(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-02
(45)【発行日】2024-09-10
(54)【発明の名称】アークスタッド溶接装置、およびアークスタッド溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/073 20060101AFI20240903BHJP
B23K 9/20 20060101ALI20240903BHJP
【FI】
B23K9/073 550
B23K9/20 D
(21)【出願番号】P 2021062512
(22)【出願日】2021-04-01
【審査請求日】2023-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000228981
【氏名又は名称】日本スタッドウェルディング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000028
【氏名又は名称】弁理士法人明成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】野村 浩二
(72)【発明者】
【氏名】松岡 祐介
(72)【発明者】
【氏名】木俣 裕貴
【審査官】山下 浩平
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-179546(JP,A)
【文献】特開昭58-025877(JP,A)
【文献】特開平11-077310(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0006613(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/00、9/06 - 9/133、10/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アークスタッド溶接装置であって、
母材に対するスタッドの押し込みおよび引き上げを行う溶接ガンと、
前記溶接ガンに電力を供給可能な電源装置と、
前記溶接ガンに印加される電圧を検出するための電圧センサと、
前記母材および前記スタッドにパイロットアークを発生させるためのパイロット電力を前記溶接ガンに供給するパイロットアーク期間と、前記母材および前記スタッドにメインアークを発生させるためのメイン電力を前記溶接ガンに供給するメインアーク期間であって、前記パイロットアーク期間に前記溶接ガンに流れる電流よりも大きい電流を前記溶接ガンに流すメインアーク期間とにおいて、前記電源装置および前記溶接ガンを制御する制御装置と、を備え、
前記制御装置は、
前記パイロットアーク期間に前記電圧センサから取得した電圧値が予め定められた第一閾値よりも大きい場合に、
前記メインアーク期間における溶接の加工条件を変更する第一補正であって、前記母材および前記スタッドに発生する熱量を抑制するための第一補正を行い、
前記第一補正によって変更された前記加工条件を用いて溶接を行う、
アークスタッド溶接装置。
【請求項2】
請求項1に記載のアークスタッド溶接装置であって、
前記制御装置は、前記メインアーク期間への移行タイミングを早める前記第一補正を行う、
アークスタッド溶接装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のアークスタッド溶接装置であって、
前記制御装置は、前記メイン電力の目標電流値を低減させる前記第一補正を行う、
アークスタッド溶接装置。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれか一項に記載のアークスタッド溶接装置であって、
前記制御装置は、さらに、取得した前記パイロットアーク期間での電圧値が、予め定められた第二閾値であって、前記第一閾値よりも大きい第二閾値以上である場合には、前記スタッドの溶接を停止させる、
アークスタッド溶接装置。
【請求項5】
請求項1から請求項4までのいずれか一項に記載のアークスタッド溶接装置であって、
さらに、前記母材に対する前記スタッドの変位量を検出する変位量センサ、を備え、
前記制御装置は、
前記パイロットアーク期間において、前記変位量と、予め定められた基準値との差が予め定められた第一範囲に含まれない場合に、
前記メインアーク期間における溶接の加工条件を変更する第二補正であって、前記熱量を調節するための第二補正を行う、
アークスタッド溶接装置。
【請求項6】
請求項5に記載のアークスタッド溶接装置であって、
前記制御装置は、
前記第一範囲に含まれない場合において、前記変位量が前記基準値よりも大きい場合には、前記メイン電力の目標電流値を、前記変位量と、前記基準値との差が前記第一範囲に含まれる場合での前記メイン電力の目標電流値よりも小さい電流値に変更する前記第二補正を行い、
前記第一範囲に含まれない場合において、前記変位量が前記基準値よりも小さい場合には、前記メイン電力の目標電流値を、前記変位量と、前記基準値との差が前記第一範囲に含まれる場合での前記メイン電力の目標電流値よりも大きい電流値に変更する前記第二補正を行う、
アークスタッド溶接装置。
【請求項7】
請求項5または請求項6に記載のアークスタッド溶接装置であって、
前記制御装置は、さらに、前記変位量と、前記基準値との差が、予め定められた第二範囲であって、前記第一範囲よりも広い第二範囲に含まれない場合には、前記スタッドの溶接を停止させる、
アークスタッド溶接装置。
【請求項8】
アークスタッド溶接方法であって、
母材およびスタッドにパイロットアークを発生させるためのパイロット電力を前記母材および前記スタッドに供給するパイロットアーク期間に、前記母材および前記スタッドに供給されるパイロット電力の電圧値を取得し、
取得した前記電圧値が予め定められた第一閾値よりも大きい場合に、
前記母材および前記スタッドにメインアークを発生させるためのメイン電力を前記母材および前記スタッドに供給するメインアーク期間であって、前記パイロットアーク期間に前記母材および前記スタッドに流れる電流よりも大きい電流を前記母材および前記スタッドに流すメインアーク期間における溶接の加工条件を変更する第一補正であって、前記母材および前記スタッドの溶接時に発生する熱量を抑制するための第一補正を行い、
前記第一補正によって変更された前記加工条件を用いて溶接を行う、
アークスタッド溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、アークスタッド溶接装置、およびアークスタッド溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アークスタッド溶接装置において、アークスタッド溶接ガンに流される溶接電流を測定し、溶接電流を目標電流値に近づけるフィードバック制御を行う技術が知られている(例えば、特許文献1)。従来の技術では、フィードバック制御により、溶接電流の立ち上がり時のバラツキの発生や、プランジポイントにおける溶接電流の跳ね上がりを解消することにより、溶接品質の低下を抑制している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
アークスタッド溶接装置では、溶接品質の向上が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示は、以下の形態として実現することが可能である。
【0006】
(1)本開示の一形態によれば、アークスタッド溶接装置が提供される。このアークスタッド溶接装置は、母材に対するスタッドの押し込みおよび引き上げを行う溶接ガンと、前記溶接ガンに電力を供給可能な電源装置と、前記溶接ガンに印加される電圧を検出するための電圧センサと、前記母材および前記スタッドにパイロットアークを発生させるためのパイロット電力を前記溶接ガンに供給するパイロットアーク期間と、前記母材および前記スタッドにメインアークを発生させるためのメイン電力を前記溶接ガンに供給するメインアーク期間であって、前記パイロットアーク期間に前記溶接ガンに流れる電流よりも大きい電流を前記溶接ガンに流すメインアーク期間とにおいて、前記電源装置および前記溶接ガンを制御する制御装置と、を備える。前記制御装置は、前記パイロットアーク期間に前記電圧センサから取得した電圧値が予め定められた第一閾値よりも大きい場合に、前記メインアーク期間における溶接の加工条件を変更する第一補正であって、前記母材および前記スタッドに発生する熱量を抑制するための第一補正を行い、前記第一補正によって変更された前記加工条件を用いて溶接を行う。
この形態のアークスタッド溶接装置によれば、パイロットアーク期間に取得した電圧値が第一閾値よりも大きいか否かを判定し、メインアーク期間における溶接の加工条件を第一補正によって変更することによって、母材およびスタッドの溶接時に発生する熱量を抑制することができる。したがって、溶接時に母材およびスタッドに過剰な熱量が与えられることを低減または防止し、溶接品質を向上させることができる。
(2)上記形態のアークスタッド溶接装置において、前記制御装置は、前記メインアーク期間への移行タイミングを早める前記第一補正を行ってよい。
この形態のアークスタッド溶接装置によれば、メインアーク期間への移行タイミングを早めることにより、パイロットアーク期間において、スタッドおよび母材に過剰な電圧が印加される期間を短縮することができる。その結果、母材およびスタッドに過剰な熱量が与えられることを低減または防止し、溶接品質を向上させることができる。
(3)上記形態のアークスタッド溶接装置において、前記制御装置は、前記メイン電力の目標電流値を低減させる前記第一補正を行ってよい。
この形態のアークスタッド溶接装置によれば、制御装置が電圧値を取得した時点においてすでに印加された第一閾値よりも大きい電圧によって、スタッドおよび母材に与えられた過剰な熱量に相当する熱量をメインアーク期間で低減し、溶接品質を向上させることができる。
(4)上記形態のアークスタッド溶接装置において、前記制御装置は、さらに、取得した前記パイロットアーク期間での電圧値が、予め定められた第二閾値であって、前記第一閾値よりも大きい第二閾値以上である場合には、前記スタッドの溶接を停止させてよい。
この形態のアークスタッド溶接装置によれば、不要な加工が実施されることを低減または防止することができる。
(5)上記形態のアークスタッド溶接装置は、さらに、前記母材に対する前記スタッドの変位量を検出する変位量センサ、を備えてよい。前記制御装置は、前記パイロットアーク期間において、前記変位量と、予め定められた基準値との差が予め定められた第一範囲に含まれない場合に、前記メインアーク期間における溶接の加工条件を変更する第二補正であって、前記熱量を調節するための第二補正を行ってよい。
この形態のアークスタッド溶接装置によれば、パイロットアーク期間において、スタッドと、母材との距離を用いて、メインアーク期間の加工条件を変更することによって、溶接時の熱量の過不足が発生することを低減または防止することができる。
(6)上記形態のアークスタッド溶接装置において、前記制御装置は、前記第一範囲に含まれない場合において、前記変位量が前記基準値よりも大きい場合には、前記メイン電力の目標電流値を、前記変位量と、前記基準値との差が前記第一範囲に含まれる場合での前記メイン電力の目標電流値よりも小さい電流値に変更する前記第二補正を行ってよく、前記第一範囲に含まれない場合において、前記変位量が前記基準値よりも小さい場合には、前記メイン電力の目標電流値を、前記変位量と、前記基準値との差が前記第一範囲に含まれる場合での前記メイン電力の目標電流値よりも大きい電流値に変更する前記第二補正を行ってよい。
この形態のアークスタッド溶接装置によれば、スタッドの変位量のずれに応じて発生する溶接時の熱量の過不足を目標電流値の変更によって補填することができる。
(7)上記形態のアークスタッド溶接装置において、前記制御装置は、さらに、前記変位量と、前記基準値との差が、予め定められた第二範囲であって、前記第一範囲よりも広い第二範囲に含まれない場合には、前記スタッドの溶接を停止させてよい。
この形態のアークスタッド溶接装置によれば、不要な加工が実施されることを低減または防止することができる。
本開示は、アークスタッド溶接装置以外の種々の形態で実現することも可能である。例えば、アークスタッド溶接方法やアークスタッド溶接装置の制御方法、その制御方法を実現するコンピュータプログラム、そのコンピュータプログラムを記録した一時的でない記録媒体等の形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】第1実施形態としてのアークスタッド溶接装置を示す説明図。
【
図2】制御装置が実行する制御ルーチンを示すフロー図。
【
図4】第二補正によって変更される目標電流値を模式的に示すグラフ。
【
図6】第一補正によって変更される目標電流値と、短縮されるパイロットアーク期間とを概念的に示すグラフ。
【
図7】比較例としての従来のアークスタッド溶接装置による溶接時の電圧の変化を示すグラフ。
【
図8】本実施形態のアークスタッド溶接装置による溶接時の電圧の変化を示すグラフ。
【
図9】比較例としての従来のアークスタッド溶接装置による溶接後のスタッドおよび母材の状態を示す説明図。
【
図10】本実施形態のアークスタッド溶接装置による溶接後のスタッドおよび母材の状態を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0008】
A.第1実施形態:
図1は、本開示における第1実施形態としてのアークスタッド溶接装置100を示す説明図である。アークスタッド溶接装置100は、例えば、ショートサイクル方式の溶接装置である。アークスタッド溶接装置100は、電源装置54および制御装置52を含む溶接機50と、溶接ガン70とを備えている。アークスタッド溶接装置100は、例えば、ボルトやピンなどのスタッド80を溶接ガン70に装着して電流を流すことによって、鋼板や鋼管などの母材90と、スタッド80との間にアークを発生させる。スタッド80と、母材90との接触部分は、アークによって溶融され、溶融されたスタッド80および母材90が加圧されることによって溶接される。母材90としては、例えば、軟鋼、SUS、アルミニウム、アルミニウム合金などの種々の金属材料を用いることができる。アークスタッド溶接装置100は、フェルール(Ferrule)を用いる電力アーク方式の溶接装置であってもよい。
【0009】
制御装置52は、アークスタッド溶接装置100を統括的に制御するマイクロコンピュータであり、RAMやROMなどのメモリと、CPUとを備えている。また、制御装置52は、時間を計測するための図示しないタイマを備えている。制御装置52は、溶接ガン70の動作、溶接ガン70に流す電流の大きさや通電時間などを制御する。メモリには本実施形態において提供される機能を実現するための各種プログラムや溶接の加工条件などが格納されている。溶接の加工条件とは、例えば、溶接ガン70に流す目標電流値、溶接ガン70に印加される目標電圧値、パイロットアークやメインアークの通電期間、ならびに後述する第一閾値、第二閾値、第一範囲、第二範囲などを意味する。CPUは、各種プログラムをメモリから読み出してRAM上に展開し、実行する。アークスタッド溶接装置100の機能の一部または全ての機能は、ハードウェア回路によって実現されてもよい。制御装置52は、溶接機50とは別体で備えられてもよい。
【0010】
電源装置54は、図示しない三相交流電源と、交流を直流に変換するための整流器とを備えている。電源装置54と、溶接ガン70とは、電力供給線CA1で接続され、電源装置54と、母材90とは電力供給線CA2で接続されている。電源装置54は、制御装置52による制御のもとで、母材90およびスタッド80にパイロットアークを発生させるためのパイロット電力と、母材90およびスタッド80にメインアークを発生させるためのメイン電力とを、溶接ガン70に供給する。
【0011】
溶接ガン70は、母材90に対するスタッド80の押し込みおよび引き上げを行う。溶接ガン70は、スタッド80を固定する図示しない軸体と、軸体を母材90に直交する方向に駆動させる図示しない駆動機構とを備えている。溶接ガン70は、駆動機構によって、
図1に矢印D1として示すように、スタッド80を母材90から離間する方向に引き上げ、
図1に矢印D2として示すように、スタッド80を母材90に近づける方向に押し込むことができる。駆動機構としては、例えば、軸体を母材90に向けて付勢するスプリングと、ソレノイドコイルとを備える電磁ソレノイド式としてもよく、軸体をサーボモータやリニアモータで駆動するモータ駆動式としてもよい。
【0012】
本実施形態では、アークスタッド溶接装置100は、電流センサ56と、電圧センサ58と、変位量センサ60と、を備えている。電流センサ56は、電力供給線CA1に備えられている。電圧センサ58は、電力供給線CA1および電力供給線CA2間に備えられている。電流センサ56は、溶接ガン70に流れる電流値を検出し、電圧センサ58は、溶接ガン70に印加される電圧値を検出する。変位量センサ60は、溶接ガン70に備えられており、スタッド80の変位量を検出する。スタッド80の変位量は、母材90からのスタッド80の離間距離に相当する。本実施形態において、変位量センサ60は、レーザ変位計を用いており、レーザ光によりスタッド80の変位量を検出する。変位量センサ60は、レーザ変位計には限定されず、磁気センサなどを用いてよく、光学式や磁気式などの種々のリニアエンコーダを用いてもよい。電流センサ56と、電圧センサ58と、変位量センサ60との各種センサの検出結果は、制御装置52に出力される。
【0013】
図2は、制御装置52が実行する制御ルーチンを示すフロー図である。
図2に示すフローは、例えば、アークスタッド溶接装置100に母材90およびスタッド80が装着され、作業員が溶接ガン70に設けられるトリガを引くことによって開始する。本フローは、母材90に1つのスタッド80を溶接するためのフローである。例えば、母材90の複数の位置にそれぞれスタッド80を溶接する場合には、本フローは、スタッド80を溶接する位置ごとに繰り返される。本フローは、母材90およびスタッド80が装着された状態のアークスタッド溶接装置100のスタートスイッチを押すことによって開始されてもよい。
【0014】
ステップS10では、制御装置52は、スタッド80や母材90の種類に対応する設定値を読み出す。設定値とは、メモリに予め格納された溶接の加工条件である。溶接の加工条件には、例えば、パイロットアークを発生させる期間(以下、「パイロットアーク期間」とも呼ぶ。)での通電期間と、パイロットアーク期間に流す電流(以下、「パイロット電流」とも呼ぶ。)の目標電流値と、パイロットアーク期間に印加される電圧(以下、「パイロット電圧」とも呼ぶ。)の目標電圧値と、メインアークを発生させる期間(以下、「メインアーク期間」とも呼ぶ。)での通電期間と、メインアーク期間に流す電流(以下、「メイン電流」とも呼ぶ。)の目標電流値と、メインアーク期間に印加される電圧(以下、「メイン電圧」とも呼ぶ。)の目標電圧値と、が含まれる。パイロット電流は、スタッド80および母材90間にアーク柱を持続させるための10~50A程度の電流である。メイン電流は、スタッド80および母材90間にメインアークを発生させるための200~2000A程度の電流である。
【0015】
ステップS20では、制御装置52は、電源装置54を制御して、スタッド80および母材90にパイロット電流を流す。具体的には、制御装置52は、溶接ガン70の駆動機構を制御して、溶接ガン70に装着されたスタッド80の先端を母材90の表面に押し付ける。母材90に対してスタッド80が押し付けられると、制御装置52は、電源装置54を制御して、パイロット電流の目標電流値にしたがって、パイロット電流をスタッド80および母材90に流す。制御装置52は、溶接ガン70の駆動機構を駆動させて、スタッド80を母材90から引き上げることによって、スタッド80と母材90との間にパイロットアークを発生させる。
【0016】
ステップS30では、制御装置52は、変位量センサ60からスタッド80の変位量Laを取得する。スタッド80の変位量Laは、ステップS20での母材90からのスタッド80の引き上げ距離に相当する。
【0017】
ステップS40では、制御装置52は、スタッド80の引き上げ距離のずれ量を確認する。具体的には、制御装置52は、取得した変位量Laと、予め定められた基準値としての基準変位Lmとの差が、第一範囲に含まれるか否か、および第二範囲に含まれるか否かを確認する。基準変位Lm、第一範囲、ならびに第二範囲は、制御装置52のメモリに予め格納されている。基準変位Lmとは、溶接時のスタッド80の変位量の目標値であり、母材90からのスタッド80の引き上げ距離の目標値に相当する。スタッド80の引き上げ量のずれは、例えば、溶接ガン70による機械的誤差などによって生じ得る。
【0018】
第一範囲は、例えば、-L1以上L1以下の範囲で設定することができる。第二範囲は、例えば、-L2以上L2以下の範囲で設定することができる。第二範囲は、第一範囲よりも広い範囲であり、L2>L1である。第一範囲および第二範囲、すなわちL1およびL2は、後述する第二補正後のメインアークによって溶接品質が充分に得られるために予め設定された設定値である。L1は、第二補正後のメインアークによって充分な溶接品質を得るために許容されるスタッド80の引き上げ量のずれの絶対値としての下限値であり、L2は、当該ずれの絶対値としての上限値である。スタッド80の引き上げ量のずれの絶対値がL1よりも大きくL2以下であれば、第二補正後のメインアークによって充分な溶接品質が得られ、L2を超えた場合には、第二補正後のメインアークによっても充分な溶接品質が得られない場合がある。L1およびL2は、変位量Laごとのメイン電流の大きさと、メインアーク後の溶接品質との対応関係を用いることによって予め実験的に求めることができる。本実施形態では、L1=0.5mmで設定され、L2=1.0mmで設定されている。なお、本実施形態では、第一範囲の上限値はL1であり、下限値は-L1であり、その絶対値がともにL1で一致し、第二範囲の上限値および下限値の絶対値は、ともにL2で一致しているが、第一範囲の上限値と、下限値とをそれぞれ異なる値で設定してよく、第二範囲の上限値と、下限値とをそれぞれ異なる値で設定してよい。
【0019】
制御装置52は、取得した変位量Laと、基準変位Lmとの差が、第一範囲以内である場合には、ステップS60に移行し、第一範囲に含まれず第二範囲以内である場合には、ステップS50に移行し、第二範囲に含まれない場合には、ステップS120に移行する。ステップS120では、制御装置52は、異常ありと判定し、電源装置54を制御して出力を停止し、溶接を終了させる。ステップS130では、制御装置52は、例えば、アークスタッド溶接装置100が有する表示装置やスピーカ等を利用して、異常ありの判定結果を作業者などに報知し、本フローを終了する。
【0020】
ステップS50では、制御装置52は、第二補正を行う。第二補正では、後述するように、メインアーク期間における溶接の加工条件を変更する。本実施形態では、第二補正は、メイン電流の目標電流値と、パイロット電圧の目標電圧値とを変更する。制御装置52は、第二補正を行うとステップS60に移行する。
【0021】
ステップS60では、制御装置52は、電圧センサ58からパイロットアーク期間での電圧値を取得する。本実施形態では、制御装置52は、電圧センサ58から取得した電圧値を用いて、例えば1ミリ秒などの単位時間あたりの電圧の平均値を算出し、電圧値Vaとして取得する。電圧センサ58が、単位時間あたりの電圧の平均値を算出して制御装置52に出力してもよい。
【0022】
ステップS70では、制御装置52は、目標電圧値に対する実行電圧のずれ量を確認する。具体的には、制御装置52は、取得した電圧値Vaと、パイロットアーク期間でのパイロット電圧の目標電圧値Vmと差が、第一閾値V1以下であるか否か、および第二閾値V2未満であるか否かを判定する。第二閾値V2は、第一閾値V1よりも大きい電圧値であり、V2>V1である。目標電圧値Vm、第一閾値V1、ならびに第二閾値V2は、制御装置52のメモリに予め格納されている。
【0023】
第一閾値V1は、通常の加工条件のメインアークによる溶接品質が充分に得られるための設定値であり、第二閾値V2は、後述する第一補正後の加工条件のメインアークによる溶接品質が充分に得られるための設定値である。電圧値Vaが第一閾値V1よりも大きく、第二閾値V2よりも小さければ、第一補正を行うことによりメインアークによって充分な溶接品質が得られ、第二閾値V2を超えた場合には、第一補正後のメインアークによっても充分な溶接品質が得られない場合がある。例えば、母材90の表面に油などの異物が存在している場合には、母材90とスタッド80間の電気抵抗が増加し得る。制御装置52は、パイロット電流を目標電流値まで上昇させるために電源装置54からの供給電力を大きくする。その結果、パイロット電圧は、上昇され得る。本実施形態では、第一閾値V1および第二閾値V2を、パイロット電圧を用いて母材90表面の異物を検知するための閾値として機能させている。第一閾値V1および第二閾値V2は、例えば、表面に異物を有する母材90を用いて、パイロット電圧と、メインアーク後の溶接品質との対応関係を取得することによって予め実験的に求めることができる。第一閾値V1および第二閾値V2は、母材90表面の異物の付着量と、パイロット電圧との対応関係を用いて求められてもよい。本実施形態では、第一閾値V1=5Vで設定され、第二閾値V2=10Vで設定されている。第一閾値V1は、5Vには限定されず、2.5V、3V、4Vなどで設定されてもよく、6V、7.5V、10V、15Vなどの任意の電圧で設定されてよい。第二閾値V2は、10Vには限定されず、5V、6V、7.5V、15V、20Vなどで設定されてもよく、V2>V1となる任意の電圧で設定されてよい。制御装置52は、取得した電圧値Vaと、目標電圧値Vmとの差が、第一閾値V1以下である場合には、ステップS100に移行し、第一閾値V1よりも大きく第二閾値V2未満である場合には、ステップS80に移行し、第二閾値V2以上である場合には、ステップS120に移行する。
【0024】
ステップS100では、制御装置52は、予め設定されたパイロットアーク期間での通電期間の経過を開始条件として、メインアークを開始する。具体的には、制御装置52は、電源装置54を制御して、メイン電流をスタッド80および母材90に流すことによりメインアークを開始する。上述したステップS50で第二補正が実行されている場合には、制御装置52は、第二補正による変更後の目標設定値に基づくメイン電流を流すことによりメインアークを開始する。アーク放電が行なわれているスタッド80の先端と母材90は、アーク放電の熱によって溶融される。アーク放電の開始から所定の期間が経過すると、制御装置52は、溶接ガン70の駆動機構を制御して、スタッド80を母材90の表面に押し込み、スタッド80と母材90との接合が行なわれる。ステップS110では、制御装置52は、予め定められたメインアーク期間の通電期間の経過とともに、電源装置54を制御して出力を停止し、溶接を終了させる。
【0025】
ステップS80では、制御装置52は、スタッド80の引き上げ距離のずれ量が第一範囲以内であったか否かを確認する。本実施形態では、制御装置52は、ステップS40での判定結果を用いて、変位量Laと、基準変位Lmとの差が、第一範囲に含まれているか否かを確認する。変位量Laと、基準変位Lmとの差が第一範囲以内である場合、すなわち、ステップS40の判定結果が|La-Lm|≦L1であった場合には、ステップS90に移行する。
【0026】
ステップS80において、変位量Laと、基準変位Lmとの差が第一範囲に含まれていない場合、すなわちステップS40での判定結果がL1<|La-Lm|≦L2であった場合には、ステップS120に移行し、溶接を終了させる。ここで、ステップS80で、変位量Laと、基準変位Lmとの差が第一範囲に含まれていない場合とは、実行電圧の電圧値Vaが第一閾値V1を超えており、かつスタッド80の変位量が第一範囲に含まれない状態である。本実施形態では、この場合には、メインアークによる溶接品質が充分に得られない可能性を考慮して、溶接を終了する処理が行われる。すなわち、本実施形態では、ステップS50による第二補正と、後述するステップS90による第一補正との双方は実行されない。ただし、アークスタッド溶接装置100がこの条件においても第一補正後のメインアークによる溶接品質が充分に得られる場合には、ステップS80を省略して、ステップS70からステップS90に直接的に移行してもよい。
【0027】
ステップS90では、制御装置52は、第一補正を行う。第一補正では、後述するように、メイン電流の目標電流値の変更と、パイロットアーク期間での通電期間の短縮とを行う。ステップS102では、制御装置52は、電源装置54を制御して、第一補正後の目標電流値に基づいてメインアークを開始する。なお、本実施形態では、後述するように、制御装置52は、ステップS90の処理の直後にメインアークを開始する。メインアーク開始から所定の通電期間が経過すると、制御装置52は、溶接ガン70の駆動機構を制御して、スタッド80と母材90との接合を行う。ステップS112では、メインアーク期間での予め定められた通電期間の経過とともに、電源装置54を制御して出力を停止し、溶接を終了させる。
【0028】
図3および
図4を用いて、第二補正の詳細について説明する。
図3は、第二補正の制御ルーチンを示すフロー図である。ステップS52では、制御装置52は、メイン電流の目標電流値の変更を行う。本実施形態では、第二補正による変更後の目標電流値Im2は、以下の式(1)を用いて算出される。
Im2=Im1・{1-k1・(La-Lm)/L1} ・・・式(1)
Im1:通常時のメイン電流の目標電流値
k1:係数
目標電流値Im1は、変位量Laと、基準変位Lmとの差が第一範囲に含まれる場合に溶接ガン70に流される電流値に相当する。係数k1は、メイン電流の目標電流値の補正量を規定する係数である。係数k1は、例えば、スタッド80の変位量ごとのメイン電流の電流値と、メインアーク後の溶接品質との対応関係を用いて実験的に求めることができる。本実施形態では、k1=0.05で設定されている。係数k1は、0.05には限定されず、0.01、0.025、0.1、0.15、0.2などの任意の数値で設定されてもよい。
【0029】
式(1)に示すように、本実施形態では、係数k1に、さらに、式(La-Lm)/L1を乗ずることによって、第二補正値を算出している。式(La-Lm)/L1は、変位量Laのずれ量に基づく係数である。基準変位Lmに対して変位量Laのずれ量が大きい場合には、変位量Laのずれ量が小さい場合に比べて、第二補正値の補正量が大きくなるように設定されている。このように構成することにより、検出したスタッド80の変位量Laのずれ量の大きさに対応するメイン電流の目標電流値Im2を設定することができ、メインアークによる溶接品質をより向上させることができる。
【0030】
ステップS54では、制御装置52は、パイロットアーク時の目標電圧値を変更する。本実施形態では、第二補正による変更後の目標電圧値Vp2は、以下の式(2)を用いて算出される。
Vp2=Vp1+k2・(La-Lm) ・・・式(2)
Vp1:通常時のパイロット電圧の目標電圧値
k2:係数
目標電圧値Vp1は、変位量Laと、基準変位Lmとの差が第一範囲に含まれる場合に印加される電圧値に相当する。係数k2は、パイロット電圧の目標電圧値の補正量を規定する係数である。係数k2は、例えば、スタッド80の変位量と、パイロット電圧の電圧値との対応関係を用いて実験的に求めることができる。本実施形態では、k2=3.8で設定されている。係数k2は、3.8には限定されず、2.0、3.0、4.0、5.0などの任意の数値で設定されてもよい。
【0031】
スタッド80が母材90から離れている場合には、電源装置54からの出力電力は大きくなり、スタッド80が母材90に近い場合には、電源装置54からの出力電力は小さくなり得る。そのため、本実施形態では、スタッド80の変位量のずれ量に応じてパイロット電圧の目標電圧値を変更することにより、スタッド80の変位量のずれ量に基づく変化後の出力電圧が異常値として検出されることを抑制している。
【0032】
図4を用いて、ステップS52で実行されるメイン電流の目標電流値の変更処理の詳細について説明する。
図4は、第二補正によって変更される目標電流値を模式的に示すグラフである。
図4には、パイロットアーク期間およびメインアーク期間での目標電流値を概念的に示すグラフが示されている。
図4のグラフの横軸は、時間(ミリ秒)であり、縦軸は電流値(A)を示している。なお、横軸の時間軸は、後述する
図6から
図8においても共通する。時間T1から時間T2まではパイロットアーク期間であり、電流値Ipはパイロット電流の目標電流値である。時間T2から時間T3まではメインアーク期間であり、電流値Im1は、通常時のメイン電流の目標電流値、すなわち第二補正を実行しない場合のメイン電流の目標電流値である。実線G1は、通常時のメイン電流の目標電流値の変化の一例を示している。破線G2および破線G3は、第二補正を実行する場合の目標電流値の一例をそれぞれ示している。電流値Im21,Im22は、第二補正後の目標電流値Im2の例である。具体的には、電流値Im21は、第二補正後の目標電流値Im2の最小値の例を示し、電流値Im22は、第二補正後の目標電流値Im2の最大値の例を示している。なお、
図4および
図6のグラフは、技術の理解を容易にするために、電流値の変化を概念的に示しており、各電流値の絶対値を正確に示すものではない。
【0033】
破線G2は、スタッド80の変位量Laと、基準変位Lmとの差がプラスになる場合に実行される第二補正によるメイン電流の変化の一例を概念的に示している。変位量Laと、基準変位Lmとの差がプラスになる場合とは、変位量Laが基準変位Lmよりも大きい場合、すなわち、スタッド80の位置が通常時よりも母材90から離れている場合に相当する。本実施形態では、変位量Laと、基準変位Lmとの差がプラスになる場合には、上述の式(1)により、
図4に示す目標電流値Im21のように、通常時の目標電流値Im1よりも目標電流値が小さくなるように補正される。ここで、スタッド80が通常時よりも母材90から離れている場合には、メイン電流は通常時よりも低下し得る。そのため、電源装置54からの出力電力は、電流値を目標電流値まで上昇させるために通常時よりも大きくなり得る。その結果、メイン電圧は上昇し、溶接時の熱量は通常時よりも過剰になり得る。本実施形態では、変位量Laと、基準変位Lmとの差がプラスになる場合には、メイン電流の目標電流値を小さくする第二補正を行うことにより、溶接時の熱量が過剰になることを低減または防止している。
【0034】
破線G3は、スタッド80の変位量Laと、基準変位Lmとの差がマイナスになる場合に実行される第二補正によるメイン電流の変化の一例を概念的に示している。変位量Laと、基準変位Lmとの差がマイナスになる場合とは、変位量Laが基準変位Lmよりも小さい場合、すなわち、スタッド80の位置が通常時よりも母材90に近い場合に相当する。本実施形態では、変位量Laと、基準変位Lmとの差がマイナスになる場合には、上述の式(1)により、
図4に示す目標電流値Im22のように、通常時の目標電流値Im1よりも目標電流値が大きくなるように補正される。ここで、スタッド80が通常時よりも母材90に近い場合には、メイン電流は通常時よりも増加し得る。そのため、電源装置54からの出力電力は、電流値を目標電流値まで低下させるために通常時よりも小さくなり得る。その結果、メイン電圧が減少し、溶接時の熱量は通常時よりも低下し得る。本実施形態では、変位量Laと、基準変位Lmとの差がマイナスになる場合には、メイン電流の目標電流値を大きくする第二補正を行うことにより、溶接時の熱量が不足することを低減または防止している。
【0035】
図5から
図8を用いて、第一補正の詳細について説明する。
図5は、第一補正の制御ルーチンを示すフロー図である。ステップS92では、制御装置52は、メイン電流の目標電流値の変更を行う。本実施形態では、第一補正による補正後の目標電流値Im3は、以下の式(3)を用いて算出される。
Im3=k3・Im1 ・・・式(3)
k3:係数
係数k3は、スタッド80および母材90に与えられた熱量を調節するための係数である。ここで、パイロットアーク期間に第一閾値V1を超えた過剰な電圧が印加されると、スタッド80および母材90には、通常時よりも大きい熱量が与えられる。この母材90およびスタッド80に与えられた過剰な熱量に相当する分の熱量を低減するために、係数k3を用いることによって、メイン電流の電流値は、低減される。係数k3は、例えば、パイロットアーク期間において第一閾値V1よりも大きい実行電圧を母材90およびスタッド80に印加した場合のメイン電流の電流値と、メインアーク後の溶接品質との対応関係を用いることにより予め実験的に得ることができる。本実施形態では、k3=0.95で設定されている。係数k3は、0.95には限定されず、0.975、0.925、0.90、0.85、0.80、0.70などの任意の数値で設定されてもよい。なお、パイロットアーク期間に実測電圧が第一閾値V1を超えた場合であっても、例えば後述するステップS94の処理のみを行うことにより、充分な溶接品質が得られる場合には、ステップS92を省略することができる。
【0036】
ステップS94では、制御装置52は、パイロットアーク期間を通常時よりも短縮し、メインアーク期間への移行タイミングを早める。メインアーク期間への移行タイミングは、早期であるほど好ましい。本実施形態では、制御装置52は、ステップS92により目標電流値を変更する処理を行った後、パイロットアーク期間の計時結果にかかわらず、即時にメインアーク期間へと移行する。なお、パイロットアーク期間に実測電圧が第一閾値V1を超えた場合であっても、パイロットアーク期間を短縮することなく充分な溶接品質を得ることができるような場合には、ステップS92のみを実行し、ステップS94を省略することができる。
【0037】
図6は、第一補正によって変更される目標電流値と、第一補正によって短縮されるパイロットアーク期間とを概念的に示すグラフである。
図6のグラフの横軸は、時間(ミリ秒)であり、縦軸は、電流値(A)を示している。実線G1は、通常時の目標電流値、すなわち第一補正を実行しない場合の目標電流値の一例を示している。破線G4は、第一補正後の目標電流値の一例を示している。電流値Im1は、通常時のメイン電流の目標電流値である。
【0038】
電流値Im3は、第一補正後のメイン電流の目標電流値を示している。目標電流値Im3は、上述の式(3)により、通常時の目標電流値Im1に対して小さく設定されている。本実施形態では、目標電流値Im3は、通常時の目標電流値Im1に対して5%小さい。
【0039】
時間T4は、第一補正後のメインアーク期間の開始タイミングを示し、時間T2は、通常時のメインアーク期間の開始タイミングを示している。
図6に示すように、時間T4は、時間T2と比較してパイロットアーク期間の開始タイミングである時間T1に近いタイミングであり、メインアーク期間の開始タイミングは、通常時よりも短縮されている。なお、第一補正前のメインアーク期間の長さと、第一補正後のメインアーク期間の長さは、略同一である。そのため、第二補正後のメインアーク期間の終了タイミングである時間T5は、通常時のメインアーク期間の終了タイミングである時間T3に対して、時間T4と時間T2との差分だけ早くなる。
【0040】
図7は、比較例としての従来のアークスタッド溶接装置による溶接時の電圧の変化を示すグラフである。
図7には、目標電圧値の一例が実線G5によって示され、電圧センサ58によって取得された電圧の実測値の一例が破線GRによって示されている。より具体的には、破線GRは、電圧の実測値がパイロットアーク期間中に第一閾値V1を超える場合の一例である。破線GRは、表面に異物が付着している母材90を加工する場合の電圧値の一例に相当する。なお、スタッド80の変位量Laは、第一範囲に含まれている。破線GRで示すように、時間T7での実測電圧VRは、第一閾値V1を超えている。
図7に示すように、従来のアークスタッド溶接装置では、破線GRで示す実測電圧は、メインアーク期間に移行する時間T2に至るまで、目標電圧値Vmよりも高い状態が継続している。これは、制御装置52がパイロットアーク期間において定電流制御を実行しており、パイロットアーク期間内での目標電流値の変更が行われないことに基づく。
【0041】
図8は、本実施形態のアークスタッド溶接装置100による溶接時の電圧の変化を示すグラフである。
図8には、目標電圧値の一例が実線G5によって示され、電圧センサ58によって取得された電圧の実測値の一例が破線G6によって示されている。より具体的には、破線G6は、電圧の実測値がパイロットアーク期間中に第一閾値V1を超える場合の一例であり、表面に異物が付着している母材90を加工する場合の一例に相当する。なお、スタッド80の変位量Laは、第一範囲に含まれている。
【0042】
破線G6で示すように、時間T8での実測電圧Va1は、第一閾値V1を超えている。そのため、制御装置52は、メイン電流の目標電流値Im1を目標電流値Im3に変更する処理を行った後、即時にメインアーク期間へ移行する。そのため、
図8に示すように、メインアーク期間への移行タイミングである時間T4は、時間T8直後のタイミングとなる。本実施形態のアークスタッド溶接装置100では、即時にメインアーク期間に移行させるため、
図7の破線GRで示した従来例と比較して、実行電圧が目標電圧値よりも高い状態が継続する期間を短縮することができる。
【0043】
図9および
図10を用いて、本実施形態のアークスタッド溶接装置100によって奏される効果について説明する。
図9は、比較例としての従来のアークスタッド溶接装置による溶接後のスタッド80および母材90の状態を示す説明図である。
図10は、本実施形態のアークスタッド溶接装置100による溶接後のスタッド80および母材90の状態を示す説明図である。
【0044】
従来例のアークスタッド溶接装置によれば、例えば、
図7の破線GRで示したように、パイロットアーク期間中において、第一閾値V1よりも高い実測電圧VRがスタッド80および母材90に対して印加される。そのため、スタッド80および母材90に与えられる熱量が大きくなる。その結果、
図9に示すように、溶接時に溶融された溶融部82の体積が通常時よりも大きくなり得る。その結果、
図9に突出部F1として示すように、溶融部82が母材90の裏面に貫通する、いわゆる裏抜けという不具合が発生し得る。
【0045】
本実施形態のアークスタッド溶接装置100によれば、例えば、
図8の破線G6で示したように、パイロットアーク期間において第一閾値V1よりも高い実測電圧Va1が検出される場合には、即座にメインアーク期間に移行する。その結果、スタッド80および母材90に第一閾値V1よりも高い電圧が印加される期間は短縮される。したがって、例えば、表面に異物が存在する母材90にスタッド80を溶接する場合であっても、パイロットアーク期間においてスタッド80および母材90に過剰な熱量が与えられることを低減または抑制することができる。その結果、
図10に示すように、溶融部82の体積は、従来のアークスタッド溶接装置で発生する溶融部82の体積と比較して小さくすることができ、溶接品質の低下を低減または防止することができる。
【0046】
本実施形態のアークスタッド溶接装置100によれば、さらに、例えば、
図6の破線G4で示したように、メインアーク期間での目標電流値Im3は、第一補正によって通常時の目標電流値Im1よりも小さい電流値に変更される。この結果、制御装置52が実測電圧Va1を取得してメインアーク期間に移行するまでの期間においてすでに印加された高い実測電圧Va1によって、スタッド80および母材90に与えられた過剰な熱量に相当する熱量をメインアーク期間で低減させることができる。例えば、第一補正後の溶接時の総熱量を通常時の総熱量と略同等とすることにより、溶融部82の体積を通常時と略同等とすることができる。その結果、
図10に示すように、溶融部82の体積は、通常時と略同等となり、従来のアークスタッド溶接装置で発生する溶融部82の体積と比較して小さくなり、溶接品質が低下することを低減または防止することができる。
【0047】
以上、説明したように、本実施形態のアークスタッド溶接装置100によれば、制御装置52は、パイロットアーク期間において、電圧センサ58からパイロット電圧の電圧値Vaを取得し、取得したパイロット電圧の電圧値Vaが予め定められた第一閾値V1よりも大きい場合に、メインアーク期間における加工条件を補正する第一補正により、母材90およびスタッド80の溶接時に発生する熱量を抑制する。パイロットアーク期間での電圧値Vaが第一閾値V1より大きいか否かによって、メインアーク期間に移行する前に母材90の異常の有無を判定し、メインアーク期間での加工条件を補正することによって、溶接時に母材90およびスタッド80に過剰な熱量が与えられることを低減または防止することができる。したがって、母材90の裏抜けなどの不具合が発生することを低減または防止し、溶接品質を向上させることができる。
【0048】
本実施形態のアークスタッド溶接装置100によれば、制御装置52は、パイロットアーク期間において第一閾値V1よりも高い電圧が検出される場合には、第一補正を実行してメインアーク期間への移行タイミングを早める。メインアーク期間への移行タイミングを早めることにより、スタッド80および母材90に第一閾値V1よりも高い電圧が印加される期間を短縮することができ、母材90およびスタッド80に過剰な熱量が与えられることを低減または防止することにより、溶接品質を向上させることができる。
【0049】
本実施形態のアークスタッド溶接装置100によれば、制御装置52は、パイロットアーク期間において第一閾値V1よりも高い電圧が検出される場合には、第一補正を実行してメイン電流の目標電流値を低減させる。制御装置52が実測電圧Va1を取得してメインアーク期間に移行するまでの期間においてすでに印加された高い実測電圧Va1によって、スタッド80および母材90に与えられた過剰な熱量に相当する熱量をメインアーク期間で低減させることができる。したがって、例えば、溶接時の総熱量を通常時と略同等とすることにより、溶接品質が低下することを低減または防止することができる。
【0050】
本実施形態のアークスタッド溶接装置100によれば、制御装置52は、さらに、パイロット電力の電圧値Vaが、第一閾値V1よりも大きい第二閾値V2以上である場合には、スタッド80の溶接を停止させる。パイロットアーク期間において、母材90表面が第一補正によっても溶接品質が得られないと判定する場合には、溶接を停止して不要な加工が実施されることを低減または防止することができる。
【0051】
本実施形態のアークスタッド溶接装置100によれば、制御装置52は、パイロットアーク期間において、変位量Laと、予め定められた基準変位Lmとの差が予め定められた第一範囲に含まれない場合には、メインアーク期間の加工条件を変更する第二補正により、スタッド80および母材90に与えられる熱量を調節する。パイロットアーク期間において、スタッド80と、母材90との距離に応じて発生する溶接時の熱量の過不足を、スタッド80の変位量を用いて推定し、メインアーク期間の加工条件を変更することによって、溶接時の熱量の過不足が発生することを低減または防止することができる。
【0052】
本実施形態のアークスタッド溶接装置100によれば、制御装置52は、パイロットアーク期間において、変位量Laと、予め定められた基準変位Lmとの差が予め定められた第一範囲に含まれない場合において、変位量Laが基準変位Lmよりも大きい場合には、メイン電力の目標電流値Im1を、通常時でのメイン電力の目標電流値Im1よりも小さい目標電流値Im21に変更する第二補正を行う。変位量Laが基準値よりも小さい場合には、メイン電力の目標電流値Im1を、通常時の目標電流値Im1よりも大きい目標電流値Im22に変更する第二補正を行う。したがって、スタッド80の変位量のずれに応じて発生する溶接時の熱量の過不足を目標電流値Im1の変更によって補填することができる。
【0053】
本実施形態のアークスタッド溶接装置100によれば、制御装置52は、さらに、変位量Laと、予め定められた基準値との差が第一範囲よりも広い第二範囲に含まれない場合には、スタッド80の溶接を停止させる。パイロットアーク期間において、母材90表面が第二補正によっても溶接品質が得られないと判定する場合には、溶接を停止して不要な加工が実施されることを低減または防止することができる。
【0054】
B.他の実施形態:
(B1)上記第1実施形態では、制御装置52は、第一補正と、第二補正との双方を実行する。これに対して、例えば、溶接ガン70の駆動機構によるスタッド80の機械的誤差が充分に小さい場合や、スタッド80と母材90との距離が溶接品質に与える影響が充分に小さい場合には、例えば、ステップS40およびステップS50を省略し、第二補正を行わず第一補正のみが実行されてもよい。この場合には、制御装置52は、ステップS30を実行した後にステップS60に移行してよい。また、第二補正を省略するとともに、さらに、ステップS80を省略してもよい。
【0055】
(B2)上記第1実施形態では、制御装置52は、ステップS40において、取得した変位量Laと、基準変位Lmとの差が第二範囲に含まれない場合には、スタッド80の溶接を停止させる。これに対して、変位量Laと、基準変位Lmとの差が第二範囲に含まれない場合であっても、例えば、メインアーク後に追加加工が行われるなど、メインアーク後の溶接品質が充分に得られる場合にはスタッド80の溶接を停止させなくてもよい。ステップS80においても同様である。
【0056】
本開示は、上述の実施形態に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する実施形態の技術的特徴は、上述の課題の一部又は全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部又は全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。
【符号の説明】
【0057】
50…溶接機、52…制御装置、54…電源装置、56…電流センサ、58…電圧センサ、60…変位量センサ、70…溶接ガン、80…スタッド、82…溶融部、90…母材、100…アークスタッド溶接装置、CA1,CA2…電力供給線、F1…突出部、Im1,Im2,Im21,Im22,Im3,Ip…目標電流値、La…変位量、Lm…基準変位、V1…第一閾値、V2…第二閾値、Va1,VR…実測電圧、Va…電圧値、Vm…目標電圧値、Vp1,Vp2…目標電圧値