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  • 特許-抗HIV抗体及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-06
(45)【発行日】2024-09-17
(54)【発明の名称】抗HIV抗体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07K 16/10 20060101AFI20240909BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20240909BHJP
   A01K 67/033 20060101ALI20240909BHJP
   C07K 1/14 20060101ALI20240909BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20240909BHJP
   A61P 31/18 20060101ALI20240909BHJP
   C12N 15/13 20060101ALI20240909BHJP
【FI】
C07K16/10
C12N15/63 Z
A01K67/033 501
C07K1/14
A61K39/395 D
A61K39/395 S
A61P31/18
C12N15/13 ZNA
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2022175477
(22)【出願日】2022-11-01
(62)【分割の表示】P 2020553897の分割
【原出願日】2019-10-28
(65)【公開番号】P2023002806
(43)【公開日】2023-01-10
【審査請求日】2022-11-01
(31)【優先権主張番号】P 2018203114
(32)【優先日】2018-10-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2019166040
(32)【優先日】2019-09-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】399032282
【氏名又は名称】株式会社 免疫生物研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(73)【特許権者】
【識別番号】517064359
【氏名又は名称】株式会社CURED
(73)【特許権者】
【識別番号】505314022
【氏名又は名称】国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100107870
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100098121
【弁理士】
【氏名又は名称】間山 世津子
(72)【発明者】
【氏名】冨田 正浩
(72)【発明者】
【氏名】清水 衞
(72)【発明者】
【氏名】松下 修三
(72)【発明者】
【氏名】桑田 岳夫
(72)【発明者】
【氏名】道下 眞弘
(72)【発明者】
【氏名】保富 康宏
(72)【発明者】
【氏名】岡村 智崇
【審査官】松井 一泰
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/066702(WO,A1)
【文献】株式会社免疫生物研究所のウェブサイトに掲載された2018年3月16日付けプレスリリース,株式会社CUREDとの共同開発契約締結のお知らせ,[オンライン],株式会社免疫生物研究所,2018年03月16日,[検索日:2019.11.15],インターネット:<URL:https://www.ibl-japan.co.jp/direct/topics/topics_pdf_download/topics_id=4947&di
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00- 19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
IgG抗体であって,
配列番号7に記載のアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸が置換,欠失,付加,挿入されたアミノ酸配列を含む重鎖,及び,配列番号9に記載のアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸が置換,欠失,付加,挿入されたアミノ酸配列を含む軽鎖を有し;
HIVへの結合能を有し;かつ,
フコースを含まない糖鎖を有する抗体。
【請求項2】
配列番号7に記載のアミノ酸配列において,1~10個のアミノ酸が置換,欠失,付加,挿入されたアミノ酸配列を含む重鎖,及び,配列番号9に記載のアミノ酸配列において,1~10個のアミノ酸が置換,欠失,付加,挿入されたアミノ酸配列を含む軽鎖を有し,HIVへの結合能を有するIgG抗体を含む組成物であって,
組成物中に含まれる前記IgG抗体の80%以上がフコースを含まない糖鎖を有する抗体である,組成物。
【請求項3】
絹糸腺特異的遺伝子プロモーターの下流に機能的に結合した,以下の(i)、(iii)及び(v)から選択されるいずれか1つのポリヌクレオチドを含有する発現カセット:
(i)配列番号6に記載の塩基配列及び/又は配列番号8に記載の塩基配列を有するポリヌクレオチド;
(iii)配列番号7に記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド,及び/又は,配列番号9に記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド;
(v)配列番号7に記載のアミノ酸配列において,1~10個のアミノ酸が置換,欠失,付加,挿入されたアミノ酸配列を含む重鎖をコードするポリヌクレオチド,及び/又は,配列番号9に記載のアミノ酸配列において,1~10個のアミノ酸が置換,欠失,付加,挿入されたアミノ酸配列を含む軽鎖をコードするポリヌクレオチドであって、前記重鎖及び前記軽鎖を有するIgG抗体はHIVへの結合能を有するポリヌクレオチド。
【請求項4】
前記プロモーターが,セリシン1プロモーター,セリシン2プロモーター,又はセリシン3プロモーターである,請求項3に記載の発現カセット。
【請求項5】
請求項3又は請求項4に記載の発現カセットを含有する,プラスミドベクター。
【請求項6】
請求項5に記載のプラスミドベクターを絹糸虫の卵に挿入することを含む,トランスジェニック絹糸虫の製造方法。
【請求項7】
請求項4に記載の発現カセットが染色体に組み込まれた,トランスジェニック絹糸虫。
【請求項8】
抗体の製造方法であって,請求項7に記載のトランスジェニック絹糸虫が産生した絹糸から当該抗体を抽出することを含む方法。
【請求項9】
請求項1に記載の抗体,あるいは請求項2に記載の組成物を有効成分として含有する,HIV治療用薬又は予防用の医薬組成物。
【請求項10】
HIV感染後,1~5回投与されるための,請求項9に記載の医薬組成物。
【請求項11】
2回以上投与され,かつ,2回目以降の投与が前回の投与の3~30日後に行われるための,請求項9に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の相互参照】
【0001】
本国際出願は、2018年10月29日に日本国特許庁に出願された日本国特許出願第2018-203114号及び2019年9月12日に日本国特許庁に出願された日本国特許出願第2019-166040号に基づく優先権を主張するものであり、日本国特許出願第2018-203114号及び日本国特許出願第2019-166040号の全内容を本国際出願に参照により援用する。
【技術分野】
【0002】
本発明は効率的な抗HIV抗体の製造方法に関するものである。より具体的には,本発明は,カイコを利用した高効率で抗HIV抗体を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0003】
カイコのセリシンプロモーターの下流に抗体遺伝子を配置して,抗体分子を繭に発現させることにより,治療用抗体をカイコで製造する試みが行われている(非特許文献1及び2など)。特に,カイコの繭に発現させた抗体は,糖鎖にコアフコースが含まれないことから,優れたADCC活性を示すことが知られている(特許文献1及び2)。
【0004】
また,HIV治療戦略において,単回又は数回の抗体投与により,その後長期間にわたってHIVをコントロール可能な抗体が期待されている。例えば,非特許文献3においては,PGT121を単回投与した4匹のアカゲザルのうち,1匹においてウイルスRNAが約70日間にわたって検出限界以下に抑えられたことを報告している。
【0005】
また,HIVのエンベロープタンパク質であるgp120のV3ループを認識するヒト化抗体であるKD247が開発され,臨床試験も実施されている。KD247を3回投与した患者において,ウイルスの抑制が確認されたものの,長期間検出限界以下にまでウイルスを抑えるには至らなかった。このように,単剤で単回から数回投与することで,高い確率で長期間ウイルスを検出限界以下にまで抑制できる抗体は,未だ開発されていない。
【0006】
そこで,KD247と同じ抗原認識部位を有するヒト抗体である1C10抗体の開発が進められている。1C10抗体は,幅広いHIV株に対して中和可能な抗体を体内に持ち,25年以上という長期間未治療でも症状を抑制している患者から単離された抗体であり,抗体医薬品としてHIV感染患者に投与することで高い治療効果を発揮することが期待されている(特許文献2及び非特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2014-12024号
【文献】国際公開WO2009/066702号
【非特許文献】
【0008】
【文献】Masashi Iizuka,et al.,FEBS Journal;276:5806-5820(2009)
【文献】Minoru Toda,et al.,mABs;7(6):1138-1150(2015)
【文献】Dan H。Barouch,et al.,Nature;503(7475):224-228(2013)
【文献】Kristel Paola Ramirez Valdez,et al.,Virology;475:187-203(2015)
【発明の概要】
【0009】
本発明者らは,単回又は数回の単独投与による長期間のHIVウイルス制御を投与群に高確率でもたらす抗体について鋭意検討した結果,驚くべきことに,1C10として報告された抗体遺伝子をカイコで生産させることにより得られたSW-1C10抗体の小数回単独投与により,投与された全ての個体において,早期に血中ウイルスが検出限界以下に抑えられたのみならず,12週という長期に渡って血中ウイルスRNAが検出限界以下で維持されることを見出した。更に,カイコで生産された抗体とCHO細胞で生産した抗体とを比較し,その構造的な違いが糖鎖構造にあることを確認した。このことから,本発明者らは,フコースを欠落させることが1C10抗体に投与全例における長期間ウイルス抑制という極めて優れた効果をもたらすことを見出すに至った。このような,投与全例における長期間のウイルス増殖制御が可能であることは過去に報告が無く,本発明者らは初めて少数回の単独投与により投与対象に対して広く安定的にウイルス抑制をもたらす抗体を見出すことに成功した。
【0010】
更に,これまで,カイコによる抗体の生産量は繭1個あたり数百μg,繭1mgあたり数μg程度であり,これ以上の生産性を高める検討は行われてこなかった。本発明者らは,多数の抗HIV抗体の中から,絹糸虫における生産量がより高い抗体を見出すべく検討を重ねた結果,抗HIV抗体である1C10抗体及び1D9抗体が絹糸虫の絹糸中に従来の生産量よりも優れた量で生産されることを見出し,本発明を完成させた。
【0011】
よって,一態様において,本発明は,HIVへの結合能を有し;かつ,当該抗体に結合する糖鎖がフコースを含まず:かつ,HIV感染者への単回投与または数回投与により,90%以上の確率で当該HIV感染者の血中のHIVを検出限界以下に抑制する作用を有する抗体に関する。ある抗体がHIVへの結合能を有するか否かを調べる方法は,本技術分野において広く知られている。例えば,HIVを固相化した担体に当該抗体を接触させて,当該固相に結合した抗体を検出することにより確認することができる。
【0012】
一態様において,本発明は,IgG抗体であって,配列番号7に記載のアミノ酸配列,それと80%以上の同一性を有するアミノ酸配列,あるいは,そのアミノ酸配列のうち数個のアミノ酸が置換,欠失,付加,及び/又は挿入されたアミノ酸配列を含む重鎖,並びに,配列番号9に記載のアミノ酸配列,それと80%以上の同一性を有するアミノ酸配列,又は,そのアミノ酸配列のうち数個のアミノ酸が置換,欠失,付加,及び/又は挿入されたアミノ酸配列を含む軽鎖を有し;HIVへの結合能を有し;かつ,当該抗体に結合する糖鎖がフコースを含まない抗体に関する。
【0013】
好ましくは,本発明の抗体は,重鎖が配列番号7に記載の重鎖アミノ酸配列における3つのCDR配列を有し,かつ,軽鎖が配列番号9に記載のアミノ酸配列における3つのCDR配列を有する。CDR配列の決定の仕方は,Kabatらのナンバリングシステム(Kabat,E.ら,U.S. Department of Health and Human Services,(1983)及びその後続版),Chothiaらのナンバリングシステム(Chothia及びLesk,J.Mol.Biol.,196:901-917(1987)),Honeggerらのナンバリングシステム(Honegger,Aら,J.Mol.Biol.309:657-670(2001)),contact定義法(MacCallum et al.,J Mol Biol,262(5):732-745(1996)),IMGTデータベース(http://www.imgt.org/)によるナンバリングシステム,又は既知の配列データベースへのアラインメントにより決定することができる。例えば,本発明の抗体のCDR配列は,CDRH1:GFMFSNYA(配列番号14);CDRH2:ISNDGSDK(配列番号15);CDRH3:CARDLDQTIPDLTAPAFEV(配列番号16),及びCDRL1:QSLLHSDGNN(配列番号17);CDRL2:LTS(配列番号18);CDRL3:MQSLQTWT(配列番号19)あり得る。より好ましくは,本発明の抗体は,配列番号7に記載のアミノ酸配列からなる重鎖,並びに,配列番号9に記載のアミノ酸配列からなる軽鎖を有する。
【0014】
本発明の抗体は,結合する糖鎖にフコースを含まない。例えば,本発明の抗体は,以下から選択される糖鎖構造を有していてもよい。
【0015】
【化1】
一態様において,本発明は,絹糸腺特異的遺伝子プロモーターの下流に機能的に結合した,以下の(i)~(x)から選択されるいずれか1つのポリヌクレオチドを含有する発現カセットに関する:
(i)配列番号6に記載の塩基配列及び/又は配列番号8に記載の塩基配列を有するポリヌクレオチド;
(ii)配列番号6に記載の塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列,及び/又は,配列番号8に記載の塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を有するポリヌクレオチド;
(iii)配列番号7に記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド,及び/又は,配列番号9に記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド;
(iv)配列番号7に記載のアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド,及び/又は,配列番号9に記載のアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド;
(v)配列番号7に記載のアミノ酸配列において,数個のアミノ酸が置換,欠失,付加,及び/又は挿入されたアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド,及び/又は,配列番号9に記載のアミノ酸配列において,数個のアミノ酸が置換,欠失,付加,挿入されたアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド;
(vi)配列番号10に記載の塩基配列及び/又は配列番号12に記載の塩基配列を有するポリヌクレオチド;
(vii)配列番号10に記載の塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列,及び/又は,配列番号12に記載の塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を有するポリヌクレオチド;
(viii)配列番号11に記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド,及び/又は,配列番号13に記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド;
(ix)配列番号11に記載のアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド,及び/又は,配列番号13に記載のアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド;並びに,
(x)配列番号11に記載のアミノ酸配列において,数個のアミノ酸が置換,欠失,付加,挿入されたアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド,及び/又は,配列番号13に記載のアミノ酸配列において,数個のアミノ酸が置換,欠失,付加,及び/又は挿入されたアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド。
【0016】
本明細書において,1C10抗体とは,配列番号7に記載のアミノ酸配列からなる重鎖,及び,配列番号9に記載のアミノ酸配列からなる軽鎖を有する抗体である。なお,配列番号7に記載のアミノ酸配列のうち,1番目から19番目まではシグナル配列である。本明細書に記載された抗体の重鎖及び/又は軽鎖は,本願明細書に記載されたシグナル配列を含んでいなくてもよい。あるいは,本願明細書に記載されたシグナル配列以外のシグナル配列を含んでいてもよい。よって,本明細書において,「配列番号7に記載のアミノ酸配列からなる重鎖」の語は,適宜,「配列番号7の20番目から474番目までのアミノ酸配列からなる重鎖」と読み替えてもよい。同様に,配列番号9に記載のアミノ酸配列のうち,1番目から20番目まではシグナル配列である。よって,本明細書において,「配列番号9に記載のアミノ酸配列からなる軽鎖」の語は,適宜,「配列番号9の21番目から238番目までのアミノ酸配列からなる軽鎖」と読み替えてもよい。また,本明細書において,1D9抗体とは,配列番号11に記載のアミノ酸配列からなる重鎖,及び,配列番号13に記載のアミノ酸配列からなる軽鎖を有する抗体である。なお,配列番号11に記載のアミノ酸配列のうち,1番目から19番目まではシグナル配列である。よって,本明細書において,「配列番号11に記載のアミノ酸配列からなる重鎖」の語は,適宜,「配列番号11の20番目から472番目までのアミノ酸配列からなる重鎖」と読み替えてもよい。同様に,配列番号13に記載のアミノ酸配列のうち,1番目から20番目まではシグナル配列である。よって,本明細書において,「配列番号13に記載のアミノ酸配列からなる軽鎖」の語は,適宜,「配列番号9の21番目から238番目までのアミノ酸配列からなる軽鎖」と読み替えてもよい。
【0017】
1C10抗体をコードするDNA配列としては,例えば,配列番号6に記載の塩基配列(重鎖)及び配列番号8に記載の塩基配列(軽鎖)が挙げられる。上述の通り,配列番号6に記載の塩基配列(重鎖)のうち,57baseはシグナル配列をコードしている。よって,本明細書において,「配列番号6に記載の塩基配列」の語は,適宜,「配列番号6に記載の塩基配列のうち,58番目から1425番目までの塩基配列」と読み替えてもよい。同様に,配列番号8に記載の塩基配列(軽鎖)のうち,60baseはシグナル配列をコードしている。よって,本明細書において,「配列番号8に記載の塩基配列」の語は,適宜,「配列番号8に記載の塩基配列のうち,61番目から717番目までの塩基配列」と読み替えてもよい。また,1D9抗体をコードするDNA配列としては,例えば,配列番号10に記載の塩基配列(重鎖)及び配列番号12に記載の塩基配列(軽鎖)が挙げられる。上述の通り,配列番号10に記載の塩基配列(重鎖)のうち,57baseはシグナル配列をコードしている。よって,本明細書において,「配列番号10に記載の塩基配列」の語は,適宜,「配列番号10に記載の塩基配列のうち,58番目から1419番目までの塩基配列」と読み替えてもよい。同様に,配列番号12に記載の塩基配列(軽鎖)のうち,60baseはシグナル配列をコードしている。よって,本明細書において,「配列番号12に記載の塩基配列」の語は,適宜,「配列番号12に記載の塩基配列のうち,61番目から717番目までの塩基配列」と読み替えてもよい。
【0018】
本明細書において,「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする」とは,当業者に通常用いられるハイブリダイゼーション条件でハイブリダイズすることを意味する。例えば,Molecular Cloning,a Laboratory Mannual,Fourth Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(2012)又は,Current Protocols in Molecular Biology, Wiley Online Library等に記載の方法によりハイブリダイズするか否かを決定することができる。例えば,ハイブリダイズの条件は,6×SSC(0.9M NaCl,0.09M クエン酸三ナトリウム)または6×SSPE(3M NaCl,0.2M NaHPO,20mM EDTA・2Na,pH7.4)中42℃でハイブリダイズさせ,その後42℃で0.5×SSCで洗浄する条件であってもよい。
【0019】
一態様において,本発明は,配列番号7に記載のアミノ酸配列,及び,配列番号9に記載のアミノ酸配列,又は,配列番号11に記載のアミノ酸配列,及び,配列番号13に記載のアミノ酸配列(本段落において,「配列番号7に記載のアミノ酸配列等」という)のそれぞれと80%以上の同一性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドに関する。アミノ酸配列の同一性は,2種類のタンパク質間において,比較対象とするアミノ酸配列範囲における種類が同一なアミノ酸数の割合(%)を意味し,例えば,BLAST,FASTA等の公知のプログラムを用いて決定することができる。上述の同一性としては,80%以上よりも高い同一性であってもよく,例えば,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性であってもよい。あるいは,本発明のポリヌクレオチドは,配列番号7に記載のアミノ酸配列等とBlastにおける相同性スコアが200以上を示すアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドであってもよい。相同性スコアは,配列番号7等に記載のアミノ酸配列と目的のタンパク質のアミノ酸配列をアラインメントし,比較対象とする各アミノ酸の点数をスコアマトリックスから求め,その総和として計算することができる(http://www.gsic.titech.ac.jp/supercon/supercon2004-e/alignmentE.html参照)。例えば,相同性スコアは,公知のBLASTプログラムを用いて決定することができる。スコアマトリックスとしては,BLOSUM62やPAM32などが知られており,本明細書において好ましくはBLOSUM62である。
【0020】
置換,欠失,付加,及び/又は挿入されるアミノ酸の数は,前記抗体の生物学的活性に影響を与えない数であれば特に限定されないが,例えば,1~10個,1~5個,1~4個,又は1~3個とすることができる。アミノ酸の置換は,好ましくは保存的アミノ酸同士の置換(Molecular Biology of the Cell,Garland Science;6版参照)である。
【0021】
「絹糸腺特異的遺伝子プロモーター」とは,絹糸虫の絹糸腺において特異的に発現する遺伝子のプロモーターである。このようなプロモーターとしては,絹タンパク質遺伝子プロモーター,例えば,後部絹糸腺特異的遺伝子プロモーター及び中部絹糸腺特異的遺伝子プロモーターなどが挙げられ,例えば,セリシン遺伝子プロモーター(セリシン1遺伝子プロモーター,セリシン2遺伝子プロモーター,及びセリシン3遺伝子プロモーター)又はフィブロイン遺伝子プロモーター(フィブロイン重鎖遺伝子プロモーター,フィブロイン軽鎖遺伝子プロモーター,及びフィブロヘキサメリンプロモーター)が挙げられる。好ましくは,セリシン1遺伝子プロモーター,セリシン2遺伝子プロモーター,及びセリシン3遺伝子プロモーターであり,MSGプロモーター及びPSGプロモーター(WO2017135452A1)を含む。プロモーターの下流に機能的に結合したとは,プロモーターの活性化により結合された遺伝子が発現可能となるように結合されていることを意味する。
【0022】
別の態様において,本発明は上記発現カセットを含有する,プラスミドベクターに関する。プラスミドベクターは,絹糸虫細胞に導入し,維持することができるベクターであれば特に制限されない。例えば,Trichoplusia niに由来するDNA型トランスポゾンpiggyBacを組み込んだプラスミドベクター(Tamura,Tら,Nature Biotechnology,18:81-84(2000))を挙げることができる。例えば,ベクターとして,pPIGA3GFP(Tamura,Tら,Nature Biotechnology,18:81-84(2000))やpBac[3xP3-DsRed/pA](NatureBiotechnology,21:52-56(2003))を挙げることができる。また,本発明のベクターは,例えば,米国特許公開公報2008/0301823に記載された方法により作製されたベクター(pMSG1.1MG)の制限酵素切断部位に前記発現カセットを挿入することによっても作製することができる。あるいは,例えば,ベクターは,絹糸虫形質転換用ベクターpMSG3.1MG(特開2012-182995)であってもよい。
【0023】
ある態様において,本発明は上記発現カセットが染色体に組み込まれた,トランスジェニック絹糸虫に関する。本明細書において「絹糸虫」とは,絹糸腺を有し,絹糸を吐糸することのできる昆虫であれば特に制限されるものではなく,チョウ目昆虫,ハチ目昆虫,アミメカゲロウ目昆虫,トビケラ目昆虫等において,主として幼虫期に営巣,営繭又は移動のために吐糸する種類を意味する。絹糸虫としては,多量の絹糸を吐糸できるチョウ目昆虫が好ましく,カイコガ科,ヤママユガ科,イボタガ科,オビガ科,カレハガ科,ミノガ科,ヒトリガ科,又はヤガ科等に属する種を挙げることができる。また,絹糸虫は,カイコ,クワコ,シンジュサン,エリサン,ヤママユガ,サクサン,ヒメヤママユ,オオミズアオ等を含む。本発明のトランスジェニック絹糸虫は,前記抗体を絹糸(繭)(好ましくは,セリシン層)中に産生(分泌)する。
【0024】
別の態様において,本発明は前記トランスジェニック絹糸虫によって産生された抗体に関する。当該抗体は,配列番号7に記載のアミノ酸配列を有する重鎖及び/又は配列番号9に記載のアミノ酸配列を有する軽鎖を含む抗体,あるいは,配列番号11に記載のアミノ酸配列を有する重鎖及び/又は配列番号13に記載のアミノ酸配列を有する軽鎖を含んでいてもよい。あるいは,当該抗体は,配列番号7及び/若しくは配列番号9,又は,配列番号11及び/若しくは配列番号13のそれぞれと80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有する,それぞれ,重鎖及び/若しくは軽鎖を含んでいてもよい。あるいは,本発明の抗体は,配列番号7及び/若しくは配列番号9,又は,配列番号11及び/若しくは配列番号13のそれぞれとBlastにおける相同性スコアが200以上を示すアミノ酸配列を有する,それぞれ,重鎖及び/若しくは軽鎖を有していてもよい。あるいは,本発明の抗体は,列番号7及び/若しくは配列番号9,又は,配列番号11及び/若しくは配列番号13のそれぞれにおいて,数個のアミノ酸が置換,欠失,付加,及び/又は挿入されたアミノ酸配列からなる,それぞれ,重鎖及び軽鎖を有していてもよい。また,本明細書において,「抗体」の用語は,Fcと抗原結合部位を含む限り,抗体の一部又は断片や改変体であってもよく,例えば,一本鎖抗体(例えば,重鎖抗体)や二重特異性抗体であってもよい。
【0025】
カイコの繭中に産生される抗体は糖鎖としてフコースが結合していないことが知られている。また,フコースが付加されていない抗体は,ADCC活性に優れることが既に本技術分野において広く知られている。ADCC活性と抗体投与によるウイルス抑制についてはこれまでに報告がないが,本発明のこのような効果はADCC活性によりもたらされている可能性がある。よって,一態様において,本発明は,IgG抗体であって,配列番号7に記載のアミノ酸配列,それと80%以上の同一性を有するアミノ酸配列,あるいは,そのアミノ酸配列のうち数個のアミノ酸が置換,欠失,付加,及び/又は挿入されたアミノ酸配列を含む重鎖,並びに,配列番号9に記載のアミノ酸配列,それと80%以上の同一性を有するアミノ酸配列,又は,そのアミノ酸配列のうち数個のアミノ酸が置換,欠失,付加,及び/又は挿入されたアミノ酸配列を含む軽鎖を有し;HIVへの結合能を有し;かつ,ADCC活性向上のためにFc領域を改変した抗体を含む組成物であって,ADCC活性がCHO細胞に産生させた野生型抗体より高いことを特徴とし,HIV感染者への単回投与または数回投与により90%以上の確率で当該HIV感染者の血中HIVを検出限界以下に抑制する作用を有する抗HIV抗体組成物を含んでいてもよい。
【0026】
また,FcとFcγRとの関係がADCC活性に影響を与えることが示されており,Fc領域のアミノ酸置換によってFcγRとの親和性を高めることができることも報告されている。特に,FcγRIIIaなどの活性型FcγRへの結合が高く,FcγRIIbなどの阻害型FcγRへの結合が弱いFcがエフェクター機能に優れることが知られている。このような変異として,F158V,A330L,S239D,及びI332E(Greg ALazarら,PNAS(2006)103(11):4005-4010)や,F243L,D270E,R292P,S298N,Y300L,V305I,A330V,及びP396L(Cancer Res(2007)67(18):8882-8890)が報告されている。本発明の抗体のFc領域は,このような変異を有していてもよく,例えば,A330L,S239D,I332E,F243L,D270E,R292P,S298N,Y300L,V305I,A330V,及びP396Lから選択される1~10個の変異を有していてもよい。
【0027】
別の態様において,本発明は,HIVへの結合能を有するIgG抗体を含む組成物であって,該IgG抗体の80%以上が抗体結合糖鎖中にフコースを含まない抗体である,組成物に関する。すなわち,本発明の組成物において,必ずしも全ての(100%の)抗HIV抗体においてフコースが含まれていない必要はなく,少なくとも,80%以上(好ましくは,85%以上,90%以上,95%以上,96%以上,97%以上,98%以上,99%以上)の抗HIV抗体においてフコースが含まれていなければよい。好ましくは,当該組成物は,HIV感染者への単回投与または数回投与により,90%以上の確率で当該HIV感染者の血中のHIVを検出限界以下に抑制する作用を有する。当該組成物が有する抗HIV抗体が有する配列等の特徴は,前記本発明の抗HIV抗体と同様である。
【0028】
本明細書において,「HIV感染者への単回投与または数回投与により,90%以上(好ましくは,92%以上,93%以上,94%以上,95%以上,96%以上,97%以上,98%以上,99%以上,又は100%)の確率で当該HIV感染者の血中のHIVを検出限界以下に抑制する作用を有する」か否かは,被検抗体を複数のHIV感染者に投与し,その後の血中HIVを常法,例えば,PCRを利用する方法,に従って検出することにより確認することができる。被検抗体を投与されたHIV患者の90%以上において血中HIVが検出されなかった場合には,HIV感染者への単回投与または数回投与により,90%以上の確率で当該HIV感染者の血中のHIVを検出限界以下に抑制する作用を有すると判定することができる。血中のHIVを検出限界以下に抑制しているか否かの判定時期は,抗体の投与がすべて終了した後であることが望ましく,好ましくは,投与完了後12週,16週,20週,24週,28週,32週,36週,40週,1年,2年,3年,4年,又は5年の時点とすることができる。
【0029】
更に別の態様において,本発明は,上記抗体を有効成分として含有する,HIV感染症の治療薬又は予防薬(医薬組成物)に関する。本発明の医薬組成物は,患者に投与することができる製剤であれば経口又は非経口のいかなる製剤を採用してもよい。非経口投与のための組成物としては,例えば,注射剤,点鼻剤,坐剤,貼布剤,軟膏等を挙げることができる。好ましくは,注射剤である。本発明の医薬組成物の剤形は,例えば,液剤又は凍結乾燥製剤を挙げることができる。本発明の医薬組成物を注射剤として使用する場合,必要に応じて,プロピレングリコール,エチレンジアミン等の溶解補助剤,リン酸塩等の緩衝材,塩化ナトリウム,グリセリン等の等張化剤,亜硫酸塩等の安定剤,フェノール等の保存剤,リドカイン等の無痛化剤等の添加物(「医薬品添加物事典」薬事日報社,「Handbook of Pharmaceutical Excipients Fifth Edition」APhA Publications社参照)を加えることができる。また,本発明の医薬組成物を注射剤として使用する場合,保存容器としては,アンプル,バイアル,プレフィルドシリンジ,ペン型注射器用カートリッジ,及び,点滴用バッグ等を挙げることができる。
【発明の効果】
【0030】
本発明の抗体は,カイコにより高効率で生産することができることから,より生産コストの安いHIV感染症治療用抗体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】トランスジェニックカイコによる発現量をSDS-PAGE後のCBB染色により比較した写真である。A:全抽出液;B:中性緩衝液抽出液。写真の左側の数値は分子量(kDa)を表し,写真の上部は用いた抗体の種類を示す。
図2】トランスジェニックカイコにより生産された各抗体のHIV-1 BaL株に対する結合活性を測定した結果を表すグラフである。縦軸は平均蛍光強度(MFI),横軸は抗体濃度(μg/mL)を表す。
図3】由来の異なる各抗体のHIV-1 BaL株に対する中和活性を測定した結果を表すグラフである。縦軸は阻害割合(%inhibition),横軸は抗体のLog濃度(μg/mL)を表す。下の表は各抗体の各濃度における阻害割合(%inhibition)を示す。
図4】カイコの繭中に発現させた抗体とCHO細胞に産生させた抗体の糖鎖構造をマススペクトルから推定した結果を示す。主要な糖鎖構造とその存在比率を示す。
図5】SW-1C10,293A-1C10,CHO-1C10,及びKD-247を0.2,2,20μg/mLでHIV-1 BaL株に添加した際のADCC活性を測定した結果を表すグラフ(A)及び表(B)である。ADCC活性はSW-1C10が最も高く,次いでCHO-1C10が高かった。
図6】急性感染期におけるSW-1C10の効力について評価するため,強毒性SHIV89.6P(Reimann K.A.et al.,J.Virol.70,6922-6928.)を接種したカニクイザルにSW-1C10を投与した結果を示すグラフである。左のグラフはSW-1C10投与群(n=3)を示し,右のグラフは無処置群(n=2)を示す。上のグラフの縦軸は血漿1ml中のウイルスRNAコピー数(log10 copies/mL)を示し,下のグラフの縦軸はCD4+T細胞数(count/μL)を示す。全身感染を成立させた。全てのグラフの横軸は,ウイルス感染後の経過期間(週)を表す。SW-1C10の投与は,ウイルス接種後3日目,10日目,17日目に静脈経由で行った。
【発明を実施するための形態】
【0032】
1.抗体
一態様において,本発明はカイコに本発明の抗体遺伝子を発現させることを含む,本発明の抗体の製造方法,及び当該方法により製造された抗体を含む。本発明の製造方法は,具体的には以下に記載された方法により実施することができる。
(発現カセットの作製)
本発明のカイコの絹糸腺細胞で遺伝子発現を引き起こすプロモーター領域と機能的に連結された,抗体遺伝子を含む発現カセットは,カイコの絹糸腺細胞で遺伝子発現を引き起こすプロモーター領域をコードするポリヌクレオチドと,上述の(i)~(x)から選択されるいずれか1つのポリヌクレオチドとを,当業者が周知の遺伝子組換え技術により結合させて作製することができる。カイコの絹糸腺細胞で遺伝子発現を引き起こすプロモーター領域のポリヌクレオチドは,例えば,カイコ細胞より抽出したゲノムDNAをテンプレートとして,目的のプロモーターに対応するプロモーターを用いてPCRを行うことにより得ることができる。例えば,セリシン1遺伝子プロモーターの取得方法が,米国特許公開公報2008/0301823に記載されている。
【0033】
本発明の発現カセットが,エンハンサー,フィブロイン重鎖遺伝子の-1860~-1127の領域,及び/又は,-5000~-3848の領域,バキュロウイルスhomologous regionをコードするポリヌクレオチド,バキュロウイルス・ポリヘドリンの5’非翻訳領域を構成するポリヌクレオチド,及び/又は,バキュロウイルスIE1をコードするポリヌクレオチド等を含む場合,当業者周知の方法により(例えば,制限酵素切断部位を利用することにより)これらのポリヌクレオチドとカイコの絹糸腺細胞で遺伝子発現を引き起こすプロモーター領域と機能的に連結された抗体遺伝子とを結合させることにより得ることができる。例えば,本発明の発現カセットは,特開2004-344123,米国特許公開公報2008/0301823,特開2008-125366などに記載された方法に従って,作製することができる。
(ベクターの作製)
前記発現カセットを含有するプラスミドベクターは,所望のベクターに前記発現カセット又はその構成成分を組み込むことにより得ることができる。ベクターは,トランスジェニックカイコを作製可能なプラスミドベクターであれば特に限定されず,例えば,上述のベクターの制限酵素切断部位に前記発現カセットを挿入することによって作製することができる。
(トランスジェニックカイコの作製)
一態様において,本発明は,前記プラスミドベクターを絹糸虫の卵に挿入することを含む,前記抗体を絹糸(繭)(好ましくは,セリシン層)中に産生(分泌)するトランスジェニックカイコの製造方法に関する。具体的には,本発明のトランスジェニックカイコの製造方法は,前記プラスミドベクターを産卵後2~8時間のカイコ卵(カイコ胚)に注入し,孵化したカイコの成虫を交配してG1卵塊を得,標識遺伝子の発現等を指標に本発明の発現カセットが組み込まれたトランスジェニックカイコをスクリーニングすることを含む。
【0034】
一例として,得られたプラスミドベクターを精製した後,ヘルパープラスミドであるpHA3PIG(Nat.Biotechnol.18,81-84(2000))とプラスミド量が1:1になるように混合し,さらにエタノール沈殿を行った後,DNA濃度が10~1000μg/mlなるようにインジェクションバッファー(0.5mMリン酸バッファーpH7.0,5mM KCl)に溶解する。このベクター混合液を,産卵後2~8時間の前胚盤葉期のカイコ卵(カイコ胚)に,一つの卵あたり約1~200nlの液量で微量注入する。ベクターDNAを微量注入した卵を約25℃でインキュベートし,孵化したカイコを飼育し,得られた生殖可能な成虫を交配し,G1世代の卵塊を得る。産卵日から3~10日目のG1卵塊のうち,眼や神経系から緑色蛍光を発するトランスジェニックカイコの卵を選択して孵化させ,抗体cDNAが組み込まれたトランスジェニックカイコを樹立することができる。
【0035】
また,本発明のトランスジェニックカイコは,本発明の発現カセットとは別に,前記遺伝子発現を増強させるためのポリヌクレオチドを導入してもよい。例えば,本発明のプラスミドベクターとは異なるプラスミドベクターに遺伝子発現を増強させるためのポリヌクレオチドを組み込み,これを本発明のプラスミドベクターと同時にまたは別々にカイコ卵に注入してもよい。あるいは,上述の方法により得られた本発明の発現カセットが組み込まれたトランスジェニックカイコを,遺伝子発現を増強させるためのポリヌクレオチドが組み込まれたトランスジェニックカイコと交配させることにより,本発明の発現カセットと,前記遺伝子発現を増強させるためのポリヌクレオチドが導入されたトランスジェニックカイコを得ることもできる。例えば,得られたトランスジェニックカイコを,BmNPV由来のトランスアクチベーターであるie1遺伝子を発現するカイコ(特開2012-182995)と交配し,得られたG2世代のカイコから,抗体cDNAとie1遺伝子の両方を有するカイコを選別することもできる。
(抗体の製造方法)
別の態様において,本発明は,配列番号7に記載のアミノ酸配列を有する重鎖及び配列番号9に記載のアミノ酸配列を有する軽鎖を含む抗体,あるいは,配列番号11に記載のアミノ酸配列を有する重鎖及び配列番号13に記載のアミノ酸配列を有する軽鎖を含む抗体の製造方法であって,前記トランスジェニック絹糸虫が産生した絹糸から当該抗体を抽出することを含む方法に関する。
【0036】
例えば,抗体の製造は,前記カイコを飼育して繭を作らせる。カイコの繭を,抽出バッファー(PBS(終濃度0.5M NaCl),0.1% TritonX-100)に浸漬し,1時間室温で撹拌して繭抽出液を調製する。抽出液を0.45μmのフィルターで濾過し,プロテインGカラム(ProteinG Sepharose4 Fast Flow,GEヘルスケア)に供する。0.1Mグリシン(pH2.7)で溶出させ,溶液に1M Tris-HCl(pH9.0)を加えて中和し,最後にPBSに対して透析することにより得ることができる。
【0037】
また,抗体の断片は,当業者周知の様々な方法で調製することができ,例えば,上述の方法により得られた抗体をパパイン処理することにより,得ることができる。
【0038】
また,フコースが結合していない抗体は,上述のカイコの繭中に産生させる方法による他,薬剤で処理したCHO細胞から高いフコースを有する細胞を殺傷して選択されたフコシル化の減少を示す細胞を用いて生産する方法(米国特許公開2010/0081150号),Fxタンパク質の突然変異によるおよびフコースの外部源の供給力を制御することによるフコシル化の減少したCHO細胞株を用いて生産する方法(米国特許公開2010/0304436号),GMDエクソン5,6および7領域に相当するゲノム欠失を有するGMDノックアウト細胞およびFUT8ノックアウト宿主細胞株を用いて生産する方法(KANDA,Y.ら(2007)J.BIOTECHNOL;130(3):300-10),N-メチル-N-ニトロソグアニジンとインキュベートすることによりもたらされた4種のレクチン耐性CHO変異細胞により製造する方法(RIPKA,J.ら(1986)SOMAT CELL MOL GENET;12(1):51-62),Lec13(フコース欠損CHO)細胞株により産生させる方法(SHIELDS,R.L.ら(2002)J BIOL CHEM;277(30):26733-40),メトトレキサート(MTX)処理後CHO細胞の集団をヒイロチャワンダケ(aleuria aurantia)レクチン(AAL)またはアスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)1-フコース特異的レクチン(AOL)の非毒性フコース結合剤と接触させて,フコース結合剤に結合した細胞を除去して得られた細胞を用いて製造する方法(WO2012/120500),抗体から糖鎖を一度切断した後,フコース非結合糖鎖を抗体に再結合させる方法(特開2016-082962),並びに,アセチルグルコサミニルトランスフェラーゼIIIを発現する細胞を用いて製造する方法(米国特許6,602,684)が知られている。本発明の抗体は,これらのいずれの方法又はここに記載されていない他のフコース結合量が減少する公知の抗体産生方法により製造されてもよい。
2.医薬組成物
本発明の抗体は,経口投与形態,又は注射剤,点滴剤等の非経口投与形態の医薬組成物として用いることができる。哺乳動物等に投与する場合,医薬組成物は,錠剤,散剤,顆粒剤,シロップ剤等などの経口投与形態であってもよいし,又は,注射剤,点滴剤などの非経口的投与形態であってもよい。
【0039】
本発明の医薬組成物は,通常の薬学的に許容される担体を用いて,常法により製剤化することができる。経口用固形製剤を調製する場合は,主薬に賦形剤,更に必要に応じて,結合剤,崩壊剤,滑沢剤等を加えた後,常法により溶剤,顆粒剤,散剤,カプセル剤等とする。注射剤を調製する場合には,主薬に必要によりpH調整剤,緩衝剤,安定化剤,可溶化剤等を添加し,常法により皮下又は静脈内用注射剤とすることができる。
【0040】
別の態様において,本発明は,それを必要とする患者に有効量の本発明の抗体を投与することを備える,HIV感染症の治療方法又は予防方法に関する。あるいは,本発明は,HIV感染症の治療薬又は予防薬を製造するための,本発明の抗体の使用に関する。本発明の抗体を哺乳動物等に投与する場合の投与量は,症状,年齢,性別,体重,投与形態等により異なるが,例えば成人に静脈内投与する場合には,通常1回量は0.1~10000mgとすることができる。好ましくは,投与後も長期間にわたって(例えば,12週以上,16週以上,20週以上,24週以上,28週以上,32週以上,36週以上,40週以上,1年以上,2年以上,3年以上,4年以上,又は5年以上)血中HIVを検出限界以下に維持できる投与方法である。投与後に血中HIVを検出限界以下に維持できているかを確認するため,必要に応じて,投与期間中及び投与期間後に血中HIV量(例えば,HIV RNA量)をモニタリングしてもよい。本発明の抗体は,例えば,HIVに感染した患者に対して,全部で1~10回,1~8回,1~5回,1~4回,1~3回,1~2回,1回,2回,又は3回投与することができる。投与間隔は,3~30日,3~15日,4~10日,5~9日,6~8日,又は7日とすることができる。
【0041】
以下,本発明をより詳細に説明するため実施例を示すが,本発明はこれに限定されるものではない。なお,本願明細書全体を通じて引用する文献は,参照によりその全体が本願明細書に組み込まれる。また,本願は平成30年10月29日に出願された日本国特許出願第2018-203114号からの優先権を主張する。本願が優先権を主張する日本国特許出願第2018-203114号記載の内容は全て参照によりそのまま本願に組み込まれる。
【実施例
【0042】
(1)ベクターの作製
1C10抗体の重鎖(配列番号6)および軽鎖(配列番号8)のcDNAが組み込まれたプラスミド(pMPE-1C10)を鋳型とし,制限酵素NruI認識配列およびBmNPVポリヘドリンの5’非翻訳領域配列(特開2008-125366)を含むプライマー(NruI-BmNPV-ATG),および1C10重鎖5’末端側配列よりなるプライマー(Hc-F)の混合液をフォワードプライマーとして,また,制限酵素NruIおよびXhoI認識配列を付加した重鎖3’末端側配列よりなるプライマー(C-hIgG1-NruI-XhoI)をリバースプライマーとして用いてPCRを行うことにより,1C10重鎖のcDNAを増幅した。
【0043】
増幅されたフラグメントをXhoIで処理し,EcoRVおよびXhoIで処理したクローニングベクター(pCR-MCS)に組み込んだ。同様にして,1C10軽鎖のcDNAが組み込まれたプラスミド(pKVA2-1C10)を鋳型とし,NruI-BmNPV-ATG,および軽鎖5’末端側配列よりなるプライマー(LcK-F)の混合液をフォワードプライマーとして,また,制限酵素NruIおよびXhoI認識配列を付加した軽鎖3’末端側配列よりなるプライマー(LcK-R)をリバースプライマーとして用いてPCRを行うことにより,1C10軽鎖のcDNAを増幅し,得られたフラグメントをpCR-MCSに挿入した。
(フォワードプライマー)
NruI-BmNPV-ATG
5’-ATCGCGAAAGTATTTTACTGTTTTCGTAACAGTTTTGTAATAAAAAAACCTATAAATATG-3’(配列番号1)
Hc-F
5’-GTAATAAAAAAACCTATAAATATGGACTGGACCTGGAGGATC-3’(配列番号2)
LcK-F
5’-GTAATAAAAAAACCTATAAATATGGTGTTGCAGACCCAGGTC-3(配列番号4)
(リバースプライマー)
C-hIgG1-NruI-XhoI
5’-CGCTCGAGTCGCGATTATTTACCCGGAGACAGGGAGAG-3’(配列番号3)
LcK-R
5’-CGCTCGAGTCGCGATTAACACTCTCCCCTGTTGAAGCTC-3’(配列番号5)
1C10軽鎖のcDNAが組み込まれたpCR-MCSをNruIにて切断して軽鎖のcDNAを切り出し,Aor51HIで処理したトランスジェニックカイコ作製用ベクター(pMSG3.1MG,特開2012-182995)に組み込んだ。次に,このベクターをNruIで消化し,1C10重鎖のcDNAが組み込まれたpCR-MCSからNruIにて切り出した重鎖cDNAとライゲーションした。得られたベクター(1C10/pMSG3.1MG)は,1C10重鎖および軽鎖のcDNAが,それぞれセリシン1プロモーターの下流に組み込まれている。
【0044】
同様な方法により,1C10が単離された同じ患者由来の抗HIVヒト抗体である1D9(重鎖のcDNA配列:配列番号10;軽鎖のcDNA配列:配列番号12)および49G2,また,他のHIV患者由来のヒト抗体であるVRC01(Science. 329, 856-61(2010))およびPGT121(Nature. 477, 466-470(2011))についても,重鎖と軽鎖をpMSG3.1MGに組み込んだトランスジェニックカイコ作製用ベクターを調製した。
(2)トランスジェニックカイコの作製
1C10/pMSG3.1MGをPlasmid Midi Kit(QIAGEN)で精製した後,ヘルパープラスミドであるpHA3PIG(Nat.Biotechnol.;18:81-84(2000))とプラスミド量が1:1になるように混合し,さらにエタノール沈殿を行った後,DNA濃度が200μg/mLなるようにインジェクションバッファー(0.5mMリン酸緩衝液 pH7.0,5mM KCl)に溶解した。このベクター混合液を,産卵後2~8時間の前胚盤葉期のカイコ卵(カイコ胚)383個に,一つの卵あたり約15~20nLの液量で微量注入した。
【0045】
ベクターDNAを微量注入した卵を25℃でインキュベートしたところ,85%の卵が孵化した。これらのカイコ幼虫を飼育し,成長した成虫を交配して,72区(雌成虫が産んだ卵塊)のG1世代の卵を得た。産卵日から5~6日目のG1卵塊を蛍光実体顕微鏡で観察し,眼や神経系から緑色蛍光を発するトランスジェニックカイコの卵を含む31区の卵塊を取得した。得られた卵を孵化させ飼育した結果,48頭のトランスジェニックカイコを樹立できたため,これらの繭タンパク質を抽出してSDS-PAGEにより解析した。また,成虫からゲノムDNAを抽出してサザンブロットを行った。これらの解析により,繭に1C10抗体が発現しており,かつゲノム中に1コピーの組換え遺伝子を有する6系統のトランスジェニックカイコを選抜した。
【0046】
上記のトランスジェニックカイコを,BmNPV由来のトランスアクチベーターであるie1遺伝子を発現するカイコ(特開2012-182995)と交配した。ie1遺伝子から合成されるIE1タンパク質は,pMSG3.1MGに含まれるBmNPV由来のhr3エンハンサーや,セリシン1プロモーターに作用し,中部絹糸腺における組換えタンパク質の発現量を増加させることが知られている(Biotechol. Bioeng.;106:860-870(2010))。交配して得られたG2世代のカイコから,1C10 cDNAとie1遺伝子の両方を有するカイコ(以下「1C10生産用系統」と記す)を選別し,これらのカイコを飼育して繭を作らせた。
【0047】
同様にして,1C10と同じ患者に由来する1D9および49G2,また,他の患者由来のVRC01およびPGT121のcDNAを組み込んだベクターについてもカイコ卵に微量注入してトランスジェニックカイコを作製した。ie1遺伝子を発現するカイコと交配して,それぞれの抗体が含まれた繭を作らせた。
【0048】
それぞれの遺伝子を組み込んだカイコ各1系統について,得られた繭の繭層重量を記載した(表1)。1C10,1D9,VRC01,およびPGT121については,平均的な重量の繭を作ったが,49G2は全く繭を作らなかった。
【0049】
【表1】
(3)発現量の解析
繭が得られた1C10,1D9,VRC01,およびPGT121について,抗体の発現量を調べた。それぞれのカイコの繭10mgを,1mLの8M尿素,50mMトリス塩緩衝液pH8.0,0.1M DTTに浸漬し,80℃にて5分間加温することにより絹糸のセリシン層に含まれるタンパク質を全て可溶化し(全抽出),還元条件でSDS-PAGEをおこなった後CBB染色をおこない,抗体の発現量を比較した。
【0050】
結果を図1Aに示した。4種類の遺伝子組換えカイコの繭から抗体の重鎖(H鎖)および軽鎖(L鎖)が検出された。発現量は,1C10が最も高く,1D9およびPGT121も比較的高発現であったが,これらに比べVRC01の発現量は低かった。
【0051】
次に,中性の緩衝液に対する抗体の抽出量について解析した。10mgの繭を1mLのPBS(終濃度0.5M NaCl),0.1% Triton X-100に浸漬し,1時間室温で撹拌した後,遠心分離して上清を回収した。SDS-PAGEにより抽出液中のタンパク質を解析したところ,抗体の抽出量は1C10が最も多く,比較的発現量が高かった1D9およびPGT121の抽出率は,1C10に比べてかなり低かった。抽出液中に含まれる抗体量を,プロテインAカラム(HiTrap MabSelect SuRe column(0.7×2.5cm;1mL),GEヘルスケア)を取り付けたHPLCシステム(Alliance HPLC System,Waters)を用いて定量した。各カイコの繭から調製した抽出液300μLを,プロテインAカラムに供し,PBSで洗浄した後,100mM クエン酸 pH3.0にて結合した抗体を溶出して,溶出ピークの面積から抗体濃度を定量した。また,この結果から,繭1個あたりから抽出される抗体量を算出した。表1に示すとおり,1C10の繭1個あたりから抽出できる抗体量は1.48mgであり,同じHIV感染患者由来の1D9の約3.2倍の抗体量を抽出できることが判った。
(4)1C10抗体の精製
1C10生産用系統の繭を,PBS(終濃度0.5M NaCl),0.1%Triton X-100に浸漬し,1時間室温で撹拌して繭抽出液を調製した。抽出液を0.45μmのフィルターで濾過し,プロテインGカラム(Protein G Sepharose 4 Fast Flow,GEヘルスケア)に供した。カラムからの抗体の溶出には,0.1Mグリシン塩酸緩衝液(pH2.7)を使用した。溶出した抗体溶液に1M
Tris-HCl(pH9.0)を加えて中和し,最後にPBSに対して透析した。精製した抗体を,SW-1C10として,以下の実験に使用した。
(5)由来の異なる1C10抗体の準備
抗体の由来による結合活性および中和活性の違いを調べるため,Bcell-1C10(Virology.;475:187-203(2015)),293A-1C10(Virology.;475:187-203(2015)),及びCHO-1C10の異なる由来の1C10抗体を作製した。
【0052】
CHO-1C10は以下のように作製した。ExpiCHO Expression System Kit(ThermoFisher Scientific)を用いて,ExpiCHO-S細胞(キットに付属)に1C10のcDNAが組み込まれたプラスミド(pMPE-1C10)のトランスフェクションを行った。トランスフェクションから12-14日後に培養上清を回収し,0.2μmのフィルターで濾過したあと,プロテインAカラム(HiTrap rProtein A FF,GEヘルスケア)に結合させた。カラムからの抗体の溶出には,50mMグリシン塩酸緩衝液(pH2.39)を使用した。1M Tris-HCl(pH9.0)を加えて中和し,PBSに対して透析した。PEG6,000(Wako)を用いて抗体溶液を濃縮後,再びPBSに対して2回透析を行った。
【0053】
(6)HIV-1 BaL株に対する結合活性測定
SW-1C10と293A-1C10のHIV-1 BaL株(Science.;253:71-4(1991))に対する結合活性の比較を行った。まずBaLウイルス感染細胞を準備した。CEM.NKR-CCR5(NKR24)細胞(J Virol.;86:12039-52(2012)懸濁液(1×10cells/50μL)とBaLウイルス懸濁液50μLを1.5mLチューブ内で混合し,1,200×gで2時間,室温で遠心した。R10 medium(J Virol.;86:12039-52(2012))を添加し,24-well plate上で37℃,5%COにて培養を開始した。NKR24細胞には,HIV-1のLTRプロモーターに制御されたLuciferase遺伝子が導入されている(J Virol.;86:12039-52(2012))。このNKR24細胞で産生されるLuciferase活性をneolite Reporter Gene Assay System(Perkin Elmer)で測定し,適宜ウイルスの感染状況を確認した。
【0054】
BaL感染NKR24細胞および非感染(Normal)NKR24細胞が準備できた段階で,FACS解析用サンプルを調製した(反応液として0.2% BSA/PBSを使用)。反応液に懸濁し,2.5×10cells/mLに調整した細胞を96-wellプレートに50μL添加した(25×10cells/tube)。そこへ終濃度0.032/0.16/0.8/4/20/100μg/mLとなるように等量の抗体溶液(D-PBS(-)で濃度調整)を添加した。30~40分間室温でインキュベート後,反応液で2回洗浄し,反応液で200倍希釈したAPC標識anti-human IgG(Jackson ImmunoResearch)を50μL添加した(以降は遮光しながら操作)。15分間室温でインキュベート後,反応液で2回洗浄し,10% Formalin/PBSを100μL添加した。15分間氷上でインキュベート後,BD FACS Canto II(BD Biosciences)にて解析を行い,APCの平均蛍光強度(MFI)から結合活性を調べた。
【0055】
その結果,SW-1C10, 293A-1C10共にBaL感染NKR24細胞に対して特異的に結合し,さらに抗体濃度依存的な結合活性を示すことが確かめられた(表2及び図2)。
【0056】
【表2】
(7)HIV-1 BaL株に対する中和活性測定
SW-1C10,Bcell-1C10,293A-1C10,CHO-1C10について,HIV-1 BaL株に対する中和活性の比較を行った。4μg/mLを最大濃度として5倍ずつ8段階の抗体希釈系列を96-wellプレート上に作製(100μL/well)後,4,000 TCID50/mLに調整したBaLウイルスを50μL添加(final 200 TCID50)した。37℃,5%COにて1時間インキュベート後,TZM-bl細胞(AIDS;23:897-906(2009))を1×10cells/mL(+37.5μg/mL DEAE dextran)に調整し,100μL添加した。ポジティブコントロールとしてVC(virus control;ウイルスと細胞のみ),ネガティブコントロールとしてCC(cell control;細胞のみ)のウェルも同時に準備した。37℃,5%COにて2日間培養後,細胞をPBSで洗浄して各ウェルにLuciferase Cell Lysis Buffer(Promega)を30μL添加後,15分撹拌した。Luciferase Assay Reagentを検出用white plate(Coster)に50μL添加後,撹拌終了後のcell lysateを10μL添加し,LuminometerによりRLU(相対発光強度)を測定した。CCにおけるRLUをバックグラウンドとして感染抑制率(%inhibition)={(VCにおけるRLU)-(各抗体濃度におけるRLU)}/(VCにおけるRLU)を算出し,IC50(50% inhibitory concentration)を求めた。
【0057】
表3にIC50,図3に各抗体濃度における感染抑制率を示す。その結果,SW-1C10を含む各種抗体がほぼ同等の中和活性を示すことが確かめられた。
【0058】
【表3】
(8)糖鎖構造解析
文献(Mol.Cellular Proteom.;6:1437-1445(2007))に従い,以下の操作により,SW-1C10とCHO-1C10の糖鎖構造を解析した。50μgの精製1C10を,界面活性剤存在下で還元アルキル化,トリプシン消化の後に,PNGaseAによる酵素消化を行うことで,N-glycanを遊離した。続いて,50pmolの内部標準物質を加えて,グライコブロッティング法を行った(この工程で,N-glycanの捕捉,カルボキシル基のメチル化およびBOAラベル化がおこなわれる)。これを質量分析(MALDI-TOF-MS;Ultraflex III,ポジティブモード)に供し,得られたスペクトルを,GlycoMod Tool(http://web.expasy.org/glycomod/)に照合して,N-glycanの構造を推定した。また,予め添加した内部標準物質とのピーク面積を用いて,それぞれのピーク面積を規格化した。
【0059】
得られたマススペクトルより推定される主要な糖鎖構造と,その存在比率を図4に示した。CHO-1C10には,約70.3%のコアフコース付加糖鎖が認められたのに対し,SW-1C10からは,コアフコース付加糖鎖が全く検出されなかった。また,SW-1C10の糖鎖は,シアル酸付加やバイセクティングGlcNAcを含む糖鎖が存在しない点では,CHO-1C10の糖鎖構造と類似していた。
(9)ADCC活性の測定
SW-1C10,293A-1C10,およびCHO-1C10に加え,gp120のV3ループを認識するヒト化抗体であるKD-247を用意し,HIV-1 BaL株に対するADCC活性の比較を行った。
【0060】
結合活性測定の場合と同様の方法により,BaL感染NKR24細胞を調製した。BaL感染NKR24細胞および非感染(Normal)NKR24細胞が準備できた段階で,ADCC活性測定用サンプルを調製した(反応液および抗体希釈液としてR10 medium 10U/ml IL-2を使用)。反応液で3回洗浄後,2.5×10cells/mLに調整したNKR24細胞を96-wellプレートに40μL添加した(1×10cells/well)。反応液で1回洗浄後,エフェクター細胞として2.5×10cells/mLに調整したナチュラルキラー細胞株であるhuman CD16+ KHYG-1細胞((N6細胞;J Virol.;86:12039-52(2012))を40μL添加した(10×10cells/well)。その後,準備した各抗体を終濃度0.2,2,又は20μg/mLとなるように20μL添加した。ポジティブコントロールとしてVC(virus control;BaL感染NKR24細胞とN6細胞のみ),ネガティブコントロールとしてCC(cell control;非感染NKR24細胞とN6細胞のみ)のウェルも同時に準備し,37℃,5%COにて6時間インキュベートを行った。
【0061】
ADCC活性測定にはneolite Reporter Gene Assay Systemを使用した。neolite reagentを検出用white plate(Perkin Elmer)に40μL添加後,インキュベート後の反応液を懸濁して40μl添加し,LuminometerによりRLU(相対発光強度)を測定した。CCにおけるRLUをバックグラウンドとしてウイルス殺傷率(%killing;(VCにおけるRLU-各抗体濃度におけるRLU)/VCにおけるRLU)を算出し,ADCC活性とした(図5AおよびB)。その結果,SW-1C10が比較した抗体の中で最も高いADCC活性を示すことが確かめられた。
(10)動物実験用1C10の大量生産
約3万頭の1C10生産用系統を全齢にて人工飼料(日本農産工業株式会社 シルクメイト原種用1-3齢用S)を与えて飼育し,繭を生産した。繭をハサミで切開して蛹を取り出し,約1.1kgの繭層を得た。このうち1.0kgを使用して,SW-1C10の抽出および精製を行った。
【0062】
繭1kgを100Lの抽出バッファー(50mM酢酸緩衝液pH5.3,30mM NaCl,0.2%Triton X-100,0.01%ポリジメチルシロキサン)に浸漬し,25℃で2時間圧搾することでタンパク質を抽出した。10μm工業用フィルター(SMC)でろ過後,5Lの陽イオン交換担体(STREAMLINE SP(GEヘルスケア))が充填されたSTREAMLINE 200 Column(GEヘルスケア)に供し,SP洗浄バッファー(50mM 酢酸緩衝液pH5.3,30mM NaCl,0.2%Triton X-100)で洗浄した後,SP溶出バッファー(50mM酢酸緩衝液pH5.3,300mM NaCl)にて溶出して1C10抗体を回収した。さらに,限外ろ過膜(Biomax-100 TF(ミリポア))を用いて濃縮し,次いでPBSに溶媒交換した。これを,プロテインA担体(MabSelect SuRe(GEヘルスケア))を充填したカラムに供し,PBSで洗浄した後,100mMクエン酸緩衝液(pH3.0)にて1C10抗体を溶出した。最後に,限外ろ過膜にて濃縮し,保存溶液(10mM酢酸緩衝液pH5.5,50mM NaCl,100mM アルギニン塩酸塩)に溶媒置換した。以上の操作により,純度99.0%以上の精製SW-1C10を約7.9g調製した。
(11)HIV感染カニクイザルへの1C10の投与
急性感染期におけるSW-1C10の効力について評価するため,7匹のカニクイザルの直腸に,50,000 TCID50の,HIV89.6株に由来するEnvをSIVに組み込んだキメラウイルスである強毒性SHIV89.6P(Reimann K.A.et al.,J.Virol.70,6922-6928.)を接種し,全身感染を成立させた。カニクイザルの群構成は対照となる無処置群を4匹,SW-1C10投与群を3匹とした。SW-1C10の投与は,ウイルス接種後3日目,10日目,17日目に静脈経由で実施し,血中ウイルス抑制効果を観察した。
【0063】
ウイルス接種時より8週目までは通常7日おきに,それ以降は4週に1回の頻度で,麻酔したサルから経時的に抹消血(EDTAを添加)を採取した。採取した血液は遠心分離により血漿を回収し,次に血球をPBSに希釈後,比重1.070のPercollに重層後,遠心分離してPBMCs(peripheral blood mononuclear cells,末梢血単核球)を分離した。血漿よりウイルスRNAを抽出し,定量RT-PCRによりSIVmac239のgag領域を増殖し,その生成物の濃度より血漿中のウイルスRNAコピー数を算出した。血漿中のウイルスRNAはMagNA PureCompact Nucleic Acid isolation kit(Roche Diagnosticks)を利用して抽出・精製した。
【0064】
RNA量の算出は,SIVmac239のgag領域を標的としたプライマーとプローブを設計し,LightCycler 480 thermocycler(Roche Diagnostics)を用いて行った。ウイルスRNAは,QuantiTec Probe RT-PCR kit(Qiagen)を用いて,増幅及び検出を行った。プライマー及び鋳型は以下のものを設計した。即ち,フォワードプライマーとして,「5’-GCAGAGGAGGAAATTACCCAGTAC-3’/配列番号14」を,リバースプライマーとして「5’-CAATTTTACCCAGGCATTTAATGTT-3’/配列番号15」を,プローブとして「5’-FAM-TGTCCACCTGCCATTAAGTCCCGA-TAMRA-3’/配列番号16」を用いた。
【0065】
RT-PCR産物はLightCycler 480 thermocyclerによって蛍光の検出を行い,その量を決定した。血漿中のウイルス量は,Duplicateで2回の測定を行い,ウイルス量は既知の濃度のSIV RNAを段階希釈にて作成した検量線を用いて換算して求めた。また,鋳型DNAやその他の混入DNAはDNAaseIにて処理した。この測定系の感度は,100コピー/mlであった。
【0066】
対照となる無処置のサルでは,ウイルス接種2週目で血漿1ml中のウイルスRNAコピー数が数千万~数億コピーまで上昇したのち,8週目以降にウイルス学的セットポイントと呼ばれる定常状態に入り,数万~数十万コピー/mlで推移した。HIVの感染対象であるCD4+T細胞数は,2~4週間で急速に低下し,その後細胞数は低いレベルで推移した。一方,SW-1C10投与群では,ウイルス接種4週目の10万~100万コピー/mlをピークにウイルス量は低減,12週目以降は3匹すべてでウイルスが検出されなかった。また,CD4+T細胞数は大きく低下することなく,ウイルス投与前のレベルを維持した。(図6)。
【0067】
本結果から,驚くべきことに,SW-1C10を投与した全ての個体において,早期からウイルスが検出限界以下となり,12週という長期に渡ってウイルスRNAを検出限界以下に制御した。このような,投与全例における長期間のウイルス増殖制御が可能であることは過去に報告が無く,本発明者らは初めて投与対象に対して広く安定的にウイルス制御をもたらす抗体を見出すことに成功した。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
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