(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-03
(45)【発行日】2024-09-11
(54)【発明の名称】消火方法及び消火設備
(51)【国際特許分類】
A62D 1/06 20060101AFI20240904BHJP
A62C 5/02 20060101ALI20240904BHJP
A62C 35/02 20060101ALI20240904BHJP
【FI】
A62D1/06
A62C5/02 B
A62C35/02 Z
(21)【出願番号】P 2024524675
(86)(22)【出願日】2024-04-01
(86)【国際出願番号】 JP2024013508
【審査請求日】2024-04-24
(31)【優先権主張番号】P 2023067824
(32)【優先日】2023-04-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000114905
【氏名又は名称】ヤマトプロテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】吉川 昭光
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 辰基
【審査官】河野 隆一朗
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-123277(JP,A)
【文献】特開平06-269513(JP,A)
【文献】国際公開第2016/148014(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/047762(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A62C 5/00 - 5/033
A62C 35/00 - 35/68
A62D 1/00 - 1/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カリウム化合物を含むエアロゾル消火
薬剤を用いてエアロゾル消火ガスを対象空間に放射し、前記対象空間におけるカリウム
イオンの空間濃度を1.2ppm以上
にし、
C:カリウムイオン濃度[ppm]、W:消火薬剤量[g/m
3
]及びβ:カリウムイオン発生係数[-]として、次式
C[ppm]= β・W[g/m
3
]
を満たすように、エアロゾル消火ガスを発生させるエアロゾル消火薬剤の量を決定すること、
を特徴とする消火方法。
【請求項2】
カリウムイオンの空間濃度が1.2ppm以上になるように、カリウム化合物を含むエアロゾル消火薬剤を用いてエアロゾル消火ガスを対象空間に放射する放射器を含み、
C:カリウムイオン濃度[ppm]、W:消火薬剤量[g/m
3]及びβ:カリウムイオン発生係数[-]として、次式
C[ppm]=β・W[g/m
3]
を満たすように、エアロゾル消火ガスを発生させるエアロゾル消火薬剤の量を決定すること、
を特徴とする
消火設備。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エアロゾル消火剤組成物を用いた消火方法及び消火設備に関する。
【背景技術】
【0002】
本件出願人は、カリウム化合物による熱反応で消火の性能を有する煙を発生させ、消火薬剤として機能する新規のエアロゾル消火剤組成物を開発した(例えば特許文献1:特許第6443882号公報)。しかしながら、かかるエアロゾル消火剤組成物を消火薬剤として機能させる際に、どのような条件で使用するのが好ましいかについては、未だ検討の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで、本発明は、エアロゾル消火剤組成物を用いた新たな消火方法及び消火設備を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上述した課題を解決すべく、本発明は、
カリウム化合物を含むエアロゾル消火ガスを対象空間に放射し、前記対象空間におけるカリウムの空間濃度を1.2ppm以上とすること、
を特徴とする消火方法、を提供する。
【0006】
また、本発明の消火方法では、C:カリウムイオン濃度[ppm]、W:消火薬剤量[g/m3]及びβ:カリウムイオン発生係数[-]として、次式
C[ppm]= β・W [g/m3]
を満たすように、エアロゾル消火ガスを発生させるエアロゾル消火薬剤の量を決定すること、が好ましい。
【0007】
また、本発明は、
カリウムの空間濃度が1.2ppm以上になるように、カリウム化合物を含むエアロゾル消火ガスを対象空間に放射する放射器を含むこと、
を特徴とする消火設備、をも提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、エアロゾル消火剤組成物を用いた新たな消火方法及び消火設備を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】固形状及びシート状に加工されたエアロゾル消火薬剤10の外観の一例を示す図である。
【
図2】エアロゾルガス放射器4の基本構成例を示す図である。
【
図3】エアロゾル消火システム1の基本構成例を示す図である。
【
図4】エアロゾル消火システム1の動作フローの一例を示す図である。
【
図5】n-ヘプタンの消炎限界を示すグラフである。
【
図6】カリウムイオン濃度と消火薬剤の量との関係を示すグラフである。
【
図7】Type:Bの消火薬剤の量と消火時間との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明に係る消火方法及び消火設備の代表的な実施形態を、図面を参照しつつ詳細に説明する。ただし、本発明はこれら図面に限定されるものではない。また、図面は、本発明を概念的に説明するためのものであるから、理解容易のために、寸法、比又は数を誇張又は簡略化して表している場合もある。
【0011】
1.エアロゾルによる消火について
一般に、エアロゾルとは、連続相(部分的に不連続な相があってもよい)の気体に微細な固体又は液体が分散した状態の混合物と定義される。消火性能を持つエアロゾルは、エアロゾル消火薬剤を熱により化学反応させることで得られる。そのエアロゾル消火ガスは、反応生成ガスに固体の微粒子が分散した状態を有するため、気体の流れに沿って流動する性質を持つ。よって、エアロゾル消火ガスは、一般の消防用に用いる気体(二酸化炭素等)と同様に、ガス消火剤として取り扱うことができる。
【0012】
エアロゾル消火ガスを発生させるエアロゾル消火薬剤は、カリウムの化合物を主成分として含む固体である。かかる消火薬剤の詳細は追って述べるが、消火薬剤は保管時には固体であり、一定の熱を加えることで化学反応して(例えば熱分解して)、反応生成物としてエアロゾルを放出する。放出されたエアロゾルは、反応生成物の気体と微粒子が混合した白色の煙状で消火ガスとして機能する。エアロゾル消火ガスの消火性能は、微粒子に含まれるカリウムが炎中の化学反応を負触媒効果で消炎することで得られる。
【0013】
エアロゾル消火薬剤は、固体性状でありながら、必要に応じて溶剤や分散剤、バインダーと併用することにより、任意の寸法及び形状に成型できる。即ち、成型後もエアロゾル消火薬剤としての機能を発揮する。例えば
図1(A)及び(B)に例示するように、エアロゾル消火薬剤10は、固形状(例えば円柱状ないし扇状)の薬剤11、又は可撓性のある若しくは折り曲げ可能なシート形状の薬剤12に加工できる。
【0014】
エアロゾル消火ガスには、反応生成ガスと炎を消炎する効果を持つ微粒子が含まれる。消火の主な性能を持つ微粒子は、1μm以下の粒子径を持ち、主に白色のカリウム化合物で構成されている。そのため、放出されたエアロゾル消火ガスを見ると、白煙が放射されているように見える。
【0015】
シート形状に加工したエアロゾル消火薬剤10(例えば薬剤12)は、それ単体で、発火が想定される物に隣接及び密着させることで消火する性能を発揮することができる。例えば、リチウムイオン電池の内外又はリチウムイオン電池を収納する容器内に、シート形状の薬剤12を装着しておくと、発火時の炎の温度で消火薬剤が熱反応し、エアロゾル消火ガスを放出する。
【0016】
あるいは、発火が想定される物に隣接及び密着させられない場合には、エアロゾル消火ガスを強制的に放射して火災源に吹き付けるか、火災の想定される室内全域にエアロゾル消火ガスを充満させる機能が必要となる。このような用途としては、サーバールームや電気室、発電機室、立体式駐車場等がある。
【0017】
この用途のために使用する装置としては、固形状に加工したエアロゾル消火薬剤10(例えば薬剤11)を収納箱41に入れ、火災の感知信号を受けると消火薬剤10を強制的に熱反応させて放出口42からエアロゾル消火ガスを放射するエアロゾルガス放射器4が挙げられる(例えば
図2(A)-(C)参照)。
【0018】
図2に示すエアロゾルガス放射器4は、固形状のエアロゾル消火薬剤10の熱反応を電気的に起こす起動部品43を装着し、放出口42が付いた収納箱41に収納するだけの簡単な構造を有する。エアロゾル消火ガスの放射に必要な放射圧力は、消火薬剤10の反応速度と放出口42の開口面積を適切に調整することで得ることができる。すなわち、エアロゾル消火薬剤10は、放射力を得る加圧用ガス源を内蔵していると言うこともできる。
【0019】
2.エアロゾル消火システムについて
放射器を消防用のガス消火設備に用いる場合は、火災の感知から自動で消火するシステムとして機能させることが好ましい。このように機能するエアロゾル消火システムの一例として、一連の機器で構成されたエアロゾル消火システム1の基本構成を
図3に示す。
【0020】
図3に示すエアロゾル消火システム1は、火災想定した室内に設置し火災を感知する火災感知器2、人が火災を発見したときに手動で起動させる手動起動装置3、火災感知器2の信号を受けてエアロゾルガス放射器4へ起動の電気信号を発信する制御盤5、人の避難を誘導する警報ブザー6、消火ガスの充満を表示するガス放出表示灯7、及び非常用電源8等の機器を含む。
【0021】
エアロゾルガス消火システム1の動作フローの一例として、
図4に全域放出方式として設計した例を示す。エアロゾルガス消火システム1は、火災感知器2又は人による火災感知、その火災信号を制御盤5が受信、防火区画内の人を退避させるため退避警報と防火区画内の区画閉鎖を行う。その後、一定遅延時間経過後にエアロゾルガス放射器4を起動、同時に区画入口に設置したガス放出表示灯7を点灯、エアロゾルガスが区画内に充満し火災を消火する。
【0022】
3.エアロゾル消火薬剤について
ここで、エアロゾル消火薬剤について、基本的な消火原理を含めて説明する。
エアロゾル消火薬剤の成分は、主な成分は有機カリウム化合物と無機カリウム化合物で、温度約200~300℃の熱で熱反応し反応生成物を放出する。
【0023】
3-1.消火薬剤の組成
エアロゾル消火薬剤は、好適には、燃料(A成分)20~50質量%及び塩素酸塩(B成分)80~50質量%を含有し、更に燃料及び塩素酸塩の合計量100質量部に対して、6~1000質量部のカリウム塩(C成分)を含有し、熱分解開始温度が90℃超~260℃の範囲である。
【0024】
A成分である燃料は、B成分である塩素酸塩と共に燃焼により熱エネルギーを発生させて、C成分のカリウム塩に由来するエアロゾル(カリウムラジカル)を発生させるための成分である。
【0025】
かかるA成分の燃料としては、例えば、ジシアンジアミド、ニトログアニジン、硝酸グアニジン、尿素、メラミン、メラミンシアヌレート、アビセル、グアガム、カルボキシルメチルセルロースナトリウム、カルボキシルメチルセルロースカリウム、カルボキシルメチルセルロースアンモニウム、ニトロセルロース、アルミニウム、ホウ素、マグネシウム、マグナリウム、ジルコニウム、チタン、水素化チタン、タングステン及びケイ素のうちの少なくとも1種から選ばれるものが好ましい。
【0026】
B成分の塩素酸塩は強力な酸化剤であり、A成分の燃料と共に燃焼により熱エネルギーを発生させ、C成分のカリウム塩に由来するエアロゾル(カリウムラジカル)を発生させるための成分である。
【0027】
かかるB成分の塩素酸塩としては、例えば塩素酸カリウム、塩素酸ナトリウム、塩素酸ストロンチウム、塩素酸アンモニウム及び塩素酸マグネシウムのうちの少なくとも1種から選ばれるものが好ましい。
【0028】
ここで、A成分の燃料とB成分の塩素酸塩の合計100質量%中の含有割合は、以下のとおりである。
A成分:20~50質量%
好ましくは25~40質量%
より好ましくは25~35質量%
B成分:80~50質量%
好ましくは75~60質量%
より好ましくは75~65質量%
【0029】
次に、C成分のカリウム塩は、A成分とB成分の燃焼により生じた熱エネルギーによりエアロゾル(カリウムラジカル)を発生させるための成分である。
【0030】
かかるC成分のカリウム塩としては、例えば酢酸カリウム、プロピオン酸カリウム、クエン酸一カリウム、クエン酸二カリウム、クエン酸三カリウム、エチレンジアミン四酢酸三水素一カリウム、エチレンジアミン四酢酸二水素二カリウム、エチレンジアミン四酢酸一水素三カリウム、エチレンジアミン四酢酸四カリウム、フタル酸水素カリウム、フタル酸二カリウム、シュウ酸水素カリウム、シュウ酸二カリウム及び重炭酸カリウムのうちの少なくとも1種から選ばれるものが好ましい。
【0031】
C成分の含有割合は、A成分とB成分の合計量100質量部に対して、6~1000質量部であるのが好ましく、より好ましくは10~900質量部、特に好ましくは10~100質量部である。
【0032】
更に、消火薬剤は、熱分解開始温度が90℃超~260℃の範囲のものであり、好ましくは150℃超~260℃のものである。このような熱分解開始温度の範囲は、上記のA成分、B成分及びC成分を上記の割合で組み合わせることで調整することができる。
【0033】
上記消火薬剤は、上記の熱分解開始温度の範囲を満たすことで、点火装置等を使用することなく、火災発生時の熱を受けてA成分とB成分が自動的に着火燃焼して、C成分に由来するエアロゾル(カリウムラジカル)を発生させて消火することができる。ただし、点火装置等の使用を排除するものではない。
【0034】
なお、室内にある可燃物として一般的な木材の引火温度は260℃であり、火気を取扱う場所に設置する自動火災報知設備の熱感知器の一般的な作動温度である70℃以下では起動しない条件に熱分解開始温度を設定することで、速やかな消火ができると共に、前記熱感知器の誤作動も防止できる。特に、熱感知器の最大設定温度は150℃であるため、熱分解開始温度の下限値を150℃超に設定することで、例えば家屋等の建築物や建材を用途とするのに好適で高い汎用性が得られる。
【0035】
消火薬剤の形態は、特に制限されるものではなく、分散体等の液体又は粉末や所望する形状の成形体等の固体として使用することができる。分散体であれば、スプレー噴霧によりコーティング剤として使用することもできる。また、成形体は、顆粒、所望形状のペレット(円柱形状等)、錠剤、球形、円板等の形状にすることができ、見かけ密度が1.0g/cm3以上のものであることが好ましい。
【0036】
なお、消火薬剤をシート状に成形する場合には、上述した消火薬剤の成分にバインダー及びその他の成分が添加されてもよい。バインダー及びその他の成分としては、消火薬剤の機能を害することなくその成形を可能とする材料であれば種々のものを用いることができ、特にバインダーとしては無機質バインダーであっても有機質バインダーであってもよい。なお、バインダーを用いなくても後述する分散剤を用いれば本発明の自己消火性成形品を作製することは可能である。
【0037】
3-2.消火薬剤の熱反応
かかる消火薬剤には、薬剤の一か所でも熱反応が開始すれば自動的に連鎖し全エアロゾル消火薬剤が反応するものと、熱が加えられた箇所のみ熱反応するものの、2パターンがある。いずれも反応生成物は、二酸化炭素等の気体のガス成分と浮遊するカリウム化合物の微粒子で構成されたエアロゾル状の消火ガスで、火災の炎に触れるとカリウムが遊離し、炎内でカリウムラジカル(以下Kラジカルと呼ぶ)となり消炎効果を発揮し消火薬剤として機能する。
【0038】
火炎反応中でのKラジカルの主な反応式は、以下の化学式(1)~(6)に示すとおりであるが、KラジカルがOHラジカルやHラジカルとKOHのサイクルで反応することで消炎する。このKラジカルの負触媒反応の化学式は、
(1)K・+・OH→KOH
(2)KOH+・H→K・+H2O
(3)KOH+・OH→KO・+H2O
(4)KO・+・H→K・+OH
(5)KO・+・O→K・+O2
(6)KO・+・OH→K・+HO2
となる。
よって、消炎の消火原理は、一般的なカリウム系の粉末消火薬剤と同様な負触媒効果が基本となる。
【0039】
3-3.消火性能の評価
エアロゾル消火の消火性能は、消火の原理からエアロゾル消火ガス量とそれに含まれるカリウム量で決まる。エアロゾル消火ガスの消火原理がKラジカルの負触媒効果による消炎であることを踏まえ、発明者らは、消炎に必要なカリウム量に着目してエアロゾル消火ガスの消火性能を評価した。
【0040】
実際に消炎に必要な消火薬剤量は燃焼可燃物によって異なるが、ここでは、消防分野で基本に用いられるn-ヘプタンを標準可燃物(すなわち消火対象物)として評価した。また、消炎に足りる薬剤量は、エアロゾル消火ガスに含まれるカリウムの量に依存することから、ここでは、エアロゾル消火ガスを採取し一定の水に溶解したカリウムイオン量を比率に置き換えカリウムイオン濃度[ppm]の値を指標とした。
【0041】
具体的には、一定の試験容器(標準容器ないしは対象空間)に十分なエアロゾル消火ガスを充満させた後、シリンジで容器内の雰囲気を採取した。すなわち、シリンジには5mLの蒸留水を充填し、雰囲気を50mL分採取した。採取された雰囲気を蒸留水と十分混合し、中に含まれるエアロゾル消火ガスの粒子を蒸留水に溶解させた。その後、水溶液中のカリウムイオン濃度を測定し、雰囲気中のカリウム元素の濃度を推定した。
【0042】
カリウムイオン濃度の測定には、次の測定機器を用いた。
測定機器:LAQUAtwin-K-11(株式会社堀場アドバンスドテクノ製)
測定原理:イオン電極法
【0043】
また、消炎する限界濃度(以下、「消炎濃度」とも言う。)を、標準容器内に入れたn-ヘプタンの火皿が着火する条件で判定した。初期値6.5ppmからスタートし、16回測定した結果を
図5に示す。測定15回目までは着火しなかったが16回目で着火したことから、15回目のカリウムイオン濃度である1.2ppmをn-ヘプタンの消炎限界と判断した。上記標準容器(の内部)は、本発明のエアロゾル消火ガスを消火のために放射等する対象空間を模したものと言うことができ、上記標準容器内のカリウムの空間濃度が1.2ppm以上になるように、カリウム化合物を含むエアロゾル消火ガスを上記標準容器(対象空間)内に放射することが好ましい。なお、カリウムの空間濃度の上限は理論上ないが、現実的には170ppmを上限と見てよい。
【0044】
次に、カリウムイオン濃度とエアロゾル消火薬剤の関係を確認した。
エアロゾル消火薬剤では、薬剤の組成比率によりカリウム発生量が異なる。そこで次の代表的な条件の薬剤Type:A及びType:Bで確認した。
Type:A 熱反応の連鎖が一か所の加熱で継続するタイプの消火薬剤。
エアロゾル消火ガスを短時間で多量に放出する性質を持つ。
Type:B 加熱された部分のみ熱反応を行い、緩やかに反応するタイプの消火薬剤。
【0045】
結果を
図6に示す。図よりカリウムイオン濃度とエアロゾル消火薬剤量の関係式として次式を得た。
C[ppm]= β・W [g/m
3] (1)
ここで、C:カリウムイオン濃度[ppm]
W:消火薬剤量[g/m
3]
β:カリウムイオン発生係数[-]
Type:A βa:カリウムイオン発生係数(A=0.2[-])
Type:B βb:カリウムイオン発生係数(B=0.02[-])
【0046】
関係式(1)より、可燃物であるn-ヘプタンを消炎するのに必要なエアロゾル消火薬剤量を決定することができる。また、可燃物が変わったとしても、消炎限界を測定することで、カリウムイオン濃度からエアロゾル消火薬剤量が決まるため、設計上の最低基準が得られる。ただし、消火対象が広い空間である場合や可燃物が同時に複数想定される場合等には、これらの条件を考慮することが好ましい。
【0047】
すなわち、空間が広い場合では、エアロゾルガス放射器の配置条件、複数の放射器の同時起動による最遠点でのエアロゾル消火ガスの濃度分布差、遮蔽物による遅れ時間、開口箇所の流出損失等を踏まえた安全率を加算して設計するとよい。また、複数の可燃物が含まれる場合は、カリウムイオン濃度の一番数値の大きい消炎限界を設計基準として設計するとよい。
【0048】
更には、消火に至る時間、消火時間の設定に留意すべきである。十分なカリウムイオン濃度を発生させる量のエアロゾル消火薬剤で消火する場合、エアロゾル消火ガスが拡散する拡散時間と消火時間は概ね一致するが、消炎の限界濃度付近の濃度では、消火に遅れ時間が発生する。Type:Bの消火薬剤について、消火薬剤量と消火時間との関係を
図7に示す。
【0049】
3-4.薬剤量の決定方法
以上より、エアロゾル消火薬剤の薬剤量を次のように決定することができる。
(ア)エアロゾル消火ガス中のカリウム元素濃度Cの消炎限界を消炎濃度CT[g/m3]とし、それに対応した消火薬剤の消炎薬剤量WT[g/m3]を求める。
消炎濃度CT[g/m3]としては、先の実験結果から1.2ppm以上の値を設定することが好ましい。すなわち、本発明に係る消火方法及び消火設備においては、カリウム化合物を含むエアロゾル消火ガスを対象空間に放射し、前記対象空間内のカリウムの空間濃度が1.2ppm以上になるよう調整することが好ましい。消炎薬剤量WT[g/m3]は先述した関係式(1)から得られる。
【0050】
(イ)消火薬剤量と消火時間の関係から、消火時間60秒以下となる消火薬剤量WO[g/m3]を決める。(消火薬剤量WO=A値)
例えば、n-ヘプタンの燃焼に対して、一定空間内に放出する消火薬剤量Wを可変し消火時間を測定した結果から得られる下記の関係式(2)に基づいて、適切な消火薬剤量WO[g/m3]、すなわちA値を決定することができる。
1/T[s-1]= γ・W[g/m3]-δ[s-1] (2)
ここで、1/T:消火時間の逆数 [s-1]
W:消火薬剤量[g/m3]
γ:消火係数 =0.0007[m3・s-1/g]
δ:消火限界濃度を表す係数 =0.0162[s-1]
【0051】
(ウ)エアロゾル消火ガス中のカリウム元素濃度C[g/m3]の経時変化の正規化グラフから、再燃防止時間を考慮した限界薬剤量W1[g/m3]を決める(限界薬剤量W1=B値)。
消炎後、放射したエアロゾル消火ガス中のカリウム元素濃度が消炎濃度CT以上を維持する条件を確認するため、エアロゾル消火ガス放射後の空間内でカリウム元素濃度の経時変化を調べる。すなわち、定量空間内で消火薬剤からエアロゾル消火ガスを発生させ、それを一定の時間間隔に定量採取し、水に溶解した後に水溶液中のカリウムイオン濃度を測定する。
【0052】
次いで、カリウムイオン濃度から空間内のカリウム元素濃度を推定する。その後、放射直後のカリウム元素濃度C0で正規化を行い、下記のとおり、正規化したカリウム元素濃度yと時間tの関係式(3)を得る。
y=-α・t+1 (3)
ただし、y:正規化カリウム元素濃度[-]
t:時間[min]
α:係数
【0053】
ここで、再燃を考慮した設計条件を組み入れることができる。再燃防止時間は可燃物が再燃しない温度に低下した時間(例えば15分)と消防機関が駆けつける時間(例えば20分)の長い方の時間(ここでは20分)を選定した。
20分間は消炎濃度CTを維持するために、初期値t=0で必要なエアロゾル消火ガスのカリウム元素濃度(初期濃度)C0を次の関係式(4)で算出する。
C0=Cr/y (4)
ただし、C0:初期濃度 カリウム元素濃度[g/m3]
Cr:消炎濃度 カリウム元素濃度 Cr =1.2[g/m3]
y:正規化カリウム元素濃度 [-]
したがって、関係式(1)から、限界薬剤量W1[g/m3]、すなわちB値を決定することができる。
【0054】
(エ)消火対象に応じてA値及びB値から選定し、消火薬剤の基準設計薬剤量WS[g/m3]を決める。
【0055】
(オ)基準設計薬剤量WS[g/m3]に安全係数Xを乗じて設計薬剤量WS[g/m3]を算出する。
これにより設計薬剤量WSが得られる。
【0056】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それらも本発明に含まれる。
【0057】
例えば、本発明は、カリウムの空間濃度が1.2ppm以上になるように、カリウム化合物を含むエアロゾル消火ガスを対象空間に放射する放射器を含む消火設備にも関する。この消火設備には、カリウムの空間濃度を測定するためのセンサを具備することが好ましい。
【0058】
当該センサは、例えば所定の空間(対象空間)に充満させたエアロゾル消火ガス所定量を、所定量の蒸留水と混合して混合水溶液を得て、当該混合水溶液中のカリウムイオン濃度を、イオン電極法で測定する構成を取ればよい。
【符号の説明】
【0059】
1 エアロゾル消火システム
2 火災感知器
3 手動起動装置
4 エアロゾルガス放射器
5 制御盤
6 警報ブザー
7 ガス放出表示灯
8 非常用電源
10,11,12 エアロゾル消火薬剤
【要約】
本発明はエアロゾル消火剤組成物を用いた新たな消火方法及び消火設備を提供する。本発明の消火方法は、カリウムの空間濃度が1.2ppm以上とすること、カリウム化合物を含むエアロゾル消火ガスを対象空間に放射すること、を特徴とする。また、本発明の消火設備は、カリウムの空間濃度が1.2ppm以上になるように、カリウム化合物を含むエアロゾル消火ガスを対象空間に放射する放射器を含むこと、を特徴とする。