(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-02
(45)【発行日】2024-09-10
(54)【発明の名称】硫化水素化合物
(51)【国際特許分類】
A61K 33/04 20060101AFI20240903BHJP
A61K 31/095 20060101ALI20240903BHJP
A61K 31/105 20060101ALI20240903BHJP
A61K 31/196 20060101ALI20240903BHJP
A61K 31/197 20060101ALI20240903BHJP
A61K 31/675 20060101ALI20240903BHJP
A61P 15/06 20060101ALI20240903BHJP
G01N 33/49 20060101ALI20240903BHJP
【FI】
A61K33/04
A61K31/095
A61K31/105
A61K31/196
A61K31/197
A61K31/675 ZNA
A61P15/06
G01N33/49 Z
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2020032315
(22)【出願日】2020-02-27
(62)【分割の表示】P 2015559562の分割
【原出願日】2014-03-03
【審査請求日】2020-03-30
【審判番号】
【審判請求日】2022-08-05
(32)【優先日】2013-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(73)【特許権者】
【識別番号】522315208
【氏名又は名称】ミルザイム セラピューティクス リミティド
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100092624
【氏名又は名称】鶴田 準一
(74)【代理人】
【識別番号】100114018
【氏名又は名称】南山 知広
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100108903
【氏名又は名称】中村 和広
(72)【発明者】
【氏名】アシフ アメド
(72)【発明者】
【氏名】ケーチーン ワン
【合議体】
【審判長】前田 佳与子
【審判官】井上 千弥子
【審判官】田中 耕一郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/161436(WO,A1)
【文献】特開2006-151861(JP,A)
【文献】PLoS One,2012年,Vol.7,No.9,e46278
【文献】Placenta,2012年,Vol.33,No.6,pp.487-494
【文献】The American journal of pathology,2013年2月,Vol.182,No.4,pp.1448-1458
【文献】Am.J.Physiol.Regul.Integr.Comp.Physiol.,2011年,Vol.301,pp.R297-R312
【文献】Antioxidants&Redox Signaling,2012年,Vol.17,No.1,pp.119-140
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K31/00-33/44
CAplus/WPIDS(STN)
MEDLINE/BIOSIS/EMBASE(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
子癇前症(PE)、又はCSE/H
2S経路の異常調節若しくは血管新生の欠損に起因する胎児発育不全の治療のための、妊娠被験体においてH
2Sを供与する化合物を含む医薬組成物。
【請求項2】
前記H
2Sを供与する化合物が、ACS86、DATS(ジアリルトリスルフィド)、スルファン硫黄、チオシステイン、GSH ハイドロペルスルフィド、SG1002、ACS6、TBZ及び4-ヒドロキシフェニルイソチオシアネート、チオグリシン
、1-チオバリン又はその塩
である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の医薬組成物を用いた治療を行う前の被験体の血液、血清又は血漿のサンプルのH
2Sの量を測定すること、及び、治療後に採取されたサンプル中のH
2Sの量と比較すること、を含む、子癇前症、又は、CSE/H
2S経路の異常調節若しくは血管新生の欠損に起因する胎児発育障害の治療を監視するための方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、子癇前症又は胎児発育障害を治療する方法、及び、その治療を監視する方法に関するものであって、硫化水素(H2S)の産物が産生され、又は刺激し、又は提供される。
【背景技術】
【0002】
気体状のシグナル分子、硫化水素(H2S)は、血管拡張を促進し1、脈管構造2における血管新生を刺激する。H2Sは抗炎症の特性があり3、また、致命的な低酸素状態又は再灌流障害によって誘導される細胞障害に対しても細胞保護的である4,5。シスタチオニンγーリアーゼ(CSE)は、H2Sの内在性の産生を担当する主要な酵素である6。CSE阻害剤 DL-プロパルギルグリシン(PAG)の長期的な投与は、ラットにおいて血圧の上昇と血管再構築を導き7、肺高血圧ラットにおいてCSEとH2Sの両方のレベルが減少する8。CSEに遺伝的欠損があるマウスは、年齢依存的高血圧、重度高ホモシステイン血症及び内皮機能障害を発症する9。明らかに、H2Sは、健康と疾患に関して多様な役割を有しているが10,11、妊娠が誘導する高血圧において、その役割は知られていない。
【0003】
子癇前症は、全妊娠者の4~7%に影響を与える高血圧症候群であり、世界中の母体及び胎児の罹患率と死亡率の主要な要因である12。それは、タンパク尿及び非タンパク尿子癇前症として分類される。タンパク尿子癇前症の女性は、妊娠20週後に高血圧やタンパク尿等の典型的な症状を示す一方、非タンパク尿子癇前症の女性は、高血圧と肝臓疾患を罹患する可能性が高い。妊娠の高血圧と比較して、これらの女性のグループは、子宮内胎児発育遅延(IUGR)を有している可能性が高い13。子癇前症の正確な病因は知られていないが、異常胎盤14,15及び血管新生因子の不均衡16,17に高い関連性がある。重要なことに、血管内皮細胞成長因子(VEGF)及び胎盤成長因子(PlGF)の内在性阻害因子である可溶性Flt-1(sFlt-1)、並びにトランスフォーミング増殖因子β1(TGF-β1)コレセプター エンドグリン(Endoglin)の切断された産物である可溶性エンドグリン(sEng)の循環レベルは、子癇前症の臨床症状の発症の数週間前に上昇し18,19、一方でPlGFは、実質的に症状を発症した妊娠女性の最初の妊娠三半期(trimester)に減少する20-26。内皮機能障害と共に、これらは、重篤な子癇前症の生化学的特徴となっている。いくつかの研究では、妊娠におけるCSE/H2Sの機能が調べられている。近年、Patelらは、シスタチオニンβ-シンターゼ及びCSEの両者が、ヒト子宮内組織及び胎盤に存在することを証明した27、28。胎盤が高度に血管を有する臓器であれば、発明者らは、CSE/H2S経路の異常調節が、胎盤の奇形及び子癇前症様状態に貢献する可能性があると信じている。
【発明の概要】
【0004】
発明者らは、今、母親の血漿H2Sレベルと、胎盤のCSE発現が、妊娠齢を一致させたコントロールと比較して、子癇前症を併発した妊娠において、減少することを証明している。子癇前症における循環しているH2Sの減少の証拠が提供され、それは、内在性H2Sの生成を担当する鍵となる酵素、胎盤CSEの下方制御を伴っている。妊娠最初の三半期(8~12週)由来、エクスビボ(ex vivo)の胎盤移植片のCSE活性の阻害は、胎盤成長因子(PlGF)産生の著しく減少し、インビトロ(in vitro)での栄養芽細胞(trophoblast)の侵入が阻害される。妊娠マウスにおけるCSEの阻害は、CSE阻害による損なわれた胎児成長を回復させ、循環しているsFlt-1とsEngレベルの上昇を阻害する、H2Sを産生する化合物、GYY4137の遅い放出等のような、H2S産生の阻害により、高血圧を誘導し、sFlt-1及びsEngのレベルを増加させ、そして胎盤の異常形成を引き起こす。これらの発見は、機能が損なわれたCSE/H2S経路は、子癇前症の病因に寄与することを示している。
【0005】
本発明は、子癇前症(PE)又は胎児発育不全(FGR若しくは子宮内胎児発育不全)の治療に使用するための、硫化水素(H2S)、妊娠被験体においてH2Sを生成する化合物若しくはH2S産生を刺激する能力がある化合物を提供する。
【0006】
本発明は、また、子癇前症(PE)又はFGRを治療する方法を提供するものであって、妊娠試験体に対し、薬学的に有効な量のH2S、被験体においてH2Sを生成する化合物若しくはH2S産生を誘導する能力がある化合物を投与することを含む。
【0007】
H2Sの添加は、例えば、血管新生を促進することを示し、結果として、胎児に対する血液供給の回復をもたらす。
【0008】
これも、例えば、早期分娩もまた治療されうることを意味している。
【0009】
上述の子癇前症は、高血圧症候群であって、胎児の罹患率(morbidity)の主要な要因である。加えて、胎児は、妊娠で誘発する高血圧により胎児発育が損なわれうる。この「胎児発育障害」は、低体重児及び後の合併症リスクが上昇した新生児を生み出す。
【0010】
被験体は、一般的には、哺乳類であって、とりわけヒトである。
【0011】
H2Sは、例えば、気体、又はキャリア溶媒中のような、液体として、投与されてもよい。
【0012】
自然発生するH2Sを供与する化合物が知られている。これらは、ジアリルジスルフィド及びジアリルトリスルフィドへと分解するニンニク由来のアリシンを含む。スルフォラファンはブロッコリーから産生され、エルシンは、ロケット(Eruca Sativa)より見出される。これらは、例えば、錠剤又はカプセルの形状として、経口的に提供されてもよい。
【0013】
多くの合成H2S化合物が知られている。これらは、カイマンケミカル社のGYY4137(モルフォリン-4-イウム 4 メトキシフェニル(モルフォリノ)フォスフィノジチオレート)を含む。これは、以前、腹腔内注射(ip)又は静脈内注射(iv)によってH2S活性を研究するためのラットスタディにおいて使用されている。ローソン試薬(Lawesson’s reagent)が、他のH2S供与体である。
【0014】
SG1002(スルファ ジェニックス インク)もまた、H2Sを産生する化合物であり、使用されても良い。米国特許8,361,514Bも参照すること。
【0015】
アネトールトリチオンもまた共通に使用されるH2S供与体である。緩衝液中の硫化ナトリウム(IK-1001としてイカリアによって製造される)は、再灌流/障害のための臨床試験で使用されている。他のH2Sを産生する化合物は、Bannenberg G.L. 及び Viera HLA (Expert Opin. Ther. Patents (2009) 19(5) 663-682)にて開示される。
【0016】
他の化合物は、化合物ADT-OH、TBZ及び4-ヒドロキシフェニルイソチオシアネートを含む、Predmore B.L.らによる論文(Antioxidants and Redox Signalling (2012) 17 (1) 119-140)において開示される。
【0017】
化合物は、ACS-14、ACS83、ACS 84、ACS 85、ACS 86(Lee M, J. Biol Chem (2010) 285, 17318-17328)、)、 DATS (ジアリルトリスルフィド)、S-ジクロフェナック、スルファン硫黄(sulfane sulphur)、チオシステイン、GSH ハイドロペルサルファイド(hydropersulphide)、 GYY4137、SG1002、シルデナフィルのH2Sを供与する誘導体(H2S-donating derivative of sildenafil)(ACS6-Sparatore Aら、Expert Rev, Clin. Pharmacol (2011) 4, 109-121)、ADT-OH、TBZ及び4-ヒドロキシフェニルイソチオシアネート、チオグリシン、1-チオリシン、1-チオバリン若しくはその塩であってもよい。
【0018】
他の関係する化合物は、H2S-ラタノプロスト、H2S-シルデナフィル、H2S-サルタン又はH2S-L-DOPA及びこれらの任意の誘導体を含む。
【0019】
あるいは、H2Sの産生は、例えば、CSE産生を誘導すること、又は生体中においてH2Sを産生する他の酵素を誘導することによって、生体中で誘導されてもよい。例えば、シンバスタチン又はプラバスタチン等のスタチンが、CSE産生を上方制御することが見出されている。
【0020】
化合物は、ip、iv、経口、例えばペッサリーとして子宮内に、又は筋肉内、を含む任意の最適な方法によって導入されても良い。それらは、1又は数個の薬学的に受容できる担体又は賦刑剤とともに投与されてもよい。一般的な投与量は、10mmol/kg~0.01mol/kg、一般的には10mmol/kg~0.1mmol/kgであってもよい。
【0021】
H2S若しくは上述の化合物で治療する前の被験体の血液、血清又は血漿のサンプル中のH2Sの量を測定すること、及び、治療後に採集されたサンプル中の量に対してそれを比較すること、を含む、子癇前症又は胎児発育障害の治療を監視する方法。早産治療も同様に監視されうる。
【0022】
これは、H2Sの至適レベルが提供されることを確実にするために、被験体となるべき生体中のH2Sの量を許容する。検出されるH2Sの量は、例えば、後述されるアッセイ方法等のような一般的に本技術で知られている方法によって検出されてもよい。
【0023】
被験体は、上述の化合物、又は代わりに、抗-胎児発育障害化合物として、他の関連しない抗-PEを用いて治療されていてもよい。
【0024】
本発明は、以下の図に関して、単に例として記載される;
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】子癇前症におけるCSE発現及びH
2Sレベル。
【
図2】ヒト第一三半期胎盤からの血管新生因子放出におけるCSE阻害効果。
【
図3】CSEは、内皮細胞におけるsFlt-1及びsEngの放出を調節する。
【
図4】H
2Sは、in vitro管腔形成の子癇前症血漿誘導阻害を回復する。
【
図5】CSEの阻害は、内在性の循環しているH
2Sを減少し、妊娠マウスにおいて高血圧及び異常胎盤血管新生を促進する。
【
図6】H
2S産生化合物、GYY4133は、妊娠マウスにおいて、胎児発育を回復し、CSE阻害によって誘導されたsFlt-1及びsEngを阻害する。
【
図8】H
2S供与体は、妊娠マウスにおいて胎盤血管新生を回復する。
【発明を実施するための形態】
【0026】
材料と方法
胎盤組織採取及び準備
機関の倫理委員会は、血液及び組織の採取を承認して、書面でのインフォームドコンセントが得られた。我々は、低・高リスククリニック、分娩、出産ユニットにおいて募った、単生児を妊娠した女性由来の血液サンプルを解析した。全ての女性は、登録から出産まで、将来を見越して追跡された。ヒト胎盤組織は、子癇前症を併発した妊娠、及び選択的帝王切開によって出産した非併発妊娠より採取された。胎盤組織のサンプルは、RNA抽出のために処理され、同じ患者由来の母親の血漿(n=14 PE 及びn=14 コントロール)は解析のために使用された。他の患者の胎盤のセットから(n=5 PE 及びn=5 コントロール)、免疫組織化学の調査のために採取された。子癇前症とは、少なくとも2回の連続する測定において>140/90mmHgの血圧、及び、母親のタンパク尿が、少なくとも300mg/24時間であるものと定義された。第一三半期の胎盤組織(6-9週妊娠期間)は、選択的な中絶を経験した正常妊娠から回収された。以前記載されたように29、絨毛外植片が準備された。簡潔に述べると、ヒト胎盤絨毛外植片は、PAG有り又は無しで24時間インキュベートされ、回収されて、sFlt-1又はsEng及びPIGFが解析される溶液が調節された。
【0027】
動物実験手順
8~10週齢のC57/black6マウスを交配させた。妊娠の初日(E0.5)は、次の朝の膣栓の存在によって定義された。妊娠マウスは、ランダムに4つのグループに割り当てられた:(i)生理食塩水(溶媒コントロール)、(ii)25mg/kg DL-プロパルギルグリシン(PAG;シグマ、プール、U.K.)、(iii)50mg/kg群PAG 及び(iv)0.25mg/kgの遅延放出H2S供与体のGYY4137(シグマ)及び50mg/kg PAG。マウスは、E8.5より、生理食塩水又はPAGが腹腔内(i.p.)に注射された。血圧は、尾部カフ-プレチスモグラフィー(tail cuff-plethysmography)によって測定された。マウスは、E4.5から隔日に測定するために訓練された。あるいは、マウスは、ケタミン/キシラジン カクテルによって麻酔をされた。頸動脈が単離され、圧力トランスデューダー(ミラー インストルメンツ社、ヒューストン、テキサス、USA)に結合された3-Fr高適合度マイクロチップカテーテルがカニューレ処理された。血圧は、記録されて、10分間が平均化された。E17.5において、血圧測定及び血液の採取後、該動物は犠牲死させられ、腎臓、肝臓、胎盤が採取された。吸収されていない胎児及び胎盤は、数えられて、重さを測定された。
【0028】
全ての実験は、エジンバラ大学倫理審査委員会によって承認された手順を使用して、英国動物(科学的手順)法、1986年、に従って実施された。
【0029】
組織病理学
腎臓、肝臓及び胎盤は、4%パラホルムアルデヒドにて24時間浸漬固定されて、パラフィン処理された。一連の5μm切片でカットされ、ヘマトキシリン及びエオジン(H&E)染色の処理がされた。
【0030】
細胞培養
ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)は、以前の記載と同様に30、単離され、培養された。実験は、HUVECの第三継代又は第四継代で実施された。
【0031】
RNA干渉
ヒトCSE発現を抑制するために、発明者らは、エレクトロポレーション(ヌクレオフェクター、アマクサ)を用いて、低分子干渉RNA(siRNA)二本鎖のトランスフェクションを実施した。コントロール及びCSE siRNAは、ユーロジェンテック社(ケルン、ドイツ)によって合成された。HUVECにおけるCSEのノックダウンは、ウエスタンブロット法を用いて確認された。
【0032】
アデノウイルス遺伝子移転
以前の記載と同様に31、ヒトCSEをコードした遺伝子組み換え、複製欠損アデノウイルス(AdCSE)及び空ベクター(AdEV)は、CsCl勾配にて精製され、力価が測定され、使用直前までウイルス保存緩衝液中にて-80℃にて保存された。AdCSEに対する最適な感染多重度(multiplicity of infection)は、ウサギ抗CSE抗体(アバカム社)を用いたウエスタンブロット法にて、20IFU/細胞となるように決定された。AdEVが感染したHUVECは、ネガティブコントロールとして使用された。
【0033】
酵素結合免疫測定法
ヒト若しくはマウス可溶性Flt-1、可溶性エンドグリン、及びPlGFに対する酵素結合免疫測定法(ELISA)キットは、R&Dシステムズ社より入手され、メーカーの手順書に従って実施された。
【0034】
免疫組織化学
ホルムアルデヒド固定、パラフィン包埋されたヒト若しくはマウス胎盤組織の一連の3-5μm切片は、以前の記載と同様に29、免疫組織化学のために準備された。ビオチン標識イソレクチンB4、抗CSE(5mg/mL)及びアイソタイプコントロールが使用された。染色したものは、ニコン倒立顕微鏡及びイメージプロプラスイメージ解析ソフトウエア(メディア サイバーネティクス)を用いて解析された。
【0035】
リアルタイムポリメラーゼ鎖反応(PCR)
サンプル準備及びリアルタイム定量PCRは、以前の記載と同様に30、実施された。簡潔に述べると、TRIzol及びDNase-1消化/精製 RNAeasy カラム(キアゲン)を使用して胎盤組織よりmRNAを抽出し、cDNA合成キット(プロメガ)を用いて逆転写された。三つ組のcDNAサンプルとスタンダードは、CSE特異的プライマー(GCC-CAG-TTC-CGT-GAA-TCT-AA; CAT-GCT-GAA-GAG-TGC-CCT-TA)又はβ-アクチン特異的プライマーを用いてSYBRグリーンを含むSensiMix(クアンタス)で増幅された。CSEに対する平均閾値サイクル(CT)は、β-アクチンで規準化され、コントロールに対する相対として表現された。
【0036】
インビトロ血管新生アッセイ
成長因子が除去されたマトリゲル(ベクトンディッキンソン、ベッドフォード、MA)上でのHUVECによる毛細血管様構造の自発的な形成は、血管新生の能力を評価するために使用された。HUVECは、H2S供与体(NaHS)の有り若しくは無しで、子癇前症を合併した妊娠及び合併していない妊娠から採取された血漿サンプルとともに処理され、37℃で24時間インキュベートされた。メーカーの説明書に従い、マトリゲル(10mg/mL)で96ウェルプレートがコートされた。6時間のインキュベート後、細胞は、ニコン倒立顕微鏡にて観察され、実験結果は、イメージプロ-プラスイメージ解析ソフトウェア(メディア サイバーネティクス)を用いて記録された。
【0037】
血漿中のH2Sの測定
クエン酸塩添加血は、発症無しの妊婦(n=14)及び子癇前症発症妊婦(n=14)から得られ、また、妊娠中絶前の妊娠マウスから得られた。H2Sレベルは、以前記載されたものに改変したもので32測定した。簡潔に述べると、75μLの血漿に、1%(w/v)酢酸亜鉛及び425μL水とを混ぜ、続いて、タンパク質を除去するために、250mLの50%トリクロロ酢酸を加えた。その後、7.2mM HCl中の20mM N-ジメチル-p-フェニレンジアミン硫酸塩 133μL及び、1.2mM HCl中の30μM FeCl3 133μLが混合物へと添加された。室温にて10分間インキュベートされた後、反応混合物は10,000gにて遠心分離によって沈殿された(2分間)。得られた溶液の吸光度は、96ウェルプレートにて、分光光度計を用いて670nmで測定された。溶液中のH2Sの濃度は、硫化水素ナトリウムの検量曲線に対して算出された。
【0038】
統計解析
データは、平均±SEMとして表現される。平均間の違いの有意差は、非パラメトリック マン ホイットニー t-テストによって検定された。臨床サンプルにおける変化の統計解析のために、一元配置分散分析(one-way ANOVA)が使用され、続いて、適切な方法で、ステューデント-ニューマン-クールズテストが行われた。治療について知らないオブザーバーが当該解析を実施した。統計学的有意差は、p<0.05と位置づけられた。
【0039】
結果
胎盤CSE発現は、子癇前症において減少する。
CSE/H
2S活性が、子癇前症において変化するかどうかを調べるために、妊娠週齢を合わせたコントロール妊婦及び、子癇前症を合併した妊婦由来の血漿において、H
2Sが測定された。母親の血漿H
2Sレベルは、コントロール群と比較して、子癇前症において、有意に減少した(
図1A)。定量的リアルタイムPCRは、子癇前症の胎盤において、CSEのmRNA発現が有意に減少することを示し(
図1B)、免疫組織化学染色が、これらのサンプルにおいてCSEの免疫反応性は劇的に減少することを確認し(
図1Civ)、これは、胎盤CSEレベルの変化が母親の循環するH
2Sレベルに影響を与えることを示唆している。CSEの発現は、絨毛膜絨毛の中心内の栄養芽細胞、内皮細胞及び間葉系細胞にて位置する。後者は、間葉系の起源であるホフバウアー細胞の可能性がある(
図1Ciii)。本研究の患者の臨床的な特徴は、表1に記載される。
【0040】
CSE活性の阻害は、胎盤外植片におけるPlGF放出を減少する。
胎盤で産生される血管新生因子は、胎盤の血管発生を調節において重要である
33。胎盤によって産生されるプロ-及び抗-血管新生因子の不均衡
29は、子癇前症において広がっている母性の内皮細胞機能障害の説明になるかもしれない
34。減少したCSEレベルが胎盤血管新生因子の産生に影響を与えるかどうかを調べるために、24時間CSE阻害剤であるPAGの増加する濃度の存在の下で、第一三半期のヒト胎盤外植片から調整した溶液において、sFlt-1、sEng及びPlGFレベルを測定した。CSE活性の阻害によって、sFlt-1及びsEngのレベルは変化しない一方、PlGF産生は、有意に減少した(
図2)。これは、内在性のH
2Sの減少は、胎盤のsFlt-1/PlGF比率を変える可能性を示唆しており、それが、子癇前症の病因であることを暗に示している
18,29。加えて、第一三半期の栄養芽細胞(HTR-8/SVneo)をCSE特異的阻害剤PAG(50μM)とインキュベートしたとき、溶媒コントロールと比較して、細胞侵入における有意な減少(p<0.01)が観察され(補充
図S1A及びS1B)、CSE活性の欠損は、正常な妊娠を確立するために必須の胎盤灌流に影響を与える可能性があることを示唆している。
【0041】
CSEは内皮細胞においてsFlt-1及びsEngの放出を調節する
子癇前症の患者において、胎盤は、sFlt-1及びsEng放出の主な源泉であると考えられているが、いくつかの研究は、出産後平均18ヶ月の子癇前症を罹患していない女性と比較して、子癇前症の既往歴を有する女性において、sFlt-1のレベルがより高く維持されていることを示しており
35,36、これは、他の血管新生環境が、そのプロセスに関わっていることを示唆している。CSEが、内皮細胞においてsFlt-1及びsEng放出に影響を与えるかどうかを調べるために、HUVECのCSE発現を、siRNA又はアデノウイルスにて調整した。CSEの下方制御は、sFlt-1及びsEng両方の放出を上昇し(
図3A、3B)、一方でCSEの過剰発現は、HUVECによるsFlt-1及びsEngの放出を阻害した(
図3C、3D)。これらのデータは、CSE活性の欠損が、子癇前症の病因に寄与しうるコンセプトをさらに支持する。
【0042】
H
2Sは、子癇前症の血漿が誘導するインビトロ管形成阻害を一部回復させる
子癇前症の胎盤から産生される過剰なsFlt-1は、インビトロでの内皮細胞管腔形成を阻害し、子癇前症サンプル由来のsFlt-1の除去は血管新生を回復することが証明されている
29。H
2Sが子癇前症の抗血管新生効果を逆行することができるかどうか評価するために、正常血圧又は子癇前症の女性由来の血漿を、H
2S供与体の NaHS 100mM存在下の成長因子除去マトリゲル上で生育したHUVECに添加して、インビトロ管腔形成アッセイを実施した。以前の発見と一致して、子癇前症の血漿は、正常コントロール血清と比較して、毛細血管ネットワーク形成を阻害した(
図4)。さらに重要なことに、H
2Sの供与体であるNaHSは、管腔様構造を形成するためのHUVECの能力を一部回復した(
図4A、4B)。
【0043】
内在性H
2Sの遮断は、妊娠マウスにおいて高血圧及び異常胎盤血管新生を引き起こす。
発明者らは、インビボにおいてCSEの阻害は、妊娠マウスにおいて子癇前症様の症候群を引き起こすと予測した。妊娠C57Bl6/Jマウスの3つの群(5~8/群)は、E8.5からE16.5まで、溶媒又は25mg/kg PAG又は50mg/kg PAGで毎日処理された。処理8日後、それぞれの処理群の全ての動物から血漿をプールし、プールしたH
2Sのレベルを測定した。PAGは、投与量依存的に循環しているH
2Sレベルの減少を引き起こした。投与量が高いものは、血漿H
2Sレベルを約50%減少した(
図5A)。これらのデータとは反対に、発明らは、高いPAG投与量処理群において平均血圧が、溶媒コントロールと比較して有意に高いことを見いだした(74.40±4.61 及び 64.74±2.04)(表2)。タンパク尿のような腎臓の病理上の変化は、発明者らのPAG処理動物において認められなかったが(表2)、循環している肝臓酵素アスパルギン酸トランスアミナーゼ(AST)のレベルの上昇によって示される肝障害が、PAG処理動物において見出された(表2)。これらのデータは、CSE活性の欠如が、非タンパク尿の子癇前症を引き起こしうることを示唆する。興味深いことに、PAG処理した妊娠マウスの全ての変化は、H
2Sを生成する化合物GYY4137(0.25mg/kg)処理のゆっくりとした放出によって抑制された(表2)。胎盤切片のブラインドの組織学解析は、ラビリンスゾーン(labyrinth zone)の母性血液領域(maternal blood space)が、溶媒コントロールよりも50mg/kg PAG処理動物の方がより大きく出現することを示した(
図5B)。ラビリンスゾーンは、栄養芽細胞及び中胚葉の起源の細胞から成り、一緒になって枝分かれ形態を経て、その結果、母親と胎児との間の栄養分及びガス交換のための広大な表面領域となる。母性血管領域は、栄養芽細胞が並んでいる。胎盤が発生する間、この領域は、連続的によりきれいに分かれるようになる
37,38。胎児内皮細胞を際立たせるたせるために、イソレクチンB4を使用して
39、発明者らは、溶媒処理及び50mg/kg PAG処理マウスのラビリンスゾーンの解剖学的な特徴を比較した。コントロールマウスにおいては、ラビリンスは、よく発達した分枝形態を有する組織化された胎児の導管のように観察された。反対に、PAG処理した動物の胎盤の胎児の脈管構造は、不規則な分枝形成が観察され(
図5C)、母性の脈管構造が拡張されているように見える。PAG処理動物由来の胎盤の形態より、胎盤の血管の欠損は、CSE活性の阻害によるものであると示唆される。この欠損も、H
2S供与体GYY4137処理によっても回復される(
図S2)。
【0044】
胎児の予後並びにsFlt-1及びsEng産生におけるCSE活性の阻害の効果
胎児の体重は、PAGの高い投与量を受けたマウスにおいて有意に減少した(
図6A)。これは、CSE活性の阻害によって誘導される胎盤血管欠損によって説明することができる。0.25mg/kgのGYY4137は、CSE阻害剤によって障害をうけた胎児の成長を回復させた。(
図6A)。さらに、GYY4137は、50mg/kg PAGで処理したマウスにおいて(
図5B及び5C)、CSE阻害が誘導されたsFlt-1及びsEngの血漿レベルを阻害する(
図6B及び6C)。血漿PlGFは、アッセイの検出感度未満であった。これらのデータは、CSE活性は母性の血管新生のバランスを変え、H
2Sは正常な血管新生状態を回復することを助けることができる。
【0045】
考察
CSE阻害剤の慢性的な投与は、ラットにおいて、H2Sの減少を誘導し、血圧を上昇させる7。このように、循環するH2Sレベルの減少は子癇前症における高血圧に寄与しうることはもっともらしい。本研究において、発明者らは、内在性H2Sの産生を担う鍵となる酵素の胎盤CSEの下方制御を伴う、循環しているH2Sの減少と、子癇前症とが関連しているという証拠を提供する。さらに、妊娠マウスにおいてCSEの阻害は、高血圧を誘導し、sFlt-1及びsEngのレベルを上昇させ、胎盤異常を引き起こす。これは、循環するsFlt-1及びsEngのレベルを阻害し、CSE阻害によって損なわれた胎児の成長を回復する、H2Sの産生化合物であるGYY4137のゆっくりと放出することのような、H2S産生の阻害を要因とする。これらの発見は、機能障害があるCSE/H2S経路が、子癇前症の病因に寄与しうることを示す。
【0046】
H2Sは、平滑筋の弛緩を引き起こすKATPチャネルを通して作用する血管弛緩性因子である1,40。CSEを遺伝的に欠損したマウスを使用した研究は、この酵素が、血管系及び末梢組織の両方において、H2Sの主要な源であることを証明した9。近年、CSE発現が、胎盤及び妊娠した子宮筋層において見いだされ、それは、子宮の収縮性において役割を果たしていることが示された27,28。本研究において、胎盤CSEレベルは、正常血圧コントロールと比較して、子癇前症患者において劇的に減少していた。近年の研究もまた、子癇前症胎盤のCSEにおいて、同様なパターンを示した41。これらの発見は、CSEの欠損は、循環するH2Sの減少を導くことを示唆する。
【0047】
血管新生の不均衡は、全身性炎症の子癇前症における主要な犯人として強調されている42,43。本研究では、CSEは、内皮細胞において、抗血管新生因子、sFlt-1及びsEngのネガティブ制御因子として見いだされ、CSEの異常調節は、子癇前症の既往歴がある女性において、継続する内皮細胞の機能不全と心血管系疾患のリスク上昇に寄与する可能性を示唆している。加えて、子癇前症におけるVEGFとPlGF活性の減少は、過剰なsFlt-1の結果と信じられている16,18。sFlt-1のレベルは、妊娠の第一三半期間中、健常コントロールと同等であるので、この理論は、その後子癇前症を発症する女性において、なぜPlGFの循環するレベルが妊娠初期において低いかを説明しない44。CSE阻害剤による内在性の胎盤H2S産生の阻害が、第一三半期の胎盤外植片におけるPlGFの産生を弱めるという発明者らの発見は、可能性のある説明と、テストすることに対する新しい仮説を提供する:つまり、初期妊娠におけるPlGFの減少は、H2Sを産生する酵素の欠損又は減少が原因である。さらに、CSE活性の阻害は、第一三半期の絨毛外の栄養芽細胞の侵入を消滅させ、CSE/H2S経路の調整不全は、胎盤のプロ-及び抗-血管新生因子の均衡を変えるだけで無く、母性のらせん動脈の再構築及び胎盤発生を調整不全にする可能性があることを示唆している。
【0048】
妊娠マウスにおいて、CSEの阻害は、内在性H2Sを減少し、これは、血圧の上昇、並びに、タンパク尿及び非タンパク尿の子癇前症と同様な症候群である糸球体内皮症等の腎臓の病理学的変化の無い肝障害を伴った。しかしながら、他の因子もまた、広範囲の子癇前症に関与していることも示唆される。子癇前症は、絨毛の量、表面領域の損傷並びに胎盤血管新生の減少を含む、胎盤奇形を強く伴っている14,45。PAG処理マウスでは、胎児のラビリンスは、分枝形態形成が損なわれることが示されており、これは、内在性のH2Sが胎盤発生に必要であることを示している。
【0049】
障害性の胎盤灌流、並びに、最適以下の酸素及び栄養の拡散は、変化したパターニング、分枝化及び肥大を有する不適当なラビリンス血管新生の結果として起こることが報告されている46。PAG処理によって損なわれた血圧、肝臓機能、及び胎児の体重は、H2S産生化合物、GYY4137のゆっくりとした放出によって回復され、CSE阻害剤の効果は、H2S産生の阻害に起因するものであることを証明している。これらの結果は、内在性のH2Sは、胎児の健康状態を支持するための健康的な胎盤血管新生に必要であることを暗示している。
【0050】
臨床的な展望
本研究は、CSE/H2S経路の異常調節は子癇前症と関連すること、及び、妊娠マウスにおけるCSE活性の阻害が、高血圧や障害のある胎児の結果を含んだ子癇前症のいくつかの特徴を生み出すことを示している。これらの発見は、H2Sが胎盤の脈管構造発生の重要な調整因子であるという考えを支持するもので有り、その欠損は、子癇前症や胎児の成長制限と関連するものと思われる。
【0051】
補足的方法
栄養芽細胞侵入アッセイ
ヒト外絨毛栄養芽細胞(EVT)細胞株HTR-8/SVneoは、チャールズ H.グラハム教授、クイーンズ大学、キングストーン、オンタリオ、カナダ、より親切に提供されたものであった。侵入アッセイは、以前記載と同様の方法に、改変を伴って実施された30。簡潔に述べると、PAG有り又は無しで処理されたHTR-8/SVneo(50,000)細胞を、マトリゲルをコートした(1mg/mL)透過ウェルインサート(8μm孔、ファルコン、BD、UK)の上のチャンバーに載せ、24ウェルプレートの中に収容した。細胞は、50μM PAGの存在又は非存在下(n=3)で、24時間、再構築された細胞外マトリックスを通して侵入することが許容された。透過膜の表面の下に位置する栄養芽細胞は氷冷メタノールで固定され、ヘマトキシリンで染色され、ニコン倒立顕微鏡及びイメージプロプラスイメージ解析ソフト(メディア サイバーネティクス)を用いて明視野像が得られた。
【0052】
免疫組織化学
ホルマリン固定、パラフィン包埋マウス胎盤組織の一連の3~5μm切片が、以前記載された方法48に従って、免疫組織化学のために準備された。ビオチン標識化イソレクチンB4が使用された。染色したものは、ニコン倒立顕微鏡及びイメージプロプラスイメージ解析ソフト(メディア サイバーネティクス)を使用して解析された。
【0053】
図7 栄養芽細胞侵入におけるCSEの阻害効果
50μMのPAGの存在下におけるHTR-8/SVneo細胞の透過ウェル遊走アッセイが、方法に記載されたものに従い、実施された。(A)遊走したHTR-8/SVneoは、ヘマトキシリンで染色し、明視野像が捕らえられた。(B)細胞数が計数され、結果は、コントロールの割合として表現される(n=3)。
【0054】
図8 H
2S供与体は、妊娠マウスにおいて胎盤血管新生を回復する。
(A)PAG 50mg/kg、又は(B)PAG 50mg/kg+GYY4137注射のいずれかを受けたマウス由来の胎盤組織は切片化され、ヒーモトリコリアル(haemotrichorial)ラビリンスゾーンを可視化するためにイソレクチンB4で染色された。
【0055】
【0056】
【0057】
【0058】
【0059】
【配列表】