(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-03
(45)【発行日】2024-09-11
(54)【発明の名称】ラインパイプ用電縫鋼管
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240904BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240904BHJP
C21D 8/02 20060101ALN20240904BHJP
C21D 9/08 20060101ALN20240904BHJP
C21D 9/50 20060101ALN20240904BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/58
C21D8/02 B
C21D9/08 F
C21D9/50 101A
(21)【出願番号】P 2024531012
(86)(22)【出願日】2024-02-13
(86)【国際出願番号】 JP2024004833
【審査請求日】2024-05-23
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】田島 健三
(72)【発明者】
【氏名】新宅 祥晃
(72)【発明者】
【氏名】今村 洋仁
(72)【発明者】
【氏名】小林 俊一
(72)【発明者】
【氏名】茂木 征史
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2022-168987(JP,A)
【文献】国際公開第2022/075027(WO,A1)
【文献】国際公開第2022/044271(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/170333(WO,A1)
【文献】特開2007-138289(JP,A)
【文献】国際公開第2024/053168(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/58
C21D 8/02
C21D 9/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材部及び電縫溶接部を有し、
前記母材部の化学組成が、質量%で、
C :0.010~0.059%、
Si:0.01~0.50%、
Mn:0.5~2.0%、
P :0.030%以下、
S :0.0050%以下、
Al:0.080%以下、
Ti:0.003~0.030%、
Nb:0.008~0.048%、
N :0.0010~0.0080%、
O :0.005%以下、
Cu:0~0.500%、
Ni:0~0.500%、
Cr:0~0.500%、
Mo:0~0.500%、
V :0~0.100%、
W :0~0.500%、
Ca:0~0.0040%、
REM:0~0.0050%、並びに、
残部:Fe及び不純物からなり、
下記(i)式で表されるCeqが0.16~0.53質量%であり、
下記(ii)式で表されるMが0.06~0.25質量%であり、
前記母材部の肉厚をtBとし、前記電縫溶接部の肉厚をtSとした場合に、
前記tBおよび前記tSが15.0~25.4mmであり、
外径が304.8~660.4mmであり、
前記母材部の1/2×tB部のミクロ組織において、
フェライトの面積率が40~80%であり、平均結晶粒径が35μm以下であり、
前記電縫溶接部の1/4×tS部のミクロ組織において、
フェライトの面積率が40~70%であり、島状マルテンサイトの面積率が0.2~10.0%であり、平均結晶粒径が35μm以下であり、
降伏応力が360MPa以上であり、引張強さが465MPa以上であるラインパイプ用電縫鋼管。
Ceq=C+Mn/6+(Ni+Cu)/15+(Cr+Mo+V)/5 …(i)
M=C/3+5×Nb …(ii)
ここで、前記式(i)、(ii)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入され、含有されない場合は0が代入される。
【請求項2】
前記母材部の化学組成が、質量%で、
Cu:0%超0.500%以下、
Ni:0%超0.500%以下、
Cr:0%超0.500%以下、
Mo:0%超0.500%以下、
V :0%超0.100%以下、
W :0%超0.500%以下、
Ca:0%超0.0040%以下、及び
REM:0%超0.0050%以下からなる群から選択される1種以上を含有する請求項1に記載のラインパイプ用電縫鋼管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼管に関し、さらに詳しくは、ラインパイプ用電縫鋼管に関する。
【背景技術】
【0002】
パイプラインは原油や天然ガスの輸送手段の一つであるが、近年の天然資源の掘削地域の過酷化に伴い、ラインパイプの敷設環境も過酷化しつつある。そのひとつの影響として、海底に敷設する海底パイプラインの敷設件数が増加している。海底パイプラインの敷設には種々の方法がある。そのうち、S-Lay工法と呼ばれる敷設方法は、海上でパイプの管端同士を溶接し、海底に敷設する方法である。この方法では、長距離の敷設作業を行うことができる。
【0003】
しかし、敷設時に鋼管に塑性曲げが付与されるため、鋼管が座屈する場合がある。鋼管の座屈が発生すると、敷設作業を停止せざるを得ず、その損害は莫大である。鋼管の座屈は鋼管の母材部及び電縫溶接部において鋼管長手方向の降伏比(降伏強度(YS)/引張強さ(TS)により求められ、YRと記載する)を低くすることで防止できることが分かっている。さらに、鋼管の座屈は鋼管の肉厚を厚くすることで防止できることも分かっている。このような背景から、高い内圧に対して十分に耐えられるだけの鋼管強度に加え、鋼管の軸方向の低YRと肉厚の厚い鋼管が要求されるようになっている。
【0004】
また、S-Lay工法で敷設したパイプラインは長距離であることから、脆性破壊が発生し、伝播してしまうと長距離にわたり石油や天然ガスが流出し、極めて莫大な損害に繋がるため、優れた靭性が要求される。具体的には、母材部ではシャルピー試験に加え、脆性破壊の伝播停止の点からDWTT試験においても特性確保が不可欠であり、電縫溶接部ではCTOD試験において、特性確保が不可欠である。特に、ラインパイプに適用される鋼管は座屈防止の点から肉厚が厚いため、母材部および電縫溶接部において優れた靭性を確保することは容易ではない。具体的には母材部において肉厚が厚い場合、熱間圧延における仕上げ圧下率が不足し、ミクロ組織が粗大化するため靭性の確保は容易ではない。また、電縫溶接部において肉厚が厚い場合は、電気抵抗溶接後の外面からの再加熱温度が上昇し、ミクロ組織が粗大化するため靭性の確保は困難となる。
【0005】
したがって、S-Lay工法に用いられる電縫鋼管では母材部及び電縫溶接部において高強度、低YR、優れた靭性が要求される。
【0006】
例えば、特許文献1には、母材部及び電縫溶接部の靭性に優れる電縫鋼管が記載されている。特許文献1に記載された電縫鋼管では、母材部の化学組成が、質量%で、C:0.04~0.12%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.5~2.0%、Ti:0.005~0.030%、Nb:0.005~0.050%、及びN:0.001~0.008%を含有し、残部がFe及び不純物を含有し、母材部の肉厚をtBとし、電縫溶接部の肉厚をtSとした場合に、母材部の外表面から深さ1mmの位置である外表層部Bの硬さから1/2tB部の硬さを差し引いた値が30HV10以下であり、電縫溶接部の外表面から深さ1mmの位置である外表層部Sの硬さから1/2tS部の硬さを差し引いた値が0HV10以上30HV10以下である。これにより優れた低温靭性が得られることが特許文献1に記載されている。
【0007】
特許文献2には、母材部及び電縫溶接部の靭性に優れる電縫鋼管が記載されている。特許文献2に記載された電縫鋼管では、質量%で、C:0.02~0.10%、Si:0.05~0.30%、Mn:0.80~2.00%、Nb:0.010~0.100%を含み、炭素当量Ceqが0.25~0.50を満足する組成と、ベイニティックフェライト相および/またはベイナイト相からなる組織とを有し、降伏強さ:52ksi以上の高強度と、破面遷移温度vTrsが-45℃以下となる高靭性を有する厚肉熱延鋼板を素材とし、電縫部に対して最低温度:830℃以上、最高温度:1150℃以下の誘導加熱、肉厚方向各位置で平均冷却速度10~70℃/s、冷却停止温度550℃以下の条件にて冷却する電縫部熱処理を施し、ベイニティックフェライト相および/またはベイナイト相からなり、かつ肉厚方向各位置で最粗粒位置での平均結晶粒径と最細粒位置での平均結晶粒径との比が2.0以下となる組織である。これにより、優れた低温靭性が得られることが特許文献2に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開第2020/170333号
【文献】国際公開第2015/004901号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者等の検討により、化学組成や製造方法が適切でない場合、電縫溶接部において、硬質相である島状マルテンサイト(MA)の面積率が適正範囲から外れ、これにより電縫溶接部の靭性と低YRとが両立しない場合があることが判明した。また、C量が適正範囲から外れた場合、母材部のDWTT試験において特性を満足しない場合があることが判明した。
【0010】
特許文献1及び2では、電縫溶接部において、上述したMAを制御することについて、一切、考慮されていない。従って、特許文献1及び2に記載の電縫鋼管は電縫溶接部の低温靭性および低YRが必ずしも十分とは言えない虞がある。
【0011】
上記実情に鑑みてなされた本発明は、母材部および電縫溶接部において、高強度、低YRおよび優れた低温靭性を有するラインパイプ用電縫鋼管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の要旨は、以下の通りである。
(1)本発明の一態様に係るラインパイプ用電縫鋼管は、母材部及び電縫溶接部を有し、
前記母材部の化学組成が、質量%で、
C :0.010~0.059%、
Si:0.01~0.50%、
Mn:0.5~2.0%、
P :0.030%以下、
S :0.0050%以下、
Al:0.080%以下、
Ti:0.003~0.030%、
Nb:0.008~0.048%、
N :0.0010~0.0080%、
O :0.005%以下、
Cu:0~0.500%、
Ni:0~0.500%、
Cr:0~0.500%、
Mo:0~0.500%、
V :0~0.100%、
W :0~0.500%、
Ca:0~0.0040%、
REM:0~0.0050%、並びに、
残部:Fe及び不純物からなり、
下記(i)式で表されるCeqが0.16~0.53質量%であり、
下記(ii)式で表されるMが0.06~0.25質量%であり、
前記母材部の肉厚をtBとし、前記電縫溶接部の肉厚をtSとした場合に、
前記tBおよび前記tSが15.0~25.4mmであり、
外径が304.8~660.4mmであり、
前記母材部の1/2×tB部のミクロ組織において、
フェライトの面積率が40~80%であり、平均結晶粒径が35μm以下であり、
前記電縫溶接部の1/4×tS部のミクロ組織において、
フェライトの面積率が40~70%であり、島状マルテンサイトの面積率が0.2~10.0%であり、平均結晶粒径が35μm以下であり、
降伏応力が360MPa以上であり、引張強さが465MPa以上である。
Ceq=C+Mn/6+(Ni+Cu)/15+(Cr+Mo+V)/5 …(i)
M=C/3+5×Nb …(ii)
ここで、前記式(i)、(ii)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入され、含有されない場合は0が代入される。
(2)上記(1)に記載のラインパイプ用電縫鋼管は、
前記母材部の化学組成が、質量%で、
Cu:0%超0.500%以下、
Ni:0%超0.500%以下、
Cr:0%超0.500%以下、
Mo:0%超0.500%以下、
V :0%超0.100%以下、
W :0%超0.500%以下、
Ca:0%超0.0040%以下、及び
REM:0%超0.0050%以下からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る上記態様によれば、母材部および電縫溶接部において、高強度、低YRおよび優れた低温靭性を有するラインパイプ用電縫鋼管を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】電縫溶接部のMA面積率とδcとの関係を示す図である。
【
図2】電縫溶接部のMA面積率とYRとの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、高強度であって、かつ母材部及び電縫溶接部のいずれにおいても低YRおよび優れた低温靭性を有するラインパイプ用電縫鋼管を得る方法について検討を行い、以下の知見を得た。
【0016】
(I)母材においては、電縫鋼管の化学組成を調整することに加えて、熱間圧延の条件を制御することにより、ミクロ組織を制御することが重要である。
【0017】
(II)電縫鋼管では、電気抵抗溶接ままの場合、溶接部のミクロ組織が焼き入れマルテンサイト組織になり高硬度になるため、靭性が著しく劣化する。そのため、電縫鋼管では、靭性向上の観点から電気抵抗溶接後に外表面側からの誘導加熱等により電縫溶接部を再加熱し、水冷するような熱処理を行う。水冷は外表面に対して行われるため、外表面側が急速に冷却され、外表面側の硬度が上昇することで、外表面側の靭性が劣化する場合がある。そのため、再加熱後の水冷条件を適正化し、外表面側の硬度を低下させることが重要である。具体的には、外表面側のミクロ組織において、軟質な組織であるフェライトを生成させるように水冷条件を適正化することが重要である。
【0018】
(III)再加熱後の水冷中に、未変態のオーステナイトに炭素が濃化した場合、島状マルテンサイト(MA)が形成される。MAは硬質であるため、その量が多い場合には靭性が劣化する。一方、MAは材料の加工硬化能を高めるため、その量が多い場合には引張強度が増加する。電縫溶接部の低温靭性と低YRとの両立のためには、MAの量を適正に制御することが重要である。
【0019】
(IV)電縫溶接部のMA量には、化学組成の観点からは、C含有量およびNb含有量が影響を及ぼす。Cは、再加熱後の水冷中に、未変態のオーステナイト中に濃化することでMAを形成させる。従って、MA量の適正化にはC含有量の制御が重要となる。一方、Nbは変態停留させる効果がある。Nb含有量が低いほど、未変態のオーステナイト中への炭素の濃化を低減させるため、MAの生成が抑制される。以上のことから、電縫溶接部のMA量の適正化には、C含有量およびNb含有量を制御することが重要である。
【0020】
(V)電縫溶接部のMA量には、再加熱後の水冷停止温度が影響を及ぼす。水冷停止温度が高い場合、未変態オーステナイトへの炭素の濃化が促進され、MA面積率が増加する。一方、水冷停止温度が低い場合、未変態オーステナイトへの炭素の濃化が抑制され、MA面積率は減少する。
【0021】
また、溶接部のMA量には、電縫溶接部の偏析状態も影響を及ぼす。偏析帯の合金濃度が高い場合は、未変態オーステナイトへの炭素の濃化が促進され、MA面積率は増加する。一方、偏析帯の合金濃度が低い場合は、未変態オーステナイトへの炭素の濃化が抑制され、MA面積率が減少する。電縫溶接部はスラブ(コイル)の端部に対応しており、電縫溶接部に存在する偏析帯はスラブ(コイル)の幅中央部の板厚中心に存在するような中心(マクロ)偏析ではなく、ミクロ偏析であるため、熱延鋼板時製造時の加熱条件の影響を顕著に受ける。従って、電縫溶接部の偏析状態の適正化には、電縫鋼管の素材となる熱延鋼板製造時のスラブ加熱条件を適正化することが重要である。
【0022】
以下、上記知見に基づいてなされた本発明の一実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管(本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管(単に電縫鋼管と記載する場合がある))について説明する。
ただし、本発明は本実施形態に開示の構成のみに制限されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【0023】
本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管は、母材部及び電縫溶接部を有し、母材部が所定の化学組成を有し、前記母材部の肉厚をtBとし、前記電縫溶接部の肉厚をtSとした場合に、前記tBおよび前記tSが15.0~25.4mmであり、外径が304.8~660.4mmであり、前記母材部の1/2×tB部のミクロ組織において、フェライトの面積率が40~80%であり、平均結晶粒径が35μm以下であり、前記電縫溶接部の1/4×tS部のミクロ組織において、フェライトの面積率が40~70%であり、島状マルテンサイト(MA)の面積率が0.2~10.0%であり、平均結晶粒径が35μm以下であり、降伏応力が360MPa以上であり、引張強さが465MPa以上である。
以下、本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管の各要件について詳しく説明する
【0024】
1.母材部の化学組成
各元素の限定理由は下記の通りである。以下に「~」を挟んで記載する数値限定範囲には、下限値および上限値がその範囲に含まれる。「未満」または「超」と示す数値には、その値が数値範囲に含まれない。以下の説明において、化学組成についての「%」は特に断りがない限り「質量%」を意味する。
【0025】
本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管では、母材部となる鋼板と、鋼板の突合せ部に設けられ鋼板の長手方向に延在する溶接部(電縫溶接部)とを有する。本実施形態に係る電縫鋼管では、鋼板を電縫溶接して電縫鋼管とする際に溶接材料などを用いないので、実質的に、母材部と電縫溶接部との化学組成は同一となる。
【0026】
本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管は、母材部の化学組成が、質量%で、C:0.010~0.059%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.5~2.0%、P:0.030%以下、S:0.0050%以下、Al:0.080%以下、Ti:0.003~0.030%、Nb:0.008~0.048%、N:0.0010~0.0080%、O:0.005%以下、並びに、残部:Fe及び不純物を含み、後述する(i)式で表されるCeqが0.16~0.53質量%であり、後述する(ii)式で表されるMが0.06~0.25質量%である。
以下、各元素について詳細に説明する。
【0027】
C:0.010~0.059%
Cは、鋼の強度を高めるのに有効な元素であるとともに母材部の低温靭性に影響する元素である。C含有量が低すぎると、ラインパイプ用電縫鋼管において所望の強度を得ることができない。ラインパイプ用電縫鋼管において所望の強度を得るために、C含有量は0.010%以上とする。C含有量は、好ましくは0.020%以上である。
一方、C含有量が多くなり過ぎると、中心偏析部が硬化し、母材部の低温靭性、特にDWTT特性が劣化する。母材部の低温靭性を確保するために、C含有量は0.059%以下とする。C含有量は、好ましくは0.050%以下である。
【0028】
Si:0.01~0.50%
Siは、鋼の脱酸のために有効な元素である。Si含有量が低すぎると、Siは脱酸により鋼を健全化する(鋼にブローホールなどの欠陥が生じることを抑制する)作用を十分に得ることができない。この作用を十分に得て、母材部において優れた低温靭性を得るため、Si含有量は0.01%以上とする。好ましくは0.10%以上である。
一方、Si含有量が、0.50%を超えると、電縫溶接部に酸化物が形成されてしまい、電縫溶接部の低温靭性が劣化する。そのため、Si含有量は0.50%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.40%以下である。
【0029】
Mn:0.5~2.0%
Mnは、焼入れ性を高め、母材部の強度確保に有効な元素である。母材部において所望の強度を得るために、Mn含有量は0.5%以上とする。Mn含有量は、好ましくは0.7%以上である。
一方、Mn含有量が2.0%を超えると、中心偏析部に硬化相が生成し、母材部の低温靭性が著しく劣化する。そのため、Mn含有量は2.0%以下とする。Mn含有量は、好ましくは1.6%以下である。
【0030】
P:0.030%以下
Pは、不純物元素であり、鋼の低温靭性に影響を与える。P含有量が0.030%を超えると、母材部および電縫溶接部において粒界脆化が引き起こされ、低温靭性が著しく劣化する。そのため、P含有量は0.030%以下とする。
P含有量は少ないほど好ましく、0%でもよい。但し、量産鋼でのP含有量の実質的な下限は、0.002%であるため、P含有量は0.002%以上としてもよい。
【0031】
S:0.0050%以下
Sは、不純物元素であり、鋼の低温靭性に影響を与える。S含有量が0.0050%を超えると、粗大な硫化物が生成し、母材部および電縫溶接部において低温靭性が劣化する。そのため、S含有量は0.0050%以下とする。
S含有量は少ないほど好ましく、0%でもよい。但し、量産鋼でのS含有量の実質的な下限は、0.0003%であるため、S含有量は0.0003%以上としてもよい。
【0032】
Al:0.080%以下
Alは、脱酸材として有効な元素である。しかしながら、Al含有量が0.080%を超えると、Al酸化物が多量に生成し、母材部および電縫溶接部の靭性が劣化する。そのため、Al含有量は0.080%以下とする。Al含有量は、好ましくは0.050%以下である。
SiやTiでも脱酸は可能であるので、Al含有量は0%でも構わない。ただし、脱酸の効果を十分に得るためには、Al含有量は0.010%以上であることが好ましい。
【0033】
Ti:0.003~0.030%
Tiは、窒化物形成元素であり、窒化物を形成して結晶粒の細粒化に寄与する元素である。この効果を得て母材部の低温靭性を確保するため、Ti含有量は0.003%以上とする。Ti含有量は、好ましくは0.010%以上である。
一方、Ti含有量が0.030%を超えると、粗大炭窒化物の形成によって母材部の低温靭性が著しく劣化する。そのため、Ti含有量は0.030%以下とする。Ti含有量は、好ましくは0.025%以下である。
【0034】
Nb:0.008~0.048%
Nbは、炭化物、窒化物および/または炭窒化物を形成し、鋼の強度の向上に寄与する元素である。また、Nbは、未再結晶圧延温度域を拡大することで、ラインパイプ用電縫鋼管の母材部の低温靭性を向上させる効果を有する元素である。また、Nbは変態を停留させる効果があり、MAの適正化に有効な元素である。これらの効果を得るため、Nb含有量は0.010%以上とする。Nb含有量は、好ましくは0.011%以上である。
一方、Nb含有量が0.048%を超えると、Nb系炭窒化物が多量に生成し、母材部の低温靭性が劣化する。そのため、Nb含有量は0.048%以下とする。Nb含有量は、好ましくは0.030%以下である。
【0035】
N:0.0010~0.0080%
Nは、窒化物を形成して、鋼の結晶粒を細粒化し、母材部の低温靭性を向上させる元素である。この効果を得て母材部の低温靭性を確保するため、N含有量は0.0010%以上とする。
一方、N含有量が0.0080%を超えると、多量の窒化物が生成することで母材部の低温靭性が劣化する。そのため、N含有量は0.0080%以下とする。
【0036】
O:0.005%以下
Oは、鋼の低温靭性に影響を与える元素である。O含有量が0.005%を超えると、酸化物が多量に生成し、母材部および電縫溶接部の低温靭性が著しく劣化する。そのため、O含有量は0.005%以下とする。
O含有量は少ないほど好ましく、0%でもよい。但し、量産鋼でのO含有量の実質的な下限は、0.001%であるため、O含有量は0.001%以上としてもよい。
【0037】
本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管は、化学組成が、上記の元素を含有し、残部はFeおよび不純物であることを基本とする。しかしながら、強度、低温靭性またはその他の特性を向上させるために、後述する範囲で、以下の任意元素をさらに含有してもよい。しかしながら、これらの元素の含有は必須ではないので、その下限はいずれも0%である。
【0038】
また、本実施形態において「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料から、または製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管の特性に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0039】
Cu:0~0.500%
Cuは、低温靭性を劣化させずに強度を上昇させるために有効な元素である。そのため、必要に応じてCuを含有させてもよい。上記効果を得る場合、Cu含有量を0%超とすることが好ましく、0.010%以上とすることがより好ましい。
一方、Cu含有量が0.500%を超えると、鋼片の加熱時および電縫溶接時に割れが生じやすくなる。そのため、Cuを含有させる場合でも、Cu含有量は0.500%以下とする。
【0040】
Ni:0~0.500%
Niは、低温靭性および強度の改善に有効な元素である。そのため、必要に応じてNiを含有させてもよい。上記効果を得る場合、Ni含有量を0%超とすることが好ましく、0.010%以上とすることがより好ましい。
一方、Ni含有量が0.500%を超えると、電縫溶接性が劣化する。そのため、Niを含有させる場合でも、Ni含有量は0.500%以下とする。
【0041】
Cr:0~0.500%
Crは、析出強化によって鋼の強度を向上させる元素である。そのため、必要に応じてCrを含有させてもよい。この効果を得る場合、Cr含有量を0%超とすることが好ましく、0.010%以上とすることがより好ましい。
一方、Cr含有量が0.500%を超えると、焼入れ性が上昇して組織におけるベイナイトの割合が多くなり過ぎ、低温靭性が劣化する。そのため、Crを含有させる場合でも、Cr含有量は0.500%以下とする。
【0042】
Mo:0~0.500%
Moは、焼入れ性を向上させると同時に、炭窒化物を形成し、鋼の強度の向上に寄与する元素である。そのため、必要に応じてMoを含有させてもよい。上記効果を得る場合、Mo含有量を0%超とすることが好ましく、0.010%以上とすることがより好ましい。
一方、Mo含有量が0.500%を超えると、鋼の強度が必要以上に高くなり、低温靭性が劣化する。そのため、Moを含有させる場合でも、Mo含有量は0.500%以下とする。
【0043】
V:0~0.100%
Vは、炭化物および/または窒化物を形成し、鋼の強度の向上に寄与する元素である。そのため、必要に応じてVを含有させてもよい。上記効果を得る場合、V含有量を0%超とすることが好ましく、0.001%以上とすることがより好ましい。
一方、V含有量が0.100%を超えると、析出物が多くなり、低温靭性が劣化する。そのため、Vを含有させる場合でも、V含有量は0.100%以下とする。
【0044】
W:0~0.500%
Wは、炭化物を形成し、鋼の強度の向上に寄与する元素である。そのため、必要に応じてWを含有させてもよい。上記効果を得る場合、W含有量を0%超とすることが好ましく、0.100%以上とすることが好ましい。
一方、W含有量が0.500%を超えると、炭化物が多くなり、低温靭性が劣化する。そのため、Wを含有させる場合でも、W含有量は0.500%以下とする。
【0045】
Ca:0~0.0040%
Caは、硫化物を生成することにより、伸長したMnSの生成を抑制し、低温靭性や耐ラメラティアー性の改善に寄与する元素である。そのため、必要に応じてCaを含有させてもよい。上記効果を得る場合、Ca含有量を0%超とすることが好ましく、0.0003%以上とすることがより好ましい。
一方、Ca含有量が0.0040%を超えると、電縫溶接部に多量のCaOが生成し、電縫溶接部の低温靭性が劣化する。そのため、Caを含有させる場合でも、Ca含有量は0.0040%以下とする。
【0046】
REM:0~0.0050%
REMは、Caと同様に、硫化物を生成することにより、伸長したMnSの生成を抑制し、低温靭性や耐ラメラティアー性の改善に寄与する元素である。そのため、必要に応じてREMを含有させてもよい。上記効果を得る場合、REM含有量を0%超とすることが好ましく、0.0010%以上とすることが好ましい。
一方、REM含有量が0.0050%を超えると、REMの酸化物の個数が増加し、低温靭性が劣化する。そのため、REMを含有させる場合でも、REM含有量は0.0050%以下とする。
ここで、REMはSc、Yおよびランタノイドからなる合計17元素を指し、REMの含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。
【0047】
上述の通り、本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管は、母材部及び電縫溶接部において、必須元素を含み、必要に応じて任意元素を含み、残部がFeおよび不純物である化学組成を有する。
【0048】
本実施形態に係る電縫鋼管は、各元素の含有量を上記の通りに制御した上で、さらに、以下の通り、各元素の含有量によって決定されるCeqおよびMを所定の範囲とする必要がある。
【0049】
Ceq:0.16~0.53質量%
Ceqは、焼入れ性の指標となる値であり、下記(i)式で表わされる。Ceqが0.16質量%未満では、母材部および電縫溶接部において所望の強度を得ることができない。そのため、Ceqは0.16質量%以上とする。Ceqは、好ましくは0.25質量%以上であり、より好ましくは0.30質量%以上である。
一方、Ceqが0.53質量%を超えると、母材部および電縫溶接部において低温靭性が劣化する。そのため、Ceqは0.53質量%以下とする。Ceqは、好ましくは0.45質量%以下であり、より好ましくは0.40質量%以下である。
【0050】
Ceq=C+Mn/6+(Ni+Cu)/15+(Cr+Mo+V)/5 …(i)
但し、上記式(i)中の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入され、含有されない場合は0が代入される。
【0051】
M:0.06~0.25質量%
Mは、未変態オーステナイト中への炭素濃化の指標となる値であり、下記(ii)で表される。Mが0.06質量%未満では、電縫溶接部において所望量のMAが得られず、YRを低下させることができない。そのため、Mは0.06質量%以上とする。Mは、好ましくは0.10質量%以上であり、より好ましくは0.12質量%以上である。
一方、Mが0.25質量%を超えると、MA面積率が増加し、電縫溶接部の低温靭性が劣化する。そのため、Mは0.25質量%以下とする。Mは、好ましくは0.20質量%以下である。
【0052】
M=C/3+5×Nb …(ii)
但し、上記式(ii)中の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入され、含有されない場合は0が代入される。
【0053】
2.ミクロ組織
上述のように、ラインパイプ用電縫鋼管の強度および低温靭性を向上させるためには、母材部及び電縫溶接部のミクロ組織の制御が重要となる。母材部および電縫溶接部のそれぞれのミクロ組織について、以下に詳しく説明する。
なお、本実施形態では、母材部の肉厚をtBと表記し、電縫溶接部の肉厚をtSと表記する。また、本実施形態では、電縫溶接部は、電縫溶接部の突合せ面から母材部の周方向に600μm離れた位置までの範囲(すなわち、突合わせ面を中心とした、合計で1200μmの範囲)を示す。
【0054】
<母材部>
[母材部の1/2×tB部のミクロ組織において、フェライトの面積率が40~80%]
ラインパイプ用電縫鋼管の強度および低温靭性を担保するため、母材部のミクロ組織の制御が重要となる。具体的には、母材部のミクロ組織が、面積率で、40~80%のフェライトを含むことが必要である。母材部に含まれるフェライトの面積率が40%未満であると母材部における低温靭性が劣化してしまう。そのため、母材部におけるフェライトの面積率は40%以上とする。フェライトの面積率は、好ましくは45%以上であり、より好ましくは50%以上である。
一方、母材部におけるフェライトの面積率が80%超であると、母材部において十分な強度を得ることができない。そのため、母材部におけるフェライトの面積率は80%以下とする。フェライトの面積率は、好ましくは75%以下であり、より好ましくは70%以下である。
【0055】
本実施形態において、「フェライト」の概念には、ポリゴナルフェライトおよび擬ポリゴナルフェライトを含む。また、母材部のミクロ組織には、残部組織として、パーライト(P)、ベイナイト(B)、残留オーステナイト(γ)のうち一種または二種以上が含まれる場合がある。なお、「ベイナイト」の概念にはグラニュラーベイニティックフェライトおよびベイニティックフェライトを含む。また、「パーライト」の概念にはラメラ状のセメンタイトの形状が完全ではない疑似パーライトを含む。これらの残部組織の面積率は、フェライトの面積率との関係から、20~60%としてもよい。
【0056】
本実施形態において、「母材部の1/2×tB部」とは、母材部の外表面から厚さ方向に(1/2)×tBの位置を示す。
母材部の外表面から(1/2)×tBの位置のミクロ組織を限定するのは、この位置における組織が母材部の低温靭性に影響を及ぼすからである。本実施形態において、単にラインパイプ用電縫鋼管の表面と言った場合には、内表面ではなく外表面を意味する。
【0057】
母材部のミクロ組織については、以下の方法によりフェライトの割合(面積率)を測定する。
ラインパイプ用電縫鋼管の母材部について、管軸方向(長手方向)と厚さ方向とに平行な断面が観察面となるように、ミクロ組織観察用の試料を電縫溶接部から周方向90°の位置から採取する。なお、電縫溶接部は電縫溶接で生じるビードを切削加工しているため、母材部と容易に区別することができる。採取したミクロ組織観察用の試料を、コロイダルシリカ研磨剤を用いて30~60分研磨する。研磨した試料をEBSP-OIM(商標)(Electron Back Scatter Diffraction Pattern-Orientation Image Microscopy)を用いて解析し、フェライトの面積率を求める。視野範囲は、厚さ方向については、外表面から厚さ方向に(1/2)×tBを中心とした200μmの範囲とし、管軸方向については、任意の位置における500μmの範囲とする。観察倍率は400倍とし、加速電圧は20kV、測定ステップは0.3μmとする。測定装置は、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM-7001F)とEBSD検出器(TSL製高速動作型Hikari検出器)とで構成されたEBSD装置を用いる。
【0058】
具体的には、EBSP-OIM(商標)に装備されているKAM(Kernel Average Misorientation)法にてフェライトの面積率を求める。
KAM法では、測定データのうち、任意のひとつの正六角形のピクセルを中心のピクセルとする。この中心のピクセルに隣り合う6個のピクセルを用いた第一近似(全7ピクセル)、もしくはこれらの6個のピクセルのさらにその外側の12個のピクセルも用いた第二近似(全19ピクセル)、もしくはこれら12個のピクセルのさらに外側の18個のピクセルも用いた第三近似(全37ピクセル)について、各ピクセル間の方位差を求める。求めた方位差を平均し、得られた平均値をその中心のピクセルの値とする。この操作をピクセル全体に対して行う。
【0059】
本実施形態では、視野範囲の全面積に対する、方位差第三近似1°以下と算出されたピクセルの面積率をフェライトの面積率と定義する。方位差第三近似1°を超えるものは、ベイナイト等のフェライト以外の組織と定義する。残留オーステナイトはEBSP-OIMにより測定されるfcc相と定義し、パーライトはナイタール腐食後の倍率400倍での光学顕微鏡観察により特定する。
【0060】
[母材部の1/2×tB部のミクロ組織において、平均結晶粒径が35μm以下]
本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管では、母材部の良好な靭性を確保するため、母材部の1/2×tB部のミクロ組織における平均結晶粒径を35μm以下とする。平均結晶粒径が35μm超では、母材部において十分な靭性が劣化する。平均結晶粒径は、30μm以下とすることが好ましく、20μm以下とすることがより好ましい。
母材部の1/2×tB部のミクロ組織における平均結晶粒径の下限は特に限定しないが、1μm以上、3μm以上または5μm以上としてもよい。
【0061】
母材部の1/2×tB部のミクロ組織における平均結晶粒径については、以下の方法により測定する。
フェライトの面積率を測定した試料と同じ試料を用いて、母材部の1/2×tB部におけるミクロ組織を、EBSP-OIMを用いて解析することで、平均結晶粒径を求める。視野範囲は、厚さ方向については、外表面から厚さ方向に(1/2)×tBを中心とした200μmの範囲とし、管軸方向については、任意の位置における500μmの範囲とする。観察倍率は400倍とし、測定ステップは0.3μmとする。測定で得られたデータから、傾角15°以上の大角粒界で囲まれる領域を結晶粒として、その結晶粒の円相当径を結晶粒径とみなす。得られた結晶粒径から、AREA FRACTION法を用いて平均結晶粒径を算出する。
ただし、円相当径で0.25μm以下の領域については平均結晶粒径の算出の対象から除外する。円相当径で0.25μm以下の領域は測定限界のため正しく評価されないためである。
【0062】
<電縫溶接部>
[電縫溶接部の1/4×tS部におけるミクロ組織において、フェライトの面積率が40~70%]
電縫溶接部のミクロ組織の制御は、電縫溶接部に対して再加熱した後、外表面側から水冷することにより行うことができる。電縫溶接部では、外表面側の硬さが増加することで低温靭性が劣化する。そこで、本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管では、電縫溶接部における低温靭性を確保する観点から、電縫溶接部の1/4×tS部のミクロ組織に軟質なフェライトを含む必要がある。
【0063】
具体的には、電縫溶接部の1/4×tS部のミクロ組織において、フェライト面積率が40~70%である必要がある。フェライトの面積率が40%未満では、電縫溶接部の外表面側硬さが増加することで、低温靭性が劣化する。フェライトの面積率は、好ましくは45%以上であり、より好ましくは50%以上である。
また、電縫溶接部の1/4×tS部のミクロ組織において、フェライトの面積率が70%超であると、電縫溶接部の強度が低下する。フェライトの面積率は、好ましくは65%以下であり、より好ましくは60%以下である。
【0064】
[電縫溶接部の1/4×tS部におけるミクロ組織において、島状マルテンサイト(MA)の面積率が0.2~10.0%]
電縫溶接部の低温靭性には、島状マルテンサイト(MA)も影響を及ぼす。MAは破壊の起点や硬さを増加させるため、電縫溶接部の低温靭性は、MAの面積率が低いほど向上する。ここで、
図1に電縫溶接部のMA面積率とδcとの関係を示す。δcは、後述の方法で行った-20℃でのCTOD試験における限界開口変位量を示す。
図1に示す通り、電縫溶接部のMA面積率の低下に伴い、電縫溶接部の-20℃でのCTOD試験における限界開口変位量δcは増加しており、MA面積率が10.0%以下であれば、δcは0.15mm以上となることが分かる。
【0065】
また、MAは加工硬化能を大きくするため、降伏比(YR)にも影響を及ぼす。MAの面積率が高いほど加工硬化能が向上し、YRは低下する。ここで、
図2に電縫溶接部のMA面積率と後述の方法で引張試験を行うことで得られたYRとの関係を示す。
図2に示す通り、電縫溶接部のMA面積率の増加に伴い、電縫溶接部のYRは低下しており、MA面積率が0.2%以上であれば、電縫溶接部のYRは93%以下となることが分かる。電縫溶接部は母材部と異なり、中心偏析を起因とした硬質組織を含まないため、電縫溶接部のYR低下にはMA面積率の制御が必須となる。
【0066】
そこで、本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管では、電縫溶接部の優れた低温靭性と低YRとを両立するために、電縫溶接部の1/4×tS部のミクロ組織において、MAの面積率を0.2~10.0%とする。MAの面積率が0.2%未満では、加工硬化能が小さくなるため、YRが増加する。MAの面積率は、好ましくは1.0%以上であり、より好ましくは2.0%以上であり、より一層好ましくは3.0%以上である。
また、電縫溶接部の1/4×tS部のミクロ組織において、MAの面積率が10.0%超であると電縫溶接部の低温靭性が劣化する。MAの面積率は、好ましくは8.0%以下であり、より好ましくは7.0%以下であり、より一層好ましくは6.0%以下である。
【0067】
本実施形態において、「電縫溶接部の1/4×tS部」とは、電縫溶接部の外表面から厚さ方向に(1/4)×tSの位置を示す。
電縫溶接部の外表面から厚さ方向に(1/4)×tSの位置のミクロ組織を限定するのは、この位置における組織が電縫溶接部の低温靭性およびYRに影響を及ぼすからである。
【0068】
また、電縫溶接部のミクロ組織には、残部組織として、パーライト(P)、ベイナイト(B)、残留オーステナイト(γ)のうち一種または二種以上が含まれる場合がある。なお、「ベイナイト」の概念には、グラニュラーベイニティックフェライトおよびベイニティックフェライトを含む。これらの残部組織の面積率は、フェライトおよびMAの面積率との関係から、20.0~59.8%としてもよい。
【0069】
電縫溶接部のミクロ組織におけるフェライトの面積率は、以下の方法により求める。
ラインパイプ用電縫鋼管から、電縫溶接部を含む管軸方向に垂直な断面が観察面になるように、ミクロ組織観察用の試料を採取する。なお、上述の通り本実施形態では、電縫溶接部は、電縫溶接部の突合せ面から母材部の周方向に600μm離れた位置までの範囲(すなわち、突合わせ面を中心とした、合計で1200μmの範囲)を示す。湿式研磨により上記観察面を鏡面に仕上げたのち、EBSDを用いて、母材部と同様の要領でフェライトの面積率を測定する。測定位置は、厚さ方向については、外表面から厚さ方向に(1/4)×tSを中心とした200μmの範囲とし、周方向については、電縫溶接部の突合せ面から400μm離れた位置を中心に200μmの範囲とする。
なお、電縫溶接部の突合せ面はナイタールでエッチングを行うことで母材と区別して特定することができる。
【0070】
電縫溶接部のミクロ組織におけるMAの面積率は、以下の方法により求める。
電縫溶接部のフェライトの面積率を測定したときと同様の方法により試料を採取する。観察面をレペラ(LePera)腐食した後、400倍の光学顕微鏡を用いて組織写真を撮影する。得られた組織写真に対し、白色に観察される箇所を島状マルテンサイトと特定することができ、画像解析を行うことによって、島状マルテンサイト(MA)の面積率を算出する。なお、視野範囲は、厚さ方向については、外表面から厚さ方向に(1/4)×tSを中心とした200μmの範囲とし、周方向については、電縫溶接部の突合せ面から400μm離れた位置を中心に200μmの範囲とする。
ただし、円相当径で1μm以下の領域についてはMAの面積率の対象から除外する。円相当径で1μm以下のMAは低温靭性およびYRに影響を及ぼさないためである。
【0071】
[電縫溶接部の1/4×tS部におけるミクロ組織において、平均結晶粒径が35μm以下である]
電縫溶接部において良好な低温靭性を確保するためには、上述の通りフェライトおよびMAの面積率を制御するとともに、ミクロ組織の細粒化が重要である。本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管では、電縫溶接部の低温靭性の確保のため、電縫溶接部の1/4×tS部におけるミクロ組織において、平均結晶粒径を35μm以下に制御する。平均結晶粒径が35μmを超えると、電縫溶接部の低温靭性が劣化する。平均結晶粒径は、好ましくは30μm以下であり、より好ましくは20μm以下であり、より一層好ましくは15μm以下である。
平均結晶粒径の下限は特に限定しないが、1μm以上、3μm以上または5μm以上としてもよい。
【0072】
電縫溶接部における平均結晶粒径は、母材部と同様の要領で求める。
なお、視野範囲は、厚さ方向については、外表面から厚さ方向に(1/4)×tSを中心とした200μmの範囲とし、周方向については、電縫溶接部の突合せ面から400μm離れた位置を中心に200μmの範囲とする。また、円相当径で0.25μm以下の領域については平均結晶粒径の算出の対象から除外する。円相当径で0.25μm以下の領域は電縫溶接部の低温靭性に悪影響を与えないためである。
【0073】
3.機械的性質
(母材部および電縫溶接部)
降伏応力(YS):360MPa以上
引張強さ(TS):465MPa以上
降伏比(YR):93%以下
本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管は、ラインパイプとして使用されることを想定しているため、母材部、電縫溶接部のいずれにおいても測定される降伏応力(YS)は360MPa以上とし、引張強さ(TS)は465MPa以上とする。降伏応力は400MPa以上または450MPa以上とすることが好ましい。降伏応力は600MPa以下または550MPa以下としてもよい。引張強さは、500MPa以上または550MPa以上とすることが好ましい。また、引張強さは、700MPa以下または650MPa以下としてもよい。
また、降伏比(YR)は93%以下とすることが好ましい。降伏比は80%以上または85%以上としてもよい。なお、降伏比は、降伏比を引張強さで除する(YS/TS)ことで求めることができる。
【0074】
(母材部)
-20℃におけるシャルピー衝撃吸収エネルギー:200J以上
-20℃でのDWTT試験における延性破面率SA:85%以上
本実施形態に係る電縫鋼管は、母材部において、-20℃におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーが200J以上であることが好ましい。また、本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管は、母材部において、-20℃でのDWTT試験における延性破面率SAが85%以上であることが好ましい。母材部において、-20℃におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーが200J以上であり、且つ、-20℃でのDWTT試験における延性破面率SAが85%以上であれば、低温靭性に優れると判断できる。
-20℃におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーは、400J以下または350J以下としてもよい。-20℃でのDWTT試験における延性破面率SAは、100%以下としてもよい。
【0075】
(電縫溶接部)
-20℃でのCTOD試験における限界開口変位量δc:0.15mm以上
本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管は、電縫溶接部において、-20℃でのCTOD試験における限界開口変位量δcが0.15mm以上であることが好ましい。電縫溶接部において、-20℃でのCTOD試験における限界開口変位量δcが0.15mm以上であれば、低温靭性に優れると判断することができる。
-20℃でのCTOD試験における限界開口変位量δcは、1.00mm以下または0.80mm以下としてもよい。
【0076】
母材部の引張試験は、ラインパイプ用電縫鋼管の長手方向の全厚試験片を引張試験片とし、引張試験を行う。引張試験結果に基づき、降伏強度および引張強さを測定する。ここで、母材の引張試験片は、電縫鋼管のシーム部から周方向に90°の位置に対応する部分から採取する。引張試験はDNV-ST-F101(2021年版)に準拠して実施する。
【0077】
電縫溶接部の引張試験は、ラインパイプ用電縫鋼管の長手方向の丸棒試験片を引張試験片として、上記電縫鋼管の溶接部の1/2×tS部から採取し、引張試験を行う。なお、丸棒の引張試験片は、平行部の径がφ12.7mm、標点間距離が65mmのISO6892(2019年版) 比例試験片である。引張試験結果に基づき、降伏強度および引張強さを測定する。引張試験はISO6892に準拠して、実施する。
【0078】
母材部の低温靭性を評価するためのシャルピー試験では、ラインパイプ用電縫鋼管の母材部(電縫溶接部の突き合わせ面から周方向に90°の位置に対応する部分)の肉厚中央部から、試験片長手方向がラインパイプ用電縫鋼管の周方向となるようにVノッチシャルピー試験片を採取する。この際、Vノッチの深さ方向は鋼管長手方向とする。-20℃の試験温度でVノッチシャルピー試験を行い、-20℃での衝撃吸収エネルギーを測定する。シャルピー試験はDNV-ST-F101(2021年版)に準拠して実施する。
【0079】
母材部の低温靭性を評価するためのDWTT(Drop Weight Tear Test)試験では、ラインパイプ用電縫鋼管の母材部(電縫溶接部の突き合わせ面から周方向に90°の位置に対応する部分)から、管周方向に採取された円弧上の部材を展開して、平板状とし、90°位置にVノッチを加工する。DWTT試験片のサイズは、鋼管の長手方向に75mm、周方向に300mm、板厚方向は鋼管板厚であり、Vノッチの深さは5mmである。この際、Vノッチの深さ方向は鋼管長手方向とする。DWTT試験片に対して、ASTM E 436の規定に準拠して、DWTT試験を行い、-20℃の延性破面率を測定する。
【0080】
電縫溶接部の低温靭性を評価するためのCTOD(Crack Tip Opening Displacement)試験では、ラインパイプ用電縫鋼管から、電縫溶接部を含んで長手方向に300mm、周方向に300mmの長さに切断して、電縫溶接部を含んだCTOD試験片を採取する。CTOD試験片は、疲労予亀裂を電縫溶接の突合せ面に、疲労予亀裂の深さ方向が鋼管長手方向になるように加工する。このCTOD試験片に対して、BS7448-1:1991の規定に準拠して、-20℃の試験温度でCTOD試験を実施し、-20℃での限界開口変位量δc(mm)を測定した。円弧であるためにCTOD試験片が採取できない場合は、試験片の袖部を溶接で継いで試験を行っても良い。
【0081】
4.肉厚
本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管の母材部の肉厚tBおよび電縫溶接部の肉厚tSは、ラインパイプとして使用する場合において、耐座屈性能の観点から、15.0mm以上とする。肉厚tBおよび肉厚tSは、17.0mm以上であるのが好ましい。一方、ラインパイプ用電縫鋼管の肉厚tBおよび肉厚tSは、一般的に25.4mmが上限となる。
【0082】
5.外径
本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管の外径は、ラインパイプとして使用する場合において、管内を通過する流体の輸送効率向上の観点から、304.8mm以上とする。一方、ラインパイプ用電縫鋼管の外径は、一般的に660.4mmが上限となる。
【0083】
6.製造方法
本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管は、製造方法によらず、上記の特徴を有していればその効果が得られる。本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管は、例えば、以下の工程を含む製造方法により製造することができる。
(a)所定の化学組成を有するスラブを製造する鋳造工程
(b)スラブを加熱する加熱工程
(c)スラブ加熱後、熱間圧延して熱延鋼板とする熱間圧延工程
(d)熱間圧延工程後の熱延鋼板を冷却し、巻き取る、巻き取り工程
(e)巻き取り工程後の熱延鋼板を巻き戻した後、管状にロール成形し、電縫溶接して電縫鋼管とする電縫溶接工程
(f)電縫鋼管の電縫溶接部を熱処理する熱処理工程
(g)更に、必要に応じて真円度向上のためにサイジングを行っても良い
以下、各工程について好ましい条件を説明する。
【0084】
<鋳造工程>
鋳造工程では、上述の化学組成を有する鋼を炉で溶製したのち、鋳造によってスラブを作製する。鋳造の方法については、特に限定されず、通常の連続鋳造、インゴット法による鋳造の他、薄スラブ鋳造などの方法のいずれでもよい。
【0085】
<加熱工程>
加熱工程では、製造されたスラブを加熱炉で加熱する。加熱炉でのスラブの加熱温度T(℃)は1100~1170℃であることが好ましい。在炉時間t(分)は100~450分であることが好ましい。
なお、本実施形態において、在炉時間t(分)とは、加熱炉にスラブを装入後、加熱炉からスラブを取り出すまでの時間である。
【0086】
加熱工程ではさらに、次の式(iii)で定義されるF1が2800~3700となるようにすることが好ましい。
【0087】
F1=(T+273.15)×log(t) …(iii)
式(iii)中のTは加熱工程での加熱温度(℃)であり、tは在炉時間(分)である。
【0088】
加熱条件が適切でない場合、加熱時のオーステナイト粒径が粗大化し、それに伴い母材部の1/2×tB部における平均結晶粒径も粗大化してしまい、母材部の低温靭性が劣化する場合がある。
一方で、電縫鋼管の溶接部に対応するスラブ(コイル)端部の偏析状態は、スラブ加熱条件の影響を受け、結果的に電縫溶接部のMAの生成に影響を及ぼす。
電縫溶接部では、スラブ(コイル)起因の偏析帯が存在している。偏析帯は非偏析帯に比べて、CやMnなどの合金濃度が高いため、非偏析部と比べて相対的に変態が開始しにくく、先に変態した非偏析部から合金が濃化し、偏析帯に沿って、MAが生成する。偏析帯の合金濃度が高い場合は電縫溶接部に存在するMAの面積率が増加することで、電縫溶接部の低温靭性が劣化する場合がある。電縫溶接部の偏析帯の合金濃度が低い場合は、電縫溶接部に存在するMAの面積率が低下することで、YRが増加する。電縫溶接部はスラブ(コイル)の端部に対応しており、当該部の偏析帯はスラブ(コイル)の幅中央部の板厚中心に存在するような中心(マクロ)偏析ではなく、ミクロ偏析であるため、熱延鋼板時製造時の加熱条件の影響を顕著に受ける。
【0089】
そこで、本実施形態では、加熱温度と在炉時間を考慮した加熱条件で適切にスラブを加熱することにより、熱間圧延前のスラブにおいて、加熱オーステナイト粒径の粗大化を抑制することに加え、原子を均一に拡散させて、熱延鋼板の幅端部、即ち、電縫溶接後の電縫溶接部の偏析帯を制御する。具体的には、式(iii)により表されるF1が2800~3700となるように加熱温度及び在炉時間を制御することが好ましい。
【0090】
スラブの化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、かつ、式(i)と式(ii)とを満たすことを前提として、F1が2800未満である場合、他の製造条件を満たしていても、電縫溶接部のMA面積率が増加してしまい、電縫溶接部の低温靭性が劣化する場合がある。
また、F1が3700を超える場合、加熱時のオーステナイト粒径が粗大化し、母材部の平均結晶粒径が粗大化することで、母材部の低温靭性が劣化する場合がある。また、F1が3700を超える場合、電縫溶接部のMA面積率が低下してしまい、電縫溶接部のYRが増加する場合がある。
【0091】
<熱間圧延工程>
熱間圧延工程では、再結晶域での圧下比を2.0以上とし、且つ未再結晶域での圧下比を2.0以上にすることが好ましい。特に未再結晶域での圧下比を2.0以上にすることで、母材部の平均結晶粒径を20μm以下にすることが可能になる。再結晶域と未再結晶域との境界は、鋼の組成に依存するが、900~950℃程度となる。
【0092】
仕上げ圧延開始温度は、未再結晶域での圧延により低温靭性を確保するため、900~950℃であることが好ましい。
熱間圧延終了温度(仕上げ圧延終了温度)は、770℃以上とすることが好ましい。熱間圧延終了温度が770℃未満では、二相域圧延となり母材部の靭性が劣化する。
【0093】
<巻き取り工程>
巻き取り工程では、熱間圧延工程後の鋼板を、板厚中央部の平均冷却速度が5~80℃/秒の範囲となるように、表面温度で500~650℃の温度範囲まで冷却し、当該温度範囲で巻き取る。板厚中央部の平均冷却速度は、外表面の温度履歴から伝熱計算で算出することが可能である。
【0094】
本実施形態に係る電ラインパイプ用縫鋼管の母材部のミクロ組織が所定の組織を有するように制御するためには、特に冷却速度の制御が重要である。平均冷却速度が5℃/秒未満の場合、フェライト変態が進行し、フェライト面積率が80%を超える場合がある。
一方、平均冷却速度が80℃/秒超の場合、冷却速度が速すぎるので、フェライト変態が起こらずフェライト面積率が40%未満となる場合がある。
【0095】
また、冷却停止温度が650℃超になると、巻き取り後にフェライト変態が起こるので、フェライト面積率が80%を超える場合がある。冷却停止温度(巻き取り温度)が500℃未満になると、冷却時の温度ばらつきが大きくなって、強度ばらつきが生じ、本実施形態に係るラインパイプ用電縫鋼管を安定生産できない。
【0096】
<電縫溶接工程>
コイルにされた熱延鋼板を巻戻しながら、ラインパイプ用電縫鋼管を製造する。具体的には、連続した成形ロールを用いた曲げ加工により、熱延鋼板をオープンパイプに加工する。続いて、オープンパイプの継目部、つまり熱延鋼板の幅方向の両端面を電縫溶接により溶接し、ラインパイプ用電縫鋼管を製造する。
【0097】
<熱処理工程>
熱処理工程では、電縫溶接工程において形成された電縫溶接部に対して、外表面から加熱を行った後に外表面側から水冷する。加熱は例えば、誘導加熱により行うことができる。
【0098】
加熱について、具体的には、電縫溶接部を870~1070℃の温度範囲まで加熱し、1/4×tS部の平均冷却速度が5~30℃/sの範囲なるように、表面温度で500℃以下の温度範囲まで、水冷にて冷却する。1/4×tS部の平均冷却速度は、外表面の温度履歴から伝熱計算で算出することが可能である。この熱処理(加熱及び冷却)によって、電縫溶接部のミクロ組織(各組織の分率、平均結晶粒径)を上述した範囲に制御することが可能になる。
【0099】
加熱温度が870℃を下回ると、熱処理時にオーステナイト変態しない領域が残存することで、ミクロ組織が粗大化し、平均結晶粒径が粗大化することで、電縫溶接部の低温靭性が劣化する場合がある。
また、加熱温度が1070℃を超えると、熱処理中に粗大なオーステナイトが生成することで、冷却後のミクロ組織が粗大化し、電縫溶接部の低温靭性が劣化する場合がある。
【0100】
平均冷却速度が5℃/sを下回ると、フェライト面積率が増加し、電縫溶接部の強度が低下する場合がある。また、平均冷却速度が80℃/sを超えると、フェライト面積率が40%を下回り、電縫溶接部の低温靭性が劣化する場合がある。
【0101】
冷却停止温度が500℃を超えると、電縫溶接部におけるMAの面積率が増加し、低温靭性が劣化する場合がある。
【実施例】
【0102】
以下、実施例によって本発明の一態様の効果をより具体的に説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明はこの一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0103】
表1Aおよび表1Bに示す化学組成(残部はFe及び不純物)を有する鋼種A1~A47を溶製した。この鋼種A1~A47に対し、表2Aおよび表2Bに示す条件で、加熱し、熱間圧延し、冷却して巻き取りを行って熱延鋼板を得た。
【0104】
得られた熱延鋼板に対し、成形ロールを用いた曲げ加工および電縫溶接を行い、表2Aおよび表2Bに示すように、所定の条件で溶接部を熱処理(加熱及び水冷)することでラインパイプ用電縫鋼管を製造した。
なお、製造した電縫鋼管の肉厚tBおよび肉厚tSの範囲は15.0~25.4mmであり、外径の範囲は304.8~660.4mmであった。
【0105】
得られた電縫鋼管について、上述した方法により、母材部の1/2×tB部のミクロ組織における、フェライトの面積率および平均結晶粒径、並びに、電縫溶接部の1/4×tS部のミクロ組織における、フェライトの面積率、島状マルテンサイト(MA)の面積率および平均結晶粒径を評価した。
得られた結果を表3Aおよび表3Bに示す。
なお、母材部の金属組織において、フェライト以外の残部は、ベイナイト、パーライトおよび残留オーステナイトであった。また、電縫溶接部の金属組織において、フェライト以外の残部は、ベイナイト、パーライトおよび残留オーステナイトであった。
【0106】
また、上述した方法により引張試験、-20℃でのシャルピー試験、-20℃でのDWTT試験及び-20℃でのCTOD試験を行い、強度(降伏応力、引張強さ)、降伏比(YR)及び低温靭性(-20℃での衝撃吸収エネルギー、-20℃での延性破面率SAおよび-20℃での限界開口変位量δc)を評価した。
得られた結果を表4Aおよび表4Bに示す。
【0107】
母材部、電縫溶接部のいずれにおいても、降伏応力(YS)が360MPa以上であり、引張強さ(TS)が465MPa以上であった場合、母材部および電縫溶接部において高強度を有するラインパイプ用電縫鋼管であるとして合格と判定した。一方、降伏応力(YS)が360MPa未満、または引張強さ(TS)が465MPa未満であった場合、母材部および電縫溶接部において高強度を有するラインパイプ用電縫鋼管でないとして不合格と判定した。
【0108】
母材部、電縫溶接部のいずれにおいても、降伏比(YR=YS/TS)が93%以下であった場合、母材部および電縫溶接部において低YRを有するラインパイプ用電縫鋼管であるとして合格と判定した。
一方、降伏比が93%超であった場合、母材部および電縫溶接部において低YRを有するラインパイプ用電縫鋼管でないとして不合格と判定した。
【0109】
母材部において、-20℃におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーが200J以上であり、且つ、母材部において、-20℃でのDWTT試験における延性破面率SAが85%以上であった場合、母材部において優れた低温靭性を有するラインパイプ用電縫鋼管であるとして合格と判定した。一方、-20℃におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーが200J未満であった場合および/または-20℃でのDWTT試験における延性破面率SAが85%未満であった場合、母材部において優れた低温靭性を有するラインパイプ用電縫鋼管でないとして不合格と判定した。
【0110】
電縫溶接部において、-20℃でのCTOD試験における限界開口変位量δcが0.15mm以上であった場合、電縫溶接部において優れた低温靭性を有するラインパイプ用電縫鋼管であるとして合格と判定した。一方、-20℃でのCTOD試験における限界開口変位量δcが0.15mm未満であった場合、電縫溶接部において優れた低温靭性を有するラインパイプ用電縫鋼管でないとして不合格と判定した。
【0111】
表1A~表4Bに示すように、試験No.1~34については、母材部の化学組成、ミクロ組織が本発明の範囲内であり、かつ電縫溶接部のミクロ組織が本発明の範囲内であった。その結果、高強度、低YR、および優れた低温靭性を有するラインパイプ用電縫鋼管が得られたことが分かる。
一方、比較例である試験No.35~61は、下記に示す理由により特性が合格条件を満足しなかった。
【0112】
試験No.35では、C含有量が本発明範囲の上限を超過し、中心偏析部が硬化した。その結果、母材部のDWTT特性が劣化した。
【0113】
試験No.36では、C含有量が本発明範囲の下限を下回った。その結果、母材部および電縫溶接部において十分な強度が得られなかった。
【0114】
試験No.37では、Si含有量が本発明範囲の上限を超過し、電縫溶接部で酸化物が増加した。その結果、電縫溶接部の低温靭性が劣化した。
【0115】
試験No.38では、Si含有量が本発明範囲の下限を下回り、脱酸が不十分であった。その結果、母材靭性が劣化した。
【0116】
試験No.39では、Mn含有量が本発明範囲の上限を超過し、母材部の中心偏析部が硬化した。その結果、母材部の低温靭性が劣化した。
【0117】
試験No.40では、Mn含有量が本発明範囲の下限を下回った。その結果、母材部および電縫溶接部において十分な強度が得られなかった。
【0118】
試験No.41では、Ti含有量が本発明範囲の上限を超過し、粗大介在物が生成した。その結果、母材部の低温靭性が劣化した。
【0119】
試験No.42では、Ti含有量が本発明範囲の下限を下回った。その結果、母材部の平均結晶粒径が粗大化し、低温靭性が劣化した。
【0120】
試験No.43では、Nb含有量が本発明範囲の上限を超過し、粗大介在物が生成した。その結果、母材部の低温靭性が劣化した。
【0121】
試験No.44では、Nb含有量およびMが本発明範囲の下限を下回った。その結果、母材部の平均結晶粒径が粗大化し、母材部の低温靭性が劣化した。また、母材部において十分な強度が得られなかった。また、電縫溶接部におけるMA面積率が低下し、YRが増加した。
【0122】
試験No.45では、N含有量が本発明範囲の上限を超過し、粗大介在物が生成した。その結果、母材部の低温靭性が劣化した。
【0123】
試験No.46では、N含有量が本発明範囲の下限を下回った。その結果、母材部の平均結晶粒径が粗大化し、母材部の低温靭性が劣化した。
【0124】
試験No.47では、Ceqが本発明範囲の上限を上回り、フェライト分率が低下した。その結果、母材部および電縫溶接部の低温靭性が劣化した。
【0125】
試験No.48では、Ceqが本発明範囲の下限を下回り、フェライト分率が増加した。その結果、母材部および電縫溶接部において十分な強度が得られなかった。
【0126】
試験No.49では、Mが本発明範囲の上限を上回った。その結果、電縫溶接部におけるMA面積率が増加し、電縫溶接部の低温靭性が劣化した。
【0127】
試験No.50では、Mが本発明範囲の下限を下回った。その結果、電縫溶接部におけるMA面積率が低下し、YRが増加した。
【0128】
試験No.51では、F1が上限を上回ったので、母材部の平均結晶粒径が粗大化した。その結果、母材部の低温靭性が劣化した。また、電縫溶接部の偏析帯の合金濃度が低くなりすぎ、電縫溶接部におけるMA面積率が低下し、YRが増加した。
【0129】
試験No.52では、F1が下限を下回ったので、電縫溶接部の偏析帯の合金濃度が高く、MAの面積率が増加した。その結果、電縫溶接部の低温靭性が劣化した。
【0130】
試験No.53では、未再結晶域での圧下比が下限を下回ったので、母材部の平均結晶粒径が大きくなった。その結果、母材部の低温靭性が劣化した。
【0131】
試験No.54では、熱間圧延後の冷却速度が高く、母材部のフェライト面積率が低下した。その結果、母材部の低温靭性が劣化した。
【0132】
試験No.55では、熱間圧延後の冷却速度が低く、母材部のフェライト面積率が増加した。その結果、母材部において十分な強度が得られなかった。
【0133】
試験No.56では、熱間圧延後の冷却停止温度および巻き取り温度が高く、母材部のフェライト面積率が増加した。その結果、母材部において十分な強度が得られなかった。
【0134】
試験No.57では、電縫溶接部の加熱温度が高く、電縫溶接部の平均結晶粒径が大きくなった。その結果、溶接部の低温靭性が劣化した。
【0135】
試験No.58では、電縫溶接部の加熱温度が低く、電縫溶接部の平均結晶粒径が大きくなった。その結果、電縫溶接部の低温靭性が劣化した。
【0136】
試験No.59では、電縫溶接部の冷却速度が高く、フェライト面積率が低下した。その結果、電縫溶接部の低温靭性が劣化した。
【0137】
試験No.60では、電縫溶接部の冷却速度が低く、フェライト面積率が増加した。その結果、電縫溶接部において十分な強度が得られなかった。
【0138】
試験No.61では、溶接部の冷却停止温度が高く、MAの面積率が増加した。その結果、電縫溶接部の低温靭性が劣化した。
【0139】
【0140】
【0141】
【0142】
【0143】
【0144】
【0145】
【0146】
【産業上の利用可能性】
【0147】
本発明に係る上記態様によれば、母材部および電縫溶接部において、高強度、低YRおよび優れた低温靭性を有するラインパイプ用電縫鋼管を得ることができる。そのため、産業上の利用可能性が高い。
【要約】
このラインパイプ用電縫鋼管は、母材部及び電縫溶接部を有し、前記母材部の化学組成が所定の化学組成を有し、前記母材部の1/2×tB部のミクロ組織において、フェライトの面積率が40~80%であり、平均結晶粒径が35μm以下であり、前記電縫溶接部の1/4×tS部のミクロ組織において、フェライトの面積率が40~70%であり、島状マルテンサイトの面積率が0.2~10.0%であり、平均結晶粒径が35μm以下であり、降伏応力が360MPa以上であり、引張強さが465MPa以上である。