(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-09
(45)【発行日】2024-09-18
(54)【発明の名称】肺音分析システム
(51)【国際特許分類】
A61B 7/04 20060101AFI20240910BHJP
【FI】
A61B7/04 A
(21)【出願番号】P 2022544938
(86)(22)【出願日】2020-08-25
(86)【国際出願番号】 JP2020032054
(87)【国際公開番号】W WO2022044126
(87)【国際公開日】2022-03-03
【審査請求日】2023-02-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000004237
【氏名又は名称】日本電気株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124811
【氏名又は名称】馬場 資博
(74)【代理人】
【識別番号】100088959
【氏名又は名称】境 廣巳
(74)【代理人】
【識別番号】100097157
【氏名又は名称】桂木 雄二
(74)【代理人】
【識別番号】100187724
【氏名又は名称】唐鎌 睦
(72)【発明者】
【氏名】樋口 昌夫
(72)【発明者】
【氏名】野間 充
(72)【発明者】
【氏名】近藤 玲史
(72)【発明者】
【氏名】荒井 友督
【審査官】▲高▼原 悠佑
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2019/0038216(US,A1)
【文献】特開2013-123496(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0350355(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2007/0219059(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2013/0331722(US,A1)
【文献】国際公開第2019/220609(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/220620(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 7/00-7/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
心不全患者である被験者の肺音を含む時系列音響信号を取得する取得手段と、
前記被験者の呼吸の休止相を判定する判定手段と、
前記判定の結果に従って、前記時系列音響信号を前記被験者の呼吸の休止相の期間と休止相以外の期間とに分割する分割手段と、
前記分割後の前記休止相以外の期間の前記時系列音響信号から、肺音異常を検知する検知手段と、
を備え、
前記検知手段は、前記被験者の肺音異常が存在する肺音データを使用して学習した正常モデルに前記被験者の判定対象とする肺音データを入力したときに前記正常モデルから得られる肺音異常である確率が閾値以下ならば前記学習に使用した前記肺音データと同じ種類の肺音異常があると判定し、閾値を超えていれば前記学習に使用した前記肺音データとは異なる種類の肺音異常があるか、或いは肺音異常がないと判定する肺音分析システム。
【請求項2】
前記検知手段は、
前記被験者の肺音異常が存在しない肺音データを使用して学習した正常モデルに前記被験者の判定対象とする肺音データを入力したときに前記正常モデルから得られる肺音異常である確率が閾値を超えていれば異常肺音であると判定し、閾値以下ならば正常肺音であると判定する請求項1に記載の肺音分析システム。
【請求項3】
前記分割後の前記休止相の期間の前記時系列音響信号から背景雑音を検出する雑音検出手段と、
前記分割後の前記休止相以外の期間の前記時系列音響信号から前記検出された背景雑音を除去する雑音除去手段を、
更に備える
請求項2に記載の肺音分析システム。
【請求項4】
前記検知手段は、前記背景雑音除去後の前記休止相以外の期間の前記時系列音響信号から肺音異常を検知する、
請求項3に記載の肺音分析システム。
【請求項5】
前記取得手段は、前記被験者の複数の聴診位置のそれぞれから肺音を含む時系列音響信号を取得する
請求項1乃至4の何れかに記載の肺音分析システム。
【請求項6】
コンピュータが、心不全患者である被験者の肺音を含む時系列音響信号を取得し、
前記コンピュータが、前記被験者の呼吸の休止相を判定し、
前記コンピュータが、前記判定の結果に従って、前記時系列音響信号を前記被験者の呼吸の休止相の期間と休止相以外の期間とに分割し、
前記コンピュータが、前記分割後の前記休止相以外の期間の前記時系列音響信号から、肺音異常を検知
し、
前記検知では、前記コンピュータが、前記被験者の肺音異常が存在する肺音データを使用して学習した正常モデルに前記被験者の判定対象とする肺音データを入力したときに前記正常モデルから得られる肺音異常である確率が閾値以下ならば前記学習に使用した前記肺音データと同じ種類の肺音異常があると判定し、閾値を超えていれば前記学習に使用した前記肺音データとは異なる種類の肺音異常があるか、或いは肺音異常がないと判定する、
肺音分析方法。
【請求項7】
さらに、
前記コンピュータが、前記分割後の前記休止相の期間の前記時系列音響信号から背景雑音を検出する
請求項6に記載の肺音分析方法。
【請求項8】
さらに、
前記コンピュータが、前記分割後の前記休止相以外の期間の前記時系列音響信号から前記検出された背景雑音を除去する
請求項7に記載の肺音分析方法。
【請求項9】
前記コンピュータが、前記肺音異常の検知では、前記背景雑音除去後の前記休止相以外の期間の前記時系列音響信号から肺音異常を検知する、
請求項8に記載の肺音分析方法。
【請求項10】
コンピュータに、
心不全患者である被験者の肺音を含む時系列音響信号を取得する処理と、
前記被験者の呼吸の休止相を判定する処理と、
前記判定の結果に従って、前記時系列音響信号を前記被験者の呼吸の休止相の期間と休止相以外の期間とに分割する処理と、
前記分割後の前記休止相以外の期間の前記時系列音響信号から、肺音異常を検知する処理と、
を行わせるためのプログラム
であって、
前記検知する処理では、前記コンピュータに、前記被験者の肺音異常が存在する肺音データを使用して学習した正常モデルに前記被験者の判定対象とする肺音データを入力したときに前記正常モデルから得られる肺音異常である確率が閾値以下ならば前記学習に使用した前記肺音データと同じ種類の肺音異常があると判定し、閾値を超えていれば前記学習に使用した前記肺音データとは異なる種類の肺音異常があるか、或いは肺音異常がないと判定する処理を行わせるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心不全の診断を支援するための肺音分析システム、肺音分析方法、および記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
心不全とは、何らかの心臓機能障害、すなわち、心臓に器質的および/あるいは機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果、呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現し、それに伴い運動耐容能が低下する臨床症候群のことをいう。心不全を患った患者は、治療により寛解しても、常に増悪のリスクがある。水分・塩分の過剰摂取、薬の服用忘れ、過度な運動などが原因で、患者に急性増悪が生じると、再入院を余儀なくされる。そのため、退院した患者の心不全増悪を早期に発見して治療介入することにより、急性増悪を防ぐことが重要である。
【0003】
心不全を診断する方法の一つに、聴診による肺音の検診がある。かかる検診は、安全かつ簡便に肺の健康状態、ひいては心不全を診断できる方法の一つである。しかし、訓練を積んだ専門医でなければ詳細かつ正確な診断結果を得ることは困難である。そのため、一般の看護師や介護従事者による回診や訪問介護などの現場では、詳細な診断を下すことはできなかった。
【0004】
この問題に対処するため、電子聴診器により収集した肺音に対し、副雑音と呼ばれる異常音の有無を自動判別するシステムが提案されている(例えば特許文献1乃至6参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2014-4018号公報
【文献】特表2002-538921号公報
【文献】特表2017-536905号公報
【文献】WO2010/044452
【文献】特開2008-113936号公報
【文献】特許4849424号
【文献】WO2019/220609
【文献】WO2019/220620
【文献】特開2007-190081号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、例えば特許文献4では、1呼吸の肺音について、呼吸周期の検出処理を行って、前半の吸気の期間の肺音情報と後半の呼気の期間の肺音情報とに2分割し、それぞれの肺音情報から肺音異常を検知している。しかしながら、一般に人の呼吸は、吸気相と呼気相と休止相とからなることが知られているため、上述のように呼吸を2分割すると、休止相が前半あるいは後半の期間の肺音情報に含まれることになる。そのため、吸気も呼気もしていない休止相の期間に外部から雑音が混入していると、その雑音を肺音異常として誤検知するおそれがあった。
【0007】
本発明は、上述した課題を解決する肺音分析システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一形態に係る肺音分析システムは、
心不全患者である被験者の肺音を含む時系列音響信号を取得する取得手段と、
前記被験者の呼吸の休止相を判定する判定手段と、
前記判定の結果に従って、前記時系列音響信号を前記被験者の呼吸の休止相の期間と休止相以外の期間とに分割する分割手段と、
前記分割後の前記休止相以外の期間の前記時系列音響信号から、肺音異常を検知する検知手段と、
を備えるように構成されている。
【0009】
また、本発明の他の形態に係る肺音分析方法は、
心不全患者である被験者の肺音を含む時系列音響信号を取得し、
前記被験者の呼吸の休止相を判定し、
前記判定の結果に従って、前記時系列音響信号を前記被験者の呼吸の休止相の期間と休止相以外の期間とに分割し、
前記分割後の前記休止相以外の期間の前記時系列音響信号から、肺音異常を検知する、
ように構成されている。
【0010】
また、本発明の他の形態に係るコンピュータ読み取り可能な記録媒体は、
コンピュータに、
心不全患者である被験者の肺音を含む時系列音響信号を取得する処理と、
前記被験者の呼吸の休止相を判定する処理と、
前記判定の結果に従って、前記時系列音響信号を前記被験者の呼吸の休止相の期間と休止相以外の期間とに分割する処理と、
前記分割後の前記休止相以外の期間の前記時系列音響信号から、肺音異常を検知する処理と、
を行わせるためのプログラムを記録するように構成されている。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、上述したような構成を有することにより、心不全患者である被験者の肺音を含む時系列音響信号中の呼吸の休止相の期間に含まれる雑音に影響を受けずに肺音異常を検知することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の第1の実施形態に係る肺音分析装置のブロック図である。
【
図2】本発明の第1の実施形態に係る肺音分析装置に記憶された肺音記録の構成例を示す図である。
【
図3】本発明の第1の実施形態に係る肺音分析装置において電子聴診器で聴診する聴診位置(1)~(12)の説明図である。
【
図4】本発明の第1の実施形態に係る肺音分析装置に記憶された分析対象肺音情報の構成例を示す図である。
【
図5】本発明の第1の実施形態に係る肺音分析装置の事前動作の一例を示すフローチャートである。
【
図6】本発明の第1の実施形態に係る肺音分析装置における肺音異常検知手段のモデル学習機能の説明図である。
【
図7】本発明の第1の実施形態に係る肺音分析装置の分析動作の一例を示すフローチャートである。
【
図8】本発明の第1の実施形態に係る肺音分析装置の分析動作の詳細を示すフローチャートである。
【
図9】本発明の第1の実施形態に係る肺音分析装置で算出された患者の聴診位置毎の異常頻度とその異常頻度に基づいて決定された聴診順序の例を示す図である。
【
図10】本発明の第1の実施形態における電子聴診器から出力される肺音を含む時系列音響信号の波形を示す模式図である。
【
図11】本発明の第1の実施形態に係る肺音分析装置が聴診位置毎の肺音データの分析結果から心不全の重症度を判定するための判定テーブルの一例を示す図である。
【
図12】本発明の第1の実施形態に係る肺音分析装置に記憶された専門医の聴診所見が記録された分析対象肺音情報の構成例を示す図である。
【
図13】本発明の第2の実施形態に係る肺音分析システムのブロック図である。
【
図14】本発明の第3の実施形態に係る肺音分析システムのブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
次に、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。
[第1の実施の形態]
【0014】
図1は、本発明の第1の実施形態に係る肺音分析装置10のブロック図である。肺音分析装置10は、心不全治療を受けて退院した患者から肺音を取得して分析する情報処理装置である。肺音分析装置10は、スマートフォン、タブレット型端末、PDA(Personal Digital Assistant)、ノートパソコンなどであってよいが、それらに限定されない。以下、肺音分析装置10を使用して肺音を分析する患者を患者Aとする。
【0015】
肺音分析装置10は、電子聴診器11、通信I/F部12、操作入力部13、画面表示部14、記憶部15、および、演算処理部16を備えている。
【0016】
電子聴診器11は、聴診器のチェストピースを患者Aの胸部または背部に当てることにより、患者Aの肺音をディジタル信号に変換し、無線あるいは有線により演算処理部16へ転送するように構成されている。
【0017】
通信I/F部12は、例えば、専用のデータ通信回路から構成され、有線または無線を介して接続されたサーバ装置などの各種装置との間でデータ通信を行うように構成されている。
【0018】
操作入力部13は、キーボードやマウスなどの操作入力装置から構成され、操作者の操作を検出して演算処理部16に出力するように構成されている。操作者とは、肺音分析装置10を使用して患者Aの肺音を取得する作業を行う者である。操作者は、例えば、看護師などの医師以外の医療従事者、介護福祉士などの介護従事者、あるいは患者Aの家族などであってよい。
【0019】
画面表示部14は、LCD(Liquid Crystal Display)やPDP(Plasma Display Panel)などの画面表示装置から構成され、演算処理部16からの指示に応じて、分析結果などの各種情報を画面表示するように構成されている。
【0020】
記憶部15は、ハードディスクやメモリなどの記憶装置から構成され、演算処理部16における各種処理に必要な処理情報およびプログラム151を記憶するように構成されている。
【0021】
プログラム151は、演算処理部16に読み込まれて実行されることにより各種処理部を実現するプログラムである。プログラム151は、通信I/F部12などのデータ入出力機能を介して外部装置(図示せず)や記憶媒体(図示せず)から予め読み込まれて記憶部15に保存される。
【0022】
記憶部15に記憶される主な処理情報には、肺音記録152、および、分析対象肺音情報153がある。
【0023】
肺音記録152は、患者Aの肺音の記録である。肺音記録152は、心不全治療のために入院した患者Aに対して退院するまでに行われた聴診を含む診療行為の記録に基づいて生成され、退院時に肺音分析装置10の記憶部15に記録される。
図2は、肺音記録152の構成例である。この例では、肺音記録152は、患者ID1521、1以上の聴診情報1527、退院時連絡事項1525、および、連絡先メールアドレス1526の各項目から構成されている。患者ID1521の項目には、患者Aを一意に識別するIDが記録される。
【0024】
聴診情報1527の項目は、聴診日時1522、担当医1523、および、肺音情報1524の各項目から構成されている。聴診日時1522の項目には、聴診を含む診断が行われた日時が記録される。1以上の聴診情報1527の項目は、聴診日時1522の昇順に並べられている。一番下の聴診情報1527(退院時連絡事項1525の直前の聴診時)が、患者Aの退院時のものである。担当医1523の項目には、診断を行った医師の氏名が記録される。
【0025】
肺音情報1524の項目は、聴診位置毎に設けられている。聴診位置とは、肺音を聴診するために聴診器のチェストピースを当てる患者の体の場所である。すなわち、聴診位置は、肺音の取得部位である。
図2の例では、聴診位置(1)から聴診位置(12)までの合計12箇所の聴診位置が設定されている(
図2では、聴診位置(2)~(11)は省略されている)。
図3は、聴診位置(1)~(12)を説明するための模式図である。
【0026】
図3を参照すると、聴診位置(1)、(2)は、前胸部の上肺野の左右に設定される。聴診位置(3)、(4)は、前胸部の中肺野の左右に設定される。聴診位置(5)、(6)は、前胸部の下肺野の左右に設定される。聴診位置(7)、(8)は、背部の上肺野の左右に設定される。聴診位置(9)、(10)は、背部の中肺野の左右に設定される。聴診位置(11)、(12)は、背部の下肺野の左右に設定される。聴診位置は上述した個数と場所に限定されない。例えば、前胸部および背部だけでなく左右の側胸部の上肺野、中肺野、下肺野に聴診位置を設定し、合計18個としてもよい。或いは、上記の聴診位置のうちの一部を除外してもよい。例えば、聴診位置(3)~(6)、(9)、(10)を除外し、聴診位置(1)、(2)、(7)、(8)、(11)、(12)の合計6箇所に限定してもよい。
【0027】
再び
図2を参照すると、聴診位置毎の肺音情報1524の項目は、肺音データの項目と聴診所見の項目とから構成される組を1組以上含む。肺音データの項目には、患者Aの聴診位置から電子聴診器によって取得された肺音を含むディジタル時系列音響信号が記録される。聴診時の患者の姿勢は、臥位と座位に大別されるが、前胸部と背部聴診は通常、座位で行われる。1つの肺音データ(例えば肺音データ1)の信号長は任意である。例えば、1つの肺音データは、患者Aの連続するN呼吸分の信号であってよい。ここで、Nは1以上の正の整数である。また、肺音データは、電子聴診器から取得された時系列音響信号に対して、休止相の期間の時系列音響信号の除去、雑音除去、呼吸タイミングの付与などの加工を施した信号であってよい。
【0028】
聴診所見の項目には、肺音データに対する専門医の聴診所見が記録される。聴診所見には、肺音の異常音の有無、および、異常音がある場合には異常音の種類(ラ音など)などが記録されている。心不全患者の多くは、心不全治療を受けて寛解した状態で退院する。そのため、多くの患者の退院時点の肺音は正常である。但し、患者の都合によっては、軽症の状態で退院するケースがある。そのようなケースでは、患者は軽症であるけれども寛解していないため、一部の聴診位置の肺音が異常であることがある。
【0029】
退院時連絡事項1525の項目には、患者Aの退院時の体重などの情報が記録されている。
【0030】
連絡先メールアドレス1526の項目には、分析結果を送信する相手先のメールアドレスが1以上記録されている。連絡先メールアドレスは、例えば、患者Aが入院していた病院、心不全の専門医、患者Aのかかりつけ医などのメールアドレスであってよい。なお、分析結果を送信する方法は、メールに限定されず、グループウェアのメッセージ機能、ビジネスチャットなどの他のコミュニケーション方法であってもよい。
【0031】
再び
図1を参照すると、分析対象肺音情報153は、患者Aの退院後に電子聴診器11を使用して患者Aから取得された肺音情報およびその分析結果が記録される。
図4は、分析対象肺音情報153の構成例である。この例では、分析対象肺音情報153は、患者ID1531、分析日時1532、担当者1533、肺音情報1534、緊急度1535、および、分析時連絡事項1536の各項目から構成されている。
【0032】
患者ID1531の項目には、肺音記録152の患者ID1521の項目に記録された患者Aを一意に識別するIDが記録される。分析日時1532の項目には、患者Aの肺音の取得と分析を行った日時が記録される。担当者1533の項目には、患者Aの肺音を取得する作業を行った操作者を一意に識別するIDが記録される。
【0033】
肺音情報1534の項目は、聴診位置毎に設けられている。
図4の例では、
図3を参照して説明した聴診位置(1)から聴診位置(12)までの合計12箇所の聴診位置が設定されている(
図4では、聴診位置(2)~(11)は省略されている)。聴診位置毎の肺音情報1534の項目は、肺音データの項目と分析結果の項目とから構成される組を1組以上含む。肺音データの項目には、患者Aの当該聴診位置から電子聴診器11によって取得された肺音を含むディジタル時系列音響信号が記録される。1つの肺音データ(例えば肺音データ1)の信号長は任意である。例えば、1つの肺音データは、患者Aの連続するN呼吸分の信号であってよい。ここで、Nは1以上の正の整数である。また、肺音データは、電子聴診器11から取得された時系列音響信号に対して、休止相の期間の時系列音響信号の除去、雑音除去、呼吸タイミングの付与などの加工を施した信号であってよい。
【0034】
分析結果の項目には、肺音データを機械的に分析した結果が記録される。分析結果には、肺音データが異常な肺音データであるか否かを表す数値が記録される。例えば、分析結果の項目には、正常肺音であることを示す値0、異常肺音であることを示す値1の二値が記録されていてよい。あるいは、分析結果の項目には、肺音データの異常度を表す数値が記録されていてよい。異常度は、事前に設定された閾値以下の異常度は、肺音データが正常肺音であることを表し、閾値を超える異常度は、肺音データが異常肺音であることを表す。
【0035】
緊急度1535の項目には、聴診位置(1)~(12)の各分析結果を総合的に判断して算出された緊急度が記録される。緊急度は、患者の状態がどれほど緊急を要するかを表す指標である。換言すれば、緊急度とは、ある時間内に適切な心不全治療を行うことで、急性増悪による再入院の危機を回避または減少できる時間的な余裕の程度を示す指標である。このような緊急度を分析結果に含めることにより、分析結果を認識した医療従事者などは、緊急度に応じた行動をとることが可能になる。
【0036】
分析時連絡事項1536の項目には、分析当日の患者Aの状態などが記録される。患者Aの状態として、例えば、体重、血圧、脈拍、自覚症状(外出時などの息切れ、むくみ、せき、食欲低下など)、服薬状況、摂取水分量などがある。
【0037】
再び
図1を参照すると、演算処理部16は、CPUなどのマイクロプロセッサとその周辺回路を有し、記憶部15からプログラム151を読み込んで実行することにより、上記ハードウェアとプログラム151とを協働させて各種処理部を実現するように構成されている。演算処理部16で実現される主な処理部には、肺音記録取得手段161、分析対象肺音取得手段162、肺音異常検知手段163、および、分析結果出力手段164がある。
【0038】
肺音記録取得手段161は、通信I/F部12などのデータ入出力機能を介して外部装置(図示せず)や記憶媒体(図示せず)から患者Aに係る肺音記録152を取得し、記憶部15に記録するように構成されている。この例では、患者Aの退院時に、病院の医療サーバなどに患者Aに係る肺音記録152が既に生成されていることを前提としている。しかし、肺音記録取得手段161は、医療サーバなどに記録された患者Aの聴診を含む診療記録から必要な情報を抽出して肺音記録152を生成し、記憶部15に保存するようにしてもよい。
【0039】
分析対象肺音取得手段162は、退院後の患者Aの肺音を含むディジタル時系列音響信号およびその他の情報を取得するように構成されている。分析対象肺音取得手段162は、患者Aの肺音を含むディジタル時系列音響信号は操作入力部13などから入力される操作者の指示に従って、電子聴診器11から取得する。また、分析対象肺音取得手段162は、その他の情報として、患者ID、分析日時、担当者、分析時連絡事項の情報を、操作入力部13を通じて操作者から、或いは記憶部15に記憶された肺音記録152から取得する。また、分析対象肺音取得手段162は、取得したディジタル時系列音響信号およびその他の情報から分析対象肺音情報153を生成し、記憶部15に保存する。分析対象肺音取得手段162によって記憶部15に保存される分析対象肺音情報153は例えば
図4に示したようなフォーマットで構成されている。分析対象肺音取得手段162による保存時点では、肺音情報1534の各分析結果の項目と緊急度1535の項目はNULL値である。
【0040】
肺音異常検知手段163は、肺音データが異常な肺音か否かを検知するように構成されている。肺音異常を検知する手法は各種存在する。本実施形態では、肺音異常検知手段163は、正常音だけを予め学習してその範囲に入らない音を異常音として検知する、正常モデルに基づく異常検知手法を使用する。肺音異常検知手段163は、記憶部15から肺音記録152を読み出し、肺音記録152に記録された患者Aの退院時の聴診位置毎の肺音データに基づいて、患者Aの聴診位置毎の肺音データを分析するための正常モデルを生成し、記憶するように構成されている。また、肺音異常検知手段163は、記憶部15から分析対象肺音情報153を読み出し、分析対象肺音情報153に記録された患者Aの聴診位置毎の肺音データを、上記正常モデルを用いて分析し、分析結果を聴診位置毎の肺音記録152の分析結果の項目に記録するように構成されている。また、肺音異常検知手段163は、聴診位置毎の肺音データの分析結果に基づいて、緊急度を算出し、緊急度1535の項目に記録するように構成されている。
【0041】
分析結果出力手段164は、記憶部15から分析対象肺音情報153を読み出し、画面表示部14に分析対象肺音情報153を表示するように構成されている。また、分析結果出力手段164は、操作入力部13からの指示に従って或いは自動的に、記憶部15から読み出した分析対象肺音情報153をファイルとして添付したメールを、通信I/F部12を通じて、肺音記録152の連絡先メールアドレス1526宛てに送信するように構成されている。
【0042】
次に、肺音分析装置10の動作を説明する。肺音分析装置10の動作は、事前動作と、その後に行われる分析動作とに大別される。
【0043】
先ず、事前動作を説明する。
図5は事前動作の一例を示すフローチャートである。事前動作は、患者Aの退院当日に入院先の専門病院内で実施される。あるいは、退院した後、1回目の分析動作を開始する前に患者Aの自宅などで実施してもよい。事前動作は、例えば、画面表示部14に表示されている事前動作の開始ボタンの操作によって肺音記録取得手段161が起動されることにより開始される。
【0044】
図5を参照すると、肺音記録取得手段161は、起動されると、通信I/F部12などのデータ入出力機能を介して外部装置(図示せず)や記憶媒体(図示せず)から患者Aに係る肺音記録152を取得し、記憶部15に記録する(ステップS1)。
図2は、このようにして取得された肺音記録152の構成例である。肺音記録152には、少なくとも、患者Aの退院時の肺音データと聴診所見とが含まれている。
【0045】
肺音記録取得手段161の上記動作が完了すると、自動的あるいは操作入力部13からの指示に従って、肺音異常検知手段163のモデル学習機能が起動される。肺音異常検知手段163は、モデル学習機能が起動されると、記憶部15から肺音記録152を読み出し、患者Aの退院時の肺音データと聴診所見とに基づいて正常モデルを学習し、学習後の正常モデルを内部的に記憶する(ステップS2)。
【0046】
図6は、肺音異常検知手段163のモデル学習機能の説明図である。
図6を参照すると、肺音異常検知手段163は、肺音記録152から患者Aの退院時の聴診情報1527を読み出し、先ず、聴診位置(1)の肺音データを正常な状態の肺音データとして使用して機械学習し、聴診位置(1)に対応する正常モデル171-1を作成する。具体的には、肺音異常検知手段163は、聴診位置(1)の肺音データから予め定められた識別のための特徴量を抽出する。特徴量は、肺音信号のエネルギーに基づくものであってもよいし、スペクトルに基づくものであってもよいし、スペクトルから計算されるMFCC(メル周波数ケプストラム係数)やDCTC(離散コサイン変換係数)などであってもよい。次に、肺音異常検知手段163は、抽出した特徴量をモデル化する。生成モデルとしては、混合ガウス分布(GMM)、One-class SVM、DNN(Deep Neural Network)の一種であるDenoising Auto-EncoderとBidirectional LSTM、kNN(k近傍法)などであってよい。なお、正常音を利用した異常検知手法は、上記に限定されない。例えば、状態変化を伴う発生機構の生成する音響信号から異常を検知する特許文献7,8などに記載された手法を用いてもよい。そして、肺音異常検知手段163は、聴診位置(1)の聴診所見に、肺音の異常音が無いことが記録されている場合、生成した正常モデル171-1をタイプ1の正常モデルとして管理する。一方、聴診位置(1)の聴診所見に、肺音の異常音が有ることが記録されている場合、生成した正常モデル171-1をタイプ2の正常モデルとして管理する。
図6の例では、正常モデル171-1は、タイプ1の正常モデルとして生成されている。
【0047】
肺音異常検知手段163は、患者Aの退院時の聴診情報1527に記録された聴診位置(2)~(12)の肺音データおよび聴診所見に基づいて、正常モデル171-1を生成した方法と同様の方法により、聴診位置(2)~(12)に対応する正常モデル171-2~171-12を生成する。
図6の例では、正常モデル171-2~171-11がタイプ1の正常モデル、正常モデル171-12がタイプ2の正常モデルとして生成されている。
【0048】
聴診位置毎の正常モデルは、単一のモデルであってもよいし、異なる観点で機械学習した複数のモデルであってもよい。例えば、同じ聴診位置の肺音を、呼吸タイミングに基づいて、吸気相の肺音部分と呼気相の肺音部分とそれ以外(即ち休止相)とに分割し、吸気相の肺音部分を使用して学習した正常モデルと、呼気相の肺音部分を使用して学習した正常モデルとを生成するようにしてもよい。また、聴診所見に肺音の異常がないことが記録されている複数の聴診位置に共通な1以上の正常モデルを学習するようにしてもよい。また、正常モデルの学習に使用する正常な肺音データには、患者Aの退院時点の正常な肺音データに加えて、それ以前の患者Aの正常な肺音データを使用してもよいし、患者A以外の人の正常な肺音データを使用してもよい。
【0049】
次に、分析動作を説明する。
図7は分析動作の一例を示すフローチャートである。分析動作は、患者Aの自宅など専門病院以外の場所で実施される。但し、分析動作は、専門病院などで医師の診断の補助に用いてもよい。分析動作は、例えば、画面表示部14に表示されている分析動作の開始ボタンの操作によって分析対象肺音取得手段162が起動されることにより開始される。
【0050】
図7を参照すると、分析対象肺音取得手段162は、起動されると、患者ID1531、分析日時1532、担当者1533、および、分析時連絡事項1535の各項目に必要な事項を記載し、その他の項目はNULL値とした分析対象肺音情報153を作成し、記憶部15に記録する(ステップS11)。例えば、分析対象肺音取得手段162は、患者ID1531を記憶部15に記憶された肺音記録152の患者ID1521から取得する。また、分析対象肺音取得手段162は、分析日時1532、担当者1533、および、分析時連絡事項153を、操作入力部13を通じて操作者から取得する。
【0051】
次に、分析対象肺音取得手段162は、患者Aの聴診位置毎の肺音を含むディジタル時系列音響信号を電子聴診器11から取得し、聴診位置に対応付けて分析対象肺音情報153に記録する(ステップS12)。患者の聴診位置毎の肺音を電子聴診器によって取得して聴診位置に対応付けて記録する方法は、任意である。例えば、特許文献1、4あるいは6などに記載されるように、電子聴診器11を用いる操作者に対して聴診位置をガイダンスためのガイダンス画面を画面表示部14に表示して行う方法など、任意の方法を使用してよい。また、ステップS12において、肺音異常検知手段163は、記憶部15から分析対象肺音情報153を読み出し、分析対象肺音情報153の肺音情報1534に記録された患者Aの聴診位置毎の肺音データを事前に作成してある正常モデルを用いて分析し、分析結果を肺音情報1534の聴診位置毎の分析結果の項目に記録する。また、ステップS12において、分析結果出力手段164は、肺音異常検知手段163の分析結果を、画面表示部14に適宜表示する。
【0052】
次に、肺音異常検知手段163は、聴診位置毎の肺音データの分析結果に基づいて、緊急度1535を算出し、分析対象肺音情報153の緊急度1535の項目に記録する(ステップS13)。次に、分析結果出力手段164は、記憶部15から分析対象肺音情報153を読み出し、画面表示部14に分析対象肺音情報153を表示し、また、分析対象肺音情報153をファイルとして添付したメールを、通信I/F部12を通じて、肺音記録152の連絡先メールアドレス1526宛てに送信する(ステップS14)。なお、分析結果出力手段164は、緊急度1535が予め定められた閾値を超えた場合にのみ、分析対象肺音情報153を送信してもよい。
【0053】
続いて、分析対象肺音の取得と異常検知を行うステップS12の詳細を、
図8のフローチャートを参照して説明する。
図8は
図7のステップS12の詳細な手順の一例を示すフローチャートである。
【0054】
図8を参照すると、分析対象肺音取得手段162は、患者Aの肺音記録152に記録された1以上の聴診情報1527における聴診位置毎の聴診所見に記録された異常音の有無に基づいて、聴診位置毎に異常音が出現した頻度を算出する(ステップS21)。具体的には、先ず、分析対象肺音取得手段162は、聴診位置(1)~(12)毎の頻度カウンタを0に初期化する。次に、分析対象肺音取得手段162は、肺音記録152に記録された聴診日時が退院日時である聴診情報1527に注目する。次に、分析対象肺音取得手段162は、聴診位置(1)に記録された1以上の聴診所見の中に、異常音が有ることが記載された聴診所見が少なくとも1件存在すれば、聴診位置(1)に対応する頻度カウントを1だけインクリメントする。分析対象肺音取得手段162は、同様に、聴診位置(2)~(12)に記録された1以上の聴診所見の中に、異常音が有ることが記載された聴診所見が少なくとも1件存在すれば、聴診位置(2)~(12)に対応する頻度カウントを1だけインクリメントする。次に、分析対象肺音取得手段162は、聴診日時が退院日時より1つ前の聴診情報1527に注目し、退院日時の聴診情報1527を使用して行った操作と同様の操作を聴診位置(1)~(12)毎の頻度カウントに対して実施する。以下、同様に、分析対象肺音取得手段162は、予め定められた数の聴診情報1527まで処理を終えるか、肺音記録152に記録された最も過去の聴診情報1527まで処理を終えるか、いずれか早く成立するまで、上記動作を繰り返す。そして、分析対象肺音取得手段162は、聴診位置(1)~(12)毎の頻度カウントの値を、聴診位置(1)~(12)の異常音出現頻度とする。
【0055】
次に、分析対象肺音取得手段162は、患者Aの聴診位置(1)~(12)毎の異常頻度に基づいて、患者Aから肺音を聴診する聴診位置の順序(順番)を決定する(ステップS22)。患者Aの聴診位置(1)~(12)間にラ音などの異常音が発生した頻度に差があるということは、患者Aには、相対的に異常音が発生し易い聴診位置とそうでない聴診位置とが存在することを表している。そのため、患者Aの聴診位置(1)~(12)毎の過去の異常頻度に基づいて決定した聴診位置の順序に従って聴診を行うことにより、患者Aの都合など何らかの理由で聴診を途中で中断し、それまでに聴診した一部の聴診位置の肺音データの分析結果に基づいて患者Aの心不全状態を判断することになっても、心不全の増悪を見過ごす確率を低減することができる。
【0056】
分析対象肺音取得手段162は、患者Aの聴診位置毎の異常頻度のみに基づいて聴診位置の順序を決定してもよい。その場合、分析対象肺音取得手段162は、例えば、異常頻度の降順(多いものから少ないものへ進む順序)に聴診位置をソートした結果を、聴診位置の順序に決定してよい。患者Aの聴診位置(1)~(12)毎の異常頻度が例えば
図9に示される場合、異常頻度の降順に聴診位置をソートした結果に基づく聴診位置の順序の一例は
図9の聴診順序1に示すようになる。聴診順序1では、1番目に、異常頻度が最大の4である聴診位置(11)を聴診する。異常頻度が次に大きい聴診位置は、異常頻度3の聴診位置(6)、(12)である。異常頻度に差がないので、聴診順序1では、1番目と同じ背部にある聴診位置(12)を2番目とし、前胸部にある聴診位置(6)を3番目としている。以下、同様に、聴診位置(5)、(9)、(10)、(7)、(1)、(2)、(3)、(4)、(8)の順序とされている。
【0057】
上記のように患者の聴診位置毎の異常頻度のみに基づいて聴診位置の順序を決定することにより、異常肺音である確率がより高い聴診位置から順に肺音データを取得することができる。但し、異常頻度の分布状況によっては、背部の聴診と前胸部の聴診とを何度か切り替えなければならず、患者および操作者の負担が重くなる。
【0058】
そのため、患者の聴診位置毎の異常頻度だけでなく患者および操作者の負担軽減を考慮して、聴診位置の順序を決定してもよい。例えば、分析対象肺音取得手段162は、前胸部および背部のうち異常頻度が最大の聴診位置が存在する側を最初に聴診する部位、その部位と反対側を次に聴診する部位に決定する。また、分析対象肺音取得手段162は、部位毎に、その部位の全ての聴診位置をそれらの異常頻度の降順にソートした結果を、その部位の聴診位置の順序に決定する。この決定方法による聴診順序の例を
図9の聴診順序2に示す。
【0059】
聴診順序2では、異常頻度が最大の4である聴診位置(11)が存在する背部を最初に聴診する部位に決定し、背部の聴診位置(7)~(12)の聴診順序をそれらの異常頻度の降順にソートした結果に従って、聴診位置(11)、(12)、(9)、(10)、(7)、(8)の順序に決定している。また、聴診順序2では、背部の全ての聴診位置の聴診を終えた後、前胸部の聴診に切り替え、前胸部の聴診位置(1)~(6)の聴診順序をそれらの異常頻度の降順にソートした結果に従って、聴診位置(6)、(5)、(1)、(2)、(3)、(4)の順序に決定している。
【0060】
再び
図8を参照すると、分析対象肺音取得手段162は、最初の順序の聴診位置に注目する(ステップS23)。次に、分析対象肺音取得手段162は、注目中の聴診位置の肺音を含むディジタル時系列音響信号を電子聴診器11から取得する(ステップS24)。このとき、分析対象肺音取得手段162は、電子聴診器11を用いる操作者に対して注目中の聴診位置をガイダンスためのガイダンス画面を画面表示部14に表示して肺音取得のサポートを行うようにしてもよい。
【0061】
次に、分析対象肺音取得手段162は、取得した肺音の品質を測定する(ステップS25)。通常、電子聴診器11から出力される時系列音響信号には、100Hz~約2kHzの周波数帯域に患者Aの肺音が含まれており、また同じ周波数帯域に背景雑音(定常雑音)が含まれている。例えば、患者Aの体を通じて或いは患者Aの皮膚とチェストピースの隙間を通じて外部から入ってくる環境音、人の声、金属音などが、背景雑音の一例である。時系列音響信号中の肺音の強度が小さく背景雑音の強度が大きいと、肺音異常を検出するのが難しくなる。そこで、分析対象肺音取得手段162は、先ず、帯域通過フィルタを使用して、電子聴診器11から出力される時系列音響信号から100Hz~約2kHzの周波数帯域の時系列音響信号を抽出する。次に、分析対象肺音取得手段162は、抽出した時系列音響信号中の肺音の強度と背景雑音の強度とを算出し、それらの相違度を肺音の品質の指標値として算出する。以下、肺音の品質の指標値を算出する方法について説明する。
【0062】
図10は、電子聴診器11から出力される肺音を含む時系列音響信号の波形の一例を示す模式図である。一般に肺音には、気管呼吸音、気管支肺胞呼吸音、気管支呼吸音、肺胞呼吸音の種類があり、
図10に示した肺音は大部分の胸壁上、従って全ての聴診位置(1)~(12)で聴こえる肺胞呼吸音の一例を示す模式図である。
図10を参照すると、肺音を含む時系列音響信号は、吸気の開始時には、振幅が大きく変化する。また、呼気の開始時には、吸気の開始時ほどではないが、やはり振幅が大きく変化する。そのため、分析対象肺音取得手段162は、時系列音響信号と吸気の開始時の振幅変化を判別できる閾値T1とを比較し、時系列音響信号の振幅が閾値T1より大きくなった時点を吸気の開始時として検出する。また、分析対象肺音取得手段162は、ある吸気の開始時から次の吸気の開始までを呼吸の1周期の区間とし、その区間内の時系列音響信号の振幅と呼気の開始時の振幅変化を判別できる閾値T2(<T1)とを比較し、時系列信号の振幅が閾値T2より大きくなった時点を呼気の開始時として検出する。ここで、休止相とそれ以外の相とを区別するだけならば、吸気の開始のみ検出すればよい。但し、本実施形態では、休止相以外の相をさらに吸気相と呼気相に分割するために、呼気の開始も検出している。
【0063】
また、一般に人の呼吸は、約1秒の吸気相と約1秒の呼気相と、次の吸気までの約1~1.5秒の休止相からなることが知られている。即ち、吸気の開始時点の直前には、吸気も呼気もしていない休止相がある。分析対象肺音取得手段162は、検出した吸気の開始時点の直前の所定期間(例えば1秒)を休止相として検出する。そして、分析対象肺音取得手段162は、休止相における時系列音響信号の強度を背景雑音の強度として算出する。時系列音響信号の強度は、例えば振幅値の二乗平均平方根を使用できるが、それに限定されず、振幅などであってもよい。また、分析対象肺音取得手段162は、吸気相または/および呼気相における時系列音響信号の強度から背景雑音の強度を減算した値を、肺音の強度として算出する。そして、分析対象肺音取得手段162は、算出した背景雑音の強度に対する肺音の強度の比を、肺音の品質の指標値とする。なお、肺音の品質の指標値は上記したものに限定されず、肺音の強度と背景雑音の強度とから算出されるS/N比を指標値としてもよい。
【0064】
以上の例では、肺胞呼吸音を例にして休止相を検出する方法を説明したが、中肺野や上肺野の聴診位置では肺胞呼吸音とともに気管支肺胞呼吸音が聴取される。しかし、気管支肺胞呼吸音は吸気の振幅が呼気の振幅以上であるため、肺胞呼吸音とともに気管支肺胞呼吸音が聴取された場合であっても、
図10で説明した方法で吸気および呼気の開始タイミングを検出することができる。但し、気管支肺胞呼吸音が気管呼吸音に近い場合は、呼気時の方が吸気時よりも振幅が大きくなる場合がある。そのため、気管支肺胞呼吸音が気管呼吸音に近い場合は、
図10で説明した方法において吸気と呼気を逆にしてよい。具体的には、例えば、以下のようにしてよい。
先ず、聴診された肺音の周波数スペクトルの振幅が最大となる周波数と事前に設定された閾値周波数とを比較する。次に、聴診された肺音の周波数スペクトルの振幅が最大となる周波数が閾値周波数以上であれば、肺音に含まれる気管支肺胞呼吸音が気管呼吸音に近いと判定し、
図10で説明した方法において吸気と呼気を逆にして吸気および呼気の開始タイミングを検出する。一方、聴診された肺音の周波数スペクトルの振幅が最大となる周波数が閾値周波数未満であれば、肺音に含まれる気管支肺胞呼吸音が気管呼吸音に近くないと判定し、
図10で説明した方法で吸気および呼気の開始タイミングを検出する。上記閾値周波数は、肺音に含まれる気管支肺胞呼吸音が気管呼吸音に近いか否かを判別できる閾値であり、例えば、肺胞呼吸音の周波数スペクトルの振幅が最大となる周波数とそれより高い気管呼吸音の周波数スペクトルの振幅が最大となる周波数との間の周波数帯域から事前に決定することができる。また、上記の「周波数スペクトルの振幅が最大となる周波数」の代わりに、スペクトルの形状を表現する尺度として使用される「スペクトル重心」を使用してもよい。
また、以上の例では、電子聴診器11から出力されている時系列音響信号から呼気および吸気の開始時点を検出し、検出された吸気の開始時点の直前所定期間を休止相として検出した。しかし、吸気相、呼気相、および休止相を検出する方法は上記に限定されない。例えば、分析対象肺音取得手段162は、例えば、電子聴診器から出力される肺音を含む時系列音響信号のどの区間が吸気相、呼気相、休止相であるかを推定するための機械学習を行った学習済みの学習モデルに患者Aの肺音を含む時系列音響信号を入力することで、区間毎に吸気相、呼気相、休止相の推定確率を当該学習モデルから取得するように構成されていてもよい。学習モデルは、例えば、様々な肺音を含む時系列音響信号を教師データとしてニューラルネットワークなどの機械学習アルゴリズムを用いた機械学習によって、事前に生成することができる。また、分析対象肺音取得手段162は、電子聴診器から出力される時系列音響信号以外から患者Aの吸気および呼気の開始などの呼吸のタイミングを検出してもよい。例えば、分析対象肺音取得手段162は、肺タコグラフなどの呼吸量センサや、呼吸活動による胸部または腹部の形状変化をセンサによって検出する呼吸バンドなどを使用して、患者Aの呼吸のタイミングを検出してもよい。
【0065】
次に、分析対象肺音取得手段162は、肺音の品質の指標値を事前に設定された品質の閾値と比較する(ステップS26)。そして、分析対象肺音取得手段162は、肺音の品質の指標値が閾値より小さければ、電子聴診器11で聴診された当該聴診位置の肺音の品質が悪い旨の警報を画面表示部14に表示する(ステップS27)。この警報を認識した操作者は、背景雑音を低減する対策または/および肺音を増大させる対策を講じた上で、注目中の聴診位置の肺音を電子聴診器11により再度取得する作業を行うことになる(ステップS28)。背景雑音を低減する対策としては、室内を静音にするために窓を閉める、患者Aの皮膚とチェストピースの隙間から環境音などが入らないように、チェストピースを患者Aの皮膚にピッタリ押し当てるなどが考えられる。また、肺音を増大させる対策としては、患者Aにより大きく呼吸するように指示するなどが考えられる。このとき、例えば特許文献9に記載されるような方法で、患者Aに対して呼吸タイミングを指示するようにしてもよい。そして、分析対象肺音取得手段162は、ステップS25の処理に戻り、上述した処理と同様の処理を繰り返す。
【0066】
一方、分析対象肺音取得手段162は、肺音の品質の指標値が閾値以上であれば、注目中の聴診位置の肺音を含むディジタル時系列音響信号から休止相の期間および背景雑音を除去し、休止相の期間および背景雑音を除去した後のディジタル時系列音響信号を注目中の聴診位置に関連付けて分析対象肺音情報153に記録する(ステップS29)。休止相の期間および背景雑音の除去は、以下のように行われる。
【0067】
先ず、分析対象肺音取得手段162は、注目中の聴診位置の肺音を含むディジタル時系列音響信号を、吸気相とその直後の呼気相からなる区間(以下、吸気・呼気区間と記す)と休止相の区間(以下、休止区間と記す)とに2分割する。次に、分析対象肺音取得手段162は、吸気・呼気区間と休止区間のディジタル時系列音響信号をそれぞれ高速フーリエ変換(FFT)して吸気・呼気区間と休止区間の周波数スペクトルを算出する。次に、分析対象肺音取得手段162は、吸気・呼気区間の周波数スペクトルから休止区間の周波数スペクトルを減算する。この減算により、吸気相と呼気相に含まれている背景雑音が抑制される。次に、分析対象肺音取得手段162は、上記減算後の吸気・呼気区間の周波数スペクトルを逆周波数変換することにより、吸気・呼気区間の雑音除去後のディジタル時系列音響信号を生成する。そして、分析対象肺音取得手段162は、上記生成した吸気・呼気区間の雑音除去後のディジタル時系列音響信号を注目中の聴診位置に関連付けて分析対象肺音情報153に記録する。なお、分析対象肺音取得手段162は、注目中の聴診位置の肺音を含むディジタル時系列音響信号から休止相の期間を除去し、背景雑音を除去しないようにしてもよい。その場合、分析対象肺音取得手段162は、注目中の聴診位置の肺音を含むディジタル時系列音響信号を、吸気・呼気区間と休止区間とに2分割し、吸気・呼気区間のディジタル時系列音響信号を注目中の聴診位置に関連付けて分析対象肺音情報153に記録する。
【0068】
次に、肺音異常検知手段163は、注目中の聴診位置に関連付けて分析対象肺音情報153に記録されている肺音データから肺音異常を検知し、検知結果を注目中の聴診位置に関連付けて分析対象肺音情報153に記録する(ステップS30)。肺音異常の検知は、以下のように行われる。
【0069】
先ず、肺音異常検知手段163は、肺音データを注目中の聴診位置に対応して事前に生成し記憶している正常モデル171に入力し、肺音データが異常肺音である確率を正常モデル171から取得する。次に、肺音異常検知手段163は、使用した正常モデル171がタイプ1であれば、異常肺音である確率を事前に設定された閾値と比較し、確率が閾値を超えていれば当該肺音データは異常肺音であると判別し、閾値以下であれば正常肺音でると判別する。一方、肺音異常検知手段163は、使用した正常モデル171がタイプ2であれば、異常肺音である確率を事前に設定された閾値と比較し、確率が閾値以下であれば、当該肺音データは退院時と同じ種類の異常肺音であると判別し、閾値を超えていれば当該肺音データは退院時と異なる種類の異常肺音あるいは正常肺音の何れかであると判別する。正常肺音を判別結果に含める理由は、服薬などにより退院後に症状が改善し、退院時点で異常であった肺音が分析時に正常になっている場合もタイプ2の正常モデルから逸脱することになるためである。
【0070】
分析結果出力手段164は、肺音異常検知手段163によって注目中の聴診位置の肺音データの異常検知が行われる毎に、その異常検知結果を画面表示部14に表示する(ステップS31)。これにより、操作者は、聴診位置の肺音データが異常肺音であるか否かを聴診時に直ちに認識することができる。
【0071】
注目中の聴診位置の肺音データの取得と分析を終えると、分析対象肺音取得手段162は、全ての聴診位置の肺音データの取得と分析を終えたか否かを判定する(ステップS32)。取得を終えていない聴診位置が残っている場合、分析対象肺音取得手段162は、次の順序の聴診位置に注目を移し(ステップS33)、ステップS24に戻って、上述した処理と同様の処理を繰り返す。
【0072】
また、全ての聴診位置の肺音データの取得と分析を終えた場合、分析対象肺音取得手段162は
図8の処理を終了する。また、分析対象肺音取得手段162は、患者Aの都合などにより、全ての聴診位置の肺音データの取得と分析が完了する前に
図8の処理を終了することがある。
図8の処理が途中終了した場合、肺音データの取得と分析が行われていない聴診位置に対応する分析対象肺音情報153中の肺音情報1534はNULL値のままである。
【0073】
続いて、緊急度1535の算出を行う
図7のステップS13の詳細を説明する。
【0074】
肺音異常検知手段163は、聴診位置毎の肺音データの分析結果に基づいて、患者Aの心不全の重症度を判定し、その判定した重症度に基づいて緊急度1535を算出する。肺音異常検知手段163は、心不全の重症度の判定では、聴診位置毎の肺音データの分析結果から心不全の重症度を判定するための判定テーブルを参照して、心不全の重症度を判定する。
【0075】
図11は、上記判定テーブルの一例を示す図である。
図11に示す判定テーブルは、聴診位置(1)~(12)に1対1に対応する列と、重症度に1対1に対応する行とを有し、行と列の交点に肺音異常有りを示す+記号、および肺音異常無しを示す-記号を設定している。
図11を参照すると、判定テーブルでは、何れの聴診位置にも肺音異常がない場合、重症度0と判定される。また、判定テーブルでは、背部の下肺野に設定された聴診位置(11)、(12)の少なくとも一方に肺音異常があり、それ以外の聴診位置(1)~(10)に肺音異常がない場合、重症度1と判定される。また、判定テーブルでは、聴診位置(11)、(12)の双方に肺音異常があり、前胸部の下肺野に設定された聴診位置(5)、(6)の何れか一方のみに肺音異常があり、それ以外の聴診位置(1)~(4)、(7)~(10)に肺音異常がない場合、重症度2と判定される。最終行に設定された重症度Nは、全ての聴診位置(1)~(12)に肺音異常があるものとされている。
図11では、重症度2と重症度Nとの間の1以上の重症度は記載が省略されているが、それらに関しても肺音異常が有る聴診位置と肺音異常が無い聴診位置とが設定されている。重症度2と重症度Nとの間の1以上の重症度では、肺音異常があるとされる聴診位置の数は4以上、12未満であり、重症度Nに近づくにつれ、その数は増加する。
【0076】
図11に示した判定テーブルでは、聴診位置(1)~(12)における肺音異常の有無の組み合わせにより、心不全の重症度を重症度0から重症度NまでN+1のクラスに分類している。ここで、重症度0は、異常肺音が全く聞こえない状態であるため、心不全が寛解している状態であると言える。また、重症度1は、背部の下肺野のみで肺音異常が聞こえる状態であるため、心不全は寛解しているとは言えないが、軽症であり、このような状態で退院する患者も存在する状態である。重症度2は、背部の下肺野に加えて前胸部の下肺野の一方にも異常肺音が出ているため、重症度1よりは重症であると言える。但し、いまだ軽症に属するため、この時点で適切な対応を取れば再入院を防止できる確率が高いと言える。
【0077】
聴診位置の分析結果から心不全の重症度を判定する判定テーブルは、
図11に示したものに限定されない。例えば、ラ音は、吸気の終末だけ聴こえるときは軽症、吸気開始直後から聞こえるときは重症といった知見がある。そのため、判定テーブルに、聴診位置毎の異常肺音の有無に加えて、異常肺音が聞こえるタイミングを設定し、聴診位置と異常肺音の有無と異常肺音が聞こえるタイミングの組み合わせによって、心不全の重症度を判定するようにしてもよい。
【0078】
また、肺音異常検知手段163は、聴診位置がどこであるかを問わず、異常肺音となった聴診位置の数から患者Aの心不全の重症度を判定してもよい。例えば、肺音異常検知手段163は、異常肺音となった聴診位置の数が0、1以上2以下、3以上4以下、5以上8以下、9以上のとき、それぞれ重症度0、1、2、3、4(最大)としてよい。
【0079】
また、肺音異常検知手段163は、患者Aの都合などにより
図8に示す処理が途中終了したことにより、聴診位置毎の肺音情報1534の少なくとも一部の分析結果がNULL値である場合、次のような処理を行う。先ず、肺音異常検知手段163は、分析結果がNULL値になっている、即ち肺音データが取得されず異常肺音か否かの分析が行われていない聴診位置の数が、事前に設定された第1の閾値未満であるという条件を満足する否かを判定する。換言すれば、肺音異常検知手段163は、肺音データが取得されて異常肺音か否かの分析が行われた聴診位置の数が事前に設定された第2の閾値以上であるという条件を満足するか否かを判定する。ここで、第1の閾値および第2の閾値は固定値であっても患者の退院時の状態に応じた可変値であってもよい。固定値とする場合、例えば第1の閾値は4以下、第2の閾値は8以上としてよい。また、可変値とする場合、何れの聴診位置でも異常肺音のない状態で退院した患者の場合、例えば第1の閾値は10以下、第2の閾値は2以上としてよく、それ以外の患者の場合、固定値と同様としてよい。そして、肺音異常検知手段163は、上記条件を満足しない場合、重症度は算出せず(従って、緊急度も算出しない)、今回の肺音分析をエラー終了し、その旨を画面表示部14に表示する。その理由は、誤った情報を操作者などに与えないようにするためである。
【0080】
一方、上記条件を満足する場合、肺音異常検知手段163は、異常肺音か否かの分析が行われていない聴診位置において肺音異常が検知されなかったと仮定して、重症度を算出する。そして、肺音異常検知手段163は、算出した重症度を最も楽観的な値として保持する。即ち、算出した重症度が重症度1であった場合、「重症度1」ではなく「重症度1以上」あるいは「最低でも重症度1」として保持する。例えば、患者Aが何れの聴診位置でも異常肺音のない状態で退院したとして、聴診位置(11)、(12)の2か所のみ肺音データの取得と分析が行われ、その結果、少なくとも一方の聴診位置で異常肺音が検出されたとする。この場合、肺音異常検知手段163は、その他の聴診位置(1)~(10)では肺音異常は検知されなかったと仮定し、
図11の判定テーブルに基づいて重症度1と判定し、それを踏まえて、「重症度1以上」と判定する。
【0081】
肺音異常検知手段163は、上述のようにして聴診位置毎の肺音データの分析結果から心不全の重症度を判定すると、その判定した重症度から緊急度1535を決定する。例えば、肺音異常検知手段163は、心不全の重症度0~Nのみに基づいて、緊急度1535を決定してよい。即ち、肺音異常検知手段163は、緊急度1535の取りえる範囲を緊急度0から緊急度NまでのN+1クラスとし、決定した心不全の重症度i(i=0~N)と1対1に対応する緊急度iを決定するようにしてもよい。
【0082】
また、肺音異常検知手段163は、心不全の重症度0~Nと患者Aの状態とに基づいて、緊急度1535を決定してもよい。例えば、患者Aの状態として、単位期間で体重が一定量増加(例えば1週間で3kg以上増加)したか否か、むくみ、せき、食欲低下などの自覚症状の有無、脈拍が所定数を超えているか否かなどが考えられる。そして、肺音異常検知手段163は、心不全の重症度に基づいて決定した緊急度を、患者Aの状態に応じて、より大きくなるように補正したものを最終的な緊急度としてもよい。例えば、肺音異常検知手段163は、心不全の重症度から決定した緊急度が緊急度0あるいは1であっても、体重増加があれば、緊急度を1あるいは2に増大するようにしてもよい。但し、補正後の緊急度の上限はNである。
【0083】
続いて、分析結果出力手段164が、分析対象肺音情報153をファイルとして添付したメールを、連絡先メールアドレス1526宛てに送信した後の動作について説明する。
【0084】
上記メールを受信した病院などでは、添付されたファイルに格納された分析対象肺音情報153が心不全の専門医によって分析される。なお、分析対象肺音情報153は、ファイル添付に限らず、リンクの記入等のSaaS形式によって心不全の専門医と共有する形態であってもよい。例えば、専門医は、分析対象肺音情報153に記録された聴診位置毎の肺音データをパーソナルコンピュータなどによって再生し、患者Aの肺音からラ音などの副雑音が聴取されないか等を診断する。そして、専門医は、聴診位置毎の肺音データに対する聴診所見を作成し、分析対象肺音情報153に記録する。こうして専門医の聴診所見が記録された分析対象肺音情報153は、送信元の肺音分析装置10にメールなどの通信手段によって返送される。以下、専門医の聴診所見が記録された分析対象肺音情報を聴診所見付き分析対象肺音情報と記す。
図12は、聴診所見付き分析対象肺音情報153の構成例を示す。
【0085】
肺音異常検知手段163は、肺音分析装置10の通信I/F部12を通じて受信した聴診所見付き分析対象肺音情報153によって、記憶部15に記録された元の分析対象肺音情報153を更新する。次に、肺音異常検知手段163は、患者Aの正常モデルの中にタイプ2の正常モデルが存在する場合、そのタイプ2の正常モデルに対応する聴診位置の肺音情報に記録された聴診所見に、肺音データがラ音などの副雑音を含まない正常な肺音データである旨が記録されているか否かを確認する。次に、肺音異常検知手段163は、正常であると確認された正常な肺音データを使用してタイプ1の正常モデルを学習する。次に、この学習して得られたタイプ1の正常モデルを、それまで使っていたタイプ2の正常モデルの代わりに以後、使用する。このようにすることにより、退院時に正常な肺音がなかったために本来の正常モデルとして学習できなかった聴診位置についても、症状の改善が見られた場合に速やかに、本来の正常モデルを使用して肺音異常を検知できるようになる。
【0086】
以上説明したように、本実施形態によれば、患者Aの肺音を含む時系列音響信号を吸気相の期間と呼気相の期間と休止相の期間とに分割し、休止相の期間を除外して残りの吸気相および呼気相の期間の時系列音響信号から肺音異常を検知するため、休止相の期間に含まれる雑音に影響を全く受けずに肺音異常を検知することができる。
【0087】
また、本実施形態によれば、休止相の期間の時系列音響信号から背景雑音を検出し、吸気相および呼気相の期間の患者Aの肺音を含む時系列音響信号から上記背景雑音を除去し、この背景雑音除去後の吸気相および呼気相の期間の時系列音響信号から肺音異常を検知するため、背景雑音の影響を受けずに肺音異常を検知することができる。
【0088】
以上の説明では、肺音異常検知手段163は、正常音だけを予め学習してその範囲に入らない音を異常音として検知する異常検知方法を使用した。しかし、肺音異常検知手段163は、上記異常検知方法以外の方法を用いて肺音異常を検知してもよい。例えば、肺音異常検知手段163は、断続性ラ音である水泡音(coarse crackles)や捻髪音(fine crackles)、連続性ラ音である笛音(wheezes)やいびき音(rhonchi)などの異常音を予め学習してその音がしたことを検知する教師有り学習による異常検知方法を使用してもよい。
【0089】
例えば、肺音異常検知手段163は、教師有り学習として、例えば異常音を収集したデータベースを対象に、ディープラーニングを用いて、入力された音データ(入力データ)の特徴および判別基準を学習したモデルを作成し、検知時には入力データがそのモデルに適合するか否かを調べることで検知を行うようにしてよい。肺音異常検知手段163は、例えば学習および入力データには音声を一定の区間毎にFFT(高速フーリエ変換)やlog-FFTして時系列順に並べたスペクトログラムを用い、ディープラーニングにはRNN(リカレントニューラルネットワーク)やCNN(コンボリューティブニューラルネットワーク)を用いることができる。
【0090】
また、肺音異常検知手段163は、肺音波形をゼロ交差係数やMFCC(メル周波数ケプストラム係数)などの短時間特徴量に変換して、機械学習によって異常音を検知する方法を使用してもよい。例えば肺音異常検知手段163は、学習時にGMM(混合ガウス分布)でモデル化して、検知時に該当モデルに適合するか否かを調べるようにしてよい。また肺音異常検知手段163は、SVM(サポートベクターマシン)のような識別器の識別面を学習して、その識別面を用いて、入力されたデータが異常音に該当するかを識別してもよい。肺音異常検知手段163は、こうした特徴量を、前述のような直接求める方法以外にも、NMF(非負値行列因子分解)やPCA(主成分分析)のように、データそのものを用いて特徴量を生成するようにしてもよい。
【0091】
また、肺音異常検知手段163は、入力信号の長時間パワー分布や、特定周波数ビン範囲の成分量・成分比率の分布など、入力波形の統計的特徴を用いて、決定木などにより異常音を検知してもよい。その場合、肺音異常検知手段163は、決定木の項目としては、直接の値(例えばパワーが3フレーム連続して20mWを超えた場合)の他、統計的特徴(例えばガウス近似して3σより大きい処理フレームが発生した場合)を用いてもよい。また、肺音異常検知手段163は、入力信号そのものではなく、それをAR(自己回帰)過程などでモデル化し、そのモデルパラメータの幾つかが閾値を超えることなどによって、異常音を検知してもよい。これらの方法は学習過程を含まない場合があるが、決定木の構成や閾値の決定などに対象信号である異常音の観察を含むため、便宜上教師有り学習に含める。
【0092】
[第2の実施の形態]
図13は、本発明の第2の実施形態に係る肺音分析システム20のブロック図である。
図13を参照すると、肺音分析システム20は、複数の肺音分析装置21と、サーバ装置22とから構成されている。また、複数の肺音分析装置21とサーバ装置22とは、インターネットなどのネットワークを通じて相互に通信可能に接続されている。
【0093】
肺音分析装置21は、心不全治療を受けて退院した患者から肺音を取得して分析する情報処理装置である。肺音分析装置21は、スマートフォン、タブレット型端末、PDA、ノートパソコンなどであってよいが、それらに限定されない。肺音分析装置21は、図示しない電子聴診器、通信I/F部、操作入力部、画面表示部、記憶部、および、演算処理部を備えている。
【0094】
サーバ装置22は、複数の肺音分析装置21に対して、肺音分析に必要な各種のサービスを、ネットワーク23を通じて提供するコンピュータである。例えば、サーバ装置22は、
図1に示した肺音記録152、分析対象肺音情報153、およびプログラム151の少なくとも一部を記憶し、それらを、ネットワーク23を通じて肺音分析装置21に提供する。そのため、肺音分析装置21は、
図1の肺音分析装置10と比較して、記憶部15に肺音記録152、分析対象肺音情報153、およびプログラム151の少なくとも一部を記憶する必要がなく、記憶容量を削減することができる。
【0095】
また、サーバ装置22は、
図1に示した肺音記録取得手段161、分析対象肺音取得手段162、肺音異常検知手段163、および分析結果出力手段164の少なくとも一部の機能を、ネットワーク23を通じて肺音分析装置21に提供する。即ち、サーバ装置22は、
図5のステップS1~S2、
図7のステップS11~S14、
図8のステップS21~S33の処理の少なくとも一部を、肺音分析装置21に代わって実行する。そのため、肺音分析装置21は、
図1の肺音分析装置10と比較して、演算処理部16の構成を簡素化することができる。
【0096】
[第3の実施形態]
図14は、本発明の第3の実施形態に係る肺音分析システム30のブロック図である。
図14を参照すると、肺音分析システム30は、取得手段31と判定手段32と分割手段33と検知手段34とから構成されている。
【0097】
取得手段31は、心不全患者である被験者の肺音を含む時系列音響信号を取得するように構成されている。取得手段31は、例えば
図8のステップS24と同様に構成することができるが、それに限定されない。
【0098】
判定手段32は、被験者の呼吸の休止相を判定するように構成されている。判定手段32は、例えば
図8のステップS29において
図10を参照して説明したように構成することができるが、それに限定されない。
【0099】
分割手段33は、上記判定の結果に従って、上記時系列音響信号を被験者の呼吸の休止相の期間と休止相以外の期間とに分割するように構成されている。分割手段33は、例えば
図8のステップS29において
図10を参照して説明したように構成することができるが、それに限定されない。
【0100】
検知手段34は、上記分割後の休止相以外の期間の時系列音響信号から、肺音異常を検知するように構成されている。検知手段34は、例えば
図1の肺音異常検知手段163と同様に構成することができるが、それに限定されない。
【0101】
以上のように構成された肺音分析システム30は、以下のように機能する。即ち、先ず取得手段31は、心不全患者である被験者の肺音を含む時系列音響信号を取得する。次に判定手段32は、被験者の呼吸の休止相を判定する。次に分割手段33は、上記判定の結果に従って、被験者の肺音を含む時系列音響信号を被験者の休止相の期間と休止相以外の期間とに分割する。次に検知手段34は、上記分割後の休止相以外の期間の時系列音響信号から、肺音異常を検知する。
【0102】
このように構成され動作する肺音分析システム30によれば、心不全患者である被験者の肺音を含む時系列音響信号中の呼吸の休止相の期間に含まれる雑音に影響を受けずに肺音異常を検知することができる。その理由は、被験者の肺音を含む時系列音響信号を休止相の期間と休止相以外の期間とに分割し、休止相以外の期間の時系列音響信号から肺音異常を検知するためである。
【0103】
以上、上記各実施形態を参照して本発明を説明したが、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではない。本発明の構成や詳細には、本発明の範囲内で当業者が理解しうる様々な変更をすることができる。例えば、以下のような構成も本発明に含まれる。
【0104】
正常モデルによる異常検知は、統計的に外れていることを、異常判定の根拠とする。そのため、肺音データに性状の異なるラ音(荒い断続性ラ音、細かい断続性ラ音)が存在していても、肺音異常であることは検知されるが、その性状までは検知されない。同様に、正常モデルによる異常検知は、ラ音の出現数が少なくても多くても、肺音異常であることは検知されるが、ラ音の出現数までは検知されない。これに対して、前述した教師有り学習による異常検知方法では、肺音の異常音の種別や数まで検知することができる。そして、同じラ音であっても性状が細かければ軽度、荒ければ重症であり、ラ音の出現数が多いほど重症であるという知見がある。そのため、前述した教師有り学習による異常検知方法を用いる場合、
図11に示した判定テーブルに、異常音の種別や数を設定し、異常音の種別や数をも考慮して、心不全の重症度を判定するようにしてもよい。
【0105】
例えば、分析対象肺音取得手段は、肺音が正しく録音できていないと判定した場合に、さらに大きく呼吸をするよう被験者に指示してよい。また、分析対象肺音取得手段は、聴診する位置をAR(Augmented Reality:拡張現実)表示によって操作者に指示してよい。また、分析対象肺音取得手段は、被験者の性別等の事前登録情報に基づいて、聴診する位置を変更してよい。また、分析対象肺音取得手段は、聴診器が当てられたこと、すなわちチェストピースが被験者の体に接触したことを検出すると、呼吸指示を開始するようにしてよい。また、分析対象肺音取得手段は、呼吸指示は、被験者が指定したアバターの表示または声によって行ってよい。また、分析対象肺音取得手段は、予め定められた期間内に肺音の取得が行われなかったときに、被験者が指定したアバターの表示又は声によって肺音の取得を督促するようにしてよい。
【0106】
また、肺音異常検知手段は、検知した異常音を肺音異常検知手段の学習データとしてよい。また、肺音異常検知手段は、サーバに送った異常音データをもとに医師が判断して、その医師による最終的な判断結果(正常または異常)をシステムに登録したものを学習データとしてよい。また、肺音異常検知手段は、被験者毎に正常時の基準音を予め取得し、その基準音に基づいて異常音を検知してよい。また、肺音異常検知手段は、被験者の事前登録情報(体重や服薬履歴データを含む)や、聴診位置に基づいて、異常検知に用いるモデルを変更してよい。
【0107】
また、分析結果出力手段は、分析結果や分析に使用した肺音記録、分析対象肺音情報を含む記憶情報を、画面表示部などに時系列に表示してよい。また、分析結果出力手段は、異常が検知されない場合でもサーバに情報を送信してよい。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明は、人の肺音を分析するシステムに利用でき、特に心不全治療を受けて退院した患者の心不全増悪を早期に検出し再入院を防止するシステムに利用できる。
【0109】
上記の実施形態の一部又は全部は、以下の付記のようにも記載され得るが、以下には限られない。
[付記1]
心不全患者である被験者の肺音を含む時系列音響信号を取得する取得手段と、
前記被験者の呼吸の休止相を判定する判定手段と、
前記判定の結果に従って、前記時系列音響信号を前記被験者の呼吸の休止相の期間と休止相以外の期間とに分割する分割手段と、
前記分割後の前記休止相以外の期間の前記時系列音響信号から、肺音異常を検知する検知手段と、
を備える肺音分析システム。
[付記2]
前記分割後の前記休止相の期間の前記時系列音響信号から背景雑音を検出する雑音検出手段を、更に備える
付記1に記載の肺音分析システム。
[付記3]
前記分割後の前記休止相以外の期間の前記時系列音響信号から前記検出された背景雑音を除去する雑音除去手段を、更に備える
付記2に記載の肺音分析システム。
[付記4]
前記検知手段は、前記背景雑音除去後の前記休止相以外の期間の前記時系列音響信号から肺音異常を検知する、
付記3に記載の肺音分析システム。
[付記5]
前記取得手段は、前記被験者の複数の聴診位置のそれぞれから肺音を含む時系列音響信号を取得する
付記1乃至4の何れかに記載の肺音分析システム。
[付記6]
心不全患者である被験者の肺音を含む時系列音響信号を取得し、
前記被験者の呼吸の休止相を判定し、
前記判定の結果に従って、前記時系列音響信号を前記被験者の呼吸の休止相の期間と休止相以外の期間とに分割し、
前記分割後の前記休止相以外の期間の前記時系列音響信号から、肺音異常を検知する、
肺音分析方法。
[付記7]
さらに、前記分割後の前記休止相の期間の前記時系列音響信号から背景雑音を検出する
付記6に記載の肺音分析方法。
[付記8]
さらに、前記分割後の前記休止相以外の期間の前記時系列音響信号から前記検出された背景雑音を除去する
付記7に記載の肺音分析方法。
[付記9]
前記肺音異常の検知では、前記背景雑音除去後の前記休止相以外の期間の前記時系列音響信号から肺音異常を検知する、
付記8に記載の肺音分析方法。
[付記10]
コンピュータに、
心不全患者である被験者の肺音を含む時系列音響信号を取得する処理と、
前記被験者の呼吸の休止相を判定する処理と、
前記判定の結果に従って、前記時系列音響信号を前記被験者の呼吸の休止相の期間と休止相以外の期間とに分割する処理と、
前記分割後の前記休止相以外の期間の前記時系列音響信号から、肺音異常を検知する処理と、
を行わせるためのプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【符号の説明】
【0110】
10 肺音分析装置
11 電子聴診器
12 通信I/F部
13 操作入力部
14 画面表示部
15 記憶部
16 演算処理部
151 プログラム
152 肺音記録
153 分析対象肺音情報
161 肺音記録取得手段
162 分析対象肺音取得手段
163 肺音異常検知手段
164 分析結果出力手段