(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-06
(45)【発行日】2024-09-17
(54)【発明の名称】シールリング
(51)【国際特許分類】
F16J 15/3284 20160101AFI20240909BHJP
F16J 15/18 20060101ALI20240909BHJP
F16J 15/3272 20160101ALI20240909BHJP
B29C 45/00 20060101ALI20240909BHJP
【FI】
F16J15/3284
F16J15/18 C
F16J15/3272
B29C45/00
(21)【出願番号】P 2021040870
(22)【出願日】2021-03-12
【審査請求日】2024-03-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】筧 幸三
【審査官】久米 伸一
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-155846(JP,A)
【文献】特開2011-27141(JP,A)
【文献】特開2020-90972(JP,A)
【文献】特開2009-257439(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/3284
F16J 15/18
F16J 15/3272
B29C 45/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハウジングの軸孔に挿通される回転軸に設けられた環状溝に装着されて、該環状溝の非密封流体側の側壁面に摺動自在に接触し、かつ前記軸孔の内周面に接触して、これら回転軸と軸孔との間の環状隙間を封止するシールリングであって、
前記シールリングは、矩形断面の環状体で、周方向の一箇所に合い口を有する樹脂組成物の射出成形体であり、
前記樹脂組成物は、ポリエーテルエーテルケトン樹脂と、炭素繊維およびガラス繊維から選ばれる少なくとも1つの繊維状補強材を含む組成物であり、
前記シールリングの曲げ弾性率(ASTM D790準拠)は、3000MPa~12000MPaであり、
前記環状溝に装着された前記シールリングの自由状態の外径寸法と、前記ハウジングの内径寸法との差が、-0.1mm~+0.15mmであることを特徴とするシールリング。
【請求項2】
前記環状溝に装着された前記シールリングの自由状態の外径寸法は、装着前の前記シールリングの自由状態の外径寸法よりも大きいことを特徴とする請求項1記載のシールリング。
【請求項3】
前記樹脂組成物は、前記繊維状補強材を該樹脂組成物全体に対して5質量%~30質量%含むことを特徴とする請求項1または請求項2記載のシールリング。
【請求項4】
前記環状溝に装着前の前記シールリングの自由状態の外径寸法が30mm~60mmであることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項記載のシールリング。
【請求項5】
前記シールリングの径方向厚みおよび軸方向幅が、前記環状溝に装着前の前記シールリングの自由状態の外径寸法に対してそれぞれ1/40~1/10であることを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項記載のシールリング。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車などにおけるATやCVTなどの油圧機器において、作動油をシール(封止)するために使用される合成樹脂製のシールリングに関する。
【背景技術】
【0002】
AT、CVTなどの機器では、作動油を密封するためのオイルシールリングが要所に取り付けられている。例えば、ハウジングの軸孔に挿通される回転軸に設けられた対の離間した環状溝に取り付けられ、両環状溝間にある油路から供給される作動油を両シールリングの側面と内周面で受け、反対側の側面と外周面とで環状溝の側壁とハウジング内周面とをシールする。シールリングにおける各シール面は、環状溝の側壁、ハウジング内周面とそれぞれ摺動接触しつつ、両シールリング間の作動油の油圧を保持している。
【0003】
従来、このようなシールリングは射出成形可能な合成樹脂製であり、相互に対向する合い口を備えた略矩形断面を有する。一方の合い口は、シールリング内径面側に突き合わせ面と、外径面側にその突き合わせ面から突出したリップおよび後退したポケットとを有し、他方の合い口は、上述した突き合わせ面、リップおよびポケットと、相補的に嵌合するように形成された突き合わせ面、ポケットおよびリップとを有している。
【0004】
上述したシールリングは、信号待ち等のアイドリングストップなどのエンジン停止時の水頭圧での漏れを抑制するため、該シールリングの外径寸法がハウジングの内径よりも大きくなるように癖付けされている。具体的には、シールリングは、射出成形後に所定の形状の拘束部材の中に圧入して加熱することにより、シールリングの外径寸法がハウジングの内径よりも所定の大きさだけ大きくなるように癖付けされている。以下、「癖付け」のことを熱固定ともいう。
【0005】
特許文献1には、形態1として、シールリングが環状隙間に設けられる前の状態において、ハウジングの内径寸法と、シールリングの外径寸法の差が1mm以内となるように大きくしたシールリングが記載されている。また、形態2として、癖付け加工により、シールリングの外径寸法がハウジングの内径寸法よりも1mmの範囲内で小さくなるようにし、環状溝に装着されて慣らし運転、または加熱されることで拡径し、ハウジングの内周面に密接するシールリングが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1の形態2では、環状溝に装着して慣らし運転、または加熱しなければシールリングがハウジングの内周面に密接しない。そのため、シールリングを環状溝に装着しただけでは、シールリングの外径寸法がハウジングの内径寸法よりも小さいため、水頭圧のような極低圧ではオイルリークするおそれがある。
【0008】
通常、環状溝に装着した後、ハウジングに組み込んだ状態でシールリングを加熱すると、温度上昇時はハウジングの内周面に密接するが、温度が下がるとハウジングの内周面とシールリングの外周面に隙間ができる場合がある。例えば、シールリングの使用温度が150℃(ミッションMAX温度)まで上昇した場合、シールリングはハウジングの内周面に強く密接するが、この温度によってクリープして、常温に戻った時にハウジングの内周面とシールリングの外周面に隙間ができるおそれがある。その場合、水頭圧のような極低圧ではオイルリークして機能を満たさなくなる。従って、上記形態2のように、加熱によりシールリングをハウジングに密接させる方法は、使用条件によっては不適切な場合があると考えられる。
【0009】
また、上記特許文献1の形態1では、シールリングが環状隙間に設けられる前の状態の外径寸法が、ハウジングの内径寸法よりも大きい。そのため、エンジン停止時の水頭圧でも、シールリングはハウジングへの張力が大きく、環状溝の側壁面に密接している場合は十分なシール性が得られる。しかし、シールリングが強く張り付いているため、ハウジングが軸方向に移動した場合、そのハウジングに追従して、シールリングが環状溝の側壁面から離れるおそれがある。その場合、水頭圧ではシールリングが作動せず、作動油の漏れが多くなり、ミッションに不具合が発生するおそれがある。
【0010】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、ミッションでの不具合を低減し、水頭圧のような極低圧でも作動するシールリングを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のシールリングは、ハウジングの軸孔に挿通される回転軸に設けられた環状溝に装着されて、該環状溝の非密封流体側の側壁面に摺動自在に接触し、かつ上記軸孔の内周面に接触して、これら回転軸と軸孔との間の環状隙間を封止するシールリングであって、該シールリングは、矩形断面の環状体で、周方向の一箇所に合い口を有する樹脂組成物の射出成形体であり、上記樹脂組成物は、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂と、炭素繊維およびガラス繊維から選ばれる少なくとも1つの繊維状補強材を含む組成物であり、上記シールリングの曲げ弾性率(ASTM D790準拠)は、3000MPa~12000MPaであり、上記環状溝に装着された上記シールリングの自由状態の外径寸法(外径寸法D)と、上記ハウジングの内径寸法との差(径差ともいう)が、-0.1mm~+0.15mmであることを特徴とする。
以下、本明細書において、「曲げ弾性率」は、室温(23℃)下における曲げ弾性率(ASTM D790準拠)を意味する。
【0012】
上記環状溝に装着された上記シールリングの自由状態の外径寸法(外径寸法D)は、装着前の上記シールリングの自由状態の外径寸法(外径寸法B)よりも大きいことを特徴とする。
ここで、シールリングに対して拡径方向または縮径方向のいずれにも力が負荷されていない状態を「シールリングの自由状態」という。また、本明細書中、特に限定のない「シールリングの自由状態」は、射出成形体が熱固定された後であって、環状溝に装着される前のシールリングの自由状態を指す。また、「環状溝に装着されたシールリングの自由状態」は、環状溝に装着された後であって、回転軸とともに軸孔に挿通される前のシールリングの自由状態を指す。
【0013】
上記樹脂組成物は、上記繊維状補強材を該樹脂組成物全体に対して5質量%~30質量%含むことを特徴とする。
【0014】
上記環状溝に装着前の上記シールリングの自由状態の外径寸法(外径寸法B)が30mm~60mmであることを特徴とする。
【0015】
上記シールリングの径方向厚みおよび軸方向幅が、上記環状溝に装着前の上記シールリングの自由状態の外径寸法に対してそれぞれ1/40~1/10であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明のシールリングは、ハウジングの軸孔に挿通される回転軸に設けられた環状溝に装着されて、回転軸と軸孔との間の環状隙間を封止するシールリングであって、該シールリングは、矩形断面の環状体で、周方向の一箇所に合い口を有する樹脂組成物の射出成形体であり、樹脂組成物は、PEEK樹脂と、炭素繊維およびガラス繊維から選ばれる少なくとも1つの繊維状補強材を含む組成物であり、シールリングの曲げ弾性率は、3000MPa~12000MPaであり、環状溝に装着されたシールリングの自由状態の外径寸法と、ハウジングの内径寸法との径差が、-0.1mm~+0.15mmであるので、環状溝に装着されたシールリングの外周面のハウジングの内周面に対する張力が適切な値となる。これにより、水頭圧のような極低圧(例えば5kPa未満)でも作動して、必要なシール性能を得ることができる。また、作動後の水頭圧でもオイルリークを抑えられるため、ミッションでの不具合を低減できる。
【0017】
樹脂組成物は、繊維状補強材を該樹脂組成物全体に対して5質量%~30質量%含むので、シールリングの曲げ弾性率を所望の範囲にしやすく、結果的に径差を制御しやすい。また、シールリングの機械的強度を向上できる。
【0018】
環状溝に装着前のシールリングの自由状態の外径寸法が30mm~60mmであるので、上記径差を所定の範囲内に設定しやすい。
【0019】
また、シールリングの径方向厚みおよび軸方向幅が、環状溝に装着前のシールリングの自由状態の外径寸法に対してそれぞれ1/40~1/10であるので、上記径差を所定の範囲内に設定しやすい。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図2】シールリングをハウジングに組み込んだ状態を示す断面図である。
【
図3】シールリングを環状溝へ装着する際の概略図である。
【
図5】実施例および比較例のシールリングとハウジングとの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明者は、上記目的を達成するべく、外径寸法がハウジングの内径寸法よりも所定の範囲で大きいシールリング(例えば、特許文献1の形態1)について調査した。このシールリングは、回転軸の環状溝に装着する際に、該シールリングの内径寸法を回転軸の外径寸法よりも大きくする(拡径する)必要がある。調査の結果、シールリングは、環状溝へ装着する際の拡径によって塑性変形し、装着前に比べて、装着後の外径寸法が0.2mm~0.5mm程度大きくなることが分かった。そして、外径寸法の増加に伴って張力が想定以上に作用し、ハウジングが軸方向に移動した場合、シールリングは追従しシール漏れが生じることなどが推察された。そこで本発明者は、特に、環状溝に装着されたシールリングの自由状態の外径寸法に着目することで、本発明に至った。
【0022】
本発明のシールリングの一形態を
図1に基づいて説明する。
図1に示すように、シールリング1は、樹脂組成物の射出成形体であり、断面が略矩形の環状体である。シールリング内周面1aとシールリングの両側面2との角部は直線状、曲線状の面取りが設けられていてもよい。また、シールリングを射出成形で製造する際には、該部分に金型からの突出し部分となる段部を設けてもよい。また、シールリング1は、周方向の一箇所に合い口3を有するカットタイプであり、弾性変形により拡径して環状溝に装着される。合い口3は一対の端部31、31’から構成される。一対の端部31、31’の形状については、ストレートカット型、アングルカット型などにすることも可能であるが、オイルシール性に優れることから、
図1に示す複合ステップカット型を採用することが好ましい。
【0023】
図1に示すシールリング1は、後述する熱固定によって合い口3が閉じた状態になっている。このシールリング1の大きさ(外径寸法、内径寸法、軸方向幅、径方向厚みなど)は、用途などによって適宜設定される。例えば、シールリング1の内径寸法は12mm~75mmであり、シールリング1の自由状態である外径寸法Bは15mm~80mmである。さらに、外径寸法Bは30mm~60mmであることが好ましい。
【0024】
また、シールリング1の径方向厚みおよび軸方向幅は、例えば、外径寸法Bに対してそれぞれ1/40~1/10にすることができる。後述するように、シールリングの外径寸法は、環状溝に装着する前後で変化する(寸法B→寸法D)が、径方向厚みおよび軸方向幅を上記の範囲にすることで、外径寸法の変化率を安定しやすくなり、ハウジングの内径寸法との差(径差)を所定の範囲内に設定しやすくなる。また、上記径方向厚みおよび軸方向幅は、外径寸法Bに対してそれぞれ1/30~1/15にすることが好ましい。
【0025】
シールリングの使用形態の一例の概略を
図2に基づいて説明する。シールリング1は、ハウジング5の軸孔5aに挿通される回転軸4に設けられた環状溝4aに装着される。図中の矢印が作動油からの圧力が加わる方向であり、図中右側が非密封流体側である。シールリング1は、そのシールリング側面2で、環状溝4aの非密封流体側の側壁面4bに摺動自在に接触している。また、その外周面1bで軸孔5aの内周面に接触している。このシール構造により、回転軸4と軸孔5aとの間の環状隙間を封止している。また、作動油は用途に応じた種類が適宜用いられる。例えば、油温として-30~150℃程度、油圧として0~3.0MPa程度、回転軸の回転数として0~7000rpm程度の条件で使用される。
【0026】
次に、
図3を参照して、シールリングの一例を用いて径差について説明する。
図3(a)は、環状溝に装着する前のシールリングとハウジングの寸法関係を示し、
図3(b)は、シールリングを環状溝に装着する際の工程図を示し、
図3(c)は、環状溝に装着されたシールリングとハウジングの寸法関係を示している。
図3(a)において、シールリング1の自由状態の外径寸法Bは、ハウジング5の内径寸法φよりも小さくなっている。このシールリング1をテーパー治具6に通して拡径させた後(
図3(b)参照)、環状溝4aに嵌合させる(
図3(c)参照)。環状溝4aに装着されたシールリング1の自由状態の外径寸法Dは、拡径時の塑性変形によって、環状溝4aに装着前のシールリング1の自由状態の外径寸法Bよりも大きくなっている(D>B)。
【0027】
本発明において、シールリング1は、外径寸法Dとハウジング5の内径寸法φとの径差、つまり(D-φ)の値が-0.1mm~+0.15mmであることを特徴としている。シールリング1の外径寸法Dがハウジング5の内径寸法φよりも大きい場合(
図3(c)参照)、径差はプラスの値になり、シールリング1の外径寸法Dがハウジング5の内径寸法φよりも小さい場合、径差はマイナスの値になる。
【0028】
ここで、エンジン停止時の水頭圧でもシールリングが作動して作動油をシールするためには、環状溝に装着された状態において、シールリングの外径寸法とハウジングの内径寸法との径差をゼロにすることが理想的である。しかし、実際には径差をゼロに制御することは困難である。そこで、本発明では、径差を-0.1mm~+0.15mmにすることで、水頭圧でもシールリングが作動でき、かつ、優れたシール性を得ることができる。シール性の観点から、径差は-0.05mm~+0.1mmであることが好ましく、+0.05~+0.1mmであることがより好ましい。
【0029】
上記径差は、塑性変形による外径寸法の増加を考慮した上で、シールリングの外径寸法Bを熱固定によりコントロールすることで得られる。本発明のシールリングは、環状溝への装着前後の外径寸法の変化率((D-B)/B×100)が+0.1%~+0.5%であることが好ましく、+0.2%~+0.4%であることがより好ましい。
【0030】
本発明のシールリングは、以下の工程1および工程2により得られる。
【0031】
工程1:成形工程
成形工程では、樹脂組成物を溶融混錬して得た成形用ペレットを用いて、周知の射出成形法により成形体を得る。なお、樹脂組成物の詳細については後述する。工程1の段階では、
図4(a)に示すように、成形体の合い口3が開いた状態になっている。
図4(a)において、成形体の合い口3は複合ステップカットである。合い口3において、一方の端部31は、内周面側に突き合わせ部31aと、外周面側に突き合わせ部31aから突出したリップ部31bおよび後退したポケット部31cとを有する。他方の端部31’は、突き合わせ部31a、リップ部31b、およびポケット部31cと相補的に嵌合するように形成された突き合わせ部31a’、ポケット部31c’、およびリップ部31b’を有する。
図4(a)では、一対のリップ部31b、31b’同士は離れており、成形体の径方向において互いに重ならない状態となっている。
【0032】
工程2:熱固定工程
続いて、射出成形後の成形体の合い口を閉じた状態で熱固定を行い、シールリングの外径形状を真円にする。具体的には、まず、成形体の合い口の間隔を狭めて円筒状の熱固定用パイプの内径部に圧入し、圧入された成形体の内径部に円柱体を挿入する。その後、一定時間高温雰囲気下にさらし円柱体を膨張させることで成形体の内側から強制力をかけて熱固定する。その結果、成形体の合い口3が閉じた状態になる(
図4(b))。熱固定後の成形体は、
図1のシールリングに相当する。この成形体の外径寸法Bは、合い口3が閉じられることから、射出成形後の成形体の外径寸法Aよりも小さい(A>B)。
【0033】
次に、上記で得られたシールリングを、回転軸の環状溝に装着する。具体的には、
図3(b)に示すように、回転軸4に装着するためのテーパー治具6にシールリング1を挿入して、シールリング1を拡径させながら回転軸4の環状溝4a側に移動させて、環状溝4aに装着する。この拡径時のシールリングの外径寸法Cは、射出成形後の外径寸法Aよりも大きい(C>A)。また、環状溝4aに装着されたシールリングの外径寸法Dは、拡径時の外径寸法Cよりも小さく(C>D)、かつ、熱固定後の外径寸法Bよりも大きい(D>B)。上記の工程ごとの外径寸法の大小関係をまとめると、C>A>D>Bとなる。
【0034】
本発明において、外径寸法Dとハウジングの内径寸法φの径差は、-0.1mm~+0.15mmである。また、外径寸法Dは、ハウジングの内径寸法φに対して、-0.25%~+0.35%大きい寸法であることが好ましい。例えば、外径寸法Dをこの範囲にするためには、外径寸法Bを、ハウジングの内径寸法φに対して、-0.60%~+0.15%大きい寸法にすることが好ましい。
【0035】
本発明のシールリングは、ASTM D790に準拠して測定される曲げ弾性率が3000MPa~12000MPaである。曲げ弾性率を12000MPa以下にすることで、外径寸法Bから外径寸法Dへの変化量を安定させやすく、ハウジングの内径寸法φとの径差を-0.1mm~+0.15mmの範囲に制御しやすい。
【0036】
一方、曲げ弾性率が3000MPa未満であると、ミッション運転(120℃以上)の温度において、シールリングが熱膨張し、全長が伸びて合い口が狭まる方向に変形するおそれがある。これは、シールリングの外周面がハウジングの内周面に拘束されているため、熱膨張が径方向ではなく、周方向に進むためである。周方向に大きくなったシールリングは、運転停止によって冷却されて全長が元に戻っても、形状は元に戻らない。そのため、合い口が狭まったままでクリープして、結果的にシールリングの外径寸法が、外径寸法Dよりも、さらに例えば0.1mm以上小さくなってしまう。そうすると、再度の運転時のシール性が低下するおそれがある。これに対して、本発明のシールリングは曲げ弾性率が3000MPa以上であるので、運転時の周方向への変形を抑制できる。
【0037】
シールリングの曲げ弾性率は、好ましくは3000MPa~10000MPaであり、より好ましくは5000MPa~10000MPaである。
【0038】
本発明に用いる樹脂組成物は、ベース樹脂であるPEEK樹脂と、炭素繊維およびガラス繊維から選ばれる少なくとも1つの繊維状補強材を含む組成物である。PEEK樹脂の配合量は、樹脂組成物全体に対して70質量%~95質量%であることが好ましく、80質量%~95質量%であることがより好ましい。
【0039】
また、繊維状補強材の配合量は、樹脂組成物全体に対して5質量%~30質量%であることが好ましい。繊維状補強材の配合量をこの範囲内にすることで、曲げ弾性率を所望の値にしやすくなる。繊維状補強材の配合量は5質量%~15質量%であることがより好ましい。
【0040】
炭素繊維は、原材料から分類されるピッチ系またはPAN系のいずれのものであってもよい。その焼成温度は特に限定するものではないが、2000℃またはそれ以上の高温で焼成されて黒鉛化されたものよりも、1000~1500℃程度で焼成された炭化品のものが、高PV下でも環状溝を摩耗損傷しにくいので好ましい。また、炭素繊維は、チョップドファイバー、ミルドファイバーのいずれであってもよいが、同じ配合量では本数が多く、油膜形成されやすいなどの理由で、ミルドファイバーが好ましい。
【0041】
繊維状補強材の平均繊維径は、特に限定されないが、20μm以下が好ましい。この範囲をこえる繊維径では、軸体の材質がアルミニウム合金、焼入れなしの鋼材の場合、環状溝の摩耗損傷が大きくなるおそれがある。また、良好な補強効果を発揮させつつ、シールリングの拡径性を確保するため、繊維状補強材の平均繊維長は0.02mm~0.2mmが好ましい。
【0042】
上記樹脂組成物には、必要に応じて、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂、グラファイト、二硫化モリブデンなどの固体潤滑剤、リン酸カルシウム、硫酸カルシウムなどの摺動補強材、カーボンブラックなどを配合できる。
【0043】
また、本発明の回転軸は、外周面に環状溝を有し、該環状溝に上記シールリングが装着されたものであり、ハウジングの軸孔に挿通される。このシールリングは、具体的には、矩形断面の環状体で、周方向の一箇所に合い口を有する樹脂組成物の射出成形体であり、樹脂組成物は、PEEK樹脂と、炭素繊維およびガラス繊維から選ばれる少なくとも1つの繊維状補強材を含む組成物であり、シールリングの曲げ弾性率は、3000MPa~12000MPaであり、環状溝に装着されたシールリングの自由状態の外径寸法と、ハウジングの内径寸法との差が、-0.1mm~+0.15mmである。
【実施例】
【0044】
実施例および比較例のシールリングを構成する樹脂組成物の原材料、シールリングの曲げ弾性率、および試験に用いた装置のハウジングの内径寸法を以下に示す。
樹脂組成物のベース樹脂:PEEK樹脂
樹脂組成物の充填材 :炭素繊維10質量%+その他
曲げ弾性率 :7000MPa
ハウジングの内径寸法 :φ44mm
【0045】
上記原材料からなる樹脂組成物を用いて、二軸押出し機を用いて溶融混練し、ペレットを作製した。該ペレットを原料として、射出成形により成形体を得た。その後、得られた成形体を熱固定することにより、径方向厚み2mm×軸方向幅2.3mmで、外径寸法がそれぞれ異なるシールリングを得た。具体的には、熱固定する際に、内径寸法が異なる熱固定用パイプを用いることで、外径寸法Bが44mmを中心として±0.30mmの範囲内で異なる10種類のシールリングを作製した(実施例1~5、比較例1~5)。
【0046】
作製したシールリングを、テーパー治具を用いて、後述のオイルリーク測定装置の軸溝(環状溝)へ装着して試験を実施した。また、装着後のシールリングの外径寸法Dを測定し、径差、外径寸法の変化率などを算出した。表1には、実施例1~5の寸法などを示す。また、
図5には、実施例1、2、4および比較例2のシールリングとハウジングとの寸法関係を示す。
【0047】
【0048】
表1に示すように、実施例1~5のシールリングは、装着後の外径寸法Dとハウジングの内径寸法φとの径差が-0.1mm~+0.15mmである。実施例1~5のシールリングは、装着前に比べて、装着後の外径寸法が0.09mm~0.15mm増加しており、外径寸法の変化率は0.20%~0.34%であった。
また、表1の割合aは、ハウジングの内径寸法φに対する、シールリングの外径寸法Bと内径寸法φとの差分の割合を示し、表1の割合bは、ハウジングの内径寸法φに対する、シールリングの外径寸法Dと内径寸法φとの差分の割合を示す。この結果より、割合bを-0.23%~+0.34%にするためには、割合aが-0.57%~+0.14%の差分となるようにシールリングを作製する必要があることが分かる。
【0049】
(1)水頭圧オイルリーク試験
シールリングの水頭圧でのオイルリークを評価するため、
図6および
図7に示すオイルリーク測定装置を用いて以下の条件および手順で試験を行った。ここで、
図6はオイルリーク測定装置の概略図であり、
図7は環状溝に装着されたシールリングとハウジング周辺の拡大断面図である。
【0050】
オイルリーク測定条件
オイル :ATF
試験温度:40℃
回転数 :0rpm
【0051】
以下、
図6および
図7に基づいて本試験の手順を説明する。
1-1:バルブ1を閉じた状態でバルブ2を開き、ポンプによる油圧(50kPa、1分間)をかけてシールリングを移動させ、環状溝の右側の側壁面に密接した状態(作動した状態)にする。
1-2:次に、バルブ2を閉じ、バルブ1を開いて水頭圧(2.4kPa)でのオイルリーク量を測定した。オイルリーク性は、オイルリーク量が1cc/min未満の場合を「○」、1cc/min以上の場合を「×」と判定した。
1-3:水頭圧がかかった状態で、
図7に示すように、ナットを締めてハウジングを図左側(軸方向)に移動させて、シールリングの作動の有無を判定した。例えば、ハウジングを移動させた際、その移動にシールリングが追従すると環状溝の右側の側壁面からシールリングが離れ、シール面に隙間ができることでオイルリーク量が増加する。一方、シールリングが追従しなければ、オイルリーク量が増加しないことから、シールリングが作動しているといえる。このように、ハウジングを移動させた際のオイルリーク量の増加を観察することで、シールリングの作動の有無を判定した。結果を表2に示す。
【0052】
(2)油圧オイルリーク試験(作動圧試験)
上記(1)の試験の水頭圧で作動しなかったシールリング(比較例4~5)について、ポンプによる油圧をかけて作動圧を測定した。
【0053】
以下、
図6および
図7に基づいて本試験の手順を説明する。
2-1:バルブ1を閉じた状態でバルブ2を開き、ポンプによる油圧(50kPa、1分間)をかけてシールリングを移動させ、環状溝の右側の側壁面に密接した状態(作動した状態)にする。
2-2:次に、ポンプによる油圧を3kPaに設定し、その油圧がかかった状態で、
図7に示すように、ナットを締めてハウジングを図左側に移動させて、オイルリーク量の増加を観察した。オイルリーク量が増加した場合、その油圧ではシールリングが作動していないため、油圧を更に1kPa上げて、再度オイルリーク量の増加を観察した。そして、シールリングが作動するまで油圧を1kPaずつ上げていき、最終的にシールリングが作動した油圧を作動圧とした。結果を表2に示す。
【0054】
なお、表2では、水頭圧で作動したシールリング(実施例1~5、比較例1~3)については、作動圧を2.4kPa以下と表記した。
【0055】
【0056】
表2に示すように、実施例1~5のシールリングは、水頭圧でもシールリングが作動し、更にオイルリーク性も良好であった。水頭圧でのオイルリーク量は、径差0.05mm以上の場合に頭打ちとなり、オイルリーク性の観点では径差0.05mm以上が好ましいことが分かった。
【0057】
一方、比較例1~3のシールリング(ハウジングの内径寸法φに対して外径寸法Dが0.15mm~0.3mm小さい)は、水頭圧で作動するものの、オイルリーク量が増加する結果になった。また、比較例4~5のシールリング(ハウジングの内径寸法φに対して外径寸法Dが0.2mm~0.3mm大きい)は、水頭圧でのオイルリーク量は低いものの、ハウジングへの張り付きが強く、水頭圧では作動しない結果になった。そのため、比較例4~5のシールリングは、例えば水頭圧がかかった状態でハウジングが軸方向に移動すると作動油の漏れが多くなると考えられる。
【0058】
以上より、本発明のシールリングは、所定の樹脂組成物および所定の曲げ弾性率とした上で、更に、環状溝に装着されたシールリングの外径寸法Dとハウジングの内径寸法φとの径差を+0.15mm以下にすることで、ハウジングへの張り付き力を小さくし、水頭圧でも作動してシール性能を発揮させるとともに、径差を-0.1mm以上にすることで、ハウジングの内周面との隙間を小さくして良好なシール性能を確保している。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明のシールリングは、水頭圧でも作動してシール性能を発揮できる。また、作動後の水頭圧でもオイルリークを抑えられるため、ミッションでの不具合を低減できる。本発明のシールリングは、ATやCVTなどの油圧機器の回転軸用シールリングとして好適である。
【符号の説明】
【0060】
1 シールリング
2 シールリング側面
3 合い口
4 回転軸
5 ハウジング
6 テーパー治具