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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-03
(45)【発行日】2024-09-11
(54)【発明の名称】圧縮コイルばね
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240904BHJP
   C22C 38/46 20060101ALI20240904BHJP
   F16F 1/02 20060101ALI20240904BHJP
   F16F 1/04 20060101ALI20240904BHJP
   C21D 1/18 20060101ALN20240904BHJP
   C21D 7/06 20060101ALN20240904BHJP
   C21D 9/02 20060101ALN20240904BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/46
F16F1/02 A
F16F1/04
C21D1/18 P
C21D7/06 A
C21D9/02 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020070782
(22)【出願日】2020-04-10
(65)【公開番号】P2021167444
(43)【公開日】2021-10-21
【審査請求日】2023-02-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000004640
【氏名又は名称】日本発條株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100096884
【弁理士】
【氏名又は名称】末成 幹生
(72)【発明者】
【氏名】平井 俊
(72)【発明者】
【氏名】白石 透
(72)【発明者】
【氏名】高橋 啓太
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-206219(JP,A)
【文献】特開2018-176268(JP,A)
【文献】国際公開第2020/013175(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/46
F16F 1/02
F16F 1/04
C21D 1/18
C21D 7/06
C21D 9/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、Cを0.45~0.8%、Siを0.15~3.0%、Mnを0.3~1.2%、Crを0.5~2.0%含むと共に、任意成分としてNiを1.5%以下、Vを0.5%以下、Moを1.5%以下、Wを0.5%以下のうち1種または2種以上を含み、残部が鉄および不可避不純物からなる円相当直径dが1.5~10.0mmの鋼線材を用いた圧縮コイルばねであって、前記圧縮コイルばねの有効部任意横断面のコイル内径側表面から0.2mm深さとd/4深さ(dは線材径)において以下の物理的特性を有する圧縮コイルばね。
(1)SEM/EBSD(Electron Back Scatter Diffraction)法によるGOS(Grain Oriented Spread)マップの測定で、GOS値が3°未満の結晶粒の面積率が85%以上である。
(2)SEM/EBSD法によるKAM(Karnel Average Misorientation)マップの測定で、KAM値が3°未満のピクセルの面積率が95%以上である。
(3)硬さが580~700HVである。
【請求項2】
前記圧縮コイルばねの有効部任意横断面のコイル内径側表面から0.2mm深さにおけるSEM/EBSD法によるIPF マップ(方位角度差3°以上の境界を粒界とする)の測定で、平均結晶粒径が2.0μm以下である請求項1に記載の圧縮コイルばね。
【請求項3】
前記圧縮コイルばねの有効部任意横断面のコイル内径側表面からd/4深さにおけるSEM/EBSD法によるIPFマップの測定で、平均結晶粒径が2.0μm以下である請求項1または2に記載の圧縮コイルばね。
【請求項4】
ばね指数が3~8である請求項1~3のいずれかに記載の圧縮コイルばね。
【請求項5】
表面粗さRzが20μm以下である請求項1~4のいずれかに記載の圧縮コイルばね。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、たとえば自動車のエンジンやクラッチ内で使用される圧縮コイルばねに関し、特に、高応力下の使用環境においても優れた耐疲労性を有する圧縮コイルばねに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題を背景に自動車への低燃費化の要求が年々厳しくなっており、自動車部品に対する小型軽量化がこれまで以上に強く求められている。この小型軽量化の要求に対し、たとえばエンジン内で使用されるバルブスプリングや、クラッチ内で使用されるクラッチトーションスプリングをはじめとする圧縮コイルばね部品においては、材料の高強度化や、表面処理による表面強化の研究が盛んであり、その結果をもってコイルばねの特性として重要な耐疲労性の向上や、耐へたり性の向上を図ってきている。
【0003】
材料の高強度化や窒化やショットピーニングなどの表面強化技術が進歩し、その結果、疲労折損の起点が表面ではなく内部に移行してきている。また、内部起点については、その殆どが介在物を起点としたものであることが知られている。
【0004】
内部起点による破壊に対しては、圧縮残留応力を付与することが有効である。たとえば、特許文献1では、高周波加熱で線材をオーステナイト域に加熱後、コイリングを行うことで、加工による残留応力の発生を防止することができ、優れた耐疲労性を得ることができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5064590号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載された技術のように圧縮残留応力を付与しても、介在物を起点とする内部破壊はゼロとはならないことが判明している。すなわち、圧縮残留応力を付与しても、結晶粒間の歪や結晶粒内の歪が大きい場合に介在物折損の確率が上がることが分かった。
【0007】
したがって、本発明は、結晶粒間の歪と結晶粒内の歪を低減することによって介在物を起点とする折損を抑制して耐疲労性を向上させた圧縮コイルばねを提供することを目的としている。
【0008】
本発明者は、上記事象から、結晶粒間の歪と結晶粒内の歪が小さい場合には、介在物折損の確率が減少するとの知見を得て、適切な高周波加熱条件、コイリング条件、焼入れ焼戻し条件を組み合わせることにより、結晶粒間の歪と結晶粒内の歪を低減させることが可能であることを見出した。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、重量%で、Cを0.45~0.8%、Siを0.15~3.0%、Mnを0.3~1.2%、Crを0.5~2.0%含むと共に任意成分として、Niを1.5%以下、Vを0.5%以下、Moを1.5%以下、Wを0.5%以下のうち1種または2種以上を含み、残部が鉄および不可避不純物からなる円相当直径dが1.5~10.0mmの鋼線材を用いた圧縮コイルばねであって、前記圧縮コイルばねの有効部任意横断面のコイル内径側表面から0.2mm深さとd/4深さ(dは線材径)において以下の物理的特性を有することを特徴とする圧縮コイルばねである。
(1)SEM/EBSD(Electron Back Scatter Diffraction)法によるGOS(Grain Oriented Spread)マップの測定で、GOS値が3°未満の結晶粒の面積率が85%以上である。
(2)SEM/EBSD法によるKAM(Karnel Average Misorientation)マップの測定で、KAM値が3°未満のピクセルの面積率が95%以上である。
(3)硬さが580~700HVである。
【0010】
ここで、GOS値とは、各結晶粒内における全ピクセル間の方位差の平均値をその結晶粒の値として示した結晶粒間における歪勾配を表す指標である。「GOS値が3°未満」を「GOS<3°」と表す。本発明では、GOS<3°の結晶粒が占める観察視野全体に対する面積率を85%以上と規定する。GOS<3°の結晶粒が占める観察視野全体に対する面積率が85%以上であると、結晶粒間の歪が少ない組織が得られていることを意味する。
【0011】
また、KAM値とは、注目するピクセルと隣接する6つのピクセル間の方位差の平均値を計算しその値を中心のピクセルの値として示した結晶粒内における歪勾配を表す指標である。「KAM値が3°未満」を「KAM<3°」と表す。本発明では、KAM<3°のピクセルが占める観察視野全体に対する面積率を95%以上と規定する。KAM<3°のピクセルが占める観察視野全体に対する面積率が95%以上であると、結晶粒内の歪が低減された結晶粒が得られていることを意味する。
【0012】
以下に、本発明に規定する数値範囲の限定理由を説明する。まず、本発明に用いる鋼線材の化学成分の限定理由について説明する。本発明においては、Cを0.45~0.8%、Siを0.15~3.0%、Mnを0.3~1.2%、Crを0.5~2.0%を少なくとも含む鋼線材を用いる。なお、以下の説明において、「%」は「重量%」を意味する。
【0013】
(1)材料成分
C:0.45~0.8%
Cは、強度向上に寄与する。Cの含有量が0.45%未満では、強度向上の効果が十分に得られないため、耐疲労性、耐へたり性が不十分となる。一方、Cの含有量が0.8%を超えると、靭性が低下して割れが発生し易くなる。このため、Cの含有量は0.45~0.8%とする。
【0014】
Si:0.15~3.0%
Siは、鋼の脱酸に有効であると共に、強度向上や焼戻し軟化抵抗向上に寄与する。Siの含有量が0.15%未満では、これらの効果が十分に得られない。一方、Siの含有量が3.0%を超えると靭性が低下して割れが発生し易くなると共に、脱炭を助長し線材表面強度の低下を招く。このため、Siの含有量は0.15~3.0%とする。Siの含有量は0.5%以上が望ましく、1.0%以上がさらに望ましい。
【0015】
Mn:0.3~1.2%
Mnは焼入れ性の向上に寄与する。Mnの含有量が0.3%未満では、十分な焼入れ性を確保し難くなり、また、延性および靭性に有害となるSの固着(MnS生成)の効果も乏しくなる。一方、Mnの含有量が1.2%を超えると、延性が低下し、割れや表面キズが発生し易くなる。このため、Mnの含有量は0.3~1.2%とする。
Cr:0.5~2.0%
Crは脱炭を防止するのに有効であると共に、強度向上や焼戻し軟化抵抗向上に寄与し、耐疲労性の向上に有効である。また、温間での耐へたり性向上にも有効である。このため、本発明においては、Crを0.5~2.0%含有する。Crの含有量が0.5%未満では、これらの効果を十分に得られない。一方、Crの含有量が2.0%を超えると、靭性が低下し、割れや表面キズが発生し易くなる。
【0016】
なお、これら添加元素は本発明を構成するうえで最低必要な元素であって、他元素の添加を限定するものではない。すなわち、本発明においては、ばね鋼の成分組成として一般的に用いられているNiを1.5%以下、Vを0.5%以下、Moを1.5%以下、Wを0.5%以下のうち1種または2種以上をその目的に応じて適宜添加することが可能であり、その結果、より高性能、若しくは、用途により適したコイルばねの製造も可能となる
【0018】
(2)GOS<3°
本発明では、圧縮コイルばねの有効部任意横断面のコイル内径側表面から0.2mm深さとd/4深さ(dは線材径)におけるSEM/EBSD法によるGOSマップの測定で、GOS<3°の結晶粒の面積率が85%以上である。GOS値が3°未満と小さいこと、すなわち、結晶粒間の歪が小さいことにより、介在物感受性が減少し、かつ、圧縮残留応力が入りやすくなる。したがって、そのような結晶が面積率で85%以上であるから、耐疲労性を向上させることができる。
【0019】
(3)KAM<3°
本発明では、圧縮コイルばねの有効部任意横断面のコイル内径側表面から0.2mm深さとd/4深さにおけるSEM/EBSD法によるKAMマップの測定で、KAM<3°のピクセルの面積率が95%以上である。KAM値が3°未満と小さいこと、すなわち、ピクセル間の歪が小さいことにより、介在物感受性が減少し、かつ、圧縮残留応力が入りやすくなる。したがって、そのようなピクセルが面積率で95%以上であるから、耐疲労性を向上させることができる。
【0020】
(4)硬さ
高負荷応力下で使用されるバルブスプリングやクラッチトーションスプリング等としては、要求される耐疲労性と耐へたり性を満足するために、線材自体の強度も重要である。すなわち、圧縮コイルばねの有効部任意横断面のコイル内径側表面から0.2mm深さとd/4深さにおける硬さが580~700HVであることが必要である。硬さがこのような範囲であると、破壊起点となる0.1~0.4mmの深さにおける圧縮残留応力を十分に得ることができる。このため、内部起点の破壊が防止され、高い耐疲労性を得ることができる。
【0021】
硬さが580HV未満の場合は、その材料強度の低さから十分な耐疲労性と耐へたり性が得られない。また、硬さが700HVを超えた場合は、靭性の低下に伴う切欠き感受性の高まりから、コイリング時にツール類との擦れにより発生した表面キズや、ショットピーニングで形成される線材表面粗さの谷部を起点とした亀裂発生による早期折損の危険性が増大し、信頼性が重要な自動車部品として用いるには不適となる。なお、硬さは、580HV~690HVであるとより好ましい。
【0022】
(5)平均結晶粒径
圧縮コイルばねの有効部任意横断面のコイル内径側表面から0.2mm深さおよび/またはd/4深さにおけるSEM/EBSD法によるIPF マップ(方位角度差3°以上の境界を粒界とする)の測定で、平均結晶粒径が2.0μm以下であることが好ましい。平均結晶粒径が2.0μmを超えた場合には、十分な耐疲労性を得難くなる。そして、平均結晶粒径が小さいこと、すなわち、旧γ粒内のブロックやラスが微細であることは、亀裂進展に対する抵抗が大きいため、耐疲労性の向上に対し好適である。
【0023】
(6)表面粗さ
高負荷応力下で使用されるバルブスプリングやクラッチトーションスプリング等としては、要求される耐疲労性を満足するために、上述の圧縮残留応力分布と共に表面粗さも重要である。本発明者が破壊力学的計算とその検証実験を行った結果、表面起点による亀裂の発生・進展に対しては、表面キズの深さ(すなわち、表面粗さRz(最大高さ))を20μm以下とすることで、その影響を無害化できることが判明している。このため、表面粗さRzが、20μm以下であることが好ましい。Rzが20μmを超える場合、表面粗さの谷部が応力集中源となり、その谷部を表面起点とした亀裂の発生・進展が起こり易くなるため、早期折損を招き易くなる。
【0024】
表面粗さは、コイリング時におけるツール類との擦れや、ショットピーニング処理により形成されるものである。ショットピーニング処理により形成される表面粗さについては、線材の硬さと、ショットの粒径・硬さ・投射速度といった条件との組み合わせによりその大きさが決まる。よって、線材の硬さに対し、Rzが20μmを超えないようショットピーニングの条件は適宜設定する必要がある。
【0025】
(7)残留応力
ばねの線材表面近傍に圧縮残留応力を付与することにより、耐疲労性を高めることができる。圧縮残留応力は、ばねに圧縮荷重を負荷した場合の略最大主応力方向、すなわち、コイル内径側表面から上記した所定深さにおける線材の軸方向に対し+45°方向のものである。
【0026】
ばねにおける線材表面から内部に亘る圧縮残留応力分布は、ショットピーニングと必要に応じてセッチングにより与えられる。ショットピーニングによって線材の表面から例えば20μm以下の深さまで凹凸にする塑性加工が行われ、その塑性加工によって深部まで圧縮残留応力が付与される。特に、実質的に破壊起点となっている深さ0.1~0.4mm程度の範囲の圧縮残留応力を更に大きくすることが重要である。そして、その線材内部での圧縮残留応の大きさを示す指標としては、クロッシングポイントが、たとえば線径1.5mm以上3.0mm未満の線材を用いた場合は、表面から深さ0.10mm以上、線径3.0mm以上5.0mm未満の線材を用いた場合は、表面から深さ0.20mm以上、線径5.0mm以上の線材を用いた場合は、表面から深さ0.25mm以上であることが好ましい。クロッシングポイントとは、線材内部において、無負荷時に圧縮残留応力がゼロとなる表面からの深さであり、クロッシングポイントが深いことは、圧縮残留応力が表面から深くまで入っていることを示唆している。また、いずれの場合も、ばねの内径側における表面の無負荷時の最大圧縮残留応力としては、高負荷応力が作用するバルブスプリングやクラッチトーションスプリングを対象とした場合は、620MPa以上であることが好ましい。このように圧縮残留応力分布を設定することにより、耐疲労性に優れた圧縮コイルばねを得ることができる。
【0027】
ショットピーニング処理において多段ショットピーニングを施す場合は、後に実施するショットピーニングに用いるショットの球相当直径は、先に実施するショットピーニングに用いるショットの球相当直径より小さいことが好ましい。具体的には、ショットピーニング処理は、粒径0.6~1.2mmのショットによる第1のショットピーニング処理と、粒径0.2~0.8mmのショットによる第2のショットピーニング処理と、粒径0.02~0.50mmのショットによる第3のショットピーニング処理からなる多段ショットピーニング処理であることが好ましい。これにより、先に実施したショットピーニングにより増加した表面粗さを後に実施するショットピーニングによって低減することができる。
【0028】
なお、ショットピーニング処理におけるショット径や段数は上記に限らず、要求性能に応じて、必要とする残留応力分布や表面粗さ等が得られれば良い。したがって、ショット径や材質、段数等は適宜選択する。また、投射速度や投射時間によっても導入される圧縮残留応力分布は異なってくるため、これらも必要に応じて適宜設定する。
【0029】
(8)コイルばね形状
本発明は、コイリング時の加工度が大きく、高い耐疲労性と耐へたり性の両立が必要とされる、次に挙げる仕様の圧縮コイルばねに好適である。本発明は、線材の円相当直径(線材横断面積から算出した真円とした場合の直径、角形や卵形をはじめとした非円形断面も含む)が1.5~10mm、ばね指数が3~20である、一般的に冷間成形されている圧縮コイルばねに利用できる。
【0030】
中でも、コイリング時の加工度が大きく(すなわち、冷間成形ではコイリング加工により発生するコイル内径側の引張残留応力が大きい)、かつ、高い耐疲労性が必要とされるバルブスプリングやクラッチトーションスプリング等で使用される円相当直径が1.5~10.0mm、ばね指数が3~8である圧縮コイルばねに対し好適である。
【0031】
また、従来の熱間成形法とは異なり、後述するコイルばね成形機を用いるため、本発明におけるコイリング加工では芯金が不要である。したがって、成形できるばね形状の自由度が高い。すなわち本発明におけるコイルばね形状としては、コイルばねとして代表的な全巻目でコイル外径にほぼ変化がない円筒形をはじめ、これ以外の形状のコイルばねにも適用できる。たとえば、円錐形、釣鐘形、鼓形、樽形等の異形ばねの成形も可能である。
【0032】
また、本発明の圧縮コイルばねは、連続的に鋼線材を供給するためのフィードローラと、鋼線材をコイル状に成形するコイリング部と、鋼線材を所定巻数コイリングした後に後方より連続して供給されてくる鋼線材とを切離するための切断手段とを有し、コイリング部は、フィードローラにより供給された鋼線材を適切な位置へ誘導するためのワイヤガイドと、ワイヤガイドを経由して供給された鋼線材をコイル形状に加工するためのコイリングピンもしくはコイリングローラからなるコイリングツールと、ピッチを付けるためのピッチツールとを備えており、さらに、フィードローラの出口からコイリングツールの間において鋼線材を2.5秒以内でオーステナイト域まで昇温する加熱手段とを有するコイルばね成形機により成形され、ショットピーニング処理を施されていることが望ましい。
【0033】
本発明の圧縮コイルばねにおいては、加熱手段が高周波加熱であり、ワイヤガイド内における鋼線材の通過経路上若しくはワイヤガイドにおける鋼線材出口側末端とコイリングツールとの空間における鋼線材の通過経路上に鋼線材と同心となるよう高周波加熱コイルが配置されていることが好ましい。なお、鋼線材を短時間でオーステナイト域まで昇温できれば良いため、高周波加熱以外の通電加熱やレーザ加熱によって加熱を行っても良い。
【0034】
本発明の圧縮コイルばねは、連続的に鋼線材を供給するためのフィードローラと、鋼線材をコイル状に成形するコイリング部と、鋼線材を所定巻数コイリングした後に後方より連続して供給されてくる鋼線材とを切離するための切断手段とを有し、コイリング部は、フィードローラにより供給された鋼線材を適切な位置へ誘導するためのワイヤガイドと、ワイヤガイドを経由して供給された鋼線材をコイル形状に加工するためのコイリングピンもしくはコイリングローラからなるコイリングツールと、ピッチを付けるためのピッチツールとを備えており、さらに、フィードローラの出口からコイリングツールの間において鋼線材を2.5秒以内でオーステナイト域まで昇温する加熱手段とを有するコイルばね成形機により鋼線材を成形するコイリング工程と、コイリングした後に切離され温度が未だオーステナイト域にあるコイルをそのまま焼入れする焼入れ工程と、コイルを調質する焼戻し工程と、線材表面に圧縮の残留応力を付与するショットピーニング工程と、セッチング工程とを順に行う製造方法により製造することができる。
【0035】
本発明において、焼戻し工程は、焼入れ工程によって硬化されたコイルを適切な硬さと靭性を有するコイルに調質するのが本来の目的である。本発明においては、結晶粒間の歪を低減するとともに、結晶粒内の歪を低減するために行う。そのため、焼戻し温度は440~460℃に設定される。焼戻し温度が440℃未満では、結晶粒間の歪が残存するとともに、結晶粒内の歪の低減が充分ではなくなる。一方、焼戻し温度が460℃を超えると、コイル内径側表面から0.2mm深さとd/4深さにおける硬さが580HVに至らず、耐疲労性を向上させることができなくなる。
【0036】
表面弾性限の回復を目的とした低温時効処理を必要に応じ組み合わせても良い。ここで、低温時効処理はショットピーニング工程後、あるいは多段ショットピーニングの各段の間にて行うことができ、多段ショットピーニングにおける最終段として粒径0.02~0.30mmのショットによるショットピーニングを施す場合には、その前処理として行うことが、最表面の圧縮残留応力をより高める上で好適である。なお、セッチング工程においてへたり防止処理としてコイルに施すセッチングとしては、コールドセッチング、ホットセッチング等種々方法はあるが、所望する特性により適宜選択する。
【0037】
上記のような製造方法のように熱間コイリングすることにより、加工による残留応力の発生を防止することができる。そして、鋼線材を2.5秒以内でオーステナイト域まで昇温することにより、結晶粒の粗大化を防ぐことができ、優れた耐疲労性を得ることができる。また、熱間コイリングを行うため、窒化処理のような表面強化処理を施さなくても、優れた耐疲労性を得ることができ、製造コストの低減を図ることができる。
【0038】
本発明は、ばね材として使用される炭素鋼線、硬鋼線、ピアノ線、ばね鋼線といった硬引線や、炭素鋼オイルテンパー線、クロムバナジウム鋼オイルテンパー線、シリコンクロム鋼オイルテンパー線、シリコンクロムバナジウム鋼オイルテンパー線といったオイルテンパー線等に対して適用が可能である。特に、安価な硬引線に適用することが好適である。これは、高周波加熱を利用した熱間成形によるため、安価な線材を利用しても高級元素が添加された高価なオイルテンパー線を使用した従来の冷間成形ばねよりも優れた耐疲労性のばねを得ることができるためである。
【発明の効果】
【0039】
本発明によれば、結晶粒間の歪と結晶粒内の歪を低減することができるので、介在物を起点とする折損を抑制することができ、耐疲労性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
図1】コイルばねの製造工程の一例を示す図である。
図2】本発明の実施形態を実施するためのコイリングマシン成形部の概略図である。
図3】本発明の実施形態を実施するためのコイリングマシン成形部の要部を拡大した概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0041】
以下、本発明の一実施形態を具体的に説明する。本発明においては、コイリング時に加熱を行うため、図1(A)に示すような熱間成形法を用いる。本実施形態では、線出機によって鋼線材をコイリングマシンへ供給し、コイリングマシンにおいて鋼線材を急速加熱後、コイル状に成形し、焼入れ槽において焼入れを行い、さらに焼戻しを行う。
【0042】
図2にコイリングマシン成形部の概略を示す。図2に示すように、コイリングマシン成形部1は、連続的に鋼線材Mを供給するためのフィードローラ10と、鋼線材Mをコイル状に成形するコイリング部20と、所定巻数コイリングした後に後方より連続して供給されてくる鋼線材Mとを切り離すための切断刃30aおよび内型30bを備えた切断手段30と、フィードローラ10の出口からコイリングツール22の間において鋼線材Mを加熱する高周波加熱コイル40とを有する。コイリング部20は、フィードローラ10により供給された鋼線材Mを適切な位置へ誘導するためのワイヤガイド21と、ワイヤガイド21を経由して供給された鋼線材Mをコイル形状に加工するためのコイリングピン(もしくはコイリングローラ)22aからなるコイリングツール22と、ピッチを付けるためのピッチツール23とを備えている。
【0043】
コイリングマシンでの急速加熱は、高周波加熱コイル40によって行い、鋼線材を2.5秒以内でオーステナイト域に昇温させる。図3に高周波加熱コイル設置位置を示す。高周波加熱コイル40はワイヤガイド21の近傍に設置されており、鋼線材Mを加熱後、直ぐに成形出来るようにコイリング部20が設けられている。なお、高周波加熱コイルの設置位置は、鋼線材Mを加熱後、直ぐに成形できれば良いので、本実施形態で示した位置以外でも良い。
【0044】
コイリング部20では、ワイヤガイド21を抜けた鋼線材Mをコイリングピン22aに当接させて所定の曲率で曲げ、さらに下流のコイリングピン22aに当接させて所定の曲率で曲げる。そして、ピッチツール23に鋼線材Mを当接させて、所望のコイル形状となるようにピッチを付与する。所望の巻数となったところで、切断手段30の切断刃30aによって内型30bの直線部分との間でせん断によって切断して、後方より供給される鋼線材Mとばね形状の鋼線材Mとを切り離す。
【0045】
まず、重量%で、少なくともCを0.45~0.8%、Siを0.15~3.0%、Mnを0.3~1.2%含有し、円相当直径が1.5~10.0mmの鋼線材Mを用意する。この鋼線材Mを線出機(図示省略)によりフィードローラ10へ供給し、高周波加熱コイル40によって鋼線材Mを2.5秒以内でオーステナイト域に加熱後、コイリング部20においてコイリングを行う(コイリング工程)。
【0046】
次に、コイリング後に切離され温度が未だオーステナイト域にあるコイルをそのまま焼入れ槽(図示省略)において焼入れ(焼入れ溶媒としては、たとえば60℃程度の油)を行い(焼入れ工程)、さらに焼戻し(たとえば440~460℃)を行う(焼戻し工程)。焼入れを行うことにより、マルテンサイト組織からなる高硬さ組織となり、さらに焼戻しを行うことにより、靭性に優れた焼戻しマルテンサイト組織とすることができる。ここで、焼入れ・焼戻し処理は一般的な方法を用いればよく、その焼入れ前の線材の加熱温度や焼入れ溶媒の種類・温度、そして焼戻しの温度や時間は、鋼線材Mの材質によって適宜設定する。
【0047】
さらに、鋼線材Mにショットピーニング処理(ショットピーニング工程)やセッチング処理(セッチング工程)を施すことにより、所望の耐疲労性を得ることができる。オーステナイト域に加熱した状態でコイリングを行うため、加工による残留応力の発生を防ぐことができる。このため、冷間成形法によって作製した従来のコイルばねに比べて、本発明におけるコイルばねは、ショットピーニングによって圧縮残留応力を付与し易く、ばねの内径側において表面から深くかつ大きい圧縮残留応力を効果的に付与することができる。さらに、セッチング処理を行うことにより、ばねとして使用した場合の最大主応力方向により深い圧縮残留応力分布が形成され、耐疲労性を向上することができる。
【0048】
本実施形態においては、粒径0.6~1.2mmのショットによる第1のショットピーニング処理と、粒径0.2~0.8mmのショットによる第2のショットピーニング処理と、粒径0.02~0.30mmのショットによる第3のショットピーニング処理からなる多段ショットピーニング処理を行う。後に実施するショットピーニング処理において、先に実施するショットピーニング処理よりも小さいショットを用いるため、線材の表面粗さを平滑にすることができる。
【0049】
ショットピーニングで使用するショットは、スチールカットワイヤやスチ-ルビーズ、FeCrB系をはじめとした高硬度粒子等を用いることができる。また、圧縮残留応力は、ショットの球相当直径や投射速度、投射時間、および多段階の投射方式で調整することができる。
【0050】
また、本実施形態では、セッチング処理としてホットセッチングを行い、100~300℃に加熱し、かつ線材表面に作用するせん断ひずみ量がばねとして実際に使用する場合の作用応力でのせん断ひずみ量以上となるようにばね形状の鋼材に対して塑性ひずみを与える。
【0051】
以上のような工程によって作製した本発明の圧縮コイルばねは、圧縮コイルばねの有効部任意横断面のコイル内径側表面から0.2mm深さとd/4深さにおいて以下の物理的特性を有する。
【0052】
すなわち、SEM/EBSD法によるGOSマップの測定で、GOS<3°の結晶の面積率が85%以上であり、SEM/EBSD法によるKAMマップの測定で、KAM<3°のピクセルの面積率が95%以上であり、硬さが580~700HVである。したがって、本発明の圧縮コイルばねは、耐疲労性に優れている。
【実施例
【0053】
[圧縮コイルばねの製造]
高周波加熱コイルを備えたコイリングマシン(図2図3参照)を用いて圧縮コイルばねを製造した。表1に記載の化学成分からなるオイルテンパー線を用意し、コイリングマシンにより線材を900℃に加熱し、図1および表2に示す鋼種と製造工程により圧縮コイルばねを製造した。製造した圧縮コイルばねの諸元は、形状:円筒等ピッチ、クローズドエンド(端面研削有り)、線径:3.5mm、ばね指数:6.00、総(有効)巻数:5.75巻とした。
【0054】
【表1】
【0055】
【表2】
【0056】
[試験方法]
(1)GOS<3°の結晶粒の面積率
SEM/EBSD法により、JEOL JSM-7000F(TSLソリューションズOIM Analysis ver7.2.1)を用いて、GOSマップを作成し、GOS値が3°未満(GOS<3°)の結晶粒の面積率を算出した。ここで、測定はコイルばねの有効部横断面内径側の表面から深さ0.2mmとd/4mmの位置において、10μm×30μmの範囲を観察倍率5000倍、測定ステップサイズ0.05μmで行い、方位角度差5°以上の境界を粒界とした。
【0057】
(2) KAM<3°のピクセルの面積率
SEM/EBSD法により、JEOL JSM-7000F(TSLソリューションズOIM Analysis ver7.2.1)を用いて、KAMマップを作成し、KAM値が3°未満(KAM<3°)となるピクセルの面積率を算出した。ここで、測定はコイルばねの有効部横断面内径側の表面から深さ0.2mmとd/4mmの位置において、10μm×30μmの範囲を観察倍率5000倍、測定ステップサイズ0.05μmで行った。
【0058】
(3)硬さ
ビッカース硬さ試験機(フューチャテック FM-600)を用いて測定荷重を200gfとして、コイルばねの有効部横断面内径側の表面からの深さ0.2mmとd/4mmにおいて、任意の位置5箇所で測定し、その平均値を算出した。
【0059】
(4) 平均結晶粒径(dGS
SEM/EBSD法により、JEOL JSM-7000F(TSLソリューションズOIM Analysis ver7.2.1)を用いて、平均結晶粒径を測定した。ここで、測定はコイルばねの線材横断面における表面から0.2mmとd/4mmの深さで行い、10μm×30μmの範囲を観察倍率5000倍、測定ステップサイズ0.05μm、方位角度差3°以上の境界を粒界として、平均結晶粒径を算出した。
【0060】
(5) 表面粗さ(Rz(最大高さ))
非接触三次元形状測定装置(MITAKA NH-3)を用いてJIS0601に準拠して表面粗さの測定を行った。測定条件は、測定倍率:100倍、測定距離:4mm、測定ピッチ:0.002mm、カットオフ値:0.8mmとした。
【0061】
(6)耐疲労性(折損率、介在物折損率)
平行圧縮ばね耐久試験機を用いて疲労試験を行った。試験応力は、鋼種A,Bでは735±686MPaとし、鋼種C,Dでは735±711MPaとし、試験周波数は20Hz、
繰返し数は5×10回とし、折損率は折損数/試験本数、介在物折損率は介在物起点折損数/試験本数」で評価した。以上の試験結果を表3に示す。
【0062】
【表3】
【0063】
[評価結果]
発明例1~5では、コイル内径側表面から深さ0.2mm位置とd/4位置でのGOS<3°の結晶粒の面積率が85%以上、KAM<3°のピクセルの面積率が95%以上の値が得られており、結晶粒間および結晶粒内の歪が低減されていることが確認された。また、上記と同じ位置での硬さは580~700HVであり、これによって、折損率および介在物起点折損率が低く、介在物を起点とする耐疲労特性が向上していることが確認された。
【0064】
また、発明例1~5では、平均結晶粒径は1.1μm以下であり、所望する平均結晶粒径2.0μm以下を十分に満足している。このような微細結晶粒が得られているのは、高周波加熱による急速加熱によるものである。すなわち、高周波加熱によって短時間で加熱を行うことで旧オーステナイト粒の結晶粒粗大化抑制、或いは微細化につながり、耐疲労性の向上に貢献している。
【0065】
比較例1では、冷間成形でコイリングを行い、その後の焼鈍のみでは、結晶粒間の歪が大きくGOS<3°の結晶粒の面積率が85%未満になるとともに、結晶粒内の歪が解消されずにKAM<3°のピクセルの面積率が95%未満となった。その結果、折損率および介在物起点折損率が高く、介在物を起点とする耐疲労特性が低下していることが確認された。
【0066】
比較例2では、冷間コイリングと焼鈍が行われているが、窒化による加熱が行われているため、比較例1と比較すると結晶粒内の歪が低減されてKAM<3°のピクセルの面積率が95%以上となった。しかしながら、結晶粒間の歪が大きくGOS<3°の結晶粒の面積率が85%未満であったため、折損率および介在物起点折損率が高く、介在物を起点とする耐疲労特性が低下していることが確認された。
【0067】
比較例3では、発明例3と鋼種および製造工程が同じであるが焼戻し温度が400℃である。このため、結晶粒間の歪が残存するとともに、結晶粒内の歪の低減が充分ではなくなり、GOS<3°の結晶粒の面積率が85%未満になるとともに、KAM<3°のピクセルの面積率が95%未満となった。その結果、折損率および介在物起点折損率が高く、介在物を起点とする耐疲労特性が低下していることが確認された。
【0068】
比較例4では、発明例3と鋼種および製造工程が同じであるが、焼戻し温度が460℃を超えているため、コイル内径側表面から0.2mm深さとd/4深さにおける硬さが580HVに至らず、耐疲労性を向上できていない。このため、折損率および介在物起点折損率が高く、介在物を起点とする耐疲労特性が低下していることが確認された。
【0069】
以上より、本発明によれば、結晶粒間の歪を低減するとともに、結晶粒内の歪を低減することができるので、介在物を起点とする折損を抑制することができ、耐疲労性に優れた圧縮コイルばねを得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明は、自動車のエンジンやクラッチ内で使用される圧縮コイルばねのように高い耐疲労性が要求される圧縮コイルばねに好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0071】
1…コイリングマシン成形部、10…フィードローラ、20…コイリング部、21…ワイヤガイド、22…コイリングツール、22a…コイリングピン、23…ピッチツール、30…切断手段、30a…切断刃、30b…内型、40…高周波加熱コイル、M…鋼線材。
図1
図2
図3