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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-06
(45)【発行日】2024-09-17
(54)【発明の名称】モータ駆動システム、及びその方法
(51)【国際特許分類】
   H02P 21/34 20160101AFI20240909BHJP
   H02P 21/18 20160101ALI20240909BHJP
   H02P 21/24 20160101ALI20240909BHJP
   H02P 5/46 20060101ALI20240909BHJP
【FI】
H02P21/34
H02P21/18
H02P21/24
H02P5/46 H
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2021046143
(22)【出願日】2021-03-19
(65)【公開番号】P2022144938
(43)【公開日】2022-10-03
【審査請求日】2023-06-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110002365
【氏名又は名称】弁理士法人サンネクスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】隅田 悟士
(72)【発明者】
【氏名】児島 徹郎
【審査官】三島木 英宏
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-253506(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 21/34
H02P 21/18
H02P 21/24
H02P 5/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
速度センサレスでモータを駆動するインバータにより前記モータをフリーラン再起動時させるモータ駆動システムであって、
前記インバータが前記モータを駆動する駆動電流を検出する電流検出部と、
該電流検出部が検出した前記駆動電流に基づいて前記モータの回転速度を推定する回転速度推定部と、
前記インバータの駆動周波数すなわちインバータ周波数を可変自在に生成するインバータ周波数制御部と、
前記インバータのスイッチングを前記速度センサレスで制御するインバータ制御部と、
を備え、
前記インバータ周波数制御部は、前記モータの磁束の制御指令値である磁束指令値を所定値にセットし、前記モータのフリーラン再起動時に前記インバータ周波数をスイープさせ、前記推定された前記回転速度と前記インバータ周波数が同期した場合に前記スイープを停止し、前記束指令値をゼロにセットする、
モータ駆動システム。
【請求項2】
前記電流検出部の出力である電流検出値と、前記インバータ制御部の電流指令値とを比較することによって、前記スイープの停止を判断する、
請求項1に記載のモータ駆動システム。
【請求項3】
前記スイープを停止する条件は、前記モータが駆動する対象物の進行方向と前記インバータ周波数とに依存し、
前記対象物が前進中に前記インバータ周波数が所定値以下になった場合と、
前記対象物が後進中に前記インバータ周波数が所定値以上になった場合と、
に前記スイープを停止する、
請求項1に記載のモータ駆動システム。
【請求項4】
前記磁束指令値のセット値を前記モータの二次時定数、抵抗値、インダクタンス値、温度の一つあるいは複数に依存して可変とする、
請求項1~3の何れか1項に記載のモータ駆動システム。
【請求項5】
前記スイープの停止時に前記インバータ制御部が磁束指令値に回転速度を乗じた誘起電圧指令値を所定値にセットする、
請求項1~4の何れか1項に記載のモータ駆動システム。
【請求項6】
速度センサレスでモータを駆動するインバータにより前記モータをフリーラン再起動時させるモータ駆動システムであって、
前記インバータが前記モータを駆動する駆動電流を検出する電流検出部と、
該電流検出部が検出した前記駆動電流に基づいて前記モータの回転速度を推定する回転速度推定部と、
前記インバータの駆動周波数すなわちインバータ周波数を可変自在に生成するインバータ周波数制御部と、
前記インバータのスイッチングを前記速度センサレスで制御するインバータ制御部と、
を備え、
前記インバータ周波数制御部は、前記モータのフリーラン再起動時に前記インバータ周波数をスイープさせ、前記推定された前記回転速度と前記インバータ周波数が同期した場合に前記スイープを停止し、前記モータの磁束の制御指令値である磁束指令値を所定値にセットし、
複数台の前記モータと、前記モータそれぞれに対応するインバータと、複数台の前記インバータと通信可能な中央制御部とを備え、前記モータそれぞれに対応する前記インバータ周波数の初期値に差を設けた状態で前記スイープを開始し、前記スイープが最初に終了した前記インバータの前記インバータ周波数を前記中央制御部を経由して、他の前記インバータと共有する、
ータ駆動システム。
【請求項7】
電流検出部の検出した駆動電流から回転速度を検知して速度センサレスで制御するインバータ制御部により、スイッチングされたインバータを用いて、モータをフリーラン再起動時させるモータ駆動方法であって、
前記インバータの駆動周波数すなわちインバータ周波数を可変自在に生成するインバータ周波数制御部が、
前記モータの磁束の制御指令値である磁束指令値を所定値にセットするステップと、
前記フリーラン再起動時に前記インバータ周波数のスイープを開始するステップと、
電流検出部により検出された前記モータの電流に基づいて前記モータの回転速度を算出するステップと、
前記モータの前記回転速度と前記インバータ周波数が同期したと判断するステップと、
該判断した場合に前記スイープを停止するステップと、
前記束指令値をゼロにセットするステップと、
を実行する、
モータ駆動方法。
【請求項8】
前記判断するステップでは、
前記電流検出部の出力である電流検出値と、前記インバータ制御部の電流指令値とを比較することによって、前記スイープの停止を判断する、
請求項7に記載のモータ駆動方法。
【請求項9】
前記モータが駆動する対象の進行方向が前進と後進の何れかである場合には、前記インバータ周波数が所定値以下と所定値以上の何れかに到達したことを契機に前記スイープを停止する、
請求項7に記載のモータ駆動方法。
【請求項10】
前記磁束指令値のセット値は、前記モータの二次時定数と、抵抗値と、インダクタンス値と、温度と、のうち少なくとも何れか1つに依存して可変とする、
請求項7~9の何れか1項に記載のモータ駆動方法。
【請求項11】
前記スイープの停止時に前記インバータ制御部が磁束指令値に回転速度を乗じた誘起電圧指令値を所定値にセットする、
請求項7~10の何れか1項に記載のモータ駆動方法。
【請求項12】
電流検出部の検出した駆動電流から回転速度を検知して速度センサレスで制御するインバータ制御部により、スイッチングされたインバータを用いて、モータをフリーラン再起動時させるモータ駆動方法であって、
前記インバータの駆動周波数すなわちインバータ周波数を可変自在に生成するインバータ周波数制御部が、
前記フリーラン再起動時に前記インバータ周波数のスイープを開始するステップと、
電流検出部により検出された前記モータの電流に基づいて前記モータの回転速度を算出するステップと、
前記モータの前記回転速度と前記インバータ周波数が同期したと判断するステップと、
該判断した場合に前記スイープを停止するステップと、
前記モータの磁束の制御指令値である磁束指令値を所定値にセットするステップと、
を実行し、
複数台の前記モータと、前記モータそれぞれに対応するインバータと、複数台の前記インバータと通信可能な中央制御部とを備え、前記モータそれぞれに対応する前記インバータ周波数の初期値に差を設けた状態で前記スイープを開始し、前記スイープが最初に終了した前記インバータの前記インバータ周波数を前記中央制御部を経由して、他の前記インバータと共有する、
ータ駆動方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、速度センサレス制御のインバータにより駆動される誘導電動機を適切にフリーラン再起動させるモータ駆動システム、及びその方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モータを駆動源とするシステムでは、電源がオフであってもモータが回転している場合がある。例えば、鉄道の惰行期間、電気自動車のアクセルオフ期間などである。この状態をフリーランと呼び、フリーランの状態にあるモータを再起動させる技術をフリーラン再起動と呼ぶ。フリーラン再起動では、モータの回転速度を推定し、その推定値に基づいてインバータを制御する。もし、速度推定値に誤差があると、トルクショックが発生し、乗り心地が悪化するため、高い推定精度が求められる。
【0003】
特許文献1のインバータ装置は、モータがフリーラン状態であるときの回転速度を所定のパラメータを用いた条件に基づいて同定する速度サーチ機能と、モータを実際の運転条件に基づいて運転させながらパラメータをティーチングするティーチング機能とを有する。これによって、フリーラン状態のモータの回転速度を精度良く同定する効果を得ている。
【0004】
しかし、モータ駆動システムの省エネルギー化(省エネ)のため、モータが高効率化すなわち低抵抗化されると、モータの二次時定数が長くなり、磁束の立ち上がりの応答は遅くなる。ゆえに、インバータ制御装置の磁束指令に対する磁束の追従性が低下し、磁束指令と磁束の誤差(以下、「磁束誤差」、又は単に「乖離」ともいう)が発生し、速度推定精度が低下する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2013-106461号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、フリーラン再起動において、モータの二次時定数の長さに影響されることなく、モータの回転速度を精度良く推定できるモータ駆動システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
速度センサレスでモータを駆動するインバータによりモータをフリーラン再起動時させるモータ駆動システムであって、インバータがモータを駆動する駆動電流を検出する電流検出部と、電流検出部が検出した駆動電流に基づいてモータの回転速度を推定する回転速度推定部と、インバータの駆動周波数すなわちインバータ周波数を可変自在に生成するインバータ周波数制御部と、インバータのスイッチングを速度センサレスで制御するインバータ制御部と、を備え、インバータ周波数制御部は、モータのフリーラン再起動時にインバータ周波数をスイープさせ、推定された回転速度とインバータ周波数が同期した場合にスイープを停止し、モータの磁束の制御指令値である磁束指令値を所定値にセットする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、フリーラン再起動において、モータの二次時定数の長さに影響されることなく、モータの回転速度を精度良く推定できるモータ駆動システムを提供できる。このことは、二次時定数の長いモータのフリーラン再起動を実現できることを意味する。その結果、低抵抗で高効率のモータを駆動源に適用することが可能となり、モータ駆動システムの省エネ化に貢献する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の実施例1に係るモータ駆動システム(以下、「本システム」ともいう)の概略構成を示す機能ブロック図である。
図2図1の本システムのフリーラン再起動時におけるインバータ周波数制御部の動作手順を示すフローチャートである。
図3図1の本システムのフリーラン再起動時における各部の動作波形を示すタイミングチャートである。
図4】比較例に係るモータ駆動システムにおけるフリーラン再起動失敗時を示す、図3に相当するタイミングチャートである。
図5図1の本システムにおけるフリーラン再起動成功時を示す、図3に相当するタイミングチャートである。
図6】本発明の実施例2に係るモータ駆動システム(これも「本システム」という)の概略構成を示す模式説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を用いて本発明の実施例1,2、及び比較例を説明する。実施例1は図1図3及び図5に示す。実施例2は図6に示す。比較例は、図4に示している。また、図3図4を対比して実施例1の作用効果を説明する。
【実施例1】
【0011】
図1は、実施例1に係る本システムの概略構成を示す機能ブロック図である。本システムは、速度センサレス制御のインバータ2により駆動される誘導電動機(以下、単に「モータ」ともいう)1を適切にフリーラン再起動させるものである。以下、各構成要素について説明する。本システムにおいて、インバータ2は、スイッチング素子を用いて直流電圧を交流電圧に変換し、その交流電圧をモータ1に印加する。このようにインバータ2で駆動されるモータ1は、その駆動対象である電車等に対する駆動源となる。
【0012】
電流検出部3は、モータ1のU相電流iu 、電流iv 、W相電流iw (まとめて「各相電流iu,iv,iw 」という)を検出する。インバータ制御部4は、各相電流iu,iv,iw に基づいて、ゲート信号g1~g6 を決定し、インバータ2へ出力する。本システムは、2レベルの三相インバータ2を想定し、6本のゲート信号g1~g6 を例示した。なお、本発明は、2レベルの三相インバータに限定されず、三相以外の3レベルインバータにも適用可能である。
【0013】
インバータ制御部4は、以下の要素から構成される。三相二相変換部4aは、交流量である各相電流iu,iv,iw を、直流量であるd軸電流id 、q軸電流iq に変換する。インバータ周波数制御部4bは、インバータの駆動周波数(以下、「インバータ周波数」ともいう)ωinv を制御する。位相演算部4cは、インバータ周波数ωinv に基づいて位相θdを演算する。
【0014】
位相θdは、三相二相変換部4a及び二相三相変換部4dにおいて、座標変換時の位相θdとして引用される。二相三相変換部4dは、直流量であるd軸電圧指令vdp 、及びq軸電圧指令vqp を交流量であるU相電圧vu 、V相電圧vv 、及びW相電圧vw (まとめて「各相電圧vu,vv,vw 」という)に変換する。PWM制御部4eは、各相電圧vu,vv,vw に基づいてゲート信号g1~g6 を決定する。
【0015】
インバータ周波数制御部4bは、以下の要素から構成される。周波数スイープ部4b1は、所定の初期値から終了値、例えば、モータの最高回転速度から最低回転速度までをスイープする回転速度ωsw を出力する。周波数スイープ終了判定部4b2は、周波数スイープ部4b1による周波数スイープの終了タイミングを判定し、フラグFsw を出力する。なお、周波数スイープを(回転)速度スイープと換言しても良い。
【0016】
ここで、フラグFsw は、スイープ継続か終了かを、LowとHighで区別して表す。すなわち、フラグFsw がLowならスイープを継続し、フラグFsw がHighならスイープを終了する。磁束指令演算部4b3は、モータ1のd軸磁束φdの指令値であるd軸磁束指令φdp を演算する。速度推定部4b4は、d,q軸電流id,iq に基づいてモータ速度推定値ωest を演算する。
【0017】
インバータ周波数切替部4b5は、フラグFsw :Low(スイープ継続)では、スイープする回転速度ωsw をインバータ周波数ωinvとして出力し、フラグFsw :High(スイープ停止)では、モータ速度推定値ωest をインバータ周波数ωinvとして出力する。以上が実施例1の構成要素である。つぎに、速度推定部4b4の一例について説明する。モータ1のq軸電流iq の挙動は、次式で表される。
【0018】
【数1】
【0019】
ただし、φq:q軸磁束 [Wb]、s:ラプラス演算子、L2:二次インダクタンス [H]、Lσ:1次換算漏れインダクタンス [H]、M:相互インダクタンス [H]、Rσ:合成抵抗値 [Ω]、T2:二次時定数 [s]、とする。また、フリーラン再起動時のq軸電圧指令vqp は、以下で表される。
【0020】
【数2】
【0021】
ただし、idp:d軸電流指令 [A]とする。一般に主磁束方向はd軸とするために「φq = 0」、また、電流制御器によって「d軸電流指令idp = d軸電流id 」、インバータ周波数切替部4b5によって「インバータ周波数ωinv = モータ速度推定値ωest 」であるから、(数1)、(数2)より以下が成り立つ。
【0022】
【数3】
【0023】
(数3)のd軸磁束φdは、一般に検出できないため、未知数であり、「d軸磁束φd = d軸磁束指令φdpw 」と仮定すると、以下が成り立つ。
【0024】
【数4】
【0025】
q軸電流iq が応答角周波数ωacrでゼロに収束するように以下を制御設計式とする。
【0026】
【数5】
【0027】
(数4)、(数5)より以下が成り立つ。
【0028】
【数6】
【0029】
(数6)のωrは未知であるため、スイープ停止時の応答角周波数ωsw (スイープする回転速度ωsw )で代替すると、以下となる。
【0030】
【数7】
【0031】
(数7)が速度推定部4b4の一例である。これによってモータ速度推定値ωest を演算すれば、(数5)が成り立ち、q軸電流iq はゼロに収束する。その結果、(数4)の右辺の(ωest - ωr)もゼロに収束し、「ωest = ωr」となる。本システムの対象技術であるフリーラン再起動について説明する。フリーラン再起動の目的は、インバータ2のゲートスタート後にインバータ周波数ωinvをωrに収束させることであり、これを実現するための制御フローを図2に示す。
【0032】
図2は、図1の本システムのフリーラン再起動時におけるインバータ周波数制御部の動作手順を示すフローチャートである。図2に示すように、本システムは、フリーラン再起動時に、インバータ周波数制御部が、周波数スイープ開始ステップS1と、周波数スイープ終了(同期)判定ステップS2と、周波数スイープ終了ステップS3と、磁束指令リセットステップS4と、速度指令開始ステップS5と、を実行する。このような手順により、インバータ周波数制御部4bは、モータ1のフリーラン再起動時にインバータ周波数ωinvをスイープさせ、推定された回転速度、すなわちモータ速度推定値ωestと、インバータ周波数ωinvが同期した場合にスイープを停止し、モータ1の磁束の制御指令値である磁束指令値を所定値にセットする。
【0033】
図3は、図1の本システムのフリーラン再起動時における各部の動作波形を示すタイミングチャートである。図3の時刻t1 以前では、インバータ2はオフであり、モータ1に電流は流れていないが、フリーランのため空転速度ωrは非ゼロである。t1 のタイミングでインバータ2のスイッチングが開始されると、モータ1に電流が流れ始める。t1 の時点ではωrを推定するための情報がないため、インバータ周波数ωinvは適当な初期値、例えば最高回転速度などに設定される。
【0034】
その後、周波数スイープ部4b1によって、周波数スイープが開始される(図2のステップS1)。やがて、図3のt2 のタイミングでインバータ周波数ωinv はωrを通過する。インバータ2による電圧出力誤差あるいは電流検出部4による電流検出誤差などがない理想条件では、周波数スイープ終了判定部4b2によって、t2 のタイミングで周波数スイープの終了判定がなされ、フラグFsw がLowからHighに変化するが、実際には何らかの誤差があるために時間誤差Δtが発生する。
【0035】
その結果、t2 からΔt経過したt3 のタイミングでフラグFsw がLowからHighに変化し、周波数スイープが停止される(図2のS2,S3)。この時点では、速度推定誤差Δωinvが発生しているため、これをゼロに収束させるために速度推定部4b4によって、d軸電流id 、q軸電流iq に基づいてモータ速度推定値ωest を演算する。これは、図2の速度指令開始ステップS5に相当する。
【0036】
磁束指令リセットステップS4は、本システムに特有のステップであり、ここではスキップされる。速度推定部4b4は、前述したようにインバータ周波数ωinv とωrを一致させる効果があり、フリーラン再起動を完了させることができる。以上がフリーラン再起動の概要である。フリーラン再起動でのd軸磁束φdの挙動について説明する。モータ1のd軸磁束φd、q軸磁束φqの挙動は、次式で表される。
【0037】
【数8】
【0038】
【数9】
【0039】
ただし、ωsの値に応じて、(数8)のφdは以下の挙動(1),(2)を示す。
(1)ωsの絶対値が小さい場合、(数8)において、「ωs = 0」とすると、次式が得られる。
【0040】
【数10】
【0041】
ただし、idp:d軸電流指令 [A]とする。(数10)よりφdはidに従って増加し、やがてd軸磁束指令φdp に収束することが分かる。
(2)ωsの絶対値が大きい場合、(数8)、(数9)の右辺において、ωs以外の項を無視すると、次式が得られる。
【0042】
【数11】
【0043】
(数11)の特性方程式を解くと、次式が得られる。
【0044】
【数12】
【0045】
(数12)よりsの実部は負であるから、φdは一定値に収束することが分かる。そこで、「s = 0」を(数8)及び(数9)に代入し、ωs以外の項は無視すると、以下を得る。
【0046】
【数13】
【0047】
(数13)より、φdの定常値はゼロであることが分かる。φdの収束値をまとめると、以下の通りである。
(1)ωsの絶対値が小さい場合:φd = d軸磁束指令φdp
(2)ωsの絶対値が大きい場合:φd = 0
【0048】
図3のt1以前では、インバータ2がオフであることから、φd、d軸磁束指令φdp ともにゼロである。t1のタイミングでd軸磁束指令φdp はモータ1の特性に応じた所定値に設定される。φdは、インバータ周波数ωinvとωrの差、すなわち、すべりωsがゼロに漸近すると、前段落の(1)よりd軸磁束指令φdp を追従する。t2 以降においてωsが拡大すると、前段落の(2)よりφdはゼロに戻り始めるが、t2以降において、すべりωsがゼロに収束し始めるとφdもd軸磁束指令φdp に収束し始める。
【0049】
図4を用いてフリーラン再起動の課題について説明する。図4は、比較例に係るモータ駆動システムにおけるフリーラン再起動失敗時を示す、図3に相当するタイミングチャートである。省エネのためにモータ1を高効率化すると、モータ1の抵抗値は低下し、二次時定数T2 は長くなる。このように、二次時定数T2 が長い場合のフリーラン再起動時の動作波形を図4に示している。二次時定数T2 が長いほど、(数10)に示されるようにφdの立ち上がりは遅くなる。このため、図3に比べて図4のt3でのφdは小さくなり、「φdp > φd」となるため、(数4)は成り立たず、(数4)に示すq軸電流iq よりも実際のq軸電流iq は大きくなる。
【0050】
すると、(数7)よりモータ速度推定値ωest は負方向にずれ、図4のt3以降では「ωest = ωinv < ωr」となり、最悪のケースでは「ωest = ωinv = 0」となる。このとき、ωs( = ωinv - ωr)の絶対値は大きくなるから、前述したように「φd = 0」となる。モータ1のトルクはφdとd軸電流idの積に比例するため、「φd = 0」であるとトルクもゼロとなり、鉄道車両や自動車の加速不良の原因となる。
【0051】
以上では、速度推定部4b4として(数7)を適用した場合について説明した。しかし、どのような速度推定部であっても、φdを直接検出する手段が無い以上、d軸磁束指令φdp とφdの誤差Δφdは、速度推定誤差の原因となる。これがフリーラン再起動時における課題である。
【0052】
本システムでは、二次時定数T2 の長いモータ1をフリーラン再起動させるため、フラグFsw がLowからHighに変化したとき、磁束指令演算部4b3によって、d軸磁束指令φdp をゼロにセットする。このときの動作波形を図5に示す。図5は、図1の本システムにおけるフリーラン再起動成功時を示す、図3に相当するタイミングチャートである。図5のt3までは図4と同じであるが、t3にてd軸磁束指令φdp をゼロにセットすることでΔφdをゼロにすることができる。この結果、速度推定部4b4による速度推定によって、インバータ周波数ωinvをωrに収束させることができる。
【0053】
セット値をゼロにするのは、速度推定誤差Δωinvが大きい場合、つまりωsの絶対値が大きい場合には、前述したように「φd = 0」であることが分かっているためである。(数9)~(数13)による説明の通り、速度推定誤差Δωinvがいかに大きい場合であってもφdは発散することはなく、ゼロに収束する性質を利用しており、これが本システムの動作原理となっている。
【0054】
本システムによれば、二次時定数T2 の長いモータ1をフリーラン再起動できるため、高効率なモータ1をモータ駆動システムの駆動源として利用することができる。その結果、省エネ効果を高められる。以下、実施例1について補足する。周波数スイープ終了判定部4b2は、理想的には速度推定誤差Δωinvがゼロになった瞬間を検知して、フラグFsw をLowからHighに切り替える必要がある。
【0055】
速度推定誤差Δωinvがゼロの場合では、モータ1の各状態量とインバータ制御部4の各指令値は、それぞれ一致するため、例えば、d軸電流id とd軸電流指令idp が一致するタイミングに基づいて、フラグFsw をLowからHighに切り替えれば良い。
【0056】
また、モータ1の駆動対象の進行方向が前進である場合には、スイープする回転速度ωsw の初期値を最高回転速度に設定し、スイープする回転速度ωsw が所定値以下になった場合にはフラグFsw をLowからHighに切り替えれば良い。
【0057】
前進時ならば、空転速度ωrはゼロより大きい正の値に限定されるので、スイープ中のインバータ周波数ωinvが所定値以下になった場合、速度推定誤差Δωinvがゼロになった瞬間を検知したとみなして、スイープを停止し、モータ1を再起動させれば良い。逆に、後進時ならば、空転速度ωrはゼロより小さい負の値に限定されるので、スイープ中のインバータ周波数ωinvが所定値以上になった場合、速度推定誤差Δωinvがゼロになった瞬間を検知したとみなして、スイープを停止し、モータ1を再起動させれば良い。
【0058】
d軸磁束指令φdp のセット値は、二次時定数T2 に応じて可変としても良い。二次時定数T2 が短いほど、Δφdは小さくなるため、セット値は正に設定することもできる。これによって、d軸磁束指令φdp の立ち上がりを早めることができ、鉄道車両や自動車の加速時間を短くすることができる。二次時定数T2 は抵抗値R2 に依存し、その抵抗値R2 はモータ1の回転子温度に依存するため、それに応じて可変としても良い。
【0059】
q軸電圧指令vqp は、d軸磁束指令φdp と比例関係にあるため、速度推定部4b4ではq軸電圧指令vqp を引用し、このq軸電圧指令vqp を所定値にセットする手段を設けても良い。この場合でもd軸磁束指令φdp を所定値にセットする場合と同等の効果を得られる。
【実施例2】
【0060】
図6は、本システムの実施例2に係るモータ駆動システム(これも「本システム」という)の概略構成を示す模式説明図である。実施例2の本システムは、複数台のモータ1と、それらのモータ1にそれぞれ接続された車輪5と、それらの車輪5を備える車両6と、架線7と、中央制御部8と、から構成される。
【0061】
インバータ制御部4は、それぞれ異なるスイープ速度初期値ωsw1~ωsw4を事前に設定される、あるいは中央制御部8より受信する。車輪5が空転しない限り、モータ1のωrは全て同じであるから、周波数スイープが最初に終了するのは、ωrに最も近いスイープ速度初期値をもつインバータ制御部4である。
【0062】
図6ではωrに最も近いのは、ωsw1であるとする。このとき、最初に周波数スイープが終了したインバータ制御部4は、そのときのインバータ周波数ωinv1を中央制御部8へ送信する。また、中央制御部8は、インバータ周波数ωinv1を他のインバータ制御部4へ送信し、これを受信したインバータ制御部4は周波数スイープを終了するとともにインバータ周波数ωinv1を初期値として速度推定部4b4の動作を開始させる。
【0063】
以上の構成によれば、あるωrに対して複数のωsw1~ωsw4を初期値として周波数スイープを開始できるためにモータ1が1台である場合に比べて、周波数スイープの期間を短縮することができる。これによって、鉄道車両や自動車の加速期間を短くすることができる。
【0064】
本システムの実施形態に係るモータ駆動システム(本システム)は、以下のように総括できる。
[1]本システムは、インバータ2と、インバータ2が駆動するモータ1の電流を検出する電流検出部3と、インバータ2のスイッチングを制御するインバータ制御部4と、インバータ2の駆動周波数ωinv、すなわちインバータ周波数ωinvを演算するインバータ周波数制御部4bと、を備える。
【0065】
本システムのモータ1は、交流機のなかでも誘導電動機であるため、同期電動機のように回転位相まで厳格に管理する必要はないものの、交流機であるため、回転速度が電機子巻線に流れる電流の周波数に比例する。この比例関係を同期という。同期状態から大きく乖離した回転速度のモータをフリーラン再起動させるトルクショックが発生し、乗り心地が悪化する不具合が生じるので、モータ1の回転速度を精度良く推定する必要がある。
【0066】
インバータ周波数制御部4bは、モータ1のフリーラン再起動時にインバータ周波数ωinvをスイープさせ、モータ1の回転速度とインバータ周波数ωinvが同期、又は等しくなった場合にスイープを停止し、モータ1の磁束の制御指令値である磁束指令値を所定値にセットする。例えば、図5に示すように、t3 のタイミングでd軸磁束指令φdp をいったんゼロにリセットすることにより、d軸磁束φdもゼロになり、両者の乖離が無い状態となる。
【0067】
そこからd軸磁束φdが立ち上がってモータ1にトルクを発生させ、モータ1を適切にフリーラン再起動できる。このように、いったんゼロにリセットするフリーラン再起動の手法を裏付ける理論は、(数9)~(数13)に示したように確立されている。このとき、本システムは、フリーラン再起動において、モータ1の二次時定数T2 [s]の長さに影響されることなく、モータ1の回転速度を精度良く推定できている。
【0068】
セット値をゼロにするのは、速度推定誤差Δωinvが大きい場合、つまりωsの絶対値が大きい場合には、前述したように「φd = 0」であることが分かっているためである。(数9)~(数13)による説明の通り、速度推定誤差Δωinvがいかに大きい場合であってもφdは発散することはなく、ゼロに収束する性質を利用しており、これが本システムの動作原理となっている。
【0069】
[2]上記[1]において、電流検出部3の出力である電流検出値と、インバータ制御部4の電流指令値とを比較することによって、スイープの停止を判断することが好ましい。このような本システムによれば、二次時定数T2 の長いモータ1をフリーラン再起動できるため、高効率なモータ1をモータ駆動システムの駆動源として利用することができる。
【0070】
周波数スイープ終了判定部4b2は、理想的には速度推定誤差Δωinvがゼロになった瞬間を検知して、フラグFsw をLowからHighに切り替える必要がある。速度推定誤差Δωinvがゼロの場合では、モータ1の各状態量とインバータ制御部4の各指令値は、それぞれ一致するため、例えば、d軸電流id とidp が一致するタイミングに基づいて、フラグFsw をLowからHighに切り替えれば良い。
【0071】
[3]上記[1]において、スイープを停止する条件は、モータが駆動する対象物の進行方向とインバータ周波数ωinvとに依存するように設定されると良い。電車で例示すれば、電車が惰行前進中にインバータ周波数ωinvが所定値以下になった場合と、電車が惰行後進中にインバータ周波数ωinvが所定値以上になった場合と、にスイープを停止することが好ましい。
【0072】
前進時ならば、空転速度ωrはゼロより大きい正の値に限定されるので、スイープ中のインバータ周波数ωinvが所定値以下になった場合、速度推定誤差Δωinvがゼロになった瞬間を検知したとみなして、スイープを停止し、モータ1を再起動させれば良い。逆に、後進時ならば、空転速度ωrはゼロより小さい負の値に限定されるので、スイープ中のインバータ周波数ωinvが所定値以上になった場合、速度推定誤差Δωinvがゼロになった瞬間を検知したとみなして、スイープを停止し、モータ1を再起動させれば良い。
【0073】
[4]上記[1]~[3]の何れかにおいて、磁束指令値のセット値を、モータ1の二次時定数T2 、抵抗値R2 、インダクタンス値L2 、温度の一つ、あるいは複数に依存して可変とすることが好ましい。例えば、d軸磁束指令φdp のセット値は、二次時定数T2に応じて可変としても良い。二次時定数T2 が短いほど、Δφdは小さくなるため、セット値は正に設定することもできる。これによって、d軸磁束指令φdp の立ち上がりを早めることができ、鉄道車両や自動車の加速時間を短くすることができる。二次時定数T2 は抵抗値R2 に依存し、その抵抗値R2 はモータ1の回転子の温度に依存するため、それに応じて可変としても良い。
【0074】
[5]上記[1]~[4]の何れかにおいて、インバータ制御部4は、スイープの停止時に、磁束指令値に回転速度を乗じた誘起電圧指令値(例えば、q軸電圧指令vqp)を、所定値にセットすることが好ましい。q軸電圧指令vqp は、d軸磁束指令φdp と比例関係にあるため、速度推定部4b4ではq軸電圧指令vqp を引用し、このq軸電圧指令vqp を所定値にセットする手段を設けても良い。この場合でもd軸磁束指令φdp を所定値にセットする場合と同等の効果を得られる。
【0075】
[6]上記[1]~[6]の何れかにおいて、複数台のモータ1と、モータ1それぞれに対応するインバータ2と、複数台のインバータ2と通信可能な中央制御部8とを備え、モータ1それぞれに対応するインバータ周波数ωinvの初期値に差を設けた状態でスイープを開始し、スイープが最初に終了したインバータ2のインバータ周波数ωinvを中央制御部8を経由して、他のインバータ2と共有することが好ましい。これによれば、複数台のうち何れかのモータ1から推定した回転速度ωestを、推定に供しない他のモータ1(符号は共通)にも反映させられる。あるいは、複数台のモータ1から取得された情報を用いて得られた回転速度は、高い推定精度が期待できる。
【0076】
図6ではωrに最も近いのは、ωsw1であるとする。このとき、最初に周波数スイープが終了したインバータ制御部4は、そのときのインバータ周波数ωinv1を中央制御部8へ送信する。また、中央制御部8はωinv1を他のインバータ制御部4へ送信し、これを受信したインバータ制御部4は周波数スイープを終了するとともにωinv1を初期値として速度推定部4b4の動作を開始させる。
【0077】
以上の構成によれば、あるωrに対して複数のωsw1~ωsw4を初期値として周波数スイープを開始できるためにモータ1が1台である場合に比べて、周波数スイープの期間を短縮することができる。これによって、鉄道車両や自動車の加速期間を短くすることができる。
【0078】
また、本システムの実施形態に係るモータ駆動方法(本方法)は、以下のように総括できる。
[7]本方法は、インバータ制御部4によりタイミング自在にスイッチング制御されるインバータ2が駆動するモータ1をフリーラン再起動時させるモータ駆動方法である。また、本方法において、インバータ周波数制御部4bがインバータの駆動周波数ωinv、すなわちインバータ周波数ωinvを可変自在に生成するように機能する。
【0079】
このインバータ周波数制御部4bは、図2に示すように、つぎの各ステップを実行する。まず、ステップS1により、インバータ周波数制御部4bは、モータ1のフリーラン再起動時にインバータ周波数ωinvをスイープを開始する。つぎのステップにより、電流検出部3により検出されたモータの電流に基づいてモータ1の回転速度を算出する。
【0080】
ステップS2により、モータ1の回転速度とインバータ周波数ωinvが同期、又は等しくなったと判断したなら、スイープを停止する(S3)。そのつぎのステップS4により、モータ1の磁束の制御指令値である磁束指令値を所定値にセットする。例えば、ゼロにリセットする。本方法によれば、フリーラン再起動において、モータの二次時定数の長さに影響されることなく、モータ1の回転速度を精度良く推定できる。
【符号の説明】
【0081】
1…モータ(誘導電動機)、2…インバータ、3…電流検出部、4…インバータ制御部、4a…三相二相変換部、4b…インバータ周波数制御部、4b1…周波数スイープ部、4b2…周波数スイープ終了判定部、4b3…磁束指令演算部、4b4…速度推定部、4b5…インバータ周波数切替部、4c…位相演算部、4d…二相三相変換部、4e…PWM制御部、5…車輪、6…車両、7…架線、8…中央制御部、Fsw …フラグ、g1~g6 …ゲート信号、iu,iv,iw …各相電流、id …d軸電流、iq …q軸電流、idp …d軸電流指令、L2 …二次インダクタンス、Lσ…1次換算漏れインダクタンス、M…相互インダクタンス、R2 …抵抗値、Rσ…合成抵抗値、s…ラプラス演算子、S1…周波数スイープ開始ステップ、S2…周波数スイープ終了(同期)判定ステップ、S3 …周波数スイープ終了ステップ、S4…磁束指令リセットステップ、S5…速度指令開始ステップ、T2 …二次時定数、t1 ~t3 …タイミング、vdp …d軸電圧指令、vqp …(フリーラン再起動時の)q軸電圧指令、vu,vv,vw …各相電圧、Δt…時間誤差、Δφd…(d軸磁束指令φdp とφdの)誤差、Δωinv…速度推定誤差、θd…位相、θd…(座標変換時の)位相、φd …d軸磁束、φdp…d軸磁束指令、φd。…、φdpw…d軸磁束指令、φq…q軸磁束、ωacr…応答角周波数、ωest …モータ速度推定値、ωinv…インバータ(駆動)周波数、ωr…(インバータ周波数ωinvを収束させるべき空転速度)、ωs…すべり、ωsw …スイープする回転速度(スイープ停止時の応答角周波数)、ωsw1~ωsw4…スイープ速度初期値
図1
図2
図3
図4
図5
図6