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特許7551282血中LPS濃度の測定方法、血中LPS濃度測定用エタノール含浸綿、並びに、血中LPS濃度測定用採血キット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-06
(45)【発行日】2024-09-17
(54)【発明の名称】血中LPS濃度の測定方法、血中LPS濃度測定用エタノール含浸綿、並びに、血中LPS濃度測定用採血キット
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/66 20060101AFI20240909BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20240909BHJP
   G01N 33/92 20060101ALI20240909BHJP
【FI】
G01N33/66 Z
G01N33/50 Q
G01N33/92 Z
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019129868
(22)【出願日】2019-07-12
(65)【公開番号】P2021015042
(43)【公開日】2021-02-12
【審査請求日】2021-10-20
【審判番号】
【審判請求日】2023-07-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000104113
【氏名又は名称】カゴメ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】福家 暢夫
【合議体】
【審判長】榎本 吉孝
【審判官】加々美 一恵
【審判官】松本 隆彦
(56)【参考文献】
【文献】BODE,C.et al,ALCOHOLISM:CLINICAL AND EXPERIMENTAL RESEARCH,1997年11月,VOL.21,NO.8,pp.1367-1373
【文献】芋川浩他、高齢者を対象としたエタノール綿塗擦消毒効果と黄色ブドウ球菌の検出頻度、福岡県立大学看護学研究紀要、2011年、Vol.8、No.2、pp.53-59
【文献】エンドトキシンの血中濃度測定法、日本細菌学雑誌、1990年、45(6)、pp.937-942
【文献】エンドトキシンキット エンドトキシン-シングルテスト、2016年、1-4、https://www.info.pdma.go.jp/downfiles/ivd/PDF/890027_20600AMZ00967000_A_01_05.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N33/48-33/98
A61B5/15
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血中LPS濃度測定用エタノール含浸綿であって、
綿に含浸しているエタノール水溶液の濃度は、30質量%以上50質量%以下であり、
皮膚を拭く回数は、1回の微量採血につき5回以上である。
【請求項2】
血中LPS濃度測定用採血キットであって、
それを構成するのは、少なくとも、穿刺器具及び請求項1のエタノール含浸綿である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明が関係するのは、血中LPS濃度の測定方法、血中LPS濃度測定用エタノール含浸綿、並びに、血中LPS濃度測定用採血キットである。
【背景技術】
【0002】
LPSは、敗血症の原因物質として知られており、リポポリサッカライド又はリポ多糖ともいわれる。近年、健常者であっても高脂肪食の摂取などにより血中LPS濃度が上昇することが報告されており(非特許文献1)、LPS濃度の上昇が種々の組織で慢性炎症を惹起し、糖尿病などのメタボリックシンドローム関連疾患の発症に関与することが示唆されている(非特許文献2)。
【0003】
現在、血中LPS濃度を測定する際には、腕の静脈から採血した血液を用いることが主流である。また、糖尿病の病態管理の場面では、患者自身が指先を穿刺することでごく微量の血液を出血させ、チップに吸わせることで血糖値を測定する技術が広く普及している。しかしながら、LPSは環境中に広く存在するため、皮膚に付着した環境由来のLPSにより検出誤差が発生し、正確な濃度が測定できないことが懸念される。これを予防するためには、微量採血の前に、皮膚に付着したLPSを測定に支障がない量まで低減させる必要がある。
【0004】
特許文献1が開示するのは、皮膚外用製剤として利用できるエンドトキシン吸着材であるが、採血後の血液中に吸着体が混入して正確に測定できないと考えられる。LPSを不活化及び抽出する他の方法として、高温処理、酸又はアルカリ処理、有機溶媒を用いる方法は公知であるが、これらは皮膚を拭くには適さない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-107262
【非特許文献】
【0006】
【文献】Diabetes Care 2012 Feb;35(2):375-382
【文献】Diabetes Care 2011 Aug;34(8):1809-1815.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、血中LPS濃度測定の採血前に、皮膚に付着したLPSを除去することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
以上を踏まえて、本願発明者が鋭意検討して見出したのは、血中LPS濃度の測定方法、血中LPS濃度測定用エタノール含浸綿、並びに、血中LPS濃度測定用採血キットである。すなわち、30質量%以上90質量%以下のエタノール水溶液を含浸させた綿で採血前の皮膚を拭くことにより、皮膚に付着したLPSが除去され、血中LPS濃度の測定誤差が低減される。また、30質量%以上90質量%以下のエタノール水溶液の含浸綿を備えることにより、従来よりも測定誤差の小さい血中LPS濃度測定用採血キットを提供することができる。この観点から、本発明を定義すると、以下のとおりである。
【0009】
本発明に係る血中LPS濃度の測定誤差を低減する方法を構成するのは、少なくとも、拭くことであり、皮膚の微量採血される部分が拭かれる。拭くのに用いられるエタノール水溶液の濃度は、30質量%以上90質量%以下であればよく、40質量%以上80質量%以下であることが好ましい。また、拭く前と比較して、皮膚に付着したLPSの量を70%以上、好ましくは80%以上低減させる。拭く回数は、1回の微量採血につき複数回、好ましくは、5回以上である。また、微量採血された血液は、凍結させないようにする。
【0010】
本発明に係る血中LPS濃度測定用のエタノール含浸綿は、綿に含浸しているエタノール水溶液の濃度が30質量%以上90質量%以下であればよく、好ましくは40質量%以上80質量%以下である。
【0011】
本発明に係る血中LPS濃度測定用採血キットが含有するのは、穿刺器具及び血中LPS濃度測定用エタノール含浸綿である。キットに含まれるエタノール含浸綿へのエタノール水溶液の含浸率は、100%以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明が可能にするのは、血中LPS濃度測定の採血前に、皮膚に付着したLPSを除去することである。皮膚に付着したLPSを除去することにより、血中LPS濃度の測定誤差を低減することができる。さらに、本発明が可能にするのは、従来よりも測定誤差を低減できる血中LPS濃度測定用採血キットを提供することである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】血中LPS濃度の測定方法の流れ図
図2】拭く前の皮膚におけるLPS濃度を示した図
図3】拭く前後のLPS濃度の変化をエタノールの濃度毎に示した図
図4】拭く回数とLPS濃度の関係を示した図
図5】凍結保存によるLPS濃度の変化を示した図
【発明を実施するための形態】
【0014】
<本実施の形態に係る方法>
図1が示すのは、血中LPS濃度の測定方法の流れである。それを構成するのは、主に、拭くこと(S10)、微量採血(S20)、及び、測定(S30)である。
【0015】
<拭くこと(S10)>
拭くこと(S10)は、皮膚の微量採血される部分を採血前に拭いて付着したLPSを除去することである。拭くのに用いるのは、脱脂綿又は不織布ワイパー等にエタノール水溶液を浸したもの、又は、市販のエタノール含浸綿である。力加減は、医療機関等で注射及び採血前にアルコール綿で拭く場合と同様であり、拭いた直後の皮膚表面にエタノール水溶液が少し残る程度にしっかり拭くことが好ましく、皮膚が赤くなるほど強くこする必要はない。拭く回数は、1回の微量採血につき1回以上であればよく、複数回であることが好ましく、5回以上であることがより好ましい。
【0016】
<LPS>
LPSは、グラム陰性細菌の外膜構成成分として存在するエンドトキシンの本体である。本発明においては、エンドトキシン及びその類似物質も含む。類似物質を例示すると、(1→3)βグルカンが挙げられるが、これに限定されず、エンドトキシン活性をする物質が該当する。
【0017】
<エタノール水溶液>
エタノール水溶液は、濃度が30質量%以上90質量%以上、好ましくは40質量%以上80質量%以下、より好ましくは40質量%以上60質量%以下である。エタノール以外の成分として、LPSを含まない水を用いることが好ましく、その他皮膚への塗布が認められている成分を適宜含有させてもよい。
【0018】
<微量採血(S20)>
微量採血(S20)は、拭いた後の皮膚で行い、一般的な器具及び方法を用いることができる。器具を例示すると、針等の穿刺器具及び血液保管用容器から成るもの、或いは、それらが一体となったものが挙げられるが、測定用に1μL以上の血液を採取できる器具が好ましい。また、採取中の血液が皮膚に触れる範囲が小さいものが好ましい。微量採血の器具は市販品を用いることができ、例示すると、メディセーフファインタッチ(テルモ製)であるが、これに限定されない。また、理由は定かではないが、採血後の血液は、凍結融解を行った場合にLPS濃度が低下するという結果が確認されていることから、凍結保存を行わないことが好ましい。
【0019】
<測定(S30)>
測定(S30)の方法は、600μL以下の微量血液サンプルを測定できるものであればよく、一般的な測定キット等を用いることができる。測定方法を例示すると、比色法、比濁法、ゲル化法等であるが、これに限定されない。
【0020】
<血中LPS濃度測定用採血キット>
血中LPS濃度測定用採血キットを構成するのは、少なくとも、穿刺器具、エタノール含浸綿である。他に血液保管用容器、止血用シール、LPS濃度測定機器、郵送用の資材等を適宜追加することができる。
【0021】
<穿刺器具>
穿刺器具の種類や形態等は特に限定されず、穿刺器具単独のもの、又は、血液保管用容器と一体となっているものを適宜選択して用いることができる。
【0022】
<エタノール含浸綿>
エタノール含浸綿は、前述のエタノール水溶液を含浸させた綿である。綿は、脱脂綿を用いることが好ましいが、その形状や性状等は特に限定されない。エタノール水溶液の含浸率は100%以上であることが好ましい。エタノール含浸綿は実施例に記載の方法で作製することができるが、市販品を用いることもできる。市販品を例示すると、サニコットパウチβa(丸三産業株式会社製)等である。
【実施例
【0023】
<実施例1>
予め皮膚にLPSを付着させるため、健常者3人に素手で日常生活程度の作業(水道水、ドアノブ、机又は壁への接触、パソコン作業等)を実施させた。その後、50μLの大塚蒸留水をマイクロピペットにて指先に半球状に滴下し、30秒間静置した後、全量を96穴プレート(IWAKI、カタログ番号1860-096)に入れた(拭く前サンプル)。同じ指を10質量%、30質量%、50質量%、70質量%、90質量%のエタノール含浸綿でそれぞれ10回拭いた後、再び50μLの大塚蒸留水をピペットマンにて指先に滴下し、30秒間静置した後、全量を96穴プレートに入れた(拭いた後サンプル)。指1本当たりに使用するエタノール含浸綿は1種類とした。評価結果は、拭く前サンプルのLPS濃度を図2に、拭く前後のLPS濃度を比較したものを図3に示す。
【0024】
<実施例2>
エタノール濃度は50質量%のみ使用し、拭く回数を0、1、3、5、7、9、10回とした。それ以外の操作は、実施例1と同様に行い、拭く回数ごとにサンプリングして、拭いた回数とその効果の関係を評価した。評価結果は図4及び表1に示す。
【0025】
<実施例3>
健常者29名から採血を行った。具体的には、採血部位をアルコール消毒後、真空採血管[ベノジェクトII真空採血管(ヘパリンナトリウム65単位入り、5ml容)、テルモ] 及び針[ベノジェクトII採血針S(21G)、及びベノジェクトIIホルダーD、テルモ)を用いて約5mlの血液を採取し、採取直後から遠心分離を行うまで氷中に保存した。全員からの採血が完了した後、遠心分離(1,200×g、4℃、15分間)を行い、ヘパリン血漿を調製した。その後、得られた血漿をサンプルチューブに100μLずつ分取した。当日測定する1本を残し、残りの血漿サンプルは-80℃で保存した。採血当日及び-80℃で保存後4、12、24、31週目に血漿中LPS濃度を評価した。評価結果を図5に示す。
【0026】
<エタノール含浸綿の作製>
エタノール(富士フィルム和光純薬、カタログ番号057-00456)を大塚蒸留水(大塚製薬)で希釈してエタノール水溶液を調製した。医療用脱脂綿(川本産業、カタログ番号62-3784-78)もしくは不織布ワイパー(ベンコット、旭化成、カタログ番号M-1)を5枚ずつチャック付きアルミパウチ(アズワン、カタログ番号3-1588-01)に入れ、ぞれぞれのアルミパウチに各濃度のエタノール水溶液を10~20mLずつ加え、エタノール含浸綿を作製した。
【0027】
<LPS濃度の測定方法>
実施例1及び2については次の通り実施した。すなわち、拭く前又は拭いた後のサンプルの入った96穴プレートの穴に、50μLのリムルス試薬(エンドスペシーES-50M、生化学工業、カタログ番号020150)を加え、37℃で1時間インキュベートした後、405nmの吸光度(対照波長492nm)を測定した。検量線は、エンドトキシン標準品(生化学工業、カタログ番号010020)で作成し、LPS濃度(EU/ml)を算出した。
【0028】
実施例3については次の通り実施した。すなわち、血漿を試験管ミキサーにて約1分間撹拌した後、一部を分取し、大塚蒸留水を用いて10倍希釈した(氷中)。その後、70℃で10分間加熱処理を行い、氷中にて室温程度まで冷却した後に、37℃のお湯を張った超音波洗浄機(型番W-113、本田電子)で10分間超音波処理を行った。全てのサンプルを常温に戻し、試験管ミキサーにて約30秒間撹拌した後、50μL/穴の容量で96穴プレートに入れた。その後、各穴にリムルス試薬を50μL/穴の容量で加え、37℃で1時間インキュベートした(プレート1)。また、吸光度測定における血漿の色の影響をキャンセルする目的で、50μLの血漿に50μLの大塚蒸留水を混合したサンプルも96穴プレートに調製し、同様に37℃で1時間インキュベートした(プレート2)。インキュベート後、405nmの吸光度(対照波長492nm)を測定した。得られた血漿の吸光度(プレート1)から、BLANKの吸光度(プレート1)、及び血漿の色に起因する吸光度[吸光度(血漿+大塚蒸留水)-吸光度(大塚蒸留水)](プレート2)を差し引いた値を、リムルス試薬と血漿中LPSの反応に起因する吸光度とした。検量線は、エンドトキシン標準品で作成し、LPS濃度(EU/ml)を算出した。
【0029】
<評価結果>
実施例1について、拭く前サンプルのLPS濃度には有意な群間差が見られないことが確認された(図2)。また、拭く前後のLPS濃度の比較では、対応のある検定であるWilcoxonの符号順位和検定を行った結果、10質量%以上90質量%以下の全てのエタノール濃度において、有意なLPS濃度の低下が見られた(図3)。一方、対応のない検定であるMann-WhitneyのU検定を行った結果、30質量%以上90質量%以下においてのみ有意なLPS濃度の低下が見られた。本試験で使用したリムルス試薬(エンドスペシーES-50M)の検出限界値は0.001EU/mLである。血漿中LPS濃度を測定する際には血漿を10倍希釈する必要があることから、拭いた後サンプルのLPS濃度が0.01EU/mL未満であれば、血漿をサンプルとした場合に検出限界以下になると考えられる(図3)。図3には、実線で0.01EU/mLをカットオフ値として示したが、50質量%エタノールでは、すべての場合でカットオフ値を下回った。以上の結果から、30質量%以上90質量%以下のエタノールで拭くことで指先のLPS濃度を低減できた。さらに、本実施例において最適なエタノール濃度は、50質量%であったことから、エタノール濃度は、40質量%以上80質量%以下であることが好ましく、40質量%以上60質量%以下であることがより好ましい。
【0030】
実施例2について、1回以上拭くことでLPS濃度の低減効果が見られ、3回拭いた場合は、1回拭いたときよりもLPS濃度が低減した。さらに、5回以上拭くことで拭く前(0回)と比較して、LPS濃度の有意な低下が見られた(図4)。また、LPS濃度の低減の程度を拭く前の皮膚と中央値で比較すると、5回以上拭いた場合に70%以上の低減、7回以上拭いた場合には80%以上の低減が確認された(表1)。
【0031】
【表1】
【0032】
実施例3について、Friedman検定において保存期間中に有意な差が認められたため(P=1.22×10-9)、Holm補正-Wilcoxon符号順位検定による群間比較を行った。その結果、未凍結の採血当日の血漿中LPS濃度と比較して、-80℃で保存後4、24、31週目では有意に低値を示した(P<0.05)(図5)。-80℃で保存後4週目から31週目までの推移をみると途中で上下はあるものの、4週目と31週目との間に有意差が無いことから、一度凍結した後はLPS濃度が顕著には変動しないと考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明が有用な分野は、健康管理事業及び健康診断事業である。
図1
図2
図3
図4
図5