(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-05
(45)【発行日】2024-09-13
(54)【発明の名称】検知プローブ、プローブ顕微鏡及び試料温度計測方法
(51)【国際特許分類】
G01Q 70/14 20100101AFI20240906BHJP
G01Q 80/00 20100101ALI20240906BHJP
G01Q 70/18 20100101ALI20240906BHJP
G01K 11/20 20060101ALI20240906BHJP
G01K 11/30 20060101ALI20240906BHJP
【FI】
G01Q70/14
G01Q80/00 121
G01Q70/18
G01K11/20
G01K11/30
(21)【出願番号】P 2021128519
(22)【出願日】2021-08-04
【審査請求日】2024-02-06
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度文部科学省 科学技術試験研究委託事業「量子計測・センシング技術研究開発」のうち「固体量子センサの高度制御による革新的センサシステムの創出」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001689
【氏名又は名称】青稜弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】高口 雅成
【審査官】山口 剛
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-067650(JP,A)
【文献】国際公開第2020/218504(WO,A1)
【文献】特表2015-529328(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0018269(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第111220821(CN,A)
【文献】Jean-Philippe Tetienne、Alain Lombard、David A. Simpson、Cameron Ritchie、Jianing Lu、Paul Mulvaney,“Scanning Nanospin Ensemble Microscope for Nanoscale Magnetic and Thermal Imaging”,NANO LETTERS,米国,American Chemical Society,2015年12月28日,Vol.1,No.1,pp.326-333,DOI:10.1021/acs.nanolett.5b03877
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01Q 10/00 - 90/00
G01K 1/00 - 19/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の温度を計測するプローブ顕微鏡の検知プローブであって、
窒素-空孔複合体中心部を少なくとも一つ含有するプローブと、
前記プローブを支持する支持部と、を有し、
前記窒素-空孔複合体中心部と前記支持部との間に、少なくとも前記窒素-空孔複合体中心部を前記支持部から切り離す切離部を有することを特徴とする検知プローブ。
【請求項2】
前記切離部は、
前記窒素-空孔複合体中心部と前記支持部との間に、前記プローブの寸法が最小となる寸法最小部分を有し、
前記寸法最小部分は、
前記プローブの先端から所定の距離だけ離れた領域が選択的に細くなるような形状を有し、
前記プローブを前記試料に挿入した際に前記寸法最小部分を介して折れることにより、前記窒素-空孔複合体中心部を包含する前記プローブの先端部を前記支持部から切り離すことを特徴とする請求項1に記載の検知プローブ。
【請求項3】
前記切離部は、
前記窒素-空孔複合体中心部と前記支持部との間に、くびれ部を有し、
前記くびれ部は、
前記プローブを前記試料に挿入した際に折れることにより、前記窒素-空孔複合体中心部を包含する前記プローブの先端部を前記支持部から切り離すことを特徴とする請求項1に記載の検知プローブ。
【請求項4】
前記切離部は、
前記窒素-空孔複合体中心部と前記支持部との間に、窪み部を有し、
前記窪み部は、
前記プローブを前記試料に挿入した際に折れることにより、前記窒素-空孔複合体中心部を包含する前記プローブの先端部を前記支持部から切り離すことを特徴とする請求項1に記載の検知プローブ。
【請求項5】
前記切離部は、
前記窒素-空孔複合体中心部と前記支持部との間に、水溶性膜を有し、
前記水溶性膜は、
前記プローブを前記試料に挿入した際に溶解することにより、前記窒素-空孔複合体中心部を包含する前記プローブの先端部を前記支持部から切り離すことを特徴とする請求項1に記載の検知プローブ。
【請求項6】
前記水溶性膜は、
水溶性ポリエステル樹脂又は水溶性アクリル樹脂で形成されていることを特徴とする請求項5に記載の検知プローブ。
【請求項7】
試料を検知プローブで走査して前記試料の温度を計測するプローブ顕微鏡であって、
前記検知プローブは、
窒素-空孔複合体中心部を少なくとも一つ含有するプローブと、
前記プローブを支持する支持部と、を有し、
前記窒素-空孔複合体中心部と前記支持部との間に、少なくとも前記窒素-空孔複合体中心部を前記支持部から切り離す切離部を有することを特徴とするプローブ顕微鏡。
【請求項8】
前記切離部は、
前記窒素-空孔複合体中心部と前記支持部との間に、前記プローブの寸法が最小となる寸法最小部分を有し、
前記寸法最小部分は、
前記プローブの先端から所定の距離だけ離れた領域が選択的に細くなるような形状を有し、
前記プローブを前記試料に挿入した際に前記寸法最小部分を介して折れることにより、前記窒素-空孔複合体中心部を包含する前記プローブの先端部を前記支持部から切り離すことを特徴とする請求項7に記載のプローブ顕微鏡。
【請求項9】
前記切離部は、
前記窒素-空孔複合体中心部と前記支持部との間に、くびれ部を有し、
前記くびれ部は、
前記プローブを前記試料に挿入した際に折れることにより、前記窒素-空孔複合体中心部を包含する前記プローブの先端部を前記支持部から切り離すことを特徴とする請求項7に記載のプローブ顕微鏡。
【請求項10】
前記切離部は、
前記窒素-空孔複合体中心部と前記支持部との間に、窪み部を有し、
前記窪み部は、
前記プローブを前記試料に挿入した際に折れることにより、前記窒素-空孔複合体中心部を包含する前記プローブの先端部を前記支持部から切り離すことを特徴とする請求項7に記載のプローブ顕微鏡。
【請求項11】
前記切離部は、
前記窒素-空孔複合体中心部と前記支持部との間に、水溶性膜を有し、
前記水溶性膜は、
前記プローブを前記試料に挿入した際に溶解することにより、前記窒素-空孔複合体中心部を包含する前記プローブの先端部を前記支持部から切り離すことを特徴とする請求項7に記載のプローブ顕微鏡。
【請求項12】
前記水溶性膜は、
水溶性ポリエステル樹脂又は水溶性アクリル樹脂で形成されていることを特徴とする請求項11に記載のプローブ顕微鏡。
【請求項13】
試料を検知プローブで走査するプローブ顕微鏡を用いて前記試料の温度を計測する試料温度計測方法であって、
前記検知プローブを、窒素-空孔複合体中心部を少なくとも一つ含有するプローブと、前記プローブを支持する支持部とで形成し、
前記窒素-空孔複合体中心部を包含する前記プローブの先端部を前記支持部から切り離し、
切り離した前記窒素-空孔複合体中心部を包含する前記プローブの前記先端部を前記試料内の所定の箇所に挿入して前記試料内に残留させ、
残留させた前記窒素-空孔複合体中心部を介して、前記試料の温度を計測することを特徴とする試料温度計測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検知プローブ、プローブ顕微鏡及び試料温度計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療や生体機能を応用したエレクトロニクス向け新材料の研究開発が盛んになるにつれ、材料機能の可視化が課題である。すなわち細胞の場合における分化・誘導の過程モニタ、生体機能を模倣した例えば人工イオンチャネルにおける信号伝搬を定量的に計測する技術が必要となる。
【0003】
ここで示される過程や機能は計測量としては電場、磁場、温度、反応に伴う発光などの物理量として捉えられるべきものである。こうした中、例えば特定のたんぱく質に付随しやすい蛍光色素を標識として用い、反応過程を追跡する技術もしくは細胞内の特定小器官を遠心分離技術などで抽出し、遺伝子解析により反応過程を追跡する技術が広く行われているが、空間分解能が光の波長で規定されるサブマイクロメートルレベルであったり、細胞を破壊してしまうなど侵襲度が高いという問題があった。
【0004】
こうした中、近年、後述するNVセンターを有するダイヤモンド材料が微小電磁場、温度に感度が高く、センサとしての大きさが原子レベルであることから高空間分解能を有し、さらに素材がカーボン材であることから生体適合性にも優れていることからこのような生体機能計測に注目を集めている。
【0005】
NVセンターを用いた計測技術として、(1)NVセンターを含むナノ粒子を用いる方法と、(2)NVセンターを含むダイヤモンドプローブを用いた走査プローブ顕微鏡の方法がある(例えば、特許文献1参照)。
【0006】
しかし、(1)のNVセンターを含んだナノ粒子を用いた計測では、ナノ粒子が存在する箇所の周辺のみ測定可能であり、位置制御性は高くない。また、ナノ粒子が凝集している場合はその分は空間分解能が劣化するという課題を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特表2015-529328号公報(特許第6117926号)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記(2)のNVセンターを含んだプローブによる走査プローブ顕微鏡法は、高空間分解能が期待でき、磁場、電場など試料に対して非接触で測定できる物理量については問題ない。
【0009】
しかし、温度測定の場合は試料に触針する必要があり、触針により試料に温度変化が生じてしまう。この結果、高感度な温度計測を実現することは困難である。
【0010】
本発明の目的は、NVセンターを含んだプローブ顕微鏡の検知プローブにおいて、高感度な温度計測を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一態様の検知プローブは、試料の温度を計測するプローブ顕微鏡の検知プローブであって、窒素-空孔複合体中心部を少なくとも一つ含有するプローブと、前記プローブを支持する支持部と、を有し、前記窒素-空孔複合体中心部と前記支持部との間に、少なくとも前記窒素-空孔複合体中心部を前記支持部から切り離す切離部を有することを特徴とする。
【0012】
本発明の一態様のプローブ顕微鏡は、試料を検知プローブで走査して前記試料の温度を計測するプローブ顕微鏡であって、前記検知プローブは、窒素-空孔複合体中心部を少なくとも一つ含有するプローブと、前記プローブを支持する支持部と、を有し、前記窒素-空孔複合体中心部と前記支持部との間に、少なくとも前記窒素-空孔複合体中心部を前記支持部から切り離す切離部を有することを特徴とする。
【0013】
本発明の一態様の試料温度計測方法は、試料を検知プローブで走査するプローブ顕微鏡を用いて前記試料の温度を計測する試料温度計測方法であって、前記検知プローブを、窒素-空孔複合体中心部を少なくとも一つ含有するプローブと、前記プローブを支持する支持部とで形成し、前記窒素-空孔複合体中心部を包含する前記プローブの先端部を前記支持部から切り離し、切り離した前記窒素-空孔複合体中心部を包含する前記プローブの前記先端部を前記試料内の所定の箇所に挿入して前記試料内に残留させ、残留させた前記窒素-空孔複合体中心部を介して、前記試料の温度を計測することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一態様によれば、NVセンターを含んだプローブ顕微鏡の検知プローブにおいて、高感度な温度計測を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】NVセンターを有するダイヤモンドの結晶構造、電子エネルギー状態図と光検出磁気共鳴スペクトルの関係を示す図である。
【
図2】NVセンターを有するダイヤモンドをプローブに用いた走査プローブ顕微鏡の基本構成を示す図である。
【
図3】NVセンターを有するダイヤモンドをプローブの作製方法と液中試料に触針した時の熱散逸の課題を示す図である。
【
図4】NVセンターを有するダイヤモンドをプローブにおいて、先端のNVセンター部分を機械的な力で切り離して試料内に残留させるためのプローブ作製方法と細胞試料中の所望の箇所にNVセンターを注入する方法を示す図である。
【
図5】NVセンターを有するダイヤモンドプローブにおいて、先端のNVセンター部分を水溶性膜部分で切り離して試料内に残留させるためのプローブ作製方法と細胞試料中の所望の箇所にNVセンターを注入する方法を示す図である。
【
図6】ダイヤモンドプローブにおける熱伝導・熱放射に起因する温度勾配についての計算結果を示す図である。
【
図7】収束イオンビームとマイクロサンプリング法によるプローブ顕微鏡用プローブの作製過程を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、実施の形態を説明するための全図において、同一の部材には原則として同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する。
【0017】
最初に、
図1、
図2を参照して、本発明の前提となる一般的な技術について説明する。
【0018】
まず、NVセンターを有するダイヤモンドのユニットセル構造を
図1(a)に示す。
通常、窒素(N)を含有したダイヤモンド基板に電子線照射等により空孔(V)を一定量導入する。この後に高温アニールすることで窒素(N)と空孔(V)が〈111〉方向に隣接する位置に再配列し、エネルギー的に安定化する。ダイヤモンド中に形成されたこの発光中心はその原子構造からNVセンターと呼ばれている。こうした結晶は
図1(b)に示した特徴のある電子エネルギー状態を取ることになる。
【0019】
NV対は通常電子を1個捕獲して-1価のNV-となり、電子がスピン三重項状態を形成する。なにもしない状態で532nm波長の緑色光を照射すると、ms=0の状態から励起された電子はより長波長(550~800nm程度)の赤い蛍光を発することで元のms=0の状態に緩和する。
【0020】
一方、この結晶に2.87GHz近傍のマイクロ波を照射すると電子スピン共鳴により電子をms=0の状態からms=±1の状態へ励起することができる。ms=±1の状態に上記の532nm波長の緑色光を照射すると、電子の一部は無放射遷移を経由してms=0の状態に緩和する。この場合、赤色蛍光はその分が減少することになる。ms=±1の状態は無磁場下では縮退しているが、磁場がある場合はゼーマン分裂を起こし2準位に分裂する。
【0021】
この特徴を生かし、電子をm
s=0の状態からm
s=±1の状態へ励起するマイクロ波を波長を掃引することで電子スピン共鳴(ESR:Electron Spin Resonance)により共鳴準位を正確に計測することが可能となる。すなわちNVセンターに磁場が印加されている場合は
図2(b)右の共鳴スペクトルが得られ、2つのピークのエネルギー差(ここでは周波数の差)から印加磁場を算出することができる。このスペクトルは一般に光検出磁気共鳴(ODMR:Optically Detected Magnetic Resonance)スペクトルと呼ばれている。
【0022】
このODMRスペクトルはNVセンターに温度変化がある場合はさらにエネルギー(周波数)シフトが起こることが知られており、
図1(c)に示したように、室温300Kでは-75kHz/K、500Kでは-140kHz/Kのシフト量が得られる。従って、このシフト量からNVセンターの置かれている温度が計測でき、その精度は10mK以下であるとされている。
【0023】
NVセンターを応用した計測技術は、そのセンシング部分は
図1(a)に示されるように原子レベルの大きさであることから、原子レベルの空間分解能を有する可能性がある。
【0024】
しかしながら、光を用いた検出であることから発光点は光の波長、すなわち数100nm程度に広がってしまう。このため、試料の電磁場、温度をNVセンターで計測する際の高空間分解能化として以下の2つの方法、すなわち(1)NVセンターを含むナノ粒子を用いる方法と、(2)NVセンターを含むダイヤモンドプローブを用いた走査プローブ顕微鏡の方法がある。(1)については、NVセンターを含むカーボンナノ粒子が既に市販されており、これを測定対象である試料内に包含させる方法である。これに532nmの緑色レーザとマイクロ波を照射することで
図1(b)、(c)に示した赤色蛍光を検出する。空間分解能はナノ粒子が置かれた位置が正確に認識できている場合にはナノ粒子サイズが得られる。
【0025】
次に、
図2を参照して、装置構成の概要について説明する。
図2は、NVセンターを有するダイヤモンドをプローブに用いた走査プローブ顕微鏡の基本構成を示す図である。
【0026】
ここでは、一般の走査プローブ顕微鏡31(SPM:Scanning Probe Microscope)をベースに装置構成を示している。すなわち、除振機能を有する光学定盤13上の試料ステージ14上に試料15が設置されており、それを上からNVセンターを含むダイヤモンドプローブ16で走査している。
【0027】
試料15の近傍には、試料15に印加するためのマイクロ波用アンテナ17が設置される。他方、電子を励起する532nm波長の緑色レーザ19からの緑色レーザ光20がアライメントされ、透明性基材18を透過してダイヤモンドプローブ16に照射されている。この途中で緑色レーザ光20はAOM21(Acousto-Optic Modulator;音響光学変調器)を通過する。AOM21とは、結晶中に圧電素子による振動で定常波を作り、これを回折格子として利用するものである。結晶中に印加する振動周波数により回折格子の格子幅を制御することができるため、回折格子を通して曲がる光の角度を自由に変化させることができる。
【0028】
ダイヤモンドプローブ16はNVセンターを含み、ここから放射される赤色蛍光22が入射レーザ光と逆の光路を通り、ハーフミラー26を経由してAPD検出器23(Avalanche photodiode;アバランシェフォトダイオード)で検知される。緑色レーザ光20はビーム強度と形状を整えるためにビームプロファイラ24に、赤色蛍光はその発光特性を把握するために分光器25に導かれる。
【0029】
マイクロ波パワーアンプ29とAPD検出器23は制御系装置27に、プローブ顕微鏡31と試料ステージ14はSPMコントローラ28に接続され、この両者も通信で接続されており、マイクロ波や試料ステージ制御などのタイムシーケンスを制御できる仕組みである。これらは検出器への迷光の入射を避けるために暗室30の中に設置される。
【0030】
電磁場計測法としては10nm程度の高空間分解能計測が期待されている。NVセンターを含むダイヤモンドプローブ16は、透明性基材共々、ダイヤモンドで構成されている。また、ダイヤモンドを材料としたプローブ顕微鏡用探針の作製方法として、微細な構造を有する収束イオンビームを応用した加工技術であるFIBマイクロサンプリング法が応用されている。
【0031】
次に、
図3を参照して、本発明の関連技術について説明する。
まず、NVセンターを含有するダイヤモンド基板1を準備する。通常、ダイヤモンド基板1には窒素(N)が含有されているが、イオン注入で増やすことも行われている。この後、電子線照射をして空孔(V)を形成し、アニールにてNV対を形成する(
図3(a)参照)。
【0032】
ここから収束イオンビーム(FIB)とマイクロサンプリング技術、もしくはリソグラフィで微細加工をすることで、基材2上にプローブ形状のダイヤモンド探針3を接着剤5を介して設置する。ダイヤモンド探針3内にはNVセンター4が包含される(
図3(c))。
【0033】
こうして作製したプローブを、例えば生体試料観察に用いる場合、試料6は通常は液面7の下の液中に位置する。また温度を測定する場合は、電場、磁場測定と異なり、ダイヤモンド探針3は試料6に接触する必要がある。
【0034】
このため、基材2の温度をT1、NVセンター4の温度をT2、試料6の温度をT3とすると、針を経由して基材2への熱伝導や探針側面からの熱放射が発生し、試料6の温度が変化してしまうほか、試料6とNVセンター位置の間でも温度差が発生してしまうという問題があった(T1<T2<T3)。
【0035】
すなわち、本来mKレベルの高精度な温度計測が可能と言われているNVセンターの温度計測の能力を十分に活かせないという課題があった。
【0036】
本発明の実施形態は、NVセンターの温度計測の能力を十分に活かすことにある。これにより、NVセンターの設定位置の任意性と高空間分解能性を維持しつつ、探針を経由した外部への熱伝導を抑える。例えば、細胞内などで高感度な温度計測を実現する。
【0037】
初めに、プローブの熱伝導・熱放射を定量的に検討し、発明の構成に活用する。
【0038】
図6(a)には計算に用いたプローブ形状のモデルを示す。ここでは単純化し、半径rの円柱形状のプローブを検討した。x=0の位置に測定対象となる試料があり、ここの温度をTobjとした。x=xの位置にNVセンターがあり、ここの温度をTNVとした。x=∞での温度がTRTである。部材の熱伝導率をλ、表面熱伝導率(熱伝達率)をα、密度をρとすると、x軸方向の熱移動から側面の熱放射を差し引いた単位時間当たりの熱移動は式(数1)であらわされる。
【0039】
【数1】
ここで、S=πr2、S=2πrdxである。単位質量当りの熱量変化は式(数2)となる。
【0040】
【0041】
定常状態での温度変化は式(数3)となることから、
【0042】
【0043】
x=0でTNV=Tobj、x=∞でTNV=TRTとすると、NVセンター位置の温度を表す(数4)が得られる。
【0044】
【0045】
この式を用い、プローブ材料として、高熱伝導率を持つダイヤモンドと、光を高効率に透過することから基材候補である低熱伝導率を持つ石英ガラスの温度勾配の計算結果を
図6(c)~
図6(f)に示した。
【0046】
また、ダイヤモンド試料の場合の試料とNVセンター間の降下温度量を表1にまとめた。ここでプローブはそれぞれ静水中または流れの無い大気中(静空中)にあるものとした。また、Tobj=303K、TRT=300Kとした。
【0047】
熱伝導率λについては、ダイヤモンドでは1000W/(m・K)、石英ガラスでは1.4W/(m・K)とした。熱伝達率αについては、静水中では 100W/(m2・K)、静空中では5W/(m2・K)とした。プローブの半径はr=100nmとした。
【0048】
[表1]試料とNVセンター間の降下温度量(単位:mK)
【0049】
【0050】
図6(c)~
図6(f)および表1から以下の結論を得た。
【0051】
(1)「プローブ径が1μm以下と小さい場合、表面積:体積が大きく、軸方向の熱伝導より表面からの熱放射の方が温度勾配の要因として大きい。このため、温度勾配を小さくするために、軸方向に低熱伝導材を挿入するなどの熱伝導を抑える手段は有効ではない。
【0052】
(2)プローブ径を大きくすることで表面からの熱放射を抑えられるため、熱勾配は小さくできる。すなわち、プローブ径は測定系の空間分解能を規定する主要因であるため、空間分解能と温度分解能がトレードオフの関係を持つ。
【0053】
(3)NVセンターがプローブ内に複数ある場合、試料からの距離のばらつきが温度計測精度を低下させる。半径が100nmと小さい場合、細胞のような静水中での温度測定精度を1mK以下にするには、試料からNVセンターまでの距離は200nm程度以下に抑える必要がある。
【0054】
このように、半径が1μm以下のダイヤモンドプローブをプローブ顕微鏡として用いる場合には温度勾配の問題が発生し、測定対象に対してロバストな装置性能を有する設計が難しいという新たな課題が明らかになった。
【0055】
このことから、プローブ顕微鏡の持つ高分解能性を生かしつつ高精度な温度計測を行うには、NVセンターを含有するダイヤモンドをプローブ先端から切り離し、試料内に残留させることが有効であるとの結論を得た。
【0056】
すなわち、プローブ顕微鏡はダイヤモンドを高精度に試料に注入する装置としての役割を持つことになる。この考えに基づいた実施例1、2について
図4、
図5を用いて説明する。
【実施例1】
【0057】
図4を参照して、実施例1について説明する。
実施例1では、NVセンターを有するダイヤモンドプローブにおいて、先端のNVセンター部分を機械的な力で切り離し、試料内に残留させる。
【0058】
図4(a)、(b)は、
図3で述べた関連技術と同様であるのでその説明は省略する。
図4(c)には、基材(支持部)2に固定されたダイヤモンド探針(プローブ)3をさらに加工した形状を示す。収束イオンビーム(FIB)を用い、加工面8を形成する。すなわち、NVセンター4の直上のダイヤモンド探針3をできるだけ細くなるように加工する。
【0059】
収束イオンビーム(FIB)を用いれば、ダイヤモンド探針3の細く残った部分の幅は10nm程度にすることができる。この状態のダイヤモンド探針を
図4(d)に示した細胞試料9に挿入するとNVセンター4を包含したダイヤモンド探針3の先端部のみ折れて、細胞試料9内に残留させることができる。
【0060】
このように、実施例1の検知プローブは、細胞試料9の温度を計測するプローブ顕微鏡の検知プローブである。検知プローブは、窒素-空孔複合体中心部(NVセンター4)を少なくとも一つ含有するプローブ(ダイヤモンド探針3)とプローブ(ダイヤモンド探針3)を支持する支持部(基材2)とを有する。さらに、窒素-空孔複合体中心部(NVセンター4)と支持部(基材2)との間に、少なくとも前記窒素-空孔複合体中心部(NVセンター4)を支持部(基材2)から切り離す切離部を有する。
【0061】
ここで、前記切離部は、窒素-空孔複合体中心部(NVセンター4)と支持部(基材2)との間に、プローブ(ダイヤモンド探針3)の寸法が最小となる寸法最小部分(加工面8)を有する。寸法最小部分(加工面8)は、プローブ(ダイヤモンド探針3)の先端から所定の距離だけ離れた領域が選択的に細くなるような形状を有する。そして、プローブ(ダイヤモンド探針3)を細胞試料9に挿入した際に寸法最小部分(加工面8)を介して折れることにより、窒素-空孔複合体中心部(NVセンター4)を包含するプローブ(ダイヤモンド探針3)の先端部を支持部(基材2)から切り離す。
【0062】
前記切離部は、例えば、窒素-空孔複合体中心部(NVセンター4)と支持部(基材2)との間に、くびれ部を有する(
図7(g)参照)。くびれ部は、プローブ(ダイヤモンド探針3)を細胞試料9に挿入した際に折れることにより、窒素-空孔複合体中心部(NVセンター4)を包含するプローブ(ダイヤモンド探針3)の先端部を支持部(基材2)から切り離す。
【0063】
また、前記切離部は、例えば、窒素-空孔複合体中心部(NVセンター4)と支持部(基材2)との間に、窪み部を有する(
図7(g)参照)。窪み部は、プローブ(ダイヤモンド探針3)を細胞試料9に挿入した際に折れることにより、窒素-空孔複合体中心部(NVセンター4)を包含する前記プローブ(ダイヤモンド探針3)の先端部を支持部(基材2)から切り離す。
【0064】
実施例1によれば、プローブ顕微鏡の持つプローブ位置制御精度でNVセンター4を細胞試料9内に設置し、プローブ顕微鏡本体から切り離す。この結果、熱勾配の発生も起こさないことから高感度な温度測定が可能となる。
【実施例2】
【0065】
図5を参照して、実施例2について説明する。
実施例2では、NVセンターを有するダイヤモンドをプローブにおいて、先端のNVセンター部分を水溶性膜部分で切り離し、試料内に残留させる。
【0066】
まず、イオン注入、電子線照射と熱処理が完了したダイヤモンド基板1上に水溶性膜10を形成し、ここからダイヤモンド探針3を切り出し基材2に固定する。
【0067】
ここでの最表面の水溶性膜10としては、例えば水溶性ポリエステル樹脂、水溶性アクリル樹脂など、数ミクロン厚さに薄く塗布でき、塗布後に硬化できる材料を形成することとする。これにより、基材2とダイヤモンド探針3の間には水溶性膜10が挟まる形状となる。ここでダイヤモンド探針3の先端から水溶性膜10までの探針長さは数100nm程度となるのが望ましい。
【0068】
このダイヤモンド探針3を
図5(c)に示した細胞試料9に挿入すると、水溶性膜10が溶解し、NVセンター4を包含したダイヤモンド探針3の先端部のみを細胞試料9内に残留させることができる。
【0069】
このように、実施例2の検知プローブは、細胞試料9の温度を計測するプローブ顕微鏡の検知プローブである。検知プローブは、窒素-空孔複合体中心部(NVセンター4)を少なくとも一つ含有するプローブ(ダイヤモンド探針3)とプローブ(ダイヤモンド探針3)を支持する支持部(基材2)とを有する。さらに、窒素-空孔複合体中心部(NVセンター4)と支持部(基材2)との間に、少なくとも前記窒素-空孔複合体中心部(NVセンター4)を支持部(基材2)から切り離す切離部を有する。
【0070】
前記切離部は、例えば、窒素-空孔複合体中心部(NVセンター4)と支持部(基材2)との間に、水溶性膜10を有する。水溶性膜10は、プローブ(ダイヤモンド探針3)を細胞試料9に挿入した際に溶解することにより、窒素-空孔複合体中心部(NVセンター4)を包含するプローブ(ダイヤモンド探針3)の先端部を支持部(基材2)から切り離す。
【0071】
実施例2によれば、実施例1と同様に、プローブ顕微鏡の持つプローブ位置制御精度でNVセンター4を細胞試料9内に設置し、プローブ顕微鏡本体から切り離す。この結果、熱勾配の発生も起こさないことから高感度な温度測定が可能となる。
【実施例3】
【0072】
図7を参照して、実施例3について説明する。
実施例3では、集束イオンビーム(FIB)とマイクロサンプリングを用いて、ダイヤモンド探針を基板から切り出す。
【0073】
まず、基板のうち後々ダイヤモンド探針にする領域をマイクロサンプル11として設定し、その周辺をイオンビームで溝加工すると共に、マイクロサンプル11にマイクロプローブ12を接触させる。次に、FIB装置内で有機タングステンガスを流し、マイクロプローブ12先端にイオンビームを照射することで有機タングステンガスを固体化しプローブと試料を固定する(
図7(a))。
【0074】
次に、マイクロプローブ12でマイクロサンプル11を摘出し、基材2に移動する(
図7(b))。
このあと、基材2とマイクロサンプル11の接触部に再度有機タングステンガスを流してイオンビームを照射することで、両者を仮固定する。続いて、FIBでマイクロプローブ12側の余分な試料部分を切除したあと、基材2とマイクロサンプル11の固定を強化し、本固定とする(
図7(c))。
【0075】
こうして基材2に固定された粗加工されたマイクロサンプル11に対し、
図7(d)に示された種々の方向からのFIB加工により目的の形状のダイヤモンド探針3を形成する。
【0076】
実際にダイヤモンド基板から作製したダイヤモンド探針3の先端部の電子顕微鏡写真を
図7(f)に示す。この写真から、試料が約1μm径の円柱もしくは1μm辺の角柱に加工できていることが確認できる。
【0077】
さらに、
図7(d)に示されたFIB加工プロセスを追加し、特に探針軸に対して垂直な方向からのFIB加工を行い、探針先端から1μm~3μm程度の領域が選択的に細くなるような形状加工を施した。加工の結果の試料外観の電子顕微鏡像を
図7(g)に示す。これにより、実施例1で述べた加工面8(
図4(c)参照)がFIB加工により実現できることが確認された。
【実施例4】
【0078】
図4、5を参照して、実施例4の試料温度計測方法について説明する。
実施例4では、細胞試料9を検知プローブで走査するプローブ顕微鏡を用いて細胞試料9の温度を計測する。
【0079】
まず、検知プローブを、窒素-空孔複合体中心部(NVセンター4)を少なくとも一つ含有するプローブ(ダイヤモンド探針3)と、プローブ(ダイヤモンド探針3)を支持する支持部(基材2)とで形成する。
【0080】
次に、窒素-空孔複合体中心部(NVセンター4)を包含するプローブ(ダイヤモンド探針3)の先端部を支持部(基材2)から切り離す。
【0081】
次に、切り離した窒素-空孔複合体中心部(NVセンター4)を包含するプローブ(ダイヤモンド探針3)の先端部を細胞試料9内の所定の箇所に挿入して細胞試料9内に残留させる。
【0082】
最後に、残留させた窒素-空孔複合体中心部(NVセンター4)を介して、細胞試料9の温度を計測する。
【0083】
以上、本発明者によってなされた発明を実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0084】
1 ダイヤモンド基板
2 基材
3 ダイヤモンド探針
4 NVセンター
5 接着剤
6 試料
7 液面
8 追加工面
9 細胞試料
10 水溶性層
11 マイクロサンプル
12 マイクロプローブ
13 光学定盤
14 試料ステージ
15 試料
16 ダイヤモンドプローブ
17 マイクロ波用アンテナ
18 透明性基材
19 緑色レーザ
20 緑色レーザ光
21 AOM
22 赤色蛍光
23 APD検出器
24 ビームプロファイラ
25 分光器
26 ハーフミラー
27 制御系装置
28 SPMコントローラ
29 マイクロ波パワーアンプ
30 暗室
31 走査プローブ顕微鏡