(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-09
(45)【発行日】2024-09-18
(54)【発明の名称】遊離脂肪酸の分離方法と回収方法
(51)【国際特許分類】
C11B 7/00 20060101AFI20240910BHJP
C11B 3/10 20060101ALI20240910BHJP
B01D 15/00 20060101ALI20240910BHJP
B01D 61/24 20060101ALI20240910BHJP
C12P 7/64 20220101ALN20240910BHJP
【FI】
C11B7/00
C11B3/10
B01D15/00 M
B01D61/24
C12P7/64
(21)【出願番号】P 2020144734
(22)【出願日】2020-08-28
【審査請求日】2023-07-11
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業「FFA生産株における培養条件の最適化とFFA回収・分離手法の確立」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【氏名又は名称】山田 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100122954
【氏名又は名称】長谷部 善太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100194803
【氏名又は名称】中村 理弘
(72)【発明者】
【氏名】加藤 明宏
(72)【発明者】
【氏名】山本 哲史
【審査官】牟田 博一
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-146514(JP,A)
【文献】特表2011-505838(JP,A)
【文献】特開2016-158523(JP,A)
【文献】国際公開第2016/104424(WO,A1)
【文献】特開昭61-95096(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C11B、B01D、C12P7/64
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物の培養液中に存在する遊離脂肪酸を、透析膜により培養液外に移行させることを特徴とする遊離脂肪酸の分離方法
(ただし、培養液と、培養液の浸透圧よりも高い浸透圧を有するドロー溶液とを透析膜を介して接触させる方法を除く)。
【請求項2】
前記透析膜の分画分子量が、5kDa以上であることを特徴とする請求項1に記載の遊離脂肪酸の分離方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の分離方法により培養液外に移行させた遊離脂肪酸を、吸着剤に吸着させることを特徴とする遊離脂肪酸の回収方法。
【請求項4】
前記吸着剤が、活性炭、活性白土、珪藻土、ゼオライト、シリカゲル、ベントナイト、パーライト、Mg-Al系ハイドロタルサイト系化合物のいずれか1種以上であることを特徴とする請求項3に記載の遊離脂肪酸の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遊離脂肪酸生産微生物の培養液から、効率的に遊離脂肪酸を分離する方法と回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化石燃料依存からの脱却を目指して、エネルギー物質の持続可能な生産技術の開発が世界中で進められている。その中で、遺伝子組み換え微生物を用いた遊離脂肪酸(FFA、Free Fatty Acid)の細胞外生産系が注目されている。細胞外生産系では、生産されたFFAが菌体外に放出され、細胞を破壊することなくFFAを取り出すことができるため、生産量を飛躍的に増加できると期待されている。そのため、これまでに大腸菌、酵母、シアノバクテリアといった様々な微生物を材料にして、FFAを細胞外へと放出する遺伝子組み換え株が作製されている(非特許文献1~3)。
【0003】
しかしながら、培養液中からFFAを分離・回収する技術に関する研究例は少なく、効率的なプロセスは構築されていない。例えば、特許文献1には、微粒子吸着体を培養液中に添加する、または、固定床カラムに詰めて培養液を通水することによりFFAを除去する方法が提案されているが、微粒子吸着体の回収方法や培養液の移送方法に課題が残っている。別の方法として、細胞毒性を示さない有機溶媒を培地に重相しながら培養する二相培養法が報告されているが(非特許文献4)、使用されている有機溶媒の物理化学的な性質がFFAに非常に近いために、有機溶媒からFFAを抽出することが不可能である。さらに、FFA濃度が高まると、遊離脂肪酸を生産する微生物自体に悪影響を及ぼし、死滅する場合がある(非特許文献5)。
そのため、より実用的な培養液からのFFAの分離・回収方法の開発が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Rebecca M. Lennen., Drew J. Braden., Ryan M. West., James A. Dumesic., Brian F. Pfleger. (2010) A Process for Microbial Hydrocarbon Synthesis: Overproduction of Fatty Acids in Escherichia coli and Catalytic Conversion to Alkanes. Biotechnol Bioeng. June 1; 106(2)
【文献】Yongjin J. Zhou1., Nicolaas A. Buijs1., Zhiwei Zhu., Jiufu Qin., Verena Siewers., Jens Nielsen. (2016) Production of fatty acid-derived oleochemicals and biofuels by synthetic yeast cell factories. Nat. Commun. 7:11709
【文献】Liu, X., Sheng, J. and Curtiss, R. (2011) Fatty acid production in genetically modified cyanobacteria.Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 108: 6899-6904.
【文献】Kato, A., Takatani, N., Ikeda, K., Maeda, S., Omata, T. (2017) Removal of the product from the culture medium strongly enhances free fatty acid production by genetically engineered Synechococcus elongatus. Biotechonology for Biofuels Vol. 10, 141
【文献】Kato, A., Use, K., Takatani, N., Ikeda, K., Matsuura, M., Kojima, K., Aichi, M., Maeda, S., Omata, T. (2016) Modulation of the balance of fatty acid production and secretion is crucial for enhancement of growth and productivity of the engineered mutant of the cyanobacterium Synechococcus elongatus. Biotechonology for Biofuels Vol. 9, 91
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、遊離脂肪酸生産微生物の培養液からの遊離脂肪酸の簡便な分離方法と、分離した遊離脂肪酸の簡便な回収方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の課題を解決するための手段は以下の通りである。
1.微生物の培養液中に存在する遊離脂肪酸を、透析膜により培養液外に移行させることを特徴とする遊離脂肪酸の分離方法。
2.前記透析膜の分画分子量が、5kDa以上であることを特徴とする1.に記載の遊離脂肪酸の分離方法。
3.1.または2.に記載の分離方法により培養液外に移行させた遊離脂肪酸を、吸着剤に吸着させることを特徴とする遊離脂肪酸の回収方法。
4.前記吸着剤が、活性炭、活性白土、珪藻土、ゼオライト、シリカゲル、ベントナイト、パーライト、Mg-Al系ハイドロタルサイト系化合物のいずれか1種以上であることを特徴とする3.に記載の遊離脂肪酸の回収方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の分離方法は、透析膜を用いるという非常に簡便な方法により、遊離脂肪酸生産微生物の培養液から遊離脂肪酸を分離することができる。
本発明の回収方法は、遊離脂肪酸が吸着剤に吸着して濃縮されるため、遊離脂肪酸を効率的に回収することができる。また、吸着剤と遊離脂肪酸生産微生物とが接触しないため、遊離脂肪酸生産微生物が吸着剤に付着しない。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実験1における透析膜を透過した遊離脂肪酸濃度の測定結果。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、遊離脂肪酸生産微生物(以下、微生物ともいう)の培養液から、効率的に遊離脂肪酸を分離する方法と回収する方法に関する。
培養する微生物としては、遊離脂肪酸を生産できるものであれば特に制限されず、大腸菌、酵母、シアノバクテリア等の中から、遊離脂肪酸を生産できるように遺伝子組み換えされた株を用いることができる。これらの中で、光合成を行う微生物が、投下したエネルギー量に対する遊離脂肪酸の生産量が優れるため好ましい。微生物が生産する遊離脂肪酸も特に制限されず、例えば、C12~C18の飽和、不飽和脂肪酸等を挙げることができる。
また、微生物の培養方法も特に制限されず、培養する微生物の種類に応じて、培地の組成、温度、pH、光照射の有無、照射する光の波長、酸素濃度、二酸化炭素濃度等を調整すればよい。
【0011】
・分離方法
本発明の分離方法は、微生物が細胞外に分泌した培養液中に存在する遊離脂肪酸を、透析膜により培養液外に移行させることを特徴とする。遊離脂肪酸は、浸透圧により透析膜を透過して培養液外に移行する。遊離脂肪酸が培養液外に移行することにより、培養液中の遊離脂肪酸濃度を低く保つことができ、遊離脂肪酸による微生物培養への悪影響を抑えることができる。使用する透析膜は、遊離脂肪酸が透過できるものであればよいが、例えば、分画分子量が5kDa以上のものが好ましく、10kDa以上のものがより好ましく、25kDa以上のものがさらに好ましい。分画分子量が小さいと、遊離脂肪酸の種類によっては透析膜を透過しない場合がある。また、透析膜は、分画分子量が300kDa以下のものが好ましく、200kDa以下のものがより好ましい。分画分子量が大きいほど遊離脂肪酸を効率的に移行させることができるが、遊離脂肪酸以外の化合物の移行も増えてしまうため、後に遊離脂肪酸を精製する際の手間が大きくなる場合がある。
【0012】
・回収方法
本発明の回収方法は、上記した分離方法により培養液外に移行させた遊離脂肪酸を、吸着剤に吸着させることを特徴とする。吸着剤は、水層中の遊離脂肪酸を吸着できるものであれば特に制限されず、例えば、活性炭、活性白土、珪藻土、ゼオライト、シリカゲル、ベントナイト、パーライト、Mg-Al系ハイドロタルサイト系化合物等を用いることができる。
本発明の回収方法は、上記分離方法と同時に、すなわち、培養槽を透析膜で区切り、一方を培養区画、他方を回収区画とし、培養区画で遊離脂肪酸生産菌による遊離脂肪酸の生産を行い、回収区画で遊離脂肪酸の回収を行うことが好ましい。上記分離方法では、透析膜の両側での溶液のモル濃度が等しくなると、それ以上は遊離脂肪酸を分離できないが、回収と分離を同時に行うことにより、回収区画(培養液外)に移行した遊離脂肪酸を吸着剤に吸着させて回収区画の遊離脂肪酸濃度を低くすることができるため、多くの遊離脂肪酸を培養区画から回収区画へ移行して分離、回収することができる。
【実施例】
【0013】
「実験1」透析膜を用いた遊離脂肪酸の分離
FFAの溶解液は、両性界面活性剤であるCHAPS(3-[(3-Cholamidopropyl)dimethylammonio]propanesulfonate)とFFAの試薬を用いて作製した。
FFAは、ラウリン酸(12:0)、ミリスチン酸(14:0)、パルミチン酸(16:0)、ステアリン酸(18:0)、オレイン酸(18:1)、リノール酸(18:2)、リノレン酸(18:3)を用いた。
1%(w/w)CHAPS溶液200mLに、各FFAを1g添加して室温で一晩撹拌した。溶け残ったFFAをガラスフィルターで濾過して取り除き、濾液をFFA溶解液として分取した。
【0014】
FFA溶解液を、外径18mmの試験管に15mLずつ分注した。分画分子量の異なる3種類の透析膜(REPLIGEN社、バイオテックRC、分画分子量:10kD、100kD、1000kD)をそれぞれ15cmの長さに切り、片端をきつく縛って蒸留水3mLを膜内に加えた後、もう一方の端をきつく縛った。その後、各透析膜をそれぞれ分注したFFA溶解液に浸漬して室温で一晩静置した後、透析膜内の水をサンプリングしてFFA濃度を測定した。FFA濃度の測定にはFree Fatty Acid Quantification Kit(Biovision社製)を使用した。結果を
図1に示す。
【0015】
炭素数が12のラウリン酸と14のミリスチン酸の溶解液では、いずれの分画分子量の透析膜においても透析膜内部にFFAが移行した。炭素数16のパルミチン酸の溶解液でも全ての透析膜内部にFFAが移行したが、透析膜の分画分子量が大きくなるにつれてFFAの移行量も増加する傾向が見られた。
炭素数18のステアリン酸とオレイン酸は、分画分子量10kDの透析膜では全く移行せず、100kDと1000kDの透析膜では移行した。また、同じく炭素数18のリノール酸とリノレン酸は、分画分子量10kDでもFFAが移行したが、100kD以上の分画分子量の透析膜で顕著にFFAが移行した。
【0016】
「実験2」培養液中に存在する遊離脂肪酸(FFA)の吸着
FFA溶解液25mLに活性炭(富士フイルム和光純薬株式会社、活性炭素(粉末・中性))1gを添加して室温で一晩振とう培養し、振とう前後の溶液中のFFA濃度を、Free Fatty Acid Quantification Kit(Biovision社製)を用いて測定した。
ステアリン酸(18:0)と活性白土(富士フイルム和光純薬株式会社、活性白土)を用い、6時間振とう培養した以外は同様にして測定した。
各条件について、吸着剤を添加しない以外は同様にしたネガティブコントロールについても測定した。
結果を
図2に示す。
【0017】
いずれのFFAの溶解液においても、活性炭、活性白土と振とう後に溶液中のFFA濃度が検出限界以下になっており、活性炭、活性白土がFFAを吸着することが示された。なお、ネガティブコントロールにおいて、一部のFFA濃度が増加したとの測定結果が得られたが、これは使用した測定キットの原理からして、脂肪酸中の不飽和結合によるものと推測される。
以上の結果から、培養液中の遊離脂肪酸を透析膜により分離することができ、分離した遊離脂肪酸を吸着剤に吸着させて回収できることが確かめられた。