(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-02
(45)【発行日】2024-09-10
(54)【発明の名称】耐熟性に優れたアルミニウム金属材料
(51)【国際特許分類】
C25D 11/14 20060101AFI20240903BHJP
C25D 11/04 20060101ALI20240903BHJP
C22C 21/00 20060101ALI20240903BHJP
【FI】
C25D11/14 301A
C25D11/04 302
C25D11/14 301B
C22C21/00 C
(21)【出願番号】P 2019207463
(22)【出願日】2019-10-29
【審査請求日】2022-10-24
(73)【特許権者】
【識別番号】595179549
【氏名又は名称】株式会社アート1
(74)【代理人】
【識別番号】110000420
【氏名又は名称】弁理士法人MIP
(72)【発明者】
【氏名】田中 成憲
(72)【発明者】
【氏名】秋本 政弘
【審査官】黒木 花菜子
(56)【参考文献】
【文献】特公昭49-020463(JP,B1)
【文献】特開昭60-128288(JP,A)
【文献】特開2009-114470(JP,A)
【文献】特開昭56-146895(JP,A)
【文献】特公昭49-001369(JP,B1)
【文献】特開昭53-064635(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 11/14
C25D 11/04
C22C 21/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マンガンもしくはケイ素の含有量が2%以下のアルミニウム又はその合金からなる材料であって、
陽極酸化膜の厚さが6μm~50μmであり、
300℃で2週間耐熱試験を実施した場合の加熱前と加熱後の色差(ΔE)が2.0以下であり、
ビッカース硬さ試験における硬度がHV400以上であり、
クラック発生が目視では見られない陽極酸化皮膜を有する材料。
【請求項2】
前記陽極酸化皮膜が黒体の放射率を100%(1.00)としたときの全放射率が波長3~6μmの中赤外線領域において85%(0.85)以上であり、波長3~25μmの中~遠赤外線領域において80%(0.8)以上である、請求項1に記載の材料。
【請求項3】
前記陽極酸化皮膜の往復運動平面摩耗試験での耐摩耗性が120%以上である、請求項1に記載の材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐熱性に優れたアルミニウム金属材料及びその製造法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム材料は軽量金属材料として各種製品に多用されているが、腐食され易いため、通常アルマイト処理(陽極酸化処理)や化成処理または塗装処理等による表面処理がなされている。
【0003】
着色された材料は、化成処理や塗装処理における染色や、陽極酸化処理における電解発色などが開発されている。陽極酸化における電解着色によって黒のアルミニウム材料、いわゆる黒アルマイトが開発されているが、電解着色は2種類の電解液が必要で処理工程が増えるのと同時に処理場所のより広い確保が必要となり、また得られる陽極酸化皮膜の硬さに不足があるので更に改良された材料の開発が望まれている。アルミニウム又はその合金の加工製品において黒い皮膜表面が維持されることはその用途によって大変重要であり、多少の高温環境に曝されただけで変色が生じる材料では使用環境が制限されてしまうので、さらに耐熱性に優れ、退色性のない材料開発が望まれている。
一方アルミニウム合金の陽極酸化皮膜(アルマイト)に二次電解処理を施す電解着色法で黒色の皮膜を形成した良好な遠赤外線放射体を形成する方法が提案されている(特許文献1)。ここで得られた陽極酸化皮膜は黒系で耐熱性はかなり良好であるが表面硬さが不十分で、耐摩耗性、耐擦過性の改良が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】再公表特許(A1) WO 01/090447号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、従来から使用されているアルミニウム材料の耐熱性を改善し、作業が面倒な二次電解を伴ういわゆる電解着色を行わなくても黒系に発色した陽極酸化皮膜の高温における茶褐色系への退色を最少にした材料の提供とその製造法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、300℃で2週間耐熱試験を実施した場合の加熱前と加熱後の色差(ΔE)が2.0以下で、クラック発生が目視では見られない陽極酸化皮膜を有する、耐熱性に優れたマンガンもしくはケイ素の含有量が2%以下のアルミニウム又はその合金からなる材料及びその製造法である。
【0007】
本発明はまた、300℃で2週間耐熱試験を実施した場合の加熱前と加熱後の色差(ΔE)が2.0以下であり、且つ硬さをJIS‐Z2244(ビッカース硬さ試験)方法にて荷重0.098N(10grf)、保持時間15秒で計測定するとHV400以上の硬さがあり、クラック発生が目視では見られない陽極酸化皮膜を有する、耐熱性と表面硬さに優れたマンガンもしくはケイ素の含有量が2%以下のアルミニウム又はその合金からなる材料及びその製造法である。
【0008】
本発明はまた、300℃で2週間耐熱試験を実施した場合の加熱前と加熱後の色差(ΔE)が2.0以下、特に好ましくは1.8以下であり、ビッカース硬さ試験でHV400以上の硬さがあり、クラック発生が目視では見られず、更に陽極酸化皮膜の耐摩耗性は、基準片との比較試験でありその作成方法は、JIS‐H8603‐付属書1(規定)(耐摩耗性基準試験片(硬質皮膜用))に規定され、試験方法はJIS‐H8682-1(往復運動平面摩耗試験)にて行い、試験条件はJIS‐H8603(硬質陽極酸化皮膜)の硬質皮膜を適用し、耐摩耗性基準試験片の耐摩耗性を100とした時の割合をパーセントで表示し、本発明の皮膜は120%以上の耐摩耗性がある陽極酸化皮膜を有し、耐熱性、表面硬さおよび耐摩耗性に優れたマンガンもしくはケイ素の含有量が2%以下のアルミニウム又はその合金からなる材料及びその製造法である。
【0009】
本発明はまた、300℃で2週間耐熱試験を実施した場合の加熱前と加熱後の色差(ΔE)が2.0以下であり、ビッカース硬さ試験でHV400以上の硬さがあり、クラック発生が目視では見られず、更に赤外線放射率を被測定物質の測定温度を100℃とし、黒体の放射率を100%(1.00)としたときの全放射率が波長3~6μmの中赤外線領域において85%(0.85)以上であり、波長3~25μmの中~遠赤外線領域において80%(0.8)以上である陽極酸化皮膜を有する耐熱性、表面硬さ及び熱放射性に優れたマンガンもしくはケイ素の含有量が2%以下のアルミニウム又はその合金からなる材料及びその製造法である。
【0010】
本発明の材料における陽極酸化皮膜は特に高温における黒色系皮膜の退色を少なくし、且つ300℃高温に加熱処理しても表面のクラックが目視では観察できない程度に少なくした皮膜であり、陽極酸化皮膜の厚さをJIS‐H8680‐2(渦電流式測定法)を用い校正用標準板(プラスチックフィルム)にて校正後計測をすると6~50μmで、好ましくは10~30μm、特に好ましくは20~30μmである。アルマイトの皮膜は、一般的に皮膜厚さを厚くすると褐色から黒になる傾向にあり、80μmを越えると黒となるが、300℃に加熱するとクラックで全面が網目模様となってしまう。本発明の皮膜は従来よりも薄膜で黒系になっており、且つ硬さがあり、クラック発生が目視では観察できない特性を併せ持っている。ここで退色とは加熱によって順次茶褐色から白っぽい茶色系に変化する状態を示す。
【0011】
本発明の材料は、マンガンもしくはケイ素の含有量が2%以下のアルミニウム又はその合金からなる材料を有機酸の溶液を主とし、これに主として用いた有機酸の使用量より少ない添加剤を加えた電解液中で、1サイクルでの正電流の平均電流密度0.1~10A/dm2、負電流の平均電流0.0~10A/dm2、液温-10~60℃で、直流波形、交直重畳波形、パルス波形、PRパルス波形の単独又は2つ以上の組合せた電流または電圧波形を用いて陽極酸化処理して、300℃で2週間耐熱試験を実施した場合の加熱前と加熱後の色差(ΔE)が2.0以下であり、ビッカース硬さ試験でHV400以上の硬さがあり、クラック発生が目視では見られない、濃い褐色形~黒系の色調を持つ陽極酸化皮膜を形成することが出来る。また、硬さHV400以上を達成すると同時に耐摩耗性が120%以上である陽極酸化皮膜を製造することも出来る。または熱放射性に関し全放射率が波長3~6μmの中赤外線領域において85%以上であり、波長3~25μmの中~遠赤外線領域において80%以上の熱放射性を同時に達成することも出来る。
【0012】
電解液として用いる有機酸としては、脂肪族または芳香族のスルホン酸、カルボン酸もしくはこれらの無水物または塩の1種又は2種以上を用い、添加剤としては無機酸系もしくは電解液として用いた有機酸とは異なる有機酸系の1種又は2種以上の化合物を用い、溶媒として水および/又は多価アルコールを用いた溶液を電解液とすることが出来る。
【0013】
ここで陽極酸化皮膜(アルマイト)の構造と加色方法について説明する。この皮膜は蜂の巣状に無数の微細孔が開いている皮膜であり、微細孔が存在している部分を多孔質層、多孔質層と素材との境目をバリアー層と呼び、この両者を併せて陽極酸化皮膜と呼んでいる。この陽極酸化皮膜に色を付ける方法には着色の部位により孔の上面、底部、壁部の3種類があり、これは一般に染色法、電解着色法(二次電解着色を含む)、電解発色法、及び自然発色法、に分けられる。染色法は有機又は無機の染料や顔料の溶液・分散液に皮膜を浸漬することにより多孔質層の孔に上面(外側)より浸透させていく手法であり、皮膜上面部位が着色される。電解着色法はメッキ手法と同様の方法で多孔質層の孔の底の部分に金属を析出させて発色させる手法で二次電解による着色法を含んでいる。電解発色および自然発色は
図1(壁部の発色図)に示す様に多孔質層の壁に相当する部分が発色する方法であり、これには電解液の組成及び使用する電流もしくは電圧など電解条件によって電解発色させる方法と、合金材料に含まれる金属の種類によって自然発色させる方法とがある。
【0014】
本発明のマンガンもしくはケイ素の含有量が2%以下のアルミニウム又はその合金からなる材料は、厚さ6~50μm、特に10~30μmの皮膜においても濃い褐色系~黒系の陽極酸化皮膜が形成されているが、この黒色系皮膜は染料または顔料などで着色されたものではなく、また使用材料中の合金成分に大きく影響される自然発色ではなく、陽極酸化処理の過程において電解液組成及び電解条件に大きく影響を受ける電解発色単独又は電解発色と電解着色の両方を施して形成されたものである。この皮膜は300℃に2週間加熱処理しても表面に目視で観察されるクラックが生じず、変色が殆ど認められない。一方、従来法の硫酸系または硫酸+混酸系の電解液で硬質アルマイトを製造すると、純アルミニウム系材料では厚さ80μm以上になる様に皮膜処理を行うと黒系の皮膜を形成することが出来るが、凡そ100℃に加熱しただけで表面にクラックが発生し、色調は若干白系に移っていく。
【0015】
また、染色系の黒アルマイトを200℃で加熱すると短時間の内に変色が始まり、200℃を越えた使用環境下で変色無く長時間使用できる染色系の黒アルマイト製品は殆どないのが現状である。
【0016】
本発明において退色の指標を示す色差ΔEを検知するために300℃という温度を使用した理由は次のようなところにある。アルミニウムには再結晶化温度が凡そ250℃であり、この温度を境にアルミニウム加工品内に残る加工硬化(常温で圧延など変形加工を施した際に生ずる加工ひずみ)の原因である粗結晶が250℃以上で軟化し、再結晶化して生成した結晶粒は内部ひずみを持たない安定したものとなる。実用上は凡そ350℃で軟化させて内部応力を下げる作業、いわゆる焼きなまし(焼鈍)が必要となる。アルミニウムを加工する場合に再結晶温度以下で行なう場合を冷間加工というが、この加工法の場合は常に加工硬化が起こるので、焼きなましが必要になるが、加工製品を使用時に長時間再結晶温度以上で使用することはまれであるので、軟化の起点である300℃での耐熱試験で色の退色性に異常がなければ、実用面においての退色に関しても問題なく使用することができる、というところから選んだ試験温度である。
【0017】
本発明では有機酸を主とする電解液が用いられるがその有機酸は、脂肪族又は芳香族のスルホン酸および/又はカルボン酸系の単独又は混合系で、具体的にはシュウ酸、マロン酸、コハク酸、リンゴ酸、マレイン酸、クエン酸、酒石酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸など、スルホン酸系ではスルホサリチル酸、スルホフタル酸、スルホ酢酸などで、これらを1種又は2種以上組合せて陽極酸化の際の電解液として用いる。これらの液濃度は0.1~4.5mol/Lが好ましい。電解条件は、正電流の平均電流密度0.1~10A/dm2、負電流の平均電流密度0.0~10A/dm2、液温-10~60℃で、陽極酸化処理して陽極酸化皮膜の厚さを6~50μmに製造する。
【0018】
通常使用される直流電解の電流密度とは電気量(A・秒)を電解時間(秒)と被処理物の表面積(dm2)で割った値をいい、直流定電流電解(通常直流電解という)では被処理物に対して時間によって電流変化がないので電流密度と平均電流密度は同意語として使われており、その単位はA/dm2で表される。しかし、パルス、PRパルス波形の様な場合には時間によって「正電流」、「0(電流の流れない時間)」または極性が反転した「負電流」が流れるので波形における平均電流密度は電流波形の1周期(サイクル)において、正電流部分と負電流部分に分けてそれぞれの電気量(A・秒)を電解時間と被処理物の表面積で割った値を、正電流平均電流密度、負電流平均電流密度として表示することが必要になる。例として、PR波形で、電解面積2dm2の被処理物を電解した際に、波形の1サイクルを10秒として正電流2Aで4秒流した後に負電流を1Aで6秒流す場合、正電流及び負電流の平均電流密度はそれぞれ0.4A/dm2、0.3A/dm2となる。なお、正電流のみを使用する場合には負電流の平均電流密度は0.0A/dm2になる。
【0019】
有機酸を主とする電解液に添加剤として添加できるものは、無機酸系もしくは有機酸系の1種又は2種以上の化合物である。有機酸系の化合物としては上記した脂肪族又芳香族のスルホン酸および/又はカルボン酸系の化合物であるが、有機酸を主とする電解液に用いた有機酸とは異なるものを添加剤として用いる。他にまたエチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン等のアルコール系化合物も溶媒として使用でき、その量は60%までとし、これらアルコール系化合物は水と共に溶媒の一部として使用することも可能である。無機酸系の化合物としてはホウ酸、ケイ酸、フッ酸、硫酸、リン酸、硝酸もしくはこれらの塩類、ピロリン酸、スルファミン酸もしくはこれらの塩類、又はフッ化物塩、重フッ化物塩、過マンガン酸塩などの1種または2種以上を使用することが出来る。これら添加剤の使用量は、電解液に主として使用した有機酸の使用量より少ない量で、0.001~0.9mol/Lの液濃度とすることが好ましい。
【0020】
電解発色単独又は電解発色と電解着色によって濃い褐色系~黒系色調の陽極酸化皮膜を形成する電解条件は、直流、パルス、PRパルス電流を組合せて行い、正電流の平均電流密度0.1~10A/dm2で、好ましくは0.8~3.5A/dm2、負電流の平均電流密度0.0~10A/dm2、好ましくは0.0~3.5A/dm2、液温-10~60℃で、好ましくは-5~30℃で有機酸を主とし、この有機酸とは異なる有機酸又は無機酸を添加剤として少量加えた電解液で電解処理を行い、処理後直ちに液中より取出さずに皮膜形成に要した時間の0.5~20%に相当する時間を通電遮断の状態に置いた後取り出し、水洗などの次工程に進む。形成する皮膜厚さは6~50μmであるが、作業性、性能、コスト等の面から好ましくは10~30μmがよい。電解処理の終了後の通電遮断浸漬時間が皮膜形成に要した時間の20%以上では皮膜が表面より溶解されて硬さが軟らかくなり、溶解残渣が表面に残る状態となり皮膜として不適格となる。また、0.5%以下では次工程の加色において色むらが出やすくなるために好ましくない。
【0021】
本発明で用いる陽極酸化処理の電流もしくは電圧波形として、直流波形、交流波形、交直重畳波形、パルス波形、PRパルス波形の単独又は2つ以上の組合せた波形を用いることが好ましい。特にパルス波形、PRパルス波を用いると好ましい結果が得られる。電解手法は、通常の方法では電流密度が1A/dm2前後の低い電圧・電流からスタートして時間の経過に伴ない電圧又は電流が上昇するが、本発明では付きまわりをよくするために、初期の状態で、高電流密度で一定時間流し、時間経過に従って電流密度を落としていく手法が好ましい。
【0022】
本発明においては電解発色のみで黒系の退色性に優れ、優れた表面硬度を持つ陽極酸化皮膜を製造することが出来るが、これに加えて電解着色を施すことも出来る。その場合の電解着色の電解条件は、電流もしくは電圧波形として交流、直流、パルス、PRパルス波形を単独または2つ以上を組合せて行い、電圧は1~40V、時間は1~30分、液温は-10~40℃、好ましくは10~25V、5~15分、16~30℃で行い、電源に極性がある場合は(被処理部材を)陰極側にセットし、陽極側は炭素板電極を用いて電解を行い、電解着色前後の水洗は脱イオン水又は純水で十分に行う。電解液としては添加金属を溶解可能な液で、代表的なものとして硫酸化合物、シュウ酸化合物を主とし、添加剤としてカルボン酸系の有機酸、ホウ酸等を加える。電解着色で沈着金属となる金属化合物は、金、銀、銅、白金、錫、コバルト、ニッケル、鉄、タングステン、モリブデン、クロム、亜鉛、パラジウム、ジルコニウム、バナジウム、チタン、マンガンなどが用いられる。
【0023】
本発明で退色性の少なさを示す尺度として用いている色差(ΔE)とは、従来官能評価することしかできなかった「色の差」を定量的に表すようにしたものである。例えば人間の目には同じに見えても測色器を用いて、基準色の点の色相、彩度、明度を三次元測定し、サンプル色の点についても同様に測定し、この三次元2点間の距離を色差として表す手法である。本発明では耐熱試験を実施する際に、加熱前の色を基準点とし、加熱後の色を分光測色計で測定し、三次元2点間の距離をΔEで表示したもので、現在では分光測色計で自動的に数値が表示できるようになっている。一般的に色差ΔE=1程度は二つの色を横に並べて見比べたときに違いが判別できる程度の差、ΔE=2~3程度は二つの色を離して見比べたときに違いが判る程度を示している。
【0024】
退色性を示す尺度としてハンター法と称される方法があるが、これは古い規格でJIS規格には載っていない。色についての表現方法にはマンセル(1905年)法があり、色相、明度、彩度で表されている。これを数値化する過程で国際照明委員会(CIE)が1931年にXYZ表色系、1976年にL*a*b*色空間が制定され、日本でもJISZ8781-4に採用された。更にL*C*h色空間ができ、今日ではXYZ表色系がCIE標準表色系として各表色系の基礎となっている。ハンター法は1948にLab色空間の色度図を用いて数値化したものであるがその後L*a*b*色空間に改良され、JIS規格になっている。Lab色空間に基づくハンター法と,L*a*b*色空間に基づく色差の関係を特定の関数、または式をもって表すことは困難で、このため二つの方法による測定数値を比較するには同一試料を各表色系で測定して色表記、色差を出すことが必要となる。本発明の色差(ΔE)は試料の同一面をコニカミノルタ社製の分光測色計(CM-700d)を用いて、L*a*b*色空間法と、ハンターLab色空間法(以下HLabと呼ぶ)で測定し、その各色差を算出した。ここでの測定結果の色差の比較ではΔE(L*a*b*)>HΔE(HLab)となっている。
【0025】
本発明の陽極酸化皮膜は、従来品ならば200℃を超える温度での加熱で茶褐色系へ退色し始め、300℃では凡そ1時間程度で色差ΔEが2.0を越えてしまうが、本発明品では同温度で2週間耐熱試験してもΔEは2.0以下を保つことが出来る。また、電解着色皮膜の場合、ニッケル又はコバルトを多孔質細孔内に沈着させた皮膜では400℃で100時間(4日間)、褪色性に変化がない皮膜の提案もあるが、黒系の陽極酸化皮膜の300℃で2週間もの加熱処理で、比較例3に示される様にΔEが2.0以下であるような材料はまだ見出されていない。更に表面硬度もHV320程度で実用上は更なる改良が望まれている。
【0026】
また、本発明の陽極酸化皮膜は、優れた退色性と同時にビッカース硬さ試験でHV400以上の硬さを有するものである。さらに、往復運動平面摩耗試験での耐摩耗性が120%以上という耐摩耗性に優れた皮膜であり、この優れた特徴を殆どの場合に同時に有している。また、先に記した熱放射性も同時に達成させることも出来る。
【0027】
本発明において必要に応じて添加剤を単独又は混合系で用いても良い。特に有機酸化合物と無機酸化合物とを組み合わせて使用するときは液管理が容易となり好ましい。これら添加剤の使用量は電解液中、0.001~0.9モル/リットルの範囲で、電解液に主成分として用いた有機酸より少ない量で用いられる。この様に調整された電解液中でのマンガンもしくはケイ素の含有量が2%以下のアルミニウム又はその合金からなる材料の陽極酸化処理は、浴温を-10~60℃で行うのが特に好ましい。
【0028】
本発明の耐熱性に優れたアルミニウム系材料はまた、ケイ素及び/またはマンガンの含有量が2%以下の材料において、赤外線放射率を被測定物質の測定温度を100℃として測定したときの全放射率が波長3~6μmの中赤外線領域において85%(0.85)以上であり、波長3~25μmの中~遠赤外線領域において80%(0.8)である陽極酸化皮膜を有する熱放射性に優れたものであることが判明した。
【0029】
本発明で陽極酸化に処するアルミニウム金属材料は純アルミニウム系など広範囲に適用可能であるが、ケイ素及び/またはマンガンを2%以上含む展伸材などの合金は特殊材料であるために入手が困難でかつ高価になるうえに、このような金属成分が多くなるに従い電解作業が難しくなる欠点が出てくるので本発明においては使用が不適当である。
【発明の効果】
【0030】
アルミニウムの高温使用には再結晶温度(250℃前後)が影響してくるので通常この温度以下で使用することが多い。しかし特に黒アルマイトの場合においては、ときとしてこの近傍~軟化温度である300℃近くで使用することがある。これは軽量、低コスト等の内燃機関、高温時の熱吸収装置等へ使用する際には再結晶化温度~軟化初期に耐える耐熱性の皮膜を要求されるが、塗装などによる塗膜では耐熱性が不足する上に耐摩耗性もなく、使用がさらに限定されるので、これらをクリアーする皮膜が待望されていた。本発明の材料は耐熱温度が300℃で2週間の加熱処理前後のL*a*b*色空間における色表記で色差ΔE2.0以下の耐熱性を持ち、さらにHV400以上の硬さを有するので高温時使用の材料として、熱発電の際の材料として或いは熱サイクルシステムに利用する材料として使用されることが期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、本発明の実施の形態を具体的に説明する。
なお、実施例において、ビッカース硬さ試験は顕微鏡断面測定法により(株)島津製作所社製の微小硬度計(HMV-G-XY-D)を用いて荷重10gfで15秒行って測定した平均皮膜硬さを示す。但し、皮膜厚さが20μm以下の場合にはヌープ式の圧子を用いて同一荷重、同一時間にて測定したものである。皮膜厚さは(株)ケット科学研究所社製渦電流膜厚計(LH-373)で計測した平均厚さを示す。加熱前後の色差(ΔE)は耐熱試験として300℃で2週間加熱処理を行い、コニカミノルタ社製の分光測色計(CM-700d)で計測し、加熱前後の色差をL*a*b*色空間法における色差(ΔE)と、ハンターLab色空間法における色差(HΔE)で表した。耐摩耗性は(株)スガ試験機社製の往復運動半面磨耗試験機にて硬質皮膜試験条件にて基準試験片を行った数値を100とした時の割合(パーセント)を表記する。熱放射率は赤外線放射率測定器として(株)島津製作所製の分光放射率測定システム(IRTracer-100)を用いて被測定物温度を100℃とし、黒体の放射率を100%としたときの中赤外線波長3~6の全放射率及び波長3~25μmの中~遠赤外線領域の全放射率をそれぞれ測定し、%で表示する。
【実施例1】
【0032】
アルミニウムA1050材(Si 0.25%、Mn0.05%以下)で50×100×t1.0mmのテストピースを前処理として、エマルジョン脱脂・45℃×5分―5%硝酸・室温×3分-エッチング20%水酸化ナトリウム・室温×1分―脱スマット・10%硫酸・室温×3分を行い、電解液をマロン酸0.7mol/Lに、添加剤としてシュウ酸0.02mol/L+硫酸0.05mol/Lを加えたものとし、液温20℃、電源は直流波形を用い、電流密度1.5A/dm2で60分行い、通電遮断時間を2分とした。皮膜の色調は電解発色した濃い茶系の黒で、平均皮膜厚さは29μmであった。300℃加熱前後のL*a*b*色空間の色差(ΔE)は1.6で、ハンター法Lab(HLab)による色差HΔEは1.4であった。顕微鏡断面測定法による平均皮膜硬さはHV480であった。耐摩耗性は142.9%となった。赤外線放射率は黒体の放射率を100%としたときの中赤外線波長3~6μmの全放射率は91.3%、波長3~25μmの中~遠赤外線領域の全放射率は88.4%が得られ、クラックの発生は見られなかった。
【比較例1】
【0033】
材料、前処理、及び皮膜の計測は実施例1と同様に行い、電解液を硫酸15%、電流密度1.0~1.1A/dm2、電解電圧14V、浴温20±1℃、電解時間60分、電解終了後十分水洗をし、染色工程として有機染料アルファスト・ブラック(オリエント化学社製)SW5804を20g/L、50℃、25分浸漬―水洗3回―封孔処理としてトップシール―100(奥野製薬(株)社製)7g/L、94℃、15分-水洗3回-純水水洗-乾燥を行い、均一な黒となった。実施例1の計測方法の結果、平均皮膜厚さは20μm、ヌープ式の断面平均硬さHV290、耐熱試験は300℃で1日で加熱処理前後のL*a*b*色空間での色差(ΔE)は31.0、HLabでは色差(HΔE)26.6となり試験を中止した。耐摩耗性は素地露出により中止、赤外線放射率は中赤外線領域(3~6μm)の全放射率は64.8%、中~遠赤外線領域(3~25μm)の全放射率は83%で、クラックは全面に網目状に発生した。この比較例の黒アルマイト製法はJIS規格(H8601-AA20)に従ったものであるが、この製法では本発明が目的とする材料が得られない。
【比較例2】
【0034】
材料、前処理、及び皮膜の計測は実施例1と同様に行い、電解液ならびに条件はJIS-H8603:アルミニウム及びアルミニウム合金の硬質陽極酸化皮膜の付属書Iの耐摩耗性基準試験片(硬質用)の記載を参考に、電解液は遊離硫酸濃度180±1g/L、溶存アルミニウム濃度3g/L、浴温0~1℃、電流密度1.7A/dm2、処理時間60分、電解終了後の通電遮断時間を2分とし、染色工程、封孔工程を常温で行なった。結果は、色調は茶褐色系の黒、平均皮膜厚さは31μm、断面平均硬さはHV408、耐熱試験は300℃―4日目で色差(ΔE)は7.3、HΔEは6.1となったので試験を中止した。耐摩耗性は102%、赤外線放射率は中赤外線領域で全放射率60.3%、中~遠赤外線領域で81%であり、クラックが全面に網目状に発生し、本発明の目的とする材料は得られなかった。
【実施例2】
【0035】
材料、前処理、及び皮膜の計測は実施例1と同様に行い、電解液組成も同一とし、電解条件としてPRパルス波形の電源を用い、プラス(正電流)側電流密度を2.5A/dm2―100ms、マイナス(負電流)側の電流密度を0.5A/dm2―40msで、このときのプラス側平均電流密度は1.79A/dm2、マイナス側平均電流密度は0.14A/dm2となる。液温20±1℃、電解時間60分処理し、電解後の通電遮断時間を5分とした結果、皮膜の色調は濃い茶系の黒、平均皮膜厚さ33μm、断面平均硬さはHV476、耐熱試験300℃×2週間の試験前後の色差(ΔE)は1.5、HΔEは1.3、耐摩耗性は131%、赤外線放射率は中赤外線領域で全放射率89.3%、中~遠赤外線領域では91.4%であり、クラックの発生は目視では見られなかった。
【実施例3】
【0036】
材料、前処理、及び皮膜の計測は実施例1と同様に行い、電解液をマレイン酸2.5mol/L、添加剤として硫酸0.04mol/L加え、電解条件は直流波形を用い、電流密度を1.2A/dm2、液温20℃、70分電解を行なった。電解後の通電遮断時間は8分とした。皮膜の色調は茶褐色系の黒で、平均厚さは27μm、断面平均硬さHV460、耐熱試験は300℃×2週間で、色差ΔEは1.9、HΔEは1.6、耐摩耗性は125%、赤外線放射率は中赤外線領域で全放射率88.6%、中~遠赤外線領域では90.4%で、クラックの発生は目視では見られなかった。
【実施例4】
【0037】
材料、前処理、及び皮膜の計測は実施例1と同様に行い、電解液をスルホサリチル酸0.8mol/Lに添加剤として硫酸0.05mol/Lを加えた液とし、電解条件としてパルス波形を用いた電解を行ない、電流密度を2.5A/dm2―200ms、休止50msで、平均電流密度2.0A/dm2、液温20℃で、50分電解し、通電遮断時間を3分にした結果、皮膜の色調は濃いグレー系の黒で、皮膜厚さ30μm、硬さはHV470、耐熱試験は300℃×2週間の試験前後の色差(ΔE)は1.8、HΔEは1.5、耐摩耗性は130%、赤外線放射率は中赤外線領域で全放射率89.1%、中~遠赤外線領域では91.8%で、クラックの発生は目視では見られなかった。
【実施例5】
【0038】
材料、前処理、及び皮膜の計測は実施例1と同様に行い、電解液を酒石酸1.0mol/Lに添加剤として硫酸0.05mol/Lを加えた液とし、電解条件としてパルス波形を用いた電解を行い、電流密度を2.5A/dm2、―200ms、休止50ms、平均電流密度2.0A/dm2で、液温20℃で、50分電解を行い、電解終了後の通電遮断時間を3分にした結果、皮膜の色調は濃いグレー系の黒で、平均皮膜厚さは30μm、HV475であった。耐熱試験は300℃×2週間の試験前後の色差(ΔE)は1.8、HΔEは1.5、耐摩耗性は138%、赤外線放射率は中赤外線領域で全放射率89.1%、中~遠赤外線領域では91.8%で、クラックの発生は目視では見られなかった。
【実施例6】
【0039】
材料、前処理、及び皮膜の計測は実施例1と同様に行い、電解液組成も同一とし、電解条件としてパルス波形の電源を用い、液温18℃、電流密度を3.5A/dm2で、パルス波形を200ms、休止100msの平均電流密度2.3A/dm2で15分行い、次に電流密度を2.0A/dm2でパルス波形を150ms、休止50msの平均電流密度1.5A/dm2で15分処理し、更に直流定電流電解にて電流密度1.0A/dm2で20分電解し、電解終了後の通電遮断時間を3分にした結果、合計通電時間が50分で皮膜の色調は濃い褐色系の黒で、皮膜厚さは30μm、硬さはHV495、耐熱試験300℃×2週間の試験前後の色差(ΔE)は1.7、HΔEは1.4、耐摩耗性は146%、赤外線放射率は中赤外線領域で全放射率88.3%、中~遠赤外線領域では90.7%であり、クラックの発生は目視では見られなかった。
【実施例7】
【0040】
材料、前処理、及び皮膜の計測は実施例1と同様に行い、電解液を酒石酸1.0mol/Lに添加剤として硫酸0.05mol/Lを加えた液とし、電解条件として直流法で、液温20±1℃で、電流密度を1.5A/dm2、40分電解を行い、通電遮断時間を3分とした。この試料を取り出し後純水で十分に水洗を行ったところ色調は茶褐色系であった。次いでこの試料を、2次電解として交流電解で、液組成は硫酸第一錫10g/L、硫酸ニッケル6水和物15g/L、硫酸15g/L、酒石酸8g/Lの液で、PH=1、浴温23℃、電解電圧16Vで20分2次電解し、更に封孔処理として95℃で20分沸騰水封孔を行った。色調は2次電解による電解着色で褐色系の黒であり、平均皮膜厚さは18μm、硬さはヌープ式でHV460であった。300℃耐熱試験前後の色差(ΔE)は1.7、HΔEは1.4、耐摩耗性は124%、赤外線放射率は中赤外線領域で全放射率87.3%、中~遠赤外線領域では89.3%で、クラックの発生は目視では見られなかった。
【実施例8】
【0041】
材料、前処理、及び皮膜の計測は実施例1と同様に行い、電解時の条件は液温20℃、電源は直流波形を用い、電流密度1.5A/dm2で40分電解を行い、通電遮断時間を1.5分とし、この試料を取り出し後純水で十分に水洗を行ったところ色調は茶褐色系であった。更に2次電解として交流電解で、液組成は硫酸第一錫10g/L、硫酸ニッケル6水和物15g/L、硫酸15g/L、酒石酸8g/Lの液で、PH=1、浴温23℃、電解電圧16Vで10分2次電解し、更に封孔処理として95℃で15分沸騰水封孔を行った。色調は2次電解による電解着色で褐色系の黒であり、平均皮膜厚さは13μm、硬さはヌープ式でHV475であった。300℃耐熱試験前後の色差(ΔE)は1.9、HΔEは1.6、耐摩耗性は136%、赤外線放射率は中赤外線領域で全放射率86.8%、中~遠赤外線領域では87.1%で、クラックの発生は目視では見られなかった。
【比較例3】
【0042】
材料、前処理、及び皮膜の計測は実施例1と同様に行い、電解液を硫酸15%とし、電流密度1.5A/dm2、浴温15±1℃で45分電解を行い、電解終了後十分水洗し、2次電解として交流電解で、液組成は硫酸第一錫10g/L、硫酸ニッケル6水和物15g/L、硫酸15g/L、酒石酸8g/Lの液で、PH=1、浴温23℃、電解電圧16Vで20分2次電解し、更に封孔処理を95~98℃で20分沸騰水封孔を行った。色調は褐色系の黒であり、平均皮膜厚さは20μm、硬さは皮膜が薄いためヌープ式にて荷重10gfで15秒行った結果、HV320であった。耐熱試験は300℃×2週間の試験前後の色差(ΔE)は2.2、耐摩耗性は素地露出により中止、赤外線放射率は中赤外線領域で全放射率78.0%、中~遠赤外線領域では86.3%であり、クラックの発生が見られた。電解着色のみでL*a*b*色空間での色差(ΔE)を2.0以下にすることは困難であることが分かる。
【実施例9】
【0043】
材料、前処理、及び皮膜の計測は実施例1と同様に行い、電解液は実施例1の電解液に溶媒としてエチレングリコールを30%加え、液温30℃、電源は直流波形を用い、電流密度2.0A/dm2、で40分電解を行ない、通電遮断時間を0.5分とし、この試料を取り出し後純水で十分に水洗を行ったところ、色調は濃い褐色系であった。更に封孔処理として95℃で15分沸騰水封孔を行なった。平均皮膜厚さは24μm、硬さはヌープ式でHV453であった。300℃耐熱試験前後の色差(ΔE)は1.9、HΔEは1.6、耐摩耗性は137%、赤外線放射率は中赤外線領域で全放射率83.7%、中~遠赤外線領域では85.3%で、クラックの発生は目視では見られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の材料は耐熱温度が300℃で2週間の加熱処理で色差ΔE2.0以下の耐熱性を持ち、さらにHV400以上の硬さを有するので高温時使用の材料として、熱発電の際の材料として或いは熱サイクルシステムに利用する材料として使用されることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【
図1】 陽極酸化皮膜の多孔質の孔の壁に相当する部分を発色させた断面模式図
【符号の説明】
【0047】
1.微細孔 2.壁
3.素材(アルミニウム) 4.多孔質層
5.バリヤー層