(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-02
(45)【発行日】2024-09-10
(54)【発明の名称】重炭酸イオンを含有する心筋保護液の収容体、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
A61K 9/08 20060101AFI20240903BHJP
A61K 33/14 20060101ALI20240903BHJP
A61K 33/10 20060101ALI20240903BHJP
A61K 33/06 20060101ALI20240903BHJP
A61J 1/00 20230101ALI20240903BHJP
B65D 81/32 20060101ALI20240903BHJP
【FI】
A61K9/08
A61K33/14
A61K33/10
A61K33/06
A61J1/00
B65D81/32 D
(21)【出願番号】P 2021512325
(86)(22)【出願日】2020-04-03
(86)【国際出願番号】 JP2020015352
(87)【国際公開番号】W WO2020204170
(87)【国際公開日】2020-10-08
【審査請求日】2023-03-20
(31)【優先権主張番号】P 2019072219
(32)【優先日】2019-04-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000238201
【氏名又は名称】扶桑薬品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100138911
【氏名又は名称】櫻井 陽子
(72)【発明者】
【氏名】徳岡 庄吾
(72)【発明者】
【氏名】田中 康重
(72)【発明者】
【氏名】井上 慎一
(72)【発明者】
【氏名】森 智子
【審査官】辰己 雅夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2004/108059(WO,A1)
【文献】特開2000-308669(JP,A)
【文献】特開2000-000462(JP,A)
【文献】持田製薬株式会社,心臓外科手術用心停止及び心筋保護液 ミオテクター冠血管注,2015年04月
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K9/00-9/72
A61K33/00-33/44
A61K47/00-47/69
B65D81/00-81/38
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複室収容容器;前記複室収容容器を包装す
る外装体;及び前記複室収容容器と前記外装体との間の空間部に酸素検知剤および炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤、を含む心筋保護液の収容体であって、
前記複室収容容器が、少なくとも第1の収容室、第2の収容室、及び前記2つの収容室を隔てる第1の隔壁、を含み、
前記第1の収容室が、第1の医薬溶液を収容し
ており、
前記第2の収容室が、重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液を収容し
ており、
前記第1の医薬溶液および前記第2の医薬溶液のいずれか又はその両方がカリウムイオンを含み、
前記心筋保護液が、前記第1の医薬溶液および前記第2の医薬溶液を含み、並びに、5~20mEq/Lの重炭酸イオン及び5~35mEq/Lのカリウムイオンを含有
し、
前記外装体の酸素透過速度[cm
3
/m
2
・24h・atm]は5以下である、収容体。
【請求項2】
前記脱酸素剤が、炭素-炭素不飽和結合を有する架橋高分子化合物を含有する、請求項1に記載の収容体。
【請求項3】
前記第1の医薬溶液がマグネシウムイオンを含有し、
前記心筋保護液が2~55mEq/Lのマグネシウムイオンを含む、請求項1又は2に記載の収容体。
【請求項4】
前記第1の医薬溶液がカルシウムイオンを含有する、請求項1~3のいずれか一項に記載の収容体。
【請求項5】
前記心筋保護液のpHが7.6~8である、請求項1~4のいずれか一項に記載の収容体。
【請求項6】
前記第1の医薬溶液と前記第2の医薬溶液の容積比が1:1~4:1であり、
前記心筋保護液が
ナトリウムイオンを100~150mEq/L
カリウムイオンを5~35mEq/L
カルシウムイオンを0.5~5mEq/L
マグネシウムイオンを2~55mEq/L
重炭酸イオンを5~20mEq/L
を含有し、そのpHが7.6~8である、請求項1~5のいずれか一項に記載の収容体。
【請求項7】
前記第1の医薬溶液が、ナトリウムイオンを108.9±10mEq/L、カリウムイオンを21.1±2mEq/L、カルシウムイオンを3.4±0.3mEq/L、及びマグネシウムイオンを45.7±5mEq/L含有し、及びその浸透圧が275~300mOsm/kgであり、並びに
前記第2の医薬溶液が、ナトリウムイオンを146±10mEq/L、カリウムイオンを4±0.4mEq/L、及び重炭酸イオンを33.3±3mEq/L含有し、及びその浸透圧が275~300mOsm/kgである、請求項6に記載の収容体。
【請求項8】
複室収容容器;前記複室収容容器を包装す
る外装体;及び前記複室収容容器と前記外装体との間の空間部に脱酸素剤および酸素検知剤、を含む心筋保護液の収容体であって、
前記複室収容容器が、少なくとも第1の収容室、第2の収容室、及び第3の収容室、並びに第1の収容室と第2の収容室を隔てる第1の隔壁、及び第2の収容室と第3の収容室を隔てる第2の隔壁を含み、
前記第1の収容室が、ナトリウムイオンを108.9±10mEq/L、カリウムイオンを21.1±2mEq/L、カルシウムイオンを3.4±0.3mEq/L、及びマグネシウムイオンを45.7±5mEq/L含有し、及びその浸透圧が275~300mOsm/kgである第1の医薬溶液を収容し
ており、
前記第2の収容室が、ナトリウムイオンを146±10mEq/L、カリウムイオンを4±0.4mEq/L、及び重炭酸イオンを33.3±3mEq/L含有し、及びその浸透圧が275~300mOsm/kgである第2の医薬溶液を収容し
ており、
前記第1の医薬溶液と前記第2の医薬溶液との容積比が7:3であり、
前記心筋保護液が、前記第1の医薬溶液および前記第2の医薬溶液を含み、及び
ナトリウムイオンを110~130mEq/L
カリウムイオンを14~17mEq/L
カルシウムイオンを2~3mEq/L
マグネシウムイオンを30~35mEq/L
重炭酸イオンを8~12mEq/L
を含有し、そのpHが7.6~8であり、その浸透圧が275~300mOsm/kgであり、
前記外装体の酸素透過速度[cm
3
/m
2
・24h・atm]は5以下であり、並びに
前記脱酸素剤が炭素-炭素不飽和結合を有する架橋高分子化合物を含有する、収容体。
【請求項9】
心筋保護液の収容体の製造方法であって、
第1の医薬溶液を収容した第1の収容室、重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液を収容した第2の収容室、及び前記2つの収容室を隔てる第1の隔壁を少なくとも含む複室収容容器を滅菌する工程;
前記複室収容容器、酸素検知剤、及び炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤
を外装体に収容する工程;
炭酸ガスを前記外装体に充填する工程;及び
炭酸ガス充填後に前記外装体を密封する工程;
を含み、
ここで、
前記外装体の酸素透過速度[cm
3
/m
2
・24h・atm]は5以下であり、
前記第1の医薬溶液および前記第2の医薬溶液のいずれか又はその両方がカリウムイオンを含み、
前記心筋保護液が、前記第1の医薬溶液および前記第2の医薬溶液を含み、及び、5~20mEq/Lの重炭酸イオン及び5~35mEq/Lのカリウムイオンを含有する、製造方法。
【請求項10】
前記脱酸素剤が、炭素-炭素不飽和結合を有する架橋高分子化合物を含有する、請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
前記第1の医薬溶液がマグネシウムイオンを含有し、
前記心筋保護液が2~55mEq/Lのマグネシウムイオンを含む、請求項9又は10に記載の製造方法。
【請求項12】
炭酸ガスの充填工程において、複室収容容器と外装体との間の空間部の炭酸ガス濃度と第2の医薬溶液の重炭酸イオン濃度とが平衡に達した後に、平衡化後の第2の医薬溶液の重炭酸イオン濃度が、滅菌工程前の第2の医薬溶液の重炭酸イオン濃度の98~102%となる量である、請求項9~11のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重炭酸イオンを含有する心筋保護液の収容体、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
心臓は、動物が生まれてから死ぬまでずっと休むことなく拍動し、血液を体内に循環させる臓器である。心内修復などの心臓手術を行う際、手技的必要性から拍動の停止が行われることがある。この場合、血液循環による生命維持を補助するために人工心肺法(体外循環)が用いられ、また、拍動停止による心筋保護のために心筋保護法が用いられる。
【0003】
心筋保護法では、心筋の電気的拍動が心臓のエネルギー消費の大部分を占めるため、通常、心臓の電気的拍動の速やかな停止が行われる。これにより、心筋細胞内のエネルギーが温存される。この目的のために心筋保護液が用いられる。
【0004】
心筋保護液は、血液成分を含む血液心筋保護液と、血液成分を含まない晶質性心筋保護液とに大別される。晶質性心筋保護液は、高Na+の細胞外液型と低Na+の細胞内液型に分類され、前者の薬液としてSt.Thomas液、Tyers液が知られており、後者の薬液としてBretschneider液が知られている。St.Thomas液に重炭酸イオンを添加して緩衝能を付与したSt.Thomas第2液も晶質性心筋保護液として知られている。St.Thomas第2液の市販品であるミオテクター(登録商標)冠血管注(共和クリティケア株式会社)は、プラスチックボトルに収容された第1の医薬溶液と、ガラス製容器に収容された重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液から構成されているキット製剤であり(以下「ミオテクター心筋保護液製剤」という)、用時に混合して薬液を調製するタイプの心筋保護液である。
【0005】
ミオテクター心筋保護液製剤は、重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液をガラス製容器(いわゆるアンプル)に収容している。これは、重炭酸イオンから生成した炭酸ガス(二酸化炭素)を系内にとどめ、医薬溶液のpHを安定させるためである。ガスを透過するタイプの容器に第2の医薬溶液を収容した場合、重炭酸イオンから生成した炭酸ガスは系外に放出され、第2の医薬溶液のpHが上昇することとなる。pHが上昇した第2の医薬溶液で調製される医薬溶液を対象に注入すると、副作用のおそれがある。このように、揮発成分である重炭酸イオンを含有する医薬溶液の収容容器として、ガラス製容器を用いることには利点がある。
【0006】
しかし、ガラス製容器は、一般に、プラスチック製容器と比べて重いという欠点がある(特許文献1)。従って、ガラス製容器とプラスチック製容器とのキット製剤の場合、キット製剤の重量増加を抑えるために、ガラス製容器の容積を小さくする傾向がある。ミオテクター心筋保護液製剤の場合、ガラス製容器(アンプル)は、5mLの第2の医薬溶液を収容するのに適した容積であるのに対し、プラスチック製容器は、495mLの第1の医薬溶液を収容するのに適した容積である。この容積比(1:99)のために、プラスチック製容器中の第1の医薬溶液(495mL)に、ガラス製容器中の第2の医薬溶液(5mL)が添加されたか否かを液量から判断することはできず、混合忘れ又は重複混合の危険性がある。この危険性は、複数キットのミオテクター心筋保護液製剤を同時に用いる場合、顕著である。
【0007】
ガラス製容器は、一般に、プラスチック製容器と比べて破損し易く、ガラスの亀裂部分は鋭利であり手指を傷つけやすいという欠点がある(特許文献1)。例えば、ガラス製容器(アンプル)をカットして第2の医薬溶液を取り出す場合、その鋭利なアンプルカット面で指先を切る可能性があった。また、ガラス製容器に針を刺して第2の医薬溶液を取り出す際に、誤って指先を針で刺す危険もある。このような事情から、緊急時の対応が要される医療従事者の安全を確保する観点から、ガラス製容器の使用は避けられる傾向がある。また、分注操作による用時混合を必要としない製剤に対する要求もあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
2つの医薬溶液を混合して調製される重炭酸イオンを含有する透析液または補充液については、プラスチック製複室収容容器の収容室に2つの医薬溶液をそれぞれ収容した製剤が知られており、市販されている(扶桑薬品工業株式会社、サブラッド(登録商標)血液ろ過用補充液BSG)。しかし、重炭酸イオンを含有する心筋保護液については、プラスチック製の複室収容容器に収容した製剤は知られていない。
【0010】
心筋保護液は、心停止中の心筋の傷害を軽減するために開発されてきた薬液であり、高カリウム液により急速に脱分極型心停止を誘導してエネルギーの消費を抑制すること、低温により心臓の代謝速度を抑制すること、虚血による心筋障害を抑制する薬剤を配合することを目的として用いられるのが一般的である。
他方、透析液または補充液は、血液の持続的なろ過、血液透析などの血液浄化療法により、生体の恒常性を維持するために用いられる薬液である。この目的の相違から、両者は、重炭酸イオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン及びカルシウムイオンなどの濃度バランスが異なっている。
【0011】
重炭酸イオンを含有する透析液または補充液として、例えば、ナトリウムイオン(Na+):130~145mEq/L、カリウムイオン(K+):2~5mEq/L、カルシウムイオン(Ca2+):2~5mEq/L、マグネシウムイオン(Mg2+):0.5~2.5mEq/L、塩化物イオン(Cl-):90~130mEq/L、重炭酸イオン(HCO3
-):20~35mEq/L、クエン酸イオン:1~7mEq/L、及びブドウ糖:0~5g/Lを含むものが知られている(特開2007-301205号公報)。
【0012】
心筋保護液であるSt.Thomas第2液は、ナトリウムイオン(Na+):120mEq/L、カリウムイオン(K+):16mEq/L、カルシウムイオン(Ca2+):2.4mEq/L、マグネシウムイオン(Mg2+):32mEq/L、塩化物イオン(Cl-):160.4mEq/L、重炭酸イオン(HCO3
-):10mEq/Lを含む。St.Thomas第2液のpHは、7.6~8.0である。
【0013】
このように、心筋保護液では、配合する電解質濃度が従来の透析液または補充液と大きく異なる。例えば、心筋保護液では、pHがアルカリ性に偏ると重炭酸イオンと不溶性の結晶を形成し得るマグネシウムイオン濃度が32mEq/Lであり、従来の透析液または補充液のマグネシウムイオン濃度2~5mEq/Lと比べて約10倍高い。また、心筋保護液では、薬液に緩衝能を付与する重炭酸イオン濃度が10mEq/Lであり、従前の透析液または補充液の重炭酸イオン濃度20~35mEq/Lと比べて、約2~3倍低い。重炭酸イオンから生成した炭酸ガスが系外に放出されると、比較的低濃度の重炭酸イオンを含有する製剤では、その緩衝能の低さのために、pHが上昇しやすく(アルカリ性に偏りやすく)、安定な製剤の提供は容易なことではないと考えられた。
従って、ガス保持能がガラス製容器と大きく異なるプラスチック製容器(複室収容体)を用いて、比較的低濃度の重炭酸イオンを含有する安定な製剤を製造できるか不明であった。
本発明は、心筋保護液の新規収容体、及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、以下の心筋保護液の収容体、及びその製造方法を提供する:
複室収容容器;前記複室収容容器を包装するガス非透過性の外装体;及び前記複室収容容器と前記外装体との間の空間部に酸素検知剤および炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤、を含む心筋保護液の収容体であって、前記複室収容容器が、少なくとも第1の収容室、第2の収容室、及び前記2つの収容室を隔てる第1の隔壁、を含み、前記第1の収容室が、第1の医薬溶液を収容し、前記第2の収容室が、重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液を収容し、前記第1の医薬溶液および前記第2の医薬溶液のいずれか又はその両方がカリウムイオンを含み、前記心筋保護液が、前記第1の医薬溶液および前記第2の医薬溶液を含み、並びに、5~20mEq/Lの重炭酸イオン及び5~35mEq/Lのカリウムイオンを含有する、収容体。
【0015】
心筋保護液の収容体の製造方法であって、第1の医薬溶液を収容した第1の収容室、重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液を収容した第2の収容室、及び前記2つの収容室を隔てる第1の隔壁を少なくとも含む複室収容容器を滅菌する工程;前記複室収容容器、酸素検知剤、及び炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤をガス非透過性の外装体に収容する工程;炭酸ガスを前記外装体に充填する工程;及び炭酸ガス充填後に前記外装体を密封する工程を含み、ここで、前記第1の医薬溶液および前記第2の医薬溶液のいずれか又はその両方がカリウムイオンを含み、前記心筋保護液が、前記第1の医薬溶液および前記第2の医薬溶液を含み、及び、5~20mEq/Lの重炭酸イオン及び5~35mEq/Lのカリウムイオンを含有する、製造方法。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【発明を実施するための形態】
【0017】
本明細書において「複室収容容器」は、医薬溶液を収容するための収容室を少なくとも2室備えた、医薬上許容される容器を意味する。そのような容器は、限定するものではないが、ガス透過性であるが液体は通さない材質であって、高圧蒸気滅菌に耐えることができるものによって外壁が形成される。複室収容容器の外壁の材質としては、限定するものではないが、医薬分野で慣用される合成樹脂(プラスチック)、例えば、ポリプロピレン、ポリエチレンなどのポリオレフィン系樹脂、及びポリ塩化ビニル系樹脂が挙げられる。そのような複室収容容器は、商業的に入手可能であり、また、公知の方法に従って製造することができる。
【0018】
複室収容容器(外壁)内に設けられた少なくとも2つの収容室は、内壁によって区分けされる。内壁の一部は外壁によって構成されてよい。少なくとも2つの収容室を隔てる内壁の一部または全部は、隔壁によって構成される。隔壁は、限定するものではないが、複室収容容器外からの操作により剥離もしくは開通が可能な接着部もしくは溶着部であってよい。隔壁は、複室収容容器の外壁、収容室の内壁などの他の壁を構成する部分、接着部または溶着部よりも小さな接着強度もしくは溶着強度を有する。隔壁は、例えば、複室収容容器の外壁、収容室の内壁などの他の壁を構成する部分に用いた接着剤の種類もしくは溶着条件を変更することによって形成できる。隔壁の開通は、収容室に収容された医薬溶液同士の接触もしくは混合を可能にする。
【0019】
複室収容容器は、例えば、収容する溶液の注入を可能にするポート部を備える。ポート部は、限定するものではないが、複室収容容器内に設けられた少なくとも2つの収容室のいずれかの1室と液的に流通可能に連結されている。ポート部は、例えば、栓体により液的に密栓される。ポート部の材質としては、限定するものではないが、医薬分野で慣用される合成樹脂が挙げられる。栓体の材質としては、限定するものではないが、医薬分野で慣用される天然樹脂(例えば天然ゴム)及び合成樹脂(例えばエラストマー)が挙げられる。
【0020】
本明細書において「ガス非透過性の外装体」は、複室収容容器を包装可能な大きさ、形状を有し、ガスの透過速度が小さい包装体を意味する。そのようなガス非透過性の外装体は、限定するものではないが、炭酸ガス非透過性の熱可塑性プラスチック材で形成される。ガス非透過性の外装体の材質としては、例えば、エチレンビニルアルコール共重合体(EVOH)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリ塩化ビニリデン(PVDC)、ナイロン(NY)など、又はこれらの材質を積層した多層材(例えばPET/NY/EVOH)、或いはこれらの材質に非晶質カーボン、酸化ケイ素又は酸化アルミニウムなどの金属や無機材料を蒸着した蒸着材、若しくはアルミ箔を積層した多層材が挙げられる。ガス非透過性の外装体は、商業的に入手可能であり、また、公知の方法に従って製造することができる。
【0021】
ガス非透過性の外装体に関する「ガスの透過速度が小さい」は、その酸素透過速度[cm3/m2・24h・atm]が20以下であることを意味する。ガス非透過性の外装体は、その酸素透過速度が、好ましくは15以下、より好ましくは10以下、さらに好ましくは5以下である。一例において、ガス非透過性の外装体は、その酸素透過速度が、好ましくは5以下、より好ましくは3以下、さらに好ましくは2以下、さらにより好ましくは1以下である。一例において、ガス非透過性の外装体は、その酸素透過速度が1以下である。本明細書において、酸素透過速度は、JIS K7126-2(等圧法)により測定される。
【0022】
本明細書において「炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤」は、所定の条件下で系内の炭酸ガス濃度を実質的に変動させない脱酸素剤を意味する。本明細書において「所定の条件下で系内の炭酸ガス濃度を実質的に変動させない」は、炭酸ガスを実質的に放出せず、且つ炭酸ガスを実質的に吸収しない反応を意味する。所定の条件下で系内の炭酸ガス濃度を実質的に変動させない脱酸素剤は、限定するものではないが、酸素ガスを吸収する反応系において、炭酸ガスを発生する反応も炭酸ガスを吸収する反応も伴わない脱酸素剤である。炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤は、例えば、2.5%炭酸ガス(2.5%CO2及び97.5%N2の混合ガス)4.4容と空気1容を充填したガス非透過性の外装体に収容して前記外装体を密封し、その密封した外装体を常温常圧下に1週間静置した場合に、その外装体内の炭酸ガス濃度の変動が0.3%以下、好ましくは0.2%以下、より好ましくは0.1%以下である。炭酸ガス濃度は、赤外吸収スペクトルを用いて測定される。炭酸ガス濃度を赤外吸収スペクトルに基づいて測定する装置としては、O2/CO2分析計(Dansensor社、CheckMate3)を用いることができる。
【0023】
炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤としては、例えば、炭素-炭素不飽和結合を有する架橋高分子化合物を主成分(脱酸素成分)とした脱酸素剤が挙げられる。炭素-炭素不飽和結合を有する脱酸素成分としては、例えば、ポリイソプレン、ポリブタジエン、ジエンとオレフィンとの共重合体、ジエン化合物のオリゴマー又はポリマーの部分水素添加物が挙げられる。架橋高分子化合物は、限定するものではないが、種々の共有結合(例えば、C-C、C-O及びC-N)を有する重合体が挙げられる。前記脱酸素剤は、例えば、特開平11-347400号公報または特開2000-462号公報に開示されている脱酸素剤であってよく、当該脱酸素剤は、その開示内容に従って製造することができる。
【0024】
本明細書において「酸素検知剤」は、酸素ガス以外のガスと実質的に反応せず、酸素の存在により物性が変化する試薬を意味する。酸素ガス以外のガスは、限定するものではないが、炭酸ガスが挙げられる。酸素ガス以外のガスと実質的に反応しないとは、例えば、酸素検知剤に含まれる成分のいずれも炭酸ガスを吸収も放出もしないことを意味する。別には、酸素ガス以外のガスと実質的に反応しないとは、酸素検知剤に炭酸ガスと反応することが知られている成分が含まれていても、当該成分が本発明の意図を損なわない分量で含有することを意味する。酸素検知剤は、例えば、2.5%炭酸ガス(2.5%CO2及び97.5%N2の混合ガス)4.4容と空気1容を充填したガス非透過性の外装体に収容して前記外装体を密封し、その密封した外装体を常温常圧下に1週間静置した場合に、その外装体内の炭酸ガス濃度の変動が0.3%以下、好ましくは0.2%以下、より好ましくは0.1%以下である。炭酸ガス濃度は、赤外吸収スペクトルを用いて測定される。炭酸ガス濃度を赤外吸収スペクトルに基づいて測定する装置としては、O2/CO2分析計(Dansensor社、CheckMate3)を用いることができる。
【0025】
酸素検知剤は、限定するものではないが、酸素の存在により、例えば色が変化する試薬である。そのような酸素検知剤は、限定するものではないが、還元剤、塩基性物質、及び、酸化状態と還元状態とで呈色が異なる酸化還元性色素を含む。還元剤としては、限定するものではないが、還元性糖類が挙げられる。還元性糖類は、例えば、D-マンノース、D-グルコース及びD-エリスロース単独又はそれらの組合せであってよい。塩基性物質としては、限定するものではないが、アルカリ金属の炭酸塩及びアルカリ土類金属の炭酸塩が挙げられる。酸化還元性色素としては、限定するものではないが、メチレンブルー、ラウスバイオレット及びメチレングリーン単独又はそれらの組合せであってよい。そのような酸素検知剤としては、例えば、三菱ガス化学製エージレスアイが挙げられる。酸素検知剤は、商業的に入手可能であり、また、公知の方法に従って製造することができる。
【0026】
本明細書において「心筋保護液」は、心臓の拍動の停止(心停止)を誘導でき、虚血下での心筋保護効果を与える重炭酸イオンを含有する医薬溶液を意味する。心筋保護液のpHは、例えば、pH5~8、好ましくはpH6~8、より好ましくはpH7~8、さらに好ましくはpH7.6~8またはpH7.8である。心筋保護液は、限定するものではないが、心臓の代謝速度を抑制するために低温(例えば4~8℃)で用いられる。心筋保護液が低温で用いられる場合、心筋保護液はpH7~8、好ましくはpH7.7~7.9、より好ましくはpH7.8である。心筋保護液は、公知の方法に従って、注入される。心筋保護液は、限定するものではないが、慣用の心筋保護液供給回路を用いて、注入される。
【0027】
心筋保護液は、限定するものではないが、種々のイオン種および他の成分を含む。イオン種としては、限定するものではないが、カリウムイオン及び重炭酸イオンを含有し、ナトリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン及び塩化物イオンからなる少なくとも一種のイオン種をさらに含有する。これらのイオン種は、例えば、イオン種に対応する医薬上許容される塩(電解質)を水溶液に溶解させることにより得られる。医薬上許容される塩は、商業的に入手することができる。液中のイオン種は、公知の方法(例えば日局一般試験法)に従って定量することができる。
心筋保護液に配合される他の成分としては、限定するものではないが、グルコース、マンニトールなどの糖質、リドカイン、プロカインなどの局所麻酔薬、アデノシン、一酸化窒素などの血管拡張薬、カルシウム拮抗薬、亜硝酸薬が挙げられる。
【0028】
「ナトリウムイオン」は、1つの側面において、血液(細胞外液)とのイオンバランスを保つための成分である。ナトリウムイオンは、例えば、塩化ナトリウム、炭酸水素ナトリウムなどの塩を水溶液に溶解させることによって得られる。ナトリウムイオンは、例えば、心筋保護液に100~150mEq/L、好ましくは110~130mEq/L、より好ましくは115~125mEq/L、さらに好ましくは120±3mEq/L含まれるように配合される。
【0029】
「カリウムイオン」は、1つの側面において、急激な心停止を誘導し、虚血下での心筋保護効果を高めるための成分である。カリウムイオンは、例えば、塩化カリウムなどの塩を水溶液に溶解させることによって得られる。カリウムイオンは、例えば、心筋保護液に5~35mEq/L、好ましくは8~25mEq/L、より好ましくは10~20mEq/L、さらに好ましくは14~17mEq/L、15±0.5mEq/Lまたは16±0.5mEq/L含まれるように配合される。
【0030】
「カルシウムイオン」は、1つの側面において、虚血下での細胞膜透過性を正常に維持し、再灌流時のカルシウムパラドックスを予防するための成分である。カルシウムイオンは、例えば、塩化カルシウム水和物を水溶液に溶解させることによって得られる。カルシウムイオンは、例えば、心筋保護液に0.5~5mEq/L、好ましくは2~4mEq/L、より好ましくは2~3mEq/L、さらに好ましくは2.4±0.2mEq/L含まれるように配合される。
【0031】
「マグネシウムイオン」は、1つの側面において、虚血下でのカルシウムの心筋細胞への流入、または心筋細胞内のマグネシウム、カリウムの流出を防ぎ、心筋の保護効果を高めるための成分である。マグネシウムイオンは、例えば、塩化マグネシウム水和物を水溶液に溶解させることによって得られる。マグネシウムイオンは、例えば、心筋保護液に2~55mEq/L、好ましくは15~45mEq/L、より好ましくは20~40mEq/L、さらに好ましくは30~35mEq/Lまたは32±1mEq/L含まれるように配合される。
【0032】
心筋保護液が10mEq/mL以上のカリウムイオンを含有する場合、マグネシウムイオンは、例えば、前記心筋保護液に15~45mEq/L、より好ましくは20~40mEq/L、さらに好ましくは30~35mEq/Lまたは32±0.5mEq/L含まれるように配合される。心筋保護液が10mEq/mL未満のカリウムイオン濃度を含有する場合、マグネシウムイオンは、例えば、前記心筋保護液に40~55mEq/L、好ましくは45~55mEq/L、より好ましくは50±1mEq/L含まれるように配合される。
【0033】
「塩化物イオン」は、1つの側面において、血液とのバランスを保つための成分である。塩化物イオンは、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウムなどの塩を水溶液に溶解させることによって得られる。塩化物イオンは、例えば、心筋保護液に100~180mEq/L、好ましくは130~170mEq/L、より好ましくは150~170mEq/L、さらに好ましくは160.4±5mEq/L含まれるように配合される。
【0034】
「重炭酸イオン」(「炭酸水素イオン」ともいう。)は、1つの側面において、血液に近い弱アルカリ性とすること、かつ、医薬溶液に緩衝能を付与することによって、心筋の保護効果を高めるための成分である。重炭酸イオンは、例えば、炭酸水素ナトリウムなどの塩を水溶液に溶解させることによって得られる。重炭酸イオンは、例えば、心筋保護液に5~20mEq/L、好ましくは8~18mEq/L、より好ましくは8~12mEq/L、さらに好ましくは9~11mEq/Lまたは10±0.5mEq/L含まれるように配合される。
【0035】
本明細書において「医薬溶液」は、医薬上許容される各種のイオン種および場合により他の成分を含有する水溶液を意味する。医薬溶液は、公知の方法により調製することができる。医薬溶液は、例えば、各種のイオン種を与える電解質および場合により他の成分を水又は水溶液に溶解することにより調製することができる。本発明において、心筋保護液は、少なくとも2つの医薬溶液を合すること、例えば混合することにより調製することができる。重炭酸イオンを含有する医薬溶液と他の医薬溶液を合して心筋保護液を調製する場合、カルシウムイオンおよびマグネシウムイオンのいずれか一方又はその両方は、不溶性の塩または微粒子(炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム)の形成を防ぐために、重炭酸イオンを含有しない医薬溶液に配合される。調製された医薬溶液は、例えば、フィルター濾過又は高圧蒸気滅菌により滅菌されてよい。
【0036】
限定するものではないが、少なくとも2つの医薬溶液のいずれかの医薬溶液は、混合により調製される心筋保護液が所定のpH(例えばpH7.6~8.0)となるようpH調整されてよい。pH調整は、限定するものではないが、希塩酸または水酸化ナトリウムの添加により行うことができる。pH調整は、例えば、重炭酸イオンを含有しない医薬溶液に対して希塩酸を添加することにより行われてよい。重炭酸イオンを含有しない医薬溶液は、例えば、pH3.0~4.8、好ましくはpH3.6~4.0、より好ましくは3.8±0.1に調整される。医薬溶液は、限定するものではないが、フィルター濾過された後に、複室収容容器に収容され、その後、さらに高圧蒸気滅菌(例えば118℃、16分間)されてよい。
【0037】
滅菌後の複室収容容器は、限定するものではないが、酸素検知剤および炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤と共に、ガス非透過性の外装体に収容される。複室収容容器と外装体との間の空間部には、限定するものではないが、滅菌処理により放出された炭酸ガスに相当する重炭酸イオンを補填できる量の炭酸ガスが充填される。炭酸ガスは、例えば、窒素ガスなどの他の気体との混合ガスとして充填されてよい。
【0038】
一例において、炭酸ガスは、例えば、以下が達成される量で空間部に充填される: 複室収容容器内の重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液の重炭酸イオン(溶存二酸化炭素)濃度と空間部の炭酸ガス(気相中の二酸化炭素ガス)濃度とが平衡に達した後に、平衡化後の第2の医薬溶液の重炭酸イオン濃度が、滅菌処理前の第2の医薬溶液の所定の重炭酸イオン濃度の100±2%、好ましくは100±1.5%、より好ましくは100±1%となる。重炭酸イオン濃度は、例えば、液体(イオン)クロマトグラフィーにより測定される。一例において、重炭酸イオン濃度は、PCI-305S(6μm 8.0mmID×300mm)をカラムとして用いた液体クロマトグラフィーにより、測定することができる。溶存二酸化炭素濃度と気相中の二酸化炭素濃度との平衡化までに要される期間は、複室収容容器の材質などに依存するが、例えば、収容体の製造後1週間または2週間もしくはそれ以上であってよい。
【0039】
他の例において、炭酸ガスは、溶存二酸化炭素濃度と気相中の二酸化炭素ガス濃度とが平衡に達した後に、滅菌処理前の所定の重炭酸イオン濃度の100±2%、100±1.5%又は100±1%となり、且つ、重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液を含む心筋保護液のpHが所定のpH範囲内(例えば7.6~8.0)となる、量にて空間部に充填される。
【0040】
他の例において、炭酸ガスは、例えば、窒素ガスと混合した混合ガスとして、炭酸ガス1~7%、1~6%、1~5%の混合ガスを、重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液の容積の1~4倍、1~3倍、1~2倍の容積で、複室収容容器とガス非透過性の外装体との間の空間部に充填される。
【0041】
他の例において、炭酸ガスは、例えば、以下が達成される量で空間部に充填される: 第2の医薬溶液の溶存二酸化炭素と気相中の二酸化炭素ガスとが平衡に達した後に、空間部の炭酸ガス(二酸化炭素)濃度が0.1~5%、好ましくは0.2~2.5%、より好ましくは0.3~1.5%となる。この例において、前記医薬溶液を含む心筋保護液のpHは、所定のpHの範囲内にあることが好ましい。
【0042】
ポート部と液的に流通可能に連結された収容室には、限定するものではないが、血清(血漿)イオン濃度が正常範囲のナトリウム(135~146mEq/mL)、正常範囲のカリウム(3.5~5.0mEq/mL)を含有し、その浸透圧が275~300mOsm/kg(浸透圧比(生理食塩液に対する比)が約1)である医薬溶液が収容される。この実施形態によれば、複室収容容器の各医薬溶液を隔てる隔壁が開通されない状態で、医薬溶液がポート部から対象に注入されたとしても、血清イオン濃度が正常範囲内で浸透圧比が1の医薬溶液が注入されることとなり、注入対象へのダメージを極力抑えることができ、fail-safeの観点から好ましい。
【0043】
<実施形態1>
図1は、本発明の1つの実施形態に係る収容体を示す模式図である。
収容体(1)は、ガス非透過性の外装体(2)、外装体に収容された複室収容容器(3)、及び外装体と複室収容容器との間の空間部(4)に、酸素検知剤(5)および炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤(6)を含む。複室収容容器(3)は、外壁(36)内に第1の収容室(31)、第2の収容室(32)、及び第3の収容室(33)を含む。
【0044】
第1の収容室(31)と第2の収容室(32)とは第1の隔壁(301)により隔てられている。第1の隔壁(301)は、第1の収容室(31)を構成する内壁(37a)の一部を構成し、また、第2の収容室(32)を構成する内壁(37b)の一部を構成する。
第2の収容室(32)と第3の収容室(33)とは第2の隔壁(302)により隔てられている。第2の隔壁(302)は、第2の収容室(32)を構成する内壁(37b)の一部を構成し、また、第3の収容室(33)を構成する内壁(37c)の一部を構成する。
【0045】
複室収容容器(3)は、収容する溶液の注入を可能にするポート部(35)を備えている。ポート部(35)は、第3の収容室(33)に液的に流通可能に連結されており、栓体(34)により密栓されている。
【0046】
使用者は、収容体(1)のガス非透過性の外装体(2)を開封する際に、又は開封直後に、酸素検知剤(5)の色を確認する。酸素検知剤(5)は、常温下、酸素濃度0.1%以下ではピンク色であり、酸素濃度が0.5%以上で青色に変色する。酸素検知剤(5)は空気との接触により10分程度で変色する。
【0047】
使用者は、酸素検知剤(5)がピンク色を呈している場合、容量1Lの複室収容容器(3)を取り出して、使用することが可能である。酸素検知剤(5)が青色を呈している場合、外装体(2)にピンホールが発生している恐れがあり、医薬製剤の安定性の観点から、その収容体(1)は使用できない。即ち、外装体(2)にピンホールが発生すると、後述する第2の医薬溶液中の重炭酸イオンから生成し、外装体(2)と複室収容容器(3)との間の空間部(4)に放出された炭酸ガスが、外装体(2)外に放出されることとなる。この結果、第2の医薬溶液中の重炭酸イオンと空間部(4)の炭酸ガスとの平衡が炭酸ガスを発生する方向に傾き、第2の医薬溶液のpHは上昇する。pHが上昇した第2の医薬溶液から調製される心筋保護液は、所定のpHよりもアルカリ性に傾き得る。そのようなアルカリ性に傾いた心筋保護液の対象への注入は、副作用の危険があり、所期の目的が達成されない恐れがある。
【0048】
炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤(6)は、空間部(4)に存在する酸素ガスを吸収する。空間部(4)の酸素ガス濃度は0.1%以下となる。
【0049】
第1の収容室(31)には、108.9mEq/Lのナトリウムイオン、21.1mEq/Lのカリウムイオン、3.4mEq/Lのカルシウムイオン、45.7mEq/Lのマグネシウムイオン、及び179.1mEq/Lの塩化物イオンを含有する第1の医薬溶液(pH3.8)700mLが収容されている。
【0050】
第2の収容室(32)には、146mEq/Lのナトリウムイオン、4mEq/Lのカリウムイオン、116.7mEq/Lの塩化物イオン、及び33.3mEq/Lの重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液300mLが収容されている。第2の医薬溶液は、血清(血漿)イオン濃度の正常範囲内(ナトリウム正常範囲135~146mEq/mL、カリウム正常範囲3.5~5.0mEq/mL)であり、さらに浸透圧が275~300mOsm/kgである。この実施形態によれば、第2の医薬溶液が、ポート部(35)から遠位にある第1の収容室(31)に収容された第1の医薬溶液と混合されずに、ポート部(35)から、第2の医薬溶液が対象に直接注入された場合であっても、注入対象である心臓のダメージが極力小さくなることが期待される。
【0051】
第3の収容室(33)は、第1の隔壁が開通されていない状態で本医薬製剤が使用された場合でも、第2の医薬溶液のみがポート部(35)から対象に注入されないように設けられた安全機構である。この実施形態において、第3の収容室(33)は空室である。
【0052】
第1の隔壁(301)は、第1の収容室(31)への加圧により剥離もしくは開通され、第1の医薬溶液と第2の医薬溶液とが液的に流通可能となる。第1の医薬溶液と第2の医薬溶液とは混合され、心筋保護液(混合液)が調製される。
【0053】
第2の隔壁(302)は、第1の隔壁(301)よりも強い接着強度もしくは溶着強度を有する(第1の隔壁の接着/溶着強度 < 第2の隔壁の接着/溶着強度)。この強度の差異により、第2の収容室(32)を加圧しても、第1の隔壁(301)が第2の隔壁(302)よりも先に開通され、第1の医薬溶液と第2の医薬溶液とを含む心筋保護液が調製されてから、第2の隔壁(302)が開通されることとなる。
【0054】
第2の隔壁(302)は、第1の隔壁(301)が開通された後、さらなる加圧により、開通される。第2の隔壁(302)が開通されると、心筋保護液は、ポート部(35)に流入して、栓体(34)と接触する。心筋保護液は、栓体(34)を貫通する針などを介して、心筋保護回路に送液され、対象(心臓)に注入される。
【0055】
実施形態1では、心筋保護液は2つの医薬溶液から調製されたが、これに限定されるものではない。心筋保護液は、例えば、3つの医薬溶液から調製されてもよい。この場合、複室収容容器(3)は、少なくとも対応する数の収容室を備える。
【0056】
実施形態1では、複室収容容器(3)は容量1Lであったが、これに限定されるものではない。複室収容容器(3)は、限定するものではないが、容量0.1L~3Lであってよい。実施形態1では、複室収容容器(3)は、3つの収容室を備えていたが、これに限定されるものではない。複室収容容器(3)は、例えば、2つの収容室、4つの収容室、もしくはそれ以上の収容室を備えたものであってよい。
【0057】
実施形態1では、酸素検知剤(5)と炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤(6)は、外装体(2)中にそれぞれ1個含んだが、これに限定されるものではなく、脱酸素剤(6)、及び酸素検知剤(5)は複数個含めてよい。また、酸素検知剤(5)と脱酸素剤(6)とは、外形的に分離した別個の剤として外装体(2)に含まれたが、これに限定されるものではなく、酸素検知剤(5)と脱酸素剤(6)とが外形的に一個となった一体型であってよい。
【0058】
実施形態1では、酸素検知剤(5)は、色が変化するものであったが、これに限定されるものではない。また、上記実施態様では、脱酸素剤(6)は、空間部(4)の酸素ガス濃度を0.1%以下とするものであったが、これに限定されるものではない。
【0059】
実施形態1では、重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液は、ポート部(35)から近位の第2の収容室(32)に収容されたが、これに限定されるものではない。重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液が、ポート部(35)から遠位の第1の収容室(31)に収容されてもよい。
【0060】
実施形態1では、第1の医薬溶液および第2の医薬溶液は、所定濃度の特定のイオン種の組合せを含んだが、これに限定されるものではない。少なくとも2つの医薬溶液が第1の医薬溶液および第2の医薬溶液からなる場合、それらを混合して重炭酸イオンを含有する所定の心筋保護液を調製することができれば、特に制限なく、各イオン種をそれぞれの医薬溶液に配合することができる。重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液に、マグネシウムイオンおよび/またはカルシウムイオンを配合すると、不溶性の塩または微粒子を形成する恐れがあるため、マグネシウムイオンおよび/またはカルシウムイオンは、重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液とは別の医薬溶液に配合することが好ましい。
【0061】
実施形態1では、第1の医薬溶液は、カルシウムイオンおよびマグネシウムイオンの両方を含んだが、これに限定されない。一例において、心筋保護液を調製するための少なくとも2つの医薬溶液は、カルシウムイオンおよびマグネシウムイオンをいずれか一方またはその両方を含まない。他の例において、少なくとも2つの医薬溶液のうち、1つ医薬溶液が重炭酸イオンを含有する場合、その他の医薬溶液がカルシウムイオンおよびマグネシウムイオンのいずれか一方又は両方を含む。この例において、1つの医薬溶液が重炭酸イオンを含有し、もう1つ医薬溶液がカルシウムイオンを含有し、その他の医薬溶液がマグネシウムイオンを含有してもよい。
【0062】
実施形態1では、第1の医薬溶液および第2の医薬溶液は共に、ナトリウムイオンおよびカリウムイオンを含んだが、これに限定されるものではない。一例において、心筋保護液を調製するための少なくとも2つの医薬溶液は、重炭酸イオンなどの他のイオン種を配合するために含められる対イオンとしてのナトリウムイオンを除き、ナトリウムイオンを含まない。他の例において、少なくとも2つの医薬溶液が、調製される心筋保護液に所定濃度のカリウムイオンおよびナトリウムイオンを与える量のカリウムイオンおよびナトリウムイオンを含む。
限定するものではないが、第1の医薬溶液が、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、及び塩化物イオンを含有し、第2の医薬溶液が、ナトリウムイオン、カリウムイオン、塩化物イオン、及び重炭酸イオンを含有する。
【0063】
実施形態1では、第1の医薬溶液および第2の医薬溶液を含む心筋保護液は、120mEq/Lのナトリウムイオン、16mEq/Lのカリウムイオン、2.4mEq/Lのカルシウムイオン、32mEq/Lのマグネシウムイオン、160.4mEq/Lの塩化物イオン、及び10mEq/Lの重炭酸イオンを含有したが、これに限定されるものではない。
【0064】
一例として、心筋保護液は、100~150mEq/Lのナトリウムイオン、5~35mEq/Lのカリウムイオン、0.5~5mEq/Lのカルシウムイオン、2~55mEq/Lのマグネシウムイオン、100~180mEq/Lの塩化物イオン、及び5~20mEq/Lの重炭酸イオンを含む。
【0065】
実施形態1では、第1の医薬溶液と第2の医薬溶液との容積比は7:3であったが、これに限定されるものではない。第1の医薬溶液と第2の医薬溶液との容積比は、例えば、1:4~4:1、好ましくは1:1~4:1、より好ましくは2:1~3:1であってよい。
【0066】
実施形態1では、第1の医薬溶液のpHは3.8であったが、これに限定されるものではない。第1の医薬溶液は、例えば、pH調整を行わなくてもよく、或いはpHを3.0~4.8、好ましくは3.6~4.0、より好ましくは3.8±0.1に調整してもよい。
【0067】
実施形態1では、第1の医薬溶液および第2の医薬溶液は、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、重炭酸イオン、及び塩化物イオンのみを含んだが、これに限定されるものではない。少なくとも2つの医薬溶液は、目的に応じて、グルコースなどの糖質または局所麻酔薬などの他の成分を含んでよい。
【0068】
実施形態1では、第3の収容室(33)は空室であったが、これに限定されるものではない。実施形態1では、第3の収容室(33)は、安全機構として設けられたが、これに限定されない。例えば、第3の収容室(33)は、第3の医薬溶液を収容するために設けられる。他の例では、第3の収容室(33)は設けられていない。
【0069】
<実施形態2>
実施形態1の収容体(1)は、以下のように製造することができる。
【0070】
複室収容容器(3)の第1の収容口を通じて、実施形態1の第1の医薬溶液を第1の収容室(31)に注入し、次いで、第1の収容口を密封することで、前記第1の医薬溶液を第1の収容室(31)に収容する。密栓された第1の収容口(303)は、第1の収容室(31)の内壁(37a)の一部を構成する。同様に、第2の医薬溶液を第2の収容室(32)に収容する。密栓された第2の収容口(304)は、第2の収容室(32)の内壁(37b)の一部を構成する。
【0071】
第1、第2の医薬溶液を収容した複室収容容器(3)を、118℃にて16分間高圧蒸気滅菌する。滅菌処理により、第2の収容室(32)に収容された第2の医薬溶液中の重炭酸イオン(HCO3
-)の一部が炭酸ガス(CO2)として複室収容容器(3)外に放出される。その結果、第2の収容室(32)に収容された第2医薬溶液のpHは、第2の医薬溶液調製時よりも上昇する。第2の医薬溶液のpHがより高値であるとき、調製される心筋保護液のpHもより高値を示してアルカリ性に傾くことになる。そのようにアルカリ性に傾いた心筋保護液では、所期の目的が達成されない恐れがあるため、使用しないことが好ましい。
【0072】
滅菌した複室収容容器(3)を、酸素検知剤(5)および炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤(6)と共に、ガス非透過性の外装体(2)の収容口を通じて収容する。外装体(2)と複室収容容器(3)との間の空間部(4)に、滅菌処理により減少した前記第2の医薬溶液の重炭酸イオンを補填するために、炭酸ガスを含む混合ガスを充填する。炭酸ガスを含む混合ガスの充填後に、外装体(2)の収容口を密封して、収容体(1)を得る。
【0073】
炭酸ガスを含む混合ガスの充填は、収容体(1)の空間部(4)の炭酸ガス濃度と第2の医薬溶液の重炭酸イオン(溶存二酸化炭素)濃度とが平衡に達した後に、平衡化後の第2の医薬溶液の重炭酸イオン濃度が、滅菌処理前の第2の医薬溶液の重炭酸イオン濃度の98~102%となるような量にて充填される。一例において、第2の医薬溶液が300mLの場合、炭酸ガス濃度1.8%と窒素ガスとを含む混合ガスを550mL充填する。充填する炭酸ガス濃度は、重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液の容積、重炭酸イオン濃度、滅菌処理の条件に依存するが、例えば、炭酸ガス濃度1~3%の混合ガスを、重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液の容積の1~3倍の容積で導入する。
【0074】
実施形態2では、第1の医薬溶液を第1の収容室(31)に収容した後に、第2の医薬溶液を第2の収容室(32)に収容したが、これに限定されない。複室収容容器(3)の各収容室に各医薬溶液を収容する順序は、適宜設定することができる。例えば、医薬溶液の収容室への収容は同時に行われてもよい。
【0075】
実施形態2では、加熱滅菌として、高圧蒸気滅菌が行われたが、これに限定されない。加熱滅菌としては、例えば、高圧蒸気滅菌、熱水スプレー滅菌、熱水シャワー滅菌、及び熱水浸漬滅菌が挙げられる。上記実施例では、高圧蒸気滅菌を118℃にて16分間行ったが、これに限定されない。
【0076】
実施形態2では、滅菌した複室収容容器(3)を、滅菌した後にガス非透過性の外装体に収容したが、これに限定されない。
【0077】
実施形態2では、滅菌した複室収容容器(3)を、酸素検知剤(5)および炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤(6)と共に、ガス非透過性の外装体(2)に収容したが、これに限定されない。例えば、酸素検知剤(5)および炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤(6)をガス非透過性の外装体(2)に収容した後に、滅菌した複室収容容器(3)を外装体(2)に収容していてもよい。
【0078】
実施形態2では、空間部(4)への炭酸ガスを含む混合ガス充填は、複室収容容器(3)、酸素検知剤(5)および脱酸素剤(6)の収容後に行ったが、これに限定されない。例えば、炭酸ガスを含む混合ガスの充填は、複室収容容器(3)、酸素検知剤(5)および脱酸素剤(6)の収容に先行して行われてよく、又は同時に行われてもよい。他の例において、炭酸ガスを含む混合ガスの充填は、例えば、該混合ガスを充填した区画(部屋)にて、複室収容容器(3)、酸素検知剤(5)および脱酸素剤(6)を、外装体(2)に収容してもよい。
【0079】
実施形態2では、空間部(4)への充填は炭酸ガスと窒素ガスとの混合ガスを用いたが、これに限定されない。充填するガスは、例えば、炭酸ガス単独であってもよく、炭酸ガスと窒素ガス以外のガスの混合ガスであってもよく、または、炭酸ガスと窒素ガスと更に他のガスの混合ガスであってもよい。
【0080】
本明細書に記載の複室収容容器、外装体、脱酸素剤、炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤、各種の医薬溶液などに関する特徴は、これらの実施形態1及び2にも適用される。
【0081】
本発明の実施形態は、例えば、以下に記載されるものであってよいが、これらに限定されない:
[項1] 複室収容容器;前記複室収容容器を包装するガス非透過性の外装体;及び前記複室収容容器と前記外装体との間の空間部に酸素検知剤および炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤、を含む心筋保護液の収容体であって、前記複室収容容器が、少なくとも第1の収容室、第2の収容室、及び前記2つの収容室を隔てる第1の隔壁、を含み、前記第1の収容室が、第1の医薬溶液を収容し、前記第2の収容室が、重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液を収容し、前記第1の医薬溶液および前記第2の医薬溶液のいずれか又はその両方がカリウムイオンを含み、前記心筋保護液が、前記第1の医薬溶液および前記第2の医薬溶液を含み、並びに、5~20mEq/Lの重炭酸イオン及び5~35mEq/Lのカリウムイオンを含有する、収容体。
【0082】
[項2] 前記脱酸素剤が、炭素-炭素不飽和結合を有する架橋高分子化合物を含有する、項1記載の収容体。
[項3] 前記第1の医薬溶液がマグネシウムイオンを含有し、前記心筋保護液が、2~55mEq/Lのマグネシウムイオンを含む、項1又は項2記載の収容体。
[項4] 前記第1の医薬溶液がカルシウムイオンを含有する、項1~項3のいずれかに記載の収容体。
[項5] 前記心筋保護液のpHが7.6~8である、項1~項4のいずれかに記載の収容体。
【0083】
[項6] 前記第1の医薬溶液と前記第2の医薬溶液の容積比が1:1~4:1であり、
前記心筋保護液が、ナトリウムイオンを100~150mEq/L、カリウムイオンを5~35mEq/L、カルシウムイオンを0.5~5mEq/L、マグネシウムイオンを2~55mEq/L、重炭酸イオンを5~20mEq/Lを含有し、そのpHが7.6~8である、項1~項5のいずれかに記載の収容体。
[項6-1] 前記心筋保護液が、塩化物イオン100~180mEq/Lを更に含有する、項6に記載の収容体。
[項7] 前記第1の医薬溶液が、ナトリウムイオンを108.9±10mEq/L、カリウムイオンを21.1±2mEq/L、カルシウムイオンを3.4±0.3mEq/L、及びマグネシウムイオンを45.7±5mEq/L含有し、及びその浸透圧が275~300mOsm/kgであり、並びに前記第2の医薬溶液が、ナトリウムイオンを146±10mEq/L、カリウムイオンを4±0.4mEq/L、及び重炭酸イオンを33.3±3mEq/L含有し、及びその浸透圧が275~300mOsm/kgである、項6に記載の収容体。
[項7-1] 前記第1の医薬溶液が、塩化物イオン179.1±20mEq/Lを更に含有する、項7に記載の収容体。
[項7-2] 前記第2の医薬溶液が、塩化物イオン116.7±10mEq/Lを更に含有する、項7又は項7-1に記載の収容体。
【0084】
[項8] 複室収容容器;前記複室収容容器を包装するガス非透過性の外装体;及び前記複室収容容器と前記外装体との間の空間部に脱酸素剤および酸素検知剤、を含む心筋保護液の収容体であって、前記複室収容容器が、少なくとも第1の収容室、第2の収容室、及び第3の収容室、並びに第1の収容室と第2の収容室を隔てる第1の隔壁、及び第2の収容室と第3の収容室を隔てる第2の隔壁を含み、前記第1の収容室が、ナトリウムイオンを108.9±10mEq/L、カリウムイオンを21.1±2mEq/L、カルシウムイオンを3.4±0.3mEq/L、及びマグネシウムイオンを45.7±5mEq/L含有し、及びその浸透圧が275~300mOsm/kgである第1の医薬溶液を収容し、前記第2の収容室が、ナトリウムイオンを146±10mEq/L、カリウムイオンを4±0.4mEq/L、及び重炭酸イオンを33.3±3mEq/L含有し、及びその浸透圧が275~300mOsm/kgである第2の医薬溶液を収容し、前記第1の医薬溶液と前記第2の医薬溶液との容積比が7:3であり、前記心筋保護液が、前記第1の医薬溶液および前記第2の医薬溶液を含み、及びナトリウムイオンを110~130mEq/L、カリウムイオンを14~17mEq/L、カルシウムイオンを2~3mEq/L、マグネシウムイオンを30~35mEq/L、及び重炭酸イオンを8~12mEq/Lを含有し、そのpHが7.6~8であり、その浸透圧が275~300mOsm/kgであり、並びに、前記脱酸素剤が炭素-炭素不飽和結合を有する架橋高分子化合物を含有する、収容体。
[項8-1] 前記第1の医薬溶液が、塩化物イオン179.1±20mEq/Lを更に含有する、項8に記載の収容体。
[項8-2] 前記第2の医薬溶液が、塩化物イオン116.7±10mEq/Lを更に含有する、項8又は項8-1に記載の収容体。
[項8-3] 前記心筋保護液が、塩化物イオン150~170mEq/Lを更に含有する、項8、項8-1又は項8-2に記載の収容体。
【0085】
[項9]心筋保護液の収容体の製造方法であって、第1の医薬溶液を収容した第1の収容室、重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液を収容した第2の収容室、及び前記2つの収容室を隔てる第1の隔壁を少なくとも含む複室収容容器を滅菌する工程;前記複室収容容器、酸素検知剤、及び炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤をガス非透過性の外装体に収容する工程;炭酸ガスを前記外装体に充填する工程;及び炭酸ガス充填後に前記外装体を密封する工程を含み、ここで、前記第1の医薬溶液および前記第2の医薬溶液のいずれか又はその両方がカリウムイオンを含み、前記心筋保護液が、前記第1の医薬溶液および前記第2の医薬溶液を含み、及び、5~20mEq/Lの重炭酸イオン及び5~35mEq/Lのカリウムイオンを含有する、製造方法。
【0086】
[項10] 前記脱酸素剤が、炭素-炭素不飽和結合を有する架橋高分子化合物を含有する、項9記載の製造方法。
[項11] 前記第1の医薬溶液がマグネシウムイオンを含有し、前記心筋保護液が2~55mEq/Lのマグネシウムイオンを含む、項9又は項10記載の製造方法。
[項12] 前記第1の医薬溶液がカルシウムイオンを含有する、項9~項11のいずれかに記載の製造方法。
[項13] 前記心筋保護液のpHが7.6~8である、項9~項12のいずれかに記載の製造方法。
【0087】
[項14]前記第1の医薬溶液と前記第2の医薬溶液の容積比が1:1~4:1であり、前記心筋保護液がナトリウムイオンを100~150mEq/L、カリウムイオンを5~35mEq/L、カルシウムイオンを0.5~5mEq/L、マグネシウムイオンを2~55mEq/L、及び重炭酸イオンを5~20mEq/Lを含有し、そのpHが7.6~8である、項9~項13のいずれかに記載の製造方法。
[項14-1] 前記心筋保護液が、塩化物イオン100~180mEq/Lを更に含有する、項14に記載の製造方法。
[項15] 前記第1の医薬溶液が、ナトリウムイオンを108.9±10mEq/L、カリウムイオンを21.1±2mEq/L、カルシウムイオンを3.4±0.3mEq/L、及びマグネシウムイオンを45.7±5mEq/L含有し、及びその浸透圧が275~300mOsm/kgであり、並びに
前記第2の医薬溶液が、ナトリウムイオンを146±10mEq/L、カリウムイオンを4±0.4mEq/L、及び重炭酸イオンを33.3±3mEq/L含有し、及びその浸透圧が275~300mOsm/kgである、項14に記載の製造方法。
[項15-1] 前記第1の医薬溶液が、塩化物イオン179.1±20mEq/Lを更に含有する、項15に記載の製造方法。
[項15-2] 前記第2の医薬溶液が、塩化物イオン116.7±10mEq/Lを更に含有する、項15又は項15-1に記載の製造方法。
【0088】
[項16] 心筋保護液の収容体の製造方法であって、第1の医薬溶液および重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液を収容した複室収容容器を滅菌する工程;滅菌した複室収容容器をガス非透過性の外装体に収容する工程;及び複室収容容器を収容した前記外装体を密封し、心筋保護液の収容体を得る工程;を含み、ここで、前記収容工程は、前記複室収容容器と前記外装体との間の空間部に、酸素検知剤および炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤を含める工程、及び炭酸ガスを充填する工程を含み、前記複室収容容器が、少なくとも第1の収容室、第2の収容室、及び第3の収容室、並びに第1の収容室と第2の収容室を隔てる第1の隔壁、及び第2の収容室と第3の収容室を隔てる第2の隔壁を含み、前記第1の収容室がナトリウムイオンを108.9±10mEq/L、カリウムイオンを21.1±2mEq/L、カルシウムイオンを3.4±0.3mEq/L、及びマグネシウムイオンを45.7±5mEq/L含有し、及びその浸透圧が275~300mOsm/kgである第1の医薬溶液を収容し、及び前記第2の収容室がナトリウムイオンを146±10mEq/L、カリウムイオンを4±0.4mEq/L、及び重炭酸イオンを33.3±3mEq/L含有し、及びその浸透圧が275~300mOsm/kgである第2の医薬溶液を収容し、前記第1の医薬溶液と前記第2の医薬溶液との容積比が7:3であり、前記心筋保護液が、前記第1の医薬溶液および前記第2の医薬溶液を含み、及びナトリウムイオンを110~130mEq/L、カリウムイオンを14~17mEq/L、カルシウムイオンを2~3mEq/L、マグネシウムイオンを30~35mEq/L、及び重炭酸イオンを8~12mEq/Lを含有し、そのpHが7.6~8であり、その浸透圧が275~300mOsm/kgであり、並びに前記脱酸素剤が炭素-炭素不飽和結合を有する架橋高分子化合物を含有する、製造方法。
[項16-1] 前記第1の医薬溶液が、塩化物イオン179.1±20mEq/Lを更に含有する、項16に記載の製造方法。
[項16-2] 前記第2の医薬溶液が、塩化物イオン116.7±10mEq/Lを更に含有する、項16又は項16-1に記載の製造方法。
[項16-3] 前記心筋保護液が、塩化物イオン150~170mEq/Lを更に含有する、項16、項16-1、又は項16-2に記載の製造方法。
【0089】
[項17] 炭酸ガスの充填工程において、複室収容容器と外装体との間の空間部の炭酸ガス(二酸化炭素)濃度と第2の医薬溶液の重炭酸イオン濃度とが平衡に達した後に、平衡化後の第2の医薬溶液の重炭酸イオン濃度が、滅菌工程前の第2の医薬溶液の重炭酸イオン濃度の98~102%となる量である、項9~項16のいずれかに記載の製造方法。
[項18] 滅菌工程が高圧蒸気滅菌を含む、項8~項17のいずれかに記載の製造方法。
[項19] 心筋保護液がナトリウムイオン(Na+)120mEq/L、カリウムイオン(K+)16mEq/L、カルシウムイオン(Ca2+)2.4mEq/L、マグネシウムイオン(Mg2+)32mEq/L、及び重炭酸イオン(HCO3
-)10mEq/Lを含有する、項1~項8のいずれかに記載の収容体。
[項19―1] 前記心筋保護液が、塩化物イオン(Cl-)160.4mEq/Lを更に含有する、項19に記載の収容体。
[項20] 心筋保護液がナトリウムイオン(Na+)120mEq/L、カリウムイオン(K+)16mEq/L、カルシウムイオン(Ca2+)2.4mEq/L、マグネシウムイオン(Mg2+)32mEq/L、及び重炭酸イオン(HCO3
-)10mEq/Lを含有する、項9~項17のいずれかに記載の製造方法。
[項20-1] 前記心筋保護液が、塩化物イオン(Cl-)160.4mEq/Lを更に含有する、項20に記載の製造方法。
【0090】
以下、具体的な実施例を記載するが、それらは本発明の好ましい実施形態を示すものであり、添付する特許請求の範囲に記載の発明をいかようにも限定するものではない。
【実施例】
【0091】
[試験1]
1.医薬溶液(試験1)の調製
心筋保護液であるSt.Thomas第2液の市販品(ミオテクター(登録商標)冠血管注、共和クリティケア株式会社)は、第1の医薬溶液(495mL)を収容するプラスチック製容器と、第2の医薬溶液(5mL)を収容するガラスアンプルの形態で提供され、第1の医薬溶液と第2の医薬溶液を用時に混合することで、心筋保護液が調製される用時調製タイプの薬液である。ミオテクター心筋保護液製剤の第1の医薬溶液および第2の医薬溶液の組成成分、並びにミオテクター心筋保護液製剤の混合液(以下「ミオテクター心筋保護液」ともいう。)の各イオン濃度(理論値)を以下の表に示す。
【0092】
【0093】
ミオテクター心筋保護液のイオン種を、第1の医薬溶液(pH3.8)および第2の医薬溶液の2つの医薬溶液に適宜配合し、それらをフィルター濾過した後に、容量1Lのダブルバッグ収容容器各収容室にそれぞれ収容した。
【0094】
容量1Lのダブルバッグ収容容器(複室収容容器)には、第1の収容室(容量700mL)、第2の収容室(容量300mL)、第1の収容室と第2の収容室とを隔てる第1の隔壁、及び収容された溶液の注入を可能にするポート部が第2の収容室に液的に流通可能に設けられている。
【0095】
ミオテクター心筋保護液のイオン種を、第1の医薬溶液、第2の医薬溶液に含めるにあたって、以下の2つの事項を考慮した:カルシウムイオン及びマグネシウムイオンと、重炭酸イオンとを同じ医薬溶液に含めた場合、不溶性の塩又は微粒子が生じ得る。このため、カルシウムイオン及びマグネシウムイオンと、重炭酸イオンとは別々の医薬溶液に含めた。次に、ポート部から近位の収容室に収容される医薬溶液は、血清(血漿)の正常なイオン濃度範囲内となる濃度のナトリウムイオン及びカリウムイオンを配合し、且つ、浸透圧が275~300mOsm/kg(浸透圧比(生理食塩液に対する比)が約1)となるようにした。
【0096】
第1の医薬溶液および第2の医薬溶液の組成成分、及びイオン濃度を以下の表に示す。
【表2】
【0097】
【表3】
* pH調節剤(希塩酸)由来のCl
-は含まない。
【0098】
2.収容体(試験1)の製造
容量1Lのダブルバッグ収容容器のポート部に栓体を熔着して密栓した。第1、第2の収容室にそれぞれ第1、第2の医薬溶液を収容し、各収容室の収容口を密封(富士インパルス社、オートシーラー(FA-450-5W))した。ダブルバッグ収容容器を、滅菌装置(GPS-100/10SPXG、日阪製作所)にて滅菌した。滅菌したダブルバッグ収容容器を、ガス非透過性の外装体に入れた。ダブルバッグ収容容器と外装体との間の空間部に、窒素ガスと炭酸ガス(0~10%)との混合ガス550mLを外装体の収容口から充填した。収容口を密封して、収容体を製造した。
【0099】
3.安定性試験(試験1)
製造した収容体を、25±2℃、60±5%RHにて2週間保管し、空間部の炭酸ガスの安定性、第2の医薬溶液の重炭酸イオンの安定性を確認した(n=2)。保管期間は、空間部の炭酸ガス濃度が収容体製造後10日までに安定したことが確認されたため、2週間とした。
空間部の炭酸ガス濃度(製造直後、2週間後)、2週間の保管後の各溶液のpH、及び2週間保管後の第2の医薬溶液の重炭酸イオンの濃度比を以下の表にまとめた。
【表4】
*1 O
2/CO
2分析計(Dansensor社、CheckMate3)を用いた。
*2 pHメーター(東亜ディーケーケー社、HM-30R)を用いた。
*3 [2週間保管後の第2の医薬溶液の重炭酸イオン濃度(w/v%)]/[調製時の第2の医薬溶液の重炭酸イオン濃度(w/v%)]×100を意味する。調製時の第2の医薬溶液の重炭酸イオン濃度は0.280(w/v%)であった。
【0100】
炭酸ガス0%の窒素ガスを充填した場合、空間部は、製造直後には炭酸ガスを含まなかったが、2週間後には0.2%の炭酸ガスを含んだ。これは、第2の医薬溶液の重炭酸イオンが分解して生成された炭酸ガスが、複室収容容器から空間部に放出されたことを示す。重炭酸イオンの濃度比の低下は、心筋保護液のpHの上昇をもたらす。実際、炭酸ガス0%の窒素ガスを充填した場合の、2週間保管後の心筋保護液(第1、第2の医薬溶液の混合液)のpHは、滅菌処理前の第1、第2の医薬溶液を混合して調製した心筋保護液のpH7.75よりも上昇した(pH8.1)。ミオテクター心筋保護液はpHの規格は7.6~8.0の薬液であることから、炭酸ガス0%の窒素ガスを充填した場合のpHはその規格の上限値を上回った。
【0101】
炭酸ガス1%の混合ガスを充填した場合、空間部は、製造直後には1%の炭酸ガスを含んでいたが、2週間後には0.4%炭酸ガスにまで減少した。これは、空間部の炭酸ガスが第2の医薬溶液に溶け込んだためと考えられた。実際、2週間保管後の第2の医薬溶液の重炭酸イオンの濃度比(98.9/98.6%)は、炭酸ガス0%の場合(97.5%)と比べて、増加していた。この重炭酸イオンの濃度比の増加を反映して、2週間保管後の第2の医薬溶液のpH(8.4)は、炭酸ガス0%の場合(pH8.6/8.5)と比べて、低下した。この結果は、空間部の炭酸ガスが、第2の医薬溶液に重炭酸イオンとして供給されたことを示す。
炭酸ガス1%の混合ガスを用いた場合の心筋保護液(第1、第2の医薬溶液の混合液)のpHは7.9であり、ミオテクター心筋保護液のpHの規格範囲(7.6~8.0)の範囲内となった。
【0102】
炭酸ガス1%の混合ガスを用いた場合、2週間の保管により、空間部の炭酸ガスが第2の医薬溶液に重炭酸イオンとして供給されたが、滅菌処理を行う前の第2の医薬溶液の重炭酸イオンの濃度比(100%)を下回った(98.9/98.6%)。これは、空間部から補填された炭酸ガスによる重炭酸イオンでは、滅菌処理により放出された炭酸ガスに相当する重炭酸イオンを十分に補填できていないことを示す。
【0103】
炭酸ガス1%の混合ガスの結果は、より高濃度の炭酸ガスを用いた場合、滅菌処理により放出された炭酸ガスに相当する重炭酸イオンを十分に補填できる可能性を示す。実際、炭酸ガス3%の混合ガスを充填した場合、第2の医薬溶液の重炭酸イオンの濃度比は99.6/100%であり、滅菌処理前の含有率(100%)に相当した。この結果は、空間部の3%炭酸ガスは、滅菌処理により第2の医薬溶液から放出された炭酸ガスに相当する量の重炭酸イオンを、保管中に補填したことを示す。
3%炭酸ガスを充填し平衡化した第2の医薬溶液を含む心筋保護液のpH(7.6)は、滅菌処理を行っていない試験1の心筋保護液のpH7.75とほぼ同等の値となった。
【0104】
試験1の結果から、滅菌後の複室収容容器を外装体へ収容した後に、適切な濃度及び容積の炭酸ガスを充填することで、滅菌処理により重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液から炭酸ガスとして放出された重炭酸イオンに相当する量の重炭酸イオンを補填でき、所定のpH範囲の心筋保護液を提供できることが示された。
【0105】
[試験2]
試験1は、ガス非透過性の外装体にピンホール等の破れが発生し難い状況下で実施された。このため、試験1では、ピンホール検知システム(例えば、脱酸素剤と酸素検知剤との組合せ)を導入していなかった。しかし、実際には、心筋保護液の収容体は製造された後、使用される現場まで運搬され、その運搬時の摩擦等によりピンホール等の破れが外装体に生じ得る。ガス非透過性の外装体にピンホール等の破れが発生した場合、複室収容容器と外装体との間の空間部のガスが収容体外部の空気と徐々に置換される。そのような収容体では、所定の心筋保護液が得られない恐れがある。従って、重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液を収容する収容体において、ピンホールの検知は重要である。試験2では、心筋保護液の収容体に対してピンホール検知システムの導入を検討した。
【0106】
重炭酸イオンを含有する薬液の収容体において、重炭酸イオンを含有する薬液の十分な安定化のために、炭酸ガス発生型の脱酸素剤を用いる方法が知られている(特許文献1)。特許文献1によれば、炭酸ガス発生型の脱酸素剤は、炭酸ガス充填の代替法として開示されている。従って、試験2では、試験1で行った炭酸ガス充填に代えて、炭酸ガス発生型の脱酸素剤と酸素検知剤との組合せによるピンホール検知システムの導入を検討した。
【0107】
1.収容体(試験2)の製造
第1の医薬溶液のpHを無調整(pH5.7)、pH4.0及びpH3.6としたこと、複室収容容器と外装体との間の空間部に充填するガスを窒素ガス(炭酸ガス0%)540mLとしたこと、及び前記空間部に炭酸ガス発生型の脱酸素剤(三菱ガス化学製、GE-100RXF)および酸素検知剤を含めたことを除いて、試験1と実質的に同じ方法で、収容体(試験2)を製造した。
【0108】
2.安定性試験(試験2)
保管期間を2週間から3週間としたことを除いて、試験1と実質的に同じ安定性試験を行った(n=2)。空間部における炭酸ガスおよび酸素ガス濃度(製造直後、3週間後)、並びに3週間保管後の各溶液のpHを以下の表にまとめた。
【表5】
*1: ピンホールの発生により、試験を中止した。
【0109】
第1の医薬溶液のpHに拠らず、3週間の保管の間に、空間部の炭酸ガス濃度は0%から1.9~2.8%に増加した。他方、酸素ガス濃度は0.22~0.54%から0.01~0.02%に低下した。これらの結果は、試験2で導入した炭酸ガス発生型の脱酸素剤が、酸素ガスを吸収しつつ、炭酸ガスを放出することを示した。
【0110】
3週間の保管により、第2の医薬溶液のpHは、pH8.6/8.5(試験1、炭酸ガス0%の結果)からpH7.8~7.9に低下した。これは、炭酸ガス発生型の脱酸素剤から放出された炭酸ガスが、第2の医薬溶液に重炭酸イオンとして補填されたことを示す。3週間の保管後の第1、第2の医薬溶液を含む心筋保護液(混合液)のpHは7.2~7.4であり、ミオテクター心筋保護液のpHの規格範囲(7.6~8.0)の下限値を下回った。
【0111】
試験2では、滅菌処理により第2の医薬溶液から炭酸ガスとして放出された重炭酸イオンに相当する量の重炭酸イオンを補填しつつ、ピンホールを検知するシステム(炭酸ガス発生型の脱酸素剤と酸素検知剤との組合せ)を導入した。しかし、炭酸ガス発生型の脱酸素剤では、3週間の保管の間に、第2の医薬溶液に補填される重炭酸イオンの量が所定の量よりも多く、結果的に、得られる心筋保護液はミオテクター心筋保護液のpHの規格範囲を下回った。
【0112】
この結果は、炭酸ガス発生型の脱酸素剤を利用したピンホール検知システムの導入は、重炭酸イオン濃度が比較的高い従来の透析液または補充液(扶桑薬品工業株式会社、サブラッド(登録商標)血液ろ過用補充液BSG(重炭酸イオン濃度:約35mEq/mL))には特段の問題はないが、St.Thomas第2液のように、重炭酸イオン濃度が低い(10mEq/mL)薬液の収容体に利用するには問題があることを示す。
【0113】
炭酸発生型の脱酸素剤を利用したピンホール検知システムの導入に問題があった理由は、炭酸ガスの発生量が所定の量よりも多くなったことが挙げられる。また、炭酸ガスの発生量が、空間部に存在する酸素ガスの量に依存し得ることも問題と考えられた。即ち、製造直後の酸素ガス濃度が0.24[%]の場合(第1の医薬溶液(pH3.6))、3週間保管後の炭酸ガス濃度は2.0[%]であったのに対して、製造直後の酸素ガス濃度が0.41[%]と高い場合(第1の医薬溶液(pH4.0))、3週間保管後の炭酸ガス濃度も2.8[%]と高くなった。この結果は、空間部に存在する酸素ガスの量によって、発生する炭酸ガスの量が影響を受けることを示す。
【0114】
これらの結果は、炭酸ガス発生型の脱酸素剤を利用したピンホール検知システムでは、比較的濃度の低い重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液の製剤の品質を確保することは容易ではないことを示す。
【0115】
[試験3]
試験1では、複室収容容器と外装体との間の空間部に炭酸ガスを充填すれば、滅菌処理により減少した重炭酸イオンを補うことができ、それによって所定の心筋保護液を得ることができることが示された。試験2では、炭酸ガスを充填しつつ、ピンホールを検知するシステムの導入のために、炭酸ガス発生型の脱酸素剤の利用を検討したが、炭酸ガス発生型の脱酸素剤は、比較的低濃度の重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液の収容体に利用するには問題があることを示す。
試験3では、炭酸ガス発生型の脱酸素剤の利用に代えて、複室収容容器と外装体との間の空間部に所定量の炭酸ガスを充填しつつ、炭酸ガスを発生しないタイプ(炭酸ガス非発生型)の脱酸素剤を利用したピンホール検知システムの導入を検討した。
【0116】
1.収容体(試験3)の製造
第1の医薬溶液のpHをpH4.0及びpH3.6としたこと、及び複室収容容器と外装体との間の空間部に炭酸ガス非発生型の脱酸素剤(三菱ガス化学製、ZH100R)および酸素検知剤を含めたことを除いて、試験1と実質的に同じ方法で、収容体(試験3)を製造した。
【0117】
2.安定性試験(試験3)
試験1と実質的に同じ安定性試験を行った(n=2)。空間部における炭酸ガスおよび酸素ガス濃度(製造直後、2週間後)、及び2週間保管後の各溶液のpHを以下の表にまとめた。
【表6】
【0118】
試験3に用いた炭酸ガス非発生型の脱酸素剤の利用によって、製造時に空間部に存在した酸素ガスは、2週間後には0%になった。また、製造時に空間部に充填した炭酸ガスは、2週間後には0%になった。これらの結果は、用いた炭酸ガス非発生型の脱酸素剤は、酸素ガスを吸収し、かつ炭酸ガスも吸収することを示した。
空間部に充填した炭酸ガスが脱酸素剤によって吸収されたため、第2の医薬溶液に重炭酸イオンは補填されず、結果的に、得られる心筋保護液のpHは8.0~8.2となり、いずれもミオテクター心筋保護液のpHの規格範囲(7.6~8.0)の上限値を上回った。
【0119】
他の炭酸ガス非発生型の脱酸素剤(三菱ガス化学製、GLS-100)も、試験3と同様に検討した。しかし、前記脱酸素剤も、酸素ガスに加えて炭酸ガスも吸収し、その結果得られた心筋保護液は、ミオテクター心筋保護液のpHの規格範囲の上限値を上回った。
【0120】
これらの結果は、炭酸ガス非発生型の脱酸素剤(炭酸ガスを吸収するタイプの脱酸素剤)を利用したピンホール検知システムの導入は、比較的低濃度の重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液の収容体に利用するには問題があることを示す。
【0121】
[実施例1]
試験1~3の結果から、重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液を滅菌した後、滅菌により放出された炭酸ガスに相当する重炭酸イオンを補填するために、空間部に炭酸ガスを充填すること、及び空間部に充填した炭酸ガスの濃度に影響しない(即ち、炭酸ガスを発生せず、且つ炭酸ガスを吸収しない)脱酸素剤が、比較的低濃度の重炭酸イオンを含有する第2の医薬溶液の収容体の製造に利用できる可能性が示唆された。
【0122】
1.炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤
実施例1では、炭酸ガスを発生せず(炭酸ガス非発生)、且つ炭酸ガスを吸収しない(炭酸ガス非吸収)タイプの脱酸素剤として、エージレスGP(三菱ガス化学製)を用いた。
【0123】
まず、炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤が、炭酸ガスを発生せず、且つ炭酸ガスを吸収もせずに、酸素を吸収するかを確認した。
ガス非透過性の外装体に、上記脱酸素剤を入れ、2.5%炭酸ガス/97.5%窒素ガス(440mL)+空気(100mL)の混合ガス(540mL)を充填して、密封した。炭酸ガス濃度[%]および酸素ガス濃度[%]を、O2/CO2分析計(Dansensor社、CheckMate3)を用いて、密封直後、密封後3日、7日に測定した。測定結果を以下の表にまとめた。
【0124】
【0125】
上記表から、用いた炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤は、密封後3日、7日経過後も、ほとんど炭酸ガス濃度[%]に変化は見られなかった。一方、酸素ガス濃度は0.1[%]以下となった。従って、炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤は、炭酸ガスを発生せず、且つ炭酸ガスの吸収もないことが確かめられた。
【0126】
2.収容体(実施例1)の製造
複室収容容器と外装体との間の空間部に炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤(三菱ガス化学製)および酸素検知剤(エージレス・アイ、三菱ガス化学製)を含めたこと、及び空間部に窒素ガスと炭酸ガス2%とを含む混合ガスを400mL、500mL、600mL、700mL充填したことを除いて、試験1と実質的に同じ方法で、収容体(実施例1)を製造した。
【0127】
3.収容体(比較例1)の製造
脱酸素剤を外装体に入れないことを除いて、実施例1と実質的に同じ方法で、収容体(比較例1)を製造した。
【0128】
4.安定性試験(実施例1、比較例1)
試験1と実質的に同じ安定性試験を、収容体(実施例1、n=3)と収容体(比較例1、n=2)について行った。複室収容容器と外装体との間の空間部における炭酸ガスおよび酸素ガス濃度(製造直後、2週間後)、2週間保管後の各溶液のpH、及び2週間保管後の第2の医薬溶液の重炭酸イオンの濃度比を以下の表にまとめた。
【表8】
*1: [2週間保管後の第2の医薬溶液の重炭酸イオン濃度(w/v%)]/[調製時の第2の医薬溶液の重炭酸イオン濃度(w/v%)]×100を意味する。調製時の第2の医薬溶液の重炭酸イオン濃度は0.281(w/v%)であった。
【0129】
炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤を用いなかった場合(比較例1)と比べて、前記脱酸素剤を用いた場合(実施例1)の酸素濃度は低かった。これにより、酸素検知剤によるピンホール検出が可能であることが確認された。
【0130】
炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤を用いなかった場合(比較例1)と比べて、前記脱酸素剤を用いた場合(実施例1)の2週間の保管後の炭酸ガス濃度は、ほぼ同じであった。これは、前記脱酸素剤によって、空間部の炭酸ガス濃度が実質的に影響を受けていないことを示す。
【0131】
[実施例2]
実施例1で実証された所望の心筋保護液を与える収容体の安定性を確認した。
【0132】
1.医薬溶液の調製
第1の医薬溶液(pH3.8、35L)を、塩化ナトリウム222.66g、塩化カリウム55.16g、塩化カルシウム・2水和物8.82g、及び塩化マグネシウム・6水和物162.64gを水に溶かして、調製した。
第2の医薬溶液(pH8.1、16L)を、塩化ナトリウム105.36g、塩化カリウム4.76g、及び炭酸水素ナトリウム44.80gを水に溶かして、調製した。
【0133】
2.収容体(実施例2)の製造
容量1Lのダブルバッグ収容容器のポート部に栓体を熔着して密栓した。第1の医薬溶液(720mL)、及び第2の医薬溶液(310mL)をそれぞれフィルター濾過して、ダブルバッグ収容容器の収容室にそれぞれ収容し、収容口を密封した。
ダブルバッグ収容容器を、滅菌装置にて滅菌した。滅菌したダブルバッグ容器を、実施例1で用いた脱酸素剤(三菱ガス化学製)及び酸素検知剤(エージレス・アイ、三菱ガス化学製)と共にガス非透過性の外装体に入れ、炭酸ガス2%と窒素ガスの混合ガス580mLを充填し、収容体(実施例2)を製造した。
【0134】
3.安定性の確認
安定性の確認を以下の保存条件で行った:
条件(1) : 温度:40℃±1℃、湿度:75%RH±5%RH
条件(2) : 温度:25℃±2℃、湿度:60%RH±5%RH
【0135】
測定項目は、pH、重炭酸イオン濃度、浸透圧比、不溶性微粒子、不溶性異物、及び性状(外観)を含んだ(n=2)。測定項目の測定は、条件(1)では開始時と開始後1、3、6カ月に、及び条件(2)では開始時と開始後3ヵ月に、実施した。
【0136】
4.試験結果
(1)pH及び重炭酸イオン濃度
各溶液のpHは、日本薬局方、一般試験法(pH測定法)に従って測定した。第2の医薬溶液の重炭酸イオン濃度[mEq/L]は、カラム(PCI-305S(6μm 8.0mmID×300mm))を用いた液体クロマトグラフィーにより測定した。その結果を以下の表に示す。
【表9】
【0137】
第2の医薬溶液の重炭酸イオン濃度[mEq/L]は、カラム(PCI-305S(6μm 8.0mmID×300mm))を用いた液体クロマトグラフィーにより測定した。その結果を以下の表に示す。
【表10】
単位:mEq/L
*1: ピンホールの発生により、測定を中止した。
【0138】
条件(2)では、試験開始から3ヶ月が経過しても、得られた心筋保護液(混合液)のpH(7.69/7.71)は、試験開始時のpH(7.71/7.72)とほぼ変わりがなかった。条件(1)で6カ月間保存を行っても、得られた心筋保護液(混合液)のpH(7.91/7.92)は、ミオテクター心筋保護液のpHの規格範囲(pH7.6~8.0)内にあった。
また、条件(1)及び条件(2)のいずれにおいても第2の医薬溶液の重炭酸イオン濃度[mEq/L]にほぼ変化がないことを示した。
以上の結果は、pH及び重炭酸イオン濃度に関して製造された収容体が、収容した各医薬溶液に十分な安定性を与えることを示した。
【0139】
(2)浸透圧比
第1、第2の医薬溶液の浸透圧比は、日本薬局方、一般試験法(オスモル濃度測定法)により浸透圧を測定し、次式により算出した:
浸透圧比=試料溶液の浸透圧(mOsm)/生理食塩水の浸透圧(286mOsm)。
その結果を以下の表に示す。
【表11】
以上の結果は、浸透圧比に関して製造された収容体が、収容した各医薬溶液に十分な安定性を与えることを示した。
【0140】
(3)不溶性微粒子
各溶液の不溶性微粒子は、日本薬局方、一般試験法(注射剤の不溶性微粒子試験法 第1法)に従って測定した。その結果を以下の表に示す。なお、条件(1)の1カ月後の測定は行わなかった。
【表12】
以上の結果は、不溶性微粒子形成に関して製造された収容体が、収容した各医薬溶液に十分な安定性を与えることを示した。
【0141】
(4)不溶性異物
第1の医薬溶液、第2の医薬溶液、それらの混合液(心筋保護液)の不溶性異物は、日本薬局方、一般試験法(注射剤の不溶性異物検査法 第1法)に従って測定した。その結果、条件(1)及び条件(2)のいずれにおいても不溶性異物は認められなかった。この結果は、不溶性異物形成に関して製造された収容体が、収容した各医薬溶液に十分な安定性を与えることを示した。
【0142】
(5)性状(外観)
第1の医薬溶液、第2の医薬溶液の性状(外観)は、日本薬局方 通則に従って、測定した。その結果、条件(1)及び条件(2)のいずれにおいても性状(外観)は無色澄明のままで変化がなかった。この結果は、性状(外観)に関して製造された収容体が、収容した各医薬溶液に十分な安定性を与えることを示した。
【符号の説明】
【0143】
1 収容体
2 ガス非透過性の外装体
3 複室収容容器
4 空間部
5 酸素検知剤
6 炭酸ガス非発生・非吸収型の脱酸素剤
31 第1の収容室
32 第2の収容室
33 第3の収容室
34 栓体
35 ポート部
36 外壁
37a 第1の収容室の内壁
37b 第2の収容室の内壁
37c 第3の収容室の内壁
301 第1の隔壁
302 第2の隔壁
303 密封された第1の収容口
304 密封された第2の収容口