(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-06
(45)【発行日】2024-09-17
(54)【発明の名称】ショウロ菌根を有するクロマツ実生苗の生産方法
(51)【国際特許分類】
A01G 18/20 20180101AFI20240909BHJP
【FI】
A01G18/20
(21)【出願番号】P 2024094601
(22)【出願日】2024-06-11
【審査請求日】2024-06-11
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000196107
【氏名又は名称】西川ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】石橋 博
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-52243(JP,A)
【文献】特開2001-120061(JP,A)
【文献】特開2003-93093(JP,A)
【文献】特開2012-80811(JP,A)
【文献】特開平9-224424(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 18/00-18/80
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロマツの種子を、水で所定の期間流水浸種させた後に、過酸化水素を含む水溶液に浸漬する浸種・殺菌工程と、
水を保持する育苗容器に、少なくとも一部が前記水と接触するように保持された、JISZ8802:2011に準拠して測定される土壌pHが4以上7以下である無機培土に、前記種子を播種する播種工程と、
前記種子が発芽した実生苗の根と、ショウロの胞子および菌糸の少なくとも一方とを接触させる接触工程と、
前記実生苗を、前記発芽後3か月以上、前記無機培土において栽培する栽培工程と、を含む、ショウロ菌根を有するクロマツ実生苗の生産方法。
【請求項2】
前記栽培工程後の前記実生苗を、赤玉土を含む層と、桐生砂を含む層と、バーク堆肥およびバーミキュライトを含む層とを有する有機培土に植え替える植え替え工程をさらに含む、請求項1に記載の生産方法。
【請求項3】
前記栽培工程では、前記育苗容器へ前記水を継ぎ足すことにより、前記育苗容器が保持する前記水を所定量以上に維持する、請求項1に記載の生産方法。
【請求項4】
前記播種工程では、前記種子を、前記無機培土の表面から1.5cm以内の深さに播種する、請求項1に記載の生産方法。
【請求項5】
前記接触工程では、各回の間隔が所定の間隔となるように複数回、前記ショウロの胞子および菌糸の少なくとも一方と、前記根とを接触させる、請求項1に記載の生産方法。
【請求項6】
前記播種工程では、前記播種から前記発芽までの期間における雰囲気温度の平均を30℃以下とする、請求項1から5の何れか1項に記載の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ショウロ菌根を有するクロマツ実生苗の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ショウロの子実体は、高級食材として需要がある。ショウロは、クロマツ等のマツ科樹木と共生して、子実体を形成する。また、マツ科樹木は、ショウロ等の菌根菌が根に共生することで生育が促進される。そのため、ショウロの子実体の栽培およびマツ科樹木の育成の両面から、人工的にショウロとクロマツとを共生させる方法が検討されている。
【0003】
例えば特許文献1および2には、クロマツの樹木実生にショウロの胞子または菌糸を接種する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2003-52243号公報
【文献】特開2012-80811号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1および2に記載の方法では、ショウロの胞子または菌糸を接種されたクロマツの実生苗において、発芽不良、またはカビ発生および害虫発生等による生育不良が生じる場合があり、改善の余地があった。
【0006】
本発明の一態様は、育苗率に優れた、ショウロ菌根を有するクロマツ実生苗の生産方法を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るショウロ菌根を有するクロマツ実生苗の生産方法は、クロマツの種子を、クロマツの種子を、水で所定の期間流水浸種させた後に、過酸化水素を含む水溶液に浸漬する浸種・殺菌工程と、水を保持する育苗容器に、少なくとも一部が前記水と接触するように保持された、JISZ8802:2011に準拠して測定される土壌pHが4以上7以下である無機培土に、前記種子を播種する播種工程と、前記種子が発芽した実生苗の根と、ショウロの胞子および菌糸の少なくとも一方とを接触させる接触工程と、前記実生苗を、前記発芽後3か月以上、前記無機培土において栽培する栽培工程と、を含む。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様によれば、育苗率に優れた、ショウロ菌根を有するクロマツ実生苗の生産方法を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の一実施形態に係る生産方法の一連の流れを示す概略図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る生産方法に用いられる育苗容器の一例を模式的に示す断面図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係る生産方法に用いられる育苗容器の、別の例を模式的に示す斜視図である。
【
図4】参考例4における、種子を播種した日からの各日の雰囲気温度および湿度を示す図である。
【
図5】参考例5における、種子を播種した日からの各日の雰囲気温度および湿度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の一実施形態について、詳細に説明する。
【0011】
〔本発明の概要〕
本発明の一実施形態に係るショウロ菌根を有するクロマツ実生苗の生産方法は、従来法と比較して、クロマツの種子の発芽率を向上させると共に、クロマツの実生苗の育苗率についても向上させる。これにより、従来法と比較して非常に高い確率で、ショウロ菌根を有するクロマツ実生苗の育苗を成功させることができる。
【0012】
本明細書では、本発明の一実施形態に係るショウロ菌根を有するクロマツ実生苗の生産方法を、単に「本生産方法」と称する場合がある。また、クロマツの実生苗の育苗率とは、クロマツの実生苗が培土に根を張り、培土に定着してさらなる成長が可能な状態となるまで生育する確率を示す。
【0013】
本発明の一実施形態において、クロマツは、学名「Pinus thunbergii」として知られる松属の植物である。また、ショウロは、学名「Rhizopogon roseolus」として知られるショウロ属の菌の品種である。ショウロは、子実体が高級食材となる食用キノコとして知られており、食品産業上有用な品種である。
【0014】
ショウロは、クロマツの根に付着して外生菌根を形成することでクロマツと共生する、外生菌根菌の一種であることが知られている。本明細書において単に「菌根」と称する場合、特記しない限りは外生菌根を意図する。クロマツと共生するショウロは、その生活環において食用となる子実体を形成する。クロマツは、ショウロが根に共生することで、生育が促進される。このように、ショウロとクロマツとの共生は、ショウロの子実体が得られることに加え、クロマツの生育促進による緑化推進にも寄与する。
【0015】
しかしながら従来、工業的規模において、ショウロとクロマツとを共生させて栽培する方法は実現されていない。その理由としては、例えば、クロマツの発芽率と育苗率との両方を安定させることの困難性およびクロマツにショウロ菌根を効率よく形成し、菌鞘成長させることの困難性等が挙げられる。
【0016】
本生産方法によれば、クロマツの発芽率を向上できると共に、害虫およびカビ等の発生によるクロマツの実生苗の生育阻害が生じる可能性の低減についても実現できる。また、クロマツにショウロ菌根を早期に形成させることができるため、クロマツの育苗率をさらに向上できる。
【0017】
このような本生産方法により、ショウロ菌根を有するクロマツ実生苗の生産を促進することで、例えば、ショウロの子実体の栽培に加え、クロマツによる緑化についても推進できる。このような効果は、例えば、国連が提唱する持続可能な開発目標(SDGs)の目標2.4「持続可能な食料生産システムの確保」および目標15.2「世界全体で新規植林および再植林を大幅に増加させる」等の達成にも貢献するものである。
【0018】
〔本生産方法〕
以下、
図1から
図3を参照して、本生産方法の詳細について説明する。
図1は、本生産方法の一連の流れを示す概略図である。
図2は、本生産方法に用いられる育苗容器の一例を模式的に示す断面図である。
図2に示す断面は、育苗容器における、底面に形成された通水穴を含む上下方向の断面である。
図3は、本生産方法に用いられる育苗容器の別の例を模式的に示す斜視図である。
【0019】
本明細書では説明の便宜上、「上下方向」を、育苗容器を水平に置いた状態における鉛直方向を示すが、これは育苗容器の方向を限定するものではない。例えば、育苗容器を水平面から傾斜した面に置く場合には、当該傾斜に伴って、「上下方向」についても鉛直方向から逸れた方向となってもよい。
【0020】
図1に示すように、本生産方法は、浸種・殺菌工程と、播種工程と、接触工程と、栽培工程と、を含む。また、本生産方法は、植え替え工程をさらに含んでいてもよい。以下、各工程について説明する。
【0021】
(浸種・殺菌工程)
浸種・殺菌工程は、クロマツの種子を、水で所定の期間流水浸種させた後に、過酸化水素を含む水溶液に浸漬する工程である。クロマツの種子は、ダニ等の害虫の卵またはカビ等のショウロ以外の菌を有している場合があり、これらは発芽後における害虫発生およびカビ発生等の原因となる。発芽後に害虫またはカビ等が発生すると、実生苗の根腐れまたは葉枯れ等の原因となって生育が阻害されるため、育苗率を大きく低下させてしまう。そのため、クロマツの種子を過酸化水素を含む水溶液に浸漬することで、殺菌を行う。なお、本明細書において以降、単に「種子」と称した場合にはクロマツの種子を意図する。
【0022】
ここでいう殺菌とは、例えば、種子が有する菌等を殺すか、または増殖不可となる程度に弱らせることを意図する。殺菌は、菌等を略完全に殺す滅菌処理として行われることが好ましいが、これに限られず、最低限、少なくとも一部の菌等を弱らせることができればよい。これにより、種子から発芽した実生苗の育苗率を向上できる。
【0023】
種子を流水浸種させる水は、水道水または井戸水が好ましい。また、流水浸種させる所定の期間は、3日間以上7日間以下であることが好ましい。
【0024】
種子を過酸化水素を含む水溶液へ浸漬する、とは、種子の少なくとも一部が、当該水溶液に浸漬されていればよい。殺菌効率の観点からは、種子の全体が当該水溶液に浸漬されることが好ましい。
【0025】
種子の、過酸化水素を含む水溶液への浸漬は、例えば
図1の浸種・殺菌工程の部分に示すように、過酸化水素を含む水溶液が入ったビーカー等の容器に、種子を浸漬することで行ってもよい。このとき、種子が当該水溶液において浮遊し、一部のみが水溶液に浸漬した状態になってもよい。
【0026】
過酸化水素を含む水溶液は、過酸化水素と水とを含む過酸化水素水であってもよく、その他の成分を含む水溶液であってもよい。過酸化水素を含む水溶液における、過酸化水素の含有量は特に限定されない。
【0027】
当該水溶液における過酸化水素の含有量は、殺菌能の観点から、0.01w/v(weight/volume)%以上あればよい。また、当該水溶液における過酸化水素の含有量は、種子へのダメージを低減する観点から、10.00w/v%以下であればよい。
【0028】
種子を、過酸化水素を含む水溶液に浸漬する浸漬時間は、特に限定されないが、殺菌能の観点から、10分以上であってもよく、15分以上であってもよい。また、当該浸漬時間は、種子へのダメージを低減する観点から、20分以下であってもよく、15分以下であってもよい。
【0029】
種子の、過酸化水素を含む水溶液への浸漬は、例えば室温下で行ってもよく、屋外の雰囲気温度下で行ってもよい。本明細書において室温とは、10℃以上25℃以下を意図する。また、屋外の雰囲気温度は特に限定されないが、例えば5℃以上30℃以下であってよい。
【0030】
浸種・殺菌工程では、種子を過酸化水素を含む水溶液に浸漬した後、当該水溶液を除去するため、種子を洗浄することが好ましい。種子の洗浄に用いる洗浄水は、純水または水道水等の水が好ましいが、界面活性剤等の洗浄成分を含む水溶液であってもよい。また、種子の洗浄は、種子を洗浄水に浸漬することで行ってもよく、種子に洗浄水をかけ流すことで行ってもよい。
【0031】
界面活性剤としては、特に限定されないが、例えば、非イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤、陰イオン性界面活性剤または両性界面活性剤がよいが、これらの組み合わせであってもよい。種子へのダメージを低減する観点から、界面活性剤は非イオン性界面活性剤であることが好ましい。非イオン性界面活性剤としては、例えば、Tween20、Tween40、Tween60およびTween80が挙げられる。
【0032】
このような洗浄を行う場合、浸種・殺菌工程では、種子の過酸化水素を含む水溶液への浸漬と、当該洗浄とのセットを、1回、あるいは、2回以上行ってもよい。当該セットを2回以上行うことで、過酸化水素を含む水溶液における過酸化水素の含有量を増加させることなく、種子の殺菌効率を向上できる。そのため、浸種・殺菌工程による種子へのダメージを低減することが容易となる。
【0033】
種子の殺菌について、従来法では、例えば次亜塩素酸ナトリウム水溶液を用いることが一般的であった。次亜塩素酸ナトリウム水溶液は、非常に強力な殺菌能を有する一方で、種子へのダメージも大きく、種子の発芽率を低減させる。そのため、次亜塩素酸ナトリウム水溶液を用いる場合、種子の発芽率を許容範囲以上に維持しながら殺菌を行うことが困難であった。
【0034】
本生産方法は、種子の殺菌に過酸化水素を含む水溶液を用いる。過酸化水素を含む水溶液は、菌等に対する殺菌能を有する一方で、種子に与えるダメージは次亜塩素酸ナトリウム水溶液よりも低減しやすい。そのため、種子の発芽率を、次亜塩素酸ナトリウム水溶液を用いる場合よりも向上できる。
【0035】
(播種工程)
播種工程は、水を保持する育苗容器に、少なくとも一部が水と接触するように保持された、土壌pHが4以上7以下である無機培土に、クロマツの種子を播種する工程である。
【0036】
育苗容器は、水を保持する部分と、無機培土を保持する部分とを有しており、無機培土の少なくとも一部が水と接触可能な形状の容器であれば、特に限定されない。このような、水と無機培土とを接触可能な育苗容器を用いることで、散水および撒水等と比較して、十分量の水を種子および実生苗に連続的に供給できる。
【0037】
育苗容器としては、例えば
図2に示す育苗容器10が挙げられる。育苗容器10は、第1容器11と、第2容器13とを有している。第1容器11は、育苗容器10における無機培土Sを保持する部分であって、底面に通水穴12が形成されている。通水穴12は、第1容器11の底面以外に形成されているのが好ましい。また、第1容器11において通水穴12は、2箇所以上に形成されていてもよい。
【0038】
第2容器13は、育苗容器10において水Wを保持する部分である。育苗容器10は、第2容器13における水Wを保持する内部空間に、第1容器11が挿入されて使用されてよい。第2容器13が保持する水Wは、例えば、通水穴12を通って第1容器11が保持する無機培土Sに浸透することで供給される。
【0039】
また、育苗容器の別の例としては、例えば
図3に示す育苗容器20が好ましい。育苗容器20は、第1容器21と、第2容器23と、蓋24とを有している。第1容器21は、育苗容器10の第1容器11が複数並んで接続した形状を有している。このような形状の第1容器21によれば、複数のクロマツの実生苗を個別に、1つの育苗容器20により育苗可能である。
【0040】
第2容器23は、第1容器21が挿入可能な大きさの内部空間が形成されている点において、第2容器13と異なっている。第2容器23は、水Wを保持しており、第1容器21に形成された通水穴22を、水Wが通過できる。
【0041】
蓋24は、第1容器21を上側から覆う蓋部材である。蓋24により第1容器21を覆うことで、第1容器21からの水Wの蒸発を低減できる。また、蓋24には通気口25が形成されている。通気口25により、第1容器21において育苗されるクロマツの実生苗に対して、育苗容器20の外部から新鮮な空気の供給が可能である。通気口25は、開閉可能であってもよい。
【0042】
これらのような育苗容器が保持する水は、水道水または井戸水が好ましい。水道水を用いる場合、汲み取り後に例えば12時間以上静置して、塩素を除去してから用いることが好ましい。
【0043】
育苗容器が保持する水の量は、第1容器に保持される水が、第2容器に保持される無機培土の少なくとも一部と接触する量である限り、特に限定されない。発芽するまでの育苗容器の保持する水の量は、例えば、水面の位置が、第2容器の底面の位置よりも上方であって、無機培土の表面の位置以下となる量であればよい。より好ましくは、当該水面の位置が、無機培土において種子を播種する深さよりも下方となる位置である。
【0044】
また、育苗容器が保持する水の量は、種子または実生苗の成長段階によって変更してもよい。例えば、実生苗の木化が開始した時期に水の量が多いと、木化の進行が遅くなる傾向が見られる。そのため、例えば、水面の位置が以下に示す位置となるように、育苗容器が保持する水の量を変更してもよい;
種子の発芽まで:無機培土の表面よりも少し低い位置、
発芽後・木化開始まで:無機培土の表面と底面との間の半分の位置、
木化開始後:無機培土の表面と底面との間の1/3以下の位置、
木化後:育苗容器中には水がほぼ無い状態とし、1回/3日潅水。
【0045】
無機培土は、土壌pHが4以上7以下であり、4以上6以下であることが好ましい。無機培土の土壌pHは、JISZ8802:2011に準拠して測定できる。具体的には、例えば、無機培土の土壌pHは、HALO2土壌用pHテスター/HI9810302(ハナインスルメンツ製)等の土壌用pHテスターによって測定してもよい。土壌pHの測定では、例えば、イオン交換水を無機培土に滴下して土壌用pHテスターを差し込み、測定値の変動が安定するまで待って、土壌pHの決定値とすることが好ましい。このような土壌pHを有する無機培土は、クロマツの発芽および育苗に好ましい。
【0046】
無機培土は、赤玉土等の有機培土、堆肥または植物栄養剤等に多く含まれる、窒素、リン酸およびカリウム等の有機質肥料成分に乏しく、その他の無機質成分を主体とした培土を意図する。無機培土は、このような有機質肥料成分の含有量がゼロであることを要するものではなく、有機質肥料成分を意図的に加えていない無機培土であればよい。
【0047】
無機培土としては、例えば、鹿沼土、ダイアトマイト、バーミキュライト、パーライト、ゼオライト、イモゴライト、ロックウール、桐生砂、山砂、河砂、海砂、軽石および土質材料焼結体が挙げられる。なかでも、無機培土は、鹿沼土、ダイアトマイト、バーミキュライト、パーライト、ゼオライト、イモゴライトおよびロックウール等の微孔質を有する微孔質系無機培土であることが好ましく、鹿沼土であることがより好ましい。
【0048】
無機培土は、これらのうち1種だけでもよいし、2種以上を含んでいてもよい。無機培土が2種以上の無機培土を含む場合、これらの無機培土は混合されていてもよいし、複数の種類の無機培土をそれぞれ層状に構成した複層構造を有していてもよい。
【0049】
無機培土は、殺菌してから用いることが好ましい。無機培土の殺菌方法は特に限定されないが、例えばオートクレーブ(高圧蒸気滅菌器)によって高圧加熱する。
【0050】
本生産方法では、
図1に示すように、育苗容器の第1容器に、無機培土を保持させる。ここで、第1容器に無機培土を入れる前に、第1容器の底に底石を入れてもよい。第1容器に底石を入れることで、第1容器に形成される通水穴について、無機培土による詰まり等を防止でき、水と無機培土との接触を維持しやすい。また、第1容器が、第2容器に保持された水の浮力を受けて不安定となることを防止できる。底石は、無機培土と同様に殺菌されていることが好ましい。なお、第1容器に底石を入れることは必須ではない。
【0051】
第1容器へ無機培土を入れる工程は、種子の浸種・殺菌工程の前、あるいは、浸種・殺菌工程の後に行ってもよいし、浸種・殺菌工程と並行して行ってもよい。
【0052】
播種工程では、浸種・殺菌工程において過酸化水素を含む水溶液に浸漬した種子を、無機培土に播種する。無機培土への播種は、無機培土中に種子を埋めることで行ってもよく、無機培土の表面に窪みを形成し、当該窪みに種子を入れることで行ってもよい。このとき、クロマツの種子を、無機培土の表面から1.5cm以内の深さに播種することが好ましい。このような深さに種子を播種することにより、種子の発芽方向が無機培土の表面方向となりやすく、種子の正常な発芽率および育苗率を向上できる。
【0053】
浸種・播種工程において播種した種子は、発芽して実生苗となる。実生苗とは、種子が発芽して得られた苗を示し、自根苗とも称される。本明細書において実生苗とは、種子が発芽して、少なくとも根が視認可能となった以降の状態を意図する。また、本明細書において以降、単に「実生苗」と称した場合には、クロマツの実生苗を意図する。本生産方法では、所定期間の流水浸種および過酸化水素を含む水溶液による殺菌を含む浸種・殺菌工程を行うことから、従来法と比較して、種子の発芽率が良好である。
【0054】
クロマツの種子の、無機培土への播種から発芽までの期間における雰囲気温度の平均は、35℃以下がよく、30℃以下とすることが好ましい。従来、種子を発芽させるために、播種から初釜での期間における雰囲気温度の平均を5℃以上35℃以下とすることが知られている。また、播種から発芽までの期間全体ではなく、当該期間中における雰囲気温度の日間平均について、いずれの日も35℃以下とすることが好ましく、30℃以下とすることがより好ましく、室温範囲内の温度とすることがより好ましい。このような雰囲気温度とすることで、種子の発芽率を向上できる。
【0055】
(接触工程)
接触工程は、クロマツの種子が発芽した実生苗の根と、ショウロの胞子および菌糸の少なくとも一方とを接触させる工程である。このように実生苗の根と、ショウロの胞子および菌糸の少なくとも一方とを接触させることで、実生苗の根に、ショウロの菌根を形成させることができる。
【0056】
ショウロの胞子および菌糸の少なくとも一方とは、ショウロの胞子、ショウロの胞子の懸濁液、ショウロの菌糸またはショウロの菌糸の懸濁液の少なくとも1つ以上である。ショウロの胞子または菌糸の懸濁液は、公知の方法に基づいて、例えば水懸濁液として調整されているのが好ましい。
【0057】
また、ショウロの胞子または菌糸は、人工的にショウロを培養して得てもよく、天然のショウロから採取してもよい。ショウロの菌糸は、ショウロの生活環において、胞子以外の何れのステージから得られてもよいが、菌根形成の効率の観点から、胞子および子実体以外のステージの菌糸を用いることが好ましい。
【0058】
実生苗の根と、ショウロの胞子および菌糸の少なくとも一方との接触は、例えば、ショウロの胞子および菌糸の少なくとも一方を実生苗の根に塗布する等、直接的に接触させるのがよい。また、ショウロの胞子および菌糸の少なくとも一方の懸濁液を、無機培土における実生苗の根の周辺に浸透させることで、これらの懸濁液が実生苗の根に接触するようにしてもよい。菌根形成の効率の観点からは、上述の直接的に接触させる方法が好ましい。
【0059】
また、実生苗の根と、ショウロの胞子および菌糸の少なくとも一方との接触タイミングおよび接触回数は、特に限定されないが、種子の発芽直後に少なくとも1回実施することが好ましい。種子の「発芽直後」について、例えば、播種後の種子を毎日観察し、種子の発芽が初めて観察された日の内に実施すれば、発芽直後の範囲に含まれてよい。
【0060】
また、接触回数についても、各回の間隔が所定の間隔となるように複数回、ショウロの胞子および菌糸の少なくとも一方と、実生苗の根とを接触させることが好ましい。ショウロの菌糸および胞子の少なくとも一方を、実生苗の根と複数回接触させることで、実生苗の根におけるショウロの菌根形成を促進できる。
【0061】
上述の接触を複数回実施する場合、所定の間隔は特に限定されないが、例えば、1日以上であってもよく、1週間以上、2週間以上、4週間以上、あるいは8週間以上であってもよい。また、3回以上の接触を行う場合、各回の所定の間隔は一定でも、それぞれ異なる間隔としてもよい。例えば、発芽から最初の1か月は所定の間隔を1週間として接触を行い、その後は所定の間隔を4週間として接触を行ってもよい。ショウロの菌根形成を促進する観点から、1か月に1回程度は上述の接触を行うことが好ましい。なお、ショウロ菌根を形成させるためには、上述の接触を3月~9月の間で実施しても良いし、6月~8月の間に実施することが好ましい。
【0062】
(栽培工程)
栽培工程は、実生苗を、種子の発芽後3か月以上、無機培土において栽培する工程である。クロマツでは、発芽後3か月を経過する頃からの実生苗において、茎に木化が観察される。木化とは、木質化とも称され、植物の細胞壁にリグニンが沈着する現象を示す。木化が進行すると、実生苗の茎において、例えば緑色から茶色への見た目の変化が観察される。
【0063】
実生苗は、木化が進むことで、害虫およびカビ等に対する耐性が向上する。逆に言えば、木化の開始前の実生苗はこのような耐性が十分ではないため、害虫およびカビ等の発生をできるだけ低減することが、育苗率の向上に重要である。
【0064】
栽培工程では、少なくとも発芽後3か月までの間、上述の無機培土において実生苗を栽培する。無機培土は上述の通り、有機質肥料成分を実質的に含まないことから、無機培土を用いる期間は、害虫およびカビ等の発生を低減しながら、実生苗の栽培を行うことができる。したがって、本生産方法の栽培工程によれば、実生苗について、木化が観察され始める少なくとも発芽後3か月までの、耐性が乏しい期間の育苗率を向上できる。
【0065】
栽培工程において、育苗容器が保持する水の補充方法については、特に限定されないが、育苗容器へ水を継ぎ足すことにより、育苗容器が保持する水を所定量以上に維持することが好ましい。育苗容器が保持する水には、接触工程において、実生苗の根とショウロの胞子または菌糸の少なくとも一方との接触を最初に行った後、当該ショウロの胞子または菌糸の少なくとも一方が残存し得る。このような水は、実生苗の根によって継続的に吸い上げられることから、実生苗におけるショウロの菌根形成を促進し得る。
【0066】
育苗容器に水を継ぎ足すことにより、水を交換する場合と比べて、育苗容器に保持された水に存在するショウロの胞子または菌糸の少なくとも一方の損失を低減できる。したがって、水を継ぎ足す方法により水を補充することは、実生苗におけるショウロの菌根形成を促進する。
【0067】
栽培工程において、実生苗への光照射時間は、光照射を行う限りにおいて特に限定されない。光照射時間としては、連続的に休みなく照射してもよく、光照射を行わない暗期を日ごとに設けてもよい。暗期を設ける場合、暗期の時間は、例えば、1時間/日以下、2時間/日以下、3時間/日、4時間/日以下、5時間/日以下、あるいは、6時間/日以下であってもよい。
【0068】
実生苗への光照射は、LED(発光ダイオード)または蛍光灯等により人工的に生成した光を照射するか、太陽光を照射するか、あるいは、これらを組み合わせて照射してもよい。照射管理の容易性の観点から、光照射は人工的に生成した光の照射により行うことが好ましい。
【0069】
(植え替え工程)
植え替え工程は、栽培工程後の実生苗を、有機培土に植え替える工程である。実生苗は、木化後においては、無機培土よりも栄養成分の豊富な有機培土により育苗を継続することが、成長効率の観点から好ましい。すなわち、植え替え工程を経ることで、成長した大きな実生苗を得ることが容易となる。ただし、ショウロ菌根を有するクロマツ実生苗を生産する上で、植え替え工程は必須ではない。
【0070】
有機培土は、窒素、リン酸およびカリウム等の有機質肥料成分を豊富に含む培土である。このような有機培土は、ショウロ菌根を有する実生苗が得られた後に、当該実生苗をさらに成長させるために有用である。有機培土は、使用前に殺菌を行うことが好ましい。殺菌方法は、無機培土に対して行う方法と同様の方法であってもよい。
【0071】
有機培土としては、例えば、赤玉土、荒木田土、黒ぼく土、ピートモスおよびココピートが挙げられる。有機培土は、これらのうち1種であってもよく、2種以上を含んでいてもよい。有機培土は、バーク堆肥がよい。また、有機培土は、一部に鹿沼土またはバーミキュライト等の無機培土を含んでいてもよい。
【0072】
なかでも、有機培土は、赤玉土を含む層と、桐生砂を含む層と、バーク堆肥およびバーミキュライトを含む層とを有することが好ましい。このような3層構造の有機培土は、クロマツの実生苗の育苗に特に好ましいことを、本発明者らは鋭意検討の末に見出した。
【0073】
このように、有機培土は、複数の種類の培土をそれぞれ層状に構成した複層構造を有しているのが好ましい。この場合、植え替え工程により植え替えられる先の培土は、少なくとも何れかの層が有機培土を含んでいればよく、言い換えれば、無機培土の層が含まれていてもよい。
【0074】
〔まとめ〕
本発明の態様1に係るショウロ菌根を有するクロマツ実生苗の生産方法は、クロマツの種子を、水で所定の期間流水浸種させた後に、過酸化水素を含む水溶液に浸漬する浸種・殺菌工程と、水を保持する育苗容器に、少なくとも一部が前記水と接触するように保持された、JISZ8802:2011に準拠して測定される土壌pHが4以上7以下である無機培土に、前記種子を播種する播種工程と、前記種子が発芽した実生苗の根と、ショウロの胞子および菌糸の少なくとも一方とを接触させる接触工程と、前記実生苗を、前記発芽後3か月以上、前記無機培土において栽培する栽培工程と、を含む。
【0075】
本発明の態様2に係る生産方法は、前記態様1において、前記栽培工程後の前記実生苗を、赤玉土を含む層と、桐生砂を含む層と、バーク堆肥およびバーミキュライトを含む層とを有する有機培土に植え替える植え替え工程をさらに含んでいてもよい。
【0076】
本発明の態様3に係る生産方法は、前記態様1または2において、前記栽培工程では、前記育苗容器へ前記水を継ぎ足すことにより、前記育苗容器が保持する前記水を所定量以上に維持するのが好ましい。
【0077】
本発明の態様4に係る生産方法は、前記態様1から3の何れかにおいて、前記播種工程では、前記種子を、前記無機培土の表面から1.5cm以内の深さに播種するのが好ましい。
【0078】
本発明の態様5に係る生産方法は、前記態様1から4の何れかにおいて、前記接触工程では、各回の間隔が所定の間隔となるように複数回、前記ショウロの胞子および菌糸の少なくとも一方と、前記根とを接触させるのが好ましい。
【0079】
本発明の態様6に係る生産方法は、前記態様1から5の何れかにおいて、前記播種工程では、前記播種から前記発芽までの期間における雰囲気温度の平均を30℃以下とするのが好ましい。
【0080】
〔付記事項〕
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0081】
本発明の一実施例について以下に説明する。
【0082】
〔1.種子の殺菌条件の予備検討〕
まず、クロマツの種子の殺菌条件と、発芽率との関係について予備検討を行った。殺菌用の溶液として、有効塩素が10%の次亜塩素酸ナトリウム溶液を用いる条件(参考例1)と、過酸化水素を0.9w/v%含有する水溶液を用いる条件(参考例2)とを試行した。当該過酸化水素を0.9w/v%含有する水溶液は、オキシドール(3.00w/v%の過酸化水素水)を30体積%に希釈することで調整した。
【0083】
参考例1では、種子を水道水で3日間流水浸種した。その後、殺菌用の溶液に種子を10分間2回浸漬して殺菌し、0.1質量%のTween80水溶液に10分間浸漬して洗浄を行うセットを、2回実施した。参考例2では、当該殺菌と洗浄とのセットを1回行う条件(参考例2-1)と、2回行う条件(参考例2-2)とを試行した。また、殺菌用の溶液による種子の殺菌を省略する条件(参考例3)についても試行した。
【0084】
これらの殺菌処理を行った後の種子を、バーミキュライト:バーク堆肥=1:1の培土に播種し、当該培土が完全に水に浸かるまで潅水を行った。当該培土は、加熱による殺菌を行って使用した。参考例1、参考例2-1および参考例2-2ではそれぞれ50個の種子を播種した。
【0085】
参考例1では、播種後2か月経過しても発芽は一切見られなかった。一方で、参考例2-2では、播種から1か月経過後、ほぼ全て(80~100%)の種子について発芽が見られた。また。参考例2-1では、播種から1か月経過後、70~80%の種子の発芽が観察された。なお、参考例3については、播種から1か月経過後、30~60%の種子の発芽が観察された。
【0086】
以上の結果から、本生産方法に係る浸種・殺菌工程の通り、過酸化水素を含む水溶液を用いて殺菌を行った場合、殺菌を省略した場合よりも発芽率が向上した。また、次亜塩素酸ナトリウム溶液を用いて殺菌を行う場合と比較して、発芽率が大きく向上することが示された。
【0087】
従来法では次亜塩素酸ナトリウム溶液が用いられる場合があるが、発芽率を低減させずに殺菌を行うには、次亜塩素酸ナトリウムの濃度または浸漬時間等の条件について、非常に厳格に調整することを要すると考えられる。一方で、本生産方法のように過酸化水素を含む水溶液を用いれば、このような条件設定についても、比較的広く容易に設定可能であると考えられる。
【0088】
〔2.発芽条件の予備検討〕
(2-1.雰囲気温度の検討)
種子が発芽するまでの期間の雰囲気温度による、発芽率への影響について検討した。夏季(7月末)に、下記の組成を有する有機培土Aまたは有機培土Bをプランターに入れ、それぞれ50個の種子を播種した。各有機培土の組成における各数値は、いずれも質量比を示す。
【0089】
有機培土A:バーク堆肥:バーミキュライト=1:1の混合培土
有機培土B:表面側の第1層が桐生砂:赤玉土=1.3:3.8の混合培土、その下の第2層が鹿沼土、その下の第3層がバーク堆肥:バーミキュライト=1.5:1.5の混合培土、最下層の第4層が底石であり、第1層:第2層:第3層:第4層=5.1:1.3:3:0.6である複層構造
有機培土Aを入れたプランターは、室内に置いて、直射日光が当たり雰囲気温度が高い窓側に設置した(参考例4)。有機培土Bを入れたプランターは、直射日光が当たりにくく比較的雰囲気温度が低い、窓から離れた位置に設置した(参考例5)。
図4は、参考例4における、種子を播種した日からの各日の雰囲気温度(℃)および湿度(%)を示す図である。
図5は、参考例5における、種子を播種した日からの各日の雰囲気温度(℃)および湿度(%)を示す図である。
図4および
図5において、「発芽限界温度」として示されている破線は、クロマツの種子の発芽が阻害されることが一般に知られている、35℃の位置を示す。
【0090】
図4に示すように、参考例4では、発芽限界温度である35℃には到達しないまでも、30℃を超える時間が長く、雰囲気温度の1日の平均が30℃を超える日も複数見られた。一方で、
図5に示すように、参考例5では、雰囲気温度が30℃を超えることはほとんどなかった。雰囲気温度の平均も、30℃を超える日はなかった。
【0091】
参考例4では、発芽は見られず発芽率0%だった。一方で、参考例5では、50個中41個の種子から発芽が観察され、発芽率は93%だった。以上の結果から、種子の発芽において、雰囲気温度の平均が30℃以下であることが、発芽率の向上に重要であることが示された。
【0092】
(2-2.播種する深さの検討)
種子を播種する深さによる、発芽率への影響を検討した。水を保持する育苗容器に、無機培土である鹿沼土を入れた。鹿沼土に、浸種・殺菌工程後の種子を播種した。種子は、鹿沼土の表面から1.5cm以下の深さとなる条件(参考例6)で100個、鹿沼土の表面から2cm以上3cm以下の深さとなる条件(参考例7)で100個、それぞれ播種した。
【0093】
播種から110日経過後、参考例6では、100個中92個の種子が発芽し、発芽率は92%だった。参考例7では、100個中56個の種子が発芽し、発芽率は56%だった。この結果から、種子を播種する深さは1.5cm以下とすることで、発芽率が向上することが示された。
【0094】
また、参考例6および参考例7において発芽した実生苗の育苗率についても検討した。発芽後、葉枯れまたは根腐り等を起こさず、無機培土に定着していると評価できる実生苗の本数について確認した。当該確認は、参考例6は発芽後130日経過時に、参考例7は発芽後110日経過時に実施した。
【0095】
参考例6では、発芽した実生苗92本中86本が定着していると評価され、育苗率は94%だった。参考例7では、発芽した実生苗56本中46本が定着していると評価され、育苗率は82%だった。この結果から、種子を播種する深さを1.5cm以下とすることで、発芽率だけでなく育苗率についても向上することが示された。
【0096】
〔3.本生産方法の試行〕
本生産方法(本発明例)および従来法(比較例)による実生苗の生産を試行した。本発明例では、
図1に示す通りの方法により、まず殺菌済みの底石および鹿沼土を育苗容器の第1容器に入れた。次に、上述の参考例2-2と同じ方法により浸種・殺菌工程を実行し、種子を殺菌した。殺菌した種子を、第1容器に入れた鹿沼土に、表面からの深さが1.5cm以下となるように播種して播種工程を実行した。播種した100個の種子の内、92個の発芽が認められ、発芽率は92%だった。
【0097】
播種した種子を、鹿沼土により発芽後161日目まで栽培して栽培工程を実行した。発芽後161日目において、鹿沼土に定着したと評価された実生苗は、発芽した実生苗92本中86本であり、育苗率は93%だった。
【0098】
一方で、比較例では、上述の参考例2-2に示す方法により発芽させた実生苗50本について、発芽から30日後に育苗箱に移植した。育苗箱は、通水穴を有するが、水を保持する第2容器を有さない点において、本発明の一実施形態に係る育苗容器とは異なる。育苗箱では、散布した水のうち余剰分を排出するために、通水穴が形成されている。
【0099】
育苗箱に移植して10日経過後の実生苗の状態を観察した。実生苗の約60%は倒れて枯れ始めていた。これらの比較例の実生苗は、本発明例により得られる実生苗と比較して根本が細く、倒れて枯れやすいと考えられる。
【0100】
次に、これらの倒れて枯れ始めていた実生苗を間引き、育苗箱の設置場所を屋内の日光が当たりにくい位置から、日光が当たる窓側に変更した。間引いた後の実生苗は、30本だった。この状態で育苗を継続し、間引きから3か月経過後の実生苗の状態を観察した。葉枯れまたは根腐れ等が生じていない実生苗の残存数は6本だった。発芽した50本から残存した実生苗は6本となり、育苗率は12%だった。
【0101】
このように、従来法を用いた比較例では、育苗率が12%と非常に低かった一方で、本生産方法を用いた本発明例では、育苗率が93%と非常に優れた結果が得られた。すなわち、従来法と比較して本生産方法は、ショウロ菌根を有するクロマツ実生苗の生産に好適であることが示された。
【0102】
〔4.植え替え工程に用いる有機培土の検討〕
クロマツの実生苗の育苗において、植え替え工程により実生苗が植え替えられる先の、有機培土の種類による育苗率の違いを検討した。発芽後2年が経過した、ショウロ菌根を有する2年生クロマツ実生苗(以下、「2年生苗」)を、プランターを用いて育苗した。検討には、上述の有機培土Aおよび有機培土Bを用いた。
【0103】
屋内において、有機培土Aで400本の2年生苗を60日間育苗した。また、7月の屋外において、有機培土Bで25本の2年生苗を、240日間育苗した。その結果、有機培土Aでは400本中336本について葉枯れを起こし、栽培後の残存率は16%であった。一方で、有機培土Bを用いた場合、25本中5本のみが葉枯れを起こし、残存率は80%であった。
【0104】
この検討結果から、有機培土Bは、栽培工程後の実生苗を植え替える場合に、植え替え先の有機培土として好適であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0105】
本発明は、例えばクロマツの育成およびショウロ子実体の人工栽培に利用することができる。
【符号の説明】
【0106】
10、20 育苗容器
11、21 第1容器
12、22 通水穴
13、23 第2容器
24 蓋
25 通気口
S 無機培土
W 水
【要約】
【課題】育苗率に優れた、ショウロ菌根を有するクロマツ実生苗の生産方法を実現する。
【解決手段】ショウロ菌根を有するクロマツ実生苗の生産方法であって、クロマツの種子を、水で所定期間流水浸種させた後に、過酸化水素を含む水溶液に浸漬する浸種・殺菌工程と、水を保持する育苗容器に、水と接触するように保持された、土壌pHが4以上7以下である無機培土に種子を播種する播種工程と、種子が発芽した実生苗の根と、ショウロの胞子および菌糸の少なくとも一方とを接触させる接触工程と、実生苗を、発芽後3か月以上、無機培土において栽培する栽培工程と、を含む。
【選択図】
図1