(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-05
(45)【発行日】2024-09-13
(54)【発明の名称】異常事象診断システム、異常事象診断方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G05B 23/02 20060101AFI20240906BHJP
【FI】
G05B23/02 302S
G05B23/02 T
(21)【出願番号】P 2021096048
(22)【出願日】2021-06-08
【審査請求日】2023-09-27
(31)【優先権主張番号】P 2020123955
(32)【優先日】2020-07-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006208
【氏名又は名称】三菱重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100162868
【氏名又は名称】伊藤 英輔
(74)【代理人】
【識別番号】100161702
【氏名又は名称】橋本 宏之
(74)【代理人】
【識別番号】100189348
【氏名又は名称】古都 智
(74)【代理人】
【識別番号】100196689
【氏名又は名称】鎌田 康一郎
(72)【発明者】
【氏名】大槻 昇平
(72)【発明者】
【氏名】住田 裕之
(72)【発明者】
【氏名】松本 敦史
(72)【発明者】
【氏名】清水 健太
(72)【発明者】
【氏名】壺内 清彦
(72)【発明者】
【氏名】森田 克明
(72)【発明者】
【氏名】大塚 勝彦
(72)【発明者】
【氏名】藤原 和也
【審査官】田中 友章
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-199545(JP,A)
【文献】特開2020-107025(JP,A)
【文献】特開2019-016209(JP,A)
【文献】特開2015-103218(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B 23/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シミュレータがプラントの異常事象を再現したときに演算したパラメータと前記異常事象との関係をAI(artificial intelligence)処理で学習した学習済みモデルと、
前記プラントの監視用パラメータを取得するデータ取得部と、
前記監視用パラメータを前記学習済みモデルに入力したときに、前記学習済みモデルが出力する値に基づいて、前記異常事象を検知し、検知した前記異常事象の種類
と規模を同定する診断部と、
を備える異常事象診断システム。
【請求項2】
シミュレータに異常事象を再現させる再現指示部と、
前記シミュレータが演算した前記パラメータと前記異常事象との関係を学習した学習済みモデルを構築する学習部と、
をさらに備える請求項
1に記載の異常事象診断システム。
【請求項3】
前記パラメータは、
前記プラントの運転状態を示す物理量をアナログ値で示した物理パラメータと、
前記プラントが備える第1の機器の状態をアナログ値で示した値と、
前記プラントが備える第2の機器の状態をロジカル値で示した値と、を含む、
請求項1から請求項
2の何れか1項に記載の異常事象診断システム。
【請求項4】
前記パラメータは、
前記プラントのトリップ信号又はインターロック信号をさらに含む、
請求項
3に記載の異常事象診断システム。
【請求項5】
前記学習済みモデルは、前記プラントに生じる前記異常事象について、予め定められた複数の異常事象それぞれの発生予測確率を比率で出力する、
請求項1から請求項
4の何れか1項に記載の異常事象診断システム。
【請求項6】
前記データ取得部は、前記監視用パラメータを前記プラントから取得する、
請求項1から請求項
5の何れか1項に記載の異常事象診断システム。
【請求項7】
前記データ取得部は、前記監視用パラメータを前記プラントの運転訓練シミュレータから取得する、
請求項1から請求項
6の何れか1項に記載の異常事象診断システム。
【請求項8】
前記診断部は、前記学習済みモデルが出力する前記プラントが正常である確率が閾値以下となると、異常が発生したと判定する、
請求項1から請求項
7の何れか1項に記載の異常事象診断システム。
【請求項9】
シミュレータがプラントの異常事象を再現したときに演算したパラメータと前記異常事象との関係をAI(artificial intelligence)処理で学習した学習済みモデルと、
前記プラントの監視用パラメータを取得するデータ取得部と、
前記監視用パラメータを前記学習済みモデルに入力したときに、前記学習済みモデルが出力する値に基づいて、前記異常事象を検知し、検知した前記異常事象の種類を同定する診断部と、
を備
え、
前記診断部は、前記学習済みモデルが出力する値の積算値が大きいものから順に所定個を選択し、選択した値に対応する事象を、前記プラントで発生している前記異常事象の候補とする、
異常事象診断システム。
【請求項10】
シミュレータがプラントの異常事象を再現したときに演算したパラメータと前記異常事象との関係をAI(artificial intelligence)処理で学習した学習済みモデルと、
前記プラントの監視用パラメータを取得するデータ取得部と、
前記監視用パラメータを前記学習済みモデルに入力したときに、前記学習済みモデルが出力する値に基づいて、前記異常事象を検知し、検知した前記異常事象の種類を同定する診断部と、
を備
え、
前記診断部は、前記学習済みモデルが出力する値の積算値が大きい順に上位の1位と2位の差が所定の閾値以上であって、且つ、前記1位の値の瞬時値の大きさが最も大きい場合、前記1位の値に対応する事象を、発生した前記異常事象として同定する、
異常事象診断システム。
【請求項11】
前記診断部による前記異常事象の同定状況と、前記学習済みモデルが出力する値のトレンドグラフと、前記データ取得部が取得した前記監視用パラメータとを表示する監視画面を出力する出力部、
をさらに備える請求項1から請求項
10の何れか1項に記載の異常事象診断システム。
【請求項12】
シミュレータがプラントの異常事象を再現したときに演算したパラメータと前記異常事象との関係をAI(artificial intelligence)処理で学習した学習済みモデルと、
前記プラントの監視用パラメータを取得するデータ取得部と、
前記監視用パラメータを前記学習済みモデルに入力したときに、前記学習済みモデルが出力する値に基づいて、前記異常事象を検知し、検知した前記異常事象の種類を同定する診断部と、
前記診断部による前記異常事象の同定状況と、前記学習済みモデルが出力する値のトレンドグラフと、前記データ取得部が取得した前記監視用パラメータとを表示する監視画面を出力する出力部と、
を備
え、
前記出力部は、前記トレンドグラフにおいて、前記学習済みモデルが出力する値の瞬時値の推移と、前記値の積算値の推移とを切り替え可能に表示する
異常事象診断システム。
【請求項13】
シミュレータがプラントの異常事象を再現したときに演算したパラメータと前記異常事象との関係をAI(artificial intelligence)処理で学習した学習済みモデルと、
前記プラントの監視用パラメータを取得するデータ取得部と、
前記監視用パラメータを前記学習済みモデルに入力したときに、前記学習済みモデルが出力する値に基づいて、前記異常事象を検知し、検知した前記異常事象の種類を同定する診断部と、
前記診断部による前記異常事象の同定状況と、前記学習済みモデルが出力する値のトレンドグラフと、前記データ取得部が取得した前記監視用パラメータとを表示する監視画面を出力する出力部と、
を備
え、
前記出力部は、前記監視用パラメータについて、前記異常事象の種類に関係なく前記プラントで発生した事象の判断に必要な共通の前記監視用パラメータと、前記異常事象別の前記監視用パラメータと、を別々に表示し、前記異常事象別の前記監視用パラメータについては、選択を受け付けた前記異常事象の前記監視用パラメータを表示する、
異常事象診断システム。
【請求項14】
プラントの監視用パラメータを取得するステップと、
シミュレータが前記プラントの異常事象を再現したときに演算したパラメータと前記異常事象との関係をAI(artificial intelligence)処理で学習した学習済みモデルに、前記監視用パラメータを入力するステップと、
前記学習済みモデルが出力する値に基づいて、前記異常事象を検知し、検知した前記異常事象の種類
と規模を同定するステップと、
を有する異常事象診断方法。
【請求項15】
コンピュータに、
プラントの監視用パラメータを取得するステップと、
シミュレータが前記プラントの異常事象を再現したときに演算したパラメータと前記異常事象との関係をAI(artificial intelligence)処理で学習した学習済みモデルに、前記監視用パラメータを入力するステップと、
前記学習済みモデルが出力する値に基づいて、前記異常事象を検知し、検知した前記異常事象の種類
と規模を同定するステップと、
を実行させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、異常事象診断システム、異常事象診断方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
原子力プラントにおいて、異常事象が発生したときに、異常事象の検知及び異常事象の種類(どこで何が起こっているのか)の同定を早期に行うことは、異常の収束に係る運転手順を適切に行うために重要である。従来は、予め設定されたルールに基づき、異常事象の判断を行う運転支援システムが利用されてきた。従来の運転支援システムでは、例えば、プラントの監視パラメータに閾値が設けられ、異常事象に関連する監視パラメータの値が閾値を超過すると、運転支援システムが異常の発生をオペレータに通知する。
【0003】
特許文献1には、原子力プラントで異常事象の発生が検知された後に、ニューラルネットワークを用いて異常事象を同定する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来のルールベースで異常事象を検知する方法の場合、監視パラメータのノイズや揺らぎ等による誤検出を防ぐために、閾値には余裕を持った値が設定されている。その為、異常事象の検知までに時間を要する傾向がある。
【0006】
本開示は、上記課題を解決することができる異常事象診断システム、異常事象診断方法及びプログラムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の異常事象診断システムは、シミュレータがプラントの異常事象を再現したときに演算したパラメータと前記異常事象との関係をAI(artificial intelligence)処理で学習した学習済みモデルと、前記プラントの監視用パラメータを取得するデータ取得部と、前記監視用パラメータを前記学習済みモデルに入力したときに、前記学習済みモデルが出力する値に基づいて、前記異常事象を検知し、検知した前記異常事象の種類と規模を同定する診断部と、を備える。
【0008】
また、本開示の異常事象診断方法は、プラントの監視用パラメータを取得するステップと、シミュレータが前記プラントの異常事象を再現したときに演算したパラメータと前記異常事象との関係をAI(artificial intelligence)処理で学習した学習済みモデルに、前記監視用パラメータを入力するステップと、前記学習済みモデルが出力する値に基づいて、前記異常事象を検知し、検知した前記異常事象の種類と規模を同定するステップとを有する。
【0009】
また、本開示のプログラムは、コンピュータに、プラントの監視用パラメータを取得するステップと、シミュレータが前記プラントの異常事象を再現したときに演算したパラメータと前記異常事象との関係をAI(artificial intelligence)処理で学習した学習済みモデルに、前記監視用パラメータを入力するステップと、前記学習済みモデルが出力する値に基づいて、前記異常事象を検知し、検知した前記異常事象の種類と規模を同定するステップと、を実行させる。
【発明の効果】
【0010】
上述の異常事象診断システム、異常事象診断方法及びプログラムによれば、異常事象の検知及び異常事象の種類の同定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施形態に係る異常事象診断システムの一例を示すブロック図である。
【
図2】実施形態に係る診断モデルの構築処理の一例を示すフローチャートである。
【
図3】実施形態に係る診断モデルの構築処理の概要を示す図である。
【
図4】実施形態に係る異常事象の検知同定処理の一例を示すフローチャートである。
【
図5】実施形態に係る診断モデルの診断結果の一例を示す図である。
【
図6】実施形態に係る異常事象の同定ロジックの一例を示す図である。
【
図7】実施形態に係る監視画面の一例を示す図である。
【
図8】実施形態に係る事象同定ステータス別の表示例を示す図である。
【
図9】実施形態に係る事象選択画面の一例を示す図である。
【
図10】実施形態に係る異常事象診断システムのハードウェア構成の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<実施形態>
以下、本開示の異常事象診断システムについて、
図1~
図10を参照しながら説明する。
(システム構成)
図1は、実施形態に係る異常事象診断システムの一例を示すブロック図である。
異常事象診断システム1は、プラントに生じる異常事象の予兆を検知するとともに、その異常事象の内容を同定するシステムである。異常事象診断システム1は、異常事象発生前後のプラントの状態を示す様々な運転パラメータを取得し、運転パラメータの挙動と異常事象の関係、運転パラメータ間の相関と異常事象の関係などをAI(artificial intelligence)処理により学習した診断モデルを構築する診断モデル構築装置10と、診断モデルを用いて、異常事象の予兆検知と異常事象の同定を行う異常事象診断装置20とを備える。
【0013】
(診断モデル構築装置の構成)
診断モデル構築装置10は、再現指示部11と、学習部12と、記憶部13と、を備える。
再現指示部11は、シミュレータ2に異常事象を模擬(再現)させる。診断モデルの構築に必要となる十分な量、十分な種類の学習データ(異常事象発生時の運転パラメータ)を実プラントから収集することは現実的ではない。そこで、本実施形態では、解析コードと呼ばれる原子力プラントの異常事象を模擬するシミュレータ2(プログラム)を利用して、異常事象を再現させ、シミュレータ2が異常事象の再現中に演算した各種運転パラメータを、学習データとして収集する。再現指示部11は、発生させる異常事象の種類や規模を指定して、シミュレータ2に異常事象の再現を指示する。異常事象とは、例えば、蒸気発生器細管破断、冷却材喪失事故、主蒸気管破断、加圧器逃がし弁の誤開等である。再現指示部11は、複数種類の異常事象をシミュレータ2に再現させる。
【0014】
学習部12は、シミュレータ2が異常事象を再現したときに演算した時系列の各種運転パラメータを深層学習や機械学習等のAI処理によって学習し、異常事象の検知、同定を行うための診断モデルを構築する。例えば、シミュレータ2が異常事象Aを模擬した場合、学習部12は、異常事象Aに特有のパラメータ応答、異常事象Aに特有のパラメータ間の相関を、異常事象Aとして認識するよう学習する。
記憶部13は、シミュレータ2が再現した運転パラメータを異常事象ごとに記憶し、学習済みの診断モデルを記憶する。
【0015】
(異常事象診断装置の構成)
異常事象診断装置20は、データ取得部21と、診断部22と、出力部23と、記憶部24と、を備える。
データ取得部21は、プラント3から監視対象の運転パラメータを取得する。又は、データ取得部21は、運転訓練シミュレータ4から訓練用に演算された運転パラメータを取得する。
診断部22は、データ取得部21が取得した運転パラメータが示す事象の診断(検知と同定)を行う。診断部22は、データ取得部21が取得した運転パラメータを、診断モデル構築装置10が構築した学習済みの診断モデルに入力し、診断モデルが出力する値に基づいて、異常事象の検知および同定を行う。
出力部23は、診断部22の診断結果等を出力する。
記憶部24は、データ取得部21が取得した運転パラメータや学習済みの診断モデルを記憶する。
【0016】
(診断モデルの構築)
図2は、実施形態に係る診断モデルの構築処理の一例を示すフローチャートである。
まず、再現指示部11が、診断対象の事象(検知可能な事象)の設定を受け付ける(ステップS1)。例えば、オペレータが、診断対象の事象として、正常、異常事象A、異常事象B、異常事象Cを診断モデル構築装置10へ入力する。再現指示部11は、この入力を受け付け、診断対象の事象として正常、異常事象A~Cを設定する。このとき、異常事象の種類に加え、異常事象の規模が指定されてもよい。例えば、オペレータは、異常事象A~Cの各々について、小規模、中規模、大規模を診断モデル構築装置10へ入力する。
【0017】
次に再現指示部11が、設定された事象のうちの1つを特定し、シミュレータ2に、その事象を再現させる(ステップS2)。例えば、異常事象A~Cについて小中大の規模が設定されている場合、再現指示部11は、この中から、異常事象Aの小規模を選択して、小規模な異常事象Aをシミュレータ2へ再現させる。このとき、様々な条件下における当該事象を再現させる為に、プラントの初期状態や運転条件を様々に変化させて、特定した事象を再現させるようにしてもよい。例えば、再現指示部11は、1つの事象について、圧力、温度、流量などのプラントの初期状態を示す運転パラメータの値を異ならせた複数セットの設定条件をシミュレータ2へ設定し、それらの設定条件別に特定した事象(小規模な異常事象A)を再現させる。複数セットの設定条件は、オペレータが設定してもよいし、再現指示部11が、圧力、温度等を所定の範囲でばらつかせて自動的に生成してもよい。シミュレータ2は、設定条件別に、原子力プラントの運転状態の推移を解析し、原子炉の圧力等、各時刻(事象の再現開始からの経過時間)のプラントの状態を示す運転パラメータの値を演算する。シミュレータ2は、再現指示部11によって特定された事象について演算した運転パラメータを、設定条件別に診断モデル構築装置10へ出力する。
【0018】
診断モデル構築装置10では、学習部12が、シミュレータ2が事象の再現中に演算した運転パラメータを収集し、シミュレータ2が再現した事象と対応付けて、設定条件別に記憶部13に書き込んで保存する(ステップS3)。次に再現指示部11は、全ての事象を再現したか否かを判定する(ステップS4)。上記の例の場合、再現指示部11は、小中大のそれぞれの規模で異常事象A~Cを再現し、そのほかに正常な運転状態の再現を行ったか否かを判定する。全ての事象を再現していない場合(ステップS4;No)、再現していない事象について、ステップS2、S3の処理を繰り返す。全ての事象が再現されると、記憶部13には、規模別の異常事象A~Cの各々について、様々な条件下で、その異常事象が発生するときの、異常事象の発生前から発生後までの時系列の様々な運転パラメータの値が保存され、正常な運転状態についても、様々な条件下で正常に運転されたときの時系列の様々な運転パラメータの値が保存される。
【0019】
シミュレータ2が全ての事象を再現した場合(ステップS4;Yes)、学習部12が診断モデルを構築する(ステップS5)。ここで、
図3を参照する。
図3は、実施形態に係る診断モデルの構築処理の概要を示す図である。シミュレータ2が演算した運転パラメータには、(1)温度P1、圧力、流量などのプラントの状態を表す物理パラメータをアナログ値で表したもの、(2)制御棒位置P2やバルブ弁開度などのプラントの補機状態をアナログ値で表したもの、(3)バルブP3の開・閉やポンプP4の起動・停止のようにプラントの補機状態をロジカル値で表したもの、(4)原子炉トリップ信号P5の発信・未発信のようにトリップ信号やインターロック信号の発信状態をロジカル値で表したもの、が含まれる。ロジカル値は0か1の何れかの値をとる。学習部12は、記憶部13に保存された事象別、規模別、条件別の、これら4種類の運転パラメータを入力パラメータ、正常、異常事象A、異常事象B、異常事象Cなど発生する事象を出力として、両者の関係を学習した診断モデルを構築する。例えば、学習部12は、機械学習のランダムフォレスト、深層学習のCNN(Convolutional Neural Network)等のAI学習により、診断モデルを構築する。学習方法については他のAI処理方法であってもよい。(1)~(4)の入力パラメータが入力されると、診断モデルは、入力パラメータが示す事象が何れの事象であるかを、事象ごとの発生予測確率で示す。各事象の発生予測確率は、全体で1となるように比率で出力される。例えば、検知可能な事象が、正常、異常事象A~Cの場合、異常事象Aの確率が0.9、正常が0.1、異常事象B,Cの確率が0のように出力される。
【0020】
ここで、(3)のロジカル値について説明する。(3)の補機状態のロジカル値は、例えば、通常運転時には閉じているバルブP3、通常運転時には停止しているポンプP4について適用される値の形式である。通常運転時には閉じているバルブP3が、その開度に関係なく、開くことそのものが通常ではない状態を表している場合、異常事象の検知や同定において、閉状態か開状態かが大きな意味を持つ(診断に大きな影響を与える)ように、このパラメータの値の形式にロジカル値(0又は1)を適用する。
【0021】
(3)のロジカル値については、シミュレータ2が、ロジカル値を出力するように構成されていてもよいし、学習部12が、予め設定されたバルブP3、ポンプP4の状態について、シミュレータ2が出力した値に基づいて0か1の何れかの値を設定してもよい。
【0022】
次に(4)のロジカル値について説明する。何れの事象が発生した場合においても、原子力プラントが原子炉トリップした後の(1)~(3)の運転パラメータの値は、類似する傾向があり、原子炉トリップ後に正確な事象予測をすることが困難な可能性がある。その一方で、通常、原子炉トリップのトリガーとなる原子炉トリップ信号等は、原子力プラントで発生している異常事象により異なることが多い。つまり、トリップ信号やインターロック信号の種類や発信タイミングは、異常事象の種類を同定するうえで大きな目印となる。トリップ信号、インターロック信号を入力パラメータに含めておくことで、精度よく異常事象の種類の同定できる診断モデルを構築できる。
【0023】
なお、従来の異常事象の検知を行うシステムでは、トリップ信号やインターロック信号の発信に基づいて、異常事象の発生検知や同定を行うが、本実施形態では、(4)に加え、
図3の(1)~(3)の入力パラメータに基づいて構築された診断モデルによって異常検知を行う。その為、例えば、温度P1の微小な変化やトレンド、温度P1とその他の物理パラメータの相関等が異常事象Aと関係する場合、診断モデルは、異常事象Aに関連する各種トリップ信号等が発信される前に、温度P1の微小な変化等に基づいて、異常事象Aの予兆を検知できる可能性がある。このように本実施形態の診断モデルによれば、異常事象の早期検知と高精度な異常事象の検知を両立することができる。
なお、入力パラメータにどの運転パラメータを採用するかについては任意である。例えば、異常事象の検知に有効な運転パラメータを選別して、診断モデルの入力パラメータに採用してもよい。
【0024】
学習部12は、診断モデルを構築すると、学習済みの診断モデルを記憶部13に書き込んで保存する(ステップS6)。また、診断モデル構築装置10は、学習済みの診断モデルを異常事象診断装置20へ出力する。異常事象診断装置20では、データ取得部21が、診断モデルを取得して記憶部24に保存する。異常事象の検知および種類や規模の同定は、異常事象診断装置20が行う。
【0025】
(異常事象の検知・同定処理)
次に稼働中のプラント3を監視する場面を例に異常事象の検知、同定する処理について説明する。
図4は、実施形態に係る異常事象の検知同定処理の一例を示すフローチャートである。
プラント3からは、
図3で例示した4種類の運転パラメータ(入力パラメータ)についての最新の値が、所定の制御周期で、異常事象診断装置20へ送信される。異常事象診断装置20では、データ取得部21が、最新の運転パラメータを取得する(ステップS11)。データ取得部21は、運転パラメータを診断部22へ出力する。診断部22は、記憶部24に保存された学習済みの診断モデルに取得した運転パラメータを入力する(ステップS12)。診断モデルは、運転パラメータが入力されると、運転パラメータが示す事象を予測し、その予測結果を診断部22と出力部23へ出力する。出力部23は、診断モデルが出力する診断結果を、異常事象診断装置20に接続された表示装置へ出力する(ステップS13)。
図5に診断モデルが出力する診断結果の一例を示す。
【0026】
図5は、実施形態に係る診断モデルの診断結果の一例を示す図である。
図5に示すグラフの縦軸は事象予測確率、横軸は時間を示す。グラフL1はプラント3の運転状態が正常である確率、グラフL2は異常事象Aの発生予測確率、グラフL3は異常事象Bの発生予測確率、グラフL4は異常事象Cの発生予測確率を示している。上述の通り、各事象の発生予測確率の和は1である。診断モデルは、最新の入力パラメータが入力されると、プラント3に生じている事象を予測し、その確率(=発生予測確率)を出力する。診断モデルは、時々刻々と入力される最新の入力パラメータに対して事象予測の結果を出力する処理を継続して行う。
図5に例示するグラフは、そのようにして出力されるグラフである。出力部23は、所定の制御周期でその内容を更新しながら、
図5に例示するグラフを表示装置に出力する。
【0027】
一方、診断部22は、診断モデルの予測に基づき、プラント3に生じている事象を同定する(ステップS14)。例えば、診断部22は、所定の閾値(0.6等)に基づいて、診断モデルが予測した事象のうち、発生予測確率が閾値を超過している事象を、その時間にプラント3に生じている事象であると同定する。なお、事象の同定に関し、診断部22は、ある事象の発生予測確率が連続して所定時間以上閾値を超過すると、その事象が発生していると判定してもよいし、所定時間内に所定回数以上閾値を超過すると、その事象が発生していると判定してもよい。
図5の例の場合、時刻t0~t1までの間、診断部22は、プラント3の運転状態は正常と同定する。例えば、時刻t1~t2までの間、診断部22は、プラント3の状態を同定できないと判定する。同定できない場合、例えば、診断部22は、診断モデルの出力に従って、正常の可能性:x1%、異常事象Aの可能性:x2%、異常事象Bの可能性:x3%、異常事象Cの可能性:x4%、と判定し、出力部23を通じて、その判定結果を表示装置へ出力してもよい。時刻t2以降、診断部22は、プラント3に異常事象Aが発生していると判定する。
【0028】
診断部22は、同定した事象が異常事象か否かを判定する(ステップS15)。異常事象が同定されていない場合(ステップS15;No)、異常事象診断装置20は、プラント3の監視中、ステップS11からの処理を繰り返し行う。異常事象が同定された場合(ステップS15;Yes)、異常事象が検知されたことになるので、診断部22は、同定した異常事象の種類、規模が同定されていれば規模(小中大)、異常事象を同定した時刻(異常検知時刻)等を出力部23へ出力し、出力部23に異常事象の発生を知らせる警報を出力するよう指示する。出力部23は、同定された異常事象A、異常検知時刻、規模などの情報を表示装置に表示する等して警報を出力する(ステップS16)。警報が出力された後も、異常事象診断装置20は、ステップS11からの処理を繰り返し行う。
【0029】
異常事象Aが発生する過程において、従来のルールベースでは検知できない段階(例えば、各種トリップ信号が発信される前)で異常事象Aの発生予測確率が閾値に到達すれば、異常事象診断装置20は、異常事象Aの発生を検知することができる。出願人による検証の結果、実際に従来よりも早期に異常事象Aを検知できることが確認されている。また、異常事象の発生過程で(1)~(4)の入力パラメータの挙動が類似する場合、
図5の時刻t1~t2の間のように、複数の異常事象の発生確率が一定以上となる可能性があるが、
図5のグラフにおいて各異常事象の発生予測確率の大きさや推移(グラフL2の立ち上がりの開始時刻や立ち上がり角度)を参考にすることができる。
図5の例では、異常事象A~Cを検知することとしたが、上述の通り、異常事象A~Cのそれぞれについて規模別に運転パラメータを収集し、学習することで、異常事象の種類の同定とともに、その規模を同定することができる。
【0030】
また、上記説明においては、運転中のプラント3を監視する場面を例に説明を行ったが、本実施形態の異常事象診断システム1は、原子力プラントの運転員の訓練にも活用することができる。具体的には、運転訓練シミュレータ4と異常事象診断装置20を通信可能に接続し、運転員の訓練中に運転訓練シミュレータ4が演算する運転パラメータを、データ取得部21が取得する。そして、異常事象診断装置20は、
図4のフローチャートで説明したように診断モデルの出力結果や警報を、訓練中の運転員が見る表示装置に表示する。これにより、運転員は、異常事象の早期検知に対応したオペレーションを訓練することができる。また、異常事象診断システム1を従来のルールベースの運転支援システムと併用して利用することができる。
【0031】
上記説明したように、異常事象診断システム1によれば、早期にプラントの異常事象を検知し、その異常事象を同定することができるので、速やかに異常事象収束のための対処を行うことができる。より具体的には、従来のルールベースでの異常検知では、主に原子力プラントのトリップ信号の発信以降に事象判定を行うこととなっており、また、ゆらぎやノイズによる誤検知を避けるためトリップ信号の発信判定までにはある程度の余裕が設けられており異常判定までに時間を要する。これに対し、異常事象診断システム1では、プラントに異常が発生し、徐々に運転パラメータが変動していく様子を捉え、事象の同定(ステップS14)を行うため、より早期な異常事象の検知が可能である。また、従来のルールベースでの異常検知では、主に原子力プラントのトリップ信号の発信以降に事象判定を行うこととなっているため、トリップに至らない小規模な異常事象については検知不可能であったが、異常事象診断システム1によれば、様々な規模の異常についてのシミュレーション結果を事前に学習可能であるため、小さな異常事象であっても検知することができる。
【0032】
また、異常事象診断システム1によれば、シミュレータ2を用いて運転パラメータを収集するので、様々な条件を設定してシミュレータ2に繰り返し異常事象を再現させることで、精度の良い診断モデルの構築に必要な学習データを揃えることができる。
【0033】
異常事象診断システム1では、運転パラメータには、プラントの状態を表す物理パラメータのアナログ値、プラントに設けられたバルブやポンプ等の補機の状態値(アナログ値およびロジカル値)が含まれ、これらの挙動と異常事象の関係を学習する。例えば、複数の運転パラメータの相関と異常事象の関係や、微小な運転パラメータの変化と異常事象の関係などを学習した診断モデルが得られる可能性がある。従って、従来の(誤検出防止が考慮された)閾値による判定よりも早期に異常事象を検知することができる診断モデルを構築することができる。また、学習対象の運転パラメータには、従来から異常事象の検知に用いられる各種のトリップ信号、インターロック信号が含まれる。これにより、物理パラメータ等の挙動だけでは、判別しにくい異常事象についても、従来のトリップ信号等に基づいて異常検知を行う方法と同程度以上の精度で検知することができる。
【0034】
また、ロジカル値は0から1へと大きく変化するインパクトのあるデータであるところ、補機状態のロジカル値や、トリップ信号及びインターロック信号の発信状況(ロジカル値)を運転パラメータに含め、これをアナログ値と組み合わせることで、異常事象の検知精度を高めることができる。
【0035】
また、シミュレータ2に、検知対象の異常事象を再現させることで、所望の異常検知が可能になる。例えば、同じ種類の異常事象についても規模別に再現させ、規模別に運転パラメータと異常事象の関係を学習することで、異常事象の種類と規模を同定することができる診断モデルを構築することができる。また、プラントの出力の大きさに応じて発生する異常事象と運転パラメータの関係が異なる場合、シミュレータ2に与える設定条件に出力の大きさを加え、出力の大きさを変化させて(例えば、50%と100%等)、それぞれの出力で異常事象を再現させて学習パラメータを収集し、診断モデルの入力パラメータに、(1)~(4)の学習パラメータに加え、プラントの出力を含めて診断モデルを構築してもよい。これにより、プラントの出力別に異常事象を検知することができる。
【0036】
また、異常事象として、例えば、あるバルブの誤開を考えた場合、バルブの故障によって誤って開いている場合もあれば、センサが故障してバルブ開を検知した場合もある。事象検知を細分化するために、当該バルブの開閉に関するパラメータを増やすことで、バルブが誤開したのか、センサの誤検知なのかを区別して、バルブ誤開の異常事象を検知する診断モデルを構築することができる。
【0037】
(事象同定処理の詳細)
次に
図6を用いて、
図4のステップS14の処理の他の例について詳細に説明する。
図6に、異常事象の種類を同定するロジックの一例を示す。
診断部22は、診断モデルが出力する正常の確率が所定の閾値以下に低下したかどうかを判定する(ステップS141)。正常の確率が閾値を上回っている間は、診断部22は、プラントの状態は正常であると判定する(ステップS142)。正常の確率が閾値以下となると、診断部22は、何らかの異常が発生したと判定する(ステップS143)。診断部22は、判定結果を出力部23に出力する。出力部23は、判定結果を監視画面に表示し、表示装置へ出力する。判定結果を表示する監視画面については後述する。
【0038】
異常発生を判定すると、診断部22は、診断モデルが出力する事象の発生予測確率を監視しながら、異常候補を抽出する処理(ステップS144~S146)を実行する。診断部22は、異常発生を判定すると、それぞれの事象についての発生予測確率の積算を開始する(ステップS144)。発生予測確率の積算とは、時々刻々と診断モデルから出力される発生予測確率の値を事象別に加算していくことをいう。この処理は、異常発生の判定後から最終的に事象を同定するまでの間、継続して実行される。次に診断部22は、所定の制御周期で、各事象の発生予測確率の積算値が大きいものから順に所定個(例えば3~5個)を選択する(ステップS145)。診断部22は、選択した上位3~5個の値のそれぞれに対応する事象を異常事象の候補として出力部23に出力する。出力部23は、事象の候補を表示した監視画面を表示装置へ出力する。診断モデルが出力した発生予測確率の瞬時値だけでは、一時的な運転パラメータの変動等により事象同定を誤る可能性がある。診断部22は、診断モデルによる診断結果を時間積分した値によって、異常発生から現在までの診断結果の履歴が示す発生確率が高い異常事象を所定個だけ選択し、選択した事象を現在における有力な候補として認識する。次に診断部22は、事象の同定が完了したかどうかを判定する(ステップS146)。例えば、診断部22は、選択した3~5個の異常事象うち最も積算値が高い事象Aとそれ以外の事象の積算値との差が所定の閾値以上で、且つ、診断モデルが出力した事象Aの発生予測確率(瞬時値)が所定の閾値以上大きい場合(又は、事象Aの発生予測確率が他の事象の発生予測確率より所定の閾値以上大きい場合)、あるいは、そのような条件を満たす状態が所定の閾値以上継続する場合、事象の同定が完了したと判定する。診断部22は、事象の同定が完了するまでの間(ステップS146;No)、ステップS144~146の処理を繰り返し実行する。診断部22は、事象の同定が完了すると(ステップS146;Yes)、同定した事象を出力部23に出力する(ステップS147)。出力部23は、同定された事象を表示した監視画面を表示装置へ出力する(後述)。
【0039】
異常事象の同定では必ずしも1種類の事象に同定できるとは限らない。ステップS146の処理で、診断部22は、積算値が高い順に、例えば、2個の事象(事象A、事象Bとする。)の積算値とそれ以外の事象の積算値との差が所定の閾値以上で、且つ、診断モデルが出力した事象A~Bの発生予測確率が所定の閾値以上大きい場合(又は、事象A~Bの発生予測確率が他の事象の発生予測確率より所定の閾値以上大きい場合)、事象A又は事象Bが発生していると判断して、事象の同定が完了したと判定してもよい。
【0040】
図6に示すロジックにより、運転員は、発生し得る多数の事象の中から実際に発生していると考えられる確率が高い異常事象を早期かつ正確に把握することができる。また、診断モデルが出力する発生予測確率が、全事象とも比較的低い状態で継続する場合は、1つの事象に同定せずに上位3~5個の異常事象に絞り込んで提示する。運転員は、診断部22が抽出した異常事象の候補を参考にしながら、プラント3から送信される運転パラメータの挙動を確認することにより、(結果的に1つの異常事象に同定することができない場合であっても)実際に発生している異常事象を推定することができる。次に診断部22による同定結果と、実際の運転パラメータを同時に確認することができる監視画面の一例について説明する。
【0041】
(監視画面)
図7は、実施形態に係る監視画面100の一例を示す図である。出力部23は、
図4のステップS13~S16の処理において、
図7に例示する監視画面100を作成し、表示装置へ出力する。監視画面100は、診断モデルが出力する発生予測確率および診断部22による同定の状況を表示するAI関連情報表示領域100Aと、データ取得部21が取得したプラント3の運転パラメータを表示するユーザ判断支援情報表示領域100Bと、を含む。出力部23は、診断部22から各種情報を取得して表示領域100Aを更新し、データ取得部21から各種運転パラメータを取得して表示領域100Bを更新する。
【0042】
[AI関連情報表示領域(左側の領域)]
表示領域100Aは、診断部22による事象の同定状況を表示するステータス表示欄101と、診断モデルが出力する発生予測確率の時系列の推移を示すトレンドグラフ表示欄102と、スケール選択欄103と、現在値表示ボタン104と、積算値表示ボタン105と、リスト固定可変選択欄106と、発生予測確率リスト欄107とを含む。
【0043】
・ステータス表示欄
ステータス表示欄101には、プラント3のステータス、即ち診断部22がプラント3について同定した事象が表示される。診断部22が
図6のロジックに基づいて正常と判定すると(ステップS142)、出力部23は、ステータス表示欄101に“正常”を表示する(
図7)。診断部22が異常発生と判定すると(ステップS143)、出力部23は、ステータス表示欄101に“異常発生”を表示する。
図8に“異常発生”を表示したステータス表示欄101Aの一例を示す。また、診断部22が異常事象の候補を選択すると(ステップS145)、出力部23は、ステータス表示欄101に選択した異常事象の候補を、積算値の高いものから順に表示する。
図8に例示するステータス表示欄101Bは、診断部22が異常発生の判定後に、異常候補の選択を行う処理ステータスにおける表示例である。この例の場合、異常事象Aの積算値が最も高く(つまり、異常事象Aは現時点で最も実際に発生している可能性が高い事象)、2番目は異常事象B、3番目が異常事象Cである。さらに診断部22が最終的な異常事象を同定すると(ステップS146;Yes)、出力部23は、ステータス表示欄101に同定した異常事象を表示する。
図8のステータス表示欄101Cに“異常事象A”が同定された場合の表示例を示す。運転員は、ステータス表示欄101の表示を見て、診断モデルによる最新の診断結果を把握することができる。
【0044】
・トレンドグラフ表示欄
トレンドグラフ表示欄102には、異常の発生前後を通じて、あらかじめ定義された全ての事象の発生予測確率の推移が表示される。運転員は、各異常事象の発生予測確率の推移をトレンドグラフ表示欄102にて確認することができる。トレンドグラフ表示欄102の表示は、瞬時値の表示と積算値の表示とで切り替えることができる。運転員が、現在値表示ボタン104を押下すると、トレンドグラフ表示欄102には、診断モデルが出力した各事象の発生予測確率の瞬時値の推移が表示される。運転員が、積算値表示ボタン105を押下すると、トレンドグラフ表示欄102には、各事象の発生予測確率の積算値の推移が表示される。また、スケール選択欄103で5分と30分の何れかを選択することで、トレンドグラフ表示欄102に表示するグラフの横軸(時間)の範囲を切り替えることができる。例えば、運転員が、スケール選択欄103で30分を選択すると、グラフ表示欄102には、直前の30分間の瞬時値または積算値が表示される。
【0045】
・発生予測確率リスト欄
発生予測確率リスト欄107には、異常の発生前後を通じて、診断モデルが出力した発生予測確率が高いものから順に、各事象の名称と発生予測確率(瞬時値)とが一覧表示される。各事象の発生予測確率は、時々刻々と変化するものである。運転員が、ある時刻に発生予測確率リスト欄107に表示された事象の発生予測確率をその後も継続して確認したい場合には、リスト固定可変選択欄106を選択することにより、発生予測確率リスト欄107に表示される事象の種類をそのときに表示されている状態のまま固定することができる。これにより、気付かないうちにリストに表示される異常事象の種類が切り替わり、誤って事象判断を行うなどのヒューマンエラーを防止することができる。また、次に説明するように、運転員は、発生予測確率リスト欄107のリストの中から異常事象を選択し、選択した異常事象に関係が深いパラメータの値を表示領域100Bに表示させることができる。
【0046】
[ユーザ判断支援情報表示領域(右側の領域)]
表示領域100Bには、診断部22による同定結果に対して、運転員が、その同定結果が妥当であることを判断するための情報が表示される。表示領域100Bは、共通パラメータ表示欄110と、事象選択ボタン111と、事象別パラメータ表示欄112と、を含む。共通パラメータ表示欄110と事象別パラメータ表示欄112には、データ取得部11が取得した運転パラメータの最新の値または直前の所定時間に取得された値の推移が表示される。
【0047】
・共通パラメータ表示欄
共通パラメータ表示欄110には、プラント3の状態にかかわらず、プラント3で発生している事象を判断する為に常時必要となる共通パラメータが表示される。共通パラメータ表示欄110に表示されるパラメータの種類は固定されている。
図7の例ではパラメータA~Dが表示されているが、他の共通パラメータについても切り替えて表示することができてもよい。また、共通パラメータ表示欄110には、共通パラメータの時系列の推移を表示することができてもよい。
【0048】
・事象別パラメータ表示欄
事象別パラメータ表示欄112には、運転員が選択した異常事象に関係が深いパラメータが表示される。運転員は、発生予測確率リスト欄107に表示される事象のリストから異常事象を選択することができる。又は、運転員は、事象選択画面120から異常事象を選択することができる。運転員が、事象選択ボタン111を押下すると、出力部23は、事象選択画面120を表示する。
図9に事象選択画面120の一例を示す。事象選択画面120では、異常事象と最新の発生予測確率とが、様々なカテゴリに分類されて一覧表示される。例えば、事象1は、プラント3に生じる主要な異常事象のうちの1つである。事象5は、系統1の機能1に関連する異常事象である。事象選択画面120では、事象別パラメータ表示欄112に表示する異常事象を選択できるほか、全事象の発生予測確率の一覧を確認することができる。事象選択画面120において、運転員が、事象1~16の何れかを選択すると、出力部23は、事象選択画面120を非表示とし、事象別パラメータ表示欄112に選択された異常事象(事象5とする。)の監視に必要なパラメータを表示する。
【0049】
事象別パラメータ表示欄112内は、複数の小領域に区画され(例えば、表示欄112a~112d)、それぞれの小領域には、監視に適するように分類された1つ又は複数のパラメータが割り当てられている。例えば、
図7の表示欄112aには、事象5に関係が深い設備等の状態を示すパラメータ群(例えば、パラメータa~c等)の値がまとまって表示される。運転員は、表示欄112aを参照することにより当該異常事象に関連する設備やプロセスの状態を把握することができる。表示欄112b~112dには、事象5の監視に必要な他のパラメータが表示されている。例えば、表示欄112b、112dでは、パラメータd1~d4、パラメータfの時系列の値が折れ線グラフで表示されている。表示欄112bのパラメータd1~d4は、同時に比較しながら監視することが望ましい、あるいは1つのグラフにまとめて表示することが可能なパラメータ群である。また、表示欄112cでは、オンとオフの何れであるかを監視するパラメータe1,e2等が表示されている。図示する例に限らず、表示欄112a~112dでは、事象5に関連する各種のパラメータを、棒グラフ、折れ線グラフ、円グラフ、散布図、数値などパラメータ値の特性に応じた様々な態様で表示することができる。事象別パラメータ表示欄112に区画された小領域(表示欄112a~112d)の数は、4つに限定されず、3つ以下でもよいし、5つ以上であってもよい。また、どのパラメータをどの領域で表示するか、どのような態様で表示するかについて任意に設定することができてもよい。異常事象とその異常事象の監視に必要なパラメータは予め定められ記憶部24に登録されている。出力部23は、この情報に基づいて、事象別パラメータ表示欄112に表示するパラメータを切り替える。
【0050】
図6を用いて説明したように診断部22によれば、異常事象の早期検知、正確な同定(1つに同定できない場合は候補を選択)が可能である。しかし、実際のプラントでの運用を考えると、診断部22が判断した事象同定結果を運転員が鵜呑みにすることは、判断結果に対する責任の観点から現実的ではなく、運転員が各種の運転パラメータを確認して、診断部22の同定結果に対する確認を行うことが現実的である。監視画面100によれば、診断部22による同定処理の状況をリアルタイムで表示するだけではなく、診断部22による判断が正しいかどうかを確認することができるよう、運転パラメータの最新の値を並べて表示する。これにより、運転員は、早期かつ正確に異常事象を同定することができる。
【0051】
図10は、異常事象診断システムのハードウェア構成の一例を示す図である。
コンピュータ900は、CPU901、主記憶装置902、補助記憶装置903、入出力インタフェース904、通信インタフェース905を備える。
上述の診断モデル構築装置10、異常事象診断装置20は、コンピュータ900に実装される。そして、上述した各機能は、プログラムの形式で補助記憶装置903に記憶されている。CPU901は、プログラムを補助記憶装置903から読み出して主記憶装置902に展開し、当該プログラムに従って上記処理を実行する。また、CPU901は、プログラムに従って、記憶領域を主記憶装置902に確保する。また、CPU901は、プログラムに従って、処理中のデータを記憶する記憶領域を補助記憶装置903に確保する。
【0052】
なお、診断モデル構築装置10、異常事象診断装置20の全部または一部の機能を実現するためのプログラムをコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録して、この記録媒体に記録されたプログラムをコンピュータシステムに読み込ませ、実行することにより各機能部による処理を行ってもよい。ここでいう「コンピュータシステム」とは、OSや周辺機器等のハードウェアを含むものとする。また、「コンピュータシステム」は、WWWシステムを利用している場合であれば、ホームページ提供環境(あるいは表示環境)も含むものとする。また、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、CD、DVD、USB等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶装置のことをいう。また、このプログラムが通信回線によってコンピュータ900に配信される場合、配信を受けたコンピュータ900が当該プログラムを主記憶装置902に展開し、上記処理を実行しても良い。また、上記プログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであっても良く、さらに前述した機能をコンピュータシステムにすでに記録されているプログラムとの組み合わせで実現できるものであってもよい。
診断モデル構築装置10、異常事象診断装置20は、それぞれ通信可能な複数のコンピュータ900によって構成されていても良い。また、診断モデル構築装置10、異常事象診断装置20が1台のコンピュータ900によって構成されていても良い。
【0053】
以上のとおり、本開示に係るいくつかの実施形態を説明したが、これら全ての実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することを意図していない。これらの実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これらの実施形態及びその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【0054】
<付記>
各実施形態に記載の異常事象診断システム、異常事象診断方法及びプログラムは、例えば以下のように把握される。
【0055】
(1)第1の態様に係る異常事象診断システム1は、シミュレータがプラントの異常事象を再現したときに演算したパラメータ(運転パラメータ)と前記異常事象との関係をAI(artificial intelligence)処理で学習した学習済みモデル(診断モデル)と、前記プラントの監視用パラメータを取得するデータ取得部21と、前記監視用パラメータを前記学習済みモデルに入力したときに、前記学習済みモデルが出力する値に基づいて、前記異常事象を検知し、検知した前記異常事象の種類を同定する診断部22と、を備える。
これにより、異常事象の検知及び異常事象の種類の同定を早期に行うことができる。
【0056】
(2)第2の態様に係る異常事象診断システム1は、(1)の異常事象診断システム1であって、前記診断部22は、前記異常事象の規模をさらに同定する。
異常事象の規模ごとに学習した学習済みモデルを用いることで、異常事象の種類に加え、異常事象の規模を同定することができる。
【0057】
(3)第3の態様に係る異常事象診断システム1は、(1)~(2)の異常事象診断システム1であって、シミュレータ2に異常事象を発生させる再現指示部11と、前記シミュレータ2が演算した前記パラメータと前記異常事象との関係を学習した学習済みモデルを構築する学習部12と、をさらに備える。
シミュレータ2に異常事象を再現(模擬)させることで、実際のプラント3からは得難い運転パラメータを生成し、診断モデルを構築するために必要な学習データを収集することができる。
【0058】
(4)第4の態様に係る異常事象診断システム1は、(1)~(3)の異常事象診断システム1であって、前記パラメータは、プラント3の運転状態を示す物理量をアナログ値で示した物理パラメータと、前記プラントが備える第1の機器(補機)の状態をアナログ値で示した値と、前記プラントが備える第2の機器(補機)の状態をロジカル値で示した値と、を含む。
これらのパラメータを学習に用いることで、早期の異常事象の早期検知を可能とする学習済みモデルを構築することができる。
【0059】
(5)第5の態様に係る異常事象診断システム1は、(4)の異常事象診断システム1であって、前記パラメータには、前記プラントのトリップ信号又はインターロック信号がさらに含まれる。
これにより、異常事象の検知精度を確保、向上することができる。
【0060】
(6)第6の態様に係る異常事象診断システムは、(1)~(5)の異常事象診断システムであって、前記学習済みモデルは、前記プラントに生じる前記異常事象について、予め定められた複数の前記異常事象それぞれの発生予測確率を比率で出力する。
これにより、ある異常事象の発生予測確率を他の異常事象と比較することができる。
【0061】
(7)第7の態様に係る異常事象診断システムは、(1)~(5)の異常事象診断システムであって、前記データ取得部は、前記監視用パラメータを実プラントから取得する。
これにより、監視対象のプラントの異常事象の予兆検知が可能になる。
【0062】
(8)第8の態様に係る異常事象診断システムは、(1)~(6)の異常事象診断システムであって、前記データ取得部は、前記監視用パラメータをプラントの運転訓練シミュレータから取得する。
これにより、原子力プラントの運転訓練において、早期に異常事象が検知された場合のオペレーションを訓練することができる。
【0063】
(9)第9の態様に異常事象診断システムは、(1)~(8)の異常事象診断システムであって、前記診断部は、前記学習済みモデルが出力する前記プラントが正常である確率が閾値以下となると、前記異常事象が発生したと判定する。
これにより異常の発生を検知することができる。
【0064】
(10)第10の態様に異常事象診断システムは、(1)~(9)の異常事象診断システムであって、前記診断部は、前記学習済みモデルが出力する値の積算値が大きいものから順に所定個を選択し、選択した値に対応する事象を、前記プラントで発生している前記異常事象の候補とする。
これにより、プラントで発生している可能性が高い異常事象の候補を精度よく選択することができる。異常事象は1つに同定できない場合も多いが、本機能により、異常事象の有力な候補を把握することができる。
【0065】
(11)第11の態様に異常事象診断システムは、(1)~(10)の異常事象診断システムであって、前記診断部は、前記学習済みモデルが出力する値の積算値が大きい順に上位の1位と2位の差が所定の閾値以上であって、且つ、前記1位の値の瞬時値の大きさが最も大きい場合、前記1位の値に対応する事象を、発生した前記異常事象として同定する。
瞬時値と積算値の両方から異常事象を同定することで、精度よく異常事象の同定を行うことができる。
【0066】
(12)第12の態様に異常事象診断システムは、(1)~(11)の異常事象診断システムであって、前記診断部による前記異常事象の同定状況(正常、異常発生、上位3~5個の異常事象の候補の表示、最終的な同定)と、前記学習済みモデルが出力する値のトレンドグラフと、前記データ取得部が取得した前記監視用パラメータとを表示する監視画面を出力する出力部23、をさらに備える。
診断部が診断モデル(AI)に基づいて異常事象を同定したとしても、直ちにその同定結果を採用することにはリスクが伴うため、最終的な判断は運転員が行うことが望ましい。前記診断部による前記異常事象の同定状況に加え、診断モデルが出力する各事象の発生予測値のトレンドグラフと、プラントから採取した監視用パラメータとを並べて表示することで、運転員は、診断部による同定結果を参考にしつつ、診断モデルによるこれまでの事象予測の履歴や、プラントの実データに基づいて最終的な判断を行うことができる。
【0067】
(13)第13の態様に異常事象診断システムは、(12)の異常事象診断システムであって、前記出力部は、前記トレンドグラフにおいて、前記学習済みモデルが出力する値の瞬時値の推移と、前記値の積算値の推移とを切り替え可能に表示する。
瞬時値の推移だけではなく積算値の推移を参照することで、異常事象を同定する際に役立てることができる。
【0068】
(14)第14の態様に異常事象診断システムは、(12)~(13)の異常事象診断システムであって、前記出力部は、前記監視用パラメータについて、前記異常事象の種類に関係なく前記プラントで発生した事象の判断に必要な共通の前記監視用パラメータと、前記異常事象別の前記監視用パラメータと、を別々に表示し、前記異常事象別の前記監視用パラメータについては、選択を受け付けた前記異常事象の前記監視用パラメータを表示する。
これにより、共通の監視用パラメータを参照しつつ、発生事象の候補として選択された異常事象に関するパラメータを切り替えて表示することができ、監視の利便性が向上する。
【0069】
(15)第15の態様に係る異常事象診断方法は、プラントの監視用パラメータを取得するステップと、シミュレータが前記プラントの異常事象を再現したときに演算したパラメータと前記異常事象との関係をAI(artificial intelligence)処理で学習した学習済みモデルに、前記監視用パラメータを入力するステップと、前記学習済みモデルが出力する値に基づいて、前記異常事象を検知し、検知した前記異常事象の種類を同定するステップと、を有する。
【0070】
(16)第16の態様に係るプログラムは、コンピュータ900に、プラントの監視用パラメータを取得するステップと、シミュレータが前記プラントの異常事象を再現したときに演算したパラメータと前記異常事象との関係をAI(artificial intelligence)処理で学習した学習済みモデルに、前記監視用パラメータを入力するステップと、前記学習済みモデルが出力する値に基づいて、前記異常事象を検知し、検知した前記異常事象の種類を同定するステップと、を実行させる。
【符号の説明】
【0071】
1・・・異常事象診断システム
2・・・シミュレータ
3・・・プラント
4・・・運転訓練シミュレータ
10・・・診断モデル構築装置
11・・・再現指示部
12・・・学習部
13・・・記憶部
20・・・異常事象診断装置
21・・・データ取得部
22・・・診断部
23・・・出力部
24・・・記憶部
900・・・コンピュータ
901・・・CPU、
902・・・主記憶装置、
903・・・補助記憶装置、
904・・・入出力インタフェース
905・・・通信インタフェース