(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-09
(45)【発行日】2024-09-18
(54)【発明の名称】電動四輪駆動車両の制御方法及び制御装置
(51)【国際特許分類】
B60L 15/20 20060101AFI20240910BHJP
B60L 9/18 20060101ALI20240910BHJP
【FI】
B60L15/20 Y
B60L15/20 S
B60L9/18 S
B60L9/18 P
(21)【出願番号】P 2022554988
(86)(22)【出願日】2020-10-05
(86)【国際出願番号】 JP2020037768
(87)【国際公開番号】W WO2022074717
(87)【国際公開日】2022-04-14
【審査請求日】2023-03-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】弁理士法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】廣井 大祐
(72)【発明者】
【氏名】平 雅仁
(72)【発明者】
【氏名】橋本 健太郎
【審査官】清水 康
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-311644(JP,A)
【文献】特開2008-230465(JP,A)
【文献】特開2002-227679(JP,A)
【文献】特表2015-521553(JP,A)
【文献】特開2006-014404(JP,A)
【文献】特開2004-090702(JP,A)
【文献】特開2009-278770(JP,A)
【文献】特開2005-033866(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 1/00 - 3/12
B60L 7/00 - 13/00
B60L 15/00 - 58/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
前輪を駆動するフロント駆動源と、前記前輪から独立して後輪を駆動するリア駆動源と、を備える電動四輪駆動車両の制御方法であって、
シフトレバーの入力状態に基づいて前記電動四輪駆動車両の駆動方向を取得し、
前記電動四輪駆動車両の実際の移動方向を取得し、
アクセル開度がゼロであり、前記駆動方向と前記移動方向が異なる場合
は、前記前輪及び前記後輪に、前記移動方向への移動を抑制する基本駆動力を設定し、
さらに、前記前輪及び前記後輪のうちいずれか一方が相対的に路面抵抗の低い路面にあ
り、かつ、他方が相対的に路面抵抗の高い路面にあるときには、
前記前輪及び前記後輪のうち、路面抵抗が高い路面にある他方の車輪は前記基本駆動力または前記基本駆動力よりも大きい駆動力で駆動し、
前記前輪及び前記後輪のうち、路面抵抗が低い路面にある一方の車輪
に対しては駆動力に上限値を設定する制限を実施することにより、前記一方の車輪を前記基本駆動力よりも小さい駆動力で駆動する、
電動四輪駆動車両の制御方法。
【請求項2】
請求項1に記載の電動四輪駆動車両の制御方法であって、
前記前輪及び前記後輪のうち、前記移動方向にある
車輪に発生させる駆動力に
予め前記上限値を設定する、
電動四輪駆動車両の制御方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の電動四輪駆動車両の制御方法であって、
前記前輪及び前記後輪のうち
前記他方の車輪を、前記基本駆動力よりも大きい駆動力で駆動する、
電動四輪駆動車両の制御方法。
【請求項4】
請求項3に記載の電動四輪駆動車両の制御方法であって、
前記一方の車輪における低減分の駆動力のうち少なくとも一部を、前記他方の車輪に発生させる駆動力に加算することにより、前記他方の車輪を前記基本駆動力よりも大きい駆動力で駆動する、
電動四輪駆動車両の制御方法。
【請求項5】
請求項3または4に記載の電動四輪駆動車両の制御方法であって、
前記前輪及び前記後輪に発生させる前記基本駆動力の総量から、前記上限値を設定した前記一方の車輪に発生させる駆動力を減算した駆動力で、前記他方の車輪を駆動することにより、前記基本駆動力の総量を一定に保つ、
電動四輪駆動車両の制御方法。
【請求項6】
請求項3~5のいずれか1項に記載の電動四輪駆動車両の制御方法であって、
前記他方の車輪の回転速度に基づいて前記基本駆動力を算出する、
電動四輪駆動車両の制御方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の電動四輪駆動車両の制御方法であって、
前記一方の車輪が路面にグリップする範囲内に前記上限値を設定する、
電動四輪駆動車両の制御方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の電動四輪駆動車両の制御方法であって、
車速に応じて前記上限値を設定する、
電動四輪駆動車両の制御方法。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか1項に記載の電動四輪駆動車両の制御方法であって、
アクセル開度が所定の閾値以下の場合に前記制限を実施し、
前記アクセル開度が前記閾値よりも大きい場合に前記制限を解除する、
電動四輪駆動車両の制御方法。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか1項に記載の電動四輪駆動車両の制御方法であって、
前記一方の車輪が、前記駆動方向に対して逆方向に回転する場合、前記制限を解除する、
電動四輪駆動車両の制御方法。
【請求項11】
前輪を駆動するフロント駆動源と、前記前輪から独立して後輪を駆動するリア駆動源と、を備える電動四輪駆動車両の制御装置であって、
シフトレバーの入力状態に基づいて前記電動四輪駆動車両の駆動方向を取得し、
前記電動四輪駆動車両の実際の移動方向を取得し、
アクセル開度がゼロであり、前記駆動方向と前記移動方向が異なる場合に
は、前記前輪及び前記後輪に、前記移動方向への移動を抑制する基本駆動力を設定し、
さらに、前記前輪及び前記後輪のうちいずれか一方が相対的に路面抵抗の低い路面にあ
り、かつ、他方が相対的に路面抵抗の高い路面にあるときには、
前記前輪及び前記後輪のうち、路面抵抗が高い路面にある他方の車輪は前記基本駆動力または前記基本駆動力よりも大きい駆動力で駆動し、
前記前輪及び前記後輪のうち、路面抵抗が低い路面にある一方の車輪
に対しては駆動力に上限値を設定する制限を実施することにより、前記一方の車輪を前記基本駆動力よりも小さい駆動力で駆動する、
電動四輪駆動車両の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータを駆動源として使用する電動四輪駆動車両の制御方法及び制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
JP2005-033866Aには、駆動源としてエンジンとモータを備えるハイブリッド車両が停止した路面が登坂路であると判定された場合、ブレーキ解除時にモータによって路面勾配に応じたトルクを発生させることにより、ハイブリッド車両の後退を防止することが記載されている。また、このJP2005-033866Aに記載されたハイブリッド車両は四輪駆動であり、かつ、前輪と後輪にそれぞれ別個のモータを接続し、それぞれ異なるパワードライブユニットによって制御するものである。
【発明の概要】
【0003】
駆動源としてモータを備える電動車両は、坂路に停止した状態から発進する場合に、重力に従った坂を下る方向への移動(以下、ロールバックという)を低減することができる。具体的には、電動車両は、例えば、フィードバック制御によって路面勾配に応じたトルクをモータで発生させることで、あるいは、車輪の後進方向への回転を検知したときに前進方向へのトルクをモータで発生させることで、ロールバックを低減することができる。なお、坂路に停止した状態から発進する場合には、ブレーキペダルを離し、アクセルペダルを踏み込むことによって車両(電動車両)を前進させる場合の他、単にブレーキペダルを離し、ロールバックさせることによって車両(電動車両)を後進させる場合を含む。そして、電動車両が四輪駆動車両である場合、四輪駆動車両である以上当然に、ロールバックを低減するためのトルクは前輪と後輪の両方を使用して発生させるのが合理的である。
【0004】
しかし、前輪と後輪が受ける路面抵抗が異なる場合、ロールバックを低減するためのモータトルクによって、車両が、通常、運転者や同乗者等が想定しない動作をする場合がある。例えば、車両が坂路で発進する場合、多少のロールバックが発生することは想定される。しかし、前輪と後輪のうち一方の車輪が相対的に低抵抗な路面上にある場合、上記のようにロールバックを低減するためのモータトルクを発生させると、低抵抗な路面上にある一方の車輪が路面にグリップせず、駆動方向(進行を予定する方向)に向けて空転する場合がある。このため、ロールバックを低減するためのモータトルク制御が、運転者等に対して、車両の動作状態について違和感(以下、単に違和感という)を与えてしまう場合がある。
【0005】
この一部の車輪の空転に起因する違和感の問題は、全ての車輪が機械的に連動して駆動する従来の四輪駆動車両では発生しない。したがって、上記のように車輪の空転に起因する違和感は、複数の車輪のうち一部の車輪を独立に制御し得る四輪駆動車両、例えば、前輪と後輪をそれぞれ異なる電動モータによって駆動する電動四輪駆動車両に特有の課題である。
【0006】
本発明は、運転者等に違和感を与えずに、ロールバックを低減するためのモータトルク制御を実施できる電動四輪駆動車両の制御方法及び制御装置を提供することを目的とする。
【0007】
本発明のある態様の電動四輪駆動車両の制御方法は、前輪を駆動するフロント駆動源と、前輪から独立して後輪を駆動するリア駆動源と、を備える電動四輪駆動車両の制御方法であって、シフトレバーの入力状態に基づいて電動四輪駆動車両の駆動方向を取得し、電動四輪駆動車両の実際の移動方向を取得し、駆動方向と移動方向が異なる場合は、前輪及び後輪に、移動方向への移動を抑制する基本駆動力を設定し、さらに、前輪及び後輪のうちいずれか一方が相対的に路面抵抗の低い路面にあり、かつ、他方が相対的に路面抵抗の高い路面にあるときには、前輪及び後輪のうち、路面抵抗が高い路面にある他方の車輪は基本駆動力または基本駆動力よりも大きい駆動力で駆動し、前輪及び後輪のうち、路面抵抗が低い路面にある一方の車輪に対しては駆動力に上限値を設定する制限を実施することにより、一方の車輪を前記基本駆動力よりも小さい駆動力で駆動する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法を実行する電動四輪駆動車両の構成を説明するブロック図である。
【
図2】
図2は、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法の主要な処理を説明するフローチャートである。
【
図3】
図3は、アクセル開度-トルクテーブルの一例を示すグラフである。
【
図4】
図4は、トルク配分処理の構成を示すブロック線図である。
【
図5】
図5は、第2補正処理の構成を示すブロック線図である。
【
図6】
図6は、ロールバック時に課すトルク制限において設定する上限値を示すマップである。
【
図7】
図7は、電動四輪駆動車両がロールバックする可能性がある状況の一例を示す説明図である。
【
図8】
図8は、トルク制限を実施しない比較例における車輪の回転数、トルク、及び、アクセル開度の推移を示すグラフである。
【
図9】
図9は、トルク制限を実施する場合の車輪の回転数、トルク、及び、アクセル開度の推移を示すグラフである。
【
図10】
図10は、ロールバック時と同様の動作を示す可能性がある状況を示す説明図である。
【
図11】
図11は、変形例の第2補正処理の構成を示すブロック線図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、添付図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0010】
図1は、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法を実行する電動四輪駆動車両の構成を説明するブロック図である。
【0011】
なお、電動車両とは、駆動源として電動モータ(以下、単にモータという)を備え、1または複数の車輪にモータが発生するトルクに起因した駆動力を発生させることによって走行し得る車両をいう。このため、電動車両には、いわゆる電気自動車の他、駆動源としてモータとエンジンを併用するハイブリッド車両を含まれる。例えば、電動車両には、前輪と後輪のいずれか一方の車輪の駆動源としてモータを使用し、他方の車輪の駆動源としてエンジンを使用するハイブリッド車両も含む。また、四輪駆動車両とは、4個の車輪を駆動輪として利用し得る車両をいう。このため、四輪駆動車両には、常に4個の車輪を駆動輪として利用する車両の他、いわゆる前輪駆動または後輪駆動の二輪駆動と切り替えが可能な車両を含む。また、四輪駆動車両は、4個の車輪の一部を連動して駆動輪として制御でき、4個の車輪を独立して駆動する駆動輪として制御する場合がある。
【0012】
したがって、本実施形態において、電動四輪駆動車両とは、4つの車輪のうち一部または全部の車輪に、モータが発生するトルクに起因した駆動力を発生させることによって走行し得る車両をいう。
【0013】
図1に示すように、車両100は電動四輪駆動車両である。車両100は、フロント駆動システムfdsと、リア駆動システムrdsと、バッテリ1と、モータコントローラ2(コントローラ)と、を備える。
【0014】
フロント駆動システムfdsは、バッテリ1から電力の供給を受け、モータコントローラ2による制御の下で、前輪9fを駆動するシステムである。具体的に、フロント駆動システムfdsは、フロントインバータ3f、フロント駆動モータ4f、フロント減速機5f、フロント回転センサ6f、フロントドライブシャフト8f、及び、前輪9f等を備える。
【0015】
前輪9fは、車両100が備える4個の車輪のうち、相対的に車両100の前方向にある一対の車輪である。車両100の前方向とは、運転者の搭乗席の向き等に応じて形式的に定める所定の方向である。また、フロント駆動システムfdsによって、前輪9fは車両100の駆動力を発生する駆動輪として機能する。
【0016】
リア駆動システムrdsは、バッテリ1から電力の供給を受け、モータコントローラ2による制御の下で、後輪9rを駆動するシステムである。具体的に、リア駆動システムrdsは、フロント駆動システムfdsと対称に、リアインバータ3r、リア駆動モータ4r、リア減速機5r、リア回転センサ6r、リアドライブシャフト8r、及び、後輪9rを備える。
【0017】
後輪9rは、車両100が備える4個の車輪のうち、相対的に車両100の後方向にある一対の車輪である。車両100の後方向とは、車両100の前方向に対して逆向きの方向をいう。リア駆動システムrdsによって、後輪9rは車両100の駆動力を発生する駆動輪として機能する。
【0018】
バッテリ1は、インバータを介してモータに接続し、放電することによってモータに駆動電力を供給する。また、バッテリ1は、モータから回生電力の供給を受けることによって充電できる。フロント駆動システムfdsにおいては、バッテリ1は、フロントインバータ3fを介してフロント駆動モータ4fに接続する。同様に、リア駆動システムrdsにおいては、バッテリ1は、リアインバータ3rを介してリア駆動モータ4rに接続する。
【0019】
モータコントローラ2は、車両100の制御装置である。モータコントローラ2は、例えば、中央演算装置(CPU)、読み出し専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)、及び、入出力インタフェース(I/Oインタフェース)等から構成されるコンピュータである。モータコントローラ2は、車両100の車両変数に基づいて、フロント駆動モータ4f及びリア駆動モータ4rを制御するための制御信号を生成する。モータコントローラ2は、フロント駆動モータ4f及びリア駆動モータ4rを制御することにより、前輪9f及び後輪9rの動作をそれぞれに制御する。
【0020】
車両変数とは、車両100の全体または車両100を構成する各部の動作状態または制御状態を示す情報である。車両変数は、検出、計測、または演算等により得ることができる。例えば、アクセル開度、シフトレバーのレンジ信号、車速、ヨーレート、バッテリ1の直流電圧値、操舵角、及び、各モータの回転子位相,三相交流電流,電気角速度,回転速度,回転数,車輪速度等が車両100の車両変数である。モータコントローラ2は、例えばデジタル信号として入力されるこれらの車両変数を用いて、フロント駆動モータ4f及びリア駆動モータ4rをそれぞれ制御する。
【0021】
フロント駆動モータ4f及びリア駆動モータ4rを制御するための制御信号は、例えば、これら各モータの電流を制御するPWM信号(Pulse Width Modulation signal)である。モータコントローラ2は、生成するPWM信号に応じてフロントインバータ3f及びリアインバータ3rの駆動信号をそれぞれ生成する。
【0022】
フロントインバータ3f及びリアインバータ3rは、例えば、各相に対応して2個のスイッチング素子(例えば、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)やMOS-FET(metal-oxide-semiconductor field-effect transistor)等のパワー半導体素子)を備える。これらの各インバータは、モータコントローラ2が生成する駆動信号に応じてスイッチング素子をオン/オフすることにより、バッテリ1から供給される直流電流を交流電流に変換し、それぞれフロント駆動モータ4f及びリア駆動モータ4rに供給する電流を調節する。また、各インバータは、回生制動力によってフロント駆動モータ4f及びリア駆動モータ4rが発生する交流電流を直流電流に逆変換し、バッテリ1に供給する電流を調節する。
【0023】
フロント駆動モータ4f及びリア駆動モータ4rは、例えば三相交流モータであり、接続するインバータから供給される交流電流により駆動力(トルク)を発生する。フロント駆動モータ4fが発生した駆動力は、フロント減速機5f及びフロントドライブシャフト8fを介して前輪9fに伝達する。同様に、リア駆動モータ4rが発生した駆動力は、リア減速機5r及びリアドライブシャフト8rを介して後輪9rに伝達する。また、フロント駆動モータ4f及びリア駆動モータ4rは、それぞれ前輪9f及び後輪9rに連れ回されて回転する場合に、回生制動力を発生し、車両100の運動エネルギーを電気エネルギーとして回収する。なお、フロント駆動モータ4fは、前輪9fを駆動する駆動源(フロント駆動源)である。同様に、リア駆動モータ4rは、前輪9fから独立して後輪9rを駆動する駆動源(リア駆動源)である。
【0024】
フロント減速機5f及びリア減速機5rは、例えば複数の歯車から構成される。これらの各減速機は、各々が接続するモータの回転速度を減じてドライブシャフトに伝達することにより、減速比に比例した駆動トルクまたは制動トルク(以下、単にトルクという)を発生する。
【0025】
フロント回転センサ6f及びリア回転センサ6rは、各々が接続するモータの回転子位相を検出し、モータコントローラ2に出力する。フロント回転センサ6f及びリア回転センサ6rは、例えばレゾルバやエンコーダである。
【0026】
フロント電流センサ7f及びリア電流センサ7rは、各々が接続するモータに流れる電流を検出し、モータコントローラ2に出力する。本実施形態においては、これらの電流センサは、各モータの三相交流電流をそれぞれ検出する。なお、フロント電流センサ7f及びリア電流センサ7rを用いて、任意の2相の電流を検出し、残りの1相の電流は演算によって求めてもよい。
【0027】
車両100は、フロント駆動システムfdsに組み込まれたフロント回転センサ6f及びフロント電流センサ7f、並びに、リア駆動システムrdsに組み込まれたリア回転センサ6r及びリア電流センサ7rの他に、その他の各種センサ15を備える。その他の各種センサ15には、例えば、アクセル開度センサ15a、加速度センサ(図示しない)、速度センサ(図示しない)、ヨーレートセンサ15b、GPS(Global Positioning System)センサ(図示しない)、及び/または、操舵角センサ(図示しない)等の各種センサが含まれる。アクセル開度センサ15aは、アクセル(図示しない)の操作量であるアクセル開度APOを検出する。加速度センサは、車両100の前後方向及び/または横方向の加速度を検出する。速度センサは、車両100の車速Vを検出する。車速Vは、車両100の車体全体の移動速度(車体速度)である。ヨーレートセンサ15bは、車両100のヨーレートを検出する。GPSセンサは、車両100の位置情報を検出する。操舵角センサは、ステアリングホイール(図示しない)の操舵角を検出する。これらの各種センサ15が検出した検出値は、モータコントローラ2に入力される。すなわち、モータコントローラ2は、アクセル開度APO、前後方向の加速度、横方向の加速度、ヨーレート、位置情報、及び、操舵角等の検出された車両変数を必要に応じて取得することができる。
【0028】
この他、モータコントローラ2は、車両100が備える図示しない各種装置等の動作または設定の状態を、車両変数として任意に取得可能である。例えば、モータコントローラ2は、変速機(図示しない)を操作するためのシフトレバー16から、その入力状態を取得できる。本実施形態においては、車両100はオートマチックトランスミッションであり、車両100のシフトレバー16はいわゆるセレクターである。このため、モータコントローラ2は、シフトレバー16の入力状態として、パーキング(「P」)、リバース(「R」)、ニュートラル(「N」)、ドライブ(「D」)等のレンジを示す信号(以下、レンジ信号という)を取得する。これにより、モータコントローラ2は、運転者が意図する車両100の駆動方向等を判定する。例えば、レンジ信号SFTがDレンジである場合、モータコントローラ2は、運転者が意図する車両100の駆動方向が前方向であると判定し、車両100を前方向に向けて駆動するための制御を実行する。このため、レンジ信号SFTがDレンジの場合、車両100の駆動方向は前方向である。また、レンジ信号SFTがRレンジである場合、モータコントローラ2は、運転者が意図する車両100の駆動方向が後方向であると判定し、車両100を後方向に向けて駆動するための制御を実行する。このため、レンジ信号SFTがRレンジである場合、車両100の駆動方向は後方向である。
【0029】
図2は、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法の主要な処理を説明するフローチャートである。
図2に示すように、モータコントローラ2は、入力処理S201、基本トルク目標値算出処理S202、トルク配分処理S203、電流目標値算出処理S204、及び、電流制御処理S205を実行する。なお、モータコントローラ2は、これらの処理を所定の演算周期ごとに実行するようにプログラムされている。
【0030】
1.入力処理
入力処理S201は、モータコントローラ2が、各種センサ15等から入力を受けることにより、車両変数を取得する処理である。また、後続の処理において使用するパラメータのうち、車両変数として直接的に得られないものについては、入力処理S201において、モータコントローラ2が車両変数を用いた演算等により取得する。
【0031】
本実施形態においては、モータコントローラ2は、アクセル開度APO[%]、各モータの回転子位相[rad]及び三相交流電流[A]、シフトレバー16のレンジ信号SFT、車速V[km/h]、ヨーレートYR[deg/sec]、及び、バッテリ1の直流電圧値Vdc[V]を各種センサ15等から取得する。特に、モータコントローラ2は、シフトレバー16の入力状態を示すレンジ信号SFTに基づいて、車両100の駆動方向を取得する。
【0032】
また、モータコントローラ2は、入力処理S201において、モータ電気角速度ωe[rad/s]、モータ回転速度ωm[rad/s]、モータ回転数Nm[rpm]、及び、車輪速度ωw[km/h]を以下のように演算により取得する。
【0033】
(1)モータ電気角速度ωe
モータコントローラ2は、回転子位相αを時間微分することにより、各モータ電気角速度ωeを求める。すなわち、モータコントローラ2は、フロント駆動モータ4fの回転子位相αfを微分することにより、フロントモータ電気角速度ωefを求める。また、モータコントローラ2は、リア駆動モータ4rの回転子位相αrを微分することにより、リアモータ電気角速度ωerを求める。
【0034】
(2)モータ回転速度ωm
モータコントローラ2は、モータ電気角速度ωeをモータの極対数で除して、機械的な角速度であるモータ回転速度ωmを算出する。すなわち、モータコントローラ2は、フロントモータ電気角速度ωefをフロント駆動モータ4fの極対数で除すことにより、フロントモータ回転速度ωmfを算出する。同様に、モータコントローラ2は、リアモータ電気角速度ωerをリア駆動モータ4rの極対数で除すことにより、リアモータ回転速度ωmrを算出する。
【0035】
また、モータコントローラ2は、算出したフロントモータ回転速度ωmf及び/またはリアモータ回転速度ωmrの正負等に基づいて、車両100の実際の移動方向を取得する。実際の移動方向とは、シフトレバー16の入力状態等に関わらず、現実に車両100が移動する方向をいう。例えば、車両100が前方向を坂上方向に向け、かつ、シフトレバー16の入力状態がDレンジであっても、車両100が現実に坂下方向に向けてロールバックしている場合、実際の移動方向は坂下方向、すなわち車両100の後方向である。本実施形態では、モータコントローラ2は、フロントモータ回転速度ωmfの正負により、車両100の実際の移動方向を取得する。
【0036】
(3)モータ回転数Nm
モータコントローラ2は、モータ回転速度ωmに単位変換係数(60/2π)を乗じることでモータ回転数Nmを算出する。すなわち、モータコントローラ2は、フロントモータ回転速度ωmfの単位を変換することにより、フロントモータ回転数Nmfを算出する。同様に、モータコントローラ2は、リアモータ回転速度ωmrの単位を変換することにより、リアモータ回転数Nmrを算出する。
【0037】
(4)車輪速度ωw
モータコントローラ2は、フロントモータ回転速度ωmfに前輪9fの動半径Rfを乗算した値と、フロント減速機5fのギア比と、に基づいて前輪9fの車輪速度である前輪速度ωwfを算出する。同様に、モータコントローラ2は、リアモータ回転速度ωmrに後輪9rの動半径Rrを乗算した値と、リア減速機5rのギア比と、に基づいて後輪9rの車輪速度である後輪速度ωwrを算出する。また、本実施形態では、上記のように求められた前輪速度ωwf及び後輪速度ωwrに単位変換係数を施し、前輪速度ωwf及び後輪速度ωwrの単位[m/s]が[km/h]に変換される。
【0038】
2.基本トルク目標値算出処理
基本トルク目標値算出処理S202は、モータコントローラ2が、車両変数に基づいて基本トルク目標値Tm0*を算出する処理である。基本トルク目標値Tm0*は、運転者がアクセルの操作等により、車両100に要求するトルク(いわゆる要求トルク)である。また、基本トルク目標値Tm0*は、フロント駆動モータ4fで発生させるトルクとリア駆動モータ4rで発生させるトルクの総量についての目標値である。
【0039】
より具体的には、モータコントローラ2は、
図3に示すアクセル開度-トルクテーブルを参照し、アクセル開度APO及びモータ回転速度ωmに基づいて、基本トルク目標値Tm0
*を算出する。モータコントローラ2がアクセル開度-トルクテーブルを参照する際には、モータ回転速度ωmとして、フロントモータ回転速度ωmf、リアモータ回転速度ωmr、または、これらの平均値等を用いることができる。本実施形態においては、モータコントローラ2は、フロントモータ回転速度ωmfを用いて、基本トルク目標値Tm0
*を算出する。
【0040】
なお、
図3に示すように、モータ回転速度ωmが負である範囲のうち所定範囲において、基本トルク目標値Tm0
*は正の値になる。これは、車両100のロールバックを抑制し、もしくは、ロールバックの移動量及び/または移動速度を低減するための設定である。すなわち、基本トルク目標値算出処理S202では、モータ回転速度ωmが負である範囲のうち所定範囲において正の基本トルク目標値Tm0
*を算出することにより、ロールバック時に、前輪9f及び後輪9rに対して車両100の実際の移動方向への移動を抑制する基本駆動力を設定する。ただし、前輪9fまたは後輪9rのうちいずれか一方が相対的に路面抵抗μの低い路面(以下、低μ路面という)にある場合、後述するように、このロールバックを低減するための基本駆動力によって、運転者に、車両の動作状態について違和感を与えてしまう場合がある。そこで、後述するように、モータコントローラ2は低μ路面にある車輪に配分するトルクに上限値を設定する。
【0041】
3.トルク配分処理
トルク配分処理S203は、モータコントローラ2が、基本トルク目標値Tm0*を、フロント駆動モータ4fで発生させるトルクの目標値と、リア駆動モータ4rで発生させるトルクの目標値と、に配分する処理である。すなわち、トルク配分処理S203は、基本トルク目標値Tm0*を前輪9fと後輪9rに配分する処理である。
【0042】
図4は、トルク配分処理S203の構成を示すブロック線図である。
図4に示すように、トルク配分処理S203は、第1補正処理S410、配分比乗算処理S420、第2補正処理S430、フロントトルク目標値算出処理S440、フィードバック処理S450、及び、レートリミッタ処理S460を含む。
【0043】
(1)第1補正処理
第1補正処理S410では、前輪9f及び後輪9rへの配分の前に、基本トルク目標値Tm0*を補正することにより、前輪9f及び後輪9rで発生させる駆動力の総量が制限される。具体的には、第1補正処理S410では、基本トルク目標値Tm0*に所定係数βを乗算することにより、第1トルク目標値Tm1*が算出される。
【0044】
基本トルク目標値Tm0*に乗算する所定係数βは、基本トルク目標値Tm0*の制限量を表す。したがって、所定係数βは例えば1以下の正数である。また、所定係数βは、ヨーフィードバックトルクTyに基づいて定められる。ヨーフィードバックトルクTyは、上記のように第1補正処理S410にフィードバックすることにより、車両100の横方向へのスリップを低減するためのトルクである。ヨーフィードバックトルクTyは、ヨーフィードバック制御S411において算出される。例えば、ヨーフィードバックトルクTyは、操舵角、ヨーレートYR、及び、ヨーレートYRとその目標値(以下、ヨーレート目標値という)との偏差等に基づいて算出される。ヨーレート目標値は、例えば、車速Vと操舵角に基づいて定められる。
【0045】
第1補正処理S410では、ヨーフィードバックトルクTyに基づいて定める所定係数βによって基本トルク目標値Tm0*を制限するので、前輪9f及び後輪9rに発生させる駆動力がヨーレートYRに応じて制限される。その結果、ヨーレートYRが低減されるので、車両100の横方向へのスリップまたはその可能性が低減される。
【0046】
(2)配分比乗算処理
配分比乗算処理S420では、第1トルク目標値Tm1*に、所定の配分比κを乗算することにより、第1リアトルク目標値Tm1r*が算出される。配分比κは、配分比決定処理S421において、例えば、走行モードの設定、または、車両100の重心位置の遷移等に基づいて決定される。また、本実施形態においては、エネルギー効率を優先した第1配分比と、走行安定性を重視した第2配分比等が予め定められており、配分比決定処理S421ではこれらの配分比から設定等に応じて配分比が選択される。
【0047】
(3)第2補正処理
第2補正処理S430では、第1リアトルク目標値Tm1r
*に対して各種補正処理等が施され、第2リアトルク目標値Tm2r
*が算出される。第2リアトルク目標値Tm2r
*は、フィードバック処理S450及びレートリミッタ処理S460による補正等を受けた後、リアトルク目標値Tmr
*となる。リアトルク目標値Tmr
*は、第1トルク目標値Tm1
*のうち、後輪9rに配分するトルク目標値である。すなわち、リアトルク目標値Tmr
*は、後輪9rに対してリア駆動モータ4rが出力するトルクの最終的な目標値である。したがって、モータコントローラ2は、このリアトルク目標値Tmr
*に基づいてリア駆動モータ4rを制御する。第2補正処理S430で行われる各種補正処理等については、詳細を後述する。なお、最終的なリアトルク目標値Tmr
*に基づく制御により、後輪9rに発生するトルクは、リアトルクTmr(
図9参照)である。また、第2補正処理S430は、現在の車両変数等に基づいて目標値を決定するフィードフォワード制御である。
【0048】
(4)フロントトルク目標値算出処理
フロントトルク目標値算出処理S440では、第1トルク目標値Tm1
*から、第2リアトルク目標値Tm2r
*を減算することにより、第1フロントトルク目標値Tm1f
*が算出される。第1フロントトルク目標値Tm1f
*は、フィードバック処理S450及びレートリミッタ処理S460による補正等を受けた後、フロントトルク目標値Tmf
*となる。フロントトルク目標値Tmf
*は、第1トルク目標値Tm1
*のうち、前輪9fに配分するトルクの目標値である。すなわち、フロントトルク目標値Tmf
*は、前輪9fに対してフロント駆動モータ4fが出力するトルクの最終的な目標値である。したがって、モータコントローラ2は、このフロントトルク目標値Tmf
*に基づいてフロント駆動モータ4fを制御する。なお、最終的なフロントトルク目標値Tmf
*に基づく制御により、前輪9fに発生する実際のトルクは、フロントトルクTmf(
図9参照)である。また、リアトルクTmrとフロントトルクTmfの総量は総トルクTm(
図9参照)である。
【0049】
また、後述するように、第2リアトルク目標値Tm2r*は第1リアトルク目標値Tm1r*をトルク制限により低減したものである。このため、フロントトルク目標値算出処理S440において第1トルク目標値Tm1*から第2リアトルク目標値Tm2r*を減算する演算は、実質的に、トルク制限によるリアトルク(後輪9rのトルク)の低減分をフロントトルク(前輪9fのトルク)に加算する演算である。したがって、前輪9f及び後輪9rに配分するトルクの総量である第1トルク目標値Tm1*が保たれる。その結果、後輪9rに発生させる駆動力が基本駆動力よりも低減された場合、低減分の駆動力は、前輪9fに発生される駆動力に加算され、前輪9fは基本駆動力よりも大きい駆動力で駆動される。
【0050】
なお、本実施形態においては、フロントトルク目標値算出処理S440において、第1フロントトルク目標値Tm1f*が第1トルク目標値Tm1*から第2リアトルク目標値Tm2r*を減算することによって算出されるので、実質的に、トルク制限によるリアトルクの低減部の全部がフロントトルクに加算される。ただし、フロントトルク目標値算出処理S440においては、トルク制限によるリアトルクの低減分の一部をフロントトルクに加算されてもよい。例えば、第1トルク目標値Tm1*に配分比「1-κ」を乗じ、その結果に第1リアトルク目標値Tm1r*と第2リアトルク目標値Tm2r*の差分の一部を加算する方法で、第1フロントトルク目標値Tm1f*が算出されてもよい。
【0051】
(5)フィードバック処理
フィードバック処理S450では、前輪9f用のフィードバックトルクFBTf(図示しない)と、後輪9r用のフィードバックトルクFBTr(図示しない)と、が算出される。そして、第1フロントトルク目標値Tmf1*には前輪9f用のフィードバックトルクFBTfが加算され、第2リアトルク目標値Tmr2*には後輪9r用のフィードバックトルクFBTrが加算される。
【0052】
フィードバックトルクFBTfは、例えば、フロントモータ回転速度ωmfとリアモータ回転速度ωmrの偏差Δωm(図示しない)、及び/または、フロントモータ回転速度ωmfの目標値(推定値)と実測値との偏差Δωmf(図示しない)、等に基づいて算出される。同様に、フィードバックトルクFBTrは、例えば、フロントモータ回転速度ωmfとリアモータ回転速度ωmrとの偏差Δωm、及び/または、リアモータ回転速度ωmrの目標値(推定値)と実測値との偏差Δωmr(図示しない)、等に基づいて算出される。
【0053】
本実施形態においては、フィードバックトルクFBTf及びFBTrは、フロントモータ回転速度ωmfとリアモータ回転速度ωmrの偏差Δωmに基づいて算出される。偏差Δωmは、前輪9fと後輪9rの回転数(あるいは回転速度)の差を表すものであり、前輪9f及び後輪9rのスリップに関連する。したがって、偏差Δωmに基づいて算出されたフィードバックトルクFBTf及びFBTrの加算は、それぞれ前輪9f及び後輪9rのスリップを抑制または低減する。
【0054】
(6)レートリミッタ処理
レートリミッタ処理S460では、フィードバックトルクFBTfが加算された第1フロントトルク目標値Tmf1*及びフィードバックトルクFBTrが加算された第2リアトルク目標値Tmr2*に対して、各々の変化率に対して上限値が設定される。レートリミッタ処理S460により、前輪9f及び後輪9rのスリップが防止または低減される。
【0055】
4.電流目標値算出処理
図2の電流目標値算出処理S204では、フロント駆動モータ4f及びリア駆動モータ4rのdq軸電流目標値が算出される。フロント駆動モータ4fのdq軸電流目標値は、フロントトルク目標値Tmf
*及びバッテリ1の直流電圧値Vdcに基づき、予め定められた所定のテーブルを参照することによって算出される。同様に、リア駆動モータ4rのdq軸電流目標値は、リアトルク目標値Tmr
*及びバッテリ1の直流電圧値Vdcに基づき、予め定められた所定のテーブルを参照することによって算出される。
【0056】
5.電流制御処理
電流制御処理S205では、フロント駆動モータ4f及びリア駆動モータ4rのdq軸電流目標値に基づいてこれらを駆動することにより、それぞれフロントトルク目標値Tmf*及びリアトルク目標値Tmr*で指示されたトルクが出力される。
【0057】
具体的には、まず、三相交流電流値及び回転子位相に基づいて、dq軸電流値が算出される。次に、このdq軸電流値と、電流目標値算出処理S204で算出されたdq軸電流目標値と、の偏差から、dq軸電圧指令値が算出される。さらに、dq軸電圧指令値及び回転子位相に基づいて、三相交流電圧指令値が算出される。そして、三相交流電圧指令値及びバッテリ1の直流電圧値Vdcに基づいてPWM信号が求められる。これらのdq軸電流値、dq軸電圧指令値、三相交流電圧指令値、及び、PWM信号は、フロント駆動モータ4f及びリア駆動モータ4rについてそれぞれ算出される。このようにして求められたPWM信号により、フロントインバータ3f及びリアインバータ3rのスイッチング素子を開閉することによって、フロント駆動モータ4f及びリア駆動モータ4rは、それぞれフロントトルク目標値Tmf*及びリアトルク目標値Tmr*で指定されたトルクで駆動される。
【0058】
次に、上記の第2補正処理S430の詳細について説明する。
【0059】
図5は、第2補正処理S430の構成を示すブロック線図である。
図5に示すように、第2補正処理S430は、逆転判定処理S510、上限値算出処理S520、及び、最小値処理S530を含む。
【0060】
(a)逆転判定処理
逆転判定処理S510では、車両100の駆動方向に対して、車両100の実際の移動方向が逆転しているか否かが判定される。本実施形態においては、車両100の駆動方向は、シフトレバー16のレンジ信号SFTによって定められる。また、本実施形態においては、車両100の実際の移動方向は、フロントモータ回転速度ωmfによって定められる。この逆転判定処理S510は、例えば車両100が坂路にある場合には、車両100がロールバックするか否か、あるいは、車両100がロールバックしているか否か、を判定するものである。すなわち、レンジ信号SFTが示す車両100の駆動方向と、フロントモータ回転速度ωmfが示す車両100の実際の移動方向と、が異なるか否かが判定される。この判定の結果、駆動方向と実際の移動方向が異なる場合、負のフロントモータ回転速度ωmfが出力される。例えば、レンジ信号SFTがDレンジであるにもかかわらず、フロントモータ回転速度ωmfが負値である場合、車両100の駆動方向は前方向であるのに対して、実際の移動方向は後方向である。これは、例えば車両100が登坂路で後退するロールバックシーンである。また、レンジ信号SFTがRレンジであるにもかかわらず、フロントモータ回転速度ωmfが正値である場合、車両100の駆動方向は後方向であるのに対して、実際の移動方向は前方向である。これは、例えば降坂路で車両100が前進するロールバックシーンである。なお、本実施形態において「ロールバック」は、駆動方向とは逆向きに車両100が移動することをいう。したがって、ロールバックには、車両100が後方向に移動する場合だけでなく、上記のように車両100が前方向に移動する場合を含む。
【0061】
より具体的には、逆転判定処理S510は、乗算処理S511と、出力選択処理S512と、を含む。
【0062】
乗算処理S511では、フロントモータ回転速度ωmfに「-1」が乗算される。これにより、フロントモータ回転速度ωmfの符号が反転される。乗算処理S511の演算結果は、出力選択処理S512で使用される。
【0063】
出力選択処理S512では、乗算処理S511で符号が反転されたフロントモータ回転速度ωmfと、算出されたフロントモータ回転速度ωmf(符号反転前のフロントモータ回転速度ωmf)と、のうち一方が選択され、上限値算出処理S520で使用するために出力される。この選択は、シフトレバー16のレンジ信号SFTに基づいて行われる。具体的には、シフトレバー16のレンジ信号SFTがRレンジであるときには、符号が反転されたフロントモータ回転速度ωmfが選択される。また、シフトレバー16のレンジ信号SFTがDレンジであるときには、符号反転前のフロントモータ回転速度ωmfが選択される。これにより、出力選択処理S512では、車両100がロールバックすると、負のフロントモータ回転速度ωmfが出力される。
【0064】
(b)上限値算出処理
上限値算出処理S520では、車速V及びアクセル開度APOに基づいて、上限値TULが算出される。上限値算出処理S520で算出された上限値TULは、最小値処理S530で使用される。これにより、上限値TULは、ロールバック時に第1リアトルク目標値Tmr1*に対して課されるトルク制限として機能する。
【0065】
図6は、ロールバック時に課すトルク制限において設定する上限値T
ULを示すマップである。
図6に示すように、上限値T
ULは、車速Vがゼロ以下の範囲において、アクセル開度APOの値に応じて定められている。なお、
図6に示す車速Vは、車両変数として直接的に取得可能であるが、モータ回転速度ωmであるフロントモータ回転速度ωmfまたはリアモータ回転速度ωmrを車速(車輪速度ωwである後輪速度ωwr)に換算し、これを車速Vの代わりに用いることができる。本実施形態では、逆転判定処理S510の判定結果として出力されるフロントモータ回転速度ωmfが車速Vに換算して使用される。
【0066】
車速Vがゼロ、かつ、アクセル開度APOがゼロの場合の上限値TUL(以下、基本上限値という)は「T1」である。この基本上限値T1は、車速Vが正値の場合に配分される通常のトルク、すなわち駆動方向と実際の移動方向が一致する場合に配分されるトルク、に対して段差を形成せずに滑らかに接続するために予め定める値である。これにより、ロールバックが始まってトルク制限が実施されるときに、及び、ロールバックが収まって通常の制御に移行するときに、車両100へのショックやハンチングが生じず、移行が滑らかである。
【0067】
アクセル開度APOがゼロの場合、車速Vの絶対値が比較的小さい所定の範囲において、上限値TULは、基本上限値T1から所定のスロープC1にしたがって滑らかに減少するように定められている。スロープC1があることにより、車速Vの変動に対して、すなわちモータ回転速度ωmの変動に対して、ロバスト性が担保される。なお、スロープC1の具体的形状は実験またはシミュレーション等によって予め定められる。
【0068】
また、アクセル開度APOがゼロであって、上限値TULがスロープC1によって定められる範囲よりも車速Vが小さく、ロールバックの移動速度が大きい場合、上限値TULは、例えば一定値である所定値T2に定められる。この所定値T2は、車輪の空転を抑制する程度の値であり、実験またはシミュレーション等によって予め定められる。また、車輪の空転を抑制しつつ、適度な駆動力を発揮させるためには、所定値T2を設定する代わりに、例えば、車速Vが大きいほど基本上限値T1から上限値TULが小さくなるように設定し、車速Vが大きいほどトルク制限を大きくすることが好ましい。
【0069】
車速Vがゼロである場合、アクセル開度APOが所定の閾値Th1以下の範囲において、上限値TULは、基本上限値T1から最大値T3まで増加するように定められている。所定の閾値Th1は、例えば、アクセル開度APOが実質的にゼロである範囲を定める値である。また、最大値T3は、上限値TULを設定する第1リアトルク目標値Tm1r*として入力され得る値に対して十分に大きく定められる。すなわち、上限値TULが最大値T3となる範囲は、実質的にトルク制限を解除するものである。このため、閾値Th1よりも大きいアクセル開度APOでは実質的にトルク制限が実施されない。また、上限値TULが最大値T3となる範囲は、車速Vに依らず、アクセル開度APOが閾値Th1以上の範囲である。したがって、上限値TULは、閾値Th1未満のアクセル開度APOが実質的にゼロとなる範囲において作用する。
【0070】
また、上限値TULは、基本上限値T1から所定のスロープC2にしたがって滑らかに増加するように定められている。スロープC2があることにより、アクセル開度APOの変動に対するロバスト性が担保される。なお、スロープC2の具体的形状は実験またはシミュレーション等に基づいて予め定められる。
【0071】
この他、車速Vがゼロ以下、かつ、アクセル開度APOが閾値Th1以下の範囲に形成される上限値TULの曲面CSは、スロープC1及びスロープC2によって滑らかな凸部が形成される他に、急峻な凹凸や不連続が形成されないように定められている。これにより、上限値TULが適用される車速V及びアクセル開度APOの範囲において、モータ回転速度ωm及びアクセル開度APOの変動に対してロバスト性が担保される。
【0072】
(c)最小値処理
最小値処理S530では、第1リアトルク目標値Tmr1*と、上限値算出処理S520で算出された上限値TULが比較され、これらのうち、より小さい値が第2リアトルク目標値Tmr2*として出力される。この結果、最小値処理S530では、第1リアトルク目標値Tmr1*が上限値TUL以下に制限された第2リアトルク目標値Tmr2*が出力される。すなわち、最小値処理S530では、第1リアトルク目標値Tmr1*を上限値TUL以下に制限するトルク制限が実行される。なお、車両100の駆動方向と実際の移動方向が同じ方向である場合、上限値TULは最大値T3であり、実質的にトルク制限が解除されるので、第1リアトルク目標値Tmr1*がそのまま第2リアトルク目標値Tmr2*として出力される。
【0073】
以上のように、第2補正処理S430によって、第1リアトルク目標値Tm1r*が上限値TUL以下に制限された第2リアトルク目標値Tm2r*が出力される。このように第2補正処理S430の結果として出力される第2リアトルク目標値Tm2r*は、前述のように、フィードバック処理S450及びレートリミッタ処理S460を経て、最終的にリアトルク目標値Tmr*となる。
【0074】
なお、上記の説明においては、
図4に示すトルク配分処理S203において、前輪9fと後輪9rに先後関係または優先関係がある。例えば、後輪9rに配分するトルクを先に決定し、これに応じて前輪9fに配分するトルクを定めるという先後関係がある。また、前輪9fの回転速度(フロントモータ回転速度ωmf)を用いて、後輪9rのトルク(第2リアトルク目標値Tmr2
*)に上限値T
ULを設定するという優先関係がある。また、本実施形態では、車速Vをモータ回転速度ωmから換算して求める場合、リアモータ回転速度ωmrではなく、フロントモータ回転速度ωmfを用いるという優先関係がある。
【0075】
しかし、これらの先後関係及び優先関係は交換可能であり、モータコントローラ2は必要に応じてこれらの先後関係及び優先関係を入れ替えて車両100を制御する。すなわち、モータコントローラ2は、
図4に示すトルク配分処理S203において後輪9rのトルクを決定するのと同様に、先に前輪9fのトルクを算出し、その後、配分するトルクの総量である第1トルク目標値Tm1
*から、算出された前輪9fのトルクを減算することにより、後輪9rのトルクを算出する場合がある。この場合、前輪9fのトルクの算出過程で、前輪9fのトルクに対して第2補正処理S430を行い、前輪9fのトルクに上限値T
ULが設定される。また、前輪9fのトルクに対して第2補正処理S430を行う場合、逆転判定処理S510及び上限値算出処理S520においては、フロントモータ回転速度ωmfの代わりに、リアモータ回転速度ωmrが用いられる。そして、車速Vをモータ回転速度ωmから換算して求める場合には、リアモータ回転速度ωmrが用いられる。
【0076】
したがって、本実施形態の車両100においては、モータコントローラ2は、逆転判定処理S510によって車両100の駆動方向と実際の移動方向が異なるか否かを判定する。そして、この逆転判定処理S510の結果、車両100の駆動方向と実際の移動方向が異なる場合に、前輪9f及び後輪9rのうち一方の車輪に配分するトルクに対して、上限値TUL以下に制限するトルク制限を行う(トルク制限)。これにより、車両100の駆動方向と実際の移動方向が異なる場合に、前輪9f及び後輪9rのうち一方の車輪に発生させる駆動力に、上限値TULに対応する上限値PUL(図示しない)を設定する制限(以下、駆動力制限という)が実施される。また、この駆動力制限によって、駆動力が制限される一方の車輪は、フィードバックトルクFBTf及びFBTrによって発生する基本駆動力よりも小さい駆動力で駆動される。
【0077】
以下、本実施形態の車両100の作用効果について説明する。
【0078】
図7は、電動四輪駆動車両がロールバックする可能性がある状況の一例を示す説明図である。また、
図7に示す比較例の車両700は、第2補正処理S430におけるトルク制限を実施しないこと以外は、上記実施形態に係る車両100と同様の制御を行う車両である。
【0079】
ここでは、
図7に示すように、比較例の車両700が、前方向を坂上方向に向け、坂路701上に停車している。坂路701の路面は例えば圧雪路面710であり、その一部には、圧雪路面710に対して相対的に低μ路面である凍結路面(いわゆるアイスバーン)711が含まれる。ここでは簡単のため、圧雪路面710では車輪がグリップし、凍結路面711では車輪がグリップしにくく、車輪に所定程度の駆動力が発生したときに車輪がスリップするものとする。
【0080】
上記のような状況において、運転者がシフトレバー16でDレンジを選択し、比較例の車両700を発進する場合、運転者が意図する比較例の車両700の駆動方向は、前方向(すなわち車両700が登坂する方向)である。そして、坂路701の傾斜角度等によっては、アクセルペダルの操作前すなわちアクセル開度APOがゼロの状態において、車両700が後方向A1に移動するロールバックが発生する場合がある。このようなロールバックが発生する場合、比較例の車両700のモータコントローラ2は、前輪9f及び後輪9rに車両100を駆動方向に駆動するための基本駆動力を発生させる。その結果、車輪が路面にグリップする通常の路面状態であれば、ロールバックの発生が抑制され、または、ロールバックの速度等が低減される。
【0081】
しかし、ここでは前輪9fが圧雪路面710上に、後輪9rが凍結路面711上にあり、前輪9fと後輪9rの路面抵抗μに差異がある。このため、前輪9f及び後輪9rに基本駆動力が発生すると、圧雪路面710にグリップする前輪9fは、例えば、車両100がロールバックしようとする力と釣り合い、あるいは、車両100のロールバックに引き連れられて後方向A2に向けて回転する。この前輪9fの動作は、運転者が当然に予測する車輪の動作である。
【0082】
一方、後輪9rは、低μ路面である凍結路面711条にあるのでグリップしない。このため、比較例の車両700において、後輪9rに基本駆動力が発生すると、後輪9rは、駆動方向である前方向A3に向けて空転する。そして、後輪9rに発生させる基本駆動力のほぼ全てがこの空転に使用されるので、後輪9rの空転の速度は急峻に発生する。また、運転者が体感するロールバックによる車速Vからしても、この後輪9rの空転は、通常の運転者の予測を超える高速な回転速度である。しかも、この後輪9rの空転は、運転者が車輪の回転につながるアクセルの操作を実質的にしておらず、アクセル開度APOがゼロの場合であっても発生する。したがって、比較例の車両700において発生する後輪9rの空転は、運転者に対して違和感を与えてしまう場合がある。
【0083】
図8は、トルク制限を実施しない比較例における車輪の回転数、トルク、及び、アクセル開度の推移を示すグラフである。
図8(A)に示すように、比較例の車両700が時刻t1にロールバックし始めると、比較例の車両700の前輪9f及び後輪9rは、ロールバックに引き連れられて回転するので、フロントモータ回転速度ωmf及びリアモータ回転速度ωmrが減少する。その際、
図8(B)に示すように、フィードバック処理S450によって、前輪9f及び後輪9rの総トルクTmは上昇する。また、この時点(時刻t1~t2)では、前輪9fのトルクであるフロントトルクTmfと後輪9rのトルクであるリアトルクTmrには実質的な差異はない。
【0084】
しかし、時刻t2に凍結路面711上にある後輪9rがスリップすると、
図8(A)に示すように、リアモータ回転速度ωmrは上昇する。そして、ついには、例えば時刻t3において、前輪9fはロールバックによる実際の移動方向に回転しているにも関わらず、リアモータ回転速度ωmrが駆動方向に向けて回転(正転)に転じる。このため、時刻t3以後、前輪9fと後輪9rの回転方向は逆転する。
【0085】
その後(時刻t3以降)、リアモータ回転速度ωmrはさらに上昇を続け、後輪9rの空転は収まらない。
図8(B)に示すように、比較例の車両700では、トルク制限が実施されずにトルク配分処理S203が実行されるので、この時刻t2から時刻t3の間及び時刻t3以降においても、フロントトルクTmfとリアトルクTmrに実質的な差異はない。
【0086】
そして、上記のような後輪9rの空転は、
図8(C)に示すように、運転者がアクセル操作を全く行わず、アクセル開度APOがゼロであり続けている間でも発生する。
【0087】
一方、
図9は、トルク制限を実施する場合の車輪の回転数、トルク、及び、アクセル開度の推移を示すグラフである。すなわち、本実施形態の車両100が上記の比較例の車両700と同様の状況にある場合、
図9(A)に示すように、時刻t1から車両100がロールバックし始めると、前輪9f及び後輪9rはロールバックに引き連れられて回転するので、フロントモータ回転速度ωmf及びリアモータ回転速度ωmrは減少する。また、
図9(B)に示すように、車両100のロールバックによって総トルクTmが上昇し、フロントトルクTmf及びリアトルクTmrにも実質的な差異はない。これらは、比較例の車両700と同様である。
【0088】
しかし、時刻t2に後輪9rがスリップしそうになると、車両100では、第2補正処理S430におけるトルク制限が実行される。これにより、第2リアトルク目標値Tm2r
*は上限値T
ULの制限を受けた値になる。その結果、
図9(B)に示すように、時刻t2以降、リアトルクTmrは上限値T
ULによって定まる値となる。ただし、フロントトルク目標値Tmf
*が第1トルク目標値Tm1
*からリアトルク目標値Tmr
*を減算して算出されるので、総トルクTmは維持される。そして、トルク制限によるリアトルクTmrの減少分は、フロントトルクTmfの増加によって補われる。
【0089】
また、上記のようにリアトルクTmrが上限値T
ULによるトルク制限を受けると、後輪9rは凍結路面711に実質的にグリップする範囲内の駆動力を発生する。このため、後輪9rは実質的にスリップせず、前輪9fと同様にロールバックに引き連れられた回転を維持する。したがって、
図9(A)に示すように、リアモータ回転速度ωmrは、時刻t2以降においても、フロントモータ回転速度ωmfと実質的に同じ値を継続する。すなわち、後輪9rは空転せず、時刻t2の瞬間に極僅かに後輪がスリップするとしても、運転者は当然に予測し得るロールバック時の挙動として車両100の動作を許容できる。したがって、運転者は、ロールバック時に車両100から違和感を覚えることがない。
【0090】
なお、アクセル操作の条件は前述の比較例の車両700のケースと同じである。すなわち、
図9(C)に示すように、車両100の上記動作は、運転者がアクセル操作を全く行わず、アクセル開度APOがゼロであり続けている間の動作である。
【0091】
また、ここでは車両100が坂上方向に前方向を向けている例を挙げたが、車両100が坂下方向に前方向を向けている場合も、前輪9fと後輪9rの先後関係及び優先関係を入れ替えた制御が実行される。このため、車両100が坂下方向に前方向を向けている場合も、車両100は上記と同様に動作する。したがって、運転者は、ロールバック時に車両100から違和感を覚えることがない。
【0092】
以上のように、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法は、前輪9fを駆動するフロント駆動源(フロント駆動モータ4f)と、前輪9fから独立して後輪9rを駆動するリア駆動源(リア駆動モータ4r)と、を備える電動四輪駆動車両(車両100)の制御方法である。また、本実施形態に係る電動四輪駆動車両(車両100)は、シフトレバー16の入力状態(レンジ信号SFT)に基づいて電動四輪駆動車両(車両100)の駆動方向を取得し、かつ、電動四輪駆動車両(車両100)の実際の移動方向を取得する。そして、本実施形態に係る電動四輪駆動車両(車両100)では、駆動方向と実際の移動方向が異なる場合に、[i]前輪9f及び後輪9rに、実際の移動方向への移動を抑制する基本駆動力を設定し、[ii]前輪9f及び後輪9rのうち一方の車輪(例えば後輪9r)に発生させる駆動力に上限値を設定する制限を実施することにより、その一方の車輪(例えば後輪9r)を基本駆動力よりも小さい駆動力で駆動する。
【0093】
これにより、前輪9fと後輪9rが接する路面の路面抵抗に差異があっても、基本駆動力を発生させることによる前輪9fまたは後輪9rの空転が生じない。特に、前輪9fまたは後輪9rが、ロールバックの方向に対して逆向きに回転することがない。このため、運転者に、車両100の動作状態について違和感を与えない制御が継続される。
【0094】
特に、上記実施形態の通り、[ii]前輪9f及び後輪9rのうち一方の車輪(例えば後輪9r)に発生させる駆動力に上限値を設定する制限を実施する第2補正処理S430は、現在の車両変数等に基づいたフィードフォワード制御である。このため、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法は、一方の車輪が現実にスリップまたは空転する前に、すなわち一方の車輪がスリップまたは空転しそうな段階で、これらの発生を抑制し、もしくは、スリップまたは空転の時間、速度、またはその他の程度を低減できる。
【0095】
例えば、フィードバック制御によって第2補正処理S430と同様の処理を行う場合、一方の車輪が現実にスリップまたは空転した後でなければ、これを抑制することができない。また、フィードバック制御で上記のような処理を行う場合、制御の安定性を向上するために、フィードバック制御が効きはじまるのを遅らせる不感帯が設けられる場合がある。また、フィードバック制御では、系の応答遅れ等により、不感帯が生じる場合がある。こうした不感帯があるという観点においても、フィードバック制御では、一方の車輪が現実にスリップまたは空転するのを抑制できない。したがって、第2補正処理S430がフィードフォワード制御であることによって、同様の処理をフィードバック制御により実現する場合と比較して、より良好に、車輪の空転を防止し、運転者が違和感を覚えるのを防ぐことができる。
【0096】
また、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法は、前輪9f及び後輪9rのうち、実際の移動方向にある一方の車輪(例えば後輪9r)に発生させる駆動力に上限値を設定する。車両100がある程度の距離をロールバックする場合、初めは前輪9f及び後輪9rがともに圧雪路面710等のグリップ可能な路面上にあっても、その先に凍結路面711等の低μ路面がある場合がある。このような場合、実際の移動方向にある一方の車輪が、他方の車輪(例えば前輪9f)よりも先に、低μ路面に乗り上げてしまう場合が多い。したがって、上記実施形態のように、実際の移動方向にある一方の車輪に発生させる駆動力に上限値が設定されることにより、ロールバックしている時に一方の車輪が低μ路面に乗り上げた場合でも、この一方の車輪が不意に空転することがない。このため、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法は、運転者に違和感を与えない。
【0097】
また、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法は、前輪9f及び後輪9rのうち一方の車輪(例えば後輪9r)に発生させる駆動力に上限値を設定する制限を実施する場合に、前輪9f及び後輪9rのうち他方の車輪(例えば前輪9f)を、基本駆動力よりも大きい駆動力で駆動する。したがって、駆動力に上限値を設定された一方の車輪の駆動力が低下することによって車両100の総駆動力が低下するが、この一方の車輪で低減された駆動力の少なくとも一部が他方の車輪の駆動力で補われる。その結果、一方の車輪に発生させる駆動力に上限値を設定する制限が実施される場合でも、車両100のロールバックが抑制されやすい。なお、本実施形態においては、他方の車輪を基本駆動力よりも大きい駆動力で駆動する場合、一方の車輪の駆動力の低減分について他方の車輪の基本駆動力を補填している。しかし、この例に限らず、他方の車輪の駆動力は、基本駆動力に、一方の車輪の駆動力の低減分より大きい駆動力を加算した値にしてもよい。
【0098】
また、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法は、一方の車輪(例えば後輪9r)における低減分の駆動力のうち少なくとも一部を、他方の車輪に発生させる駆動力に加算することにより、他方の車輪(例えば前輪9f)を基本駆動力よりも大きい駆動力で駆動する。これにより、一方の車輪で低減された駆動力の少なくとも一部が直接的に他方の車輪の駆動力で補われるので、車両100のロールバックが確実に抑制されやすい。
【0099】
より具体的には、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法は、前輪9f及び後輪9rに発生させる基本駆動力の総量から、上限値を設定した一方の車輪(例えば後輪9r)に発生させる駆動力を減算した駆動力で、他方の車輪(例えば前輪9f)を駆動することにより、基本駆動力の総量を一定に保つ。このため、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法は、一方の車輪に発生させる駆動力に上限値を設定する制限を実施しつつも、このような制限がない場合と同様に車両100のロールバックを抑制できる。すなわち、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法は、基本駆動力の総量が変わらないので、ロールバックの発生を抑制できる。また、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法は、ロールバックが発生する場合でも、ロールバックの速度を低減できる。
【0100】
また、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法は、前輪9f及び後輪9rのうち一方の車輪(例えば後輪9r)に発生させる駆動力に上限値を設定する制限を実施する場合に、他方の車輪(例えば前輪9f)の回転速度に基づいて基本駆動力を算出することができる。すなわち、ロールバック時に課すトルク制限において設定する上限値TULを、上限値を設定しない他方の車輪の車輪速度に基づいて算出することができる。前述のように実際の移動方向にある一方の車輪が他方の車輪よりも先に低μ路面に乗り上げてしまう場合が多いが、路面にグリップしている他方の車輪の車輪速度によれば、車両100の速度を正確に把握できる。その結果、一方の車輪のスリップ程度等に関わらず、一方の車輪の駆動力に対する上限値の設定を適切に実施し、より確実に、運転者に違和感を与えない制御を行うことができる。
【0101】
この他、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法は、一方の車輪(例えば後輪9r)に発生させる駆動力に上限値を設定する制限を実施する場合に、一方の車輪が路面にグリップする範囲内に上限値を設定する。運転者に違和感を覚えさせるような一方の車輪の空転及び/または逆転が生じない範囲で、一方の車輪にも駆動力を発生させる。このため、車両100は、一方の車輪に発生させる駆動力が制限されつつも、その範囲内で、四輪駆動車両としての安定的な動作を継続できる。
【0102】
また、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法は、一方の車輪(例えば後輪9r)に発生させる駆動力に上限値を設定する制限を実施する場合に、車速に応じて上限値を設定する(
図6参照)。これにより、一方の車輪の駆動力が、ロールバックの具体的な状況に応じて適切に制限される。例えば、車速Vが低い(車速Vがゼロに近い)範囲では、一方の車輪の駆動力は、車速Vが正値の場合に配分される通常の駆動力に対して段差を形成せずに滑らかに低減される。その結果、一方の車輪の駆動力の制限が開始されたとしても、車両100にショックや振動等を生じさせず、安定した制御が継続可能である。
【0103】
また、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法は、モータコントローラ2によってアクセル開度APOが所定の閾値Th1以下であるか否かが判定される。そしてこの判定の結果、アクセル開度APOが所定の閾値Th1以下の場合に、一方の車輪(例えば後輪9r)に発生させる駆動力に上限値を設定する制限を実施し、アクセル開度APOが閾値Th1よりも大きい場合にこの制限を実質的に解除し、トルク制限を実質的に実施しないようにする。一方の車輪に空転が生じたときに、運転者が車両100の動作に対して特に違和感を覚えやすい状況の1つは、運転者アクセル操作を行っていない場合である。すなわち、運転者は、自らが何らアクセル操作をしていないにもかかわらず、一方の車輪が勝手に回転することについて不安を感じる場合がある。これに対し、運転者がアクセル操作を行っている場合、自らが車輪の回転につながる操作をおこなっているため、一方の車輪に空転が生じても、運転者は車両100に違和感を覚えにくい。したがって、上記のように運転者が実質的にアクセル操作をしていない範囲において一方の車輪に発生させる駆動力に上限値を設定する制限を実施し、明らかにアクセル操作がなされている場合には制限を解除する。これにより、運転者が、車両100に対して特に違和感を覚えやすいシーンについて、適切に一方の車輪の空転を抑制することができる。
【0104】
また、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法は、一方の車輪(例えば後輪9r)に発生させる駆動力に上限値を設定する制限を実施する場合に、一方の車輪が、駆動方向に対して逆方向に回転する場合には、その制限を解除する。駆動力に上限値を設定する一方の車輪が、駆動方向に対して逆方向、すなわち車両100がロールバックする方向に回転している場合、この一方の車輪はたとえ低μ路面上にあるとしても、その路面にグリップしている。したがって、駆動力に上限値を設定すべき一方の車輪が、路面にグリップしている場合には、駆動力に上限値を設定する制限を解除する。これにより、車両100はロールバック中であっても四輪駆動車両としての安定的な動作を継続することができる。
【0105】
なお、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法は、上記実施形態の通り、車両100が坂路701においてロールバックするシーンに特に好適であるが、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法はその他のシーンにおいても好適である。
【0106】
図10は、ロールバック時と同様の動作を示す可能性がある状況を示す説明図である。
図10に示すように車両100を方向転換する場合、シフトレバー16をRレンジからDレンジに切り替える際に車両100が完全停止しているのが、車両100の理想的な運転態様である。しかし、現実的にこのような方向転換をする際には、シフトレバー16をRレンジからDレンジに切り替える時点で車両100は完全には停止しておらず、惰性で車両100が後退している場合が多い。このような運転態様において、シフトレバー16のレンジがDレンジに切り替えられたタイミングで、車両100の駆動方向は前方向であるにもかかわらず、実際の移動方向は後方向A2である。このため、シフトレバー16のレンジが切り替えられるタイミングにおいて、例えば後輪9rが凍結路面711にあると、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法を実施しなければ、坂路701でロールバックする場合と同様に後輪9rが空転し、運転者は車両100の動作状態に対して違和感を覚える場合がある。一方、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法を実施すれば、上記実施形態と同様に、後輪9rの空転が抑制される。その結果、運転者に車両100の動作状態についての違和感を覚えさせない制御が継続される。
【0107】
なお、前輪9fと後輪9rの全部が機械的機構により連結された従来の四輪駆動車両では、その構造上、ロールバック等の際に上記実施形態等で問題とする一方の車輪(例えば後輪9r)の空転は生じ得ない。したがって、本実施形態に係る電動四輪駆動車両の制御方法は、前輪9fを駆動するフロント駆動源(フロント駆動モータ4f)と、前輪9fから独立して後輪9rを駆動するリア駆動源(リア駆動モータ4r)と、を備える電動四輪駆動車両(車両100)に固有の問題を解決するものである。
【0108】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態及び各変形例で説明した構成は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を限定する趣旨ではない。
【0109】
例えば、上記実施形態においては、
図6に示すグラフに基づいて上限値T
ULが設定することによりアクセル開度APO及び車速Vに応じて滑らかに上限値T
ULの設定が変化するが、複数の予め設定する候補から、使用する上限値T
ULを選択することにより、アクセル開度APO及び車速Vに応じて上限値T
ULを切り替えてもよい。
【0110】
また、上記実施形態においては、第2補正処理S430でトルク制限を行うときに、上限値T
ULを定めるマップ(
図6参照)を用いているが、このマップを用いる以外の方法で、トルク制限の上限値T
ULを定めることができる。
【0111】
例えば、
図11は、変形例の第2補正処理S430の構成を示すブロック線図である。
図11に示すように、変形例の第2補正処理S430では、上限値算出処理S520の代わりに、上限値切替判定処理S521と、上限値選択処理S522と、を備える。
【0112】
上限値切替判定処理S521は、逆転判定処理S510の結果とアクセル開度APOに応じて、上限値TULを切り替えるための上限値切替判定フラグを出力する。より具体的には、上限値切替判定処理S521では、車両100がロールバックして逆転判定処理S510の結果として入力されるフロントモータ回転速度ωmfが負となっているか否かを判定する。また、上限値切替判定処理S521では、アクセル開度APOがゼロであるか否かを判定する。そして、上限値切替判定処理S521では、フロントモータ回転速度ωmfが負であり、かつ、アクセル開度APOがゼロであるときに「真」、それ以外のときに「偽」となる上限値切替判定フラグを出力する。
【0113】
上限値選択処理S522では、上限値切替判定フラグに基づいて、実質的にトルク制限を解除する第1上限値と、最低保証トルクである第2上限値と、から上限値TULを選択する。第1上限値は、例えば、上記実施形態における上限値TULの最大値T3である。第2上限値は、上記実施形態における所定値T2である。このため、上限値選択処理S522では、上限値切替判定フラグが「真」であるときに第2上限値が選択され、上限値切替判定フラグが「偽」でるときに第1上限値が選択される。
【0114】
上記のように、上限値T
ULのマップ(
図6参照)を用いる代わりに、逆転判定処理S510の結果とアクセル開度APOとに基づいて、上限値T
ULを第1上限値と第2上限値とで切り替えると、簡易的に上記実施形態のトルク制限を実施することができる。また、前述の実施形態では、上限値T
ULのマップ(
図6参照)を用いることで、アクセル開度APOが所定の閾値Th1以下の場合に実質的なトルク制限を実施し、アクセル開度APOが閾値Th1よりも大きい場合にトルク制限を実質的に解除することにより、トルク制限を実質的に実施しないようにトルク制限を調整する。これに対し、上記変形例は、閾値Th1がゼロである場合に相当する。すなわち、上記変形例は、アクセル開度APOが所定の閾値以下(アクセル開度APOがゼロである)の場合にトルク制限を実施し、かつ、アクセル開度APOがこの閾値よりも大きい場合(アクセル開度APOがゼロより大きい場合)にトルク制限を実質的に解除することにより、トルク制限を実質的に実施しないように変更するものである。