(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-05
(45)【発行日】2024-09-13
(54)【発明の名称】パワー半導体素子及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01L 29/12 20060101AFI20240906BHJP
H01L 29/78 20060101ALI20240906BHJP
H01L 29/06 20060101ALI20240906BHJP
H01L 21/336 20060101ALI20240906BHJP
H01L 29/24 20060101ALI20240906BHJP
H01L 29/16 20060101ALI20240906BHJP
H01L 29/66 20060101ALI20240906BHJP
H01L 21/02 20060101ALI20240906BHJP
H01L 21/425 20060101ALI20240906BHJP
H01L 21/265 20060101ALI20240906BHJP
H01L 21/76 20060101ALI20240906BHJP
【FI】
H01L29/78 652T
H01L29/78 653A
H01L29/06 301V
H01L29/78 658K
H01L29/78 652J
H01L29/78 652H
H01L29/06 301D
H01L29/78 652C
H01L29/78 652G
H01L29/78 658A
H01L29/78 658E
H01L29/24
H01L29/16
H01L29/66 T
H01L21/02 B
H01L21/425
H01L21/265 J
H01L21/265 R
H01L21/265 F
H01L21/265 V
H01L21/76 R
(21)【出願番号】P 2021066700
(22)【出願日】2021-04-09
(62)【分割の表示】P 2020098269の分割
【原出願日】2020-06-05
【審査請求日】2023-05-31
(73)【特許権者】
【識別番号】515277942
【氏名又は名称】株式会社ノベルクリスタルテクノロジー
(73)【特許権者】
【識別番号】308035117
【氏名又は名称】株式会社イオンテクノセンター
(74)【代理人】
【識別番号】100094525
【氏名又は名称】土井 健二
(74)【代理人】
【識別番号】100094514
【氏名又は名称】林 恒徳
(74)【代理人】
【識別番号】100105337
【氏名又は名称】眞鍋 潔
(72)【発明者】
【氏名】三井田 高
(72)【発明者】
【氏名】倉知 郁生
【審査官】杉山 芳弘
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/239632(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/225600(WO,A1)
【文献】特表2008-513975(JP,A)
【文献】特開2020-074443(JP,A)
【文献】TETZNER et.al,Selective area isolation of β-Ga2O3 using multiple energy nitrogen ion implantation,Appl. Phys. Lett.,米国,AIP,2018年10月22日,Vol.113, Issue 17,172104-1~172104-5,http://doi.org/10.1063/1.5046139
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 29/12
H01L 29/78
H01L 29/06
H01L 21/336
H01L 29/24
H01L 29/16
H01L 29/66
H01L 21/02
H01L 21/425
H01L 21/265
H01L 21/76
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一導電型のドレイン層と、前記ドレイン層より不純物濃度の低い
前記第一導電型のドリフト層を有する酸化ガリウム基板と、
前記ドリフト層に直接接合し、前記第一導電型と反対導電型の第二導電型のSi基板と
を有し、
前記Si基板は少なくとも前記ドリフト層に達するトレンチを有し、
前記トレンチの少なくとも内側の表面に設けられたゲート絶縁膜と、
前記ゲート絶縁膜を埋め込むトレンチゲート電極と、
前記トレンチゲート電極
の底部の
前記ゲート絶縁膜の下の
前記ドリフト層に窒素ドープした電流分離層を有し、
そして、
前記Si基板の
前記ドリフト層との接合面とは反対側の表面側に設けられた
前記第一導電型のソース領域
と、
前記ソース
領域に接続するソース電極と、
前記ドレイン
層に接続するドレイン電極を有
するパワー半導体素子。
【請求項2】
更に、前記Si基板の前記ドリフト層との接合面とは反対側の表面側に設けられた前記第二導電型の基板コンタクト領域を有し、前記基板コンタクト領域に前記ソース電極が接続される、請求項1に記載のパワー半導体素子。
【請求項3】
前記電流分離層は前記トレンチゲート
電極の底部の隅に対し0.1μm以上外側に広がり囲むように形成され、
前記電流分離層の深さは
前記トレンチゲート電極の底部から0.2μm
乃至0.8μm
である請求項1に記載のパワー半導体素子。
【請求項4】
前記トレンチゲート電極の先端部が
前記ゲート絶縁膜を介して少なくとも
前記ドリフト層に達している請求項1または請求項2に記載のパワー半導体素子。
【請求項5】
複数の前記トレンチゲート電極が
前記Si基板内に平行に設けられ、
前記トレンチゲート電極の間に挟まれた前記Si基板の水平方向の幅が1.5μm以下である
請求項3に記載のパワー半導体素子。
【請求項6】
第一導電型のドレイン層上に
前記第一導電型の酸化ガリウムドリフト層をエピタキシャル成長させた酸化ガリウム基板
の前記酸化ガリウムドリフト層側の表面
と、前記第一導電型と反対導電型の第二導電型のSi基板の表面を、前記酸化ガリウム基板と前記Si基板を相対して直接接合により合体させ、
前記Si基板に
、前記酸化ガリウムドリフト層との接合面とは反対側の表面から少なくとも前記
酸化ガリウムドリフト層に達するトレンチを形成
し、
前記トレンチの少なくとも内側の表面にゲート絶縁膜を形成し、
前記トレンチの底部の前記ゲート絶縁膜の下の前記酸化ガリウムドリフト層に窒素をイオン注入して電流分離層を形成し、
前記トレンチの内部をトレンチゲート電極で埋め込むパワー半導体素子の製造方法。
【請求項7】
前記合体させた後で前記トレンチを形成する前に、前記Si基板を0.5μm乃至1.2μmの厚さまで研磨する、請求項6に記載のパワー半導体素子の製造方法。
【請求項8】
前記電流分離層を形成する際に、前記窒素を傾斜イオン注入する請求項6に記載のパワー半導体素子の製造方法。
【請求項9】
前記電流分離層が、前記トレンチゲート電極の底部の隅に対し0.1μm以上外側に広がり、且つ、前記トレンチゲート電極の底部から0.2μm乃至0.8μmとなるように前記窒素を傾斜イオン注入する請求項6に記載のパワー半導体素子の製造方法。
【請求項10】
前記酸化ガリウム基板と前記Si基板を相対して直接接合により合体させる際に、表面活性化接合もしくは水素結合を利用したプラズマ活性化接合により合体させる請求項6乃至請求項9のいずれか1項に記載のパワー半導体素子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電力用スイッチング素子等に適したパワー半導体素子とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パワー半導体は今後、地球温暖化防止の切り札として脱炭素社会地球を実現するための重要なテーマである。電力用半導体デバイスの分野では、現在主流であるシリコン材料(以下Si)ではエネルギー損失が大きく、次世代半導体であるワイドバンドギャップ半導体材料の開発に注目が集まっており、Siの代替技術として発展が期待されている。しかしワイドバンドギャップ半導体は性能、コスト、及び信頼性面において技術的課題が多く、又量産が容易ではない事から、その技術向上が強く望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許6,667,774号
【文献】特許4,500,558号
【非特許文献】
【0004】
【文献】“トレンチゲート MOSFET”西村他、富士技報、Vol。72, No.3 (1999 )
【文献】"Current Aperture Vertical β -Ga2O3 MOSFETs Fabricated by N- and Si-Ion Implantation Doping" IEEE Electron Device Letters Vol.40 Issue:3, March, 2019
【文献】“ゲート酸化膜薄膜化の課題と展望”応用物理第69巻 第9号 (2000)
【文献】"Simulation Based Prediction of SiC Trench MOSFET Characteristics" Fuji Electric Review, Vol.62, No.1 (2016)
【文献】"Ga2O3/Si and Al2O3/Si Room Temperature Wafer Bonding using in-situ Deposited Si Thin Film" H.Takagi, ECS Transactions, 86, (5) pp.169-174 (2018)
【文献】“創エネ・省エネデバイスを目指す異種半導体材料の貼合わせ”, 重川直輝、J. Vac. Soc. Jpn. Vol. 60, No.11, pp.421-427(2017)
【文献】"Formation of Semi-insulating Layer on Semiconducting β-Ga2O3 Single Crystal by Thermal Oxidation" T.Oshima, et,al. Jpn. j Appl. Phys. 52 (3013)
【文献】"Selective area Isolation of β-Ga2O3 using multiple energy Nitrgen implantation" K Tetzner et.al, Appleid Physics Letters, Oct. (2018)
【文献】“ものづくりのための接合技術―第3世代の接合技術” 須賀、精密工学会誌 Vol.79, No.8,(2013)
【文献】"Current Aperture Vertical β -Ga2O3 MOSFETs Fabricated by N- and Si-Ion Implantation Doping" Vol.40, Issue.3, Mar, 2019
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
人類にとって最も重要なテーマの一つである地球温暖化防止に向けた脱炭素社会地球を実現するための切り札として、パワートランジスタは直流-交流の電力変換やインバータ等のパワーエレクトロニクス回路を構成する基本素子であり、今後実用化が強く望まれている電気自動車や再生可能エネルギーの電力電源設備等において極めて重要な基幹部品である。現在主流であるSi半導体ではバンドギャップが狭いので、絶縁破壊耐圧が低く、高電圧に耐えるにはドリフト層膜厚を厚くして電界を低下させなくてはならない。しかし、それは素子抵抗を高くし、熱損失を増大させる。従ってSiのエネルギー効率は既に理論限界に達していると言われている。そこで高いエネルギー効率を実現するSiを代替できる次世代半導体であるワイドバンドギャップ半導体材料の開発に注目が集まっている。数あるワイドバンドギャップ半導体の中でも炭化ケイ素(以下SiC)は実用化がもっとも進展した半導体材料であり、デバイスとしてはショットキーダイオードやMOSトランジスタの実用化も進んでいる。しかしながら現状のSiCデバイスにおいてはSiC基板の結晶欠陥密度が低減し難く、且つ極めて高温の熱工程が必要で大口径化も容易ではない等厳しい生産コスト面の課題を抱えている。更にチャネルの界面準位が多い為に酸化膜の信頼性が低い、そしてチャネル部のオン抵抗が高いといった性能、品質面の問題も抱えており、市場規模は思うように拡大していない。又、窒化ガリウム(以下GaN)においても製造面において基板コストは更に高く、欠陥密度も極めて高いレベルにある為に、高い電流密度が可能となる縦型トランジスタ構造実現への道筋は見えていない。
【0006】
その中でワイドバンドギャップ半導体の一つである酸化ガリウム結晶(以下、Ga2O3)はウェハの大口径化による価格低減や4.6eV~4.9eVと広いエネルギー・バンドギャップ幅を有し、低コストで高性能なパワーデバイスの実現可能性に注目が集まっている。一般的にはエネルギー・バンドギャップが広いほど絶縁破壊への高い限界電界強度を持ち、高電圧に耐える事ができる。単結晶β-Ga2O3は結晶多型の中でも最安定相であり、絶縁破壊電界強度が7~8MV/cmと予想されている。それによってドリフト層と呼ばれる低濃度N型エピ層を薄くできるので、ドレイン抵抗の大幅な低下をもたらす事が出来る。その結果、直流ドレイン電流が通電するオン状態で生じる電力損失や該電流の切替わり時に生じるスイッチング電力損失を低減する事ができるので、高いエネルギー効率性能が達成できる。更に、Ga2O3は結晶成長法においてもSiと同様の融液法が使えるので大口径化も可能になり、結晶成長条件の最適化により結晶欠陥密度を制御でき、市場普及に必須である高品質、低コスト化の実現に向けて大きく期待されている。
【0007】
しかし、Ga2O3結晶はN型半導体しか存在していない。N型結晶はIV属のドナー不純物であるSiやSnをドープする事で可能になる。III族のGaは4つの配位により酸素と結合しているが、Gaサイトがこれらの不純物原子、例えばIV属のSiにより置換され、伝導電子が発生しN型になる。非特許文献6によるとGa2O3単結晶のN型化については酸素の欠損と、Gaサイトに置換されたSiによる複合体の存在により生成される伝導電子の発生のメカニズムについて報告されている。又、N型Ga2O3結晶を酸素アニールすると酸素原子が結晶内欠損を埋め、構造変化させればSiは酸素と正四面体構造を作り安定するので、ドナー電子が存在しない半絶縁層が形成される事も報告されている。一方、Ga2O3にはn-MOSFETに必要なP型が存在しないので、ゲート接地状態でドレイン電流を遮断できる“ノーマリー・オフ”型MOSトランジスタを実現する事が容易ではない。更に、基板の電子移動度もSiCの1000cm/V・secに比べ、300cm/V・secと低く、熱伝導性もSiより低いという性能上の難点もある。故に、この低い移動度に起因する短所を補うためには、横型プレーナ型構造よりも素子を高密度化できる縦型トレンチ型構造を採用する事により電流密度を増大させる事が必要である。
【0008】
既に縦型トレンチMOSトランジスタ構造は、非特許文献1にあるようにSi-MOSFETにおいて製品製造の長い実績があり、又SiCでも実用化されている。しかし一般的にワイドバンドギャップ半導体においては、逆バイアス印加の“オフ状態”では、Siに比べドリフト領域での電界強度が十倍以上高くなってしまい、特にトレンチゲート底部での電界集中によって、ゲート酸化膜が絶縁破壊のリスクにさらされる為、保護する対策が必要である。例として
図2にドレインに600Vが印加されたワイドバンドギャップのトレンチMOSFETにおけるゲート直下のN型ドリフト層と酸化膜内の垂直電界強度分布をGaussの発散定理により計算した結果を示す。この場合ではトレンチ直下のゲート酸化膜電界が8MV/cm以上に達し、信頼性が保証出来ないレベルになっている事が分かる。このようなSi酸化膜への電界集中は
図3に示すように、特にゲート端のコーナー部において顕著に起こるが、その破壊のメカニズムは
図4に示すように、先ずゲート電極から酸化膜にFowler-Nordheim型トンネル電流による電子注入が起こり、高エネルギー状態の電子がワイドバンドギャップ半導体側に放出される。それら電子は半導体結晶格子で散乱され衝突イオン化を起こし、高エネルギーの電子・ホール対が生成されるとホールは電界により酸化膜に逆進する(アノード・ホール注入)現象が起こる。非特許文献2によると、電界により加速されたホット・ホールはシリコンと酸素の結合を断ち切るホール捕獲の機構による絶縁膜の劣化と破壊に至る現象のメカニズムが報告されている。
【0009】
このような絶縁破壊現象を防止する為に、特許文献2ではトレンチ底面の酸化膜のみを厚くする考案もされている。しかし、この“厚底”構造では帰還(ミラー)容量を減少させる観点からは一定の効果はあるものの、絶縁破壊耐圧の観点からはゲート酸化膜の誘電率が一定である限りにおいて、酸化膜中の電界強度分布を十分に低下させる事は出来ず、酸化膜信頼性上の根本的な解決にはならない。更に製造方法においても部分的な成膜加工は容易ではなく、製品化された実施は稀有である。それに対して、ゲート絶縁膜として強誘電体材料、例えばHfO2やAl2O3等を使えば絶縁膜中の電界強度は大幅に緩和される。ところが、これら強誘電率材料はゲート容量(Cg)を大幅に増大させ、静電容量Cgをゲート印加電圧(Vg)にまで充電するゲート電荷量Qgを増加させてしまう。これは、小さくなるべきスイッチング性能指数(FOM:Figure Of Merit)であるQg×Ron値を増大させるので、スイッチング時のターン・オン電力損失を増大させてしまう。又、これら強誘電体材料は電子の伝導帯エネルギー差がシリコン酸化膜の3.0eVに比べ小さく、高いゲート電圧が加えられないので実用的ではない。一方、非特許文献3のように、SiCトランジスタではトレンチゲート直下にP+層のウェルを配置し電界を緩和する事も行われている。但し、これは製造工程が複雑になる他、N型ドリフト層内に寄生JFETを形成させてしまい抵抗成分を増大してしまうという副作用もあり、P+型層の濃度分布の最適化も難しい。
【0010】
一方、SiCやGa2O3等殆どのワイドバンドギャップ半導体材料の縦型トレンチMOS構造では、ドレイン電流導通状態(以下“オン状態”)においては、ゲート絶縁膜下の界面準位密度がSiでのMOSチャネルに比べ桁違いに大きい為、反転層電子は散乱を受けチャネル移動度が大きく低下する。その結果全オン抵抗(Ron)の中でもMOSチャネル部の抵抗成分が支配的となってしまい、損失を増大させエネルギー効率を悪化させる要因となる。従って、ワイドバンドギャップでのMOSFETにおいてはチャネル電子移動度等の改善によるオン抵抗値を下げる事が重要である。このような抵抗増大を解決するデバイス構造として、特許文献1の公知例が考案されており、
図7にその構造断面図を示す。当該公知例はワイドバンドギャップ材料であるSiCドリフト層上にSi/SiC直接接合によりSi-MOSFETを積層する構造である。当該公知例では、該ヘテロ接合面にトレンチ溝を貫通させ、移動度の高いP型Si領域をn-MOSトランジスタをN型SiCドリフト層を積層した構造を具備しており、エネルギー損失の主原因となる抵抗成分の中で支配的であるチャネル抵抗を低減させる事ができ、電子輸送を大幅に促進させ抵抗を低下させる効果をもたらしている。一方、特許文献1の公知例では“オフ状態” 即ち逆バイアス状態では絶縁破壊電界が一桁異なるSiとSiCを直接接合で積層している為、高電界におけるSi内でのアバランシェ降伏やパンチスルーを防止する対策が必要である。その解決には、接地されたトレンチゲート間のSiメサ領域において狭チャネル化(2ミクロンメータ以下)による空間効果を作用させ、電位分布を変調させ電界緩和が図られている。ところが、該空間効果だけでは電界緩和に限界がある為、更にSi基板よりも高い濃度のP型の“ブロック層”を設けることで更なるSi基板への電界進入が十分に抑えられ、電流の突き抜けを防止できるものとしている。
【0011】
当然上記公知例の構造をGa2O3に適用した場合でも、オン抵抗には大幅な性能改善効果が期待でき、更にP型がないGa2O3にとっては前述の”ノーマリーオフ”型の縦型トレンチトランジスタの実現に向けた解決策となりえる。ところが、トレンチゲート底部の酸化膜に対しては、特段の電界緩和に対する対策は取られておらず、前述の既存SiCーMOSFETの例に示したものと同様な高電界下での絶縁破壊のリスクを抱えている。具体的には
図2の電界分布、
図3のデバイス動作図、
図4のエネルギーバンド図で示した状態に置かれている。該公知例ではSiが積層されたSiC基板を用いているので、P+層をトレンチ底に配置する事は出来ない。なぜならば、P+層を形成するには1700℃を超える活性化アニールが必要で、積層Siは溶解してしまうからだ。しかし、Ga2O3においてはバンドギャップの広さの観点からSiCやGaN以上に絶縁破壊電界が高くなるので、トレンチ底部のゲート酸化膜における電界強度は更に増大し、絶縁破壊電界の限界を超えてしまう。従って、該構造ではトレンチ底部での絶縁破壊防止に対して、ゲート酸化膜を保護する特段の構造への対策が講じられなくてはならない。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明に係るパワー半導体素子の構造を
図1に示す。本願発明においてはワイドバンドギャップ半導体であるGa2O3を用いて、特許文献1の公知例に準じたトレンチ型トランジスタを作製する際に、高電界でのトレンチ底部の絶縁膜破壊耐圧を向上させる手段を提供する。その方法についてはN型Ga2O3内のトレンチ底部に形成されたゲート酸化膜の下部に窒素イオンをイオン注入し、実質的な絶縁体である“電流分離層”を形成する事で、トレンチ底部のゲート酸化膜を高電界において絶縁破壊から保護するものである。非特許文献10では縦型プレーナトランジスタにおいて当該”電流分離層”により電流路が制御されている事が報告されている。その構造は底面側からドレイン電極、第一導電型のドレイン層及び第一導電型のドリフト層をこの順に有する第一導電型のGa2O3半導体基板と、その上に第一導電型と逆導電型の第二導電型のSi基板が直接接合により積層された基板内において、Si側からGa2O3の一部に至るまで掘られたトレンチ溝に被覆された酸化膜上に形成されたゲート電極を具備し、ドレインからの電界が集中するトレンチ下部のGa2O3領域に窒素イオン注入により形成された“電流分離層”を0.6ミクロンメータ程度の深さまで分布させる事を特徴とする。又、該イオン注入は傾斜角を持って打ち込まれ、電界集中が起こるトレンチ底部の端部が該“電流分離層”により包まれるように形成するものである。一方、第二導電型のSi基板においては特許文献1の公知例と同様、水平方向のトレンチゲート間の底辺付近に該Si基板よりも高濃度の第二導電型の不純物領域(以下ブロック層)を形成し、第二導電型Si基板の表面側上部にはゲート電極配線、及びソース電極配線を有するMOSFETを作製するものである。
【0013】
トレンチゲートの下端位置は第一導電型Ga2O3半導体のドリフト層と第二導電型Si基板のヘテロ接合位置或いはそれより深く、例えば、0.2μm以上、好適には、0.5μm~1μmとする。又、深さを1μm以上にするとゲート電極とドレイン電極との寄生容量である帰還容量Crssを増加させるので望ましくない。このようにトレンチ深さを該ドリフト層よりも下端位置にすることで、オン状態においてはGa2O3半導体ドリフト層のMOS界面に電界効果を及ぼし、伝導電子がSi/伝導帯ヘテロ接合のエネルギー段差を容易に乗り越えるようにして円滑にドレイン電流を流すことができる。一方、オフ状態においては逆バイアス状態となる為、第一導電型のGa2O3ドリフト層からの高電界を第二導電型のSi基板において減衰させなくてはならないが、該Ga2O3ドリフト層とSi基板界面をトレンチゲート間の奥方向に配置する事で電界の壁となり、Si中への電界の進入を緩和する事ができる。
【0014】
本願発明に係るパワー半導体素子の製造方法は、第一導電型のドリフト層を形成したGa2O3半導体ウェハと第二導電型のSiウェハを、非特許文献9に報告された表面活性化接合技術やプラズマ活性化技術等の直接接合技術により合体させた後、水素イオン注入によるスマートカット若しくは研磨により薄膜化した積層基板を作製する。ここでシリコン基板の底面には基板濃度より高い濃度を有した特許文献1に示されたブロック層を形成するための第二導電型ドーピング層を有するものとする。そして該Si積層基板側からトレンチエッチにより該Si基板及び該Ga2O3基板の一部(リセス溝)に至るまで削り、気相成長法によるゲート酸化膜を形成する。その後保護層越しに、窒素イオン注入を行い、絶縁体化された“電流分離層”を形成する。そして、多結晶Siを該トレンチに埋込みゲート電極を形成する。トレンチゲート間の第二導電型Si基板底部には第二導電型ブロック層が形成されており、ソース領域及び基板との電気的接合の為の第一導電型拡散層及び第二導電型拡散層、及び該第一導電型拡散層及び第二導電型拡散層に接する電極を形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本願発明のデバイス構造、及びこれに好適な製造方法により、Ga2O3ドリフト層内のトレンチゲートの底部に印加される電界ストレスによる絶縁破壊を防止する事を可能にする。本願発明において
図1に示すように、窒素注入により形成される“電流分離層”がトレンチ底面部分を覆う事により、ゲート直下の電界が緩和される。非特許文献7ではN型Ga2O3対し、窒素イオン注入を行うと結晶内部に注入欠陥が回復し、活性化された深いアクセプタ準位が生成され中性化した極めて高い抵抗を有する“電流分離層”が形成され、絶縁体領域となる事が報告されている。この“電流分離層”には極性を持った空間電荷が存在しないので、逆バイアス時でもその領域では電界は増加しない。
図5に当該発明による電界強度分布示す。当該”“電流分離層””はGa2O3であるので比誘電率は10と、シリコン酸化膜の約3倍ある事から“電流分離層”での電界は3MV/cm以下と非常に低いものとなる事が分かる。しかし
図6のデバイス動作図に示される様に、酸化膜電界は高いのでゲート電極からFowler-Nordheim型トンネル効果により酸化膜を通して“電流分離層”に電子が注入されたとしても、イオン注入で導入された基板内結晶アクセプタ準位に起因する捕獲準位密度により、該注入電子は容易に捕獲されてエネルギーを失う。その結果、イオン衝突による熱ホールは発生せずトレンチ直下のゲート酸化膜が損傷を受ける事はない。特にゲート端のコーナー部で電界集中は大きくなるものの、“電流分離層”に該部位は包まれているので十分に電界緩和がされており絶縁破壊には至らない。又、この“電流分離層”はP+型半導体ではないので非特許文献3のようにドリフト層にJFETが形成される事もない。特許6,667,774号の公知例に示された構造ではP型が存在しないGa2O3にとっては、オン抵抗が低い縦型トレンチトランジスタを実現するデバイス構造を提供できるものの、トレンチ底部のゲート酸化膜保護については不十分であると言わざるを得ない。それに対し、本願発明ではトレンチ底部に“電流分離層”構造を付加する事により、トレンチ底のゲート酸化膜を高電界から保護し、ドレイン電圧の高電圧化を可能にするものである。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本願発明に係るデバイスの実施例の断面構造図である。
【
図2】公知例(特許6667774号)に係るトレンチゲート直下の電界強度分布図である。
【
図3】公知例(特許6667774号)に係るトレンチゲート直下のホール捕獲のデバイス動作図である。
【
図4】公知例(特許6667774号)に係るトレンチゲート直下のホール捕獲のエネルギーバンド図である。
【
図5】本願発明による新構造に係るトレンチゲート直下の電界強度分布である。
【
図6】本願発明によるデバイス動作の断面図である。
【
図7】公知例(特許6667774号)に係るデバイスの断面構造図である。
【
図8】本願発明の実施例の製造方法を説明するための要部工程図(1)
【
図9】本願発明の実施例の製造方法を説明するための要部工程図(2)
【
図10】本願発明の実施例の製造方法を説明するための要部工程図(3)
【
図11】本願発明の実施例の製造方法を説明するための要部工程図(4)
【
図12】公知例(特許6,667,774号)に係る電位分布図
【発明を実施するための形態】
【0017】
本願発明は特許文献1の公知例に示された第一導電型型SiC基板上に積層された第二導電型型Si基板にMOS反転層による電子チャネルを作り、オン状態における抵抗値を低下させる特徴を有する発明に対して、Ga2O3基板を第一導電型型SiC基板に変えた場合、オフ状態において高いドレイン電圧印加時に高電界によるトレンチ底部の酸化膜の絶縁破壊を防止する為に、トレンチゲート先端部下のGa2O3領域を窒素イオン注入により絶縁化された”電流分離層”とした埋込み構造にする事で、トレンチ底部のゲート酸化膜耐圧を向上させたパワーMOSFET構造が可能となる。
【実施例】
【0018】
どのワイドバンドギャップ半導体材料においても縦型トレンチMOS構造におけるドレイン電流導通状態(以下“オン状態”)では、ゲート絶縁膜の界面準位密度はSiでのチャネルに比べ桁違いに大きい。その為、電子は散乱を受けチャネル移動度が低下するので、全オン抵抗(Ron)の中でもMOSチャネル部の抵抗成分が支配的となってしまう。従って、ワイドバンドギャップにおいてはチャネル電子移動度の改善はチャネル抵抗を下げる為に極めて重要である。このチャネル電子移動度の低さに起因する抵抗増加の問題を解決するデバイス構造として、特許文献1の公知例が考案されており、
図7にその構造断面図を示す。当該公知例はワイドバンドギャップ材料であるSiCドリフト層上にSi/SiC直接接合によりSi-MOSFETを積層する構造である。
【0019】
Si/SiC直接接合については非特許文献5に詳しく報告されている。そこでは当該接合についてAr照射を用いた表面活性化接合(以下、SAB)を施した後に、該接合に1000℃の熱アニールを加える事により接合部アモルファス層が修復され、PNヘテロ接合の整流特性を大幅に改善された実験結果が示されており、良好なPN接合が形成されている事がわかる。特許文献1の公知例では、該ヘテロ接合面15にトレンチ溝をP型Si領域を貫通させ、n-MOSトランジスタにし、ゲート23の一部はN型SiC領域をドリフト層に埋め込まれた構造となる事で、エネルギー損失の主原因となる抵抗成分の中で支配的であるチャネル抵抗を低減させる事を意図している。該構造では、ドレイン電流が流れる“オン状態”において、ヘテロ接合界面15に亘るトレンチ側面に正のゲートバイアスによる電界効果を及ぼし、P型Si13領域のエンハンスメント型n-MOSトランジスタに電子反転層チャネルを誘起させ、且つN型ドリフト層16内のデプレッション型n-MOSトランジスタに多数キャリヤである蓄積層電子を誘起させる事でMOSチャネルからドリフト層への電子輸送を大幅に促進させる効果をもたらす。
【0020】
ここで、Si基板13内に、それより高濃度の第二導電層ブロック層14が設けられている。Si基板13の膜厚は研磨やスマートカット法により薄膜化され、CMPによって表面を平坦化するが、ある一定程度の仕上がり厚さのバラツキを持つ。しかしトランジスタはリニア領域で動作するので、チャネル長は当該膜厚によって決定されるのでチャネル伝導率は当然バラツキを持つ。そこで当該ブロック層はMOSトランジスタのリニア領域で動作する”オン状態”においては、ブロック層の濃度が閾値を決定し、膜厚が実効チャネル長と見做す事ができる。従ってSi基板13の膜厚がバラついても一定の電流値を保つことができるので、Si/SiC積層基板の製造が容易になる。一方、当該ブロック層14はドレインが逆バイアスである”オフ状態”にあった時に、Si基板13内の電界をトレンチゲート23間のシリコン基板領域13を狭くした空間効果を用いた緩和を補う高濃度化により、アバランシェ降伏やソース10へのパンチスルーを防止する働きをする。この様子を公知例である特許文献1における
図12の電位分布図により示す。
図12ではゲート間Si基板領域幅が4.2μmと広いケースa)では電位勾配はSi中でも存在し、高い電界となっているが、当該幅をb)のように1.2μmと狭くすると電位勾配は後退する。しかし、狭チャネルによる空間効果だけでは電界緩和には限度がある為、c)のようにSi基板領域p型の濃度を高くしたブロック層を設けることで、電界は更に緩和される事が示されている。このような構造にする事でSi内でアバランシェ降伏を起こし、破壊を起こす事はなくなる。しかし、当該構造においてはトレンチ底部のゲート酸化膜25に対しては、過度な電界ストレスが加わった際に起きうる絶縁破壊への対策は講じられておらず、無防備と言わざるを得ない。
【0021】
本発明の実施例について以下に詳細に説明する。
図1は、本発明の実施例に係るMOSFETの断面構造図である。P型Si基板とN-型Ga2O3結晶41の上にエピタキシャル成長させたドリフト層39は互いに対向するように界面38で直接接合させる。ここで当該実施例においては“電流分離層”40がトレンチゲート34の底部に形成されているが、このような絶縁体領域である”電流分離層”40はGa2O3の比誘電率が等価なので約10と高。そこには空間電荷も存在しないので
図5のように電界が低く一定に抑えられ、ゲート酸化膜35の電界も抑えられる。しかし
図6に示すように仮にゲート電極34から基板方向に電子が注入されても即時に”電流分離層”内のバンドギャップ内準位に捕獲されエネルギーを失う。その結果、衝突イオン化は起こらず、酸化膜35に損傷を与える“アノード・ホール注入”現象は起こり得ない。
【0022】
本願発明においては、“電流分離層”40を局所的にトレンチゲート34下端に形成する構造の製造方法を以下に述べる。実施例に示したMOSFETの製造工程はSi基板36、及びGa2O3基板41上ドリフト層39を界面38で直接接合し一体化させる。非特許文献5ではSi/SiC接合についてAr照射を用いた表面活性化接合(以下、SAB)を施した後に、該接合に1000℃の熱アニールを加える事により接合部界面のアモルファス層が修復され、PNヘテロ接合の整流特性を大幅に改善された実験結果が報告されている。直接接合技術については、非特許文献4にあるようにSAB技術によりSiとGa2O3のような酸化物半導体の直接接合を可能にする。又、非特許文献8にはプラズマ活性化接合法のような水素結合を介した直接接合法も有効で、追加熱アニールを行うと界面を損傷させずに良好な接合が可能になる。Si基板36を
0.5μmから1.2μmまでの厚さまで研磨、若しくは水素イオン注入によるスマートカットで薄膜化した後、該Si側からトレンチ幅(800nm)の溝43を掘る。
図8に示す様にエッチングの深さについては該Si基板(厚さ:~1μm)を貫通し、該Ga2O3基板の一部(リセス溝:約800ナノメータ)まで削る。そのトレンチ溝の外に残されたメサ領域の幅は狭チャネル効果を起こすように1.5μm以下にすべきである。その後、
図9に示すようにCVD酸化膜35(50~100nm)を成膜させるが、CVD法で形成したゲート膜35は1000℃程度の酸素もしくはN2Oアニール等を施せば、ゲート酸化膜界面準位も低下し、酸化膜質も大幅に改善し、シリコン熱酸化膜と同等の品質とする事ができる。
【0023】
その後、
図10に示すように、トレンチをレジストもしくはハードマスクを介し垂直方向に窒素イオン注入42を行うが、そのドーズ量は1×1E12cm-2~1×1E14cm-2で複数の加速エネルギー40KeV~500KeVにより多重的に注入し、その後の加熱処理次第では最大~10KΩ/□の超高抵抗の絶縁体に近い”電流分離層”40がトレンチ底部のみに形成できる。その深さはトレンチ端の電流分離層の分布形状と窒素イオン注入の限界加速エネルギーにより決定されるので、0.2μm以上で、且つ0.8μm以下が望ましい。又、トレンチゲートコーナーで集中する電界を緩和させる為、イオン注入の打ち込み角度を垂直から左右双方向にそれぞれ5度から10度の傾斜をつけ、トレンチゲート底の角部が”電流分離層”40により0.1μm程度外側に囲まれるように位置する事が必要である。その後、
図11に示されるように多結晶Si34で該トレンチに埋込みゲート電極を形成する。最終的には
図1に示すようにトレンチゲート間の第二導電型Si基板36底部には第二導電型ブロック層37が絶縁膜と接するように形成されており、ソース領域32及び基板との電気的接合の為の第一導電型拡散層及び第二導電型拡散層、及び該第一導電型拡散層及び第二導電型拡散層に接する電極31が形成され、本願発明のトレンチ底部に“電流分離層”40を具備した、高耐圧トレンチ構造を実現するものである。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明により大電力、高効率、低損失のパワー半導体が実現し、社会インフラにおける総電力使用量の低減に貢献し、地球温暖化等の環境問題の改善にも資するものである。
【符号の説明】
【0025】
9 p+型基板コンタクト層
10 n+型ソース領域
11 ゲート引出電極
12 ソース電極
13 p型Siバルク層
14 p型ブロック層
15 Si/SiCヘテロ接合界面
16 n-型SiCドリフト層
17 n+型SiCドレイン層
18 ドレイン電極
19 被覆絶縁膜
22 トレンチ
23 トレンチゲート電極
25 ゲート酸化膜
30 n型ワイドバンドギャップ半導体基板
31 ソース電極
32 n+型ソース領域
33 被覆絶縁膜
34 トレンチゲート電極
35 ゲート酸化膜
36 p型Siバルク層
37 p型ブロック層
38 Si/Ga2O3ヘテロ接合界面
39 n-型Ga2O3ドリフト層
40 “電流分離層”
41 n+型Ga2O3ドレイン層
42 窒素イオン注入
43 トレンチ溝