(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-05
(45)【発行日】2024-09-13
(54)【発明の名称】油井用金属管
(51)【国際特許分類】
F16L 15/04 20060101AFI20240906BHJP
C09D 5/08 20060101ALI20240906BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20240906BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20240906BHJP
E21B 17/042 20060101ALI20240906BHJP
F16L 58/08 20060101ALI20240906BHJP
【FI】
F16L15/04 A
C09D5/08
C23C26/00 B
C23C28/00 A
E21B17/042
F16L58/08
(21)【出願番号】P 2022545680
(86)(22)【出願日】2021-08-25
(86)【国際出願番号】 JP2021031212
(87)【国際公開番号】W WO2022045209
(87)【国際公開日】2022-03-03
【審査請求日】2022-12-28
(31)【優先権主張番号】P 2020143510
(32)【優先日】2020-08-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】595099867
【氏名又は名称】バローレック・オイル・アンド・ガス・フランス
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】紅谷 祐貴
(72)【発明者】
【氏名】中村 圭一
(72)【発明者】
【氏名】倉西 崇夫
【審査官】杉山 健一
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-257270(JP,A)
【文献】国際公開第2018/216416(WO,A1)
【文献】特開2003-042354(JP,A)
【文献】国際公開第2019/074103(WO,A1)
【文献】特開2013-108556(JP,A)
【文献】国際公開第2019/074097(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/047722(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16L 15/04
C09D 5/08
C23C 26/00
C23C 28/00
E21B 17/042
F16L 58/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
油井用金属管であって、
第1端部と第2端部とを含む管本体を備え、
前記管本体は、
前記第1端部に形成されているピンと、
前記第2端部に形成されているボックスとを含み、
前記ピンは、
前記管本体の前記第1端部の外周面に形成された雄ねじ部を少なくとも有するピン接触表面を含み、
前記ボックスは、
前記管本体の前記第2端部の内周面に形成された雌ねじ部を少なくとも有するボックス接触表面を含み、
前記ピン接触表面及び前記ボックス接触表面の一方である第1接触表面には、
Zn-Ni合金からなるめっき層が形成されており、
前記めっき層上には、固体潤滑層が形成されており、
前記ピン接触表面及び前記ボックス接触表面の他方である第2接触表面の算術平均粗さRaは
2.4~10.0μmであり、
前記第2接触表面上には、半固体状又は液状の防錆被膜が形成されている、
油井用金属管。
【請求項2】
請求項1に記載の油井用金属管であって、
前記第2接触表面上にはさらに、化成処理被膜が形成されており、
前記防錆被膜は、前記化成処理被膜上に形成されている、
油井用金属管。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の油井用金属管であって、
前記第2接触表面は、ブラスト処理されている、
油井用金属管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、油井用金属管(an oil-well metal pipe)に関する。
【背景技術】
【0002】
油田や天然ガス田(以下、油田及び天然ガス田を総称して「油井」という)の採掘のために、油井用金属管が使用される。油井用金属管は、ねじ継手を有する。油井掘削地において、油井の深さに応じて、複数の油井用金属管を連結して、油井管連結体を形成する。油井管連結体は、油井用金属管同士をねじ締めすることによって形成される。油井管連結体は、検査等のために引き上げられ、ねじ戻しされ、検査された後、再びねじ締めされて、再度使用される。
【0003】
油井用金属管は、ピン及びボックスを備える。ピンは、油井用金属管の端部の外周面に、雄ねじ部を含むピン接触表面を有する。ボックスは、油井用金属管の端部の内周面に、雌ねじ部を含むボックス接触表面を有する。
【0004】
ピン接触表面及びボックス接触表面は、油井用金属管のねじ締め及びねじ戻し時に、強い摩擦を繰り返し受ける。ピン接触表面及びボックス接触表面に、摩擦に対する十分な耐久性がなければ、ねじ締め及びねじ戻しを繰り返した時にゴーリング(修復不可能な焼付き)が発生する。したがって、油井用金属管には、摩擦に対する十分な耐久性、すなわち、優れた耐焼付き性が要求される。
【0005】
従来、耐焼付き性を向上するために、ドープと呼ばれる重金属入りのコンパウンドグリスが使用されてきた。ピン接触表面及び/又はボックス接触表面にコンパウンドグリスを塗布することで、油井用金属管の耐焼付き性を改善できる。しかしながら、コンパウンドグリスに含まれるPb、Zn及びCu等の重金属は、環境に影響を与える可能性がある。このため、コンパウンドグリスを使用しなくても、耐焼付き性に優れる油井用金属管の開発が望まれている。
【0006】
そこで、コンパウンドグリスに代えて、固体潤滑被膜を採用する技術が提案されている。たとえば、国際公開第2009/072486号(特許文献1)に提案されている管ねじ継手では、ボックス接触表面に固体潤滑被膜が形成され、ピン接触表面に紫外線硬化樹脂からなる固体防食被膜が形成されている。この文献では、固体潤滑被膜により、ねじ締め及びねじ戻しを繰り返しても焼付きの発生を抑制できるとしている。
【0007】
ところで、複数の油井用金属管が締結された油井管連結体を油井内に押し進める場合、油井管連結体を回転させて押し進める。石油が埋蔵されている地層(油層)は、鉛直方向ではなく、水平方向に延びている。そこで、油層の広い範囲をカバーして石油の生産効率を高めることを目的として、傾斜掘り、水平掘りといった石油掘削技術が採用されるケースが増加している。傾斜掘り及び水平掘りでは、油井管連結体を地中にて湾曲させて、その油井管連結体の下端部を、傾斜方向、又は、水平方向に延ばす。油井が水平方向又は傾斜方向に延びている場合、水平方向の長さ、及び、傾斜方向の長さが長いほど、油井管連結体を押し進めるのに必要な回転トルクが高くなる。このような高い回転トルクが負荷された場合に、油井用金属管が塑性変形すれば、高い気密性能が維持できなくなる場合がある。したがって、高い回転トルクが負荷された場合であっても塑性変形しにくい、換言すれば、高いイールドトルクを有する、油井用金属管が求められる。
【0008】
ここで、イールドトルクは次のとおり定義される。
図1は、油井用金属管を締結した際の、油井用金属管の回転数とトルクとの関係を示す図である。
図1を参照して、油井用金属管をねじ締めすれば、初めは、回転数に比例してゆるやかにトルクが上昇する。さらにねじ締めをすれば、油井用金属管のショルダ部同士が接触する。この時のトルクを、ショルダリングトルクTsという。ショルダリングトルクTsに達した後、さらにねじ締めをすれば、回転数に比例して急激にトルクが上昇する。トルクが所定の値(締結トルクTo)に達した時点で、締結は完了する。締結トルクToにおいて、ピン接触表面とボックス接触表面とが適切な面圧で干渉し合う。この場合、複数の油井用金属管が締結されることにより形成される油井管連結体の気密性は高い。しかしながら、油井用金属管に負荷されるトルクがさらに高まれば、ピン及びボックスの一部が降伏し、塑性変形が起こる場合がある。この時のトルクをイールドトルクTyという。
【0009】
なお、油井用金属管がショルダ部を有していない場合、つまり、いわゆる楔型ねじを有する油井用金属管の場合、ショルダ部を有する油井用金属管の場合と同様に、油井用金属管の回転数とトルクとの関係は
図1のとおりとなる。ここで、楔型ねじでは、ピンのねじ込みの進行方向において、雄ねじ部のねじ山の幅がねじの弦巻線に沿って次第に狭くなり、雄ねじ部のねじ溝の幅がねじの弦巻線に沿って次第に広くなる。さらに、ピンのねじ込みの進行方向において、雌ねじ部のねじ溝の幅がねじの弦巻線に沿って次第に狭くなり、雌ねじ部のねじ山の幅がねじの弦巻線に沿って次第に広くなる。
【0010】
ショルダ部を有さず楔型ねじ(Wedge Thread)を有する油井用金属管の場合、ねじ締めの進行に伴い、雄ねじ部と雌ねじ部の荷重フランク面同士、及び、挿入フランク面同士が接触してロッキング(締りばめ)が生じる。ロッキングが生じるときのトルクを、ロッキングトルクという。ロッキングトルクは、ショルダ部を有する油井用金属管におけるショルダリングトルクと同等である。したがって、本明細書では、特に断らない限り、ロッキングトルクとショルダリングトルクとを区別せず、ショルダリングトルクと称する。楔型ねじを有する油井用金属管の場合も、ショルダ部を有する油井用金属管の場合と同様に、ショルダリングトルクTsに達した後、さらにねじ締めをすれば、回転数に比例してトルクが急激に上昇する。そして、さらに、ねじ締めをすれば、イールドトルクTyが生じる。
【0011】
以上のとおり、最近では、高い回転トルクが負荷された場合であっても塑性変形しにくい、高いイールドトルクを有する油井用金属管が求められている。国際公開第2013/176281号(特許文献2)は、高トルク締結性能に優れた管状ねじ継手を提案する。特許文献2に開示された管状ねじ継手は、ピン及びボックスの少なくとも一方の接触表面のショルダ部を含む一部に、第1の固体潤滑被膜が形成されている。そして、接触表面のうちの少なくとも第1の固体潤滑被膜が形成されていない部分に、第2の固体潤滑被膜が形成されている。第1の固体潤滑被膜のヌープ硬度は第2の固体潤滑被膜のヌープ硬度より高い。締結時において、ピンのショルダ部とボックスのショルダ部とが接触するまでは、ヌープ硬度の低い第2の固体潤滑被膜が作用して、締結時の摩擦係数を低減する。そのため、ショルダリングトルクを低く保つ。そして、ピンのショルダ部とボックスのショルダ部とが接触した後、ヌープ硬度の高い第1の固体潤滑被膜が作用して、摩擦係数を高める。これにより、降伏トルク(イールドトルク)が高くなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】国際公開第2009/072486号
【文献】国際公開第2013/176281号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献2の技術によっても、イールドトルクを高めることが可能である。しかしながら、他の技術によって、イールドトルクを高めてもよい。また、上述のとおり、油井用金属管には、耐焼付き性も求められる。したがって、高いイールドトルクと、優れた耐焼付き性とを両立できることが望まれる。
【0014】
本開示の目的は、高いイールドトルクと、優れた耐焼付き性とを両立可能な油井用金属管を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本開示による油井用金属管は、
第1端部と第2端部とを含む管本体を備え、
前記管本体は、
前記第1端部に形成されているピンと、
前記第2端部に形成されているボックスとを含み、
前記ピンは、
前記管本体の前記第1端部の外周面に形成された雄ねじ部を少なくとも有するピン接触表面を含み、
前記ボックスは、
前記管本体の前記第2端部の内周面に形成された雌ねじ部を少なくとも有するボックス接触表面を含み、
前記ピン接触表面及び前記ボックス接触表面の一方である第1接触表面には、めっき層が形成されており、
前記めっき層上には、固体潤滑層が形成されており、
前記ピン接触表面及び前記ボックス接触表面の他方である第2接触表面の算術平均粗さRaは0.5~10.0μmであり、
前記第2接触表面上には、半固体状又は液状の防錆被膜が形成されている。
【発明の効果】
【0016】
本実施形態の油井用金属管は、高いイールドトルクと、優れた耐焼付き性とを両立できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、油井用金属管を締結した際の、油井用金属管の回転数とトルクとの関係を示す図である。
【
図2】
図2は、本実施形態のT&C型の油井用金属管の一例を示す構成図である。
【
図3】
図3は、
図2に示す油井用金属管のカップリングの管軸方向に平行な断面(縦断面)を示す一部断面図である。
【
図4】
図4は、
図3に示す油井用金属管のうちのピン近傍部分の、油井用金属管の管軸方向に平行な断面図である。
【
図5】
図5は、
図3に示す油井用金属管のうちのボックス近傍部分の、油井用金属管の管軸方向に平行な断面図である。
【
図6】
図6は、
図2と異なる他のT&C型の油井用金属管の構成図である。
【
図7】
図7は、本実施形態によるインテグラル型の油井用金属管の構成図である。
【
図8】
図8は、第1接触表面がボックス接触表面である場合における、第1接触表面上の構成を説明するための断面図である。
【
図9】
図9は、第2接触表面がピン接触表面である場合における、第2接触表面上の構成を説明するための断面図である。
【
図11】
図11は、第1接触表面がピン接触表面である場合における、第1接触表面上の構成を説明するための断面図である。
【
図12】
図12は、第2接触表面がボックス接触表面である場合における、第2接触表面上の構成を説明するための断面図である。
【
図13】
図13は、第2接触表面がピン接触表面である場合の、化成処理被膜を含む第2接触表面の構成を示す図である。
【
図14】
図14は、実施例におけるイールドトルク測定試験を説明するためのトルクチャート図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照して、本実施形態を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0019】
本発明者らは、高いイールドトルクと、優れた耐焼付き性とを両立可能な油井用金属管について種々検討を行った。その結果、以下の知見を得た。
【0020】
油井用金属管の締結時の耐焼付き性を高めるためには、ピンの接触表面(以下、ピン接触表面という)及びボックスの接触表面(以下、ボックス接触表面という)のいずれか一方の接触表面(以下、第1接触表面という)に、めっき層を形成し、さらに、めっき層上に固体潤滑層を形成するのが好ましい。固体潤滑層は潤滑作用により、耐焼付き性を高める。また、めっき層も、耐焼付き性を高め、高い硬さ及び高融点を有するめっき層はさらに、締結時の耐焼付き性を高める。そこで、本発明者らは、ピン接触表面及びボックス接触表面の一方である第1接触表面には、耐焼付き性を考慮して、めっき層及び固体潤滑層を積層して形成するのが好ましいと考えた。
【0021】
本発明者らはさらに、耐焼付き性を維持しつつ、イールドトルクを高めるために、ピン接触表面及びボックス接触表面の一方の接触表面である第1接触表面にめっき層及び固体潤滑層を積層した場合における、ピン接触表面及びボックス接触表面の他方の接触表面である第2接触表面の構成について、検討を行った。
【0022】
ところで、油井用金属管は、製造された後、実際の油井掘削に利用されるまでの間、油井掘削地の近くの現地ヤードにて屋外で保管される。そのため、油井用金属管は、耐焼付き性だけでなく、ある程度の耐食性も求められる。そこで、従前の油井用金属管では、油井用金属管のピン接触表面及びボックス接触表面のうち、第1接触表面の最上層に固体潤滑層を形成した場合、第2接触表面の最上層に、紫外線硬化樹脂からなる周知の固体防食被膜が形成される場合がある。しかしながら、固体防食被膜はイールドトルクを高める作用はない。
【0023】
そこで、本発明者らは、固体防食被膜を採用せず、第2接触表面の表面形態(テクスチャ)を従前と異なる形態とすることで、締結時の摩擦係数を高めてイールドトルクを高めることを考えた。そして検討の結果、第2接触表面をある程度粗くすれば、締結時において第1接触表面と第2接触表面とが強く接触したときに、第1接触表面の固体潤滑層下のめっき層と、第2接触表面の凹凸とにより、高い摩擦係数が得られ、その結果、イールドトルクが高くなると考えた。
【0024】
一方で、第2接触表面での耐食性はある程度確保した方が好ましい。しかしながら、従前の周知の固体防食被膜を、表面を粗くした第2接触表面上に形成した場合、第2接触表面の凹凸が固体防食被膜の表面に反映されず、固体防食被膜の表面は、第2接触表面の凹凸ほど粗くはならない。
【0025】
そこで本発明者らは、表面を粗くした第2接触表面上に、固体の被膜ではなく、半固体状又は液状の防錆被膜を形成することを考えた。半固体状又は液状の防錆被膜を、粗くした第2接触表面上に形成した場合、防錆被膜により第2接触表面の防錆性が確保されるとともに、ねじ締結時に第1接触表面と第2接触表面とが強く接触したときには、その接触部において防錆被膜が容易に排斥される。その結果、第1接触表面の固体潤滑層下のめっき層と第2接触表面の凹凸とにより、高い摩擦係数が得られ、その結果、イールドトルクが高くなる。
【0026】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態の油井用金属管は、次の構成を有する。
【0027】
[1]
油井用金属管であって、
第1端部と第2端部とを含む管本体を備え、
前記管本体は、
前記第1端部に形成されているピンと、
前記第2端部に形成されているボックスとを含み、
前記ピンは、
前記管本体の前記第1端部の外周面に形成された雄ねじ部を少なくとも有するピン接触表面を含み、
前記ボックスは、
前記管本体の前記第2端部の内周面に形成された雌ねじ部を少なくとも有するボックス接触表面を含み、
前記ピン接触表面及び前記ボックス接触表面の一方である第1接触表面には、めっき層が形成されており、
前記めっき層上には、固体潤滑層が形成されており、
前記ピン接触表面及び前記ボックス接触表面の他方である第2接触表面の算術平均粗さRaは0.5~10.0μmであり、
前記第2接触表面上には、半固体状又は液状の防錆被膜が形成されている、
油井用金属管。
【0028】
[2]
[1]に記載の油井用金属管であって、
前記第2接触表面上にはさらに、化成処理被膜が形成されており、
前記防錆被膜は、前記化成処理被膜上に形成されている、
油井用金属管。
【0029】
[3]
[1]又は[2]に記載の油井用金属管であって、
前記第2接触表面は、ブラスト処理されている、
油井用金属管。
【0030】
[4]
[1]~[3]のいずれか1項に記載の油井用金属管であって、
前記めっき層は、Zn-Ni合金からなる、
油井用金属管。
【0031】
以下、本実施形態の油井用金属管について詳述する。
【0032】
[油井用金属管の構成]
本実施形態の油井用金属管を説明する前に、本実施形態の対象となる、油井用金属管の構成について、初めに説明する。油井用金属管は、T&C型の油井用金属管と、インテグラル型の油井用金属管とがある。以下、各タイプの油井用金属管について詳述する。
【0033】
[油井用金属管1がT&C型である場合]
図2は、本実施形態の油井用金属管1の一例を示す構成図である。
図2は、いわゆるT&C型(Threaded and Coupled)の油井用金属管1の構成図である。
図2を参照して、油井用金属管1は、管本体10を備える。
【0034】
管本体10は、管軸方向に延びている。管本体10の管軸方向に垂直な断面は円形状である。管本体10は、第1端部10Aと、第2端部10Bとを含む。第1端部10Aは、第2端部10Bの反対側の端部である。
図2に示すT&C型の油井用金属管1では、管本体10は、ピン管体11と、カップリング12とを備える。カップリング12は、ピン管体11の一端に取り付けられている。より具体的には、カップリング12は、ピン管体11の一端にねじにより締結されている。
【0035】
図3は、
図2に示す油井用金属管1のカップリング12の管軸方向に平行な断面(縦断面)を示す一部断面図である。
図2及び
図3を参照して、管本体10は、ピン40と、ボックス50とを含む。ピン40は、管本体10の第1端部10Aに形成されている。ピン40は、締結時において、他の油井用金属管(図示せず)のボックスに挿入されて、他の油井用金属管のボックスとねじにより締結される。
【0036】
ボックス50は、管本体10の第2端部10Bに形成されている。締結時において、ボックス50には、他の油井用金属管1のピンが挿入されて、他の油井用金属管1のピンとねじにより締結される。
【0037】
[ピン40の構成について]
図4は、
図3に示す油井用金属管1のうちのピン40近傍部分の、油井用金属管1の管軸方向に平行な断面図である。
図4中の破線部分は、他の油井用金属管1と締結する場合の、他の油井用金属管1のボックス50の構成を示す。
図4を参照して、ピン40は、管本体10の第1端部10Aの外周面に、ピン接触表面400を備える。ピン接触表面400は、他の油井用金属管1との締結時において、他の油井用金属管1のボックス50のボックス接触表面500と接触する。
【0038】
ピン接触表面400は、第1端部10Aの外周面に形成された雄ねじ部41を少なくとも含む。ピン接触表面400はさらに、ピンシール面42と、ピンショルダ面43とを含んでもよい。
図4では、ピンシール面42は、第1端部10Aの外周面のうち、雄ねじ部41よりも第1端部10Aの先端側に配置されている。つまり、ピンシール面42は、雄ねじ部41とピンショルダ面43との間に配置されている。ピンシール面42はテーパ状に設けられている。具体的には、ピンシール面42では、第1端部10Aの長手方向(管軸方向)において、雄ねじ部41からピンショルダ面43に向かうにしたがって、外径が徐々に小さくなっている。
【0039】
他の油井用金属管1との締結時において、ピンシール面42は、他の油井用金属管1のボックス50のボックスシール面52(後述)と接触する。より具体的には、締結時において、ピン40が他の油井用金属管1のボックス50に挿入されることにより、ピンシール面42がボックスシール面52と接触する。そして、ピン40が他の油井用金属管1のボックス50にさらにねじ込まれることにより、ピンシール面42は、ボックスシール面52と密着する。これにより、締結時において、ピンシール面42は、ボックスシール面52と密着してメタル-メタル接触に基づくシールを形成する。そのため、互いに締結された油井用金属管1において、気密性を高めることができる。
【0040】
図4では、ピンショルダ面43は、第1端部10Aの先端面に配置されている。つまり、
図4に示すピン40では、管本体10の中央から第1端部10Aの先端に向かって順に、雄ねじ部41、ピンシール面42、ピンショルダ面43の順に配置されている。他の油井用金属管1との締結時において、ピンショルダ面43は、他の油井用金属管1のボックス50のボックスショルダ面53(後述)と対向し、接触する。より具体的には、締結時において、ピン40が他の油井用金属管1のボックス50に挿入されることにより、ピンショルダ面43がボックスショルダ面53と接触する。これにより、締結時において、高いトルクを得ることができる。また、ピン40とボックス50との締結状態での位置関係を安定させることができる。
【0041】
なお、ピン40のピン接触表面400は、少なくとも雄ねじ部41を含んでいる。つまり、ピン接触表面400は、雄ねじ部41を含み、ピンシール面42及びピンショルダ面43を含んでいなくてもよい。ピン接触表面400は、雄ねじ部41とピンショルダ面43とを含み、ピンシール面42を含んでいなくてもよい。ピン接触表面400は、雄ねじ部41とピンシール面42とを含み、ピンショルダ面43を含んでいなくてもよい。上述の楔型ねじを有する油井用金属管の場合、ピン40は、ピンショルダ面43を有さない。なお、ピン40がピンショルダ面43を有さない場合、ボックス50は、ボックスショルダ面53を有さない。
【0042】
[ボックス50の構成について]
図5は、
図3に示す油井用金属管1のうちのボックス50近傍部分の、油井用金属管1の管軸方向に平行な断面図である。
図5中の破線部分は、他の油井用金属管1と締結する場合の、他の油井用金属管1のピン40の構成を示す。
図5を参照して、ボックス50は、管本体10の第2端部10Bの内周面に、ボックス接触表面500を備える。ボックス接触表面500は、他の油井用金属管1との締結時において、他の油井用金属管1のピン40がねじ込まれ、ピン40のピン接触表面400と接触する。
【0043】
ボックス接触表面500は、第2端部10Bの内周面に形成された雌ねじ部51を少なくとも含む。締結時において、雌ねじ部51は、他の油井用金属管のピン40の雄ねじ部41と噛み合う。
【0044】
ボックス接触表面500はさらに、ボックスシール面52と、ボックスショルダ面53とを含んでもよい。
図5では、ボックスシール面52は、第2端部10Bの内周面のうち、雌ねじ部51よりも管本体10側に配置されている。つまり、ボックスシール面52は、雌ねじ部51とボックスショルダ面53との間に配置されている。ボックスシール面52はテーパ状に設けられている。具体的には、ボックスシール面52では、第2端部10Bの長手方向(管軸方向)において、雌ねじ部51からボックスショルダ面53に向かうにしたがって、内径が徐々に小さくなっている。
【0045】
他の油井用金属管1との締結時において、ボックスシール面52は、他の油井用金属管1のピン40のピンシール面42と接触する。より具体的には、締結時において、ボックス50に他の油井用金属管1のピン40がねじ込まれることにより、ボックスシール面52がピンシール面42と接触し、さらにねじ込まれることにより、ボックスシール面52がピンシール面42と密着する。これにより、締結時において、ボックスシール面52は、ピンシール面42と密着してメタル-メタル接触に基づくシールを形成する。そのため、互いに締結された油井用金属管1において、気密性を高めることができる。
【0046】
ボックスショルダ面53は、ボックスシール面52よりも管本体10の管軸方向中央側に配置されている。つまり、ボックス50では、管本体10の管軸方向中央から第2端部10Bの先端に向かって順に、ボックスショルダ面53、ボックスシール面52、雌ねじ部51、の順に配置されている。他の油井用金属管1との締結時において、ボックスショルダ面53は、他の油井用金属管1のピン40のピンショルダ面43と対向し、接触する。より具体的には、締結時において、ボックス50に他の油井用金属管1のピン40が挿入されることにより、ボックスショルダ面53がピンショルダ面43と接触する。これにより、締結時において、高いトルクを得ることができる。また、ピン40とボックス50との締結状態での位置関係を安定させることができる。
【0047】
ボックス接触表面500は、少なくとも雌ねじ部51を含む。締結時において、ボックス50のボックス接触表面500の雌ねじ部51は、ピン40のピン接触表面400の雄ねじ部41に対応し、雄ねじ部41と接触する。ボックスシール面52は、ピンシール面42と対応し、ピンシール面42と接触する。ボックスショルダ面53は、ピンショルダ面43と対応し、ピンショルダ面43と接触する。
【0048】
ピン接触表面400が雄ねじ部41を含み、ピンシール面42及びピンショルダ面43を含まない場合、ボックス接触表面500は雌ねじ部51を含み、ボックスシール面52及びボックスショルダ面53を含まない。ピン接触表面400が雄ねじ部41とピンショルダ面43とを含み、ピンシール面42を含まない場合、ボックス接触表面500は、雌ねじ部51とボックスショルダ面53とを含み、ボックスシール面52を含まない。ピン接触表面400が雄ねじ部41とピンシール面42とを含み、ピンショルダ面43を含まない場合、ボックス接触表面500は、雌ねじ部51とボックスシール面52とを含み、ボックスショルダ面53を含まない。
【0049】
ピン接触表面400は、複数の雄ねじ部41を含んでもよいし、複数のピンシール面42を含んでもよいし、複数のピンショルダ面43を含んでもよい。たとえば、ピン40のピン接触表面400において、第1端部10Aの先端から管本体10の中央に向かって、ピンショルダ面43、ピンシール面42、雄ねじ部41、ピンシール面42、ピンショルダ面43、ピンシール面42、雄ねじ部41の順で配置されてもよい。この場合、ボックス50のボックス接触表面500において、第2端部10Bの先端から管本体10の中央に向かって、雌ねじ部51、ボックスシール面52、ボックスショルダ面53、ボックスシール面52、雌ねじ部51、ボックスシール面52、ボックスショルダ面53の順に配置される。
【0050】
図4及び
図5では、ピン40が、雄ねじ部41、ピンシール面42、及び、ピンショルダ面43を含み、ボックス50が、雌ねじ部51、ボックスシール面52、及び、ボックスショルダ面53を含む、いわゆる、プレミアムジョイントを図示している。しかしながら、上述のとおり、ピン40は、雄ねじ部41を含み、ピンシール面42及びピンショルダ面43を含んでいなくてもよい。この場合、ボックス50は、雌ねじ部51を含み、ボックスシール面52及びボックスショルダ面53を含んでいない。
図6は、ピン40が雄ねじ部41を含み、ピンシール面42及びピンショルダ面43を含んでおらず、かつ、ボックス50が雌ねじ部51を含み、ボックスシール面52及びボックスショルダ面53を含んでいない油井用金属管1の一例を示す図である。
【0051】
[油井用金属管1がインテグラル型である場合]
図2、
図3及び
図6に示す油井用金属管1は、管本体10が、ピン管体11とカップリング12とを含む、いわゆる、T&C型の油井用金属管1である。しかしながら、本実施形態の油井用金属管1は、T&C型ではなく、インテグラル型であってもよい。
【0052】
図7は、本実施形態によるインテグラル型の油井用金属管1の構成図である。
図7を参照して、インテグラル型の油井用金属管1は、管本体10を備える。管本体10は、第1端部10Aと、第2端部10Bとを含む。第1端部10Aは、第2端部10Bと反対側に配置されている。上述のとおり、T&C型の油井用金属管1では、管本体10は、ピン管体11と、カップリング12とを備える。つまり、T&C型の油井用金属管1では、管本体10は、2つの別個の部材(ピン管体11及びカップリング12)を締結して構成されている。これに対して、インテグラル型の油井用金属管1では、管本体10は一体的に形成されている。
【0053】
ピン40は、管本体10の第1端部10Aに形成されている。締結時において、ピン40は、他のインテグラル型の油井用金属管1のボックス50に挿入されてねじ込まれ、他のインテグラル型の油井用金属管1のボックス50と締結される。ボックス50は、管本体10の第2端部10Bに形成されている。締結時において、ボックス50には、他のインテグラル型の油井用金属管1のピン40が挿入されてねじ込まれ、他のインテグラル型の油井用金属管1のピン40と締結される。
【0054】
インテグラル型の油井用金属管1のピン40の構成は、
図4に示すT&C型の油井用金属管1のピン40の構成と同じである。同様に、インテグラル型の油井用金属管1のボックス50の構成は、
図5に示すT&C型の油井用金属管1のボックス50の構成と同じである。なお、
図7では、ピン40において、第1端部10Aの先端から管本体10の管軸方向中央に向かって、ピンショルダ面、ピンシール面、雄ねじ部、ピンシール面、ピンショルダ面、ピンシール面、雄ねじ部の順で配置されている。そのため、ボックス50において、第2端部10Bの先端から管本体10の管軸方向中央に向かって、雌ねじ部、ボックスシール面、ボックスショルダ面、ボックスシール面、雌ねじ部、ボックスシール面、ボックスショルダ面の順に配置されている。しかしながら、
図4と同様に、インテグラル型の油井用金属管1のピン40のピン接触表面400は、少なくとも雄ねじ部41を含んでいればよい。また、
図5と同様に、インテグラル型の油井用金属管1のボックス50のボックス接触表面500は、少なくとも雌ねじ部51を含んでいればよい。
【0055】
要するに、本実施形態の油井用金属管1は、T&C型であってもよいし、インテグラル型であってもよい。
【0056】
油井用金属管1は、Fe基合金からなる鋼管であってもよいし、Ni基合金管に代表される合金管であってもよい。鋼管はたとえば、低合金鋼管、マルテンサイト系ステンレス鋼管、二相ステンレス鋼管等である。
【0057】
[ピン接触表面400又はボックス接触表面500上の構成について]
本実施形態の油井用金属管1では、ピン接触表面400及びボックス接触表面500の一方である第1接触表面にめっき層60が形成され、さらに、めっき層60上に、固体潤滑層70が形成されている。そして、ピン接触表面400及びボックス接触表面500の他方である第2接触表面の算術平均粗さRaが0.5~10.0μmであり、第2接触表面上には、半固体状又は液状の防錆被膜80が形成されている。
【0058】
以下、第1接触表面がボックス接触表面500であり、第2接触表面がピン接触表面400である場合の第1接触表面上の構成及び第2接触表面上の構成について、説明する。しかしながら、第1接触表面がピン接触表面400であり、第2接触表面がボックス接触表面500である場合の第1接触表面上の構成及び第2接触表面上の構成も、同じである。
【0059】
[第1接触表面上の構成]
図8は、第1接触表面がボックス接触表面500である場合における、第1接触表面上の構成を説明するための断面図である。
図8を参照して、第1接触表面上にはめっき層60が形成されている。さらに、めっき層60上には、固体潤滑層70が形成されている。以下、めっき層60及び固体潤滑層70について説明する。
【0060】
[めっき層60について]
めっき層60の種類は特に限定されない。めっき層60はたとえば、Znめっき層、Niめっき層、Cuめっき層、Zn-Ni合金めっき層、Zn-Co合金めっき層、Ni-W合金めっき層、及び、Cu-Sn-Zn合金めっき層であってもよい。めっき層60は複数のめっき層が積層されて形成されていてもよい。たとえば、第1接触表面上にNiめっき層が形成され、Niめっき層上にさらに、Zn-Niめっき層が積層されて形成されてもよい。
【0061】
めっき層60がCu-Sn-Zn合金めっき層である場合、Cu-Sn-Zn合金被膜の化学組成はたとえば、40~70質量%のCu、20~50質量%のSn、2~20質量%のZn、及び、残部は不純物からなる。めっき層60がCuめっき層である場合、Cuめっき層の化学組成はたとえば、Cu及び不純物からなる。
【0062】
好ましくは、めっき層60は、Ni、Fe、Mg、及び、Mnからなる群から選択される1種以上と、ZnとからなるZn合金めっきからなる。これらのZn合金めっきは、高い硬さを有し、高融点である。そのため、優れた耐焼付き性を示す。さらに、Znは管本体10の母材となる鋼材よりも卑な金属であるため、犠牲防食作用を発揮する。そのため、めっき層60がZn合金めっきからなる場合、めっき層60は耐焼付き性だけでなく、優れた耐食性を示す。
【0063】
さらに好ましくは、めっき層60は、Zn-Ni合金めっき層である。Zn-Ni合金めっき層は、Zn-Ni合金からなる。Zn-Ni合金は、亜鉛(Zn)及びニッケル(Ni)を含む。Zn-Ni合金は不純物を含有する場合がある。ここで、Zn-Ni合金の不純物とは、Zn及びNi以外の物質で、油井用金属管の製造中等にZn-Ni合金めっき層に含有され、本実施形態の効果に影響を与えない範囲の含有量で含まれる物質を意味する。Zn-Ni合金は、優れた耐食性を有するだけでなく、上述のとおり、高い硬さ及び高融点を有するため、優れた耐焼付き性も有する。
【0064】
Zn-Ni合金めっき層において、好ましくは、ZnとNiの合計を100質量%とした場合に、Niが10~20質量%含有されている。Zn-Ni合金めっき層中のNi含有量の好ましい下限は11質量%であり、さらに好ましくは12質量%である。Zn-Ni合金めっき層のNi含有量の好ましい上限は18質量%であり、さらに好ましくは16質量%であり、さらに好ましくは15質量%である。
【0065】
[Zn-Ni合金めっき層の化学組成の測定方法]
めっき層60がZn-Ni合金めっき層である場合のめっき層60の化学組成はエネルギー分散型X線(EDX)分析装置を用いて、めっき層の断面から、測定することができる。製造時の操業管理においては、非破壊で簡便に測定できるのが好ましい。そこで、Zn-Ni合金めっき層の化学組成の測定を、たとえば、めっき層表面から蛍光X線分析装置を用いて実施してもよい。この場合、予め化学組成が判明している標準サンプルを用いて、適宜補正を行う。
【0066】
[めっき層60の厚さ]
めっき層60の厚さは特に限定されない。めっき層60の厚さはたとえば、1~20μmである。めっき層60の厚さが1μm以上であれば、十分な耐焼付き性を得ることができる。一方、めっき層60の厚さが20μmを超えても、上記効果は飽和する。めっき層60の厚さの下限は好ましくは3μmであり、さらに好ましくは5μmである。めっき層60の厚さの上限は好ましくは18μmであり、さらに好ましくは15μmである。
【0067】
めっき層60の厚さは、次の方法で測定できる。めっき層60の断面を含むサンプルを採取する。めっき層60の断面の任意の3カ所で、めっき層60の厚さを測定する。測定された厚さの算術平均値を、めっき層60の厚さ(μm)と定義する。めっき層60の厚さは、上記方法以外に、上述のめっき層の化学組成の測定と同様に、めっき層表面から蛍光X線分析装置を用いて測定してもよい。この場合、予め化学組成が判明している標準サンプルを用いて、適宜補正を行う。
【0068】
[固体潤滑層70]
めっき層60上にはさらに、固体潤滑層70が形成されている。固体潤滑層70は、締結時において、油井用金属管1のボックス50及びピン40の潤滑性を高める。固体潤滑層70は、常温(20℃±15℃)において、固体の被膜である。
【0069】
ここで、本明細書において、固体、半固体状、液状を、それぞれ次のとおり定義する。固体とは、常温において形状が固定されており、外力が負荷されても変形せずに、形状を維持するか、少なくとも一部が破壊される状態を意味する。半固体状とは、常温において一定の形状を維持しているものの、外力が負荷された場合に、少なくとも外力を受けた部分が破壊されずに容易に変形する状態を意味する。本明細書において、グリス状、セミドライ状は、半固体状に含まれる。液状は、液体の状態を意味する。なお、液体のうち揮発性成分が蒸発して、粘性を有する不揮発性成分が残存した状態も、「半固体状又は液状」に相当する。
【0070】
固体潤滑層70は、例えば、固体潤滑性粉末と、マトリクスとなる結合剤とを含む。つまり、固体潤滑層70は、固体潤滑性粉末を結合剤で結合してなる不均一系の被膜からなる層である。
【0071】
[固体潤滑性粉末]
固体潤滑性粉末とは、潤滑作用を示す粉末である。固体潤滑粉末は、従来より固体潤滑剤として利用されてきた公知の材料を使用することができる。固体潤滑性粉末としては環境へ悪影響を及ぼさない材料が好ましい。
【0072】
好ましい固体潤滑性粉末は例えば、二硫化モリブデン(MoS2)、二硫化タングステン(WS2)、黒鉛、窒化硼素(BN)、カーボンブラック、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)粉末、及び、フッ化グラファイト(CFX)からなる群から選択される1種以上を含有する。二硫化モリブデン(MoS2)及び二硫化タングステン(WS2)は、黒鉛型結晶構造を有する無機粉末である。固体潤滑性粉末の平均粒径は特に限定されない。固体潤滑性粉末の平均粒径は例えば、0.5~15μmである。
【0073】
固体潤滑層70において、結合剤の総量に対する固体潤滑性粉末の総量の好ましい質量比は、0.3~0.9である。結合剤の総量に対する固体潤滑性粉末の総量の質量比が0.3以上であれば、固体潤滑層70の耐焼付き性がさらに高まる。結合剤の総量に対する固体潤滑性粉末の総量の質量比が0.9以下であれば、固体潤滑層70の密着性がさらに高まり、固体潤滑層70の強度がさらに高まる。
【0074】
固体潤滑層70は、固体潤滑性粉末以外の他の粉末をさらに含有することもできる。固体潤滑層70はたとえば、固体潤滑性粉末と、シリカとを含有する。他の粉末はたとえば、黒鉛型結晶構造を有さない無機粉末である。固体潤滑層70が固体潤滑性粉末と、他の粉末とを含有する場合、結合剤の総量に対する、固体潤滑性粉末と他の粉末との総量の好ましい質量比は0.9以下である。
【0075】
[結合剤]
固体潤滑層70中の結合剤は、有機樹脂及び/又は無機高分子化合物からなる。
【0076】
結合剤としての有機樹脂は、耐熱性と適度な硬さと適度な摩耗性とを有するものが好ましい。結合剤としての有機樹脂は例えば、熱硬化性樹脂、及び、熱可塑性樹脂からなる群から選択される1種以上からなる。有機樹脂は、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリカルボジイミド樹脂、ポリエーテルサルホン、ポリエーテルエーテルケトン、フェノール樹脂、フラン樹脂、ポリビニル樹脂、アクリル樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリエチレン樹脂、シリコーン樹脂、及び、フッ素樹脂からなる群から選択される1種以上からなる。
【0077】
固体潤滑層70の密着性を向上するという観点から、固体潤滑層70の原料であり、固体潤滑性粉末と結着剤とを含有する液体組成物(以下、有機液体組成物ともいう)に対して加熱硬化処理を実施して、固体潤滑層70を形成してもよい。加熱硬化処理の温度は好ましくは80℃以上であり、さらに好ましくは150~380℃である。処理時間は好ましくは5分以上であり、さらに好ましくは20~60分である。加熱硬化処理は、予備乾燥工程と、焼き付け工程とを含んでもよい。予備乾燥工程では、80~100℃で2~15分保持する。焼き付け工程は、予備乾燥工程後に実施する。焼き付け工程では、150~380℃で10~50分保持する。
【0078】
結合剤としての無機高分子化合物は、例えば、Ti-O、Si-O、Zr-O、Mn-O、Ce-O、Ba-Oといった、金属-酸素結合が三次元架橋した構造を有する化合物である。このような無機高分子化合物は、金属アルコキシドや金属塩化物といった加水分解性金属化合物の加水分解と縮合とにより形成することができる。無機高分子化合物は、アミン基やエポキシ基等の官能基を含有する加水分解性金属化合物を用いて形成されたものでもよい。アミン基やエポキシ基等の官能基を含有する加水分解性金属化合物は例えば、シランカップリング剤やチタネートカップリング剤である。
【0079】
結合剤として無機高分子化合物を含有する固体潤滑層70は、たとえば、以下の方法で形成する。加水分解性金属化合物又はその部分加水分解物の溶媒と、固体潤滑性粉末とを含有する液体組成物(以下、無機液体組成物という)をめっき層60上に塗布する。塗布された液体組成物に対して、加湿処理及び/又は加熱処理を実施する。以上の工程により、結合剤として無機高分子化合物を含有する固体潤滑層70が形成される。
【0080】
上述のとおり、加水分解性金属化合物の加水分解を促進するために加湿処理を実施してもよい。加湿処理では、大気中、好ましくは相対湿度が70%以上の加湿大気中に、塗布された液体組成物を所定時間放置する。好ましくは、加湿処理後に加熱を行う。加熱により金属化合物の加水分解と生成した加水分解物の縮合、及び、加水分解の副生物(金属化合物が金属アルコキシドである場合にはアルコール)と縮合の副生物(水)の排出、が促進される。その結果、固体潤滑層70を短時間で形成できる。また、加湿処理後の加熱により、形成される固体潤滑層70の密着性が強固となる。加湿処理後の加熱は、塗膜中に残る溶媒が蒸発した後に行うことが好ましい。加湿処理後の加熱での加熱温度は副生するアルコールの沸点に近い50~200℃の温度とするのが好ましい。熱風炉内での加熱がより効果的である。
【0081】
固体潤滑層70の厚さは、3~50μmである。固体潤滑層70の好ましい厚さは、10~40μmである。固体潤滑層70の厚さが10μm以上であれば、高い潤滑性をさらに安定して得ることができる。一方、固体潤滑層70の厚さが40μm以下であれば、固体潤滑層70の密着性がさらに安定する。固体潤滑層70の厚さが40μm以下であればさらに、摺動面のねじ公差(クリアランス)が広くなる。この場合、摺動時の面圧が低くなる。そのため、締結トルクが過剰に高くなることを抑制できる。したがって、固体潤滑層70の好ましい厚さは10~40μmである。固体潤滑層70の厚さのさらに好ましい下限は15μmであり、さらに好ましくは20μmである。固体潤滑層70の厚さのさらに好ましい上限は35μmであり、さらに好ましくは30μmである。
【0082】
固体潤滑層70の厚さは、次の方法で測定する。固体潤滑層70が形成されている第1接触表面を含むサンプルを採取する。サンプルの表面のうち1つの表面は、油井用金属管の軸方向(長手方向)に対して垂直に切断した断面に相当する。以下、この断面を観察面という。観察面のうち、固体潤滑層70を含む領域に対して顕微鏡観察を行う。顕微鏡観察の倍率は500倍とする。任意の10視野において、固体潤滑層70の厚さを求める。各視野において、固体潤滑層70の厚さを任意の3箇所で測定する。10視野の固体潤滑層70の厚さ(合計10×3=30個)の算術平均値を、固体潤滑層70の厚さ(μm)と定義する。
【0083】
[第2接触表面上の構成]
図9は、第2接触表面がピン接触表面400である場合における、第2接触表面上の構成を説明するための断面図である。
図9を参照して、第2接触表面の算術平均粗さRaは、0.5~10.0μmである。そして、第2接触表面上(
図9ではピン接触表面400上)には、半固体状又は液状の防錆被膜80が形成されている。以下、第2接触表面の算術平均粗さRaと、防錆被膜80とについて説明する。
【0084】
[第2接触表面の算術平均粗さRa]
第2接触表面(
図9ではピン接触表面400)の算術平均粗さRaは、JIS B 0601(2013)に規定された算術平均粗さの測定方法により測定する。具体的には、第2接触表面において、ねじ部のねじ山の延在方向(ねじの切削方向)に沿って任意の10箇所を測定箇所とする。各測定箇所において、管軸方向に延びる評価長さで、算術平均粗さRaを測定する。評価長さは、基準長さ(カットオフ波長)の5倍とする。算術平均粗さRaの測定は、触針式の粗さ計を用いて行い、測定速度は、0.5mm/secとする。求めた10個の算術平均粗さRaのうち、最大の算術平均粗さRa、2番目に大きい算術平均粗さRa、最小の算術平均粗さRa、及び、2番目に小さい算術平均粗さRaを除いた、6個の算術平均粗さRaの算術平均値を、算術平均粗さRaと定義する。接触式の粗さ計はたとえば、株式会社ミツトヨ製の表面粗さ測定機サーフテストSJ-301(商品名)である。
【0085】
ねじ切り加工した後の第2接触表面の算術平均粗さは、0.1μm未満である。第2接触表面の算術平均粗さRaが0.5~10.0μmである場合、第2接触表面はなんらかの表面処理が実施されることにより、粗く調整されている。表面処理はたとえば、ブラスト処理である。
【0086】
好ましくは、第2接触表面は、ブラスト処理されている。ブラスト処理とは、ブラスト装置を用いてブラスト材(研磨剤)を第2接触表面に衝突させる処理である。ブラスト処理はたとえば、サンドブラスト処理、ショットブラスト処理、又は、グリッドブラスト処理である。ブラスト処理は、ブラスト材(研磨剤)と圧縮空気とを混合して、第2接触表面に投射する処理である。ブラスト処理に使用するブラスト材、及び、投射速度等を調整することにより、第2接触表面の粗さを適宜設定することができる。
【0087】
[防錆被膜80]
防錆被膜80は、第2接触表面上に形成されている。防錆被膜80は常温(20℃±15℃)において半固体状又は液状である。
【0088】
図10は、
図9に示す第2接触表面(
図9ではピン接触表面400)近傍部分の拡大図である。
図10を参照して、第2接触表面(ここではピン接触表面400)は算術平均粗さRaが0.5~10μmとなる程度の微小な凹凸が形成されている。この凹凸により、締結時においてピン接触表面400及びボックス接触表面500の摩擦係数を高め、イールドトルクを高める。
【0089】
[防錆被膜80の種類]
防錆被膜80は次の2種類のうちのいずれかであってもよい。
(A)液状防錆被膜
(B)半固体状防錆被膜
以下、液状防錆被膜、半固体状防錆被膜について説明する。
【0090】
[(A)液状防錆被膜について]
液状防錆被膜は、液状の防錆被膜である。ここで、液状は、液体の状態を意味する。なお、液体のうち揮発性成分が蒸発して、粘性を有する不揮発性成分が残存した状態も、「液状」に相当する。液状防錆被膜は、たとえばWD-40(商品名)のような、ライトオイルとも呼ばれる市販の防錆潤滑剤を塗布することで形成することができる。液状防錆被膜の化学組成はたとえば、質量%で50~75%のミネラルスピリットと、質量%で25%以下の石油系油とを含有する。
【0091】
[ミネラルスピリット]
ミネラルスピリットは、JIS K 2201(1991)に規定される工業ガソリン4号に相当する溶剤である。ミネラルスピリット含有量の好ましい下限は質量%で52%であり、さらに好ましくは54%であり、さらに好ましくは56%であり、さらに好ましくは58%である。ミネラルスピリット含有量の好ましい上限は質量%で70%であり、さらに好ましくは68%であり、さらに好ましくは66%であり、さらに好ましくは64%であり、さらに好ましくは62%である。
【0092】
[石油系油]
石油系油は、原油を精製して得られる油である。石油系油はたとえば、パラフィン系油、ナフテン系油、及びアロマチック系油からなる群から選択される1種又は2種以上からなる。石油系油含有量の好ましい下限は質量%で2%であり、さらに好ましくは4%であり、さらに好ましくは6%であり、さらに好ましくは8%である。石油系油含有量の好ましい上限は質量%で22%であり、さらに好ましくは20%であり、さらに好ましくは18%であり、さらに好ましくは16%である。
【0093】
[防錆添加剤]
防錆被膜80は、ミネラルスピリット、及び、石油系油の他に、防錆添加剤を含んでもよい。防錆添加剤とは、耐食性を有する添加剤の総称である。防錆添加剤はたとえば、トリポリ燐酸アルミニウム、亜燐酸アルミニウム及びカルシウムイオン交換シリカからなる群から選ばれる1種又は2種以上を含有する。好ましくは、防錆添加剤は、カルシウムイオン交換シリカ及び亜燐酸アルミニウムからなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する。防錆添加剤として、他に周知の(市販の)反応撥水剤を含有してもよい。
【0094】
防錆被膜80中の防錆添加剤の含有量は、好ましくは、質量%で10%以下である。防錆被膜80中の防錆添加剤の好ましい上限は9%であり、さらに好ましくは8%であり、さらに好ましくは5%である。防錆被膜80中の防錆添加剤の好ましい下限は2%であり、さらに好ましくは3%である。なお、防錆被膜80は、上述の防錆添加剤を含有しなくてもよい。つまり、防錆被膜80の化学組成は、ミネラルスピリットと、石油系油とを含有し、残部は不純物であってもよい。
【0095】
なお、防錆被膜80は、実質的に重金属粉を含有しない。つまり、防錆被膜80において、重金属は不純物である。重金属粉はたとえば、Pb、Cu、Zn等の粉・粒子である。防錆被膜80はさらに、塩素系化合物も含有しない。そのため、重金属や塩素系化合物を含有するグリス等の使用が禁止された海洋の油井においても、本実施形態の油井用金属管を使用することができる。
【0096】
[(B)半固体状防錆被膜について]
半固体状防錆被膜は、常温において一定の形状を維持しているものの、外力が負荷された場合に、少なくとも外力を受けた部分が破壊されずに(割れが発生せずに)容易に変形する状態の防錆被膜である。半固体状防錆被膜は、グリス状であってもよいし、セミドライ状であってもよい。
【0097】
半固体状防錆被膜の化学組成はたとえば、質量%で、20~30%の精製鉱油と、8~13%の石油系ワックスと、3~5%の黒鉛と、5~10%のロジンとを含有し、残部はCaスルホネート及び不純物からなる。
【0098】
精製鉱油は、石油や天然ガス等を精製して得られる炭化水素化合物である。石油系ワックスは、石油から採取されるワックスである。ワックスは常温で固体であり、熱を付与すると液体となる有機物を意味する。ロジンは、松やにを水蒸気蒸留し、テレビン油を除いて得られる樹脂である。
【0099】
なお、半固体状防錆被膜は、周知のイエロードープ、又は、周知のグリーンドープであってもよい。
【0100】
上述の防錆被膜80は、半固体状又は液状である。そのため、第2接触表面上に防錆被膜80を形成するときに、固体の被膜を形成する場合と比較して、通常特別な装置を必要としない。防錆被膜80の特性や仕様によっては、加熱乾燥してもよい。
【0101】
第2接触表面に形成されている防錆被膜80は、半固体状又は液状である。油井用金属管が締結された場合、半固体状又は液状の防錆被膜80は締結に伴い変形又は流動する。その結果、第2接触表面上に形成された防錆被膜80の表面の粗さは、実質的に、第2接触表面の表面粗さと同等となる。
【0102】
なお、第2接触表面上にはめっき層は形成されない。表面を粗くした第2接触表面上にめっき層を形成し、形成されためっき層上に防錆被膜80を形成した場合、第2接触表面の凹凸はめっき層の表面に反映されない。つまり、めっき層の表面粗さは第2接触表面の表面粗さよりも小さくなる。そのため、締結時においてイールドトルクを十分に高めることができない。また、第2接触表面上にめっき層を形成して、めっき層の表面を粗くした後、防錆被膜80を形成すれば、製造コストが高くなる。したがって、本実施形態の油井用金属管では、第2接触表面上にめっき層は形成されない。
【0103】
[ピン接触表面が第1接触表面、ボックス接触表面が第2接触表面の場合]
上述の説明では、ボックス接触表面500を第1接触表面とし、ピン接触表面400を第2接触表面として、第1及び第2接触表面の構成について説明した。しかしながら、上述のとおり、ピン接触表面400が第1接触表面であり、ボックス接触表面500が第2接触表面であってもよい。この場合、
図11に示すとおり、ピン接触表面400(第1接触表面)上にめっき層60が形成されており、めっき層60上に固体潤滑層70が形成されている。また、
図12に示すとおり、ボックス接触表面500(第2接触表面)の表面が粗く調整され、ボックス接触表面500の算術平均粗さRaが0.5~10.0μmである。そして、ボックス接触表面500上に防錆被膜80が形成されている。
【0104】
以上のとおり、本実施形態の油井用金属管1では、ピン接触表面400及びボックス接触表面500の一方である第1接触表面上にめっき層60が形成され、めっき層60上に固体潤滑層70が形成されている。そして、締結時に第1接触表面と対向する第2接触表面は粗く調整されており、第2接触表面の算術平均粗さRaは0.5~10.0μmである。そして、粗く調整された第2接触表面上に、半固体状又は液状の防錆被膜が形成されている。第1接触表面のめっき層60及び固体潤滑層70により、締結時の耐焼付き性を高めることができる。さらに、半固体状又は液状の防錆被膜80を、表面を粗くした第2接触表面上に形成した場合、第1接触表面の固体潤滑層70下のめっき層60と第2接触表面の凹凸とにより、高い摩擦係数が得られる。その結果、イールドトルクが高くなる。
【0105】
[第2接触表面に形成される化成処理被膜90について]
本実施形態の油井用金属管1の第2接触表面はさらに、第2接触表面上に化成処理被膜が形成され、化成処理被膜上に防錆被膜80が形成されてもよい。
図13は、第2接触表面がピン接触表面400である場合の、化成処理被膜90を含む第2接触表面の構成を示す図である。
図13を参照して、算術平均粗さRa=0.5~10.0μmの範囲に粗さが調整された第2接触表面上に、化成処理被膜90が形成されており、化成処理被膜90上に防錆被膜80が形成されている。このとき、化成処理被膜90は、第2接触表面と接触して形成されており、防錆被膜80は、化成処理被膜90と接触して形成されている。
【0106】
化成処理被膜90はたとえば、燐酸塩化成処理被膜、蓚酸塩化成処理被膜、及び、硼酸塩化性処理被膜からなる群から選択される1種以上からなる。好ましくは、化成処理被膜90は燐酸塩化成処理被膜である。
【0107】
化成処理被膜90は多孔質である。そのため、化成処理被膜90上に防錆被膜80を形成すれば、いわゆる「アンカー効果」により、防錆被膜80の第2接触表面での密着性(保持力)が高まる。この場合、第2接触表面の耐食性が高まる。化成処理被膜90の厚さは特に限定されない。化成処理被膜90の好ましい厚さは、5~40μmである。化成処理被膜90の厚さが5μm以上であれば、耐食性がさらに高まる。化成処理被膜の厚さが40μm以下であれば、防錆被膜80の密着性がさらに安定的に高まる。
【0108】
なお、
図13では、第2接触表面がピン接触表面400である場合を示した。しかしながら、第2接触表面がボックス接触表面500であっても同様に、第2接触表面上に化成処理被膜90が形成され、化成処理被膜90上に防錆被膜80が形成されてもよい。
【0109】
なお、第2接触表面上に防錆被膜80が直接接触して形成されており、第2接触表面上に化成処理被膜90が形成されていなくてもよい。好ましくは、油井用金属管1の化学組成において、Cr含有量が質量%で1.00%以下である場合、第2接触表面上に化成処理被膜90が形成されており、化成処理被膜90上に防錆被膜80が形成されている。油井用金属管1の化学組成において、Cr含有量が質量%で1.00%以下である場合、油井用金属管1の母材自体の耐食性がそれほど高くない。油井用金属管1の化学組成において、Cr含有量が質量%で1.00%以下である場合において、第2接触表面上に化成処理被膜90が形成されており、さらに、化成処理被膜90上に防錆被膜80が形成されていれば、第2接触表面の耐食性を高めることができる。
【0110】
[製造工程]
以上の構成を有する本実施形態の油井用金属管の製造方法の一例について説明する。なお、以降に説明する製造方法は、本実施形態の油井用金属管の製造方法の一例である。したがって、本実施形態の油井用金属管を製造できれば、製造方法は特に限定されない。以下に説明する製造方法は、本実施形態の油井用金属管を製造する好適な一例である。
【0111】
本実施形態の油井用金属管の製造方法は、ねじ継手付き素管を準備する工程(ねじ継手付き素管準備工程)と、第1接触表面にめっき層60を形成する工程(めっき層形成工程)と、めっき層60上に固体潤滑層70を形成する工程(固体潤滑層形成工程)と、第2接触表面の表面粗さを調整する工程(第2接触表面粗さ調整工程)と、粗さが調整された第2接触表面上に防錆被膜を形成する工程(防錆被膜形成工程)とを含む。以下、各工程について詳述する。
【0112】
[ねじ継手付き素管準備工程]
ねじ継手付き素管準備工程では、ねじ継手付き素管を準備する。ここで、ねじ継手付き素管は、管本体10を意味する。油井用金属管がT&C型である場合、管本体10は、ピン管体11とカップリング12とを含む。油井用金属管がインテグラル型である場合、管本体10は一体的に形成されている。
【0113】
管本体10は、第三者から提供されたものを用いても良いし、管本体10を製造して準備してもよい。管本体10を製造する場合、たとえば、以下の方法で製造する。
【0114】
溶鋼を用いて素材を製造する。具体的には、溶鋼を用いて連続鋳造法により鋳片(スラブ、ブルーム、又は、ビレット)を製造する。溶鋼を用いて造塊法によりインゴットを製造してもよい。必要に応じて、スラブ、ブルーム又はインゴットを分塊圧延して、鋼片(ビレット)を製造してもよい。以上の工程により素材(スラブ、ブルーム、又は、ビレット)を製造する。準備された素材を熱間加工して素管を製造する。熱間加工方法はマンネスマン法による穿孔圧延でもよいし、熱間押出法でもよい。熱間加工後の素管に対して、周知の焼入れ及び周知の焼戻しを実施して、素管の強度を調整する。以上の工程により、素管を製造する。なお、油井用金属管がT&C型である場合、カップリング12用の素管も準備する。カップリング12用の素管の製造方法は、上述の素管の製造方法と同じである。
【0115】
油井用金属管がT&C型である場合、ピン管体11用の素管の両端部の外面に対してねじ切り加工を実施して、ピン接触表面400を形成する。さらに、カップリング12用の素管の両端部の内面に対してねじ切り加工を実施して、ボックス接触表面500を形成する。ピン管体11用の素管の一端のピンを、カップリング12用の素管の一端のボックスに挿入してねじ込む。以上の工程により、ピン管体11及びカップリング12を含む管本体(ねじ継手付き素管)を製造する。
【0116】
油井用金属管がインテグラル型である場合、管本体10に相当する素管の第1端部10Aの外面に対してねじ切り加工を実施して、ピン接触表面400を形成する。さらに、管本体10に相当する素管の第2端部10Bの外面に対してねじ切り加工を実施して、ボックス接触表面500を形成する。以上の工程により、ピン及びボックスを含む管本体10(ねじ継手付き素管)を準備する。
【0117】
[めっき層形成工程]
準備された管本体のピン接触表面400及びボックス接触表面500の一方である第1接触表面上に、めっき層60を形成する。めっき層60の形成は、周知の方法で実施できる。めっき層60の形成は、電解めっき法を用いてもよいし、無電解めっき法を用いてもよい。
【0118】
たとえば、電解めっき法により、Zn-Ni合金からなるめっき層60を形成する場合、めっき浴は亜鉛イオン及びニッケルイオンを含有する。めっき浴の組成は好ましくは、亜鉛イオン:1~100g/L及びニッケルイオン:1~50g/Lを含有する。電解めっき法の条件はたとえば、めっき浴pH:1~10、めっき浴温度:25~80℃、電流密度:1~100A/dm2及び、処理時間:0.1~30分である。たとえば、電解めっき法により、Cu-Sn-Zn合金からなるめっき層60を形成する場合、めっき浴は銅イオン:1~50g/L、錫イオン:1~50g/L及び亜鉛イオン1~50g/Lを含有する。電解めっきの条件は上記Zn-Ni合金からなるめっき層60を形成する条件と同じでもよい。めっき層60がCu又はCu合金からなるめっき層である場合、周知の方法で製造できる。
【0119】
[固体潤滑層形成工程]
固体潤滑層形成工程では、めっき層60上に固体潤滑層70を形成する。固体潤滑層形成工程は、塗布工程と、硬化工程とを含む。
【0120】
[塗布工程]
塗布工程では、めっき層60上に固体潤滑層70を形成するための組成物を、めっき層60上に周知の方法で塗布する。
【0121】
例えば、組成物が上述の有機液体組成物である場合、有機液体組成物をスプレーで第1接触表面に塗布する。この場合、常温及び常圧の環境下で、スプレー塗布できるよう有機液体組成物の粘度を調整する。塗布方法は、スプレー塗布に替えて、刷毛塗り及び浸漬等でもよい。組成物が上述の無機液体組成物である場合も同様である。
【0122】
[硬化工程]
組成物が有機液体組成物の場合、硬化工程では、塗布された有機液体組成物を硬化して、固体潤滑層70を形成する。めっき層60上に塗布された塗布用樹脂液を乾燥及び/又は熱硬化することにより、固体潤滑層70が形成される。乾燥、熱硬化は、結合剤の種類にあわせて、周知の方法で実施できる。好適な条件等については、前述のとおりである。組成物が無機液体組成物の場合、硬化工程では、上述のとおり、無機液体組成物に対して加湿処理及び/又は加熱処理を実施する。
【0123】
以上の塗布工程及び硬化工程を実施することにより、めっき層60上に固体潤滑層70を形成する。
【0124】
[第2接触表面粗さ調整工程]
第2接触表面粗さ調整工程では、管本体10のピン接触表面400及びボックス接触表面500のうちの第2接触表面の表面粗さを調整して、第2接触表面の算術平均粗さRaを0.5~10.0μmとする。
【0125】
表面粗さの調整はたとえば、ブラスト処理を実施する。
【0126】
[ブラスト処理]
ブラスト処理は、ブラスト装置を用いてブラスト材(研磨剤)を第2接触表面に衝突させて、表面を荒くする処理である。ブラスト処理はたとえば、サンドブラスト処理である。サンドブラスト処理は、ブラスト材(研磨剤)と圧縮空気とを混合して第2接触表面に投射する処理である。ブラスト材はたとえば、球状のショット材及び角状のグリッド材である。サンドブラスト処理は、周知の方法により実施できる。たとえば、コンプレッサで空気を圧縮し、圧縮空気とブラスト材を混合する。ブラスト材の材質はたとえば、ステンレス鋼、アルミ、セラミック及びアルミナ等である。サンドブラスト処理の投射速度等の条件は、適宜設定できる。ブラスト処理のブラスト材を適宜選定し、ブラスト処理での投射速度等を適宜調整することにより、第2接触表面の算術平均粗さRaを0.5~10.0μmに調整できる。
【0127】
[防錆被膜形成工程]
防錆被膜形成工程では、第2接触表面粗さ調整工程後の管本体10の第2接触表面上に半固体状又は液状の防錆被膜を形成するための防錆潤滑剤を塗布する。防錆被膜は固体ではなく、半固体状又は液状である。そのため、半固体状又は液状の防錆潤滑剤を第2接触表面上に塗布すれば、半固体状又は液状の防錆被膜を容易に形成することができる。半固体状又は液状の防錆潤滑剤の塗布方法は防錆被膜を第2接触表面上に形成できれば、特に限定されない。たとえば、防錆潤滑剤をスプレーにより塗布してもよい。防錆潤滑剤を刷毛塗りにより塗布してもよい。他の周知の方法により、防錆潤滑剤を第2接触表面上に塗布して防錆被膜を形成してもよい。
【0128】
[任意の工程]
[化成処理被膜形成工程]
第2接触表面上に、化成処理被膜90を形成する場合、第2接触表面粗さ調整工程後であって、防錆被膜形成工程前に、化成処理被膜形成工程を実施してもよい。つまり、化成処理被膜形成工程は任意の工程であり、実施しなくてもよい。
【0129】
化成処理被膜形成工程を実施する場合、化成処理被膜形成工程では、周知の化成処理を実施して、粗さ調整後の第2接触表面上に、化成処理被膜90を形成する。化成処理は周知の方法で実施できる。処理液としては、一般的な化成処理液が使用できる。たとえば、化成処理被膜90が燐酸塩化成処理被膜である場合、燐酸イオン1~150g/L、亜鉛イオン3~70g/L、硝酸イオン1~100g/L、ニッケルイオン0~30g/Lを含有する燐酸亜鉛系化成処理液を挙げることができる。化成処理として、燐酸マンガン系化成処理液も使用できる。液温はたとえば、常温~100℃である。処理時間は所望の膜厚に応じて適宜設定でき、たとえば5~20分である。化成処理被膜の形成を促すため、化成処理前に、表面調整を行ってもよい。表面調整は、コロイドチタンを含有する表面調整用水溶液に浸漬する処理のことである。化成処理後、水洗又は湯洗してから、乾燥することが好ましい。
【0130】
以上の製造工程により、本実施形態の油井用金属管を製造できる。
【実施例】
【0131】
以下、実施例を説明する。ただし、本実施形態の油井用金属管は実施例により制限されるものではない。実施例中の%は、特に指定しない限り、質量%を意味する。
【0132】
[実施例1]
種々の構成の油井用金属管を準備した。準備した油井用金属管を用いて、以下の試験を実施して、イールドトルク(ft・lb)を測定した。初めに、表1に示す油井用金属管を準備した。
【0133】
【0134】
試験番号11~16の油井用金属管の外径は7インチ(177.80mm)であり、肉厚は10.36mmであった。油井用金属管の化学組成は、API-5CTに規定されたL80に相当した。
【0135】
試験番号11~16では、第1接触表面をボックス接触表面とし、第2接触表面をピン接触表面とした。各試験番号の第1接触表面にZn-Ni合金めっき層を形成した。具体的には、第1接触表面をめっき液に浸漬して電気めっきを実施し、第1接触表面上にZn-Ni合金めっき層を形成した。Zn-Ni合金めっき液は、大和化成株式会社製の商品名ダインジンアロイN2-PLを使用した。以上の工程により形成されたZn-Ni合金めっき層の化学組成は、いずれの試験番号においても、10~16質量%のNiを含有し、残部はZnからなる化学組成であった。なお、各試験番号のZn-Ni合金めっき層の厚さは、5~15μmの範囲内であった。
【0136】
さらに、Zn-Ni合金めっき層上に、固体潤滑層を形成した。具体的には、Zn-Ni合金めっき層上に、有機液体組成物を塗布した。有機液体組成物は、エポキシ樹脂、純水、エチレングリコールモノ-ノルマル-ブチルエーテル、イソプロピルアルコール、1-ブタノール、及び、PTFE粒子を含有した。有機液体組成物をZn-Ni合金めっき層上にスプレー塗布した後、周知の硬化処理を実施して固体潤滑層を形成した。具体的には、硬化処理として、予備乾燥(85℃で10分間)及び焼付け(210℃で20分間)とを実施した。得られた固体潤滑層の平均膜厚は、いずれの試験番号においても、20~30μmの範囲内であった。
【0137】
試験番号13~16の第2接触表面に対して、サンドブラスト処理を実施した。サンドブラスト処理後の第2接触表面の算術平均粗さRaを、JIS B 0601(2013)に規定された算術平均粗さの測定方法に準拠して測定した。具体的には、第2接触表面において、任意の10箇所を測定箇所とした。各測定箇所において、管軸方向に延びる評価長さで、算術平均粗さRaを測定した。評価長さは、基準長さ(カットオフ波長)の5倍とした。算術平均粗さRaの測定は、触針式の粗さ計を用いて行い、測定速度は、0.5mm/secとした。求めた10個の算術平均粗さRaのうち、最大の算術平均粗さRa、2番目に大きい算術平均粗さRa、最小の算術平均粗さRa、及び、2番目に小さい算術平均粗さRaを除いた、6個の算術平均粗さRaの算術平均値を、算術平均粗さRaと定義した。接触式の粗さ計として、株式会社ミツトヨ製の表面粗さ測定機サーフテストSJ-301(商品名)を用いた。得られた算術平均粗さRa(μm)を表1に示す。なお、試験番号11及び12の第2接触表面には、サンドブラスト処理を実施しなかった(表1の「ブラスト処理」欄において「-」で表記)。サンドブラスト処理を実施していない試験番号11及び12の油井用金属管の第2接触表面の算術平均粗さRaはいずれも約0.2μmであり、0.5μm未満であった。試験番号13~16の油井用金属管の第2接触表面の算術平均粗さRaは2.7であり、いずれも、0.5~10.0μmの範囲内であった。
【0138】
さらに、試験番号11、13及び15に対しては、第2接触表面(ピン接触表面)を、75~85℃の燐酸亜鉛化成処理液(日本パーカライジング株式会社製の商品名パルボンド181X)中に10分間浸漬して、燐酸亜鉛化成処理層を形成した。燐酸亜鉛化成処理層の厚さは12μmであった。なお、試験番号12、14及び16の第2接触表面には、燐酸亜鉛化成処理層を形成しなかった(表1の「燐酸亜鉛」欄において「-」で表記)。
【0139】
試験番号11及び13では、燐酸亜鉛化成処理層上に、防錆被膜を形成した。具体的には、試験番号11及び13の燐酸亜鉛化成処理層上に、液状防錆被膜を形成した。また、試験番号12及び14の第2接触表面上に、半固体状(グリス状)防錆被膜を形成した。試験番号15及び16の第2接触表面上に、イエロードープからなる半固体状防錆被膜を形成した。いずれの試験番号においても、燐酸亜鉛化成処理層の表面、又は、第2接触表面から300mm離れた位置から、液状防錆潤滑剤又は半固体状防錆潤滑剤をスプレー噴射して液状防錆被膜又は半固体状防錆被膜を形成した。又は、燐酸亜鉛化成処理層の表面、又は、第2接触表面に、液状防錆潤滑剤又は半固体状防錆潤滑剤を刷毛塗して液状防錆被膜又は半固体状防錆被膜を形成した。スプレー噴射中、油井用金属管を中心軸周りに回転させて、燐酸亜鉛化成処理層の表面全体、又は、第2接触表面全体に液状防錆被膜又は半固体状防錆被膜を形成した。
【0140】
なお、液状防錆潤滑剤は、質量%で50~75%のミネラルスピリットと、質量%で25%以下の石油系油とを含有した。半固体状防錆潤滑剤は、質量%で、20~30%の精製鉱油と、8~13%の石油系ワックスと、3~5%の黒鉛と、5~10%のロジンとを含有し、残部はCaスルホネートであった。上述のとおり、試験番号15及び16では、半固体状防錆潤滑剤として、イエロードープ(Bestolife社製、商品名BoL4010NM)を用いた。
【0141】
以上の製造工程により、試験番号11~16の油井用金属管を製造した。
【0142】
[イールドトルク測定試験]
各試験番号の一対(2本)の油井用金属管(ショルダ面を有さず、楔型ねじを有する油井用金属管)を用いて、イールドトルクを次の方法で測定した。具体的には、締付け速度0.5rpmで締結トルク値を徐々に上昇させていき、材料が降伏したところで試験を終了させた。ねじ締めの際にトルクを測定し、
図14に示すトルクチャートを作成した。
図14中のTsは、ショルダリングトルクを表す。線分Lは、ショルダリング後のトルクチャートにおける線形域の傾きと同じ傾きを持ち、線形域と比べて回転数が0.2%多い直線である。本実施例では、線分Lと、トルクチャートとが交わるトルク値を、イールドトルクTyと定義した。各試験番号のイールドトルクTyの、第2接触表面に対してサンドブラスト処理がされていない試験番号11のイールドトルクTyに対する比(%)を「イールドトルク比」と定義した。イールドトルク比を表1に示す。
【0143】
[評価結果]
表1を参照して、試験番号13~16では、第1接触表面上にZn-Ni合金めっき層及び固体潤滑層が積層しており、第2接触表面がサンドブラスト処理されて表面粗さが0.5~10.0μmであり、かつ、第2接触表面上に半固体状又は液状の防錆被膜が形成されていた。そのため、第2接触表面がサンドブラスト処理されていない試験番号11及び12と比較して、イールドトルク比が高かった。つまり、優れたハイトルク性能が得られた。
【0144】
[実施例2]
表2に示す油井用金属管を準備した。
【0145】
【0146】
試験番号21~24の油井用金属管の外径は7インチ(177.80mm)であり、肉厚は10.36mmであった。油井用金属管の化学組成は、API-5CTに規定されたL80-13CRに相当した。
【0147】
試験番号21~24では、第1接触表面をボックス接触表面とし、第2接触表面をピン接触表面とした。各試験番号の第1接触表面に実施例1と同じ方法で、Zn-Ni合金めっき層を形成した。Zn-Ni合金めっき層の化学組成は、いずれの試験番号においても、10~16質量%のNiを含有し、残部はZnからなる化学組成であった。各試験番号のZn-Ni合金めっき層の厚さは、5~15μmの範囲内であった。
【0148】
さらに、Zn-Ni合金めっき層上に、実施例1と同じ固体潤滑層を形成した。得られた固体潤滑層の平均膜厚は、いずれの試験番号においても、20~30μmの範囲内であった。
【0149】
一方、試験番号23及び24の第2接触表面に対して、実施例1と同じ方法でサンドブラスト処理を実施した。サンドブラスト処理後の第2接触表面の算術平均粗さRaを、実施例1と同じ方法で測定した。得られた算術平均粗さRa(μm)を表2に示す。なお、試験番号21及び22の第2接触表面には、サンドブラスト処理を実施しなかった(表2の「ブラスト処理」欄において「-」で表記)。サンドブラスト処理を実施していない試験番号21及び22の油井用金属管の第2接触表面の算術平均粗さRaはいずれも約0.2μmであり、0.5μm未満であった。
【0150】
各試験番号の第2接触表面上に防錆被膜を形成した。具体的には、試験番号21及び23の第2接触表面上に、液状防錆被膜を形成した。また、試験番号22及び24の第2接触表面上に、半固体状防錆被膜を形成した。形成方法は実施例1と同じであった。以上の製造工程により、試験番号21~24の油井用金属管を製造した。
【0151】
[イールドトルク測定試験]
実施例1と同じ方法で、各試験番号の油井用金属管のイールドトルク比を求めた。
【0152】
[評価結果]
表2を参照して、試験番号23及び24では、第1接触表面上にZn-Ni合金めっき層及び固体潤滑層が積層しており、第2接触表面がサンドブラスト処理されて表面粗さが0.5~10.0μmであり、かつ、第2接触表面上に液状又は半固体状防錆被膜が形成されていた。そのため、第2接触表面がサンドブラスト処理されていない試験番号21及び22と比較して、イールドトルク比が高かった。つまり、優れたハイトルク性能が得られた。
【0153】
[実施例3]
表3に示す油井用金属管を準備した。
【0154】
【0155】
試験番号31及び32の油井用金属管の外径は9-5/8インチ(244.475mm)であり、肉厚は13.84mmであった。油井用金属管の化学組成は、API-5CTに規定されたP110に相当した。
【0156】
試験番号31及び32では、第1接触表面をボックス接触表面とし、第2接触表面をピン接触表面とした。各試験番号の第1接触表面に実施例1と同じ方法で、Zn-Ni合金めっき層を形成した。Zn-Ni合金めっき層の化学組成は、いずれの試験番号においても、10~16質量%のNiを含有し、残部はZnからなる化学組成であった。各試験番号のZn-Ni合金めっき層の厚さは、5~15μmの範囲内であった。
【0157】
さらに、Zn-Ni合金めっき層上に、実施例1と同じ固体潤滑層を形成した。得られた固体潤滑層の平均膜厚は、いずれの試験番号においても、20~30μmの範囲内であった。
【0158】
一方、試験番号32の第2接触表面に対して、実施例1と同じ方法でサンドブラスト処理を実施した。サンドブラスト処理後の第2接触表面の算術平均粗さRaを、実施例1と同じ方法で測定した。得られた算術平均粗さRa(μm)を表3に示す。なお、試験番号31の第2接触表面には、サンドブラスト処理を実施しなかった(表3の「ブラスト処理」欄において「-」で表記)。サンドブラスト処理を実施していない試験番号31の油井用金属管の第2接触表面の算術平均粗さRaは約0.2μmであり、0.5μm未満であった。
【0159】
各試験番号の第2接触表面上に防錆被膜を形成した。具体的には、試験番号31及び32の第2接触表面上に、液状防錆被膜を形成した。形成方法は実施例1と同じであった。以上の製造工程により、試験番号31及び32の油井用金属管を製造した。
【0160】
[イールドトルク測定試験及び評価結果]
実施例1と同じ方法で、各試験番号の油井用金属管のイールドトルク比を求めた。表3を参照して、試験番号32では、第1接触表面上にZn-Ni合金めっき層及び固体潤滑層が積層しており、第2接触表面がサンドブラスト処理されて表面粗さが0.5~10.0μmであり、かつ、第2接触表面上に液状の防錆被膜が形成されていた。そのため、第2接触表面がサンドブラスト処理されていない試験番号31と比較して、イールドトルク比が高かった。つまり、優れたハイトルク性能が得られた。
【0161】
[実施例4]
表4に示す油井用金属管を準備した。
【0162】
【0163】
試験番号41~43の油井用金属管の外径は7インチ(177.80mm)であり、肉厚は11.51mmであった。油井用金属管には、日本製鉄株式会社製の商品名SM13CRS-110を用いた。
【0164】
試験番号41~43では、第1接触表面をボックス接触表面とし、第2接触表面をピン接触表面とした。各試験番号の第1接触表面に実施例1と同じ方法で、Zn-Ni合金めっき層を形成した。Zn-Ni合金めっき層の化学組成は、いずれの試験番号においても、10~16質量%のNiを含有し、残部はZnからなる化学組成であった。各試験番号のZn-Ni合金めっき層の厚さは、5~15μmの範囲内であった。
【0165】
さらに、Zn-Ni合金めっき層上に、実施例1と同じ固体潤滑層を形成した。得られた固体潤滑層の平均膜厚は、いずれの試験番号においても、20~30μmの範囲内であった。
【0166】
一方、試験番号43の第2接触表面に対して、実施例1と同じ方法でサンドブラスト処理を実施した。サンドブラスト処理後の第2接触表面の算術平均粗さRaを、実施例1と同じ方法で測定した。得られた算術平均粗さRa(μm)を表4に示す。なお、試験番号41及び42の第2接触表面には、サンドブラスト処理を実施しなかった(表4の「ブラスト処理」欄において「-」で表記)。サンドブラスト処理を実施していない試験番号41及び42の油井用金属管の第2接触表面の算術平均粗さRaはいずれも約0.2μmであり、0.5μm未満であった。
【0167】
各試験番号の第2接触表面上に防錆被膜を形成した。具体的には、試験番号41及び43の第2接触表面上に、半固体状防錆被膜を形成した。また、試験番号42の第2接触表面上に、液状防錆被膜を形成した。形成方法は実施例1と同じであった。以上の製造工程により、試験番号41~43の油井用金属管を製造した。
【0168】
[イールドトルク測定試験及び評価結果]
実施例1と同じ方法で、各試験番号の油井用金属管のイールドトルク比を求めた。表4を参照して、試験番号43では、第1接触表面上にZn-Ni合金めっき層及び固体潤滑層が積層しており、第2接触表面がサンドブラスト処理されて表面粗さが0.5~10.0μmであり、かつ、第2接触表面上に半固体状防錆被膜が形成されていた。そのため、第2接触表面がサンドブラスト処理されていない試験番号41及び42と比較して、イールドトルク比が高かった。つまり、優れたハイトルク性能が得られた。
【0169】
[実施例5]
表5に示す油井用金属管を準備した。
【0170】
【0171】
試験番号51~54の油井用金属管の外径は4-1/2インチ(114.3mm)であり、肉厚は6.88mmであった。油井用金属管の化学組成は、API-5CTに規定されたL80-13CRに相当した。
【0172】
試験番号51~54では、第1接触表面をボックス接触表面とし、第2接触表面をピン接触表面とした。各試験番号の第1接触表面に実施例1と同じ方法で、Zn-Ni合金めっき層を形成した。Zn-Ni合金めっき層の化学組成は、いずれの試験番号においても、10~16質量%のNiを含有し、残部はZnからなる化学組成であった。各試験番号のZn-Ni合金めっき層の厚さは、5~15μmの範囲内であった。
【0173】
さらに、Zn-Ni合金めっき層上に、実施例1と同じ固体潤滑層を形成した。得られた固体潤滑層の平均膜厚は、いずれの試験番号においても、20~30μmの範囲内であった。
【0174】
一方、試験番号53及び54の第2接触表面に対して、実施例1と同じ方法でサンドブラスト処理を実施した。サンドブラスト処理後の第2接触表面の算術平均粗さRaを、実施例1と同じ方法で測定した。得られた算術平均粗さRa(μm)を表5に示す。なお、試験番号51及び52の第2接触表面には、サンドブラスト処理を実施しなかった(表5の「ブラスト処理」欄において「-」で表記)。サンドブラスト処理を実施していない試験番号51及び52の油井用金属管の第2接触表面の算術平均粗さRaはいずれも約0.2μmであり、0.5μm未満であった。
【0175】
各試験番号の第2接触表面上に防錆被膜を形成した。具体的には、試験番号51及び53の第2接触表面上に、液状防錆被膜を形成した。また、試験番号52及び54の第2接触表面上に、半固体状防錆被膜を形成した。形成方法は実施例1と同じであった。以上の製造工程により、試験番号51~54の油井用金属管を製造した。
【0176】
[イールドトルク測定試験及び評価結果]
実施例1と同じ方法で、各試験番号の油井用金属管のイールドトルク比を求めた。表5を参照して、試験番号53及び54では、第1接触表面上にZn-Ni合金めっき層及び固体潤滑層が積層しており、第2接触表面がサンドブラスト処理されて表面粗さが0.5~10.0μmであり、かつ、第2接触表面上に半固体状又は液状の防錆被膜が形成されていた。そのため、第2接触表面がサンドブラスト処理されていない試験番号51及び52と比較して、イールドトルク比が高かった。つまり、優れたハイトルク性能が得られた。
【0177】
[実施例6]
表6に示す油井用金属管を準備した。
【0178】
【0179】
試験番号61~64の油井用金属管の外径は4-1/2インチ(114.3mm)であり、肉厚は6.88mmであった。油井用金属管には、日本製鉄株式会社製の商品名SM13CRS-110を用いた。
【0180】
試験番号61~64では、第1接触表面をボックス接触表面とし、第2接触表面をピン接触表面とした。各試験番号の第1接触表面に実施例1と同じ方法で、Zn-Ni合金めっき層を形成した。Zn-Ni合金めっき層の化学組成は、いずれの試験番号においても、10~16質量%のNiを含有し、残部はZnからなる化学組成であった。各試験番号のZn-Ni合金めっき層の厚さは、5~15μmの範囲内であった。
【0181】
さらに、Zn-Ni合金めっき層上に、実施例1と同じ固体潤滑層を形成した。得られた固体潤滑層の平均膜厚は、いずれの試験番号においても、20~30μmの範囲内であった。
【0182】
一方、試験番号63及び64の第2接触表面に対して、実施例1と同じ方法でサンドブラスト処理を実施した。サンドブラスト処理後の第2接触表面の算術平均粗さRaを、実施例1と同じ方法で測定した。得られた算術平均粗さRa(μm)を表6に示す。なお、試験番号61及び62の第2接触表面には、サンドブラスト処理を実施しなかった(表6の「ブラスト処理」欄において「-」で表記)。サンドブラスト処理を実施していない試験番号61及び62の油井用金属管の第2接触表面の算術平均粗さRaはいずれも約0.2μmであり、0.5μm未満であった。
【0183】
各試験番号の第2接触表面上に防錆被膜を形成した。具体的には、試験番号61及び63の第2接触表面上に、液状防錆被膜を形成した。また、試験番号62及び64の第2接触表面上に、半固体状防錆被膜を形成した。形成方法は実施例1と同じであった。以上の製造工程により、試験番号61~64の油井用金属管を製造した。
【0184】
[イールドトルク測定試験及び評価結果]
実施例1と同じ方法で、各試験番号の油井用金属管のイールドトルク比を求めた。表6を参照して、試験番号63及び64では、第1接触表面上にZn-Ni合金めっき層及び固体潤滑層が積層しており、第2接触表面がサンドブラスト処理されて表面粗さが0.5~10.0μmであり、かつ、第2接触表面上に半固体状又は液状の防錆被膜が形成されていた。そのため、第2接触表面がサンドブラスト処理されていない試験番号61及び62と比較して、イールドトルク比が高かった。つまり、優れたハイトルク性能が得られた。
【0185】
[実施例7]
種々の構成の油井用金属管を準備した。準備した油井用金属管を用いて、以下の繰り返し締結試験を実施して、耐焼付き性について評価した。初めに、表7に示す油井用金属管を準備した。
【0186】
【0187】
試験番号71~83の油井用金属管の外径は7インチ(177.80mm)であり、肉厚は11.51mm又は12.65mmであった。試験番号71~83の油井用金属管には、日本製鉄株式会社製の商品名SM13CRS-110を用いた。
【0188】
試験番号71~83では、第1接触表面をボックス接触表面とし、第2接触表面をピン接触表面とした。各試験番号の第1接触表面に実施例1と同じ方法で、Zn-Ni合金めっき層を形成した。Zn-Ni合金めっき層の化学組成は、いずれの試験番号においても、10~16質量%のNiを含有し、残部はZnからなる化学組成であった。各試験番号のZn-Ni合金めっき層の厚さは、5~15μmの範囲内であった。
【0189】
さらに、Zn-Ni合金めっき層上に、実施例1と同じ固体潤滑層を形成した。得られた固体潤滑層の平均膜厚は、いずれの試験番号においても、20~30μmの範囲内であった。
【0190】
一方、試験番号73~78、81及び82の第2接触表面に対して、実施例1と同じ方法でサンドブラスト処理を実施した。サンドブラスト処理後の第2接触表面の算術平均粗さRaを、実施例1と同じ方法で測定した。得られた算術平均粗さRaはいずれも、約2.5μmであり、0.5~10.0μmの範囲内であった。なお、試験番号71、72、79及び80の第2接触表面には、サンドブラスト処理を実施しなかった(表7の「ブラスト処理」欄において「-」で表記)。サンドブラスト処理を実施しなかった試験番号での第2接触表面の算術平均粗さRaは約0.2μmであり、0.5μm未満であった。
【0191】
各試験番号の第2接触表面上に防錆被膜を形成した。具体的には、試験番号71、73、75、77、79及び81の第2接触表面上に、液状防錆被膜を形成した。また、試験番号72、74、76、78、80及び82の第2接触表面上に、半固体状防錆被膜を形成した。形成方法は実施例1と同じであった。なお、試験番号83では、イエロードープを塗布して、半固体状防錆被膜を形成した。以上の製造工程により、試験番号71~83の油井用金属管を製造した。
【0192】
[耐焼付き性評価試験]
耐焼付き性評価を、繰返し締結試験により実施した。表7中の試験番号71~83において、各試験番号ごとに一対(2本)の油井用金属管を用いて、室温(20℃)でねじ締め及びねじ戻しを繰り返し、耐焼付き性を評価した。締結トルクは24350N・mとした。ねじ締め及びねじ戻しを1回行うごとに、ピン接触表面及びボックス接触表面を目視により観察した。目視観察により、ねじ部、ピンシール面及びボックスシール面の焼付きの発生状況を確認した。ピンシール面及びボックスシール面では、焼付きが確認されたときに試験を終了した。ねじ部では、焼付きが軽微であり、ヤスリなどの手入れにより回復可能な場合には、焼付き疵を補修して試験を続行した。最大繰返し締結回数は10回とした。耐焼付き性の評価指標は、ねじ部で回復不可能な焼付き、及び、ピンシール面及びボックスシール面で焼付きのいずれも発生しない最大の締結回数(最大10回)とした。結果を表7の「締結回数」欄に示す。API規格では、7インチのケーシングにおける締結回数が3回以上と規定されている。そこで、締結回数が3回以上である場合、耐焼付き性に優れると判断した。
【0193】
[評価結果]
表7を参照して、試験番号71~83のいずれにおいても、締結回数は3回以上であり、耐焼付き性に優れた。
【0194】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0195】
1 油井用金属管
10 管本体
10A 第1端部
10B 第2端部
11 ピン管体
12 カップリング
40 ピン
50 ボックス
60 めっき層
70 固体潤滑層
80 防錆被膜
90 化成処理被膜
400 ピン接触表面
500 ボックス接触表面