(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-05
(45)【発行日】2024-09-13
(54)【発明の名称】CD56陽性細胞の比率を高めるための方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/077 20100101AFI20240906BHJP
C12N 5/02 20060101ALI20240906BHJP
A61K 35/34 20150101ALN20240906BHJP
A61P 9/04 20060101ALN20240906BHJP
A61L 27/38 20060101ALN20240906BHJP
【FI】
C12N5/077
C12N5/02
A61K35/34
A61P9/04
A61L27/38
A61L27/38 300
(21)【出願番号】P 2021551355
(86)(22)【出願日】2020-09-30
(86)【国際出願番号】 JP2020037093
(87)【国際公開番号】W WO2021065989
(87)【国際公開日】2021-04-08
【審査請求日】2023-06-12
(31)【優先権主張番号】P 2019179003
(32)【優先日】2019-09-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003971
【氏名又は名称】弁理士法人葛和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】結城 りさ
【審査官】斉藤 貴子
(56)【参考文献】
【文献】特表2003-535586(JP,A)
【文献】特表2015-531230(JP,A)
【文献】国際公開第2019/115790(WO,A1)
【文献】特開2019-30322(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
A61K
A61P
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
採取した骨格筋組織を保存液中に
12時間以上140時間以下浸漬するステップを含む、骨格筋組織中のCD56陽性細胞の比率を高める方法
であって、
保存液が、HBSS(Hanks' Balanced Salt Solution)およびグルコースからなり、かつ保存液中のグルコースの濃度が、2.6mg/mLである、前記方法。
【請求項2】
浸漬するステップが、採取した骨格筋組織中の非CD56陽性細胞の比率が20%以下に減少するまで浸漬する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
浸漬するステップが、骨格筋組織の膨潤度が1.2以上になるまで保存液に浸漬する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
CD56陽性細胞数の比率が高い細胞集団を製造する方法であって、請求項1~
3のいずれか一項に記載の方法を含む、前記方法。
【請求項5】
さらに骨格筋組織から細胞集団を分離するステップを含む、請求項
4に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、骨格筋組織中のCD56陽性細胞の比率を高めるための方法、CD56陽性細胞の比率の高い細胞集団の製造方法、それらを利用した移植片の製造方法、および当該製造方法によって製造された移植片等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の心臓病に対する治療の革新的進歩にかかわらず、重症心不全に対する治療体系は未だ確立されていない。重症心不全治療の解決策として新しい再生医療の展開が不可欠と考えられている。重症心筋梗塞等においては、心筋細胞が機能不全に陥り、さらに線維芽細胞の増殖、間質の線維化が進行し心不全を呈するようになる。心不全の進行に伴い、心筋細胞は傷害されてアポトーシスに陥るが、心筋細胞は殆ど細胞分裂をおこさないため、心筋細胞数は減少し心機能の低下もさらに進む。このような重症心不全患者に対する心機能回復には細胞移植法が有用とされ、既に骨格筋芽細胞よる臨床応用が開始されている。
【0003】
近年、その一例として、骨格筋芽細胞を含む心臓に移植可能な三次元に構成された細胞培養物と、その製造方法が提供された(特許文献1)。このような細胞移植に用いる骨格筋芽細胞は、通常移植する対象の骨格筋組織から骨格筋芽細胞や筋衛星細胞といったCD56陽性細胞を分離して得るが、CD56陽性細胞の割合を高める方策として、例えば、骨格筋組織をタンパク質分解酵素溶液に所定の時間浸漬して酵素処理を行って得られた酵素処理液を廃棄した後に、再度タンパク質分解酵素溶液に所定の時間浸漬して酵素処理を行って得られた酵素処理液に含まれる細胞を回収する方法や(特許文献2)、筋細胞のみを培養する培養液として血清と基礎培地とを含有し、上記血清濃度が全培養液中10~40体積%であり上記基礎培地が全培養液中50~90体積%であり、グルコースを実質的に含まない培地を使用することが知られている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2007-528755号公報
【文献】特開2011-110368号公報
【文献】特開2018-000194号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
骨格筋芽細胞や筋衛星細胞などのCD56陽性細胞は、骨格筋を構成する筋線維の深部、すなわち基底膜と形質膜との間に存在するため、採取された骨格筋組織からCD56陽性細胞を分離するためには骨格筋組織全体を破壊する必要があり、その結果、分離によって得られた細胞集団には必然的に骨格筋組織を構成する線維芽細胞などの非CD56陽性細胞も多く含まれることとなる。より高品質の移植片を製造するためにCD56陽性細胞の比率を簡便かつ安定して高める方法が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上述した問題を解決するため鋭意検討した結果、採取された骨格筋組織を保存液中で浸漬し、これを維持すると骨格筋組織中のD56陽性細胞の比率が飛躍的に高まることを見出し、さらに研究を進め、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち本発明は、以下に関する。
[1] 採取した骨格筋組織を保存液中に浸漬するステップを含む、骨格筋組織中のCD56陽性細胞の比率を高める方法。
[2] 浸漬するステップが、採取した骨格筋組織中の非CD56陽性細胞の比率が20%以下に減少するまで浸漬する、[1]に記載の方法。
[3] 浸漬するステップが、骨格筋組織の膨潤度が1.2以上になるまで保存液に浸漬する、[1]または[2]に記載の方法。
[4] 浸漬するステップが、12時間以上保存液に浸漬する、[1]~[3]のいずれか1つに記載の方法。
[5] CD56陽性細胞数の比率が高い細胞集団を製造する方法であって、
[1]~[4]のいずれか1つに記載の方法を含む、前記方法。
[6] さらに骨格筋組織から細胞集団を分離するステップを含む、[5]に記載の方法。
[7] [5]または[6]に記載の方法で得られたCD56陽性細胞の比率の高い細胞集団。
[8] [7]に記載の細胞集団を用いた、移植片の製造方法。
[9] [8]に記載の方法により得られた移植片。
[10] [7]に記載の細胞集団または[9]に記載の移植片の治療有効量を、それを必要とする対象に投与する工程を含む、前記対象における心疾患の治療方法。
【発明の効果】
【0008】
採取された組織中でのCD56陽性細胞の比率を高めることができ、これにより高品質な細胞集団および移植片などを簡便かつ安定して提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、筋衛星細胞(A)が、骨格筋を構成する筋線維の基底膜(B)と形質膜(C)との間に存在することを示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書において別様に定義されない限り、本明細書で用いる全ての技術用語および科学用語は、当業者が通常理解しているものと同じ意味を有する。本明細書中で参照する全ての特許、出願、公開された出願および他の出版物は、その全体を参照により本明細書に援用する。以下、本発明の好適な実施態様に基づき、本発明を説明する。
【0011】
<組織中のCD56陽性細胞の比率を高める方法>
採取した骨格筋組織を保存液中に浸漬するステップを含む骨格筋組織中のCD56陽性細胞の比率を高める方法を含む。
本開示における、「CD56陽性細胞」とは、細胞表面マーカーCD56によって特徴づけられる細胞を指す。CD56陽性細胞は、体細胞であっても未分化な幹細胞(例えば、筋芽細胞、心臓幹細胞などの組織幹細胞などの多能性幹細胞、間葉系幹細胞等)などであってもよいが、骨格筋組織に含まれるCD56陽性細胞は、典型的には、骨格筋芽細胞および筋衛星細胞などの骨格筋前駆細胞である。
【0012】
本開示における「CD56陽性細胞の比率」は、CD56陽性細胞とCD56陽性細胞以外の細胞(非CD56陽性細胞ともいう)とを含む組織または細胞集団を構成する全細胞数に対するCD56陽性細胞数の割合を指す。
骨格筋組織から分離された細胞集団は、主として、例えば骨格筋芽細胞および筋衛星細胞などの骨格筋前駆細胞ならびに線維芽細胞から構成される。この場合、骨格筋前駆細胞がCD56陽性細胞であり、「CD56陽性細胞の比率の増加」とは骨格筋前駆細胞の比率を増加させることである。したがって、本発明の一態様において、CD56陽性細胞は骨格筋芽細胞および/または筋衛星細胞であり、非CD56陽性細胞は線維芽細胞である。
【0013】
CD56陽性細胞の比率を測定する手法としては、例えば、抗CD56抗体で標識し、抗体が結合した陽性細胞数を、計数した総細胞数で除すことが挙げられる。CD56陽性細胞の計数は、特異的抗体で染色した標本の顕微鏡観察、顕微鏡像の画像解析、特異的抗体で染色した細胞集団のフローサイトメトリー解析などによって行うことができる。
CD56陽性細胞が、例えば骨格筋芽細胞であればCD56のほか、限定されずに、例えば、Pax7、GATA4、MyoD、α7インテグリン、ミオシン重鎖IIa、ミオシン重鎖IIb、ミオシン重鎖IId(IIx)、Myf5、myogeninなどのマーカーにより特定することができる。CD56陽性細胞が、筋衛星細胞であればCD56のほか、限定されずに、例えば、Pax7、α7インテグリン、CD34、CXCR4、CD29などのマーカーにより特定することができる。
【0014】
本発明で用いる骨格筋組織(以下に組織ともいう)は、任意の生物に由来し得る。かかる生物には、限定されずに、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、げっ歯類(マウス、ラット、ハムスター、モルモットなど)、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ウシ、ヤギ、ヒツジなどが含まれる。本発明で用いる組織は、生体、例えば、レシピエントから採取されたものであってもよい。したがって本発明のCD56陽性細胞の比率を高める方法は、浸漬する前に、生体などから骨格筋組織を採取するステップおよび/または採取した骨格筋組織を洗浄するステップを含んでもよい。
【0015】
本発明で用いられる保存液は、組織中のCD56陽性細胞が生存し得るものであれば特に限定されず、生理食塩水、種々の生理緩衝液(例えば、PBS、HBSS等)、種々の細胞培養用の基礎培地をベースにした細胞培養液、組織保存液または臓器保存液などが挙げられる。かかる基礎培地には、限定されずに、例えば、DMEM、MEM、F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、120、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80-7、DMEM/F12などが含まれる。これらの細胞培養液、組織保存液および臓器保存液の多くは市販されており、その組成も公知となっている。標準的な組成のまま(例えば、市販されたままの状態で)用いてもよいし、細胞種や細胞条件に応じて例えば、糖類、アミノ酸類、ビタミン類、電解質などの組成を適宜変更してもよい。これに限定されるものではないが公知の組織保存液としてはHBSSにブドウ糖を添加した組織保存液、AQIXR RS-I(AQIX LTD、Cat No:RSIKIT4)、セリオキープ(バイオベルデ、Cat No:TPO-A1)などが挙げられる。臓器保存液としてはこれに限定されるものではないが例えば、Euro-Collins液、UW液、HTK液、Celsior液、ETKyoto液、IGL-1液、EP-TU液などが挙げられる。通常血清(例えば、ウシ胎仔血清(FBS)などのウシ血清、ウマ血清、ヒト血清等)、種々の成長因子(例えば、FGF、EGF、VEGF、HGF等)のほかNrf2活性化剤、抗生物質などの任意の添加物を含んでもよい。好ましくは、HBSSをベースとした組織保存液またはAQIXR RS-Iである。
【0016】
本発明者は、採取した骨格筋組織を保存液中で浸漬することで、骨格筋組織中のCD56陽性細胞の比率を高められることを見出した。骨格筋組織中のCD56陽性細胞の比率の増加は、浸漬による骨格筋組織中の非CD56陽性細胞の減少により生ずる。したがって本発明の一態様において、浸漬するステップは、浸漬により非CD56陽性細胞を減少させるステップであってもよい。
通常、採取した骨格筋組織を組織保存液に浸漬した場合、組織中の全細胞数は時間とともに減少する。しかしながら、骨格筋組織において、骨格筋芽細胞や筋衛星細胞などのCD56陽性細胞は、骨格筋組織を構成する筋線維の深部、すなわち基底膜と形質膜に挟まれた特殊な環境に局在している。このため、骨格筋組織の浸漬を維持しても、かかる環境の浸透圧、栄養状態、足場構造などCD56陽性細胞の生存に必須な条件が維持され易く、これによって繊維芽細胞などの非CD56が減少するなか、CD56陽性細胞は比較的維持されるものと考えられる。このようにCD56陽性細胞が、骨格筋組織中に存在する限り、非CD56陽性細胞に対して生存優位性を有しているため、浸漬による非CD56陽性細胞の減少が、CD56陽性細胞の比率の増加に寄与することは当業者であれば理解できる。
したがって、本発明の保存液中に浸漬するステップは、骨格筋組織から細胞集団を分離するステップの前に行なうものであり、典型的には酵素処理へ供していない骨格筋組織に対して行なうものであるが、骨格筋組織の組織構造が維持されていれば、例えば、破砕および/または細切するステップの後に行なってもよい。
【0017】
本発明の保存液中での浸漬するステップは、骨格筋組織中の非CD56陽性細胞を減少させるものであり単なる洗浄や保存とは異なる。逆に本発明の浸漬は、非CD56陽性細胞を減少させることができれば、組織の洗浄として行なってもよいし、保存として行なってもよい。
本発明において、骨格筋組織中のCD56陽性細胞数は浸漬中に必ずしも維持されている必要はなく、当業者であれば、CD56陽性細胞の減少率が、非CD56陽性細胞の減少率よりも低ければ、CD56陽性細胞の比率の増加に寄与することを理解できる。
本発明の浸漬は、単一の保存液で行なってもよいし、複数の保存液で行なってもよい。本発明の浸漬は、組織中の非CD56陽性細胞の減少が停止するまで行なうことが好ましい。
【0018】
本発明の一態様において、浸漬は、骨格筋組織中の非CD56陽性細胞率が、例えば20%以下、19%以下、18%以下、17%以下、16%以下、15%以下、14%以下、13%以下、12%以下、10%以下、9%以下、8%以下、7%以下、6%以下、5%以下、4%以下、3%以下、2%以下、1%以下、0%、好ましくは15%以下、より好ましくは10%以下、さらに好ましくは5%以下に減少するまで行うことができる。
【0019】
したがって本発明の一態様において、浸漬は、骨格筋組織中のCD56陽性細胞率は、限定されず、例えば80%以上、81%以上、82%以上、83%以上、84%以上、85%以上、86%以上、87%以上、88%以上、89%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、100%、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上になるまで行うことができる。
【0020】
本発明の別の態様において、浸漬は、骨格筋組織中の非CD56陽性細胞率が、浸漬前の組織と比較して、限定されず、例えば10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上減少していればよい。
本発明の別の態様において、浸漬は骨格筋組織中のCD56陽性細胞率が、浸漬前と比較して、1%以上、2%以上、3%以上、4%以上、5%以上、6%以上、7%以上、8%以上、9%以上、10%以上、11%以上、12%以上、13%以上、14%以上、15%以上、16%以上、17%以上、18%以上、19%以上、20%以上増加していればよい。
【0021】
骨格筋組織中のCD56陽性細胞率は、骨格筋組織中のCD56陽性細胞を特異的抗体で染色した標本の顕微鏡観察、顕微鏡像の画像解析することにより行なってもよいし、公知の方法により細胞集団を分離した後に特異的抗体で染色した細胞集団のフローサイトメトリー解析などによって行ってもよい。
【0022】
本開示において骨格筋組織の「膨潤」とは、本発明の浸漬により骨格筋組織の重量が増加することを指す。骨格筋組織を保存液中で浸漬すると、骨格筋組織に含まれる保存液の量が経時的に増加し、これにより浸漬後の組織重量は増加することとなる。本発明において、「膨潤度」とは、浸漬する前の組織重量を、浸漬した後の組織重量で除した値である。
本発明の一態様において、浸漬は、骨格筋組織の膨潤度が、例えば、1.05以上、1.1以上、1.2以上、1.3以上、1.4以上、1.5以上、1.6以上、1.7以上、1.8以上、1.9以上、2.0以上になるまで行うことができ、好ましくは1.2以上、更に好ましくは1.5以上であってよい。
【0023】
本発明の一態様において、浸漬時間はCD56陽性細胞が生存し得れば、特に限定されず、下限値としては例えば1時間以上、2時間以上、4時間以上、5時間以上、6時間以上、8時間以上、10時間以上、12時間以上であり、非CD56陽性細胞の減少が十分に生じる観点からは12時間以上、24時間以上、48時間以上、49時間以上、60時間以上、72時間以上、84時間以上、96時間以上、180時間以上、240時間、350時間以上が好ましく、750時間、1500時間以上、3000時間以上であってもよい。
本発明の一態様において、浸漬時間の下限値としては、2500時間以下、1500時間以下、750時間以下、672時間以下、350時間以下、336時間以下、240時間以下、180時間以下、170時間以下などであり、上述の上限値および下限値を任意に選択することができる。
本発明の一態様において、浸漬時間の上限と下限の組み合わせとしては、次のうちから選択することができる。例えば5時間~672時間、5時間~336時間、6時間~336時間、12時間~336時間、12時間~170時間、49時間~170時間とすることができる。
【0024】
浸漬温度は、CD56陽性細胞の生存を維持し得れば特に限定されず、1~40℃、2~20℃、3~15℃、2~10℃、2~8℃、4~6℃であり、好ましくは1~15℃、さらに好ましくは2~8℃である。浸漬するステップは一定温度であっても変化させてもよい。浸漬は、公知の容器を使用し、静置して行なってもよいし、容器を振盪または旋回させて行なってもよい。
【0025】
<CD56陽性細胞数の比率が高い細胞集団を製造する方法>
本発明の別の側面は、上記のCD56陽性細胞数の比率を高める方法を含む細胞集団の製造方法である。本発明の製造方法は、本発明の方法によりCD56陽性細胞の比率が高められた骨格筋組織から公知の方法により細胞集団を分離するステップを含む。
分離するステップは、細胞集団が分離できれば特に限定されず、例えば、骨格筋組織を破砕および/または細切するステップおよび/または酵素処理に供するステップなど含むことができる。破砕および/または細切するステップおよび/または酵素処理に供するステップは、既知の任意の方法を用いて行うことができる。本発明の細胞集団製造方法は、分離した細胞集団を培養するステップ、培養した細胞を継代するステップをさらに含んでもよい。
細胞の培養および継代は、既知の任意の方法を用いて行うことができる。
本発明の細胞集団製造方法はさらに、回収した細胞に遺伝子を導入する遺伝子導入するステップをさらに含んでもよい。導入する遺伝子は、治療する疾患の治療に有用なものであれば特に限定されず、例えば、HGFなどのサイトカインであってもよい。遺伝子の導入は、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、超音波導入法、電気穿孔法、パーティクルガン法、アデノウイルスベクター、レトロウイルスベクターなどのウイルスベクター利用する方法、マイクロインジェクション法などの既知の任意の方法を用いて行うことができる。
【0026】
<細胞集団>
次に、本発明の細胞集団について説明する。
本発明の細胞集団は、本発明の細胞集団製造方法によって得られ、CD56陽性細胞率が高い。細胞集団におけるCD56陽性細胞率の高さは、例えば80%以上、81%以上、82%以上、83%以上、84%以上、85%以上、86%以上、87%以上、88%以上、89%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、100%、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上である。
本発明の細胞集団は、CD56陽性細胞を高い比率で含むため、心疾患治療等に用いる骨格筋芽細胞および/または筋衛星細胞等の骨格筋前駆細胞の供給源として極めて有用である。本発明の細胞集団は無菌であることが好ましい。また、本発明の細胞集団は、培養容器に付着していても、任意の液体中に懸濁していても、凍結保存された状態であってもよい。
【0027】
<移植片の製造方法>
本発明の別の側面は、本発明の方法より得られたCD56陽性細胞比率の高い細胞集団を用いた移植片の製造方法に関する。
本発明において、「移植片」とは、生体内へ移植するための構造物を意味し、特に細胞を構成成分として含む移植用構造物を意味する。好ましい一態様においては、移植片は、細胞および細胞由来の物質以外の構造物(例えばスキャフォールドなど)を含まない移植用構造物である。本開示における移植片としては、これに限定するものではないが、例えばシート状細胞培養物、スフェロイド、細胞凝集塊などが挙げられ、好ましくはシート状細胞培養物またはスフェロイド、より好ましくはシート状細胞培養物である。
【0028】
本開示において、「シート状細胞培養物」は、細胞が互いに連結してシート状になったものをいう。本開示において、「スフェロイド」は細胞が互いに連結して略球状になったものをいう。細胞同士は、直接(接着分子などの細胞要素を介するものを含む)および/または介在物質を介して、互いに連結していてもよい。介在物質としては、細胞同士を少なくとも物理的(機械的)に連結し得る物質であれば特に限定されないが、例えば、細胞外マトリックスなどが挙げられる。介在物質は、好ましくは細胞由来のもの、特に、シート状細胞培養物を構成する細胞に由来するものである。細胞は少なくとも物理的(機械的)に連結されるが、さらに機能的、例えば、化学的、電気的に連結されてもよい。シート状細胞培養物は、1の細胞層から構成されるもの(単層)であっても、2以上の細胞層から構成されるもの(積層体(多層)、例えば、2層、3層、4層、5層、6層など)であってもよい。また、シート状細胞培養物は、細胞が明確な層構造を示すことなく、細胞1個分の厚みを超える厚みを有する3次元構造を有してもよい。例えば、シート状細胞培養物の垂直断面において、細胞が水平方向に均一に整列することなく、不均一に(例えば、モザイク状に)配置された状態で存在していてもよい。
【0029】
本開示の移植片、特にシート状細胞培養物は、好ましくはスキャフォールド(支持体)を含まない。スキャフォールドは、その表面上および/またはその内部に細胞を付着させ、シート状細胞培養物などの移植片の物理的一体性を維持するために当該技術分野において用いられることがあり、例えば、ポリビニリデンジフルオリド(PVDF)製の膜等が知られているが、本開示の移植片は、かかるスキャフォールドがなくともその物理的一体性を維持することができる。また、本開示の移植片は、好ましくは、移植片を構成する細胞由来の物質のみからなり、それら以外の物質を含まない。
【0030】
培養基材は、細胞がその上で細胞培養物を形成し得るものであれば特に限定されず、例えば、種々の材質および/または形状の容器、容器中の固形もしくは半固形の表面などを含む。容器は、培養液などの液体を透過させない構造・材料が好ましい。かかる材料としては、限定することなく、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、テフロン(登録商標)、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレート、ナイロン6,6、ポリビニルアルコール、セルロース、シリコン、ポリスチレン、ガラス、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、金属(例えば、鉄、ステンレス、アルミニウム、銅、真鍮)等が挙げられる。また、容器は、少なくとも1つの平坦な面を有することが好ましい。かかる容器の例としては、限定することなく、例えば、細胞培養物の形成が可能な培養基材で構成された底面と、液体不透過性の側面とを備えた培養容器が挙げられる。かかる培養容器の特定の例としては、限定されずに、細胞培養皿、細胞培養ボトルなどが挙げられる。容器の底面は透明であっても不透明であってもよい。容器の底面が透明であると、容器の裏側から細胞の観察、計数などが可能となる。また、容器は、その内部に固形もしくは半固形の表面を有してもよい。固形の表面としては、上記のごとき種々の材料のプレートや容器などが、半固形の表面としては、ゲル、軟質のポリマーマトリックスなどが挙げられる。培養基材は、上記材料を用いて作製してもよいし、市販のものを利用してもよい。
【0031】
好ましい培養基材としては、限定することなく、例えば、シート状細胞培養物の形成に適した、接着性の表面を有する基材、スフェロイドの形成に適した、低接着性の表面を有する基材および/または均一なウェル状構造を有する基材などが挙げられる。具体的には、シート状細胞培養物の形成の場合であれば、例えば、コロナ放電処理したポリスチレン、コラーゲンゲルや親水性ポリマーなどの親水性化合物を該表面にコーティングした基材、さらには、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカンなどの細胞外マトリックスや、カドヘリンファミリー、セレクチンファミリー、インテグリンファミリーなどの細胞接着因子などを表面にコーティングした基材などが挙げられる。また、かかる基材は市販されている(例えば、Corning(R) TC-Treated Culture Dish、Corningなど)。またスフェロイドの形成の場合であれば、例えば軟寒天、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PIPAAm)をポリエチレングリコール(PEG)で架橋した温度応答性ゲル(市販名:メビオールゲル)、ポリメタクリル酸ヒドロキシエチル(ポリHEMA)、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリスコリン(MPC)ポリマーなどのハイドロゲルなどの非細胞接着性化合物を表面にコーティングした基材および/または均一な凹凸構造を表面に有する基材などが挙げられる。かかる基材もまた市販されている(例えば、EZSPHERE(R)など)。培養基材は全体または部分が透明であっても不透明であってもよい。
【0032】
培養基材は、刺激、例えば、温度や光に応答して物性が変化する材料で表面が被覆されていてもよい。かかる材料としては、限定されずに、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N-エチルアクリルアミド、N-n-プロピルアクリルアミド、N-n-プロピルメタクリルアミド、N-イソプロピルアクリルアミド、N-イソプロピルメタクリルアミド、N-シクロプロピルアクリルアミド、N-シクロプロピルメタクリルアミド、N-エトキシエチルアクリルアミド、N-エトキシエチルメタクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド等)、N,N-ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N,N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-エチルメチルアクリルアミド、N,N-ジエチルアクリルアミド等)、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-プロペニル)-モルホリン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-モルホリン等)、またはビニルエーテル誘導体(例えば、メチルビニルエーテル)のホモポリマーまたはコポリマーからなる温度応答性材料、アゾベンゼン基を有する光吸収性高分子、トリフェニルメタンロイコハイドロオキシドのビニル誘導体とアクリルアミド系単量体との共重合体、および、スピロベンゾピランを含むN-イソプロピルアクリルアミドゲル等の光応答性材料などの公知のものを用いることができる(例えば、特開平2-211865、特開2003-33177参照)。これらの材料に所定の刺激を与えることによりその物性、例えば、親水性や疎水性を変化させ、同材料上に付着した細胞培養物の剥離を促進することができる。温度応答性材料で被覆された培養皿は市販されており(例えば、CellSeed Inc.のUpCell(R))、これらを本開示の製造方法に使用することができる。
【0033】
培養基材は、種々の形状であってもよい。また、その面積は特に限定されないが、例えば、約1cm2~約200cm2、約2cm2~約100cm2、約3cm2~約50cm2などであってよい。例えば、培養基材として直径10cmの円形の培養皿が挙げられる。この場合、面積は56.7cm2となる。培養表面は平坦であってもよいし、凹凸構造を有していてもよい。凹凸構造を有する場合、均一な凹凸構造であることが好ましい。
【0034】
培養基材は血清でコート(被覆またはコーティング)されていてもよい。血清でコートされた培養基材を用いることにより、より高密度のシート状細胞培養物を形成することができる。「血清でコートされている」とは、培養基材の表面に血清成分が付着している状態を意味する。かかる状態は、限定されずに、例えば、培養基材を血清で処理することにより得ることができる。血清による処理は、血清を培養基材に接触させること、および、必要に応じて所定期間インキュベートすることを含む。
【0035】
血清としては、異種血清および/または同種血清を用いることができる。異種血清は、移植片を、特にシート状細胞培養物を移植に用いる場合、そのレシピエントとは異なる種の生物に由来する血清を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ウシやウマに由来する血清、例えば、ウシ胎仔血清(FBS、FCS)、仔ウシ血清(CS)、ウマ血清(HS)などが異種血清に該当する。また、「同種血清」は、レシピエントと同一の種の生物に由来する血清を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ヒト血清が同種血清に該当する。同種血清は、自己血清(自家血清ともいう)、すなわち、レシピエントに由来する血清、およびレシピエント以外の同種個体に由来する同種他家血清を含む。なお、本明細書中で、自己血清以外の血清、すなわち、異種血清と同種他家血清を非自己血清と総称することもある。
【0036】
培養基材をコートするための血清は、市販されているか、または、所望の生物から採取した血液から定法により調製することができる。具体的には、例えば、採取した血液を室温で約20分~約60分程度放置して凝固させ、これを約1000×g~約1200×g程度で遠心分離し、上清を採取する方法などが挙げられる。
【0037】
培養基材上でインキュベートする場合、血清は原液で用いても、希釈して用いてもよい。希釈は、任意の媒体、例えば、限定することなく、水、生理食塩水、種々の緩衝液(例えば、PBS、HBSSなど)、種々の液体培地(例えば、DMEM、MEM、F12、DMEM/F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、120、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80-7など)等で行うことができる。希釈濃度は、血清成分が培養基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、約0.5%~約100%(v/v)、好ましくは約1%~約60%(v/v)、より好ましくは約5%~約40%(v/v)である。
【0038】
インキュベート時間も、血清成分が培養基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、約1時間~約72時間、好ましくは約2時間~約48時間、より好ましくは約2時間~約24時間、さらに好ましくは約2時間~約12時間である。インキュベート温度も、血清成分が培養基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、約0℃~約60℃、好ましくは約4℃~約45℃、より好ましくは室温~約40℃である。
【0039】
インキュベート後に血清を廃棄してもよい。血清の廃棄手法としては、ピペットなどによる吸引や、デカンテーションなどの慣用の液体廃棄手法を用いることができる。本開示の好ましい態様においては、血清廃棄後に、培養基材を無血清洗浄液で洗浄してもよい。無血清洗浄液としては、血清を含まず、培養基材に付着した血清成分に悪影響を与えない液体媒体であれば特に限定されず、例えば、限定することなく、水、生理食塩水、種々の緩衝液(例えば、PBS、HBSSなど)、種々の液体培地(例えば、DMEM、MEM、F12、DMEM/F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、120、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80-7など)等で行うことができる。洗浄手法としては、慣用の培養基材洗浄手法、例えば、限定することなく、培養基材上に無血清洗浄液を加えて所定時間(例えば、約5秒~約60秒間)撹拌後、廃棄する手法などを用いることができる。
【0040】
本開示において、培養基材を、成長因子でコートしてもよい。ここで、「成長因子」は、細胞の増殖を、それがない場合に比べて促進する任意の物質を意味し、例えば、上皮細胞成長因子(EGF)、血管内皮成長因子(VEGF)、線維芽細胞成長因子(FGF)などを含む。成長因子による培養基材のコート手法、廃棄手法および洗浄手法は、インキュベーション時の希釈濃度が、例えば、約0.0001μg/mL~約1μg/mL、好ましくは約0.0005μg/mL~約0.05μg/mL、より好ましくは約0.001μg/mL~約0.01μg/mLである以外は、基本的に血清と同じである。
【0041】
本開示において、培養基材を、ステロイド剤でコートしてもよい。ここで「ステロイド剤」は、ステロイド核を有する化合物のうち、生体に、副腎皮質機能不全、クッシング症候群などの悪影響を及ぼし得るものをいう。かかる化合物としては、限定されずに、例えば、コルチゾール、プレドニゾロン、トリアムシノロン、デキサメタゾン、ベタメタゾン等が含まれる。ステロイド剤による培養基材のコート手法、廃棄手法および洗浄手法は、インキュベーション時の希釈濃度が、デキサメタゾンとして、例えば、約0.1μg/mL~約100μg/mL、好ましくは約0.4μg/mL~約40μg/mL、より好ましくは約1μg/mL~約10μg/mLである以外は、基本的に血清と同じである。
【0042】
培養基材は、血清、成長因子およびステロイド剤のいずれか1つでコートしても、これらの任意の組合わせ、すなわち、血清と成長因子、血清とステロイド剤、血清と成長因子とステロイド剤、または、成長因子とステロイド剤の組合わせでコートしてもよい。複数の成分でコートする場合、これらの成分を混合して同時にコートしてもよいし、別々のステップでコートしてもよい。
【0043】
培養基材への細胞集団の播種は、既知の任意の手法および条件で行うことができる。培養基材への細胞集団の播種は、例えば、細胞集団を培養液に懸濁した細胞懸濁液を培養基材(培養容器)に注入することにより行ってもよい。細胞懸濁液の注入には、スポイトやピペットなど、細胞懸濁液の注入操作に適した器具を用いることができる。
【0044】
本発明の製造方法に用いる培養液は、細胞の生存を維持できるものであれば特に限定されないが、典型的には、アミノ酸、ビタミン類、電解質を主成分としたものが利用できる。本発明の一態様において、培養液は、細胞培養用の基礎培地をベースにしたものである。かかる基礎培地には、限定されずに、例えば、DMEM、MEM、F12、DMEM/F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、120、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80-7などが含まれる。これらの基礎培地の多くは市販されており、その組成も公知となっている。しかしながら、本発明の製造方法に用いる場合は、細胞種や培養条件に応じてその組成を適宜変更してもよい。
【0045】
播種される細胞密度は、シート状細胞培養物を形成し得る密度であれば特に限定されないが、好ましい態様において、細胞集団はコンフルエントに達する密度またはそれ以上の密度で播種される。
本開示において、「コンフルエントに達する密度」とは、細胞を播種した際に、播種された細胞により、培養容器の接着表面一面が隙間なく覆われることが想定される程度の密度を指す。例えば、播種した際に、細胞が互いに接触することが想定される程度の密度、接触阻害が発生する密度、または接触阻害により細胞の増殖を実質的に停止する密度である。
【0046】
細胞集団の播種密度の非限定例は、約7.1×105個/cm2~約3.0×106個/cm2、約7.3×105個/cm2~約2.8×106個/cm2、約7.5×105個/cm2~約2.5×106個/cm2、約7.5×105個/cm2~約3.0×106個/cm2、約7.8×105個/cm2~約2.3×106個/cm2、約8.0×105個/cm2~約2.0×106個/cm2、約8.5×105個/cm2~約1.8×106個/cm2、約9.0×105個/cm2~約1.6×106個/cm2などの密度を含む。なお、これらの密度は、特段の記載がない限り、細胞集団に含有される全ての細胞の密度であることとする。
【0047】
さらに別の態様において、播種は、成長因子を実質的に含まない細胞培養液において、細胞集団に含まれ得る少なくとも1種の移植片形成細胞が実質的に増殖しない密度で行うことができる。かかる態様において、細胞集団に含まれ得る他の細胞は、増殖抑制を受けながらも、増殖可能な密度であり得る。本開示の方法に用いられる培養基材は、上述のとおりである。好ましい一態様において、培養基材は血清で被覆されていてよい。別の好ましい一態様において、培養基材は温度応答性材料で被覆されていてよい。さらに好ましい一態様において、培養基材は温度応答性材料及び血清で被覆されていてよい。
【0048】
播種する細胞集団には、少なくとも1種のCD56陽性細胞が含まれるが、2種以上のCD56陽性細胞を含んでもよいし、CD56陽性細胞以外の細胞を含んでもよい。本開示の一態様において、細胞集団に含まれる少なくとも1種のCD56陽性細胞は、好ましくは骨格筋芽細胞であり、更に好ましくは骨格筋芽細胞および筋衛星細胞である。かかる態様において、細胞集団はさらに線維芽細胞を含み得る。すなわち、例えば、筋芽細胞と線維芽細胞を移植片形成細胞として含む移植片が挙げられる。本開示のさらに別の一態様において、細胞集団に含まれる少なくとも1種のシート形成細胞は、間葉系幹細胞である。かかる態様において、細胞にはさらに血管内皮細胞が含まれ得る。
比率の高さは、上記したとおりである。本発明の移植片は、本発明のシート状細胞培養物製造方法によって製造されたものであってもよい。本発明のシート状細胞培養物は無菌であることが好ましい。本発明の移植片は、CD56陽性細胞を高い比率で含むため、本発明の方法を用いないシート状細胞培養物に比べ、治療効果などが高い。
【0049】
<キット>
本発明の別の側面において、骨格筋組織中のCD56陽性細胞の比率を高める方法、CD56陽性細胞の比率の高い細胞集団の製造方法、移植片の製造方法の一部またはすべての要素を含む、シート状細胞培養物を製造するためのキットに関する。
本発明のキットは、限定されずに、保存液のほか移植片を構成する細胞(CD56陽性細胞を含む細胞集団)、培養液、培養皿、器具類(例えば、ピペット、スポイト、ピンセット等)、シート状細胞培養物の製造方法に関する指示(例えば、使用説明書、製造方法や本発明の凍結保存細胞の回収方法に関する情報を記録した媒体、例えば、フレキシブルディスク、CD、DVD、ブルーレイディスク、メモリーカード、USBメモリー等)などを含んでいてもよい。
【0050】
<疾患を処置する方法>
本開示の別の側面は、本開示の方法により得られた細胞集団または移植片の有効量を、それを必要とする対象に適用することを含む、前記対象における疾患を処置する方法に関する。本開示において、用語「処置」は、疾患の治癒、一時的寛解または予防などを目的とする医学的に許容される全ての種類の予防的および/または治療的介入を包含するものとする。例えば、「処置」の用語は、組織の異常に関連する疾患の進行の遅延または停止、病変の退縮または消失、当該疾患発症の予防または再発の防止などを含む、種々の目的の医学的に許容される介入を包含する。
【0051】
本開示の処置方法においては、移植片の生存性、生着性および/または機能などを高める成分や、対象疾患の処置に有用な他の有効成分などを、本開示の移植片と併用することができる。
【0052】
本開示の処置方法は、本開示の細胞集団および移植片を含んでもよい。本開示の処置方法は、骨格筋組織中のCD56陽性細胞の比率を高める前に、対象から骨格筋組織を採取するステップをさらに含んでもよい。
一態様において、細胞または細胞の供給源となる組織を採取する対象は、細胞集団または移植片等の投与を受ける対象と同一の個体である。
別の態様において、細胞または細胞の供給源となる組織を採取する対象は、細胞集団または移植片等の投与を受ける対象とは同種の別個体である。別の態様において、細胞集団または移植片等の供給源となる組織を採取する対象は、シート細胞集団または移植片等の投与を受ける対象とは異種の個体である。
【0053】
本開示において、有効量とは、例えば、疾患の発症や再発を抑制し、症状を軽減し、または進行を遅延もしくは停止し得る量(例えば、シート状細胞培養物のサイズ、重量、枚数等)であり、好ましくは、当該疾患の発症および再発を予防し、または当該疾患を治癒する量である。また、投与による利益を超える悪影響が生じない量が好ましい。かかる量は、例えば、マウス、ラット、イヌまたはブタなどの実験動物や疾患モデル動物における試験などにより適宜決定することができ、このような試験法は当業者によく知られている。また、処置の対象となる組織病変の大きさは、有効量決定のための重要な指標となり得る。
【0054】
投与方法としては、例えば、静脈投与、筋肉内投与、骨内投与、髄腔内投与、組織への直接的な適用などが挙げられる。投与頻度は、典型的には1回の処置につき1回であるが、所望の効果が得られない場合には、複数回投与することも可能である。組織に適用する際、本発明の細胞培養物、組成物、またはシート状細胞培養物等を対象の組織に縫合糸やステープルなどの係止手段により固定してもよい。
【0055】
以上、本発明を好適な実施態様について説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。本発明においては、各構成は、同様の機能を発揮し得る任意のものと置換することができ、あるいは、任意の構成を付加することもできる。
【実施例】
【0056】
比較例1:採取直後の骨格筋組織を用いた細胞集団のCD56陽性細胞率
[比較例1]
[予備洗浄工程]
ブタ下肢より約2gずつ骨格筋組織を採取し、組織保存液((以下骨格筋リンス液ともいう)(HBSS(Hanks' Balanced Salt Solution、ライフテクノロジーズ社)中、ブドウ糖注(テルモ社)1.6mg/mL、ゲンタマイシン(富士製薬工業社)0.1mg/mL、ファンギゾン(ライフテクノロジーズ社)2.5μg/mL)に浸漬し、洗浄した後ただちに後述する分離工程に供した。
【0057】
[分離工程]
<細切工程>
予備洗浄工程で洗浄した骨格筋組織を直径10cmのシャーレ(テルモ社)に置いた。次いで、洗浄した骨格筋を、室温で、10mLの酵素消化液(コラゲナーゼ含有溶液)中で細断した。この中から白色組織(結合組織)を取り除いた。
【0058】
<酵素処理工程>
骨格筋組織処理物の重量に従い、それぞれ酵素消化液を添加して37℃で酵素反応を行った。反応終了後、酵素消化物をコニカルチューブ(コニカルチューブ1という)で攪拌したあと、静置し、セルストレイナー(BD FalconTMセルストレーナー、40μm、日本BD社)を新たなコニカルチューブ(コニカルチューブ2という)にセットし、回収した上清をろ過して回収した。セルストレイナーを初代増殖用培地でリンスし、コニカルチューブに回収した。回収したろ液を遠心処理して、上清を廃棄した。沈殿した細胞に初代増殖用培地を添加して細胞懸濁液とした。
【0059】
<培養工程>
細胞懸濁液を培養フラスコ(底面積175cm2)に移し、37℃、5%(V/V)CO2条件下で培養した。培養後、細胞を回収し、細胞数を計数した。
【0060】
[CD56陽性率の計数]
細胞懸濁液の一部をCD56抗体と反応させ、フローサイトメーターを用い、CD56陽性細胞率を測定した。CD56陽性細胞率とは上述の分離工程によって得られた細胞集団中のCD56陽性細胞の比率を指す。表1に結果を示す。
【表1】
【0061】
実施例1:浸漬時間によるCD56陽性細胞率の変化
比較例と別のブタ下肢より採取した骨格筋から約2gずつ組織を採取した。比較例1の予備洗浄工程における浸漬時間を17時間、68時間および161時間(浸漬温度2~8℃)とした以外は、比較例1と同じ手順で細胞の分離を行なった。
分離した細胞を比較例1と同様にCD56陽性細胞率を測定した。加えて回収細胞数およびバイアビリティーを血球計算盤を用いて計数した。計数した回収細胞数、バイアビリティー、CD56陽性細胞率の平均を表2に示す。
【表2】
骨格筋組織を組織保存液へ浸漬した状態を維持することによりCD56陽性細胞率が飛躍的に上昇することが明らかとなった。また、いずれも高いバイアビリティーおよび回収細胞数を示したことから、浸漬により非CD56陽性細胞が死滅したが、CD56陽性細胞は高い割合で維持されたことが示唆された。
【0062】
実施例2:浸漬時間によるCD56陽性細胞率の変化
実施例1と別のブタ下肢より採取した骨格筋から約3~4gずつ組織を採取した。比較例1の予備洗浄工程における浸漬時間を15時間、66時間および140時間(浸漬温度2~8℃)とした以外は、比較例1と同じ手順で細胞の分離し、血球計算盤を用いた回収生細胞数、バイアビリティーの計数およびCD56陽性細胞率を測定した。回収細胞数、バイアビリティーおよびCD56陽性細胞率の平均を表3に示す。
【表3】
【0063】
個体差や骨格筋組織の処理量にかかわらず、骨格筋組織を浸漬することでCD56陽性細胞率が飛躍的に上昇することが明らかとなった。
【0064】
実施例3:浸漬液の組成によるCD56陽性細胞率の変化
実施例1と同一個体のブタ下肢より採取した骨格筋から約2.0gずつ組織を採取した。実施例1における予備洗浄工程で使用した組織輸送液の代わりにAQIXR RS-I(Cat No:RSIKIT4)に使用した以外は、実施例1と同じ手順で細胞の分離を行ない、血球計算盤による回収細胞数、バイアビリティーの計数およびCD56陽性細胞率を測定した。計数した回収細胞数、バイアビリティー、CD56陽性細胞率の平均を表4に示す。
【表4】
【0065】
異なる組成の浸漬液で骨格筋組織を浸漬した場合でもCD56陽性細胞率が飛躍的に上昇することが明らかとなった。
【0066】
ヒト6個体の下肢より約4~6g骨格筋組織を採取した。ブタ2個体の下肢より約8~9gの骨格筋組織を採取した。15~22時間浸漬した。採取時および浸漬後(細切時)の骨格筋組織の重量を表5に示す。
【表5】
【0067】
表5より浸漬により組織重量が採取時に比べて1.2倍以上増加することが明らかとなった。