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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-09
(45)【発行日】2024-09-18
(54)【発明の名称】自動変速機
(51)【国際特許分類】
   F16D 25/0638 20060101AFI20240910BHJP
【FI】
F16D25/0638
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020189740
(22)【出願日】2020-11-13
(65)【公開番号】P2022078807
(43)【公開日】2022-05-25
【審査請求日】2023-08-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 卓二
(74)【代理人】
【識別番号】100197561
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 三喜男
(72)【発明者】
【氏名】岩▲崎▼ 龍彦
(72)【発明者】
【氏名】溝部 龍利
(72)【発明者】
【氏名】藤田 芳彦
(72)【発明者】
【氏名】中村 惠一
【審査官】沖 大樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-156653(JP,A)
【文献】特開2015-194176(JP,A)
【文献】特開2003-013996(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0113761(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第105465219(CN,A)
【文献】国際公開第03/106868(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/041443(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 25/06-25/12
F16D 48/00-48/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
動力伝達軸の軸心上で軸方向に並べて配置された前記軸方向の一方側クラッチと前記軸方向の他方側クラッチとを有し、これらのクラッチは、それぞれ、円筒状のドラム部と、前記ドラム部と対向する円筒状のハブ部と、前記ドラム部と前記ハブ部との間で軸方向に摺動可能に係合された摩擦板と、前記摩擦板を押圧するピストンと、を備えた自動変速機であって、
前記一方側クラッチと前記他方側クラッチの前記摩擦板とは、軸方向に並列に配置され、
前記一方側クラッチのピストンと前記他方側クラッチのピストンとは、前記一方側クラッチの前記摩擦板よりも前記軸方向の一方側に配置されると共に、前記軸方向位置がオーバーラップして配置され、
前記他方側クラッチのピストンは、前記一方側クラッチの前記摩擦板を前記軸方向に貫通し、
前記他方側クラッチは、前記一方側クラッチ側に配置された第1他方側クラッチと、前記第1他方側クラッチの前記軸方向の他方側に配置された第2他方側クラッチとを有し、
前記第1他方側クラッチの前記ピストンは、前記一方側クラッチの前記摩擦板を軸方向に貫通し、
前記第2他方側クラッチの前記ピストンは、前記一方側クラッチの前記摩擦板及び前記第1他方側クラッチの前記摩擦板を軸方向に貫通する自動変速機。
【請求項2】
前記一方側クラッチと前記他方側クラッチの前記ドラム部は、別体で形成されると共に、一体的に回転するように構成され、
前記他方側クラッチの前記ドラム部は、前記他方側クラッチの前記摩擦板と前記一方側クラッチの前記摩擦板の間に位置して、前記他方側クラッチの前記ドラム部の内周側から径方向内側に延びて、前記一方側クラッチの前記摩擦板の軸方向他方側への摺動を規制するためのリテーニング支持部を備える請求項に記載の自動変速機。
【請求項3】
前記他方側クラッチは、ピストンを解放側に付勢するリターンスプリングを備え、
前記リターンスプリングは、前記他方側クラッチの前記摩擦板間に配置されている請求項1又は請求項2に記載の自動変速機。
【請求項4】
動力伝達軸の軸心上で軸方向に並べて配置された前記軸方向の一方側クラッチと前記軸方向の他方側クラッチとを有し、これらのクラッチは、それぞれ、円筒状のドラム部と、前記ドラム部と対向する円筒状のハブ部と、前記ドラム部と前記ハブ部との間で軸方向に摺動可能に係合された摩擦板と、前記摩擦板を押圧するピストンと、を備えた自動変速機であって、
前記一方側クラッチと前記他方側クラッチの前記摩擦板とは、軸方向に並列に配置され、
前記一方側クラッチのピストンと前記他方側クラッチのピストンとは、前記一方側クラッチの前記摩擦板よりも前記軸方向の一方側に配置されると共に、前記軸方向位置がオーバーラップして配置され、
前記他方側クラッチのピストンは、前記一方側クラッチの前記摩擦板を前記軸方向に貫通し、
前記他方側クラッチは、前記一方側クラッチ側に配置された第1他方側クラッチと、前記第1他方側クラッチの前記軸方向の他方側に配置された第2他方側クラッチとを有し、
前記第1他方側クラッチの前記ピストンは、前記一方側クラッチの前記摩擦板を軸方向に貫通し、
前記第2他方側クラッチの前記ピストンは、前記一方側クラッチの前記摩擦板及び前記第1他方側クラッチの前記摩擦板を軸方向に貫通し、
前記第1他方側クラッチのピストンが前記一方側クラッチの前記摩擦板を貫通する第1貫通位置と、前記第2他方側クラッチのピストンが前記一方側クラッチの前記摩擦板を貫通する第2貫通位置とは、周方向に位置をずらして配置されている自動変速機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両に搭載される自動変速機に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、車両の燃費性能の向上等を目的として自動変速機の多段化が進められており、それに伴って、変速機構を構成するプラネタリギヤセットの個数が増加する傾向にあるが、プラネタリギヤセットの個数が増加すると変速機全体の軸方向寸法が増大し、車載性の問題が発生する。
【0003】
これに対し、例えば特許文献1に開示された自動変速機では、変速機構の動力伝達経路を切り換えるための3つの油圧式クラッチが同一軸心上で径方向の内外に重ねて配置されている。これにより、これらのクラッチを軸方向に並べて配置する場合に比べて、変速機全体の軸方向寸法の短縮が図られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2015-172378号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の自動変速機においては、複数のクラッチが径方向の内外に並べて配置されるので、クラッチを軸方向に並べて配置する場合に比べて、変速機全体の径方向寸法が増大し、変速機の外径側に配置される、例えば、ドライブシャフト等の車体部品と干渉する場合がある。
【0006】
本発明は、複数のクラッチを備えた自動変速機において、クラッチの径方向寸法の増大を抑制しながら軸方向寸法の増大を抑制する自動変速機を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明に係る自動変速機は、次のように構成したことを特徴とする。
【0008】
本発明は、動力伝達軸の軸心上で軸方向に並べて配置された前記軸方向の一方側クラッチと前記軸方向の他方側クラッチとを有し、これらのクラッチは、それぞれ、円筒状のドラム部と、前記ドラム部と対向する円筒状のハブ部と、前記ドラム部と前記ハブ部との間で軸方向に摺動可能に係合された摩擦板と、前記摩擦板を押圧するピストンと、を備えた自動変速機であって、
前記一方側クラッチと前記他方側クラッチの前記摩擦板とは、軸方向に並列に配置され、
前記一方側クラッチのピストンと前記他方側クラッチのピストンとは、前記一方側クラッチの前記摩擦板よりも前記軸方向の一方側に配置されると共に、前記軸方向位置がオーバーラップして配置され、
前記他方側クラッチのピストンは、前記一方側クラッチの前記摩擦板を前記軸方向に貫通し、
前記他方側クラッチは、前記一方側クラッチ側に配置された第1他方側クラッチと、前記第1他方側クラッチの前記軸方向の他方側に配置された第2他方側クラッチとを有し、
前記第1他方側クラッチの前記ピストンは、前記一方側クラッチの前記摩擦板を軸方向に貫通し、
前記第2他方側クラッチの前記ピストンは、前記一方側クラッチの前記摩擦板及び前記第1他方側クラッチの前記摩擦板を軸方向に貫通する自動変速機を提供する。
【0009】
本発明によれば、他方側クラッチのピストンは、一方側クラッチの摩擦板を貫通するので、一方側クラッチと他方側クラッチの摩擦板を軸方向に並列に配置させつつ、一方側クラッチのピストンと他方側クラッチのピストンとを軸方向にオーバーラップ配置できる。
【0010】
これにより、一方側クラッチと他方側クラッチとを軸方向にオーバーラップさせる場合に比べて径方向寸法の増大を抑制できると共に、ピストンを軸方向に並列に配置させる場合に比して軸方向寸法を短縮できる。
【0012】
この構成によれば、第2他方側クラッチのピストンは、一方側クラッチの摩擦板及び第1他方側クラッチの摩擦板とを貫通するので、3つのクラッチの摩擦板を軸方向に並設した場合においても、一方側クラッチと第1及び第2他方側クラッチとを軸方向にオーバーラップさせる場合に比べて径方向寸法の増大を抑制できると共に、ピストンを軸方向に並列に配置させる場合に比して軸方向寸法を短縮できる。
【0013】
また、第2他方側クラッチのピストンは、一方側クラッチの摩擦板及び第1他方側クラッチの摩擦板とを貫通するので、3つのクラッチの摩擦板を軸方向に並設しながら、3つのクラッチのピストンを軸方向にオーバーラップさせた状態でも、軸方向において最も他方側に位置する第2他方側クラッチの摩擦板を押圧することができる。
【0014】
前記一方側クラッチと前記他方側クラッチの前記ドラム部は、別体で形成されると共に、一体的に回転するように構成され、
前記他方側クラッチの前記ドラム部は、前記他方側クラッチの前記摩擦板と前記一方側クラッチの前記摩擦板の間に位置して、前記他方側クラッチの前記ドラム部の内周側から径方向内側に延びて、前記一方側クラッチの前記摩擦板の軸方向他方側への摺動を規制するためのリテーニング支持部を備えてもよい。
【0015】
クラッチの締結時に、摩擦板は、ピストンによって押圧されると共に軸方向に摺動する。ピストンから摩擦板に入力された軸方向の荷重は、摩擦板を挟んで反ピストン側に配置されると共にドラム部に固定された規制部材によって受け止められるため、押圧点と規制部材との径方向のオフセット量は小さくすることが好ましい。
【0016】
具体的には、摩擦板の外周側に設けられた規制部材に対して、摩擦板の径方向内側にピストンによる押圧点を設けた場合、摩擦板の径方向外側の部位に比べて、摩擦板の径方向内側の部位の軸方向移動が規制しにくい。その結果、締結時において、摩擦板の内周側の軸方向への移動距離が摩擦板の外周側の軸方向への移動距離よりも大きくなって、摩擦板自体が変形し、この摩擦板の変形に伴って規制部材が変形する場合がある。
【0017】
これに対して、本発明における一方側クラッチの摩擦板の径方向外側には、他方側クラッチのピストンが貫通する関係上、一方側クラッチでは、規制部材と押圧点との径方向位置がオフセットしているが、摩擦板の軸方向移動を規制する規制部材を、例えば、他方側クラッチのドラム部に設けられたスナップリングに比べて十分に剛性の高いリテーニング支持部で構成しているので、押圧点と規制部材の径方向位置がオフセットすることによって生じる摩擦板の変形に伴う規制部材の変形が抑制される。
【0018】
前記他方側クラッチは、ピストンを解放側に付勢するリターンスプリングを備え、
前記リターンスプリングは、前記他方側クラッチの前記摩擦板間に配置されてもよい。
【0019】
この構成によれば、軸方向にオーバーラップ配置した最外径側のピストンのリターンスプリングを摩擦板間に配置されているので、例えば、径方向寸法が不足して、スプリングが配置できない場合でも、径方向寸法を縮小できる。
【0020】
本発明の一態様は、動力伝達軸の軸心上で軸方向に並べて配置された前記軸方向の一方側クラッチと前記軸方向の他方側クラッチとを有し、これらのクラッチは、それぞれ、円筒状のドラム部と、前記ドラム部と対向する円筒状のハブ部と、前記ドラム部と前記ハブ部との間で軸方向に摺動可能に係合された摩擦板と、前記摩擦板を押圧するピストンと、を備えた自動変速機であって、
前記一方側クラッチと前記他方側クラッチの前記摩擦板とは、軸方向に並列に配置され、
前記一方側クラッチのピストンと前記他方側クラッチのピストンとは、前記一方側クラッチの前記摩擦板よりも前記軸方向の一方側に配置されると共に、前記軸方向位置がオーバーラップして配置され、
前記他方側クラッチのピストンは、前記一方側クラッチの前記摩擦板を前記軸方向に貫通し、
前記他方側クラッチは、前記一方側クラッチ側に配置された第1他方側クラッチと、前記第1他方側クラッチの前記軸方向の他方側に配置された第2他方側クラッチとを有し、
前記第1他方側クラッチの前記ピストンは、前記一方側クラッチの前記摩擦板を軸方向に貫通し、
前記第2他方側クラッチの前記ピストンは、前記一方側クラッチの前記摩擦板及び前記第1他方側クラッチの前記摩擦板を軸方向に貫通し、
前記第1他方側クラッチのピストンが前記一方側クラッチの前記摩擦板を貫通する第1貫通位置と、前記第2他方側クラッチのピストンが前記一方側クラッチの前記摩擦板を貫通する第2貫通位置とは、周方向に位置をずらして配置されている自動変速機を提供する。


【0021】
この構成によれば、例えば、複数の摩擦板側に各ピストンを貫通させるための貫通穴を設ける場合に、第1他方側クラッチのピストンと第2他方側クラッチのピストンの一方側クラッチの複数の摩擦板の貫通穴を同じ周方向位置に設ける場合に比べて、一方側クラッチの複数の摩擦板の剛性が不足することを抑制する。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、複数のクラッチを備えた自動変速機において、クラッチの径方向寸法の増大を抑制しながら軸方向寸法の増大を抑制した自動変速機を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明の実施形態に係る自動変速機の後部の断面図。
図2図1の要部拡大図。
図3】第1~3クラッチのピストン及び摩擦板の分解斜視図。
図4図1の他の要部拡大図。
図5】ドラム部材の斜視図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0025】
図1は、自動変速機の反駆動源側(以下、反駆動源側を後方又は軸方向一方側、駆動源側を前方又は軸方向他方側とする)の構成を示す。本体ケース1aと、その後端の開口部を閉塞するエンドカバー1bとを有する変速機ケース1内の後部には、駆動源側から延びる入力軸2上に、後方から、軸方向に並べて配置された複数の摩擦板13,23,33をそれぞれ備えた一方側クラッチとしての第1クラッチ10と、第1他方側クラッチとしての第2クラッチ20と、第2他方側クラッチとしての第3クラッチ30と、軸方向に並べられた第1、第2プラネタリギヤセット40,50とが配設されている。
【0026】
第1、第2プラネタリギヤセット40,50は、いずれも、回転要素として、サンギヤ41,51と、リングギヤ42,52と、ピニオンキャリヤ43,53とを有する。
【0027】
第1、第2、第3クラッチ10,20,30は、それぞれ、締結時に結合されて一体回転するドラム部としてのドラム部材11,21,31と、ハブ部としてのハブ部材12,22,32とを有する。最も軸方向他方側(駆動源側)に位置する第3クラッチ30のドラム部材31は、第2プラネタリギヤセット50のサンギヤ51に接続されている。第3クラッチ30のハブ部材32は、第1プラネタリギヤセット40のリングギヤ42に連結されている。
【0028】
第3クラッチ30のドラム部材31の軸方向一方側には、第2クラッチ20のドラム部材21が配置されている。ドラム部材21は、第1及び第3クラッチ10,30のドラム部材11,31と一体回転するように接続されている。ドラム部材21は、第1クラッチ10のドラム部材11の内周側にスプライン嵌合されている。第1クラッチ10のドラム部材11は、第3クラッチ30のドラム部材31の内周側に圧入されている。ドラム部材21は、第1及び第3クラッチ10,30のドラム部材11,31を介して、第2プラネタリギヤセット50のサンギヤ51に接続されている。第2クラッチ20のハブ部材22は、図示しない他のプラネタリギヤセットのリングギヤに連結されている。
【0029】
第2クラッチ20のドラム部材21の軸方向一方側には、第1クラッチ10のドラム部材11が、第2クラッチ20のドラム部材21がスプライン嵌合される後述の他方側延設部11eと一体的に形成されている。第1クラッチ10のドラム部材11は、第3クラッチ30のドラム部材31を介して、第2プラネタリギヤセット50のサンギヤ51に接続されている。第1クラッチ10のハブ部材12は、自動変速機の入力軸2に連結されている。
【0030】
次に、図2図3により、第1、第2、第3クラッチ10,20,30の構成を説明する。なお、図3は、第1~第3クラッチ10,20,30を構成するピストン、摩擦板、ドラム部材の分解斜視図である。
【0031】
第1、第2、第3クラッチ10,20,30は、いずれも、ドラム部材11,21,31とハブ部材12,22,32とに加え、これらの間に軸方向に並べて配設され、ドラム部材11,21,31とハブ部材12,22,32とに交互にスプライン係合された各複数枚の摩擦板13,23,33と、これらの摩擦板13,23,33の後方(軸方向一方側)に配置されたピストン14,24,34と、ピストン14,24,34の背部に設けられた油圧室15,25,35とを有する。これらの油圧室15,25,35のいずれかに締結圧が供給されたときに、締結圧が供給されたクラッチ10,20,30のピストン14,24,34が摩擦板13,23,33を押圧してドラム部材11,21,31とハブ部材12,22,32を結合することにより、クラッチ10,20,30が締結されるようになっている。
【0032】
第1、第2、第3クラッチ10,20,30には、ピストン14,24,34を挟んで油圧室15,25,35の反対側にキャンセル室16,26,36が設けられている。キャンセル室16,26,36は、解放状態で油圧室15,25,35内の作動油に作用する遠心力によって摩擦板13,23,33が押圧されることによる摩擦板13,23,33の引き摺りを防止するために設けられている。これにより、キャンセル室16,26,36に供給される作動油に作用する遠心力でピストン14,24,34を押圧することにより、油圧室15,25,35の作動油に作用する遠心力による押圧力がキャンセルされるようになっている。
【0033】
第1クラッチ10及び第2クラッチ20の各キャンセル室16,26に、ピストン14,24をクラッチ解放方向に付勢するリターンスプリング17,27がそれぞれ配設されている。第3クラッチ30には、後述の付勢部材37が、複数の摩擦板33間に配置されている。
【0034】
第1、第2、第3クラッチ10,20,30の複数の摩擦板13,23,33は、ドラム部材11,21,31にスプライン係合された複数の外側摩擦板13a,23a,33aと、ハブ部材12にスプライン係合されると共に複数の外側摩擦板13a,23a,33aと軸方向に交互に配置された複数の内側摩擦板13b,23b,33bとをそれぞれ備える。
【0035】
第1クラッチ10のドラム部材11は、外側摩擦板13aが係合される外側円筒部11aと、外側円筒部11aの軸方向一方側の端部から更に軸方向一方側に延びる延設部11bと、延設部11bの端部から径方向内側に延びる縦壁部11cと、縦壁部11cの径方向内側の内端部から軸方向の一方側及び他方側に延びる筒部11dとを備える。
【0036】
第1クラッチ10のハブ部材12は、内側摩擦板13bが係合される内側円筒部12aと、内側円筒部12aの軸方向一方側の端部から径方向内側に延びる円板部12bと、円板部12bの内端部から軸方向一方側及び他方側に延びて入力軸2にスプライン嵌合されるスプライン部12cとを備える。
【0037】
図3に示すように、外側摩擦板13aの外周面には外側円筒部11aにスプライン係合されるスプライン部13a1が設けられ、内側摩擦板13bの内周面には内側円筒部12aにスプライン係合されるスプライン部13b1が設けられている。
【0038】
外側摩擦板13aの径方向外側の部位には、第2クラッチ20のピストン24を軸方向に貫通させるための複数の第1貫通穴13cと、第3クラッチ30のピストン34を軸方向に貫通させるための複数の第2貫通穴13dとが設けられている。
【0039】
複数の第1貫通穴13c及び複数の第2貫通穴13dは、周方向に均等に並べて配置されていると共に、各第1貫通穴13cと各第2貫通穴13dとは周方向に位置を異ならせて配置されている。より詳しくは、各第1貫通穴13cの周方向中央部と第1貫通穴13cに隣接する各第2貫通穴13dの周方向中央部とは周方向位置がずれた状態で設けられている。本実施形態においては、各第1貫通穴13cの周方向の一端部と、第1貫通穴13cに隣接する第2貫通穴13dの周方向の他端部とは周方向位置が重複しているが、前記一端部と前記他端部とは重複しなくてもよい。
【0040】
図2に示すように、各第1貫通穴13cの径方向位置は、各内側摩擦板13bの外周よりも外側に位置している。各第2貫通穴13dの径方向位置は、各第1貫通穴13cの径方向位置よりも外周側かつ、スプライン部13a1よりも径方向内側に位置している。
【0041】
ピストン14は、摩擦板13a,13bの軸方向一方側に配置されると共に径方向に延びて、締結時に摩擦板13a,13bを押圧する押圧部14aと、押圧部14aの内端部から軸方向一方側に延びる円筒部14bと、油圧室15に供給された油圧を受ける受圧面を備えた受圧部14cとを有する。本実施形態において、押圧部14a及び円筒部14bと、受圧部14cとは別体で構成されている。円筒部14bが、円板状に形成された受圧部14cの上端部に連結されている。
【0042】
油圧室15が摩擦板13a,13bに対して径方向位置がオフセットして配置されているので、ピストン14の押圧部14aと受圧部14cとの径方向位置も同様にオフセットすることになる。
【0043】
前述のように、外側摩擦板13aのスプライン部13a1の径方向内側には、第1及び第2貫通穴13c,13dを設けるための径方向寸法が必要となる。そのため、スプライン部13a1と、ピストン14の押圧部14aが摩擦板13aを押圧する押圧点P1との径方向位置もオフセットしている。
【0044】
複数の摩擦板13のうち軸方向において最も他方側に位置する外側摩擦板は、リテーニング部材13eを構成する。リテーニング部材13eは、軸方向寸法(板厚)が他の外側摩擦板の板厚よりも全体的に厚く設定されている。リテーニング部材13eは、径方向内側の部分で、特に、ピストン14が外側摩擦板13aに当接する押圧点P1に対応する部位の板厚が径方向外側の部位よりも更に厚く設定されている。
【0045】
リテーニング部材13eの軸方向他方側には、各摩擦板13の軸方向移動を規制する規制部材13fが配置されている。本実施形態においては、後述の第2クラッチ20のドラム部材21の軸方向一方側の端部(第1クラッチ10のリテーニング部材13eに隣接する位置)に、径方向において第1貫通穴13cの外周とほぼ同じ径方向位置まで延びるフランジ部21bを設け、このフランジ部21bをリテーニング支持部としての規制部材13fとして用いている。
【0046】
規制部材13fは、外側円筒部11aに軸方向移動できない状態で固定されている。したがって、規制部材13fによって、摩擦板13に入力される軸方向の荷重が受け止められる。すなわち、摩擦板13におけるピストン14の押圧力が入力される押圧点P1と、軸方向の荷重を受け止める規制部材13fとは、径方向にオフセットしている。
【0047】
前述のように、規制部材13fは、第2クラッチ20のドラム部材21のフランジ部21bによって構成されているので、例えば、スナップリング等の板厚が薄い部材を規制部材として用いる場合に比べて、規制部材自体の剛性が高まる。このように、規制部材13fの剛性が高められているので、軸方向荷重が入力されたときの押圧点P1と、規制部材13fとがオフセットしている場合においても、規制部材13fの変形が抑制される。その結果、規制部材13fの変形に伴う摩擦板13の変形が抑制される。
【0048】
図2に示すように、第2クラッチ20のドラム部材21は、外側摩擦板23aが係合される外側円筒部21aと、外側円筒部21aの軸方向一方側の端部から径方向内側に延びるフランジ部21bとを備える。外側円筒部21aの外周面は、第1クラッチ10の外側円筒部11aから軸方向他方側に延びる他方側延設部11eにスプライン嵌合されている。他方側延設部11eは、外側円筒部21aよりも軸方向他方側に延びると共に、外側円筒部21aよりも軸方向他方側の部位には、後述のリテーニング部材23eがスプライン嵌合されている。外側円筒部21aの軸方向他方側の面がリテーニング部材23eの軸方向一方側の面に当接することで、ドラム部材21の軸方向の位置が決められる。
【0049】
他方側延設部11eは、外側円筒部11aよりも径方向外側に位置し、外側円筒部11aと他方側延設部11eと間には、段部11fが形成されて、フランジ部21bの背面(軸方向一方側の面)21cが当接するようになっている。前述のように、フランジ部21bは、第1クラッチ10の外側摩擦板13aの第2貫通穴13dの外周近傍まで延びているので、外側円筒部11aよりも径方向内側に突出している。
【0050】
ハブ部材22は、内側摩擦板23bが係合される内側円筒部22aと、内側円筒部22aの軸方向一方側の端部から径方向内側に延びる円板部22bと、円板部22bの内端部から軸方向一方側に延びて他の回転要素に連結される動力伝達部22cとを備える。
【0051】
図3に示すように、外側摩擦板23aの外周面には外側円筒部21aにスプライン係合されるスプライン部23a1が設けられ、内側摩擦板23bの内周面には内側円筒部22aにスプライン係合されるスプライン部23b1が設けられている。
【0052】
外側摩擦板23aの径方向外側の部位には、後述の第3クラッチ30のピストン34を軸方向に貫通させるための複数の第3貫通穴23cが設けられている。
【0053】
複数の第3貫通穴23cは、周方向に均等に並べて配置されていると共に、各第3貫通穴23cの周方向位置は、各第2貫通穴13dの周方向位置に対応させて設けられている。各第3貫通穴23cの周方向位置は、各第2貫通穴13dの周方向位置と一致するように配置されている。
【0054】
各第3貫通穴23cの径方向位置は、内側摩擦板23bの外周よりも外側かつ、スプライン部23a1よりも径方向内側に位置している。内側摩擦板23bの外周の径方向位置は、第1貫通穴13cよりも径方向外側に位置している(図2参照)。
【0055】
ピストン24は、第1クラッチ10の複数の摩擦板13の軸方向一方側に配置されると共に軸方向に延びる櫛歯状で形成された押圧部24aと、押圧部24aの軸方向一方側の端部から径方向内側に延びる径方向部24bと、径方向部24bの内端部から更に軸方向一方側に延びる円筒部24cと、油圧室25に供給された油圧を受ける受圧面を備えた受圧部24dとを有する。本実施形態において、押圧部24a、径方向部24b及び円筒部24cと、受圧部24dとは別体で構成されている。円筒部24cの軸方向一方側の端部が、円板状に形成された受圧部24dの上端部に連結されている。
【0056】
押圧部24aは、軸方向他方側の端部が摩擦板23の軸方向一方側に隣接して配置されて、締結時に摩擦板23を押圧する。押圧部24aは、複数の摩擦板13の第1貫通穴13cに対応するように櫛歯状に形成されている。押圧部24aが、第1貫通穴13cに貫通して、ピストン24と複数の摩擦板13とが噛合うようになっている。径方向部24bの軸方向位置は、締結時において、第1クラッチ10のピストン14に干渉しない位置に配置されている。
【0057】
油圧室25が摩擦板23に対して径方向位置がオフセットして配置されているため、ピストン24の押圧部24aと受圧部24dとの径方向位置も同様にオフセットすることになる。
【0058】
前述のように、外側摩擦板23aのスプライン部23a1の径方向内側には、第3貫通穴23cを設けるための径方向寸法が必要となる。そのため、スプライン部23a1と、ピストン24の押圧部24aが摩擦板23を押圧する押圧点P2との径方向位置もオフセットしている。
【0059】
複数の摩擦板23のうち軸方向において最も他方側に位置する外側摩擦板23aは、第1クラッチ10同様に、リテーニング部材23eを構成する。リテーニング部材23eは、軸方向寸法(板厚)が他の外側摩擦板23aの板厚よりも全体的に厚く設定されている。リテーニング部材23eは、径方向内側の部位の板厚が径方向外側の部位よりもさらに厚く設定されている。
【0060】
リテーニング部材23eの軸方向他方側には、各摩擦板13の軸方向移動を規制する規制部材23f(本実施形態においては、第3クラッチ30のドラム部材31)が配置されている。
【0061】
ここで、第3クラッチ30のドラム部材31は、図2に示すように外側摩擦板33aが係合される円筒部31aと、円筒部31aの軸方向一方側の端部から軸方向一方側に延びて第1クラッチ10の他方側延設部11eの外周面に圧入される圧入部31bとを有する。
【0062】
ドラム部材31は、円筒部31aの軸方向他方側の端部(第2クラッチ20のリテーニング部材23eに隣接する位置)から径方向内側に向かって延びる径方向突出部31cを有する。径方向突出部31cは、第2貫通穴13dの外周とほぼ同じくらい径方向位置まで延びている。
【0063】
他方側延設部11eの軸方向他方側の端部には、径方向外側に突出する凸部11c1が設けられており、第3クラッチ30の圧入部31bの軸方向一方側の端面が当接するストッパとしての機能を有する。径方向突出部31cは、ドラム部材31に設けられているので、軸方向移動せず、第2クラッチ20の摩擦板23の軸方向移動を規制する規制部材23fとして用いられている。
【0064】
図2に示すように、前述のように第3クラッチ30のドラム部材31は、外側摩擦板33aが係合される円筒部31aと、円筒部31aから更に軸方向一方側に延びる円筒状の圧入部31bと、円筒部31aと圧入部31bとの間に設けられた径方向突出部31cとを有する。ドラム部材31は、円筒部31aと圧入部31bと径方向突出部31cとによって、断面T字状に形成されている。
【0065】
前述のように、径方向突出部31cは、第2クラッチ20の外側摩擦板23aの第3貫通穴23cの外周近傍まで延びているので、外側円筒部21aよりも径方向内側に突出している。
【0066】
ハブ部材32は、内側摩擦板33bが係合される円筒部32aと、円筒部32aの軸方向一方側の端部から径方向内側に延びる円板部32bとを備える。
【0067】
図2に符号たす
外側摩擦板33aの外周面には、第1及び第2クラッチ10,20と同様に、円筒部31aにスプライン係合されるスプライン部33a1が設けられ、内側摩擦板33bの内周面には円筒部32aにスプライン係合されるスプライン部33b1が設けられている。
【0068】
第3クラッチ30では、隣接する外側摩擦板33aの間にそれぞれ皿バネ等で構成された付勢部材37が配設され、付勢部材37は、隣接する外側摩擦板33aを離反方向に弾性的に付勢するように設けられている。これら付勢部材37は、内側摩擦板33bの外周側に配置されている。
【0069】
付勢部材37は、クラッチクリアランスが各隣接外側摩擦板間に分散されるように設けられている。また、これら付勢部材37は、ピストン34を反摩擦板側へ移動させるリターンスプリングとしても機能する。
【0070】
ピストン34は、第1クラッチ10の複数の摩擦板13の軸方向一方側に配置されると共に軸方向に延びる櫛歯状で形成された押圧部34aと、押圧部34aの径方向内側に配置されて油圧室35に供給された油圧を受ける受圧面を備えた受圧部34bとを備える。
【0071】
押圧部34aの内周面は、受圧部34bの外周面よりも径方向外側に位置し、押圧部34aと受圧部34bとの間には接続部34cが設けられている。押圧部34aは、軸方向他方側の端部が摩擦板33の軸方向一方側に隣接して配置されて、締結時に摩擦板33を押圧する。
【0072】
図3に示すように、押圧部34aは、複数の摩擦板13,23の第2貫通穴13d及び第3貫通穴23cに対応するように櫛歯状に形成されている。すなわち、押圧部34aが第2貫通穴13d及び第3貫通穴33cを貫通して、ピストン34と複数の摩擦板13,23とが噛合うようになっている。
【0073】
複数の摩擦板33のうち軸方向において最も他方側に位置する外側摩擦板33aは、第1クラッチ10同様に、リテーニング部材33eを構成する。リテーニング部材33eは、軸方向寸法(板厚)が他の外側摩擦板33aの板厚よりも全体的に厚く設定されている。リテーニング部材33eの軸方向他方側には、各摩擦板13の軸方向移動を規制する規制部材33fが配置されている。
【0074】
第1、第2、第3クラッチ10、20、30の油圧室15、25、35と、キャンセル室16、26、36とは、第1クラッチ10のドラム部材11を用いて形成されており、次に、これらの油圧室及びキャンセル室15、25、35、16、26、36の構成を説明する。
【0075】
変速機ケース1を構成するエンドカバー1bには回転中心線に沿って前方に延びるボス部1cが設けられ、ボス部1cの外周にスリーブ部材3が嵌合固定されている。ドラム部材11は、外側円筒部11aから軸方向一方側に延びる延設部11bと、延設部11bの軸方向一方側の端部から径方向内側に延びて軸方向一方側の面がエンドカバー1bの軸方向他方側の面に対向するように配置された縦壁部11cと、縦壁部11cの径方向内側の端部で軸方向に延びる筒部11dを備える。ドラム部材11は、筒部11dがスリーブ部材3の外周に回転自在に嵌合されることにより、スリーブ部材3を介してエンドカバー1bのボス部1cに回転自在に支持されている。
【0076】
ドラム部材11は、縦壁部11cの前面の径方向の中間部及び外周部からそれぞれ前方に延びる筒状の第1シリンダ部73と第2シリンダ部74とを備える。筒部11dの外周面と第1シリンダ部73の内周面との間に第1クラッチ10のピストン14が嵌合され、第1シリンダ部73の外周面と第2シリンダ部74の内周面との間に第2クラッチ20のピストン24が嵌合され、さらに、第2シリンダ部74の外周面と縦壁部11cの延設部11bの内周面との間に、前記第3クラッチ30のピストン34が嵌合されている。
【0077】
第1クラッチ10の油圧室15は、筒部11dの外周面と、縦壁部11cの前面と、第1シリンダ部73の内周面と、受圧部14cの背面とにより油密状に形成されている。第2クラッチ20の油圧室25は、縦壁部11cの前面と、第1シリンダ部73の外周面と、第2シリンダ部74の内周面と、受圧部24dの背面とにより油密状に形成されている。第3クラッチ30の油圧室35は、縦壁部11cの前面と、延設部11bの内周面と、第2シリンダ部74の外周面と、受圧部34bの背面とにより油密状に形成されている。
【0078】
第1クラッチ10のキャンセル室16は、筒部11dの外周面の前部に装着されたシールプレート75の後面と、筒部11dの外周面と、受圧部14cの前面及び円筒部14bの内周面とにより油密状に形成されている。第2クラッチ20のキャンセル室26は、第1シリンダ部73の外周面の前部に装着されたシールプレート76の後面と、第1シリンダ部73の外周面と、受圧部24dの前面及び円筒部24cの内周面とにより油密状に形成されている。第3クラッチ30のキャンセル室36は、第2シリンダ部74の外周面の前部に装着されたシールプレート77の後面と、第2シリンダ部74の外周面と、受圧部34bの前面及び接続部34cの内周面とにより油密状に形成されている。
【0079】
第1クラッチ10と第2クラッチ20の各キャンセル室16,26内において、シールプレート75と、ピストン14,24との間にリターンスプリング17,27がそれぞれ配設され、各ピストン14,24がそれぞれクラッチ解放方向に付勢されている。前述のように、第3クラッチ30のリターンスプリング37は、複数の摩擦板33a間に配置されている。
【0080】
ここで、縦壁部11cは軸心に直交するように設けられており、この縦壁部11cの内周部、中間部、外周部によって各クラッチの油圧室15、25、35の後面が形成されている。したがって、各油圧室15、25、35は軸方向にオーバーラップし、第1クラッチ10の油圧室15の外周側に第2クラッチ20の油圧室25が重なり、該油圧室25の外周側に第3クラッチ30の油圧室35が重なっている。
【0081】
また、ピストン14、24、34を挟んで各油圧室15、25、35の前方にそれぞれ設けられている各クラッチ10、20、30のキャンセル室16、26、36も軸方向にオーバーラップし、第1クラッチ10のキャンセル室16の外周側に第2クラッチ20のキャンセル室26が重なり、キャンセル室26の外周側に第3クラッチ30のキャンセル室36が重なっている。
【0082】
そして、第1、第2、第3クラッチ10、20、30の油圧室15、25、35にそれぞれ締結用作動油を供給する締結用作動油供給路80a、80b、80c、及び、キャンセル室16、26、36に遠心キャンセル用作動油を供給するキャンセル用作動油供給路90a,90b,90cがドラム部材11の縦壁部11cに設けられており、次に、図2図4図5を用いて、これらの油路80a、80b、80c、90a,90b,90cについて説明する。
【0083】
まず、第1、第2、第3クラッチ10、20、30の締結用作動油供給路80a、80b、80cについて説明する。
【0084】
図2に示すように、エンドカバー1bのボス部1cに嵌合するスリーブ部材3内に、図示しないコントロールバルブユニットから導かれて軸方向に延びる第1、第2、第3クラッチ用の第1軸方向油路81a,81b,81c(第1クラッチ用の油路81aのみ図示)が周方向の位置を異ならせて設けられている。
【0085】
スリーブ部材3の外周面には、第1、第2、第3クラッチ用の周溝82a、82b、82cが設けられている。各クラッチ用の第1軸方向油路81a、81b、81cと周溝82a、82b、82cとは、スリーブ部材3に形成された径方向の連通路83a、83b、83c(第1クラッチ用の連通路83aのみ図示)により、それぞれ連通されている。
【0086】
ドラム部材11の筒部11dには、図2図5に示すように、軸方向に延びる第1、第2、第3クラッチ用の第2軸方向油路84a、84b、84cが周方向の位置を異ならせて設けられている。
【0087】
筒部11dの内周部に、各クラッチ用の周溝82a、82b、82cと第2軸方向油路84a、84b、84cとをそれぞれ連通させる第1、第2、第3クラッチ用の連通孔85a、85b、85cが設けられている。
【0088】
ドラム部材11の縦壁部11cには、縦壁部11c内を径方向の外側に延びる各クラッチ用の径方向油路86a、86b、86cが設けられ、内端部が筒部11dに設けられた各クラッチ用の第2軸方向油路84a、84b、84cにそれぞれ連通されている。
【0089】
そして、第1、第2、第3クラッチ用の径方向油路86a、86b、86cには、これらの油路の径方向内周側の所定位置、中間部の所定位置及び外周側の所定位置にそれぞれ軸方向に開口されて、これらの径方向油路86a、86b、86cを第1、第2、第3クラッチ10、20、30の油圧室15,25,35にそれぞれ連通させる開口部87a、87b、87cが設けられている。
【0090】
これにより、エンドカバー1bにおける径方向油路(図示せず)から、スリーブ部材3における第1軸方向油路81a、連通路83a、周溝82a、連通孔85a、第2軸方向油路84a、径方向油路86a、及び、開口部87aを介して第1クラッチ10の油圧室15に通じる締結用作動油供給路80aが形成されている。
【0091】
同様に、第1軸方向油路81bから、連通路83b、周溝82b、連通孔85b、第2軸方向油路84b、径方向油路86b、及び、開口部87bを介して第2クラッチ20の油圧室25に通じる締結用作動油供給路80bが形成されている。また、第1軸方向油路81cから、連通路83c、周溝82c、連通孔85c、第2軸方向油路84c、径方向油路86c、及び、開口部87cを介して第3クラッチ30の油圧室35に通じる締結用作動油供給路80cが形成されている。
【0092】
その場合に、これらの作動油供給路80a、80b、80cは、開口部87a、87b、87cが軸方向に開口することにより、油圧室15、25、35に対して締結用作動油を軸方向に供給するようになっている。
【0093】
次に、第1、第2、第3クラッチ10、20、30のキャンセル室16、26、36に作動油を供給するキャンセル用作動油供給路90a,90b,90cについて説明する。
【0094】
図4に示すように、スリーブ部材3内に、図示しないコントロールバルブユニットから導かれて軸方向に延びる軸方向油路91が設けられている。
【0095】
スリーブ部材3の外周面で、各クラッチの周溝82a,82b,82cよりも軸方向他方側に設けられた断下げ部92と軸方向油路91とが、スリーブ部材3に形成された径方向の第1連通路93を介して連通されている。
【0096】
筒部11dには、図4図5に示すように、断下げ部92に連通するように径方向内側から外側に向かうにつれて前方側に傾斜するように径方向に延び、筒部11dの内周面と外周面とを連通させる第2連通路94aが設けられている。第2連通路94aの筒部外周面側の開口部が第1クラッチ10のキャンセル室16内を内周側から径方向の外方に向かって臨んでいる。
【0097】
これにより、軸方向油路91から、第1連通路93、断下げ部92、及び、第2連通路94aを介して第1クラッチ10のキャンセル室16に通じるキャンセル用作動油供給路90aが構成されている。
【0098】
ドラム部材11の縦壁部11cには、縦壁部11c内を径方向の外側に延びる第2及び第3クラッチ20,30の解放用の径方向油路95b,95cが設けられている。径方向油路95b,95cの内端部は、径方向油路95b,95cと断下げ部92とを連通させる第2連通路94b,94cにそれぞれ連通されている。第2連通路94b,94cは、径方向内側から外側に向かうにつれて後方側に傾斜するように径方向に延びると共に、周方向位置を異ならせて設けられている。
【0099】
径方向油路95b,95cには、これらの油路の径方向の中間部の所定位置及び外周側の所定位置にそれぞれ軸方向に開口されて、これらの径方向油路95b,95cを第2、第3クラッチ20、30のキャンセル室26,36にそれぞれ連通させる開口部96b、96cが設けられている。
【0100】
これにより、軸方向油路91から、第1連通路93、断下げ部92、第2連通路94b、径方向油路95b、及び、開口部96bを介して第2クラッチ20のキャンセル室26に通じるキャンセル用作動油供給路90bが構成されている。同様に、軸方向油路91から、第1連通路93、断下げ部92、第2連通路94c、径方向油路95b、及び、開口部96bを介して第3クラッチ30のキャンセル室36に通じるキャンセル用作動油供給路90cが構成されている。
【0101】
次に、この実施形態に係る自動変速機の作用を説明する。まず、第1クラッチ10の油圧室15に締結用作動油供給路80aを介して締結圧(締結用作動油)が供給されることにより第1クラッチ10が締結され、入力軸2と第2プラネタリギヤセット50のサンギヤ51とが結合される。
【0102】
第2クラッチ20の油圧室25に締結用作動油供給路80bを介して締結圧が供給されることにより第2クラッチ20が締結され、図示しない他のプラネタリギヤのリングギヤと第2プラネタリギヤセット50のサンギヤ51とが結合される。
【0103】
第3クラッチ30の油圧室35に締結用作動油供給路80cを介して締結圧が供給されることにより第3クラッチ30が締結され、第1プラネタリギヤセット40のリングギヤ42と第2プラネタリギヤセット50のサンギヤ51とが結合される。
【0104】
一方、各クラッチ10、20、30のキャンセル室16、26、36には、キャンセル用作動油供給路90a,90b,90cにより、常時遠心キャンセル用作動油が供給されており、この作動油に作用する遠心力によってピストン14、24、34を押圧する押圧力により、解放状態のクラッチ10、20、30の油圧室15、25、35内の作動油によるピストン14、24、34を締結方向に押圧する押圧力がキャンセルされる。これにより、解放状態にあるクラッチ10、20、30の摩擦板13、23、33の引き摺りが防止され、この引き摺りによる回転抵抗の増大や摩擦板13、23、33の摩耗等が抑制される。
【0105】
特に、本実施形態の自動変速機においては、第2クラッチ20のピストン24の押圧部24aは、第1クラッチ10の外側摩擦板13aに設けられた第1貫通穴13cを貫通するので、第1クラッチ10の複数の摩擦板13の軸方向他方側に配置された第2クラッチ20の複数の摩擦板23を押圧することができる。
【0106】
第3クラッチ30のピストン34の押圧部34aは、第1クラッチ10の外側摩擦13aの第2貫通穴13d及び第2クラッチ20の外側摩擦板23aの第3貫通穴23cを貫通するので、第2クラッチ20の複数の摩擦板23の軸方向他方側に配置された第3クラッチ30の複数の摩擦板33を押圧することができる。
【0107】
これにより、第1、第2及び第3クラッチ10,20,30の摩擦板13,23,33を軸方向に、並列に配置させつつ、第1、第2及び第3クラッチ10,20,30のピストン14,24,34を軸方向にオーバーラップして配置できる。
【0108】
その結果、第1、第2及び第3クラッチ10,20,30の摩擦板13,23,33を軸方向にオーバーラップさせる場合に比して径方向寸法を縮小でき、摩擦板13,23,33に加えてピストン14,24,34、油圧室15,25,35、及び、キャンセル室16,26,36を軸方向に並列に配置させる場合に比して軸方向寸法を短縮できる。
【0109】
ところで、クラッチの締結時において、摩擦板は、ピストンによって押圧されると共に軸方向に摺動する。ピストンから摩擦板に入力された軸方向の荷重は、規制部材によって受け止められるため、押圧点と規制部材との径方向のオフセット量は小さくすることが好ましい。
【0110】
具体的には、摩擦板の外周側に設けられた規制部材に対して、摩擦板の径方向内側にピストンによる押圧点を設けた場合、摩擦板の径方向外側の部位に比べて、摩擦板の径方向内側の部位の軸方向移動が規制しにくい。その結果、締結時において、摩擦板の内周側の軸方向への移動距離が摩擦板の外周側の軸方向への移動距離よりも大きくなって、摩擦板自体が変形し、この摩擦板の変形に伴って規制部材が変形する場合がある。
【0111】
しかしながら、第1クラッチ10の摩擦板13の径方向外側には、第2及び第3クラッチ20,30のピストン24,34を貫通させるための貫通穴を設ける関係上、スプライン部と押圧点P1とがオフセットして設けられている。
【0112】
これに対して、本実施形態においては、摩擦板13の軸方向移動を規制する規制部材13fを第2クラッチ20のドラム部材21のようにスナップリングに比べて十分に剛性の高い部材で構成しているので、押圧点P1と規制部材13fの径方向位置がオフセットすることによって生じる摩擦板13の変形に伴う規制部材の変形が抑制される。
【0113】
また、規制部材13fの下端部は、スプライン部13a1よりも径方向内側で第2貫通穴13dの外周に位置するので、摩擦板13におけるピストン14の押圧力が作用する径方向位置(押圧点P1)と、押圧力を受けるリテーニング支持部(第2クラッチ20のフランジ部21b)の径方向内側端部の位置とが近づけられている。これにより、両者の径方向位置のオフセットによる摩擦板13の変形の抑制が図られる。
【0114】
さらに、前述のように、リテーニング部材13eの軸方向寸法(板厚)をその他の外側摩擦板13aの軸方向寸法よりも全体的に厚くすると共に、径方向内側の部分の板厚を径方向外側の部位よりも更に厚く設定したので、摩擦板13の変形をより効果的に抑制できる。
【0115】
また、第1クラッチの摩擦板13同様に、第2クラッチの摩擦板23についても第3クラッチ30のピストン34を貫通させるための貫通穴23cを設ける関係上、ドラム部材21の円筒部と押圧点P2とがオフセットしているが、規制部材23fを第3クラッチ30のドラム部材31のようにスナップリングに比べて十分に剛性の高い部材で構成しているので、押圧点P2と規制部材23f(31c)の径方向位置がオフセットすることによって生じる摩擦板13の変形に伴う規制部材23fの変形が抑制される。
【0116】
また、規制部材23fの下端部は、スプライン部23a1よりも径方向内側で第3貫通穴23cの外周に位置するので、摩擦板23におけるピストン24の押圧力が作用する径方向位置(押圧点P2)と、押圧力を受けるリテーニング支持部(第3クラッチ30の径方向突出部31c)の径方向内側端部の位置とが近づけられている。これにより、両者の径方向位置のオフセットによる摩擦板23の変形の抑制が図られる。
【0117】
さらに、前述のように、リテーニング部材23eの軸方向寸法(板厚)をその他の外側摩擦板23aの軸方向寸法よりも全体的に厚くすると共に、径方向内側の部分の板厚を径方向外側の部位よりも更に厚く設定したので、摩擦板23の変形をより効果的に抑制できる。
【0118】
また、前述のように、第3クラッチ30の隣接する外側摩擦板33a間には、付勢部材37が配置されて、リターンスプリングとして機能している。これにより、例えば、第3クラッチ30のキャンセル室36内にリターンスプリングを配置するための径方向寸法を確保する場合に比して径方向寸法を縮小できる。
【0119】
具体的には、コイルばね等の付勢部材をキャンセル室36に配置する場合、キャンセル室は、要求加重や座屈変形等の要件によって決められた直径のリターンスプリングを収容可能な径方向寸法が必要となる。これに対して、隣接する外側摩擦板33a間に付勢部材37を配置することで、キャンセル室36の径方向寸法の拡大が抑制される。
【0120】
また、前述のように、第1クラッチ10の第1貫通穴13cと第2貫通穴13dとは、周方向位置が異ならせて配置されているので、これらの貫通穴13c,13dの周方向位置を一致させる場合に比して、摩擦板13aの剛性を確保しやすい。
【0121】
以上により、この自動変速機によれば、クラッチ10,20,30の軸方向及び径方向における占有領域が適切に設定されることになり、例えば変速段の多段化のためにプラネタリギヤセットを追加した場合などにおいても良好な車載性が得られる。特に、エンジンルーム内に軸方向を車幅方向に向けて配置され、軸方向寸法に対する制約が厳しい横置き式自動変速機の場合に、所要の車載性が得られる。
【0122】
なお、以上の実施形態では、第1、第2、第3クラッチ10,20,30の3つのクラッチの複数の摩擦板13,23,33が軸方向に並列に配置されているが、例えば、第1、第2クラッチ10,20等の2つのクラッチの複数の摩擦板が軸方向に並列に配置されている場合にも、同様に構成することができ、同様の効果が得られる。
【0123】
また、縦壁部11cに、径方向油路86a、86b、86cが軸方向に完全にオーバーラップさせて設けられているが、軸方向に一部がオーバーラップするように設けてもよく、この場合も、径方向油路が軸方向に全くオーバーラップしない場合に比べて、縦壁部11cの厚さないし変速機全体の軸方向寸法の増大が抑制される。
【0124】
また、本実施形態では、第1、第2、第3クラッチ10,20,30のドラム部材11,21,31を分割して設ける構成について説明したが、これらのドラム部材は、一体的に形成されていてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0125】
以上のように、本発明によれば、複数のクラッチを備えた自動変速機において、クラッチの径方向寸法の増大を抑制しながら軸方向寸法の増大を抑制できるので、この種の自動変速機又はこれが搭載される車両の製造産業分野において、好適に利用される可能性がある。
【符号の説明】
【0126】
2 入力軸(動力伝達軸)
10 第1クラッチ(一方側クラッチ)
11,21,31 ドラム部材(ドラム部)
12,22,32 ハブ部材(ハブ部)
13,23,33 摩擦板
13c 第1貫通穴
13d 第2貫通穴
14,24,34 ピストン
20 第2クラッチ(他方側クラッチ、第1他方側クラッチ)
21b,31c リテーニング支持部
30 第3クラッチ(他方側クラッチ、第2他方側クラッチ)
37 リターンスプリング
図1
図2
図3
図4
図5