(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-09
(45)【発行日】2024-09-18
(54)【発明の名称】車両及び車両制御方法
(51)【国際特許分類】
B60G 17/015 20060101AFI20240910BHJP
B60T 8/1755 20060101ALI20240910BHJP
B60T 8/28 20060101ALI20240910BHJP
B60T 8/17 20060101ALI20240910BHJP
B60W 30/02 20120101ALI20240910BHJP
B60W 10/04 20060101ALI20240910BHJP
B60W 10/18 20120101ALI20240910BHJP
B60W 10/08 20060101ALI20240910BHJP
【FI】
B60G17/015 A
B60T8/1755 Z
B60T8/28 A
B60T8/17 C
B60W30/02
B60W10/00 120
B60W10/08
B60W10/18
(21)【出願番号】P 2022001866
(22)【出願日】2022-01-07
【審査請求日】2023-11-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003199
【氏名又は名称】弁理士法人高田・高橋国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤田 好隆
【審査官】久保田 信也
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-201291(JP,A)
【文献】特開2005-028934(JP,A)
【文献】特開2011-031739(JP,A)
【文献】特開2019-177736(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0156478(US,A1)
【文献】独国特許出願公開第10131323(DE,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60G 17/015
B60T 8/1755
B60T 8/28
B60T 8/17
B60W 30/02
B60W 10/04
B60W 10/08
B60W 10/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪制動力の前後配分比を変更可能な制動装置と、
減衰力可変式の前輪ダンパ及び後輪ダンパの少なくとも一方を含むサスペンションと、
電子制御ユニットと、
を備え、
前記電子制御ユニットは、
搭乗者が知覚可能な車両減速度の下限値未満の要求減速度領域である第1領域の少なくとも一部において車両減速度によらずに一定
且つ理想配分特性と比べて前輪寄りの前後配分比となり、前記第1領域より車両減速度の高い第2領域において前記第1領域と比べて後輪寄りの前後配分比となるように前記制動装置を制御し、
前記第2領域を含み且つ前記第1領域より高減速度側の特定減速度領域において、前記第1領域と比べて、前記前輪ダンパの圧側減衰力を小さくすること及び前記後輪ダンパの伸側減衰力を大きくすることのうちの少なくとも一方を実行する
車両。
【請求項2】
請求項1に記載の車両であって、
前記電子制御ユニットは、前記特定減速度領域において、前記第1領域と比べて、前記前輪ダンパの前記圧側減衰力を小さくすること及び前記後輪ダンパの前記伸側減衰力を大きくすることの双方を実行する
車両。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の車両であって、
前記前輪ダンパの前記圧側減衰力の目標値は、前記前輪ダンパのピストン速度に応じた基本減衰力と、前記特定減速度領域において前記第1領域と比べて小さく定められた減衰力ゲインとの積であり、
前記後輪ダンパの前記伸側減衰力の目標値は、前記後輪ダンパのピストン速度に応じた基本減衰力と、前記特定減速度領域において前記第1領域と比べて大きく定められた減衰力ゲインとの積である
車両。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の車両であって、
前記前輪ダンパの前記圧側減衰力の目標値は、前記前輪ダンパのピストン速度と、前記特定減速度領域において前記第1領域と比べて小さく定められた減衰係数との積であり、
前記後輪ダンパの前記伸側減衰力の目標値は、前記後輪ダンパのピストン速度と、前記特定減速度領域において前記第1領域と比べて大きく定められた減衰係数との積である
車両。
【請求項5】
車輪制動力の前後配分比を変更可能な制動装置と、減衰力可変式の前輪ダンパ及び後輪ダンパの少なくとも一方を含むサスペンションと、を備える車両を制御する車両制御方法であって、
搭乗者が知覚可能な車両減速度の下限値未満の要求減速度領域である第1領域の少なくとも一部において車両減速度によらずに一定
且つ理想配分特性と比べて前輪寄りの前後配分比となり、前記第1領域より車両減速度の高い第2領域において前記第1領域と比べて後輪寄りの前後配分比となるように前記制動装置を制御することと、
前記第2領域を含み且つ前記第1領域より高減速度側の特定減速度領域において、前記第1領域と比べて、前記前輪ダンパの圧側減衰力を小さくすること及び前記後輪ダンパの伸側減衰力を大きくすることのうちの少なくとも一方を実行することと、
を含む
車両制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、車両及び車両制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、車両の制動制御装置を開示している。この制動制御装置は、車両制動時における車両の目標ピッチ角に基づいて前後制動力配分比率の目標値である目標前後制動力配分比率を算出し、算出された目標前後制動力配分比率に基づいて制動装置を作動させる姿勢制御を実施する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本件発明者の鋭意研究により、次のような知見が得られた。すなわち、車両の搭乗者は、車体減速度の発生だけでなく当該減速度の発生と車両姿勢の変化との組み合わせによって制動感を得る。制動感(より詳細には、例えば、減速感及び制動に対する安心感)の向上のためには、制動感向上につながる搭乗者の視覚変化又は体感変化をもたらす車両制動姿勢(制動時の車両姿勢)の変化を搭乗者に知覚させることが有効である。そして、制動感向上につながる車両制動姿勢の変化は、制動時に要求される減速度領域に応じて異なる。
【0005】
さらに、制動感をより効果的に向上させるためには、車両の要求減速度に応じた車両姿勢が得られるまでの過渡的な車両姿勢を制御できることが望まれる。
【0006】
本開示は、上述のような課題に鑑みてなされたものであり、過渡的な車両姿勢を含めて車両制動姿勢を良好に制御することによって複数の減速度領域における制動感を効果的に向上できるようにした車両及び車両制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示に係る車両は、制動装置と、サスペンションと、電子制御ユニットと、を備える。制動装置は、車輪制動力の前後配分比を変更可能に構成されている。サスペンションは、減衰力可変式の前輪ダンパ及び後輪ダンパの少なくとも一方を含む。電子制御ユニットは、搭乗者が知覚可能な車両減速度の下限値未満の要求減速度領域である第1領域の少なくとも一部において車両減速度によらずに一定且つ理想配分特性と比べて前輪寄りの前後配分比となり、第1領域より車両減速度の高い第2領域において第1領域と比べて後輪寄りの前後配分比となるように制動装置を制御する。電子制御ユニットは、第2領域を含み且つ第1領域より高減速度側の特定減速度領域において、第1領域と比べて、前輪ダンパの圧側減衰力を小さくすること及び後輪ダンパの伸側減衰力を大きくすることのうちの少なくとも一方を実行する。
【0008】
本開示に係る車両制御方法は、車輪制動力の前後配分比を変更可能な制動装置と、減衰力可変式の前輪ダンパ及び後輪ダンパの少なくとも一方を含むサスペンションと、を備える車両を制御する車両制御方法である。この車両制御方法は、搭乗者が知覚可能な車両減速度の下限値未満の要求減速度領域である第1領域の少なくとも一部において車両減速度によらずに一定且つ理想配分特性と比べて前輪寄りの前後配分比となり、第1領域より車両減速度の高い第2領域において第1領域と比べて後輪寄りの前後配分比となるように制動装置を制御することと、第2領域を含み且つ第1領域より高減速度側の特定減速度領域において、第1領域と比べて、前輪ダンパの圧側減衰力を小さくすること及び後輪ダンパの伸側減衰力を大きくすることのうちの少なくとも一方を実行することと、を含む。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、要求減速度の上記第1領域においては、上記第2領域と比べてピッチ変化を積極的に発生させるのに適した前後配分比が選択される。これにより、ピッチ変化に起因する頭部の移動に伴う視覚変化による知覚を利用して、減速度の知覚よりも先に減速感を運転者等の搭乗者に知覚させることができる。その結果、第1領域における減速感を向上できる。また、第2領域においては、第1領域と比べてヒーブ量(車体の沈み込み)の増加を積極的に発生させるのに適した前後配分比が選択される。これにより、制動に対する搭乗者の安心感を向上できる。さらに、本開示によれば、前輪ダンパの圧側減衰力及び後輪ダンパの伸側減衰力の少なくとも一方の制御により、特定減速度領域において過渡的な車両姿勢の変化を制御し、車体が沈み込む感覚(すなわち、制動に対する安心感)を搭乗者に対して与え易くすることができる。
【0010】
以上のように、本開示によれば、過渡的な車両姿勢を含めて車両制動姿勢を良好に制御することによって複数の減速度領域における制動感を効果的に向上できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施の形態に係る車両の構成の一例を概略的に示す図である。
【
図2】実施の形態に係るサスペンションの構成例を示す概念図である。
【
図3】制動力に対する前後のサスペンションの変位量ΔX
f及びΔX
rを説明するための図である。
【
図5】制動力配分特性の比較のために用いられる固定配分特性と理想配分特性とを示す図である。
【
図6】減速度Gxに対するピッチ角θ
pの特性を、固定配分特性と理想配分特性とで比較して表した図である。
【
図7】減速度Gxに対する重心位置でのヒーブ量Hの特性を、固定配分特性と理想配分特性とで比較して表した図である。
【
図8】実施の形態において用いられる制動力配分特性Aを説明するための図である。
【
図9】実施の形態に係る制動力配分特性Aの効果を説明するための図である。
【
図10】ブレーキ諸元に起因する課題について説明するための図である。
【
図11】制動時のサスペンション反力に起因する課題を説明するための図である。
【
図12】実施の形態に係る車両制御に関する処理を示すフローチャートである。
【
図13】前後輪ダンパの目標減衰力Fdft及びFdrtの算出方法の一例を示す図である。
【
図14】実施の形態に係る前後減衰力制御の効果を説明するためのタイムチャートである。
【
図15】実施の形態の変形例に係る減衰係数Cdf及びCdrの設定の一例を示す図である。
【
図16】回生電力量の確保に関する制動力配分特性Aの課題を説明するための図である。
【
図17】実施の形態の変形例に係る車両制御に関する処理を示すフローチャートである。
【
図18】ステップS202及びS204の処理の効果を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面を参照して、本開示の実施の形態について説明する。ただし、以下に示す実施の形態において各要素の個数、数量、量、範囲等の数に言及した場合、特に明示した場合や原理的に明らかにその数に特定される場合を除いて、その言及した数に、本開示に係る技術思想が限定されるものではない。
【0013】
1.車両の構成例
図1は、実施の形態に係る車両1の構成の一例を概略的に示す図である。車両1は、4つの車輪2を備える。以下の説明では、前輪をまとめて2Fと称し、後輪をまとめて2Rと称する場合もある。
【0014】
車両1は、前輪駆動軸3Fを介して前輪2Fを駆動する前輪電動機10Fと、後輪駆動軸3Rを介して後輪2Rを駆動する後輪電動機10Rとを備える。より詳細には、車両1は、一例として、動力源として電動機10F及び10Rとともに内燃機関を備えるハイブリッド電気車両(HEV)である。ただし、本開示に係る「車両」は、例えば、バッテリ12から供給される電力によって作動する電動機10F及び10Rによって駆動されるバッテリ電気車両(BEV)であってもよい。
【0015】
車両1は、制動装置20を備えている。制動装置20は、ブレーキペダル22、マスタシリンダ24、ブレーキアクチュエータ26、ブレーキ機構28、及び油圧配管30を含んでいる。マスタシリンダ24は、ブレーキペダル22の踏力に応じた油圧を発生し、発生した油圧(ブレーキ油圧)をブレーキアクチュエータ26に供給する。
【0016】
ブレーキアクチュエータ26は、マスタシリンダ24とブレーキ機構28との間に介在する油圧回路(図示省略)を含む。油圧回路には、マスタシリンダ圧に頼らずにブレーキ油圧を昇圧するためのポンプ、ブレーキフルードを貯留するためのリザーバー、及び複数の電磁バルブが備えられている。
【0017】
ブレーキアクチュエータ26には、油圧配管30を介してブレーキ機構28が接続されている。ブレーキ機構28は、各車輪2に配置されている。ブレーキアクチュエータ26は、ブレーキ油圧を各車輪2のブレーキ機構28に分配する。より具体的には、ブレーキアクチュエータ26は、マスタシリンダ24又は上記ポンプを圧力源として各車輪2のブレーキ機構28にブレーキ油圧を供給することができる。ブレーキ機構28は、供給されるブレーキ油圧に応じて作動するホイールシリンダ28aを有している。ブレーキ油圧によってホイールシリンダ28aを作動させることにより、ブレーキパッドがブレーキディスクに押し付けられる。その結果、車輪2に摩擦制動力が付与される。
【0018】
さらに、ブレーキアクチュエータ26は、上記油圧回路に備えられた各種電磁バルブを制御することで、各車輪2に付与されるブレーキ油圧を独立して調整することができる。より具体的には、ブレーキアクチュエータ26は、ブレーキ油圧の制御モードとして、圧力を高める増圧モードと、圧力を保持する保持モードと、圧力を下げる減圧モードとを有している。ブレーキアクチュエータ26は、各種電磁バルブのON/OFFを制御することで、車輪2毎にブレーキ油圧の制御モードを異ならせることができる。各車輪2に付与される摩擦制動力は、それぞれのホイールシリンダ28aに供給されるブレーキ油圧に応じて定まる。このような制御モードの変更により、ブレーキアクチュエータ26は、各車輪2の制動力(摩擦制動力)を独立して制御することができる。
【0019】
制動装置20は、上述のマスタシリンダ24、ブレーキアクチュエータ26、ブレーキ機構28、及び油圧配管30を含んで構成される摩擦制動装置33とともに、回生制動装置34を備えている。具体的には、車両1は、電動機10F及び10Rを駆動するためのインバータ32を備える。インバータ32は、後述のECU50からの指令に基づいて制御される。インバータ32の制御により、電動機10F及び10Rは、車両駆動トルクを発生させる電動機として機能する。また、電動機10F及び10Rは、車両減速時に車輪2F及び2Rの回転によって駆動されることによって回生トルク(負トルク)を発生させる発電機としても機能する。回生トルクの大きさは、インバータ32によって制御される。
【0020】
電動機10F及び10Rによって生成された回生電力は、バッテリ12に充電される。前輪2Fには、前輪電動機10Fの回生トルクに応じた前輪回生制動力が付与され、後輪2Rには、後輪電動機10Rの回生トルクに応じた後輪回生制動力が付与される。回生制動装置34は、上述の電動機10F及び10Rと、インバータ32と、バッテリ12とを含んで構成されており、前輪回生制動力と、後輪回生制動力とを制御可能である。
【0021】
また、車両1は、車輪2を車体4から懸架するサスペンション40を車輪2毎に備えている。
図2は、実施の形態に係るサスペンション40の構成例を示す概念図である。サスペンション40は、スプリング42とダンパ(ショックアブソーバ)44とを含む。ダンパ44は、発生する減衰力を可変とするためのアクチュエータ46を備える減衰力可変式のダンパである。
【0022】
さらに、
図1に示すように、車両1は、電子制御ユニット(ECU)50を備えている。ECU50は、プロセッサ52、記憶装置54、及び入出力インターフェースを備えている。入出力インターフェースは、車両1に取り付けられたセンサ類56からセンサ信号を取り込むとともに、電動機10F及び10R、ブレーキアクチュエータ26、及び減衰力可変のためのアクチュエータ46等の各種アクチュエータ、並びにインバータ32に対して操作信号を出力する。記憶装置54には、上記の各種アクチュエータ及びインバータ32を制御するための各種の制御プログラムが記憶されている。プロセッサ52は、制御プログラムを記憶装置54から読み出して実行し、これにより、上記の各種アクチュエータ及びインバータ32を利用した各種制御が実現される。なお、ECU50は、複数であってもよい。
【0023】
センサ類56は、例えば、車輪速センサ、前後加速度センサ、ブレーキポジションセンサ、及びサスペンションストロークセンサを含む。車輪速センサは、各車輪2に対応して配置されており、車輪2の回転速度に応じた車輪速信号を出力する。前後加速度センサは、車両1の前後方向の加速度に応じた加速度信号を出力する。ブレーキポジションセンサは、ブレーキペダルの踏み込み量に応じた信号を出力する。サスペンションストロークセンサは、サスペンション40のストロークに応じた信号を出力する。
【0024】
また、車両1の室内には、モード切替スイッチ58が配置されている。モード切替スイッチ58は、運転者の操作によって車両1の走行モードを切り替えるための操作器の一例である。
【0025】
2.車両制御
ECU50によって実行される車両1の制御は、制動装置20を利用した制動制御と、サスペンション制御とを含む。具体的には、制動制御は、次に説明される「前後制動力配分制御」を含む。サスペンション制御は、
図12~14を参照して後述される「前後減衰力制御」を含む。
【0026】
2-1.前後制動力配分制御
上述した構成を有する制動装置20は、車輪制動力(前輪2F及び後輪2Rの制動力)の前後配分比αを変更可能である。本実施形態では、制動装置20によって前輪2F及び後輪2Rに付与される制動力の制動力配分特性として、制動時に生じる車両1の荷重移動及びサスペンション反力を考慮した制動力配分特性A(
図8参照)が用いられる。
【0027】
前輪2F及び後輪2Rに制動力が発生すると、車両前後方向の荷重移動が発生するとともに、発生した制動力に応じたサスペンション40の反力が発生する。発生するサスペンション反力が変化すると、制動時の車両姿勢(以下、「車両制動姿勢」とも称する)が変化する。そして、サスペンション反力は、制動力の前後配分比αを調整することで制御できる。
【0028】
そこで、本実施形態では、サスペンション反力を利用して搭乗者の制動感(より詳細には、例えば、減速感及び制動に対する安心感)の高い車両制動姿勢を実現するために、車両姿勢を考慮した前後制動力配分制御が実行される。この前後制動力配分制御では、制動力の前後配分比αが要求減速度Gxrの領域に応じて変更される。
【0029】
2-1-1.前後配分比の変更による車体制動姿勢の変化
図3は、制動力に対する前後のサスペンション40F及び40Rの変位量ΔX
f及びΔX
rを説明するための図である。制動力の前後配分比αは、前輪2Fに付与される制動力(前輪制動力)と後輪2Rに付与される制動力(後輪制動力)との和(すなわち、総制動力Fb)に対する前輪制動力の比である。したがって、前輪制動力はαFbであり、後輪制動力は(1-α)Fbである。
【0030】
より詳細には、摩擦制動装置33とともに回生制動装置34を含む制動装置20を備える車両1の例では、前輪制動力及び後輪制動力のそれぞれは、摩擦制動力と回生制動力の和である。ここでは、前輪制動力に占める前輪回生制動力の割合(前輪回生配分比)をβと称し、後輪制動力に占める後輪回生制動力の割合(後輪回生配分比)をγと称する。この場合、各制動力は次のように表される。
前輪回生制動力:αβFb
前輪摩擦制動力:α(1-β)Fb
後輪回生制動力:(1-α)γFb
後輪摩擦制動力:(1-α)(1-γ)Fb
【0031】
図3は、車両1に総制動力Fbが作用した際のサスペンション変位量ΔX
f及びΔX
rを模式的に表している。すなわち、
図3に概念的に表されるように、制動時には、荷重移動が発生し、車体(ばね上構造体)4の姿勢は、前輪側が沈み込み、後輪側が持ち上がるように変化する。このため、前輪2Fのサスペンション40Fは圧(compress)側にストロークし、後輪2Rのサスペンション40Rは伸(rebound)側にストロークする。このような制動時のサスペンション変位量ΔX
f及びΔX
rは、次の式(1)及び(2)により表される。
【数1】
【0032】
上記式(1)及び(2)において、WBはホイールベースであり、既知である。hは車両静止状態における重心高さであり、既知である。kf及びkrは、それぞれ、サスペンション40F及び40Rのスプリング42のバネ定数であり、既知である。
【0033】
また、AntiDiveはアンチダイブ率である。AntiLift_f及びAntiLift_rは、それぞれ、前輪側及び後輪側のアンチリフト率である。AntiSquatはアンチスクォート率である。より詳細には、サスペンション40Fは、制動力の発生に伴ってサスペンション反力であるアンチダイブ力とアンチリフト力とを生じさせるサスペンションジオメトリを有している。また、サスペンション40Rは、制動力の発生に伴ってサスペンション反力であるアンチリフト力とアンチスクォート力とを生じさせるサスペンションジオメトリを有している。式(1)及び(2)中のアンチダイブ率、アンチリフト率、及びアンチスクォート率のそれぞれは、上下反力割合を示す値であり、サスペンション40F及び40Rの諸元によって定まる既知の値である。
【0034】
式(1)において、h/WBと総制動力Fbとの積は、車体4の荷重移動量に関係しており、荷重移動によって車体4の前輪側を下方向に沈ませる力に相当する。前輪摩擦制動力α(1-β)FbとAntiDiveとの積は、前輪摩擦制動力α(1-β)Fbの発生に伴って作用するアンチダイブ力によって車体4の前輪側を上方向に持ち上げる力に相当する。前輪回生制動力αβFbとAntiLift_fとの積は、前輪回生制動力αβFbの発生に伴って作用するアンチリフト力によって車体4の前輪側を上方向に持ち上げる力に相当する。
【0035】
式(2)において、h/WBと総制動力Fbとの積は、荷重移動によって車体4の後輪側を上方向に持ち上げる力に相当する。後輪摩擦制動力(1-α)(1-γ)FbとAntiLift_rとの積は、後輪摩擦制動力(1-α)(1-γ)Fbの発生に伴って作用するアンチリフト力によって車体4の後輪側を下方向に沈ませる力に相当する。後輪回生制動力(1-α)γFbとAntiSquatとの積は、後輪回生制動力(1-α)γFbの発生に伴って作用するアンチスクォート力によって車体4の後輪側を下方向に沈ませる力に相当する。
【0036】
付け加えると、
図3に示すように、前輪2F及び後輪2Rのそれぞれに関し、摩擦制動力と回生制動力の作用点は互いに異なるものとなる。すなわち、摩擦制動力は、車輪2の接地面に作用する。一方、電動機10Fが生じさせる回生トルクは前輪駆動軸3Fを介して前輪2Fに入力されるため、回生制動力は前輪2Fの中心位置に作用する。同様に、電動機10Rが生じさせる回生トルクは後輪駆動軸3Rを介して後輪2Rに入力されるため、回生制動力は後輪2Rの中心位置に作用する。
【0037】
上記式(1)及び(2)によって求められるサスペンション変位量ΔX
f及びΔX
rを利用することで、制動によって変化する車両1のピッチ角θ
p、車両1の重心位置でのヒーブ量H、及びピッチ中心位置Pは、次の式(3)~(5)によりそれぞれ表される。式(4)において、l
fは、前輪駆動軸3Fと重心位置との距離であり、既知である。
【数2】
【0038】
図4は、制動時の車両姿勢(車両制動姿勢)を表した図である。制動時には、総制動力Fbと等しい慣性力が車両前方に向けて作用する。その結果、
図4に示すように、車両1には、前輪側が沈み込むようにピッチ変化が生じるとともに、ヒーブ変化(車体4の上下変位)が生じる。そして、制動に伴うピッチ角θ
p及びヒーブ量Hの変化の仕方は、前後配分比αを変更することによって変化する。これは、前後配分比αが変わると、上記式(1)及び(2)により表されるサスペンション変位量ΔX
f及びΔX
rが変化するためである。
【0039】
なお、制動に伴うピッチ角θp及びヒーブ量Hの変化の仕方は、割合(回生配分比)β及びγを変更することによっても変化する。本実施形態では、一例として、割合β及びγは、減速度Gxによらずに一定であるものとするが、ピッチ角θp及びヒーブ量Hの変化の仕方を変更するために、減速度Gxに応じて割合β及びγの双方又は一方が変更されてもよい。
【0040】
次に、
図5~
図7を参照して、前後配分比αの変更に伴うピッチ角θ
p及びヒーブ量Hの変化について具体的に説明する。
図5は、制動力配分特性の比較のために用いられる固定配分特性と理想配分特性とを示す図である。
【0041】
ここでいう「固定配分特性」とは、車両1の減速度Gxによらずに前後配分比αが一定となる前後配分比αを実現する制動力配分特性である。この固定配分特性は、例えば、前輪2F及び後輪2Rのホイールシリンダ28aに対して等油圧を付与することによって実現される。一般的には、前後輪間でのブレーキ諸元の違いにより、固定配分特性によれば、前後配分比αが0.7等の前輪寄りの制動力配分特性が得られる。
【0042】
また、ここでいう「理想配分特性」とは、制動時に前輪2Fと後輪2Rとが同時にロックするような前後配分比αを実現する制動力配分特性であり、車両1の諸元から求めることができる。図5に示すように、同じ減速度Gxで比較した時、理想配分特性は、全体的に固定配分特性と比べて後輪寄りの制動力配分特性となる。
【0043】
図6は、減速度Gxに対するピッチ角θ
pの特性を、固定配分特性と理想配分特性とで比較して表した図である。式(3)によれば、ピッチ角θ
pは、式(1)及び(2)によるサスペンション変位量ΔX
f及びΔX
rの演算結果を利用して算出される。その結果、固定配分特性におけるピッチ角θ
pは、減速度Gxの増加に伴って単調に増加する。これに対し、
図6に示すように、理想配分特性では、ピッチ角θ
pは、全体的に固定配分特性と比べて小さくなる。より詳細には、同じ減速度Gxでの比較において、ピッチ角θ
pの差は、基本的には、前後配分比αの差が大きいほど大きくなる。このように、理想配分特性では、固定配分特性と比べて後輪寄りの制動力配分であることに起因して、ピッチ角θ
pの増加が抑制されている。
【0044】
図7は、減速度Gxに対する重心位置でのヒーブ量Hの特性を、固定配分特性と理想配分特性とで比較して表した図である。式(4)によれば、ヒーブ量Hは、式(1)及び(2)によるサスペンション変位量ΔX
f及びΔX
rの演算結果と式(3)によるピッチ角の演算結果とを利用して算出される。その結果、固定配分特性におけるヒーブ量Hは、減速度Gxの増加に伴って単調に増加する。なお、
図7に示す例では、制動に伴い、ヒーブ量Hはマイナスの値をとっている、すなわち、車体4は下方向に変位している。
【0045】
一方、
図7に示すように、理想配分特性では、ヒーブ量Hは、全体的に固定配分特性と比べて大きくなる。より詳細には、同じ減速度Gxでの比較において、ヒーブ量Hの差は、基本的には、前後配分比αの差が大きいほど大きくなる。このように、理想配分特性では、固定配分特性と比べて後輪寄りの制動力配分であることに起因して、ヒーブ量H(車体4の沈み込み)の増加が促進されている。
【0046】
図5~
図7を参照した説明から分かるように、前後配分比αを変更することにより、制動時のピッチ角θ
p及びヒーブ量Hを制御することが可能となる。
【0047】
2-1-2.車両姿勢を考慮した制動力配分特性
減速度Gxが発生すると、車体(ばね上構造体)4に荷重移動が発生する。そして、荷重移動の発生に伴って、ばね上姿勢(車両姿勢)が変化する。この際のばね上姿勢の変化は、荷重移動だけでなく上述のサスペンション反力の影響を受けて発生する。運転者等の搭乗者が実際に減速度Gxを制動感(減速感)として受け取るタイミングは、車体4に減速度Gxが発生するタイミングから遅れたタイミングになる。すなわち、搭乗者は、車体4の減速度Gxの発生とばね上姿勢の変化との組み合わせによって制動感を得ると考えられる。より詳細には、運転者等の搭乗者は、ばね上姿勢の変化の仕方によっては、制動に対する安心感を得たり、あるいは逆に減速感を得にくくなったりすると考えられる。換言すると、前後配分比αの変更によって車両制動姿勢を制御するということは、搭乗者が制動から受ける感覚を変化させられることを意味する。
【0048】
また、人によるピッチ変化及びヒーブ変化の知覚に関し、事前の試験等による評価により、次のような知見が得られた。すなわち、ピッチ変化は、体感よりも視覚によって知覚し易い。つまり、運転者等の搭乗者は、視覚の変化によってピッチ変化を感じ取り易い。一方、ヒーブ変化は、視覚よりも体感によって知覚し易い。つまり、運転者等の搭乗者は、車両1の上下加速度Gzの変化等の体感によってヒーブ変化を感じ取り易い。
【0049】
図8は、実施の形態において用いられる制動力配分特性Aを説明するための図である。
図8には、制動力配分特性Aとの比較のために、
図5に示すものと同じ固定配分特性及び理想配分特性も表されている。
【0050】
上述のように、車両1の搭乗者は、減速度Gxの発生だけでなく減速度Gxの発生と車両姿勢の変化との組み合わせによって制動感を得る。このため、制動感(より詳細には、例えば減速感及び制動に対する安心感)の向上のためには、制動感向上につながる搭乗者の視覚変化又は体感変化をもたらす車両制動姿勢の変化を搭乗者に知覚させることが効果的である。
【0051】
さらに、制動感向上につながる車両制動姿勢の変化は、制動時に要求される減速度Gxrの領域に応じて異なる。具体的には、ここでは、運転者からの要求減速度Gxrに関する低減速度領域R1と中減速度領域R2とが着目される。なお、低減速度領域R1及び中減速度領域R2は、それぞれ、本開示に係る「第1領域」及び「第2領域」の一例に相当する。
【0052】
低減速度領域R1は、運転者等の搭乗者が知覚可能な減速度Gxの下限値GxLMT未満の要求減速度領域である。下限値GxLMTは、事前に試験等により把握できる値であり、例えば0.1Gである。或いは、下限値GxLMTは、例えば0.15Gであってもよい。このような低減速度領域R1では、運転者は減速度Gxを感じない若しくは少なくとも感じにくい。しかしながら、低減速度領域R1を使用する制動中にピッチ変化が生じていることを運転者に知覚させることができれば、次のような効果が得られる。
【0053】
すなわち、運転者は、ブレーキペダル22を踏み込むと頭部を含む体が前に移動しようとすることを経験的に分かっている。そして、上述のように、ピッチ変化は視覚の変化を利用して知覚し易い。したがって、運転者が減速度Gxを感じていなくてもピッチ変化が生じたことを早く知覚できるような車両制動姿勢の変化としてのピッチ変化を積極的に生じさせれば、ピッチ変化に伴う視覚変化を利用して運転者に対して減速度の知覚よりも先に減速感を与えることができる。
【0054】
そこで、制動力配分特性Aによれば、低減速度領域R1では、
図8に示すように、固定配分
特性に沿った前後配分比αとなるように制動装置20が制御される。換言すると、低減速度領域R1では、理想配分特性と比べると前輪寄りの前後配分比αとなるように制動装置20が制御される。
【0055】
次に、中減速度領域R2は、例えば、0.3G~0.5Gの要求減速度領域である。或いは、中減速度領域R2は、例えば0.3G~0.6Gの要求減速度領域とされてもよい。制動力配分特性Aによれば、中減速度領域R2では、
図8に示すように、固定配分特性より後輪寄りの前後配分比αとなるように制動装置20が制御される。
【0056】
具体的には、制動力配分特性Aによれば、中減速度領域R2では、
図8に示すように、理想配分特性と固定配分特性との間に位置する値で前後配分比αが制御される。また、制動力配分特性Aによれば、低減速度領域R1と中減速度領域R2との間に位置する要求減速度領域では、領域R1内の前後配分比αの値から領域R2内の前後配分比αの値に向けて、要求減速度Gxrの増加に伴って前後配分比αが徐々に後輪寄りの値に変更される。
【0057】
なお、本開示に係る「第2領域」の他の一例として、中減速度領域R2’(
図8参照)が用いられてもよい。この中減速度領域R2’は、中減速度領域R2だけでなく、中減速度領域R2と低減速度領域R1との間に位置する要求減速度領域と、中減速度領域R2と高減速度領域R3との間に位置する要求減速度領域と、を含んでいる。このように、「第2領域」は、例えば0.3G~0.5G又は0.3G~0.6Gの要求減速度領域として特定される中減速度領域R2を含んでいればよい。このため、第2領域は、中減速度領域R2’のように低減速度領域R1及び高減速度領域R3の双方と連続する領域としてみなされてもよいし、或いは当該領域R1及びR3の一方のみと連続する領域としてみなされてもよい。
【0058】
さらに、中減速度領域R2よりも高減速度側には、高減速度領域R3が存在する。高減速度領域R3は、制動力配分特性Aの配分線と固定配分特性の配分線とが高減速度側において交わる際の減速度Gx以上の要求減速度領域である。
図8に示す例では、高減速度領域R3は、0.8G以上の要求減速度領域である。或いは、高減速度領域R3は、例えば、0.7G以上の要求減速度領域とされてもよい。高減速度領域R3の上限は、例えば1.0Gである。制動力配分特性Aによれば、高減速度領域R3では、
図8に示すように、固定配分特性に沿った前後配分比αとなるように制動装置20が制御される。
【0059】
制動力配分特性Aによれば、中減速度領域R2と高減速度領域R3との間に位置する要求減速度領域では、領域R2内の前後配分比αの値から領域R3内の前後配分比αの値に向けて、要求減速度Gxrの増加に伴って前後配分比αが徐々に前輪寄りの値に変更される。
【0060】
付け加えると、低減速度領域R1及び高減速度領域R3のそれぞれにおいて「固定配分特性に沿った前後配分比αとなるように制動装置20を制御する」ことについては、必ずしも完全に固定配分特性と一致するように前後配分比αが制御されることまでは要求されず、固定配分特性に実質的に沿った前後配分比αとなるように制動装置20を制御することも含まれる。
【0061】
図9は、実施の形態に係る制動力配分特性Aの効果を説明するための図である。
図9(A)はピッチ角θ
pと減速度Gxとの関係を示し、
図9(B)はヒーブ量Hと減速度Gxとの関係を示している。
【0062】
本実施形態に係る制動力配分特性A(
図8参照)によれば、低減速度領域R1では、固定配分特性に沿った前後配分比αとなるように制動装置20が制御される。このため、
図9(A)に示すように、低減速度領域R1におけるピッチ角θ
pは固定配分特性によって得られる値と同等となる。つまり、理想配分特性によって得られる値と比べてピッチ角θ
pを大きくすることができる。このように理想配分特性と比較してピッチ変化を積極的に発生させることにより、運転者等の搭乗者に対して視覚を通じてピッチ変化を速やかに伝えることができる。このため、制動中の減速度Gxが低い低減速度領域R1において、運転者等の搭乗者に対して早期に減速感を与えることが可能となる。より詳細には、ピッチ変化に起因する運転者の頭部の移動に伴う視覚変化による知覚を利用して減速度Gxの知覚よりも先に、ブレーキペダル22の操作に対する車両1の応答性が良いという良好な減速感を運転者に対して与えることが可能となる。このことは、制動性能に対する運転者の安心感の向上につながる。
【0063】
また、制動力配分特性Aによれば、中減速度領域R2では、固定配分特性より後輪寄りの前後配分比αとなるように制動装置20が制御される。このため、
図9(B)に示すように、中減速度領域R2におけるヒーブ量Hを、固定配分特性によって得られる値と比べて大きくすることができる。ヒーブ変化は、上下加速度Gzの変化として運転者等の搭乗者に伝えられる。そして、上述のように、ヒーブ変化は搭乗者の体感によって知覚され易い。したがって、中減速度領域R2において、固定配分特性と比べてヒーブ量H(車体4の沈み込み)の増加を積極的に生じさせることにより、搭乗者に対して車両1の各車輪2が路面に張り付くような安心感(すなわち、制動に対する安心感)を提供することができる。
【0064】
付け加えると、
図9(B)から分かるように、理想配分特性によっても、中減速度領域R2におけるヒーブ変化を大きくすることができる。しかしながら、理想配分特性によれば、低減速度領域R1においても、前後配分比αは固定配分特性と比べて後輪寄りとなってしまう。このため、理想配分特性では、低減速度領域R1においてピッチ変化を積極的に発生させることによって運転者に減速感を早期に与えるという効果が得られなくなる(
図9(A)参照)。そこで、制動力配分特性Aでは、低減速度領域R1と中減速度領域R2との間で前後配分比αが変更される。これにより、低減速度領域R1では減速感を向上でき、且つ、中減速度領域R2では制動に対する安心感を向上できるという良好な制動力配分特性が実現される。このように、制動力配分特性Aによれば、複数の減速度領域(R1とR2)において制動感を良好に向上できるようになる。
【0065】
付け加えると、制動力配分特性Aによれば、低減速度領域R1と比べて高減速度側であるために運転者が減速度Gxを感じ易い中減速度領域R2においては、固定配分特性の選択時と比べてピッチ角θ
pが小さく抑制される(
図9(A)参照)。
【0066】
さらに、制動力配分特性Aによれば、高減速度領域R3では、固定配分特性に沿った前後配分比αとなるように制動装置20が制御される。ここで、仮に制動力配分特性Aが
図8中の破線L0のような特性を有していると、高減速度領域R3において、前後配分比αが固定配分特性と比べて前輪寄りになってしまう。その結果、前輪2Fの制動負荷が高くなる。これに対し、制動力配分特性Aによれば、このような高減速度領域R3において、破線L0の特性と比べて前輪制動力の負担を減らすことができるので、前輪側のブレーキフェードの抑制と制動時のアンダーステア特性の確保とを良好に実現できる。
【0067】
なお、
図8に示す制動力配分特性Aの例では、低減速度領域R1(第1領域)の全体において、固定配分特性に沿った前後配分比αとなるように制動装置20が制御される。このような例に代え、低減速度領域R1(第1領域)の一部のみを対象として、ピッチ変化を積極的に発生させて搭乗者に早期に減速感を与えるために、固定配分特性に沿った前後配分比αとなるように制動装置20が制御されてもよい。
【0068】
また、制動力配分特性A(
図8参照)を用いて前後配分比αを変更するために回生制動力を利用する場合、前輪駆動軸3F及び後輪駆動軸3Rを介して前輪2F及び後輪2Rをそれぞれ駆動する前輪電動機10F及び後輪電動機10Rに代え、インホイールモータが用いられてもよい。ただし、インホイールモータが用いられる場合の回生制動力の作用点は、電動機10F及び10Rが用いられる場合の作用点である車輪2の中心位置と異なり、摩擦制動力の場合の作用点と同じ車輪2の接地面となる。したがって、インホイールモータが用いられる例におけるサスペンション変位量ΔX
f及びΔX
rは、次の式(6)及び(7)により表される。
【数3】
【0069】
また、回生制動力を利用して前後配分比αを変更する場合、電動機(インホイールモータを含む)は、前輪及び後輪の何れか一方のみを駆動するように備えられていてもよい。さらに、制動力配分特性Aに従う前後配分比αの変更は、回生制動力を有しない車両(すなわち、摩擦制動力のみを利用する車両)を対象として実行されてもよい。この場合、サスペンション変位量ΔXf及びΔXrの式は、式(6)及び(7)となる。
【0070】
2-2.前後制動力配分制御に関する課題
ここでは、制動力配分特性A(
図8参照)を利用した前後制動力配分制御に関する課題として、中減速度領域R2におけるヒーブ変化(車体4の上下変化)を利用した制動感(制動に対する安心感)の向上に関する課題について説明する。
【0071】
図10は、ブレーキ諸元に起因する課題について説明するための図である。固定配分特性は、ブレーキ容量(例えば、ブレーキキャリパ及びブレーキロータのサイズ)等のブレーキ諸元によって定まる。
図10中に実線と破線とによって例示されるように、ブレーキ諸元の違いに起因して前後配分比αが後輪寄りになると、固定配分特性を示す制動力配分線(等油圧配分線)の傾きが大きくなる。その結果、理想配分特性に対する固定配分特性の余裕が少なくなる。理想配分特性よりも前後配分比αを後輪寄りとすることは、後輪の早期ロック等の車両安定性の低下を招き得るため適切ではない。したがって、
図10に示す実線の固定配分特性の例のように理想配分特性に対する余裕が少ないブレーキ諸元を有する車両では、制動力配分特性A(
図8参照)を利用して中減速度領域R2の前後配分比αを十分に後輪寄りとすることが難しくなる。このことは、ヒーブ変化を利用した制動感の向上効果を得にくくなることにつながる。
【0072】
次に、
図11(A)及び11(B)は、制動時のサスペンション反力に起因する課題を説明するための図である。
【0073】
図9(B)を参照して説明したように、制動力配分特性Aに従って前後配分比αを後輪寄りとすることで、後輪2Rのサスペンション40Rのアンチリフトジオメトリの効果によって制動感が向上するようにヒーブ量Hの増加を促進できる。
【0074】
しかしながら、
図11(A)に例示されるように、発生するアンチリフト力が小さくなるように後輪のサスペンションのアンチリフトジオメトリが設計されていると、車両下向きのヒーブ量Hの増加を利用した制動感を得にくくなる。具体的には、
図11(A)に示すように、アンチリフト力ΔFzALは、後輪2Rの接地点から瞬間回転中心pまでの角度θと後輪摩擦制動力(1-α)(1-γ)Fbとに基づく値(1-α)(1-γ)Fb×tanθとなる。このため、
図11(A)に例示される瞬間回転中心p’のように瞬間回転中心の高さが低いアンチリフトジオメトリを有する車両では、角度θ’のように角度θが小さくなり、その結果、アンチリフト力ΔFzALが小さくなる。
【0075】
また、本実施形態の車両1のように、後輪2Rの制動のために回生制動力を利用する車両において電動機10Rの回生トルクが後輪駆動軸3Rを介して後輪2Rに伝達される場合、後輪2Rの回生制動力(1-α)γFbの作用点は、後輪摩擦制動力(1-α)(1-γ)Fbの作用点と異なるものとなる。このように作用する後輪回生制動力(1-α)γFbを利用したアンチスクォートジオメトリの効果によっても、車両下向きのヒーブ量Hの増加を促進できる。
【0076】
しかしながら、後輪回生制動力(1-α)γFbに基づくサスペンション反力であるアンチスクォート力ΔFzAS(=(1-α)γFb×tanδ)に影響する角度δの基準面は、
図11(B)に示すように後輪2Rの中心となる。
図11(B)中の瞬間回転中心pに対応する角度θと角度δ(δ<θ)とを比較すると分かるように、後輪回生制動力(1-α)γFbに基づくアンチスクォート力ΔFzASは、この後輪回生制動力(1-α)γFbと同じ大きさの後輪摩擦制動力に基づくアンチリフト力に対して小さくなる。このため、
図11(B)に示すように作用する後輪回生制動力を利用する車両では、後輪2Rの制動のために摩擦制動力のみを利用する車両と比べて、ヒーブ量Hの増加を利用した制動感の向上効果を得にくくなる。また、後輪2Rの制動のために摩擦制動力と回生制動力とが併用される場合、回生制動力の割合が増えるにつれ、当該向上効果を得にくくなる。
【0077】
2-3.前後減衰力制御を伴う前後制動力配分制御
本実施形態では、上述の前後制動力配分制御による制動感の向上効果をより高める或いは補うために、当該前後制動力配分制御は、次のような前後減衰力制御を伴って実行される。
【0078】
具体的には、前後減衰力制御によれば、特定減速度領域Rsにおいて、低減速度領域R1と比べて、前輪ダンパ44F(
図3参照)の圧側減衰力Fdfが小さくされるとともに、後輪ダンパ44Rの伸側減衰力Fdrが大きくされる。ここでいう特定減速度領域Rsは、中減速度領域R2を含み、低減速度領域R1より高減速度側に位置する要求減速度領域である。一例として、特定減速度領域Rsは、後述の
図13に示されるように、
図8に示す領域R2’及び領域R3である。しかしながら、特定減速度領域Rsは、中減速度領域R2を含む限り任意に設定されてよく、例えば、中減速度領域R2以上の領域、若しくは中減速度領域R2のみであってもよい。
【0079】
図12は、実施の形態に係る車両制御に関する処理を示すフローチャートである。なお、このフローチャートの処理は、車両1の走行中に繰り返し実行される。
【0080】
図12では、ステップS100において、ECU50は、車両1が制動中であるか否かを判定する。この判定は、例えば、ブレーキポジションセンサにより検出されるブレーキペダル22の踏み込み量が所定の閾値以上であるか否かに基づいて行うことができる。
【0081】
その結果、ステップS100において車両1が制動中でない場合には、処理はリターンに進む。一方、車両1が制動中である場合には、処理はステップS102に進む。
【0082】
ステップS102では、ECU50は、要求減速度Gxrを算出する。要求減速度Gxrは、例えば、ブレーキペダル22の踏み込み量に基づいて算出される。或いは、要求減速度Gxrは、例えば、マスタシリンダ圧に基づいて算出されてもよい。
【0083】
次に、ステップS104において、ECU50は、車両姿勢を考慮した前後制動力配分制御を実行する。ECU50の記憶装置54は、前輪制動力、後輪制動力、及び要求減速度Gxrの間の関係に基づいて特定される制動力配分特性A(
図8参照)をマップとして記憶している。ECU50は、このようなマップから現在の要求減速度Gxrに応じた目標前輪制動力Fbft及び目標後輪制動力Fbrtを算出する。
【0084】
そして、ECU50は、算出された目標前輪制動力Fbft及び目標後輪制動力Fbrtを発生させるように制動装置20を制御する。より詳細には、既述したように、本実施形態では、割合(回生配分比)β及びγは一例として一定である。目標前輪制動力Fbftは、割合βに従って目標前輪摩擦制動力と目標前輪回生制動力に配分される。目標後輪制動力Fbrtは、割合γに従って目標後輪摩擦制動力と目標後輪回生制動力に配分される。ECU50は、これらの目標摩擦制動力及び目標回生制動力をそれぞれ発生させるように制動装置20(摩擦制動装置33及び回生制動装置34)を制御する。
【0085】
制動力配分特性Aは、換言すると、要求減速度Gxrに応じた前後配分比αを定めているといえる。したがって、上記マップを用いて前輪制動力αFb及び後輪制動力(1-α)Fbを制御することは、要求減速度Gxrに応じて前後配分比αを制御することを意味する。
【0086】
付け加えると、ステップS104では、上記マップに代え、例えば、制動力配分特性A(
図8参照)によって特定される要求減速度Gxrと前後配分比αとの関係を直接的に定めたマップが用いられてもよい。そして、ECU50は、例えば、ブレーキペダル22の踏み込み量又はマスタシリンダ圧に基づいて総制動力Fbの目標値である目標制動力Fbtを算出してもよい。そのうえで、ECU50は、算出された目標制動力Fbtと、要求減速度Gxrに応じてマップから算出される前後配分比αとから、目標前輪制動力Fbftと目標後輪制動力Fbrtとを算出してもよい。
【0087】
次に、ステップS106において、ECU50は、前後減衰力制御を実行する。具体的には、ECU50は、制動時の前輪ダンパ44Fの圧側の目標減衰力Fdftと、後輪ダンパ44Rの伸側の目標減衰力Fdrtとを算出する。
【0088】
図13は、前後輪ダンパ44F及び44Rの目標減衰力Fdft及びFdrtの算出方法の一例を示す図である。
図13には、前輪ダンパ44Fの圧側に関する基本減衰力Fdf0とピストン速度Vp(サスペンション40Fのストローク速度)との関係が表されている。また、
図13には、後輪ダンパ44Rの伸側に関する基本減衰力Fdr0とピストン速度Vpとの関係が表されている。なお、
図13では、減衰力Fdの符号は、伸側が正であり、圧側が負であるものとする。
【0089】
基本減衰力Fdf0及びFdr0は、ピストン速度Vpに応じて変化する。より詳細には、
図13に示すように、ピストン速度Vpの絶対値が大きくなるにつれ、各基本減衰力Fdf0及びFdr0の絶対値も大きくなる。
【0090】
また、
図13には、前輪ダンパ44Fの圧側に関する減衰力ゲインgdfと要求減速度Gxrとの関係と、後輪ダンパ44Rの伸側に関する減衰力ゲインgdrと要求減速度Gxrとの関係とが表されている。
【0091】
具体的には、減衰力ゲインgdfは、
図13に示すように、低減速度領域R1では1.0であり、中減速度領域R2では所定値g1である。所定値g1は、0より大きく1.0より小さい値である。
図13に示す一例では、中減速度領域R2より高減速度側の領域においても、減衰力ゲインgdfは所定値g1で一定である。そして、減衰力ゲインgdfは、低減速度領域R1と中減速度領域R2との間に位置する領域において、1.0から所定値g1にまで一例として一定の傾きで減少している。
【0092】
一方、減衰力ゲインgdrは、
図13に示すように、低減速度領域R1では1.0であり、中減速度領域R2では所定値g2である。所定値g2は、1.0より大きい値である。
図13に示す一例では、中減速度領域R2より高減速度側の領域においても、減衰力ゲインgdrは所定値g2で一定である。そして、減衰力ゲインgdrは、低減速度領域R1と中減速度領域R2との間に位置する領域において、1.0から所定値g2にまで一例として一定の傾きで増加している。
【0093】
ECU50の記憶装置54には、
図13に示すような基本減衰力Fdf0とピストン速度Vpとの関係、及び基本減衰力Fdr0とピストン速度Vpとの関係が、それぞれマップとして記憶されている。ECU50は、例えばサスペンションストロークセンサを用いて取得されるピストン速度Vpに応じた基本減衰力Fdf0及びFdr0のそれぞれを上記マップから算出する。
【0094】
また、記憶装置54には、
図13に示すような減衰力ゲインgdfと要求減速度Gxrとの関係、及び減衰力ゲインgdrと要求減速度Gxrとの関係が、それぞれマップとして記憶されている。ECU50は、ステップS102にて算出された要求減速度Gxrに応じた減衰力ゲインgdf及びgdrのそれぞれを上記マップから算出する。
【0095】
ECU50は、算出された基本減衰力Fdf0と減衰力ゲインgdfとの積を、前輪ダンパ44Fの圧側の目標減衰力Fdftとして算出する。また、ECU50は、算出された基本減衰力Fdr0と減衰力ゲインgdrとの積を、後輪ダンパ44Rの伸側の目標減衰力Fdrtとして算出する。
【0096】
そして、ECU50は、算出された目標減衰力Fdftが実現されるように前輪ダンパ44Fのアクチュエータ46を制御し、算出された目標減衰力Fdrtが実現されるように後輪ダンパ44Rのアクチュエータ46を制御する。
【0097】
3.効果
以上説明したように、本実施形態によれば、制動時には、前後制動力配分制御が実行される。前後制動力配分制御による効果は、
図9(A)及び9(B)を参照して説明した通りである。当該効果は、中減速度領域R2において、車両下向きのヒーブ量H(車体4の沈み込み)の変化を積極的に生じさせることにより、搭乗者に対して車両1の各車輪2が路面に張り付くような安心感(すなわち、制動に対する安心感)を提供することを含む。
【0098】
そして、前後減衰力制御(ステップS106参照)によれば、中減速度領域R2を含む特定減速度領域Rsにおいて、低減速度領域R1と比べて、前輪ダンパ44Fの圧側減衰力Fdfが小さくなり且つ後輪ダンパ44Rの伸側減衰力Fdrが大きくなるように前輪ダンパ44F及び後輪ダンパ44Rがそれぞれ制御される。これにより、中減速度領域R2を含む特定減速度領域Rsにおいて、制動力配分特性A(
図8参照)に基づく車両制動姿勢に至るまでの過程における過渡的な車両姿勢の変化を制御して、車体4が沈み込む感覚(すなわち、制動に対する安心感)を搭乗者に対して与え易くすることができる。
【0099】
より詳細には、
図14(A)及び14(B)は、実施の形態に係る前後減衰力制御の効果を説明するためのタイムチャートである。
図14(A)は、本実施形態との対比のために参照されるものであり、要求減速度Gxrによらずに前後減衰力Fdf及びFdrが固定された比較例(前後減衰力制御なし)に対応している。
図14(B)は、本実施形態に係る前後減衰力制御ありの例に対応している。これらの図の上側のグラフは、乗車位置におけるヒーブ量Hを時間で2階微分することにより得られる車両上下方向の上下加速度Gzの波形を示す。また、下側のグラフは総制動力Fbの波形を示す。時点t0は制動開始時点を示す。時点t1は、要求減速度Gxrの一例である0.3Gに応じた値に総制動力Fbが到達した時点を示す。
【0100】
前後減衰力Fdf及びFdrを調整することで、制動力配分特性Aに基づく車両制動姿勢に至る過程における上下加速度Gzの変化を制御できる。換言すると、過渡的な車両姿勢の変化を制御できる。既述したように、運転者等の搭乗者は、上下加速度Gzの変化によってヒーブ変化を体感する。したがって、同じ前後配分比αで制動が行われる場合であっても、前後減衰力Fdf及びFdrの調整により、搭乗者によるヒーブ変化の体感の仕方が変化し、それに伴い、制動感(制動に対する安心感)が変化し得る。このため、本実施形態では、前後減衰力制御が実行される。
【0101】
具体的には、中減速度領域R2は、制動に対する安心感向上のために、制動力配分特性Aを利用して車両下方向のヒーブ量Hの変化(車体4の沈み込み)を積極的に発生させたい領域である。前後減衰力制御によれば、中減速度領域R2を含む特定減速度領域Rsにおいて、低減速度領域R1と比べて前輪圧側の減衰力Fdfが小さくなり且つ後輪伸側の減衰力Fdrが大きくなるように、前後減衰力バランスが変更される。このように前後減衰力バランスが変更されることで、車体4の後輪側を持ち上げようとするサスペンション40Rの動きを緩やかにし、且つ、車体4の前輪側を沈み込ませようとするサスペンション40Fの動きを速やかに発生させることができる。
【0102】
その結果、要求減速度Gxrに応じた定常的な車両制動姿勢(ピッチ姿勢)に到達する過程における車両下方向のヒーブ変化(上下加速度Gzの変化)を促進できる。このように促進された上下加速度Gzの変化は、
図14(B)中に円C1を付して表されている。すなわち、
図14(A)と比較すると分かるように、中減速度領域R2の要求減速度Gxrが要求された制動の初期において、下向きの上下加速度Gzの変化量が増加している。より詳細には、ヒーブ量Hの変化とともに上下加速度Gzの変化が下向きであると、搭乗者は、車体4が沈み込む感覚を得る。このため、下向きの上下加速度Gzの変化量が大きくなる円C1の付近において、車体4が沈み込む感覚を搭乗者に対して積極的に与えることができる。これにより、制動に対する安心感を向上できる。
【0103】
また、
図14(B)中に円C2を付して示すように、要求減速度Gxrに応じた総制動力Fbに到達する時点t1の経過直後(すなわち、定常的な車両制動姿勢が得られる時)に、車両上方向の上下加速度Gzの大きな変化が生じている。このような上下加速度Gzの変化は、車両下向きのヒーブ量Hの変化が収まる際に、車体4とともに体が車両下向きに移動している搭乗者に対して、体が下方に押し付けられる感覚を積極的に与えることができる。このことによっても、制動に対する安心感を向上できる。
【0104】
図14(A)及び14(B)に示す上下加速度Gzの範囲Wは、人が上下加速度Gzの変化を知覚できない範囲を示している。前後減衰力制御の実行により、上下加速度Gzの変化量を当該範囲Wに対して効果的に大きくできることが分かる。このように、前後減衰力制御によれば、円C1及びC2の付近において生じる上下加速度Gzの大きな変化(過渡的な車両姿勢の変化)を利用して、制動に対する安心感を向上させることができる。
【0105】
付け加えると、本実施形態の前後減衰力制御による前後減衰力バランスとは逆に、前輪圧側の減衰力Fdfが大きく且つ後輪伸側の減衰力Fdrが小さくなるように制御されると、車体4の後輪側を持ち上げようとするサスペンション40Rの動きが制動初期に車体4の前輪側の動きよりも先に発生することになる。その結果、車体4が沈み込む感覚を搭乗者に対して与えられなくなる若しくは与えにくくなる。
【0106】
以上説明したように、前後制動力配分制御に対して前後減衰力制御を伴わせることにより、前後制動力配分制御による制動感の向上効果をより高めることが可能となる。そして、
図10、11(A)及び11(B)を参照して説明されたように制動感の向上のためにヒーブ変化を利用しにくい車両であっても、前後減衰力制御の作用によって制動感を良好に向上させる(換言すると、補う)ことが可能となる。
【0107】
4.目標減衰力の算出に関する変形例
上述した実施の形態においては、目標減衰力Fdft及びFdrtは、減衰力ゲインgdf及びgdrをそれぞれ用いて、要求減速度Gxrに応じた値となるように算出される。このような例に代え、目標減衰力Fdft及びFdrtは、要求減速度Gxrに応じて変更される減衰係数Cdf及びCdrを用いて、次のような手法で算出されてもよい。
【0108】
図15(A)及び15(B)は、実施の形態の変形例に係る減衰係数Cdf及びCdrの設定の一例を示す図である。この変形例では、前輪ダンパ44Fの圧側の目標減衰力Fdftは、前輪ダンパ44Fのピストン速度Vpと、減衰係数Cdfとの積として算出される。同様に、後輪ダンパ44Rの伸側の目標減衰力Fdrtは、後輪ダンパ44Rのピストン速度Vpと、減衰係数Cdrとの積として算出される。
【0109】
図15(A)に示すように、前輪圧側の減衰係数Cdfは、低減速度領域R1では所定値Cdf0であり、中減速度領域R2では所定値Cdf1である。所定値Cdf1は、0より大きく所定値Cdf0より小さい値である。
図15(A)に示す一例では、中減速度領域R2より高減速度側の領域においても、減衰係数Cdfは所定値Cdf1で一定である。そして、減衰係数Cdfは、低減速度領域R1と中減速度領域R2との間に位置する領域において、所定値Cdf0から所定値Cdf1にまで一例として一定の傾きで減少している。
【0110】
一方、後輪伸側の減衰係数Cdrは、
図15(B)に示すように、低減速度領域R1では所定値Cdr0であり、中減速度領域R2では所定値Cdr1である。所定値Cdr1は、所定値Cdr0より大きい値である。
図15(B)に示す一例では、中減速度領域R2より高減速度側の領域においても、減衰係数Cdrは所定値Cdr1で一定である。そして、減衰係数Cdrは、低減速度領域R1と中減速度領域R2との間に位置する領域において、所定値Cdr0から所定値Cdr1にまで一例として一定の傾きで増加している。
【0111】
この変形例では、ECU50の記憶装置54には、
図15(A)に示すような減衰係数Cdfと要求減速度Gxrとの関係、及び
図15(B)に示すような減衰係数Cdrと要求減速度Gxrとの関係が、それぞれマップとして記憶されている。ECU50は、ステップS102(
図12参照)にて算出された要求減速度Gxrに応じた減衰係数Cdf及びCdrのそれぞれを上記マップから算出する。ピストン速度Vpは、上述のように、例えばサスペンションストロークセンサを用いて取得できる。
【0112】
以上説明した変形例によっても、上述の前後減衰力制御による前後減衰力バランスを実現するための目標減衰力Fdft及びFdrtを算出することができる。
【0113】
5.前後減衰力制御の実行に関する変形例
上述した前後減衰力制御は、次のように実行される前後制動力配分制御とともに実行されてもよい。
【0114】
図16は、回生電力量の確保に関する制動力配分特性Aの課題を説明するための図である。制動時の車両姿勢を車両減速度Gxに応じて可変とするために用いられる制動力配分特性A(
図8参照)は、中減速度領域R2を含む領域R2’では固定配分特性と比べて前輪2Fに配分される制動力が小さくなる。その結果、前輪2Fの回生制動を利用している場合、前輪側で得られる回生電力量が固定配分特性の選択時と比べて低下する。このため、例えば前輪側でしか回生制動が行われない車両では、減速時に得られる回生電力量が低下し、車両のエネルギ消費効率が低下する可能性がある。なお、ここでいうエネルギ消費効率とは、HEVでは燃費のことであり、BEVでは電費のことである。
図16は、前輪2Fのみで回生制動を利用する例における回生制動力と減速度Gxとの関係を示している。
図16に示す一例では、0.4G以上の減速度領域では回生制動力が一定となるように前輪2F側の回生配分(割合β)が可変とされており、0.1Gより高く0.4Gより低い減速度領域において、回生電力量の低下が見られる。
【0115】
そこで、上述の課題に鑑み、前後制動力配分制御及び前後減衰力制御は次のように実行されてもよい。
図17は、実施の形態の変形例に係る車両制御に関する処理を示すフローチャートである。なお、このフローチャートの処理は、車両の走行中に繰り返し実行される。ここで想定される車両は、前輪側のみで回生制動を利用する点を除き、
図1に示す車両1と同様に構成されているものとする。
【0116】
図17では、ステップS100において制動中である場合、処理はステップS200に進む。ステップS200において、ECU50は、運転者によって燃費優先モード(エネルギ消費効率優先モード)が選択されているか否かを判定する。運転者は、例えばモード切替スイッチ58を用いて、車両の走行モードを切り替えることができる。切り替え対象の走行モードの一例は、ノーマルモード、燃費優先モード(エコモード)、及びスポーツモードである。
【0117】
ステップS200の判定結果がYesの場合(すなわち、運転者によって燃費を優先する要求が出されている場合)には、処理はステップS202に進む。ステップS202では、ECU50は、燃費改善を重視した制動力配分特性として、要求減速度Gxrによらずに前後配分比αが一定となる固定配分特性(例えば、
図8参照)を選択する。なお、燃費を優先する要求がある場合、ステップS202の処理による固定配分特性の選択は、制動力配分特性Aの選択によって回生電力量が不足する減速度領域(例えば、
図16参照)のみを対象として実行されてもよい。
【0118】
ステップS202に続くステップS204において、ECU50は、上述の前後減衰力制御(ステップS106参照)を実行する。
【0119】
一方、ステップS200の判定結果がNoの場合(すなわち、燃費を優先する要求が出されていない場合)には、処理はステップS206に進む。ステップS206では、ECU50は、制動時の車両姿勢を重視した制動力配分特性として、制動力配分特性A(
図8参照)を選択する。なお、処理がステップS206に進む場合には、前後減衰力制御は実行されない。
【0120】
上述した
図17に示す処理によれば、燃費を優先する要求がある場合には、制動力配分特性Aに代えて固定配分特性を選択して前後制動力配分制御が実行され、且つ、前後減衰力制御が実行される。これにより、制動力配分特性Aの選択時と比べて前輪2Fの制動力を大きく確保できるので、回生制動を利用して回生電力量を高く確保できる。このため、燃費改善を図ることができる。
【0121】
そして、燃費を優先する要求がある場合には、前後減衰力制御が実行される。
図18(A)及び18(B)は、ステップS202及びS204の処理の効果を説明するための図である。
図18(A)及び18(B)は、一例として、0.3Gの減速度Gxが要求された制動時に対応している。
【0122】
図18(A)に示すように、固定配分特性が選択される場合(実線)には、車両姿勢を考慮した制動力配分特性Aが選択される場合(破線)と比べて、ヒーブ量Hが減少する。しかしながら、固定配分特性が選択される場合(実線)には、前後減衰力制御が実行される。これにより、
図18(B)に示すように、制動力配分特性Aが選択される場合(破線)と比べると劣るが、人が上下加速度Gzの変化を知覚できない範囲Wよりも大きな上下加速度Gzの変化量を確保できている。したがって、燃費優先モードの選択時に、前後減衰力制御を利用した過渡的な車両姿勢の制御によって制動感を向上させつつ、固定配分特性を利用して回生電力量を高く確保して燃費優先要求を満たすことができる。
【0123】
また、上述した実施の形態に係る前後減衰力制御では、中減速度領域R2(第2領域)を含む特定減速度領域Rsにおいて、低減速度領域R1(第1領域)と比べて、前輪圧側の減衰力Fdfを小さくすること及び後輪伸側の減衰力Fdrを大きくすることの双方が実行される。しかしながら、特定減速度領域Rsにおいて上下加速度Gzの変化(過渡的な車両姿勢の変化)を利用して制動に対する安心感を向上させる前後減衰力バランスを得るための前後減衰力制御は、必ずしも減衰力Fdf及びFdrの双方を制御して行われなくてもよい。すなわち、前輪圧側の減衰力Fdfを小さくすること及び後輪伸側の減衰力Fdrを大きくすることのうちの何れか一方のみが実行されてもよい。
【符号の説明】
【0124】
1 車両
2F 前輪
2R 後輪
4 車体
10F 前輪電動機
10R 後輪電動機
12 バッテリ
20 制動装置
22 ブレーキペダル
26 ブレーキアクチュエータ
32 インバータ
33 摩擦制動装置
34 回生制動装置
40 サスペンション
44F 前輪ダンパ
44R 後輪ダンパ
46 減衰力可変用のアクチュエータ
50 電子制御ユニット(ECU)
56 センサ類
58 モード切替スイッチ