(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-05
(45)【発行日】2024-09-13
(54)【発明の名称】ノロウイルス感染抑制剤、消毒剤及び洗浄剤
(51)【国際特許分類】
A01N 43/16 20060101AFI20240906BHJP
A01N 65/00 20090101ALI20240906BHJP
A01N 61/00 20060101ALI20240906BHJP
A01P 1/00 20060101ALI20240906BHJP
A01N 25/02 20060101ALI20240906BHJP
C11D 7/26 20060101ALI20240906BHJP
C11D 7/44 20060101ALI20240906BHJP
C11D 7/08 20060101ALI20240906BHJP
A01N 65/08 20090101ALI20240906BHJP
A01N 37/36 20060101ALI20240906BHJP
A01N 37/06 20060101ALI20240906BHJP
A01N 59/26 20060101ALI20240906BHJP
【FI】
A01N43/16 C
A01N65/00 Z
A01N61/00 D
A01P1/00
A01N25/02
C11D7/26
C11D7/44
C11D7/08
A01N65/08
A01N37/36
A01N37/06
A01N59/26
(21)【出願番号】P 2019084475
(22)【出願日】2019-04-25
【審査請求日】2022-04-21
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】397056042
【氏名又は名称】セッツ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【氏名又は名称】水谷 馨也
(72)【発明者】
【氏名】西谷 巧太
(72)【発明者】
【氏名】國武 広一郎
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 祥典
(72)【発明者】
【氏名】勢戸 祥介
【審査官】奥谷 暢子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-113373(JP,A)
【文献】特開2016-117693(JP,A)
【文献】特開2013-047196(JP,A)
【文献】特開2014-019659(JP,A)
【文献】特開2017-203021(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N
A01P
C11D
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロアントシアニジンを含むブドウ種子抽出物を0.005質量%以上5質量%以下、酸を0.06質量%以上、及び濃度が30質量%以上80質量%以下のエタノール水溶液を含み、
前記酸は、リンゴ酸、クエン酸、及びフマル酸、及びリン酸からなる群より選択される少なくとも1種を含み、
pHが
3.3~3.5の範囲である、ノロウイルス感染抑制剤(但し、ε-ポリリジンを含むものを除く。)。
【請求項2】
前記エタノール水溶液の濃度が40質量%以上80質量%以下である、請求項1に記載のノロウイルス感染抑制剤。
【請求項3】
前記プロアントシアニジンを含むブドウ種子抽出物を0.010質量%以上含む、請求項1又は2に記載のノロウイルス感染抑制剤。
【請求項4】
前記酸の含有率について、以下の計算式で算出される割合Yが100%以上である、請求項1~3のいずれか1項に記載のノロウイルス感染抑制剤。
Y(%)=X1(%)+X2(%)+X3(%)
X1:ノロウイルス感染抑制剤に含まれる酸がリンゴ酸単独である場合の規準最小含有率を0.2質量%とし、当該規準最小含有率に対する、ノロウイルス感染抑制剤に含まれるリンゴ酸の含有率(質量%)の割合をX1(%)とする。
X2:ノロウイルス感染抑制剤に含まれる酸がクエン酸単独、又はリン酸単独である場合の規準最小含有率を、それぞれ0.1質量%とし、当該規準最小含有率に対する、ノロウイルス感染抑制剤に含まれるクエン酸、及びリン酸の含有率(質量%)の合計割合をX2(%)とする。
X3:ノロウイルス感染抑制剤に含まれる酸がフマル酸単独である場合の規準最小含有率を0.06質量%とし、当該規準小含有率に対する、ノロウイルス感染抑制剤に含まれるフマル酸の含有率(質量%)の割合をX3(%)とする。
【請求項5】
請求項1~
4のいずれか1項に記載のノロウイルス感染抑制剤を含む、消毒剤。
【請求項6】
請求項1~
4のいずれか1項に記載のノロウイルス感染抑制剤を含む、洗浄剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ノロウイルス感染抑制剤、消毒剤及び洗浄剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ノロウイルスによる感染性胃腸炎や食中毒の発生が一年を通じて多発しており、特に11月から3月が発生のピークとなっている。ノロウイルスは、カリシウイルス科、ノロウイルス属に分類されるエンベローブを持たないRNAウイルスであり、アルコール(エタノール、イソプロパノール等)、逆性石鹸、熱、酸性(胃酸等)、乾燥等に対して強い抵抗力を有する。ノロウイルスの潜伏期間は1~2日であると考えられており、嘔気、嘔吐、下痢の主症状が出るが、腹痛、頭痛、発熱、悪寒、筋痛、咽頭痛、倦怠感等を伴うこともある。
【0003】
ノロウイルスの感染経路の一つとして経口感染が知られており、ノロウイルスに汚染された食物や水等を経口摂取することにより感染が成立する。そのため、飲食店、給食施設、工場など食品を調理加工する場においては、食物や水、設備等がノロウイルスに汚染されないようにすることが求められている。
【0004】
ノロウイルスは、10個から100個程度という少量を摂取することによっても発症するほど高い感染力を有する。そのため、ノロウイルスに対して直接的に作用し、ノロウイルスの感染能力を低下又は消失させる、ノロウイルス感染抑制剤が望まれる。
【0005】
厚生労働省によると、ノロウイルスを不活化するには、調理器具等に対して、85℃で1分間の加熱、200ppmの次亜塩素酸ナトリウムでの消毒を推奨している(非特許文献1参照)。しかしながら、加熱によるノロウイルスの不活性化には、対象物の耐熱性の問題があり、また、次亜塩素酸ナトリウムは強い金属腐食性を有するために使用が制限される場合がある。さらに、調理場など有機物汚れの多い場所では、次亜塩素酸ナトリウムが分解し、十分な効果の得られないことも想定される。
【0006】
さらに、次亜塩素酸ナトリウムは、皮膚や粘膜を侵す危険性があることから、人体への適用は難しく、さらに、酸と反応して有毒ガスが発生するなど、取り扱いや使用に際し注意が必要である。かかる状況下において、取り扱いが簡便で、次亜塩素酸ナトリウムが使用できない場合でも、十分な不活化効果を発揮し得るノロウイルス感染抑制剤が強く求められている。
【0007】
人体に対し安全にノロウイルス等を不活性化する方法として、食物由来のウイルス不活性化物質を使用する方法が検討されている。
【0008】
例えば特許文献1には、ブドウ種子抽出物のプロアントシアニジンを所定量含む殺ノロウイルス剤が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【非特許文献】
【0010】
【文献】厚生労働省ホームページ 「ノロウイルスに対するQ&A」;https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/kanren/yobou/040204-1.html#04
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1に記載された殺ノロウイルス剤は、ノロウイルスの不活性化作用が高く、人体に対して安全にノロウイルスを不活性化し得る。近年、ノロウイルスに対する感染抑制効果にさらに優れたノロウイルス感染抑制剤が求められている。
【0012】
このような状況下、本発明は、植物由来であり、ノロウイルスに対して優れた感染抑制効果を発揮するノロウイルス感染抑制剤を提供することを主な目的とする。また、本発明は、当該ノロウイルス感染抑制剤を用いた消毒剤及び洗浄剤を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記のような課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、プロアントシアニジンを含むブドウ種子抽出物を0.001質量%以上と、酸を0.06質量%以上とを配合したノロウイルス感染抑制剤は、ノロウイルスに対して優れた感染抑制効果を発揮することを見出した。当該ノロウイルス感染抑制剤は、植物由来であるブドウ種子抽出物を用いており、人体に対して安全である。本発明は、これらの知見に基づいて、さらに検討を重ねることにより完成したものである。
【0014】
すなわち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. プロアントシアニジンを含むブドウ種子抽出物を0.001質量%以上、酸を0.06質量%以上含む、ノロウイルス感染抑制剤。
項2. エタノール水溶液を含む、項1に記載のノロウイルス感染抑制剤。
項3. 前記酸は、リンゴ酸、クエン酸、及びフマル酸、乳酸、及びリン酸からなる群より選択される少なくとも1種である、項1又は2に記載のノロウイルス感染抑制剤。
項4. 前記酸の含有率について、以下の計算式で算出される割合Yが100%以上である、項1~3のいずれか1項に記載のノロウイルス感染抑制剤。
Y(%)=X1(%)+X2(%)+X3(%)
X1:ノロウイルス感染抑制剤に含まれる酸がリンゴ酸単独である場合の規準最小含有率を0.2質量%とし、当該規準最小含有率に対する、ノロウイルス感染抑制剤に含まれるリンゴ酸の含有率(質量%)の割合をX1(%)とする。
X2:ノロウイルス感染抑制剤に含まれる酸がクエン酸単独、乳酸単独、又はリン酸単独である場合の規準最小含有率を、それぞれ0.1質量%とし、当該規準最小含有率に対する、ノロウイルス感染抑制剤に含まれるクエン酸、乳酸、及びリン酸の含有率(質量%)の合計割合をX2(%)とする。
X3:ノロウイルス感染抑制剤に含まれる酸がフマル酸単独である場合の規準最小含有率を0.06質量%とし、当該規準小含有率に対する、ノロウイルス感染抑制剤に含まれるフマル酸の含有率(質量%)の割合をX3(%)とする。
項5. pHが2.0~10.0の範囲である、項1~4のいずれか1項に記載のノロウイルス感染抑制剤。
項6. 項1~5のいずれか1項に記載のノロウイルス感染抑制剤を含む、消毒剤。
項7. 項1~5のいずれか1項に記載のノロウイルス感染抑制剤を含む、洗浄剤。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、植物由来であり、ノロウイルスに対して優れた感染抑制効果を発揮するノロウイルス感染抑制剤を提供することができる。さらに、本発明によれば、当該ノロウイルス感染抑制剤を用いた消毒剤及び洗浄剤を提供することもできる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明のノロウイルス感染抑制剤、及びこれを用いた消毒剤、洗浄剤について、詳述する。なお、本明細書において、「~」で結ばれた数値は、「~」の前後の数値を下限値及び上限値として含む数値範囲を意味する。複数の下限値と複数の上限値が別個に記載されている場合、任意の下限値と上限値を選択し、「~」で結ぶことができるものとする。
【0017】
本発明のノロウイルス感染抑制剤は、プロアントシアニジンを含むブドウ種子抽出物を0.001質量%以上、酸を0.06質量%以上含むことを特徴としている。本発明のノロウイルス感染抑制剤は、プロアントシアニジンを含むブドウ種子抽出物を0.001質量%以上と、酸を0.06質量%以上とを含むことにより、ノロウイルスに対して優れた感染抑制効果を発揮する。
【0018】
本発明のノロウイルス感染抑制剤においては、プロアントシアニジンを含むブドウ種子抽出物が有効成分として含まれている。プロアントシアニジンを含むブドウ種子抽出物は、ブドウ由来であり、所定量の酸と共に、所定量配合されることによって、ノロウイルスに対して優れた感染抑制効果を発揮する。
【0019】
本発明のノロウイルス感染抑制剤は、有効成分がノロウイルスに直接作用し、そのカプシドタンパク質の構造に影響を与えること等により、ノロウイルスの感染能力を低下又は消失させる効果を発揮する。
【0020】
本発明のノロウイルス感染抑制剤は、ノロウイルス属に属するウイルスに対して感染能力低下又は消失させる作用を示し、その他のカリシウイルス科(Caliciviridae)ウイルス、ピコルナウイルス科(Picornaviridae)ウイルス、パルボウイルス科(Parvoviridae)ウイルス、パピローマウイルス科(Papillomaviridae)ウイルス、ポリオーマウイルス科(Polyomaviridae)ウイルス、アデノウイルス科(Adenoviridae)ウイルス等、ノロウイルス以外の非エンベロープウイルスに対しても良好な感染能力低下又は消失させる作用を示し得る。
【0021】
ノロウイルス感染抑制剤のノロウイルスに対する作用は、組み換えノロウイルスのウイルス様粒子(VLP)によって確認することができることが知られている。例えば、Sf9細胞中のバキュロウイルスベクターなどから細胞中のORF2によってコードされたノロウイルスカプシドタンパク質が組み換え型により発現すると、その結果、カプシドタンパク質がVLPへと自然に自己組織化することがある。また、例えばSf9細胞中のバキュロウイルスベクターなどから細胞中のORF1及びORF2によってコード化されたノロウイルスタンパク質が組み換え型により発現すると、その結果、カプシドタンパク質がVLPへと自然に自己組織化する。VLPは構造的にノロウイルスに類似しており抗原性は同様であるが、ウイルス性RNAゲノムが欠如し、したがって感染性ではない。このように、ノロウイルス感染抑制剤がノロウイルスに対して感染能力を低下又は消失させる作用は、ノロウイルス感染抑制剤の組み換えノロウイルスのウイルス様粒子(VLP)に対する作用によって確認することができる。
【0022】
ノロウイルスは、レセプターとしてヒト組織血液型抗原(HBGA)を認識することが見出されている。組織血液型抗原の中で、最もよく遭遇する血液型は、ABO(ABH)式およびルイス式であり、ノロウイルスはこれらの抗原に特異的に結合する。血液型のABH式、ルイス式、P式およびI式システムでの抗原形成に利用される生合成経路は、相互に関係がある。組織血液型抗原は、いくつかの細菌病原体およびウイルス病原体による感染と関連づけられている。このことから、組織血液型抗原が病原体にとっての認識ターゲットであって、抗原を発現し、抗原とのレセプター・リガンド結合を形成する細胞への侵入を促進しうることが示唆される。そのような相互作用の正確な性質は現在分かっていないが、抗原結合と共に起こる病原体の密接な関連は、感染過程での初期段階として病原体を細胞に繋ぎ止めることに役割を果たしうる。ヒト組織血液型抗原は、赤血球および粘膜上皮細胞上に、または血液、唾液、腸内容物および乳汁などの生体液中の遊離抗原として存在する、糖タンパク質または糖脂質に結合している複合糖質である。これらの抗原は、遺伝的にコントロールされ、ABO式型、ルイス式型、および分泌型遺伝子ファミリーとして知られているいくつかのグリコシルトランスフェラーゼによる抗原前駆体への単糖の連続付加によって合成される。
【0023】
以上の通り、ノロウイルスはレセプターとして細胞表面の組織血液型抗原に結合するが、この結合に着目することで、ノロウイルス感染抑制剤の効果測定を行うことができる。(Zhang XF et al. Bioorganic & Medicinal Chemistry.2012.20:1616-1623を参照)
【0024】
従って、本発明のノロウイルス感染抑制剤が有するノロウイルスの感染能力を低下又は消失させる効果は、具体的には、ノロウイルスとHBGAとの結合阻害効果ということができる。
【0025】
本発明のノロウイルス感染抑制剤のノロウイルスとHBGAとの結合阻害効果の具体的な評価は、以下のようにして行う。
【0026】
<ノロウイルス感染抑制剤効果測定としてのノロウイルス-HBGA結合阻害アッセイ>
ヒトだ液由来のHBGAでコーティングした96ウェルのマイクロタイタプレートを洗浄し、被検成分(ノロウイルス感染抑制剤)を含むサンプルで処理したノロウイルスVLP溶液を添加しHBGAと結合させる。プレートを洗浄し、ノロウイルスVLPに特異的なニワトリIgYを添加し、洗浄して、その後にホースラディッシュペルオキシダーゼ共役ヒツジ抗IgY抗体でインキュベートする。オルトフェニレンジアミン塩酸塩基質で呈色させ、1N硫酸で停止させる。呈色後は492nmで測定する。この方法ではHBGAとの結合能力を失ったノロウイルスVLPは、検出されない。よってネガティブコントロールとの比較により、被検成分(ノロウイルス感染抑制剤)による結合阻害効果を確認することができる。
【0027】
本発明のノロウイルス感染抑制剤において、ブドウ種子抽出物は、プロアントシアニジンを含むものであれば、特に制限されない。ブドウ種子抽出物は、ブドウ種子エキスであり、ブドウ種子の抽出物(特にポリフェノール画分を含む)である。本発明のノロウイルス感染抑制剤において、プロアントシアニジンは、ブドウ種子エキスとして好適に含有することができる。
【0028】
プロアントシアニジンは、フラバノール(カテキン、エピカテキンなど)の重合体(縮合型タンニン)である。天然に存在するプロアントシアニジンの大部分は、プロシアニジンである。より具体的には、ブドウ種子の抽出物に含まれるプロアントシアニジンは、主として下記式で表されるプロシアニジン少量体及びその没食子酸エステルである。なお、下記式において、nは、1~12程度(すなわち、2量体から13量体程度)であることが好ましい。また、13C-NMR分析により測定される平均重合度は7~9程度が好ましい。また、各重合度のプロアントシアニジンにつき、約1つの割合で没食子酸エステル構造を有していることが好ましい。
【0029】
【0030】
ブドウ種子の具体例としては、ヨーロッパブドウ(ヴィニフェラ種 Vitis vinifera)、アメリカブドウ(ラブルスカ種 Vitis labrusca)、アムールブドウ(アムレンシス種 Vitis amurensis)等、ブドウ科(Vitaceae)ブドウ属(Vitis)植物、マスカダイン(ロトゥンディフォリア種 Muscadinia rotundifolia)等のマスカダイン属植物などの種子が挙げられる。また、ブドウ種子抽出物は、ブドウ種子を、水溶性有機溶媒(例えばエタノールなど)または水溶性有機溶媒と水との混合液で、加熱還流させながら抽出するといった、特開平11-80148号公報に記載の方法等により調製することができる。
【0031】
ブドウ種子抽出物は、プロアントシアニジンを含むものであれば、白ブドウ、赤ブドウ、黒ブドウ等のいずれの品種のブドウの種子より抽出されたものを用いてもよく、たとえば、シャルドネ種、リースリング種、甲州種、ナイアガラ種、ネオ・マスカット種、巨峰種、デラウェア種、マスカットベリーA種、白羽種(リカチテリ種)、セレサ種、ミラトルガウ種等、ヴィニフェラ種、ヴィニフェラ系交雑種、非ヴィニフェラ系交雑種など種々の品種のブドウ種子から、有機溶媒抽出等の方法により得られたものが好ましく用いられる。プロアントシアニジンを含むブドウ種子抽出物としては、市販品も容易に入手か可能であり、例えば、キッコーマンバイオケミファ株式会社の商品名「グラヴィノールSE」(プロアントシアニジン含有率83質量%以上)、「グラヴィノールN」(プロアントシアニジン含有率38質量%以上)や、ベーガン通商株式会社の商品名「PPBHQ」(プロアントシアニジン含有率70質量%以上)などが例示される。
【0032】
ブドウ種子抽出物におけるプロアントシアニジンの含有率としては、特に制限されないが、好ましくは50質量%以上、より好ましくは60質量%以上、さらに好ましくは70質量%以上、さらに好ましくは80質量%以上が挙げられる。なお、ブドウ種子抽出物におけるプロアントシアニジンの含有率の上限は、例えば、95質量%程度である。
【0033】
本発明のノロウイルス感染抑制剤において、プロアントシアニジンを含むブドウ種子抽出物の含有率は、0.001質量%以上であればよいが、後述する所定量の酸と併用することによって、ノロウイルスに対してより優れた感染抑制効果を発揮する観点から、好ましくは0.005質量%以上、より好ましくは0.010質量%以上、特に好ましくは0.015質量%以上が挙げられる。また、本発明のノロウイルス感染抑制剤を溶液形態とした場合の溶解状態の安定性の観点からは、本発明のノロウイルス感染抑制剤におけるプロアントシアニジンを含むブドウ種子抽出物の含有率の上限としては、好ましくは5質量%以下、より好ましくは1質量%以下が挙げられる。
【0034】
本発明のノロウイルス感染抑制剤は、前記のブドウ種子抽出物0.001質量%以上に加えて、さらに、酸を0.06質量%以上含む。酸としては、特に制限されないが、リンゴ酸、クエン酸、及びフマル酸、乳酸などの有機酸、リン酸などの無機酸などが好ましい。酸の中でも、特に、リンゴ酸、クエン酸、及びフマル酸、乳酸、リン酸が好ましい。酸は、1種類のみを用いてもよいし、2種類以上を混合して用いてもよい。
【0035】
色調の安定性の観点から、本発明のノロウイルス感染抑制剤において、ブドウ種子抽出物の含有率の上限については、好ましくは1質量%程度である。
【0036】
本発明のノロウイルス感染抑制剤において、酸の含有率としては、0.06質量%以上であればよいが、ノロウイルスに対してより優れた感染抑制効果を発揮する観点から、リンゴ酸、クエン酸、及びフマル酸、乳酸、リン酸のうち少なくとも1種の酸を含む場合、酸の含有率は、以下の計算式で算出される割合Yが100%以上となる量であることが好ましい。
【0037】
Y(%)=X1(%)+X2(%)+X3(%)
【0038】
X1:ノロウイルス感染抑制剤に含まれる酸がリンゴ酸単独である場合の規準最小含有率を0.2質量%とし、当該規準最小含有率に対する、ノロウイルス感染抑制剤に含まれるリンゴ酸の含有率(質量%)の割合をX1(%)とする。
X2:ノロウイルス感染抑制剤に含まれる酸がクエン酸単独、乳酸単独、又はリン酸単独である場合の規準最小含有率を、それぞれ0.1質量%とし、当該規準最小含有率に対する、ノロウイルス感染抑制剤に含まれるクエン酸、乳酸、及びリン酸の含有率(質量%)の合計割合をX2(%)とする。
X3:ノロウイルス感染抑制剤に含まれる酸がフマル酸単独である場合の規準最小含有率を0.06質量%とし、当該規準小含有率に対する、ノロウイルス感染抑制剤に含まれるフマル酸の含有率(質量%)の割合をX3(%)とする。
【0039】
なお、前記X1において、「規準最小含有率」とは、ノロウイルス感染抑制剤に含まれる酸がリンゴ酸単独である場合に、ノロウイルス感染抑制剤がノロウイルスの不活性化効果を発揮するために好ましい酸の最小含有率を意味しており、本発明のノロウイルス感染抑制剤においては、酸としてリンゴ酸を単独で用いる場合には、酸の含有量は0.2質量%以上であることが好ましい。前記X2の「規準最小含有率」についても、ノロウイルス感染抑制剤に含まれる酸がクエン酸単独、乳酸単独、又はリン酸単独である場合において、それぞれ、ノロウイルス感染抑制剤がノロウイルスの不活性化効果を発揮するために好ましい酸の最小含有率を意味しており、本発明のノロウイルス感染抑制剤においては、酸としてクエン酸を単独、乳酸を単独、又はリン酸を単独で用いる場合には、酸の含有量は、それぞれ、0.1質量%以上であることが好ましい。前記X3において、「規準最小含有率」とは、ノロウイルス感染抑制剤に含まれる酸がフマル酸単独である場合に、ノロウイルス感染抑制剤がノロウイルスの不活性化効果を発揮するために好ましい酸の最小含有率を意味しており、本発明のノロウイルス感染抑制剤においては、酸としてフマル酸を単独で用いる場合には、酸の含有量は0.06質量%以上であることが好ましい。
【0040】
前記の割合Yは、好ましくは、100質量%以上、500質量%以上、800質量%以上、1000質量%以上などが挙げられる。なお、割合Yの上限としては、例えば、5000質量%程度、2000質量%程度、1500質量%程度などである。
【0041】
本発明のノロウイルス感染抑制剤が不活性化の対象とするノロウイルスは、好ましくは、ヒトノロウイルス(HNV)、ネコカリシウイルス(FCV)、及びマウスノロウイルス(MNV)の少なくとも1種である。
【0042】
本発明のノロウイルス感染抑制剤は、前記ブドウ種子抽出物及び酸に加えて、水及び極性有機溶媒の少なくとも一方をさらに含むことが好ましい。
【0043】
極性有機溶媒としては、本発明の効果を阻害しないものであれば、特に制限されないが、エタノール、イソプロパノール等の低級アルコールが好ましく、エタノールがより好ましい。また、本発明のノロウイルス感染抑制剤は、特にエタノール水溶液を含んでいることが好ましい。すなわち、本発明のノロウイルス感染抑制剤は、ブドウ種子抽出物及び酸が、それぞれ、前記所定の含有率となるようにして、エタノール水溶液含まれるものであることが特に好ましい。
【0044】
例えば、本発明のノロウイルス感染抑制剤を消毒剤や洗浄剤として用いる場合であれば、エタノール水溶液におけるエタノールの濃度は、下限については約30質量%以上、範囲としては約40質量%~約80質量%が最適である。
【0045】
ノロウイルスに対する不活性化作用を高める観点から、本発明のノロウイルス感染抑制剤のpHは、2.0~10.0の範囲であることが好ましく、2.5~7.0の範囲であることがより好ましい。
【0046】
本発明のノロウイルス感染抑制剤におけるpHの調整は、前記の酸の他、公知のpH調整剤や緩衝液により行うことができる。pH調整剤としては、酸の塩(例えば、塩酸、硝酸、硫酸、リン酸等の無機酸;酢酸、リンゴ酸、クエン酸、乳酸、フマル酸、コハク酸、酒石酸、グルコン酸、りん酸、安息香酸、アスコルビン酸、エリソルビン酸、ソルビン酸、アジピン酸、けい皮酸、イタコン酸、フェルラ酸、フィチン酸等の有機酸などの塩);水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属の水酸化物;炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム等の炭酸塩などを用いて行うこともできる。また、緩衝液としては、リン酸緩衝液、クエン酸リン酸緩衝液、乳酸緩衝液などが挙げられる。
【0047】
また、本発明のノロウイルス感染抑制剤には、添加剤が含まれていてもよい。添加剤としては、特に制限されず、公知の抗ウイルス剤で使用され得る添加剤を本発明でも使用することができる。添加剤としては、例えば、酸化防止剤、アミノ酸などが挙げられる。添加剤は、1種類のみを用いてもよいし、2種類以上を混合して用いてもよい。また、本発明のノロウイルス感染抑制剤に添加剤が含まれる場合、その濃度としては、本発明の効果を阻害しないことを限度として、特に制限されず、例えば0.001~4.0質量%程度が挙げられる。
【0048】
酸化防止剤としては、L-アスコルビン酸、L-アスコルビン酸パルミチン酸エステル、L-アスコルビン酸りん酸エステルマグネシウム塩、L-アスコルビン酸2-グルコシド、L-アスコルビン酸ナトリウム、D-アスコルビン酸、D-アスコルビン酸ナトリウム、L-システイン、N-アセチルL-システイン、シスチン、グルタチオン(酸化型)、グルタチオン(還元型)、L-エルゴチオネイン、チオクト酸、フェルラ酸、エデト酸塩、没食子酸プロピル、トコフェロール、ジブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソール、亜硫酸ナトリウム、亜硫酸カリウム、ピロ亜硫酸カリウム、二酸化硫黄、コーヒー豆抽出物(クロロゲン酸)、緑茶抽出物(カテキン)、ローズマリー抽出物、ヤマモモ抽出物、アムラ抽出物、酵母エキスなどが挙げられる。酸化防止剤が含まれることにより、本発明のノロウイルス感染抑制剤の酸化による着色を抑制することができる。
【0049】
アミノ酸としては、L-フェニルアラニン、L-メチオニン、L-イソロイシン、L-アラニン、DL-アラニン、L-セリン、L-システイン、L-アルギニン、L-リシン、L-バリン、L-グリシン、L-テアニン、L-トレオニン、L-プロリン、L-ヒスチジン、L-グルタミン、L-グルタミン酸、L-ロイシン、L-トリプトファン、L-オルニチン、L-シトルリン、L-チロシン、L-カルニチンおよびこれらの塩などが挙げられる。アミノ酸が含まれることにより、本発明のノロウイルス感染抑制剤のpH調整を行うことができ、また、酸化による着色を抑制することができる。
【0050】
本発明のノロウイルス感染抑制剤には、本発明の特徴を損なわない範囲で、アシクロビル等の一般的な抗ウイルス成分、フェノキシエタノール、グルコン酸クロルヘキシジン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、塩化セチルピリジニウム、塩酸アルキルジアミノエチルグリシン、イソプロピルメチルフェノール等の一般的な抗菌成分を含有させることもできる。
【0051】
また、一般細菌に対する除菌力を増強するため、グリセリン脂肪酸エステルを加えても、ノロウイルスに対する不活性化作用には影響しないため、問題はない。グリセリン脂肪酸エステルとしては、グリセリンモノカプリン酸エステル、グリセリンモノラウリン酸エステル、グリセリンモノミリスチン酸エステル、グリセリンモノパルミチン酸エステル、グリセリンモノステアリン酸エステル、グリセリンモノイソステアリン酸エステル、グリセリンモノオレイン酸エステル、グリセリンモノベヘン酸エステル等のグリセリンモノ脂肪酸エステル;グリセリンジステアリン酸エステル、グリセリンジイソステアリン酸エステル、グリセリンジオレイン酸エステル等のグリセリンジ脂肪酸エステル;酢酸モノグリセリド、クエン酸モノグリセリド、コハク酸モノグリセリド、ジアセチル酒石酸モノグリセリド、乳酸モノグリセリド等のモノグリセリド誘導体などが挙げられる。本発明においては、これらより1種または2種以上を選択して用いることができる。一般細菌に対する除菌力増強効果からは、グリセリンモノカプリル酸エステル、グリセリンモノカプリン酸エステル、グリセリンモノラウリン酸エステル等、炭素数8~12の脂肪酸のグリセリンモノ脂肪酸エステルを用いることが好ましい。
【0052】
さらに本発明のノロウイルス感染抑制剤には、ノロウイルスの不活性化や組成物の安定性等に影響を与えない範囲において、洗浄性や起泡性の付与を目的として、上記グリセリン脂肪酸エステル以外の界面活性剤を添加することができる。かかる界面活性剤としては、第1級~第3級の脂肪アミン塩、第4級アンモニウム塩、2-アルキル-1-アルキル-1-ヒドロキシエチルイミダゾリニウム塩等の陽イオン性界面活性剤;N,N-ジメチル-N-アルキル-N-カルボキシメチルアンモニウムベタイン等のアルキルベタイン型、N,N-ジアルキルアミノアルキレンカルボン酸等のアミノカルボン酸型、N,N,N-トリアルキル-N-スルホアルキレンアンモニウムベタイン等のアルキルスルホベタイン型、2-アルキル-1-ヒドロキシエチル-1-カルボキシメチルイミダゾリニウムベタイン等のイミダゾリン型両性界面活性剤などを用いることができる。また、増泡、製剤安定性の向上、着香等を目的として、アラビアゴム、カラギーナン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシセルロース、ポリアクリル酸ナトリウム等の水溶性高分子;エチレンジアミン四酢酸ナトリウム、トリポリリン酸、ヘキサメタリン酸塩等の金属イオン封鎖剤;塩化ナトリウム、塩化カリウム、硫酸ナトリウム等の無機塩;香料などを添加してもよい。
【0053】
本発明のノロウイルス感染抑制剤は、そのまま、または各種担体、他の界面活性剤、殺菌剤等の添加成分などを加えて、消毒剤または洗浄剤(殺菌洗浄剤)とすることができる。すなわち、本発明の消毒剤及び洗浄剤は、それぞれ、本発明のノロウイルス感染抑制剤を含む。
【0054】
本発明の消毒剤または洗浄剤は、液状、ゲル状、粉末状等の種々の形態で提供することができるが、短時間に広範囲の消毒対象物に作用させる上で、液状とすることが好ましい。液状の消毒剤または洗浄剤は、ローション剤、スプレー剤等として提供することができ、計量キャップ付きボトル、トリガータイプのスプレー容器、スクイズタイプもしくはディスペンサータイプのポンプスプレー容器等に充填し、散布または噴霧等して用いることができる。
【0055】
本発明の消毒剤または洗浄剤は、病室、居室、調理室、浴室、洗面所、トイレ等の施設内の消毒、殺菌洗浄、テーブル、椅子、寝具等の家具類、食器、調理器具、医療用品等の器具または機器、装置などの消毒、殺菌洗浄など、ノロウイルスが存在する可能性のある場所、またはノロウイルスに汚染されている可能性のある物の消毒、殺菌洗浄などに幅広く用いることができる。
【0056】
本発明の消毒剤または洗浄剤は、消毒対象物の表面がまんべんなく濡れる程度の量を用いればよい。また、消毒対象物に対する本発明の消毒剤または洗浄剤の作用時間は短時間でよく、例えば、1分間から1時間程度、好ましくは10分間から1時間程度で十分な消毒または殺菌洗浄効果を得ることができる。
【実施例】
【0057】
以下に、実施例及び比較例を示して本発明を詳細に説明する。なお、表1中の各成分の「%」は特に記載のない限り、%(w/v)を意味する。実施例及び比較例で使用した各成分の詳細は以下の通りである。
【0058】
・ブドウ種子抽出物A:キッコーマンバイオケミファ株式会社の商品名「グラヴィノールSE」(プロアントシアニジン含有率83質量%以上)
・ブドウ種子抽出物B:ベーガン通商株式会社の商品名「PPBHQ」(プロアントシアニジン含有率70質量%以上)
・クエン酸:扶桑化学工業株式会社 クエン酸(結晶)L
・フマル酸:扶桑化学工業株式会社 フマル酸
・リンゴ酸:扶桑化学工業株式会社 液体リンゴ酸
・リンゴ酸ナトリウム:DL-リンゴ酸ナトリウム
・乳酸:富士フイルム和光純薬株式会社 乳酸(DL-乳酸)
・リン酸:富士フイルム和光純薬株式会社 りん酸
【0059】
<実施例1~26及び比較例1~6>
それぞれ表1から表4に示す組成となるようにして、各成分をイオン交換水に添加、混合してノロウイルス感染抑制剤を調製した。なお、得られた各ノロウイルス感染抑制剤のpHを表1に示す。
【0060】
<ノロウイルスの不活性化評価>
前記の各ノロウイルス感染抑制剤を用い、前記の<ノロウイルス感染抑制剤効果測定としてのノロウイルス-HBGA結合阻害アッセイ>に記載の方法に基づいて、ノロウイルス感染抑制剤によるノロウイルスの不活性化を評価した。ネガティブコントロールは、ノロウイルス感染抑制剤の代わりにPBSを30分間作用させた場合とし、ネガティブコントロールに対する、ノロウイルス感染抑制剤の結合阻害率(%)を算出して評価した。評価基準は以下の通りである。結果を表1から表4に示す。
+++:結合阻害率70%以上(非常に高い結合阻害効果)
++:結合阻害率40~69%
+:結合阻害率40%未満(効果なし)
【0061】
【0062】
【0063】
【0064】