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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-04
(45)【発行日】2024-09-12
(54)【発明の名称】発振回路および電子機器
(51)【国際特許分類】
   H03B 5/32 20060101AFI20240905BHJP
   H03H 9/17 20060101ALI20240905BHJP
【FI】
H03B5/32 A
H03H9/17 G
H03B5/32 D
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2023030755
(22)【出願日】2023-03-01
(65)【公開番号】P2024023123
(43)【公開日】2024-02-21
【審査請求日】2023-03-01
(31)【優先権主張番号】P 2022126303
(32)【優先日】2022-08-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】515217498
【氏名又は名称】株式会社Piezo Studio
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】石井 武仁
(72)【発明者】
【氏名】木村 悟利
【審査官】志津木 康
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-111343(JP,A)
【文献】特開2001-203535(JP,A)
【文献】特開平11-298245(JP,A)
【文献】特開平11-289221(JP,A)
【文献】特開2022-022210(JP,A)
【文献】特開2017-216551(JP,A)
【文献】特開平09-064641(JP,A)
【文献】実開平06-058623(JP,U)
【文献】特開2001-320237(JP,A)
【文献】国際公開第2004/079895(WO,A1)
【文献】特開2000-013176(JP,A)
【文献】特開2019-004210(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H03B5/30-5/42
H03H3/007-3/10
H03H9/00-9/76
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の周波数温度特性を有する圧電振動子と、前記圧電振動子に接続される能動素子と、前記能動素子に接続される発振容量素子を備えた発振回路であって、
前記圧電振動子の周囲温度に応じて、前記周波数温度特性における周波数変動を補償する温度補償回路であって、サーミスタを含む受動素子によって構成され、前記圧電振動子に直列に接続された温度補償回路を備え、
前記圧電振動子の前記周波数温度特性は、頂点温度が25℃よりも高温側に設定されている負の2次係数を有する2次温度特性を有し、
前記温度補償回路は、前記周波数温度特性における前記頂点温度よりも低温域における前記周波数変動を補償するように構成され、直列接続された前記サーミスタと第1の容量素子に、第2の容量素子が並列に接続されている構成と、前記サーミスタ、容量素子、および抵抗が並列に接続されている構成の何れかの構成を備え、
前記圧電振動子は、ランガサイト型圧電振動子であり、
前記周波数温度特性における基準振動角周波数をω、前記ランガサイト型圧電振動子の等価直列容量をCm、負荷時等価直列抵抗をRx、前記発振回路の負性抵抗をRn、前記温度補償回路の等価直列抵抗をRsとした場合に、
1/(ω 2 ・Cm・(Rn-Rx-Rs))<1e-5
を満たすように構成されている
発振回路。
【請求項2】
前記頂点温度は、+40℃~+150℃に設定されている
請求項1に記載の発振回路。
【請求項3】
前記能動素子は、前記ランガサイト型圧電振動子に並列接続されたインバータであり、前記発振容量素子は、前記インバータの入力端子および出力端子のそれぞれに接続されている
請求項に記載の発振回路。
【請求項4】
前記温度補償回路を構成する素子のうち、少なくとも前記サーミスタは、前記ランガサイト型圧電振動子と共通の保持器内に実装されている
請求項に記載の発振回路。
【請求項5】
前記発振容量素子は、容量値が変更可能に構成されている
請求項に記載の発振回路。
【請求項6】
請求項1からのいずれかに記載の発振回路を備えた電子機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、振動子を備えた発振回路に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話や、あらゆるモノがインターネットに接続するIoT(Internet-of-Things)機器においてはバッテリー持続時間の長期化が求められており、そこに使われる電子回路や電子部品の低消費電力化が重要技術課題となっている。
【0003】
例えば、IoTの小型通信機器に適用される通信規格BLE(Bluetooth Low Energy)では、無線周波数2.4GHz帯の周波数基準として数10MHz帯のATカット水晶振動子が利用されている。発振回路としては、図20に示すように水晶振動子X1(300)を用いたインバータベースのピアース型の発振回路100が広く使われている。ピアース型の発振回路100は、発振回路IC(200)に内蔵されたインバータA1、増幅素子A2、発振容量素子C1a、C1b、水晶振動子X1(300)から構成される。周波数温度特性は3次の温度特性を有し、動作温度範囲が比較的狭い民生向け製品の場合には、温度補償をしなくてもBLE通信規格を満足する周波数温度特性を実現することができる。
【0004】
しかしながら、近年の通信機器の小型化に対応して振動子の小型化が進んだため、水晶振動子の等価直列容量は小さく、等価直列抵抗は大きくなりつつある。その結果、ピアース型の発振回路の起動時間は以前より長くなっている。BLE通信規格ではバッテリー持続時間を長くするために間欠的な通信が適用されているが、そのインターバルは最短で10msec程度である。そこで、ピアース型の水晶発振回路では間欠動作のインターバルが短い用途に対し、発振起動時に発振電流を増加させ起動時間を短縮していた(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Masaya Miyahara, Yukiya Endo, Kenichi Okada, and Akira Matsuzawa, “A 64μs Start-Up 26/40 MHz Crystal Oscillator with Negative Resistance Boosting Technique Using Reconfigurable Multi-Stage Amplifier”, Proc. IEEE Symp. VLSI Circuits, 2018
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
発振回路において発振電流を増加させると消費電力が増大するという問題がある。そのため、IoT機器における発振回路では、消費電力を増やさずに、通信規格を満足する周波数温度特性と発振起動の高速化を両立する発振回路が望まれている。BLE通信規格で実用上求められる発振起動時間は、~250μsec、周波数温度特性は、±20ppmである。
【0007】
振動子としてランガサイト型圧電振動子を適用したピアース型の発振回路では、同じ発振電流でも起動時間が水晶振動子を用いた場合に比べ約1桁早い。これにより起動時の消費電力が約1桁減少するためバッテリー持続時間の長期化にも寄与するとともに、間欠動作の周期が短い用途にも対応可能となるが、BLE通信規格を満足する周波数温度特性を有する発振回路の条件は明確になっていなかった。
【0008】
本発明は、上記問題を解決するためになされたものであり、消費電力を増やさずに、通信規格を満足する周波数温度特性と発振起動の高速化を両立する発振回路を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の発振回路は、所定の周波数温度特性を有する圧電振動子と、前記圧電振動子に接続される能動素子と、前記能動素子に接続される発振容量素子を備えた発振回路であって、前記圧電振動子の周囲温度に応じて、前記周波数温度特性における周波数変動を補償する温度補償回路であって、サーミスタを含む受動素子によって構成され、前記圧電振動子に直列に接続された温度補償回路を備え、前記圧電振動子の前記周波数温度特性は、頂点温度が25℃よりも高温側に設定されている負の2次係数を有する2次温度特性を有し、前記温度補償回路は、前記周波数温度特性における前記頂点温度よりも低温域における前記周波数変動を補償するように構成されている。
【0010】
また、本発明の発振回路の一構成例は、前記頂点温度は、+40℃~+150℃に設定されている。
【0011】
また、本発明の発振回路の一構成例は、前記温度補償回路は、直列接続された前記サーミスタと第1の容量素子に、第2の容量素子が並列に接続されている構成と、前記サーミスタ、容量素子、および抵抗が並列に接続されている構成の何れかの構成を備える。
【0012】
また、本発明の発振回路の一構成例は、前記圧電振動子はランガサイト型圧電振動子であり、前記周波数温度特性における基準振動角周波数をω、前記ランガサイト型圧電振動子の等価直列容量をCm、負荷時等価直列抵抗をRx、前記発振回路の負性抵抗をRn、前記温度補償回路の等価直列抵抗をRsとした場合に、
1/(ω2・Cm・(Rn-Rx-Rs))<1e-5
を満たすように構成されている。
【0013】
また、本発明の発振回路の一構成例は、前記能動素子が、前記ランガサイト型圧電振動子に並列接続されたインバータであり、前記発振容量素子は、前記インバータの入力端子および出力端子のそれぞれに接続されている。
【0014】
また、本発明の発振回路の一構成例は、前記温度補償回路を構成する素子のうち、少なくとも前記サーミスタが、前記ランガサイト型圧電振動子と共通の保持器内に実装されている。
【0015】
また、本発明の発振回路の一構成例は、前記発振容量素子が、容量値が変更可能に構成されている。
【0016】
また、本発明の電子機器は、上記発振回路を備える。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、消費電力を増やさずに、通信規格を満足する周波数温度特性と発振起動の高速化を両立する発振回路を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、本発明の実施の形態に係る発振回路の構成例を示す図である。
図2図2は、振動子および発振回路の等価回路の構成例を示す図である。
図3図3は、温度補償回路の挿入前における発振回路の周波数温度特性を示す図である。
図4図4は、本発明の実施の形態に係る負荷容量の温度依存性を示す図である。
図5図5は、本発明の実施の形態に係る発振回路の周波数温度特性を示す図である。
図6図6は、本発明の実施の形態に係る温度補償回路の一構成例である。
図7図7は、本発明の実施の形態に係る温度補償回路の他の構成例である。
図8図8は、本発明の実施の形態に係る発振回路の周波数温度特性を示す図である。
図9図9は、本発明の実施の形態に係る発振回路の周波数温度特性を示す図である。
図10図10は、本発明の実施の形態に係る温度補償回路の等価直列抵抗の温度特性を示す図である。
図11図11は、本発明の実施の形態に係る発振回路の構成例を示す図である。
図12図12は、本発明の実施の形態に係る発振回路の構成例を示す図である。
図13図13は、従来の発振回路と本実施の形態の発振回路の特性の比較結果である。
図14図14は、本発明の実施の形態の効果を検証するための圧電振動子の検証サンプルの説明図である。
図15図15は、本発明の実施の形態の効果を検証するための圧電振動子の検証サンプルの説明図である。
図16図16は、本発明の実施の形態の効果を検証するための実験回路における発振起動時間の測定結果である。
図17図17は、本発明の実施の形態の効果を検証するための実験回路における発振起動時間の測定結果である。
図18図18は、本発明の実施の形態の圧電振動子として水晶振動子を用いた場合の発振起動時間の測定結果である。
図19図19は、本発明の実施の形態の圧電振動子としてランガサイト型圧電振動子を用いた場合の発振起動時間の測定結果である。
図20図20は、従来の発振回路の構成例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<発振回路の構成>
本実施の形態の発振回路では、消費電力を増やさずに、通信規格を満足する周波数温度特性と発振起動の高速化を両立する発振回路を実現するために、発振起動の高速化が可能なランガサイト型圧電振動子を適用するとともに、BLE通信規格で実用上求められる発振起動時間(~250μsec)を満たすための発振回路の条件を明らかにしたものである。
【0020】
図1は、本発明の実施の形態に係る発振回路の構成例を示す図である。図1の構成例の発振回路10は、インバータベースのピアース(Pierce)型の発振回路10である。図1のピアース型の発振回路10は、発振回路IC(20)に内蔵された能動素子(インバータ回路A1、増幅回路A2)、帰還抵抗R1、インバータ回路A1の入力端子および出力端子のそれぞれに接続される発振容量素子(C1a、C1b)、インバータ回路A1に並列接続されたランガサイト型圧電振動子X1(30)から構成されている。
【0021】
ここで、発振回路10において、図1に示すように、ランガサイト型圧電振動子X1(30)に直列に温度補償回路40を挿入してもよい。所定の動作温度範囲、例えば、0℃~+50℃の範囲であれば、BLE通信規格で実用上求められる周波数温度特性(±20ppm)を満たすことも可能であるが、温度補償回路40を挿入することにより、BLE通信規格で実用上求められる周波数温度特性(±20ppm)をより広い動作温度範囲で実現することができる。
【0022】
なお、図1および以下の実施の形態では、インバータベースのピアース型の発振回路10を例として本発明の実施の形態を説明するが、本発明は、ピアース型の発振回路10以外の発振回路、例えば、コルピッツ(Colpitts)型の発振回路にも適用可能である。
【0023】
図1において、温度補償回路40を挿入しない場合には、発振容量素子(C1a、C1b)の合成容量が振動子X1(30)の負荷容量CLにおいて支配的となり、振動子X1(30)は、発振容量素子(C1a、C1b)からなる負荷容量CLの値に応じた周波数で発振する。振動子を作成する際に、圧電結晶の個片を結晶から切り出す際の結晶軸に対する切断角度を調整することで頂点温度を所望の値に調整し、所定の動作温度範囲で、周波数温度特性(±20ppm)を満たすように調整することができる。
【0024】
一方、温度補償回路40を挿入した場合には、振動子X1(30)の周囲温度に応じて、温度補償回路40の容量を含む負荷容量CLを変化させることにより、振動子X1(30)と発振回路IC(20)とで生成される発振周波数の温度による変動を補償する。これにより、温度補償回路40を挿入しない場合と比較して、より広い動作温度範囲で、周波数温度特性(±20ppm)を満たす発振回路10を実現することができる。
【0025】
図2(a)は、振動子の等価回路である。振動子X1の等価回路は、等価直列抵抗Rm、等価直列容量Cm、等価直列インダクタンスLm、等価並列容量Cpから構成されている。図2(b)は、圧電振動子を用いた発振回路の一般的な等価回路である。図2(b)中の点線より左側は振動子の等価回路を示し、右側は発振回路の等価回路を示している。Rxは、振動子側の負荷時等価直列抵抗であり、負荷容量CLは、振動子側から見た発振回路側の等価直列容量、Rnは、発振回路の負性抵抗である。
【0026】
<ランガサイト型圧電振動子による高速起動>
図2の等価回路における発振回路の発振起動時間は、等価直列インダクタンスLmの値に応じて増大し、負荷時等価直列抵抗Rxと負性抵抗Rnの差(Rx-Rn)に応じて減少する(例えば、参考文献:“Ultralow-Power Class-C Complementary Colpitts Crystal Oscillator”, IEEE SOLID-STATE CIRCUITS LETTERS, VOL. 3, 2020 参照)。等価直列インダクタンスLmを、基準振動角周波数ωと等価直列容量Cmで表すと1/(ω・Cm)となる。
【0027】
本願の発明者は、鋭意検討した結果、発振回路の負性抵抗Rnと振動子の負荷時等価直列抵抗Rxの条件を含めて、MHz以上の発振周波数では、以下の式(1)を満足するとき、発振起動時間が250μsec未満となることを見出した。
1/(ω2・Cm・Rn)<1e-5 (ただし、Rn>>Rx)・・・(1)
式(1)のように、発振回路の負性抵抗Rnは、振動子の負荷時等価直列抵抗Rxに対して十分大きい値であることが望ましいが、少なくとも、Rx/Rn>10を満たせばよい。
【0028】
水晶振動子を適用したピアース型の発振回路100(図20)では、例えば、30MHz帯の水晶発振の場合、水晶振動子における代表的な等価直列容量および負性抵抗の値、Cm=2fF、Rn=1000Ωでは、式(1)を満足しない。一方、ランガサイト型圧電振動子では、等価直列容量Cmは30fF程度であるので、十分に式(1)を満足することがわかる。発明者が行った実験においても、発振起動時間が、1/Cmに比例し、100μsec未満の高速起動を実現できることも確認できた。
【0029】
<温度補償回路による温度補償>
図3は、温度補償回路を挿入していない発振回路の周波数温度特性を示す図である。温度補償回路40を挿入していない発振回路10の周波数温度特性は、基準周波数に対応する頂点温度を有する負の2次係数を有する2次温度特性を有している。図3の縦軸のdf/fは、2次曲線の頂点温度における振動子X1(30)の基準周波数に対する周波数偏差の割合である。図3の点線のように室温+25℃近傍に頂点温度が設定された場合、0℃~+50℃の範囲であれば、周波数温度特性(±20ppm)を満たしている。
【0030】
振動子X1(30)の周囲温度が変動した場合、発振回路10の発振周波数は、図3の周波数温度特性に応じて変化するので、周囲温度によっては、周波数温度特性(±20ppm)を満たさない場合がある。その場合、温度補償回路40を振動子X1に接続して、周囲温度の変化に応じて負荷容量CLを変化させることで、振動子X1(30)の発振周波数の周囲温度による変動を補償することができる。温度補償回路40を接続することで、より広い動作温度範囲で、周波数温度特性(±20ppm)を満たすように制御することが可能となる。
【0031】
温度補償回路40の接続に伴い、発振起動時間を250μsec未満とするための条件は、上述した式(1)から次の式(2)に修正される。
1/(ω2・Cm・(Rn-Rx-Rs))<1e-5 ・・・(2)
ω:周波数温度特性における基準振動角周波数、Cm:ランガサイト型圧電振動子の等価直列容量、Rx:負荷時等価直列抵抗、Rn:発振回路の負性抵抗、Rs:温度補償回路の等価直列抵抗
【0032】
2次温度特性の周波数温度特性を示す振動子では、通常の場合、図3の点線のように室温+25℃近傍に頂点温度が設定されている。本実施の形態では、温度補償回路40の挿入前において頂点温度を室温より高温側に存在させ、挿入する温度補償回路40で低温域における周波数変動を主に補償するように構成することができる。これにより、より広い動作温度範囲において、周波数温度特性(±20ppm)を満たすように制御することが可能となる。振動子を作成する際に、圧電結晶の個片を結晶から切り出す際の結晶軸に対する切断角度を調整することで、頂点温度を所望の値に調整することができる。
【0033】
図4は、本実施の形態における温度補償回路を挿入した際の負荷容量CLの温度特性例である。低温域ほど負荷容量CLが小さくなるように温度補償回路40の補償回路定数を設定することで、低温域に進むにつれて発振周波数をより上昇させることで、低温域における周波数の低下を補償することができる。
【0034】
図5は、本発明の実施の形態における温度補償回路を挿入した発振回路の周波数温度特性を示す図である。温度補償回路40によって、図4に示すような負荷容量CLの温度特性を実現することで、低温域における周波数の低下が補償された周波数温度特性を実現することができる。これにより、広い温度範囲においてBLE通信規格を満足する周波数温度特性(±20ppm)を実現することができる。
【0035】
<温度補償回路の構成>
温度補償回路40の主な構成要素はNTC(negative temperature coefficient)サーミスタRthである。温度補償回路40を受動素子で構成することで、消費電力を増加させないように構成することができる。振動子X1(30)と温度補償回路40の接続形態は、温度補償後の周波数温度特性における発振容量C1a、C1bの経時変化や調整による変動影響を低減するため直列接続が望ましい。
【0036】
本実施の形態では、温度補償前の発振回路10の頂点温度は室温(+25℃)よりも高温側に設定するが、現実的なNTCサーミスタRthの特性と、室温を温度補償の中心温度としできるだけ広い温度範囲で周波数変動を補償することを考慮すると、頂点温度は、+40℃~+150℃の範囲に設定するのが望ましい。
【0037】
図6図7に、温度補償回路の構成例を示す。図8図9は、図6図7の温度補償回路をそれぞれ適用した発振回路10の周波数温度特性例である。図6の温度補償回路#1では、直列接続されたサーミスタRthと容量素子C1(第1の容量素子)に、容量素子C2(第2の容量素子)が並列に接続されている。図7の温度補償回路#2では、サーミスタRth、容量素子C1、および抵抗R1が並列に接続されている。
【0038】
これらの構成例では、30MHz帯で負荷容量CLは約7pFとし、サーミスタRthの抵抗値は、室温100Ωとした。目標とする周波数温度特性(±20ppm)を満足する温度範囲は、図8では、-25℃~+80℃、図9では、-35℃~+85℃となり、民生機器で一般的に求められる動作温度範囲-20℃~+70℃をカバーしていることがわかる。
【0039】
ここで、動作温度範囲の値を広げるためには、温度補償前の頂点温度を調整すればよい。図8図9によれば、温度補償回路#2の方が温度補償回路#1よりも補償温度範囲がやや広い。一方で、図8、9の周波数温度特性を実現した温度補償回路#1、#2の等価直列抵抗Rsは、温度補償が効果的な低温域で増加することに留意する必要がある。
【0040】
図10は、本発明の実施の形態に係る温度補償回路の等価直列抵抗Rsの温度特性を示す図である。図10に示すように、温度補償回路40の等価直列抵抗Rsの値は、温度補償回路#1では最大約40Ωで留まっているのに対し、温度補償回路#2では100Ω以上になっていることがわかる。温度補償回路の等価直列抵抗Rsの増加は、式(2)において、発振回路の負性抵抗Rnに対する等価直列抵抗Rsの値が大きくなり、結果として、発振回路10の発振起動時間の増加につながる。温度補償回路40として温度補償回路#2を適用する場合には、発振回路の負性抵抗Rnが温度補償回路40の等価直列抵抗Rsの増加に対し余裕があることを確認する必要がある。
【0041】
ただし、増幅回路は高温よりも低温の方が回路利得が高くなる。一方で、サーミスタを用いた温度補償は補償が効く温度範囲において補償回路損失が増加する。よって、振動子の頂点温度を高温側に移動させ、低温域で温度補償することは、回路利得の増加と補償回路の損失増加が同時に起きて相補となるため、発振回路の動作温度範囲において発振起動時間の変動が起きにくいという利点がある。
【0042】
図11に、図6の温度補償回路#1を構成する要素の内、サーミスタRthを圧電振動子と共通の保持器内に実装した発振回路10の構成例を示す。サーミスタRthと圧電振動子を同じ保持器に実装することで、熱結合が改善するため補償精度が向上する。また、発振回路10を構成する素子の実装面積を削減することができる。
【0043】
本構成例では保持器に実装されない2つの容量素子(C1、C2)が存在するが、この2つの容量素子の容量値はいずれも100pF以下であり、MLCC(Multi-Layer Ceramic Capacitor)では、0.4mm×0.2mm サイズが一般的になりつつあるので、実装面積の増加へ影響は少ない。なお、図11の構成例は、温度補償回路#2を用いる場合にも適用可能である。
【0044】
図12は、図6の温度補償回路#1を適用し、発振回路IC(20)の発振容量(C1a、C1b)が容量可変機能を有するピアース型の発振回路10の構成例である。ランガサイト型圧電振動子X1(30)は水晶振動子よりも負荷容量CLに対する感度が高い。特に、発振容量(C1a、C1b)が発振回路IC(20)に内蔵された場合、容量値のばらつきはMLCCに比べて桁違いに大きく、例えば、公称周波数から数10ppm変動する場合がある。発振回路IC(20)に内蔵された発振容量素子(C1a、C1b)の容量値を変更可能に構成することで、発振容量素子の容量値のばらつきを調整することができる。また、ピアース型の発振回路10中に配置された温度センサから温度情報を得ることにより、この容量可変機能を、温度補償を行うために利用してもよい。この温度センサは、温度補償回路40に内蔵されているのが望ましい。図12の構成例は、温度補償回路#2を用いる場合にも適用可能である。
【0045】
図13は、以上の本実施の形態に係わる検討と従来の発振回路の実績を踏まえ、従来の発振回路と本実施の形態の発振回路との特性比較した結果である。発振周波数は30MHz帯、動作温度範囲は-20℃~+70℃とした。本実施の形態の発振回路10は、消費電力を増やさずに、BLE通信規格を満足する周波数温度特性と発振起動の高速化を両立した発振回路となっていることがわかる。IoT向けの間欠動作する小型通信機器、特に、民生向けの動作温度範囲においては、従来の発振回路よりも本実施の形態の発振回路が適していることがわかる。
【0046】
<圧電振動子を用いた検証実験>
本発明の実施の形態の作用効果を検証するため、圧電振動子の検証サンプルを用いて実験回路による検証実験を行った。実験回路としては、図1図20に記載されたインバータ型の発振回路を用いた。
【0047】
なお、式(2)では、温度補償回路の等価直列抵抗Rsを考慮して、発振起動時間を所定の値以下とするための条件を定めている。式(2)の分母の一部を構成する[Rn-Rx-Rs]項は、負性抵抗Rnと振動子、温度補償回路の損失和[Rx+Rs]の差分であるから、発振回路の実効的な利得を表現する項と言い換えることができる。そのため、式(2)において[Rn-Rx-Rs]項の代わりに、発振回路の実効的な利得を用いることで、式(2)の妥当性を検証することが可能である。よって、検証実験における実験条件としては、温度補償回路がない、即ち、Rsを考慮しない発振回路の実効的な利得である[Rn-Rx]を利用して、式(2)の妥当性を検証した。
【0048】
図14図15は、本発明の実施の形態の効果を検証するための圧電振動子の検証サンプルの説明図である。図14図15は、縦軸を式(2)における発振回路の実効的な利得である負性抵抗Rnと振動子の負荷時等価直列抵抗Rxの差[Rn-Rx]とし、横軸を圧電振動子の等価直列容量[Cm]とした場合の圧電振動子の検証サンプルのパラメータである。図14は、発振回路IC(20)の能動素子(インバータ回路A1、増幅回路A2)の電源電圧VDDが1.5Vの場合、図15は、電源電圧VDDが2.0Vの場合である。
【0049】
圧電振動子の検証サンプルとしては、水晶振動子(Quartz)、ランガサイト型圧電振動素子(CTGS)、セラミック振動子(Ceramic)を用いた。実験回路では、圧電振動子として、図14図15の検証サンプルを使用し、振動子側から見た発振回路側の等価直列容量(負荷容量)CLが、所望の値(6PF、9PF、14PF)となるように、発振容量素子(C1a、C1b)の容量を設定した。
【0050】
図16図17は、本発明の実施の形態の効果を検証するための実験回路における発振起動時間の測定結果である。図16図17の縦軸は、発振起動時間(μsec)、横軸は、式(2)の左辺[1/(ω2・Cm・(Rn-Rx))]である。
【0051】
なお、発振起動時間は、発振回路IC(20)に、電源電圧VDDが印加されてから、発振電圧の振幅が飽和するまでの時間である。
【0052】
図16図17によれば、BLE規格で実用上求められる発振起動時間(~250μsec)を満たすための、式(2)の左辺[1/(ω2・Cm・(Rn-Rx))]の値は、発振回路IC(20)の電源電圧VDDに依存せず、1e-5より小さい値とすればよいことを確認することができた。
【0053】
図18は、本発明の実施の形態の圧電振動子として水晶振動子を用いた場合の発振起動時間の測定結果である。図18は、発振回路IC(20)の能動素子の電源電圧VDDが1.5Vの場合の測定結果である。
【0054】
図18によれば、負荷容量CLが6PFの場合には、250μsecより短い発振起動時間を実現できる水晶振動子がある。この場合の水晶振動子のサイズは、2.5×2.0mm以上のものであり、駆動電極が大きいので、等価直列容量Cmの大きい水晶振動子を用いることで、250μsecより短い発振起動時間の発振回路を実現することが確認できた。
【0055】
図19は、本発明の実施の形態の圧電振動子としてランガサイト型圧電振動子を用いた場合の発振起動時間の測定結果である。図19は、発振回路IC(20)の能動素子の電源電圧VDDが1.5Vの場合の測定結果である。
【0056】
図19によれば、圧電振動子としてランガサイト型圧電振動子を用いることで、負荷容量CLが、6PF、9PF、14PFのいずれの場合も、150μsecより短い発振起動時間の発振回路を実現することができることが分かる。
【0057】
圧電振動子としてランガサイト型圧電振動子を用いた場合、振動子のサイズは、2.0×1.6mm以下と小さく、駆動電極が小さいが、水晶振動子よりも等価直列容量Cmが大きいので、150μsecより短い発振起動時間の発振回路を実現することが確認できた。
【0058】
以上のように、本実施の形態によれば、消費電力を増やさずに、通信規格を満足する周波数温度特性と発振起動の高速化を両立する発振回路を提供することができる。本実施の形態の発振回路は、携帯電話機やIoT機器などの電子機器に適用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の発振回路は、様々なIoT機器に組み込んで使うことができる。
【符号の説明】
【0060】
10…発振回路、20…発振回路(IC)、30…ランガサイト型圧電振動子、40…温度補償回路。
図1
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