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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-06
(45)【発行日】2024-09-17
(54)【発明の名称】下地処理装置
(51)【国際特許分類】
   B23K 26/36 20140101AFI20240909BHJP
   B05C 9/10 20060101ALI20240909BHJP
   B05C 9/12 20060101ALI20240909BHJP
【FI】
B23K26/36
B05C9/10
B05C9/12
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021035877
(22)【出願日】2021-03-05
(65)【公開番号】P2022135805
(43)【公開日】2022-09-15
【審査請求日】2023-12-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000203977
【氏名又は名称】日鉄テックスエンジ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100067736
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100192212
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 貴明
(74)【代理人】
【識別番号】100200001
【弁理士】
【氏名又は名称】北原 明彦
(72)【発明者】
【氏名】木村 和喜
(72)【発明者】
【氏名】藤井 茂登
(72)【発明者】
【氏名】春名 俊宏
【審査官】柏原 郁昭
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-235622(JP,A)
【文献】特開2009-186333(JP,A)
【文献】特開平10-309516(JP,A)
【文献】特開2019-042763(JP,A)
【文献】特開2001-334374(JP,A)
【文献】特開2021-010935(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/36
B05C 9/10
B05C 9/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー光のパルス照射によって処理対象物である鋼材の表面に付着するヘマタイト(Fe)とマグネタイト(Fe)の2層構造の酸化被膜の一部を除去する下地処理装置であって、
上記処理対象物である鋼材の処理対象領域にパルスレーザー光を照射するレーザー照射距離を可変設定する照射距離可変設定手段と、上記処理対象領域を含む作業領域内でパルスレーザー光の照射位置を移動させるスキャン手段を備え、上記処理対象物である鋼材の処理対象領域にパルスレーザー光を照射するパルスレーザー光照射装置と、
上記パルスレーザー光照射装置の動作を制御する制御装置と
を備え、
上記制御装置は、上記パルスレーザー光照射装置により、パルス照射するレーザー光の1パルス当たりのレーザー密度を、レーザー照射距離に基づくパルスレーザー光のスポット径dと、1パルス当たりの照射位置の移動距離dに基づいて、上記酸化被膜の表層のヘマタイト(Fe)を除去するのに有効なレーザー密度に初期設定し、上記処理対象領域を含む作業領域内でパルスレーザー光の照射位置を上記スキャン手段により移動させて、上記初期設定されたレーザー密度のパルスレーザー光を照射して、上記酸化被膜の表層のヘマタイト(Fe)を除去するケレン処理を行うように上記パルスレーザー光照射装置の動作を制御する
ことを特徴とする下地処理装置。
【請求項2】
上記制御装置は、上記ケレン処理により除去するヘマタイト(Fe)の割合を、ケレン処理後の上記酸化被膜の表面における面積比で78.5%以上とするように、上記パルスレーザー光照射装置の動作を制御することを特徴とする請求項1に記載の下地処理装置。
【請求項3】
上記制御装置は、上記スキャン手段により上記1パルス当たりのパルスレーザー光の照射位置の移動距離dがスポット径d×(1/2~1)の範囲内となる移動速度で移動させるように、上記パルスレーザー光照射装置の動作を制御することを特徴とする請求項1に記載の下地処理装置。
【請求項4】
上記制御装置は、上記照射距離可変設定手段により、上記処理対象物である鋼材の処理対象領域に照射するパルスレーザー光をデフォーカスさせることによりスポット径dを最適値に設定することを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れか1項に記載の下地処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザー照射によって対象物の付着物を除去する下地処理方法および下地処理装置に関し、特に処理対象物である鋼材の表面に付着するヘマタイとマグネタイトの2層構造の酸化被膜の一部を除去する下地処理装置に関する。
【0002】
ここで、対象物の表面に付着している酸化被膜を除去する処理をケレン処理と称す。
【背景技術】
【0003】
従来、対象物表面の錆や塗膜を除去するにおいては、塗膜剥離剤やショトブラストによる剥離処理が行われていたが、作業環境及び作業効率が悪いばかりでなく、大量の除去物の回収・廃棄処理に問題があることから、レーザー照射による錆の除去や塗膜剥離処理が提案されている。
【0004】
例えば、液体中に設置したターゲットに、パルスレーザー加工をレーザースポットがターゲットに一定間隔以上離れて、スキャンして照射する金属ナノコロイド生成方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
特許文献1には、水面からターゲットまでの距離を一定に保ち、かつ水面とターゲット表面を平行とし、パルスレーザレーザ加工を等速で照射することが記載されている。
【0006】
また、高い残留応力を持つ脆性材の切断加工においても亀裂など生じさせることなく加工可能なレーザー加工装置およびレーザー加工方法として、レーザー光をパルス発振して加工対象物に一定の繰り返し周波数で照射すると共に走査するレーザー光照射機構を備え、照射機構が、繰り返し周波数をH、レーザー光のビーム径をa、レーザー光の同一加工線上への走査回数をn、パルスレーザー光の1照射あたりの移動距離Lをn/2×aとしたとき、レーザー光の走査速度SをL/(1/H)とすると共に、走査回数1回目のレーザー光の照射開始位置をL1として、走査回数n回目のレーザー光の照射開始位置Lnを、L1+(L/n)×(n-1)として走査毎に照射開始位置をずらして照射を行うことが提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0007】
また、薄板鋼板を製造する場合、加熱されたスラブが熱間圧延された鋼板は、自然冷却により、鋼板の表面に酸化膜(スケール)が生成されるので、酸洗工程において、酸洗槽に鋼板を通して酸化膜を除去するようにしている。
【0008】
そして、酸洗工程において酸化膜を効率よく、且つ確実に除去するために、酸洗工程の前に、マグネタイトを含む酸化膜にレーザー光を照射して、マグネタイトを、そのマグネタイトと略同じ厚さのウスタイトに変態させてから、酸化膜にテラヘルツ波を照射し、照射したテラヘルツ波の反射波の信号を用いて、酸化膜の厚さを求めることが提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2018-40033号公報
【文献】特開2011-177781号公報
【文献】特開2009-186333号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述の如く、鋼材の塗装や溶接などにおいては、その作業の実施前に当該部位の表面にあるスケール(製造時に生成した鉄酸化物)を除去する必要がある。通常は、鋼材表面に微小な鉄球などをぶつけ、その運動エネルギーによりスケールを除去するショットブラストが用いられるが(小規模な場合はハンディグラインダ)、粉塵、騒音、振動などの環境面に加え、使用したショット球や除去後の廃棄物処分に大きなコストがかかるといった問題がある。
【0011】
そこで、従来より、環境面、コストともに改善できる方法としてレーザーによる下地処理作業が行われている。
【0012】
レーザー照射による塗膜剥離処理では、レーザーアブレーションにより、化学薬品を使用することなく、処理対象物の表面の塗装膜を除去することができる。
【0013】
しかしながら、特許文献1の開示技術は、液体中に設置したターゲットに、パルスレーザーをレーザースポットがターゲットに一定間隔以上離れて、スキャンして照射する金属ナノコロイド生成方法において、パルス毎のレーザー照射ピッチをスポット径の10倍以上離して照射するものであり、金属ナノコロイド生成分野固有のものであり、通常の場合においては、スポット径間の距離を大きく離すことにより、未照射部位が発生することは明確であり、この部分の処理ができないという問題がある。
【0014】
また、特許文献2の開示技術は、レーザーによる熱影響を抑えることによる切断に関する方法であるが、パルス当たりの照射ピッチをスポット径の1.5倍にすることにより、重ね照射を回避し、発生した未照射部位は、次回および次々回の照射により埋めていくという方法である。本方法では、複数回の照射が必要になるため、作業効率が低下するという問題がある。
【0015】
レーザーは、その集光特性からエネルギー密度を高めた加工が可能となるが、設備能力(コスト)と作業効率から最適な条件で使用する必要がある。当然ながら、レーザーの集光率を高くした(スポット径の小さい)レーザー密度の高い作業では、品質(下地処理作業ではスケールの除去性能)は優れているが、作業時間が長くなり作業能率が低下する。一方、レーザー集光率を低くした(スポット径の大きい)レーザー密度の低い作業では、品質は低下するが、照射時間が短くなる。したがって、作業における品質と作業能率から最適な条件を設定する必要がある。
【0016】
上述の如く、部材を塗装、接着する際の部材の下地処理作業は、塗装、接着性能を向上させるために実施する。その下地処理作業の性能評価には、ISO等による判定基準があるが、全て作業現場での施工者の目視による定性的な判定である。
【0017】
レーザーを用いた下地処理(以下、レーザーケレンという。)は、新たな下地処理方法として開発されたものであり、上記のブラスト法を対象とした品質評価基準では、正しく評価できない場合がある。その対応として、JIS Z2358では、色彩計を用いてレーザー下地処理による処理品質を定量的に判定する方法が制定されている。この方法は、従来の定性的なブラスト法の評価基準に対し、レーザーケレン後の表面状態を、当該表面の色彩度を測定し(目視も可)、既存の色見本と比較することでレーザーケレン性能を評価するものである。しかしながら、この方法では、色彩度を測定するものの、その測定には、外部の光の当たり具合など外乱の影響を強く受け、正しく評価できないという問題がある。また、色見本との比較は目視であり、この場合は、定性的な評価となってしまう。
【0018】
一方で、塗装や接着の重要な品質性能の一つとして部材との付着力があるが、既存材料とりわけ鉄鋼材料においては、表面の酸化スケールの除去程度が重要な要因の一つである。
【0019】
特許文献3の開示技術は、熱延鋼板の表面スケールを除去する酸洗工程の効率化を図るべく、酸化膜厚を測定し該測定結果に基づき酸洗ラインの鋼板搬送速度を適正化するもので、酸化膜厚の測定において、表面からヘマタイとマグネタイトの2層構造の酸化膜にレーザー光を照射することにより最表面のヘマタイトを除去し、残存したマグネタイトをウスタイトに変態させた後、該ウスタイトの厚みを測定するものである。この特許文献3には、レーザー照射によりヘマタイトを除去することが記載されているが、その目的が酸化膜厚測定であり、塗装・接着などの前処理(下地処理)を改善するためのものではない。また、レーザー照射の送り速度に関する記載もない。
【0020】
そこで、本発明の目的は、上述の如き従来の実情に鑑み、鉄鋼材料の表面酸化スケールの除去に関する定性的に実施可能な下地処理装置を提供することにある。
【0021】
また、本発明の目的は、塗装、接着、ライニングなど被対象物にコーティング物(塗料やライニング材)や接着剤により対象物同士を付着・接着する処理工程に供給する鉄鋼素材の下地処理の品質の向上を図ることにある。
【0022】
本発明の他の目的、本発明によって得られる具体的な利点は、以下に説明される実施の形態の説明から一層明らかにされる。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本件発明者等は、レーザーケレン後の表面状態を詳細に観察した結果、鋼材表面の酸化スケールを構成する主要成分の一つであるヘマタイト(Fe)を除去することで、下地処理性能が向上することを突き止めた。
【0024】
本発明では、処理対象物である鋼材の表面に付着するヘマタイト(Fe)とマグネタイト(Fe)の2層構造の酸化被膜の一部である表層側のヘマタイト(Fe)を除去する。
【0032】
すなわち、本発明は、レーザー光のパルス照射によって処理対象物である鋼材の表面に付着するヘマタイト(Fe)とマグネタイト(Fe)の2層構造の酸化被膜の一部を除去する下地処理装置であって、上記処理対象物である鋼材の処理対象領域にパルスレーザー光を照射するレーザー照射距離を可変設定する照射距離可変設定手段と、上記処理対象領域を含む作業領域内でパルスレーザー光の照射位置を移動させるスキャン手段を備え、上記処理対象物である鋼材の処理対象領域にパルスレーザー光を照射するパルスレーザー光照射装置と、上記パルスレーザー光照射装置の動作を制御する制御装置を備え、上記制御装置は、上記パルスレーザー光照射装置により、パルス照射するレーザー光の1パルス当たりのレーザー密度を、レーザー照射距離に基づくパルスレーザー光のスポット径dと、1パルス当たりの照射位置の移動距離dに基づいて、上記酸化被膜の表層のヘマタイト(Fe)を除去するのに有効なレーザー密度に初期設定し、上記処理対象領域を含む作業領域内でパルスレーザー光の照射位置を上記スキャン手段により移動させて、上記初期設定されたレーザー密度のパルスレーザー光を照射して、上記酸化被膜の表層のヘマタイト(Fe)を除去するケレン処理を行うように上記パルスレーザー光照射装置の動作を制御することを特徴とする。
ここで、レーザー照射距離とは、レーザー光を集光するレンズと被対象物表面との距離である。したがって、レーザー照射距離がレンズの焦点距離に等しい場合にスポット径は最小となる。
【0033】
本発明に係る下地処理装置において、上記制御装置は、上記ケレン処理により除去するヘマタイト(Fe)の割合を、ケレン処理後の上記酸化被膜の表面における面積比で78.5%以上とするように、上記パルスレーザー光照射装置の動作を制御するものとすることができる。
【0034】
また、本発明に係る下地処理装置において、上記制御装置は、上記スキャン手段により上記1パルス当たりのパルスレーザー光の照射位置の移動距離dmがスポット径d×(1/2~1)の範囲内となる移動速度で移動させるように、上記パルスレーザー光照射装置の動作を制御するものとすることができる。
【0035】
さらに、本発明に係る下地処理装置において、上記制御装置は、上記照射距離可変設定手段により、上記処理対象物である鋼材の処理対象領域に照射するパルスレーザー光をデフォーカスさせることによりスポット径dを最適値に設定するものとすることができる。
ここで、デフォーカスとは、上記レーザー照射距離をレンズの焦点距離に対し長くするかあるいは短くすることを言う。該操作によりレーザー光のスポット径は、最小のスポット径より大きくなる。
【発明の効果】
【0036】
本発明では、パルス照射するレーザー光の1パルス当たりのレーザー密度を、レーザー照射距離に基づくパルスレーザー光のスポット径dと、1パルス当たりの照射位置の移動距離dmに基づいて、上記酸化被膜の表層のヘマタイト(Fe)を除去するのに有効なレーザー密度に初期設定し、初期設定されたレーザー密度のパルスレーザー光を照射して、上記酸化被膜の表層のヘマタイト(Fe)を除去することにより、レーザーケレン後の鋼板表面には、密着性の低いヘマタイト(Fe)が除去されて、密着性の高いマグネタイト(Fe)が大部分を占めることになり、塗料の付着力が向上する。
【0037】
したがって、本発明によれば、塗装、接着、ライニングなど被対象物にコーティング物(塗料やライニング材)や接着剤により対象物同士を付着・接着する処理工程に供給する鉄鋼素材の下地処理の品質の向上を図ることができる。
【0038】
また、本発明では、ケレン処理において除去するヘマタイト(Fe)の割合を、ケレン処理後の上記酸化被膜の表面における面積比で78.5%以上とするものとすることにより、鉄鋼材料の表面酸化スケールの除去に関する定性的に実施可能な下地処理装置を提供することができる。
【0039】
さらに、本発明では、ケレン処理を実行するに当たり、1パルス当たりのパルスレーザー光の照射位置の移動距離dがスポット径d×(1/2~1)の範囲内となる移動速度で移動させるものとすることにより、鉄鋼材料の表面酸化スケールの除去に関する定性的に実施可能な下地処理装置提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
図1本発明に係る下地処理装置の構成例を示すブロック図である。
図2】上記下地処理装置に備えられた2軸のガルバノミラー機構の構造を模式的に示す斜視図である。
図3】上記下地処理装置におけるパルスレーザー光の照射位置の送り状態を示す模式図である。
図4】上記2軸のガルバノミラー機構によるレーザースポットの移動軌跡を模式的に示す図であり、(A)はレーザー照射の状況を示す模式図であり、(B)は折り返してレーザー照射する場合に、2列目以降を、前列の照射位置の中間位置に照射するレーザー照射の状況を示す模式図である。
図5】上記下地処理装置による下地処理の処理対象物の断面構造を模式的に示す図であり、(A)は下地処理前の処理対象物の模式的な断面図であり、(B)は下地処理後の処理対象物の模式的な断面図である。
図6】上記下地処理装置により実施される下地処理方法を示す工程図である。
図7】(A)は1パルス当たりの移動距離dm1をスポット径d分とした移動速度の場合を示し、(B)は1パルス当たりの移動距離dm2をスポット径dの(1/√2)倍とした移動速度の場合を示し、(C)は1パルス当たりの移動距離dm3をスポット径dの(1/2)倍とした移動速度の場合を示している。
図8】レーザー強度(エネルギー密度)を変更したレーザーケレンの性能評価をするために、試験片に塗料を塗布し乾燥養生した後、引張試験(プルオフ試験)により付着力を確認した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0041】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。なお、共通の構成要素については、共通の指示符号を図中に付して説明する。また、本発明は以下の例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、任意に変更可能であることは言うまでもない。
【0042】
本発明は、例えば図1のブロック図に示すように、ロボットにより下地処理作業を行う下地処理装置100により実施される。
【0043】
この下地処理装置100において、下地処理作業用のロボットは、多関節リンクから構成されるマニピュレータロボット、3軸(X,Y,Z)から構成される3軸ロボット、あるいは移動台車による搬送装置なども含めたものであり、この下地処理装置100では、マニピュレータ20(ロボットアーム21を含む)とロボット制御部30からなるマニピュレータロボット40が採用されている。
【0044】
すなわち、この下地処理装置100は、パルスレーザー光照射装置10をマニピュレータロボット40に持たせてレーザー光のパルス照射によって処理対象物1の付着物を除去する下地処理作業を行うもので、パルスレーザー光照射装置10、マニピュレータロボット40、統括制御装置50などからなる。
【0045】
パルスレーザー光照射装置10は、レーザー発振部11と、レーザー発振部11からレーザー光を伝送する光ファイバー12およびレーザー光を照射するレーザーヘッド部13からなる。
【0046】
このパルスレーザー光照射装置10は、統括制御装置50によりレーザー光照射条件が制御され、レーザー発振部11によりパルスレーザー光Lpを発生し、レーザーヘッド部13から出射して、処理対象物1に照射する。
【0047】
このパルスレーザー光照射装置10のレーザーヘッド部13には、図2に示すように、2つのモータ131X、131Yと2つのミラー132X、132Yからなる2軸のガルバノミラー機構130が設けられている。
【0048】
この2軸のガルバノミラー機構130は、レーザー発振部11から光ファイバー12を介して供給されるパルスレーザー光LpをX軸方向とY軸方向に独立してレーザーの反射角度を変更させて走査することができるようになっている。
【0049】
2軸のガルバノミラー機構130は、処理対象物1の処理対象領域内でパルスレーザー光Lpの照射位置を移動させるスキャン手段として機能する。
【0050】
すなわち、ミラー132Xは、モータ131XによりZ軸周りに回転することにより、処理対象物1に照射するパルスレーザー光LpをX軸方向に走査する。
【0051】
また、ミラー132Yは、モータ131YによりX軸周りに回転することにより、処理対象物1に照射するパルスレーザー光LpをY軸方向に走査する。
【0052】
なお、上記2軸のガルバノミラー機構130における二つのミラー132X、132Yは、それぞれポリゴンミラーに置き換えることができる。
【0053】
すなわち、パルスレーザー光照射装置10のレーザーヘッド部13の位置を固定した状態で、所定の範囲内を照射することができるようになっている。
【0054】
なお、ガルバノミラーやポリゴンミラーによる走査では光軸が法線方向と一致するのは一点のみで、パルスレーザー光Lpの焦点位置は円弧状に位置することになるので、この2軸のガルバノミラー機構130は、テレセントリックf-θレンズ(あるいはテレセントリックf-θレンズと同等の光学特性を有するテレセントリック光学系)133を介してパルスレーザー光Lpを処理対象物1に照射するようになっている。すなわち、カルバノミラー走査によるレーザー照射では、処理対象物1まで焦点距離が変化するので、レーザー処理能力の低下幅が小さい範囲内でパルスレーザー光Lpの照射位置を走査するように、レーザー照射範囲を制約する必要がある。
【0055】
また、マニピュレータロボット40のマニピュレータ20は、多関節のロボットアーム21を備え、ロボットアーム21の先端部21Aに上記パルスレーザー光照射装置10のレーザーヘッド部13が取り付けられている。
【0056】
すなわち、上記ロボットアーム21の先端部21Aに取り付けられた上記パルスレーザー光照射装置10のレーザーヘッド部13は、上記マニピュレータロボット40の作業範囲内の任意の位置において、任意の方向に向けてパルスレーザー光Lpを照射することができるようになっている。
【0057】
また、このマニピュレータロボット40は、処理対象物1の処理対象領域にレーザーヘッド部13からパルスレーザー光Lpを照射するレーザー照射距離を可変設定する照射距離可変設定手段として機能する。
【0058】
統括制御装置50は、上記ロボットアーム21の先端部21Aに取り付けられたパルスレーザー光照射装置10のレーザーヘッド部13が予め設定したマニピュレータロボット40による下地処理作業軌道を通過するように所定のロボット動作条件をロボット制御部30に送信し、ロボット制御部30はこれに基づいてロボットを制御するとともに、パルスレーザー光照射装置10のレーザー照射条件をレーザー発振部11に送信し、レーザー発振部11はこれに基づきレーザー照射するとともにガルバノミラー機構130が動作することにより、この下地処理装置100による一連の下地処理作業動作を自動制御する。
【0059】
この下地処理装置100におけるマニピュレータロボット40の制御は、基本的には、ロボット制御部30を用いて事前にティーチングにより動作軌道がプログラミングされる。
【0060】
また、レーザー照射は、統括制御装置50にて決定されたレーザー照射パターンをレーザー発振部11に指令を出し、レーザー発振部11は、統括制御装置50からの指令に基づきレーザーヘッド部13に組み込まれているガルバノミラー機構130を駆動することによりレーザー照射を所定の通り実施する。
【0061】
統括制御装置50は、ロボット制御部30から、ロボットがレーザー照射すべき所定の位置に到着した信号を受け取り、レーザー発振部11にレーザー照射開始の指令を送る。また、統括制御装置50は、レーザー発振部11から、レーザー照射完了の信号を受け取り、ロボット制御部30に次の照射位置に移動する開始指令を送る。ここで、ロボット制御部30とレーザー発振部11間でのロボット移動完了信号並びにレーザー照射の完了信号のやり取りは、統括制御装置50を介さず直接実施する方法にしても良い。この場合は、信号伝達の時間短縮は可能であるが、その間に追加の情報を送信したい場合は、上記の通り統括制御装置50を介した方法となる。
【0062】
統括制御装置50は以上の制御動作をレーザー照射開始位置から終了位置まで繰り返すことにより、処理対象物1の処理対象領域全体の下地処理作業を実施する。
【0063】
すなわち、図3に示すように、2軸のガルバノミラー機構130によるパルスレーザー光Lpの照射位置の走査範囲すなわちレーザー照射範囲の大きさを、例えば、50mm×50mmとした四角の基本面積で、処理対象物1の全処理対象領域をX方向に(n-1)分割し、Y方向に(m-1)分割し、左上端点を(1,1)とし、X軸方向に50mm進んだ点を(1,2)とし、順次進めていき右方向の終端を(1,n)とする。
【0064】
次に、Y方向下向きに50mm進んだ点を(2,n)とし、今度はX方向を左方向に50mm進んだ点を(2,n-1)とし、順次進めていき左方向の終点を(2,1)とする。
【0065】
以降同様に、右下の最終点(m,n)まで、この操作を実施する。
【0066】
マニピュレータ40の移動方法としては、上記点に基づき、左上点(1,1)からスタートし、斜線で示す照射範囲AR11を2軸のガルバノミラー機構130により走査して下地処理作業を行った後、次の(1,2)点にレーザーヘッド部13を移動させ、同様に点々で示す照射範囲AR12を2軸のガルバノミラー機構130により走査して下地処理作業を実施する。
【0067】
なお、2軸のガルバノミラー機構130による走査では、図4の(A)に示す照射軌跡RTS1のように、ガルバノミラー132XによりX軸方向に往復送りしながらガルバノミラー132YによりY軸方向に送ることにより折り返してジグザグ状に照射したり、図4の(A)に示す照射軌跡RTS2のように、X軸方向の送りとY軸方向の送りを組み合わせて渦巻き状に照射するものとすることができる。
【0068】
更には、図4の(B)に示す照射軌跡RTS3のように、図4の(A)の照射軌跡RTS1のように折り返して照射する場合において、2列目以降は、前列の照射位置の中間位置に照射し、これを最終底辺まで実施することもできる。
【0069】
ここで、この下地処理装置100では、例えば、熱延鋼板等を処理対象としており、 処理対象物1である鋼材は、塗装、接着、ライニングなど被対象物にコーティング物(塗料やライニング材)や接着剤により対象物同士を付着・接着する処理工程に供給する鉄鋼素材である。
【0070】
図5は、この下地処理装置100により下地処理される処理対象物1である鋼材の断面構造を模式的に示す図であり、(A)は下地処理前の鋼材の模式的な断面図、(B)は下地処理後の鋼材の模式的な断面図である。
【0071】
処理対象物1である鋼材には、図5の(A)に示すように、未処理の状態において、Fe基材1Aの表面にマグネタイト(Fe)2Aとヘマタイト(Fe)2Bをそれぞれ主成分とする2層構造の厚さt1の酸化被膜2が付着している。上記下地処理装置100では、 処理対象物1の最表面のヘマタイト(Fe)2Bを除去して、図5の(B)に示すように、Fe基材1Aの表面に密着性の高いマグネタイト(Fe)を主体とする1層構造の厚さt2の酸化被膜2Aのみの1層構造とする下地処理を行う。
【0072】
すなわち、この下地処理装置100により実施される下地処理方法は、レーザー光のパルス照射によって処理対象物1である鋼材の表面に付着する酸化被膜2を除去する下地処理方法であって、図6に示すように、上記酸化被膜2を構成するヘマタイト(Fe)2Bとマグネタイト(Fe)2Aの2層構造の上記酸化被膜2の表層のヘマタイト(Fe)をレーザー光のパルス照射によって除去するケレン処理工程を有する。
【0073】
具体的には、この下地処理装置100により実施される下地処理方法は、図6に工程図を示すように、レーザー密度設定工程ST1と、ケレン処理工程ST2からなる。
【0074】
すなわち、この下地処理装置100では、上記統括制御装置50により、レーザー密度設定工程ST1と、ケレン処理工程ST2でパルスレーザー光照射装置10の動作を次のように制御する。
【0075】
上記統括制御装置50は、先ずレーザー密度設定工程ST1において、ケレン処理工程ST2において処理対象物1である鋼材にパルスレーザー光照射装置10からパルス照射するレーザー光の1パルス当たりのレーザー密度を、レーザー照射距離に基づくパルスレーザー光のスポット径dと、1パルス当たりの照射位置の移動距離dmに基づいて、上記酸化被膜2の表層のヘマタイト(Fe)2Bを除去するのに有効なレーザー密度に初期設定する。
【0076】
レーザー密度設定工程ST1において、初期設定するレーザー密度は、対象物の処理前の表面性状および処理後の表面性状への要求性能に応じて決定され、ケレン処理工程ST2において照射するパルスレーザー光をデフォーカスさせることによりスポット径dを最適値に設定することができる。
【0077】
そして、上記統括制御装置50は、ケレン処理工程ST2において、上記レーザー密度設定工程ST1においてレーザー照射距離に基づくパルスレーザー光のスポット径dと、1パルス当たりの照射位置の移動距離dmに基づいて初期設定されたレーザー密度のパルスレーザー光を照射して、上記酸化被膜2の表層のヘマタイト(Fe)2Bを除去するように、上記パルスレーザー光照射装置10の動作を制御する。
【0078】
ここで、上記統括制御装置50は、上記ケレン処理工程ST2における1パルス当たりのパルスレーザー光の照射位置の移動距離dmがスポット径d×(1/2~1)の範囲内となる移動速度で移動させるものとすることができる。
【0079】
パルスレーザー光の強度を変化させて酸化スケールを除去することにより、レーザー照射後の残留スケールの状況が変化する。
【0080】
図7は、この下地処理装置100におけるパルスレーザー光のパルスレーザー光の照射エネルギーを変化させるために、パルスレーザー光の照射位置の移動速度すなわちレーザースポットLSのスキャン速度を変化させた時の照射状況を示す図であり、(A)は1パルス当たりの移動距離dm1をスポット径d分とした移動速度の場合を示し、(B)は1パルス当たりの移動距離dm2をスポット径dの(1/√2)倍とした移動速度の場合を示し、(C)は1パルス当たりの移動距離dm3をスポット径dの(1/2)倍とした移動速度の場合を示している。
【0081】
ここで、レーザースポット径dは、使用するパルスレーザー光照射装置10の光学系により得られる焦点位置におけるレーザー光のスポット径であり、形状としては円形であるものとして以降説明する。
【0082】
また、図7においては、X方向(水平方向)とY方向(垂直方向)における移動速度は同じ値にしているが、これに限定するものではなく、X方向(水平方向)とY方向(垂直方向)をそれぞれ個別に設定しても良い。
【0083】
例えば、図7の(A)に示すように、1パルス当たりの移動距離dm1をスポット径d分とした移動速度で移動させてケレン処理を行った場合、レーザー光が照射されない未照射部分にはスケールが残留するので、ケレン処理工程ST2において除去するヘマタイト(Fe)2Bの割合は、ケレン処理後の酸化被膜の表面における面積比で78.5%となる。
【0084】
上記図6の(B)には酸化被膜2の表層のヘマタイト(Fe)2Bを完全に除去した場合を示しているが、用途によっては必ずしも100%ヘマタイト(Fe)2Bを除去する必要がない場合がある。
【0085】
図7の(B)に示すように、1パルス当たりの移動距離dm2をスポット径dの(1/√2)倍とした移動速度とすることにより、レーザースポットLSをオーバラップさせることで未照射部分を無くすことができる最も効率的な状態とすることができる。
【0086】
図7の(C)に示すように、1パルス当たりの移動距離dm3をスポット径dの(1/2)倍とした移動速度の場合、未照射部分は無くなるが、レーザースポットLSのオーバラップ率が大きくなり、エネルギーの投入効率としては図7の(B)の場合より劣る。
【0087】
これらの方法によれば、レーザー照射した部分の(Fe)2Bは除去でき、レーザー光の未照射部分にヘマタイト(Fe)2Bが残留する。
【0088】
ヘマタイト(Fe)の除去率は、図7の(A)では、(4個の円の面積)/(4個の円に外接する正方形の面積)=π/4=0.785(78.5%)である。
【0089】
図7の(B)、(C)では、レーザースポットLSがオーバラップするためヘマタイト(Fe)の除去率は100%である。
【0090】
ここで、レーザー強度(エネルギー密度)を変更したレーザーケレンの性能評価をするために、それぞれの試験片に塗料を塗布し乾燥養生した後、引張試験(プルオフ試験)により付着力を確認した結果を図8に示す。
【0091】
図8において、(o)はレーザー照射しない鋼板の素材表面のまま(黒皮表面)、(a)は上記図7の(A)の照射方法でレーザー照射した場合、(c)は上記図7の(C)の照射方法でレーザー照射した場合で、それぞれ試験片は2枚ずつ用意して試験した結果の平均値を、未処理の黒皮表面の場合を’1.0’として正規化した結果を示している。
【0092】
この結果から、レーザーケレンすることで塗膜の付着力が向上し、下地処理としての性能が向上することが分かる。
【0093】
また、レーザー光のスキャン速度を変更することによりレーザー強度が変化するが、上記図7の(A)に示した1パルス当たりの移動距離dm1をスポット径d分とした移動速度で移動させる場合を下限とし、上記図7の(C)に示したスポット径dの(1/2)倍分の移動距離dm3だけ移動する場合を上限として、要求される下地処理の品質性能と処理効率から適切なレーザー照射条件(スキャン速度)を設定する必要がある。
【0094】
上記条件の中では、図7の(B)に示したスポット径dの(1/√2)倍分の移動距離dm2だけ移動させる方法は、レーザー光の未照射部分が無く、かつオーバラップ率も小さくできることから、性能と効率から望ましい方法と考えられる。
【0095】
この試験結果から、ケレン処理工程ST2において除去するヘマタイト(Fe)2Bの割合は、ケレン処理後の酸化被膜の表面における面積比で78.5%以上とすることで下地処理としての性能が得られることが分かった。
【0096】
このように下地処理装置100によりレーザー密度設定工程ST1とケレン処理工程ST2からなる下地処理方法を実施して、密着性の低いヘマタイト(Fe)2Bを一定以上(78.5%以上)除去することで、処理対象物1である鋼材のレーザーケレン後の表面は、密着性の高いマグネタイト(Fe)2Aが大部分を占めることになり、塗料の付着力が向上する。
【0097】
より高い付着力が要求される場合には、ヘマタイト(Fe)2Bの除去率が高いレーザー照射方法によりケレン作業を実施すればよい。
【0098】
なお、レーザー照射は、ロボットを用いる方法以外に、人がレーザーヘッドを手で保持して照射する方法でも良いが、レーザー照射の均一性を確保する意味においては、ロボットなど機械装置を用いることが望ましい。
【符号の説明】
【0099】
1 処理対象物、1A 基材(Fe)、2 酸化被膜、2A マグネタイト(Fe)、2B ヘマタイト(Fe)、10 レーザー照射装置、11 レーザー発振部、12 光ファイバー、13 レーザーヘッド部、20 マニピュレータ、21 ロボットアーム、21A 先端部、30 ロボット制御部、40 マニピュレータロボット、50 統括制御装置、100 下地処理装置、130 ガルバノミラー機構、131X、131Y モータ、132X、132Y ミラー、133 テレセントリックf-θレンズ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8