)で表されるイジングモデル式に変換した目的関数式に基づいて最小化する手法が好ましい。言い換えると。本件で開示する技術の一例では、立体構造を特定する工程が、下記式(2)で表されるイジングモデル式に変換した目的関数式に基づく最適化処理により行われることが好ましい。なお、下記式(2)で表されるイジングモデル式は、QUBO(Quadratic Unconstrained Binary Optimization)形式のイジングモデル式である。
【数2】
ただし、上記式(2)において、Eは、イジングモデル式に変換した目的関数式である。
w
ijは、i番目のビットとj番目のビットとの間の相互作用を表す数値である。
b
iは、i番目のビットに対するバイアスを表す数値である。
x
iは、i番目のビットが0又は1であることを表すバイナリ変数である。
x
jは、j番目のビットが0又は1であることを表すバイナリ変数である。
【0081】
ここで、上記式(2)におけるwijは、例えば、イジングモデル式に変換する前の目的関数式における各パラメータの数値などを、xiとxjの組み合わせ毎に抽出することにより求めることができ、通常は行列となる。
上記式(2)における右辺の一項目は、全回路から選択可能な2つの回路の全組み合わせについて、漏れと重複なく、2つの回路の状態(ステート)と重み値(ウエイト)との積を積算したものである。
また、上記式(2)における右辺の二項目は、全回路のそれぞれのバイアスの値と状態との積を積算したものである。
つまり、イジングモデル式に変換する前の目的関数式のパラメータを抽出して、wij及びbiを求めることにより、目的関数式を、上記式(2)で表されるイジングモデル式に変換することができる。
【0082】
上記のようなイジングモデル式に変換した目的関数式の最適化(最小化)は、例えば、アニーリングマシンなどを用いた焼き鈍し法(アニーリング)を行うことにより、短時間で実行することができる。つまり、本件で開示する技術の一例では、立体構造を特定する工程が、イジングモデル式について、焼き鈍し法を用いた基底状態探索を実行することにより、イジングモデル式の最小エネルギーを特定(算出)することにより行われることが好ましい。
目的関数式の最適化に用いるアニーリングマシンとしては、例えば、量子アニーリングマシン、半導体技術を用いた半導体アニーリングマシン、CPU(Central Processing Unit)やGPU(Graphics Processing Unit)を用いてソフトウェアにより実行されるシミュレーテッド・アニーリング(Simulated Annealing)を行うマシンなどが挙げられる。また、アニーリングマシンとしては、例えば、デジタルアニーラ(登録商標)を用いてもよい。
なお、アニーリングマシンを用いた焼き鈍し法の詳細については後述する。
【0083】
<その他の工程>
その他の工程としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0084】
(構造探索装置)
本件で開示する構造探索装置は、複数の化合物残基が連結した化合物の安定構造を探索する構造探索装置であって、
複数の化合物残基の内の化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する相互作用ポテンシャル特定部と、
格子点の集合である三次元格子空間の各格子点に、相互作用ポテンシャル特定部を用いて特定した相互作用ポテンシャルを考慮して複数の化合物残基を順次配置し、三次元格子空間に化合物の立体構造を特定する立体構造特定部と、
を含み、
相互作用ポテンシャル特定部が、
化合物残基xに対し、
化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基xに隣接する化合物残基x-1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x-1と、
化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基xに隣接する化合物残基x+1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x+1と、
を付加して得られた、化合物残基xを有する化合物誘導体xにおける、飽和基含有構造部分x-1及び飽和基含有構造部分x+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定し、
化合物残基yに対し、
化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基yに隣接する化合物残基y-1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y-1と、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基yに隣接する化合物残基y+1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y+1と、
を付加して得られた、化合物残基yを有する化合物誘導体yにおける、飽和基含有構造部分y-1及び飽和基含有構造部分y+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定して、
化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する。
【0085】
本件で開示する構造探索装置は、例えば、本件で開示する構造探索方法を実行する装置とすることができる。また、本件で開示する構造探索装置における好適な態様は、例えば、本件で開示する構造探索方法における好適な態様と同様にすることができる。
【0086】
(構造探索用プログラム)
本件で開示する構造探索用プログラムは、複数の化合物残基が連結した化合物の安定構造を探索する、コンピュータによる構造探索を行わせるプログラムであって、
複数の化合物残基の内の化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する工程と、
格子点の集合である三次元格子空間の各格子点に、相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを考慮して複数の化合物残基を順次配置し、三次元格子空間に化合物の立体構造を特定する工程と、
をコンピュータに行わせ、
相互作用ポテンシャルを特定する工程が、
化合物残基xに対し、
化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基xに隣接する化合物残基x-1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x-1と、
化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基xに隣接する化合物残基x+1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x+1と、
を付加して得られた、化合物残基xを有する化合物誘導体xにおける、飽和基含有構造部分x-1及び飽和基含有構造部分x+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定し、
化合物残基yに対し、
化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基yに隣接する化合物残基y-1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y-1と、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基yに隣接する化合物残基y+1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y+1と、
を付加して得られた、化合物残基yを有する化合物誘導体yにおける、飽和基含有構造部分y-1及び飽和基含有構造部分y+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定して、
化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する。
【0087】
本件で開示する構造探索用プログラムは、例えば、本件で開示する構造探索方法をコンピュータに実行させるプログラムとすることができる。また、本件で開示する構造探索用プログラムにおける好適な態様は、例えば、本件で開示する構造探索方法における好適な態様と同様にすることができる。
【0088】
本件で開示する構造探索用プログラムは、使用するコンピュータシステムの構成及びオペレーティングシステムの種類・バージョンなどに応じて、公知の各種のプログラム言語を用いて作成することができる。
【0089】
本件で開示する構造探索用プログラムは、内蔵ハードディスク、外付けハードディスクなどの記録媒体に記録しておいてもよいし、CD-ROM、DVD-ROM、MOディスク、USBメモリなどの記録媒体に記録しておいてもよい。
さらに、本件で開示する構造探索用プログラムを、上記の記録媒体に記録する場合には、必要に応じて、コンピュータシステムが有する記録媒体読取装置を通じて、これを直接又はハードディスクにインストールして使用することができる。また、コンピュータシステムから情報通信ネットワークを通じてアクセス可能な外部記憶領域(他のコンピュータなど)に本件で開示する構造探索用プログラムを記録しておいてもよい。この場合、外部記憶領域に記録された本件で開示する最適化プログラムは、必要に応じて、外部記憶領域から情報通信ネットワークを通じてこれを直接、又はハードディスクにインストールして使用することができる。
なお、本件で開示する構造探索用プログラムは、複数の記録媒体に、任意の処理毎に分割されて記録されていてもよい。
【0090】
(コンピュータが読み取り可能な記録媒体)
本件で開示するコンピュータが読み取り可能な記録媒体は、本件で開示する構造探索用プログラムを記録してなる。
本件で開示するコンピュータが読み取り可能な記録媒体としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、内蔵ハードディスク、外付けハードディスク、CD-ROM、DVD-ROM、MOディスク、USBメモリなどが挙げられる。
また、本件で開示するコンピュータが読み取り可能な記録媒体は、本件で開示する構造探索用プログラムが任意の処理毎に分割されて記録された複数の記録媒体であってもよい。
【0091】
(相互作用ポテンシャル特定方法)
本件で開示する相互作用ポテンシャル特定方法は、複数の化合物残基が連結した化合物における化合物残基間の相互作用ポテンシャルを特定する、コンピュータによる相互作用ポテンシャル特定方法であって、
複数の化合物残基の内の化合物残基xに対し、
化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基xに隣接する化合物残基x-1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x-1と、
化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基xに隣接する化合物残基x+1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x+1と、
を付加して得られた、化合物残基xを有する化合物誘導体xにおける、飽和基含有構造部分x-1及び飽和基含有構造部分x+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定し、
複数の化合物残基の内の化合物残基yに対し、
化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基yに隣接する化合物残基y-1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y-1と、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、化合物残基yに隣接する化合物残基y+1における、
官能基と、官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y+1と、
を付加して得られた、化合物残基yを有する化合物誘導体yにおける、飽和基含有構造部分y-1及び飽和基含有構造部分y+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定して、
化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する。
【0092】
本件で開示する相互作用ポテンシャル特定方法は、例えば、本件で開示する構造探索方法における、相互作用ポテンシャルを特定する工程と同様に行うことができる。また、本件で開示する相互作用ポテンシャル特定方法における好適な態様は、例えば、本件で開示する構造探索方法における、相互作用ポテンシャルを特定する工程における好適な態様と同様にすることができる。
【0093】
以下では、装置の構成例やフローチャートなどを用いて、本件で開示する技術の一例を更に詳細に説明する。
図7に、本件で開示する構造探索装置のハードウェア構成例を示す。
構造探索装置100においては、例えば、制御部101、主記憶装置102、補助記憶装置103、I/Oインターフェイス104、通信インターフェイス105、入力装置106、出力装置107、表示装置108が、システムバス109を介して接続されている。
【0094】
制御部101は、演算(四則演算、比較演算、焼き鈍し法の演算等)、ハードウェア及びソフトウェアの動作制御などを行う。制御部101としては、例えば、CPU(Central Processing Unit)であってもよいし、焼き鈍し法に用いるアニーリングマシンの一部であってもよく、これらの組み合わせでもよい。
制御部101は、例えば、主記憶装置102などに読み込まれたプログラム(例えば、本件で開示する構造探索用プログラムなど)を実行することにより、種々の機能を実現する。
本件で開示する構造探索装置における相互作用ポテンシャル特定部及び立体構造特定部が行う処理は、例えば、制御部101により行うことができる。
【0095】
主記憶装置102は、各種プログラムを記憶するとともに、各種プログラムを実行するために必要なデータ等を記憶する。主記憶装置102としては、例えば、ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)の少なくともいずれかを有するものを用いることができる。
ROMは、例えば、BIOS(Basic Input/Output System)などの各種プログラムなどを記憶する。また、ROMとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、マスクROM、PROM(Programmable ROM)などが挙げられる。
RAMは、例えば、ROMや補助記憶装置103などに記憶された各種プログラムが、制御部101により実行される際に展開される作業範囲として機能する。RAMとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、DRAM(Dynamic Random Access Memory)、SRAM(Static Random Access Memory)などが挙げられる。
【0096】
補助記憶装置103としては、各種情報を記憶できれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ソリッドステートドライブ(SSD)、ハードディスクドライブ(HDD)などが挙げられる。また、補助記憶装置103は、CDドライブ、DVDドライブ、BD(Blu-ray(登録商標) Disc)ドライブなどの可搬記憶装置としてもよい。
また、本件で開示する構造探索用プログラムは、例えば、補助記憶装置103に格納され、主記憶装置102のRAM(主メモリ)にロードされ、制御部101により実行される。
【0097】
I/Oインターフェイス104は、各種の外部装置を接続するためのインターフェイスである。I/Oインターフェイス104は、例えば、CD-ROM(Compact Disc ROM)、DVD-ROM(Digital Versatile Disk ROM)、MOディスク(Magneto-Optical disk)、USBメモリ〔USB(Universal Serial Bus) flash drive〕などのデータの入出力を可能にする。
【0098】
通信インターフェイス105としては、特に制限はなく、適宜公知のものを用いることができ、例えば、無線又は有線を用いた通信デバイスなどが挙げられる。
入力装置106としては、構造探索装置100に対する各種要求や情報の入力を受け付けることができれば特に制限はなく、適宜公知のものを用いることができ、例えば、キーボード、マウス、タッチパネル、マイクなどが挙げられる。また、入力装置106がタッチパネル(タッチディスプレイ)である場合は、入力装置106が表示装置108を兼ねることができる。
【0099】
出力装置107としては、特に制限はなく、適宜公知のものを用いることができ、例えば、プリンタなどが挙げられる。
表示装置108としては、特に制限はなく、適宜公知のものを用いることができ、例えば、液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイなどが挙げられる。
【0100】
図8に、本件で開示する構造探索装置の他のハードウェア構成例を示す。
図8に示す例において、構造探索装置100は、相互作用ポテンシャルを特定する処理、目的関数を定義する処理などを行うコンピュータ200と、イジングモデル式の最適化(基底状態探索)を行うアニーリングマシンに300とに分かれている。また、
図8に示す例において、構造探索装置100におけるコンピュータ200とアニーリングマシン300は、ネットワーク400により接続されている。
図8に示す例では、例えば、コンピュータ200における制御部101aとしてはCPUなどを用いることができ、アニーリングマシン300における制御部101bとしては焼き鈍し法(アニーリング)に特化した装置を用いることができる。
【0101】
図8に示す例においては、例えば、コンピュータ200により、相互作用ポテンシャルを特定する処理、目的関数式を定義するための各種の設定を行って目的関数式を定義し、定義した目的関数式をイジングモデル式に変換する。そして、イジングモデル式におけるウエイト(w
ij)及びバイアス(b
i)の値の情報を、コンピュータ200からアニーリングマシン300にネットワーク400を介して送信する。
次いで、アニーリングマシン300により、受信したウエイト(w
ij)及びバイアス(b
i)の値の情報に基づいてイジングモデル式の最適化(最小化)を行い、イジングモデル式の最小値と、当該最小値を与えるビットの状態(ステート)を求める。そして、求めたイジングモデル式の最小値と、当該最小値を与えるビットの状態(ステート)とを、アニーリングマシン300からコンピュータ200にネットワーク400を介して送信する。
続いて、コンピュータ200により、受信したイジングモデル式に最小値を与えるビットの状態(ステート)に基づいて、化合物の安定構造等を求める。
【0102】
図9に、本件で開示する構造探索装置の機能構成例を示す。
図9に示すように、構造探索装置100は、通信機能部120と、入力機能部130と、出力機能部140と、表示機能部150と、記憶機能部160と、制御機能部170とを備える。
【0103】
通信機能部120は、例えば、各種のデータを外部の装置と送受信する。通信機能部120は、例えば、外部の装置から、安定構造を探索する化合物の構造データ、イジングモデル式に変換した目的関数式におけるバイアス及びウエイトのデータ等を受信してもよい。
入力機能部130は、例えば、構造探索装置100に対する各種指示を受け付ける。また、入力機能部130は、例えば、安定構造を探索する化合物の構造データ、イジングモデル式に変換した目的関数式におけるバイアス及びウエイトのデータ等の入力を受け付けてもよい。
出力機能部140は、例えば、探索した化合物の安定構造のデータなどをプリントして出力する。
表示機能部150は、例えば、探索した化合物の安定構造のデータなどをディスプレイに表示する。
記憶機能部160は、例えば、各種プログラム、安定構造を探索する化合物の構造データ、分子動力学計算に用いるパラメータファイル(トポロジーファイル)、特定した相互作用ポテンシャルのデータ、探索した化合物の安定構造のデータなどを記憶する。
【0104】
制御機能部170は、相互作用ポテンシャル特定部171と、立体構造特定部175とを有する。
相互作用ポテンシャル特定部(相互作用ポテンシャル算出部)171は、例えば、化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する。相互作用ポテンシャル特定部171は、化合物誘導体作成部172と、パラメータ設定部173と、分子動力学計算部174とを有する。
化合物誘導体作成部172は、例えば、化合物残基xを有する化合物誘導体xと、化合物残基yを有する化合物誘導体yとを作成して用意する。パラメータ設定部173は、例えば、化合物誘導体x及び化合物誘導体yにおける、飽和基含有構造部分xが相互作用を生じないようにパラメータを設定する。分子動力学計算部174は、例えば、化合物誘導体xと化合物誘導体yとを含む計算系についての分子動力学計算を行う。
【0105】
立体構造特定部(立体構造作成部)175は、例えば、格子点の集合である三次元格子空間の各格子点に、相互作用ポテンシャル特定部を用いて特定した相互作用ポテンシャルを考慮して複数の化合物残基を順次配置し、三次元格子空間に化合物の立体構造を特定する。立体構造特定部175は、目的関数式作成部176と、最適化処理部177とを有する
目的関数式作成部176は、例えば、化合物の立体構造の作成に用いる目的関数式を作成すると共に、作成した目的関数式をイジングモデル式に変換する。最適化処理部177は、例えば、イジングモデル式について、焼き鈍し法を用いた基底状態探索を実行することにより、イジングモデル式の最小エネルギーを算出する。
【0106】
図10に、本件で開示する技術の一例を用いて、ペプチドの安定構造の探索に用いる相互作用ポテンシャルを特定する際のフローチャートの例を示す。
【0107】
まず、相互作用ポテンシャル特定部171は、安定構造を探索するペプチドにおける、アミノ酸残基の配列を特定する(S101)。より具体的には、S101において、相互作用ポテンシャル特定部171は、安定構造を探索するペプチドに含まれるアミノ酸残基の種類と、当該ペプチドにおいてアミノ酸残基が結合する順番を特定する。
次に、相互作用ポテンシャル特定部171は、ペプチドに含まれるアミノ酸残基から、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yを選択する(S102)。言い換えると、S102において、相互作用ポテンシャル特定部171は、ペプチドに含まれるアミノ酸残基から、2つのアミノ酸残基を選択する。
【0108】
次いで、相互作用ポテンシャル特定部171は、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yのそれぞれについて、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分を付加し、アミノ酸誘導体xとアミノ酸誘導体yを用意する(S103)。より具体的には、S103において、相互作用ポテンシャル特定部171は、アミノ酸残基xに対し、アセチル構造部分とN-メチル構造部分を付加して得られた、アミノ酸残基xを有するアミノ酸誘導体xを用意する。さらに、S103において、相互作用ポテンシャル特定部171は、アミノ酸残基yに対し、アセチル構造部分とN-メチル構造部分を付加して得られた、アミノ酸残基yを有するアミノ酸誘導体yを用意する。
続いて、相互作用ポテンシャル特定部171は、アミノ酸誘導体xとアミノ酸誘導体yとについて、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分が相互作用を生じないように、分子力場のパラメータを設定する(S104)。より具体的には、S104においては、例えば、アセチル構造部分とN-メチル構造部分の電荷を、既存の分子力場の値を用いて、各構造部分の電荷の合計値が整数になるように固定し、これらの構造部分以外の部分の電荷を、量子化学計算により求める。さらに、S104においては、例えば、アセチル構造部分とN-メチル構造部分の電荷を表すパラメータと、分散力を表すパラメータをゼロとする。
【0109】
そして、相互作用ポテンシャル特定部171は、パラメータを設定した分子力場を用いて、アミノ酸誘導体xとアミノ酸誘導体yとの間の距離を拘束した条件の分子動力学計算を、拘束する距離を変更して複数回行う(S105)。より具体的には、S105においては、例えば、S104で設定した分子力場を用いて、アミノ酸誘導体xとアミノ酸誘導体yとの間の距離を変更した分子動力学計算を、距離を変更する範囲において所定の回数行うことで、アミノ酸誘導体xとアミノ酸誘導体yの構造のサンプリングを行う。
次に、相互作用ポテンシャル特定部171は、分子動力学計算により、アミノ酸誘導体xとアミノ酸誘導体yとの構造をサンプリングして得た、アミノ酸誘導体xとアミノ酸誘導体yの分布のデータに基づいて、PMFを求める(S106)。より具体的には、S106において、相互作用ポテンシャル特定部171は、例えば、S105で行ったそれぞれの分子動力学計算によるサンプリングのデータを接続することにより、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yの間の距離に応じたPMFを求める。
【0110】
次いで、相互作用ポテンシャル特定部171は、PMFに基づき、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定(算出)する(S107)。より具体的には、S107においては、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yの間の距離に応じたPMFの値を、アミノ酸残基を配置する三次元格子空間におけるアミノ酸残基間の距離に対応するように変換することにより、相互作用ポテンシャルを算出する。
続いて、相互作用ポテンシャル特定部171は、ペプチドに含まれる、2つのアミノ酸残基の種類の組合せの総てについて、相互作用ポテンシャルを特定したか否かを判定する(S108)。より具体的には、S108において、相互作用ポテンシャル特定部171は、2つのアミノ酸残基の種類の組合せの総てについて、相互作用ポテンシャルを特定していないと判定した場合は、処理をS102に戻す。一方、S108において、相互作用ポテンシャル特定部171は、2つのアミノ酸残基の種類の組合せの総てについて、相互作用ポテンシャルを特定したと判定した場合は、処理を終了させる。なお、相互作用ポテンシャル特定部171は、S108において処理をS102に戻した場合は、S102において、まだ相互作用ポテンシャルを特定していないアミノ酸残基xとアミノ酸残基yを選択するようにすることが好ましい。
【0111】
図11に、本件で開示する技術の一例を用いて特定した相互作用ポテンシャルを考慮して、ペプチドの安定構造を探索する際のフローチャートの例を示す。
【0112】
まず、立体構造特定部175は、三次元格子空間を定義する(S201)。より具体的には、S201において、立体構造特定部175は、安定構造を探索するペプチドにおけるアミノ酸残基の数に基づいて、複数のアミノ酸残基が順次配置される格子点の集合である三次元格子空間を定義する。
ここで、三次元格子空間の定義の一例を説明する。なお、格子空間は三次元であるが、以下では、簡略化のため二次元の場合を例として示す。
まず、ダイアモンド格子空間において半径rにある格子の集合をShellとし、各格子点をS
rとする。すると、各格子点S
rは、
図12のように表すことができる。
【0113】
各格子点S
rは、
図12のように定義すると、例えば、1個目から5個目のアミノ酸残基の移動先の格子点の集合V
1~V
5は、
図13A~
図13Dに示すようになる。
ここで、
図13Aにおいては、V
1=S
1であり、V
2=S
2である。同様に、
図13BにおいてはV
3=S
3であり。
図13CにおいてはV
4=S
2、S
4であり、
図13DにおいてはV
5=S
3、S
5である。
なお、S
1、S
2、S
3を三次元で表すと
図14のようになる。
図14においては、A=S
1であり、B=S
2であり、C=S
3である。
【0114】
また、n個のアミノ酸残基を有するペプチドにおけるi番目のアミノ酸残基に必要な空間Viは、以下の式で表される。
【0115】
【数3】
ここで、i={1,2,3,......n}である。
そして、奇数番目(i=奇数)のアミノ酸残基の場合は、J={1,3,.....i}であり、偶数番目(i=偶数)のアミノ酸残基の場合は、J={2,4,.....i}である。
【0116】
続いて、
図11に戻り、立体構造特定部175は、i番目のアミノ酸残基の移動先の格子点の集合をV
iとして定義する(S202)。S202において、i番目のアミノ酸残基の移動先の格子点の集合をV
iとして定義することにより、各アミノ酸残基が配置される空間が定義される。
【0117】
次に、立体構造特定部175は、各格子点に、計算に用いるビットを割り当てる(S203)。言い換えると、S203では、立体構造特定部175は、各ビットX
1~X
nに空間の情報を割り振る。
具体的には、
図15Aから
図15Cに示すように、各アミノ酸残基の配置される空間に対して、その格子点にアミノ酸残基が存在することを「1」で、無いことを「0」で表すビットを割り振る。なお、
図15Aから
図15Cにおいては、説明の都合上、各アミノ酸残基2~4に対して複数のX
iに割当てられているが、実際は、1つのアミノ酸残基に対して、1つのビットX
iが割り当てられる。
【0118】
次に、
図11に戻り、立体構造特定部175は、算出した相互作用ポテンシャルを考慮して、下記の式(1)で表される目的関数式を定義する(S204)。
【数4】
ただし、式(1)において、Eは、目的関数式である。
H
oneは、複数の化合物残基のそれぞれは一つしか存在しないことを表す項である。
H
olapは、複数の化合物残基は一の格子点においては重複して存在しないことを表す項である。
H
connは、複数の化合物残基のうち、互いに連結結合する化合物残基どうしは、三次元格子空間において隣接する格子点に存在することを表す項である。
H
pairは、相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを表す項である。
【0119】
ここで、上記の式(1)における各項の一例について説明する。
なお、以下において説明する
図16から
図19Bにおいて、X
1は、番号1のアミノ酸残基が配置可能な位置を表す。X
2~X
5は、番号2のアミノ酸残基が配置可能な位置を表す。X
6~X
13は、番号3のアミノ酸残基が配置可能な位置を表す。X
14~X
29は、番号4のアミノ酸残基が配置可能な位置を表す。
【0120】
【0121】
上記H
oneにおいて、X
a、X
bは、1又は0を取る。すなわち、H
oneは、
図16において、X
2、X
3、X
4、X
5のうち、いずれか一つだけ1であるため、いずれか二つ以上1になっていた場合にエネルギーが上がる関数であり、一つだけ1であった場合は0になるというペナルティーの項である。
なお、上記H
oneにおいて、λ
oneは、重み付けのための係数である。
【0122】
【0123】
上記H
olapにおいて、X
a、X
bは、1又は0を取る。すなわち、H
olapは、
図17において、X
2が1のとき、X
14が1になった場合にペナルティーが発生する項である。
なお、上記H
olapにおいて、λ
olapは、重み付けのための係数である。
【0124】
Hconnの一例を以下に示す。
【0125】
【数7】
上記のH
connは、アミノ酸残基どうしの繋がりを評価する関数であり、X
d、X
uは、1又は0を取る。すなわち、H
connは、
図18において、X
2が1のとき、X
13、X
6、X
7のいずれかがが1であればエネルギーが下がる式であり、ペプチドにおけるすべてのアミノ酸残基が、結合順序を満たすように連結していると0になるというペナルティー項である。
なお、上記H
connにおいて、λ
connは、重み付けのための係数である。例えば、λ
one>λ
connの関係とすることができる。
また、H
connは、上記の数式を変形して、ペプチドにおけるアミノ酸残基が連結しているときに、値が小さくなりマイナスになるような関数としてもよい。
【0126】
Hpairの一例を以下に示す。
【0127】
【0128】
上記H
pairにおいて、X
a、X
bは、1又は0を取る。すなわち、H
pairは、
図19A及び
図19Bにおいて、X
1が1のとき、X
15が1になった場合にX
1のアミノ酸残基とX
15のアミノ酸残基との間に相互作用P
ω(x1)ω(x15)が働き、エネルギーが変化するという関数である。相互作用P
ω(x1)ω(x15)は、例えば、本件で開示する技術における、相互作用ポテンシャルを特定する工程により決定される。
【0129】
続いて、
図11に戻り、立体構造特定部175は、目的関数式を、式(2)のイジングモデル式に変換する(S205)。より具体的には、S205において、立体構造特定部175は、目的関数式におけるパラメータを抽出して、下記式(2)におけるb
i(バイアス)及びw
ij(ウエイト)を求めることにより、目的関数式を、下記式(2)で表されるイジングモデル式に変換する。
【数9】
ただし、上記式(2)において、Eは、イジングモデル式に変換した目的関数式である。
w
ijは、i番目のビットとj番目のビットとの間の相互作用を表す数値である。
b
iは、i番目のビットに対するバイアスを表す数値である。
x
iは、i番目のビットが0又は1であることを表すバイナリ変数である。
x
jは、j番目のビットが0又は1であることを表すバイナリ変数である。
【0130】
次に、立体構造特定部175は、アニーリングマシンを用いて、上記式(2)を最小化する(S206)。言い換えると、S206において、立体構造特定部175は、上記式(2)についての焼き鈍し法を用いた基底状態探索(最適化計算)を実行することにより、上記式(2)の最小値を算出することで、目的関数式に最小値を与えるビットの状態を特定する。
続いて、立体構造特定部175は、上記式(2)に最小値を与えるビットの状態(ステート)に基づいて、ペプチドの立体構造を特定(作成)し、当該ペプチドの安定構造を特定する(S207)。より具体的には、S207において、立体構造特定部175は、上記式(2)に最小値を与えるビットの状態(ステート)に基づいて、三次元格子空間にアミノ酸残基を順次配置して、ペプチドの立体構造を特定(作成)することにより、当該ペプチドの安定構造を特定する。
そして、立体構造特定部175は、ペプチドの安定構造を出力して、処理を終了させる。また、ペプチドの安定構造は、ペプチドの立体構造図として出力してもよいし、ペプチドを形成する各アミノ酸残基の座標情報として出力してもよい。
【0131】
また、
図10及び
図11においては、本件で開示する技術の一例における処理の流れについて、特定の順序に従って説明したが、本件で開示する技術においては、技術的に可能な範囲で、適宜各ステップの順序を入れ替えることができる。また本件で開示する技術においては、技術的に可能な範囲で、複数のステップを一括して行ってもよい。
【0132】
ここで、
図20Aから
図20Cに、アミノ酸残基間における相互作用ポテンシャルの計算手法の他の一例を示す。
一例として、
図20Aに示すように、アミノ酸残基における主鎖と側鎖を、別の粒子として粗視化して、
図20Bの格子点に配置する場合を考える。また、
図20Aの粒子1から4は、それぞれ別のアミノ酸残基の主鎖に対応する粒子であり、粒子5は粒子1を主鎖に有するアミノ酸残基の側鎖であり、粒子6は粒子3を主鎖に有するアミノ酸残基の側鎖であるとする。
【0133】
図20Aに示した粒子について、「q
i
a」を、粒子aを表現するi番目のビット変数(0又は1)とし、「R(i)」と「R(j)」を、それぞれiとj番目のビット変数に対応するアミノ酸残基の種類とする。さらに、「J
R(i)R(j)」を、アミノ酸残基R(i)とアミノ酸残基R(j)との相互作用ポテンシャルとする。
このとき、構造探索を行った結果、
図20Cのように、粒子が配置されたとすると、この例においては、互いに連結して結合していない粒子の組合せの総てについて、相互作用が生じるものとすると、下記の8組の相互作用が生じることになる。
「q
m
5-q
n
6,q
m
5-q
j
2,q
m
5-q
k
3,q
m
5-q
l
4,q
n
6-q
i
1,q
n
6-q
j
2,q
n
6-q
k
3,q
n
6-q
l
4」
【0134】
そして、上記の8組の相互作用(H
pair)は、例えば、次の数式により計算することができる。
【数10】
【0135】
このように、本件で開示する技術の一例では、例えば、互いに連結して結合していない粒子の組合せの総てについて、相互作用ポテンシャルを考慮して立体構造を作成して、安定構造を探索するようにしてもよい。
【0136】
以下に、焼き鈍し法及びアニーリングマシンの一例について説明する。
焼き鈍し法は、乱数値や量子ビットの重ね合わせを用いて確率的に解を求める方法である。以下では最適化したい評価関数の値を最小化する問題を例に説明し、評価関数の値をエネルギーと呼ぶことにする。また、評価関数の値を最大化する場合は、評価関数の符号を変えればよい。
【0137】
まず、各変数に離散値の1つを代入した初期状態からはじめ、現在の状態(変数の値の組み合わせ)から、それに近い状態(例えば、1つの変数だけ変化させた状態)を選び、その状態遷移を考える。その状態遷移に対するエネルギーの変化を計算し、その値に応じてその状態遷移を採択して状態を変化させるか、採択せずに元の状態を保つかを確率的に決める。エネルギーが下がる場合の採択確率をエネルギーが上がる場合より大きく選ぶと、平均的にはエネルギーが下がる方向に状態変化が起こり、時間の経過とともにより適切な状態へ状態遷移することが期待できる。このため、最終的には最適解又は最適値に近いエネルギーを与える近似解を得られる可能性がある。
もし、これを決定論的にエネルギーが下がる場合に採択とし、上がる場合に不採択とすれば、エネルギーの変化は時間に対して広義単調減少となるが、局所解に到達したらそれ以上変化が起こらなくなってしまう。上記のように離散最適化問題には非常に多数の局所解が存在するために、状態が、ほとんど確実にあまり最適値に近くない局所解に捕まってしまう。したがって、離散最適化問題を解く際には、その状態を採択するかどうかを確率的に決定することが重要である。
【0138】
焼き鈍し法においては、状態遷移の採択(許容)確率を次のように決めれば、時刻(反復回数)無限大の極限で状態が最適解に到達することが証明されている。
以下では、焼き鈍し法を用いて最適解を求める方法について、順序を追って説明する。
【0139】
(1)状態遷移に伴うエネルギー変化(エネルギー減少)値(-ΔE)に対して、その状態遷移の許容確率pを、次のいずれかの関数f( )により決める。
【0140】
【0141】
【0142】
【0143】
ここで、Tは、温度値と呼ばれるパラメータであり、例えば、次のように変化させることができる。
【0144】
(2)温度値Tを次式で表されるように反復回数tに対数的に減少させる。
【0145】
【0146】
ここで、T0は、初期温度値であり問題に応じて、十分大きくとることが望ましい。
(1)の式で表される許容確率を用いた場合、十分な反復後に定常状態に達したとすると、各状態の占有確率は熱力学における熱平衡状態に対するボルツマン分布に従う。
そして、高い温度から徐々に下げていくとエネルギーの低い状態の占有確率が増加するため、十分温度が下がるとエネルギーの低い状態が得られると考えられる。この様子が、材料を焼き鈍したときの状態変化とよく似ているため、この方法は焼き鈍し法(または、疑似焼き鈍し法)と称される。なお、エネルギーが上がる状態遷移が確率的に起こることは、物理学における熱励起に相当する。
【0147】
図21に焼き鈍し法を行うアニーリングマシンの機能構成の一例を示す。ただし、下記説明では、状態遷移の候補を複数発生させる場合についても述べるが、基本的な焼き鈍し法は、遷移候補を1つずつ発生させるものである。
【0148】
アニーリングマシン300は、現在の状態S(複数の状態変数の値)を保持する状態保持部111を有する。また、アニーリングマシン300は、複数の状態変数の値のいずれかが変化することによる現在の状態Sからの状態遷移が起こった場合における、各状態遷移のエネルギー変化値{-ΔEi}を計算するエネルギー計算部112を有する。さらに、アニーリングマシン300は、温度値Tを制御する温度制御部113、状態変化を制御するための遷移制御部114を有する。なお、アニーリングマシン300は、上記の構造探索装置100の一部とすることができる。
【0149】
遷移制御部114は、温度値Tとエネルギー変化値{-ΔEi}と乱数値とに基づいて、エネルギー変化値{-ΔEi}と熱励起エネルギーとの相対関係によって複数の状態遷移のいずれかを受け入れるか否かを確率的に決定する。
【0150】
ここで、遷移制御部114は、状態遷移の候補を発生する候補発生部114a、各候補に対して、そのエネルギー変化値{-ΔEi}と温度値Tとから状態遷移を許可するかどうかを確率的に決定するための可否判定部114bを有する。さらに、遷移制御部114は、可となった候補から採用される候補を決定する遷移決定部114c、及び確率変数を発生させるための乱数発生部114dを有する。
【0151】
アニーリングマシン300における、一回の反復における動作は次のようなものである。
まず、候補発生部114aは、状態保持部111に保持された現在の状態Sから次の状態への状態遷移の候補(候補番号{Ni})を1つまたは複数発生する。次に、エネルギー計算部112は、現在の状態Sと状態遷移の候補を用いて候補に挙げられた各状態遷移に対するエネルギー変化値{-ΔEi}を計算する。可否判定部114bは、温度制御部113で発生した温度値Tと乱数発生部114dで生成した確率変数(乱数値)を用い、各状態遷移のエネルギー変化値{-ΔEi}に応じて、上記(1)の式の許容確率でその状態遷移を許容する。
そして、可否判定部114bは、各状態遷移の可否{fi}を出力する。許容された状態遷移が複数ある場合には、遷移決定部114cは、乱数値を用いてランダムにそのうちの1つを選択する。そして、遷移決定部114cは、選択した状態遷移の遷移番号Nと、遷移可否fを出力する。許容された状態遷移が存在した場合、採択された状態遷移に応じて状態保持部111に記憶された状態変数の値が更新される。
【0152】
初期状態から始めて、温度制御部113で温度値を下げながら上記反復を繰り返し、一定の反復回数に達する、又はエネルギーが一定の値を下回る等の終了判定条件が満たされたときに動作が終了する。アニーリングマシン300が出力する答えは、終了時の状態である。
【0153】
図21に示されるアニーリングマシン300は、例えば、半導体集積回路を用いて実現され得る。例えば、遷移制御部114は、乱数発生部114dとして機能する乱数発生回路や、可否判定部114bの少なくとも一部として機能する比較回路や、後述のノイズテーブルなどを含んでもよい。
【0154】
図21に示されている遷移制御部114に関し、(1)の式で表される許容確率で状態遷移を許容するメカニズムについて、更に詳細に説明する。
【0155】
許容確率pで1を、(1-p)で0を出力する回路は、2つの入力A,Bを持ち、A>Bのとき1を出力し、A<Bのとき0を出力する比較器の入力Aに許容確率pを、入力Bに区間[0,1)の値をとる一様乱数を入力することで実現することができる。したがって、この比較器の入力Aに、エネルギー変化値と温度値Tにより(1)の式を用いて計算される許容確率pの値を入力すれば、上記の機能を実現することができる。
【0156】
すなわち、fを(1)の式で用いる関数、uを区間[0,1)の値をとる一様乱数とするとき、f(ΔE/T)がuより大きいとき1を出力する回路により、上記の機能を実現できる。
【0157】
また、次のような変形を行っても、上記の機能と同じ機能が実現できる。
2つの数に同じ単調増加関数を作用させても大小関係は変化しない。したがって、比較器の2つの入力に同じ単調増加関数を作用させても出力は変わらない。この単調増加関数として、fの逆関数f
-1を採用すると、-ΔE/Tがf
-1(u)より大きいとき1を出力する回路とすることができることがわかる。さらに、温度値Tが正であることから、-ΔEがTf
-1(u)より大きいとき1を出力する回路でよいことがわかる。
図21中の遷移制御部114は、逆関数f
-1(u)を実現するための変換テーブルであり、区間[0,1)を離散化した入力に対して次の関数の値を出力するノイズテーブルを含んでもよい。
【0158】
【0159】
【0160】
図22は、遷移制御部114の動作フローの一例を示す図である。
図22に示す動作フローは、1つの状態遷移を候補として選ぶステップ(S0001)、その状態遷移に対するエネルギー変化値と温度値と乱数値の積の比較で状態遷移の可否を決定するステップ(S0002)、状態遷移が可ならばその状態遷移を採用し、否ならば不採用とするステップ(S0003)を有する。
【実施例】
【0161】
本件で開示する技術の一実施例について説明するが、本件で開示する技術は、この実施例に何ら限定されるものではない。
【0162】
(実施例1)
実施例1として、本件で開示する構造探索装置の一例を用いて、ロイシン残基とロイシン残基との間の相互作用ポテンシャルを特定(算出)した。
実施例1における相互作用ポテンシャルの特定は、
図8に示すようなハードウェア構成を有する構造探索装置を用いて、
図10のフローチャートに従って、アミノ酸残基x及びアミノ酸残基yをロイシン残基として行った。
実施例1では、分子モデリングソフトを用いて、ロイシン残基におけるアミノ基側の末端に、カルボニル基と、カルボニル基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるアセチル構造部分を付加した。同様に、実施例1では、ロイシン残基におけるカルボニル基側の末端に、アミノ基と、アミノ基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるN-メチル構造部分を付加した。こうすることにより、実施例1では、ロイシン誘導体を用意した。
そして、実施例1では、ロイシン誘導体の構造最適化を、量子化学計算ソフトGaussian09を用いて、基底関数をHF/6-31g
*として行い、ロイシン誘導体の静電ポテンシャルを算出した。また、構造最適化においては、アセチル構造部分の電荷を、分子力場のAmber ff99SB-ILDNにおける、アセチル基に対応する残基種である「ACE基」の値で固定した。また、同様に、構造最適化においては、N-メチル構造部分の電荷を、分子力場のAmber ff99SB-ILDNにおける、N-メチル基に対応する残基種である「NME基」の値で固定した。実施例1では、こうすることにより、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分の電荷の合計値が整数となるように固定した。
【0163】
次に、実施例1では、算出した静電ポテンシャルを用いて、AmberToolsに実装されているモジュールantechamberにより、ロイシン誘導体における、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分の原子の電荷パラメータ(RESP電荷)を求めた。また、実施例1においては、分子動力学計算に用いる分子力場における電荷パラメータ以外のパラメータ(結合角などに関するパラメータ)の作成には、分子力場作成ソフトFF-FOMを用いた。
【0164】
そして、実施例1では、作成した分子力場について、アセチル構造部分とN-メチル構造部分についての電荷を表すパラメータと、分散力を表すパラメータをゼロとして、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分が相互作用を生じないように分子力場を修正した。
【0165】
続いて、実施例1では、修正した分子力場を用いて、ロイシン残基間の距離に応じたPMFを算出するための分子動力学計算を実行した。分子動力学計算における初期構造は、2つのロイシン誘導体をランダムに配置し、4.5×4.5×4.5nm3の立方格子内を水分子(TIP3P)で満たすことにより作成した。
実施例1の分子動力学計算では、まず、作成した初期構造について、分子動力学シミュレーションソフトGROMACSを用いて、設定ファイルにおいて「steep」を指定することにより、1000 + 50000 stepのエネルギー極小化計算を行った。
【0166】
そして、実施例1の分子動力学計算として、ロイシン誘導体間の距離を拘束(束縛)した条件の分子動力学計算を、拘束する距離を変更して複数行った。ここで、ロイシン誘導体間の距離の拘束は、ロイシン誘導体のCα炭素又は側鎖の重心間の距離が一定となるように拘束することにより行った。また、複数回の分子動力学計算における各分子動力学計算(各ウインドウ)では、ロイシン誘導体間の距離が、0.4nmから1.4nmの間で、0.05nm刻みとなるように、ばね定数k=6000の強さの調和ポテンシャルを付加した。つまり、実施例1では、ロイシン誘導体間の距離が0.4nmから1.4nmとなる範囲において、アンブレラサンプリングを行った。
また、各分子動力学計算(各ウインドウ)においては、温度を298Kに設定した上で、計算系の平衡化のために、100psのNVT計算を行った後、300psのNPT計算を行った。続いて、実施例1では、各分子動力学計算(各ウインドウ)について、51nsのサンプリング(ロイシン誘導体間の距離を所定の距離に束縛したNPT計算)を行った。
【0167】
次に、実施例1では、上述したようにして行った51nsのサンプリングのうち、1nsから51nsのサンプリングデータを用いて、WHAM法により各ウインドウのデータを接続することにより、PMF(自由エネルギー)を算出した。なお、PMFの算出においては、ロイシン誘導体間の各距離rにおける自由度が異なることを考慮し、エントロピーによる安定項を打ち消すために、β-1ln(4πr2)を計算に加えて補正した。また、遠距離でのPMFの収束値が0であることを保つために、上記の補正に対して、-β-1ln(4π×1.42)を計算に加えた。
【0168】
図23は、実施例1で算出した、ロイシン残基間のPMFを示す図である。
図23において、縦軸はPMF(kcal/mol)であり、横軸はロイシン残基の距離(nm)である。
図23から、例えば、ロイシン残基間の距離が0.5nmから0.6nmのときに、PMFが低くなり、安定化することがわかる。
そして、実施例1では、算出したPMFを、三次元格子空間におけるアミノ酸残基間の距離に対応するように変換して、ロイシン残基間の相互作用ポテンシャルを特定した。
【0169】
(実施例2)
実施例2では、実施例1における2つのロイシン残基を、N-メチルフェニルアラニン残基と、バリン残基に変更した以外は実施例1と同様にして、N-メチルフェニルアラニン残基とバリン残基との間の相互作用ポテンシャルを特定した。つまり、実施例2では、修飾アミノ酸残基であるN-メチルフェニルアラニン残基と、バリン残基との間の相互作用ポテンシャルを特定した。
図24Aに、ペプチド中のN-メチルフェニルアラニン残基の化学式の一例を示す。
図24Aにおける丸印で示すように、N-メチルフェニルアラニン残基は、ペプチド結合に関与するアミノ基(NH基)がメチル基で修飾された修飾アミノ酸残基である。
図24Bに、実施例2において作成したN-メチルフェニルアラニン誘導体の構造の一例を示す。実施例2では、N-メチルフェニルアラニン残基に、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分を付加することにより、N-メチルフェニルアラニン誘導体を作成して用意した。
また、同様に、バリン残基についても、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分を付加することにより、バリン誘導体を作成して用意した。
【0170】
図25は、実施例2で算出した、N-メチルフェニルアラニン残基と、バリン残基との間のPMFを示す図である。
図25において、縦軸はPMF(kcal/mol)であり、横軸はN-メチルフェニルアラニン残基と、バリン残基との間の距離(nm)である。
図25から、例えば、残基間の距離が0.5nm近傍のときに、PMFが低くなり、安定化することがわかる。
そして、実施例2では、算出したPMFを、三次元格子空間におけるアミノ酸残基間の距離に対応するように変換して、N-メチルフェニルアラニン残基と、バリン残基との間の相互作用ポテンシャルを特定した。
【0171】
(実施例3)
実施例3では、8つのアミノ酸残基で形成される、立体構造がNMR(Nuclear Magnetic Resonance(核磁気共鳴装置))により特定されている環状ペプチドについて、相互作用ポテンシャルを算出して、安定構造の探索を行った。
実施例3では、アミノ酸残基配列が、「アスパラギン酸(D)-ロイシン(L)-フェニルアラニン(F)-バリン(V)-プロリン(P)-プロリン(P)-イソロイシン(I)-アスパラギン酸(D)」である環状ペプチド(PDB ID:6AXI)を用いた。
【0172】
実施例3では、上記の環状ペプチドの各アミノ酸残基の種類の組合せの総てについて、実施例1及び2と同様にして相互作用ポテンシャルを特定した。実施例3においては、各アミノ酸残基における、主鎖と側鎖を別の粒子として粗視化して、面心立方格子(FCC)の三次元格子空間に各アミノ酸残基を配置した。
また、実施例3においては、最近接(隣接)するアミノ酸残基だけではなく、アミノ酸残基間の距離が9Å(1Åは、0.1nm)以下のアミノ酸残基どうしについては、相互作用を考慮して、安定構造の探索を行った。なお、実施例3では、三次元格子空間における互いに隣り合う格子点の距離を3.8Åに設定した。
実施例3においては、目的関数式として、上記の式(1)で表されるものを用い、式(1)をイジングモデル式に変換した式(2)の最小化を、デジタルアニーラ(登録商標)を用いて行い、安定構造の探索を行った。
【0173】
図26は、実施例3で探索した環状ペプチドの安定構造の探索結果と、当該環状ペプチドのNMRにより特定された構造とを重ね合わせて示す図である。
図26においては、径の小さい濃い色の円が、実施例3により得られた安定構造における各アミノ酸残基の主鎖の位置を示し、径の大きい薄い色の円が、NMRにより特定された、PDB ID:6AXIにおける各アミノ酸残基のCα炭素原子の位置を示す。
実施例3により得られた安定構造における各アミノ酸残基の主鎖の位置と、PDB ID:6AXIにおける各アミノ酸残基のCα炭素原子の位置との間のRMSD(Root Mean Square Deviation)は0.91Åであった。この結果は、実施例3により探索された安定構造は、NMRにより特定された実験的な構造と、よい一致を示していることを意味する。
【0174】
図27は、本件で開示する技術の一実施形態と従来技術とにおける、アミノ酸残基間の相互作用ポテンシャルを特定して、ペプチドの安定構造を探索する際の関係の一例を示す図である。
図27に示すように、例えば、ペプチド中のアミノ酸残基は、当該アミノ酸残基に隣接して存在するアミノ酸残基とペプチド結合を形成している。このため、
図27の破線で囲んだアミノ酸残基は、ペプチド中においては、隣接するアミノ酸残基とペプチド結合した状態で存在する。したがって、アミノ酸残基がペプチド中でとり得る構造は、例えば、当該ペプチド残基が隣接するアミノ酸残基とのペプチド結合の影響を受ける。
【0175】
従来技術においては、例えば、
図27において実線で囲んだ、アミノ酸の側鎖部分を抜き出した構造(側鎖アナログ)や、
図27において破線で囲んだアミノ酸分子単体の構造についての分子動力学計算を行うことにより、相互作用ポテンシャルを特定する。
このため、従来技術では、計算対象とするアミノ酸残基に隣接するアミノ酸残基とのペプチド結合の影響は考慮されない。したがって、従来技術では、アミノ酸残基におけるペプチド中の主鎖と、当該アミノ酸残基の側鎖との相互作用を適切に評価することができないため、相互作用ポテンシャルの正確性が十分ではなく、ペプチドの立体構造の探索を精度よく行うことができなかった。
【0176】
一方、本件で開示する技術の一実施形態では、例えば、ペプチド中のアミノ酸残基構造を考慮して、アセチル構造部分とN-メチル構造部分をアミノ酸残基付加して、アミノ酸誘導体を用意する。こうすることにより、本件で開示する技術の一実施形態では、アミノ酸残基に、隣接して結合する2つのアミノ酸残基とのペプチド結合の影響を考慮することができる。つまり、本件で開示する技術の一実施形態では、計算対象とする(相互作用ポテンシャルを計算する)アミノ酸残基における、ペプチド中の主鎖と当該アミノ酸残基の側鎖との相互作用を適切に評価することができる。
さらに、本件で開示する技術の一実施形態では、例えば、アミノ酸誘導体x及びアミノ酸誘導体yにおける、アセチル構造部分及びN-メチル構造部分が相互作用を生じないようにパラメータを設定する。こうすることにより、本件で開示する技術の一実施形態では、アミノ酸誘導体x及びアミノ酸誘導体yにおける、アミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの相互作用を適切に評価することができる。
【0177】
このように、本件で開示する技術の一実施形態では、アミノ酸残基におけるペプチド中の主鎖と、当該アミノ酸残基の側鎖との相互作用と、アミノ酸残基どうしの相互作用とを正確に評価することができ、高い正確性の相互作用ポテンシャルを特定(算出)することができる。
本件で開示する技術の一実施形態では、上記のような正確性の高い相互作用ポテンシャルを考慮してペプチドの立体構造を特定(作成)するため、相互作用ポテンシャルが未知のアミノ酸残基が含まれる場合でも、当該ペプチドの安定構造を精度よく探索することができる。
【0178】
以上の実施形態に関し、更に以下の付記を開示する。
(付記1)
複数のアミノ酸残基が連結したペプチドの安定構造を探索する、コンピュータによる構造探索方法であって、
前記複数のアミノ酸残基の内のアミノ酸残基xとアミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する工程と、
格子点の集合である三次元格子空間の各格子点に、前記相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを考慮して前記複数のアミノ酸残基を配置し、前記三次元格子空間に前記ペプチドの立体構造を特定する工程と、
を含み、
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程が、
前記アミノ酸残基xに対し、
前記アミノ酸残基xにおけるペプチド結合に関与するアミノ基と結合するカルボニル基を有する、前記アミノ酸残基xに隣接するアミノ酸残基x-1における、
前記カルボニル基と、前記カルボニル基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、前記炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるアセチル構造部分と、
前記アミノ酸残基xにおけるペプチド結合に関与するカルボニル基と結合するアミノ基を有する、前記アミノ酸残基xに隣接するアミノ酸残基x+1における、
前記アミノ基と、前記アミノ基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、前記炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるN-メチル構造部分と、
を付加して得られた、前記アミノ酸残基xを有するアミノ酸誘導体xにおける、前記アセチル構造部分及び前記N-メチル構造部分が相互作用を生じないようにパラメータを設定し、
前記アミノ酸残基yに対し、
前記アミノ酸残基yにおけるペプチド結合に関与するアミノ基と結合するカルボニル基を有する、前記アミノ酸残基yに隣接するアミノ酸残基y-1における、
前記カルボニル基と、前記カルボニル基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、前記炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるアセチル構造部分と、
前記アミノ酸残基yにおけるペプチド結合に関与するカルボニル基と結合するアミノ基を有する、前記アミノ酸残基yに隣接するアミノ酸残基y+1における、
前記アミノ基と、前記アミノ基と結合する炭素原子に対し水素原子を結合させ、前記炭素原子の原子価を飽和させて得たメチル基とからなるN-メチル構造部分と、
を付加して得られた、前記アミノ酸残基yを有するアミノ酸誘導体yにおける、前記アセチル構造部分及び前記N-メチル構造部分が相互作用を生じないようにパラメータを設定して、
前記アミノ酸残基xと前記アミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する、
ことを特徴とする構造探索方法。
(付記2)
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程が、前記複数のアミノ酸残基における、2つのアミノ酸残基の種類の組合せの総てについて相互作用ポテンシャルを特定する、付記1に記載の構造探索方法。
(付記3)
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程において、分子動力学計算により、前記アミノ酸残基xと前記アミノ酸残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する、付記1又は2に記載の構造探索方法。
(付記4)
前記立体構造を特定する工程において、
前記複数のアミノ酸残基のそれぞれは一つしか存在しないことを表す項と、
前記複数のアミノ酸残基は一の前記格子点においては重複して存在しないことを表す項と、
前記複数のアミノ酸残基のうち、互いにペプチド結合するアミノ酸残基どうしは、前記三次元格子空間において隣接する格子点に存在することを表す項と、
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを表す項と、
を含む目的関数式に基づき、前記ペプチドの立体構造が特定される、付記1から3のいずれかに記載の構造探索方法。
(付記5)
前記立体構造を特定する工程が、下記式(1)で表される前記目的関数式に基づく最適化処理により行われる、付記4に記載の構造探索方法。
【数17】
ただし、前記式(1)において、
前記Eは、前記目的関数式であり、
前記H
oneは、前記複数のアミノ酸残基のそれぞれは一つしか存在しないことを表す項であり、
前記H
olapは、前記複数のアミノ酸残基は一の前記格子点においては重複して存在しないことを表す項であり、
前記H
connは、前記複数のアミノ酸残基のうち、互いにペプチド結合するアミノ酸残基どうしは、前記三次元格子空間において隣接する格子点に存在することを表す項であり、
前記H
pairは、前記相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを表す項である。
(付記6)
前記立体構造を特定する工程が、下記式(2)で表されるイジングモデル式に変換した前記目的関数式に基づく最適化処理により行われる、付記5に記載の構造探索方法。
【数18】
ただし、前記式(2)において、
前記Eは、前記イジングモデル式に変換した前記目的関数式であり、
前記w
ijは、i番目の前記ビットとj番目の前記ビットとの間の相互作用を表す数値であり、
前記b
iは、i番目の前記ビットに対するバイアスを表す数値であり、
前記x
iは、i番目の前記ビットが0又は1であることを表すバイナリ変数であり、
前記x
jは、j番目の前記ビットが0又は1であることを表すバイナリ変数である。
(付記7)
前記立体構造を特定する工程が、前記イジングモデル式について、焼き鈍し法を用いた基底状態探索を実行することにより、前記イジングモデル式の最小エネルギーを特定することにより行われる、付記6に記載の構造探索方法。
(付記8)
複数の化合物残基が連結した化合物の安定構造を探索する、コンピュータによる構造探索方法であって、
前記複数の化合物残基の内の化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する工程と、
格子点の集合である三次元格子空間の各格子点に、前記相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを考慮して前記複数の化合物残基を配置し、前記三次元格子空間に前記化合物の立体構造を特定する工程と、
を含み、
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程が、
前記化合物残基xに対し、
前記化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基xに隣接する化合物残基x-1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x-1と、
前記化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基xに隣接する化合物残基x+1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x+1と、
を付加して得られた、前記化合物残基xを有する化合物誘導体xにおける、前記飽和基含有構造部分x-1及び前記飽和基含有構造部分x+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定し、
前記化合物残基yに対し、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基yに隣接する化合物残基y-1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y-1と、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基yに隣接する化合物残基y+1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y+1と、
を付加して得られた、前記化合物残基yを有する化合物誘導体yにおける、前記飽和基含有構造部分y-1及び前記飽和基含有構造部分y+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定して、
前記化合物残基xと前記化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する、ことを特徴とする構造探索方法。
(付記9)
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程が、前記複数の化合物残基における、2つの化合物残基の種類の組合せの総てについて相互作用ポテンシャルを特定する、付記8に記載の構造探索方法。
(付記10)
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程において、分子動力学計算により、前記化合物残基xと前記化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する、付記8又は9に記載の構造探索方法。
(付記11)
前記立体構造を特定する工程において、
前記複数の化合物残基のそれぞれは一つしか存在しないことを表す項と、
前記複数の化合物残基は一の前記格子点においては重複して存在しないことを表す項と、
前記複数の化合物残基のうち、互いに連結結合する化合物残基どうしは、前記三次元格子空間において隣接する格子点に存在することを表す項と、
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを表す項と、
を含む目的関数式に基づき、前記化合物の立体構造が特定される、付記8から10のいずれかに記載の構造探索方法。
(付記12)
前記立体構造を特定する工程が、下記式(1)で表される前記目的関数式に基づく最適化処理により行われる、付記11に記載の構造探索方法。
【数19】
ただし、前記式(1)において、
前記Eは、前記目的関数式であり、
前記H
oneは、前記複数の化合物残基のそれぞれは一つしか存在しないことを表す項であり、
前記H
olapは、前記複数の化合物残基は一の前記格子点においては重複して存在しないことを表す項であり、
前記H
connは、前記複数の化合物残基のうち、互いに連結結合する化合物残基どうしは、前記三次元格子空間において隣接する格子点に存在することを表す項であり、
前記H
pairは、前記相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを表す項である。
(付記13)
複数の化合物残基が連結した化合物における化合物残基間の相互作用ポテンシャルを特定する、コンピュータによる相互作用ポテンシャル特定方法であって、
前記複数の化合物残基の内の化合物残基xに対し、
前記化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基xに隣接する化合物残基x-1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x-1と、
前記化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基xに隣接する化合物残基x+1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x+1と、
を付加して得られた、前記化合物残基xを有する化合物誘導体xにおける、前記飽和基含有構造部分x-1及び前記飽和基含有構造部分x+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定し、
前記複数の化合物残基の内の化合物残基yに対し、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基yに隣接する化合物残基y-1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y-1と、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基yに隣接する化合物残基y+1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y+1と、
を付加して得られた、前記化合物残基yを有する化合物誘導体yにおける、前記飽和基含有構造部分y-1及び前記飽和基含有構造部分y+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定して、
前記化合物残基xと前記化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する、
ことを特徴とする相互作用ポテンシャル特定方法。
(付記14)
前記複数の化合物残基における、2つの化合物残基の種類の組合せの総てについて相互作用ポテンシャルを特定する、付記13に記載の相互作用ポテンシャル特定方法。
(付記15)
分子動力学計算により、前記化合物残基xと前記化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する、付記13又は14に記載の相互作用ポテンシャル特定方法。
(付記16)
複数の化合物残基が連結した化合物の安定構造を探索する構造探索装置であって、
前記複数の化合物残基の内の化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する相互作用ポテンシャル特定部と、
格子点の集合である三次元格子空間の各格子点に、前記相互作用ポテンシャル特定部を用いて特定した相互作用ポテンシャルを考慮して前記複数の化合物残基を配置し、前記三次元格子空間に前記化合物の立体構造を特定する立体構造特定部と、
を含み、
前記相互作用ポテンシャル特定部が、
前記化合物残基xに対し、
前記化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基xに隣接する化合物残基x-1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x-1と、
前記化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基xに隣接する化合物残基x+1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x+1と、
を付加して得られた、前記化合物残基xを有する化合物誘導体xにおける、前記飽和基含有構造部分x-1及び前記飽和基含有構造部分x+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定し、
前記化合物残基yに対し、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基yに隣接する化合物残基y-1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y-1と、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基yに隣接する化合物残基y+1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y+1と、
を付加して得られた、前記化合物残基yを有する化合物誘導体yにおける、前記飽和基含有構造部分y-1及び前記飽和基含有構造部分y+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定して、
前記化合物残基xと前記化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する、
ことを特徴とする構造探索装置。
(付記17)
前記相互作用ポテンシャル特定部が、前記複数の化合物残基における、2つの化合物残基の種類の組合せの総てについて相互作用ポテンシャルを特定する、付記16に記載の構造探索装置。
(付記18)
前記相互作用ポテンシャル特定部が、分子動力学計算により、前記化合物残基xと前記化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する、付記16又は17に記載の構造探索装置。
(付記19)
前記立体構造特定部が、
前記複数の化合物残基のそれぞれは一つしか存在しないことを表す項と、
前記複数の化合物残基は一の前記格子点においては重複して存在しないことを表す項と、
前記複数の化合物残基のうち、互いに連結結合する化合物残基どうしは、前記三次元格子空間において隣接する格子点に存在することを表す項と、
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを表す項と、
を含む目的関数式に基づき、前記化合物の立体構造を特定する、付記16から18のいずれかに記載の構造探索装置。
(付記20)
前記立体構造特定部が、下記式(1)で表される前記目的関数式に基づく最適化処理を行う、付記19に記載の構造探索装置。
【数20】
ただし、前記式(1)において、
前記Eは、前記目的関数式であり、
前記H
oneは、前記複数の化合物残基のそれぞれは一つしか存在しないことを表す項であり、
前記H
olapは、前記複数の化合物残基は一の前記格子点においては重複して存在しないことを表す項であり、
前記H
connは、前記複数の化合物残基のうち、互いに連結結合する化合物残基どうしは、前記三次元格子空間において隣接する格子点に存在することを表す項であり、
前記H
pairは、前記相互作用ポテンシャル特定部を用いて特定した相互作用ポテンシャルを表す項である。
(付記21)
複数の化合物残基が連結した化合物の安定構造を探索する、コンピュータによる構造探索を行わせるプログラムであって、
前記複数の化合物残基の内の化合物残基xと化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する工程と、
格子点の集合である三次元格子空間の各格子点に、前記相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを考慮して前記複数の化合物残基を配置し、前記三次元格子空間に前記化合物の立体構造を特定する工程と、
をコンピュータに行わせ、
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程が、
前記化合物残基xに対し、
前記化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基xに隣接する化合物残基x-1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x-1と、
前記化合物残基xにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基xに隣接する化合物残基x+1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分x+1と、
を付加して得られた、前記化合物残基xを有する化合物誘導体xにおける、前記飽和基含有構造部分x-1及び前記飽和基含有構造部分x+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定し、
前記化合物残基yに対し、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基yに隣接する化合物残基y-1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y-1と、
前記化合物残基yにおける連結結合に関与する基と結合する官能基を有する、前記化合物残基yに隣接する化合物残基y+1における、
前記官能基と、前記官能基と結合する原子に対し水素原子を結合させ、前記原子の原子価を飽和させて得た飽和基とからなる飽和基含有構造部分y+1と、
を付加して得られた、前記化合物残基yを有する化合物誘導体yにおける、前記飽和基含有構造部分y-1及び前記飽和基含有構造部分y+1が相互作用を生じないようにパラメータを設定して、
前記化合物残基xと前記化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する、
ことを特徴とする構造探索用プログラム。
(付記22)
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程が、前記複数の化合物残基における、2つの化合物残基の種類の組合せの総てについて相互作用ポテンシャルを特定する、付記21に記載の構造探索用プログラム。
(付記23)
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程において、分子動力学計算により、前記化合物残基xと前記化合物残基yとの間の相互作用ポテンシャルを特定する、付記21又は22に記載の構造探索用プログラム。
(付記24)
前記立体構造を特定する工程において、
前記複数の化合物残基のそれぞれは一つしか存在しないことを表す項と、
前記複数の化合物残基は一の前記格子点においては重複して存在しないことを表す項と、
前記複数の化合物残基のうち、互いに連結結合する化合物残基どうしは、前記三次元格子空間において隣接する格子点に存在することを表す項と、
前記相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを表す項と、
を含む目的関数式に基づき、前記化合物の立体構造が特定される、付記21から23のいずれかに記載の構造探索用プログラム。
(付記25)
前記立体構造を特定する工程が、下記式(1)で表される前記目的関数式に基づく最適化処理により行われる、付記24に記載の構造探索用プログラム。
【数21】
ただし、前記式(1)において、
前記Eは、前記目的関数式であり、
前記H
oneは、前記複数の化合物残基のそれぞれは一つしか存在しないことを表す項であり、
前記H
olapは、前記複数の化合物残基は一の前記格子点においては重複して存在しないことを表す項であり、
前記H
connは、前記複数の化合物残基のうち、互いに連結結合する化合物残基どうしは、前記三次元格子空間において隣接する格子点に存在することを表す項であり、
前記H
pairは、前記相互作用ポテンシャルを特定する工程で得た相互作用ポテンシャルを表す項である。
【符号の説明】
【0179】
100 構造探索装置
101 制御部
102 主記憶装置
103 補助記憶装置
104 I/Oインターフェイス
105 通信インターフェイス
106 入力装置
107 出力装置
108 表示装置
109 バス
120 通信機能部
130 入力機能部
140 出力機能部
150 表示機能部
160 記憶機能部
170 制御機能部
171 相互作用ポテンシャル特定部
172 化合物誘導体作成部
173 パラメータ設定部
174 分子動力学計算部
175 立体構造特定部
176 目的関数式作成部
177 最適化処理部