IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社デンソーの特許一覧

<>
  • 特許-車両用制動装置 図1
  • 特許-車両用制動装置 図2
  • 特許-車両用制動装置 図3
  • 特許-車両用制動装置 図4
  • 特許-車両用制動装置 図5
  • 特許-車両用制動装置 図6
  • 特許-車両用制動装置 図7
  • 特許-車両用制動装置 図8
  • 特許-車両用制動装置 図9
  • 特許-車両用制動装置 図10
  • 特許-車両用制動装置 図11
  • 特許-車両用制動装置 図12
  • 特許-車両用制動装置 図13
  • 特許-車両用制動装置 図14
  • 特許-車両用制動装置 図15
  • 特許-車両用制動装置 図16
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-09
(45)【発行日】2024-09-18
(54)【発明の名称】車両用制動装置
(51)【国際特許分類】
   B60T 8/17 20060101AFI20240910BHJP
   B60T 8/32 20060101ALI20240910BHJP
   B60T 13/74 20060101ALI20240910BHJP
   H02P 29/62 20160101ALI20240910BHJP
【FI】
B60T8/17 A
B60T8/32
B60T13/74 G
H02P29/62
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2021199179
(22)【出願日】2021-12-08
(65)【公開番号】P2023084835
(43)【公開日】2023-06-20
【審査請求日】2024-06-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110003214
【氏名又は名称】弁理士法人服部国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柴田 悠祐
【審査官】杉山 豊博
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-228768(JP,A)
【文献】国際公開第2018/070367(WO,A1)
【文献】特開2016-215887(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 8/17
B60T 8/32
B60T 13/74
H02P 29/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対応する車輪に制動力を発生させる複数の電動ブレーキ(81-84)が各車輪に設けられた四輪車両(901、905)に搭載される車両用制動装置であって、
各前記電動ブレーキが発生させる制動力を制御する制動力制御部(40)を備え、
複数の前記電動ブレーキのうち、前列左右輪(91、92)に対応する一対の前記電動ブレーキ(81、82)、又は、後列左右輪(93、94)に対応する一対の前記電動ブレーキ(83、84)のうち少なくとも一方は、三相以上の多相モータ(60)で構成された多相電動ブレーキであり、
車両が所定の適用除外要件を満たす場合を除き、前記制動力制御部は、制動力が保持されている時に前記多相モータの特定相に電流が集中しないように、前記多相電動ブレーキへの制動力指令値を基準値に対して増減させるアップダウン処理を実行する車両用制動装置。
【請求項2】
前列左右輪及び後列左右輪に対応する四つの前記電動ブレーキは、いずれも前記多相電動ブレーキである請求項1に記載の車両用制動装置。
【請求項3】
前記制動力制御部は、前記アップダウン処理において、
前記多相電動ブレーキについての制動力指令値の基準値に対し正弦波を重畳させる請求項1または2に記載の車両用制動装置。
【請求項4】
前記制動力制御部は、前記アップダウン処理において、
前記多相電動ブレーキについての制動力指令値の基準値に対し、前記基準値を上回る正状態と前記基準値を下回る負状態とが交替する矩形波又は台形波を連続的又は断続的に重畳させる請求項1または2に記載の車両用制動装置。
【請求項5】
前記制動力制御部は、前記アップダウン処理において、
予め定められた固定周期でモードを切り替える請求項4に記載の車両用制動装置。
【請求項6】
前記制動力制御部は、前記アップダウン処理において、
前記多相モータの各相に供給される積算電力値の差の最大値が相間積算電力差閾値を上回ったとき、又は、前記多相モータの各相の温度差の最大値が相間温度差閾値を上回ったとき、モードを切り替える請求項4に記載の車両用制動装置。
【請求項7】
車両が前記適用除外要件を満たす場合を除き、前記制動力制御部は、前記多相電動ブレーキの通電制御を開始すると同時に前記アップダウン処理を開始する請求項1~6のいずれか一項に記載の車両用制動装置。
【請求項8】
車両が前記適用除外要件を満たす場合を除き、前記制動力制御部は、制動力指令値が処理開始制動力閾値を超えた状態、又は、制動力指令値の変動量が処理開始制動力変動閾値未満である状態が待機時間経過したとき、前記アップダウン処理を開始する請求項1~6のいずれか一項に記載の車両用制動装置。
【請求項9】
車両が前記適用除外要件を満たす場合を除き、前記制動力制御部は、前記多相モータに供給される積算電力値が積算電力閾値を上回ったとき、又は、前記多相モータの温度が処理開始温度閾値を上回ったとき、前記アップダウン処理を開始する請求項1~6のいずれか一項に記載の車両用制動装置。
【請求項10】
前記制動力制御部は、各車輪で発生する制動力の和が車両全体の要求制動力以上となるように各車輪に制動力を配分する請求項1~9のいずれか一項に記載の車両用制動装置。
【請求項11】
前記制動力制御部は、さらに、四輪車両における前後列の左輪の制動力の和と前後列の右輪の制動力の和との偏差が所定の範囲内となるように各車輪に制動力を配分する請求項10に記載の車両用制動装置。
【請求項12】
前記適用除外要件として、
車両の要求制動力が適用除外制動力閾値未満である、
車両の要求制動力の変動量が適用除外制動力変動閾値より大きい、
前記多相モータの温度が適用除外温度閾値未満である、
のうち少なくともいずれか一つの要件が満たされたとき、
前記制動力制御部は、前記アップダウン処理を実行せず、制動力指令値を基準値で一定に保持する請求項1~11のいずれか一項に記載の車両用制動装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用制動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、モータ通電により制動力を発生させる車両用制動装置が知られている。
【0003】
例えば特許文献1に開示された電動ブレーキ装置は、モータ通電により発生するモータトルクを摩擦パッドの押圧力による制動力に変換する。モータトルクと制動力との関係は、各部での摩擦力のため、制動力が増加するときの正効率線と、制動力が減少するときの逆効率線とで異なり、正効率線から逆効率線に推移する間はモータトルクが変化しても制動力が保持されるというヒステリシス特性を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第6505896号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の従来技術によると、正効率線により目標制動力よりも少し高い制動力を発生させてから制動力を保持しつつ電流を下げ、逆効率線で動作させて目標制動力まで下げるように制御することで、電流を低減することができる。しかし、制動力を保持する過程でロック通電が必要であり、電動ブレーキのアクチュエータが多相モータで構成されている場合、特定の相に電流が集中して発熱が偏るという問題がある。
【0006】
本発明は上述の点に鑑みて創作されたものであり、その目的は、多相モータで構成された電動ブレーキの制動力保持によるロック通電時に特定の相に発熱が偏ることを防止する車両用制動装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の車両用制動装置は、対応する車輪(91-94)に制動力を発生させる複数の電動ブレーキ(81-84)が各車輪に設けられた四輪車両(901、905)に搭載される。車両用制動装置は、各電動ブレーキが発生させる制動力を制御する制動力制御部(40)を備える。
【0008】
複数の電動ブレーキのうち、前列左右輪(91、92)に対応する一対の電動ブレーキ(81、82)、又は、後列左右輪(93、94)に対応する一対の電動ブレーキ(83、84)のうち少なくとも一方は、三相以上の多相モータ(60)で構成された多相電動ブレーキである。
【0009】
車両が所定の適用除外要件を満たす場合を除き、制動力制御部は、制動力が保持されている時に多相モータの特定相に電流が集中しないように、多相電動ブレーキへの制動力指令値を基準値に対して増減させる「アップダウン処理」を実行する。
【0010】
例えば制動力制御部は、アップダウン処理において、多相電動ブレーキについての制動力指令値の基準値に正弦波を重畳させる。或いは、制動力制御部は、制動力指令値の基準値に対し、基準値を上回る正状態と基準値を下回る負状態と交替する矩形波又は台形波を連続的又は断続的に重畳させる。
【0011】
これにより本発明では、多相モータで構成された電動ブレーキの制動力保持によるロック通電時に特定の相に発熱が偏ることを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】第1~第4実施形態の車両用制動装置が搭載される車両の構成図。
図2】各車輪の電動ブレーキの模式的な構成図。
図3】(a)電動ブレーキのパッドの模式図、(b)パッド荷重とパッド位置との特性図。
図4】比較例による制動力指令値、前輪ブレーキ及び後輪ブレーキ三相電流のタイムチャート。
図5】第1実施形態のアップダウン処理による制動力指令値、前輪ブレーキ及び後輪ブレーキの三相電流のタイムチャート。
図6】第2実施形態のアップダウン処理による制動力指令値、前輪ブレーキ及び後輪ブレーキの三相電流のタイムチャート。
図7】アップダウン処理の全体フローチャート。
図8】適用除外条件成否判定のフローチャート。
図9】アップダウン処理の開始タイミングの例を示す図。
図10】第2実施形態のアップダウン処理でのモード切替のフローチャート。
図11】第2実施形態変形例1のアップダウン処理による制動力指令値、前輪ブレーキ及び後輪ブレーキの三相電流のタイムチャート。
図12】第2実施形態変形例2のアップダウン処理による制動力指令値、前輪ブレーキ及び後輪ブレーキの三相電流のタイムチャート。
図13】第3実施形態のアップダウン処理による制動力指令値、前輪ブレーキ及び後輪ブレーキの三相電流のタイムチャート。
図14】第4実施形態のアップダウン処理による制動力指令値、前輪ブレーキ及び後輪ブレーキの三相電流のタイムチャート。
図15】第5実施形態の車両用制動装置が搭載される車両の構成図。
図16】第5実施形態のアップダウン処理による制動力指令値、前輪ブレーキの三相電流及び後輪ブレーキの直流電流のタイムチャート。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の実施形態による車両用制動装置を図面に基づいて説明する。本実施形態の車両用制動装置は、対応する車輪に制動力を発生させる複数の電動ブレーキが各車輪に設けられた四輪車両に搭載される。車両用制動装置は、各電動ブレーキが発生させる制動力を制御する制動力制御部を備える。以下の第1~第5実施形態を包括して「本実施形態」という。本実施形態のうち、第1~第4実施形態が適用される車両の電動ブレーキの構成は同じである。第5実施形態のみ、適用される車両の電動ブレーキの構成が異なる。
【0014】
[第1~第4実施形態が適用される車両の電動ブレーキの構成]
最初に図1図3を参照し、第1~第4実施形態の車両用制動装置30が搭載される車両901及び電動ブレーキ81-84の構成を説明する。図1に示すように、車両901は、前後方向において二列の左右対の車輪91、92、93、94を有する四輪車両である。前列左右輪91、92に「FL、FR」、後列左右輪93、94に「RL、RR」と記す。
【0015】
各車輪91、92、93、94に対応して複数(この例では四つ)の電動ブレーキ81、82、83、84が設けられている。以下、連続する四つの符号を適宜、「車輪91-94」、「電動ブレーキ81-84」のように省略して記す。後述の記号「積算電力値ΣP1-ΣP4」、「温度Temp1-Temp4」についても同様とする。
【0016】
第1~第4実施形態では、前列左右輪91、92に対応する一対の電動ブレーキ81、82、及び、後列左右輪93、94に対応する一対の電動ブレーキ83、84は、いずれも「多相モータ」としての三相モータ(図中「三相M」)60で構成されている。なお、「電動ブレーキが三相モータで構成されている」とは、厳密には「電動ブレーキのアクチュエータが三相モータで構成されている」ことを意味する。具体的に三相モータ60は、永久磁石式のブラシレスモータである。
【0017】
多相モータで構成された電動ブレーキを「多相電動ブレーキ」という。第1~第4実施形態では、四つの電動ブレーキ81-84は、いずれも三相電動ブレーキである。また、各電動ブレーキ81-84に対応する三相モータ60の構成、作用は同様であるものとし、単一の符号「60」を用いる。以下の明細書中、適宜、三相モータ60を単に「モータ60」と省略する。
【0018】
車両用制動装置30は、制動力制御部40を備える。制動力制御部40は、各電動ブレーキ81-84が対応する車輪91-94に発生させる制動力を制御する。制動力制御部40は、各車輪の制動力配分に応じて各モータ60に通電する電流を制御することで、電動ブレーキ81-84が発生する制動力を制御する。
【0019】
制動力制御部40は、各電動ブレーキ81-84に対応する三相モータ60の相毎の積算電力値ΣPu1、ΣPv1、ΣPw1-ΣPu4、、ΣPv4、ΣPw4、又は、モータ温度Temp1-Temp4の少なくとも一方を取得してもよい。以下、相毎の積算電力値ΣPu1、ΣPv1、ΣPw1を「ΣPuvw1」のようにまとめて記載する。また、各電動ブレーキ81-84について包括する説明では「1-4」を省略し、「積算電力値ΣPuvw」、「モータ温度Temp」のように記す。
【0020】
モータ温度Tempは、例えば温度センサにより検出される。或いは、三相モータ60への通電によるジュール熱から温度上昇を推定し、外気温に加算することでモータ温度Tempを算出してもよい。モータ60の積算電力値ΣPuvwとモータ温度Tempとは正の相関を有する。積算電力値ΣPuvw及びモータ温度Tempは、処理開始、モード切替、及び、適用除外の説明で後述される。それらの条件として使用しない場合、制動力制御部40は、積算電力値ΣPuvw又はモータ温度Tempを取得しなくてもよい。
【0021】
図2に、各車輪の電動ブレーキ81-84の概略構成を示す。制動力制御部40は三相モータ60の駆動制御の構成として、主にインバータ55及び電流指令値演算部51を含む。インバータ55は、バッテリ15から入力された直流電力を変換し、三相モータ60の各相に交流電力を供給する。電流指令値演算部51は、三相モータ60に通電される電流について、指令トルクtrq*に応じて電流指令値を演算する。
【0022】
モータ60の出力トルクは、減速機・直動機構85を介してキャリパ86のパッド87を動作させる。パッド87が移動して各車輪91-94のディスク88に押し付けられることで、摩擦により制動力が発生する。また、パッド87がディスク88から離れることで、制動力が解除される。
【0023】
図3を参照し、図2のIIIa部に示す電動ブレーキ81-81のパッド87の特性について補足する。図3(a)に示すように、パッド87はバネのような特性を持ち、直動機構85による押し込み力Fdと、ひずみ量に応じた反力Frとが互いに反対方向に作用する。図3(b)に示すように、ひずみ量(すなわちパッド位置)Xとパッド荷重Fとはほぼ比例する。したがって、モータ60の位相変化によりパッド位置がΔX変化すれば、パッド荷重はΔF変化する。
【0024】
ところで、特許文献1(特許第6505896号公報)の従来技術によると、モータトルクと制動力とのヒステリシス特性を利用し、正効率線から逆効率線まで電流を低減しながら制動力を保持することができる。しかし、制動力を保持する過程で、三相モータ60の回転が停止した状態でのロック通電が必要であり、特定の相に電流が集中して発熱が偏るという問題がある。
【0025】
そこで本実施形態では、制動力が保持されている時に三相モータ60の特定相に電流が集中しないようにすることを図る。図3(b)に着目すると、制動力指令値を変化させてパッド荷重Fの狙い値を変動させれば、パッド位置Xが変動するため、モータ60の通電位相、すなわち各相の電流を変動させることができる。逆に変化させたい位相角度範囲から制動力指令値の変動幅を算出することもできる。
【0026】
この着眼点に基づき、本実施形態の制動力制御部40は、制動力が保持されている時に三相モータ60の特定相に電流が集中しないように、三相電動ブレーキへの制動力指令値を基準値に対して増減させる「アップダウン処理」を実行する。以下、アップダウン処理の具体的な構成について実施形態毎に説明する。
【0027】
各実施形態の説明に先立ち、図4に、アップダウン処理を実施しない比較例での、制動力指令値、前輪ブレーキ及び後輪ブレーキ三相電流を示す。以下、前列左右輪91、92に対応する一対の電動ブレーキ81、82を「前輪ブレーキ81、82」といい、後列左右輪93、94に対応する一対の電動ブレーキ83、84を「後輪ブレーキ83、84」という。図中、前輪制動力指令値を「F」、後輪制動力指令値を「R」と記す。「前輪制動力指令値」の「前輪」は前列左右輪91、92、「後輪制動力指令値」の「後輪」は後列左右輪93、94を意味する。すなわち、一つの車輪でなく一対の車輪対を意味する。また、縦軸の「制動力」は制動力指令値を意味する。
【0028】
合計の制動力指令値は、時刻t0から時刻t1にかけて0から合計目標値まで増加し、時刻t1以後、一定に保持される。前輪ブレーキ81、82と後輪ブレーキ83、84との制動力配分が同等の場合、前輪制動力指令値と後輪制動力指令値とは、いずれも合計制動力指令値の半分の値となる。この値を、前輪制動力指令値、後輪制動力指令値それぞれの基準値とする。図示の都合上、前輪制動力指令値を示す一点鎖線と、後輪制動力指令値を示す破線とが重なると識別できないため、わずかにずらして記載されている。
【0029】
以下の各実施形態のタイムチャートは、図4の書式に準じ、前輪ブレーキ81、82と後輪ブレーキ83、84との制動力配分が同等の場合を例示する。ただし、前輪ブレーキ81、82と後輪ブレーキ83、84との制動力配分に差を設けてもよい。その場合、前輪制動力指令値の基準値と後輪制動力指令値の基準値とは別々の線で図示される。
【0030】
時刻t0~t1の制動力上昇中、前輪ブレーキ81、82及び後輪ブレーキ83、84の三相電流は、振幅が漸増する正弦波となる。時刻t1以後、三相モータ60はロック通電状態となり、前輪ブレーキ81、82及び後輪ブレーキ83、84の三相電流は一定の値となる。この状態が継続すると、特定の相に電流が集中し、発熱が偏ることになる。
【0031】
(第1実施形態)
図5を参照し、第1実施形態のアップダウン処理について説明する。第1実施形態では、制動力制御部40は、前輪制動力指令値及び後輪制動力指令値の各基準値に対し、互いに同周期の正弦波を半周期ずらして連続的に重畳させる。正弦波の値が正のとき制動力指令値は基準値に対して増加し、正弦波の値が負のとき制動力指令値は基準値に対して減少する。したがって、前輪及び後輪の制動力指令値は各基準値に対して周期的に増減する。
【0032】
横軸には、正弦波の一周期の起点(すなわち節)に対応する時刻をn1~n5と記す。例えば、制動力指令値が一定値に達した時刻t1を起点n1として正弦波の重畳が開始される。なお、図9を参照して後述するように、正弦波の重畳を開始するタイミングはこれに限らず、時刻t1より前でも後でもよい。
【0033】
好ましくは、前輪制動力指令値の基準値に重畳される正弦波の振幅と、後輪制動力指令値の基準値に重畳される正弦波の振幅とは等しい。これにより、前輪制動力指令値と後輪制動力指令値との合計が一定に保持され、制動力の配分が周期的に変更される。正弦波の振幅は、例えば前輪及び後輪に共通の基準値の約10%に設定される。この場合、前輪及び後輪の制動力指令値は基準値の約90%~110%の範囲で変動する。また、前輪及び後輪の制動力指令値の基準値が異なる場合、例えば小さい方の基準値の所定比率の値を前輪及び後輪に共通の正弦波振幅としてもよい。
【0034】
前輪ブレーキ81、82及び後輪ブレーキ83、84の三相電流は、正弦波の合成関数の形で表される。第1実施形態では三相電流が連続的に変化することで、三相モータ60のロック通電が回避される。これにより、特定相に電流が集中し発熱が偏ることが防止される。
【0035】
(第2実施形態)
図6を参照し、第2実施形態のアップダウン処理について説明する。第2実施形態では、制動力制御部40は、前輪制動力指令値及び後輪制動力指令値の各基準値に対し、基準値を上回る正状態と基準値を下回る負状態とが交替する矩形波又は台形波を連続的に重畳させる。制動力指令値の正側の増加量及び負側の減少量は、基準値に対して対称に、例えば基準値の約10%に設定される。
【0036】
図6に示す例では、時刻t1以後、「予め定められた固定周期」のタームで、前輪制動力指令値及び後輪制動力指令値が周期的に切り替えられる。あるタームでの前輪制動力指令値及び後輪制動力指令値の増減状態を「モード」という。時刻t1~t2、時刻t3~t4、時刻t5~t6では「前輪制動力指令値が正で後輪制動力指令値が負」のモードであり、時刻t2~t3、時刻t4~t5では「前輪制動力指令値が負で後輪制動力指令値が正」のモードである。
【0037】
このように、前輪制動力指令値及び後輪制動力指令値は各基準値に対して周期的に増減する。ここで「予め定められた固定周期」は、全てのモードに共通の周期に限らず、モード毎に異なる固定周期が予め定められてもよい。また、アップダウン処理開始からの時間やモード切替回数に応じて異なる固定周期が予め定められてもよい。或いは「予め定められた固定周期」を用いるのでなく、図10を参照して後述するように、パラメータの現在値をトリガとしてモード切替が実行されるようにしてもよい。
【0038】
モード切替時の制動力指令値の変化において急峻に変化する波形を矩形波といい、徐変する波形を台形波という。矩形波は広義の台形波に含まれると解釈することも可能であるが、本明細書では「矩形波又は台形波」と並べて記載する。矩形波と台形波とではアップダウン処理の作用における本質的な違いはない。
【0039】
さらに、台形波の徐変時間がモード切替周期の半分近くになると見かけ上は三角波に近づく。このような三角波や、立上がり又は立下りの一方のみが徐変する鋸波等を台形波に含むものとしてもよい。図6以下のタイムチャートでは、矩形波又は台形波を代表して、矩形波に近い波形を図示する。
【0040】
第2実施形態では、モードの切替毎に三相電流がステップ的に変化することで三相モータ60のロック通電が回避される。これにより、第1実施形態と同様に、特定相に電流が集中し発熱が偏ることが防止される。また、特に矩形波の場合、同一ターム中は一定の制動力指令値が出力されるため、制動力制御部40の演算負荷が低減される。第2実施形態の変形例、及び、第2実施形態を応用した第3、第4実施形態については、アップダウン処理のアルゴリズムの後で説明する。
【0041】
(アップダウン処理のアルゴリズム)
次に図7図10を参照し、アップダウン処理のアルゴリズムについて説明する。図7図9は第1、第2実施形態に共通する。図10に示すモード切替のフローチャートは、第2実施形態を対象とする。
【0042】
図7のフローチャートにアップダウン処理の全体を示す。以下のフローチャートの説明で記号「S」はステップを意味する。S10で制動力制御部40は、要求制動力に基づき、下記の配分条件を満たすように各車輪91-94の制動力配分を決定する。そして制動力制御部40は、前輪制動力指令値及び後輪制動力指令値の基準値を算出する。
【0043】
[配分条件1]:各車輪91-94で発生する制動力の和が車両全体の要求制動力以上となる。これは、要求通りに車両を制動させるために必須の条件である。
【0044】
[配分条件2]:前後列の左輪91、93(FL、RL)の制動力の和と前後列の右輪92、94(FR、RR)の制動力の和との偏差が所定の範囲内となる。左右輪の制動力の偏差を上限値以下とすることで、例えば直進制動時にヨーモーメントが発生することによる車両偏向を抑制することができる。ただし、制動力の偏差が0であることが常に最適とは限らない。意図的に左右輪の制動力に差を設けたい場合、制動力の偏差が下限値以上上限値以下となるように条件を設定してもよい。
【0045】
S20では、車両901が適用除外要件を満たすか判断される。図8のフローチャートを参照し、適用除外要件の成否判定の例について説明する。この例では3項目の要件についてS21~S23で順に成否を判断する。S21~S23のうち少なくとも一つでYESと判断されると、S24で車両901が適用除外要件を満たすと判定される。
【0046】
S21では、要求制動力が適用除外制動力閾値未満であるか判断される。要求制動力が小さい領域ではロック通電時に流れる電流が小さいため、発熱は問題とならない。S22では、要求制動力の変動量が適用除外制動力変動閾値より大きいか判断される。S22でYESの場合、モータ60が回転してパッド位置を変化させるため、そもそもロック通電状態にならない。
【0047】
S23では、三相モータ60のモータ温度Tempが適用除外温度閾値未満であるか判断される。たとえロック通電が行われても、許容上限温度に対して十分に余裕がある状況では、アップダウン処理を行う必要はない。
【0048】
このように、そもそもロック通電にならない場合や、ロック通電しても特定の相の発熱が問題とならない場合、S24で車両901が適用除外要件を満たすと判定される。その結果、図7のS20でYESと判断される。するとS26で制動力制御部40は、アップダウン処理を実行せず、制動力指令値を基準値で一定に保持する。
【0049】
S20でNOと判断された場合、すなわち、車両が適用除外要件を満たす場合を除き、S30で制動力制御部40は、処理開始条件が成立したタイミングでアップダウン処理を開始する。処理開始タイミングの例として、図9に示す[1]~[4]が挙げられる。
【0050】
[1]制動力制御部40は、電動ブレーキ81-84の通電制御を開始すると同時にアップダウン処理を開始する。
【0051】
[2]制動力制御部40は、制動力指令値が処理開始制動力閾値を超えた状態(Br>Br_th_st)が待機時間Twt経過したとき、アップダウン処理を開始する。処理開始制動力閾値は適用除外制動力閾値以上の値に設定される。一時的に制動力が閾値を超えることによる誤判定を防止するため待機時間Twtを設けることが好ましい。
【0052】
[3]制動力制御部40は、制動力指令値の変動量が処理開始制動力変動閾値未満である状態(ΔBr<ΔBr_th)が待機時間Twt経過したとき、制動力保持状態であると判断し、アップダウン処理を開始する。処理開始制動力変動閾値は適用除外制動力変動閾値以下の値に設定される。一時的に制動力が変動することによる誤判定を防止するため待機時間Twtを設けることが好ましい。
【0053】
[4]制動力制御部40は、三相モータ60に供給される積算電力値が積算電力閾値を上回った(ΣP>ΣPth)とき、又は、三相モータ60の温度が処理開始温度閾値を上回った(Temp>Temp_th_st)とき、アップダウン処理を開始する。積算電力値ΣPは、通電制御開始からの電力が積算される。例えば相毎の積算電力値ΣPuvwを三相加算して算出してもよく、三相の積算電力値ΣPuvwのうちの最大値が選択されてもよい。積算電力値ΣPはモータ温度Tempが反映された値となる。処理開始温度閾値は適用除外温度閾値以上の値に設定される。
【0054】
アップダウン処理の開始後、S40で制動力制御部40は、前輪制動力指令値と後輪制動力指令値との配分に関し、上述の配分条件1、2を充足する制動力指令値の増減範囲内でアップダウン処理を継続する。
【0055】
図10を参照し、第2実施形態においてパラメータの現在値をトリガとしてモード切替を行う処理の例について説明する。制動力制御部40は、三相モータ60の各相に供給される積算電力値の差の最大値が相間積算電力差閾値を上回ったとき、、又は、三相モータ60の各相の温度差の最大値が相間温度差閾値を上回ったとき、モードを切り替える。
【0056】
S41で制動力制御部40は、各相の積算電力値の差を式(1.1)~(1.3)により演算する。各相の積算電力値の差は、三相モータ60の各相の温度差が反映された値となる。
【0057】
ΔΣPu-v=|ΔΣPu-ΔΣPv| ・・・(1.1)
ΔΣPv-w=|ΔΣPv-ΔΣPw| ・・・(1.2)
ΔΣPw-u=|ΔΣPw-ΔΣPu| ・・・(1.3)
【0058】
S42で制動力制御部40は、各相の積算電力値の差の最大値を式(2)により演算する。各相の積算電力値の差の最大値は、三相モータ60の各相の温度差の最大値が反映された値となる。
【0059】
MAXΔΣP=MAX(ΔΣPu-v、ΔΣPv-w、ΔΣPw-u) ・・・(2)
【0060】
S43では、各相の積算電力値の差の最大値MAXΔΣPが相間積算電力差閾値ΔΣPthを上回っている(MAXΔΣP>ΔΣPth)か判断される。S43でYESの場合、S44で制動力制御部40はモード切替を実行する。S43でNOの場合、S41に戻ってルーチンが繰り返される。
【0061】
(第2実施形態の変形例)
次に図11図12を参照し、第2実施形態の変形例について説明する。図6に示す第2実施形態のアップダウン処理では、制動力指令値の基準値に対する正側の増加量と負側の減少量とが対称である。これに対して変形例では、制動力指令値の基準値に対する正側の増加量と負側の減少量とが非対称である。
【0062】
図11に示す変形例1では、前輪制動力指令値の増減量が正側、負側とも後輪制動力指令値の増減量よりも大きく設定されている。前輪制動力指令値の増減に伴って合計制動力も増減する。図12に示す変形例2では、前輪、後輪とも制動力指令値の負側の減少量が正側の増加量よりも大きく設定されている。合計制動力は合計目標値よりも負側にシフトする。
【0063】
合計制動力の変化による車両挙動への影響が許容範囲内であれば、このように前輪及び後輪の制動力指令値を基準値に対して非対称に変化させてもよい。これにより、前輪、後輪毎にアップダウン処理の実施判断が可能となり、制御が簡単になる。
【0064】
(第3、第4実施形態)
図13図14に示す第3、第4実施形態は、第2実施形態のアップダウン処理を応用したものであり、制動力指令値を基準値に対して増減させる期間の途中に、制動力指令値を基準値に戻して保持するインターバル期間が設けられている。インターバル期間の無い第2実施形態では矩形波又は台形波が連続的に重畳されるのに対し、第3、第4実施形態ではインターバル期間を挟んで矩形波又は台形波が断続的に重畳される。図13図14には、制動力指令値の正側の増加量及び負側の減少量が基準値に対して対称に設定された例を示すが、第2実施形態の変形例のように非対称に設定されてもよい。
【0065】
図13に示す第3実施形態では、モード切替の3タームに1回のインターバル期間が設けられている。インターバル期間での制動力変化を「0」と表すと、時刻t1~t6において、前輪制動力指令値は「正→負→0→正→負」、後輪制動力指令値は「負→正→0→負→正」と変化する。時刻t3~t4のインターバル期間での制動力指令値は前輪、後輪とも基準値に等しい。時刻t1~t6を通じて合計の制動力指令値は一定に保持される。
【0066】
図14に示す第4実施形態では、モード切替の2タームに1回のインターバル期間が設けられている。時刻t1~t6において、前輪制動力指令値は「0→負→0→正→0」、後輪制動力指令値は「0→正→0→負→0」と変化する。なお、時刻t2~t3のタームの増減量と、時刻t4~t5のタームの増減量とは異なっている。時刻t1~t2、t3~t4、t5~t6の各インターバル期間での制動力指令値は前輪、後輪とも基準値に等しい。時刻t1~t6を通じて合計の制動力指令値は一定に保持される。
【0067】
(第5実施形態)
次に図15図16を参照し、第5実施形態について説明する。図15に示すように、車両用制動装置30が搭載される車両905において、前列左右輪91、92に対応する一対の電動ブレーキ81、82は三相モータ60で構成されている。一方、後列左右輪93、94に対応する一対の電動ブレーキ83、84は直流モータ(図中「DCM」)70で構成されている。
【0068】
この例では前輪ブレーキ81、82は三相電動ブレーキであるが、後輪ブレーキ83、84は三相電動ブレーキではない。図15とは逆に、前輪ブレーキ81、82が直流モータ70で構成され、後輪ブレーキ83、84が三相モータ60で構成された構成も第5実施形態の思想に含まれる。
【0069】
図16に、第5実施形態での、第2実施形態に準じた方式でのアップダウン処理の例を示す。制動力指令値の基準値に対する変化、及び、前輪ブレーキ81、82の三相電流の変化は図6と同じである。後輪ブレーキ83、84の直流電流は後輪制動力指令値に比例して変化する。
【0070】
制動力制御部40は、前輪ブレーキ81、82のアップダウン処理に伴って車両905の合計制動力を一定に保持するための補完的処理として、後輪ブレーキ83、84の直流モータ70の直流電流を調整する。直流モータ70では特定相への電流集中を回避する意味合いはないため、後輪ブレーキ83、84はアップダウン処理の直接の対象には含まれない。
【0071】
(その他の実施形態)
(a)上述の実施形態では、アップダウン処理により前輪ブレーキ81、82と後輪ブレーキ83、84との間での制動力指令値の配分が変動する。それに加え、前列左輪ブレーキ81と前列右輪ブレーキ82との間、又は、後列左輪ブレーキ83と後列右輪ブレーキ84との間での制動力指令値の配分が変動するようにしてもよい。
【0072】
(b)アップダウン処理において制動力指令値に重畳される波形は、正弦波、矩形波又は台形波に限らず、その他の波形でもよい。
【0073】
(c)電動ブレーキを構成する多相モータの相の数は三相に限らず、四相以上であってもよい。
【0074】
以上、本発明はこのような実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において、種々の形態で実施することができる。
【0075】
本開示に記載の制動力制御部及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載の制動力制御部及びその手法は、一つ以上の専用ハードウェア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載の制動力制御部及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと一つ以上のハードウェア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。
【符号の説明】
【0076】
30・・・車両用制動装置、
40・・・制動力制御部、
60・・・モータ、三相モータ(多相モータ)、
81-84・・・電動ブレーキ、
901、905・・・車両、
91-94・・・車輪。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16