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特許7551083環状ポリマーの製造方法、環状ポリマー及び光重合開始剤
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  • 特許-環状ポリマーの製造方法、環状ポリマー及び光重合開始剤 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-06
(45)【発行日】2024-09-17
(54)【発明の名称】環状ポリマーの製造方法、環状ポリマー及び光重合開始剤
(51)【国際特許分類】
   C08F 2/46 20060101AFI20240909BHJP
   C08F 12/08 20060101ALI20240909BHJP
【FI】
C08F2/46
C08F12/08
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020168121
(22)【出願日】2020-10-02
(65)【公開番号】P2022060108
(43)【公開日】2022-04-14
【審査請求日】2023-08-24
(73)【特許権者】
【識別番号】592218300
【氏名又は名称】学校法人神奈川大学
(74)【代理人】
【識別番号】100151183
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 伸哉
(72)【発明者】
【氏名】亀山 敦
(72)【発明者】
【氏名】高橋 明
【審査官】中川 裕文
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-249822(JP,A)
【文献】特開昭60-252602(JP,A)
【文献】特表2018-534414(JP,A)
【文献】有機加硫促進剤中のイオウと元素イオウとの交換反応について(その2),日本ゴム協会誌,第39巻,1966年,p.57-61
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F 2/00- 4/58
4/72- 4/82
6/00-246/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エチレン性不飽和結合を備えたモノマー化合物及び下記一般式(1)で表す化合物の存在下で光照射することを特徴とし、前記モノマー化合物が繰り返し単位として組み込まれた環状ポリマーの製造方法。
【化1】
(上記一般式(1)中、Zは硫黄原子又は酸素原子であり、Arは置換基を有してもよい芳香環であり、その芳香環は縮合環であってもよい。)
【請求項2】
前記モノマー化合物が、下記一般式(2)で表す化合物である請求項1記載の環状ポリマーの製造方法。
【化2】
(上記一般式(2)中、Xは水素原子、エテニル基、シアノ基、炭素数1~6のアルキル基、置換基を有してもよいフェニル基、ハロゲン原子、アミノカルボニル基、モノアルキルアミノカルボニル基、ジアルキルアミノカルボニル基、アルキルカルボニルオキシ基又はニトロ基であり、Rは水素原子、ハロゲン原子、シアノ基又は炭素数1~5のアルキル基であり、Rはそれぞれ独立に水素原子又はハロゲン原子である。)
【請求項3】
前記モノマー化合物がスチレンである請求項1又は2記載の環状ポリマーの製造方法。
【請求項4】
前記Zが硫黄原子である請求項1~3のいずれか1項記載の環状ポリマーの製造方法。
【請求項5】
下記一般式(3)で表す環状ポリマー。
【化3】
(上記一般式(3)中、Zは硫黄原子又は酸素原子であり、Arは置換基を有してもよい芳香環であり、その芳香環は縮合環であってもよく、Xは水素原子、エテニル基、シアノ基、炭素数1~6のアルキル基、置換基を有してもよいフェニル基、ハロゲン原子、アミノカルボニル基、モノアルキルアミノカルボニル基、ジアルキルアミノカルボニル基、アルキルカルボニルオキシ基又はニトロ基であり、Rは水素原子、ハロゲン原子、シアノ基又は炭素数1~5のアルキル基であり、Rはそれぞれ独立に水素原子又はハロゲン原子であり、nは、1以上の整数である。)
【請求項6】
下記一般式(3A)で表す請求項5記載の環状ポリマー。
【化4】
(上記一般式(3A)中、Zは硫黄原子又は酸素原子であり、Arは置換基を有してもよい芳香環であり、その芳香環は縮合環であってもよく、nは、1以上の整数である。)
【請求項7】
前記Zが硫黄原子である請求項5又は6記載の環状ポリマー。
【請求項8】
エチレン性不飽和結合を備えたモノマー化合物を繰り返し単位とする環状ポリマーの合成用である下記一般式(1)で表す光重合開始剤。
【化5】
(上記一般式(1)中、Zは硫黄原子又は酸素原子であり、Arは置換基を有してもよい芳香環であり、その芳香環は縮合環であってもよい。)
【請求項9】
下記化学式(1A)で表す請求項8記載の光重合開始剤。
【化6】
(上記一般式(1A)中、Zは硫黄原子又は酸素原子である。)
【請求項10】
前記Zが硫黄原子である請求項8又は9記載の光重合開始剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環状ポリマーの製造方法、環状ポリマー及び光重合開始剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
環状ポリマーは、分子末端を持たない高分子化合物である。環状ポリマーは、直鎖状ポリマーと比べて高分子鎖間の絡み合いが少ないため、粘性、融点、ガラス転移点等の物理的性質が直鎖状ポリマーと異なることが知られている。環状ポリマーの備える特性を活用した一例として、例えば特許文献1には、炭化水素系環状ポリマーを配合したホットメルト型接着剤が開示されている。同文献によれば、直鎖状のα-オレフィン系ポリマーを用いたホットメルト型接着剤では、α-オレフィン系ポリマーの結晶性の高さや、融点の高さに起因して、接着剤を被着体へ塗布してから貼り合わせることができる時間が数秒以内と非常に短い時間となって用途が限定される場合があるが、炭化水素系環状ポリマーをこれに配合することで、高温時における耐クリープ性が向上するとされている。
【0003】
これら環状ポリマーの合成方法としては、末端連結法と環拡大重合法が開発されている。末端連結法は、反応性末端基を有する直鎖状ポリマーを合成してから、2つの反応性末端基を分子内環化反応により結合させる方法である。このような合成法の一例として、例えば特許文献2には、圧縮性流体中で、金属原子を含まない有機触媒を用いて開環重合性モノマーを重合させる方法が開示されている。
【0004】
環拡大重合法は、環状開始剤を用いてモノマーを逐次的に挿入することでポリマーを得る方法である。このような合成法の一例として、例えば特許文献3には、金属アルキリデン錯体を環状オレフィンモノマーの環挿入反応の触媒として用い、大環状ポリマーを合成する方法が開示されている。また、非特許文献1には、開始剤として環状アルコキシスズ
を用いた、環状γ-ブチロラクトンの環拡大重合による環状ポリエステルの合成が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2018/012593号
【文献】特開2017-39863号公報
【文献】特表2005-534777号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Hans R. Kricheldop et. al., Macromol. Chem. phys., 1998, 199, 273-282.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以上の状況に鑑みてなされたものであり、環状ポリマーの新規な製造方法及びそれにより得られる環状ポリマー、並びにその合成に好ましく用いることのできる光重合開始剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、3H-ベンゾチアゾール-2-チオン(BTT)若しくは2(3H)-ベンゾチアゾロン(BTO)又はそれらの骨格を備えた誘導体が、下記化学式(A)及び(B)に示すように、光照射によりジチオエステル部分又はチオエステル部分が均一開裂して分子内に一対のラジカルを生じ、エチレン性不飽和結合を備えたモノマー化合物の存在下でこのラジカルが作用すると、下記化学式(C)に示すように、一対のラジカルの間にモノマー化合物が挿入されて閉環することにより環状ポリマーが生成することを見出した。すなわち、下記化学式(A)及び(B)で示す化学種は、環状ポリマー合成のための光重合開始剤として作用する。この環状ポリマーは、光照射が続く限り均一開裂と閉環を繰り返しており、モノマー化合物の存在下でリビング的に重合反応を続ける。なお、下記化学式(A)~(C)では、光重合開始剤として3H-ベンゾチアゾール-2-チオン(BTT)又は2(3H)-ベンゾチアゾロン(BTO)を挙げ、モノマー化合物としてスチレン(St)を挙げたが、これらは説明のための一例であり、本発明はこれらの化合物に限定されるものではない。
【0009】
【化1】
【0010】
具体的には、本発明は以下のようなものを提供する。
【0011】
(1)本発明は、エチレン性不飽和結合を備えたモノマー化合物及び下記一般式(1)で表す化合物の存在下で光照射することを特徴とし、上記モノマー化合物が繰り返し単位として組み込まれた環状ポリマーの製造方法である。
【化2】
(上記一般式(1)中、Zは硫黄原子又は酸素原子であり、Arは置換基を有してもよい芳香環であり、その芳香環は縮合環であってもよい。)
【0012】
(2)また本発明は、上記モノマー化合物が下記一般式(2)で表す化合物である(1)項記載の環状ポリマーの製造方法である。
【化3】
(上記一般式(2)中、Xは水素原子、エテニル基、シアノ基、炭素数1~6のアルキル基、置換基を有してもよいフェニル基、ハロゲン原子、アミノカルボニル基、モノアルキルアミノカルボニル基、ジアルキルアミノカルボニル基、アルキルカルボニルオキシ基又はニトロ基であり、Rは水素原子、ハロゲン原子、シアノ基又は炭素数1~5のアルキル基であり、Rはそれぞれ独立に水素原子又はハロゲン原子である。)
【0013】
(3)また本発明は、上記モノマー化合物がスチレンである(1)項又は(2)項記載の環状ポリマーの製造方法である。
【0014】
(4)また本発明は、上記Zが硫黄原子である(1)項~(3)項のいずれか1項記載の環状ポリマーの製造方法である。
【0015】
(5)本発明は、下記一般式(3)で表す環状ポリマーでもある。
【化4】
(上記一般式(3)中、Zは硫黄原子又は酸素原子であり、Arは置換基を有してもよい芳香環であり、その芳香環は縮合環であってもよく、Xは水素原子、エテニル基、シアノ基、炭素数1~6のアルキル基、置換基を有してもよいフェニル基、ハロゲン原子、アミノカルボニル基、モノアルキルアミノカルボニル基、ジアルキルアミノカルボニル基、アルキルカルボニルオキシ基又はニトロ基であり、Rは水素原子、ハロゲン原子、シアノ基又は炭素数1~5のアルキル基であり、Rはそれぞれ独立に水素原子又はハロゲン原子であり、nは、1以上の整数である。)
【0016】
(6)また本発明は、下記一般式(3A)で表す(5)項記載の環状ポリマーである。
【化5】
(上記一般式(3A)中、Zは硫黄原子又は酸素原子であり、Arは置換基を有してもよい芳香環であり、その芳香環は縮合環であってもよく、nは、1以上の整数である。)
【0017】
(7)また本発明は、上記Zが硫黄原子である(5)項又は(6)項記載の環状ポリマーである。
【0018】
(8)本発明は、エチレン性不飽和結合を備えたモノマー化合物を繰り返し単位とする環状ポリマーの合成用である下記一般式(1)で表す光重合開始剤でもある。
【化6】
(上記一般式(1)中、Zは硫黄原子又は酸素原子であり、Arは置換基を有してもよい芳香環であり、その芳香環は縮合環であってもよい。)
【0019】
(9)また本発明は、下記化学式(1A)で表す(8)項記載の光重合開始剤である。
【化7】
(上記一般式(1A)中、Zは硫黄原子又は酸素原子である。)
【0020】
(10)また本発明は、上記Zが硫黄原子である(8)項又は(9)項記載の光重合開始剤である。
【0022】
本発明によれば、環状ポリマーの新規な製造方法及びそれにより得られる環状ポリマー、並びにその合成に好ましく用いることのできる光重合開始剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1図1は、実施例で得た環状ポリマー(PSt)についてのMALDI-TOF MSのチャートである。
図2図2は、ラジカル捕捉剤(TEMPO)存在下におけるBTT及びStの重合反応で得た生成物のH-NMRチャートである。
図3図3は、環状ポリマー(PSt)を用いて後重合して得た生成物についてのMALDI-TOF MSのチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の環状ポリマーの製造方法の一実施態様、本発明の環状ポリマーの一実施形態、及び本発明の光重合開始剤の一実施形態のそれぞれについて説明する。なお、本発明は、以下の実施態様又は実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲において適宜変更を加えて実施することができる。
【0025】
<環状ポリマーの製造方法>
まずは、本発明の環状ポリマーの製造方法の一実施態様について説明する。本発明の環状ポリマーの製造方法は、エチレン性不飽和結合を備えたモノマー化合物及び下記一般式(1)で表す化合物の存在下で光照射することを特徴とする。この製造方法を実行することにより、上記モノマー化合物が繰り返し単位として組み込まれた環状ポリマーが得られる。下記一般式(1)で表す化合物は、既に説明した通り、光照射を受けることによりC-S結合間で均一開裂して、分子内に一対のラジカルを発生させる。このラジカルは、エチレン性不飽和結合を有する化合物と反応してこれを付加重合させて分子量を増加させる一方で、分子内に存在する一対のラジカル同士が結合して分子を閉環させる。この均一開裂及び閉環は光照射下で平衡状態となっており、下記一般式(1)で表す化合物は、均一開裂後にモノマー化合物を付加重合させる過程と、閉環して環状ポリマーとなる過程とを繰り返しながら、徐々に分子量を上げていく。この重合過程はリビング的に進行し、系内のモノマー化合物を消費し尽くすまで続くことになる。光照射によりラジカルを発生させる下記一般式(1)の化合物は、本発明の系において、光重合開始剤として作用することになる。
【0026】
【化8】
【0027】
上記一般式(1)中、Zは硫黄原子又は酸素原子である。Zが硫黄原子のとき、一般式(1)で表す化合物は、3H-アリールチアゾール-2-チオンとなり、Zが酸素原子の
とき、一般式(1)で表す化合物は、2(3H)-アリールチアゾロンとなり、いずれの場合も一般式(1)で表す化合物は、光照射によりC-S結合間で均一開裂して分子内に一対のラジカルを生成させる。このラジカルがモノマー化合物を重合させることについては、既に説明した通りである。
【0028】
上記一般式(1)中、Arは、置換基を有してもよい芳香環である。芳香環としては、ベンゼン環、ナフタレン環等が挙げられる。それら芳香環が有してもよい置換基の一例としては、水酸基、アミノ基、ニトロ基、アジ基、ハロゲン原子、アリル基、カルボキシ基、アシル基、炭素数2~6のアルケニル基、炭素数2~6のアルキニル基、炭素数1~6のアルコキシ基、カルボキシアルキル基、アルキルオキシカルボニル基、1-ピペリジルカルボニル基、ヒドロキシアルキル基等を挙げることができる。これら置換基は、1つ又は複数存在してもよい。
【0029】
上記一般式(1)で表す化合物としては、3H-ベンゾチアゾール-2-チオン、4-ヒドロキシ-2(3H)-ベンゾチアゾールチオン、6-アミノ-2(3H)-ベンゾチアゾールチオン、ナフト[1,2-d]チアゾール-2(1H)-チオン、ナフト[2,1-d]チアゾール-2(3H)-チオン、6-ヒドロキシメチル-2(3H)-ベンゾチアゾールチオン、ナフト[2,3-d]チアゾール-2(3H)-チオン、6-エチニル-2(3H)-ベンゾチアゾールチオン、5-アミノ-2(3H)-ベンゾチアゾールチオン、5-ブロモ-2(3H)-ベンゾチアゾールチオン、5-フルオロ-2(3H)-ベンゾチアゾールチオン、2,3-ジヒドロ-2-チオキソ-6-ベンゾチアゾールカルボニトリル、6-ヨード-2(3H)-ベンゾチアゾールチオン、5-ヒドロキシメチル-2(3H)-ベンゾチアゾールチオン、5-エテニル-2(3H)-ベンゾチアゾールチオン、7-アミノ-2(3H)-ベンゾチアゾールチオン、4-クロロ-2(3H)-ベンゾチアゾールチオン、4-メトキシ-2(3H)-ベンゾチアゾールチオン、4-ブロモ-2(3H)-ベンゾチアゾールチオン、7-ヒドロキシメチル-2(3H)-ベンゾチアゾールチオン、7-ブロモ-2(3H)-ベンゾチアゾールチオン、2,3-ジヒドロ-2-チオキソ-6-ベンゾチアゾールカルボン酸、2,3-ジヒドロ-2-チオキソ-6-ベンゾチアゾール酢酸、6-ニトロ-2(3H)-ベンゾチアゾールチオン、4-フェニル-2(3H)-ベンゾチアゾールチオン、2,3-ジヒドロ-2-チオキソ-7-ベンゾチアゾールカルボン酸、2,3-ジヒドロ-2-チオキソ-6-ベンゾチアゾールカルボン酸メチルエステル、(2,3-ジヒドロ-2-チオキソ-5-ベンゾチアゾリル)-1-ピペリジニルメタノン、6-ヒドロキシ-2(3H)-ベンゾチアゾロン、5-ヒドロキシ-2(3H)-ベンゾチアゾロン、4-ヒドロキシ-2(3H)-ベンゾチアゾロン、6-アミノ-2(3H)-ベンゾチアゾロン、6-ブロモ-2(3H)-ベンゾチアゾロン、6-フルオロ-2(3H)-ベンゾチアゾロン、5-ブロモ-2(3H)-ベンゾチアゾロン、5-フルオロ-2(3H)-ベンゾチアゾロン、5-エテニル-2(3H)-ベンゾチアゾロン、2,3-ジヒドロ-2-オキソ-6-ベンゾチアゾールカルボン酸、5-アセチル-2(3H)-ベンゾチアゾロン、6-アジド-2(3H)-ベンゾチアゾロン、5-ニトロ-2(3H)-ベンゾチアゾロン等を挙げることができ、これらの中でも3H-ベンゾチアゾール-2-チオンを好ましく挙げることができる。
【0030】
上記一般式(1)で表す化合物の好ましい例として、下記一般式(1A)で表すものを挙げることができる。下記一般式(1A)で表す化合物は、上記一般式(1)で表す化合物のうち、Arがベンゼン環のものとなる。なお、下記一般式(1A)中、Zは硫黄原子又は酸素原子であり、これらの中でもZとしては硫黄原子を好ましく挙げることができる。
【0031】
【化9】
【0032】
エチレン性不飽和結合を備えたモノマー化合物は、上記一般式(1)が均一開裂して生じたラジカルにより付加重合することで高分子量化するための成分である。このような化合物としては、エチレン、ブタジエン、イソプレン、スチレン、α-メチルスチレン、塩化ビニル、塩化ビニリデン、アクリル酸メチル、アクリルアミド、酢酸ビニル、フッ化ビニリデン、テトラフルオロエチレン、フマル酸エステル、N-置換マレイミド、イソブチレン、ビニルエーテル、2,3-ジヒドロフラン、N-ビニルピロリドン、N-ビニルカルバゾール、アクリル酸エステル、メタクリル酸エステル、アクリロニトリル、メタクリロニトリル、アクリルアミド類、ニトロエチレン、α-シアノアクリル酸エステル、シアン化ビニリデン等を挙げることができ、これらの中でもスチレンを好ましく挙げることができる。
【0033】
エチレン性不飽和結合を備えたモノマー化合物の好ましい例として、下記一般式(2)で表すものを挙げることができる。
【0034】
【化10】
【0035】
上記一般式(2)において、Xは、水素原子、エテニル基、シアノ基、炭素数1~6のアルキル基、置換基を有してもよいフェニル基、ハロゲン原子、アミノカルボニル基、モノアルキルアミノカルボニル基、ジアルキルアミノカルボニル基、アルキルカルボニルオキシ基又はニトロ基であり、これらの中でもフェニル基を好ましく挙げることができる。また、上記一般式(1)において、Rは、水素原子、ハロゲン原子、シアノ基又は炭素数1~5のアルキル基であり、これらの中でも水素原子又はメチル基を好ましく挙げることができる。上記一般式(2)における2つのRは、それぞれ独立に、水素原子又はハロゲン原子であり、これらの中でも2つのRがともに水素原子であることを好ましく挙げることができる。
【0036】
上記エチレン性不飽和結合を備えたモノマー化合物及び上記一般式(1)で表す化合物を含む溶液に対して光照射を行うことで、重合反応を生じて環状ポリマーが合成される。このときに用いる溶媒としては、トルエン、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、アセトニトリル等を挙げることができ、1つの環状モノマー中に複数の上記一般式(1)で表す化合物が取り込まれる副反応を抑制するとの観点からは、これらの中でも1,4-ジオキサンを好ましく挙げることができる。
【0037】
光照射に用いる光源としては、上記一般式(1)で表す化合物の吸収波長である約350nm以下の紫外線を含むものが挙げられる。このような光源としては、キセノンランプ、メタルハライドランプ、高圧水銀灯等を挙げることができる。
【0038】
エチレン性不飽和結合を備えたモノマー化合物及び上記一般式(1)で表す化合物のモル比は、得られる環状ポリマーの所望とする分子量に応じて適宜決定すればよい。また、上記一般式(1)で表す化合物が取り込まれた環状ポリマーは、光照射により再度の均一開裂を生じてラジカルとなるので、これを含む溶液中でモノマー化合物をさらに添加して光照射することで、さらなる高分子量化を図ることもできる。
【0039】
<環状ポリマー>
次に、上記本発明の環状ポリマーの製造方法で得られる環状ポリマーについて説明する。この環状ポリマーも本発明の一つである。本発明の環状ポリマーは、一般的なポリマーのような直鎖状でなく環状を呈する分子なので、その分子形状に基づく、直鎖状ポリマーにはない特異な特性を示す。具体的には、本発明の環状ポリマーは、粘性、融点、ガラス転移点等の物理的性質が直鎖状ポリマーと異なることを挙げることができる。
【0040】
本発明の環状ポリマーは、下記一般式(3)で表す化合物である。
【0041】
【化11】
【0042】
上記一般式(3)において、Arは、置換基を有してもよい芳香環である。芳香環としては、ベンゼン環、ナフタレン環等が挙げられる。それら芳香環が有してもよい置換基の一例としては、水酸基、アミノ基、ニトロ基、アジ基、ハロゲン原子、アリル基、カルボキシ基、アシル基、炭素数2~6のアルケニル基、炭素数2~6のアルキニル基、炭素数1~6のアルコキシ基、カルボキシアルキル基、アルキルオキシカルボニル基、1-ピペリジルカルボニル基、ヒドロキシアルキル基等を挙げることができる。これら置換基は、1つ又は複数存在してもよい。
【0043】
上記一般式(3)において、Zは硫黄原子又は酸素原子であり、これらの中でもZとしては硫黄原子を好ましく挙げることができる。また、上記一般式(3)において、Xは、水素原子、エテニル基、シアノ基、炭素数1~6のアルキル基、置換基を有してもよいフェニル基、ハロゲン原子、アミノカルボニル基、モノアルキルアミノカルボニル基、ジアルキルアミノカルボニル基、アルキルカルボニルオキシ基又はニトロ基であり、これらの中でもフェニル基を好ましく挙げることができる。また、上記一般式(3)において、Rは、水素原子、ハロゲン原子、シアノ基又は炭素数1~5のアルキル基であり、これらの中でも水素原子又はメチル基を好ましく挙げることができる。上記一般式(3)における2つのRは、それぞれ独立に、水素原子又はハロゲン原子であり、これらの中でも2つのRがともに水素原子であることを好ましく挙げることができる。
【0044】
上記一般式(3)において、nは、繰り返し単位であるモノマー構造の繰り返しの数を表す。nは、1以上の整数であり、好ましくは5以上の整数である。
【0045】
好ましい具体例として、上記一般式(3)で表す環状ポリマーとして、下記一般式(3A)で表すものを挙げることができる。下記一般式(3A)で表す環状ポリマーは、スチレンをモノマーとすることで得られるものである。
【0046】
【化12】
【0047】
上記一般式(3A)中、Z及びnは、上記一般式(3)におけるものと同様である。
【0048】
さらに好ましい具体例として、上記一般式(3)及び(3A)で表す環状ポリマーとして、下記一般式(3B)で表すものを挙げることができる。
【0049】
【化13】
【0050】
上記一般式(3B)で表す環状ポリマーは、3H-ベンゾチアゾール-2-チオンを光重合開始剤として、スチレンを重合させて得られるものである。上記一般式(3B)中、nは、上記一般式(3)におけるものと同様である。
【0051】
<光重合開始剤>
上記本発明の環状ポリマーの合成方法で用いられる光重合開始剤も本発明の一つである。本発明の光重合開始剤は、下記一般式(1)で表され、光照射を受けてC-S間の結合が均一開裂して分子内に一対のラジカルを生成させる。このラジカルは、エチレン性不飽和結合を備えたモノマー化合物を付加重合させる。その結果得られるポリマーが環状分子となることは、既に説明した通りである。すなわち、本発明の光重合開始剤は、エチレン性不飽和結合を備えたモノマー化合物を繰り返し単位とする環状ポリマーの合成用として好ましく用いられる。
【0052】
本発明の光重合開始剤を用いて重合反応を開始するには、この光重合開始剤とモノマー化合物とを含む溶媒に対して光照射を行えばよい。光照射に用いる光源としては、下記一般式(1)で表す化合物の吸収波長である約350nm以下の紫外線を含むものが挙げられる。このような光源としては、キセノンランプ、メタルハライドランプ、高圧水銀灯等を挙げることができる。
【0053】
【化14】
【0054】
上記一般式(1)において、Arは、置換基を有してもよい芳香環である。芳香環としては、ベンゼン環、ナフタレン環等が挙げられる。それら芳香環が有してもよい置換基の一例としては、水酸基、アミノ基、ニトロ基、アジ基、ハロゲン原子、アリル基、カルボキシ基、アシル基、炭素数2~6のアルケニル基、炭素数2~6のアルキニル基、炭素数1~6のアルコキシ基、カルボキシアルキル基、アルキルオキシカルボニル基、1-ピペリジルカルボニル基、ヒドロキシアルキル基等を挙げることができる。これら置換基は、1つ又は複数存在してもよい。
【0055】
上記一般式(1)において、Zは硫黄原子又は酸素原子であり、これらの中でもZとしては硫黄原子を好ましく挙げることができる。
【0056】
上記一般式(1)で表す光重合開始剤のより好ましい具体例として、下記一般式(1A)で表すものを挙げることができる。
【0057】
【化15】
【0058】
上記一般式(1A)中、Zは、上記一般式(1)におけるものと同様である。
【実施例
【0059】
以下、実施例を挙げることにより本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0060】
[光重合による環状ポリマーの合成]
【化16】
【0061】
20mLのシュレンク管に3H-ベンゾチアゾール-2-チオン(BTT,0.167g,1.00mmol)、1,4-ジオキサン(1.00mL)及びスチレン(St,1.04g,10.0mmol)を加えて撹拌して均一溶液とした後、凍結脱気を3回行い、溶液から約15cmの間隔を空けてキセノンランプ(>325nm,50mW/cm at 350nm)による光照射を室温で24時間行った。光照射終了後に反応溶液を減圧下で濃縮し、濃縮液にメタノール100mLを加えて5分間程度撹拌することで反応物を析出させた後にデカンテーションすることで析出物の洗浄を行った。洗浄操作を3回繰り返した後、室温で24時間減圧乾燥を行い、生成物である環状ポリスチレン(PSt)を黄色の粘性固体として得た(収量0.619g、収率51%)。
【0062】
生成物の物性データは次の通りである。
FT-IR(KBr,cm-1):3025(νC-H芳香環),2922(νC-Hアルカン),1493(νC-C芳香環),1428(νC=Sチオアミド),729(νC-Sスルフィド).
H-NMR(500MHz,CDCl) δ(ppm):8.00(br,1.00H,H),7.77(br、1.22H,H),7.43-7.40(br,1.03H,H),7.38-6.61(br,58.27H,Hb,h,i,j),2.58-1.54(br,27.39H,Hf,g).
GPC(DMF,Polystyrene std,RI)Mn=582,Mw/Mn=1.69
【0063】
【化17】
【0064】
上記の手順で得たPStについてMALDI-TOF MS(イオン化剤:トリフルオロ酢酸銀)による質量分析を行った。その結果を図1に示す。図1は、実施例で得た環状ポリマー(PSt)についてのMALDI-TOF MSのチャートである。図1において、丸印を付したピークは、BTTの分子量+スチレンの分子量×n+銀イオンの質量[(BTT+nSt)+Ag]に対応する。
【0065】
図1に示すように、各ピーク間隔はスチレンの分子量(mSt=104.0)と一致し、それら各ピークがBTT1分子を含む環状PStの分子量(+銀イオンの質量)に対応することから生成物が環状構造を有することがわかる。表1に、図1における重合度15~19の環状ポリマーに対応する各ピークについて、重合度(n)、MSによる[(BTT+nSt)+Ag]の実測値、及びその計算値をそれぞれ示す。
【0066】
【表1】
【0067】
[ラジカル捕捉剤存在下におけるBTT及びStの重合反応]
次に、上記環状ポリマーの合成における反応機構を調べるために、ラジカル捕捉剤である2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(TEMPO)の存在下で、BTTとStとを光照射下で反応させた。
【化18】
【0068】
20mLのシュレンク管にTEMPO(0.159g,1.00mmol)、BTT(0.168g,1.00mmol)、1,4-ジオキサン(1.0mL)及びスチレン(1.04g,10.0mmol)を加えて撹拌して均一溶液とした後、凍結脱気を3回行い、溶液から約15cmの間隔を空けてキセノンランプ(>325nm,50mW/cm at 350nm)による光照射を室温で24時間行った。光照射終了後に反応溶液を減圧下で濃縮し、濃縮液にメタノール100mLを加えて5分間程度撹拌することで反応物を析出させた後にデカンテーションすることで析出物の洗浄を行った。洗浄操作を3回繰り返した後、室温で24時間減圧乾燥を行い、生成物である環状ポリスチレン(PSt)を濃黄色の粘性液体として得た(収量0.215g、収率16%)。
【0069】
得られた化合物のH-NMR(CDCl)チャートを図2に示す。図2は、ラジカル捕捉剤(TEMPO)存在下におけるBTT及びStの重合反応で得た生成物のH-NMRチャートである。図2に示すH-NMRチャートでは、TEMPOに由来するメチル基のピークが観察され、また、このH-NMRチャートの解析の結果、この合成反応で得られた生成物が環状ポリマーと下記化学式で表す鎖状の化合物との混合物であると解釈された。下記化学式で表す鎖状の化合物にはラジカル捕捉剤であるTEMPOが付加されていることから、光によって均一開裂したBTTのラジカルからスチレンのラジカル重合が進行し、その成長末端のラジカルとTEMPOが反応したと考えられる。このように、ラジカル捕捉剤であるTEMPOが反応に関与したことから、BTTとスチレンとの重合反応は光ラジカル反応であることが示された。なお、下記の化学式におけるnは、繰り返し単位であるスチレンの繰り返し数を表す。また、下記の化学式における2つのnは、それぞれ独立に決定される。
【0070】
【化19】
【0071】
[後重合の検討]
リビング特性の確認を行うため、上記の合成手順と同様の手順で得た環状ポリスチレン(環状PSt,M=617,M/M=8.73)をマクロ開始剤として用いて、後重合の可否について検討した。
【化20】
【0072】
20mLのシュレンク管に環状PSt(M=617,M/M=8.73,0.265g,BTT換算で0.024mmol)、1,4-ジオキサン(1.00mL)及びスチレン(St,0.225g,0.240mmol)を加えて撹拌して均一溶液とした後、凍結脱気を3回行い、溶液から約15cmの間隔を空けてキセノンランプ(>325nm,50mW/cm at 350nm)による光照射を室温で24時間行った。光照射終了後に反応溶液を減圧下で濃縮し、濃縮液にメタノール100mLを加えて5分間程度撹拌することで反応物を析出させた後にデカンテーションすることで析出物の洗浄を行った。洗浄操作を3回繰り返した後、室温で24時間減圧乾燥を行い、生成物である環状ポリスチレン(PSt)を黄色の粉末固体として得た(収量0.311g、収率64%)。
GPC(DMF,Polystyrene std,RI)M=1060,Mw/Mn=17.4
【0073】
この反応により、GPCで算出されたMが、原料とした環状PStの617から1060に増加した。この反応により得られた生成物についてMALDI-TOF MS(イオン化剤:トリフルオロ酢酸銀)による質量分析を行った。その結果を図3に示す。図3は、環状ポリマー(PSt)を用いて後重合して得た生成物についてのMALDI-TOF MSのチャートである。図3において、丸印を付したピークは、BTTの分子量+スチレンの分子量×n+銀イオンの質量[(BTT+nSt)+Ag]に対応する。
【0074】
図3に示すように、MALDI-TOF MSスペクトルにおいて、各ピーク間隔はスチレンの分子量(mSt=104.0)と一致し、それら各ピークがBTT1分子を含む環状PStの分子量(+銀イオンの質量)に対応することから生成物が環状構造を有することがわかる。表2に、図3における重合度7~11の環状ポリマーに対応する各ピークについて、重合度(n)、MSによる[(BTT+nSt)+Ag]の実測値、及びその計算値をそれぞれ示す。
【0075】
【表2】
【0076】
上記のように、マクロ開始剤である環状PStは、追加のモノマーの存在下で光照射により再び重合反応を生じて高分子量化した環状ポリマーを生成させることがわかった。このことから、この光環拡大重合反応は、リビング特性を有することがわかる。
図1
図2
図3