(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-05
(45)【発行日】2024-09-13
(54)【発明の名称】転がり軸受
(51)【国際特許分類】
C21D 9/40 20060101AFI20240906BHJP
F16C 33/32 20060101ALI20240906BHJP
F16C 33/64 20060101ALI20240906BHJP
F16C 33/34 20060101ALI20240906BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20240906BHJP
F16C 19/26 20060101ALI20240906BHJP
F16C 19/36 20060101ALI20240906BHJP
F16C 33/62 20060101ALI20240906BHJP
C21D 1/06 20060101ALN20240906BHJP
【FI】
C21D9/40 Z
F16C33/32
F16C33/64
F16C33/34
F16C19/06
F16C19/26
F16C19/36
F16C33/62
C21D9/40 A
C21D1/06 A
(21)【出願番号】P 2019175946
(22)【出願日】2019-09-26
【審査請求日】2022-08-26
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】川井 崇
(72)【発明者】
【氏名】大木 力
(72)【発明者】
【氏名】山田 昌弘
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-208401(JP,A)
【文献】特開2007-113027(JP,A)
【文献】特開2019-039044(JP,A)
【文献】特開2019-108576(JP,A)
【文献】特開2001-330101(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0328408(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 1/02- 1/84
C21D 9/00- 9/44, 9/50
C23C 8/00-12/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼で形成された内輪、外輪及び転動体を備え、前記内輪の内輪軌道面、前記外輪の外輪軌道面及び前記転動体の転動面の少なくともいずれかに焼き入れ硬化層を有する転がり軸受であって、
前記転がり軸受は、円錐ころ軸受、円筒ころ軸受又は深溝玉軸受であり、
前記焼き入れ硬化層は、複数のマルテンサイト結晶粒と、複数のオーステナイト結晶粒とを含み、
前記焼き入れ硬化層中における前記マルテンサイト結晶粒の総面積の比率は、70パーセント以上であり、
前記マルテンサイト結晶粒は、第1群と、第2群とに区分され、
前記第1群に属する前記マルテンサイト結晶粒の結晶粒径の最小値は、前記第2群に属する前記マルテンサイト結晶粒の最大値よりも大きく、
前記第1群に属する前記マルテンサイト結晶粒の総面積を前記マルテンサイト結晶粒の総面積で除した値は0.5以上であり、
前記第1群に属する結晶粒径が最も小さい前記マルテンサイト結晶粒を除いた前記第1群に属する前記マルテンサイト結晶粒の総面積を前記マルテンサイト結晶粒の総面積で除した値は0.5未満であり、
前記第1群に属する前記マルテンサイト結晶粒の平均粒径は0.97μm以下であり、
転がり面軸方向中央位置にある前記焼き入れ硬化層の表面において、前記焼き入れ硬化層の硬さは、670Hv以上であり、
前記転がり面軸方向中央位置にある前記焼き入れ硬化層の前記表面において、前記焼き入れ硬化層中の前記オーステナイト結晶粒の体積比率は、30パーセント以下であ
り、
前記第1群に属する前記マルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比は、2.57以下であり、
前記鋼は、JIS規格に定める高炭素クロム軸受鋼SUJ2である、転がり軸受。
【請求項2】
鋼で形成された内輪、外輪及び転動体を備え、前記内輪の内輪軌道面、前記外輪の外輪軌道面及び前記転動体の転動面の少なくともいずれかに焼き入れ硬化層を有する転がり軸受であって、
前記転がり軸受は、円錐ころ軸受、円筒ころ軸受又は深溝玉軸受であり、
前記焼き入れ硬化層は、複数のマルテンサイト結晶粒と、複数のオーステナイト結晶粒とを含み、
前記焼き入れ硬化層中における前記マルテンサイト結晶粒の総面積の比率は、70パーセント以上であり、
前記マルテンサイト結晶粒は、第3群と、第4群とに区分され、
前記第3群に属する前記マルテンサイト結晶粒の結晶粒径の最小値は、前記第4群に属する前記マルテンサイト結晶粒の最大値よりも大きく、
前記第3群に属する前記マルテンサイト結晶粒の総面積を前記マルテンサイト結晶粒の総面積で除した値は0.7以上であり、
前記第3群に属する結晶粒径が最も小さい前記マルテンサイト結晶粒を除いた前記第3群に属する前記マルテンサイト結晶粒の総面積を前記マルテンサイト結晶粒の総面積で除した値は0.7未満であり、
前記第3群に属する前記マルテンサイト結晶粒の平均粒径は0.75μm以下であり、
転がり面軸方向中央位置にある前記焼き入れ硬化層の表面において、前記焼き入れ硬化層の硬さは、670Hv以上であり、
前記転がり面軸方向中央位置にある前記焼き入れ硬化層の前記表面において、前記焼き入れ硬化層中の前記オーステナイト結晶粒の体積比率は、30パーセント以下であ
り、
前記第3群に属する前記マルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比は、2.45以下であり、
前記鋼は、JIS規格に定める高炭素クロム軸受鋼SUJ2である、転がり軸受。
【請求項3】
前記焼き入れ硬化層は、窒素を含有しており、
前記表面と前記表面からの距離が10μmとなる位置との間での前記焼き入れ硬化層の
平均窒素濃度は、0.05質量パーセント以上である、請求項1
又は請求項2に記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記表面と前記表面からの距離が10μmとなる位置との間での前記焼き入れ硬化層の平均炭素濃度は、0.5質量パーセント以上である、請求項1~請求項
3のいずれか1項に記載の転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受に関する。より特定的には、本発明は、円錐ころ軸受、円筒ころ軸受又は深溝玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受の転動疲労寿命は、特許文献1(特許第5592540号公報)に記載されているように、軸受部品の表面(内輪及び外輪の軌道面並びに転動体の転動面)に浸炭窒化を行うことにより改善される。また、転がり軸受の転動疲労寿命は、特許文献2(特許第3905430号公報)に記載されているように、軸受部品の表面において旧オーステナイト粒を微細化することにより改善される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第5592540号公報
【文献】特許第3905430号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
軸受部品に用いられる鋼に対しては、一般的に焼き入れが行われる。すなわち、軸受部品の表面には、マルテンサイト相を主要な構成組織とする焼き入れ硬化層が形成されている。しかしながら、マルテンサイト結晶粒の状態が軸受部品の転動疲労寿命にどのような影響を及ぼすのかについて、従来は知られていなかった。
【0005】
自動車用トランスミッションやデファレンシャルにおいては、燃費向上のために低粘度の潤滑油が適用されたり、ユニット内の潤滑油量が低減される傾向にあり、今後もこの傾向は続くと想定される。そのため、このような厳しい潤滑状態で使用される転がり軸受においては、焼き入れ硬化層の表層の材料マトリックスをより強固な組織で構成する必要がある。また、ユニットの小型化が進む中で、転がり軸受のサイズ(外径、幅)の縮小が強いられる一方、モータアシストやターボ機構付与等により高出力化傾向にあり、転がり軸受への負荷荷重(軸受動定格荷重に対する負荷荷重の割合)は増加する傾向にあるため、より一層、転がり軸受の長寿命化が求められている。さらに、今後、都市型カーシェアリング化が進み、自動車の使用頻度及び走行距離が増加する傾向にあるため、転がり軸受の長寿命化は、これまで以上に望まれている。
【0006】
転がり面軸方向中央位置にある転がり面(軌道面、転動面)には、最大接触面圧が加わる。そのため、転がり軸受を長寿命化させるためには、転がり面軸方向中央位置にある転がり面における焼き入れ硬化層の材料組織を改善することが、特に重要である。
【0007】
本発明は、上記のような従来技術の問題点に鑑みてなされたものである。より具体的には、本発明は、転動疲労寿命が改善された転がり軸受を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1態様に係る転がり軸受は、鋼で形成された内輪、外輪及び転動体を備えており、内輪の内輪軌道面、外輪の外輪軌道面及び転動体の転動面の少なくともいずれかに焼き入れ硬化層を有する円錐ころ軸受、円筒ころ軸受又は深溝玉軸受である。焼き入れ硬化層は、複数のマルテンサイト結晶粒と、複数のオーステナイト結晶粒とを含んでいる。焼き入れ硬化層中におけるマルテンサイト結晶粒の総面積の比率は、70パーセント以上である。マルテンサイト結晶粒は、第1群と、第2群とに区分されている。第1群に属するマルテンサイト結晶粒の結晶粒径の最小値は、第2群に属するマルテンサイト結晶粒の最大値よりも大きい。第1群に属するマルテンサイト結晶粒の総面積をマルテンサイト結晶粒の総面積で除した値は0.5以上である。第1群に属する結晶粒径が最も小さいマルテンサイト結晶粒を除いた第1群に属するマルテンサイト結晶粒の総面積をマルテンサイト結晶粒の総面積で除した値は0.5未満である。第1群に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径は0.97μm以下である。転がり面軸方向中央位置にある焼き入れ硬化層の表面において、焼き入れ硬化層の硬さは、670Hv以上である。転がり面軸方向中央位置にある焼き入れ硬化層の表面において、焼き入れ硬化層中のオーステナイト結晶粒の体積比率は、30パーセント以下である。
【0009】
本発明の第1態様に係る転がり軸受において、第1群に属するマルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比は、2.57以下であってもよい。
【0010】
本発明の第2態様に係る転がり軸受は、鋼で形成された内輪、外輪及び転動体を備えており、内輪の内輪軌道面、外輪の外輪軌道面及び転動体の転動面の少なくともいずれかに焼き入れ硬化層を有する円錐ころ軸受、円筒ころ軸受又は深溝玉軸受である。焼き入れ硬化層は、複数のマルテンサイト結晶粒と、複数のオーステナイト結晶粒とを含んでいる。焼き入れ硬化層中におけるマルテンサイト結晶粒の総面積の比率は、70パーセント以上である。マルテンサイト結晶粒は、第3群と、第4群とに区分されている。第3群に属するマルテンサイト結晶粒の結晶粒径の最小値は、第4群に属するマルテンサイト結晶粒の最大値よりも大きい。第3群に属するマルテンサイト結晶粒の総面積をマルテンサイト結晶粒の総面積で除した値は0.7以上である。第3群に属する結晶粒径が最も小さいマルテンサイト結晶粒を除いた第3群に属するマルテンサイト結晶粒の総面積をマルテンサイト結晶粒の総面積で除した値は0.7未満である。第3群に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径は0.75μm以下である。転がり面軸方向中央位置にある焼き入れ硬化層の表面において、焼き入れ硬化層の硬さは、670Hv以上である。転がり面軸方向中央位置にある焼き入れ硬化層の表面において、焼き入れ硬化層中のオーステナイト結晶粒の体積比率は、30パーセント以下である。
【0011】
本発明の第2態様に係る転がり軸受において、第3群に属するマルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比は、2.45以下であってもよい。
【0012】
本発明の第1態様及び第2態様に係る転がり軸受において、焼き入れ硬化層は、窒素を含有していてもよい。表面と表面からの距離が10μmとなる位置との間での焼き入れ硬化層の平均窒素濃度は、0.05質量パーセント以上であってもよい。
【0013】
本発明の第1態様及び第2態様に係る転がり軸受において、表面と表面からの距離が10μmとなる位置との間での焼き入れ硬化層の平均炭素濃度は、0.5質量パーセント以上であってもよい。
【0014】
本発明の第1態様及び第2態様に係る転がり軸受において、鋼は、JIS規格に定める高炭素クロム軸受鋼SUJ2であってもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の第1態様及び第2態様に係る転がり軸受によると、転動疲労寿命が改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図2】内輪軌道面10c近傍における内輪10の拡大断面図である。
【
図6】サンプル1の断面におけるEBSD画像である。
【
図7】サンプル2の断面におけるEBSD画像である。
【
図8】サンプル3の断面におけるEBSD画像である。
【
図9】マルテンサイト結晶粒の平均粒径と転動疲労寿命との関係が示されるグラフである。
【
図10】マルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比と転動疲労寿命との関係が示されるグラフである。
【
図11】最大接触面圧と圧痕深さとの関係が示されるグラフである。
【
図12】マルテンサイト結晶粒の平均粒径と静的負荷容量との関係が示されるグラフである。
【
図13】マルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比と静的負荷容量との関係が示されるグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
実施形態の詳細を、図面を参照しながら説明する。以下の図面においては、同一又は相当する部分に同一の参照符号を付し、重複する説明は繰り返さないものとする。
【0018】
(実施形態に係る転がり軸受の構成)
以下に、実施形態に係る転がり軸受(以下「転がり軸受100」とする)の構成を説明する。
【0019】
図1は、転がり軸受100の断面図である。
図1に示されるように、転がり軸受100は円錐ころ軸受である。転がり軸受100は、内輪10と、外輪20と、転動体30と、保持器40とを有している。
【0020】
内輪10は、リング状の形状を有している。内輪10は、内周面10aと、外周面10bとを有している。内周面10a及び外周面10bは、内輪10の周方向に沿って延在している。内周面10aは、内輪10の中心軸側を向いており、外周面10bは、内輪10の中心軸とは反対側を向いている。すなわち、外周面10bは、内輪10の径方向における内周面10aの反対面である。外周面10bは、内輪軌道面10cを含んでいる。内輪軌道面10cは、転動体30と接している。
【0021】
外輪20は、リング状の形状を有している。外輪20は、内周面20aと、外周面20bとを有している。内周面20a及び外周面20bは、外輪20の周方向に沿って延在している。内周面20aは、外輪20の中心軸側を向いており、外周面20bは、外輪20の中心軸とは反対側を向いている。すなわち、外周面20bは、外輪20の径方向における内周面20aの反対面である。内周面20aは、外輪軌道面20cを含んでいる。外輪軌道面20cは、転動体30と接している。外輪20は、内周面20aが外周面10bと対向するように、内輪10の外側に配置されている。
【0022】
転動体30は、円錐台形状を有している。すなわち、転動体30は、円錐ころである。転動体30は、外周面30aを有している。外周面30aは、転動体30の転動面になっている。転動体30は、外周面30aが内輪軌道面10c及び外輪軌道面20cに接するように、内輪10と外輪20との間に配置されている。
【0023】
内輪10、外輪20及び転動体30は、鋼により形成されている。この鋼は、例えば、JIS規格(JIS G 4805:2008)に定められる高炭素クロム軸受鋼SUJ2である。但し、内輪10、外輪20及び転動体30は、その他の鋼(JIS規格に定められる高炭素クロム軸受鋼SUJ3、ASTM規格に定められる52100、DIN規格に定められる100Cr6、GB規格に定められているGCr15)により形成されていてもよい。内輪10、外輪20及び転動体30は、それぞれ異なる鋼により形成されていてもよい。
【0024】
転がり軸受100の転がり面軸方向中央位置は、転動体30の中心軸に沿う方向における中央を通り、かつ当該中心軸に直交している仮想直線L(
図1中において、点線により示されている)が、内輪軌道面10c、外輪軌道面20c又は外周面30a(転動体30の
転動面)と交差している位置である。このことを別の観点からいえば、転がり面軸方向中央位置は、最大接触面圧が加わる転がり面(内輪軌道面10c、外輪軌道面20c及び外周面30a)上の位置である。
【0025】
保持器40は、保持器40の周方向において隣り合う2つの転動体30の間隔が一定範囲内となるように、転動体30を保持している。保持器40は、内輪10と外輪20との間に配置されている。
【0026】
図2は、内輪軌道面10c近傍における内輪10の拡大断面図である。
図2に示されるように、内輪10は、内輪軌道面10cにおいて、焼き入れ硬化層50を有している。焼き入れ硬化層50は、焼き入れを行うことにより硬化した層である。焼き入れ硬化層50は、複数のマルテンサイト結晶粒を含んでいる。
【0027】
第1のマルテンサイト結晶粒の結晶方位と第1のマルテンサイト結晶粒に隣接する第2のマルテンサイト結晶粒の結晶方位とのずれが15°以上である場合、第1のマルテンサイト結晶粒と第2のマルテンサイト結晶粒とは、異なるマルテンサイト結晶粒である。他方で、第1のマルテンサイト結晶粒の結晶方位と第1のマルテンサイト結晶粒に隣接する第2のマルテンサイト結晶粒の結晶方位とのずれが15°未満である場合、第1のマルテンサイト結晶粒と第2のマルテンサイト結晶粒とは、1つのマルテンサイト結晶粒を構成している。
【0028】
焼き入れ硬化層50は、マルテンサイト相が主要な構成組織となっている。より具体的には、焼き入れ硬化層50中におけるマルテンサイト結晶粒の総面積の比率は、70パーセント以上となっている。焼き入れ硬化層50中におけるマルテンサイト結晶粒の総面積の比率は、80パーセント以上であってもよい。
【0029】
焼き入れ硬化層50は、マルテンサイト結晶粒の他に、オーステナイト結晶粒、フェライト結晶粒及びセメンタイト(Fe3C)結晶粒を含んでいる。焼き入れ硬化層50中におけるオーステナイト結晶粒の体積比率は、30パーセント以下であることが好ましい。焼き入れ硬化層50中におけるオーステナイト結晶粒の体積比率は、20パーセント以下であることがさらに好ましい。
【0030】
なお、焼き入れ硬化層50中におけるオーステナイト結晶粒の体積比率は、X線回折法により測定される。より具体的には、焼き入れ硬化層50中におけるオーステナイト結晶粒の体積比率は、オーステナイト相のX線回折強度と焼き入れ硬化層50中に含まれるその他の相のX線回折強度との比に基づいて算出される。焼き入れ硬化層50中におけるオーステナイト結晶粒の体積比率は、転がり面軸方向中央位置にある焼き入れ硬化層50の表面(内輪軌道面10c)と当該表面から50μmの距離にある位置との間において測定される。
【0031】
マルテンサイト結晶粒は、第1群と、第2群とに区分される。第1群に属するマルテンサイト結晶粒の結晶粒径の最小値は、第2群に属するマルテンサイト結晶粒の最大値よりも大きい。
【0032】
第1群に属するマルテンサイト結晶粒の総面積をマルテンサイト結晶粒の総面積(第1群に属するマルテンサイト結晶粒の総面積と第2群に属するマルテンサイト結晶粒の総面積との和)で除した値は、0.5以上である。
【0033】
結晶粒径が最も小さい第1群に属するマルテンサイト結晶粒を除いた第1群に属するマルテンサイト結晶粒の総面積をマルテンサイト結晶粒の総面積で除した値は、0.5未満である。
【0034】
このことを別の観点からいえば、マルテンサイト結晶粒は、結晶粒径が大きいものから順に第1群に割り当てられる。第1群への割り当ては、それまでに第1群に割り当てられたマルテンサイト結晶粒の総面積がマルテンサイト結晶粒の総面積の0.5倍以上となった時点で終了する。そして、残余のマルテンサイト結晶粒は、第2群に割り当てられる。
【0035】
第1群に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径は、0.97μm以下である。好ましくは、第1群に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径は、0.90μm以下である。さらに好ましくは、第1群に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径は、0.85μm以下である。
【0036】
第1群に属するマルテンサイト結晶粒のアスペクト比は、2.57以下である。好ましくは、第1群に属するマルテンサイト結晶粒のアスペクト比は、2.50以下である。さらに好ましくは、第1群に属するマルテンサイト結晶粒のアスペクト比は、2.45以下である。
【0037】
マルテンサイト結晶粒は、第3群と、第4群とに区分されてもよい。第3群に属するマルテンサイト結晶粒の結晶粒径の最小値は、第4群に属するマルテンサイト結晶粒の最大値よりも大きい。
【0038】
第3群に属するマルテンサイト結晶粒の総面積をマルテンサイト結晶粒の総面積(第3群に属するマルテンサイト結晶粒の総面積と第4群に属するマルテンサイト結晶粒の総面積との和)で除した値は、0.7以上である。
【0039】
結晶粒径が最も小さい第3群に属するマルテンサイト結晶粒を除いた第3群に属するマルテンサイト結晶粒の総面積をマルテンサイト結晶粒の総面積で除した値は、0.7未満である。
【0040】
このことを別の観点からいえば、マルテンサイト結晶粒は、結晶粒径が大きいものから順に第3群に割り当てられる。第3群への割り当ては、それまでに第3群に割り当てられたマルテンサイト結晶粒の総面積がマルテンサイト結晶粒の総面積の0.7倍以上となった時点で終了する。そして、残余のマルテンサイト結晶粒は、第4群に割り当てられる。
【0041】
第3群に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径は、0.75μm以下である。好ましくは、第3群に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径は、0.70μm以下である。さらに好ましくは、第3群に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径は、0.65μm以下である。
【0042】
第3群に属するマルテンサイト結晶粒のアスペクト比は、2.45以下である。好ましくは、第3群に属するマルテンサイト結晶粒のアスペクト比は、2.40以下である。さらに好ましくは、第3群に属するマルテンサイト結晶粒のアスペクト比は、2.35以下である。
【0043】
第1群(第3群)に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径及び第1群(第3群)に属するマルテンサイト結晶粒のアスペクト比は、EBSD(Electron Backscattered Diffraction)法を用いて測定される。
【0044】
より詳細には、以下のとおりである。第1に、EBSD法に基づいて、焼き入れ硬化層50における断面画像が撮影される(以下においては、「EBSD画像」という)。EBSD画像は、十分な数(20個以上)のマルテンサイト結晶粒が含まれるように撮影される。EBSD画像に基づいて、隣接するマルテンサイト結晶粒の境界が特定される。第2に、特定されたマルテンサイト結晶粒の境界に基づいて、EBSD画像に表示されている各々のマルテンサイト結晶粒の面積及び形状が算出される。
【0045】
より具体的には、EBSD画像に表示されている各々のマルテンサイト結晶粒の面積をπ/4で除した値の平方根を計算することにより、EBSD画像に表示されている各々のマルテンサイト結晶粒の円相当径が算出される。
【0046】
上記のように算出された各々のマルテンサイト結晶粒の円相当径に基づいて、EBSD画像に表示されているマルテンサイト結晶粒のうち、第1群(第3群)に属するマルテンサイト結晶粒が決定される。EBSD画像に表示されているマルテンサイト結晶粒のうち第1群(第3群)に属するマルテンサイト結晶粒の総面積を、EBSD画像に表示されているマルテンサイト結晶粒の総面積で除した値は、第1群(第3群)に属するマルテンサイト結晶粒の総面積をマルテンサイト結晶粒の総面積により除した値とされる。
【0047】
上記のように算出された各々のマルテンサイト結晶粒の円相当径に基づいて、EBSD画像に表示されているマルテンサイト結晶粒は、第1群と第2群とに分類される(第3群と第4群とに分類される)。第1群(第3群)に分類されたEBSD画像に表示されているマルテンサイト結晶粒の円相当径の合計を第1群(第3群)に分類されたEBSD画像に表示されているマルテンサイト結晶粒の個数で除した値が、第1群(第3群)に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径とされる。
【0048】
EBSD画像に表示されている各々のマルテンサイト結晶粒の形状から、EBSD画像に表示されている各々のマルテンサイト結晶粒の形状を最小二乗法により楕円近似する。この最小二乗法による楕円近似は、S. Biggin and D. J. Dingley, Journal of Applied Crystallography, (1977)10, 376-378に記載の方法にしたがって行われる。この楕円形状において、長軸の寸法を短軸の寸法で除することにより、EBSD法画像に表示されている各々のマルテンサイト結晶粒のアスペクト比が算出される。第1群(第3群)に分類されたEBSD画像に表示されているマルテンサイト結晶粒のアスペクト比の合計を第1群(第3群)に分類されたEBSD画像に表示されているマルテンサイト結晶粒の個数で除した値が、第1群(第3群)に属するマルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比とされる。
【0049】
焼き入れ硬化層50は、窒素を含有している。焼き入れ硬化層50の表面(内輪軌道面10c)と当該表面から10μmの距離にある位置との間における焼き入れ硬化層50の平均窒素濃度は、例えば0.05質量パーセント以上である。好ましくは、この平均窒素濃度は、0.10質量パーセント以上である。さらに好ましくは、この平均窒素濃度は、0.20質量パーセント以下である。なお、この平均窒素濃度は、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)を用いて測定される。
【0050】
焼き入れ硬化層50の表面(内輪軌道面10c)と当該表面から10μmの距離にある位置との間における焼き入れ硬化層50の平均炭素濃度は、例えば0.5質量パーセント以上である。なお、この平均炭素濃度は、EPMAを用いて測定される。
【0051】
表面(内輪軌道面10c)における焼き入れ硬化層50の硬さは、670Hv以上である。この硬さは、730Hv以上であることが好ましい。なお、表面における焼き入れ硬化層50の硬さは、JIS規格(JJS Z 2244:2009)にしたがって測定される。表面における焼き入れ硬化層50の硬さは、マイクロビッカース硬度計により形成される圧痕が転がり面軸方向中央位置にある焼き入れ硬化層50の表面からはみ出さない範囲で、可能な限り当該表面の近くにおいて測定される。
【0052】
上記の例においては、焼き入れ硬化層50は、内輪軌道面10cに形成されているものとしたが、焼き入れ硬化層50は、外輪軌道面20c及び外周面30a(転動体30の転動面)にも形成されていてもよい。要するに、焼き入れ硬化層は、内輪軌道面10c、外輪軌道面20c及び転動体30の転動面の少なくともいずれかに形成されていればよい。
【0053】
<変形例>
以下に、第1変形例に係る転がり軸受(「転がり軸受200」とする)及び第2変形例に係る転がり軸受(「転がり軸受300」とする)の構成を説明する。ここでは、転がり軸受100の構成と異なる点を主に説明し、重複する説明は繰り返さないものとする。
【0054】
図3は、転がり軸受200の断面図である。
図3に示されるように、転がり軸受200は、内輪10と、外輪20と、転動体30と、保持器40とを有している。転がり軸受200は、円筒ころ軸受である。すなわち、転動体30は、外周面30aを有する円柱形状を有している。図示されていないが、転がり軸受200は、内輪軌道面10c、外輪軌道面20c及び転動体30の
転動面(外周面30a)の少なくともいずれかに形成された焼き入れ硬化層50を有している。このように、転がり軸受200は、軸受の種類が異なるものの、転がり軸受100と同様の構成を有している。
【0055】
図4は、転がり軸受300の断面図である。
図4に示されるように、転がり軸受300は、内輪10と、外輪20と、転動体30と、保持器40とを有している。転がり軸受300は、深溝玉軸受である。すなわち、転動体30は、表面30bを有する玉である。図示されていないが、転がり軸受300は、内輪軌道面10c、外輪軌道面20c及び転動体30の軌道面(外周面30a)の少なくともいずれかに形成された焼き入れ硬化層50を有している。このように、転がり軸受300は、軸受の種類が異なるものの、転がり軸受100と同様の構成を有している。
【0056】
なお、焼き入れ硬化層50が表面30bに形成される場合、焼き入れ硬化層50の表面におけるオーステナイト結晶粒の体積比率及び硬さは、転がり面軸方向中央位置において測定されなくてもよい。より具体的には、オーステナイト結晶粒の体積比率は、表面30bと当該位置から50μmの距離にある位置との間において測定されていれば、その測定位置に特に限定はない。焼き入れ硬化層50の硬さは、マイクロビッカース硬度計により形成される圧痕が表面30bからはみ出ささない範囲で、可能な限り表面30bの近くにおいて測定されていれば、その測定値に特に限定はない。これは、転がり軸受300においては、転動体30が球形であるからである。
【0057】
以下に、内輪10の製造方法を説明する。
【0058】
図5は、内輪10の製造方法を示す工程図である。
図5に示すように、内輪10の製造方法は、準備工程S1と、浸炭浸窒工程S2と、第1焼き戻し工程S3と、焼き入れ工程S4と、第2焼き戻し工程S5と、後処理工程S6を有している。
【0059】
準備工程S1においては、浸炭浸窒工程S2、第1焼き戻し工程S3、焼き入れ工程S4、第2焼き戻し工程S5及び後処理工程S6を経ることにより、内輪10となる円柱状の加工対象部材が準備される。準備工程S1においては、第1に、加工対象部材に対して熱間鍛造が行われる。準備工程S1においては、第2に、加工対象部材に対して、冷間鍛造が行われる。準備工程S1においては、第3に、切削加工が行われ、加工対象部材の形状が内輪10の形状に近づけられる。
【0060】
浸炭浸窒工程S2においては、第1に、加工対象部材を第1温度以上に加熱することにより、加工対象部材に対する浸炭浸窒処理が行われる。第1温度は、加工対象部材を構成する鋼のA1変態点以上の温度である。浸炭浸窒工程S2においては、第2に、加工対象部材に対する冷却が行われる。この冷却は、加工対象部材の温度がMs変態点以下となるように行われる。
【0061】
第1焼き戻し工程S3においては、加工対象部材に対する焼き戻しが行われる。第1焼き戻し工程S3は、加工対象部材を、第2温度において第1時間だけ保持することにより行われる。第2温度は、A1変態点未満の温度である。第2温度は、例えば160℃以上200℃以下である。第1時間は、例えば1時間以上4時間以下である。
【0062】
焼き入れ工程S4においては、加工対象部材に対する焼き入れが行われる。焼き入れ工程S4においては、第1に、加工対象部材が第3温度に加熱される。第3温度は、加工対象部材を構成する鋼のA1変態点以上の温度である。第3温度は、第1温度よりも低いことが好ましい。焼き入れ工程S4においては、第2に、加工対象部材に対する冷却が行われる。この冷却は、加工対象部材の温度がMs変態点以下となるように行われる。
【0063】
第2焼き戻し工程S5においては、加工対象部材に対する焼き戻しが行われる。第2焼き戻し工程S5は、加工対象部材を、第4温度において第2時間だけ保持することにより行われる。第4温度は、A1変態点未満の温度である。第4温度は、例えば160℃以上200℃以下である。第2時間は、例えば1時間以上4時間以下である。なお、焼き入れ工程S4及び第2焼き戻し工程S5は、複数回繰り返されてもよい。
【0064】
後処理工程S6においては、加工対象部材に対する後処理が行われる。後処理工程S6においては、例えば、加工対象部材の洗浄、加工対象部材の表面に対する研削、研磨等の機械加工等が行われる。以上により、内輪10の製造が行われる。
【0065】
外輪20及び転動体30の製造方法は、内輪10の製造方法と同様であるため、ここでは詳細な説明を省略している。
【0066】
(実施形態に係る転がり軸受の効果)
以下に、転がり軸受100の効果を説明する。
【0067】
材料の破壊を最弱リンクモデルで考えた場合には、強度が相対的に低い箇所、すなわち相対的に結晶粒径の大きいマルテンサイト結晶粒が、材料の破壊に大きな影響を与える。焼き入れ硬化層50中においては、第1群(第3群)に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径が0.97μm以下(0.75μm以下)となっている。そのため、転がり軸受100においては、相対的に結晶粒が大きい第1群(第3群)に属するマルテンサイト結晶粒であっても、結晶粒が微細化されているため、転動疲労強度及び静的負荷容量が改善される。
【0068】
マルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比が小さくなるほど、マルテンサイト結晶粒の形状は球形に近くなり、応力集中が生じにくくなる。そのため、第1群(第3群)に属するマルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比が2.57以下(2.45以下)である場合には、転動疲労強度及び静的負荷容量をさらに改善することができる。
【0069】
転がり軸受100においては、転がり面軸方向中央位置にある焼き入れ硬化層50の表面においてオーステナイト結晶粒の体積比率が30パーセント以下であることにより、焼き入れ硬化層50の当該表面における硬さの低下を抑制することができる(より具体的には、670Hv以上の硬さを維持することができる)。
【0070】
なお、転がり軸受200及び転がり軸受300は、軸受の種類を除いて転がり軸受100と同様の構成を有しているため、転がり軸受100と同様に、転動疲労寿命及び静的負荷容量が改善されることになる。
【0071】
以下に、転がり軸受100の効果を確認するために行った転動疲労試験及び静的負荷容量試験を説明する。
【0072】
<供試材>
転動疲労試験及び静的負荷容量試験には、サンプル1、サンプル2及びサンプル3が用いられた。サンプル1及びサンプル2は、SUJ2で構成された。サンプル3は、JIS規格(JIS G 4053:2016)に定めるクロムモリブデン鋼であるSCM435で構成された。
【0073】
サンプル1は、内輪10(外輪20、転動体30)と同様の熱処理が行われることによって準備された。より具体的には、サンプル1の準備においては、第1温度が850℃とされ、第2温度が180℃とされ、第3温度が810℃とされ、第4温度が180℃とされた。サンプル2及びサンプル3に対しては、焼き入れ工程S4及び第2焼き戻し工程S5が行われなかった。サンプル2の準備においては、第1温度が850℃とされ、第2温度が180℃とされた。サンプル3の準備においては、第1温度が930℃とされ、第2温度が170℃とされた。サンプル1~サンプル3に対する熱処理条件は、表1に示されている。
【0074】
【0075】
なお、サンプル1~サンプル3は、表面から50μmの距離にある位置においてオーステナイト結晶粒の総面積の比率が20パーセント以上30パーセント以下となっており、表面における窒素濃度が0.15質量パーセント以上0.20質量パーセント以下となっており、表面における硬さが730Hvとなっていた。
【0076】
サンプル1においては、第1群に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径が0.80μmとなっており、第1群に属するマルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比が2.41となっていた。また、サンプル1においては、第3群に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径が0.64μmとなっており、第3群に属するマルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比が2.32となっていた。
【0077】
サンプル2においては、第1群に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径が1.11μmとなっており、第1群に属するマルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比が3.00となっていた。また、サンプル2においては、第3群に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径が0.84μmとなっており、第3群に属するマルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比が2.77となっていた。
【0078】
サンプル3においては、第1群に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径が1.81μmとなっており、第1群に属するマルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比が3.38となっていた。また、サンプル2においては、第3群に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径が1.28μmとなっており、第3群に属するマルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比が3.04となっていた。
【0079】
サンプル1~サンプル3に対するマルテンサイト結晶粒の平均粒径及び平均アスペクト比の測定結果は、表2に示されている。
【0080】
【0081】
図6は、サンプル1の断面におけるEBSD画像である。
図7は、サンプル2の断面におけるEBSD画像である。
図8は、サンプル3の断面におけるEBSD画像である。
図6~
図8に示されるように、サンプル1においては、マルテンサイト結晶粒が、サンプル2及びサンプル3と比較して微細化していることが分かる。
【0082】
<転動疲労試験条件>
転動疲労試験においては、サンプル1及びサンプル3を用いて内輪、外輪及び円錐ころを準備し、これらを用いて円錐ころ軸受を作製した。転動疲労試験は、内輪の回転数が3000回/min、最大接触面圧が2.6GPaとの条件で行われた。転動疲労試験における潤滑は、タービン油であるVG56を用いた湯浴潤滑により行われた。このタービン油には、硬質ガスアトマイズ粉が0.2g/lの比率で混入された。転動疲労試験の試験条件は、表3に示されている。なお、転動疲労試験は、6個のサンプル1を用いて作製された円錐ころ軸受及び6個のサンプル3を用いて作製された円錐ころ軸受に対して行われた。
【0083】
【0084】
<静的負荷容量試験条件>
静的負荷容量試験においては、サンプル1~サンプル3を用いて平板状部材が作製された。静的負荷容量試験においては、鏡面仕上げがなされた平板状部材の面に窒化珪素製のセラミック球を押し付けて最大接触面圧と圧痕深さとの関係を得ることにより行われた。なお、静的負荷容量は、圧痕深さをセラミック球の直径で除した値が1/10000に達した際の(圧痕深さをセラミック球の直径で除し、さらに10000を乗じた値が1に達した際の)最大接触面圧により評価した。
【0085】
<転動疲労試験結果>
サンプル1を用いて準備した円錐ころ軸受においては、L50寿命(50パーセント破損寿命)が50.4時間であった。他方で、サンプル3を用いて準備した円錐ころ軸受においては、L50寿命が31.2時間であった。このように、サンプル1を用いて円錐ころ軸受を作製した場合、サンプル3を用いて円錐ころ軸受を作製した場合と比較して、転動疲労寿命が2倍以上に改善された。この試験結果は、表4に示されている。
【0086】
【0087】
図9は、マルテンサイト結晶粒の平均粒径と転動疲労寿命との関係が示されるグラフである。
図10は、マルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比と転動疲労寿命との関係が示されるグラフである。
図9においては、横軸がマルテンサイト結晶粒の平均粒径(単位:μm)となっており、縦軸が転動疲労寿命L
50(単位:時間)となっている。
図10においては、横軸がマルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比となっており、縦軸が転動疲労寿命L
50(単位:時間)となっている。
【0088】
図9及び
図10に示されるように、転動疲労寿命L
50は、第1群(第3群)に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径が小さくなるほど改善されており、第1群(第3群)に属するマルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比が小さくなるほど改善されていた。
【0089】
<静的負荷容量試験結果>
図11は、最大接触面圧と圧痕深さとの関係が示されるグラフである。
図11においては、横軸が最大接触面圧(単位:GPa)となっており、縦軸が圧痕深さ÷セラミック球の直径×10
4となっている。
図11に示されるように、サンプル1に対応する曲線は、サンプル2及びサンプル3に対応する曲線よりも、縦軸の値が1となる際の最大接触面圧の値が大きくなっていた。すなわち、サンプル1においては、静的負荷容量の値が、サンプル2及びサンプル3よりも大きくなっていた。
【0090】
図12は、マルテンサイト結晶粒の平均粒径と静的負荷容量との関係が示されるグラフである。
図13は、マルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比と静的負荷容量との関係が示されるグラフである。
図12においては、横軸がマルテンサイト結晶粒の平均粒径(単位:μm)となっており、縦軸が静的負荷容量(単位:GPa)となっている。
図13においては、横軸がマルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比となっており、縦軸が静的負荷容量(単位:GPa)となっている。
【0091】
図12及び
図13に示されるように、静的負荷容量は、第1群(第3群)に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径が小さくなるほど改善されており、第1群(第3群)に属するマルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比が小さくなるほど改善されていた。
図9及び
図10に示される結果と併せ考えると、第1群(第3群)に属するマルテンサイト結晶粒の平均粒径が0.97μm以下(0.75μm以下)であり、かつ、第1群(第3群)に属するマルテンサイト結晶粒の平均アスペクト比が2.57以下(2.45以下)である場合には、従来の転動疲労寿命L
50(すなわち、サンプル3の転動疲労寿命L
50)の1.5倍以上の転動疲労寿命L
50を達成することができるとともに、5.3GPa以上の静的負荷容量を達成することができる。
【0092】
このような試験結果から、焼き入れ硬化層50を有することにより、転がり軸受100の転動疲労強度及び静的負荷容量が改善されることが、実験的にも示された。
【0093】
以上のように本発明の実施形態について説明を行ったが、上述の実施形態を様々に変形することも可能である。また、本発明の範囲は、上述の実施形態に限定されるものではない。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更を含むことが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0094】
上記の実施形態は、円錐ころ軸受、円筒ころ軸受及び深溝玉軸受に特に有利に適用される。
【符号の説明】
【0095】
10 内輪、10a 内周面、10b 外周面、10c 内輪軌道面、20 外輪、20a 内周面、20b 外周面、20c 外輪軌道面、30 転動体、30a 外周面、30b 表面、40 保持器、50 焼き入れ硬化層、100,200,300 転がり軸受、L 仮想直線、S1 準備工程、S2 浸炭浸窒工程、S3 第1焼き戻し工程、S4 焼き入れ工程、S5 第2焼き戻し工程、S6 後処理工程。