(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-02
(45)【発行日】2024-09-10
(54)【発明の名称】駆動力制御方法及び駆動力制御装置
(51)【国際特許分類】
B60W 30/02 20120101AFI20240903BHJP
【FI】
B60W30/02
(21)【出願番号】P 2023508181
(86)(22)【出願日】2021-03-22
(86)【国際出願番号】 JP2021011800
(87)【国際公開番号】W WO2022201261
(87)【国際公開日】2022-09-29
【審査請求日】2023-09-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】弁理士法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山藤 勝彦
(72)【発明者】
【氏名】小林 史明
【審査官】戸田 耕太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-217712(JP,A)
【文献】特開2011-006015(JP,A)
【文献】特開2012-061944(JP,A)
【文献】特開2018-170854(JP,A)
【文献】特開2021-003906(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60W 30/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両のピッチ角が所望の挙動をとるように、前輪に接続された第1駆動源及び後輪に接続された第2駆動源のそれぞれに対する駆動力配分を制御する駆動力制御方法であって、
前記車両のピッチレートが、該車両の加速時に所定の基本ピッチレートとは異なる補正ピッチレートとなるように前記第1駆動源の駆動力及び前記第2駆動源の駆動力を定め、
前記基本ピッチレートは、前記車両の所望の車両特性を得るための基本駆動力配分に応じて定められ、
前記補正ピッチレートは、前記基本ピッチレートよりも小さい抑制ピッチレートと、前記基本ピッチレートよりも大きい誇張ピッチレートと、を含み、
前記補正ピッチレートを、
前記車両の要求加速度又は該要求加速度の変化率が所定の第1閾値以下である場合に前記抑制ピッチレートに設定し、
前記要求加速度又は該要求加速度の変化率が前記第1閾値を超える場合に前記誇張ピッチレートに設定する、
駆動力制御方法。
【請求項2】
請求項1に記載の駆動力制御方法であって、
前記要求加速度の変化率が所定の第2閾値以下である場合に前記抑制ピッチレートを設定し、
前記要求加速度
の変化率が前記第2閾値を超える場合に前記誇張ピッチレートを設定する、
駆動力制御方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の駆動力制御方法であって、
前記誇張ピッチレートを、前記要求加速度又は該要求加速度の変化率が大きいほど大きくする、
駆動力制御方法。
【請求項4】
車両のピッチ角が所望の挙動をとるように、前輪に接続された第1駆動源及び後輪に接続された第2駆動源のそれぞれに対する駆動力配分を制御する駆動力制御方法であって、
前記車両のピッチレートが、該車両の加速時に所定の基本ピッチレートとは異なる補正ピッチレートとなるように前記第1駆動源の駆動力及び前記第2駆動源の駆動力を定め、
前記基本ピッチレートは、前記車両の所望の車両特性を得るための基本駆動力配分に応じて定められ、
前記補正ピッチレートは
、前記基本ピッチレートよりも大きい誇張ピッチレー
トを含み、
前記補正ピッチレートを、
前記車両の要求加速度の変化率が所定の第3閾値以下である場合に前記
基本ピッチレートに設定し、
前記要求加速度の変化率が前記第3閾値を超える場合に
は前記車両の要求加速度そのものの大きさに関わらず、前記
誇張ピッチレートに設定する、
駆動力制御方法。
【請求項5】
請求項4に記載の駆動力制御方法であって、
前記誇張ピッチレートを所定時間のみ設定し、その後は前記ピッチレートを略0に設定する、
駆動力制御方法。
【請求項6】
請求項1~5の何れか1項に記載の駆動力制御方法であって、
さらに、前記車両の前後加速度の変化が一定値以下であると判断すると、前記補正ピッチレートを前記基本ピッチレートに切り替える、
駆動力制御方法。
【請求項7】
請求項1~6の何れか1項に記載の駆動力制御方法であって、
さらに、前記車両の操舵角が大きいほど、前記車両の走行路の勾配角が大きいほど、前記車両の走行路の摩擦が小さいほど、又は前記車両に搭載されたバッテリの充電残量が低いほど、前記補正ピッチレートを小さくする、
駆動力制御方法。
【請求項8】
請求項1~7の何れか1項に記載の駆動力制御方法であって、
前記車両が手動運転操作により動作している場合には前記ピッチレートを前記補正ピッチレートに設定し、
前記車両が自動運転により動作している場合には前記車両が手動運転操作により動作している場合よりも前記ピッチレートを減少させる、
駆動力制御方法。
【請求項9】
車両のピッチ角が所望の挙動をとるように、前輪に接続された第1駆動源及び後輪に接続された第2駆動源のそれぞれに対する駆動力配分を制御する駆動力制御装置であって、
前記車両のピッチレートが、該車両の加速時に所定の基本ピッチレートとは異なる補正ピッチレートとなるように前記第1駆動源の駆動力及び前記第2駆動源の駆動力を定めるピッチレート調節部を備え、
前記ピッチレート調節部は、
前記基本ピッチレートを、前記車両の所望の車両特性を得るための基本駆動力配分に応じて定め、
前記車両の要求加速度又は該要求加速度の変化率が所定の第1閾値以下である場合に、前記補正ピッチレートを前記基本ピッチレートよりも小さい抑制ピッチレートに設定し、
前記要求加速度又は該要求加速度の変化率が前記第1閾値を超える場合に、前記補正ピッチレートを前記基本ピッチレートよりも大きい誇張ピッチレートに設定する、
駆動力制御装置。
【請求項10】
車両のピッチ角が所望の挙動をとるように、前輪に接続された第1駆動源及び後輪に接続された第2駆動源のそれぞれに対する駆動力配分を制御する駆動力制御装置であって、
前記車両のピッチレートが、該車両の加速時に所定の基本ピッチレートとは異なる補正ピッチレートとなるように前記第1駆動源の駆動力及び前記第2駆動源の駆動力を定めるピッチレート調節部を備え、
前記ピッチレート調節部は、
前記基本ピッチレートを、前記車両の所望の車両特性を得るための基本駆動力配分に応じて定め、
前記車両の要求加速度の変化率が所定の第3閾値以下である場合に、前記補正ピッチレートを前記基本ピッチレー
トに設定し、
前記要求加速度の変化率が前記第3閾値を超える場合に
は前記車両の要求加速度そのものの大きさに関わらず、前記補正ピッチレートを前記基本ピッチレートよりも
大きい誇張ピッチレートに設定する、
駆動力制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、駆動力制御方法及び駆動力制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
JP2007-118898Aでは、路面の段差等を通過する際の車両の姿勢変化に相当する重心周りのピッチ角の変化に相当するピッチレート(ピッチ角速度)を検出し、検出したピッチレートを低減するように前後車輪に異なる制駆動力を付与する制駆動力制御装置が提案されている。
【発明の概要】
【0003】
JP2007-118898Aの制御構成では、車両の姿勢変化をもたらす路面段差等が検出されると、車両に対して要求される前後加速度(以下、「要求加速度」とも称する)の大きさに関わらずピッチレートを抑制する制駆動力が付与されることとなる。このため、要求加速度に対して車両の実駆動力が好適な車両特性(電費又は燃費の特性、動力特性、及びスリップ特性など)を実現する観点から適切な駆動力に対して小さくなることがある。その結果、実駆動力が要求加速度に対して不足することで、車両の乗員が感じる加速感が低下し、当該乗員に違和感を与えることがある。
【0004】
したがって、本発明の目的は、車両の発進時における乗員の感じる加速感の過不足が抑制される駆動力制御方法及び駆動力制御装置を提供することにある。
【0005】
本発明のある態様によれば、車両のピッチ角が所望の挙動をとるように、前輪に接続された第1駆動源及び後輪に接続された第2駆動源のそれぞれに対する駆動力配分を制御する駆動力制御方法が提供される。この駆動力制御方法では、車両の発進時におけるピッチレートを基本ピッチレートよりも大きい又は小さい補正ピッチレートに設定し、基本ピッチレートは、所望の車両特性を得るための基本駆動力配分に応じて定められ、補正ピッチレートは、車両の要求加速度の変化に応じて車両の乗員の加速感を調節するように定められる。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【
図1】
図1は、本発明の実施形態の駆動力制御方法が実行される車両の構成を説明する図である。
【
図2】
図2は、駆動力制御方法を実行する駆動力制御装置の機能構成を説明するブロック図である。
【
図3】
図3は、車両のピッチ運動を説明するための図である。
【
図4A】
図4Aは、調節処理Iを説明するフローチャートである。
【
図4B】
図4Bは、調節処理IIを説明するフローチャートである。
【
図4C】
図4Cは、調節処理IIIを説明するフローチャートである。
【
図5A】
図5Aは、調節処理Iの補正ピッチレートを設定した場合の車両の動作点の一例を示すマップである。
【
図5B】
図5Bは、調節処理IIの補正ピッチレートを設定した場合の車両の動作点の一例を示すマップである。
【
図5C】
図5Cは、調節処理IIIの補正ピッチレートを設定した場合の車両の動作点の一例を示すマップである。
【
図6】
図6は、第1実施形態の駆動力制御方法による制御結果を示すタイムチャートである。
【
図7】
図7は、第2実施形態の調節処理IIIによる制御結果を示すタイムチャートである。
【
図8】
図8は、第3実施形態の駆動力制御方法を説明するフローチャートである。
【
図9】
図9は、第3実施形態の制御を適用した場合の制御結果の一例を示すタイムチャートである。
【
図10】
図10は、第4実施形態の駆動力制御方法を説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、本発明の各実施形態を、図面を参照して詳細に説明する。
【0008】
[第1実施形態]
以下、第1実施形態について説明する。
【0009】
図1は、本実施形態の駆動力制御方法が実行される車両100の構成を説明する図である。
【0010】
なお、本実施形態の車両100としては、駆動源としての駆動モータ10を備え、当該駆動モータ10の駆動力により走行可能な電気自動車又はハイブリッド自動車などが想定される。
【0011】
駆動モータ10は、車両100の前方の位置(以下、「前輪側」と称する)に設けられ前輪11fを駆動する第1電動機としての前輪モータ10fと、後方の位置(以下、「後輪側」と称する)に設けられ後輪11rを駆動する第2電動機としての後輪モータ10rと、により構成される。
【0012】
前輪モータ10fは、三相交流モータとして構成される。前輪モータ10fは、電源としてのバッテリからの電力の供給を受けて駆動力を発生する。前輪モータ10fで生成される駆動力は前輪変速機16f及び前輪ドライブシャフト21fを介して前輪11fに伝達される。また、前輪モータ10fは、車両100の走行時に前輪11fに連れ回されて回転する際に発生する回生駆動力を交流電力に変換する。なお、前輪モータ10fに供給される電力は、前輪インバータ12fにより調節される。特に、前輪インバータ12fは、車両100に要求される総駆動力(以下、「総要求駆動力Ffr」とも称する)及び前輪モータ10fに定められる配分比に基づいた駆動力(以下、「前輪駆動力Ff」とも称する)で前輪モータ10fを駆動する。
【0013】
一方、後輪モータ10rは、三相交流モータとして構成される。後輪モータ10rは、電源としてのバッテリからの電力の供給を受けて駆動力を発生する。後輪モータ10rで生成される駆動力は後輪変速機16r及び後輪ドライブシャフト21rを介して後輪11rに伝達される。また、後輪モータ10rは、車両100の走行時に後輪11rに連れ回されて回転する際に発生する回生駆動力を交流電力に変換する。なお、後輪モータ10rに供給される電力は、後輪インバータ12rにより調節される。特に、後輪インバータ12rは、総要求駆動力Ffr及び後輪モータ10rに定められる配分比κに基づいた駆動力(以下、「後輪駆動力Fr」とも称する)で後輪モータ10rを駆動する。
【0014】
さらに、車両100には、各種入力情報に基づいて、当該車両100の駆動力配分(すなわち、前輪駆動力Ff及び後輪駆動力Fr)を制御する駆動力制御装置としてのコントローラ50が設けられている。
【0015】
コントローラ50は、中央演算装置(CPU)、読み出し専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)、及び入出力インタフェース(I/Oインタフェース)を備えたコンピュータで構成され、以下で説明する車両制御における各処理を実行できるようにプログラムされている。特に、コントローラ50の機能は、車両コントローラ(VCM:Vehicle Control Module)、車両運動制御装置(VMC:Vehicle Motion Controller)、及びモータコントローラ等の任意の車載コンピュータ及び/又は車両100の外部に設置されるコンピュータにより実現することができる。なお、コントローラ50は一台のコンピュータハードウェアにより実現されても良いし、複数台のコンピュータハードウェアにより各種処理を分散させることで実現しても良い。
【0016】
さらに、コントローラ50に入力される各種入力情報(推定値又は検出値)には、車両100に搭載されるアクセルペダルに対する操作量(以下、「アクセル開度APO」とも称する)、ピッチ角θ、及び車両100の前後方向における加速度(以下、「前後加速度a」とも称する)が含まれる。また、入力情報には必要に応じて、車両100の操舵角、車両100の走行路における勾配角、車両100の走行路における摩擦(路面μ)、及び/又は車両100に搭載されるバッテリ充電残量を示唆するパラメータであるSOC(State of charge)が含まれていても良い。
【0017】
なお、本実施形態におけるアクセル開度APOは、車両100に要求される前後加速度aの値を表すパラメータである。一方で、車両100にいわゆる自動運転機能が搭載され、少なくとも要求加速度afrが所定の自動運転コントローラ(ADAS「Advanced Driver Assistance Systems」コントローラ又はAD「Autonomous Driving」コントローラなど)により決定される場合には指令駆動力に基づいて要求される前後加速度aの値が定まる。したがって、以下では、これを包括して「要求加速度afr」と表現する。
【0018】
以下、コントローラ50の機能についてより詳細に説明する。
【0019】
図2は、コントローラ50の構成を説明するブロック図である。図示のように、コントローラ50は、総要求駆動力演算部52と、基本駆動力配分部53と、要求加速度変化率演算部55と、ピッチレート調節部56と、を有する。
【0020】
総要求駆動力演算部52は、アクセル開度APO及び適宜車速などの他のパラメータを入力として、車両100に求められる駆動力の総和である総要求駆動力Ffrを演算する。例えば、総要求駆動力演算部52は、アクセル開度APO及び車速に応じた適切な総要求駆動力Ffrを定めた所定マップを任意のメモリから読み出し、入力されたアクセル開度APO及び車速を当該マップに適用することで総要求駆動力Ffrを演算することができる。そして、総要求駆動力演算部52は、演算した総要求駆動力Ffrを、基本駆動力配分部53に出力する。
【0021】
基本駆動力配分部53は、総要求駆動力演算部52からの総要求駆動力Ffrを入力として、所定の基本配分比κbから、前輪駆動力Ffの基本値(以下、「基本前輪駆動力Ff_b」とも称する)及び後輪駆動力Frの基本値(以下、「基本後輪駆動力Fr_b」とも称する)を演算する。ここで、基本配分比κbは、車両100に係る車両特性が所望の特性をとるように、実験又はシミュレーションなどにより定められる配分比κの基本値である。なお、本実施形態で用いられる車両特性という用語には、主として、車両100の走行などの動作で消費されるエネルギーの効率に関する特性(燃費性能又は電費性能)、前輪11f又は後輪11rにおけるスリップのし難さに関する特性(スリップ性能)、及び要求加速度afrに対して前後加速度aの追従性(動力性能)などが含まれる。
【0022】
また、基本配分比κbに関する具体的な値は車両100の仕様及び走行シーンにおいて適宜変更し得る。一例として、平坦な舗装道路を一定速度で直進するような場合には、好ましい車両特性を実現する観点から、前輪駆動力Ff及び後輪駆動力Frを相互に同一の値になるように、基本配分比κbを50(前輪):50(後輪)に設定することができる。なお、車両特性を実現する観点から定まる基本配分比κbに基づいて、車両100のピッチ角θの基本値(以下、「基本ピッチ角θ_b
*」とも称する)、及びピッチレートωの基本値(以下、「基本ピッチレートω_b
*」とも称する)が定まる。本実施形態のピッチ角θ及びピッチレートωの意義について説明する。
【0023】
図3は、車両100のピッチ運動を模式的に示す図である。図示のように、本実施形態におけるピッチ角θは、車両100の重心G回りにおける水平方向に対するピッチ方向(重心Gを通り車幅方向に延びる軸回りの回転方向)の変位として定義される。特に、本実施形態では、ピッチ角θの符号は、車両100の前輪11fが持ち上がる方向(ノーズアップ方向)を正とし、後輪11rが持ち上げる方向(ノーズダウン方向)を負となるように設定される。さらに、ピッチレートωは、このピッチ角θの時間変化率(すなわち、ピッチ角速度)として定義される。そして、このピッチ角θ及びピッチレートωは、上述した駆動力の配分比κ及び種々の走行環境(路面凹凸、及び路面勾配など)に応じて変化する。言い換えれば、前輪駆動力F
f及び後輪駆動力F
rのそれぞれの大きさ(駆動力配分)を操作することで、ピッチ角θ及びピッチレートωを制御することができる。
【0024】
図2に戻り、基本駆動力配分部53は、演算した基本前輪駆動力F
f_b及び基本後輪駆動力F
r_bをピッチレート調節部56に出力する。
【0025】
要求加速度変化率演算部55は、要求加速度afr(アクセル開度APO)を入力として要求加速度変化率jfrを演算する。具体的に、要求加速度変化率演算部55は、所定制御期間当たりの要求加速度afrの変化量を要求加速度変化率jfrとして求める。そして、要求加速度変化率演算部55は、求めた要求加速度変化率jfrをピッチレート調節部56に出力する。
【0026】
ピッチレート調節部56は、前後加速度a、要求加速度afr、要求加速度変化率jfr、基本前輪駆動力Ff_b、及び基本後輪駆動力Fr_bを入力情報とする。そして、ピッチレート調節部56は、要求加速度afr及び要求加速度変化率jfrに基づいて、車両100の発進時における後述の所定条件下で設定すべき補正前輪駆動力Ff_c及び補正後輪駆動力Fr_cを求める。特に、ピッチレート調節部56は、補正ピッチレートω_c
*を定める後述の調節処理I~IIIを実行する。
【0027】
そして、ピッチレート調節部56は、ピッチレートωを調節処理で得られた補正ピッチレートω_c
*に一致させる場合の前輪駆動力Ff及び後輪駆動力Frをそれぞれ、補正前輪駆動力Ff_c及び補正後輪駆動力Fr_cとして求める。
【0028】
特に、ピッチレート調節部56は、車両100の発進時においてピッチレートωを補正ピッチレートω_c
*に近づけるための補正前輪駆動力Ff_c及び補正後輪駆動力Fr_cを演算する。より詳細に、ピッチレート調節部56は、ピッチ角θを減少させる際(車両100をノーズダウンさせる際)には、補正ピッチレートω_c
*が負の値となるように補正前輪駆動力Ff_c及び補正後輪駆動力Fr_cを演算する。より詳細には、車両100のフロントサスペンションのアンチダイブ角φが負である場合(すなわち、フロントサスペンションが車両100の側面視において前輪11fに向かって下向きの形状である場合)には、補正前輪駆動力Ff_cを減少方向、及び/又は補正後輪駆動力Fr_cを増加方向に定めることで補正ピッチレートω_c
*が負の値となる(ノーズダウンする)。一方、ピッチレート調節部56は、ピッチ角θを増加させる際(車両100をノーズアップさせる際)には、補正ピッチレートω_c
*が正の値となるように補正前輪駆動力Ff_c及び補正後輪駆動力Fr_cを演算する。より詳細には、アンチダイブ角φが負である場合には、補正前輪駆動力Ff_cを増加方向、及び/又は補正後輪駆動力Fr_cを減少方向とすることで補正ピッチレートω_c
*が正の値となる(ノーズアップする)。
【0029】
なお、車両100の構造に違い(特に、上記アンチダイブ角φの正負の違い)に応じて、設定すべき補正ピッチレートω_c
*の正負(ピッチ角θの増減方向)に応じた、補正前輪駆動力Ff_c及び/又は補正後輪駆動力Fr_cのそれぞれの増減方向を適宜変更しても良い。
【0030】
そして、ピッチレート調節部56は、車両100の発進時における後述の所定条件下では前輪インバータ12f及び後輪インバータ12rにそれぞれ、補正前輪駆動力Ff_c及び補正後輪駆動力Fr_cを出力する。一方、ピッチレート調節部56は、上記所定条件下以外では前輪インバータ12f及び後輪インバータ12rにそれぞれ、基本前輪駆動力Ff_b及び基本後輪駆動力Fr_bを出力する。
【0031】
以下では、調節処理I~IIIのさらなる詳細を説明する。なお、以下で説明する制御は、車両100の発進時の加速シーン(前後加速度a>0)を想定したものである。しかしながら、以下の制御は、若干の修正を行うことで減速シーン(前後加速度a<0)も適用可能である。特に、この場合、要求加速度afr及び要求加速度変化率jfrと後述する各閾値の大小関係の比較にあたって、当該要求加速度afr及び要求加速度変化率jfrの絶対値を用いることが好ましい。
【0032】
本実施形態におけるピッチレート調節処理では、以下の
図4A~
図4Cのフローチャートで説明する調節処理I、調節処理II、及び調節処理IIIの何れかが選択的に実行される。なお、コントローラ50(特にピッチレート調節部56)は、
図4A~
図4Cの各フローチャートに示される何れかのルーチンを、車両100の発進時を基点として所定の演算周期毎に繰り返し実行する。
【0033】
(調節処理I)
図4Aは、調節処理Iを説明するフローチャートである。調節処理IではステップS100~ステップS120の処理が実行される。
【0034】
ステップS100において、コントローラ50は、要求加速度afrが所定の加速度閾値athを超えているか否かを判定する。ここで、加速度閾値athは、乗員が車両100の一定以上の加速感を望む程度に要求加速度afrが大きい状態であるか否か(例えば、運転者によるアクセルペダルの操作量が一定以上であるか)を判断する観点から定められる。加速度閾値athは、実験又はシミュレーションによって予め定めることができる。なお、加速度閾値athの具体的な値は種々変更が可能であり特定の値に限定されるものでは無いが、一例として0.2G程度に設定することができる。
【0035】
また、本明細書において、車両100の乗員の加速感とは、要求加速度afrに対する実際の前後加速度aの追従性の強弱に関する乗員の主観的な感度を意味する。すなわち、加速感の強弱の基準については個人差によるところも大きいが、少なくとも前後加速度aの大きさ(当該前後加速度aにより乗員に作用する慣性力の大きさ)に相関する。そして、本発明者らは、鋭意研鑽の結果、この点に着目して車両100の発進時におけるピッチ角θの変化率(すなわち、ピッチレートω)を適切に調節することで、乗員の加速感の高低を調節するという思想に至っている。特に、ピッチ角θが所望の速さで増加するようにピッチレートωを増加させることで、車両100はピッチ角θの増加方向(ノーズアップ方向)にピッチ変位することとなるので、乗員には本来の前後加速度aに加えてピッチ加速度が上乗せされた分の慣性力が作用する。したがって、ピッチレートωを増加させることで、乗員の加速感を強めることができる。一方で、ピッチレートωを減少させることで、車両100はピッチ角θの減少方向(ノーズダウン方向)にピッチ変位することとなるので、乗員には本来の前後加速度aからピッチ加速度相当分が低減された慣性力が作用することとなる。したがって、ピッチレートωを増加させることで、乗員の加速感を弱めることができる。
【0036】
したがって、ステップS100の判定は、要求加速度afrと加速度閾値athの大小比較を通じて、乗員が一定以上の強い加速感を求めているか否かを推定することが趣旨とされる。より具体的に説明すると、例えば、乗員(特に運転者)が手動で車両100の駆動操作(アクセル操作)を行っている場合、要求加速度afr(アクセル開度APO)の大きさは、実質的に運転者自身の加速の意図を直接的に反映するものと言える。このため、要求加速度afrが大きい状況では、車両100の乗員が一定以上の強い加速感を希望しているシーンであると推測できる。
【0037】
これに対して、車両100が自動運転中である場合(駆動操作が自動運転コントローラの指令に基づいて実行される場合)には、要求加速度afrの大きさは、の加速の意図を直接的に反映したものとは言えない。しかしながら、自動運転コントローラによって比較的大きい要求加速度afrが設定される状況は、運転者もさらなる加速が必要と認識する状況(前方車両に対する車間が大きい状況、又は合流のための加速を行う状況など)と一致する場合も多い。このため、ステップS100の判定は、車両100が自動運転中においても、一定程度の精度を持って乗員が一定以上の強い加速感を希望しているシーンの検出を可能とする。
【0038】
次に、コントローラ50は、要求加速度afrが加速度閾値athを超えていると判断すると、補正ピッチレートω_c
*として、基本ピッチレートω_b
*よりも大きい誇張ピッチレートω_c1
*を設定する(ステップS110)。一方、コントローラ50は、要求加速度afrが加速度閾値ath以下であると判断すると、補正ピッチレートω_c
*として、基本ピッチレートω_b
*よりも小さい抑制ピッチレートω_c2
*に設定する(ステップS120)。
【0039】
図5Aは、調節処理Iの補正ピッチレートω
_c
*を設定した場合の車両100の動作点(要求加速度a
fr及びピッチ角θ)の一例を示すマップである。なお、図上のハッチング部分は、本実施形態においてとり得る動作点の全範囲(以下、「実現可能領域R」とも称する)を表している。
【0040】
なお、本マップにおいては、各配分比κに応じて定まる動作点の集合を破線で表す。すなわち、各破線は各配分比κに応じて定まる一定のピッチレートωの動作点の集合を表す。特に、
図5においては具体的な配分比κの値(50:50など)を記載しているが、これは理解の補助のために記載したものであり、本実施形態の構成を限定する趣旨ではない。
【0041】
図5Aから理解されるように、上記実現可能領域R内において、要求加速度a
frが加速度閾値a
th以下の領域で基本ピッチレートω
_b
*よりも小さい抑制ピッチレートω
_c2
*が設定される。一方、要求加速度a
frが加速度閾値a
thを超える領域においては、基本ピッチレートω
_b
*よりも大きい誇張ピッチレートω
_c1
*が設定される。
【0042】
なお、図示した例は、抑制ピッチレートω
_c2
*及び誇張ピッチレートω
_c1
*を表す直線の一例であり、
図4Aで説明した制御ロジックに従う範囲において、これ以外の態様の抑制ピッチレートω
_c2
*及び誇張ピッチレートω
_c1
*を設定しても良い。ただし、車両100の動力性能を維持する観点から、誇張ピッチレートω
_c1
*は、要求加速度a
frの最大値a
2(例えばアクセル全開時の要求加速度a
frに相当)におけるピッチ角θが、基本ピッチレートω
_b
*に基づく基本ピッチ角θ
_b
*の値と同一(
図5Aでは値θ2)となるように設定されることが好ましい。
【0043】
このように補正ピッチレートω_c
*が設定されることで、要求加速度afrが加速度閾値ath以下の低加速度領域では、基本ピッチレートω_b
*を設定する場合に比べてピッチレートωが抑制される。これにより、低加速度領域では、車両100のピッチ変位が抑制されるので、ピッチ振動が抑制されたスムーズな加速が実現される。一方、要求加速度afrが加速度閾値athを超える高加速度領域では、基本ピッチレートω_b
*を設定する場合に比べてピッチレートωが大きくなる。これにより、運転者が強い加速感を望むと推定される高加速度領域では、車両100のピッチ変位(特にノーズアップ方向の変位)を増大させて、運転者に与える加速感を強めることができる。特に、誇張ピッチレートω_c1
*は、要求加速度afrが大きいほど、大きい値に設定されることが好ましい。これにより、運転者が求めていると推定される加速感の強さに応じて当該加速感を生じさせるノーズアップ方向のピッチ力を強めることができる。
【0044】
さらに、
図5Aに示す例のように、抑制ピッチレートω
_c2
*を前輪駆動力F
fが負且つ後輪駆動力F
rが正(配分比κが0:100の線よりも小さい傾き)とし、誇張ピッチレートω
_c1
*を前輪駆動力F
fが及び後輪駆動力F
rが正(特に基本配分である50:50の線と100:0の線の中間の傾き)とすることが好ましい。これにより、上述のようにピッチ変位が抑制されたスムーズな加速を実現しつつも、前輪駆動力F
fが及び後輪駆動力F
rの向きが相互に異なる区間を加速度閾値a
th以下にとどめることで電費の悪化も抑制される。
【0045】
(調節処理II)
図4Bは、調節処理IIを説明するフローチャートである。調節処理IIではステップS200~ステップS230の処理が実行される。
【0046】
ステップS200において、コントローラ50は、上記ステップS100と同様に、要求加速度afrが加速度閾値athを超えているか否かを判定する。
【0047】
そして、コントローラ50は、要求加速度afrが加速度閾値ath以下であると判断すると、調節処理Iの場合と同様に、補正ピッチレートω_c
*として抑制ピッチレートω_c2
*を設定する(ステップS230)。一方、コントローラ50は、要求加速度afrが加速度閾値athを超えていると判断すると、ステップS210の処理に進む。
【0048】
ステップS210において、コントローラ50は、要求加速度変化率jfrが所定の変化率閾値jthを超えているか否かを判定する。
【0049】
ここで、変化率閾値jthは、乗員が車両100の一定以上の加速感を望む程度に要求加速度afrの変化が大きいか否かを判断する観点から定められる。変化率閾値jthは、実験又はシミュレーションによって予め定めることができる。特に、運転者が手動で車両100の運転を行っている場合、要求加速度変化率jfrが一定以上に大きくなるときは、運転者によって急激なアクセル操作が行われているシーンであると言える。このため、要求加速度変化率jfrが一定以上に大きい場合には、車両100の乗員が一定以上のより強い加速感を希望しているシーンであると推測できる。
【0050】
特に、本実施形態では、要求加速度afrが加速度閾値athを超えている前提(ステップSの判定結果が肯定的である前提)でステップS210の判定が行われる。すなわち、当該判定は、運転者が強い加速感を求めている可能性がより高いと推測されるシーンを特定する趣旨で実行されるものである。したがって、変化率閾値jthは、当該シーンの特定の観点から好適な値に設定されることが好ましい。
【0051】
そして、コントローラ50は、要求加速度変化率jfrが変化率閾値jthを超えると判断すると、誇張ピッチレートω_c1
*を設定する(ステップS220)。一方、コントローラ50は、要求加速度変化率jfrが変化率閾値jth以下であると判断すると、抑制ピッチレートω_c2
*を設定する(ステップS230)。
【0052】
図5Bは、調節処理IIの補正ピッチレートω
_c
*を設定した場合の車両100の動作点の一例を示すマップである。なお、
図5Bに示すマップは、要求加速度変化率j
frが変化率閾値j
thを超えることを前提とする。
【0053】
調節処理IIでも、上記実現可能領域R内において、要求加速度a
frが加速度閾値a
th以下の領域で抑制ピッチレートω
_c2
*が設定され、要求加速度a
frが加速度閾値a
thを超える領域においては、誇張ピッチレートω
_c1
*が設定される。特に、
図5Bに示す例では、調節処理IIに基づく誇張ピッチレートω
_c1
*が調節処理Iに基づくそれよりも大きくなるように定められている。
【0054】
このように補正ピッチレートω_c
*が設定されることで、要求加速度変化率jfrが変化率閾値jthを超えることで、特に乗員が強い加速感を求めている推定されるシーンにおいて、運転者に与える加速感を強めることができる。
【0055】
特に、誇張ピッチレートω_c1
*は、要求加速度変化率jfrが大きいほど、大きい値に設定されることが好ましい。これにより、運転者が求めていると推定される加速感の強さに応じて当該加速感を生じさせるノーズアップ方向のピッチ力を強めることができる。
【0056】
なお、調節処理IIの補正ピッチレートω
_c
*においても、調節処理Iの場合と同様に、要求加速度a
frの最大値a
2におけるピッチ角θが、基本ピッチレートω
_b
*に基づく基本ピッチ角θ
_b
*の値θ2と同一となるように設定されることが好ましい。この要求を満たすため、
図5Bに示すように、要求加速度a
frが所定値a1以上となる領域では補正ピッチレートω
_c
*を負値(
図5Bにおける傾きが負の直線に相当)に設定することが好ましい。
【0057】
さらに、調節処理IIにおいても、抑制ピッチレートω_c2
*を前輪駆動力Ffが負且つ後輪駆動力Frが正(配分比κが0:100の線よりも小さい傾き)とし、誇張ピッチレートω_c1
*を前輪駆動力Ffが及び後輪駆動力Frが正(特に基本配分である50:50の線と100:0の線の中間の傾き)とすることが好ましい。これにより、上述のようにピッチ変位が抑制されたスムーズな加速を実現しつつも、前輪駆動力Ffが及び後輪駆動力Frの向きが相互に異なる区間を加速度閾値ath以下にとどめることで電費の悪化も抑制される。
【0058】
(調節処理III)
図4Cは、調節処理IIIを説明するフローチャートである。調節処理IIIではステップS300~ステップS320の処理が実行される。
【0059】
ステップS300において、コントローラ50は、調節処理IIに係るステップS210と同様に、要求加速度変化率jfrと変化率閾値jthを超えるか否かを判定する。
【0060】
そして、コントローラ50は、要求加速度変化率jfrが変化率閾値jthを超えると判断すると、誇張ピッチレートω_c1
*を設定する(ステップS310)。一方、コントローラ50は、要求加速度変化率jfrが変化率閾値jth以下であると判断すると、基本ピッチレートω_b
*を設定する(ステップS320)。
【0061】
図5Cは、調節処理IIIの補正ピッチレートω
_c
*を設定した場合の車両100の動作点の一例を示すマップである。
【0062】
図5Cから理解されるように、調節処理IIIでは、要求加速度a
frそのもの大きさに関わらず、要求加速度変化率j
frが変化率閾値j
thを超える全領域(すなわち、
図5Cに示す全加速度領域)において、誇張ピッチレートω
_c1
*が設定される。
【0063】
このように補正ピッチレートω_c
*が設定されることで、特に乗員が強い加速感を求めていると推定されるシーンにおいて、乗員にピッチ運動をより強く認識させ、当該乗員が感じる加速感を誇張することができる。
【0064】
特に、誇張ピッチレートω_c1
*は、要求加速度変化率jfrが大きいほど、大きい値に設定されることが好ましい。これにより、運転者が求めていると推定される加速感の強さに応じて当該加速感を生じさせるノーズアップ方向のピッチ力を強めることができる。
【0065】
なお、調節処理IIIの補正ピッチレートω
_c
*においても、基本ピッチレートω
_b
*に基づく基本ピッチ角θ
_b
*の値θ2と同一となるように設定されることが好ましい。この要求を満たすため、要求加速度a
frが所定値a1以上となる領域では補正ピッチレートω
_c
*を負値(
図5Cにおける傾きが負の直線に相当)に設定することが好ましい。
【0066】
次に、
図6のタイムチャートを参照して、各調節処理I~IIIを実行した場合の制御結果の一例について説明する。
図6のタイムチャートは、各調節処理I~IIIにおいて、前後加速度aが0(車両100の発進開始時)から所定の定常値a
Sに至るまでのピッチ角θの変化を想定したものである。
【0067】
特に、
図6(A)は前後加速度aの経時変化を示し、
図6(B)はピッチ角θの経時変化を示している。また、
図6(B)においては、調節処理Iを実行した場合のピッチ角θの経時変化を一点二鎖線で示し、調節処理IIを実行した場合のピッチ角θの経時変化を実線で示し、調節処理IIIを実行した場合のピッチ角θの経時変化を一点鎖線で示す。なお、参考のため、調節処理I~IIIを何れも実行しない場合(基本ピッチレートω
_b
*を設定する場合)のピッチ角θの経時変化を点線で示す。
【0068】
先ず、既に説明したように、調節処理Iの制御によれば、前後加速度aが0である車両100の発進時(時刻t1)から当該前後加速度aが加速度閾値a
thに到達するタイミング(時刻t2)までは、ピッチレートωが基本ピッチレートω
_b
*に対して抑制される(ステップS100のNo及びステップS120)。なお、
図6で示す例では、加速度閾値a
th以下の領域で設定される抑制ピッチレートω
_c2
*は0に定められている。
【0069】
さらに、調節処理Iでは、前後加速度aの過渡状態、すなわち、前後加速度aが加速度閾値athに到達するタイミング(時刻t2)から定常値aSに到達して所定時間経過したタイミング(時刻t5)までの間において、ピッチレートωが基本ピッチレートω_b
*よりも大きくなる(ステップS100のYes及びステップS110)。
【0070】
次に、調節処理IIでは、時刻t1~時刻t2までは調節処理Iと同様にピッチレートωが0に調節される(ステップS200のNo及びステップS230)。一方、時刻t2において前後加速度aが加速度閾値athを超え且つ要求加速度変化率jfrが一定以上に大きくなったことが検出されると、ピッチレートωが基本ピッチレートω_b
*よりも大きくなる(ステップS200のYes、ステップS210のYes、及びステップS220)。
【0071】
なお、調節処理IIでは、前後加速度aが定常値aSに到達する時刻t3以降は、ピッチ角θを所定の定常値θSまで減少させるように負のピッチレートωが設定される。
【0072】
また、調節処理IIIでは、時刻t1において要求加速度変化率jfrが一定以上に大きくなったことが検出されると、ピッチレートωが基本ピッチレートω_b
*よりも大きくなる(ステップS300のYes、及びステップS310のYes)。
【0073】
なお、調節処理IIIでは、前後加速度aが定常値aSに到達する時刻t3以降は、ピッチ角θを所定の定常値θSまで減少させるように負のピッチレートωが設定される。
【0074】
以下、上述した本実施形態の構成による作用効果についてより詳細に説明する。
【0075】
本実施形態では、車両100のピッチ角θが所望の挙動をとるように、前輪11fに接続された第1駆動源としての前輪モータ10f及び後輪11rに接続された第2駆動源としての後輪モータ10rのそれぞれに対する駆動力配分(Ff,Fr)を制御する駆動力制御方法が提供される。この駆動力制御方法では、車両100の発進時におけるピッチレートωを所定の基本ピッチレートω_b
*と異なる補正ピッチレートω_c
*に設定する。特に、基本ピッチレートω_b
*を、所望の車両特性を得るための基本駆動力配分(基本前輪駆動力Ff_b及び基本後輪駆動力Fr_b)に応じて定める。また、補正ピッチレートω_c
*を、車両100の要求加速度afrの変化に応じて車両100の乗員の加速感を調節する観点から定める。
【0076】
これにより、要求加速度afrの大きさに応じて所望の乗員の加速感の強さを実現するピッチレートωに基づき、車両100の前後の駆動力配分が調節されることとなる。したがって、走行シーンにおいて乗員に好適な加速感を与える制御ロジックが実現される。
【0077】
また、本実施形態では、補正ピッチレートω
_c
*は、基本ピッチレートω
_b
*よりも小さい抑制ピッチレートω
_c2
*と、基本ピッチレートω
_b
*よりも大きい誇張ピッチレートω
_c1
*と、を含む。そして、要求加速度a
frが所定の第1閾値(加速度閾値a
th)以下である場合に抑制ピッチレートω
_c2
*を設定し、要求加速度a
frが加速度閾値a
thを超える場合に誇張ピッチレートω
_c1
*を設定する(
図4A又は
図4B)。
【0078】
これにより、車両100の発進時において乗員が強い加速感を希望するシーン(特に高加速度域)を好適に検出し、当該シーンにおいて乗員により強い加速感を与えることを可能とする制御ロジックが実現される。
【0079】
なお、本実施形態では、要求加速度afrと第1閾値としての加速度閾値athとの間の大小関係に基づいて乗員が強い加速感を希望するシーンを判定するロジックについて説明した。一方で、これに代えて、当該シーンを、要求加速度変化率jfrとこれに対する第1閾値相当の値との間の大小関係に基づいて判定する構成を採用しても良い。
【0080】
さらに、本実施形態(特に調節処理II)では、要求加速度変化率j
frが所定の第2閾値(変化率閾値j
th)以下である場合に抑制ピッチレートω
_c2
*を設定し、要求加速度変化率j
frが変化率閾値j
thを超える場合に誇張ピッチレートω
_c1
*を設定する(
図4B)。
【0081】
これにより、要求加速度変化率jfrが大きく乗員が特に強い加速感を求めていると思われるシーンにおいて、ピッチレートωをより増大させることができる。すなわち、当該シーンにおいて乗員により一層強い加速感を与えることを可能とする制御ロジックが実現される。
【0082】
また、本実施形態では、誇張ピッチレートω_c1
*を、要求加速度afr又は要求加速度変化率jfrが大きいほど大きくすることが好ましい。これにより、乗員が希望する加速感の強さに合わせてこれを実現するようにピッチレートωを調節することができる。
【0083】
また、本実施形態(特に調節処理III)では、要求加速度変化率j
frが所定の第3閾値(変化率閾値j
th)以下である場合に
基本ピッチレート
ω
_b
*を設定し、要求加速度変化率j
frが変化率閾値j
thを超える場合に
誇張ピッチレート
ω
_c1
*を設定する(
図4C)。そして、変化率閾値j
thは、乗員が一定以上の加速感を望む程度に要求加速度a
frが大きいか否かを判定する観点から定められる。
【0084】
これにより、例えば運転者がアクセルペダルを強めに踏み込むシーンなどにおいて、ピッチレートωを速やかに基本ピッチレートω_b
*よりも高くすることができる。したがって、運転者の乗員に車両100のピッチ運動をより強く認識させ、加速感を誇張することができる。
【0085】
なお、調節処理IIにおける変化率閾値jth(第2閾値)と調節処理IIIにおける変化率閾値jth(第3閾値)は相互に同一の値であっても良いし、異なる値としても良い。
【0086】
さらに、本実施形態では、上記駆動力制御方法を実行するための駆動力制御装置としてのコントローラ50が提供される。
【0087】
特に、コントローラ50は、車両100のピッチ角θが所望の挙動をとるように、前輪11fに接続された第1駆動源としての前輪モータ10f及び後輪11rに接続された第2駆動源としての後輪モータ10rのそれぞれに対する駆動力配分(F
f,F
r)を制御する駆動力制御装置として機能する。そして、コントローラ50は、車両100の発進時におけるピッチレートωを所定の基本ピッチレートω
_b
*と異なる補正ピッチレートω
_c
*に設定する設定部(
図2)を備える。そして、設定部は、基本ピッチレートω
_b
*を所望の車両特性を得るための基本駆動力配分(基本前輪駆動力F
f_b及び基本後輪駆動力F
r_b)に応じて定める。また、設定部は、補正ピッチレートω
_c
*を車両100の要求加速度a
frの変化に応じて車両100の乗員の加速感を調節する観点から定める。
【0088】
これにより、上記駆動力制御方法を実行するために好適な制御装置の構成が実現されることとなる。
【0089】
[第2実施形態]
以下、第2実施形態について説明する。なお、第1実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。特に、本実施形態では調節処理IIIに関する異なる制御態様が提供される。
【0090】
図7は、本実施形態の調節処理IIIによる制御結果を示すタイムチャートである。図示のように、本実施形態では、要求加速度変化率j
frが変化率閾値j
thに到達したことが検出されたタイミング(時刻t1)から所定時間のみ誇張ピッチレートω
_c1
*を設定し、以降はピッチレートωを0に設定する。特に、所定時間は、誇張ピッチレートω
_c1
*を設定し始めた時刻t1から、ピッチ角θの振動における最初の山のピークが訪れるタイミング(時刻t6)までの時間として設定する。
【0091】
これにより、要求加速度変化率jfrが変化率閾値jthに到達したらピッチレートωを増加させて乗員に与える加速感を誇張しつつも、乗員の不快感に繋がるピッチ振動の持続も抑制することができる。
【0092】
[第3実施形態]
以下、第3実施形態について説明する。なお、第1又は第2実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。
【0093】
本実施形態では、調節処理I~IIIの何れかに基づき補正ピッチレートω_c
*が設定されている状況下において、各種の条件に応じてさらに別途ピッチレートωを変化させる制御態様が提供される。
【0094】
図8は、本実施形態の駆動力制御方法を説明するフローチャートである。
【0095】
図示のように、本実施形態のコントローラ50は、調節処理I~IIIのいずれかの制御(ステップS1000)を前提として、加速度変動(前後加速度aの変化率)が一定値以上であるか否かの判定(ステップS1100)、車両100の操舵角が一定値以下であるか否かの判定(ステップS1200)、勾配角が一定値以下であるか否かの判定(ステップS1300)、路面μが一定値以上であるか否かの判定(ステップS1400)、及びバッテリのSOCが一定値以下であるか否かの判定(ステップS1500)を実行する。
【0096】
そして、コントローラ50は、ステップS1100の判定結果が肯定的である場合にステップS1200以降の処理を実行する。一方、ステップS1100の判定結果が否定的である場合には、ピッチレートωを補正ピッチレートω_c
*から基本ピッチレートω_b
*に切り替える(ステップS1800)。
【0097】
さらに、コントローラ50は、ステップS1200~ステップS1500の各判定に係る判定結果がすべて肯定的である場合に、調節処理I~IIIのいずれかで定まる補正ピッチレートω_c
*をそのまま維持する(ステップS1600)。一方、これら各判定に係る判定結果の内の少なくとも一つが否定的である場合に、コントローラ50は、補正ピッチレートω_c
*をより減少させる(ステップS1700)。
【0098】
以上説明した
図8の制御によれば、コントローラ50は、加速度変動が一定値以上である場合(前後加速度aが過渡状態である場合)には補正ピッチレートω
_c
*をそのまま設定し、加速度変動が一定値未満である場合(前後加速度aが定常値a
Sに至った場合)に、ピッチレートωの目標値を補正ピッチレートω
_c
*から基本ピッチレートω
bに切り替わることとなる。
【0099】
これにより、車両100の発進時において前後加速度aが定常値aSに至るまでにおいては乗員に与える加速感を優先したピッチレートωの制御を実行しつつ、前後加速度aが定常値aSに至った後には速やかに好適な車両特性の発揮を優先したピッチレートωの制御に切り替えることができる。特に、この場合、ピッチレートωを補正ピッチレートω_c
*から基本ピッチレートωbに変化させる際の変化速度を、運転者がピッチ変化に気づきにくくなるように(例えば、ピッチ方向加速度が0.02G未満となるように)制御することが好ましい。
【0100】
また、コントローラ50は、操舵角が一定値以下である場合には補正ピッチレートω_c
*をそのまま設定する。一方、コントローラ50は、操舵角が一定値を超える場合には操舵角が大きいほど、補正ピッチレートω_c
*に対してさらにピッチレートωを減少させる。
【0101】
これにより、操舵角が大きくなる車両100の旋回時などにおいては、操舵角の大きさ(旋回の程度)に応じてピッチ変位を抑えて、いわゆるオーバーステア又はアンダーステアを回避することができる。
【0102】
さらに、コントローラ50は、走行路の勾配角が一定値以下である場合には補正ピッチレートω_c
*をそのまま設定する。一方、コントローラ50は、勾配角が一定値を超える場合には勾配角が大きいほど、補正ピッチレートω_c
*に対してさらにピッチレートωを減少させる。
【0103】
これにより、車両100が登坂路を走行しているシーンにおいては、勾配角の大きさ(登坂路の傾斜の程度)に応じてピッチ変位を抑えて、勾配による意図しない車両100の前進又は後退を回避することができる。
【0104】
また、コントローラ50は、走行路の摩擦(路面μ)が一定値以上である場合には補正ピッチレートω_c
*をそのまま設定する。一方、路面μが一定値未満である場合には路面μが小さいほど、補正ピッチレートω_c
*に対してさらにピッチレートωを減少させる。
【0105】
これにより、車両100が滑りやすい路面を走行しているシーンにおいては、路面の滑りやすさに応じてピッチ変位を抑えて、車両100のスリップを回避することができる。
【0106】
さらに、コントローラ50は、車載バッテリの充電残量を示唆するSOCが一定値以上である場合には補正ピッチレートω_c
*をそのまま設定する。一方、SOCが一定値未満である場合にはSOCが大きいほど、補正ピッチレートω_c
*に対してさらにピッチレートωを減少させる。
【0107】
これにより、SOCが不足しているシーンにおいては、当該SOCの不足量に応じてピッチ制御量を抑えて、電費をより改善することができる。
【0108】
図9は、本実施形態の制御を適用した場合の制御結果の一例を示すタイムチャートである。なお、
図9においては、参考のため、補正ピッチレートω
_c
*及び基本ピッチレートω
_b
*を適用した場合のピッチ角θの経時変化を部分的にそれぞれ、点線及び一点鎖線で示している。
【0109】
図示のように、加速度変動が一定になったことが検出されると(時刻t7)、ピッチ角θが基本ピッチ角θ_b
*に近づくようにピッチレートωが変化する(時刻t7直後の丸囲み部分)。また、車両100の操舵角が一定値以上となったことが検出されると(時刻t8)、補正ピッチレートω_c
*が維持される場合と比べてピッチ角θの制御量が低減される(時刻t8直後の丸囲み部分)。さらに、車両100の勾配角が一定値以上となったことが検出されると(時刻t9)、補正ピッチレートω_c
*が維持される場合と比べてピッチ角θの制御量が低減される(時刻t9直後の丸囲み部分)。また、路面μが一定値未満となってことが検出されると(時刻t10)、補正ピッチレートω_c
*が維持される場合と比べてピッチ角θの制御量が低減される(時刻t10直後の丸囲み部分)。
【0110】
なお、本実施形態では、コントローラ50がステップS1100~ステップS1500の判定を全て実行する構成について説明した。しかしながら、コントローラ50がステップS1100~ステップS1500の内の一又は複数の判定のみを実行し、その判定結果に応じてステップS1600~ステップS1800の少なくとも何れかを実行する態様も、当然、本明細書の開示範囲である。
【0111】
[第4実施形態]
以下、第4実施形態について説明する。なお、第1~3実施形態の何れかと同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。
【0112】
図10は、本実施形態の駆動力制御方法を説明するフローチャートである。
【0113】
図示のように、コントローラ50は、調節処理I~IIIのいずれかの制御(ステップS2000)を前提として、車両100が自動運転により動作している場合(ステップS2100のYes)に、該車両100が乗員(特に運転者)の手動運転操作により動作している場合(ステップS2100のNo)に比べてピッチレートωをさらに抑制する(ステップS2200及びステップS2300)。
【0114】
これにより、運転者が自らアクセル操作を行うことによって、要求加速度afr又は要求加速度変化率jfrの大きさと当該運転者が強い加速感を望んでいる蓋然性と、の間の相関がより高いと考えられる手動運転操作には、乗員に与える加速感をより優先したピッチレートωの制御を実行することができる。一方で、要求加速度afr又は要求加速度変化率jfrが直接的な運転者の操作に依らない自動運転時には、好適な車両特性の発揮をより優先してピッチ変位を抑制することができる。
【0115】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
【0116】
さらに、上記実施形態は適宜組み合わせが可能である。