(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-09
(45)【発行日】2024-09-18
(54)【発明の名称】snoRNAの発現抑制剤を有効成分とするがん増殖抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/713 20060101AFI20240910BHJP
A61K 31/7105 20060101ALI20240910BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240910BHJP
C12N 15/113 20100101ALI20240910BHJP
【FI】
A61K31/713 ZNA
A61K31/7105
A61P35/00
C12N15/113 110Z
(21)【出願番号】P 2023065316
(22)【出願日】2023-04-13
(62)【分割の表示】P 2020507435の分割
【原出願日】2019-02-15
【審査請求日】2023-04-13
(31)【優先権主張番号】P 2018075735
(32)【優先日】2018-03-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】519310953
【氏名又は名称】小胞体ストレス研究所株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118382
【氏名又は名称】多田 央子
(74)【代理人】
【識別番号】100094477
【氏名又は名称】神野 直美
(74)【代理人】
【識別番号】100078813
【氏名又は名称】上代 哲司
(72)【発明者】
【氏名】親泊 政一
【審査官】柴原 直司
(56)【参考文献】
【文献】Biomed. Pharmacother., (2017), 90, p.705-702
【文献】Gastroenterolgy, (2017), 153, [1], p.292-306
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/713
A61P 35/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
SNORD99に特異的にハイブリダイズすることによりSNORD9
9の発現を抑制するsiRNA又はアンチセンスRNAを有効成分とする、がんの増殖抑制剤。
【請求項2】
上記がんが、乳癌、結腸癌、腎癌、肝癌、肺癌、胃癌のいずれかである、請求項1に記載のがんの増殖抑制剤。
【請求項3】
SNORD99に特異的にハイブリダイズすることによりSNORD9
9の発現を抑制するsiRNA又はアンチセンスRNA
が配列番号1
0のsiRNA又はアンチセンスRNAである、請求項1又は2に記載のがんの増殖抑制剤。
【請求項4】
SNORD99に特異的にハイブリダイズすることによりSNORD9
9の発現を抑制するsiRNA又はアンチセンスRNAを有効成分とする、がん治療剤。
【請求項5】
上記がんが、乳癌、結腸癌、腎癌、肝癌、肺癌、胃癌のいずれかである、請求項4に記載のがん治療剤。
【請求項6】
SNORD99に特異的にハイブリダイズすることによりSNORD9
9の発現を抑制するsiRNA又はアンチセンスRNA
が配列番号1
0のsiRNA又はアンチセンスRNAである、請求項4又は5に記載のがん治
療剤。
【請求項7】
配列番号1
0の塩基配列からなるRNA。
【請求項8】
RNAがsiRNA又はアンチセンスRNAである、請求項7に記載のRNA。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核小体低分子RNA(small nucleolar RNA:snoRNA)の発現抑制作用を有する化合物を有効成分とする新規ながん増殖抑制剤、更にはがんの治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
snoRNAは、核小体(nucleolus)に存在するRNAのことであり、
図1に示すように、ノンコーディングRNA(non-cording RNA)の1つである。リボゾームRNA(rRNA)及びその他のRNA遺伝子のメチル化やシュードウリジン化の化学修飾を導く小さなRNA分子の一群である(非特許文献1)。
snoRNAは、リボゾーム遺伝子のイントロンの中にコードされていて、RNAポリメラーゼIIによって合成される。そして、snoRNAは、蛋白質と結合して核小体低分子リボ核酸蛋白質(snoRNP)に変化する。snoRNP複合体は、rRNA等の化学修飾の標的部位に相補的に結合し、rRNA等の化学修飾を触媒する。
rRNA等の結合を誘導するのは、snoRNAの塩基配列であり、その塩基配列に対して相補的なrRNAの塩基配列部分に結合する。
snoRNAはその配列によって主にboxC/dとboxH/ACAの二種に分けられており、その相補的塩基配列により、RNA修飾酵素を正しい位置に並べる機能を有しているとされている。
【0003】
従って、snoRNAが変異を起こす場合や、異常に高発現する場合には、核小体の中でリボソームを適切に構築することが出来難くなる。即ち、リボソームが異常を起こすので、タンパク質の合成が正しく行われなくなり、そのため細胞は正常に機能できなくなり、異常に増殖したり、死滅したりするようになる。snoRNA等の異常により、リボソーム異常を起こし、その結果引き起こされる疾患群は「リボソーム病」と呼ばれている。代表的な疾患は、ダイアモンド・ブラックファン貧血(DBA)という先天性の赤芽球形成不全症であり、リボソームタンパク質(RP)をコードする遺伝子の異常と深く関連している。造血異常の他にも、角化不全、骨格異常、脾臓や肝臓の異常を示す疾患もリボソーム病に含まれている。
現在では、snoRNAが、疾患のバイオマーカーとして使用される多いが(特許文献1)、snoRNAを疾患の治療剤として使用されることは未だ知られていない。snoRNAの用途としては、老化の進行を阻止するために、ある特定のsnoRNAを補充療法として投与することが知られている状況である(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】公表2014-526032号公報
【文献】公表2017-502650号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】生化学第85巻第10号,861-870(2013年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、がん細胞の生体内での定着、増殖を抑制する、新たな作用機序のがんの治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、小胞体ストレス応答に関与するnon-cording RNAの研究を進める中で、タンパク合成に係る核小体のストレス応答に着目し、ストレス応答を制御するsnoRNAとがんとの関係を検討した。
がん細胞では、増殖が盛んなために、タンパク合成が異常に亢進しており、がん細胞自体は常に飢餓状態にある。そのため、がん細胞では、増殖に必要なタンパクの合成に特化したリボソーム構築が行われている。それをコントロールしているのが
図1に示すようにsnoRNAと考えられる。即ち、がん細胞に特有の高発現snoRNAは、がんの生存と増殖に必要なタンパクを供給するためのリボソーム構築に大きく寄与していると考えられた。
そこで、本発明者は、がん細胞に特異的高発現のsnoRNAをピックアップし、そのsnoRNAの発現を抑制すれば、がんの生存と増殖に必要なタンパクを供給するリボソーム構築が困難になると考えた。リボソーム構築が困難になれば、がんの生存と増殖に必要なタンパクが供給できず、がん細胞は生存と増殖が困難になり、死滅して行くと考えた。
本発明者は、上記のコンセプトに基づいて、多くのがん細胞で特異的に高発現のsnoRNAを選択した。そして、選択した高発現のsnoRNAの発現を抑制することによって、がんの増殖が抑制できることを見出した。即ち、がんの増殖抑制は、がんのアポトーシスと生体の免疫反応により、がんの死滅を誘導することになる。このように、本発明者は、snoRNAの発現抑制に基づく新たな作用機序のがんの増殖抑制剤、あるいはがんの治療剤を見出すことができた。
また、本発明者は、がん細胞に特異的に高発現するsnoRNAとして、SNORA50C、SNORA56、SNORD42B、SNORA69、SNORD111、SNORD99、SNORA74A、SNORD105B、SNORD37、SNORD54を特定することができ、これらのsnoRNAのいずれか一つ以上を発現抑制することによって、がん細胞を増殖抑制できることを見出した。
本発明者は、以上の知見に基づいて本発明を完成した。
【0008】
即ち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1)がん細胞で特異的に高発現するsnoRNAの発現抑制剤を有効成分とする、がんの増殖抑制剤。
(2)上記がん細胞が、乳癌、結腸癌、腎癌、肝癌、肺癌(肺腺癌、肺扁平上皮癌)、胃癌のいずれかである、上記(1)に記載のがんの増殖抑制剤。
(3)上記snoRNAが、SNORA50C、SNORA56、SNORD42B、SNORA69、SNORD111、SNORD99、SNORA74A、SNORD105B、SNORD37、SNORD54の中から一つ以上が選択されるものである、上記(1)又は(2)に記載のがんの増殖抑制剤。
(4)上記がん細胞が、乳癌(例えば、浸潤性乳癌)の細胞であり、上記snoRNAがSNORA50C、SNORA56、SNORD42Bの中から一つ以上選択されるものである、上記(1)又は(2)に記載の乳癌(例えば、浸潤性乳癌)の増殖抑制剤。
(5)上記がん細胞が、結腸癌の細胞であり、上記snoRNAがSNORA56及び/又はSNORA69である、上記(1)又は(2)に記載の結腸癌の増殖抑制剤。
(6)上記がん細胞が、腎癌(例えば、腎淡明細胞癌)の細胞であり、上記snoRNAがSNORD111及び/又はSNORD99である、上記(1)又は(2)に記載の腎癌(例えば、腎淡明細胞癌)の増殖抑制剤。
(7)上記がん細胞が、肝癌(例えば、肝細胞癌)の細胞であり、上記snoRNAがSNORA74A及び/又はSNORD99である、上記(1)又は(2)に記載の肝癌(例えば、肝細胞癌)の増殖抑制剤。
(8)上記がん細胞が、肺癌(例えば、肺腺癌)の細胞であり、上記snoRNAがSNORD105B及び/又はSNORD37である、上記(1)又は(2)に記載の肺癌(例えば、肺腺癌)の増殖抑制剤。
(9)上記がん細胞が、肺癌(例えば、肺扁平上皮癌)の細胞であり、上記snoRNAがSNORA74A及び/又はSNORD54である、上記(1)又は(2)に記載の肺癌(例えば、肺扁平上皮癌)癌の増殖抑制剤。
(10)上記がん細胞が、胃癌の細胞であり、上記snoRNAがSNORA69である、上記(1)又は(2)に記載の胃癌の増殖抑制剤。
【0009】
(11)snoRNAの発現抑制剤が、配列番号1のsiRNA、配列番号1のsiRNA、配列番号2のsiRNA、配列番号3のsiRNA、配列番号4のsiRNA、配列番号5のsiRNA、配列番号6のsiRNA、配列番号7のsiRNA、配列番号8のsiRNA、配列番号9のsiRNA、配列番号10のsiRNAの中から、一つ以上が選択されるものである、上記(1)に記載のがんの増殖抑制剤。
(12)snoRNAの発現抑制剤が、配列番号1のsiRNA、配列番号1のsiRNA、配列番号2のsiRNA、配列番号3のsiRNAの中から、一つ以上が選択されるものである、上記(1)又は(2)に記載の乳癌(例えば、浸潤性乳癌)の増殖抑制剤。
(13)snoRNAの発現抑制剤が、配列番号2のsiRNA、配列番号4のsiRNAの中から、一つ以上が選択されるものである、上記(1)又は(2)に記載の結腸癌の増殖抑制剤。
(14)snoRNAの発現抑制剤が、配列番号5のsiRNA、配列番号10のsiRNAの中から、一つ以上が選択されるものである、上記(1)又は(2)に記載の腎癌(例えば、腎淡明細胞癌)の増殖抑制剤。
(15)snoRNAの発現抑制剤が、配列番号6のsiRNA、配列番号10のsiRNAの中から、一つ以上が選択されるものである、上記(1)又は(2)に記載の肝癌(例えば、肝細胞癌)の増殖抑制剤。
(16)snoRNAの発現抑制剤が、配列番号7のsiRNA、配列番号8のsiRNAの中から、一つ以上が選択されるものである、上記(1)又は(2)に記載の肺癌(例えば、肺腺癌)の増殖抑制剤。
(17)snoRNAの発現抑制剤が、配列番号6のsiRNA、配列番号9のsiRNAの中から、一つ以上が選択されるものである、上記(1)又は(2)に記載の肺癌(例えば、肺扁平上皮癌)の増殖抑制剤。
(18)snoRNAの発現抑制剤が、配列番号4のsiRNAである、上記(1)又は(2)に記載の胃癌の増殖抑制剤。
(19)上記(1)~(18)のいずれかに記載のがんの増殖抑制剤を有効成分とする、がん治療剤。
(20) 配列番号1~10の何れかの塩基配列からなるRNA。
(21) RNAがsiRNAである(20)に記載のRNA。
【発明の効果】
【0010】
本発明のがん治療剤は、がん細胞に特異的に高発現するsnoRNAを抑制又は発現させないようにすることによって、がん細胞の増殖を抑制し、がんの治療を行うものである。がん細胞に高発現するsnoRNAを抑制又は発現させないために使用される発現抑制剤としては、siRNA、shRNA、dsRNAのようなRNA干渉を利用するもの、アンチセンスオリゴヌクレオチド、デコイ等の公知の手段を使用することが出来る。
がん細胞に特異的に高発現するsnoRNAとしては、SNORA50C、SNORA56、SNORD42B、SNORA69、SNORD111、SNORD99、SNORA74A、SNORD105B、SNORD37、SNORD54を特定することができ、これらの中から一つ以上のsnoRNAを発現抑制できる剤を使用することによって、乳癌、結腸癌、腎癌、肝癌、肺腺癌、肺扁平上皮癌、胃癌の増殖を抑制できることを見出している。それ故、本発明のがん増殖抑制剤は、これらのがんの有効な治療薬となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】snoRNAを含む多くのRNAの種類とその機能をまとめた図である。
【
図2】腎癌に特異的に高発現するsnoRNAとして、SNODR99が同定されており、このSNODR99を高発現する腎癌患者では予後が悪いことを表した図である。
【
図3】SNORD99が欠損したヒト腎癌細胞株(786O99KO)とポジテイブ・コントロールのヒト腎癌細胞株(786O mock)をヌードマウスに他家移植し、6週間後の移植腎癌の生着・増殖状態を比較して表した図(写真)である。SNORD99が欠損したヒト腎癌細胞株(786O99KO)では、腎癌の増殖が抑制されていることが明らかとなった。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のがんの増殖抑制剤は、がん細胞で特異的に高発現するsnoRNAの発現抑制剤を含む剤であり、特に、この発現抑制剤を有効成分として含む剤である。
本発明の「がん細胞」とは、特に限定されるものではないが、snoRNAを高発現するがん細胞として、乳癌(浸潤性乳癌、非浸潤性乳癌)、結腸癌、腎癌(淡明細胞癌、乳頭状腎癌、嫌色素性腎癌、多房嚢胞性腎癌、紡錘細胞癌、集合管癌)、肝癌(肝細胞癌、肝内胆管癌)、肺癌(小細胞肺癌(肺腺癌、肺扁平上皮癌、肺大細胞癌がん)、非小細胞肺癌)、胃癌のいずれかのがん細胞を挙げることができる。
【0013】
本発明の「特異的に高発現するsnoRNA」とは、健常人と比較して、がん細胞において顕著に又は有意に発現しているsnoRNAのことを言う。好ましくは、健常人の発現量の約4倍以上のsnoRNAの発現量を示すがん細胞のことを言う。より好ましくは約5倍以上のsnoRNAの発現量を持つがん細胞を挙げることができる。
がん特有の高発現snoRNAとしては、例えばSNORA50C、SNORA56、SNORD42B、SNORA69、SNORD111、SNORD99、SNORA74A、SNORD105B、SNORD37、SNORD54を挙げることができる。
このうち、乳癌(例えば、浸潤性乳癌)細胞特有の高発現snoRNAとして、snoRNAがSNORA50C、SNORA56、SNORD42Bを挙げることができ、結腸癌細胞特有の高発現snoRNAとして、SNORA56、SNORA69を挙げることができ、腎癌(例えば、腎淡明細胞癌)細胞特有の高発現snoRNAとして、SNORD111、SNORD99を挙げることができ、肝癌(例えば、肝細胞癌)細胞特有の高発現snoRNAとして、SNORA74A、SNORD99を挙げることができ、肺癌細胞、例えば、肺腺癌細胞特有の高発現snoRNAとして、SNORD105B、SNORD37を挙げることができ、また例えば、肺扁平上皮癌細胞特有の高発現snoRNAとして、SNORA74A、SNORD54を挙げることができ、胃癌細胞特有の高発現snoRNAとして、SNORA69を挙げることができる。
【0014】
本発明の「発現抑制剤」とは、特異的に高発現するsnoRNAの発現を抑制する剤であれば特に限定はされない。標的となるsnoRNAの発現を抑制する剤は、標的snoRNAをコードしている遺伝子の転写、転写後調節等のいずれかの段階で標的snoRNAの発現に対する抑制作用を発揮するものであってよい。また、標的snoRNAを分解するもの、標的snoRNAの機能発現を抑制するものであってもよい。
標的snoRNAの発現を抑制する剤として、具体的には、標的snoRNAをコードする遺伝子の転写を抑制する核酸分子としてデコイ核酸等が挙げられ、標的snoRNAをRNA干渉作用により分解するRNA分子又はその前駆体としてsiRNA、shRNA、dsRNA等が挙げられ、標的snoRNAにハイブリダイズしてその機能の発現を抑制したり、分解したりする核酸分子としてアンチセンス核酸等が挙げられる。これらの核酸医薬は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を組み合わせて使用してもよい。また、これらの核酸医薬の塩基配列は、標的分子をコードする遺伝子の塩基配列の情報に基づいて、当業者が公知の手法により適宜設計することができる。これらの核酸医薬の中でも、臨床応用への容易性等の観点から、好ましくは、siRNA、shRNA、dsRNAが挙げられ、更に好ましくはsiRNAが挙げられる。
好ましいsiRNAとして、表2、表3に記載の配列番号1~10の何れかの塩基配列を含むsiRNAを挙げることができる。これらのsiRNAの長さの上限は、30塩基程度であり、特に27塩基程度とすることができる。中でも、表2、表3に記載の配列番号1~10の何れかの塩基配列からなるsiRNAが好ましい。
【0015】
また、前記発現抑制剤がRNA分子である場合は、生体内で生成し得るようにデザインされたものであってもよい。具体的には、当該RNA分子をコードしているDNAを哺乳動物細胞用の発現ベクターに挿入したものであってもよい。このような発現ベクターとしては、例えば、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、センダイウイルス等のウイルスベクターや、動物細胞発現プラスミド等が挙げられる。
また、前記発現抑制剤がRNA分子である場合は、安定性改善のために化学修飾が施されたものであってもよい。化学修飾RNAとして、例えば、ホスホロチオエート、モルフォリノホスホロジアミデート、ボラノホスフェート、LNA(Locked Nucleic Acid)のような核酸アナログを含むRNAや、2’-O-メチル化RNA、2’-O-メトキシエチル化RNA等が挙げられる。
【0016】
本発明の「がんの増殖抑制剤」とは、がんの増殖を抑制できる剤のことであり、snoRNAの発現を抑制する剤を有効成分として使用することによって達成することができるものを言う。
本発明の「がん治療剤」とは、がんの増殖を抑制することにより、がん細胞のアポトーシスを完全に又は不完全に惹起するか、あるいは増殖が止まったがん細胞を生体の免疫反応によって完全に又は不完全に死滅させる治療剤のことを言う。
本発明の増殖抑制剤及び治療剤は、担癌患者の治療に使用されるだけでなく、担癌患者から癌を摘出した後に、再発や転移を予防する目的で投与してもよく、癌の切除後の患者における予後の改善剤又は癌の転移予防剤としても使用することもできる。
【0017】
また、本発明の増殖抑制剤及び治療剤は、以下のように使用される。
(用量、用法)
投与方法としては、本発明の増殖抑制剤及び治療剤を生体内で癌にデリバリーできることを限度として特に制限されないが、例えば、血管内(動脈内又は静脈内)注射、持続点滴、皮下投与、局所投与、筋肉内投与等が挙げられる。これらの中でも、好ましくは動静脈内投与が挙げられる。
投与量は、使用する有効成分の種類、患者の症状の程度、患者の性別、年齢等に応じて、標的分子の発現抑制(機能阻害を含む)が可能な範囲で適宜設定すればよい。
本発明の増殖抑制剤及び治療剤は、単独で使用してもよいが、抗腫瘍作用を有する1種又は2種以上の他の薬剤及び/又は放射線療法と併用してもよい。
(製剤形態)
本発明の増殖抑制剤及び治療剤は、その製剤形態に応じて、薬学的に許容される担体や添加剤を加えて製剤化される。例えば、固形製剤の場合であれば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤等を用いて製剤化することができる。また、液状製剤の場合であれば、生理食塩水、緩衝液等を用いて製剤化することができる。
また、本発明の増殖抑制剤及び治療剤において、有効成分として核酸分子を使用する場合であれば、当該核酸分子が癌細胞内に移行され易いように、核酸導入補助剤と共に製剤化されていることが望ましい。核酸導入補助剤としては、具体的には、リポフェクタミン、オリゴフェクタミン、RNAiフェクト、リポソーム、ポリアミン、DEAEデキストラン、リン酸カルシウム、デンドリマー等が挙げられる。
【実施例】
【0018】
以下、実施例および試験例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれによって限定されるものではない。
【0019】
(実施例1)がん細胞に特有の高発現のsnoRNAの同定
(1)方法:
a)データベース:
National Canser Institute(NCI)(米国国立がん研究所) とNational Human Genome Research Institute(NHGRI)(米国国立ヒトゲノム研究所)によるプロジェクトで収集したさまざまな組織におけるがんのゲノムやエピゲノム、トランスクリプトーム、変異情報などのデータがThe Canser Genome Atlas(TCGA)に集約されている。
b)同定方法:
TCGAの収載データから、正常検体と癌検体の比較が可能であり、かつsnoRNA発現情報を含むデータの抽出を行った。そして、正常検体に比べて癌検体で発現が有意に増加しているsnoRNAを抽出し、さらにCox比例ハザードモデルにてsnoRNAの高発現癌患者群の生命予後が低発現癌患者群の生命予後と比べて不良をしめすsnoRNAを、発癌snoRNAとして同定した。
【0020】
(2)結果:
上記検討の結果、がん細胞に特有の高発現のsnoRNAとして、表1に示される発癌snoRNAを同定することが出来た。例えば、表1の腎癌の場合、SNORD99が健常人の13倍も高発現していた。そして、
図2に示されるように、SNORD99が高発現している癌患者の予後が悪かった。
【0021】
【表1】
[注記]
浸潤性乳癌(breast invasive carcinoma)
結腸癌(colon adenocarcinoma)
腎淡明細胞癌(kidney renal clear cell carcinoma)
肝細胞癌(liver hepatocellular carcinoma)
肺腺癌(lung adenocarcinoma)
肺扁平上皮癌(lung squamous cell carcinoma)
胃癌(stomach adenocarcinoma)
【0022】
上記表1に示されるように、浸潤性乳癌では、SNORA50Cが健常人と比べて発現量が4.6倍で発現量と生命予後とのCox比例ハザード解析でp値が0.05以下と有意差があった。SNORA56が健常人と比べて発現量が5.7倍で発現量と生命予後とのCox比例ハザード解析でp値が0.01以下と有意差があった。SNORD42Bが健常人と比べて発現量が7.0倍で発現量と生命予後とのCox比例ハザード解析でp値が0.01以下と有意差があった。
結腸癌では、SNORA56が健常人と比べて発現量が5.9倍で発現量と生命予後とのCox比例ハザード解析でp値が0.01以下と有意差があった。SNORA69が健常人と比べて発現量が3.7倍で発現量と生命予後とのCox比例ハザード解析でp値が0.01以下と有意差があった。
腎淡明細胞癌では、SNORD111が健常人と比べて発現量が4.0倍で発現量と生命予後とのCox比例ハザード解析でp値が0.01以下と有意差があった。SNORD99が健常人と比べて発現量が13.0倍で発現量と生命予後とのCox比例ハザード解析でp値が0.01以下と有意差があった。
【0023】
肝細胞癌では、SNORA74Aが健常人と比べて発現量が5.7倍で発現量と生命予後とのCox比例ハザード解析でp値が0.01以下と有意差があった。SNORD99が健常人と比べて発現量が4.6倍で発現量と生命予後とのCox比例ハザード解析でp値が0.05以下と有意差があった。
肺腺癌では、SNORD105Bが健常人と比べて発現量が5.3倍で発現量と生命予後とのCox比例ハザード解析でp値が0.05以下と有意差があった。SNORD37が健常人と比べて発現量が8.6倍で発現量と生命予後とのCox比例ハザード解析でp値が0.01以下と有意差があった。
肺扁平上皮癌では、SNORA74Aが健常人と比べて発現量が4.3倍で発現量と生命予後とのCox比例ハザード解析でp値が0.05以下と有意差があった。SNORD54が健常人と比べて発現量が5.7倍で発現量と生命予後とのCox比例ハザード解析でp値が0.01以下と有意差があった。
胃癌では、SNORA69が健常人と比べて発現量が13.0倍で発現量と生命予後とのCox比例ハザード解析でp値が0.01以下と有意差があった。
【0024】
同定された発癌snoRNAの塩基配列と、その発現を抑制するsiRNAの塩基配列の一例を、表2、表3に示す。
【0025】
【0026】
ヒトsnoRNAの配列は、米国のNCBIで構築しているデータベースより抽出した。なお、snoRNAに対するsiRNAは、snoRNA配列に基づき、そのsiRNAを設計し、50%以上の発現抑制効果がある配列を、上記表2、表3に示した。なお、上記siRNAはアンチセンスRNAとしても機能し得る。また、デコイ様に機能してもよい。
【0027】
(実施例2)腎淡明細胞癌で高発現(正常細胞の13.0倍)のSNORD99が欠損したヒト腎癌細胞株と欠損の無いヒト腎癌細胞株の増殖性の比較評価
腎癌(腎淡明細胞癌:kidney renal clear cell carcinoma)患者では、
図2に示すようにsnoRNAとして、SNORD99が特に顕著に発現しており、その腎癌患者の予後が悪いことを見出している。そこで、腎癌で高発現しているSNORD99のがんにおける機能を明らかにするため、SNORD99が欠損したヒト腎がん細胞株と、ポジティブ・コントロールのヒト腎がん細胞株を用いて、ヌードマウスの皮下に他家移植を行った。
(1)材料・試薬
・ポジテイブ・コントロールのヒト腎癌細胞株786O mock
・SNORD99が欠損したヒト腎癌細胞株786O99KO
上記ポジテイブ・コントロール細胞株およびSNORD99欠損細胞株の作成方法は、次の通りである。
786O mockおよび786O99KOは、Crispr-Cas9法により作成した。ヒト腎癌細胞株786O細胞にCas9を安定過剰発現させた後、guide RNA(gccgggccttccaacccggt)をレンチウイルスにより導入しピューロマイシン耐性選択を行い786O99KOを作成した。SNORD99遺伝子欠損は定量PCRおよびゲノムDNA配列決定により確認した。786O mockは786OにCas9を安定過剰発現させた後、guide RNAなしレンチウイルスを導入し薬剤耐性選択を行い作成した。
(2)方法
ヌードマウス(雄性、4週令)の皮下に、SNORD99が欠損したヒト腎癌細胞株(786O99KO)とポジテイブ・コントロールのヒト腎癌細胞株(786O mock)を、5x10
6個注入した。6週後の腎癌形成の様子を目視で観察し、移植腎癌細胞の直径を計測した。
(3)結果
図3に示されるように、6週後に、SNORD99が欠損したヒト腎癌細胞株では、ポジテイブ・コントロールのヒト腎癌細胞株に比べて、腎癌形成が抑制されていた。移植腎癌の直径を、以下の表4に示す。
【0028】
【0029】
上記表4に示すように、6週間後の移植腎癌の体積は、SNORD99が欠損したヒト腎がん細胞株(786O99KO)では21mm3であり、ポジテイブ・コントロール(786Omock)では、436mm3(p<0.01)であった。
以上のように、SNORD99が欠損したヒト腎がん細胞株では、ヌードマウスに対するがん細胞の生着・増殖が顕著に抑制されることを見出した。このことは、腎癌で高発現のSNORD99を抑制すると、腎癌の増殖が抑制できることを示しており、SNORD99の発現を抑制すれば、がん治療が可能であることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明のがん治療剤は、がん細胞で特異的に高発現するsnoRNAを発現抑制することによって、効果的にがん細胞の増殖を抑制し、新たな作用機序でがん治療を行うことが出来る。本発明のがん増殖抑制剤は、単剤で使用することができ、更には免疫賦活化のがん治療剤と併用して、その効果を高めることが出来る。それ故、本発明のがん増殖抑制剤としては、snoRNAを発現抑制ができるものとして、siRNAやデコイ等の核酸医薬を使用することができ、新たながんの増殖抑制剤、更にはがんの治療剤として利用できる。
【配列表】