(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-05
(45)【発行日】2024-09-13
(54)【発明の名称】医療器具および医療器具の製造方法
(51)【国際特許分類】
A61L 33/06 20060101AFI20240906BHJP
A61L 29/12 20060101ALI20240906BHJP
A61L 29/08 20060101ALI20240906BHJP
【FI】
A61L33/06 300
A61L29/12 100
A61L29/08 100
A61L33/06 100
(21)【出願番号】P 2021546543
(86)(22)【出願日】2020-08-07
(86)【国際出願番号】 JP2020030403
(87)【国際公開番号】W WO2021053996
(87)【国際公開日】2021-03-25
【審査請求日】2023-05-11
(31)【優先権主張番号】P 2019168674
(32)【優先日】2019-09-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】IBC一番町弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】竹村 直人
【審査官】辰己 雅夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-000287(JP,A)
【文献】特開2001-104486(JP,A)
【文献】国際公開第2006/050806(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L15/00-33/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
斑状構造を表面に有する基材と、前記基材の表面にポリアルキレングリコールを含むコート層と、を有
し、
前記斑状構造が前記基材の表面に形成される凸部と前記基材の表面に形成される凹部とを含み、
前記凸部は、平面視で粒状のものがランダムに複数繋がって曲がりくねった線状体を形成している部分を有し、
前記凹部は、実質的に被覆されておらず、前記基材の表面が露出しており、平面視で前記凸部の周りを取り巻いて前記凸部の線状体を分散させた状態にしており、
前記凸部は、シリコーンおよびポリアルキレングリコールを含み、
前記斑状構造の平均凸部幅が0.1~10μmであり、前記斑状構造の平均凹部幅が0.1~10μmであり、
前記斑状構造の平均凸部幅と平均凹部幅との比(平均凸部幅/平均凹部幅)は、0.1~5である、医療器具。
【請求項2】
前記コート層に含まれるポリアルキレングリコールがポリエチレングリコールである、請求項1に記載の医療器具。
【請求項3】
前記シリコーンが架橋型シリコーンである、請求項1または2に記載の医療器具。
【請求項4】
前記斑状構造の平均凸部幅が0.5~3μmであり、前記斑状構造の平均凹部幅が0.5~3μmである、請求項1~3のいずれか1項に記載の医療器具。
【請求項5】
前記斑状構造の平均凸部幅と平均凹部幅との比(平均凸部幅/平均凹部幅)は、0.4~2である、請求項1~4のいずれか1項に記載の医療器具。
【請求項6】
0.1~20v/v%のシリコーンおよび
0.1w/v%以上2.0w/v%未満のポリアルキレングリコールを含む混合溶液を基材に塗布して、シリコーンを含む斑状構造を表面に有する基材を作製することと、
0.1~40w/v%のポリアルキレングリコールを含む溶液を、シリコーンを含む斑状構造を表面に有する基材に塗布して、コート層を形成することと、
を有する、
請求項1~5のいずれか1項に記載の医療器具の製造方法。
【請求項7】
前記混合溶液が1~10v/v%のシリコーンおよび0.1~1.0w/v%のポリアルキレングリコールを含む、請求項6に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療器具および医療器具の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カテーテル、留置針等生体内に挿入される医療器具は、輸液や輸血等を目的として使用されている。このような医療器具として、潤滑性を付与し、穿刺時の摩擦を低減するために、表面をシリコーンで処理したものが知られている。例えば、特公昭61-35870号公報には、アミノ基含有シランとエポキシ基含有シランの反応生成物と、シラノール基を含有するポリジオルガノシロキサンとの反応生成物を主成分とする組成物で表面処理された注射針が開示されている。
【発明の概要】
【0003】
特公昭61-35870号公報に記載の注射針は、確かに表面をシリコーンでコーティングすることにより、優れた刺通特性を有している。
【0004】
しかし、特公昭61-35870号公報に記載の組成物で血管内に留置される医療器具(例えば、留置カテーテル)の表面をコーティングした場合、優れた刺通特性を示すが、留置時間(例えば、24時間以上)によっては、抗血栓性が十分でないという問題があった。
【0005】
したがって、本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、優れた滑り性(特に、刺通特性)を有し、かつ優れた抗血栓性を発揮する医療器具を提供することを目的とする。
【0006】
本発明者は、上記の問題を解決すべく、鋭意研究を行った。その結果、シリコーンを含む斑状構造を表面に有する基材と、前記基材の表面にポリアルキレングリコールを含むコート層と、を有する、医療器具により上記課題が解決することを見出した。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、実施例および比較例で使用した血液循環実験の概略図である。
【
図2】
図2は、実施例で作製した斑状構造を表面に有する基材の表面構造を示すレーザー顕微鏡写真である。
【
図3】
図3は、表面構造を測定するためのレーザー顕微鏡写真である。
【
図4】
図4は、表面構造の測定方法を示すためのレーザー顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の一形態に係る実施の形態を説明する。本発明は、以下の実施の形態のみには限定されない。
【0009】
本明細書において、範囲を示す「X~Y」は「X以上Y以下」を意味する。また、特記しない限り、操作および物性等の測定は室温(25±1℃)/相対湿度40~50%RHの条件で行う。
【0010】
<医療器具>
本発明の一形態は、シリコーンを含む斑状構造を表面に有する基材と、前記基材の表面にポリアルキレングリコールを含むコート層と、を有する、医療器具である。医療器具が、シリコーンを含む斑状構造を表面に有する基材と前記基材の表面にポリアルキレングリコールを含むコート層とを有することにより、優れた滑り性(特に、刺通特性)を有し、かつ優れた抗血栓性を発揮することができる。
【0011】
本明細書において、基材の「表面」とは、医療器具が使用される際に血液などが接触する側の表面および基材内の孔の表面部分をいう。例えば、医療器具が留置カテーテルである場合、表面は、外表面および/または内表面を意味する。
【0012】
[シリコーンを含む斑状構造を表面に有する基材]
本形態に係る基材は、シリコーンを含む斑状構造を表面に有する。
【0013】
(基材)
基材本体の材料(斑状構造形成前の基材の材料)としては、特に制限されず、例えばポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン-α-オレフィン共重合体等のポリオレフィンや変性ポリオレフィン;ポリアミド;ポリイミド;ポリウレタン;ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリシクロヘキサンテレフタレート、ポリエチレン-2,6-ナフタレート等のポリエステル;ポリ塩化ビニル;ポリ塩化ビニリデン(PVDC);ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)等のフッ素樹脂等の各種高分子材料、金属、セラミック、カーボン、およびこれらの複合材料等が例示できる。上記の高分子材料は延伸処理がなされたもの(例えば、ePTFE)であっても良い。
【0014】
基材の形状は医療器具の用途等に応じて適宜選択され、例えば、チューブ状、シート状、ロッド状等の形状をとりうる。基材の形態は、上記のような材料を単独で用いた成形体に限定されず、ブレンド成形物、アロイ化成形物、多層化成形物などでも使用可能である。基材は単層であっても、積層されていてもよい。この際、基材が積層されている場合には、各層の基材は同じものであっても、異なるものであってもよい。
【0015】
(斑状構造)
本形態に係る発明において、医療器具を構成する基材の表面は、斑状構造にて構成されている。前記基材の表面は、凹凸状に形成されている。すなわち、一実施形態では、斑状構造は、前記表面に形成される凸部と、前記表面に形成される凹部とを含む。表面に形成される凸部は、シリコーンを含む。表面に形成される凹部は、実質的に被覆されておらず、基材の表面が露出している。凸部は平面視で粒状のものがランダムに複数繋がって曲がりくねった線状体を形成している部分を有する。凹部は平面視でその凸部の周りを取り巻いて凸部の線状体を比較的分散させた状態にしている。このように凸部と凹部が入り混じった状態を斑状という。斑状構造は、レーザー顕微鏡(対物レンズ150倍)で観察することにより確認できる。
【0016】
図2は、実施例で作製した斑状構造を表面に有する基材の表面構造を示す画像である。色の濃い部分が凸部に該当し、色の薄い部分が凹部に該当する。凸部に該当する色の濃い部分がランダムな方向に延びて他の部分と連なり、複数の箇所にて繋がっている。色の薄い凹部は、凸部の周りを囲んで他の凹部と連なっている。基材の表面は、このように凸部と凹部が入り混じった状態になっている。色の濃い部分が他の部分と複数の箇所にて繋がっているものは網目構造とも表現できる。
【0017】
なお、凸部部分にシリコーンが含まれることは、元素分析によって確認できる。
【0018】
本形態の医療器具は、基材の表面がシリコーンを含む斑状構造と、前記基材の表面にポリアルキレングリコールを含むコート層と、を有することにより、優れた滑り性(特に、刺通特性)を有し、かつ優れた抗血栓性を発揮することができる。
【0019】
基材の表面において、シリコーンを含む斑状構造として適度なサイズと分布により斑状を構成することにより、抗血栓性および滑り性を奏すると考えられる。シリコーンが斑状になるメカニズムは、第2成分として例えばポリエチレングリコール等のポリアルキレングリコール、基材およびシリコーンとの相互作用が関係していると考えられる。
【0020】
好ましい実施形態において、本発明の効果をより発現できるとの観点から、斑状構造の平均凸部幅は、好ましくは0.1~10μmであり、より好ましくは0.5~3μmである。また、斑状構造の平均凹部幅は、好ましくは0.1~10μmであり、より好ましくは0.5~3μmである。
【0021】
好ましい実施形態において、本発明の効果をより発現できるとの観点から、斑状構造の平均凸部幅と平均凹部幅との比(平均凸部幅/平均凹部幅)は、好ましくは0.1~5であり、より好ましくは0.3~3であり、さらに好ましくは0.4~2である。
【0022】
斑状構造の平均凸部幅および平均凹部幅は、以下の方法により測定することができる。
【0023】
まず、斑状構造を有する医療器具の表面をレーザー顕微鏡(VKX-100、キーエンス社製、対物レンズ150倍、モニター倍率3000倍)で観察し、画像を撮影する。撮影した画像を画像解析ソフトで解析する。具体的には、画像に任意の直線(第1の直線)を引き、また前記第1の直線に直交する第2の直線を引く。各直線と交差する凸部の部分を凸部幅とし、凹部部分を凹部幅とする。平均凸部幅は、少なくとも9点から得られた凸部幅を相加平均することで求める。また、平均凹部幅は、少なくとも9点から得られた凹部幅とし、得られた凹部幅を相加平均することで求める。X方向の測定値である凸部幅a、凹部幅b、Y方向の測定値である凸部幅a’、凹部幅b’に対し、b<b’のときa、bを採用し、b>b’のとき、a’、b’を採用する。
【0024】
・シリコーン
本形態に係るシリコーンとしては、特に制限されず、生体適合性のシリコーンを適宜使用できる。前記シリコーンとしては、形態の安定性の観点から、好ましくは架橋型シリコーンを使用する。
【0025】
架橋型シリコーンは、三次元の結合を含むシリコーン類である。架橋型シリコーンの具体例としては、特公昭61-35870号公報または特公昭62-52796号公報に記載のアミノ基含有シランとエポキシ基含有シランとの反応生成物と、シラノール基を含有するポリジオルガノシロキサンとの反応生成物、特公昭46-3627号公報に記載のアミノアルキルシロキサンとジメチルシロキサンとの共重合体などが挙げられる。
【0026】
アミノ基含有シランとしては、γ-アミノプロピルトリエトキシシラン、γ-アミノプロピルメチルジエトキシシラン、N-(β-アミノエチル)アミノメチルトリメトキシシラン、γ-(β-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、γ-(N-(β-アミノエチル)アミノ)プロピルメチルジメトキシシラン、N-(β-アミノエチル)アミノメチルトリブトキシシラン、γ-(N-(β-(N-(β-アミノエチル)アミノ)エチル)アミノ)プロピルトリメトキシシランなどが例示される。
【0027】
エポキシ基含有シランとしては、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、β-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、β-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルメチルジメトキシシラン、β-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリエトキシシラン、β-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルメチルジエトキシシランなどが例示される。
【0028】
シラノール基を含有するポリジオルガノシロキサンは、1分子中に少なくとも1個のシラノール基を有する。シラノール基を含有するポリジオルガノシロキサンの粘度は、25℃において、0.00002~1m2/sであり、好ましくは0.0001~0.1m2/sである。粘度が0.00002m2/s以上であると、十分な刺通性を得ることができる。粘度が1m2/s以下であると、硬化前の取り扱いが容易となる。シラノール基のケイ素原子に結合する有機基としては、メチル基等のアルキル基、フェニル基、ビニル基などが挙げられる。前記有機基は、ポリジオルガノシロキサンの合成の容易さの観点から、好ましくはメチル基またはフェニル基であり、より好ましくはメチル基である。シラノール基を含有するポリジオルガノシロキサンの具体例としては、片末端がシラノール基で閉塞され、もう一方の末端がトリメチルシリル基で閉塞されたポリジメチルシロキサン、両末端がシラノール基で閉塞されたポリジメチルシロキサン、両末端がシラノール基で閉塞されたポリメチルフェニルシロキサンなどが挙げられる。
【0029】
アミノ基含有シランとエポキシ基含有シランとの反応生成物は、アミノ基含有シランとエポキシ基含有シランとを撹拌しながら加熱して反応させることで得ることができる。
【0030】
アミノ基含有シランとエポキシ基含有シランとの反応比は、アミノ基含有シラン1モルに対し、エポキシ基含有シラン0.5~3.0モル、好ましくは0.75~1.5モルである。
【0031】
アミノ基含有シランとエポキシ基含有シランとの反応生成物(A成分)と、シラノール基を含有するポリジオルガノシロキサン(B成分)との反応生成物は、A成分とB成分とを、必要に応じて溶媒を使用して、加熱しながら反応させることで得ることができる。A成分とB成分との配合比は、A成分とB成分との合計に対して、A成分が0.1~10質量%であり、B成分が90~99.9質量%である。前記配合比は、好ましくはA成分が1~5質量%であり、B成分が95~99質量%である。
【0032】
また、架橋型シリコーンとして、市販品を使用することができる。使用可能な市販品としては、MDX4-4159(ダウケミカル社製)などが挙げられる。
【0033】
・その他の成分
本形態に係る斑状構造は、シリコーン以外の成分をさらに含むことができる。その他の成分としては、ポリアルキレングリコール、シリコーンと共通の溶媒に溶解可能なポリメトキシエチルアクリレート(PMEA)などの親水性高分子、薬理作用もしくは抗菌作用がある有機化合物などが挙げられる。
【0034】
一実施形態において、斑状構造は、シリコーンに加えてポリアルキレングリコールを含む。斑状構造がポリアルキレングリコールを含むことにより、滑り性、具体的には刺通特性を向上させることができる。刺通中にポリアルキレングリコールが溶出して抵抗を下げることができる。また、ポリアルキレングリコールの分子量(重量平均分子量)が高いほど滑り性を向上することができる。
【0035】
ポリアルキレングリコールは、刺通特性を向上させるとの観点から、好ましくはポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコールおよびポリブチレングリコールから選択され、より好ましくはポリエチレングリコールである。
【0036】
ポリアルキレングリコールの重量平均分子量は、例えば100~10000000であり、好ましくは200~4000000であり、より好ましくは400~500000である。重量平均分子量は、標準物質としてポリスチレン、移動相としてテトラヒドロフラン(THF)を用いたゲル浸透クロマトグラフィー(Gel Permeation Chromatography、GPC)により測定した値を採用する。
【0037】
[ポリアルキレングリコールを含むコート層]
本形態の医療器具は、上記基材の表面にポリアルキレングリコールを含むコート層を有する。これにより、基材表面の斑状構造による効果のうち、刺通特性をより向上させることができる。
【0038】
コート層は、基材の表面全体がコート層により完全に覆われている形態であってもよく、基材の表面の一部のみがコート層により覆われている形態、すなわち基材表面の一部のみにコート層が付着した形態であってもよい。
【0039】
ポリアルキレングリコールは、刺通特性を向上させるとの観点から、好ましくはポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコールおよびポリブチレングリコールから選択され、より好ましくはポリエチレングリコールである。
【0040】
ポリアルキレングリコールの重量平均分子量は、例えば400~10000000であり、好ましくは1000~4000000であり、より好ましくは2000~500000である。ポリアルキレングリコールの重量平均分子量が大きくなるにつれて、刺通特性をより向上させることができる。
【0041】
重量平均分子量は、標準物質としてポリスチレン、移動相としてテトラヒドロフラン(THF)を用いたゲル浸透クロマトグラフィー(Gel Permeation Chromatography、GPC)により測定した値を採用する。
【0042】
コート層は、ポリアルキレングリコールのみから形成されていてもよく、また本発明の効果を損なわない限り、ポリアルキレングリコール以外の成分を含んでいてもよい。ポリアルキレングリコール以外の成分としては、グリセリン、薬理作用もしくは抗菌作用がある水溶性の化合物などが挙げられる。
【0043】
コート層がポリアルキレングリコール以外の成分を含む場合、当該成分の含有量は、コート層の合計質量に対して、例えば0質量%を超えて50質量%以下である。
【0044】
[医療器具]
本形態の医療器具としては、体液や血液などと接触して用いる器具が挙げられる。上述のとおり、医療器具の表面がシリコーンを含む斑状構造と前記基材の表面にポリアルキレングリコールを含むコート層とを有することにより、優れた滑り性(特に、刺通特性)を有し、かつ優れた抗血栓性を発揮することができる。そのため、本形態の医療器具は、刺通特性および/または抗血栓性を要求されるものであれば、いずれの用途で使用されてもよい。例えば、カテーテル、シース、カニューレ、針、三方活栓、ガイドワイヤなどが挙げられる。また、他の例としては、血液回路、人工透析器、人工(補助)心臓、人工肺、留置針、人工腎臓、ステントなどが挙げられる。血管などの体腔に挿入や留置をする医療器具の場合は、体腔と接触する際に滑り性を向上させるために当該器具の少なくとも一部の外表面に上記構造を有することができる。カテーテル、シースなど、内部空間に他の器具を挿入する医療器具の場合は、他の器具を挿入する際の滑り性を向上させるために、内部空間の少なくとも一部の表面に上記構造を有することができる。特に、本形態の医療器具は、滑り性、特に刺通特性と抗血栓性とを両立できるため、留置カテーテルとして好適に使用される。
【0045】
<医療器具の製造方法>
本発明の別の形態は、シリコーンおよびポリアルキレングリコールを含む混合溶液を基材に塗布して、シリコーンを含む斑状構造を表面に有する基材を作製することと、
ポリアルキレングリコールを含む溶液を、シリコーンを含む斑状構造を表面に有する基材に塗布して、コート層を形成することと、を有する、医療器具の製造方法である。
【0046】
[シリコーンを含む斑状構造を表面に有する基材を作製する工程]
本工程では、シリコーンおよびポリアルキレングリコールを含む混合溶液を基材に塗布する。
【0047】
シリコーン、ポリアルキレングリコールおよび基材については、上記医療器具のシリコーンを含む斑状構造を表面に有する基材における形態と同様であるため、説明を省略する。
【0048】
混合溶液の調製方法は、特に制限されず、例えば溶媒にシリコーンおよびポリアルキレングリコールを溶解して作製することができる。溶媒としては、シリコーンおよびポリアルキレングリコールを溶解できるものであれば特に制限されない。例えば、上記架橋型シリコーンおよびポリアルキレングリコールに対する溶媒としては、ジクロロペンタフルオロプロパン、塩化メチレン、ハイドロクロロフルオロオレフィン、トランス-1,2-ジクロロエチレン、クロロホルムなどを使用できる。
【0049】
混合溶液中のシリコーンの濃度は、基材の表面に斑状構造を形成できる濃度であれば特に制限されないが、例えば0.1~20v/v%であり、好ましくは1~10v/v%である。
【0050】
混合溶液中のポリアルキレングリコールの濃度は、基材の表面に斑状構造を形成できる濃度であれば特に制限されないが、例えば0.1w/v%以上2.0w/v%未満であり、好ましくは0.1~1.0w/v%である。
【0051】
一実施形態において、本形態の製造方法に係る混合溶液は、1~10v/v%のシリコーンおよび0.1~1.0w/v%のポリアルキレングリコールを含む。
【0052】
使用するシリコーンおよびポリアルキレングリコールの種類、ならびに混合溶液中のシリコーンおよびポリアルキレングリコールの濃度を適宜調整することにより、医療器具の表面に形成される斑状構造の平均凸部幅および平均凹部幅を調整することができる。
【0053】
混合溶液を基材に塗布する方法は、特に制限されず、塗布・印刷法、浸漬法(ディッピング法、ディップコート法)、噴霧法(スプレー法)、スピンコート法、混合溶液含浸スポンジコート法など、従来公知の方法を使用できる。
【0054】
本形態の好ましい実施形態では、混合溶液を基材に塗布する方法は、浸漬法(ディッピング法)である。浸漬温度は、特に制限されず、例えば10~50℃であり、好ましくは、15~40℃である。浸漬時間は、特に制限されず、例えば10秒~30分である。
【0055】
なお、カテーテル、ガイドワイヤ、注射針等の細く狭い内面に斑状構造を形成させる場合、混合溶液中に基材を浸漬して、系内を減圧にして脱泡させてもよい。減圧にして脱泡させることにより、細く狭い内面に素早く溶液を浸透させ、斑状構造の形成を促進できる。
【0056】
混合溶液中に基材を浸漬した後は、基材を取り出して、乾燥処理を行う。基材を引き上げる際の速度は、特に制限されず、例えば5~50mm/secである。乾燥条件(温度、時間など)は、基材の表面に斑状構造を形成できる条件であれば、特に制限されない。具体的には、乾燥温度は、好ましくは20~150℃である。乾燥時間は、好ましくは20分~2時間、より好ましくは30分~1時間である。
【0057】
乾燥時の圧力条件も何ら制限されるものではなく、常圧(大気圧)下で行うことができるほか、加圧ないし減圧下で行ってもよい。
【0058】
乾燥手段(装置)としては、例えば、オーブン、減圧乾燥機などを利用することができるが、自然乾燥の場合には、特に乾燥手段(装置)は不要である。
【0059】
上記方法により、シリコーンを含む斑状構造を表面に有する基材を製造できる。
【0060】
[コート層を形成する工程]
本工程では、ポリアルキレングリコールを含む溶液を、シリコーンを含む斑状構造を表面に有する基材に塗布する。
【0061】
ポリアルキレングリコールについては、上記医療器具のポリアルキレングリコールを含むコート層における形態と同様であるため、説明を省略する。
【0062】
溶液の調製方法は、特に制限されず、例えば溶媒にポリアルキレングリコールを溶解して作製することができる。溶媒としては、ポリエチレングリコールを溶解できるものであれば特に制限されない。例えば、ポリアルキレングリコールがポリエチレングリコールである場合、溶媒としては、水、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール、アセトン、テトラヒドロフラン、ジクロロペンタフルオロプロパン、塩化メチレン、ハイドロクロロフルオロオレフィン、トランス-1,2-ジクロロエチレン、クロロホルムなどを使用できる。
【0063】
溶液中のポリアルキレングリコールの濃度は、使用するポリアルキレングリコールの重量平均分子量に応じて適宜調整されるが、例えば0.1~40w/v%である。
【0064】
コート層がポリアルキレングリコール以外の成分を含む場合、溶液中の当該成分の含有量は、コート層の合計質量に対して、例えば0質量%を超えて50質量%以下となるように、適宜調整できる。
【0065】
溶液を、シリコーンを含む斑状構造を表面に有する基材に塗布する方法は、特に制限されず、上記シリコーンを含む斑状構造を表面に有する基材を作製する工程と同様に、塗布・印刷法、浸漬法(ディッピング法、ディップコート法)、噴霧法(スプレー法)、スピンコート法、混合溶液含浸スポンジコート法など、従来公知の方法を使用できる。
【0066】
本形態の好ましい実施形態では、溶液をシリコーンを含む斑状構造を表面に有する基材に塗布する方法は、浸漬法(ディッピング法)である。浸漬温度は、特に制限されず、例えば10~50℃であり、好ましくは、15~40℃である。浸漬時間は、特に制限されず、例えば10秒~30分である。
【0067】
溶液中にシリコーンを含む斑状構造を表面に有する基材を浸漬した後は、当該基材を取り出して、乾燥処理を行う。基材を引き上げる際の速度は、特に制限されず、例えば5~50mm/secである。乾燥条件(温度、時間など)は、基材の表面にコート層を形成できる条件であれば、特に制限されない。具体的には、乾燥温度は、好ましくは20~150℃である。乾燥時間は、好ましくは20分~2時間、より好ましくは30分~1時間である。
【0068】
乾燥時の圧力条件も何ら制限されるものではなく、常圧(大気圧)下で行うことができるほか、加圧ないし減圧下で行ってもよい。
【0069】
乾燥手段(装置)としては、例えば、オーブン、減圧乾燥機などを利用することができるが、自然乾燥の場合には、特に乾燥手段(装置)は不要である。
【0070】
上記方法により、ポリアルキレングリコールを含むコート層を形成することができる。
【実施例】
【0071】
本発明の効果を、以下の実施例および比較例を用いて説明する。ただし、本発明の技術的範囲が以下の実施例のみに制限されるわけではない。特記しない限り、操作は室温(25℃)で行った。また、特記しない限り、「%」および「部」は、それぞれ、「重量%」および「重量部」を意味する。
【0072】
(カテーテル基材の作製)
ポリウレタン樹脂(日本ミラクトラン株式会社製)を用いて押出成型を行い、その後100℃で1時間アニール処理を行い、カテーテル基材を作製した。
【0073】
(斑状構造を表面に有する基材の作製)
ポリエチレングリコール(PEG)(重量平均分子量4000)と特公昭61-35870号公報に記載のコーティング剤調製例1に基づいて作られた架橋型シリコーンとをそれぞれ0.5w/v%と3v/v%とになるようアサヒクリンAK225(ジクロロペンタフルオロプロパン;旭硝子株式会社)に溶解して、混合溶液を作製した。この混合溶液に、株式会社アイエイアイ製ロボシリンダーを用いて、上記で作製したカテーテル基材を10秒間浸漬し、速度5mm/secで引き上げ、60℃で30分乾燥した。その後、RO水に浸漬して、斑状構造を表面に有する基材を作製した。作製した基材をレーザー顕微鏡(対物レンズ150倍)を用いて確認したところ、表面に斑状構造が形成されていた(
図2)。
【0074】
(実施例1)
ポリエチレングリコール(PEG)(重量平均分子量4000)を30w/v%になるようアサヒクリンAK225に溶解して、PEG溶液を作製した。このPEG溶液に、株式会社アイエイアイ製ロボシリンダーを用いて、上記で作製した斑状構造を表面に有する基材を浸漬し、速度5mm/secで引き上げ、60℃で30分乾燥して、カテーテルを作製した。
【0075】
(実施例2)
ポリエチレングリコール(PEG)(重量平均分子量50000)を1w/v%になるようアサヒクリンAK225に溶解して、PEG溶液を作製した。このPEG溶液に、株式会社アイエイアイ製ロボシリンダーを用いて、上記で作製した斑状構造を表面に有する基材を浸漬し、速度5mm/secで引き上げ、60℃で30分乾燥して、カテーテルを作製した。
【0076】
(実施例3)
ポリエチレングリコール(PEG)(重量平均分子量350000)を0.5w/v%になるようアサヒクリンAK225に溶解して、PEG溶液を作製した。このPEG溶液に、株式会社アイエイアイ製ロボシリンダーを用いて、上記で作製した斑状構造を表面に有する基材を浸漬し、速度5mm/secで引き上げ、60℃で30分乾燥して、カテーテルを作製した。
【0077】
(比較例1)
ポリエチレングリコール(PEG)(重量平均分子量4000)を30w/v%になるようアサヒクリンAK225に溶解して、PEG溶液を作製した。このPEG溶液に、株式会社アイエイアイ製ロボシリンダーを用いて、上記で作製したカテーテル基材を浸漬し、速度5mm/secで引き上げ、60℃で30分乾燥して、カテーテルを作製した。
【0078】
(比較例2)
ポリエチレングリコール(PEG)(重量平均分子量50000)を1w/v%になるようアサヒクリンAK225に溶解して、PEG溶液を作製した。このPEG溶液に、株式会社アイエイアイ製ロボシリンダーを用いて、上記で作製したカテーテル基材を浸漬し、速度5mm/secで引き上げ、60℃で30分乾燥して、カテーテルを作製した。
【0079】
(比較例3)
ポリエチレングリコール(PEG)(重量平均分子量350000)を0.5w/v%になるようアサヒクリンAK225に溶解して、PEG溶液を作製した。このPEG溶液に、株式会社アイエイアイ製ロボシリンダーを用いて、上記で作製したカテーテル基材を浸漬し、速度5mm/secで引き上げ、60℃で30分乾燥して、カテーテルを作製した。
【0080】
<評価>
[刺通抵抗評価]
実施例1~3のカテーテルおよび比較例1~3の比較カテーテルについて、刺通抵抗(胴部抵抗)を測定した。具体的には、外径0.8mm、内径1.1mmのカテーテルに内針を組み込み、株式会社島津製作所製小型卓上試験機EZ-1を用いて、厚さ50μmのポリエチレンフィルムに角度90度、速度30mm/minで水を垂らしながら穿刺し、針先から10mm通過後の最大抵抗値を測定した。結果を表1に示す。
【0081】
[抗血栓性評価]
実施例1~3のカテーテルおよび比較例1~3の比較カテーテルについて、
図1に示す系にて3時間の血液循環実験を行った。循環後、トロンビン-アンチトロンビン複合体(TAT)産生量を測定した。TAT産生量は、EIA法によって測定した。結果を表1に示す。
【0082】
[斑状構造の測定]
上記で作製した斑状構造を表面に有する基材について、レーザー顕微鏡(対物レンズ150倍)で観察し、画像を撮影した。撮影画像を画像解析ソフトで解析した。X方向(カテーテル軸方向)で斑状構造の凸部幅aと斑状構造の凹部幅bとをそれぞれ9点測定し、同じくX方向と直交するY方向についても斑状構造の凸部幅a’と斑状構造の凹部幅b’とをそれぞれ9点測定した(
図3および4参照)。得られた凸部幅および凹部幅を相加平均することで、平均凸部幅および平均凹部幅を算出した。結果を表1に示す。
【0083】
【0084】
表1に示すように、実施例のカテーテルは、比較例の比較カテーテルに比べて、優れた滑り性、具体的には刺通特性を有し、かつ優れた抗血栓性を発揮することが分かる。
【0085】
本出願は、2019年9月17日に出願された日本国特許出願第2019-168674号に基づいており、その開示内容は、参照により全体として引用されている。