(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-02
(45)【発行日】2024-09-10
(54)【発明の名称】酒の識別方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/14 20060101AFI20240903BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20240903BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20240903BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20240903BHJP
C12G 3/022 20190101ALN20240903BHJP
【FI】
G01N33/14
G01N27/62 X
G01N27/62 V
G01N30/72 C
G01N30/88 N
C12G3/022 119Z
(21)【出願番号】P 2020094046
(22)【出願日】2020-05-29
【審査請求日】2023-05-25
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 掲載日 令和元年11月27日 掲載アドレス https://www.nature.com/articles/s41598-019-54162-6 集会名 7th Conference of the Forensic Isotope Ratio Mass Spectrometry Network,San Michele all’ Adige(TN),Italy 開催日 令和元年9月16~19日 掲載日 令和2年5月15日 掲載アドレス http://conference.wdc-jp.com/jsac/touron/80/program/contents/common/pdf/80_program.pdf 掲載日 令和2年5月1日 掲載アドレス http://www.mssj.jp/conf/68/program/2C-O7-0905.html 発行者名 読売新聞社 刊行物名 読売新聞秋田版 発行日 令和2年1月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】599016431
【氏名又は名称】学校法人 芝浦工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】川島 洋人
(72)【発明者】
【氏名】須藤 百香
【審査官】草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-043329(JP,A)
【文献】特開2014-224717(JP,A)
【文献】ANA I CABAERO、他2名,Simultaneous stable carbon isotopic analysis of wine glycerol and ethanol by liquid chromatography coupled to isotope ratio mass spectrometry,J Agric Food Chem,2010年01月27日,Vol.58、No.2,Page.722-728,DOI: 10.1021/jf9029095,PMID: 20025274
【文献】ANA I CABAERO、他2名,Isotope ratio mass spectrometry coupled to liquid and gas chromatography for wine ethanol characterization,Rapid Commun Mass Spectrom,2008年10月22日,Vol.20,Page.3111-3118, doi: 10.1002/rcm.3711,PMID: 18798196
【文献】FUMIKAZU AKAMATSU、他2名,Separation and Purification of Glucose in Sake for Carbon Stable Isotope Analysis,Food Analytical Methods,Vol.13,No.6,2020年
【文献】堀井幸江、他4名,清酒および焼酎におけるC4植物由来原材料比率の推測,醸造学会誌,2011年,Vol.106,No.1,Page.45-49
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/14
G01N 33/648-33/98
G01N 30/00-30/96
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
日本酒の識別方法であって、
前記
日本酒から、液体クロマトグラフ(LC)によってエタノール成分とグルコース成分を分離する分離工程と、
前記エタノール成分における炭素同位体比δ
13Cであるδ
13C
ethと、前記グルコース成分における炭素同位体比δ
13Cであるδ
13C
gluを安定同位体比質量分析計(IRMS)によって測定する同位体比測定工程と、
を具備し、
δ
13C
ethとδ
13C
gluに基づいて、前記
日本酒の種類を識別することを特徴とする
日本酒の識別方法。
【請求項2】
識別される前記
日本酒の種類は、純米酒、吟醸酒、普通酒の3種であることを特徴とする請求項1に記載の
日本酒の識別方法。
【請求項3】
前記
日本酒が吟醸酒又は普通酒であると認識された場合において、醸造アルコールの添加量をδ
13C
ethの値に基づいて算出することを特徴とする請求項2に記載の
日本酒の識別方法。
【請求項4】
前記
日本酒が普通酒であると認識された場合において、糖類の添加量をδ
13C
gluの値に基づいて算出することを特徴とする請求項2又は3に記載の
日本酒の識別方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酒(日本酒等)の識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品の識別を食品に含まれる軽元素(炭素、窒素、酸素、水素等)の安定同位体比率を用いて行う技術は、例えば非特許文献1に記載されている。ここでは、植物は光合成の方式の違いによりC3植物(米、麦、芋等)、C4植物(サトウキビ、トウモロコシ等)、CAM植物(サボテン、パイナップル等)に分類でき、それぞれにおける重い炭素(13C)の取り込みやすさの違いに起因して、炭素の同位体比(13C/12C)が異なることが用いられる。焼酎におけるアルコールの原料となる植物はC3植物、C4植物であるため、焼酎の種類によって、含まれるアルコール中の炭素における同位体比は異なり、この同位体比を、焼酎の種類の識別の指標として用いることができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】伊豆英恵、橋口知一、堀井幸江、須藤茂俊、松丸克己、「本格焼酎市販品の安定同位体比分析」、BUNSEKI KAGAKU、第61巻、第7号、643頁(2012年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
日本酒は伝統的なアルコール飲料であり、その中には、原料を米、米麹、水のみとした純米酒、上記の原料に加えてサトウキビ等を原料とする醸造アルコールが添加された吟醸酒、更にこれに糖類、有機酸が添加された普通酒がある。このうち、純米酒は最も高価であるため、偽装品の対象となりやすく、この偽装品においては、本来は添加されない醸造アルコール等が添加されている。このため、特に日本酒を高精度で識別することができる技術が求められた。
【0005】
この場合において、米はC3植物、醸造アルコールの原料となるサトウキビはC4植物であるため、非特許文献1に記載されたような、アルコール中の炭素の同位体比をこの識別の指標として用いることができる。しかしながら、この場合における識別の精度は充分ではなく、更なる高精度の識別方法が求められた。
【0006】
このため、C3植物を原料とした酒の識別を高精度で行う技術が求められた。
【0007】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明の酒の識別方法は、C3植物を原料として製造される酒の識別方法であって、前記酒から生成された試料から、液体クロマトグラフ(LC)によってエタノール成分とグルコース成分を分離する分離工程と、前記エタノール成分における炭素同位体比δ13Cであるδ13Cethと、前記グルコース成分における炭素同位体比δ13Cであるδ13Cgluを安定同位体比質量分析計(IRMS)によって測定する同位体比測定工程と、を具備し、δ13Cethとδ13Cgluに基づいて、前記酒の種類を識別することを特徴とする。
本発明の酒の識別方法において、前記酒は日本酒であり、識別される前記酒の種類は、純米酒、吟醸酒、普通酒の3種であることを特徴とする。
本発明の酒の識別方法は、前記酒が吟醸酒又は普通酒であると認識された場合において、醸造アルコールの添加量をδ13Cethの値に基づいて算出することを特徴とする。
本発明の酒の識別方法は、前記酒が普通酒であると認識された場合において、糖類の添加量をδ13Cgluの値に基づいて算出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明は以上のように構成されているので、C3植物を原料とした酒の識別を高精度で行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】分離工程において得られたクロマトグラムの例である。
【
図2】3種類の日本酒について測定されたδ
13C
bulk、δ
13C
eth、δ
13C
glu、及びこれらの差分を示す表である。
【
図3】試料におけるδ
13C
bulkとδ
13C
ethの相関(a)、δ
13C
bulkとδ
13C
gluの相関(b)を示す図である。
【
図4】試料におけるδ
13C
ethとδ
13C
gluの相関を示す図である。
【
図5】δ
13C
ethとδ
13C
gluの醸造アルコール添加量依存性を測定した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の実施の形態に係る酒(日本酒)の識別方法について説明する。この識別方法においても、非特許文献1に記載の技術と同様に炭素の同位体比が測定されるが、非特許文献1に記載の技術においては焼酎の中における炭素同位体比が測定されたのに対し、この識別方法においては日本酒中の特定成分(化合物)中における炭素同位体比が測定される。
【0012】
この識別方法においては、川島洋人、「安定同位体比を用いた食品の産地識別と偽和判定の研究動向」、Journal of the Mass Spectrometry Society of Japan、第67巻、第2号(2019年)に記載されたLC(液体クロマトグラフ)/IRMS(同位体分析)が用いられる。このため、この識別方法においても、液体クロマトグラフによって分離された物質(化合物)に対して、同位体分析が行われる。ここで同位体分析によって算出されるのは炭素の同位体比δ13Cである。ここで、試料におけるδ13Cは、「((試料における13C/12Cの同位体比)/(国際標準化物質における13C/12Cの同位体比)-1)×1000(‰:パーミル)」で定義される。
【0013】
ここで、識別対象となる日本酒は、純米酒、吟醸酒、普通酒の3種類に大別される。純米酒は、原料を米、米麹、水のみとした日本酒であり、吟醸酒はこれに醸造アルコール(サトウキビ原料)のみが添加されたものであり、普通酒はこれに更に糖類、有機酸が添加されたものである。T.E.Cerling、J.M.Harris、B.J.MacFadden、M.G.Leakey、J.Quade、V.Eisenmann and J.R.Ehleringer、「Global Vegetation Change Through the Miocene/Pliocene Boundary」、Nature、Vol.389、p153(1997)に記載されるように、C3植物である米におけるδ13Cは-30~-22‰程度であり、C4植物であるサトウキビにおけるδ13Cは-14~-10‰程度であり、後者の方が13C比率が高い。このため、δ13Cをこれらの識別のための指標の一つとすることができる。
【0014】
この識別方法においては、液体クロマトグラフによって、試料(日本酒)において上記のδ13Cの測定の対象となる2種類の化合物が液体クロマトグラフによって分離される(分離工程)。ここで分離されるのは、エタノール(Ethanol)とグルコース(Glucose)の2つである。その後、このエタノールとグルコースに対してそれぞれ前記のδ13Cが測定される(同位体比測定工程)。
【0015】
この場合の実際の測定結果について以下に説明する。ここで用いられたLC/IRMSの装置構成は、H.Kawashima、M.Suto and N.Suto、「Determination of Carbon Isotope Ratios for Honey Samples by Means of a Liquid Chromatgraphy/Isotope Ratio Mass Spectroscopy System Coupled with a Post-Column Pump]、Rapid Communications in Mass Spectrometry、Vol.32、p1271(2018)に記載されている。
【0016】
まず、試料からエタノールとグルコースを分離するための液体クロマトグラフ(分離工程)について説明する。ここでは、配位子交換カラム(製品名Sugar Pak1、Waters社製)が用いられ、試料が混合される溶出剤は超純水とされ、脱気処理が行われ、カラム流量は0.5ml/min、ポストカラム流量は0.3ml/minとされ、カラム温度は80℃とされた。
【0017】
図1は、この場合におけるクロマトグラムを示す。ここで、初めにみられる5つのパルスは校正用のCO
2ガスに対応し、その後でグルコース、エタノールが明確に分離されて見られる。このため、上記の条件では1000sec以内の範囲で、測定対象となるグルコースとエタノールの分離ができることが確認できる。
【0018】
その後、これによって分離されグルコースとエタノールは、それぞれ酸化剤となるペルオキソ二硫酸ナトリウム、緩衝液となるリン酸と混合された後に、99℃に加熱されることによって燃焼してCO2が生成される。このCO2が膜分離によってHeと混合されて、安定同位体比質量分析計(IRMS)によって炭素の同位体(13C、12C)分析が行われた(同位体比測定工程)。なお、この場合には試料から分離されたグルコースとエタノールによって生成されたCO2が炭素同位体分析の対象となるが、その他に、カラムを経由せず分離処理が行われない試料に対しても上記と同様の処理が行われ、同様に燃焼によって生成されたCO2に対しても、同様の測定が行われた。
【0019】
上記のように、純米酒(計13種)、吟醸酒(計15種)、普通種(計12種)の計40種の各々について上記の測定を行い、分離処理の行われない場合、分離されたグルコース、分離されたエタノールの3種類についてδ13Cをそれぞれ測定し、以下では、これらの測定結果をそれぞれδ13Cbulk、δ13Cglu、δ13Cethとする。
【0020】
図2は、各試料におけるこれらのδ
13Cの平均値、差分を示す表である。また、
図3は、全ての試料における、δ
13C
bulkとδ
13C
ethの関係(a)、δ
13C
bulkとδ
13C
gluの関係(b)をそれぞれ示す。
【0021】
図3より、δ
13C
bulkとδ
13C
eth(
図3(a))に強い正の相関関係があり、δ
13C
bulkとδ
13C
glu(
図3(b))においては特に明確な相関関係は認められない。
【0022】
一方、
図4は、各試料におけるδ
13C
ethとδ
13C
gluの相関関係を示す図である。この図においては、2次元の領域として、δ
13C
eth≦-26.3‰かつδ
13C
glu<-21.9‰である領域A、δ
13C
eth>-26.3‰かつδ
13C
glu<-21.9‰である領域B、δ
13C
eth>-26.3‰かつδ
13C
glu≧-21.9‰である領域Cが定義できる。ここで、点線で囲まれた普通酒の4種は、糖類が添加された普通酒であり、これら以外の普通酒には、糖類が添加されていない。
【0023】
このため、
図4において、純米酒は領域A内にあり、醸造アルコールが添加された吟醸酒、及び醸造アルコールが添加され、かつ糖類が添加されない普通酒は領域B内にあり、糖類が添加された普通酒は領域C内にある。このような識別を、測定されたδ
13C
ethとδ
13C
gluの相関関係によって行うことができる。この際、
図4において、点線で囲まれた普通酒の4種と、これら以外の普通酒においては、δ
13C
gluが大きく異なるのに対し、δ
13C
ethは同等である。このため、δ
13C
gluは糖類の添加によって大きく上昇し、δ
13C
ethは糖類の添加によって影響を受けない。
【0024】
また、純米酒(δ
13C
eth=-28.4±0.1‰、δ
13C
glu=-27.5±0.4‰)に対する醸造アルコールの添加量を変えて、δ
13C
ethとδ
13C
gluを測定した結果を
図5に示す。横軸xは、添加された醸造アルコールのアルコールの全体の量に対する比率(%)である。この結果より、δ
13C
gluは醸造アルコール添加量には依存せず略一定であるのに対して、δ
13C
ethは醸造アルコール添加量に対して直線的に変化し、この特性は、y(δ
13C
eth:単位‰)=0.149×x-28.405と近似できる。このため、この関係式から、δ
13C
ethを用いて醸造アルコールの添加量を算出することができる。
【0025】
また、普通酒において、δ13Cethにおける糖類の添加量の依存性は小さく、δ13Cgluにおける糖類の添加量依存性が大きいため、同様に、普通酒においては、δ13Cgluを用いて糖類の添加量を算出することもできる。
【0026】
このような醸造アルコール添加量とδ13Cethの関係、糖類添加量とδ13Cgluの関係は、これらが添加されない場合の酒(純米酒に対応)のδ13Ceth、δ13Cgluの値等に応じ、予め実験によって求めることができる。
【0027】
上記の例では、識別の対象が米を原料とする日本酒であったが、他のC3植物を原料とした場合においても、上記の識別方法を同様に適用できることは明らかである。また、上記の例では、分離工程において共通の試料からエタノール成分とグルコース成分を分離するために液体クロマトグラムが用いられたが、同様にこれらが分離できる限りにおいて、他の方法を用いてもよい。