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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-02
(45)【発行日】2024-09-10
(54)【発明の名称】質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/14 20060101AFI20240903BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20240903BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20240903BHJP
【FI】
H01J49/14
H01J49/42 150
G01N27/62 E
G01N27/62 G
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021128382
(22)【出願日】2021-08-04
(65)【公開番号】P2022085833
(43)【公開日】2022-06-08
【審査請求日】2023-11-24
(31)【優先権主張番号】P 2020196605
(32)【優先日】2020-11-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上野 良弘
【審査官】坂上 大貴
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-539549(JP,A)
【文献】特開2016-157523(JP,A)
【文献】特開2004-362982(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00-49/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料ガスに含まれる成分をイオン化するイオン源を具備する質量分析装置であって、前記イオン源は、
イオン射出口を有し、その内部に外部とは略区画された空間を形成するイオン化室と、
前記イオン化室内に設けられ、該イオン化室で生成されたイオンを前記イオン射出口を通して外部へと押し出す押出し電場を形成するためのリペラー電極と、
前記リペラー電極に、前記押出し電場を形成する第1の電圧と、前記リペラー電極に対向するイオン化室内壁に形成されている汚染層から電子を引き剥がすチャージアップ解消電場を形成する、前記第1の電圧よりも絶対値が大きな正極性である第2の電圧とを選択的に印加する電圧発生部と、
を備える質量分析装置。
【請求項2】
前記電圧発生部は、前記第1の電圧がローレベル、前記第2の電圧がハイレベルであるパルス状の電圧を前記リペラー電極に印加する、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
電圧値が前記第2の電圧であるパルスの幅は、前記イオン化室の内壁においてチャージアップしている電子がチャージアップ解消電場によって引き寄せられて前記リペラー電極に到達するまでの時間に応じて定められる、請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記電圧発生部は、分析の実行中に、前記第1の電圧に代えて前記第2の電圧を前記リペラー電極に印加する、請求項1~3のいずれか1項に記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記電圧発生部は、分析の実行中に周期的に前記第2電圧を前記リペラー電極に印加する、請求項4に記載の質量分析装置。
【請求項6】
前記電圧発生部は、分析を実行していない期間の少なくとも一部の期間に、前記第2電圧を前記リペラー電極に印加する、請求項1~5のいずれか1項に記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置に関し、詳しくは、電子イオン化(Electron Ionization:EI)法、化学イオン化(Chemical Ionization:CI)法、又は、負化学イオン化(Negative Chemical Ionization:NCI)法によるイオン源を用いた質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスクロマトグラフ質量分析装置(GC-MS)における質量分析装置では、試料ガス中の化合物をイオン化するために、EI法、CI法、又は、NCI法などのイオン化法が主として利用されている。この質量分析装置では、イオン化室内に導入された試料ガス中の化合物は上記のような適宜のイオン化法によりイオン化される。そして、生成されたイオンはイオン輸送光学系を通して四重極マスフィルターなどの質量分離部へと輸送され、質量分離部において質量電荷比(厳密には斜体字の「m/z」であるが、本明細書では慣用に従って「質量電荷比」という)に応じて分離され検出される。
【0003】
図6は、特許文献1等に開示されている一般的なEIイオン源の概略構成図である。説明の便宜上、互いに直交するX、Y、Zの3軸を空間内に定義する。
【0004】
このイオン源3は、導電性部材から成る箱状のイオン化室30を備え、このイオン化室30の内部にはリペラー電極31が配置されている。イオン化室30の上壁面には電子導入口302が、下壁面には電子排出口303が形成されており、電子導入口302の外側にはフィラメント32が、電子排出口303の外側にはトラップ電極(実際にはフィラメント)33が配置されている。また、フィラメント32及びトラップ電極33の外側には、それらを挟むように一対の磁石34、35が配置されている。イオン化室30の前壁面(リペラー電極31が配置されている壁面と反対側の壁面)には、イオン射出口301が形成され、その外側には引出し電極36が配置されている。また、イオン化室30の側壁面には試料ガス導入管304が接続されている。ここでは、イオン化室30は接地されており、その電位は0Vである。
【0005】
分析時にフィラメント32には図示しない電源から電流が供給され、これによってフィラメント32は発熱し熱電子を生成する。フィラメント32とトラップ電極33にはそれぞれ、所定の電位差を有する直流電圧が印加され、その電位差によって、フィラメント32で生成された熱電子は加速され、トラップ電極33まで移動する。これにより、イオン化室30内に、全体としてY軸の負方向に進行する熱電子流が形成される(図6中の点線矢印参照)。試料ガス導入管304を通してイオン化室30内に供給された試料ガス中の試料成分(化合物)は、熱電子に接触してイオン化される。磁石34、35は磁束線の向きがY軸に沿った方向の磁場を形成し、その磁場によって熱電子流のX軸方向及びZ軸方向の広がりが抑制される。
【0006】
リペラー電極31には、試料由来のイオンと同極性であって、その絶対値がイオン化室30の電位(ここでは0V)よりも少し高い直流電圧が印加される。これによって、イオン化室30においてリペラー電極31とイオン射出口301との間には、イオンをリペラー電極31側からイオン射出口301側へと押し出す電場が形成され、この押出し電場の作用によって、イオン化室30内の中央付近で生成されたイオンはイオン射出口301の方向へ移動する。一方、引出し電極36にはイオンと逆極性である直流電圧が印加され、これによって形成される引出し電場は、イオン射出口301を通してイオン化室30の内部に入り込む。上記押出し電場とこの引出し電場との両方の作用によって、イオンはイオン射出口301を通してイオン化室30からX軸方向に引き出され(図6中の太線矢印参照)、質量分析に供される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2016-157523号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記イオン源3において、イオン化室30の内壁面には、試料ガスに含まれる化合物分子やそれに由来するイオンなどの様々な物質が付着し、汚染層が形成される。汚染の程度がひどくなると、その汚染層の表面に電子が付着することでチャージアップ(帯電)が生じる。そのチャージアップによってイオン化室30内の電場に乱れが生じると、イオン化室30内で生成されたイオンがイオン化室30内壁に引き寄せられ、衝突して消失し易くなる。その結果、後段の質量分離器へ輸送されるイオンの量が減少してしまい、分析感度が低下する等、正確な分析に支障をきたすおそれがある。そこで、通常、チャージアップが問題になるほどイオン化室内壁等が汚染されたと推測される状況になると、ユーザーは、装置を停止してイオン化室等を取り出し、これを洗浄する等のメンテナンス作業を実施する。
【0009】
上記メンテナンス作業はチャージアップが発生したと推定される度に行われるため、ユーザーにとってはかなりの負担である。また、こうしたメンテナンス作業を実施すると、装置の分解や洗浄作業のための時間が掛かるだけでなく、真空チャンバー内を再度真空状態にするための装置の立上げの時間が必要となる。そのため、或る程度の長い時間、測定作業を行うことができなくなり、装置の稼働率が低下するという問題もある。さらにまた、分析実行中にチャージアップがひどくなると、信頼に足る分析結果が得られず、その分析自体が無駄になってしまうという問題もある。
【0010】
本発明はこうした課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、装置を停止することなくイオン源において生じているチャージアップを解消又は低減することができる質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置の一態様は、試料ガスに含まれる成分をイオン化するイオン源を具備する質量分析装置であって、前記イオン源は、
イオン射出口を有し、その内部に外部とは区画された空間を形成するイオン化室と、
前記イオン化室内に設けられ、該イオン化室内で生成されたイオンを前記イオン射出口を通して外部へと押し出す押出し電場を形成するためのリペラー電極と、
前記リペラー電極に、前記押出し電場を形成するための第1の電圧と、チャージアップ解消電場を形成するための前記第1の電圧よりも絶対値が大きな正極性である第2の電圧とを選択的に印加する電圧発生部と、
を備える。
【0012】
上記イオン源は、イオン化に熱電子を利用するイオン源であり、具体的には、EI法、CI法、又はNCI法によるイオン源とすることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る上記態様の質量分析装置において、リペラー電極に正極性の高い電圧(上記第2の電圧)が印加されると、該リペラー電極とイオン化室内壁との間に、電子を誘引する強い電場が形成される。これにより、イオン化室内壁に形成されている汚染層の表面からチャージアップの原因となっている電子が引き剥がされ、該電子はリペラー電極に接触して消滅する。
【0014】
こうして本発明に係る上記態様の質量分析装置によれば、装置を停止することなく、また装置の真空状態を解除することもなく、イオン化室内で生じているチャージアップを解消する又は軽減することができる。それによって、イオン源においてチャージアップが生じたときに従来実施されていた、装置を停止し該装置を分解してイオン化室等を洗浄するという面倒なメンテナンス作業の実施の頻度を下げることができ、ユーザーの負担を軽減することができる。また、そうしたメンテナンス作業のために装置が使用できない状態となることを減らすことができ、装置の稼働率を向上させることができる。また、分析の途中でチャージアップを解消したり低減したりすることができるため、分析途中でのチャージアップ発生による不具合を回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の一実施形態である質量分析装置の要部の構成図。
図2】本実施形態の質量分析装置におけるイオン源の内部での電子の状態の模式図であり、(A)はリペラー電極に+1Vの電圧が印加されているとき、(B)はリペラー電極に+100Vの電圧が印加されているとき。
図3】本実施形態の質量分析装置においてリペラー電極に印加される電圧波形の一例を示す図。
図4】イオン化室内部における電子軌道のシミュレーション結果を示す図(熱電子収束用磁場がない場合)。
図5】イオン化室内部における電子軌道のシミュレーション結果を示す図(熱電子収束用磁場がある場合)。
図6】一般的なEIイオン源の概略構成図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の一実施形態である質量分析装置について、添付図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態の質量分析装置の要部の構成図である。この質量分析装置はシングル四重極型質量分析装置である。
【0017】
図1に示すように、本実施形態の質量分析装置は、図示しない真空ポンプにより真空排気されるチャンバー1の内部に、イオン光軸Cに沿って、EIイオン源3、イオン輸送光学系4、質量分離器としての四重極マスフィルター5、及び、イオン検出器6、を備える。
【0018】
EIイオン源3は、図6に示したものと同じ構造である。即ち、このEIイオン源3は、外形が略直方体形状であって金属等の導電性材料から成るイオン化室30と、イオン化室30の内部に配置されているリペラー電極31と、イオン化室30の上壁に形成されている電子導入口302の外側に配置されているフィラメント32と、イオン化室30の下壁に形成されている電子排出口303の外側に配置されているトラップ電極33と、フィラメント32及びトラップ電極33を挟むように配置されている一対の磁石34、35と、イオン射出口301の外側に配置されている引出し電極36と、を含む。また、イオン化室30の側壁には試料ガス導入管304が接続されている。
【0019】
イオン化室30は接地されており、その電位は0Vである。制御部8による制御の下で、リペラー電圧発生部7はリペラー電極31に所定の電圧を印加する。なお、図1では記載を省略しているが、本質量分析装置は、EIイオン源3に含まれる、フィラメント32、トラップ電極33、引出し電極36等にそれぞれ所定の電圧を印加する電圧発生部を備える。また、本装置が、後段のイオン輸送光学系4、四重極マスフィルター5等にそれぞれ所定の電圧を印加する電圧発生部を備えることも当然である。
【0020】
次に、本実施形態の質量分析装置において実施される質量分析の動作について、図2及び図3を参照して説明する。図2は、イオン化室30の内部における電子の状態の模式図である。図3は、リペラー電極31に印加される電圧波形の一例を示す図である。
【0021】
本実施形態の質量分析装置における分析の実行時には、例えばガスクロマトグラフ(図示せず)のカラムにおいて時間的に分離された複数の化合物を含む試料ガスが、試料ガス導入管304を通してイオン化室30内に導入される。フィラメント32には電流が供給され、それによってフィラメント32は加熱されて熱電子を生成する。フィラメント32とトラップ電極33にそれぞれ印加される電圧によって、それらの間には電位差が形成され、その電位差によって熱電子にはエネルギーが付与される。これにより、熱電子はフィラメント32を発してトラップ電極33へ向って進行する。即ち、フィラメント32からトラップ電極33へと向かう熱電子流が形成される。この熱電子は、磁石34、35により形成される磁場中の磁束線の周りを旋回するように飛行する。それによって、X軸方向及びZ軸方向の熱電子流の広がりは抑制される。
【0022】
制御部8による制御の下で、リペラー電圧発生部7はリペラー電極31に、図3に示すような、低レベルの電圧値が+1V、高レベルの電圧値が+100Vであるパルス電圧を印加する。低レベルの電圧値は、従来の質量分析装置において、イオン化室30内に押出し電場を形成するためにリペラー電極31に印加されていた電圧の値と同じである。リペラー電極31に印加されるパルス電圧のパルス間隔はパルス幅に比べて10倍以上大きく、例えば、隣接するパルスの間隔は1μsec、パルス幅は0.01~0.1μsecである。
【0023】
図2(A)に示すように、リペラー電極31に印加される電圧が+1Vであるとき、試料ガス中の化合物分子は熱電子に接触してイオン化される。リペラー電極31とイオン化室30の内壁との間の電位差(この場合には1V)によってイオン化室30内に形成される押出し電場は、上述したように生成されたイオン(正イオン)を概ねX軸方向、つまりはイオン射出口301へ向かう方向に押す作用を有する。一方、引出し電極36には、イオンとは逆の極性の直流電圧が印加され、それにより生成される引出し電場はイオン射出口301を通してイオン化室30の内部に及ぶ。この引出し電場はイオンを引き寄せる作用を有する。押出し電場及び引出し電場の両方の作用によって、イオン化室30内で熱電子との接触により生成されたイオンは、イオン射出口301を通して外部へと引き出され、イオン輸送光学系4に導入される。
【0024】
イオン輸送光学系4においてイオンはイオン光軸C付近に一旦収束され、四重極マスフィルター5へと送られる。四重極マスフィルター5を構成する4本のロッド電極には直流電圧に高周波電圧(RF電圧)を加えた所定の電圧が印加され、その電圧に応じた特定の質量電荷比を有するイオンのみが四重極マスフィルター5を選択的に通り抜ける。イオン検出器6は到達したイオンの量に応じた検出信号を生成し出力する。従って、例えば、四重極マスフィルター5を通過するイオンの質量電荷比が所定の範囲で変化するように印加電圧を制御することで、所定の質量電荷比範囲におけるイオン強度を示すマススペクトルデータを取得することができる。
【0025】
試料ガスに含まれる化合物分子や生成されたイオンの一部は、イオン化室30の内壁に衝突して付着し汚染層30Aを形成する。図2(A)には、イオン射出口301が形成されているイオン化室30前壁面に形成される汚染層30Aのみが描かれているが、程度の違いはあるものの、イオン化室30の内壁面にはその全体に汚染層が形成される。この汚染層30Aは絶縁性を有しているため、熱電子等の電子の一部が汚染層30Aの表面に付くとチャージアップを生じる。このチャージアップはイオン化室30内に形成される電場を乱す大きな原因となるが、本装置では、リペラー電極31に+100Vの電圧が印加されたときに、次のようにチャージアップが解消される。
【0026】
図2(B)に示すように、リペラー電極31に印加される電圧が+100Vになると、リペラー電極31とイオン化室30の内壁との間の電位差はそれ以前(電位差:1V)に比べて格段に大きくなる。そのため、イオン化室30の内壁面に形成されている汚染層30Aに付着していた電子は、強い正の電場(チャージアップ解消電場)によって引き剥がされリペラー電極31に向かって進行する。そして、この電子はリペラー電極31に接触して消滅する。これによって、チャージアップは解消されるか、或いは完全に解消されないまでも軽減される。
【0027】
強いチャージアップ解消電場は熱電子にも影響するため、電子導入口302を経てイオン化室30内に入った熱電子の一部はその軌道を曲げてリペラー電極31に吸収される。但し、熱電子に付与される加速エネルギーは大きいため、全ての熱電子が消滅するわけではなく、少なくとも一部はイオン化室30内で試料成分のイオン化に寄与する。そのため、リペラー電極31に+100Vの電圧が印加されている期間には、イオン化効率は低下するものの、イオン化自体は継続して行われる。また、チャージアップ解消電場は生成されたイオンの挙動にも影響を及ぼすものの、電子に比べて質量が格段に大きいイオンの運動は電子の運動に比べると緩慢である。そのため、リペラー電極31に+100Vの電圧を印加している時間を短くすることで、その電圧の印加を分析実行中に実施しても、イオン化室30からのイオンの射出に殆ど影響を及ぼさないようにすることができる。
【0028】
上記例では、チャージアップを解消するために+100Vの電圧をリペラー電極31に印加しているが、汚染層30Aに付着している電子を引き剥がすには数十V~数百Vの電圧とするのがよい。また、上述したようにイオン化やイオンの挙動に及ぼす影響を小さくするには、高い電圧を印加するパルスの幅はできるだけ小さいことが望ましいものの、この時間が短すぎると、汚染層30Aから引き剥がされた電子がリペラー電極31まで到達し得ず、チャージアップの効果が十分に上がらない。このパルス幅はそのパルスの電圧値にも依存し、電圧が高ければパルス幅を短くすることができる。また、適切なパルスの幅はリペラー電極31とイオン化室30内壁との距離にも依存する。従って、実験的に又はシミュレーション等によって、適切なパルス幅と電圧値とを決めるとよい。また、パルス間隔についても同様であり、上記例では1μsにしているものの、これもイオン化やイオンの挙動に及ぼす影響が小さくなるように適宜に変更することができる。
【0029】
図4及び図5はイオン化室30内部における電子軌道のシミュレーション結果を示す図である。図4は、磁石34、35による熱電子収束用磁場がない場合、図5は磁石34、35による熱電子収束用磁場がある場合である。
【0030】
図4に示すように、熱電子収束用磁場がない場合には、イオン化室30の前壁内面の汚染層から引き剥がされた電子はリペラー電極31に向かってほぼ真直ぐ進行する。一方、図5に示すように、磁石34、35による熱電子収束用磁場がある場合には、熱電子流のみならず、イオン化室30前壁内面の汚染層から引き剥がされた電子にも磁場によるローレンツ力が作用する。そのため、電子は磁場の強い領域を避けて回り込むような複雑な運動をしつつリペラー電極31に向かって進行する。いずれの場合でも、汚染層30Aから引き剥がされた電子は最終的にリペラー電極31に到達し、リペラー電極31に接触して消滅する。
【0031】
以上のように本実施形態の質量分析装置では、分析の実行中に、周期的にリペラー電極31に正極性の高電圧を印加してチャージアップの解消を図っているため、分析中にイオン源3でチャージアップが発生し、それにより分析に供されるイオンの量が減少することを回避することができる。従って、高い分析感度を確保することができる。また、汚染層が或る程度形成されてもチャージアップが起こりにくいので、汚染層を除去するためのメンテナンス作業の頻度を減らすことができる。
【0032】
上記実施形態の質量分析装置では、制御部8による制御の下で、分析実行中に周期的にチャージアップ解消動作を実行しているが、それ以外のタイミングで必要に応じて、例えばユーザーによる操作に応じた適宜の時点で、リペラー電極31に+100V又は数十~数百Vの範囲の適宜の電圧を所定時間印加することによって、チャージアップを解消することも可能である。その場合、分析の実行中又は分析を実行していない期間に拘わらず、ユーザーによる所定の操作が行われたときに、リペラー電極31にチャージアップ解消用の適宜の電圧(例えば上述した+100Vの電圧)を所定時間印加することができる。また、分析を実行していない期間にのみ、ユーザーによる所定の操作の受け付けを可能とし、その操作を受け付けると、リペラー電極31にチャージアップ解消用の適宜の電圧を所定時間印加してもよい。
【0033】
また、制御部8の制御の下で、分析を実行していない期間中の予め決められた適宜のタイミングで、リペラー電極31にチャージアップ解消用の適宜の電圧を所定時間印加するようにしてもよい。一例としては、指定された所定時間の質量分析(例えば一つの試料に対するGC/MS分析)が終了する毎に、又はそうした質量分析を実行する直前に、自動的にリペラー電極31にチャージアップ解消用の適宜の電圧を所定時間印加するようにすることができる。また、装置の起動時や停止などのタイミングで、リペラー電極31にチャージアップ解消用の適宜の電圧を所定時間印加してもよい。
【0034】
また、上記説明は、イオン源3で正イオンを生成する場合の例であるが、負イオンを生成する場合、押出し電場を形成する期間にはリペラー電極31に負の電圧、例えば-1Vを印加し、チャージアップ解消電場を形成する期間にはリペラー電極31に正極性の高電圧、例えば+100Vを印加すればよいことは明らかである。
【0035】
また、上記実施形態の質量分析装置のイオン源はEIイオン源であるが、本発明は、イオン化室内で試料由来の成分をイオン化するとともに、その生成されたイオンをリペラー電極を利用してイオン化室内から射出させる構造のイオン源、具体的には、CIイオン源やNCIイオン源を備える質量分析装置にも適用することができる。
【0036】
また、上記実施形態はあくまでも本発明の一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜修正、変更、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0037】
例えば、イオン源以外の構成は上記実施形態に記載のものに限定されず、適宜に変更し得る。従って、本発明に係る質量分析装置が、シングルタイプの四重極型質量分析装置に限らず、飛行時間型質量分析装置、イオントラップ質量分析装置、タンデム型質量分析装置、さらにはイオン移動度-質量分析装置など、様々な方式の質量分析装置に適用し得ることは当然である。
【0038】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態が以下の態様の具体例であることは、当業者には明らかである。
【0039】
(第1項)本発明に係る質量分析装置の一態様は、試料ガスに含まれる成分をイオン化するイオン源を具備する質量分析装置であって、前記イオン源は、
イオン射出口を有し、その内部に外部とは略区画された空間を形成するイオン化室と、
前記イオン化室内に設けられ、該イオン化室内で生成されたイオンを前記イオン射出口を通して外部へと押し出す押出し電場を形成するためのリペラー電極と、
前記リペラー電極に、前記押出し電場を形成するための第1の電圧と、チャージアップ解消電場を形成するための前記第1の電圧よりも絶対値が大きな正極性である第2の電圧とを選択的に印加する電圧発生部と、
を備える。
【0040】
第1項に記載の質量分析装置によれば、装置を停止することなく、また装置の真空状態を解除することもなく、イオン化室内で生じているチャージアップを解消する又は軽減することができる。それによって、イオン源においてチャージアップが生じたときに従来実施されていた面倒なメンテナンス作業の実施の頻度を下げることができ、ユーザーの負担を軽減することができる。また、そうしたメンテナンス作業のために装置が使用できない状態となることを減らすことができ、装置の稼働率を向上させることができる。また、分析の途中でチャージアップを解消したり低減したりすることができるため、分析途中でのチャージアップ発生による不具合を回避することができる。
【0041】
(第2項)また第1項に記載の質量分析装置において、前記電圧発生部は、前記第1の電圧がローレベル、前記第2の電圧がハイレベルであるパルス状の電圧を前記リペラー電極に印加するものとすることができる。
【0042】
第2項に記載の質量分析装置では、主としてパルス状電圧のローレベル期間にイオン化室内でイオン化を行い、パルス状電圧のハイレベル期間にチャージアップ解消動作を行うことができる。これにより、分析を実行しながらイオン源でのチャージアップの発生を回避することができる。
【0043】
(第3項)また第2項に記載の質量分析装置において、電圧値が前記第2の電圧であるパルスの幅は、前記イオン化室の内壁においてチャージアップしている電子がチャージアップ解消電場によって引き寄せられて前記リペラー電極に到達するまでの時間に応じて定められるものとすることができる。
【0044】
第3項に記載の質量分析装置によれば、パルス状電圧のハイレベル期間に確実にチャージアップ解消を図ることができる。また、必要以上にチャージアップ解消動作の期間を長くすることなく、イオン源でのイオン生成動作に対する影響を最小限に抑えることができる。
【0045】
(第4項)第1項~第3項のいずれか1項に記載の質量分析装置において、前記電圧発生部は、分析の実行中に、前記第1の電圧に代えて前記第2の電圧を前記リペラー電極に印加するものとすることができる。
【0046】
(第5項)また第4項に記載の質量分析装置において、前記電圧発生部は、分析の実行中に周期的に前記第2電圧を前記リペラー電極に印加するものとすることができる。
【0047】
第4項又は第5項に記載の質量分析装置における「分析の実行中」とは、質量分析の対象である試料成分由来のイオンを当該イオン源において生成している期間中である。第4項又は第5項に記載の質量分析装置によれば、分析実行中にイオン源でのチャージアップの発生を回避することができるので、分析の途中でチャージアップがひどくなって感度が低下する等の不所望の事態の発生を防止することができる。
【0048】
(第6項)第1項~第5項のいずれか1項に記載の質量分析装置において、前記電圧発生部は、分析を実行していない期間の少なくとも一部の期間に、前記第2電圧を前記リペラー電極に印加するものとすることができる。
【0049】
第6項に記載の質量分析装置によれば、感度や精度などの分析結果に影響を与えることなく、イオン源のチャージアップを解消することができる。特に、分析を実行していない期間であれば、分析実行中に比べて長い時間継続してチャージアップ解消用の電圧をリペラー電極に印加することができるので、より確実にチャージアップを解消することができる。
【符号の説明】
【0050】
1…チャンバー
3…イオン源
30…イオン化室
301…イオン射出口
302…電子導入口
303…電子排出口
304…試料ガス導入管
30A…汚染層
31…リペラー電極
32…フィラメント
33…トラップ電極
34、35…磁石
36…引出し電極
4…イオン輸送光学系
5…四重極マスフィルター
6…イオン検出器
7…リペラー電圧発生部
8…制御部
C…イオン光軸
図1
図2
図3
図4
図5
図6