(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-09
(45)【発行日】2024-09-18
(54)【発明の名称】自動変速機及び自動変速機の遠心バランス調整方法
(51)【国際特許分類】
F16D 25/0638 20060101AFI20240910BHJP
【FI】
F16D25/0638
(21)【出願番号】P 2020189741
(22)【出願日】2020-11-13
【審査請求日】2023-08-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【氏名又は名称】山田 卓二
(74)【代理人】
【識別番号】100197561
【氏名又は名称】田中 三喜男
(72)【発明者】
【氏名】岩▲崎▼ 龍彦
(72)【発明者】
【氏名】中村 惠一
【審査官】沖 大樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-014143(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 25/06-25/12
F16D 48/00-48/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒状のドラム部と、前記ドラム部と対向する円筒状のハブ部と、前記ドラム部と前記ハブ部との間で軸方向に摺動可能に係合された摩擦板と、前記摩擦板を押圧するピストンとを有するクラッチを備えた自動変速機であって、
前記クラッチは、前記ピストンを挟んで、前記ピストンを前記摩擦板方向に付勢する作動油が供給される油圧室と、前記油圧室の作動油に作用する遠心油圧をキャンセルするための作動油が供給されるキャンセル室とを有し、
前記ドラム部は、径方向に延びて、前記油圧室と前記キャンセル室とに連通する連通路をそれぞれ備え、
前記連通路のうち前記キャンセル室に連通する連通路の径方向内側の端部には、前記連通路の大気解放位置を径方向に調整可能とする調整部材が設けられている自動変速機。
【請求項2】
前記キャンセル室を構成する
シールプレートの外径をシールするキャンセル室シール外径は、前記油圧室を構成する前記ピストンの外径をシールする油圧室シール外径よりも大きくなるように設定されている請求項1に記載の自動変速機。
【請求項3】
前記調整部材は、径方向に対して傾斜して配置されている請求項1又は請求項2に記載の自動変速機。
【請求項4】
前記調整部材は、ダブルナット構造である請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の自動変速機。
【請求項5】
前記調整部材は、前記キャンセル室に作動油を供給するための連通路とは異なる前記キャンセル室に連通する大気解放位置調整用の調整回路に配置されている請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の自動変速機。
【請求項6】
前記クラッチは、少なくとも2つ以上を備え、
前記2つ以上のクラッチの各油圧室及び各キャンセル室は、互いに軸方向にオーバーラップして設けられ、
前記調整回路は、前記キャンセル室のうち少なくとも最も径方向外側に位置するキャンセル室に連通するように設けられている請求項5に記載の自動変速機。
【請求項7】
円筒状のドラム部と、前記ドラム部と対向する円筒状のハブ部と、前記ドラム部と前記ハブ部との間で軸方向に摺動可能に係合された摩擦板と、前記摩擦板を押圧するピストンとを有するクラッチを備え、前記クラッチは、前記ピストンを挟んで、前記ピストンを前記摩擦板方向に付勢する作動油が供給される油圧室と、前記油圧室の作動油に作用する遠心油圧をキャンセルするための作動油が供給されるキャンセル室とを有し、前記ドラム部は、径方向に延びて、前記油圧室と前記キャンセル室とに連通する連通路をそれぞれ備える自動変速機の遠心バランス調整方法において、
前記連通路のうち前記キャンセル室に連通する連通路の径方向内側の端部には、前記連通路の大気解放位置を径方向に調整可能な調整部材が設けられ、
前記調整部材を最も径方向外側の所定位置に位置させた状態で、前記油圧室及び前記キャンセル室に遠心油圧を発生させ、
その後、前記ピストンが前記摩擦板を押圧する方向の荷重がゼロとなる状態が得られるように、
前記調整部材を径方向内側に調整する自動変速機の遠心バランス調整方法。
【請求項8】
円筒状のドラム部と、前記ドラム部と対向する円筒状のハブ部と、前記ドラム部と前記ハブ部との間で軸方向に摺動可能に係合された摩擦板と、前記摩擦板を押圧するピストンとを有するクラッチを備え、前記クラッチは、前記ピストンを挟んで、前記ピストンを前記摩擦板方向に付勢する作動油が供給される油圧室と、前記油圧室の作動油に作用する遠心油圧をキャンセルするための作動油が供給されるキャンセル室とを有し、前記ドラム部は、径方向に延びて、前記油圧室と前記キャンセル室とに連通する連通路をそれぞれ備える自動変速機の遠心バランス調整方法において、
前記連通路のうち前記キャンセル室に連通する連通路の径方向内側の端部には、前記連通路の大気解放位置を径方向に調整可能な調整部材が設けられ、
前記油圧室の外径と、前記油圧室の内径と、前記油圧室に連通する前記連通路の径方向の最も内側の位置と、前記キャンセル室の外径とを計測し、
計測された前記油圧室の外径、前記油圧室の内径、前記油圧室に連通する前記連通路の径方向の最も内側の位置、及び、前記キャンセル室の外径から、
前記油圧室及び前記キャンセル室に遠心油圧を発生させたときに、
前記油圧室側から前記キャンセル室側に向かって前記ピストンに作用する締結側荷重と、前記キャンセル室側から前記油圧室側に向かって前記ピストンに作用する解放側荷重とが一致するように、前記調整部材の径方向位置を算出し、
算出された前記径方向位置に前記調整部材を予め調整する自動変速機の遠心バランス調整方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両に搭載される自動変速機及び自動変速機の遠心バランス調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車両に搭載される自動変速機は、プラネタリギヤセット等でなる動力伝達経路をクラッチやブレーキ等でなる複数の摩擦締結要素の選択的な締結によって切り換えて、車両の運転状態に応じた所定の変速段を達成するように構成されている。
【0003】
このような自動変速機に用いられるクラッチは、一般的に、ドラム部材と、ハブ部材と、ドラム部材及びハブ部材間に配置される複数の摩擦板と、該複数の摩擦板を押圧するピストンと、ピストンを摩擦板方向に付勢する作動油が供給される油圧室とを備える。
【0004】
特許文献1に開示されているように、自動変速機のクラッチには、解放状態で油圧室内の作動油に作用する遠心力によって摩擦板が押圧されることによる摩擦板の引き摺りを防止するために、ピストンを挟んだ油圧室と反対側にキャンセル室を設けることがある。これにより、キャンセル室に供給される作動油に作用する遠心力(以下、「遠心油圧」ともいう)によってピストンに作用する解放側荷重により、油圧室の遠心油圧によってピストンに作用する締結側荷重のキャンセルが図られている。なお、クラッチがピストンを摩擦板が解放される方向に付勢する付勢部材を備える場合の解放側荷重は、キャンセル室の遠心油圧によってピストンに作用する荷重に、付勢部材によってピストンに作用する荷重が加えられる。
【0005】
近年、車両の燃費性能の向上等を目的として自動変速機の多段化が進められており、それに伴って、変速機構を構成するプラネタリギヤセットの個数が増加する傾向にあるが、プラネタリギヤセットの個数が増加すると変速機全体の軸方向寸法が増大し、車載性の問題が発生する。
【0006】
これに対し、例えば特許文献1に開示された自動変速機では、変速機構の動力伝達経路を切り換えるための3つの油圧式クラッチを軸方向にオーバーラップして配置し、これにより、これらのクラッチを軸方向に並列に配置する場合に比べて、変速機全体の軸方向寸法の短縮が図られている。特許文献1のクラッチでは、3つのクラッチそれぞれに備えられた油圧室及びキャンセル室についても径方向の内外に重ねて配置することで、これらの油室を軸方向に並べて配置する場合に比べて、軸方向寸法の短縮が図られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1のクラッチのように複数のクラッチを軸方向にオーバーラップして配置する場合、特に、径方向外側に位置する油圧室とキャンセル室は、径方向内側の油圧室とキャンセル室に比べて径が大きくなる。そのため、例えば、キャンセル室の外径の製造誤差がわずかであっても、キャンセル室の遠心油圧が変動し、締結側荷重と解放側荷重のバランスが崩れる虞がある。
【0009】
具体的には、遠心油圧は、通常、その回転中心を起点(遠心油圧ゼロ)として、この回転中心からの距離に応じた大きさで発生するため、例えば、製造誤差によってキャンセル室を構成するシールプレートやピストンの外径が大きくなった場合、キャンセル室の遠心油圧が過剰となって、締結時に油圧室にはキャンセル室の遠心油圧に抗する油圧の供給が必要となることがある。一方、製造誤差によってキャンセル室を構成するシールプレートやピストンの外径が小さくなった場合、キャンセル室の遠心油圧が不足し、油圧室の遠心油圧による摩擦板の引き摺りの解消が図りにくい。
【0010】
本発明は、油圧室とキャンセル室とを備えた自動変速機において、製造誤差等によって生じ得るキャンセル室の遠心油圧の変動による締結側荷重と解放側荷重とのアンバランスを解消する自動変速機及び自動変速機の遠心バランス調整方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この課題を解決するため、本発明に係る自動変速機及び自動変速機の遠心バランス調整方法は、次のように構成したことを特徴とする。
【0012】
本発明の第1の態様は、
円筒状のドラム部と、前記ドラム部と対向する円筒状のハブ部と、前記ドラム部と前記ハブ部との間で軸方向に摺動可能に係合された摩擦板と、前記摩擦板を押圧するピストンとを有するクラッチを備えた自動変速機であって、
前記クラッチは、前記ピストンを挟んで、前記ピストンを前記摩擦板方向に付勢する作動油が供給される油圧室と、前記油圧室の作動油に作用する遠心油圧をキャンセルするための作動油が供給されるキャンセル室とを有し、
前記ドラム部は、径方向に延びて、前記油圧室と前記キャンセル室とに連通する連通路をそれぞれ備え、
前記連通路のうち前記キャンセル室に連通する連通路の径方向内側の端部には、前記連通路の大気解放位置を径方向に調整可能とする調整部材が設けられている自動変速機を提供する。
【0013】
本発明によれば、調整部材の径方向位置を調整することによって、キャンセル室の遠心油圧に関与する大気解放位置を調整できる。これにより、キャンセル室の大気解放位置を調整することで、製造誤差等によって生じ得るキャンセル室の遠心油圧の変動による締結側荷重と解放側荷重とのアンバランスを解消できる。
【0014】
遠心油圧は、通常、その回転中心を起点(遠心油圧ゼロ)として、この回転中心からの距離に応じた大きさで発生するが、回転中心から離れた途中部でも大気と接する箇所(大気解放位置)を設けることにより、この個所では遠心油圧は0より大きく、これより回転中心側は遠心油圧が生じない。
【0015】
したがって、遠心油圧は、回転中心から大気解放位置までの径(解放端径)からキャンセル室の外径までの間で発生するので、大気解放位置の径方向位置を調整することで、キャンセル室の遠心油圧を調整できる。
【0016】
具体的には、例えば、ピストンの製造誤差等によって、キャンセル室の遠心油圧によってピストンに作用する荷重が大きい場合、調整部材を径方向外側位置に調整することで、キャンセル室の遠心油圧を低減することができる。一方、キャンセル室の遠心油圧によってピストンに作用する荷重が小さい場合、調整部材を径方向内側位置に調整することで、キャンセル室の遠心油圧を高めることができる。
【0017】
前記キャンセル室を構成するシールプレートの外径をシールするキャンセル室シール外径は、前記油圧室を形成する前記ピストンの外径をシールする油圧室シール外径よりも大きくなるように設定されてもよい。
【0018】
例えば、キャンセル室シール外径が油圧室シール外径以下に設定されていると、キャンセル室の遠心油圧を高めるためには、キャンセル室の大気解放位置を径方向内側に調整することが考えられる。しかしながら、変速機ケース内における径方向内側は、軸心に近づくため、所定の調整代を備えた調整部材を配置するスペースが確保しにくい。
【0019】
これに対して、上記の構成によれば、キャンセル室シール外径が、油圧室シール外径より大きく設定されているので、調整部材を油圧室の連通路の最も径方向内側の位置よりも径方向外側で、比較的スペースに余裕がある部分に調整部材を配置することができる。したがって、キャンセル室の遠心油圧を高めるための大気解放位置の径方向内側への調整代、及び、遠心油圧を低減するための大気解放位置の径方向外側への調整代を確保しやすい。
【0020】
前記調整部材は、径方向に対して傾斜して配置されてもよい。
【0021】
この構成によれば、調整部材が径方向に配置されている場合に比して、調整部材のストローク量に対して、径方向位置の移動量の感度を低くすることができるので、調整部材の径方向位置を緻密に調整しやすい。
【0022】
前記調整部材は、ダブルナット構造であってもよい。
【0023】
この構成によれば、簡素な構造で、調整部材を締結側荷重と解放側荷重とのアンバランスが解消される位置に配置した後に生じ得る調整部材のずれを抑制できる。
【0024】
前記調整部材は、前記キャンセル室に作動油を供給するための連通路とは異なる前記キャンセル室に連通する大気解放位置調整用の調整回路に配置されてもよい。
【0025】
この構成によれば、作動油は、大気解放位置を経由することなくキャンセル室に供給されるので、キャンセル室に作動油を供給するための連通路に調整部材を設ける場合に比して、キャンセル室に作動油が供給された状態が維持しやすい。これにより、油圧室の作動油のみに遠心油圧が作用する状態が回避されやすい。
【0026】
前記クラッチは、少なくとも2つ以上を備え、
前記2つ以上のクラッチの各油圧室及び各キャンセル室は、互いに軸方向にオーバーラップして設けられ、
前記調整回路は、前記キャンセル室のうち少なくとも最外径に位置する最外径キャンセル室に連通するように設けられてもよい。
【0027】
この構成によれば、製造誤差による径方向寸法のバラツキによって生じ得る油圧室とキャンセル室との遠心油圧の差がより大きくなりやすい最外径キャンセル室の大気解放位置を調整することができる。
【0028】
本発明の第2の態様は、円筒状のドラム部と、前記ドラム部と対向する円筒状のハブ部と、前記ドラム部と前記ハブ部との間で軸方向に摺動可能に係合された摩擦板と、前記摩擦板を押圧するピストンとを有するクラッチを備え、前記クラッチは、前記ピストンを挟んで、前記ピストンを前記摩擦板方向に付勢する作動油が供給される油圧室と、前記油圧室の作動油に作用する遠心油圧をキャンセルするための作動油が供給されるキャンセル室とを有し、前記ドラム部は、径方向に延びて、前記油圧室と前記キャンセル室とに連通する連通路をそれぞれ備える自動変速機の遠心バランス調整方法において、
前記連通路のうち前記キャンセル室に連通する連通路の径方向内側の端部には、前記連通路の大気解放位置を径方向に調整可能な調整部材が設けられ、
前記調整部材を最も径方向外側の所定位置に位置させた状態で、前記油圧室及び前記キャンセル室に遠心油圧を発生させ、
その後、前記ピストンが前記摩擦板を押圧する方向の荷重がゼロとなる状態が得られるように、
前記調整部材を径方向内側に調整する自動変速機の遠心バランス調整方法を提供する。
【0029】
この構成によれば、調整部材の径方向位置を調整することによって、キャンセル室の遠心油圧に関与する大気解放位置を調整することができる。これにより、製造誤差等によって生じ得るキャンセル室の遠心油圧の変動による締結側荷重と解放側荷重とのアンバランスを解消することができる。
【0030】
本発明の第3の態様は、円筒状のドラム部と、前記ドラム部と対向する円筒状のハブと、前記ドラム部と前記ハブ部との間で軸方向に摺動可能に係合された摩擦板と、前記摩擦板を押圧するピストンとを有するクラッチを備え、前記クラッチは、前記ピストンを挟んで、前記ピストンを前記摩擦板方向に付勢する作動油が供給される油圧室と、前記油圧室の作動油に作用する遠心油圧をキャンセルするための作動油が供給されるキャンセル室とを有し、前記ドラム部は、径方向に延びて、前記油圧室と前記キャンセル室とに連通する連通路をそれぞれ備える自動変速機の遠心バランス調整方法において、
前記連通路のうち前記キャンセル室に連通する連通路の径方向内側の端部には、前記連通路の大気解放位置を径方向に調整可能な調整部材が設けられ、
前記油圧室の外径と、前記油圧室の内径と、前記油圧室に連通する前記連通路の径方向の最も内側の位置と、前記キャンセル室の外径とを計測し、
計測された前記油圧室の外径、前記油圧室の内径、前記油圧室に連通する前記連通路の径方向の最も内側の位置、及び、前記キャンセル室の外径から、
前記油圧室及び前記キャンセル室に遠心油圧を発生させたときに、
前記油圧室側から前記キャンセル室側に向かって前記ピストンに作用する締結側荷重と、前記キャンセル室側から前記油圧室側に向かって前記ピストンに作用する解放側荷重とが一致するように、前記調整部材の径方向位置を算出し、
算出された前記径方向位置に前記調整部材を予め調整する自動変速機の遠心バランス調整方法を提供する。
【0031】
この構成によれば、調整部材の径方向位置を調整することによって、キャンセル室の遠心油圧に関与する大気解放位置を調整することができる。これにより、製造誤差等によって生じ得るキャンセル室の遠心油圧と油圧室の遠心油圧の変動による締結側荷重と解放側荷重とのアンバランスを解消することができる。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、油圧室とキャンセル室とを備えた自動変速機において、製造誤差等によって生じ得るキャンセル室の遠心油圧と油圧室の遠心油圧の変動による締結側荷重と解放側荷重とのアンバランスを解消することができる自動変速機及び自動変速機の遠心バランス調整方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】本発明の実施形態に係る自動変速機の後部の断面図。
【
図3】第1~3クラッチのピストン及び摩擦板の分解斜視図。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0035】
図1は、自動変速機の反駆動源側(以下、反駆動源側を後方又は軸方向一方側、駆動源側を前方又は軸方向他方側とする)の構成を示す。本体ケース1aと、その後端の開口部を閉塞するエンドカバー1bとを有する変速機ケース1内の後部には、駆動源側から延びる入力軸2上に、後方から、軸方向に並べて配置された複数の摩擦板13,23,33をそれぞれ備えた第1、第2、第3クラッチ10、20、30と、軸方向に並べられた第1、第2プラネタリギヤセット40、50とが配設されている。
【0036】
第1、第2プラネタリギヤセット40、50は、いずれも、回転要素として、サンギヤ41、51と、リングギヤ42、52と、ピニオンキャリヤ43、53とを有する。
【0037】
第1、第2、第3クラッチ10,20,30は、それぞれ、締結時に結合されて一体回転するドラム部材11,21,31と、ハブ部材12,22,32とを有する。最も軸方向他方側(駆動源側)に位置する第2他方側クラッチとしての第3クラッチ30のドラム部材31は、第2プラネタリギヤセット50のサンギヤ51に接続されている。第3クラッチ30のハブ部材32は、第1プラネタリギヤセット40のリングギヤ42に連結されている。
【0038】
第3クラッチ30のドラム部材31の軸方向一方側には、第1他方側クラッチとしての第2クラッチ20のドラム部材21が配置されている。第3クラッチ30のドラム部材31と一体回転するように接続されている。第2クラッチのドラム部材21は、第3クラッチドラム30の内周側に圧入された第1クラッチ10のドラム部材11の内周側にスプライン嵌合されて、第1クラッチ10のドラム部材11及び第3クラッチ30のドラム部材31を介して、第2プラネタリギヤセット50のサンギヤ51に接続されている。第2クラッチ20のハブ部材22は、図示しない他のプラネタリギヤセットのリングギヤに連結されている。
【0039】
第2クラッチ20のドラム部材21の軸方向一方側には、一方側クラッチとしての第1クラッチ10のドラム部材11が、第2クラッチ20のドラム部材21がスプライン嵌合される後述の延設部11bと一体的に形成されている。第1クラッチ10のドラム部材11は、第3クラッチ30のドラム部材31を介して、第2プラネタリギヤセット50のサンギヤ51に接続されている。第1クラッチ10のハブ部材12は、自動変速機の入力軸2に連結されている。
【0040】
次に、
図2、
図3により、第1、第2、第3クラッチ10、20、30の構成を説明する。なお、
図3は、第1~第3クラッチ10,20,30を構成するピストン、摩擦板、ドラムの分解斜視図である。
【0041】
第1、第2、第3クラッチ10,20,30は、いずれも、ドラム部材11,21,31とハブ部材12,22,32とに加え、これらの間に軸方向に並べて配設され、ドラム部材11,21,31とハブ部材12,22,32とに交互にスプライン係合された各複数枚の摩擦板13,23,33と、これらの摩擦板13,23,33の後方(軸方向一方側)に配置されたピストン14,24,34と、ピストン14,24,34の背部に設けられた油圧室15,25,35とを有する。これらの油圧室15,25,35のいずれかに締結圧が供給されたときに、締結圧が供給されたクラッチ10,20,30のピストン14,24,34が摩擦板13,23,33を押圧してドラム部材11,21,31とハブ部材12,22,32を結合することにより、クラッチ10,20,30が締結されるようになっている。
【0042】
第1、第2、第3クラッチ10,20,30には、ピストン14,24,34を挟んで油圧室15,25,35の反対側にキャンセル室16,26,36が設けられている。キャンセル室は、解放状態で油圧室15,25,35内の作動油に作用する遠心力によって摩擦板13,23,33が押圧されることによる摩擦板13,23,33の引き摺りを防止するために設けられている。これにより、キャンセル室16,26,36に供給される作動油に作用する遠心力でピストン14,24,34を押圧することにより、油圧室15,25,35の作動油に作用する遠心力による押圧力がキャンセルされるようになっている。
【0043】
第1クラッチ10及び第2クラッチ20の各キャンセル室16,26に、ピストン14,24をクラッチ解放方向に付勢するリターンスプリング17,27がそれぞれ配設されている。第3クラッチ30には、リターンスプリングに代えて、複数枚の摩擦板33間に後述の付勢部材37が配置されている。
【0044】
第1、第2、第3クラッチ10,20,30の複数の摩擦板13,23,33は、ドラム部材11,21,31にスプライン係合された複数の外側摩擦板13a,23a,33aと、ハブ部材12,22,32にスプライン係合されると共に複数の外側摩擦板13a,23a,33aと軸方向に交互に配置された複数の内側摩擦板13b,23b,33bとをそれぞれ備える。
【0045】
第1クラッチ10のドラム部材11は、外側摩擦板13aが係合される外側円筒部11aと、外側円筒部11aの軸方向一方側の端部から更に軸方向一方側に延びる延設部11bと、延設部11bの端部から径方向内側に延びる縦壁部11cと、縦壁部11cの径方向内側の内端部から軸方向の一方側及び他方側に延びる筒部11dとを備える。
【0046】
第1クラッチ10のハブ部材12は、内側摩擦板13bが係合される内側円筒部12aと、内側円筒部12aの軸方向一方側の端部から径方向内側に延びる円板部12bと、円板部12bの内端部から軸方向一方側及び他方側に延びて入力軸2にスプライン嵌合されるスプライン部12cとを備える。
【0047】
図3に示すように、外側摩擦板13aの外周面には外側円筒部11aにスプライン係合されるスプライン部13a1が設けられ、内側摩擦板13bの内周面には内側円筒部12aにスプライン係合されるスプライン部13b1が設けられている。
【0048】
外側摩擦板13aの径方向外側の部位には、第2クラッチ20のピストン24を軸方向に貫通させるための複数の第1貫通穴13cと、第3クラッチ30のピストン34を軸方向に貫通させるための複数の第2貫通穴13dとが設けられている。
【0049】
複数の第1貫通穴13c及び複数の第2貫通穴13dは、周方向に均等に並べて配置されていると共に、各第1貫通穴13cと各第2貫通穴13dとは周方向に位置を異ならせて配置されている。より詳しくは、各第1貫通孔13cの周方向中央部と第1貫通穴13cに隣接する各第2貫通穴13dの周方向中央部とは周方向位置がずれた状態で設けられている。本実施形態においては、各第1貫通穴13cの周方向の一端部と、第1貫通穴13cに隣接する第2貫通穴13dの周方向の他端部とは周方向位置が重複しているが、前記一端部と前記他端部とは重複しなくてもよい。
【0050】
図2に示すように、各第1貫通穴13cの径方向位置は、各内側摩擦板13bの外周よりも外側に位置している。各第2貫通穴13dの径方向位置は、各第1貫通穴13cの径方向位置よりも外周側かつ、スプライン部13a1よりも径方向内側に位置している。
【0051】
ピストン14は、摩擦板13a,13bの軸方向一方側に配置されると共に径方向に延びて、締結時に摩擦板13a,13bを押圧する押圧部14aと、押圧部14aの内端部から軸方向一方側に延びる円筒部14bと、油圧室15に供給された油圧を受ける受圧面を備えた受圧部14cとを有する。本実施形態において、押圧部14a及び円筒部14bと、受圧部14cとは別体で構成されている。円筒部14bが、円板状に形成された受圧部14cの上端部に連結されている。
【0052】
油圧室15が摩擦板13a,13bに対して径方向位置がオフセットして配置されているので、ピストン14の押圧部14aと受圧部14cとの径方向位置も同様にオフセットすることになる。
【0053】
前述のように、外側摩擦板13aのスプライン部13a1の径方向内側には、第1及び第2貫通穴13c,13dを設けるための径方向寸法が必要となる。そのため、スプライン部13a1と、ピストン14の押圧部14aが摩擦板13aを押圧する押圧点P2との径方向位置もオフセットしている。
【0054】
複数の摩擦板13のうち軸方向において最も他方側に位置する外側摩擦板は、リテーニング部材13eを構成する。リテーニング部材13eは、軸方向寸法(板厚)が他の外側摩擦板の板厚よりも全体的に厚く設定されている。リテーニング部材13eは、径方向内側の部分で、特に、ピストン14が外側摩擦板13aに当接する押圧点P1に対応する部位の板厚が径方向外側の部位よりも更に厚く設定されている。
【0055】
リテーニング部材13eの軸方向他方側には、各摩擦板13の軸方向移動を規制する規制部材13fが配置されている。本実施形態においては、後述の第2クラッチ20のドラム部材21の軸方向一方側の端部(第1クラッチ10のリテーニング部材13eに隣接する位置)に、径方向において第1貫通穴13cの外周とほぼ同じ径方向位置まで延びるフランジ部21bを設け、このフランジ部21bを規制部材13fとして用いている。
【0056】
規制部材13fは、外側円筒部11aに軸方向移動できない状態で固定されている。したがって、規制部材13fによって、摩擦板13に入力される軸方向の荷重が受け止められる。すなわち、摩擦板13におけるピストン14の押圧力が入力される押圧点P1と、軸方向の荷重を受け止める受圧点P2とは、径方向にオフセットしている。
【0057】
前述のように、規制部材13fは、第2クラッチ20のドラム部材21のフランジ部21bによって構成されているので、例えば、スナップリング等の板厚が薄い部材を規制部材として用いる場合に比べて、規制部材自体の剛性が高まる。このように、規制部材13fの剛性が高められているので、軸方向荷重が入力されたときの押圧点P1と、規制部材13fとがオフセットしている場合においても、規制部材13fの変形が抑制される。その結果、規制部材13fの変形に伴う摩擦板13の変形が抑制される。
【0058】
図2に示すように、第2クラッチ20のドラム部材21は、外側摩擦板23aが係合される外側円筒部21aと、外側円筒部21aの軸方向一方側の端部から径方向内側に延びるフランジ部21bとを備える。外側円筒部21aの外周面は、第1クラッチ10の外側円筒部11aから軸方向他方側に延びる他方側延設部11eにスプライン嵌合されている。他方側延設部11eは、外側円筒部21aよりも軸方向他方側に延びると共に、外側円筒部21aよりも軸方向他方側の部位には、後述のリテーニング部材23eがスプライン嵌合されている。外側円筒部21aの軸方向他方側の面がリテーニング部材23eの軸方向一方側の面に当接することで、ドラム部材21の軸方向の位置が決められる。
【0059】
他方側延設部11eは、外側円筒部11aよりも径方向外側に位置し、外側円筒部11aと他方側延設部11eと間には、段部11fが形成されて、フランジ部21bの背面(軸方向一方側の面)21cが当接するようになっている。前述のように、フランジ部21bは、第1クラッチ10の外側摩擦板13aの第2貫通穴13dの外周近傍まで延びているので、外側円筒部11aよりも径方向内側に突出している。
【0060】
ハブ部材22は、内側摩擦板23bが係合される内側円筒部22aと、内側円筒部22aの軸方向一方側の端部から径方向内側に延びる円板部22bと、円板部22bの内端部から軸方向一方側に延びて他の回転要素に連結される動力伝達部22cとを備える。
【0061】
図3に示すように、外側摩擦板23aの外周面には外側円筒部21aにスプライン係合されるスプライン部23a1が設けられ、内側摩擦板23bの内周面には内側円筒部22aにスプライン係合されるスプライン部23b1が設けられている。
【0062】
外側摩擦板23aの径方向外側の部位には、後述の第3クラッチ30のピストン34を軸方向に貫通させるための複数の第3貫通穴23cが設けられている。
【0063】
複数の第3貫通穴23cは、周方向に均等に並べて配置されていると共に、各第3貫通穴23cの周方向位置は、各第2貫通穴13dの周方向位置に対応させて設けられている。各第3貫通穴23cの周方向位置は、各第2貫通穴13dの周方向位置と一致するように配置されている。
【0064】
各第3貫通穴23cの径方向位置は、内側摩擦板23bの外周よりも外側かつ、スプライン部23a1よりも径方向内側に位置している。内側摩擦板23bの外周の径方向位置は、第1貫通穴13cよりも径方向外側に位置している(
図2参照)。
【0065】
ピストン24は、第1クラッチ10の複数の摩擦板13の軸方向一方側に配置されると共に軸方向に延びる櫛歯状で形成された押圧部24aと、押圧部24aの軸方向一方側の端部から径方向内側に延びる径方向部24bと、径方向部24bの内端部から更に軸方向一方側に延びる円筒部24cと、油圧室25に供給された油圧を受ける受圧面を備えた受圧部24dとを有する。本実施形態において、押圧部24a、径方向部24b及び円筒部24cと、受圧部24dとは別体で構成されている。円筒部24cの軸方向一方側の端部が、円板状に形成された受圧部24dの上端部に連結されている。
【0066】
押圧部24aは、軸方向他方側の端部が摩擦板23の軸方向一方側に隣接して配置されて、締結時に摩擦板23を押圧する。押圧部24aは、複数の摩擦板13の第1貫通穴13cに対応するように櫛歯状に形成されている。押圧部24aが、第1貫通穴13cに貫通して、ピストン24と複数の摩擦板13とが噛合うようになっている。径方向部24bの軸方向位置は、締結時において、第1クラッチ10のピストン14に干渉しない位置に配置されている。
【0067】
油圧室25が摩擦板23に対して径方向位置がオフセットして配置されているため、ピストン24の押圧部24aと受圧部24cとの径方向位置も同様にオフセットすることになる。
【0068】
外側摩擦板23aのスプライン部23a1の径方向内側には、第3貫通穴23cを設けるための径方向寸法が必要となる。そのため、スプライン部23a1と、ピストン24の押圧部24aが摩擦板を押圧する押圧点P2との径方向位置もオフセットしている。
【0069】
複数の摩擦板23のうち軸方向において最も他方側に位置する外側摩擦板23aは、第1クラッチ10同様に、リテーニング部材23eを構成する。リテーニング部材23eは、軸方向寸法(板厚)が他の外側摩擦板23aの板厚よりも全体的に厚く設定されている。リテーニング部材23eは、径方向内側の部位の板厚が径方向外側の部位よりもさらに厚く設定されている。
【0070】
リテーニング部材23eの軸方向他方側には、各摩擦板13の軸方向移動を規制する規制部材23f(本実施形態においては、第3クラッチ30のドラム部材31)が配置されている。
【0071】
ここで、第3クラッチ30のドラム部材31は、
図2に示すように外側摩擦板33aが係合される円筒部31aと、円筒部31aの軸方向一方側の端部から軸方向一方側に延びて第1クラッチ10の延設部11eの外周面に圧入される圧入部31bとを有する。
【0072】
ドラム部材31は、円筒部31aの軸方向他方側の端部(第2クラッチ20のリテーニング部材23eに隣接する位置)から径方向内側に向かって延びる径方向突出部31cを有する。径方向突出部31cは、第2貫通穴13dの外周とほぼ同じ径方向位置まで延びている。
【0073】
延設部11eの軸方向他方側の端部には、径方向外側に突出する凸部11c1が設けられており、第3クラッチ30の圧入部31bの軸方向一方側の端面が当接するストッパとしての機能を有する。径方向突出部31cは、ドラム部材31に設けられているので、軸方向移動せず、第2クラッチ20の摩擦板23の軸方向移動を規制する規制部材23fとして用いられている。
【0074】
図2に示すように、前述のように第3クラッチ30のドラム部材31は、外側摩擦板33aが係合される外側円筒部31aと、外側円筒部31aから更に軸方向一方側に延びる円筒状の圧入部31bと、外側円筒部31aと圧入部31bとの間に設けられた径方向突出部31cとを有する。ドラム部材31は、外側円筒部31aと圧入部31bと径方向突出部31cとによって、断面T字状に形成されている。
【0075】
前述のように、径方向突出部31cは、第2クラッチ20の外側摩擦板23aの第3貫通穴23cの外周近傍まで延びているので、外側円筒部21aよりも径方向内側に突出している。
【0076】
ハブ部材32は、内側摩擦板33bが係合される内側円筒部32aと、内側円筒部32aの軸方向一方側の端部から径方向内側に延びる円板部32bとを備える。
【0077】
外側摩擦板33aの外周面には、第1及び第2クラッチ10,20と同様に、外側円筒部31aにスプライン係合されるスプライン部33a1が設けられ、内側摩擦板33bの内周面には内側円筒部32aにスプライン係合されるスプライン部33b1が設けられている。
【0078】
第3クラッチ30では、隣接する外側摩擦板33aの間にそれぞれ皿バネ等で構成された付勢部材37が配設され、付勢部材37は、隣接する外側摩擦板33aを離反方向に弾性的に付勢するように設けられている。これら付勢部材37は、内側摩擦板33bの外周側に配置されている。
【0079】
付勢部材37は、クラッチクリアランスが各隣接外側摩擦板間に分散されるように設けられている。また、これら付勢部材37は、ピストン34を反摩擦板側へ移動させるリターンスプリングとしても機能する。
【0080】
ピストン34は、第1クラッチ10の複数の摩擦板13の軸方向一方側に配置されると共に軸方向に延びる櫛歯状で形成された押圧部34aと、押圧部34aの径方向内側に配置されて油圧室35に供給された油圧を受ける受圧面を備えた受圧部34bとを備える。
【0081】
押圧部34aの内周面は、受圧部34bの外周面よりも径方向外側に位置し、押圧部34aと受圧部34bとの間には接続部34cが設けられている。押圧部34aは、軸方向他方側の端部が摩擦板33の軸方向一方側に隣接して配置されて、締結時に摩擦板33を押圧する。
【0082】
図3に示すように、押圧部34aは、複数の摩擦板13,23の第2貫通穴13d及び第3貫通穴23cに対応するように櫛歯状に形成されている。すなわち、押圧部34aが第2貫通穴13d及び第3貫通穴33cを貫通して、ピストン34と複数の摩擦板13,23とが噛合うようになっている。
【0083】
複数の摩擦板33のうち軸方向において最も他方側に位置する外側摩擦板33aは、第1クラッチ10同様に、リテーニング部材33eを構成する。リテーニング部材33eは、軸方向寸法(板厚)が他の外側摩擦板33aの板厚よりも全体的に厚く設定されている。リテーニング部材33eの軸方向他方側には、各摩擦板13の軸方向移動を規制する規制部材33fが配置されている。
【0084】
第1、第2、第3クラッチ10,20,30の油圧室15,25,35と、キャンセル室16,26,36とは、第1クラッチ10のドラム部材11を用いて形成されており、次に、これらの油圧室及びキャンセル室15,25,35,16,26,36の構成を説明する。
【0085】
変速機ケース1を構成するエンドカバー1bには回転中心線に沿って前方に延びるボス部1cが設けられ、ボス部1cの外周にスリーブ部材3が嵌合固定されている。ドラム部材11は、外側円筒部11aから軸方向一方側に延びる延設部11bと、延設部11bの軸方向一方側の端部から径方向内側に延びて軸方向一方側の面がエンドカバー1bの軸方向他方側の面に対向するように配置された縦壁部11cと、縦壁部11cの径方向内側の端部で軸方向に延びる筒部11dを備える。ドラム部材11は、筒部11dがスリーブ部材3の外周にブッシュ3aを介して回転自在に嵌合される。ドラム部材11は、スリーブ部材3を介してエンドカバー1bのボス部1cに回転自在に支持されている。
【0086】
ドラム部材11は、縦壁部11cの前面の径方向の中間部及び外周部からそれぞれ前方に延びる筒状の第1シリンダ部73と第2シリンダ部74とを備える。筒部11dの外周面と第1シリンダ部73の内周面との間に第1クラッチ10のピストン14が嵌合され、第1シリンダ部73の外周面と第2シリンダ部74の内周面との間に第2クラッチ20のピストン24が嵌合され、さらに、第2シリンダ部74の外周面と縦壁部11cの延設部11bの内周面との間に、前記第3クラッチ30のピストン34が嵌合されている。第1、第2及び第3クラッチ10,20,30の受圧部14c,24d,34bの内周側及び外周側にはシール部材S1~S6がそれぞれ配置されている。
【0087】
第1クラッチ10の油圧室15は、筒部11dの外周面と、縦壁部11cの前面と、第1シリンダ部73の内周面と、受圧部14cの背面とにより油密状に形成されている。第2クラッチ20の油圧室25は、縦壁部11cの前面と、第1シリンダ部73の外周面と、第2シリンダ部74の内周面と、受圧部24cの背面とにより油密状に形成されている。第3クラッチ30の油圧室35は、縦壁部11cの前面と、延設部11bの内周面と、第2シリンダ部74の外周面と、受圧部34bの背面とにより油密状に形成されている。
【0088】
第1クラッチ10のピストン14の円筒部14bの内周面とドラム部材11の筒部11dの軸方向他方側の部位の外周面との間には、キャンセル室16を画定するためのシールプレート75が嵌合されている。第2クラッチ20のピストン24の円筒部24cの内周面と第1シリンダ部73の外周面との間には、キャンセル室26を画定するためのシールプレート76が嵌合されている。第3クラッチ30のピストン34の押圧部34aの内周面と第2シリンダ部74との間には、キャンセル室36を画定するためのシールプレート77が嵌合されている。各シールプレート75,76,77の外周側には、シール部材S7~S9がそれぞれ配置されている。
【0089】
第1クラッチ10のキャンセル室16は、シールプレート75の後面と、筒部11dの外周面と、受圧部14cの前面及び円筒部14bの内周面とにより油密状に形成されている。第2クラッチ20のキャンセル室26は、シールプレート76の後面と、第1シリンダ部73の外周面と、受圧部24dの前面及び円筒部24cの内周面とにより油密状に形成されている。第3クラッチ30のキャンセル室36は、シールプレート77の後面と、第2シリンダ部74の外周面と、受圧部34b及び接続部34cの前面と、押圧部34aの内周面とにより油密状に形成されている。
【0090】
第1、第2クラッチ10,20の受圧部14c,24cの外周側のシール部材S2,S4と、第1、第2クラッチ10,20のシールプレート75,76の外周側のシール部材S7,S8とは、それぞれ略同じ外径になるように設定されている。一方、前述のように、第3クラッチ30の押圧部34aは、受圧部34bよりも径方向外側に位置しているので、受圧部34bの外周側のシール部材S6と、シールプレート77の外周側のシール部材S9とは、シール部材S9の外径がシール部材S6よりも大きくなるように設定されている。
【0091】
第1クラッチ10と第2クラッチ20の各キャンセル室16,26内において、シールプレート75と、ピストン14,24との間にリターンスプリング17,27がそれぞれ配設され、各ピストン14,24がそれぞれクラッチ解放方向に付勢されている。前述のように、第3クラッチ30のリターンスプリング37は、複数の摩擦板33a間に配置されている。
【0092】
ここで、縦壁部11cは軸心に直交するように設けられており、この縦壁部11cの内周部、中間部、外周部によって各クラッチの油圧室15、25、35の後面が形成されている。したがって、各油圧室15,25,35は軸方向にオーバーラップし、第1クラッチ10の油圧室15の外周側に第2クラッチ20の油圧室25が重なり、該油圧室25の外周側に第3クラッチ30の油圧室35が重なっている。
【0093】
また、ピストン14,24,34を挟んで各油圧室15,25,35の前方にそれぞれ設けられている各クラッチ10,20,30のキャンセル室16,26,36も軸方向にオーバーラップし、第1クラッチ10のキャンセル室16の外周側に第2クラッチ20のキャンセル室26が重なり、キャンセル室26の外周側に第3クラッチ30のキャンセル室36が重なっている。
【0094】
そして、第1、第2、第3クラッチ10,20,30の油圧室15,25,35にそれぞれ締結用作動油を供給する締結用作動油供給路80a,80b,80c、及び、キャンセル室16,26,36に遠心キャンセル用作動油を供給するキャンセル用作動油供給路90a,90b,90cがドラム部材11の縦壁部11cに設けられており、次に、
図2、
図4~
図6を用いて、これらの油路80a,80b,80c,90a,90b,90cについて説明する。
【0095】
まず、第1、第2、第3クラッチ10,20,30の締結用作動油供給路80a,80b,80cについて説明する。
【0096】
図2に示すように、エンドカバー1bのボス部1cに嵌合するスリーブ部材3内に、図示しないコントロールバルブユニットから導かれて軸方向に延びる第1、第2、第3クラッチ用の第1軸方向油路81a,81b,81c(第1クラッチ用の油路81aのみ図示)が周方向の位置を異ならせて設けられている。
【0097】
スリーブ部材3の外周面には、第1、第2、第3クラッチ用の周溝82a,82b,82cが設けられている。各クラッチ用の第1軸方向油路81a,81b,81cと周溝82a,82b,82cとは、スリーブ部材3及びブッシュ3aに形成された径方向の連通路83a,83b,83c(第1クラッチ用の連通路83aのみ図示)により、それぞれ連通されている。各周溝82a,82b,82cの軸方向の両側には、シール部材S10が配置されている。
【0098】
ドラム部材11の筒部11dには、
図2、
図4に示すように、軸方向に延びる第1、第2、第3クラッチ用の第2軸方向油路84a,84b,84cが周方向の位置を異ならせて設けられている。
【0099】
筒部11dの内周部に、各クラッチ用の周溝82a,82b,82cと第2軸方向油路84a,84b,84cとをそれぞれ連通させる第1、第2、第3クラッチ用の連通孔85a,85b,85cが設けられている。
【0100】
ドラム部材11の縦壁部11cには、縦壁部11c内を径方向の外側に延びる各クラッチ用の径方向油路86a,86b,86cが設けられ、内端部が筒部11dに設けられた各クラッチ用の第2軸方向油路84a,84b,84cにそれぞれ連通されている。
【0101】
そして、第1、第2、第3クラッチ用の径方向油路86a,86b,86cには、これらの油路の径方向内周側の所定位置、中間部の所定位置及び外周側の所定位置にそれぞれ軸方向に開口されて、これらの径方向油路86a,86b,86cを第1、第2、第3クラッチ10,20,30の油圧室15,25,35にそれぞれ連通させる開口部87a,87b,87cが設けられている。
【0102】
これにより、エンドカバー1bにおける径方向油路(図示せず)から、スリーブ部材3における第1軸方向油路81a、連通路83a、周溝82a、連通孔85a、第2軸方向油路84a、径方向油路86a、及び、開口部87aを介して第1クラッチ10の油圧室15に通じる締結用作動油供給路80aが形成されている。
【0103】
同様に、第1軸方向油路81bから、連通路83b、周溝82b、連通孔85b、第2軸方向油路84b、径方向油路86b、及び、開口部87bを介して第2クラッチ20の油圧室25に通じる締結用作動油供給路80bが形成されている。また、第1軸方向油路81cから、連通路83c、周溝82c、連通孔85c、第2軸方向油路84c、径方向油路86c、及び、開口部87cを介して第3クラッチ30の油圧室35に通じる締結用作動油供給路80cが形成されている。
【0104】
その場合に、これらの作動油供給路80a、80b、80cは、開口部87a、87b、87cが軸方向に開口することにより、油圧室15、25、35に対して締結用作動油を軸方向に供給するようになっている。
【0105】
次に、第1、第2、第3クラッチ10、20、30のキャンセル室16、26、36に作動油を供給するキャンセル用作動油供給路90a,90b,90cについて説明する。
【0106】
図4に示すように、スリーブ部材3内に、図示しないコントロールバルブユニットから導かれて軸方向に延びる軸方向油路91が設けられている。
【0107】
スリーブ部材3の外周面で、各クラッチの周溝82a,82b,82cよりも軸方向他方側に設けられた断下げ部92と軸方向油路91とが、スリーブ部材3に形成された径方向の第1連通路93を介して連通されている。
【0108】
筒部11dには、
図4、
図6に示すように、断下げ部92に連通するように径方向内側から外側に向かうにつれて前方側に傾斜するように径方向に延び、筒部11dの内周面と外周面とを連通させる第2連通路94aが設けられている。第2連通路94aの筒部外周面側の開口部が第1クラッチ10のキャンセル室16内を内周側から径方向の外方に向かって臨んでいる。
【0109】
これにより、軸方向油路91から、第1連通路93、断下げ部92、及び、第2連通路94aを介して第1クラッチ10のキャンセル室16に通じるキャンセル用作動油供給路90aが構成されている。
【0110】
ドラム部材11の縦壁部11cには、縦壁部11c内を径方向の外側に延びる第2及び第3クラッチ20,30の解放用の径方向油路95b,95cが設けられている。径方向油路95b,95cの内端部は、径方向油路95b,95cと断下げ部92とを連通させる第2連通路94b,94cにそれぞれ連通されている。第2連通路94b,94cは、径方向内側から外側に向かうにつれて後方側に傾斜するように径方向に延びると共に、周方向位置を異ならせて設けられている。
【0111】
径方向油路95b,95cには、これらの油路の径方向中間部の所定位置及び外周側の所定位置にそれぞれ軸方向に開口されて、これらの径方向油路95b,95cを第2、第3クラッチ20、30のキャンセル室26,36にそれぞれ連通させる開口部96b、96cが設けられている。
【0112】
これにより、軸方向油路91から、第1連通路93、断下げ部92、第2連通路94b、径方向油路95b、及び、開口部96bを介して第2クラッチ20のキャンセル室26に通じるキャンセル用作動油供給路90bが構成されている。同様に、軸方向油路91から、第1連通路93、断下げ部92、第2連通路94c、径方向油路95b、及び、開口部96bを介して第3クラッチ30のキャンセル室36に通じるキャンセル用作動油供給路90cが構成されている。
【0113】
次に、この実施形態に係る自動変速機の作用を説明する。まず、第1クラッチ10の油圧室15に締結用作動油供給路80aを介して締結圧(締結用作動油)が供給されることにより第1クラッチ10が締結され、入力軸2と第2プラネタリギヤセット50のサンギヤ51とが結合される。
【0114】
第2クラッチ20の油圧室25に締結用作動油供給路80bを介して締結圧が供給されることにより第2クラッチ20が締結され、図示しない他のプラネタリギヤのリングギヤと第2プラネタリギヤセット50のサンギヤ51とが結合される。
【0115】
第3クラッチ30の油圧室35に締結用作動油供給路80cを介して締結圧が供給されることにより第3クラッチ30が締結され、第2プラネタリギヤセット50のサンギヤ51とが結合される。
【0116】
一方、各クラッチ10、20、30のキャンセル室16、26、36には、キャンセル用作動油供給路90a,90b,90cにより、常時遠心キャンセル用作動油が供給されており、この作動油に作用する遠心力によってピストン14、24、34を押圧する押圧力により、解放状態のクラッチ10、20、30の油圧室15、25、35内の作動油によるピストン14、24、34を締結方向に押圧する押圧力がキャンセルされる。これにより、解放状態にあるクラッチ10、20、30の摩擦板13、23、33の引き摺りが防止され、この引き摺りによる回転抵抗の増大や摩擦板13、23、33の摩耗等が抑制される。
【0117】
前述のように、第1、第2、第3クラッチ10、20、30の油圧室15,25,35及びキャンセル室16,26,36を軸方向のほぼ同一位置で径方向に重ねて配置することにより、変速機全体の軸方向寸法の短縮が図られている。一方、クラッチ10,20,30の摩擦板13,23,33の配設位置を軸方向に並べて配置することにより、径方向寸法の縮小が図られている。
【0118】
ところで、前述のように、キャンセル室16,26,36は、解放状態で油圧室15,25,35内の作動油に作用する遠心力(以下、「遠心油圧」ともいう)によって摩擦板13,23,33が押圧されることによる摩擦板13,23,33の引き摺りを防止するために設けられている。換言すると、キャンセル室16,26,36の遠心油圧Prによって、解放時における油圧室15,25,35の遠心油圧Paによってピストン14,24,34に作用する締結側荷重Faと、キャンセル室16,26,36側からピストン14,24,34に作用する解放側荷重Frとを一致させることが好ましい。
【0119】
一方で、自動変速機の製造時においては、ピストン14,24,34内径のばらつき、シールプレート75,76,77の外径のばらつき等によって、キャンセル室16,26,36の遠心油圧Prが変動し、ピストン14,24,34に作用する解放側荷重Frにばらつきが生じる場合がある。
【0120】
特に、本実施形態のように複数のクラッチ10,20,30それぞれの油圧室15,25,35及びキャンセル室16,26,36を軸方向にオーバーラップさせて配置する場合、径方向外側に位置する第3クラッチ30の油圧室35及びキャンセル室36については、径方向内側の油圧室15,25及びキャンセル室16,26に比べて径が大きくなるため、わずかな製造誤差であっても、締結側荷重Faと解放側荷重Frのバランスが崩れる虞がある。
【0121】
具体的には、遠心油圧は、通常、その回転中心を起点(遠心油圧ゼロ)として、この回転中心からの距離に応じた大きさで発生するため、例えば、製造誤差によってシールプレート77の外径が大きくなった場合、キャンセル室36の遠心油圧が過剰となって、締結時に、油圧室35には、キャンセル室36の遠心油圧に抗する油圧を供給することが必要となることがある。一方、製造誤差によってシールプレート77の外径が小さくなった場合、キャンセル室36の遠心油圧が不足し、油圧室35の遠心油圧による摩擦板の引き摺りの解消が図りにくい。
【0122】
これに対して、本実施形態では、キャンセル室36の遠心油圧を調整するための大気解放位置調整用の調整回路100を備えている。調整回路100は、回転中心から離れた途中部にその径方向位置が調整可能な大気と接する箇所(大気解放位置)を有する。
【0123】
図5及び
図6に示すように、調整回路100は、縦壁部11cに設けられて径方向に延びる径方向連通路101と、径方向連通路101と第3クラッチ30のキャンセル室36と連通させる軸方向連通路102と、径方向連通路101の内端部から径方向外側に向かって軸方向一方側に傾斜して、径方向連通路101を縦壁部11cの背面に連通させる傾斜連通路103とを備える。径方向連通路101は、締結用作動油供給路80a,80b,80c及びキャンセル用作動油供給路90a,90b,90cと周方向に異なる位置に配置されている。
【0124】
遠心油圧は、通常、その回転中心を起点(遠心油圧ゼロ)として、この回転中心からの距離に応じた大きさで発生するが、回転中心から離れた途中部でも大気と接する箇所(大気解放位置)を設けることにより、この個所では遠心油圧は0より大きく、これより回転中心側は遠心油圧が生じない。
【0125】
したがって、調整回路100は、キャンセル室36に連通する径方向連通路101が傾斜連通路103を介して大気解放されているので、キャンセル室36の遠心油圧Prは、
径方向連通路101と傾斜連通路103との交差する径方向外側の位置からその回転中心からの距離に応じた大きさで発生する。
【0126】
調整回路100には、傾斜連通路103の内周部に配置されたキャンセル室36の遠心油圧Prを調整するための調整部材104が取り付けられている。
図7及び
図8に示すように、調整部材104は、貫通穴をそれぞれ備えると共に、外周面にねじ部を備えた2つのナット104a,104bを有する、いわゆるダブルナット構造で形成されている。調整部材104は、傾斜連通路103の内周面に設けられたねじ部に螺合されている。調整部材104は、傾斜連通路103の径方向内側に位置する内側ナット104aと、内側ナット104aの径方向外側に位置する外側ナット104bとを有する。調整部材104の貫通穴は、傾斜連通路103と、径方向連通路101と、軸方向連通路102とを介してキャンセル室36に連通している(
図5参照)。
【0127】
傾斜連通路103に調整部材104を配置することによって、径方向連通路101が調整部材104の貫通穴を介して大気解放されることになるので、キャンセル室36の遠心油圧Prは、径方向連通路101と調整部材104の貫通穴との交差する径方向外側の位置からその回転中心からの距離に応じた大きさで発生する。より詳しくは、径方向連通路101と内側ナット104aの貫通穴との交差する径方向外側の位置が、キャンセル室36の遠心油圧Prがゼロより大きくなる最内径(解放端径)r0rとなる。
【0128】
調整部材104は、
図8の矢印で示すように傾斜連通路103内において任意の径方向位置に設定可能となっている。調整部材104は、例えば、六角穴付きナット104a,104bで形成されており、ナット104a,104bに設けられた六角穴に六角棒レンチ等を係合させて、ナット104a,104bの径方向位置が調整される。
【0129】
調整部材104の傾斜連通路103内における径方向位置を変更すると、径方向連通路101と内側ナット104aの貫通穴との交差する径方向外側の位置の径方向位置が移動する。すなわち、調整部材104の傾斜連通路103内における径方向位置を変更することで、キャンセル室36の解放端径r0rの径方向位置が調整されて、キャンセル室36の遠心油圧Prの調整がなされる。
【0130】
調整部材104の傾斜連絡通路103内における径方向位置の上限位置は、例えば、シールプレートやピストン製造時に見込まれる最大の製造誤差を考慮した場合においても、リターンスプリング37によってピストン34に作用する荷重Fsと、キャンセル室36の遠心油圧Prによってピストン34に作用する荷重Frとを合わせた解放側荷重Fs+Frが、油圧室35の遠心油圧によってピストン34に作用する締結側荷重Faよりも小さくなるように設定されている。なお、調整部材104を上限位置に配置した場合は、解放端径r0rが大きくなるので、キャンセル室36の遠心油圧Prが作用する有効半径が最も小さくなる。
【0131】
調整部材104の傾斜連絡通路103内における径方向位置の下限位置は、例えば、シールプレートやピストン製造時に見込まれる最大の製造誤差を考慮した場合においても、油圧室35の遠心油圧Paに関与するピストン外径routと、締結用作動油供給路80cの最も径方向内側の位置(油圧室35の遠心油圧Paがゼロより大きくなる最内径)r0aとの差に比べて、キャンセル室36の外径を構成するシールプレート77の外径r1
とキャンセル室36の解放端径r0rとの差が小さくなるように設定されている。なお、調整部材104を下限位置に配置した場合は、解放端径r0rが小さくなるので、キャンセル室36の遠心油圧Prが作用する有効半径が最も大きくなる。
【0132】
調整部材104は、軸方向に垂直な径方向に対して傾斜した傾斜連通路103に設けられているので、調整部材104傾斜連通路103に沿った移動距離に比べて、軸方向移動距離が小さい。これにより、調整部材104を径方向に沿って設ける場合に比べて、調整部材104の径方向位置を緻密に調整することができる。
【0133】
調整部材104は、傾斜連通路103内の径方向内側位置に配置される下側ナット104aによって、キャンセル36室の大気解放位置を調整し、下側ナット104aの径方向外側に外側ナット104bを配置することで、下側ナット104aの拘束力が増大する。これにより、下側ナット104aによって調整された大気解放位置(解放端径r0r)のずれが抑制される。
【0134】
このように、調整部材104を調整することによって、キャンセル室36の解放端径r0rの径方向位置を変更することによって、キャンセル室36の遠心油圧Prが調整できる。その結果、解放側荷重Fs+Frを締結側荷重Faに一致させるようにコントロールできるようになっている。この関係を、
図9及び以下の数式を用いて説明する。なお、
図9は、ピストンに作用する遠心油圧の荷重を、任意の半径位置riにおける微小範囲で考えた場合の微小範囲を示す。
【0135】
任意の半径位置における微小範囲が外殻に与える遠心油圧dPは、微小質量をdmとし、微小範囲の任意の半径をriとし、回転加速度をωとすると、数式(1)となる。
dP=dm・ri・ω2(1/1000)・(1/1000)・・・(1)
【0136】
なお、微小角をdθとし、微小角で切り取った円弧長をdLとし、幅をbとし、微小径方向長さをdrとしたときの任意の半径ri位置における微小範囲の体積dv=b・dr・dLと、円弧長dL=2πri(dθ/2π)と、密度ρとから求まる微小質量dmdm=b・dr・ri・dθ・ρ・(1/1000)と、回転速度をNとしたときの回転加速度ω=N・2π・(1/60)とから、任意の半径位置における微小範囲が外殻に与える遠心力dfは、数式(2)となる。
df=b・dr・ri・dθ・ρ・(1/1000)・ri・(N・2π・(1/60))2・(1/1000)・(1/1000)・・・(2)となる。
【0137】
微小範囲の外殻の面積dA=b・dL=b(2πri(dθ/2π))と、数式(2)から、任意の半径位置における微小範囲が外殻に与える遠心油圧dPは、数式(3)となる。
dP=df/dA
=((b・dr・ri・dθ)・ρ・(1/1000)・ri・((N・2π・(1/60))2・(10-3)・(10-3))/(b・(2πri・(dθ/2π)))=4π2・ρ・N2・ri・(1/3600)・10-9・dr・・・(3)
【0138】
任意の半径位置における遠心油圧Priは、微小範囲の外殻に与える遠心油圧dPを解放端径r0から任意の半径値riで積分することで、数式(4)となる。
Pri=∫(r0->ri)dP
=(4・π2)・ρ・N2・ri・(1/3600)・10-9dr
=(1/18)π2・ρ・N2・10-11・(ri2-r02)・・・(4)
【0139】
ピストンに作用する遠心油圧Pの荷重Fは、任意の半径位置における微小リング面積に作用する荷重をピストン面積で積分することで、数式(5)となる。なお、微小リング面積をdB(dB=2π・ri・dr)とし、ピストン内径をrinとし、ピストン外径をroutとした。
F=(1/36)π3・ρ・N2・10-11・((rout4-rin4)-2r02(rout2-rin2))・・・(5)
【0140】
油圧室35の遠心圧力Paによってピストン34に作用する締結側荷重Fa及びキャンセル室36の遠心圧力Prによってピストン34に作用する解放側荷重Frは、ピストン34の内径をrin、ピストン34の外径をrout、油圧室35における解放端径をr0a、キャンセル室36における解放端径をr0r、キャンセル室36の外径を構成するシールプレート77の外径をr1とすると、それぞれ数式(6)、(7)に示すようになる。なお、油圧室35においては、ケースに固定されたスリーブ部材3の外径位置が解放端r0aとなっている(
図8参照)。
Fa=(1/36)π
3・ρ・N
2・10
-11・((rout
4-rin
4)-2r0a
2(rout
2-rin
2))・・・(6)
Fr=(1/36)π
3・ρ・N
2・10
-11・((r1
4-rin
4)-2r0r
2(r1
2-rin
2))・・・(7)
【0141】
数式(6)及び数式(7)によって示されるように、シールプレート77の外径r1に製造誤差によって、締結側荷重Faと解放側荷重Fr+Fsにアンバランスが生じた場合においても、解放端径r0rを調整することで、油圧室35の締結側荷重Faに解放側荷重Fs+Frを一致させることができる。
【0142】
次に、
図10を参照しながら、自動変速機の遠心バランス調整方法を説明する。
図10(a)に示すように、キャンセル室36の遠心油圧の調整は、対象となるクラッチの摩擦板以外が組付けられた状態で実行される。このとき、クラッチは非回転の解放状態であって、調整部材104は、傾斜連通路103内における最も径方向外側に調整される。
【0143】
その後、クラッチを回転させて、油圧室35及びキャンセル室36に遠心油圧を発生させる。調整部材104が最も径方向外側位置にあるときには、キャンセル室36の遠心油圧及びリターンスプリング37による解放側荷重Fr+Fsは、油圧室35の遠心油圧の締結側荷重Faよりも小さくなるように設定されている。
【0144】
これにより、ピストン34は、
図10(b)のSで示すように、
図10(a)に示される組付状態におけるピストン34の先端位置よりもキャンセル室36側にストロークした状態となる。ピストン34の先端には、例えば、プッシュプルゲージ等の荷重センサGが取り付けられており、ピストン34の先端荷重が計測できるようになっている。このときのピストン34の先端荷重は、摩擦板を押圧した状態となるため、ゼロよりも大きな値となる。
【0145】
次に、解放側荷重Fr+Fsを、締結側荷重Faに一致させるために、ピストン34の先端荷重がゼロ(荷重センサの値がゼロ)になる位置まで調整部材104の径方向位置を径方向内側に調整する。調整部材104を径方向内側にずらすと、解放端径r0rが縮径されるので、解放端位置からシールプレート77の外径r1との距離が拡大される。換言すると、キャンセル室36の遠心油圧に関与する有効半径が大きくなる。これにより、キャンセル室36の遠心油圧によってピストンに作用する荷重Frが増大し、
図10(c)に示すように、ピストン34は、
図10(b)のストローク位置よりも解放側に移動する。
【0146】
その後、荷重センサGの値がゼロ(ピストン34の先端荷重がゼロ)となった時点で調整部材104の径方向内側への調整を止める。これは、ピストン34が摩擦板33を押圧する方向の荷重がゼロとなる状態が得られたことを意味するものであり、これにより、キャンセル室36と油圧室35の遠心油圧のアンバランスを解消するためのキャンセル室36の調整を完了する。
【0147】
なお、
図5の実施形態のようにリターンスプリング37が、
図10に示すような遠心バランス調整時にピストン34に作用していない状況となる場合は、ピストン34の先端荷重がリターンスプリング37の荷重に一致した時点で調整部材104の径方向内側への調整を止めるものとする。これによって、遠心バランス調整後に変速機を最終的に組立てた状態でピストン34の先端荷重がリターンスプリング37の荷重と対向して釣り合うこととなり、摩擦板33を押圧する方向の荷重がゼロとなる状態が得られるものとなる。一方、リターンスプリングがキャンセル室36内に設けられるような場合は、遠心バランス調整時にピストン34にリターンスプリングの荷重が作用しているものとなるので、ピストン34の先端荷重がゼロとなった時点が摩擦板33を押圧する方向の荷重がゼロとなる状態が得られる状態ということになるものである。
【0148】
ここで、例えば、締結側荷重Fa(油圧室35の遠心油圧による荷重)が、解放側荷重Fr+Fs(キャンセル室36の遠心油圧による荷重+リターンスプリングの荷重)よりも大きい(締結側荷重Fa>解放側荷重Fr+Fs)場合、クラッチ解放時でもピストンをストロークさせクラッチ締結の誤作動、引きずりを誘発するおそれがある。一方、締結側荷重Fa(油圧室35の遠心油圧による荷重)が、解放側荷重Fr+Fs(キャンセル室36の遠心油圧による荷重+リターンスプリングの荷重)よりも小さい(締結側荷重Fa<解放側荷重Fr+Fs)場合、クラッチ締結時に解放側荷重Fr+Fsより大きな押し力(締結油圧)が必要となり、クラッチの応答性悪化、押し力の不安定(シフトショック悪化)を誘発したりすることとなる。これに対して、上述のように油圧室35とキャンセル室36の遠心荷重のバランス調整を行うことによって、ピストンストロークの応答性とクラッチ誤作動の抑制とが実現される。
【0149】
本発明に係る自動変速機によれば、調整部材104の径方向位置を調整することによって、キャンセル室36の遠心油圧に関与する大気解放位置を調整することができる。これにより、キャンセル室36の遠心油圧を調整することで、製造誤差等によって生じ得るキャンセル室36の遠心油圧と油圧室35の遠心油圧とのアンバランスを解消することができる。
【0150】
遠心油圧は、通常、その回転中心を起点(遠心油圧ゼロ)として、この回転中心からの距離に応じた大きさで発生するが、回転中心から離れた途中部でも大気と接する箇所(大気解放位置)を設けることにより、この個所では遠心油圧は0より大きく、これより回転中心側は遠心油圧が生じない。
【0151】
回転中心から大気解放位置までの径(解放端径)からキャンセル室のシールプレート77の外径との間において遠心油圧が発生する。大気解放位置の径方向位置を調整することで、キャンセル室の遠心油圧が調整される。
【0152】
例えば、シールプレート77の製造誤差等によって、キャンセル室36の遠心油圧によってピストン34に作用する荷重が大きい場合、調整部材104を径方向外側位置に調整することで、キャンセル室36の遠心油圧を減少させことができる。一方、キャンセル室36の遠心油圧によってピストン34に作用する荷重が小さい場合、調整部材104を径方向外側位置に調整することで、キャンセル室36の遠心油圧を増大させることができる。
【0153】
キャンセル室36を構成するシールプレート77の外径は、油圧室35を形成するピストン34の外径よりも大きくなるように設定されているので、キャンセル室36の遠心油圧を調整するための調整部材104を油圧室35の解放端径r0aの位置よりも径方向外側に設けることができる。その結果、キャンセル室36の遠心油圧のばらつきを調整するために、遠心油圧を高めるための大気解放位置の内径側への調整代及び遠心油圧を低減するための大気解放位置の外径側への調整代を確保しやすい。
【0154】
例えば、キャンセル室36のシールプレート77の外径を油圧室35の外径以下に設定すると、製造誤差によってキャンセル室の遠心油圧を高めるためには、キャンセル室36の大気解放位置を油圧室35の解放端r0a側(径方向内側)に調整することが考えられるが、変速機ケース内における径方向内側は、軸心に近づくため、所定の調整代を備えた調整部材を配置するスペースが確保しにくい。
【0155】
調整部材104は、径方向に対して傾斜して配置されているので、調整部材104が径方向に配置されている場合に比べて、調整部材104のストローク量に対する径方向位置を緻密に調整できる。
【0156】
調整部材104は、ダブルナット構造であるので、簡素な構造で、大気解放位置の調整をしながら大気解放位置のずれを抑制できる。
【0157】
調整部材104は、キャンセル室36にキャンセル用の作動油を供給するための連通路90とは異なるキャンセル室36に連通する大気解放位置調整用の調整回路100に配置されているので、作動油は、大気解放位置を経由することなくキャンセル室36に供給される。これにより、キャンセル室36に作動油を供給するための連通路90に調整部材104を設ける場合に比して、キャンセル室36に作動油が供給された状態が維持しやすく、油圧室35の作動油のみに遠心油圧が作用する状態を回避しやすい。
【0158】
調整回路100は、キャンセル室のうち最外径に位置する最外径の第3クラッチ30のキャンセル室36に連通するように設けられているので、製造誤差による径方向寸法のばらつきによって生じ得る油圧室35とキャンセル室36との遠心油圧の差がより大きくなりやすい最外径キャンセル室の大気解放位置を調整することができる。
【0159】
本発明は、例示された実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の改良及び設計上の変更が可能である。
【0160】
なお、以上の実施形態では、第1、第2、第3クラッチ10、20、30の3つのクラッチが径方向に重ねて配置されているが、2つのクラッチが径方向の内外に重ねて配置されている場合にも、同様に構成することができ、同様の効果が得られる。
【0161】
本実施形態においては、ピストンの先端荷重を荷重センサによって計測することによる自動変速機の遠心バランス調整方法について説明したが、これに限られるものではない。例えば、クラッチ30の油圧室35の外径routと、油圧室35の内径rinと、油圧室35に連通する連通路80cの最も径方向内側の位置(油圧室に連通する連通路において遠心油圧が生じ始める位置(油圧室解放端径))r0aと、キャンセル室36の外径r1とを計測し、これらの計測値と、数式(6)及び数式(7)とから、油圧室の遠心油圧によるピストン34に作用する荷重(締結側荷重)と、キャンセル室36側からピストンに作用する解放側荷重とが一致するように、調整部材104の径方向位置を予め調整することで、自動変速機の遠心バランスを調整してもよい。
【0162】
より詳しくは、解放側荷重Fr+Fsが締結側荷重Faと一致するようなキャンセル室36の解放端径r0rは、まず、計測されたクラッチ30の油圧室35の外径routと、油圧室35の内径rinと、油圧室35に連通する連通路80cの最も径方向内側の位置(油圧室に連通する連通路において遠心油圧が生じ始める位置(油圧室解放端径))r0aと数式(6)から計算上の締結側荷重Faを求め、求めた締結側荷重Faと、キャンセル室36の内径rinと、キャンセル室36の外径r1とから、数式(8)に示すようになる。
r0r={{1/2(r12-rin2)}・{(r14-rin4)-36(Fa-Fs)/(π3・ρ・N2・10-11)}}1/2・・・(8)
【0163】
調整部材104の径方向内側の先端位置が、計算によって求められたr0rに位置するように調整部材104を調整する。これにより、調整部材104の径方向位置を予め調整することによって、キャンセル室36の遠心油圧Prに関与する大気解放位置を調整することができる。その結果、製造誤差等によって生じ得るキャンセル室36の遠心油圧の変動による締結側荷重Faと解放側荷重Fr+Fsとのアンバランスを解消することができる。
【0164】
さらに、上述のように計算によって求めた調整部材104の径方向位置に設定した後に、実施形態のようにピストン34の先端荷重を荷重センサGによって計測することで自動変速機の遠心バランスを調整してもよい。
【0165】
また、本実施形態においては、第3クラッチ30がリターンスプリング37を備える構成について説明したが、これに限られるものではない。クラッチは、リターンスプリングが備えられていない場合には、油圧室の遠心油圧によってピストンに作用する荷重と、キャンセル室の遠心油圧によってピストンに作用する荷重とを一致させるように調整部材104の径方向位置を調整してもよい。
【0166】
また、本実施形態においては、第3クラッチ30のキャンセル室36にのみ調整油路100が備えられる構成について説明したが、第3クラッチ30のキャンセル室36よりも径方向内側に配置されている第1及び第2クラッチ10,20のキャンセル室16,26についても調整油路を設けてもよい。この場合、第1及び第2クラッチ10,20のキャンセル室16,26の外径は、油圧室15,25の外径よりも大きくなるように設定される。
【産業上の利用可能性】
【0167】
以上のように、本発明によれば、油圧室とキャンセル室とを備えた自動変速機において、製造誤差等によって生じ得るキャンセル室の遠心油圧の変動による締結側荷重と解放側荷重とのアンバランスを解消することができる自動変速機及び自動変速機の遠心バランス調整方法を提供するので、この種の自動変速機又はこれが搭載される車両の製造産業分野において、好適に利用される可能性がある。
【符号の説明】
【0168】
10,20,30 クラッチ
11,21,31 ドラム部材(ドラム部)
12,22,32 ハブ部材(ハブ部)
13,23,33 摩擦板
14,24,34 ピストン
15,25,35 油圧室
16,26,36 キャンセル室
80a,80b,80c,90a,90b,90c,101 連通路
100 調整回路
104 調整部材
r0a 油圧室解放端径
r0r キャンセル室解放端径
r1 キャンセル室の外径
rin 油圧室の内径
rout 油圧室の外径