(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-03
(45)【発行日】2024-09-11
(54)【発明の名称】タブ用アルミニウム合金塗装板
(51)【国際特許分類】
C22C 21/06 20060101AFI20240904BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240904BHJP
C22F 1/047 20060101ALN20240904BHJP
【FI】
C22C21/06
C22F1/00 613
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 630Z
C22F1/00 673
C22F1/00 682
C22F1/00 691B
C22F1/00 683
C22F1/00 694B
C22F1/00 685Z
C22F1/00 694A
C22F1/00 694Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 684B
C22F1/047
(21)【出願番号】P 2021109045
(22)【出願日】2021-06-30
【審査請求日】2023-09-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100131808
【氏名又は名称】柳橋 泰雄
(74)【代理人】
【識別番号】100145104
【氏名又は名称】膝舘 祥治
(72)【発明者】
【氏名】田淵 佳明
(72)【発明者】
【氏名】山口 正浩
(72)【発明者】
【氏名】阿部 智子
【審査官】小川 進
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-066430(JP,A)
【文献】特開2016-079501(JP,A)
【文献】特開2016-079502(JP,A)
【文献】特開2016-079503(JP,A)
【文献】特開2017-166052(JP,A)
【文献】特開2011-225977(JP,A)
【文献】特開2022-114208(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/06
C22F 1/00
C22F 1/047
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si:0.05質量%以上0.40質量%以下、Fe:0.05質量%以上0.50質量%以下、Cu:0.01質量%以上0.30質量%以下、Mn:0.1質量%以上0.6質量%以下、Mg:4.0質量%以上6.0質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金板と、樹脂層とを備え、
板厚中心から両厚さ方向にそれぞれ50nm厚の領域の組織について圧延面の法線方向から観察した時に、5万倍の透過型電子顕微鏡により撮影される画像において205×10
-12m
2の領域中に総計40個以上のサブグレインを有するタブ用アルミニウム合金塗装板。
【請求項2】
前記アルミニウム合金板は、Ti含有量が0.1質量%以下である請求項1に記載のタブ用アルミニウム合金塗装板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タブ用アルミニウム合金塗装板に関する。
【背景技術】
【0002】
飲料、食品用途に使用される包装容器の1つとして、飲料缶、缶詰等の食品缶が広く流通している。現在、これらの缶の蓋部(エンド)には、缶切り等の器具を使用せずに手で容易に開缶することのできるイージーオープンエンド(EOE)を用いた、いわゆるプルトップ(pull-top)方式が広く用いられており、タブが蓋本体から外れないステイオンタブ式(Stay-on tab,SOT)が、安全性及び環境問題の面から普及している。
【0003】
タブを形成するためのタブ材料には、成形性だけでなく、高い強度、繰り返し曲げ性及び高い耐タブ裂け性が要求される。一方、特に近年では、コストダウンの観点からタブの薄肉化が進められており、タブ折れ強度を確保するために、これまで以上の高い材料強度が必要とされている。また、薄肉化とそれに伴う高強度化により、特に耐タブ裂け性の低下が著しく、耐タブ裂け性の高い材料の要求が高まっている。
【0004】
例えば、特許文献1には、所定量のSi、Fe、Cu、Mn、Mgを含み、FeとMnの含有量が所定の関係を満たし、さらに板厚中央部におけるAl-Fe-Mn系晶出物とMg-Si系晶出物の面積率の総和と、これらの晶出物の最大サイズを規定した包装容器タブ用アルミニウム合金板が記載されている。このようなアルミニウム合金板から成形されるタブは、開缶時にちぎれ及び裂けが発生しないとされている。
【0005】
例えば、特許文献2には、所定量のMg、Cu、Fe、Si、Mnを含み、FeとMnの含有量が所定の関係を満たし、板厚中央部における最大長が1μm以上のAl-Fe-Mn系金属間化合物とMg-Si系金属間化合物の合計面積率を規定した包装容器タブ用アルミニウム合金板が記載されている。このようなアルミニウム合金板から成形されるタブは、薄肉化しても開缶時に裂け難く、繰返し曲げ性に優れるとされている。
【0006】
例えば、特許文献3には、所定量のMg、Cu、Fe、Si、Mn、Crを含み、厚み方向における板中央から板表面までの全範囲においてCube方位密度がランダム方位試料の1.5倍以上の集合組織を有するタブ用アルミニウム合金板が記載されている。このようなアルミニウム合金板は、高い強度と優れた曲げ性を両立できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2005-200754号公報
【文献】特開2011-225977号公報
【文献】特開2017-66458号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし近年ではコストダウン、CO2削減、省資源化等の観点から、タブ用アルミニウム合金板の薄肉化は従来よりも更に進んだことにより、繰返し曲げで破断する部分の曲げ部表層にかかる曲げ応力は減少したため、従来課題であった繰返し曲げ性の確保は比較的容易となった。またタブ折れ強度に関しても素材の高強度化で対応可能な範囲である。一方で、薄肉化、高強度化が進んだことで、更なるタブ裂け性の向上が必要とされている。
【0009】
従って、本発明は、薄肉化しても高い耐タブ裂け性を有するタブ用アルミニウム合金塗装板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るタブ用アルミニウム合金塗装板は、Si:0.05質量%以上0.40質量%以下、Fe:0.05質量%以上0.50質量%以下、Cu:0.01質量%以上0.30質量%以下、Mn:0.1質量%以上0.6質量%以下、Mg:4.0質量%以上6.0質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金板と、樹脂層とを備える。タブ用アルミニウム合金塗装板は、板厚中心から両厚さ方向にそれぞれ50nm厚の領域の組織について圧延面の法線方向から観察した時に、5万倍の透過型電子顕微鏡により撮影される画像において205×10-12m2の領域中に総計40個以上のサブグレインを有する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、薄肉化しても高い耐タブ裂け性を有するタブ用アルミニウム合金塗装板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】ステイオンタブ式の缶の蓋部の外観及び開缶動作を説明する図であり、
図1Aは平面図、
図1Bは
図1AのA-A断面図、
図1Cは開缶動作を説明する断面図及び要部平面図である。
【
図2】アルミニウム合金板の組織の透過型電子顕微鏡画像の一例である。
【
図3】タブ裂け模擬荷重の測定方法を説明する模式図である。
【
図5】タブ裂け模擬荷重と通板間隔との関係を示すグラフである。
【
図6】タブ裂け模擬荷重とサブグレインの個数との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施形態に係るタブ用アルミニウム合金塗装板について説明する。但し、以下に示す実施形態は、本発明の技術思想を具現化するための一例を例示するものであって、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではない。なお、各図面が示す部材の大きさや位置関係などは、説明を明確にするために誇張していることがある。本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。また組成物中の各成分の含有量は、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数の物質の合計量を意味する。さらに本明細書に記載される数値範囲の上限及び下限は、当該数値を任意に選択して組み合わせることが可能である。
【0014】
ステイオンタブ式の蓋部は、
図1Aに示すように、蓋材2とタブ1とで構成され、円板状の蓋材2(
図1Aでは一部を欠いて示す)の略中心に形成されたリベット部21を、タブ1のリベット孔11にかしめることで、タブ1が蓋材2に取り付けられている。リベット孔11は、タブ1の長手方向中心より一端側に寄せた位置に形成され、他端側には指を掛け易いようにリング状の掛止部12が形成されている。また、タブ1は、
図1Bに示すように、板材(アルミニウム合金板)を裁断した外周及び掛止部12の内周の縁を下面側に折り曲げて剛性を高め、かつ安全性を確保している。一方、リベット孔11及びその外側のU字型の孔(スリット)状のインナーランス14が形成された領域を1枚の平板状として、変形し易い構造としている。このようなタブ1の材料としては一般的に5182合金等のアルミニウム合金板が広く適用されている。アルミニウム合金板は、表面に塗装、焼付け後、所定の形状に裁断、成形されてタブ1に製造され、タブ1は別の板材を成形してなる蓋材2にリベットにより取り付けられる。蓋材2の、タブ1の前記一端側の延長上には、開缶後に飲み口を形成するための開口領域23がスコア25で囲まれて設けられている。このスコア25は開口領域23の周囲を完全には一周せず、一箇所(
図1Aではタブ1が重なる領域)で不連続となるように形成されている。
【0015】
開缶においては、タブ1の掛止部12を上方に引っ張ると、
図1Cに示すように、これが力点Eとなり、リベット部21近傍が支点Fとなって、リベット部21で固定された領域を残してタブ1が起こされる。詳しくは、タブ1は、インナーランス14で分割されるように、その内側の領域(リベット孔11周辺部)を蓋材2に固定されたまま、掛止部12等の外側の領域が起こされる。そして、タブ1の一端(掛止部12のリベット孔11を挟んだ反対側)が作用点Lとなって、てこの働きで強く下方に押し込まれ、この一端の直下の蓋材2の開口領域23の一部を共に押し下げる。そして、蓋材2は、この押し下げられた部分の近傍からスコア25に沿って亀裂が入り、開口領域23が一部を残して蓋材2の他の部分から切り離されて下方(缶の内部)に押し込まれて、蓋材2に飲み口(開口部)が形成される。開口領域23は蓋材2がスコア25の形成されていない部分で容易に折れ曲がって、蓋材2の他の部分とのつながりを保持し、タブ1はリベット孔11周辺部のインナーランス14の両端の間で容易に折れ曲がって、蓋材2の開口領域23外にあるリベット部21に結合している。このため、開口領域23とタブ1は、それぞれ缶本体(缶胴)から離れない。
【0016】
このように、タブは、開缶の際に、てことなり、強い外力が掛かる。このため、タブの強度が不足していると、
図1Cに示す支点F-力点E間の中心近傍の掛止部12の細い部分や、インナーランス14周辺の細い部分でタブが折れ曲がって(
図1C右下部の折れ部4参照)、容易に開缶することが出来なくなったり(タブ折れ)、さらにはちぎれたりする恐れがある。また、掛止部12等のインナーランス14の外側の領域が起こされる際に、その移動方向に沿ってインナーランス14の端部から裂ける(タブ裂け)恐れがある(
図1C右下部の裂け部5参照)。
【0017】
また、特にステイオンタブ式エンドにおいては、開口領域23が飲料缶の内部に十分に深く押し込まれないと飲料缶の中の飲料を取り出す(飲む)際の妨げになる。このため、タブ1(掛止部12)を垂直近傍まで起こして、さらにはそれ以上に大きく起こして(反対側へ倒して)開缶する。さらに開缶後は、起こしたタブ1が飲料缶の中の飲料を飲む際の妨げにならないように、
図1Cの破線で示すように、タブ1を元に戻して(倒して)蓋材2の開口領域23のみを内部に押し込んだ状態にするのが一般的である。つまり、タブ1は、リベット孔11周辺部のインナーランス14の両端の近傍で、90°近傍さらにはそれ以上の角度に曲げられた後に元に戻される(曲げ戻しされる)。また1回の曲げおよび曲げ戻しだけでは十分に開口領域23が押し込まれない場合、再度タブ1を曲げおよび曲げ戻し動作を繰り返す必要があるため、タブ1は、少なくとも4回の変形に耐え、折り曲げ箇所(
図1C右下部の破断部6参照)で破断しない成形性が求められる。この特性を繰り返し曲げ性と呼ぶ。
【0018】
以上のようにタブ材料には、成形性だけでなく、高い強度、繰り返し曲げ性及び高い耐タブ裂け性が要求される。一方、特に近年では、コストダウンの観点からタブの薄肉化が進められており、タブ折れ強度を確保するために、これまで以上の高い材料強度が必要とされている。また、薄肉化とそれに伴う高強度化により、特に耐タブ裂け性の低下が著しく、耐タブ裂け性の高い材料の要求が高まっている。
【0019】
タブ用アルミニウム合金塗装板
本発明の一実施形態に係るタブ用アルミニウム合金塗装板は、アルミニウム合金板と、アルミニウム合金板の片面又は両面に設けられる樹脂層とを備える。タブ用アルミニウム合金塗装板は、塗装焼付け処理をした状態にて、板厚中心から両厚さ方向にそれぞれ50nm厚の領域(以下、板厚中心部ということがある。)の組織について圧延面の法線方向から観察した時に、5万倍の透過型電子顕微鏡により撮影される画像において205×10-12m2の領域中に総計40個以上のサブグレインを有する。
【0020】
アルミニウム合金組成
タブ用アルミニウム合金塗装板を構成するアルミニウム合金板は、例えば、Al-Mg系合金からなる。Al-Mg系合金としては、例えば、一般的なJIS合金、例えば5182等が挙げられる。
【0021】
アルミニウム合金板は、具体的には、Si:0.05質量%以上0.40質量%以下、Fe:0.05質量%以上0.50質量%以下、Cu:0.01質量%以上0.30質量%以下、Mn:0.1質量%以上0.6質量%以下、Mg:4.0質量%以上6.0質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避不純物からなる。以下、アルミニウム合金板に含まれる各成分の含有量と、含有量の限定の理由について説明する。
【0022】
(Si:0.05質量%以上0.40質量%以下)
Si含有量が0.05質量%未満では、鋳造時に高純度のアルミニウム地金が必要となりコストが増大する。また、Si含有量が0.40質量%を超えると、鋳造や熱間圧延時に生成される金属間化合物が多数形成され、亀裂の発生や伝播が促進されるため、繰り返し曲げ性、耐タブ裂け性が低下する。Si含有量は、好ましくは0.30質量%以下であり、より好ましくは0.25質量%以下、さらに好ましくは0.20質量%以下である。また、Si含有量は、好ましくは0.06質量%以上である。
【0023】
(Fe:0.05質量%以上0.50質量%以下)
Fe含有量が0.05質量%未満では、鋳造時に高純度のアルミニウム地金が必要となりコストが増大する。一方、Fe含有量が0.50質量%を超えると、Al-Fe-Mn系金属間化合物が多くなり、亀裂の発生や伝播が促進されるため、繰り返し曲げ性、耐タブ裂け性が低下する。Fe含有量は、好ましくは0.10質量%以上であり、より好ましくは0.15質量%以上である。また、Fe含有量は、好ましくは0.40質量%以下であり、より好ましくは0.35質量%以下であり、さらに好ましくは0.30質量%以下、特に好ましくは0.25質量%以下である。
【0024】
(Cu:0.01質量%以上0.30質量%以下)
Cu含有量が0.01質量%未満では強度が不足し、タブ折れ強度が不足する。一方、Cu含有量が0.30質量%を超えると強度が過大となり、繰り返し曲げなどの曲げ変形等によりタブがちぎれ易くなる。Cu含有量は、好ましくは0.02質量%以上であり、より好ましくは0.03質量%以上である。また、Cu含有量は、好ましくは0.25質量%以下であり、より好ましくは0.20質量%以下であり、さらに好ましくは0.15質量%以下、特に好ましくは0.10質量%以下である。
【0025】
(Mn:0.1質量%以上0.6質量%以下)
Mn含有量が0.1質量%未満では強度が不足し、タブ折れ強度が不足する。一方、Mn含有量が0.6質量%を超えると、強度が過大となり、またAl-Fe-Mn系金属間化合物が多くなるため、耐タブ裂け性が低下する。Mn含有量は、好ましくは0.2質量%以上である。また、Mn含有量は、好ましくは0.55質量%以下、より好ましくは0.45質量%以下、特に好ましくは0.35質量%以下である。
【0026】
(Mg:4.0質量%以上6.0質量%以下)
Mg含有量が4.0質量%未満では強度が不足し、タブ折れ強度が不足する。一方、Mg含有量が6.0質量%を超えると強度が過大となり、成形性が低下する。また、Mgの含有量が増加するにつれ、強度とともに加工硬化能が向上するため、繰り返し曲げによりちぎれ易くなる。Mg含有量は、好ましくは4.5質量%以上である。また、Mg含有量は、好ましくは5.5質量%以下であり、より好ましくは5.0質量%以下である。
【0027】
(Ti:0.1質量%以下)
アルミニウム合金板はTiを含んでいてよい。Tiは鋳塊組織の微細化を目的に、必要に応じて添加され、その効果は0.01質量%以上の添加により得られる。Ti含有量が0.1質量%を超えると粗大な化合物が形成されタブ裂け荷重が低下する恐れがある。従って、アルミニウム合金中のTi含有量は上記範囲内に制限されてよい。なお、Tiを添加する場合には、例えばTiとBの質量比を5:1とした鋳塊微細化剤(Al-Ti-B)を添加する。ワッフルあるいはロッドの形態で鋳造前の溶湯に添加するため、含有割合に応じたBも必然的に添加される。Ti含有量は、好ましくは0.08質量%以下であり、より好ましくは0.06質量%以下であってよい。
【0028】
(残部:Al及び不可避不純物)
アルミニウム合金板は、Al及び上記合金成分の他に、不可避不純物を含有していてよい。不可避不純物としては、例えば、Cr、Zn、Zr、B、V、Na、Ca、Ni、In、Sn、Gaなどが挙げられる。不可避不純物について許容される含有量は、Crについては、例えば、0.1質量%以下、好ましくは0.05質量%以下である。Zrについては、例えば、0.3質量%以下、好ましくは0.1質量%以下、より好ましくは0.05質量%以下である。その他の元素については、例えば、各0.05質量%以下かつ合計0.15質量%以下であってよい。前記範囲内であれば、不可避不純物として含有した場合に限らず、前記元素を添加する場合であっても、本発明の効果を妨げることが抑制される。
【0029】
タブ用アルミニウム合金塗装板を構成するアルミニウム合金板の板厚は、例えば0.18mm以上0.40mm以下であってよい。
【0030】
アルミニウム合金板の組織
本発明の一実施形態においては、前記の合金組成とした上で、中間焼鈍を行わずに冷間圧延した後に、塗装焼付け処理で熱処理された状態のアルミニウム合金板の組織が、板厚中心部の所定領域にサブグレインを40個以上有している。アルミニウム合金板の組織がサブグレインを所定数以上有する状態とすることで、強度を維持したままタブ裂け荷重を向上できるという従来は解決が困難であった課題を解決することができる。アルミニウム合金板が有するサブグレインは、板厚中心部の100nm厚みの組織について圧延面の法線方向から観察した時に、205×10-12m2を5万倍の透過型電子顕微鏡(TEM)で観察して計数される。
【0031】
サブグレインは亜結晶粒とも称され、小さな不定形の粒であり、冷間圧延などにより転位が導入された材料(組織)が、与えられた温度、時間、ひずみのもと、エネルギーの低い構造になろうと回復を進めることによって生じる。
【0032】
すなわち、タブ用アルミニウム合金塗装板の場合、冷間圧延によって導入された転位セル壁、変形帯などの転位密集領域の転位が合体消滅と再配列することにより、シャープな境界をもつサブグレインが生じる。転位密集領域が多数形成されると、新たに移動してきた転位と合体消滅する確率が高くなり、加工硬化指数(n値)が低下するが、サブグレイン組織となることで加工硬化指数(n値)が向上する。加工硬化指数(n値)が向上すると応力集中部の塑性変形域が拡大し、耐タブ裂け性が向上する。このためサブグレインが多いほどタブ裂け荷重が向上する。
【0033】
観察されるサブグレインの一例を
図2に示す。
図2は、5万倍の倍率の透過型電子顕微鏡(TEM)画像の一例である。転位密集領域100とサブグレイン200が混在しており、サブグレイン200は、その境界である外縁形状がシャープ(鮮明で明確)な、内部に転位の少ない、小さな1つ1つの不定形の粒として結晶粒の中で識別される。
【0034】
このように透過型電子顕微鏡の観察視野において、個々のサブグレインの数を数えることができる。なお、所定の観察視野内に存在するサブグレインの数の代わりに、サブグレインの面積率を測定することも考えられるが、その場合はサブグレインのサイズが考慮されないため、粗大なサブグレイン組織である場合でも高いサブグレイン面積率が得られる。粗大なサブグレイン組織は微細なサブグレイン組織に比べ転位密度が低いため、強度が低くなりタブとして必要な強度が得られなくなる。
【0035】
したがって、一実施形態において、サブグレインの大きさは、例えば円相当径として1000nm以下、好ましくは800nm以下、より好ましくは600nm以下である。サブグレインの円相当径の下限は例えば50nm以上である。円相当径は、サブグレインの境界長を測定し、境界長と同じ長さの円周長を有する円の直径として算出される。
【0036】
一実施形態において、タブ用アルミニウム合金塗装板を構成するアルミニウム合金板の板厚中心部の所定領域におけるサブグレインの個数は、40個以上であってよく、好ましくは50個以上、より好ましくは60個以上である。サブグレインの個数の上限は、例えば600個以下、又は400個以下である。
【0037】
アルミニウム合金板の板厚中心部の所定領域におけるサブグレイン化が進行していない場合、サブグレインの個数が40個未満と少ない場合、アルミニウム合金板が高強度となるが、その一方で、優れた耐タブ裂け性とタブ折れ強度(高強度)とを両立することができない場合がある。すなわち、タブ用アルミニウム合金塗装板の高強度を維持したまま耐タブ裂け性を向上できない場合がある。
【0038】
タブ用アルミニウム合金塗装板は、強度と耐タブ裂け性に優れる。タブ用アルミニウム合金塗装板の板強度は、例えば、0.2%耐力として、例えば300MPa以上であってよく、好ましくは320MPa以上、より好ましくは330MPa以上、更に好ましくは340MPa以上である。タブ用アルミニウム合金塗装板の板強度の上限は0.2%耐力として、例えば390MPa以下である。また、タブ用アルミニウム合金塗装板の耐タブ裂け性は、例えば
図3に模式的に示す方法で求まるタブ裂け模擬荷重によって評価することができる。
図3に示す方法によるタブ裂け模擬荷重は、例えば65N以上であってよく、好ましくは67N以上、より好ましくは68N以上、更に好ましくは70Nであってもよい。また、タブ裂け模擬荷重の上限は、例えば100N以下程度である。0.2%耐力が300MPa以上であって、タブ裂け模擬荷重が65N以上であると、充分な強度を維持しつつ、タブ折れ、タブ裂け等を発生させることなく開缶動作が可能である。なお、タブ裂け模擬荷重の評価方法の詳細については後述する。
【0039】
以上で説明したアルミニウム合金板の組織及び特性は、冷間圧延板(冷間圧延後の板)に塗装及び塗装焼付け処理を施した後のアルミニウム合金塗装板(プレコート板)の組織及び特性である。なお、このような組織及び特性は、塗装及び塗装焼付け処理を施さずとも、あるいはタブに成形せずとも、冷間圧延板に、塗装焼付け処理を模擬した特定条件での熱処理を施した後の、アルミニウム合金板の組織及び特性であってもよい。これらの組織及び特性は、塗装焼付け処理と熱処理との条件が同じであれば、同じか、あるいは僅差により同じと見なすことができる組織及び特性となる。
【0040】
タブ用アルミニウム合金塗装板は、アルミニウム合金板の片面又は両面に設けられる樹脂層を備えるプレコート板であってよい。樹脂層は、エポキシ系、塩ビゾル系、ポリエステル系等の有機塗料を塗布した後、熱処理して形成される焼付け樹脂層であってよい。有機塗料が塗布されるアルミニウム合金板は、クロメート系、ジルコン系等の表面処理剤で表面処理又は化成処理された表面処理済みアルミニウム合金板であってよい。熱処理の温度は例えば、メタル到達温度(PMT:Peak Metal Temperature)が200℃以上290℃以下程度となる温度であってよい。樹脂層の厚みは、例えば0.5μm以上15μm以下程度であってよい。
【0041】
製造方法
タブ用アルミニウム合金塗装板を構成するアルミニウム合金板の製造方法の一例について説明する。アルミニウム合金板の製造方法は、第1工程である鋳造工程と、第2工程である均質化熱処理工程と、第3工程である熱間圧延工程と、第4工程である冷間圧延工程とを含み、これらの工程をこの順に行うものである。
【0042】
(第1工程から第3工程:鋳造工程、均質化熱処理工程、熱間圧延工程)
第1工程は、目的の組成を有する鋳塊を半連続鋳造法にて作製する工程である。第2工程は、第1工程で作製されたアルミニウム合金の鋳塊に均質化熱処理を施す工程である。
【0043】
第1工程では、半連続鋳造法(DC(direct chill)鋳造)によりアルミニウム合金を鋳造して鋳塊を得る。次に、鋳塊表層の不均一な組織となる領域を面削にて除去する工程と均質化熱処理を施す第2工程を行う。この均質化熱処理は、例えば400℃以上570℃以下の範囲で実施され、続く熱間圧延の予備加熱を兼ねる。
【0044】
第3工程は、第2工程で均質化熱処理を施されたアルミニウム合金の鋳塊を熱間圧延する工程である。熱間圧延により得る熱間圧延板の板厚は、通常、冷間圧延して得られる製品板の板厚から冷間圧延による総圧延率を逆算して設定する。
【0045】
熱間圧延の終了温度である巻き取り温度は、例えば300℃以上400℃以下であり、好ましくは320℃以上370℃以下である。巻き取り温度が300℃以上であると、熱間圧延板の再結晶率が向上して、塗装焼付け後のアルミニウム合金板合金塗装板のタブ裂け模擬荷重がより向上する。一方、巻取り温度が400℃以下であると、板表面に焼付きと呼ばれる表面欠陥が発生することが抑制され、板表面の性状が良化する。
【0046】
第4工程は、第3工程で熱間圧延された熱間圧延板を冷間圧延する工程である。第4工程では、熱間圧延板を、中間焼鈍を施すことなく冷間圧延して、所定の板厚のアルミニウム合金板に仕上げる。冷間圧延は、熱間圧延板が適切な荷重の範囲で製品板の板厚まで圧延されるように、所定の総圧延率となる複数回のパスを設定して行う。なお、パスとは、一対のワークロール間を板が1回通板して圧延されることをいう。
【0047】
冷間圧延の総圧延率は、85.0%以上95.0%以下とすることが好ましく、より好ましくは87.0%以上93.0%以下である。冷間圧延の総圧延率が85.0%以上95.0%以下であると、アルミニウム合金板の強度が充分に得られるほか、転位密度が高くなり、塗装焼付け処理後のサブグレイン化が促進され、本発明で規定する範囲のサブグレイン個数とすることができる。その結果、耐タブ裂け性が向上する傾向がある。
【0048】
冷間圧延の総圧延率を所定の範囲とすることに加えて、冷間圧延の最終圧延パスとその直前の圧延パスの通板間隔を0.33秒以内とすることが好ましい。上記通板間隔を0.33秒以内とすることで最終圧延パスでの動的回復がより促進され、前記転位密集領域においてサブグレインの形成がより促進され、次工程の塗装焼付時に従来よりも多くのサブグレインが形成される。なお、通板間隔の範囲は、好ましくは0.32秒以内、更に好ましくは0.31秒以内である。
【0049】
以上の工程で製造されるアルミニウム合金板には、クロメート系、ジルコン系などの表面処理剤で化成処理が施される。その後、エポキシ系樹脂、塩ビゾル系、ポリエルテル系などを含む有機塗料が塗布されて塗膜が形成される。形成された塗膜に対して、PMT(メタル到達温度)が200℃以上290℃以下程度で、塗装焼付け処理することで、プレコート板としてのタブ用アルミニウム合金塗装板が製造される。
【実施例】
【0050】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0051】
(供試材の作製)
表1に示す組成からなるアルミニウム合金を半連続鋳造法にて鋳造し、第1工程及び第2工程として示した方法で面削、均質化熱処理を行い、冷却すること無く、熱間圧延した。熱間圧延の終了温度を巻取り温度として300℃以上370℃以下とした。そして、得られた熱間圧延板を、中間焼鈍を施すこと無く、表1に示す条件で冷間圧延して板厚0.25mmの冷間圧延板としてアルミニウム合金板を得た。なお、表1に示す組成の残部はAlと不可避不純物である。また、冷延率は、冷間圧延における総圧延率であり、通板間隔は、冷間圧延における最終圧延パスとその直前の圧延パス間の所要時間である。
【0052】
続いて、得られたアルミニウム合金板に対し、化成処理を施した後、エポキシ系塗料を塗布し、連続焼付け炉により200℃以上290℃以下のPMTで焼付け処理した。なお焼付け温度及び焼付け時間は、No.1からNo.3のいずれの製造例においても同等とした。
【0053】
【0054】
製造したアルミニウム合金塗装板を供試材とし、以下の方法でサブグレイン個数、0.2%耐力、及びタブ裂け模擬荷重(耐タブ裂け性)を測定した。その結果を表1に示す。
【0055】
サブグレインの個数
各供試材の板厚中心から両厚さ方向にそれぞれ50nm厚の領域の組織を圧延面の法線方向から5万倍の倍率の透過型電子顕微鏡(TEM)による観察によりサブグレインをカウントして、サブグレインの個数を算出した。
【0056】
具体的には、前記供試材を機械研磨して、板厚中心から両厚さ方向に0.05mm(厚さ0.1mm)とした後、ツインジェット式電解研磨法にて厚さおよそ100nmの薄膜にし、この薄膜を透過型電子顕微鏡にて、圧延面の法線方向から、5万倍の倍率で205×10-12m2の領域を撮影した。撮影視野内で測定したサブグレインの数を合計しサブグレインの個数を算出した。なお、サブグレインの個数の上限は特に定めないが、その上限は通常400から600個程度である。
【0057】
0.2%耐力の測定
各供試材について、引張方向が圧延方向と平行になるJIS-5号引張試験片を作製し、JISZ2241の規定に準じて引張試験を行い、塗膜厚さを除した板厚を算出し0.2%耐力を求めた。0.2%耐力の適性範囲は300MPa以上であり、この範囲であれば薄肉化したタブであってもタブ折れ強度を満足する。なお、0.2%耐力の上限は特に定めないが、成形性等への悪影響を考慮するとその上限は通常390MPa程度である。
【0058】
タブ裂け模擬荷重の測定
各供試材から
図3Aに示す試験片を作製し、タブ裂けを模擬した引き裂き試験を実施し、タブ裂け模擬荷重を求めた。引き裂き試験は、
図3Bに示すように、試験片の部位26と部位27を引張試験機の片側のチャックに挟み、部位28をもう片側のチャックに挟んで固定し、引張試験のチャック速度10mm/minで引き裂き試験を行った。試験片の穴の内径はどちらも2.0mmである。この引き裂き試験により、試験片の穴31及び32でそれぞれ亀裂が発生する際のピーク荷重を
図4に示すとおり測定した。試験は同じ供試材から作製した試験片をそれぞれ用いて8回実施し、各試験で測定した2つのピーク荷重の最小の測定結果を抽出し平均した値をタブ裂け模擬荷重とした。なお引き裂き試験で穴31及び穴32が同時に裂ける場合があり、この場合は1回の試験で得られるピーク荷重が1つとなりピーク荷重も高くなる。本発明では引き裂き試験で得られるピーク荷重が1つの場合は試験結果から除外した。タブ裂け模擬荷重の適正範囲は65N以上とした。タブ裂け模擬荷重が65N以上であれば、開缶動作時にタブ裂けを発生させることなく開缶動作を完了することができ、耐タブ裂け性に優れる。
【0059】
表1に示すように、アルミニウム合金塗装板の組成が本発明の規定範囲内のNo.1からNo.3は、サブグレインの個数が本発明の規定範囲内にあるから、実施例に該当する。No.1からNo.3のいずれも、冷間圧延の最終パスとその直前のパスの通板間隔が0.33秒以内であり、タブ裂け模擬荷重(耐タブ裂け性)も合格値に達している。また
図5に示すようにタブ裂け模擬荷重と通板間隔は概ね比例関係にあり、線形近似線の傾きからタブ裂け模擬荷重が65N以上となる通板間隔は0.33秒程度となると予想される。また
図6に示すようにタブ裂け模擬荷重とサブグレインの個数とは概ね比例関係にあり、線形近似線の傾きからタブ裂け模擬荷重が65N以上となるサブグレインの個数は約40個以上と予想される。
【符号の説明】
【0060】
1 タブ
2 蓋材
11 リベット穴
14 インナーランス
21 リベット部
100 転位密集領域
200 サブグレイン