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  • 特許-鋼板 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-03
(45)【発行日】2024-09-11
(54)【発明の名称】鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240904BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240904BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20240904BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/58
C22C38/00 301R
C21D9/46 S
C21D9/46 E
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023550482
(86)(22)【出願日】2022-08-30
(86)【国際出願番号】 JP2022032671
(87)【国際公開番号】W WO2023053829
(87)【国際公開日】2023-04-06
【審査請求日】2023-08-21
(31)【優先権主張番号】P 2021157830
(32)【優先日】2021-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】中田 耕平
(72)【発明者】
【氏名】石川 恭平
(72)【発明者】
【氏名】豊田 武
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-003385(JP,A)
【文献】特開2015-190058(JP,A)
【文献】特開2010-100923(JP,A)
【文献】国際公開第2022/145063(WO,A1)
【文献】国際公開第2022/145066(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/58
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.020~0.500%、
Si:0.10~3.00%、
Mn:0.50~3.00%、
P:0.0001~0.100%以下、
S:0.0100%以下、
Al:1.000%以下、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Pr:0~0.8000%、Sm:0~0.8000%、Eu:0~0.8000%、Gd:0~0.8000%、Tb:0~0.8000%、Dy:0~0.8000%、Ho:0~0.8000%、Er:0~0.8000%、Tm:0~0.8000%、Yb:0~0.8000%、Lu:0~0.8000%、及びSc:0~0.8000%からなる群より選択される少なくとも1種のX元素、
Nb:0~0.100%、
Ti:0~0.200%、
V:0~1.00%、
Cu:0~0.50%、
Ni:0~1.00%、
Cr:0~1.00%、
Mo:0~0.50%、
W:0~0.50%、
Zr:0~0.0600%、
Ca:0~0.0600%、
Mg:0~0.0600%、
La、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種:合計で0~0.0600%、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
下記式1及び式2を満たす化学組成を有し、
有効結晶粒径が10.0μm以下であり、
板厚が6.0mm以下である、鋼板。
0.40[Pr]+0.37[Sm]+0.37[Eu]+0.36[Gd]+0.35[Tb]+0.34[Dy]+0.34[Ho]+0.33[Er]+0.33[Tm]+0.32[Yb]+0.32[Lu]+1.24[Sc]-2.33[O]-3.99[N]-1.74[S] ≧ 0.0003 ・・・式1
1.80×[P]-(0.40[Pr]+0.37[Sm]+0.37[Eu]+0.36[Gd]+0.35[Tb]+0.34[Dy]+0.34[Ho]+0.33[Er]+0.33[Tm]+0.32[Yb]+0.32[Lu]+1.24[Sc]-2.33[O]-3.99[N]-1.74[S]) < 0.010 ・・・式2
ここで、[Pr]、[Sm]、[Eu]、[Gd]、[Tb]、[Dy]、[Ho]、[Er]、[Tm]、[Yb]、[Lu]、[Sc]、[O]、[N]、[S]、及び[P]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0である。
【請求項2】
前記化学組成が、さらに、質量%で、
Nb:0.003~0.100%、
Ti:0.005~0.200%、
V:0.001~1.00%、
Cu:0.001~0.50%、
Ni:0.001~1.00%、
Cr:0.001~1.00%、
Mo:0.001~0.50%、
W:0.001~0.50%、
Zr:0.0001~0.0600%、
Ca:0.0001~0.0600%、
Mg:0.0001~0.0600%、並びに
La、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種:合計で0.0001~0.0600%
のうち1種又は2種以上を含む、請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
Mg含有量が0%であるか又は0.0003~0.0600%である、請求項1又は2に記載の鋼板。
【請求項4】
Mg含有量が0%であるか又は0.0016~0.0600%である、請求項3に記載の鋼板。
【請求項5】
前記有効結晶粒径が7.5μm以下である、請求項1又は2に記載の鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼中に固溶したリン(P)(以下、「固溶P」ともいう)は、鋼中の特定の箇所、例えば、デンドライト樹間、結晶粒界に濃化して、鋼材の靭性、延性、耐食性及び溶接性などの特性を低下させる場合があることが知られている。鋼材のこれらの特性を向上させるためには、鋼中の固溶P量を低減することが重要であるが、P含有量を極端に低減させるには製造コストの上昇が避けられない。そのため、従来技術において鋼中のPを無害化する方法が提案されている(例えば、特許文献1及び2参照)。
【0003】
特許文献1では、希土類元素(REM)を含有する大入熱溶接用調質高張力鋼が記載されている。また、特許文献1では、B含有量を0.0010重量%までにして、REM含有量を0.002重量%以上とすることにより、Pを極端に低下させなくても応力除去焼なましによる母材靭性の劣化を実用上問題のない程度にすることが可能であり、かつ大入熱溶接特性も優れることが教示されている。
【0004】
特許文献2では、P含有量に応じてNdを含有することによって、Pのミクロ偏析が分散された鋼が記載されている。特許文献2では、デンドライト樹間において濃化するPと添加したNdとを化合させ、Pを鋼中に微細に分散させて無害化することが記載されている。また、特許文献2では、溶鋼に含有されるREMをNd単体とすることにより粒界脆化を起こしにくくすることができると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開昭59-159966号公報
【文献】特開2010-100923号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
鋼中の固溶Pが比較的多いと粒界脆化を引き起こし、鋼板の靭性及び延性等の低下を招くことから、これらの特性を向上させるためには、鋼中の固溶P量を低減して粒界脆化を抑制することが好ましい。しかしながら、特許文献1では、鋼中の固溶P量を低減するという観点からは十分な検討はなされていない。一方、特許文献2では、REMのうち実用鋼に添加可能なものはLa、Ce及びNdに限られ、Pを無害化するために最も有効なREMとしてNdを選択した旨が記載されている。したがって、特許文献2では、La、Ce及びNd以外の元素については必ずしも十分な検討はなされておらず、それゆえ特許文献2に記載の発明においては、鋼中における固溶P量の低減、さらには固溶Pに起因する粒界脆化の抑制に関して依然として改善の余地があった。
【0007】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、新規な構成により、固溶Pに起因する粒界脆化の発生を抑制可能な鋼板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成するために、鋼中の固溶P量を低減させることのできる元素について検討を行った。その結果、本発明者らは、特定元素の量を一定量以上確保するとともに、当該特定元素の量と鋼中のP含有量との関係を所定の範囲内とすることにより、鋼中の固溶P量を低減させることができることを見出した。更に、本発明者らは、鋼板の有効結晶粒の微細化によって単位体積当たりの粒界面積が増大し、結晶粒界に偏析するP量(粒界偏析P量)が顕著に低減することを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
上記目的を達成し得た鋼板は、以下のとおりである。
(1)質量%で、
C:0.020~0.500%、
Si:0.10~3.00%、
Mn:0.50~3.00%、
P:0.0001~0.100%以下、
S:0.0100%以下、
Al:1.000%以下、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Pr:0~0.8000%、Sm:0~0.8000%、Eu:0~0.8000%、Gd:0~0.8000%、Tb:0~0.8000%、Dy:0~0.8000%、Ho:0~0.8000%、Er:0~0.8000%、Tm:0~0.8000%、Yb:0~0.8000%、Lu:0~0.8000%、及びSc:0~0.8000%からなる群より選択される少なくとも1種のX元素、
Nb:0~0.100%、
Ti:0~0.200%、
V:0~1.00%、
Cu:0~0.50%、
Ni:0~1.00%、
Cr:0~1.00%、
Mo:0~0.50%、
W:0~0.50%、
Zr:0~0.0600%、
Ca:0~0.0600%、
Mg:0~0.0600%、
La、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種:合計で0~0.0600%、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
下記式1及び式2を満たす化学組成を有し、
有効結晶粒径が10.0μm以下であり、
板厚が6.0mm以下である、鋼板。
0.40[Pr]+0.37[Sm]+0.37[Eu]+0.36[Gd]+0.35[Tb]+0.34[Dy]+0.34[Ho]+0.33[Er]+0.33[Tm]+0.32[Yb]+0.32[Lu]+1.24[Sc]-2.33[O]-3.99[N]-1.74[S] ≧ 0.0003 ・・・式1
1.80×[P]-(0.40[Pr]+0.37[Sm]+0.37[Eu]+0.36[Gd]+0.35[Tb]+0.34[Dy]+0.34[Ho]+0.33[Er]+0.33[Tm]+0.32[Yb]+0.32[Lu]+1.24[Sc]-2.33[O]-3.99[N]-1.74[S]) < 0.010 ・・・式2
ここで、[Pr]、[Sm]、[Eu]、[Gd]、[Tb]、[Dy]、[Ho]、[Er]、[Tm]、[Yb]、[Lu]、[Sc]、[O]、[N]、[S]、及び[P]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0である。
(2)前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.003~0.100%、
Ti:0.005~0.200%、
V:0.001~1.00%、
Cu:0.001~0.50%、
Ni:0.001~1.00%、
Cr:0.001~1.00%、
Mo:0.001~0.50%、
W:0.001~0.50%、
Zr:0.0001~0.0600%、
Ca:0.0001~0.0600%、
Mg:0.0001~0.0600%、並びに
La、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種:合計で0.0001~0.0600%
のうち1種又は2種以上を含む、上記(1)に記載の鋼板。
(3)Mg含有量が0%であるか又は0.0003~0.0600%である、上記(1)又は(2)に記載の鋼板。
(4)Mg含有量が0%であるか又は0.0016~0.0600%である、上記(3)に記載の鋼板。
(5)前記有効結晶粒径が7.5μm以下である、上記(1)~(4)のいずれか1項に記載の鋼板。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、鋼中の固溶P量が低減された鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】X元素を含有するリン化物の析出ノーズを示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<鋼板>
本発明の実施形態に係る鋼板は、質量%で、
C:0.020~0.500%、
Si:0.10~3.00%、
Mn:0.50~3.00%、
P:0.0001~0.100%以下、
S:0.0100%以下、
Al:1.000%以下、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Pr:0~0.8000%、Sm:0~0.8000%、Eu:0~0.8000%、Gd:0~0.8000%、Tb:0~0.8000%、Dy:0~0.8000%、Ho:0~0.8000%、Er:0~0.8000%、Tm:0~0.8000%、Yb:0~0.8000%、Lu:0~0.8000%、及びSc:0~0.8000%からなる群より選択される少なくとも1種のX元素、
Nb:0~0.100%、
Ti:0~0.200%、
V:0~1.00%、
Cu:0~0.50%、
Ni:0~1.00%、
Cr:0~1.00%、
Mo:0~0.50%、
W:0~0.50%、
Zr:0~0.0600%、
Ca:0~0.0600%、
Mg:0~0.0600%、
La、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種:合計で0~0.0600%、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
下記式1及び式2を満たす化学組成を有し、
有効結晶粒径が10.0μm以下であり、
板厚が6.0mm以下であることを特徴としている。
0.40[Pr]+0.37[Sm]+0.37[Eu]+0.36[Gd]+0.35[Tb]+0.34[Dy]+0.34[Ho]+0.33[Er]+0.33[Tm]+0.32[Yb]+0.32[Lu]+1.24[Sc]-2.33[O]-3.99[N]-1.74[S] ≧ 0.0003 ・・・式1
1.80×[P]-(0.40[Pr]+0.37[Sm]+0.37[Eu]+0.36[Gd]+0.35[Tb]+0.34[Dy]+0.34[Ho]+0.33[Er]+0.33[Tm]+0.32[Yb]+0.32[Lu]+1.24[Sc]-2.33[O]-3.99[N]-1.74[S]) < 0.010 ・・・式2
ここで、[Pr]、[Sm]、[Eu]、[Gd]、[Tb]、[Dy]、[Ho]、[Er]、[Tm]、[Yb]、[Lu]、[Sc]、[O]、[N]、[S]、及び[P]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0である。
【0013】
鋼材の靭性、延性、耐食性及び溶接性などの特性を向上させるためには、先に述べたとおり、鋼中の固溶P量を低減することが一般に重要である。特に、鋼板の製造工程において施される熱処理や溶接による熱影響は、旧オーステナイト粒界への固溶Pの偏析を助長する場合がある。例えば、高強度化のためにマルテンサイト及びベイナイトなどの組織を利用した鋼板においては、鋼中の固溶Pが比較的多いと、上記の熱処理や溶接による熱影響などに起因して当該固溶Pが旧オーステナイト粒界に偏析し、いわゆる粒界脆化を引き起こし、その結果として鋼板の延性及び靭性等を低下させることがある。これに関連して、鋼中のP自体の含有量を低減すれば、それに応じて固溶P量を低減することができるため、当該固溶Pに起因する粒界脆化の発生を抑制することが可能である。しかしながら、P含有量を過度に低減することは、精錬に時間を要し、生産性の低下や製造コストの大幅な上昇を招くという問題がある。
【0014】
そこで、本発明者らは、鋼中の固溶Pと反応してその量を低減させることのできる元素について検討を行った。その結果、本発明者らは、Pr、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、及びScの元素(以下、「X元素」ともいう)の量をそれらの元素が鋼中で形成する介在物、より具体的にはこれらの元素の酸化物、窒化物及び硫化物との関係を考慮しつつ一定量以上確保し(すなわち、式1の左辺に対応する当該X元素の有効量を0.0003%以上とし)、さらに当該特定元素の有効量と鋼中のP含有量との関係を所定の範囲内とすることにより(すなわち、式2の左辺に対応する量を0.010%未満とすることにより)、Pの少なくとも一部をリン化物として固定することができ、このようなリン化物の生成に起因して鋼中の固溶P量を低減することができることを見出した。また、本発明者らは、このような固溶P量自体の低減に加えて、鋼板の有効結晶粒を微細化すること、より具体的には鋼板の有効結晶粒径を10.0μm以下にすることで、単位体積当たりの粒界面積を増大させることができるため、特定の粒界への固溶Pの偏析をより低減することができ、その結果として固溶Pに起因する粒界脆化の発生を顕著に抑制することができることを見出した。
【0015】
上記のX元素は、鋼中に存在するO(酸素)、N(窒素)及びS(硫黄)と結びついて、酸化物、窒化物及び硫化物からなる介在物を形成しやすいという性質を有する。X元素が鋼中でこのような介在物を形成してしまうと、固溶Pとの反応に寄与することができるX元素の量が少なくなり、固溶P量を十分に低減することができなくなる。本発明においては、このような介在物を考慮したX元素の量を、後で詳しく説明する上記式1によって当該X元素の有効量として算出し、そして当該有効量を一定量以上、すなわち0.0003%以上確保することで、当該X元素を固溶Pと反応させてリン化物を形成することができる。リン化物を形成することで、固溶Pの少なくとも一部を固定することができ、固溶Pの粒界への偏析を顕著に抑制することが可能となる。本発明者らの検討の結果、X元素の有効量と鋼中のP含有量を同様に後で詳しく説明する上記式2の関係を満たすようにすることで、より高い固溶Pの低減効果を達成できることが見出された。したがって、本発明によれば、P含有量を過度に低減することなしに鋼中の固溶P量が十分に低減された鋼板を得ることができるため、当該固溶Pに関連する鋼板の特性、例えば、靭性、延性、耐食性、溶接性などの特性を顕著に改善することが可能となる。より具体的には、鋼中の固溶P量を低減することで、例えば焼鈍、溶接等の際に固溶Pが旧オーステナイト粒界に偏析することを抑制することができ、さらには有効結晶粒径を所定の範囲内に低減することで単位体積当たりの粒界面積が増大するため、固溶Pの粒界偏析をさらに顕著に抑制することが可能となる。その結果として、本発明によれば、粒界脆化の発生を確実に抑制することができ、それゆえ鋼板の靭性、延性等の特性を顕著に向上させることが可能となる。
【0016】
本発明におけるX元素は、上記のとおりO、N及びSと結びついて介在物を形成しやすく、それゆえ鋼中で所定の有効量を確保することは一般に困難である。このような事情から、上記X元素による固溶Pの低減効果は従来知られていなかった。しかしながら、近年の精錬技術の進歩により、一般に不純物として鋼中に存在するO、N及びSなどの元素の含有量を非常に低いレベルにまで低減することが可能となったこともあり、今回、上記X元素の所定範囲内における有効量を実現することができた。したがって、上記X元素に関する固溶Pの低減効果は、今回、本発明者らによって初めて明らかにされたことであり、極めて意外であり、また驚くべきことである。
【0017】
以下、本発明の実施形態に係る鋼板についてより詳しく説明する。以下の説明において、各元素の含有量の単位である「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味するものである。また、本明細書において、数値範囲を示す「~」とは、特に断りがない場合、その前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0018】
[C:0.020~0.500%]
炭素(C)は、硬さの安定化及び/又は強度の確保に必要な元素である。これらの効果を十分に得るために、C含有量は0.020%以上である。C含有量は0.022%以上、0.025%以上又は0.030%以上であってもよい。一方で、Cを過度に含有すると、靭性、曲げ性及び/又は溶接性が低下する場合がある。したがって、C含有量は0.500%以下である。C含有量は0.480%以下、0.450%以下又は0.400%以下であってもよい。
【0019】
[Si:0.10~3.00%]
ケイ素(Si)は脱酸元素であり、強度の向上にも寄与する元素である。これらの効果を十分に得るために、Si含有量は0.10%以上である。Si含有量は0.15%以上、0.20%以上又は0.30%以上であってもよい。一方で、Siを過度に含有すると、靭性が低下したり、スケール疵と呼ばれる表面品質不良を発生したりする場合がある。したがって、Si含有量は3.00%以下である。Si含有量は2.00%以下、1.00%以下又は0.60%以下であってもよい。
【0020】
[Mn:0.50~3.00%]
マンガン(Mn)は、焼入れ性及び/又は強度の向上に有効な元素であり、有効なオーステナイト安定化元素でもある。これらの効果を十分に得るために、Mn含有量は0.50%以上である。Mn含有量は0.55%以上、0.60%以上又は0.80%以上であってもよい。一方で、Mnを過度に含有すると、靭性に有害なMnSが生成したり、耐酸化性を低下させたりする場合がある。したがって、Mn含有量は3.00%以下である。Mn含有量は2.70%以下、2.50%以下又は2.00%以下であってもよい。
【0021】
[P:0.0001~0.100%以下]
リン(P)は製造工程で混入する元素である。鋼中の固溶P量を低減するという観点からはPは少ないほど好ましい。しかしながら、P含有量を0.0001%未満に低減するためには精錬に時間を要し、生産性の低下を招く。したがって、P含有量は0.0001%以上である。P含有量は0.0005%以上、0.001%以上、0.003%以上又は、0.005%以上であってもよい。P含有量は、製造コストの観点から、0.007%以上であってもよい。一方で、Pを過度に含有すると、鋼中の固溶P量が増加し、鋼板の種々の特性、例えば靭性、延性、耐食性及び/又は溶接性などの特性が低下する場合がある。したがって、P含有量は0.100%以下である。P含有量は0.095%以下、0.090%以下、0.070%以下、0.050%以下又は0.030%以下であってもよい。
【0022】
[S:0.0100%以下]
硫黄(S)は製造工程で混入する元素であり、本発明の実施形態に係るX元素との間で形成される介在物を低減する観点からは少ないほど好ましく、よってS含有量は0%であってもよい。しかしながら、S含有量を0.0001%未満に低減するためには精錬に時間を要し、生産性の低下を招く。したがって、S含有量は0.0001%以上、0.0005%以上、0.0010%以上、0.0015%以上又は0.0020%以上であってもよい。一方で、Sを過度に含有すると、X元素の有効量が低下するとともに、靭性が低下する場合がある。したがって、S含有量は0.0100%以下である。S含有量は0.0090%以下、0.0080%以下、0.0070%以下、0.0060%以下、0.0050%以下又は0.0040%以下であってもよい。
【0023】
[Al:1.000%以下]
アルミニウム(Al)は、脱酸元素であり、耐食性及び/又は耐熱性を向上させるのに有効な元素でもある。Al含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るために、好ましくは0.001%以上である。Al含有量は0.010%以上、0.020%以上又は0.050%以上であってもよい。一方で、Alを過度に含有すると、粗大な介在物が生成して靭性を低下させたり、製造過程で割れなどのトラブルが発生したり、及び/又は耐疲労特性を低下させたりする場合がある。したがって、Al含有量は1.000%以下である。Al含有量は0.900%以下、0.800%以下、0.700%以下、0.600%以下、0.500%以下又は0.400%以下であってもよい。
【0024】
[N:0.0100%以下]
窒素(N)は製造工程で混入する元素であり、本発明の実施形態に係るX元素との間で形成される介在物を低減する観点からは少ないほど好ましく、よってN含有量は0%であってもよい。しかしながら、N含有量を0.0001%未満に低減するためには精錬に時間を要し、生産性の低下を招く。したがって、N含有量は0.0001%以上、0.0005%以上、0.0010%以上、0.0015%以上、0.0020%以上、0.0025%以上又は0.0030%以上であってもよい。一方で、Nを過度に含有すると、X元素の有効量が低下するとともに、靭性が低下する場合がある。したがって、N含有量は0.0100%以下である。N含有量は0.0090%以下、0.0080%以下、0.0070%以下又は0.0060%以下であってもよい。
【0025】
[O:0.0100%以下]
酸素(O)は製造工程で混入する元素であり、本発明の実施形態に係るX元素との間で形成される介在物を低減する観点からは少ないほど好ましく、よってO含有量は0%であってもよい。しかしながら、O含有量を0.0001%未満に低減するためには精錬に時間を要し、生産性の低下を招く。したがって、O含有量は0.0001%以上、0.0005%以上、0.0010%以上、0.0015%以上、0.0020%以上、0.0025%以上又は0.0030%以上であってもよい。一方で、Oを過度に含有すると、粗大な介在物が形成され、X元素の有効量が低下するとともに、鋼板の成形性及び/又は靭性が低下する場合がある。したがって、O含有量は0.0100%以下である。O含有量は0.0090%以下、0.0080%以下、0.0070%以下、0.0060%以下、0.0050%以下又は0.0040%以下であってもよい。
【0026】
[Pr:0~0.8000%、Sm:0~0.8000%、Eu:0~0.8000%、Gd:0~0.8000%、Tb:0~0.8000%、Dy:0~0.8000%、Ho:0~0.8000%、Er:0~0.8000%、Tm:0~0.8000%、Yb:0~0.8000%、Lu:0~0.8000%、及びSc:0~0.8000%からなる群より選択される少なくとも1種のX元素]
本発明の実施形態に係るX元素は、Pr:0~0.8000%、Sm:0~0.8000%、Eu:0~0.8000%、Gd:0~0.8000%、Tb:0~0.8000%、Dy:0~0.8000%、Ho:0~0.8000%、Er:0~0.8000%、Tm:0~0.8000%、Yb:0~0.8000%、Lu:0~0.8000%、及びSc:0~0.8000%であり、プラセオジム(Pr)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、ルテチウム(Lu)、及びスカンジウム(Sc)はリン化物の形成に基づく固溶Pの低減効果を発現することができる。当該固溶Pの低減効果を発現することで、当該固溶Pに関連する鋼板の特性、例えば、靭性、延性、耐食性、溶接性などの特性を顕著に改善することが可能となる。
【0027】
上記X元素は、いずれか1つの元素を単独で使用してもよいし、又は上記元素のうち2種以上のあらゆる特定の組み合わせにおいて使用してもよい。また、当該X元素は、後で詳しく説明する式1及び2を満たす量において存在すればよく、その下限値は特に限定されない。しかしながら、例えば、各X元素の含有量又は合計の含有量は0.0010%以上であってもよく、好ましくは0.0050%以上であり、より好ましくは0.0150%以上であり、さらにより好ましくは0.0300%以上であり、最も好ましくは0.0500%以上である。一方で、X元素を過度に含有しても効果が飽和し、それゆえ当該X元素を必要以上に鋼板中に含有させることは製造コストの上昇を招く虞がある。したがって、各X元素の含有量は0.8000%以下であり、例えば0.7000%以下、0.6000%以下、0.5000%以下、0.4000%以下又は0.3000%以下であってもよい。また、X元素の含有量の合計は9.6000%以下であり、例えば6.0000%以下、5.0000%以下、4.0000%以下、2.0000%以下、1.0000%以下又は0.5000%以下であってもよい。
【0028】
本発明の実施形態に係る鋼板の基本化学組成は上記のとおりである。さらに、当該鋼板は、必要に応じて以下の任意選択元素のうち1種又は2種以上を含有してもよい。例えば、鋼板は、Nb:0~0.100%、Ti:0~0.200%、V:0~1.00%、Cu:0~0.50%、Ni:0~1.00%、Cr:0~1.00%、Mo:0~0.50%、及びW:0~0.50%うち1種又は2種以上を含有してもよい。また、鋼板は、Zr:0~0.0600%、Ca:0~0.0600%、Mg:0~0.0600%、並びにLa、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種:合計で0~0.0600%、のうち1種又は2種以上を含有してもよい。以下、これらの任意選択元素について詳しく説明する。
【0029】
[Nb:0~0.100%]
ニオブ(Nb)は、析出強化及び再結晶の抑制等に寄与する元素である。Nb含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Nb含有量は0.003%以上であることが好ましい。例えば、Nb含有量は0.005%以上又は0.010%以上であってもよい。一方で、Nbを過度に含有すると、効果が飽和し、加工性及び/又は靭性を低下させる場合がある。したがって、Nb含有量は0.100%以下である。溶接熱影響部(HAZ)の靭性低下を抑制するという観点からは、Nb含有量は0.080%以下、0.050%以下又は0.030%以下であってもよい。
【0030】
[Ti:0~0.200%]
チタン(Ti)は、析出強化等により鋼板の強度向上に寄与する元素である。Ti含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Ti含有量は0.005%以上であることが好ましい。Ti含有量は0.010%以上、0.050%以上又は0.080%以上であってもよい。一方で、Tiを過度に含有すると、多量の析出物が生成して靭性を低下させる場合がある。したがって、Ti含有量は0.200%以下である。Ti含有量は0.150%以下又は0.100%以下であってもよい。
【0031】
[V:0~1.00%]
バナジウム(V)は、析出強化等により鋼板の強度向上に寄与する元素である。V含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、V含有量は0.001%以上であることが好ましい。V含有量は0.01%以上、0.02%以上、0.05%以上又は0.10%以上であってもよい。一方で、Vを過度に含有すると、多量の析出物が生成して靭性を低下させる場合がある。したがって、V含有量は1.00%以下である。V含有量は0.80%以下、0.60%以下又は0.50%以下であってもよい。
【0032】
[Cu:0~0.50%]
銅(Cu)は強度及び/又は耐食性の向上に寄与する元素である。Cu含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Cu含有量は0.001%以上であることが好ましい。Cu含有量は0.01%以上、0.05%以上、0.10%以上又は0.20%以上であってもよい。一方で、Cuを過度に含有すると、靭性や溶接性の劣化を招く場合がある。したがって、Cu含有量は0.50%以下である。Cu含有量は0.45%以下、0.40%以下、0.35%以下又は0.30%以下であってもよい。
【0033】
[Ni:0~1.00%]
ニッケル(Ni)は強度及び/又は耐熱性の向上に寄与する元素であり、有効なオーステナイト安定化元素でもある。Ni含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Ni含有量は0.001%以上であることが好ましい。Ni含有量は0.01%以上、0.05%以上、0.10%以上、0.15%以上又は0.20%以上であってもよい。一方で、Niを過度に含有すると、合金コストの増加に加えて熱間加工時の変形抵抗が増大し、設備負荷が大きくなる場合がある。したがって、Ni含有量は1.00%以下である。経済性の観点及び/又は溶接性の低下を抑制するという観点からは、Ni含有量は0.80%以下、0.70%以下、0.60%以下又は0.50%以下であってもよい。
【0034】
[Cr:0~1.00%]
クロム(Cr)は強度及び/又は耐食性の向上に寄与する元素である。Cr含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Cr含有量は0.001%以上であることが好ましい。Cr含有量は0.01%以上、0.05%以上、0.10%以上、0.15%以上又は0.20%以上であってもよい。一方で、Crを過度に含有すると、合金コストの増加に加えて靭性が低下する場合がある。したがって、Cr含有量は1.00%以下である。溶接性及び/又は加工性の低下を抑制するという観点からは、Cr含有量は0.80%以下、0.70%以下、0.60%以下又は0.50%以下であってもよい。
【0035】
[Mo:0~0.50%]
モリブデン(Mo)は鋼の焼入れ性を高め、強度の向上に寄与する元素であり、耐食性の向上にも寄与する元素である。Mo含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Mo含有量は0.001%以上であることが好ましい。Mo含有量は0.01%以上、0.02%以上、0.05%以上又は0.10%以上であってもよい。一方で、Moを過度に含有すると、熱間加工時の変形抵抗が増大し、設備負荷が大きくなる場合がある。したがって、Mo含有量は0.50%以下である。Mo含有量は0.45%以下、0.40%以下又は0.30%以下であってもよい。
【0036】
[W:0~0.50%]
タングステン(W)は鋼の焼入れ性を高め、強度の向上に寄与する元素である。W含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、W含有量は0.001%以上であることが好ましい。W含有量は0.01%以上、0.02%以上、0.05%以上又は0.10%以上であってもよい。一方で、Wを過度に含有すると、延性や溶接性が低下する場合がある。したがって、W含有量は0.50%以下である。W含有量は0.45%以下、0.40%以下又は0.30%以下であってもよい。
【0037】
[Zr:0~0.0600%]
ジルコニウム(Zr)は、硫化物の形態を制御できる元素である。Zr含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Zr含有量は0.0001%以上であることが好ましい。一方で、Zrを過度に含有しても効果が飽和し、それゆえZrを必要以上に鋼板中に含有させることは製造コストの上昇を招く虞がある。したがって、Zr含有量は0.0600%以下である。
【0038】
[Ca:0~0.0600%]
カルシウム(Ca)は、硫化物の形態を制御できる元素である。Ca含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Ca含有量は0.0001%以上であることが好ましい。一方で、Caを過度に含有しても効果が飽和し、それゆえCaを必要以上に鋼板中に含有させることは製造コストの上昇を招く虞がある。したがって、Ca含有量は0.0600%以下である。
【0039】
[Mg:0~0.0600%]
マグネシウム(Mg)は、硫化物の形態を制御できる元素である。Mg含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Mg含有量は0.0001%以上であることが好ましい。Mg含有量は0.0003%以上、0.0005%以上、0.0007%以上、0.0010%以上、0.0015%超、0.0016%以上、0.0017%以上、0.0018%以上、0.0019%以上、0.0020%以上、0.0022%以上、0.0025%以上、0.0028%以上又は0.0030%以上であってもよい。一方で、Mgを過度に含有しても効果が飽和し、粗大な介在物の形成に起因して冷間成形性及び/又は靭性が低下する場合がある。したがって、Mg含有量は0.0600%以下である。Mg含有量は0.0500%以下、0.0400%以下、0.0300%以下又は0.0200%以下であってもよい。
【0040】
[La、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種:合計で0~0.0600%]
ランタン(La)、セリウム(Ce)、ネオジム(Nd)、プロメチウム(Pm)及びイットリウム(Y)は、Ca及びMgと同様に硫化物の形態を制御できる元素である。La、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種の含有量の合計は0%であってもよいが、このような効果を得るためには0.0001%以上であることが好ましい。La、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種の含有量の合計は0.0002%以上、0.0003%以上又は0.0004%以上であってもよい。一方で、これらの元素を過度に含有しても効果が飽和し、粗大な酸化物等が形成して冷間成形性が低下する場合がある。したがって、La、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種の含有量の合計は0.0600%以下であり、0.0500%以下、0.0400%以下、0.0300%以下又は0.0200%以下であってもよい。
【0041】
本発明の実施形態に係る鋼板において、上記の元素以外の残部は、Fe及び不純物からなる。不純物とは、鋼板を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分等である。
【0042】
[X元素の有効量]
本発明の実施形態によれば、Pr、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、及びScからなるX元素の有効量は、下記式1の左辺によって求められ、そしてその値は下記式1を満たすようにする。
0.40[Pr]+0.37[Sm]+0.37[Eu]+0.36[Gd]+0.35[Tb]+0.34[Dy]+0.34[Ho]+0.33[Er]+0.33[Tm]+0.32[Yb]+0.32[Lu]+1.24[Sc]-2.33[O]-3.99[N]-1.74[S] ≧ 0.0003 ・・・式1
ここで、[Pr]、[Sm]、[Eu]、[Gd]、[Tb]、[Dy]、[Ho]、[Er]、[Tm]、[Yb]、[Lu]、[Sc]、[O]、[N]、及び[S]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0である。
【0043】
上記X元素の有効量を上記式1を満たすようにすることで、鋼中に存在しているX元素と鋼中の固溶Pを反応させてリン化物を形成することができ、このようなリン化物の形成に伴い、鋼中の固溶P量を低減することが可能となる。より詳しく説明すると、これらのX元素(以下、単に「X」ともいう)は、鋼中に存在するO(酸素)、N(窒素)及びS(硫黄)と結びついて、酸化物(X23)、窒化物(XN)及び硫化物(XS)からなる介在物を形成する傾向がある。当該介在物を形成してしまうと、少なくともこれらの介在物中のX元素は固溶Pとの反応に寄与することはできない。したがって、固溶Pとの反応を促進して鋼中の固溶P量を低減するためには、介在物を形成せずに鋼中でリン化物を形成し得るX元素の量を増加させる必要がある。
【0044】
ここで、リン化物を形成し得るX元素の量は、鋼中に含まれるX元素の量から介在物(酸化物、窒化物及び硫化物)を形成するのに消費され得る最大量を差し引くことによって概算することが可能である。そこで、本発明の実施形態においては、このようにして概算される鋼中の固溶P量を低減するのに有効なX元素の量(すなわち「X元素の有効量」)は、具体的には下記式Aによって定義される。
Xの有効量[原子%]=Σ(M[Fe]/M[X])×[X]-(M[Fe]/M[O])×[O]×2/3-(M[Fe]/M[N])×[N]-(M[Fe]/M[S])×[S] ・・・式A
ここで、XはPr、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、及びScの各X元素を表し、M[X]はX元素の原子量、M[Fe]はFeの原子量、M[O]はOの原子量、M[N]はNの原子量、M[S]はSの原子量を表し、[X]、[O]、[N]及び[S]は、それぞれ対応する元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0である。
【0045】
上記式Aについて以下に詳しく説明すると、まず、本発明の実施形態に係る鋼板には種々の合金元素が含有されているものの、鋼板全体としてはほぼFeによって構成されていることが明らかである。このため、Pr、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、及びScの各X元素の原子%は、近似的には各X元素の含有量[質量%]にFeの原子量と当該各X元素の原子量の比を掛け算すること、すなわち(M[Fe]/M[X])×[X]によって算出することができる。したがって、(M[Fe]/M[X])×[X]によって算出される各X元素の量を合計することで(すなわちΣ(M[Fe]/M[X])×[X]を計算することで)、X元素全体の原子%を算出することができる。
【0046】
次に、X元素全体の原子%のうち、酸化物(X23)、窒化物(XN)及び硫化物(XS)を形成するのに消費され得る最大量(原子%)を差し引くことで、固溶P量を低減するのに有効に作用し得る鋼中のX元素の量を算出することができる。ここで、酸化物(X23)、窒化物(XN)及び硫化物(XS)を形成するのに消費され得るX元素の最大量(原子%)は、上で説明したのと同様の理由から近似的には鋼中のFe、O、N及びSの原子量並びにO、N及びSの含有量を用いて、それぞれ(M[Fe]/M[O])×[O]×2/3、(M[Fe]/M[N])×[N]、及び(M[Fe]/M[S])×[S]として算出することが可能である。したがって、固溶P量を低減するためのX元素の有効量は、下記式Aによって定義することができる。
Xの有効量[原子%]=Σ(M[Fe]/M[X])×[X]-(M[Fe]/M[O])×[O]×2/3-(M[Fe]/M[N])×[N]-(M[Fe]/M[S])×[S] ・・・式A
【0047】
ここで、Fe、O、N及びS並びに各X元素の原子量は、それぞれFe:55.845、O:15.9994、N:14.0069、S:32.068、Pr:140.908、Sm:150.36、Eu:151.964、Gd:157.25、Tb:158.925、Dy:162.500、Ho:164.930、Er:167.259、Tm:168.934、Yb:173.045、Lu:174.967、Sc:44.9559である。したがって、上記式Aに各元素の原子量を代入して整理すると、X元素の原子%による有効量は近似的には下記式Bによって表すことが可能となる。
有効量=0.40[Pr]+0.37[Sm]+0.37[Eu]+0.36[Gd]+0.35[Tb]+0.34[Dy]+0.34[Ho]+0.33[Er]+0.33[Tm]+0.32[Yb]+0.32[Lu]+1.24[Sc]-2.33[O]-3.99[N]-1.74[S] ・・・式B
ここで、[Pr]、[Sm]、[Eu]、[Gd]、[Tb]、[Dy]、[Ho]、[Er]、[Tm]、[Yb]、[Lu]、[Sc]、[O]、[N]、及び[S]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0である。
【0048】
本発明の実施形態においては、固溶P量を低減するためには、上記式Bによって求められるX元素の有効量は0.0003%以上、すなわち下記式1を満たすことが少なくとも必要である。
0.40[Pr]+0.37[Sm]+0.37[Eu]+0.36[Gd]+0.35[Tb]+0.34[Dy]+0.34[Ho]+0.33[Er]+0.33[Tm]+0.32[Yb]+0.32[Lu]+1.24[Sc]-2.33[O]-3.99[N]-1.74[S] ≧ 0.0003 ・・・式1
X元素の有効量は、例えば0.0005%以上又は0.0007%以上であってもよく、好ましくは0.0010%以上、より好ましくは0.0015%以上、さらにより好ましくは0.0030%以上、最も好ましくは0.0050%以上又は0.0100%以上である。X元素の有効量は、0.0200%以上、0.0300%以上、0.0500%以上、0.0800%以上、0.1000%以上、0.1200%以上、0.1500%以上、0.1800%以上又は0.2000%以上であってもよい。また、上記式1からも明らかなように、当該有効量を安定的に確保するためには、鋼中のO、N及びSの含有量を極力低減することが好ましい。ここで、X元素の有効量の上限は特に限定されないが、当該X元素の有効量を過度に増加させても効果が飽和するとともに、製造コストの上昇(X元素の含有量増加に伴う合金コストの上昇及び/又はO、N及びSに関する精錬コストの上昇)を招くことになり必ずしも好ましくない。したがって、X元素の有効量は好ましくは2.0000%以下であり、例えば1.8000%以下、1.5000%以下、1.2000%以下、1.0000%以下又は0.8000%以下であってもよい。
【0049】
[X元素の有効量と鋼中のP含有量との関係]
本発明の実施形態によれば、上記のX元素の有効量と鋼中のP含有量は、下記式2を満たす。
1.80×[P]-(0.40[Pr]+0.37[Sm]+0.37[Eu]+0.36[Gd]+0.35[Tb]+0.34[Dy]+0.34[Ho]+0.33[Er]+0.33[Tm]+0.32[Yb]+0.32[Lu]+1.24[Sc]-2.33[O]-3.99[N]-1.74[S]) < 0.010 ・・・式2
ここで、[Pr]、[Sm]、[Eu]、[Gd]、[Tb]、[Dy]、[Ho]、[Er]、[Tm]、[Yb]、[Lu]、[Sc]、[O]、[N]、[S]、及び[P]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0である。
【0050】
X元素とPは1:1の割合で結合してリン化物(XP)を形成することから、鋼中のP含有量(原子%)からX元素の有効量(原子%)を差し引くことで、鋼板の化学組成から求められる理論上の固溶P量を算出することができる。ここで、原子%によるP含有量の値は、X元素の有効量に関連して上で説明したのと同様の理由から近似的には鋼中のFe及びPの原子量並びに質量%によるP含有量を用いて(M[Fe]/M[P])×[P]として算出することが可能である(ここで、M[Fe]はFeの原子量、M[P]はPの原子量を表し、[P]はP含有量[質量%]であり、Pを含有しない場合は0である)。したがって、理論上の固溶P量は近似的には下記式Cによって表すことが可能となる。
理論上の固溶P量[原子%]
=(M[Fe]/M[P])×[P]-Xの有効量[原子%] ・・・式C
【0051】
ここで、Fe及びPの原子量は、それぞれFe:55.845及びP:30.9738である。したがって、上記式CにFe及びPの原子量並びに式Bを代入して整理すると、原子%による理論上の固溶P量は近似的には下記式Dによって表すことが可能となる。
理論上の固溶P量[原子%]=1.80×[P]-(0.40[Pr]+0.37[Sm]+0.37[Eu]+0.36[Gd]+0.35[Tb]+0.34[Dy]+0.34[Ho]+0.33[Er]+0.33[Tm]+0.32[Yb]+0.32[Lu]+1.24[Sc]-2.33[O]-3.99[N]-1.74[S]) ・・・式D
ここで、[Pr]、[Sm]、[Eu]、[Gd]、[Tb]、[Dy]、[Ho]、[Er]、[Tm]、[Yb]、[Lu]、[Sc]、[O]、[N]、[S]、及び[P]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0である。
【0052】
本発明の実施形態においては、実際に測定される固溶P量を低減し、それによって当該固溶Pに関連する鋼板の特性、例えば、靭性、延性、耐食性、溶接性などの特性を改善するためには、上記式1を満たすことに加えて、上記式Dによって求められる理論上の固溶P量が0.010%未満であること、すなわち下記式2を満たすことが必要である。
1.80×[P]-(0.40[Pr]+0.37[Sm]+0.37[Eu]+0.36[Gd]+0.35[Tb]+0.34[Dy]+0.34[Ho]+0.33[Er]+0.33[Tm]+0.32[Yb]+0.32[Lu]+1.24[Sc]-2.33[O]-3.99[N]-1.74[S]) < 0.010 ・・・式2
理論上の固溶P量(すなわち式2の左辺)は、好ましくは0.008%以下、より好ましくは0.005%以下、さらにより好ましくは0.003%以下、最も好ましくは0%以下である。また、理論上の固溶P量を低減して上記式2を確実に満足させるためには、当然ながら鋼中のP含有量を極力低減することが好ましい。ここで、理論上の固溶P量の下限は特に限定されないが、理論上の固溶P量を過度に低減しても効果が飽和するとともに、製造コストの上昇(Pに関する精錬コストの上昇及び/又はX元素の含有量増加に伴う合金コストの上昇)を招くことになり必ずしも好ましくない。したがって、理論上の固溶P量は好ましくは-2.000%以上であり、例えば-1.800%以上、-1.500%以上、-1.300%以上、-1.000%以上又は-0.800%以上であってもよい。
【0053】
[有効結晶粒径:10.0μm以下]
本発明の実施形態においては、固溶P量自体の低減に加えて、鋼板の有効結晶粒を微細化することで、単位体積当たりの粒界面積を増大させることができるため、特定の結晶粒界に偏析するP量(粒界偏析P量)をより低減することができる。その結果、鋼板の靭性、延性等の特性を向上させることが可能となる。このような粒界脆化抑制効果及びそれに関連する靭性等の向上効果を顕著なものとするために、鋼板の有効結晶粒径は10.0μm以下である。鋼板の有効結晶粒径は、好ましくは9.0μm以下、8.0μm以下、7.5μm以下、7.0μm以下、6.5μm以下、6.0μm以下、5.5μm以下又は5.0μm以下である。鋼板の有効結晶粒径は、小さいほど好ましいが、1.0μm以上、2.0μm以上又は3.0μm以上であってもよい。
【0054】
[鋼板の有効結晶粒径の測定]
本発明の実施形態において、有効結晶粒径は、電子線後方散乱回折法(Electron BackScattered Diffraction、EBSD)によって測定される。より具体的には、有効結晶粒径は以下のようにして決定される。圧延方向に平行かつ板面に対して垂直な断面が観察面となるように鋼板から試料を採取し、断面を鏡面研磨し、鋼板表面から板厚の1/4深さ位置で、鋼板の圧延方向400μm×厚さ方向400μmの領域を0.2μm間隔でEBSDによる測定を行い、結晶方位情報を得る。EBSDでは、得られた結晶方位情報を用いて画像解析装置により結晶方位差が15°以上の大傾角粒界で囲われた領域の円相当直径を解析し、それらの平均値を求め、有効結晶粒径として決定する。
【0055】
本発明の実施形態に係る鋼板は、例えば、熱間圧延後又は熱間圧延及び焼鈍が施された熱延鋼板であってもよいし、冷間圧延及び焼鈍が施された冷延鋼板であってもよい。冷延鋼板はめっき等の表面処理が施された表面処理鋼板をも包含するものである。本発明の実施形態に係る鋼板の板厚は6.0mm以下である。鋼板の板厚を6.0mm以下とするためには、熱間圧延などにおいて十分な圧下量を確保する必要があり、このような比較的高い圧下量によって有効結晶粒の微細化を促進させることができる。鋼板の板厚は、5.0mm以下、4.0mm以下、又は3.0mm以下、2.5mm以下又は2.0mm以下であってもよい。鋼板の板厚は0.1mm以上、0.3mm以上、0.5mm以上又は0.8mm以上であってもよい。
【0056】
本発明の実施形態に係る鋼板の製造方法は、一般に薄鋼板を製造する際に適用される工程を含み、例えば、上で説明した化学組成を有するスラブを鋳造する工程、鋳造されたスラブを熱間圧延する工程、及び得られた圧延材を冷却して巻き取る工程、必要に応じて冷間圧延工程、焼鈍工程、表面処理工程等をさらに含んでいてもよい。以下、本発明の実施形態に係る鋼板の好ましい製造方法について説明する。以下の説明は、本発明の実施形態に係る鋼板を製造するための特徴的な方法の例示を意図するものであって、当該鋼板を以下に説明するような製造方法によって製造されるものに限定することを意図するものではない。
【0057】
本実施形態に係る鋼板の製造方法は、以下の工程(a)~(f):
(a)上記の化学組成を有するスラブを1100℃以上、1350℃未満に加熱する加熱工程、
(b)前記スラブを1000℃以上、1100℃以下の鋼板温度で粗圧延する粗圧延工程、
(c)得られた粗バーを6.0mm以下の板厚まで仕上げ圧延する仕上げ圧延工程であって、粗圧延工程後、950℃以上の温度範囲での保持時間が60秒以上であり、仕上げ圧延の終了温度が850℃以上、1050℃以下である仕上げ圧延工程、
(d)得られた圧延材を620℃以下の冷却停止温度まで10℃/秒以上の平均冷却速度で冷却する冷却工程、
(e)得られた鋼板を巻取る巻取り工程、及び
(f)任意選択で、前記鋼板を950℃以下の温度で焼鈍する焼鈍工程
を含むことができる。
【0058】
とりわけ、冷延鋼板又はめっき鋼板を製造する場合には、本実施形態に係る鋼板の製造方法は、更に、以下の工程(g)~(j):
(g)前記鋼板を酸洗及び冷延する工程、
(h)前記鋼板を酸洗及び冷延し、次いで900℃以下の温度で冷延板焼鈍及び調質圧延を行う工程、
(i)前記鋼板を酸洗及び冷延し、次いで900℃以下の温度で冷延板焼鈍、めっき及び調質圧延を行う工程、及び
(j)前記鋼板を酸洗し、めっきを施し、次いで1.0%以下の圧下率で調質圧延を行う工程
のうち何れか1つの工程を含むことができる。以下、各工程についてより詳細に説明する。
【0059】
[(a)加熱工程]
加熱工程は、粗圧延工程前にスラブに対して行われる。加熱温度は、X元素の固溶の促進という観点から、好ましくは1100℃以上である。一方、加熱温度は、スラブの金属組織の粗大化を抑制し、鋼板の結晶粒径を均質にするという観点から、好ましくは1350℃未満である。加熱前のスラブの温度は限定されず、室温であってよい。連続鋳造等によって得られたスラブをそのまま粗圧延に供する場合は、スラブの温度は1000℃以上であってもよい。一方、金属組織の微細化の観点から、スラブを400℃以下に冷却し、次いで加熱してもよい。
【0060】
[(b)粗圧延工程]
粗圧延工程は、仕上げ圧延工程の前に粗圧延機によって行われる。粗圧延工程は、鋼中の固溶Pをリン化物として固定するために、1000℃以上、1100℃以下の鋼板温度で粗圧延する。粗圧延に次いで30秒以上保持することを含むことが好ましい。
【0061】
[(c)仕上げ圧延工程]
仕上げ圧延工程は、粗圧延工程の後に仕上げ圧延機によって行われる。仕上げ圧延の終了温度(仕上げ圧延機の出側温度、仕上げ温度という場合がある)は、変形抵抗の増大による圧延機への負担の抑制という観点から、好ましくは850℃以上である。また、仕上げ温度は、X元素のリン化物の析出を促進させ、固溶Pの粒界偏析を抑制するという観点から、好ましくは1050℃以下である。
【0062】
熱間圧延での熱履歴はリン化物の生成のために重要である。図面を参照して以下により詳しく説明する。図1は、X元素を含有するリン化物の析出ノーズを示す模式図である。図1は上記のとおり模式図であり、実際には具体的に用いられるX元素等に応じて析出ノーズの曲線は変化する。図1を参照すると、粗圧延による加工がある場合には、リン化物の析出ノーズ(図1中の実線)が短時間側にシフトする。1000~1100℃の範囲で粗圧延による歪みを付加した後、仕上げ圧延において、950℃以上の温度範囲で60秒以上保持することで、仕上げ圧延での熱履歴が析出ノーズ内を通るため、X元素と鋼中の固溶Pを反応させてリン化物を形成することができる。一方で、粗圧延による加工がある場合であっても、仕上げ圧延において、950℃以上の温度範囲での保持時間が約10秒程度の短い時間である場合には、熱間圧延での熱履歴が析出ノーズ内を通らず、リン化物を形成することができない場合がある。「保持」とは、上記の温度範囲内で放冷又は空冷等により徐々に温度が低下する場合を包含するものである。
【0063】
仕上げ圧延において、950℃以上の温度範囲での保持時間の上限は、特に限定されない。粗圧延及び仕上げ圧延を含む熱間圧延においてこのような熱履歴を含めることで、鋼中の固溶PをX元素と確実に反応させてリン化物として固定することができるため、粒界に偏析するP量を顕著に低減することができる。また、本発明の実施形態に係る鋼板の製造では、固溶Pをリン化物として固定するためのX元素の有効量を確保することも重要であり、そのためにはX元素と鋼中で介在物を形成し得るO、N及びSの含有量を精錬工程において十分に低減しておくことが極めて重要である。
【0064】
仕上げ圧延後の鋼板の板厚は、金属組織の微細化に必要とされる圧下量の確保という観点から、好ましくは6.0mm以下である。有効結晶粒を微細化させる効果は、仕上げ圧延後の板厚に依存し、仕上げ圧延後の板厚の値が小さいほど、有効結晶粒の微細化効果が得られる。この効果を有効に得るという観点から、仕上げ圧延後の板厚は、より好ましくは5.0mm以下又は4.0mm以下である。仕上げ圧延後の鋼板の板厚は、1.0mm以上であってよい。
【0065】
[(d)冷却工程]
仕上げ圧延の終了後、所望の鋼板組織を得るために任意の冷却パターンにて冷却を実施することができる。しかしながら、オーステナイトの粒成長を抑制するという観点から、冷却停止温度は好ましくは620℃以下である。本実施形態では、仕上げ圧延設備の後段に冷却設備を設置し、この冷却設備に対して仕上げ圧延後の鋼板を通過させながら冷却を行う。冷却設備は、例えば、冷却媒体として水を用いた水冷設備であってよい。また、冷却設備には、途中に空冷区間がない設備や、途中に1以上の空冷区間を有する設備がある。本実施形態では、いずれの冷却設備を用いてもよい。
【0066】
オーステナイトの粒成長を抑制して所望の有効結晶粒径を得るという観点から、仕上げ圧延の終了後、620℃以下の冷却停止温度までの平均冷却速度(以下、熱間圧延後の平均冷却速度という場合がある)は10℃/秒以上であることが好ましい。ここで、平均冷却速度は、仕上げ圧延の終了温度と冷却停止温度の差を、仕上げ圧延の最終スタンド出側から冷却終了(冷却設備の出側)までの所要時間で除すことにより算出される。空冷区間を有する冷却設備を用いる場合であっても、冷却終了時までの平均冷却速度が10℃/秒以上であればよい。熱間圧延後の平均冷却速度の上限は特に限定されない。板厚方向の組織分布の均質化という観点から、熱間圧延後の平均冷却速度は、好ましくは100℃/秒以下である。
【0067】
[(e)巻取り工程]
巻取り工程は、冷却工程の後、鋼板をコイル状に巻取り、熱延鋼板を得る工程である。本実施形態の鋼板は、巻き取った熱延鋼板を最終製品としてもよく、熱延鋼板に更に冷間圧延等を施したものを最終製品としてもよい。次工程に冷間圧延工程が含まれる場合は、冷延時の負荷を下げるために、550℃以上で巻取り、軟質化することが好ましい。熱延のまま製品となる熱延鋼板は、強度を確保するため、550℃未満で巻取ることが好ましい。
【0068】
[(f)焼鈍工程]
焼鈍工程は、巻取り工程によって得られた熱延鋼板の金属組織及び特性を調整するために任意選択で施される熱処理を含む工程である。焼鈍工程の最高加熱温度は特に限定されないが、例えば950℃以下であってよい。一方、最高加熱温度は、生産性の観点から、好ましくは500℃以上である。以下、焼鈍工程後の任意選択の各操作について説明する。
【0069】
[酸洗・冷延]
酸洗は、熱延鋼板の表面に形成されたスケールを除去する操作である。酸洗処理の条件は特に限定しない。冷延は、酸洗後、鋼板を狙いの板厚に冷間圧延する操作である。本実施形態では、冷延工程の条件は特に限定する必要がないが、通常は圧下率が30%以上、80%以下であれば、加工性、板厚精度において特に問題はない。圧下率が80%を超えると、鋼板エッジの割れや、加工硬化による強度上昇で圧延機の負荷が高くなる場合がある。
【0070】
[冷延板焼鈍]
冷延板焼鈍は、冷延鋼板の金属組織及び特性を調整するために施される熱処理を含む操作である。冷延板焼鈍の最高加熱温度は特に限定されないが、例えば900℃以下であってよい。一方、最高加熱温度は、生産性の観点から、好ましくは500℃以上である。
【0071】
[めっき]
めっきは、耐食性の向上を目的として、熱延鋼板又は冷延鋼板の表面に施される操作である。めっき処理は、例えば、電気めっき、溶融めっき、合金化溶融めっき等の処理である。めっき処理が焼鈍を含む場合、焼鈍の最高加熱温度は特に限定されないが、例えば900℃以下であってよい。一方、最高加熱温度は、生産性の観点から、好ましくは500℃以上である。
【0072】
[調質圧延]
調質圧延は、鋼板の形状矯正や表面粗さの調整を目的とした操作である。調質圧延は、焼鈍後又はめっき後の鋼板に施される。調質圧延の圧下率は、圧延加工組織の残存の防止という観点から、好ましくは1.0%以下である。
【0073】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例
【0074】
本例では、まず、種々の化学組成を有する鋼を転炉にて溶製し、連続鋳造にて厚さ230mmのスラブとした。次いで当該スラブを1150℃~1250℃に加熱し、1000℃以上、1100℃以下の鋼板温度で粗圧延した。次に、得られた粗バーを、仕上げ圧延において、950℃以上の温度範囲での保持時間が60秒以上、仕上げ圧延の終了温度が850℃以上、1050℃以下となるように仕上げ圧延し、表1に示す板厚を有する圧延材を得た。次に、仕上げ圧延の終了温度から600℃の冷却停止温度まで表1に示す平均冷却速度にて冷却した後、550℃未満の温度で巻取りを行って熱延鋼板を製造した。得られた各鋼板から採取した試料を分析した化学組成を表1に示す。鋼板の有効結晶粒径は以下の方法によって測定した。
【0075】
[鋼板の有効結晶粒径の測定]
鋼板の有効結晶粒径は、EBSDによって以下のようにして決定した。圧延方向に平行かつ板面に対して垂直な断面が観察面となるように鋼板から試料を採取し、断面を鏡面研磨し、鋼板表面から板厚の1/4深さ位置で、鋼板の圧延方向400μm×厚さ方向400μmの領域でEBSDによる測定を行った。EBSDでは画像解析装置を用いて結晶方位差が15°以上の大傾角粒界で囲われた領域の円相当直径を解析し、それらの平均値を求め、有効結晶粒径として決定した。
【0076】
[評価]
鋼板の製造工程において施される熱処理や溶接による熱影響で結晶粒界への固溶Pの偏析が助長されることがある。鋼中の固溶Pが比較的多いと、このような熱処理の際に粒界脆化を引き起こす場合がある。このような場合には、粒界破壊が起こりやすくなるため、鋼板の靭性が低下する。そこで、上で得られた各鋼板について、粒界脆化の抑制効果を検証した。具体的には、まず、表1の各鋼板を550℃で10時間保持する熱処理を実施し、次に熱処理後の鋼板から採取したサブサイズのJIS4号試験片に基づいてJIS Z2242:2018の規定に準拠して-196℃でシャルピー衝撃試験を行った。このとき、試験片の破面が圧延方向に垂直になるように試験片を切り出し、ノッチの加工を行った。次いで、シャルピー衝撃試験後の試験片の破面をSEM(走査型電子顕微鏡)で観察した。より具体的にはSEMにより試験片の板厚の1/4位置かつVノッチから2mm離れた位置において、250μm(板厚方向)×500μm(板厚方向)の範囲を撮影し、得られた画像から全破面の面積に対する粒界破面の面積の割合(粒界破面率)を算出した。粒界破面が上記視野における面積率で50%未満であるものを合格とし、粒界脆化の発生が抑制された鋼板として評価し、50%以上であるものを不合格とした。その結果を表1に示す。
【0077】
【表1-1】
【0078】
【表1-2】
【0079】
表1を参照すると、比較例40では、式1で表されるX元素の有効量が低く、また式2で表される理論上の固溶P量も高かったために、鋼中の固溶P量を十分に低減できなかったと考えられる。その結果として、比較例40では粒界脆化の発生を十分に抑制することができなかった。一方、比較例39では、式1及び2を満足するものであったが、冷却工程での平均冷却速度が低かったために、有効結晶粒を十分に微細化させることができず、結果として粒界脆化の発生を十分に抑制することができなかった。比較例41では、式2で表される理論上の固溶P量が高かったために、鋼中の固溶P量を十分に低減できなかったと考えられ、結果として粒界脆化の発生を十分に抑制することができなかった。これとは対照的に、実施例では、X元素の有効量を高くかつ理論上の固溶P量を低く、さらには有効結晶粒を微細化することで、粒界脆化が抑制され、鋼板の靭性、特に低温靭性が顕著に向上していることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明の実施形態に係る鋼板は、例えば、自動車及び家電等の用途に使用される薄鋼板である。これらの材料において本発明の実施形態に係る鋼板を適用した場合には、鋼中の固溶Pに起因する粒界脆化の発生を抑制することができるため、鋼板の靭性(特には低温靭性)、延性などの特性を顕著に改善することが可能である。
図1