(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-04
(45)【発行日】2024-09-12
(54)【発明の名称】脱離イオン化に向けた質量分光試料支持部上への生体細胞の準備
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/04 20060101AFI20240905BHJP
C12Q 1/24 20060101ALI20240905BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20240905BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20240905BHJP
【FI】
C12Q1/04
C12Q1/24
G01N27/62 V
G01N33/68
(21)【出願番号】P 2022122635
(22)【出願日】2022-08-01
(62)【分割の表示】P 2018090537の分割
【原出願日】2018-05-09
【審査請求日】2022-08-02
(31)【優先権主張番号】10 2017 110 476.3
(32)【優先日】2017-05-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】521444446
【氏名又は名称】ブルカー ダルトニクス ゲーエムベーハー ウント コー.カーゲー
(74)【代理人】
【識別番号】110002310
【氏名又は名称】弁理士法人あい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】カトリン,シュパビーア
(72)【発明者】
【氏名】ベアトリクス,ヴェーゲマン
【審査官】上村 直子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/028684(WO,A1)
【文献】米国特許第07485855(US,B2)
【文献】米国特許出願公開第2004/0043497(US,A1)
【文献】特許第7158887(JP,B2)
【文献】特開2018-196371(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00-1/70
G01N
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞特性を質量分光決定するために、試料支持部上で、塩を含む水溶性の不純物を含む未純化生体細胞の試料からタンパク質を準備する方法であって、前記試料支持部はステンレス鋼またはセラミックの表面を有する試料スポットを含み、
前記試料支持部の前記試料スポット上に前記生体細胞を用意するステップと、
細胞内部のタンパク質複合体を分割するために、マトリクス物質を含まない溶媒および酸の少なくとも一方を用いて前記試料スポット上の前記細胞を破壊して前記細胞のタンパク質を分離し、前記破壊した細胞から移動させ、前記マトリクス物質を含まない溶媒および酸の少なくとも一方により前記細胞のタンパク質を変性させ、前記試料スポットに接着接合させるステップと、
前記試料スポット上の前記細胞タンパク質を水溶液または純水で洗浄して、前記試料スポットから水溶性の不純物の少なくとも一部を除去し、その後前記水溶液または前記純水を除去するステップであって、細胞特性の測定に必要な量の前記接着接合した細胞タンパク質は前記試料スポットから除去されない、前記ステップと、
前記試料スポット上の前記洗浄後に接着接合した細胞タンパク質を、後続の脱離イオン化に向けて準備するステップと、を含み、
前記洗浄するステップが、前記試料スポットから前記不純物を除去するために水溶液または純水で行われ、前記洗浄するステップのため、数マイクロリットルの前記水溶液または前記純水が前記試料スポットに適用され、所定の期間にわたって残存した後、除去される、方法
。
【請求項2】
前記脱離イオン化に向けた前記準備が、マトリクス支援レーザ脱離による後続のイオン化に向けた前記試料スポット上のマトリクス溶液の追加および結晶化を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記試料支持部が、疎水性環境中の親水性アンカーを含むプレート(「AnchorChip(登録商標)」)である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記生体細胞が、微生物を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記生体細胞を用意するステップが、(i)前記試料支持部の前記試料スポットの直上、および(ii)外部の培養容器中、の一方において培養液中で前記微生物を培養した後、前記培養した微生物を前記試料スポット上に移動させることを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記決定する前記微生物の前記細胞特性が、抗菌性物質に対するそれぞれの耐性である、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記微生物が、抗菌性物質の追加の有無に関わらず、培養液中において前記試料支持部の異なる試料スポット上で培養され、前記抗菌性物質に対するそれぞれの耐性が、前記物質の存在下でのさらなる成長によって決定される、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記抗菌性物質の存在下での成長が、投与量で追加される基準物質との比較によって決定される、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記生体細胞が、薬品の存在下にて前記試料支持部の前記試料スポット上で培養されている間の、前記薬品に対するそれぞれの反応について質量分光調査される、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記細胞特性が、3,000m/zを上回る質量範囲における質量分光タンパク質信号に基づいて決定される、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
細胞特性を質量分光決定するために、培養液からの塩および他の成分を含む生体細胞の試料からタンパク質を準備する方法であって、
質量分光試料支持部の、ステンレス鋼またはセラミックの表面を有する試料スポットの直上において培養液中で前記生体細胞を培養するステップと、
細胞内部のタンパク質複合体を分割するために、マトリクス物質を含まない溶媒および有機酸の少なくとも一方を用いて前記試料スポット上の前記培養した細胞を破壊し、前記細胞のタンパク質を分離し、前記破壊した細胞から移動させるステップと、
前記マトリクス物質を含まない溶媒および有機酸の少なくとも一方により前記細胞のタンパク質を変性させ、前記試料スポットに接着接合させるステップと、
前記試料スポット上の前記細胞タンパク質を水溶液または純水で洗浄して、前記試料スポットから、培養液から少なくとも一部の塩および他の成分を除去し、その後前記水溶液または前記純水を除去するステップであって、細胞特性の測定に必要な量の前記接着接合した細胞タンパク質は、前記試料スポットから除去されない、前記ステップと、
前記試料スポット上の前記洗浄後に接着接合した細胞タンパク質を、後続の脱離イオン化に向けて準備するステップと、を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分類学的な分類(同一性)、抗生物質耐性、薬物等の活性物質に対する反応等の細胞特性を質量分光分析するために、生体細胞からのタンパク質を質量分光試料支持部上で準備することに関するものである。
【0002】
細胞は、たとえば原核もしくは真核微生物または組織からの真核細胞であり、特に、培地中の試料支持板上で培養されたものである。特定の物質の存在下等の特定の影響下での成長から特定の細胞特性に関する結論を導き出すことができる。
【0003】
本発明によれば、マトリクス支援レーザ脱離(MALDI; matrix-assisted laser desorption/ionization)による後続の(subsequent)イオン化に向けたマトリクス溶液の追加によって質量分光試料支持部上の細胞が分断されることはなく、(有機)酸および/または溶媒を用いた別個の処理ステップにおいて分断される。驚くべきことに、細胞から放出された重いタンパク質はその後、試料支持部に付着するため、そこで緩衝液により直接洗われて、洗浄から分析までに大量のタンパク質が失われることなく、塩等の可溶性不純物を除去可能である。
【背景技術】
【0004】
特許出願PCT/DE2016/100561(K. BeckerおよびE. Idelevichの「Aufbereitung lebendiger, mikrobieller Proben und Mikroorganismen fur anschliessende massenspektrometrische Messung und Auswertung」(「Preparation of Living, Microbial Samples and Microorganisms for Subsequent Mass Spectrometric Measurement and Evaluation(質
量分光測定および評価のための生体微生物試料の準備)」)WO2018/099500 A1で公開済)は、たとえば抗生物質の追加の有無に依らず、質量分光試料支持板上の微生物を栄養溶液中で培養して、さらなる成長の観察により耐性の有無を判定できる方法を詳しく記載している。本文献およびそのすべての内容を、援用により本明細書に組み込むものとする。
【0005】
本文献に記載の方法は、たとえば抗生物質もしくは薬物に対する細胞の反応または生体細胞の別の特性化に関して、生体細胞の特定の特性を非常に高速かつ簡単にMSベース分析する新規の方法を表している。特に、この開示内容は、試料処理および試料準備の方法ならびにデータ評価アルゴリズムに関する。
【0006】
上記文献に記載された好適な一態様は、後続の質量分光測定用の生体微生物試料を準備する方法であって、(a)試料の複数の適用部位(いわゆる「スポット」)を含む平坦な試料支持部を用意するステップと、(b)培地液滴中の少なくとも1つの生体微生物試料を試料スポットのうちの少なくとも1つに堆積させるステップと、(c)雰囲気が規定された培養チャンバ内に試料支持部を所定の期間にわたって置くことにより、微生物の成長および増殖を可能にするステップと、(d)所定の期間後に培地液滴から残留液体を除去して、試料スポット上に堆積微生物を露出させるステップと、(e)脱離イオン化に向けて試料スポットを作成するステップと、(f)試料支持部を質量分光計の脱離イオン源中に移し、作成した試料スポットからイオンを生成し、少なくとも1つの対応する質量スペクトルを取得するステップと、(g)取得した質量スペクトルを一組の基準データと比較して、微生物試料の少なくとも1つの特性を決定するステップとを含む、方法に関する。
【0007】
この方法の使用により、たとえば異種抗生物質の存在下における微生物細胞の成長を判定することができ、さらなる成長により、微生物細胞が使用抗生物質に対して耐性を有するか影響を受けやすいかが明らかとなる。
【0008】
この方法は、困難に直面する場合がある。ピペットまたは吸い取り紙による除去等、上記方法による残留液体からの微生物の分離は、サルモネラ菌等の鞭毛虫と同様に、微生物が液体の表面上を泳動する場合には成功しない可能性がある。たとえば、これによって、微生物も除去されてしまう高いリスクが存在するためである。
【0009】
栄養溶液を乾燥させて細胞を試料支持面に接合させた後に細胞を準備する場合は、栄養溶液から塩等の成分が置き去りにされるため、マトリクス支援レーザ脱離によるイオン化に悪影響が及ぶとともに、多くのタンパク質に対する感度が大幅に低下する。また、多くの種の微生物は、栄養溶液の乾燥後、試料支持部の表面に十分強く付着しているわけではないため、乾燥した微生物試料を洗えない場合が多くなる。
【0010】
ごく一般的に、生体細胞は、後続のイオン化に向けてタンパク質を放出するために、分断によってそれぞれの成分、特にタンパク質を測定する必要がある。この明細書における「分断(Disruption)」とは、タンパク質が細胞から移動できるように細胞壁を破壊し、細胞内部のタンパク質複合体を分割することを意味する。
【0011】
この分断には、(1)特殊容器中の酸を利用した洗浄微生物の遠心分離、さらなる遠心分離、およびタンパク質を含む上清の細胞から質量分光試料支持部上への移動による「外部」分断、ならびに(2)マトリクス物質の溶液、すなわち有機溶媒中の有機酸、の追加による試料支持部に適用された細胞の分断(ほとんどの微生物を分断可能)という2つの方法が推奨される。
【0012】
マトリクス溶液は、マトリクス支援レーザ脱離(MALDI)による後続のイオン化用の試
料を同時に準備する。微生物を識別する方法において、外部分断によれば、明確な識別がより高い割合でもたらされるものの、複数の遠心分離によって大幅に長い時間を要するため、労働集約的である。
【0013】
非特許文献1においては、上記2つの方法に加えて、70%ギ酸を用いた試料支持板上の微生物の分断が調査され、外部分断と同様の良好な結果が得られているものの、時間および労働の大幅な削減が必要である。
【0014】
非特許文献2においても、試料支持板上の細胞の分断が同様に調査されているものの、酵母細胞が存在しており、識別の成功率は外部分断よりも大幅に低い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【文献】国際出願公開第WO2004/072616号明細書
【文献】米国特許第8,980,577 B2号明細書
【文献】欧州特許第2806275 B1号明細書
【文献】国際出願公開第WO2014/187517 A1明細書
【非特許文献】
【0016】
【文献】論文「Evaluation of a Simple Protein Extraction Method for Species Identification of Clinically Relevant Staphylococci by Matrix-Assisted Laser Desorption Ionization - Time of Flight Mass Spectrometry(マトリックス支援レーザー脱離イオン化法によるスタフィロコッカス属臨床分離株の同定における新たな蛋白抽出法の評価)」(N. Matsuda et al.、J. Clin. Microbiology, 50, 3862-386, 2012)
【文献】出版物「Evaluation of a Short, On-Plate Formic Acid Extraction Method for Matrix-Assisted Laser Desorption Ionization - Time of Flight Mass Spectrometry-Based Identification of Clinically Relevant Yeast Isolates(マトリクス支援レーザ脱離イオン化のための短時間プレート上ギ酸抽出方法の評価-臨床的に関連する酵母分離物の飛行時間質量分光分析に基づく識別)」(R. L. Gorton et al.、J. Clin. Microbiology 52, 1253-1255, 2014)
【文献】論文「Paraffin-wax-coated plates as matrix-assisted laser desorption/ionization sample support for high-throughput identification of proteins by peptide mass fingerprinting(ペプチド質量フィンガープリントによるタンパク質の高スループット識別用マトリクス支援レーザ脱離/イオン化試料支持部としてのパラフィンワックス被覆プレート)」(N. S. Tannu et al.、Analytical Biochemistry 327 (2004) 222-232)
【文献】論文「Non-specific, on-probe cleanup methods for MALDI-MS samples(MALDI-MS試料の非特異的プローブ上清浄化方法)」(Y. Xu et al.、Mass-Spectrometric Reviews, 2003, 22, 429-440)
【文献】論文「Compressed matrix thin film(CMTF)-assisted laser desorption ionization mass spectrometric analysis(圧縮マトリクス薄膜(CMTF)支援レーザ脱離イオン化質量分光分析)」(L. Huang et al.、Analytica Chimica Acta 786 (2013) 85-94)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
これら非特許文献1、2においては、試料が乾燥され、マトリクス溶液によって、試料支持部上での分断直後のMALDIによるイオン化に向けた準備が行われる。特に、塩等の可
溶性不純物は除去されない。適用された生体細胞は常に、MALDIの準備に対して十分な清
浄度を有することが明らかであった。
【0018】
したがって、たとえば質量分光試料支持部上の栄養液滴中での培養後、(たとえば、MALDIを利用した)脱離イオン化の感度が事実上完全に保たれるように、試料支持部上で塩
等の可溶性不純物により汚染された細胞を準備可能な方法が依然として求められている。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明は、質量分光試料支持部の試料スポット上の生体細胞が、マトリクス溶液の追加によって分断されるのではなく、マトリクスを含まない(有機)酸および/または溶媒を用いた別個の処理ステップにおいて分断されることを示唆している。この分断により放出された細胞タンパク質は、驚くほど十分に試料支持部の表面に付着し、洗浄用緩衝液(たとえば、純水)で洗って、前の処理ステップに由来する可能性のある塩、洗浄剤、緩衝材等の可溶性不純物を除去することができる。
【0020】
本発明の第1の態様によれば、本発明は、細胞特性(たとえば、微生物の分類学的分類または抗菌性物質に対する耐性)を質量分光決定するために、試料支持部上で未純化生体細胞(たとえば、微生物)の試料からタンパク質を準備する方法であって、
-ステンレス鋼板、疎水性環境中の親水性アンカーを含むプレート(「AnchorChip(登録商標)」)、または被覆セラミック材料のプレートを含む可能性のある試料支持部の試料スポット上に生体細胞を用意するステップと、
-(有機)酸および/または溶媒を利用して試料スポット上の細胞を分断することにより、細胞タンパク質を複合体から分離し、分断した細胞から移動させ、試料スポットに接着接合させるステップと、
-たとえば、数マイクロリットルの水溶液(特に、脱イオン純水)を試料スポットに適用し、所定の期間にわたって放置した後、除去することによって、試料スポット上の細胞タンパク質を(静的な)緩衝液で洗浄するステップと、
-たとえば、マトリクス支援レーザ脱離による後続のイオン化に向けた試料スポット上のマトリクス溶液の追加および結晶化によって、後続の脱離イオン化に向けて、洗浄した細胞タンパク質を準備するステップと、
を含む、方法に関する。
【0021】
種々実施形態において、生体細胞の用意は、質量分光試料支持部の試料スポット上の栄養液体中で微生物を培養することを含むことができる。あるいは、微生物は、外部の培養容器中で培養した後、(未純化)培養微生物を試料支持部の試料スポット上に移動させることも可能である。
【0022】
生体細胞が微生物を含む場合は、抗菌性物質の追加の有無に関わらず、栄養液体中において試料支持部の異なる試料スポット上で培養することができ、その後、抗菌性物質の存在下でのさらなる成長によって、この抗菌性物質に対するそれぞれの耐性を決定することができる。
【0023】
別の実施形態において、抗菌性物質の存在下での成長は、投与量で追加される基準物質との比較によって決定可能である(特に、特許文献3および特許文献4参照(これらのすべての内容を援用により本開示に組み込むものとする))。
【0024】
特に微生物の細胞特性は、3,000m/zを上回る(特に、3,000m/z前後~15,000m/z)質量範囲における質量分光タンパク質信号に基づいて決定されるのが好ましい。
【0025】
本発明の原理に従って抗生物質/抗真菌薬に対する耐性を決定する方法の好適な一変形例は、たとえば、
(1)抗生物質/抗真菌薬の有無に関わらず、培地中の細胞を試料支持部の異なる試料スポットに適用するステップと、
(2)種および抗生物質に応じた時間にわたって、一定条件(特に、湿度および温度)を与えるチャンバ内で培養するステップと、
(3)試料スポット上の試料を高温で乾燥させるステップと、
(4)1マイクロリットル水中の70%ギ酸を追加して、細胞を分断するとともにタンパク質の拡散を可能にするステップと、
(5)試料スポット上の分断した細胞を、より高温で乾燥させるステップと、
(6)3マイクロリットルのH2Oを試料スポットに追加し、短時間(約3分)にわたって反応させた後、(ピペット、または液体を試料スポットから除去するための特殊機器によって)取り除くステップと、
(7)試料スポット上の残存水分を乾燥させるステップと、
(8)(必要に応じて内部標準を伴う)マトリクス溶液を試料スポット上にピペッティングし、乾燥させるステップと、
(9)質量分光計、たとえば、MALDI飛行時間質量分光計によってタンパク質プロファイ
ルを測定するステップと、
を含むことができる。
【0026】
ステップ(3)において、温度としては、たとえば30℃~60℃が可能であり、稀に、さらに高温も可能である。ステップ(4)において、たとえば水中50%アセトンまたは50%アセトニトリル、水中2.5%トリフルオロ酢酸、および47.5%水等、他の変性揮発性溶媒を使用することも可能である。
【0027】
ここに提案した方法は、洗浄手順が試料支持部上で行われるため、洗浄を伴わない方法より数分長い時間を要するものの、大きな利点がある。驚くべきことに、細胞から放出された重いタンパク質は、洗浄ステップにおいて、試料支持部の表面に比較的強く接合され
た状態を維持するため、大部分は溶けない。たとえば培地からの塩等の可溶性成分のみが溶液となって、洗浄用緩衝液とともに除去される。驚くべきことに、これは、研磨したステンレス鋼で構成された試料支持板、よく知られたアンカー標的(「AnchorChip(登録商標)」)、および最近になって市場に出ている、セラミック材料で構成された「バイオターゲット(生物学的標的)」のいずれにおいても作用する。これに対して、好ましい方法として前記した特許出願PCT/DE2016/100561に記載の通り、乾燥させる代わりに試料スポ
ットから培養上清を取り除く手順を踏むならば、試料支持面にほとんどまたはまったく接着していない微生物種が失われてしまう危険性がある。ここでは、いくつかのサルモネラ菌種を一例として与えることができるが、これらは鞭毛虫であることから、液体の表面上を泳動するため、容易に取り除かれてしまう可能性がある。
【0028】
比較測定により、試料支持部上の洗浄を利用して得られるスペクトルは、未洗浄試料のスペクトルよりもはるかに優れた品質であることが示される。洗浄ステップによって、(特にMALDI法による)イオン化を妨げる塩の量が大幅に減少するためである。
【0029】
別の態様によれば、本発明は特に、細胞特性(たとえば、微生物の分類学的分類または抗菌性物質に対する耐性)を質量分光決定するために、生体細胞(たとえば、微生物)の試料からタンパク質を準備する方法であって、
‐ステンレス鋼板、疎水性環境中の親水性アンカーを含むプレート(「AnchorChip(登録商標)」)、または被覆セラミック材料で構成されたプレートを含む可能性のある質量分光試料支持部の試料スポットの直上において栄養液体中で生体細胞を培養するステップと、
‐(有機)酸および/または溶媒を利用して試料スポット上の培養した細胞を分断することにより、細胞タンパク質を複合体から分離し、分断した細胞から移動させ、試料スポットに接着接合させるステップと、
‐たとえば、数マイクロリットルの水溶液(特に、脱イオン純水)を試料スポットに適用し、所定の期間にわたって放置した後、除去することによって、試料スポット上の細胞タンパク質を(静的な)緩衝液で洗浄するステップと、
‐たとえば、マトリクス支援レーザ脱離による後続のイオン化に向けた試料スポット上のマトリクス溶液の追加および結晶化によって、後続の脱離イオン化に向けて洗浄した細胞タンパク質を試料スポット上で準備するステップと、
を含む、方法に関する。
【0030】
本明細書に記載した方法の洗浄用緩衝液としては、脱イオン水(純粋またはわずかに酸性)が特に適することが分かっている。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】微生物の耐性の決定に用いられる方法の各ステップを示す図である。
【
図2】
図1に概説した手順を実行した後に得られた質量スペクトルを示すグラフである。これらの質量スペクトルは、抗生物質がない状態およびある状態でそれぞれ培養された後の抗生物質感受性の細菌株(E. coli)および抗生物質耐性の細菌株(Klebsiella pneumoniae)についてのものである。スペクトルBは基準物質の信号のみを示している。
【
図3】本発明に係る洗浄ステップを使用して、汚染された微生物を分類学的に識別する簡単な方法を示す図である。
【
図4】
図1に係る接着接合された細胞タンパク質の洗浄を用いた、本発明の手順に従って処理および洗浄された純粋な栄養液体の質量スペクトルを示す図である。栄養液体はペプチドを含むが、質量スペクトルは明瞭で、4,000原子質量単位(ダルトン)超では、投与量で追加される基準物質の1価(1+)、2価(2+)、および3価(3+)のイオンの信号のみが含まれる。
【発明を実施するための形態】
【0032】
試料支持板に適用された微生物または組織細胞等の生体物質の細胞は通例、マトリクス支援レーザ脱離(MALDI)による後続のイオン化用のマトリクス物質と有機溶媒とを含む
溶液を追加することによって分断される。マトリクス物質は本質的に有機酸であり、有機溶媒とともに細胞壁を破壊し、細胞内側のタンパク質複合体(たとえば、リボソーム)を分割し、タンパク質を細胞から移動させる。リボソームタンパク質は、微生物の分類学的識別に特に適している。
【0033】
試料が乾燥されるとマトリクス物質は晶出し、タンパク質が結晶中に埋め込まれる。そして、レーザ照射により質量分光計中で蒸発して、プロトン化によりイオン化可能である。ただし、栄養液体、または分断液の一部が依然として細胞に付着している場合は、塩、他の緩衝材、洗浄剤、およびこれらの液体の他の可溶性成分によって、プロトン化プロセスが大きく損なわれる。細胞自体にも、分断により放出された塩が含まれている可能性があり、イオン化プロセスの妨げになる可能性がある。
【0034】
試料支持板上の試料中の塩等の不純物は、マトリクス支援レーザ脱離(MALDI)による
後続のイオン化に対して特に、大きな悪影響を及ぼすため、本発明は、質量分光試料支持部上に存在する細胞は単にマトリクス溶液の追加で分断されるべきではなく、細胞は、最初は、マトリクス物質のない(有機)酸および/または溶媒を用いた別個の処理ステップにおいて分断されるものと示唆している。タンパク質というのは実際のところ、金属面に対して低付着を示すのみであるが、興味深いことに、この分断によって放出されたタンパク質は、通常の試料支持部の表面にかなりよく付着するため、緩衝液(たとえば、水溶液)により入念に洗われて、特に塩を除去可能である。
【0035】
驚くべきことに、これは、研磨したステンレス鋼で構成された試料支持板、疎水性環境中の親水性試料「スポット」を含むよく知られた市販のアンカープレート(「AnchorChip(登録商標)」)、および最近になって市場に出ている被覆セラミック材料で構成された「バイオターゲット」のいずれにおいても作用する。細胞からのタンパク質は、分断液によって、表面に付着するのに十分な反応接着部を有する程度まで変性するものと考えられる。
【0036】
表面に接着接合された分断ペプチドの洗浄については、既に知られているものの、通例は非常に特殊な方法で準備された表面上で行われる。
【0037】
非特許文献3では、異種の試料支持面上での洗浄に対して、ZipTipC18ピペットチップにおけるタンパク質のトリプシン消化により得られたペプチドの洗浄を比較している。アンカープレート上の洗浄が実用的と報告されているものの、パラフィンワックスが被覆されたプレートがさらに良好な結果を与えるものと推察されている。ここで、N. S. Tannuらによる論文中の関心検体は、トリプシン消化されるため、本質的には3,00
0m/z(ダルトン)を下回る質量範囲でペプチドを非常に大きく変性させているが、本発明は、関心検体として、分断された生体細胞からの3,000前後~20,000ダルトンの質量範囲の未消化細胞タンパク質を対象としており、その接着挙動は、消化産物と比較できないことに留意するものとする。
【0038】
今日までの支配的な意見として、変性していない無傷のタンパク質は、異種表面に対してわずかな接着を示すのみであるため、細胞分断による重いタンパク質が実際に、試料支持板に対して比較的強く付着するという認識は、完全に予想外であった。
【0039】
非特許文献4においては、市販ポリマーの膜、マトリクス物質の薄層、自己配列単分子層、および極薄ポリマー層によって試料支持板が被覆されており、そこに吸着されたタン
パク質の洗浄に対する適性が調査されている。表面の一部については、洗浄を可能にする水素結合をタンパク質が形成していることを検出可能であった。ただし、被覆されていない試料支持板については、調査が行われなかった。
【0040】
さらに、非特許文献5には、かかる目的のために圧縮されたマトリクス物質の薄層膜に接着接合されたタンパク質の洗浄が記載されている。興味深いことに、薄いマトリクス層上の洗浄について出願人が行った実験により、たとえ低品質でしかなくても有意な質量スペクトルを取得するには、マトリクス溶液を後で別途適用することが絶対に必要であるものと示された。
【0041】
また、特許文献1(PCT/US2004/003890、J. W. FinchおよびJ. C. Gebler「A SAMPLE PREPARATION PLATE FOR MASS SPECTROMETRY(質量分光分析用の試料作成板)」の国際公開)も不溶化タンパク質の洗浄に言及しているが、試料を保持するウェルを備えた特殊な作成板上での洗浄についてであり、質量分光分析における試料支持部としての使用には適しておらず、また、脱離イオン化用に特別に準備された試料をイオン源に挿入するのに用いられるような質量分光試料支持部上での洗浄についてではない。
【0042】
微生物の耐性を決定する、本発明の原理に係る方法の第1の実施形態は、たとえば
図1に示す以下のようなステップを含むことができる。
(1)1つまたは種々の濃度の抗生物質/抗真菌薬の有無に関わらず、培地(栄養溶液)とともに細胞を試料支持板の異なる試料スポットに適用する。
(2)その後、湿度および温度に関して一定の条件を与えるチャンバ内にて、指定の時間(時間は特に、種および抗生物質によることができる)にわたって培養する。
(3)試料スポット上で試料を30℃~60℃の温度で乾燥させる。
(4)1マイクロリットル水中の70%ギ酸溶液を追加して、細胞を分断するとともに細胞タンパク質を変性させる。
(5)試料スポットを、より高温で乾燥させる。
(6)3マイクロリットルの水を試料スポットに追加し、短時間(3分前後)にわたって作用させた後、ピペット、または液体を試料スポットから除去するための特殊機器によって取り除く。
(7)試料スポット上の残存水分を乾燥させる。
(8)(必要に応じて内部標準を伴う)マトリクス溶液を試料スポット上にピペッティングし、乾燥させる。
(9)質量分光計、特に、MALDI飛行時間質量分光計によってタンパク質プロファイルを
測定する。
(10)特定の濃度の抗生物質にも関わらず成長が起こっている場合は、この濃度において、この抗生物質に対する耐性を有する。異なる濃度の抗生物質を用いた栄養溶液中の成長によって、最低抑制濃度が決定される。
【0043】
この実施形態において、脱イオン純水を用いた洗浄手順は、静止水中での水溶性成分の溶解、および水の除去によるイオン化プロセスに悪影響を及ぼす成分の除去から成る。洗浄手順は、必要に応じて繰り返すことができる。可動水中でのより激しい洗浄は、一部の細胞タンパク質で損失を生じる可能性があるため、回避すべきである。
【0044】
図2は、抗生物質の追加がある状態とない状態とでそれぞれ培養されるとともに
図1の手順に従って準備された抗生物質感受性の細菌株(E. coli)および抗生物質耐性の細菌
株(Klebsiella pneumoniae)の質量スペクトルを示している。個々のグラフは、上から
下に向かって以下を示している。
A:抗生物質のない状態のMueller-Hinton地(培地)中の感受性株E. coli
B:抗生物質のある状態のMueller-Hinton地中の感受性株E. coli(ここでは、投与量で
追加された基準物質の質量信号のみが目立っている)
C:抗生物質のない状態のMueller-Hinton地中のメロペネム耐性株Klebsiella pneumoniaD:抗生物質のある状態のMueller-Hinton地中のメロペネム耐性株Klebsiella pneumonia
成長が検出されたすべてのスペクトルにおける3,000m/zを上回る質量範囲の異なるタンパク質質量信号から、分断後の試料支持部上の洗浄ステップによって、試料支持部から細菌の分断タンパク質の量が激減することはないことが分かる。したがって、この方法は、たとえば細胞特性としての耐性を決定する後続の脱離イオン化および質量分光分析に向けた試料支持部上の生体細胞試料の準備に非常に適している。
【0045】
異常な真核細胞(たとえば、がん細胞)も同様に、薬物への耐性を試験可能である。真核細胞と同様に、単細胞性の菌類についても、少なくとも種の分類学的レベルまでは、他の微生物と同じように識別可能であり、抗生物質(ここでは、抗真菌薬)に対する耐性を試験可能である。ただし、菌糸体構成菌類についても、質量分光で調べることができる。
【0046】
特許文献2(T. Mayer、2012)は、表面への付着を回避するために相当に撹拌して培養した新しい菌糸から成る菌糸体構成菌類を分類学的に分類する方法を提供している。これらは表面に付着するたび、質量スペクトルを変更する代謝の再構築が起きる。これらを基準スペクトルと比較することにより、明確な識別へと達することが可能である。液体培養によってこれらの菌糸体構成菌類を処理する際には、遠心分離等の、時間のかかるさまざまなステップを伴う。ここに記載の方法によれば、液体培養から直接、菌類を試料支持板の試料スポットに適用し、質量分光識別に向けて準備することができる。これに対して、抗真菌薬に対する耐性を試験するには、抗真菌薬の有無に関わらず、培地中において試料支持板の試料スポット上で真菌細胞を培養することができる。抗真菌薬の存在下の成長を決定する場合、代謝の再構築は重要ではない。
【0047】
試料支持部上の生体細胞の培養に用いる栄養溶液は一般的に、肉エキスおよび加水分解カゼインから成る。すなわち、該栄養溶液はタンパク質およびペプチドを含む。このため、除去されずに乾燥および洗浄のみが行われる栄養溶液は、細胞の質量スペクトルにおいて、タンパク質およびペプチドの妨害質量信号を生成する可能性がある。
【0048】
ただし、驚くべきことだが、
図4の質量スペクトルが示すように、これは事実と異なる。4,000~18,000m/z(ダルトン)で用いられる質量範囲の基準物質の質量信号(1+)、(2+)、および(3+)を除き、妨害質量信号は一切存在しない。これは、栄養溶液からのペプチドが妨害するには小さいか、または、可溶性を維持しており洗浄ステップで除去されることを意味する。
【0049】
ここに提案した方法は、洗浄手順が試料支持部上で行われるため、洗浄を伴わない方法より数分長い時間を要するものの、大きな利点がある。驚くべきことに、細胞から放出されたタンパク質は、洗浄ステップにおいて、試料支持部の親水性表面に比較的強く接合された状態を維持するため、大部分は溶けない。たとえば培地からの塩等の可溶性成分のみが溶液となって、洗浄用緩衝液とともに除去される。驚くべきことに、これは、研磨したステンレス鋼で構成された試料支持板、よく知られたアンカー標的(「AnchorChip(登録商標)」)、および最近になって市場に出ている、セラミック材料で構成された「バイオターゲット」のいずれにおいても作用する。
【0050】
これに対して、好ましい方法として前記した特許出願PCT/DE2016/100561に記載の通り
、試料スポットから培養上清を取り除く手順を踏むならば、試料支持面にほとんどまたはまったく接着していない微生物種が失われてしまう危険性がある。ここでは、いくつかのサルモネラ菌種を一例として与えることができるが、これらは鞭毛虫であることから、液体の表面上を泳動するため、容易に取り除かれてしまう可能性がある。
【0051】
比較測定により、試料支持面上の洗浄ステップを含む方法により得られるスペクトルは、未洗浄試料のスペクトルよりもはるかに優れた品質(優れた信号対雑音比)であることが示される。洗浄ステップによって、(特にMALDI法による)イオン化を妨げる塩の量が
大幅に減少するためである。
【0052】
上記方法の特殊な実施形態は、多種多様な改良が可能である。たとえば、ステップ(4)においては、水中50%アセトンまたは水中70%ギ酸等、他の変性揮発性溶媒を使用して細胞を分断することが可能である。たとえば、異種抗生物質/抗真菌薬または段階的な量の同種抗生物質/抗真菌薬の適用によって、試料スポットが活性物質で予め被覆された試料支持板を使用する(たとえば、最低抑制濃度を決定する)ことが可能である。また、試料スポットには、定量的推定のための予投与量の不溶性基準物質を含むことも可能である。基準物質は、マトリクス溶液には溶解することができるが洗浄ステップの緩衝液には溶解しないものであるべきである。
【0053】
図3は、本発明の原理に係る方法の別の実施形態を示しており、これは、試料支持板上で培養されるのではなく、質量分光識別(分類学的分類)を目的として単に試料支持部に適用される微生物等の細胞に関する。ただし、この試料は、塩、洗浄剤等の不純物を含む。不純物は、たとえば寒天コロニーの微生物に付着する可能性がある。寒天皿上のコロニーからの微生物の自動移送によって、栄養液体を含む微量の寒天も移送される場合が多い。また、一部の種類の微生物は、有害な塩をその中に含んでいる場合もある。これらの試料についても、上述の方法と同様に、マトリクス物質を伴わない別個の処理ステップで分断可能である。そして、それぞれの変性タンパク質についても同様に、試料支持部上での洗浄ステップを受けることができる。
【0054】
脱離イオン化としては特に、マトリクス支援レーザ脱離によるイオン化が可能であり、イオン化に向けた準備には、マトリクス溶液の追加および結晶化を含む。試料支持板は、ステンレス鋼、疎水性環境中の親水性アンカーを含むプレート(「AnchorChip(登録商標)」)、または被覆セラミック材料で構成されたプレートで構成可能である。
【0055】
細胞としては、微生物が可能である。決定する微生物の特性としては、抗生物質/抗真菌薬に対するそれぞれの耐性または感受性が可能である。微生物は、抗生物質/抗真菌薬の有無に関わらず、栄養液体中において試料支持板の異なるスポット上で培養可能であり、抗生物質/抗真菌薬に対する耐性は、この抗生物質/抗真菌薬の存在下でのさらなる成長によって決定可能である。特に、抗生物質/抗真菌薬の存在下での成長は、投与量で追加される基準物質との比較によって決定可能である。
【0056】
一般的に、生体細胞は、薬品の存在下にて試料支持部上で培養されている間の、薬品に対するそれぞれの反応について分析可能である。ここでは、さまざまな医療用活性物質または活性物質の組み合わせに対するがん細胞の反応を一例として提示可能である。