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特許7549891乱数発生ユニット及びコンピューティングシステム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-04
(45)【発行日】2024-09-12
(54)【発明の名称】乱数発生ユニット及びコンピューティングシステム
(51)【国際特許分類】
   G06F 7/58 20060101AFI20240905BHJP
   H01L 29/82 20060101ALI20240905BHJP
   H10N 50/10 20230101ALI20240905BHJP
   B82Y 10/00 20110101ALI20240905BHJP
   H01F 10/14 20060101ALI20240905BHJP
   H01F 10/16 20060101ALI20240905BHJP
【FI】
G06F7/58 680
H01L29/82 Z
H10N50/10 Z
B82Y10/00
H01F10/14
H01F10/16
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021529916
(86)(22)【出願日】2020-05-25
(86)【国際出願番号】 JP2020020469
(87)【国際公開番号】W WO2021002115
(87)【国際公開日】2021-01-07
【審査請求日】2023-04-06
(31)【優先権主張番号】P 2019124113
(32)【優先日】2019-07-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100143834
【弁理士】
【氏名又は名称】楠 修二
(72)【発明者】
【氏名】深見 俊輔
(72)【発明者】
【氏名】ボーダーズ ウィリアム アンドリュー
(72)【発明者】
【氏名】舩津 拓也
(72)【発明者】
【氏名】金井 駿
(72)【発明者】
【氏名】早川 佳祐
(72)【発明者】
【氏名】大野 英男
【審査官】佐賀野 秀一
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-013901(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0165065(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0109660(US,A1)
【文献】特開2008-310403(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06F 7/58- 7/72
H01L 29/82
H10N 50/10
B82Y 10/00
H01F 10/14
H01F 10/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気トンネル接合素子を有し、
前記磁気トンネル接合素子は、強磁性体を有し磁化方向が実質的に固定された固定層と、強磁性体を有し磁化方向が第一の時定数で変化する自由層と、絶縁体で構成され前記自由層と前記固定層との間に配置されるバリア層とを有し、シフト磁界の絶対値が20ミリテスラ以下であり、
前記固定層は、互いに積層された複数の強磁性層と非磁性結合層とを有し、かつ、各強磁性層のうち隣り合う強磁性層の磁化が前記非磁性結合層によって反平行に結合されており、
出力が2つの出力信号の間で時間的にランダムに変動し、かつ各出力信号の割合が入力電流または入力電圧によって制御可能に構成されていることを
特徴とする乱数発生ユニット。
【請求項3】
前記自由層はFeとBとを含有し、
前記バリア層はMgとOとを含有することを
特徴とする請求項1または2記載の乱数発生ユニット。
【請求項4】
前記自由層は、略円形の平面形状を有し、その直径をD(単位:ナノメートル)、膜厚をt(単位:ナノメートル)としたとき、
500t-895<D<500t-855
の関係を満たすことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の乱数発生ユニット。
【請求項8】
重み付け回路と、
前記重み付け回路に接続された複数の請求項1乃至7のいずれか1項に記載の乱数発生ユニットと、
時間平均回路とを有し、
前記時間平均回路は、各乱数発生ユニットの出力信号を第一の時間間隔で時間平均するよう構成され、
前記第一の時定数は、前記第一の時間間隔の1/10以下であることを
特徴とするコンピューティングシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乱数発生ユニット及びそれを用いたコンピューティングシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来のコンピューティングシステムは、四則演算などの反復による大規模な処理を効率的に扱うことができる一方で、最適化問題などの複雑性を伴う問題の扱いを苦手とする。近年、このような従来のコンピューティングシステムが苦手とする複雑な処理を比較的容易に扱うことができる計算原理として、確率論的情報処理(Probabilistic computing)が注目されている。そして、確率論的情報処理に特化した専用のコンピューティングシステムハードウェアの開発が重要課題となっている。
【0003】
確率論的情報処理専用のコンピューティングシステムにおいては、出力が0と1の間で時間的にランダムに変動し、かつ0と1の割合が外部入力電流(または電圧)によって制御可能な乱数発生ユニットが必要となる。そして、この乱数発生ユニット内には、ランダムな出力信号を発生可能な回路または固体素子が必要となる。ここで、この回路または固体素子は、外部入力電流(または電圧)が正方向(または負方向)に十分大きい場合には、出力が0に固定され、外部入力電流(または電圧)が負方向(または正方向)に十分大きい場合には、出力が1に固定される必要がある。
【0004】
近年、ランダムな出力信号を発生できる固体素子として、磁気トンネル接合素子が注目されている。磁気トンネル接合素子は、典型的には、強磁性体から構成され磁化方向が固定された固定層と、強磁性体から構成され磁化方向が自由に変化する自由層と、固定層と自由層との間に形成されるバリア層とから構成される。トンネル磁気抵抗効果を利用することで自由層の磁化の向きを電気抵抗の高低で検出できるため、情報の0と1に割り当てて利用することができる。そして、磁化の向きが熱擾乱に対して容易には変化しないように設計することで、不揮発性メモリの記憶素子として応用することができる。一方で、磁化の向きが熱擾乱に対して容易に変化するように設計すると、ランダムな出力信号を発生する固体素子として、確率論的情報処理を行うコンピューティングシステムに応用することができる。なお、熱擾乱に対する磁化方向の安定性は熱安定性と呼ばれ、2つの状態間のエネルギー障壁Eを熱擾乱kTで除した値(E/kT)は、熱安定性指数と呼ばれる。
【0005】
例えば、熱安定性指数が実質的に0で設計された仮想的な磁気トンネル接合素子を想定して数値計算が行われており、確率論的情報処理の実現方法が提案されている(例えば、非特許文献1または2参照)。また、熱安定性指数の低い磁気トンネル接合素子に関する実験結果が示されている(例えば、非特許文献3乃至6参照)。また、自由層および固定層が垂直磁化容易軸を有する単層のCo-Fe-B合金からなり、バリア層がMgOからなる磁気トンネル接合素子を作製し、外部入力を与えない状態で素子抵抗が熱で揺らぐ様子を観測した結果が報告されている(例えば、非特許文献7参照)。
【0006】
なお、磁気トンネル接合素子の磁化方向の時間的な揺らぎの頻度を表す時定数の物理的な定義が示されている(例えば、非特許文献8参照)。
【0007】
また、確率論的情報処理においては、乱数生成ユニットの動作速度も重要となる。乱数生成ユニットの動作速度が速ければ確率論的情報処理における演算速度は向上し、あるいはある時間あたりで扱うことのできる問題の規模は増大する。ここで、乱数生成ユニットの動作速度とは、0と1からなる乱数列を単位時間あたりにどれだけ多く生成できるかということを意味する。乱数生成ユニットを磁気トンネル接合素子で形成する場合には、これは磁気トンネル接合素子の状態が熱で揺らぐ速さに対応し、従って、低抵抗状態と高抵抗状態との間を早く行き来すればするほど、乱数生成ユニットの動作速度が向上する。これまで乱数生成ユニットの動作速度に関し、0、1の滞在時間の特徴値として、最速で490nsという値が報告されている(例えば、非特許文献9参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Kerem Yunus Camsari, Rafatul Faria, Brian M. Sutton, and Supriyo Datta, “Stochastic p-Bits for Invertible Logic”, Phys. Rev. X, 2017, vol. 7, 031014
【文献】Kerem Yunus Camsari, Sayeef Salahuddin, Supriyo Datta, “Implementing p-bits With Embedded MTJ”, IEEE Electron Device Letters, 2017, vol. 38, 1767
【文献】Yang Lv, Jian-Ping Wang, “A single magnetic-tunnel-junction stochastic computing unit”, 2017 IEEE International Electron Devices Meeting (IEDM) DOI: 10.1109/IEDM.2017.8268504, 2017
【文献】Mukund Bapna and Sara A. Majetich, “Current control of time-averaged magnetization in superparamagnetic tunnel junctions”, Appl. Phys. Lett., 2017, vol. 111, 243107
【文献】Alice Mizrahi, Tifenn Hirtzlin, Akio Fukushima, Hitoshi Kubota, Shinji Yuasa, Julie Grollier & Damien Querlioz, “Neural-like computing with populations of superparamagnetic basis functions”, Nature Communications, 2018, vol. 9, 1533
【文献】Brandon R. Zink, Yang Lv, and Jian-Ping Wang, “Telegraphic switching signals by magnet tunnel junctions for neural spiking signals with high information capacity”, J. Appl. Phys., 2018, vol. 124, 152121
【文献】Bradley Parks, Mukund Bapna, Julianne Igbokwe, Hamid Almasi, Weigang Wang, and Sara A. Majetich, “Superparamagnetic perpendicular magnetic tunnel junctions for true random number generators”, AIP Advances, 2018, vol. 8, 055903
【文献】William Rippard, Ranko Heindl, Matthew Pufall, Stephen Russek, and Anthony Kos, “Thermal relaxation rates of magnetic nanoparticles in the presence of magnetic fields and spin-transfer effects”, Physical Review B, 2011, vol. 84, 064439
【文献】Brad Parks, Ahmed Abdelgawad, Thomas Wong, Richard F.L. Evans, and Sara A. Majetich, “Magnetoresistance Dynamics in Superparamagnetic Co-Fe-B Nanodots”, Physical Review Applied, 2020, vol. 13, 014063
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
熱安定性が十分に高く設計された磁気トンネル接合素子を利用する不揮発性メモリの主要な実施の形態においては、磁気トンネル接合素子の自由層と固定層は、FeとBとを含有する強磁性体から構成され、またバリア層は酸化マグネシウム(MgO)から構成される。また、自由層と固定層は、膜面垂直方向に磁化容易軸(垂直磁化容易軸)を有する。従って、確率論的情報処理に用いる、熱安定性が比較的低く設計される磁気トンネル接合素子においても、不揮発性メモリ向けの磁気トンネル接合素子と同じ材料系を用いることができれば、同じ設備を用いて製造することができ、容易に実現することができる。
【0010】
非特許文献7には、自由層と固定層が垂直磁化容易軸を有する磁気トンネル接合素子について、外部入力を与えない状態で素子抵抗が熱で揺らぐ様子を観測した結果が報告されているが、垂直磁化容易軸を有する磁気トンネル接合素子で、外部からの電流(または電圧)による応答に関して実験した結果は報告されておらず、乱数発生ユニット、及び確率論的情報処理を行うコンピューティングシステムに適用する際の設計手法が明らかではないという課題があった。また、非特許文献3乃至6には、面内磁化容易軸を有し、熱安定性が低く設計された磁気トンネル接合素子の、外部からの電流入力に対する応答の様子が示されているが、確率論的情報処理を構成する乱数発生ユニットに求められる諸特性については開示されておらず、特に、正方向(または負方向)に大きくすることで出力を1に固定でき、負方向(または正方向)に大きくすることで出力を0に固定できるような磁気トンネル接合素子の形成方法は明らかではないという課題があった。
【0011】
また、非特許文献9では、0、1の滞在時間の特徴値として、490nsという値が報告されているが、この滞在時間を短くし、乱数生成ユニットの動作速度をさらに向上させるための方法は明らではないという課題があった。
【0012】
本発明は、これらの課題に着目してなされたもので、確率論的情報処理の実行に求められる特性を発現可能で、動作速度を向上させることができる、磁気トンネル接合素子からなる乱数発生ユニット、及びそれを用いたコンピューティングシステムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために、本発明に係る乱数発生ユニットは、磁気トンネル接合素子を有し、前記磁気トンネル接合素子は、強磁性体を有し磁化方向が実質的に固定された固定層と、強磁性体を有し磁化方向が第一の時定数で変化する自由層と、絶縁体で構成され前記自由層と前記固定層との間に配置されるバリア層とを有し、シフト磁界の絶対値が20ミリテスラ以下であり、前記固定層は、互いに積層された複数の強磁性層と非磁性結合層とを有し、かつ、各強磁性層のうち隣り合う強磁性層の磁化が前記非磁性結合層によって反平行に結合されており、出力が2つの出力信号の間で時間的にランダムに変動し、かつ各出力信号の割合が入力電流または入力電圧によって制御可能に構成されていることを特徴とする。
【0014】
本発明に係る乱数発生ユニットは、シフト磁界の絶対値が20ミリテスラ以下とすることにより、確率論的情報処理の実行に求められる特性を発現することができる。本発明に係る乱数発生ユニットで、前記自由層はFeとBとを含有し、前記バリア層はMgとOとを含有していることが好ましい。また、前記自由層は、略円形の平面形状を有し、その直径をD(単位:ナノメートル)、膜厚をt(単位:ナノメートル)としたとき、
500t-895<D<500t-855
の関係を満たすことが好ましい。この場合、確率論的情報処理の実行に対し、特に良好な特性が得られる。
【0015】
本発明に係る乱数発生ユニットで、前記固定層および前記自由層は垂直磁化容易軸を有していてもよく、面内磁化容易軸を有していてもよい。面内磁化容易軸を有する場合、前記自由層は楕円形の平面形状を有し、その短軸の長さが10nm~150nmであり、長軸の長さが前記短軸の長さの1倍~2倍であることが好ましい。さらに、前記自由層は、膜厚が1.5nm~2.8nmであることが好ましい。これらの面内磁化容易軸を有する場合、固定層と自由層の磁化が平行状態に滞在する時間および反平行状態に滞在する時間を、特に短くすることができ、動作速度を向上させることができる。
【0016】
本発明に係るコンピューティングシステムは、重み付け回路と、前記重み付け回路に接続された複数の本発明に係る乱数発生ユニットと、時間平均回路とを有し、前記時間平均回路は、各乱数発生ユニットの出力信号を第一の時間間隔で時間平均するよう構成され、前記第一の時定数は、前記第一の時間間隔の1/10以下であることを特徴とする。
【0017】
本発明に係るコンピューティングシステムは、本発明に係る乱数発生ユニットを有しているため、確率論的情報処理に適しており、確率論的情報処理を好適に実行することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、確率論的情報処理の実行に求められる特性を発現可能で、動作速度を向上させることができる、磁気トンネル接合素子からなる乱数発生ユニット、及びそれを用いたコンピューティングシステムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の第1の実施の形態のコンピューティングシステムを示すブロック図である。
図2】本発明の第1の実施の形態の乱数発生ユニットの、磁気トンネル接合素子の構造を示す(a)X-Z断面図、(b)X-Y平面図である。
図3】本発明の第1の実施の形態の乱数発生ユニットの(a)出力信号VOUTの時間変動を示すグラフ、(b)時間間隔Tでの出力信号VOUTの統計値を示すヒストグラムである。
図4】本発明の第1の実施の形態の乱数発生ユニットの、入力信号VINが(a)Vのときの出力信号VOUTの時間変動を示すグラフ、(b)出力信号VOUTの統計値を示すヒストグラム、(c)Vのときの出力信号VOUTの時間変動を示すグラフ、(d)出力信号VOUTの統計値を示すヒストグラム、(e)Vのときの出力信号VOUTの時間変動を示すグラフ、(f)出力信号VOUTの統計値を示すヒストグラム、(g)Vのときの出力信号VOUTの時間変動を示すグラフ、(h)出力信号VOUTの統計値を示すヒストグラムである。
図5】本発明の第1の実施の形態の乱数発生ユニットの、磁気トンネル接合素子の固定層の構造を示すX-Z断面である。
図6】本発明の第1の実施の形態の乱数発生ユニットの、磁気トンネル接合素子の抵抗と(a)外部磁界、(b)入力される電流との関係を示すグラフである。
図7】本発明の第1の実施の形態の乱数発生ユニットの、磁気トンネル接合素子の固定層の変形例の構造を示すX-Z断面である。
図8】本発明の第1の実施の形態の乱数発生ユニットの、磁気トンネル接合素子の第1の変形例の構造を示す(a)X-Z断面図、(b)X-Y平面図である。
図9】本発明の第1の実施の形態の乱数発生ユニットの、磁気トンネル接合素子の第2の変形例の構造を示す、自由層の平面形状が(a)角の取れた四角形状、(b)楕円形のときの、自由層のX-Y平面図である。
図10】本発明の第1の実施の形態の乱数発生ユニットの、磁気トンネル接合素子の第3の変形例の構造を示す、自由層のX-Z断面図である。
図11】本発明の第1の実施の形態の乱数発生ユニットの、磁気トンネル接合素子の第4の変形例の構造を示す(a)X-Z断面図、(b)X-Y平面図である。
図12】本発明の第1の実施の形態の乱数発生ユニットの、(a)膜構成1で加工された磁気トンネル接合素子の、抵抗の外部磁界依存性を示すグラフ、(b)膜構成2で加工された磁気トンネル接合素子の、抵抗の外部磁界依存性を示すグラフ、(c)膜構成1で加工された磁気トンネル接合素子の、異なる大きさの電流を印加したときの抵抗の時間変化を示すグラフ、(d)膜構成2で加工された磁気トンネル接合素子の、異なる大きさの電流を印加したときの抵抗の時間変化を示すグラフである。
図13】本発明の第1の実施の形態の乱数発生ユニットの、膜構成1で加工された磁気トンネル接合素子の、自由層の直径DおよびCoFeB膜厚tが異なる多数の素子の特性の優劣を示すテーブルである。
図14】本発明の第1の実施の形態の乱数発生ユニットの、膜構成1で加工された磁気トンネル接合素子の、自由層の直径Dが(a)60nm、(b)50nmのときの、CoFeB膜厚tが異なる多数の素子のシフト磁界HSHIFTと、低抵抗状態と高抵抗状態の滞在時間が等しくなる電流I50/50(シフト電流ISHIFTに相当)との関係を示すグラフである。
図15】本発明の第2の実施の形態の乱数発生ユニットの、磁気トンネル接合素子の構造を示す(a)X-Z断面図、(b)X-Y平面図である。
図16】本発明の第2の実施の形態の乱数発生ユニットの、磁気トンネル接合素子の固定層の構造を示すX-Z断面である。
図17】本発明の第2の実施の形態の磁気トンネル接合素子の、(a)抵抗の時間変化を示すグラフ、(b)自由層の平行状態(P)と反平行状態(AP)とに滞在する時間(τ、τAP)の外部磁界依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態の乱数発生ユニット、及びそれを用いたコンピューティングシステムについて説明する。
図1乃至14は、本発明の第1の実施の形態の乱数発生ユニット、及びそれを用いたコンピューティングシステムを示している。
【0021】
[1.基本構造]
図1に、本発明の第1の実施の形態のコンピューティングシステム1のブロック図を示す。コンピューティングシステム1は、重み付け回路(Weighted Logic)200によって接続される複数の乱数発生ユニット(Random Number Generation Unit)100と、時間平均回路(Time Averaging Circuit)300とを含む。乱数発生ユニット100は、少なくとも1つの磁気トンネル接合(Magnetic Tunnel Junction:MTJ)素子10を含む。
【0022】
図2に、磁気トンネル接合素子10の構造を模式的に示す。図2(a)がX-Z断面図、図2(b)がX-Y平面図である。図2に示された磁気トンネル接合素子10は、上下2つの端子を有している。このような2端子構造の磁気トンネル接合素子10を用いた、確率論的情報処理を行うための乱数発生ユニット100の回路構成は、例えば非特許文献2に開示されているのでここでは省略する。
【0023】
磁気トンネル接合素子10は、下部電極11と、下部電極11の上面に隣接して設けられる固定層12と、固定層12の上面に隣接して設けられるバリア層13と、バリア層13の上面に隣接して設けられる自由層14と、自由層14の上面に隣接して設けられる上部電極15とを有する。なお、自由層14と固定層12の順番は、逆でも良い。
【0024】
固定層12は、強磁性体を有し、その磁化方向は実質的に固定されている。バリア層13は、絶縁体から構成される。自由層14は、強磁性体を有し、その磁化方向は時定数tで自由に変化する。本発明の第1の実施の形態の乱数発生ユニット100では、固定層12、及び自由層14は、いずれも膜面垂直方向に磁化容易軸(垂直磁化容易軸)を有している。下部電極11と上部電極15は、金属性の材料から構成される。下部電極11および上部電極15は、図示されている配線へと電気的に接続されている。
【0025】
磁気トンネル接合素子10は、膜面内において略円形の形状を有しており、その直径はD1である。または、少なくとも自由層14は、膜面内において略円形の形状を有しており、その直径はD1である。また、自由層14の膜厚はtである。本発明の実施に適したD1とtとの間の関係については、実験結果に基づき後述される。
【0026】
[2.動作]
磁気トンネル接合素子10は、トンネル磁気抵抗(Tunneling Magneto Resistance:TMR)効果によって、自由層14の磁化の方向を反映してその抵抗が変化する。これに伴って、乱数発生ユニット100の出力信号VOUTは、時定数tでVとVとをランダムに出力する。出力されるVとVの割合は、後述されるように、外部から乱数発生ユニット100への入力信号VINによって変化する。図3(a)に、乱数発生ユニット100の出力信号VOUTの時間変化の様子を示す。図示されているように、VOUTは、時定数tで揺らぎながら、VとVとをランダムに出力している。図3(b)に、時間間隔Tでの乱数発生ユニット10の出力信号VOUTの統計値をヒストグラムとして示す。
【0027】
本発明の第1の実施の形態のコンピューティングシステム1においては、確率論的情報処理のアルゴリズムが実装される。確率論的情報処理においては、乱数発生ユニット100からの出力信号VOUTが、時間平均回路300において、ある時間間隔で平均化が行われる。この時間間隔をTとすると、前述のtはTの1/10以下、より好適には1/100以下であることが望ましい。典型的には、tは10ナノ秒から10ミリ秒であり、Tは1マイクロ秒から100秒の範囲であることが望ましい。Tは、扱う問題のスケール、及び要求する解の精度に依存して設定され、問題のスケールが大きくなるほど、また要求する解の精度が高くなるほど、長く設定する必要がある。
【0028】
なお、時定数tの物理的な定義は、非特許文献8に述べられている。図3を用いて説明すると、横軸を各状態における滞在時間(Retention time in state)、縦軸をその状態に滞在した数の対数(ln(number of events))でプロットした際の傾きの逆数がtに相当する。
【0029】
図4に、乱数発生ユニット100に入力する入力信号VINの大きさを、V,V,V,Vと変えたときの、出力信号VOUTの時間変動およびヒストグラムの様子を模式的に示す。ここで、V,V,V,Vには、V>V>V>VまたはV<V<V<Vなる関係がある。また、VからVに変化する過程で、符号が変わっても良い。図示されている通り、VIN=Vの場合には、出力信号VOUTはVに固定されており、VIN=Vの場合には、出力信号VOUTはVに固定されている。このように、乱数発生ユニット100からの出力信号を入力信号によって制御できることが、確率論的情報処理を実行する上での要件となる。なお、入力信号VINによって、乱数発生ユニット100内では磁気トンネル接合素子10に電流が導入され、これによって自由層14の磁化にスピン移行トルク(Spin Transfer Torque:STT)が働くことによって、上述のような応答特性が実現される。ただし、スピン移行トルク以外の別の作用が自由層14の磁化に働くことで、本発明を実施することも可能である。
【0030】
[3.固定層12の構造]
本発明者等は、本発明の第1の実施の形態において、上述のような、確率論的情報処理を行うコンピューティングシステム1に求められる入出力特性を発現するような乱数発生ユニット100は、磁気トンネル接合素子10における固定層12を、以下のように設計することで実現できることを見出した。
【0031】
図5に、本発明の第1の実施の形態における固定層12のX-Z断面構造の一例を模式的に示す。固定層12は、基板側(下部電極11側)から順番に、第一強磁性固定層12A_1、第一非磁性結合層12B_1、第二強磁性固定層12A_2、中間層12C、スピン偏極層12Dの順に積層されて構成される。
【0032】
第一強磁性固定層12A_1、第二強磁性固定層12A_2、スピン偏極層12Dは、強磁性体から構成され、いずれの磁化方向も実質的に固定されている。また、第一非磁性結合層12B_1、中間層12Cは、非磁性の金属材料から構成される。第一強磁性固定層12A_1と第二強磁性固定層12A_2の磁化は、第一非磁性結合層12B_1を介して反平行方向に結合されている。また、第二強磁性固定層12A_2とスピン偏極層12Dの磁化は、中間層12Cを介して平行方向に結合されている。
【0033】
固定層12の構成に依存して、自由層14の外部磁界および入力電流に対する応答の特性が変わる。その様子を、図6を用いて説明する。固定層12のうち、上向きに磁化した成分が自由層14に作る磁界と、下向きに磁化した成分が自由層14に作る磁界とに差があると、自由層14は固定層12による磁界(非補償磁界:Uncompensated magnetic field)を感じることになる。結果として、図6に示されているように、磁気トンネル接合素子10のトンネル抵抗(Resistance)の外部磁界(または入力電流)に対する応答が、ゼロ磁界(またはゼロ入力電流)に対して非対称となり、HSHIFT、ISHIFTだけシフトする(それぞれシフト磁界、シフト電流)。なお、図6で示されているトンネル抵抗は、前述の時定数tよりも十分に長い時間で平均した際の、磁気トンネル接合素子10のトンネル抵抗の値を意味している。なお、外部磁界と入力電流の符号は、定義に依存する。このため、磁界または電流の正方向への増加に対して抵抗が増大するか減少するかは、定義に依存して変わり得るものである。
【0034】
本発明者等の実験によると、ISHIFT(単位:マイクロアンペア)とμSHIFT(単位:ミリテスラ)の間には、ISHIFT=A(μSHIFT)なる関係が存在し、Aは比例定数であり、磁気トンネル接合素子10の直径D1が60nmの場合、Aは1.03から1.15の範囲であり、直径D1が50nmの場合、Aは0.91から1.02の範囲であることが分かった(詳細は後述される)。なお、μは真空の透磁率である。そして、本発明者等は、HSHIFTの絶対値が20ミリテスラ(mT)以下の範囲にあるときに、図4で示されたような確率論的情報処理に適した動作特性が得られることを見出した。具体的な実験結果は後述される。
【0035】
図7に、固定層12のX-Z断面構造の他の一例を模式的に示す。図7に示される例においては、基板側(下部電極11側)から順番に、第一強磁性固定層12A_1、第一非磁性結合層12B_1、第二強磁性固定層12A_2、第二非磁性結合層12B_2、第三強磁性固定層12A_3、・・・、第N非磁性結合層12B_N、第N+1強磁性固定層12A_N+1、中間層12C、スピン偏極層12Dの順に積層されて構成される。ここで、Nは2以上の整数である。第一強磁性固定層12A_1、第二強磁性固定層12A_2、第三強磁性固定層12A_3、・・・、第N+1強磁性固定層12A_N+1は、第一非磁性結合層12B_1、第二非磁性結合層12B_2、・・・、第N非磁性結合層12B_Nを介して、隣り合う強磁性固定層と反平行方向に実質的に固定された磁化を有している。このような構造を用いることによって、より精密にHSHIFT、ISHIFTを制御することができ、所望の特性を容易に実現することができる。
【0036】
[4.材料]
次に、磁気トンネル接合素子10の各層に用いることのできる材料と膜厚について説明する。
下部電極11と上部電極15には、非磁性で導電性の金属を用いることができる。具体的には、Ta、W、Ti、Ru、Cu、Cu-N、Ti-N、Ta-Nなどが例示される。その膜厚は、5ナノメートルから50ナノメートル程度の範囲に設計される。
【0037】
固定層12を構成する第一強磁性固定層12A_1、第二強磁性固定層12A_2、第三強磁性固定層12A_3、・・・、第N+1強磁性固定層12A_N+1には、導電性の強磁性体を用いることができる。具体的には、Co、Co-Pt合金、Co-Cr-Pt合金、Fe-Pt合金などが例示される。または、Co/Pt多層膜、Co/Pd多層膜、Co/Ni多層膜のような、複数の層が積み重なった材料を用いても良い。これらの膜厚は、0.2ナノメートルから5ナノメートル程度の範囲に設計される。
【0038】
固定層12を構成する第一非磁性結合層12B_1、第二非磁性結合層12B_2、・・・、第N非磁性結合層12B_Nには、非磁性の導電性材料を用いることができ、特にRKKY相互作用によって反対の面に形成される強磁性層を反平行方向に結合させることのできる材料を用いることが望ましい。具体的には、Ru、Ir、Rhなどが例示される。その膜厚は、RKKY相互作用によって所望の磁気結合が得られるように最適化され、典型的には0.3ナノメートルから1.5ナノメートルの範囲に設計される。
【0039】
固定層12を構成する中間層12Cには、導電性の金属材料を用いることができる。特にアモルファス状態になりやすい材料を用いることが好ましい。具体的には、Ta、W、Hf、Nb、Tiなどが例示される。その膜厚は、0.2ナノメートルから1.0ナノメートル程度に設計される。
【0040】
固定層12を構成するスピン偏極層12Dには、スピン分極率の高い強磁性金属を用いることができる。具体的には、Co-Fe-B合金、Fe-B合金などが例示される。その膜厚は、0.8ナノメートルから1.5ナノメートル程度に設計される。固定層12の具体的な膜構成としては、Co/Ir/Co/Ir/Co/Ir/Co/Ta/Co-Fe-B、Co/Ir/Co-Pt/Ir/Co/Ir/Co-Pt/W/Fe-B、Co/Pt/Co/Ir/Co/Ta/Co-Fe-Bなどが例示される。このように、CoとCo-Ptのように強磁性材料を使い分けて、飽和磁化の大きさを変化させる、あるいは、PtとIrなど非磁性材料を使い分けて、隣り合う強磁性層の結合様式が強磁性的であるか反強磁性的であるかを変化させることによって、自由層14に及ぼすシフト磁界HSHIFTが所望の大きさ以下になるように調整することができる。
【0041】
バリア層13には、絶縁性の非磁性材料を用いることができる。特にMgOを用いることが好ましい。その膜厚は、0.8ナノメートルから2.0ナノメートル程度に設計される。
【0042】
自由層14には、スピン分極率の高い強磁性金属を用いることができる。具体的には、Co-Fe-B合金、Fe-B合金などが例示される。その膜厚は、0.8ナノメートルから3.0ナノメートル程度に設計される。自由層14の膜厚tと直径Dとの関係については、実験結果に基づいて後述される。
【0043】
[5.変形例1]
次に、磁気トンネル接合素子10の変形例について述べる。図8は、磁気トンネル接合素子10の第1の変形例の構造を模式的に示したX-Z断面図およびX-Y平面図である。第1の変形例においては、自由層14と上部電極15の直径はD1であり、バリア層13と固定層12と下部電極11の直径はD2であり、D2=D1+Mなる関係を満たす。Mは正の数である。第1の変形例によって、図6で説明されたHSHIFT、及びISHIFTの絶対値が小さくなるように設計することができる。Mが20ナノメートル以上であるとき、本変形例の効果を得ることができる。
【0044】
[6.変形例2]
図9に、磁気トンネル接合素子10の第2の変形例を模式的に示したX-Y平面図を示す。第2の変形例は、自由層14の平面形状に関する。自由層14は、図9(a)に示すように、角の取れた四角形状で形成されても良く、また図9(b)に示すように、楕円形で形成されても良い。四角形で形成される場合の直径D1は、一辺の長さとして定義される。また楕円形の場合、短軸の長さL1と長軸の長さL2が図のように定義され、本発明で意味を成すD1は、(L1+L2)/2で与えられる。角の取れた四角形状に形成することで、マスク設計費用を抑制することができる。また、楕円形状に形成することで、磁化反転経路を限定でき、好ましい特性が得られるように調整することができる。
【0045】
[7.変形例3]
図10は、第3の変形例に関わるX-Z断面図であり、自由層14の膜構成が模式的に示されている。自由層14は、上部電極15側に、非磁性体からなるキャップ層14Cを含んでいても良い。キャップ層14Cに用いる材料としては、MgOなどが例示される。また、強磁性体からなる第一強磁性自由層14A_1と第二強磁性自由層14A_2とで構成され、またその間に、第一非磁性挿入層14B_1が挿入されていても良い。第一強磁性自由層14A_1、第二強磁性自由層14A_2には、Co-Fe-B合金、Fe-B合金などを用いることができる。第一非磁性挿入層14B_1には、TaやWなどを用いることができる。
【0046】
図10に示されたような構造を用いると、第1強磁性自由層14A_1とバリア層13との間の界面、及び第2強磁性自由層14A_2とキャップ層14Cとの間の界面の、二つの界面における界面磁気異方性を利用して、自由層14の磁気異方性を設計することができる。これによって、外部からの入力に対する応答特性や、温度依存性、磁化ダイナミクスなどを調整することができる。
【0047】
[8.変形例4]
図11に、本発明の実施の形態の磁気トンネル接合素子10の、第4の変形例の構造を模式的に示す。図11(a)がX―Z断面図であり、図11(b)がX-Y平面図である。第4の変形例に係わる磁気トンネル接合素子10は、3つの端子を有している。そのうちの2つは、下部電極11に接続されており、残りの一つは、上部電極15に接続されている。また、下部電極11の上面に自由層14が形成され、上部電極15の下面に固定層12が形成される。
【0048】
これまでに説明された実施の形態においては、自由層14にはスピン移行トルクが印加されたが、第4の変形例に関わる磁気トンネル接合素子10においては、自由層14には下部電極11に導入される面内方向の電流によって生成されるスピン軌道トルク(Spin Orbit Torque:SOT)が利用される。スピン軌道トルクの起源には、スピンホール効果、異常ホール効果、トポロジカルホール効果、ラシュバ・エデルシュタイン効果などを利用できる。3端子型の磁気トンネル接合素子10を用いた乱数発生ユニット100の回路構成については、非特許文献1で開示されているのでここでは省略する。
【実施例1】
【0049】
以下、図12図13に示された実験結果を参照しながら、本発明の第1の実施の形態に係る実施例を説明する。以下に示す膜構成1、膜構成2の積層膜を、真空マグネトロンスパッタリング法で熱酸化膜付きシリコン基板上に堆積後、微細加工を行い、磁気トンネル接合素子を作製した。
【0050】
膜構成1:基板/Ta(5)/Pt(5)/[Co(0.3)/
Pt(0.4)]/Co(0.3)/Ru(0.45)/
[Co(0.3)/Pt(0.4)]/Co(0.3)/
Ta(0.3)/Co18.75Fe56.2525(1)/
MgO(1.1)Co18.75Fe56.2525(t)Ta(5)/
Ru(5)
膜構成2:基板/Ta(5)/Pt(5)/[Co(0.3)/
Pt(0.4)]/Co(0.3)/Ru(0.45)/
[Co(0.3)/Pt(0.4)]/Co(0.3)/
Ta(0.3)/Co18.75Fe56.2525(1)/
MgO(1.1)Co18.75Fe56.2525(t)Ta(5)/
Ru(5)
ここで[ ]の後の下付きの数字は、繰り返し積層回数を表し、CoFeBの各元素の後の下付きの数字は、組成(at.%)を表す。tは、自由層CoFeBの膜厚である。
【0051】
図12(a)、(b)に、それぞれ膜構成1、膜構成2の積層膜から加工された、典型的な磁気トンネル接合素子(素子1、素子2とする)の抵抗の外部磁界依存性の測定結果を示す。tは、1.90nmである。素子1は、シフト磁界μSHIFTが6mTであり、素子2は、23mTとなっている。
【0052】
図12(c)、(d)に、それぞれ素子1、素子2に異なる大きさの電流を印加したときの抵抗の時間変化を示す。素子1(図12(c))では、入力電流が-4.5μAから-5.5μAの間で、高抵抗状態と低抵抗状態での滞在時間がおおむね等しくなることがわかる。また、-7.5μAを印加すると高抵抗状態に固定され、-1.5μAを印加すると低抵抗状態に固定されている。これは、図4を用いて説明された確率論的情報処理を行うのに必要な磁気トンネル接合素子の特性である。一方で、素子2(図12(d))では、入力電流が-38μAのときに、低抵抗状態と高抵抗状態の滞在時間がおおむね等しくなっている。そして、そこから7μAだけ正側に大きい-31μAでは、低抵抗状態に固定できているものの、+7μAだけ負側に大きい-45μAでは、高抵抗状態に固定できていないことが分かる。これは、図4を用いて説明された確率論的情報処理を行うための磁気トンネル接合素子としては好ましくない特性である。詳細な実験の結果、この振る舞いは、磁気トンネル接合素子のシフト磁界と関係しており、μSHIFTの絶対値が20mTを上回ると、このような不良が発生することが明らかになった。すなわち、本発明を実施する上では、磁気トンネル接合素子10における自由層14のシフト磁界の絶対値は、20mT以下である必要がある。
【0053】
図13に、膜構成1の積層膜から加工された、自由層の直径DおよびCoFeB膜厚tの異なる多数の素子の測定結果をまとめたものを示す。図13では、確率論的情報処理の実現に適した特性(具体的には、1秒以下の時定数での抵抗の時間揺らぎ)が得られたものを〇、得られなかったものを×として表す。直径Dが大きく、CoFeB膜厚tが薄すぎるものについては、時定数が過剰に大きくなり、一方で、直径Dが小さく、CoFeB膜厚tが厚すぎると、磁化容易軸が面内方向となり、低抵抗状態と高抵抗状態の間での時間的な揺らぎが観測されなくなることが明らかになった。
【0054】
図13から、D(単位:ナノメートル;nm)とt(単位:ナノメートル;nm)との関係が、
500t-895 < D < 500t-855
を満たすとき、良好な特性が得られていることが分かる。上式が、本発明者等によって見出された、本発明を実施する上で好ましいDとtとの関係である。なお、実際には、好ましい特性が得られる直径と膜厚の範囲は、用いる材料と膜構成、薄膜堆積方法、素子加工方法などによって変化しうるものであり、それらの因子によって好ましい範囲は変わり得る。
【0055】
図14に、作製した多数の磁気トンネル接合素子のシフト磁界HSHIFTと、低抵抗状態と高抵抗状態の滞在時間が等しくなる電流I50/50(前述のシフト電流ISHIFTに相当)との関係を示す。図14(a)が設計直径60nmの素子、図14(b)が50nmの素子の測定結果である。HSHIFTとI50/50の間の線形関係が確認できる。切片がゼロとなる線形関数でフィッティングした結果、60nmの素子は傾きが1.09±0.06、50nmの素子は傾きが0.97±0.06であった。
【0056】
次に、本発明の第2の実施の形態の乱数発生ユニット、及びそれを用いたコンピューティングシステムについて説明する。
図15乃至17は、本発明の第2の実施の形態の乱数発生ユニット、及びそれを用いたコンピューティングシステムを示している。なお、以下の説明では、本発明の第1の実施の形態と同一の構成には同一の符号を付して、重複する説明を省略する。
【0057】
[1.基本構造]
本発明の第2の実施の形態のコンピューティングシステム及び乱数発生ユニットの構成は、本発明の第1の実施の形態と同様であるので説明を省略する。
図15に、磁気トンネル接合素子10の構造を模式的に示す。図15(a)がX-Z断面図、図15(b)がX-Y平面図である。本発明の第2の実施の形態においても、磁気トンネル接合素子10の断面構造は、本発明の第1の実施の形態と共通するので、説明は省略する。本発明の第2の実施の形態においては、磁気トンネル接合素子10を構成する固定層12、及び自由層14は、いずれも膜面内方向に磁化容易軸(面内磁化容易軸)を有している。なお、この場合の磁化容易軸方向は、X方向にあるものとする。
【0058】
図15(b)に示すように、磁気トンネル接合素子10は、膜面内において楕円形状を有していることが望ましく、その短軸の長さはL1、長軸の長さはL2である。また、自由層14の膜厚は、tである。
【0059】
[2.動作]
本発明の第2の実施の形態の乱数発生ユニット100の動作方法は、本発明の第1の実施の形態と共通するので説明を省略する。
【0060】
[3.固定層12の構造]
本発明の第2の実施の形態に係る磁気トンネル接合素子10における固定層12の代表的な断面構造を、図16に示す。固定層12は、基板側(下部電極11側)から順番に、反強磁性層12E、第一強磁性固定層12A_1、第一非磁性結合層12B_1、第二強磁性固定層12A_2の順に積層されて構成される。
【0061】
第一強磁性固定層12A_1、第二強磁性固定層12A_2は、強磁性体から構成され、いずれの磁化方向も実質的に固定されている。また、第一非磁性結合層12B_1は、非磁性の金属材料から構成される。第一強磁性固定層12A_1と第二強磁性固定層12A_2の磁化は、第一非磁性結合層12B_1を介して反平行方向に結合されている。反強磁性層12Eは、反強磁性体から構成される。また、反強磁性層12Eと第一強磁性固定層12A_1の界面における交換バイアスによって、第一強磁性固定層12A_1の磁化の向きが定まっている。この交換バイアスの付与のために、当該磁気トンネル接合素子10は、磁場中で成膜される。ないしは、当該磁気トンネル接合素子10は、成膜後に磁場中で熱処理が行われる。
【0062】
固定層12の構成と、自由層14の外部磁界および入力電流に対する応答の特性、およびHSHIFT、ISHIFTとの関係などは、本発明の第1の実施の形態と共通するので説明を省略する。
【0063】
[4.材料]
次に、磁気トンネル接合素子10の各層に用いることのできる材料と膜厚について説明する。
下部電極11と上部電極15には、非磁性で導電性の金属を用いることができる。具体的には、Ta、W、Ti、Ru、Cu、Cu-N、Ti-N、Ta-Nなどが例示される。その膜厚は、5ナノメートルから50ナノメートル程度の範囲に設計される。
【0064】
固定層12を構成する第一強磁性固定層12A_1、第二強磁性固定層12A_2には、導電性の強磁性体を用いることができる。具体的には、Co-Fe合金、Co-Fe-Ni合金、Co-Fe-B合金、Fe-B合金などが例示される。固定層12を構成する第一非磁性結合層12B_1には、非磁性の導電性材料を用いることができ、特にRKKY相互作用によって反対の面に形成される強磁性層を反平行方向に結合させることのできる材料を用いることが望ましい。具体的には、Ru、Ir、Rhなどが例示される。その膜厚は、RKKY相互作用によって所望の磁気結合が得られるように最適化され、典型的には0.3ナノメートルから1.5ナノメートルの範囲に設計される。固定層12を構成する反強磁性層12Eには、導電性の反強磁性体を用いることができる。具体的には、Pt-Mn合金、Ir-Mn合金、Pd-Mn合金などが例示される。
【0065】
バリア層13には、絶縁性の非磁性材料を用いることができる。特にMgOを用いることが好ましい。その膜厚は、0.8ナノメートルから2.0ナノメートル程度に設計される。
【0066】
自由層14には、スピン分極率の高い強磁性金属を用いることができる。具体的には、Co-Fe-B合金、Fe-B合金などが例示される。その膜厚は、1.2ナノメートルから4.0ナノメートル程度に設計される。
【0067】
[5.自由層14の構造]
本発明の第2の実施の形態においては、乱数生成ユニット100の動作速度の向上が実現され、そのための方法として、揺らぎの時定数tが短い磁気トンネル接合素子10が提供される。
【0068】
本発明者等は、揺らぎの時定数tが、0、1の各状態に滞在する時間tdwellと、0と1との状態間を遷移する時間ttransitionとによって決まることを見出した。そして、自由層14が面内磁化容易軸を有し、かつその膜厚と形状とを適切な範囲内で設計することによって、tdwellとttransitionの両者を低減できることを見出した。以下に、その具体的な内容を説明する。
【0069】
面内磁化容易軸を有する自由層14においては、tdwellは、飽和磁化MとX-Y面内での実効異方性磁界H inと体積Vとの積で決まり、これを小さくすることでtdwellを低減できる。一方で、ttransitionは、膜面直(Z)方向の実効磁気異方性H effで決まり、これを小さくすることで低減できる。ここで、MとVは、他の因子と独立に設計することは出来ないのに対して、H inとH effは、それぞれtdwellとttransitionに関して所望の特性が得られるように比較的自由に設計することができる。そして本発明者等は、H inは、楕円形状に形成される自由層14の短軸の長さL1と長軸の長さL2によって比較的自由に設計でき、一方でH effは、自由層14の材料と膜厚tによって比較的自由に設計できることを見出した。後述される本発明者等の実験によると、L1は10~150nmの範囲内にあり、L2/L1は1.0~2.0の範囲内にあり、また、tは1.5~2.8nmの範囲内にあるときに、tが10ns程度となることを見出した。より好ましくは、L1は20~120nmの範囲内にあり、L2/L1は1.05~1.6の範囲内にあり、また、tは1.8nm~2.4nmの範囲内にあるときに、より好ましい特性が得られることが分かった。
【0070】
なお、面内磁化容易軸を有する自由層14においては、磁化容易軸はX方向に付与される。L2とL1を異なる値とすることによって、形状磁気異方性により磁化容易軸の方向や異方性の大きさを設計できる。また、磁気抵抗効果素子10の周辺の配線やパッシベーション層を適切に設計することによって、応力誘起磁気異方性によっても磁化容易軸の方向や異方性の大きさを設計できる。
【実施例2】
【0071】
以下、図17に示された実験結果を参照しながら、本発明の第2の実施の形態に係る実施例を説明する。以下に示す膜構成を、真空マグネトロンスパッタリング法で熱酸化膜付きシリコン基板上に堆積後、微細加工を行い、磁気トンネル接合素子を作製した。
【0072】
膜構成:基板/Ta(5)/PtMn(20)/Co(2.6)/
Ru(0.9)/CoFeB(2.4)/MgO/
CoFeB(2.1)/Ta(5)/Ru(5)
【0073】
成膜後、電子線リソグラフィーとArイオンミリングで微細加工を施し、フォトリソグラフィーで電極を加工して、素子を作製した。磁気トンネル接合素子の形状を走査電子顕微鏡で観察したところ、短軸の長さは88nm、長軸の長さは97nmであった。素子作製後、1テスラの磁場中において、300度で2時間の熱処理を行った。作製した素子に外部磁界を印加して自由層の磁化反転を誘起することで、自由層と固定層の磁化が平行状態のときの抵抗と反平行状態のときの抵抗とを測定したところ、それぞれ3.7kΩと8.1kΩであった。
【0074】
図17(a)に、作製した素子に、電流と磁界とを印加したときの抵抗の時間変化の典型的な測定結果を示す。図17(a)に示された実験結果は、高抵抗状態(反平行状態)と低抵抗状態(平行状態)とがほぼ同じ確率で観測される電流と磁場の大きさでの測定結果である。10nsの時間スケールで高抵抗状態と低抵抗状態との間を遷移していることが分かる。
【0075】
図17(b)では、反平行状態(AP)と平行状態(P)とに滞在する時間(τAP、τ)の、X方向の外部磁界依存性が示されている。磁場を増加させることで、反平行状態の滞在時間(τAP)が短くなり、平行状態の滞在時間(τ)が長くなっていることが分かる。また、シフト磁界は、おおよそ7.5mTであることが分かる。そして、磁界が7.5mTのときのτAP=16.1ns、τ=19.7nsから、τ=exp[ln(τ×τAP)/2]=17.9nsが得られた。同時に、作製した素子を測定したところ、τは9.2nsから300ns程度の範囲であった。これらは、これまでに報告されているいずれの値よりも短い値であり、本発明が開示する設計方法を適用することで得られたものである。
【0076】
本発明の第1および第2の実施の形態の乱数発生ユニット100は、確率論的情報処理に特化したコンピューティングシステム以外の用途に用いることもできる。例えば、暗号用の乱数発生器として用いても良い。
【符号の説明】
【0077】
1:コンピューティングシステム
10:磁気トンネル接合素子
11:下部電極
12:固定層
12A_1:第一強磁性固定層
12A_2:第二強磁性固定層
12A_3:第三強磁性固定層
12A_N+1:第N+1強磁性固定層
12B_1:第一非磁性結合層
12B_2:第二非磁性結合層
12B_N:第N非磁性結合層
12C:中間層
12D:スピン偏極層
12E:反強磁性層
13:バリア層
14:自由層
14A_1:第一強磁性自由層
14A_2:第二強磁性自由層
14B_1:第一非磁性挿入層
14C:キャップ層
15:上部電極
100:乱数発生ユニット
200:重み付け回路
300:時間平均回路
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17