(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-02
(45)【発行日】2024-09-10
(54)【発明の名称】変位検知装置及び方法
(51)【国際特許分類】
G01S 15/32 20060101AFI20240903BHJP
A61B 5/11 20060101ALI20240903BHJP
【FI】
G01S15/32
A61B5/11 100
(21)【出願番号】P 2023546758
(86)(22)【出願日】2022-03-11
(86)【国際出願番号】 JP2022010878
(87)【国際公開番号】W WO2023037613
(87)【国際公開日】2023-03-16
【審査請求日】2023-10-02
(31)【優先権主張番号】P 2021147107
(32)【優先日】2021-09-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006231
【氏名又は名称】株式会社村田製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100132241
【氏名又は名称】岡部 博史
(74)【代理人】
【識別番号】100135703
【氏名又は名称】岡部 英隆
(74)【代理人】
【識別番号】100199314
【氏名又は名称】竹内 寛
(74)【代理人】
【識別番号】100227927
【氏名又は名称】中村 拓
(72)【発明者】
【氏名】渡部 佑真
(72)【発明者】
【氏名】浅田 隆昭
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 晋一
【審査官】梶田 真也
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第104808170(CN,A)
【文献】特開昭54-083795(JP,A)
【文献】特開2004-191145(JP,A)
【文献】特開平09-166661(JP,A)
【文献】KANAI, Hiroshi, et al.,Transcutaneous Measurement and Spectrum Analysis of Heart Wall Vibrations,IEEE Transactions on Ultrasonics, Ferroelectrics, and Frequency Control,米国,IEEE,1996年09月,Vol. 43, No. 5,pp. 791-810,DOI: 10.1109/58.535480
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 1/72 - 1/82
G01S 3/80 - 3/86
G01S 5/18 - 7/64
G01S 13/00 - 17/95
A61B 5/11
A61B 8/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
物体に、
チャープ波を送信する送波器と、
前記物体からの反射波を受信して、受信結果を示す受信信号を生成する受波器と、
前記送波器による前記
チャープ波の送信を制御して、前記受波器から前記受信信号を取得する制御部と、を備え、
前記制御部は、
第1の測定期間において、前記送波器に前記
チャープ波を送信するように第1の送信信号を出力して、応答する第1の受信信号を取得し、
前記第1の送信信号と前記第1の受信信号とに基づき、前記第1の送信信号と前記第1の受信信号との間の相関において規定される位相を示す第1の位相情報を抽出し、
前記第1の測定期間の後の第2の測定期間において、前記送波器に前記
チャープ波を送信するように第2の送信信号を出力して、応答する第2の受信信号を取得し、
前記第2の送信信号と前記第2の受信信号とに基づき、前記第2の送信信号と前記第2の受信信号との間の相関において規定される位相を示す第2の位相情報を抽出し、
前記第1の位相情報と前記第2の位相情報との間の差分に応じて、前記第1及び第2の測定期間における前記物体の変位を検知する
変位検知装置。
【請求項2】
前記制御部は、
前記第1の送信信号と前記第1の受信信号とに基づき、前記第1の送信信号と前記第1の受信信号との間の相関において規定される振幅及び位相を含む第1の解析信号を生成して、前記第1の解析信号から前記第1の位相情報を抽出し、
前記第2の送信信号と前記第2の受信信号とに基づき、前記第2の送信信号と前記第2の受信信号との間の相関において規定される振幅及び位相を含む第2の解析信号を生成して、前記第2の解析信号から前記第2の位相情報を抽出する
請求項1に記載の変位検知装置。
【請求項3】
前記制御部は、
前記第1の解析信号の振幅と前記第2の解析信号の振幅との少なくとも一方の振幅が最大となるタイミングを検出し、
検出したタイミングを基準として、前記第1の位相情報と前記第2の位相情報との間の差分を算出する
請求項2に記載の変位検知装置。
【請求項4】
前記制御部は、前記第1の位相情報と前記第2の位相情報との間の差分と、前記基準のタイミングにおける前記位相の勾配とに基づいて、前記物体の変位を示す変位量を測定する
請求項3に記載の変位検知装置。
【請求項5】
前記制御部は、前記第1の解析信号の包絡線と前記第2の解析信号の包絡線との少なくとも一方の包絡線を演算して、演算した包絡線に基づき前記振幅が最大となるタイミングを検出する
請求項2から4のいずれか1項に記載の変位検知装置。
【請求項6】
前記制御部は、
前記第1の送信信号と前記第1の受信信号とに基づき、前記第1の送信信号と前記第1の受信信号との相互相関関数を複素化するように演算して、前記第1の解析信号を生成し、
前記第2の送信信号と前記第2の受信信号とに基づき、前記第2の送信信号と前記第2の受信信号との相互相関関数を複素化するように演算して、前記第2の解析信号を生成する
請求項2から5のいずれか1項に記載の変位検知装置。
【請求項7】
前記送波器は、前記
チャープ波として複数の周波数を有する音波を送信するサーモホンを含む
請求項1から6のいずれか1項に記載の変位検知装置。
【請求項8】
前記各送信信号は、リニア周波数チャープにより前記
チャープ波を前記送波器に送信させる
請求項1から7のいずれか1項に記載の変位検知装置。
【請求項9】
チャープ波を物体に送信する送波器を制御して、前記物体からの反射波を受信する受波器から受信結果を示す受信信号を取得する制御部が、
第1の測定期間において、前記送波器に前記
チャープ波を送信するように第1の送信信号を出力して、応答する第1の受信信号を取得し、
前記第1の送信信号と前記第1の受信信号とに基づき、前記第1の送信信号と前記第1の受信信号との間の相関において規定される位相を示す第1の位相情報を抽出し、
前記第1の測定期間の後の第2の測定期間において、前記送波器に前記
チャープ波を送信するように第2の送信信号を出力して、応答する第2の受信信号を取得し、
前記第2の送信信号と前記第2の受信信号とに基づき、前記第2の送信信号と前記第2の受信信号との間の相関において規定される位相を示す第2の位相情報を抽出し、
前記第1の位相情報と前記第2の位相情報との間の差分に応じて、前記第1及び第2の測定期間における前記物体の変位を検知する
変位検知方法。
【請求項10】
請求項9に記載の変位検知方法を前記制御部に実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、広帯域超音波等の送受信に基づき物体の微小な変位を検知する変位検知装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1は、超音波診断において心臓壁の微小振動による微小変位を経皮測定する方法を開示している。非特許文献1の方法は、胸部表面の超音波トランスデューサにより少なくとも2回、超音波高周波信号を送信して、心臓壁で反射した受信信号を受信する。位相差トラッキング法を用いる当該方法は、2回分の各受信信号を直交復調して得られた複素信号の位相差を計算し、受信信号の位相変化から、受信信号の遅延時間の変化を推定する。これにより、非特許文献1の方法は、超音波トランスデューサと接触した体表面における微小変位の検知を図っている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】H. Kanai, M. Sato, Y. Koiwa and N. Chubachi, "Transcutaneous measurement and spectrum analysis of heart wall vibrations," in IEEE Transactions on Ultrasonics, Ferroelectrics, and Frequency Control, vol. 43, no. 5, pp. 791-810, Sept. 1996, doi: 10.1109/58.535480.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、物体の微小な変位を精度良く検知することができる変位検知装置及び方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る変位検知装置は、送波器と、受波器と、制御部とを備える。送波器は、物体に、複数の周波数を有する変調波を送信する。受波器は、物体からの反射波を受信して、受信結果を示す受信信号を生成する。制御部は、送波器による変調波の送信を制御して、受波器から受信信号を取得する。制御部は、第1の測定期間において、送波器に変調波を送信するように第1の送信信号を出力して、応答する第1の受信信号を取得する。制御部は、第1の送信信号と第1の受信信号とに基づき、第1の送信信号と第1の受信信号との間の相関において規定される位相を示す第1の位相情報を抽出する。制御部は、第1の測定期間の後の第2の測定期間において、送波器に変調波を送信するように第2の送信信号を出力して、応答する第2の受信信号を取得する。制御部は、第2の送信信号と第2の受信信号とに基づき、第2の送信信号と第2の受信信号との間の相関において規定される位相を示す第2の位相情報を抽出する。制御部は、第1の位相情報と第2の位相情報との間の差分に応じて、第1及び第2の測定期間における物体の変位を検知する。
【0006】
本発明は、方法及びコンピュータプログラム、並びにこれらの組み合わせによっても、実現可能である。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係る変位検知装置及び方法によると、物体の微小な変位を精度良く検知することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施形態1における変位検知装置の概要を説明するための図
【
図3】変位検知装置における制御部の機能的構成を示すブロック図
【
図4】変位検知装置における解析信号を説明するためのグラフ
【
図5】
図4の解析信号の包絡線及び位相曲線を例示するグラフ
【
図6】変位検知装置の動作を例示するフローチャート
【
図7】変位検知装置における送信信号及び受信信号を例示する図
【
図9】変位検知装置における解析信号の位相抽出処理を例示するフローチャート
【
図10】解析信号の位相抽出処理を説明するための図
【
図11】変位検知装置におけるフレーム間の変位算出処理を例示するフローチャート
【
図12】フレーム間の変位算出処理を説明するための図
【
図13】変位検知装置を用いた心拍計測を説明するための図
【
図14】変位検知装置における測定フレームレートと定位精度の関係を示す図
【
図15】変位検知装置における受信信号のSNRと定位精度の関係を示す図
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、添付の図面を参照して本発明に係る変位検知装置の実施の形態を説明する。
【0010】
(実施形態1)
実施形態1では、熱励起型の音波発生デバイスであるサーモホンを用いて構成される変位検知装置の一例を説明する。
【0011】
1.構成
1-1.概要
実施形態1に係る変位検知装置の概要を、
図1を用いて説明する。
【0012】
図1は、本実施形態の変位検知装置1の概要を説明するための図である。本実施形態の変位検知装置1は、サーモホンを用いた音波の送受信により、物体3までの距離等の情報を検知する装置である。
【0013】
変位検知装置1は、例えば医療用途において、患者の心拍または呼吸を測定するために利用可能である。この場合の検知対象の物体3は、例えば患者の体表面を含む。また、変位検知装置1は、医療用途に限らず種々の用途に適用可能である。例えば、車載用途において自動車の運転者または乗員等が、変位検知装置1の検知対象であってもよい。また、検知対象の物体3は人物等の生体に限らず、物品等であってもよい。変位検知装置1は、例えば工業用途において容器の検品等に適用されてもよく、容器表面にラベルが貼付けされた部分までの微小な距離の変化を測定するために利用されてもよい。
【0014】
変位検知装置1では、このような微小な距離等の情報の検知において、周波数が時間的に変化するチャープ波が物体3に送信され、チャープ波が物体3で反射された反射波、即ちエコーが受信される。変位検知装置1では、サーモホンを用いることで、チャープ波のような広帯域の周波数特性を有する音波の発生が可能である。
【0015】
本実施形態の変位検知装置1は、上記のような音波の送受信を繰り返して、物体3までの距離の変化、すなわち物体3の変位を検知する。以下、変位検知装置1の構成の詳細を説明する。
【0016】
1-2.装置構成
本実施形態の変位検知装置1の構成を、
図1及び
図2を用いて説明する。
図2は、変位検知装置1の構成を示すブロック図である。
【0017】
本実施形態の変位検知装置1は、例えば
図2に示すように、送波器10と、受波器11と、制御部13と、記憶部14とを備える。送波器10と受波器11とは、例えば
図1に示すように、変位検知装置1において物体3と対向する側面に、互いに近接して配置される。送波器10及び受波器11は、例えば各種信号線を介して制御部13と通信可能に接続される。
【0018】
本実施形態の送波器10は、サーモホンを音源として含んで構成される。送波器10は、例えば20kHz以上の周波数を有する超音波を発生させる。送波器10は、サーモホンにより、例えば20kHzから100kHz程度までのような広帯域において周波数を変調させたチャープ波を発生可能である。本実施形態の送波器10は、例えば時間とともに周波数が線形に変化するリニア周波数チャープによるチャープ波を発生させる。また、送波器10は、サーモホンを用いることで小型かつ軽量に構成可能である。
【0019】
送波器10は、サーモホンを駆動する駆動回路などを含んでもよい。送波器10は、例えば制御部13から入力された送信信号に基づいて、駆動回路によりサーモホンを駆動することで、音波を発生させる。送波器10の駆動回路により、発生させる音波の周波数帯域、周波数を変化させる期間を示すチャープ長、強度、信号長、及び指向性等が設定されてもよい。送波器10は、必ずしも超音波に限らず、種々の周波数帯の音波を発生させてもよい。送波器10は、特に指向性を持たない各種の無指向性音源であってもよく、可変又は固定の指向性音源であってもよい。
【0020】
送波器10は、空気を加熱して音波を発生させるサーモホンの構成として、例えば発熱体と、断熱層と、基板と、電極とを備える。発熱体及び断熱層は、基板上に積層される。発熱体は、抵抗体で構成され、電極を介して駆動回路からの電流を流すことで発熱する。発熱体は、空気に接触する放音面を形成するように設けられ、放音面の周囲の空気を温度変化により膨張又は収縮させる。これにより、放音面の近傍から空気の圧力即ち音波が発生する。断熱層は、発熱体と基板との間に設けられ、発熱体から放音面とは反対側への熱伝導を抑制する。基板は、発熱体から伝動した熱を放熱する。
【0021】
受波器11は、例えばMEMS(Micro Electro Mechanical System)マイクロホン等のマイクロホンで構成される。受波器11は、物体3からのエコーを受信して、受信結果を示す受信信号を生成する。受波器11と送波器10との間隔は、例えば想定される検知時の変位検知装置1から物体3までの距離を考慮して、予め設定される。受波器11は、MEMSマイクロホンに限らず、例えば送波器10から送信される広帯域の超音波を受信可能な周波数特性を有する他のマイクロホンで構成されてもよい。例えば受波器11には、コンデンサマイクロホンが用いられてもよい。受波器11は、無指向性であってもよいし、種々の指向性を適宜、有してもよい。
【0022】
制御部13は、変位検知装置1の全体動作を制御する。制御部13は、例えばマイクロコンピュータで構成され、ソフトウェアと協働して所定の機能を実現する。制御部13は、記憶部14に格納されたデータ及びプログラムを読み出して種々の演算処理を行い、各種の機能を実現する。制御部13は、例えば送波器10にチャープ波を発生させるための送信信号を生成して、送波器10に出力する。制御部13は、例えば生成した送信信号を記憶部14に保持する。制御部13の詳細については後述する。
【0023】
なお、制御部13は、所定の機能を実現するように設計された専用の電子回路や再構成可能な電子回路などのハードウェア回路であってもよい。制御部13は、CPU、MPU、DSP、FPGA、ASIC等の種々の半導体集積回路で構成されてもよい。また、制御部13は、アナログ/デジタル(A/D)コンバータ及びデジタル/アナログ(D/A)コンバータを含んで構成されてもよく、各種信号にA/D変換またはD/A変換を適用してもよい。
【0024】
記憶部14は、制御部13の機能を実現するために必要なプログラム及びデータを記憶する記憶媒体であり、例えばフラッシュメモリで構成される。例えば記憶部14は、制御部13により生成された送信信号を記憶する。
【0025】
1-3.制御部について
本実施形態の変位検知装置1における制御部13の詳細を、
図3を用いて説明する。
【0026】
図3は、制御部13の機能的構成を示すブロック図である。制御部13は、例えば機能部として、
図3に示すように、FFT部131a,131b、クロススペクトル演算部132、ヒルベルト変換部133、IFFT部134a,134b、及び解析処理部135を含む。各機能部131~135は、それぞれ高速フーリエ変換(FFT)、クロススペクトル演算、ヒルベルト変換、逆高速フーリエ変換(IFFT)、及び後述する解析処理の各機能をそれぞれ実現する。
【0027】
制御部13は、例えば記憶部14から送信信号Sd、及び受波器11から受信信号Srを入力して、各機能部131~135による信号処理を行う。各機能部131~135は、例えば後述するような所定の測定フレームレート(例えば、30フレーム/秒)で周期的に動作可能である。
【0028】
各機能部131~135のうち、FFT部131からIFFT部134までによる一連の処理は、フレーム毎の送信信号Sdと受信信号Srとに基づく解析信号を生成するために行われる。解析信号は、送信信号Sdと受信信号Srとの相互相関関数により構成される複素信号であり、変位検知装置1における変位の検知に用いられる。相互相関関数は、2つの信号Sd,Sr間の相関を時間領域において示す。
【0029】
FFT部131aは、制御部13に入力された送信信号Sdにおいて、高速フーリエ変換を演算し、時間領域から周波数領域に変換した変換結果をクロススペクトル演算部132に出力する。FFT部131bは、制御部13に入力された受信信号Srにおいて、送信信号Sdと同様に高速フーリエ変換を演算し、変換結果をクロススペクトル演算部132に出力する。
【0030】
クロススペクトル演算部132は、FFT部131による各信号Sd,Srのフーリエ変換の結果からクロススペクトルを演算して、ヒルベルト変換部133及びIFFT部134bに出力する。クロススペクトルは、送信信号Sdと受信信号Srとの相互相関関数のフーリエ変換に対応し、クロススペクトルにフーリエ逆変換を適用することで、相互相関関数が得られる。
【0031】
ヒルベルト変換部133は、クロススペクトル演算部132によるクロススペクトルのヒルベルト変換を演算して、クロススペクトルの各周波数成分をπ/2ずつシフトした変換結果をIFFT部134aに出力する。
【0032】
IFFT部134aは、ヒルベルト変換が適用されたクロススペクトルにおいて、逆高速フーリエ変換を演算して、周波数領域から時間領域に変換した変換結果を解析処理部135に出力する。IFFT部134bは、クロススペクトル演算部132によるクロススペクトルにおいて、逆高速フーリエ変換を演算して、変換結果を解析処理部135に出力する。
【0033】
以上の演算処理により、IFFT部134bによる変換結果として、送受信信号Sd,Sr間の相互相関関数を示す信号Iが出力され、IFFT部134aによる変換結果として、信号Iと直交関係にある信号Qが出力される。
【0034】
解析処理部135は、各信号I,Qをそれぞれ実数部及び虚数部として有する解析信号を生成し、解析信号に関する処理を行う。このように送信信号Sdと受信信号Sdとに基づいて生成された解析信号は、複素領域における解析関数を示す。以下では、上記各信号I,Qをそれぞれ解析信号の同相成分I及び直交成分Qという。
【0035】
以上のような制御部13の各種機能は、例えば記憶部14に格納されたプログラムにより実現されてもよく、各種機能の一部または全部がハードウェア回路により実現されてもよい。また、制御部13において、相互相関関数は、フーリエ変換後にクロススペクトルを演算後に逆フーリエ変換を行う処理に代えて、例えば送受信信号Sd,Srから直接に積和演算処理により計算されてもよい。例えば制御部13は、積和演算を行うFPGA等の回路を備えてもよい。また、制御部13における解析信号の生成は、ヒルベルト変換に限らず、例えば直交検波の機能により実現されてもよい。
【0036】
2.動作
以上のように構成される変位検知装置1の動作について、以下説明する。
【0037】
2-1.動作の概要
本実施形態の変位検知装置1において物体3の変位を検知する動作の概要について、
図1、
図4及び
図5を用いて説明する。
【0038】
本実施形態の変位検知装置1は、例えば
図1に示すように、送波器10から1回のチャープ波を物体3に送信して、当該チャープ波のエコーを受波器11で受信する動作を1フレームの測定動作として、各フレームの測定動作を順次実行する。変位検知装置1において、制御部13は、測定フレーム毎に、送信信号と受信信号との相関を解析するように解析信号を生成する。
【0039】
図4は、変位検知装置1における解析信号z(t)を説明するためのグラフである。
図4では、1フレーム分の解析信号z(t)を例示する。解析信号z(t)は、送信信号と受信信号との相互相関関数を示す同相成分I(t)を実部として含み、対応する直交成分Q(t)を虚部として含むことで複素化され、複素数の値域を有する。
【0040】
変位検知装置1は、例えば解析信号z(t)の包絡線E(t)=|z(t)|を求めて、ピーク時刻t0を検出する。ピーク時刻t0は、1フレームの解析信号z(t)において振幅|z(t)|が最大となるタイミングであり、当該フレームのチャープ波の送受信において物体3による反射時に対応するタイミングと考えられる。
【0041】
ここで、解析信号z(t)の包絡線E(t)のみの解析による変位量の測定手法が、従来提案されている。この測定手法は、フレーム毎に包絡線E(t)のピーク時刻を検出して、連続2フレームの各ピーク時刻を互いに比較することで変位量を測定する。しかしながら、この測定手法では、包絡線E(t)からピーク時刻を検出するための分解能が変位量の測定限界となったり、包絡線E(t)における雑音が影響したりして、微小な変位を精度良く検知し難い事態が考えられる。
【0042】
そこで、本実施形態の変位検知装置1は、相互相関関数を複素化した解析信号z(t)において、包絡線E(t)には含まれない情報である位相∠z(t)を解析する。
図5(a)は、
図4の解析信号z(t)の包絡線E(t)を例示する。
図5(b)は、
図4の解析信号z(t)の位相曲線θ(t)を例示する。
【0043】
位相曲線θ(t)は、解析信号z(t)における複素数の値域において規定される位相∠z(t)と、時刻tとの対応関係を示す。
図5(b)に例示する位相曲線θ(t)は、
図5(a)の包絡線E(t)における振動に連動した鋸状のグラフ形状において、急峻な勾配を有している。位相曲線θ(t)の勾配は、解析信号z(t)における時刻t毎の周波数(即ち瞬時周波数)で規定される。
【0044】
フレーム毎の解析信号z(t)の位相曲線θ(t)において、当該フレームのピーク時刻t0における位相∠z(t0)は、理論的にはゼロ値であり、実装上の各種雑音に応じたオフセット値を有すると考えられる。また、位相曲線θ(t)において、包絡線E(t)のピーク時刻t0近傍では比較的、線形性が高いと理論上考えられる。
【0045】
本実施形態の変位検知装置1は、例えば、連続する2フレーム間で一方のフレームにおけるピーク時刻t0を基準として2フレーム間の位相差を算出して、位相差からの換算により物体3の変位量を測定する。これにより、例えば上述した分解能よりも微小な範囲まで高精度に物体3の変位を検知できる。例えば、こうした位相差からの換算では、位相曲線θ(t)の勾配の急峻さに応じて微小な変位量を算出可能である。
【0046】
2-2.動作の詳細
本実施形態の変位検知装置1の動作の詳細について、
図3~
図12を用いて説明する。
【0047】
図6は、変位検知装置1の動作を例示するフローチャートである。
図7は、変位検知装置1における送信信号Sd及び受信信号Srを例示する図である。
図8は、変位検知装置1の動作を説明するための図である。
図6のフローチャートに示す各処理は、変位検知装置1の制御部13によって、例えば2フレーム毎といった所定の周期で繰り返し実行される。
【0048】
図7(a)は、送波器10からのチャープ波を発生させる送信信号Sdを例示する。
図7(b)は、
図7(a)に応答する受波器11の受信信号Srを例示する。
図8(a)は、1フレーム目及び2フレーム目の各解析信号z(t)の包絡線E1,E2を例示する。
図8(b)は、1フレーム目及び2フレーム目の各解析信号z(t)の位相曲線θ1,θ2を例示する。
図8では、1フレーム目の包絡線E1及び位相曲線θ1において、解析信号z(t)のサンプリング点のうちピーク時刻t
0近傍の5点を図示している。サンプリング点は、離散信号として生成される解析信号z(t)における各時刻t
iの信号値z(t
i)を示す。
【0049】
図6のフローチャートにおいて、まず、変位検知装置1の制御部13は、送信信号Sdを送波器10に出力して、送信信号Sdに基づくチャープ波を送信するように送波器10を制御する(S1)。
図7(a)の送信信号Sdによれば、送波器10から、チャープ長Tcにわたり周波数が時間的に変化するチャープ波が送信される。チャープ長Tcは、フレーム間の時間間隔より短い期間に設定される。
【0050】
本実施形態の変位検知装置1は、送信信号Sdとして、パルス間隔変調によるチャープ信号を用いる。パルス間隔変調は、
図7(a)に例示するように、連続するパルス同士の間隔を時間的に変化させる。本実施形態においてサーモホンで構成される送波器10では、各パルスがオン状態である期間において、駆動回路による電力の消費が大きい。パルス間隔変調によれば、送波器10における消費電力を抑制することができる。
【0051】
図7(a)の例では、送信信号Sdは、周波数が時間的に減少するダウンチャープ信号であるが、周波数が時間的に増加するアップチャープ信号であってもよい。こうしたチャープ波によれば、例えば非特許文献1のように高周波の単一周波数による超音波を用いるよりも、空気中を伝搬する際の減衰を抑制して、精度良く変位の検知を行うことができる。
【0052】
図6に戻り、チャープ波の送信後(S1)、制御部13は、受波器11から1フレーム目の受信結果を示す受信信号Srを取得する(S2)。1フレーム目の受信結果は、ステップS1で送信されたチャープ波に応答するエコーを示す。
図7(b)では、
図7(a)の連続パルスの立ち上がりから、チャープ波の送信時からエコーの受信時までの時間差、即ちチャープ波の伝搬期間に応じて遅れた受信信号Srが受信されている。
【0053】
次に、制御部13は、1フレーム目の送信信号Sd及び受信信号Srに基づいて、信号Sd,Sr間の相互相関関数を演算することで解析信号z(t)を生成し、解析信号z(t)において位相情報を抽出する処理を行う(S3)。こうした解析信号の位相抽出処理(S3)において、制御部13は、例えば記憶部14に保持された送信信号Sd、及びステップS2で取得した受信信号Srに基づき、
図3の各機能部131~135として、解析信号z(t)の生成及び処理を行う。
【0054】
信号Sd,Sr間の相互相関関数c(τ)は、次式で表される。
【数1】
ここで、Tは1フレーム分の周期、τは遅延時間である。相互相関関数c(τ)は、2つの信号Sd,Srが遅延時間τを有するときの相関を示す。
【0055】
制御部13は、例えば
図3のFFT部131、クロススペクトル演算部132及びIFFT部134bとして機能して、信号Sd,Sr間のクロススペクトルから逆フーリエ変換を演算することで、相互相関関数c(τ)を示す同相成分I(t)を出力する。また、制御部13は、FFT部131、クロススペクトル演算部132、ヒルベルト変換部133及びIFFT部134aとして機能して、クロススペクトルのヒルベルト変換から逆フーリエ変換を演算することで、相互相関関数c(τ)のヒルベルト変換を示す直交成分Q(t)を出力する。これにより、各成分I(t),Q(t)から解析信号z(t)=I(t)+jQ(t)が得られる(jは虚数単位)。
【0056】
解析信号の位相抽出処理(S3)では、制御部13は、解析信号z(t)の包絡線E(t)からピーク時刻t
0を検出し、位相∠z(t)からピーク時刻t
0の位相∠z(t
0)を含む位相情報を抽出する。
図8(a),(b)は、
図5(a),(b)に対応して、ピーク時刻t
0付近を拡大して示す。
図8(a)の例では、1フレーム目の包絡線E1においてピーク時刻t
0が検出されている。
図8(b)に示す1フレーム目の位相曲線θ1上の位相∠z(t)からは、ピーク時刻t
0を基準として位相情報が抽出される。解析信号の位相抽出処理(S3)の詳細は後述する。
【0057】
続いて、制御部13は、ステップS1,S2と同様に、2回目のチャープ波の送受信を行い、2フレーム目の送信信号Sdに応じた受信信号Srを受信する(S4,S5)。
【0058】
制御部13は、1フレーム目の位相情報と、2フレーム目の送受信信号Sd,Srから生成した解析信号z(t)の位相情報とを用いて、2フレーム間の位相情報の差分に応じて物体3の変位量Δxを算出する処理を行う(S6)。こうしたフレーム間の変位算出処理(S6)において、制御部13は、例えば
図3に示す各機能部131~135として2フレーム目の解析信号z(t)を生成し、2フレーム目の位相情報を抽出する。
【0059】
フレーム間の変位算出処理(S6)において、制御部13は、例えば
図3の解析処理部135として機能して、各フレームの位相情報の差分を演算する。まず、制御部13は、
図8(b)に示す2フレーム目の位相曲線θ2上の位相∠z(t)から、例えば1フレーム目のピーク時刻t
0を基準として、2フレーム目の位相情報を抽出する。次に、制御部13は、各フレームの位相情報の差分により、ピーク時刻t
0におけるフレーム間の位相差Δφを演算する。制御部13は、このようなピーク位相差Δφからの換算により、フレーム間の変位量Δxを算出する。
【0060】
フレーム間の変位量Δxは、次式(1)のように表される。
【数2】
ここで、cは音速、πは円周率、fcは解析信号z(t)の中心周波数である。fcは、本実施形態におけるフレーム間の変位算出処理(S6)では、1フレーム目の解析信号z(t)から決定され、ピーク時刻t
0における位相∠z(t
0)の勾配(即ち瞬時周波数)として算出される。フレーム間の変位算出処理(S6)の詳細は後述する。
【0061】
以上の処理によると、変位検知装置1は、1回目のチャープ波の送受信(S1,S2)による解析信号z(t)の位相情報を抽出し(S3)、2回目の送受信(S4,S5)による解析信号z(t)とのピーク位相差Δφから換算した変位量Δxを算出する(S6)。これにより、例えば受信信号Srの空気中における減衰及びノイズの重畳などに起因する検知誤差を低減でき、物体3と非接触の状態においても物体3の微小な変位を精度良く検知することができる。さらに、このような変位検知装置1によれば、物体3と非接触の状態において検知が可能であるため、微小な変位を検知し易くすることができる。
【0062】
変位の検知においては、従来から、解析信号z(t)のピーク時刻の変化に基づき物体3までの距離を推定することを2回分行って、各回の距離の差分を変位量Δxとして算出する方法が知られている。こうしたピーク時刻から距離を推定する方法では、微小な変位の検知において、ピーク時刻の変化が、例えば
図8(a)に示すような解析信号z(t)のサンプリング点の時間間隔、即ちサンプリングレートよりも小さい場合に、変位を検知することが困難である。これに対して、本実施形態の変位検知装置1によれば、このような場合であっても、チャープ波の送受信により得られたピーク位相差Δφから変位量Δxに換算して、微小な変位を精度良く検知することができる。
【0063】
さらに、上記の距離を推定する従来法では、気流等による音波の伝搬期間が変動すると推定精度の低下を招く。これに対して、本実施形態の変位検知装置1では、距離の推定によらず、フレーム間といった短期間の変位量Δxを直接算出する。これにより、例えば気流等による伝搬期間への影響を抑制できる観点からも、精度良く変位の検知を行うことができる。
【0064】
上記のフレーム間の変位算出処理(S6)では、2フレーム目の解析信号z(t)については位相情報のみを用いる例を説明した。これに代えて、変位検知装置1は、例えば2フレーム目の解析信号z(t)においてもピーク時刻を検出して、1フレーム目のピーク時刻t0とともに変位量Δxの算出に用いてもよく、次の実行周期における解析信号の位相抽出処理(S3)に用いてもよい。また、フレーム間の変位算出処理(S6)において、2フレーム目のピーク時刻を基準にピーク位相差が算出されてもよい。変位検知装置1は、例えば1フレーム目に代えて、2フレーム目の解析信号z(t)においてピーク時刻を検出してもよい。
【0065】
また、上記の
図6の処理は、2フレーム毎の周期で実行される例を説明したが、上記の例とは別の周期で実行されてもよい。例えば
図6の処理は、1フレーム毎に実行されてもよく、2回目のチャープ波の送受信(S4,S5)における送受信信号Sd,Srを保持しておき、次の実行周期では保持された各信号Sd,Srに基づいて解析信号の位相抽出処理(S3)から開始されてもよい。
【0066】
2-2-1.解析信号の位相抽出処理
図6のステップS3における解析信号の位相抽出処理の詳細を、
図9及び
図10を用いて説明する。
【0067】
図9は、本実施形態の変位検知装置1における解析信号の位相抽出処理(S3)を例示するフローチャートである。
図10は、解析信号の位相抽出処理(S3)を説明するための図である。
図10(a),(b)は、それぞれピーク時刻t
0近傍の時間範囲における解析信号z(t)の振幅│z(t)│及び位相∠z(t)を示す。
【0068】
図9のフローチャートに示す処理は、例えば
図6のステップS1,S2における1フレーム目の送信信号Sd及び受信信号Srが保持された状態で開始される。
【0069】
まず、変位検知装置1の制御部13は、送信信号Sd及び受信信号Srによる解析信号z(t)の振幅│z(t)│においてピーク時刻t
0を検出する(S11)。制御部13は、例えば
図3に示すFFT部131~IFFT部134として、送信信号Sd及び受信信号Srから同相成分Iと直交成分Qとを算出する。制御部13は、例えば
図3の解析処理部135として、同相成分Iと直交成分Qとの2乗和の平方根により、包絡線E(t)=│z(t)│を算出する。制御部13は、包絡線E(t)に基づき、振幅│z(t)│が最大となる時刻をピーク時刻t
0=argmax│z(t)│として検出する。
【0070】
次に、制御部13は、ピーク時刻t
0の近傍における解析信号z(t)のサンプリング点を所定数(例えば5点)特定して、各サンプリング点の位相∠z(t)を位相情報として抽出する(S12)。
図10(a)の例では、ピーク時刻t
0を中心に、前後2つずつのサンプリング時刻t
-2,t
-1,t
1及びt
2における解析信号の5点がサンプリング点として特定される。
図10(b)では、
図10(a)で特定された各サンプリング点の位相∠z(t)として、各サンプリング時刻t
-2~t
2における解析信号z(t)の位相φ
-2,φ
-1,φ
0,φ
1及びφ
2が抽出される。
【0071】
時刻tiにおける解析信号の位相φi=∠z(ti)は、時刻tiの同相成分I(ti)及び直交成分Q(ti)により次式のように表される。
∠z(ti)=arctan(Q(ti)/I(ti))
【0072】
制御部13は、例えば記憶部14に、ピーク時刻t0近傍のサンプリング時刻t-2~t2、及び抽出したサンプリング点の位相φ-2~φ2を保持する。
【0073】
制御部13は、例えば最小二乗法により、抽出したサンプリング点の位相φ
-2~φ
2に対する回帰直線の傾き即ち回帰係数を、解析信号z(t)の中心周波数に対応する瞬時周波数fcとして算出する(S13)。
図10(b)の例では、瞬時周波数fcとして、位相φ
-2~φ
2に対する回帰直線L1の傾きが算出される。
【0074】
制御部13は、例えば算出した瞬時周波数fcを記憶部14に保持して、解析信号の位相抽出処理(S3)を終了する。その後、
図6のステップS4へ進む。
【0075】
以上の解析信号の位相抽出処理(S3)によると、解析信号z(t)の振幅│z(t)│におけるピーク時刻t0を検出後(S11)、ピーク時刻t0近傍のサンプリング点の位相φ-2~φ2が抽出される(S12)。そして、抽出した各サンプリング点の位相への回帰直線L1から、解析信号z(t)の瞬時周波数fcが算出される(S13)。これにより、解析信号z(t)において、複数のサンプリング点の位相φ-2~φ2を用いることで、精度良く瞬時周波数fcを算出して、フレーム間の変位算出処理(S6)を行うことができる。
【0076】
上記の解析信号の位相抽出処理(S3)では、ピーク近傍における5点のサンプリング点を特定して、位相∠z(t)の抽出に用いる例を説明した。ピーク近傍のサンプリング点は、5点に限らず、例えばピーク時刻t0と、ピーク時刻t0の前後1つずつのサンプリング時刻との3点が用いられてもよい。
【0077】
2-2-2.フレーム間の変位算出処理
図6のステップS6におけるフレーム間の変位算出処理の詳細を、
図11及び
図12を用いて説明する。
【0078】
図11は、本実施形態の変位検知装置1におけるフレーム間の変位算出処理(S6)を例示するフローチャートである。
図12は、フレーム間の変位算出処理(S6)を説明するための図である。
図12は、1フレーム目及び2フレーム目の各解析信号z(t)の位相曲線θ1,θ2を示す。
【0079】
図11のフローチャートに示す各処理は、例えば
図6のステップS3~S5で得られた1フレーム目の解析信号z(t)の位相φ
-2~φ
2及びピーク近傍のサンプリング時刻t
-2~t
2、及び2フレーム目の送受信信号Sd,Srを保持した状態で開始される。
【0080】
まず、制御部13は、2フレーム目の送受信信号Sd,Srによる解析信号z(t)において、例えば1フレーム目のピーク時刻t
0近傍の各サンプリング時刻t
-2~t
2における位相を、2フレーム目の位相情報として算出する(S21)。制御部13は、例えば解析信号の位相抽出処理(S3)における1フレーム目の解析信号z(t)の生成と同様に、2フレーム目の解析信号z(t)を生成する。
図12の例では、生成された2フレーム目の解析信号z(t)において、位相曲線θ2上の位相∠z(t)のうちの各サンプリング時刻t
-2~t
2の位相ψ
-2,ψ
-1,ψ
0,ψ
1及びψ
2が算出される。
【0081】
次に、制御部13は、各サンプリング時刻t
-2~t
2におけるフレーム間の位相差を算出する(S22)。
図12では、サンプリング時刻t
-2~t
2毎に、1フレーム目の位相φ
-2~φ
2と2フレーム目の位相ψ
-2~ψ
2との差分が、それぞれ位相差Δφ
-2,Δφ
-1,Δφ
0,Δφ
1及びΔφ
2として算出される。
【0082】
制御部13は、各サンプリング時刻t-2~t2における1フレーム目と2フレーム目との位相差Δφ-2~Δφ2の平均を、フレーム間のピーク位相差Δφとして算出する(S23)。
【0083】
制御部13は、ピーク位相差Δφから、例えば1フレーム目の瞬時周波数fcを用いて、上述した式(1)に示す換算によりフレーム間の変位量Δxを算出する(S24)。
【0084】
以上のフレーム間の変位算出処理(S6)によると、1フレーム目のピーク近傍のサンプリング時刻t-2~t2における2フレーム目との位相差Δφ-2~Δφ2から、ピーク位相差Δφが算出され(S21~S23)、ピーク位相差Δφに応じてフレーム間の変位量Δxが算出される(S24)。これにより、複数のサンプリング点の位相差Δφ-2~Δφ2を用いてピーク位相差Δφを推定して、ピーク位相差Δφに基づき精度良く変位を検知することができる。
【0085】
上記のフレーム間の変位算出処理(S6)では、ピーク位相差Δφとして各サンプリング時刻t
-2~t
2の位相差Δφ
-2~Δφ
2の平均を用いる例を説明した。ピーク位相差Δφは上記の例に限らず、例えば1フレーム目のピーク時刻t
0におけるフレーム間の位相差Δφ
0が用いられてもよい。また、例えば解析信号の位相抽出処理(S3)のステップS11と同様の処理により、2フレーム目の解析信号z(t)についてもピーク時刻を検出し、2フレーム目のピーク時刻の近傍における位相差も加えた平均により、ピーク位相差Δφが算出されてもよい。ピーク位相差Δφは、
図10(B)に例示する1フレーム目の回帰直線L1、及び2フレーム目の位相∠z(t)について回帰直線L1と同様に演算可能な回帰直線を示す関数から算出されてもよい。
【0086】
上記のステップS24では、1フレーム目の瞬時周波数fcを用いて変位量Δxを算出する例を説明した。ステップS24では、1フレーム目の瞬時周波数fcに限らず、例えば解析信号の位相抽出処理(S3)のステップS11~S13と同様の処理により、2フレーム目の解析信号z(t)の位相∠z(t)から瞬時周波数が算出され、変位量Δxの算出に用いられてもよい。また、1フレーム目の瞬時周波数fc及び2フレーム目の瞬時周波数の平均が変位量Δxの算出に用いられてもよい。
【0087】
3.まとめ
以上のように、本実施形態の変位検知装置1は、送波器10と、受波器11と、制御部13とを備える。送波器10は、物体3に、複数の周波数を有する変調波の一例としてチャープ波を送信する。受波器11は、物体3からの反射波(即ち、エコー)を受信して、受信結果を示す受信信号Srを生成する。制御部13は、送波器10によるチャープ波の送信を制御して、受波器から受信信号Srを取得する。制御部13は、第1の測定期間の一例である1フレーム目において、送波器10にチャープ波を送信するように第1の送信信号Sdを出力して(S1)、応答する第1の受信信号Srを取得する(S2)。制御部13は、第1の送信信号Sdと第1の受信信号Srとに基づき、第1の送信信号Sdと第1の受信信号Srとの間の相関において規定される位相を示す第1の位相情報を抽出する(S3)。制御部13は、第1の測定期間の後の第2の測定期間の一例である2フレーム目において、送波器10にチャープ波を送信するように第2の送信信号Sdを出力して(S4)、応答する第2の受信信号Srを取得する(S5)。制御部13は、第2の送信信号Sdと第2の受信信号Srとに基づき、第2の送信信号Sdと第2の受信信号Srとの間の相関において規定される位相を示す第2の位相情報を抽出する(S6)。制御部13は、第1の位相情報と第2の位相情報との間の差分に応じて、第1及び第2の測定期間の一例として1フレーム目と2フレーム目のフレーム間における物体の変位を検知する(S6)。
【0088】
以上の変位検知装置1によると、第1の位相情報と第2の位相情報の差分に応じて、第1及び第2の測定期間における物体3の変位を検知することで、例えば
図5(b)に示すような位相の勾配の急峻さに応じて微小な変位を精度良く検知することができる。
【0089】
本実施形態において、制御部13は、第1の送信信号Sdと第1の受信信号Srとに基づき、第1の送信信号Sdと第1の受信信号Srとの間の相関において規定される振幅│z(t)│及び位相∠z(t)を含む第1の解析信号z(t)を生成して、第1の解析信号z(t)から第1の位相情報の一例として1フレーム目の位相φ-2~φ2を抽出する(S3,S11~12)。制御部13は、第2の送信信号Sdと第2の受信信号Srとに基づき、第2の送信信号Sdと第2の受信信号Srとの間の相関において規定される振幅│z(t)│及び位相∠z(t)を含む第2の解析信号z(t)を生成して、第2の解析信号z(t)から第2の位相情報の一例として2フレーム目の位相ψ-2~ψ2を抽出する(S6,S21)。これにより、解析信号z(t)において振幅│z(t)│とは別に位相∠z(t)を解析して、位相情報を抽出することができる。
【0090】
本実施形態において、制御部13は、第1の解析信号の振幅と第2の解析信号の振幅との少なくとも一方の振幅が最大となるタイミングの一例として、1フレーム目の解析信号z(t)の振幅|z(t)|が最大となるピーク時刻t0を検出し(S3,S11)、検出したタイミングを基準として、第1の位相情報と第2の位相情報との間の差分の一例であるピーク位相差Δφを算出する(S6,S21~S24)。これにより、当該フレームのチャープ波の送受信において物体3による反射時に対応するタイミングを基準として、ピーク位相差Δφを算出することができる。
【0091】
本実施形態において、制御部13は、第1の位相情報と第2の位相情報との間の差分の一例であるピーク位相差Δφと、ピーク時刻t0(基準のタイミングの一例)における位相∠z(t)の勾配の一例である瞬時周波数fcとに基づいて、物体3の変位を示す変位量Δxを測定する(S6,S24)。これにより、瞬時周波数fcを用いて、ピーク位相差Δφから変位量Δxに換算することができる。
【0092】
本実施形態において、制御部13は、第1の解析信号の包絡線と第2の解析信号の包絡線との少なくとも一方の包絡線の一例として、1フレーム目の解析信号z(t)の包絡線E(t)を演算して、演算した包絡線E(t)に基づき振幅|z(t)|が最大となるタイミングの一例であるピーク時刻t0を検出する(S11)。これにより、同相成分Iと直交成分Qとの両成分から得られる包絡線E(t)において、ピーク時刻t0を精度良く検出することができる。
【0093】
本実施形態において、制御部13は、第1の送信信号Sdと第1の受信信号Srとに基づき、第1の送信信号Sdと第1の受信信号Srとの相互相関関数を複素化するように演算して、第1の解析信号z(t)を生成し(S3)、第2の送信信号Sdと第2の受信信号Srとに基づき、第2の送信信号Sdと第2の受信信号Srとの相互相関関数を複素化するように演算して、第2の解析信号z(t)を生成する(S6)。これにより、送信信号Sdと受信信号Srとの相関を時間領域において示す相互相関関数から、複素化された解析信号z(t)の複素数の値域において規定される位相∠z(t)を演算することができる。
【0094】
本実施形態において、各送信信号Sdは、リニア周波数チャープにより変調波を送波器10に送信させる(S1,S4)。これにより、例えば異なる周波数から得られる情報を用いて、精度良く変位を検知することができる。
【0095】
本実施形態において、送波器10は、変調波として複数の周波数を有する音波の一例であるチャープ波を送信するサーモホンを含む。これにより、送波器10は、例えば20kHz~100kHz程度の広帯域超音波によるチャープ波を送信することができる。
【0096】
本実施形態における変位検知方法は、複数の周波数を有するチャープ波(変調波の一例)を物体3に送信する送波器10を制御して、物体3からの反射波を受信する受波器11から受信結果を示す受信信号を取得する制御部13により実行される。制御部13は、第1の測定期間の一例である1フレーム目において、送波器10にチャープ波を送信するように第1の送信信号Sdを出力して(S1)、応答する第1の受信信号Srを取得する(S2)。制御部13は、第1の送信信号Sdと第1の受信信号Srとに基づき、第1の送信信号Sdと第1の受信信号Srとの間の相関において規定される位相を示す第1の位相情報を抽出する(S3)。制御部13は、第1の測定期間の後の第2の測定期間の一例である2フレーム目において、送波器10にチャープ波を送信するように第2の送信信号Sdを出力して(S4)、応答する第2の受信信号Srを取得する(S5)。制御部13は、第2の送信信号Sdと第2の受信信号Srとに基づき、第2の送信信号Sdと第2の受信信号Srとの間の相関において規定される位相を示す第2の位相情報を抽出する(S6)。制御部13は、第1の位相情報と第2の位相情報との間の差分の一例であるピーク位相差Δφに応じて、第1及び第2の測定期間における物体の変位を検知する(S6)。
【0097】
本実施形態において、以上のような変位検知方法を制御部13に実行させるためのプログラムが提供される。以上の変位検知方法及びプログラムによると、物体3の微小な変位を精度良く検知することができる。
【0098】
(実施例)
以上の実施形態1に関する実施例について、
図13~
図15を用いて説明する。
【0099】
図13は、本実施形態の変位検知装置1を用いた心拍計測を説明するための図である。
図13(a)は、変位検知装置1を用いた心拍計測システムの構成例を示す。
図13(b)は、
図13(a)の心拍計測システムによる計測結果を示す。
図14及び
図15は、変位検知装置1の動作についてのシミュレーション結果を示す。
【0100】
図13(a)に例示する心拍計測システム2は、変位検知装置1により、例えば着衣の被験者30において心拍による体表面の微小な変位を検知することで、被験者30の心拍を非接触状態で計測するために用いられる。
図13(a)の心拍計測システム2においては、変位検知装置1による計測とともに、参照用の心電計4によっても被験者30の心拍が計測される。
【0101】
図13(b)は、変位検知装置1により検知されたフレーム間の変位R1と、心電計4により計測された心拍波形R0とを示す。
図13(b)の横軸は時間(秒単位)、左側の縦軸は変位(ミリメートル単位)、右側の縦軸は心拍波形の電圧(ボルト単位)を示す。
図13(b)では、心拍波形R0と同期して時間的に変化する変位R1が検知されている。このように、本実施形態の変位検知装置1によると、心拍による体動のような微小な変位を精度良く検知できることが確認された。
【0102】
図13に示すような心拍計測において好ましい測定条件を特定するため、変位検知装置1の動作について以下のシミュレーションを行った。
【0103】
(1)測定フレームレートと定位精度の関係について
図14は、変位検知装置1における測定フレームレートと定位(変位検知)精度の関係についてのシミュレーション結果を示す。
図14では、
図7(a)に示すような送信信号Sdのチャープ長Tcを10ミリ秒、周波数帯域を80kHz~20kHzとして、測定フレームレートの変化に伴う定位精度の変化を数値シミュレーションした。本実施例では、定位精度は、測定条件を変えずに所定回数、測定を繰り返したときの測定値のばらつきを示し、3σ(測定値の標準偏差の3倍)を用いた。
【0104】
例えば、心拍計測において20μm(即ち、0.02mm)程度の定位精度が望ましい場合、
図14に示す関係では、30フレーム/秒(fps)以上の測定フレームレートを用いればよいことがわかる。また、当該測定フレームレートでは、1フレームの期間は約33ミリ秒であることから、変位検知装置1から検知対象の物体3までの距離が50cmであれば、音波の伝搬期間(約3ミリ秒)を考慮した最大チャープ長は30ミリ秒である。最大チャープ長は、1フレームの送信信号Sdに用い得るチャープ長Tcの上限を示す。
【0105】
(2)受信信号のSNRと定位精度の関係について
図15は、変位検知装置1における受信信号のSNRと定位精度の関係についてのシミュレーション結果を示す。
図15では、送信信号Sdのチャープ長Tcを30ミリ秒、周波数帯域を100kHz~20kHzとして、受信信号のSNRの変化に伴う定位精度の変化を数値シミュレーションした。
【0106】
例えば、心拍計測において20μm程度の定位精度が望ましい場合、
図15に示す関係では、SNRを0デシベル(dB)以上にすればよいことがわかる。受信信号のSNRは、例えば送波器10の駆動回路を駆動する駆動電圧により、測定環境に応じて設定可能である。
【0107】
(他の実施形態)
以上のように、本発明の例示として、実施の形態1を説明した。しかしながら本発明は、これに限らず、他の実施の形態にも適用可能である。以下、他の実施の形態を例示する。
【0108】
実施形態1では、送波器10がサーモホンで構成される例を説明した。送波器10は、サーモホンに限らず、例えばリボン型ツイータ等で構成されてもよい。また、送波器10は、圧電振動子を用いた超音波トランスデューサ等であってもよい。
【0109】
実施形態1では、送波器10がリニア周波数チャープによるチャープ波を発生させる例を説明した。本実施形態では、送波器10は、例えば時間とともに周期が線形に変化するリニア周期チャープによるチャープ波を発生させてもよい。また、送波器10は、例えばM系列符号またはGold符号などの拡散符号を用いた広帯域変調波を発生させてもよい。
【0110】
実施形態1では、変位検知装置1における送信信号Sdとして、パルス間隔変調によるチャープ信号を用いる例を説明した。本実施形態では、変位検知装置1は、送信信号Sdをパルス間隔変調に限らず、例えば連続パルスにおける各パルスの時間幅を時間的に変化させるパルス幅変調により生成してもよい。
【0111】
実施形態1では、送波器10が音波を発生させる例を説明した。本実施形態の変位検知装置1では、必ずしも音波に限らず、例えば電磁波を発生させる送波器10を用いてもよい。この場合であっても、時間的に周波数が変化する広帯域の電磁波を送受信して得られる信号を用いて、解析信号の位相差を解析することにより、物体の微小な変位の検知を精度良く実現可能である。
【0112】
実施形態1では、変位検知装置1が、送波器10及び受波器11をそれぞれ1つ備える例を説明した。本実施形態では、変位検知装置1が、送波器及び受波器の一方または両方を複数備えてもよい。
【0113】
以上の他の実施形態では実施形態1と共通の事項についての記述を省略し、異なる点についてのみ説明した。各実施形態は例示であり、異なる実施形態で示した構成の部分的な置換または組み合わせが可能であることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0114】
本発明は、変位検知装置、方法及びプログラムに適用可能であり、特に物体の微小な変位の検知に適用可能である。
【符号の説明】
【0115】
1 変位検知装置
10 送波器
11 受波器
13 制御部