IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金ステンレス株式会社の特許一覧

特許7550587フェライト系ステンレス鋼板の成形方法及びフェライト系ステンレス鋼板
<>
  • 特許-フェライト系ステンレス鋼板の成形方法及びフェライト系ステンレス鋼板 図1
  • 特許-フェライト系ステンレス鋼板の成形方法及びフェライト系ステンレス鋼板 図2
  • 特許-フェライト系ステンレス鋼板の成形方法及びフェライト系ステンレス鋼板 図3
  • 特許-フェライト系ステンレス鋼板の成形方法及びフェライト系ステンレス鋼板 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-05
(45)【発行日】2024-09-13
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼板の成形方法及びフェライト系ステンレス鋼板
(51)【国際特許分類】
   B21D 22/20 20060101AFI20240906BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240906BHJP
   C22C 38/28 20060101ALI20240906BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20240906BHJP
   C21D 9/48 20060101ALN20240906BHJP
【FI】
B21D22/20 E
C22C38/00 302Z
C22C38/28
C22C38/54
C21D9/48 R
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020163113
(22)【出願日】2020-09-29
(65)【公開番号】P2022125373
(43)【公開日】2022-08-29
【審査請求日】2023-05-29
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】石丸 詠一朗
(72)【発明者】
【氏名】櫻庭 拓也
(72)【発明者】
【氏名】西村 基
【審査官】山下 浩平
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/169377(WO,A1)
【文献】特開2009-090318(JP,A)
【文献】特開2010-131611(JP,A)
【文献】特開2011-125882(JP,A)
【文献】特開2004-083972(JP,A)
【文献】特開2019-173117(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21D 22/00 - 26/14
C22C 38/00、33/18、38/28、38/54
C21D 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
パンチとダイを用いたプレス成形によりフェライト系ステンレス鋼板を目標成形深さまで角筒絞り成形する成形方法であって、
前記フェライト系ステンレス鋼板が、質量%で、C:0.0200%以下、Si:0.70%以下、Mn:1.00%以下、P:0.030%以下、S:0.005%以下、Cr:11.0~19.5%、N:0.020%以下、Al:0.005~0.100%、O:0.0050%以下、Ti:0.03~0.20%、Nb:0.010~0.300%、Sn:0.001~0.300%、Zr:0.001~0.080%、を含有し、残部が鉄および不純物からなり、下記式(1)を満足する成分組成を有し、かつ、板厚が1.0mm以下であり、
成形開始位置から前記目標成形深さの1/4位置までの前記パンチと前記ダイの平均相対速度Vを、150mm/min以下とし、
前記目標成形深さの1/4位置から4/5位置までの前記パンチと前記ダイの平均相対速度Vを、前記平均相対速度V超、250mm/min以下とし、
前記目標成形深さの4/5位置から前記目標成形深さまでの前記パンチと前記ダイの最大の相対速度Vを、120mm/min以下とする、フェライト系ステンレス鋼板の成形方法。
(Al×0.4+Zr×0.5+Ti×0.1)/O≧12 …(1)
ただし、式(1)における元素記号はそれぞれ、前記フェライト系ステンレス鋼板における各元素の含有量(質量%)である。
【請求項2】
前記平均相対速度Vを50~150mm/minとする、請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼板の成形方法。
【請求項3】
前記フェライト系ステンレス鋼板が、Feの一部に代えて、質量%で、Mo:0.05~0.50%、Ni:0.05~0.50%、Cu:0.01~1.00%の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載のフェライト系ステンレス鋼板の成形方法。
【請求項4】
前記フェライト系ステンレス鋼板が、Feの一部に代えて、質量%で、B:0.0003~0.0050%、Ga:0.0001~0.2%、W:0.001~0.300%の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼板の成形方法。
【請求項5】
前記フェライト系ステンレス鋼板の平均ランクフォード値が1.7以上であり、ランクフォード値の面内異方性(Δr)が0.7以下であることを特徴とする請求項1乃至請求項4の何れか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼板の成形方法。
【請求項6】
質量%で、C:0.0200%以下、Si:0.70%以下、Mn:1.00%以下、P:0.030%以下、S:0.005%以下、Cr:11.0~19.5%、N:0.020%以下、Al:0.005~0.100%、O:0.0050%以下、Ti:0.03~0.20%、Nb:0.010~0.300%、Sn:0.001~0.300%、Zr:0.001~0.080%、を含有し、残部が鉄および不純物からなり、下記式(2)を満足する成分組成を有することを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板。
(Al×0.4+Zr×0.5+Ti×0.1)/O≧12 …(2)
ただし、式(2)における元素記号はそれぞれ、前記フェライト系ステンレス鋼板における各元素の含有量(質量%)である。
【請求項7】
Feの一部に代えて、質量%で、Mo:0.05~0.50%、Ni:0.05~0.50%、Cu:0.01~1.00%の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項6に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項8】
Feの一部に代えて、質量%で、B:0.0003~0.0050%、Ga:0.0001~0.2%、W:0.001~0.300%の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項6または請求項7に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項9】
平均ランクフォード値が1.7以上であり、ランクフォード値の面内異方性(Δr)が0.7以下であることを特徴とする請求項6乃至請求項8の何れか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼板の成形方法及びフェライト系ステンレス鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
フェライト系ステンレス鋼板は、家電製品、厨房機器、電子機器など幅広い分野で使用されているが、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて成形性に劣るため、用途が限定される場合があった。しかし、近年では、精錬技術の向上により、フェライト系ステンレス鋼の極低炭素化及び極低窒素化が可能となり、更に、Ti、Nb等の元素を加えることで、フェライト系ステンレス鋼の成形性と耐食性を高める試みが行われている。この他にも、特許文献1~3などのように、成分組成や製造方法を制御することでフェライト系ステンレス鋼の成形性を改善する試みが行われてきた。
【0003】
これら従来の改善技術で成形性が向上したことにより、広範囲の用途でフェライト系ステンレス鋼が使用されるようになっているが、近年は最終製品への軽量化要請が更に増してきていることにより、更なる改良を求められつつある。つまり、最終製品として軽量化するために、従来よりも薄い板厚でより高い成形性が得られるフェライト系ステンレス鋼が求められているのである。また、成形性の中でも特に平坦部や製品の深さを得やすくなり、意匠性が出しやすくなる張出し性の改善が求められている。
【0004】
張出し加工は、材料を金型内に流入させずパンチに接触した部分の伸び変形を主とした塑性変形で成形させる加工方法である。その変形領域は、ダイ肩部からパンチ頭部にかけての領域となる。金型を用いた角筒成形加工の場合、一般的にはパンチ肩部周辺で材料とパンチの接触荷重が最大となり材料の移動が拘束されるため、パンチ肩部とダイ肩部の間で変形が集中し板厚減少が最も大きくなる。そしてこの部分でくびれが発生したときに破断する。
【0005】
この張出し成形によって成形された部材が特に必要とされる用途として、家電や厨房の外装パネルがある。従来、こうした外装パネルには、普通鋼に塗装を施した材料を用いていたが、塗装が浮いたところや端部から錆びが発生してしまう問題があること、その一方でステンレス鋼の成形性の向上や、外観の高級感が得られるクリヤ塗装による意匠性の向上などの理由により、近年では外装パネルの素材にステンレス鋼が多く用いられている。特に、外装パネルは、製品の外観を構成するものとなるので、寸法精度の向上が求められる。そのため、張出し成形を用いるような加工が多くなされている。
【0006】
また、上述したように家電製品、厨房機器などの製品では、軽量化が求められており、外装パネルにも軽量化が強く求められてきている。この軽量化は、従来よりも更に薄い0.4mm~0.8mm未満の板厚のステンレス鋼板を適用することで達成できると考えられている。しかし、このような板厚で所定の張出し加工性を満たすことのできるフェライト系ステンレス鋼板は、上述の特許文献1~3を含め、存在しなかった。
【0007】
特許文献4には、所定の化学成分を有し、板厚が0.4~0.8mmであり、成形速度が3~10mm/minであり、エリクセン試験を行った場合の張出高さが10mm以上になる外装パネル用フェライトステンレス鋼板が記載されている。しかし、特許文献4では、成形速度が10mm/min以下に制限されており、成形品における成形所要時間に一定の制限がある。そこで、更なる成形品の生産性の向上が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開昭57-198248号公報
【文献】特開昭58-61258号公報
【文献】特開2004-217996号公報
【文献】特許第6050701号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、角筒成形品の生産に優れたフェライト系ステンレス鋼板の成形方法及び角筒成形に好適なフェライト系ステンレス鋼板を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明は下記の構成を有する。
[1] パンチとダイを用いたプレス成形によりフェライト系ステンレス鋼板を目標成形深さまで角筒絞り成形する成形方法であって、
前記フェライト系ステンレス鋼板が、質量%で、C:0.0200%以下、Si:0.70%以下、Mn:1.00%以下、P:0.030%以下、S:0.005%以下、Cr:11.0~19.5%、N:0.020%以下、Al:0.005~0.100%、O:0.0050%以下、Ti:0.03~0.20%、Nb:0.010~0.300%、Sn:0.001~0.300%、Zr:0.001~0.080%、を含有し、残部が鉄および不純物からなり、下記式(1)を満足する成分組成を有し、かつ、板厚が1.0mm以下であり、
成形開始位置から前記目標成形深さの1/4位置までの前記パンチと前記ダイの平均相対速度Vを、150mm/min以下とし、
前記目標成形深さの1/4位置から4/5位置までの前記パンチと前記ダイの平均相対速度Vを、前記平均相対速度V超、250mm/min以下とし、
前記目標成形深さの4/5位置から前記目標成形深さまでの前記パンチと前記ダイの最大の相対速度Vを、120mm/min以下とする、フェライト系ステンレス鋼板の成形方法。
(Al×0.4+Zr×0.5+Ti×0.1)/O≧12 …(1)
ただし、式(1)における元素記号はそれぞれ、前記フェライト系ステンレス鋼板における各元素の含有量(質量%)である。
[2] 前記平均相対速度Vを50~150mm/minとする、[1]に記載のフェライト系ステンレス鋼板の成形方法。
[3] 前記フェライト系ステンレス鋼板が、Feの一部に代えて、質量%で、Mo:0.05~0.50%、Ni:0.05~0.50%、Cu:0.01~1.00%の1種または2種以上を含有することを特徴とする[1]または[2]に記載のフェライト系ステンレス鋼板の成形方法。
[4] 前記フェライト系ステンレス鋼板が、Feの一部に代えて、質量%で、B:0.0003~0.0050%、Ga:0.0001~0.2%、W:0.001~0.300%の1種または2種以上を含有することを特徴とする[1]乃至[3]の何れか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼板の成形方法。
[5] 前記フェライト系ステンレス鋼板の平均ランクフォード値が1.7以上であり、ランクフォード値の面内異方性(Δr)が0.7以下であることを特徴とする[1]乃至[4]の何れか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼板の成形方法。
[6] 質量%で、C:0.0200%以下、Si:0.70%以下、Mn:1.00%以下、P:0.030%以下、S:0.005%以下、Cr:11.0~19.5%、N:0.020%以下、Al:0.005~0.100%、O:0.0050%以下、Ti:0.03~0.20%、Nb:0.010~0.300%、Sn:0.001~0.300%、Zr:0.001~0.080%、を含有し、残部が鉄および不純物からなり、下記式(2)を満足する成分組成を有することを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板。
(Al×0.4+Zr×0.5+Ti×0.1)/O≧12 …(2)
ただし、式(2)における元素記号はそれぞれ、前記フェライト系ステンレス鋼板における各元素の含有量(質量%)である。
[7] Feの一部に代えて、質量%で、Mo:0.05~0.50%、Ni:0.05~0.50%、Cu:0.01~1.00%の1種または2種以上を含有することを特徴とする[6]に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
[8] Feの一部に代えて、質量%で、B:0.0003~0.0050%、Ga:0.0001~0.2%、W:0.001~0.300%の1種または2種以上を含有することを特徴とする[6]または[7]に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
[9] 平均ランクフォード値が1.7以上であり、ランクフォード値の面内異方性(Δr)が0.7以下であることを特徴とする[6]乃至[8]の何れか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、角筒成形品の生産に優れたフェライト系ステンレス鋼板の成形方法及び角筒成形に好適なフェライト系ステンレス鋼板を提供できる。特に、本発明によれば、家電製品や厨房機器の軽量化のための部品として必要とされる肉厚が薄い成形品を製造する際に、良好な外観を有するフェライト系ステンレス鋼板をブランクとして使用でき、成形加工の生産性に優れ、かつ良好な張出し性を発揮できるので、寸法精度や意匠性を満足する成形品を得ることが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、本発明による成形時間短縮の効果を示す図である。
図2】本発明の実施形態である成形方法を説明する工程図。
図3】本発明の実施形態である成形方法を説明する工程図。
図4】本発明の実施形態である成形方法を説明するグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
一般にオーステナイト系ステンレス鋼板に比べて成形性が低いと言われるフェライト系ステンレス鋼板について、これを角筒成形する際の生産性を向上させ、割れや成形不良を生じさせずに意匠性に優れた成形品を得るために、本発明者らが鋭意検討した。
【0014】
一般に、成形対象の鋼板の降伏比が低いほど加工性が向上する。降伏比とは、降伏応力と引張強さの比率であり、降伏比が低くなるほど、一様伸び領域が得られる荷重の幅が大きくなり、塑性加工しやすくなる。その一方で、角筒成形のような、深絞りと張り出し変形が複合する成形の場合には、成形時の鋼板の板厚分布が大きくなり、板厚減少が促進され、内在する介在物を起点に割れが発生しやすくなる。そこで本発明者らは、上記課題を解決するため、フェライト系ステンレス鋼に含有させる各元素の種類及び含有量と、角筒成形性との関係を調査した。角筒成形は、絞り変形と張り出し変形が共存する難易度の高い成形様式であり、応力集中部の板厚減少を抑制することが成形性の向上に有効である。板厚減少が生じれば加工硬化をともない加工性が低下する。成形加工において割れが発生した成形品の破面を詳細に観察すると、Al酸化物やTiNが多数確認された。これらAl酸化物やTiNが割れを促進すると考え、Al酸化物の偏在とTiNの成長を抑制することを可能とする鋼成分を検討した。そして、特定の鋼成分を有する鋼板を角筒成形のブランクに適用することで、生産性を低下させずに寸法精度と意匠性を満足する角筒成形性が可能になることを見出した。
【0015】
また、本発明者らは質量%で、0.007C-0.26Si-0.19Mn-16.7Cr-0.26Nb-0.09Ti-0.26Sn-0.004Zr-0.053Al-0.0007Oを組成とし、板厚0.8mmのフェライト系ステンレス鋼板を用い、種々のプレス機での適用を想定した加工条件と張出し性との関係について調査した。具体的には、成形開始位置から最終成形深さ位置までの金型のストローク区間を3分割し、各分割領域毎に成形速度を変化させた場合の張出し性への影響を調査した。結果を表1A、表1B及び表1Cに示す。
【0016】
【表1A】
【0017】
【表1B】
【0018】
【表1C】
【0019】
表1Aは、金型のストローク区間を3つに分割したうちの最初の分割区間において、成形速度を変化させた場合の割れの発生の有無を調査した結果である。
また、表1Bは、金型のストローク区間を3つに分割したうちの最初の分割区間を、成形開始位置から最終成形深さの1/4位置までとし、この区間の成形速度を150mm/minとした場合の、2番目の分割区間において、成形速度を変化させた場合の割れの発生の有無を調査した結果である。
更に、表1Cは、金型のストローク区間を3つに分割したうちの最初の分割区間を、成形開始位置から最終成形深さの1/4位置までとし、成形速度を150mm/minとし、2番目の分割区間を最終成形深さの1/4~4/5位置とし、成形速度を250mm/minとした場合の、3番目の(最後の)分割区間において、成形速度を変化させた場合の割れの発生の有無を調査した結果である。
【0020】
表1A~表1Cに示すように、成形速度を増加すると形状不良や割れが生じる傾向が明確に示されている。また、表1A~表1Cに示すように、各分割区間毎に成形速度を最適化することで、従来の成形速度よりも高い成形速度での成形が可能となり、短時間での成形が可能となることを見出した。
【0021】
図1には、本発明の鋼成分を有し、板厚が0.6mmのフェライト系ステンレス鋼板に対して、目標成形深さを50mmとして角筒成形を行った際に、成形速度を80mm/minの一定速度とした場合と、ストローク区間を3分割して各分割区間毎に成形速度を最適化させた場合の所要時間を示している。後者の場合は、前者の場合に比べて、成形に必要な所要時間が半減しており、成形性を維持したまま時間短縮が可能になることが明らかになった。なお、ストローク区間を3分割した場合の成形速度は、1工程目(成形開始位置~最終成形深さの1/4)を150mm/min、2工程目(最終成形深さの1/4~4/5)を250mm/min、3工程目(最終成形深さの4/5~最終成形深さ位置)を120mm/minとした。
【0022】
本発明は、以上の知見によりなされたものである。以下、本発明の実施形態であるフェライト系ステンレス鋼板の成形方法及び角筒成形に好適なフェライト系ステンレス鋼板について説明する。
【0023】
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板の成形方法は、パンチとダイを用いたプレス成形によりフェライト系ステンレス鋼板を目標成形深さまで角筒絞り成形する成形方法であって、フェライト系ステンレス鋼板が、質量%で、C:0.0200%以下、Si:0.70%以下、Mn:1.00%以下、P:0.030%以下、S:0.005%以下、Cr:11.0~19.5%、N:0.020%以下、Al:0.005~0.100%、O:0.0050%以下、Ti:0.03~0.20%、Nb:0.010~0.300%、Sn:0.001~0.300%、Zr:0.001~0.080%、を含有し、残部が鉄および不純物からなり、下記式(1)を満足する成分組成を有し、かつ、板厚が1.0mm以下であり、成形開始位置から目標成形深さの1/4位置までの前記パンチとダイの平均相対速度Vを、150mm/min以下とし、目標成形深さの1/4位置から4/5位置までのパンチとダイの平均相対速度Vを、平均相対速度V超、250mm/min以下とし、目標成形深さの4/5位置から目標成形深さまでのパンチとダイの最大の相対速度Vを、120mm/min以下とする、成形方法である。
(Al×0.4+Zr×0.5+Ti×0.1)/O≧12 …(1)
ただし、式(1)における元素記号はそれぞれ、フェライト系ステンレス鋼板における各元素の含有量(質量%)である。
また、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板の成形方法では、平均相対速度Vを50~150mm/minとすることが好ましい。
また、フェライト系ステンレス鋼板は、Feの一部に代えて、質量%で、Mo:0.05~0.50%、Ni:0.05~0.50%、Cu:0.01~1.00%の1種または2種以上を含有してもよい。
更に、フェライト系ステンレス鋼板は、Feの一部に代えて、質量%で、B:0.0003~0.0050%、Ga:0.0001~0.2%、W:0.001~0.300%の1種または2種以上を含有してもよい。
【0024】
まず、本実施形態の成形方法におけるブランクであるフェライト系ステンレス鋼板について説明する。フェライト系ステンレス鋼板の化学成分の限定理由を述べる。なお、特に注記しない限り、成分含有量の単位である%は質量%を意味する。
【0025】
C:0.0200%以下
Cは、成形性と耐食性を劣化させる理由で、含有量は少ないほどよく、上限を0.0200%以下とする。しかし、C量の過度の低減は精錬コストの増加につながるため、C量の下限を0.0010%以上にすることが望ましい。好ましいC量は0.0030~0.0070%である。
【0026】
Si:0.70%以下
Siは、脱酸元素として含有される場合があるが、固溶強化元素であることから、降伏応力低下の観点より、その含有量は少ないほうがよく、上限を0.70%以下とする。但し、Si量の過度の低減は精錬コストの増加につながるため、下限を0.01%以上にすることが望ましい。好ましいSi量は0.05~0.50%である。
【0027】
Mn:1.00%以下
Mnは、Siと同様に固溶強化元素であることから、降伏応力低下の観点より、その含有量は少ないほうがよく、上限を1.00%以下とする。但し、Mn量の過度の低減は精錬コストの増加につながるため、下限を0.01%以上にすることが望ましい。好ましいMn量は0.05~0.50%である。
【0028】
P:0.030%以下
Pは、原料から不可避的に混入する元素であり、また、SiやMn同様に固溶強化元素であることから、その含有量は少ないほうがよく、伸びの観点から上限を0.030%以下とする。但し、P量の過度の低減は精錬コストの増加につながるため、下限を0.010%以上としてもよい。
【0029】
S:0.005%以下
Sは、Ti添加鋼の場合に、Ti、CとともにTiを形成し、Cを固定化する作用を有する。Tiは高温で析出する粗大析出物であるため、再結晶、粒成長挙動への影響は少ないが、この析出物が多量に析出すると発銹の起点となって耐食性が劣化する。よってSの上限を0.005%以下とする。但し、S量の過度の低減は精錬コストの増加につながるため、S量の下限を0.0001%以上としてもよい。
【0030】
Cr:11.0~19.5%
Crは、耐食性向上のために11.0%以上の含有が必要となるが、過剰の含有は靭性を劣化させ、製造性が悪くなる他、降伏応力も上昇させる。よってCrの上限は19.5%以下とする。好ましいCr量は13.0~17.5%である。
【0031】
N:0.020%以下
Nは、Cと同様に成形性と耐食性を劣化させることから、その含有量は少ないほうがよく、上限を0.020%以下とする。ただし、低減にかかる製造コストの観点から、下限を0.003%以上にしてもよい。好ましいN量は0.005~0.015%である。
【0032】
Al:0.005~0.100%
Alは、脱酸元素として0.005%以上を含有させてもよい。一方、Alの過度の含有は成形性や溶接性を低下させ、また、表面品質の劣化をもたらすおそれがあるため、上限は0.100%以下とする。好ましいAl量は0.010~0.080%である。
【0033】
O:0.0050%以下
Oは、耐食性及び加工性を低下させる。そのため、O量は低く抑える必要があり、上限を0.0050%以下とする。しかしながら、O量を過度に低減することは精練コストを上昇させるため、O量の下限を0.0001%以上としてもよい。O量の好ましい範囲は、0.0005~0.0030%である。
【0034】
Ti:0.03~0.20%
Tiは、C、N、Sと結合して介在物を形成し、耐食性、耐粒界腐食性および深絞り性の向上効果があるため、0.03%以上を含有させる。一方、Tiは固溶強化元素であるため、過度のTiの含有は固溶Tiの増加につながり、張出し性の指標である伸びの低下につながる。そこでTiの上限は0.20%以下とする。好ましいTi量は、0.08~0.12%である。
【0035】
Nb:0.010~0.300%
Nbは、成形性と耐食性を向上させる元素であり、0.010%以上を含有させることによりその効果が発現する。ただし、過度の含有は固溶強化に起因した延性の低下をもたらすため、0.300%以下とする。好ましいNb量は0.100~0.200%である。
【0036】
Sn:0.001~0.300%
Snは、含有することで降伏比を低くし張出し加工性を向上させる効果を有する。この効果を得るためには、Snを0.001%以上含有させる。一方、過剰に含有させると製造性が劣化するため、上限を0.300%以下とする。好ましいSn量は0.020~0.200%である。
【0037】
Zr:0.001~0.080%
Zrは、脱酸元素として0.001%以上を含有させる。一方、Zrの過度の含有は成形性、溶接性および表面品質の劣化をもたらすため、上限を0.080%以下とする。好ましいZr量は0.002~0.020%である。
【0038】
(Al×0.4+Zr×0.5+Ti×0.1)/O≧12
割れが発生した角筒成形品の破面を詳細に観察すると、多数のディンプル底部に存在するAl酸化物と、ディンプルに関係なく存在する塊状のTiNが観察でき、これらが、割れの起点となるか、もしくは亀裂伝播を促進していた。Al酸化物の偏在とTiNの成長を抑制するためには、介在物組成の改質が有効であり、強脱酸剤であるZrの活用が効果的である。Al、Ti、O及びZrの含有量と割れ発生との関係を精査した結果、(Al×0.4+Zr×0.5+Ti×0.1)/Oが12以上になる場合に、優れた角筒成形性を示すことを見出した。よって、本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼板は、(Al×0.4+Zr×0.5+Ti×0.1)/O≧12を満足することが好ましい。
【0039】
また、本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼板は、Feの一部に代えて、質量%で、Mo:0.05~0.50%、Ni:0.05~0.50%、Cu:0.01~1.00%の1種または2種以上を含有してもよい。
【0040】
Mo、Ni、Cuは、耐食性を向上させる元素であり、耐食性が要求される用途では必要に応じて1種または2種以上を含有させるとよい。Mo、Niはそれぞれ、0.05%以上の含有により耐食性が向上する。Mo,Niの過度の含有は硬質化を招き、成形性の劣化をもたらすため、それぞれ、0.50%以下を上限とする。好ましいMo量及びNi量は、それぞれ、0.10~0.30%である。また、Cuは、0.01%以上の含有によりその効果が発現するが、Cuの過度な含有は成形性、特に延性の劣化をもたらすため、Cu量の上限を1.00%以下とする。好ましいCu量は0.30~0.80%である。
【0041】
また、本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼板は、Feの一部に代えて、質量%で、B:0.0003~0.0050%、Ga:0.0001~0.2%、W:0.001~0.300%の1種または2種以上を含有してもよい。
【0042】
Bは、二次加工性を向上させる元素であり、必要に応じてBを0.0003%以上含有させてもよい。しかし、Bの過度の含有は伸びの低下をもたらすため、Bを含有させる場合の上限は0.0050%以下とする。好ましいB量は0.0010~0.0020%である。
【0043】
Gaは、GaSを形成し耐食性を向上させる元素である。MnSの析出を抑制することで、さびの起点を無くすことができるため、非常に有効な元素である。0.0001%未満の含有では効果が認められないことから、Gaを含有させる場合は0.0001%以上を含有させるとよい。一方、Gaの過剰な含有は固溶硬化を招く。したがって、Ga量の上限は0.2%以下とする。
【0044】
Wは、NbやTiと同様にC、Nを固定してCr炭窒化物による鋭敏化を防ぎ、耐食性を向上させる元素である。このような効果を発現させるには、W量を0.001%以上にするとよい。一方、W量が0.300%を超えるとステンレス鋼板の硬質化を招き、加工性を低下させる。従って、W量は0.300%以下とすることが好ましい。
【0045】
本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼板は、上述してきた元素以外は、Fe及び不純物(不純物には不可避的不純物も含む)からなる。また、以上説明した各元素の他にも、本発明の効果を損なわない範囲で含有させることが出来る。本実施形態では、例えばBi、Pb、Se、H等を含有させてもよいが、その場合は可能な限り低減することが好ましい。一方、これらの元素は、本発明の課題を解決する限度において、その含有割合が制御され、必要に応じて、Biは0.01%以下、Pbは0.01%以下、Seは0.01%以下、Hは0.01%以下を含有してもよい。
【0046】
本実施形態の成形方法では、板厚が1.0mm以下のフェライト系ステンレス鋼板を成形対象とする。好ましい板厚は0.4~0.8mmである。本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼板は、化学成分を調整したことにより張出し性に優れるものとなっているため、家電製品や厨房機器のように薄い板厚で成形加工を必要とされる用途に特に好適に使用される。
【0047】
また、本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼板は、平均ランクフォード値(以下、平均r値と記載する。平均塑性ひずみ比ともいう)が1.7以上、ランクフォード値の面内異方性(Δr)が0.7以下であることが好ましい。平均r値を1.7以上とすることで、ポンチ肩部での板厚減少が起きにくくなり、成形加工時の割れの発生を抑制できるようになる。また、面内異方性(Δr)を0.7以下とすることで、成形時の鋼板の面内異方性が値さくなり、成形性をより向上することができる。
【0048】
平均r値及びΔrの測定方法は、JIS Z 2254:2008の塑性ひずみ比試験方法により求めることができる。平均r値は、JIS Z 2254:2008に従い、下記式(A)によって求めることができる。また、面内異方性(Δr)は、JIS Z 2254:2008に従い、下記式(B)によって求めることができる。
【0049】
平均r値=(r+2r45+r90)/4 ・・・(A)
【0050】
Δr=(r-2r45+r90)/2 ・・・(B)
【0051】
但し、(A)式及び(B)式中のrは圧延方向のr値、r90は圧延直角方向のr値、r45は圧延45度方向のr値を示す。
【0052】
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板は、一般的な方法で製造することができ、特に限定されるものではない。すなわち、製鋼及び連続鋳造により所望の化学成分を有する鋳片を鋳造し、熱間圧延、熱間圧延後の焼鈍及び酸洗、冷間圧延及び冷間圧延後の最終焼鈍を行うことによって、製造すればよい。ただし、平均r値及び面内異方性(Δr)を好ましい範囲にするためには、冷間圧延率を86~94%の範囲とし、冷間圧延後の最終焼鈍の昇温速度を5~20℃/秒の範囲とし、最終焼鈍の均熱速度及び均熱時間をそれぞれ850~920℃、0~2分間の範囲とし、均熱終了後から500℃までの冷却速度を15~50℃/秒の範囲とすることが好ましい。
【0053】
次に、上記のフェライト系ステンレス鋼板を用いた成形方法について説明する。本実施形態の成形方法は、パンチとダイを用いたプレス成形によりフェライト系ステンレス鋼板を目標成形深さまで角筒絞り成形する成形方法である。
【0054】
図2には、本実施形態の成形方法によって成形可能な成形品の一例を示す。
図2に示す成形品2は、フェライト系ステンレス鋼板1(以下、鋼板1という場合がある)を角筒絞り成形することにより製造される。成形品2は、矩形状の底面部21と、フランジ部22と、底面部21及びフランジ部22を接続する4つの縦壁部23とを有する。底面部21とフランジ部22との距離、すなわち、縦壁部の高さdは、角筒成形時の目標成形深さDに対応する深さとなっている。
【0055】
図2に示す成形品2は、例えば、家電製品や厨房機器の外装パネルに用いることができる。成形品2をこれらの外装パネルとして用いる場合は、図2に示す形状に限定されるものではなく、底面部21、フランジ部22及び縦壁部23を適宜変形させたものであってもよい。
【0056】
次に、本実施形態の成形方法に好適に用いられるプレス成形機の一例を説明する。図3は、本実施形態の成形方法の概要を説明する工程図である。図3(a)に示すプレス成形機30は、いわゆるサーボプレス機であり、ダイ31と、パンチ32と、ダイクッションパッド33とを備えている。ダイクッションパッド33は、一般にはブランクホルダまたはしわ押さえとも呼ばれる。プレス成形機30は、プレス成形時に鋼板1の一部1aをダイ31の周縁部とダイクッションパッド33とで挟むことで、成形品2の成形性を向上させる。
【0057】
本実施形態におけるダイ31には、駆動源として図示しないサーボモータが接続されている。ダイ31の駆動源としてサーボモータを用いることにより、ダイ31及びパンチ32によるスライド動作モーションを自由に制御できるようになっている。以下のプレス成型機30の動作説明では、パンチ32を固定側とし、ダイ31及びダイクッションパッド33を可動側とする前提で説明する。
【0058】
なお、本実施形態では、パンチ32を固定側とし、ダイ31及びダイクッションパッド33を可動側としているが、本発明はこれに限らず、パンチ32を可動側とし、ダイ31及びダイクッションパッド33を固定側としてもよい。この場合は、パンチ32及びダイクッションパッド33の駆動源としてそれぞれ、サーボモータを用いればよい。更に、パンチ32と、ダイ31及びダイクッションパッド33とをそれぞれ、可動可能なように構成してもよい。この場合は、パンチ32、ダイ31及びダイクッションパッド33の駆動源としてそれぞれ、サーボモータを用いればよい。
【0059】
一般に、サーボプレス機を用いてプレス成形される場合、成形過程における最大の成形速度(ダイに対するポンチの相対速度)は200mm/min程度である。この成形速度で成形加工を行うと、顕著な加工発熱による軟質化を招き、加工成形性が低下する。本発明者らがサーボプレス機により成形加工条件を検討した結果、上述した成分組成範囲のフェライト系ステンレス鋼板においては、一般的な条件よりも速度の遅い成形速度80mm/min以下で、一般的な油性潤滑剤を用いて成形加工を行えば、成形性が向上し使用可能であることが判明した。しかしながら、成形速度を80mm/min以下にすると、200mm/min程度での成形に比べて生産性の低下が顕著となる。本発明者らは、生産性を低下させずに割れや形状不良を防止する条件を見出した。
【0060】
本実施形態のプレス成形方法では、まず、図3(a)に示すように、ダイ31とパンチ32の間に鋼板1を配置し、鋼板1をダイ31上に載置し、更に鋼板の一部1aをダイクッションパッド33によって拘束する。次いで、図3(b)に示すように、鋼板1をダイクッションパッド33によって拘束したまま、ダイ31及びダイクッションパッド33とともに鋼板1を上昇させてパンチ32に接近させ、鋼板1をパンチ32の先端に接触させる。このときのダイ31に対するパンチ32の相対位置を、成形開始位置とする。
【0061】
次いで、図3(c)に示すように、パンチ32が下死点に到達するまで、すなわち、パンチ32が図3(c)に示す目標成形深さDの位置に到達するまで、ダイ31及びダイクッションパッド33とともに鋼板1を更に上昇させて、角筒絞り成形を行う。ここで、目標形成深さDは、成形品2における成形深さdに対応する深さであり、より詳しくは、成形開始位置と目標成形深さの位置との間の距離である。
【0062】
本実施形態では、割れや形状不良の発生を防止するために、ダイ31に対するパンチ32の相対位置が成形開始位置から目標性系深さDの位置に至るまでの間、ダイ31に対するパンチ32の相対速度を、以下に説明するように段階的に制御する。
【0063】
図4には、ダイ31に対するパンチ32の相対速度を説明するために模式化したグラフを示す。図4の横軸は時間を示し、縦軸はダイに対するパンチの相対位置を示す。本実施形態では、成形開始位置から目標性系深さDの位置までの区間を3つの分割区間に分け、分割区間毎に、ダイ31に対するパンチ32の相対速度を制御する。分割区間は、成形開始位置から目標成形深さの1/4位置までの第1区間、目標成形深さの1/4位置から目標成形深さの4/5位置までの第2区間、目標成形深さの4/5位置から目標成形深さ位置までの第3区間の3つの区間とする。第1区間の長さは、目標成形深さDの1/4の長さであり、第3区間の長さは、目標成形深さDの1/5の長さである。また、第2区間の長さは、目標成形深さDの11/20の長さになる。なお、図4では、説明の便宜のためにパンチ32の変位と時間との関係を直線で描いているが、パンチ32の変位と時間との関係は直線関係に限定されるものではない。
【0064】
第1区間(成形開始位置から目標成形深さの1/4位置まで)におけるダイ31に対するパンチ32の相対速度は、150mm/min以下の平均相対速度Vとし、より好ましくは50~150mm/minの平均相対速度Vとする。成形開始位置から目標成形深さの1/4位置までの間は、鋼板1において塑性変形が生じる重要な局面である。この範囲における平均相対速度Vを150mm/min以下の比較的低速にすることで、変形抵抗と潤滑の効果を確保することができる。ただし、平均成形速度Vが低すぎると、生産性が低下してしまうため、50mm/min以上を下限にすることが好ましい。平均成形速度Vの好ましい範囲は50~100mm/minである。なお、平均成形速度Vは、目標成形深さDの1/4の長さを、パンチ32の成形開始位置の到達時から目標成形深さの1/4位置への到達時までの所要時間で除した値とする。
【0065】
また、第1区間における相対速度の瞬間最大値が300mm/min以上になると、鋼板1の塑性変形が追従できず割れや形状不良の原因になる場合があるので、第1区間における相対速度の瞬間最大値を300mm/min未満としてもよい。
【0066】
更に、ポンチが成形開始位置に到達した時点から2秒後までの間で相対速度が大き過ぎると、鋼板1の塑性変形が追従できず割れや形状不良の原因になる場合があるので、この間の平均相対速度は5~80mm/minにしてもよい。
【0067】
次に、第2区間(目標成形深さの1/4位置から4/5位置まで)におけるダイ31に対するパンチ32の相対速度は、平均相対速度V超、250mm/min以下の平均相対速度Vとする。この区間では、ダイ31に対するパンチ32の相対速度を比較的高くすることが可能である。一方、平均相対速度Vが250mm/minを超える場合は、成形速度が速すぎるためダイ31及びパンチ32と鋼板1との間で摩擦が大きくなり、加工成形性が低下する。また、平均成形速度Vが低すぎると生産性が低下してしまうため、平均相対速度V超を下限にすることが好ましい。好ましくは、平均相対速度Vを150~200mm/minとする。なお、平均成形速度Vは、目標成形深さDの11/20の長さを、パンチ32の目標成形深さの1/4位置への到達時から4/5位置への到達時までの所要時間で除した値とする。
【0068】
また、第2区間における相対速度の瞬間最大値が300mm/min以上になると、鋼板1の塑性変形が追従できず割れや形状不良の原因になる場合があるので、第2区間における相対速度の瞬間最大値を300mm/min未満としてもよい。
【0069】
第3区間(目標成形深さの4/5位置から目標成形深さ位置まで)におけるダイ31に対するパンチ32の最大相対速度V(第3区間における相対速度の瞬間最大値)は、120mm/min以下とする。最後の4/5位置から目標成形深さ位置までは、成形品の寸法精度を得るためにパンチ32の最大相対速度Vを低くする必要があるためである。120mm/minを超える速度では、高い寸法精度で安定した成形形状を得ることができない。好ましくは、80mm/min以下である。ただし、最大相対速度が低すぎると生産性が低下する場合があるため、最大相対速度Vは50mm/min以上としてもよい。
【0070】
また、ポンチが目標成形深さ位置に到達する1秒前の時点から目標成形深さ位置に到達するまでの平均相対速度を、30mm/min以下、好ましくは20mm/min以下にしてもよい。これにより、成形品の寸法精度をより向上することができる。
【0071】
上述した成形加工条件で成形加工を行うことで、薄手のフェライト系ステンレス鋼板であっても、家電製品や厨房機器の部品として使用することが可能である。一方、成形加工条件を上記範囲に制御せず、一般的に行われている成形加工条件に変更する場合、割れの発生や形状不良および美観不芳が生じるため好ましくない結果になる。
【実施例
【0072】
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明する。
表2に示す成分組成のフェライト系ステンレス鋼を溶製、鋳造し、熱間圧延で5.0mm厚の熱延板とした。なお、表2に示す成分組成において、残部はFe及び不純物である。その後、熱延板焼鈍を施し、酸洗した後、0.4~1.2mm厚まで冷間圧延、焼鈍、酸洗を行った後、調質圧延を施して表3Aに示す鋼板とした。なお、No.1~7及びNo.11~22は、冷間圧延率を86~94%の範囲とし、冷間圧延後の最終焼鈍の昇温速度を5~20℃/秒の範囲とし、最終焼鈍の均熱速度及び均熱時間をそれぞれ850~920℃、0~2分間の範囲とし、均熱終了後から500℃までの冷却速度を15~50℃/秒の範囲とした。このようにして得られた鋼板を用い、角筒成形試験を行った。また、ディスタンスブロックを使用した場合は、表3Bに「有」と表記した。
【0073】
成形試験はアイダエンジニアリング製DSF-N1-1500型サーボプレス機を用いた。ブランクのサイズは縦横175×175mmとし、Die:82mm×62mm、コーナー部のr9mm、Die r5mm、Punch:80mm×60mm,コーナー部のr8mm、Punch r8mmの形状の金型を用いた。ダイクッションパッドによるクッション圧は500kNとした。角筒成形加工面にPVCシートを貼り付け、水溶性潤滑を軽く付与した。この成形条件を固定し、ダイに対するポンチの成形速度を種々変更した条件で成形試験を行った。なお、目標成形深さは50mmとした。
【0074】
鋼板の0.2%耐力、伸びの測定は、JIS13号B試験片を用い、JIS Z 2241に記載された条件に準拠し、圧延方向に平行な0°方向より採取し実施した。さらに、平均r値及びΔrについては、試験片の採取方向を圧延方向に対し、0°、45°、90°方向より採取したサンプルにより16%ひずみ付与した条件で測定した。
【0075】
成形後の成形品について、割れや形状不良が生じていた場合はNGと評価し、割れや形状不良が生じなかった場合はOKと評価した。結果を表3Bに示す。
【0076】
表2、表3A及び表3Bに示すように、本発明の範囲内の条件で成形した場合、成形品には割れや形状不良が生じず、また、成形品の意匠性も良好だった。
【0077】
一方、本発明の範囲外の条件で成形した場合、成形品には割れや形状不良が生じてしまった。
No.2、16、21は、成形開始位置から目標成形深さの1/4位置までの平均相対速度Vが150mm/minを超えていたため、成形初期の段階で割れが発生した。そのため、目標成形深さの1/4位置までの成形を行ったところで、成形作業を中止した。
【0078】
No.7、13、17及び20は、目標成形深さの4/5位置から目標成形深さの位置までの最大相対速度Vが120mm/minを超えていたため、成形品の寸法精度が低下し、所望の形状の成形品が得られなかった。
【0079】
No.10は、鋼板の板厚が1.0mmを超えており、成形品に割れが発生した。
【0080】
No.6、9、19、21は、目標成形深さの1/4位置~4/5位置までの平均相対速度Vが250mm/minを超えていたため、加工性が低下し、所望の形状の成形品が得られなかった。
【0081】
No.23~40は、ブランクであるフェライト系ステンレス鋼板の化学成分が本発明の範囲から外れていたため、割れの発生や、形状不良が発生した。
【0082】
【表2】
【0083】
【表3A】
【0084】
【表3B】
図1
図2
図3
図4