(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-06
(45)【発行日】2024-09-17
(54)【発明の名称】歯車装置の潤滑方法
(51)【国際特許分類】
F16H 57/04 20100101AFI20240909BHJP
F16H 1/32 20060101ALI20240909BHJP
F16N 19/00 20060101ALI20240909BHJP
【FI】
F16H57/04 J
F16H1/32 B
F16N19/00
(21)【出願番号】P 2023536251
(86)(22)【出願日】2021-07-20
(86)【国際出願番号】 JP2021027068
(87)【国際公開番号】W WO2023002552
(87)【国際公開日】2023-01-26
【審査請求日】2023-11-08
(73)【特許権者】
【識別番号】390040051
【氏名又は名称】株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズ
(74)【代理人】
【識別番号】100090170
【氏名又は名称】横沢 志郎
(72)【発明者】
【氏名】清澤 芳秀
【審査官】藤村 聖子
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-258555(JP,A)
【文献】特開2000-206722(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 57/04
F16H 1/32
F16N 19/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体潤滑剤粉末を、粉末放出穴を備えた粉末収納袋に収納し、
前記粉末収納袋を、潤滑対象部位が位置している装置内部空間に配置し、
歯車装置の駆動に伴って前記粉末収納袋あるいは前記固体潤滑剤粉末に作用する振動あるいは力を利用して、前記粉末放出穴を介して、前記粉末収納袋に収納されている前記固体潤滑剤粉末を前記装置内部空間に放出し、
前記装置内部空間に放出されて前記潤滑対象部位に到達した前記固体潤滑剤粉末によって当該潤滑対象部位
を潤滑する歯車装置の潤滑方法であって、
前記装置内部空間に、前記歯車装置の駆動に伴って振動あるいは回転する部材を配置し、
前記部材により、前記粉末収納袋に繰り返し振動を与え、あるいは、前記粉末収納袋に繰り返し変形を与えて、
前記粉末放出穴からの前記固体潤滑剤粉末の放出を促進させる歯車装置の潤滑方法。
【請求項2】
固体潤滑剤粉末を、粉末放出穴を備えた粉末収納袋に収納し、
前記粉末収納袋を、潤滑対象部位が位置している装置内部空間に配置し、
歯車装置の駆動に伴って前記粉末収納袋あるいは前記固体潤滑剤粉末に作用する振動あるいは力を利用して、前記粉末放出穴を介して、前記粉末収納袋に収納されている前記固体潤滑剤粉末を前記装置内部空間に放出し、
前記装置内部空間に放出されて前記潤滑対象部位に到達した前記固体潤滑剤粉末によって当該潤滑対象部位を潤滑する歯車装置の潤滑方法であって、
前記装置内部空間に面している内側表面を備えた前記歯車装置の構成部品に袋固定部材を取り付け、
前記内側表面と前記袋固定部材との間に前記粉末収納袋を保持する歯車装置の潤滑方法。
【請求項3】
固体潤滑剤粉末を、粉末放出穴を備えた粉末収納袋に収納し、
前記粉末収納袋を、潤滑対象部位が位置している装置内部空間に配置し、
歯車装置の駆動に伴って前記粉末収納袋あるいは前記固体潤滑剤粉末に作用する振動あるいは力を利用して、前記粉末放出穴を介して、前記粉末収納袋に収納されている前記固体潤滑剤粉末を前記装置内部空間に放出し、
前記装置内部空間に放出されて前記潤滑対象部位に到達した前記固体潤滑剤粉末によって当該潤滑対象部位を潤滑する歯車装置の潤滑方法であって、
前記装置内部空間に粉末撹拌案内部材を配置し、
前記装置内部空間に放出された前記固体潤滑剤粉末を、前記粉末撹拌案内部材によって撹拌すると共に前記潤滑対象部位に案内する歯車装置の潤滑方法。
【請求項4】
固体潤滑剤粉末を、粉末放出穴を備えた粉末収納袋に収納し、
前記粉末収納袋を、潤滑対象部位が位置している装置内部空間に配置し、
歯車装置の駆動に伴って前記粉末収納袋あるいは前記固体潤滑剤粉末に作用する振動あるいは力を利用して、前記粉末放出穴を介して、前記粉末収納袋に収納されている前記固体潤滑剤粉末を前記装置内部空間に放出し、
前記装置内部空間に放出されて前記潤滑対象部位に到達した前記固体潤滑剤粉末によって当該潤滑対象部位を潤滑する歯車装置の潤滑方法であって、
前記粉末収納袋の内部を、前記固体潤滑剤粉末が偏在しないように、複数の収納部に仕切り、
前記収納部のそれぞれから前記装置内部空間に前記固体潤滑剤粉末が放出されるように、前記収納部のそれぞれに対応する部位に前記粉末放出穴を形成する歯車装置の潤滑方法。
【請求項5】
固体潤滑剤粉末を、粉末放出穴を備えた粉末収納袋に収納し、
前記粉末収納袋を、潤滑対象部位が位置している装置内部空間に配置し、
歯車装置の駆動に伴って前記粉末収納袋あるいは前記固体潤滑剤粉末に作用する振動あるいは力を利用して、前記粉末放出穴を介して、前記粉末収納袋に収納されている前記固体潤滑剤粉末を前記装置内部空間に放出し、
前記装置内部空間に放出されて前記潤滑対象部位に到達した前記固体潤滑剤粉末によって当該潤滑対象部位を潤滑する歯車装置の潤滑方法であって、
前記歯車装置は、剛性の内歯歯車と、可撓性の外歯歯車と、波動発生器とを備えた波動歯車装置であり、
前記波動発生器は、前記外歯歯車の内側に配置され、前記外歯歯車を半径方向に撓めて前記内歯歯車にかみ合わせ、前記内歯歯車に対する前記外歯歯車のかみ合い位置を円周方向に移動させるようになっており、
前記装置内部空間は、前記波動発生器が配置されている前記外歯歯車の内側空間あるいは当該内側空間に連通する空間部分であり、
前記粉末収納袋は、前記外歯歯車における前記波動発生器によって繰り返し撓められる部位に沿って配置され、当該部位によって振動あるいは変形が与えられるようになっている歯車装置の潤滑方法。
【請求項6】
請求項1
ないし5のうちのいずれか一つの項に記載の歯車装置の潤滑方法において、
多孔質構造、ネット構造あるいはメッシュ構造のシート素材あるいはフィルム素材を用いて前記粉末収納袋を製作することで、前記シート素材あるいはフィルム素材を貫通して延びている網目を前記粉末放出穴として用いる歯車装置の潤滑方法。
【請求項7】
請求項1
ないし5のうちのいずれか一つの項に記載の歯車装置の潤滑方法において、
前記粉末収納袋を、PTFE、PEEK、ポリイミドまたはポリイミドアミドからなるシート素材あるいはフィルム素材を用いて形成する歯車装置の潤滑方法。
【請求項8】
請求項1
ないし5のうちのいずれか一つの項に記載の歯車装置の潤滑方法において、
前記固体潤滑剤粉末は、MoS
2
、WS
2
、PTFE、黒鉛、カーボンナノチューブ、フラーレン、または、窒化ホウ素の粉末である歯車装置の潤滑方法。
【請求項9】
請求項1
ないし5のうちのいずれか一つの項に記載の歯車装置の潤滑方法において、
前記固体潤滑剤粉末の粒径は、メジアン径で、10nmから100μmであり、
前記粉末放出穴の大きさは、前記メジアン径の5倍から300倍の径の粒子が通過可能な大きさである歯車装置の潤滑方法。
【請求項10】
潤滑対象部位が位置している装置内部空間に配置した粉末収納袋と、
前記粉末収納袋に形成した粉末放出穴と、
前記粉末収納袋に収納された固体潤滑剤粉末と、
を備えており、
前記固体潤滑剤粉末は、前記粉末放出穴を通って前記装置内部空間に放出可能な大きさの粉末である歯車装置であって、
前記歯車装置の駆動に伴って前記粉末収納袋に振動あるいは変形を与える駆動部品を備えている歯車装置。
【請求項11】
潤滑対象部位が位置している装置内部空間に配置した粉末収納袋と、
前記粉末収納袋に形成した粉末放出穴と、
前記粉末収納袋に収納された固体潤滑剤粉末と、
を備えており、
前記固体潤滑剤粉末は、前記粉末放出穴を通って前記装置内部空間に放出可能な大きさの粉末である歯車装置であって、
前記装置内部空間に面している内側表面を備えた前記歯車装置の構成部品に取り付けた袋固定部材を備えており、
前記内側表面と前記袋固定部材との間に前記粉末収納袋が保持されている歯車装置。
【請求項12】
潤滑対象部位が位置している装置内部空間に配置した粉末収納袋と、
前記粉末収納袋に形成した粉末放出穴と、
前記粉末収納袋に収納された固体潤滑剤粉末と、
を備えており、
前記固体潤滑剤粉末は、前記粉末放出穴を通って前記装置内部空間に放出可能な大きさの粉末である歯車装置であって、
前記装置内部空間には粉末撹拌案内部材が配置されており、
前記装置内部空間に放出された前記固体潤滑剤粉末が、前記粉末撹拌案内部材によって撹拌されると共に前記潤滑対象部位に案内される歯車装置。
【請求項13】
潤滑対象部位が位置している装置内部空間に配置した粉末収納袋と、
前記粉末収納袋に形成した粉末放出穴と、
前記粉末収納袋に収納された固体潤滑剤粉末と、
を備えており、
前記固体潤滑剤粉末は、前記粉末放出穴を通って前記装置内部空間に放出可能な大きさの粉末である歯車装置であって、
前記粉末収納袋の内部は複数の収納部に仕切られており、
前記収納部のそれぞれから前記装置内部空間に前記固体潤滑剤粉末が放出されるように、前記収納部のそれぞれに前記粉末放出穴が形成されている歯車装置。
【請求項14】
潤滑対象部位が位置している装置内部空間に配置した粉末収納袋と、
前記粉末収納袋に形成した粉末放出穴と、
前記粉末収納袋に収納された固体潤滑剤粉末と、
を備えており、
前記固体潤滑剤粉末は、前記粉末放出穴を通って前記装置内部空間に放出可能な大きさの粉末である歯車装置であって、
剛性の内歯歯車と、
可撓性の外歯歯車と、
前記外歯歯車の内側に配置され、前記外歯歯車を半径方向に撓めて前記内歯歯車にかみ合わせ、前記内歯歯車に対する前記外歯歯車のかみ合い位置を円周方向に移動させる波動発生器とを備えており、
前記装置内部空間は、前記波動発生器が配置されている前記外歯歯車の内側空間あるいは当該内側空間に連通する空間部分であり、
前記粉末収納袋は、前記外歯歯車における前記波動発生器によって繰り返し撓められる部位に沿って配置され、当該部位によって振動あるいは変形が与えられるようになっている歯車装置。
【請求項15】
請求項10ないし14のうちのいずれか一つの項に記載の歯車装置において、
前記粉末収納袋は、多孔質構造、ネット構造あるいはメッシュ構造のシート素材あるいはフィルム素材から製作されており、
前記シート素材あるいはフィルム素材を貫通して延びている網目が前記粉末放出穴として機能する歯車装置。
【請求項16】
請求項10ないし14のうちのいずれか一つの項に記載の歯車装置において、
前記粉末収納袋は、PTFE、PEEK、ポリイミドまたはポリイミドアミドから形成されている歯車装置。
【請求項17】
請求項10ないし14のうちのいずれか一つの項に記載の歯車装置において、
前記固体潤滑剤粉末は、MoS
2
、WS
2
、PTFE、黒鉛、カーボンナノチューブ、フラーレン、または、窒化ホウ素の粉末である歯車装置。
【請求項18】
請求項10ないし14のうちのいずれか一つの項に記載の歯車装置において、
前記固体潤滑剤粉末の粒度は、メジアン径で、10nmから100μmであり、
前記粉末放出穴の大きさは、前記メジアン径の5倍から300倍の径の粒子が通過可能な大きさである歯車装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、波動歯車装置、遊星歯車装置等の歯車装置に関する。更に詳しくは、固体潤滑剤粉末を用いて歯車のかみ合い部分、歯車の軸受部分等の潤滑対象部位が潤滑される歯車装置の潤滑方法、および、当該潤滑方法によって潤滑対象部位を潤滑する潤滑機構を備えた歯車装置に関する。
【背景技術】
【0002】
波動歯車装置、遊星歯車装置等の歯車装置における潤滑方法として、二硫化モリブデン(MoS2)、二硫化タングステン(WS2)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、黒鉛、カーボンナノチューブ、フラーレンなどの固体潤滑剤の粉末を使った粉体潤滑が知られている。粉体潤滑は、固体潤滑剤を潤滑対象部位の表面に施しただけの潤滑方法に比べて、潤滑寿命が大幅に伸びることが検証されている。本願の出願人は、特許文献1、2において、固体潤滑剤粉末を用いた波動歯車装置の潤滑方法を提案している。
【0003】
また、特許文献3には、二硫化モリブデン等の固体潤滑剤の粉末を用いた歯車装置(宇宙用機械要素密閉装置)が提案されている。ここに記載の歯車装置では、歯車等の機械要素が収納されている密閉されたケーシングに、固体潤滑剤の粉末が封入される。無重力空間内において、固体潤滑剤の粉末がケーシング内で浮遊して、歯車のかみ合い部分等の潤滑対象部位に取り込まれ、潤滑対象部位が長期間に亘り安定して潤滑される。また、ケーシング内において、回転軸に、固体潤滑剤の粉末を撹拌する部材を取り付け、固体潤滑剤の粉末を攪拌して潤滑対象部位に供給している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2016/084235号
【文献】国際公開第2016/113847号
【文献】特開平7-205899号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の固体潤滑剤粉末を用いた潤滑方法には次のような解決すべき課題がある。固体潤滑剤粉末は歯車装置のケーシング内に封入され、歯車装置を駆動すると、発生する振動、歯車等の回転部材の回転等によってケーシングの底に溜まっている固体潤滑剤粉末が撹拌、飛散し、潤滑対象部位のそれぞれに供給される。大量の固体潤滑剤粉末が一度に歯車、ベアリング等の回転部材の潤滑対象部位に入り込むと、回転抵抗が大きくなり、最悪の場合には、回転がロックすることもある。特に、宇宙用途の歯車装置の潤滑に固体潤滑剤粉末を用いる場合には、ロケットの発射時等に生じる大きな振動、衝撃によって、一度に大量の固体潤滑剤粉末が移動して、ベアリング、歯車のかみ合い部分等に詰まり、歯車装置の適切な動作が阻害されるおそれがある。
【0006】
このような弊害を解消するためには、固体潤滑剤粉末を少量ずつ、潤滑対象部位に供給できることが必要である。しかしながら、従来においては、この点については着目されておらず、また、そのための潤滑方法も提案されていない。
【0007】
本発明の目的は、この点に鑑みて、歯車装置の潤滑対象部位に、所定量の固体潤滑剤粉末を継続して供給できるようにした歯車装置の潤滑方法を提案することにある。また、本発明の目的は、この新たな潤滑方法により固体潤滑剤粉末を潤滑対象部位に供給する潤滑機構を備えた歯車装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明の歯車装置の潤滑方法は、
固体潤滑剤粉末を、粉末放出穴を備えた粉末収納袋に収納し、
粉末収納袋を、潤滑対象部位が位置している装置内部空間に配置し、
歯車装置の駆動に伴って粉末収納袋あるいは固体潤滑剤粉末に作用する振動あるいは力を利用して、粉末放出穴を介して、粉末収納袋に収納されている固体潤滑剤粉末を装置内部空間に放出し、
装置内部空間において、潤滑対象部位に到達した固体潤滑剤粉末によって当該潤滑対象部位を潤滑することを特徴としている。
【0009】
また、本発明の潤滑機構を備えた歯車装置は、
潤滑対象部位が位置している装置内部空間に配置した粉末収納袋と、
粉末収納袋に形成した粉末放出穴と、
粉末収納袋に収納された固体潤滑剤粉末と、
を備えており、
固体潤滑剤粉末は、粉末放出穴を通って装置内部空間に放出可能な大きさの粉末であることを特徴としている。
【0010】
本発明では、潤滑対象部位が位置する装置内部空間に固体潤滑剤粉末を封入する代わりに、装置内部空間に、固体潤滑剤粉末が収納された粉末収納袋を配置している。歯車装置の駆動に伴って発生する振動等により、粉末収納袋の内部で固体潤滑剤粉末が撹拌、飛散し、一部の固体潤滑剤粉末が粉末放出穴から装置内部空間に放出される。装置内部空間に放出された固体潤滑剤粉末により潤滑対象部位が潤滑される。
【0011】
想定される振動、衝撃等に基づき、粉体放出穴の大きさ、配置密度、固体潤滑剤粉末の粒径等を適切に設定しておくことで、歯車装置の駆動状態において、所定量の固体潤滑剤粉末を継続して装置内部空間に放出でき、これによって、必要量の固体潤滑剤粉末を潤滑対象部位に継続して供給できる。この結果、ベアリング、歯車のかみ合い部分等に一度に大量の固体潤滑剤粉末が送り込まれてしまうことを防止できる。また、継続して必要量の固体潤滑剤粉末を潤滑対象部位に供給することができる。
【0012】
継続して所定量の固体潤滑剤粉末を、粉末放出穴を介して、装置内部空間に供給できるように、装置内部空間に配置した駆動部材によって、粉末収納袋に振動あるいは変形を与えるようにしてもよい。
【0013】
不織布、フィルタ用素材等の多孔質構造、ネット構造あるいはメッシュ構造のシート素材あるいはフィルム素材を用い粉末収納袋を製作することで、シート状素材あるいはフィルム状素材を貫通して延びる多数の微小穴あるいは網目が、粉末放出穴として機能する。ここで、真空用途では、粉末収納袋を、PTFE、PEEK、ポリイミドまたはポリイミドアミドからなるシート素材あるいはフィルム素材から形成することが望ましい。
【0014】
粉末収納袋を、装置内部空間の所定の場所に取り付ける場合には、パンチングメタル等から形成した所定の剛性を備えた袋固定部材を用いることが望ましい。すなわち、粉末放出穴から装置内部空間への固体潤滑剤粉末の放出を阻害することのないように、粉末放出穴に対峙する部分に粉末流通穴を備えた袋固定部材を用いることが望ましい。
【0015】
粉末収納袋の粉末放出穴から装置内部空間に放出された固体潤滑剤粉末を、効率よく、潤滑対象部位に導くためには、装置内部空間に粉末案内部材を配置し、装置内部空間に放出された固体潤滑剤の粉末を、粉末案内部材によって潤滑対象部位に案内することが望ましい。
【0016】
固体潤滑剤としては、例えば、MoS2、WS2、PTFE、黒鉛、カーボンナノチューブ、フラーレン、または、窒化ホウ素を用いることができる。
【0017】
また、固体潤滑剤の粉末の粒径は、例えば、メジアン径で、10nmから100μmとされる。この場合には、粉末放出穴の大きさを、メジアン径の5倍から300倍の径の粒子が通過可能な大きさに設定しておくことが望ましい。
【0018】
さらに、粉末収納袋の内部を、固体潤滑剤の粉末が偏在しないように、複数の粉末収納部に仕切り、粉末収納部のそれぞれから装置内部空間に固体潤滑剤の粉末が放出されるように、粉末収納部のそれぞれに対応する袋の部位に粉末放出穴を形成しておけばよい。
【0019】
なお、粉体潤滑が行われる装置内部空間から外部に固体潤滑剤粉末が漏出することを防止するためのシールとして、フェルトを用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1A】実施の形態1に係る波動歯車装置を示す概略縦断面図である。
【
図1C】外歯歯車の撓みに起因して粉末収納袋から固体潤滑剤粉末が放出される様子を示す説明図である。
【
図2】粉末収納袋の位置を変更した波動歯車装置の改変例1を示す説明図である。
【
図3A】粉末撹拌案内部材を配置した波動歯車装置の改変例2を示す概略縦断面図である。
【
図3B】改変例2の粉末撹拌案内部材を示す説明図である。
【
図4A】異なる形状の粉末撹拌案内部材を配置した改変例3を示す概略縦断面図である。
【
図4B】改変例3の粉末撹拌案内部材を示す説明図である。
【
図5】実施の形態2に係る波動歯車装置を示す概略縦断面図である。
【
図6】粉末収納袋の位置を変更した波動歯車装置の改変例を示す概略縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に、図面を参照して、本発明を適用した歯車装置の実施の形態を説明する。以下の実施の形態は、本発明を波動歯車装置に適用した場合のものであるが、本発明は、遊星歯車装置、その他の歯車装置にも同様に適用可能である。
【0022】
[実施の形態1]
図1Aは実施の形態1に係るカップ型の波動歯車装置を示す概略縦断面図である。波動歯車装置1は、円環状の剛性の内歯歯車2と、可撓性の外歯歯車3と、楕円状輪郭の波動発生器4とを備えている。外歯歯車3は内歯歯車2の内側に同軸に配置されている。波動歯車装置1は、その装置中心軸線1aが水平方向を向く水平姿勢で設置されている。例えば、内歯歯車2は固定側部材である装置ハウジング5に固定され、波動発生器4はモーター回転軸等の入力シャフト6に連結固定され、外歯歯車3は出力軸7aに同軸に連結固定される。
【0023】
外歯歯車3はカップ形状をしており、半径方向に撓み可能な円筒状胴部3aの開口端の側の外周面部分に外歯3bが形成されている。円筒状胴部3aの反対側の端からは半径方向の内方に延びるダイヤフラム3cが形成されている。ダイヤフラム3cの内周縁には円環状の剛性のボス3dが形成されている。円環状の押さえ部材7bと出力軸7aの間にボス3dを挟み、この状態で、複数本の締結用ボルト7cによって、三部材が同軸に締結固定されている。波動発生器4は、剛性のプラグ4aと、この楕円状輪郭の外周面に装着された波動発生器軸受け4bとを備えている。波動発生器4は、外歯歯車3における円筒状胴部3aの外歯3bが形成されている部分の内側に装着されている。
【0024】
外歯歯車3の円筒状胴部3aの内部空間9は、その開口端の側に装着されている波動発生器4と、ボス3dの側に取り付けたキャップ8とによって囲まれている装置内部空間の一部である。内部空間9には、波動歯車装置1の各潤滑対象部位を、固体潤滑剤粉末を用いて潤滑する潤滑機構10が組み込まれている。
【0025】
波動歯車装置1の主要な潤滑対象部位は三ケ所ある。波動発生器4の内部接触部11(波動発生器軸受け4bの構成部品の接触部)、波動発生器4と外歯歯車3の接触部12(波動発生器軸受け4bの外輪外周面と、外歯歯車3の円筒状胴部3aの内周面との接触部)、および、内歯歯車2と外歯歯車3の歯面部13である。これらの部位が、固体潤滑剤粉末によって潤滑される。
【0026】
潤滑機構10は、固体潤滑剤粉末20が収納された粉末収納袋30と、袋固定板40とを備えている。固体潤滑剤粉末20は、MoS2、WS2、PTFE、黒鉛、カーボンナノチューブ、フラーレン、窒化ホウ素などの固体潤滑剤の粉末である。例えば、MoS2の粉末である。固体潤滑剤粉末20は、その粒径が、例えば、メジアン径で10nm~100μmとなるように調製されたものである。粒径は、例えば、光子拡散法、レーザ回折/錯乱法により測定した場合の値である。
【0027】
図1Bは粉末収納袋30を、一部を切り欠いた状態で示す説明図である。この図も参照して説明すると、粉末収納袋30は、不織布等の撓み性のあるネット構造あるいはメッシュ構造のシート素材から製作され、ダイヤフラム3cの内部空間9の側の円環状の内側端面3fに対応する大きさの円環状の袋である。粉末収納袋30の内部は、本例では、円周方向に等角度間隔でヒートシール31等によって仕切られて、複数の収納部32が形成されている。各収納部32に、所定量の固体潤滑剤粉末20が収納されており、固体潤滑剤粉末20が柔軟な粉末収納袋30の内部において偏在しないようにしてある。
【0028】
ネット構造あるいはメッシュ構造のシート素材から製作した粉末収納袋30は、袋内外を連通する多数の網目(微小穴)が格子状に形成されている。これらの網目(微小穴)の大きさは、収納されている固体潤滑剤粉末20の粒径の5倍から300倍程度である。これらの網目(微小穴)は、粉末収納袋30に振動、力が作用すると、収納されている固体潤滑剤粉末20を外部に放出可能な粉末放出穴33として機能する。本例では、ネット構造あるいはメッシュ構造のシート素材によって粉末収納袋30が製作されているので、袋全体に亘って粉末放出穴33が形成されている。粉末放出穴33を、粉末収納袋30の一部の領域にのみ形成することも可能である。
【0029】
柔軟な粉末収納袋30は、ダイヤフラム3cの内側端面3fと、ボス3dに固定した袋固定板40との間に配置されている。すなわち、粉末収納袋30は、内側端面3fに沿う状態に配置され、接着剤等によって内側端面3fに取り付けられている。また、この状態で、粉末収納袋30は、内側端面3fと袋固定板40との間に保持されている。袋固定板40は、その内周縁側の部位41がボス3dに固定されており、全体として内側端面3fに対して一定の間隔で平行に延びている。袋固定板40によって、粉末収納袋30は内側端面3fの側に押し付けられた状態に保持される。
【0030】
袋固定板40は、パンチングメタル等の剛性のあるメッシュ構造の板材から形成されており、袋固定板40を貫通する多数の網目42(微小穴)が格子状に形成されている。網目42の大きさは、粉末放出穴33と同程度あるいは、それよりも大きい。袋固定板40によって押さえつけられている粉末収納袋30の部位においては、粉末放出穴33から放出された固体潤滑剤粉末20が網目42を通って内部空間9に放出される。
【0031】
潤滑機構10を備えた波動歯車装置1の駆動状態においては、波動発生器4が回転して、
図1Cに示すようにカップ形状の外歯歯車3の各部分が繰り返し半径方向に撓められる。粉末収納袋30が取り付けられている外歯歯車3のダイヤフラム3cの部分も、ボス3dへの付け根部分を起点として繰り返し前後に撓められる。ダイヤフラム3cに取り付けた粉末収納袋30には繰り返し振動あるいは変形が与えられる。これにより、粉末収納袋30の各収納部32に収納されている固体潤滑剤粉末20が袋内部で撹拌され、粉末放出穴33から内部空間9に放出される。
【0032】
内部空間9に放出された固体潤滑剤粉末20は、内部空間9に面している内部接触部11(波動発生器軸受け4b)および接触部12(波動発生器4と外歯歯車3の接触部)に供給され、これらの部分が潤滑される。さらに、波動発生器軸受け4bに供給された固体潤滑剤粉末20の一部は、当該波動発生器軸受け4bの軌道部を通り抜けて移動する。また、波動発生器4と外歯歯車3の間に供給された固体潤滑剤粉末20の一部は、これらの間を通り抜けて移動する。例えば、波動発生器軸受け4bの側方には、波動発生器4と一体となって高速回転している粉体ガイド50が配置されている。固体潤滑剤粉末20は、高速回転する粉体ガイド50によって外周側にガイドされて、潤滑部分である外歯および内歯の歯面部13に供給され、ここを潤滑する。
【0033】
このように、本例では、固体潤滑剤粉末20は、内部空間9に封入する代わりに、ダイヤフラム3cに取り付けた粉末収納袋30に収納されている。波動歯車装置1の駆動に伴って粉末収納袋30に振動、変形が与えられると、収納されている固体潤滑剤粉末20が、粉末放出穴33から内部空間9に放出される。内部空間9に放出された固体潤滑剤粉末20の一部が潤滑対象部位である内部接触部11、接触部12に到達して、これらの部位を潤滑する。固体潤滑剤粉末20の粒径および粉末収納袋30の粉末放出穴33の大きさが適切に設定されている。これにより、波動歯車装置1の駆動に伴って、粉末放出穴33から継続して所定量の固体潤滑剤粉末20が内部空間9に放出される。よって、継続して適量の固体潤滑剤粉末20が潤滑対象部位に供給される。多量の固体潤滑剤粉末が一度に潤滑対象部位に供給されて、波動発生器軸受4bの摺動抵抗が増加するなどの弊害を確実に防止できる。
【0034】
なお、本例の粉末収納袋30は、複数に区画されて複数の収納部32が形成されている。粉末収納袋30の代わりに、複数の粉末収納袋を用いることもできる。
図1Dは、同心状に配列した4枚の粉末収納袋30(1)~30(4)を示す説明図である。これらの粉末収納袋30(1)~30(4)を、粉末収納袋30の代わりに配置することができる。勿論、粉末収納袋の配置枚数、配置形態は
図1Dの例に限定されるものではない。また、粉末収納袋の大きさ、形状も、同一であってもよいが、配置場所に応じて異なる形状、大きさにすればよい。さらに、内部が複数に区画された構成の粉末収納袋を複数枚、配置することもできる。
【0035】
(改変例1)
上記の例では、粉末収納袋30が、外歯歯車3のダイヤフラム3cの内側端面3fに沿って配置されている。粉末収納袋30は外歯歯車3の内部空間9において別の場所に配置することもできる。
【0036】
図2は、波動歯車装置1の改変例1を示す概略縦断面図図である。改変例1の潤滑機構10Aでは、固体潤滑剤粉末20が収納された粉末収納袋30Aが円筒形状をしており、外歯歯車3の円筒状胴部3aの内周面部分3gに沿って配置されている。粉末収納袋30Aを外歯歯車3に固定するための袋固定板40Aは、外歯歯車3のボス3dに固定されている取付け用環状板部分と、この取付け用環状板部分の外周縁に連続して延びている円筒板部分とを備えている。円筒板部分は、粉末収納袋30Aを円筒状胴部3aの内周面部分3gに押し付けている部分である。袋固定板40Aは、外歯歯車3の円筒状胴部3aの撓みに追従して半径方向に撓み可能な撓み性を備えており、パンチングメタル等のメッシュ構造の板材から形成されている。粉末収納袋30Aは柔軟な不織布等からなる多孔質構造、ネット構造あるいはメッシュ構造のシート素材から形成されている。
【0037】
この構成の潤滑機構10Aにおいても、波動歯車装置1の駆動に伴って外歯歯車3の円筒状胴部3aが繰り返し半径方向に撓み、これに追従して、円筒状胴部3aと袋固定板40Aとの間に保持されている粉末収納袋30Aの各部分は繰り返し半径方向に変位する。この動きにより、粉末収納袋30Aに収納されている固体潤滑剤粉末20が撹拌されて飛散して、粉末放出穴および袋固定板40Aの連通穴を介して、内部空間9に放出される。内部空間9に放出された固体潤滑剤粉末20によって潤滑対象部位が潤滑される。
【0038】
(改変例2)
図3Aは波動歯車装置1の改変例2を示す概略縦断面図であり、
図3Bはその粉末撹拌案内部材を示す説明図である。改変例2の潤滑機構10Bは、
図1Aに示す潤滑機構10に粉末撹拌案内部材60を追加した構成となっている。粉末撹拌案内部材60は、波動発生器4のプラグ4aにおける内部空間9の側の端面に同軸に固定されている。粉末撹拌案内部材60は、プラグ4aの端面に固定した取付円板部分61と、この取付円板部分61の外周縁から外歯歯車3のボス3dの側に向けて窄まっている円錐状部分62とを備えている。また、取付円板部分61の外周縁の部位には、円周方向に沿って等角度間隔で粉末流通穴63が形成されている。
【0039】
波動歯車装置1が駆動されると、波動発生器4が高速回転し、ここに取り付けられている粉末撹拌案内部材60も一緒に高速回転する。粉末収納袋30から内部空間9に放出された固体潤滑剤粉末20は、高速回転する粉末撹拌案内部材60によって内部空間9内において撹拌され、円錐状部分62に沿って潤滑対象部位に向けて案内される。また、粉末流通穴63を通って潤滑対象部位に案内される。内部空間9に放出された固体潤滑剤粉末20を、効率よく、潤滑対象部位に供給できる。
【0040】
(改変例3)
なお、粉末撹拌案内部材60として各種の形状のものを用いることができる。例えば、
図4Aは波動歯車装置1の改変例3を示す概略縦断面図であり、
図4Bはその粉末撹拌案内部材を示す説明図である。これらの図に示すように、粉末撹拌案内部材60Aは、波動発生器4のプラグ4aに取り付けられた環状板であり、粉末撹拌案内部材60Aの外周縁に沿って、円周方向に等角度間隔で形成した切込み溝61Aが形成されている。この形状の粉末撹拌案内部材60Aを用いた場合においても、固体潤滑剤粉末20を効率よく、潤滑対象部位に導くことができる。
【0041】
[実施の形態2]
図5は本発明を適用した実施の形態2に係る波動歯車装置を示す概略縦断面図である。実施の形態2の波動歯車装置100は、剛性の内歯歯車102と、シルクハット形状をした可撓性の外歯歯車103と、外歯歯車103の内側に配置した波動発生器104とを備えている。また、中空入力軸105と、両側のエンドプレート106、107と、内歯歯車102および外歯歯車103を相対回転自在の状態で支持している軸受108とを備えている。波動発生器104のプラグ104aは、中空入力軸105の外周面に一体形成されている。中空入力軸105と、外歯歯車103と、波動発生器104と、一方のエンドプレート106との間に、装置内部空間の一部である内部空間109が形成されている。
【0042】
内部空間109に潤滑機構110が組み込まれている。潤滑機構110は、外歯歯車103のダイヤフラム103cの円環状端面103fに沿って配置した円環形状の粉末収納袋130と、粉末収納袋130を円環状端面103fに沿った状態に保持するための袋固定板140とを備えている。粉末収納袋130は実施例1の粉末収納袋30と同様に構成されており、袋固定板140は実施の形態1の袋固定板40と同様に構成されている。
【0043】
この構成の潤滑機構110においても、実施の形態1の場合と同様に、波動歯車装置100の駆動に伴って、粉末収納袋130に収納されている固体潤滑剤粉末120が粉末収納袋130の網目(粉末放出穴)から内部空間109に放出され、波動歯車装置100の潤滑対象部位である波動発生器104の内部接触部111(波動発生器軸受けの構成部品の接触部)、波動発生器104と外歯歯車103の接触部112(波動発生器軸受けの外輪外周面と、外歯歯車103の円筒状胴部103aの内周面との接触部)等に供給され、これらの部位が、固体潤滑剤粉末120によって潤滑される。
【0044】
(実施の形態2の改変例)
シルクハット型の波動歯車装置100においても、内部空間109において、粉末収納袋130を別の部位に配置することができる。例えば、
図6に示す潤滑機構110Aでは、粉末収納袋130Aが外歯歯車103の円筒状胴部103aの内周面に沿って配置されている。この粉末収納袋130Aは、半径方向の内側から、袋固定板140Aによって保持され、円筒状胴部103aの内周面に沿って配置された状態が維持されている。波動歯車装置100の駆動に伴って外歯歯車103の円筒状胴部103aが繰り返し半径方向に撓み、これに追従して、円筒状胴部103aと袋固定板140Aとの間に保持されている粉末収納袋130Aの各部分は繰り返し半径方向に変位する。この動きにより、粉末収納袋130Aに収納されている固体潤滑剤粉末120が撹拌されて飛散して、粉末収納袋130Aに形成されている粉末放出穴(網目)および袋固定板140Aの粉体連通穴(網目)を介して、内部空間109に放出される。内部空間109に放出された固体潤滑剤粉末120の一部が潤滑対象部位である内部接触部111、接触部112に供給されて、これらの部位を潤滑する。
【0045】
[その他の実施の形態]
上記の各例においては、繰り返し撓められる外歯歯車によって、粉末収納袋に振動あるいは撓みが与えられる。装置内部空間に、粉末収納袋に振動あるいは変形を与える駆動部材を配置することもできる。例えば、波動歯車装置の場合には、高速回転する波動発生器に、粉末収納袋を押し付けながら回転するローラ等の部材を取り付けておいてもよい。