(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-09
(45)【発行日】2024-09-18
(54)【発明の名称】超微細フェライト-セメンタイト組織鋼、超微細フェライト-オーステナイト組織鋼、超微細マルテンサイト組織鋼および超微細マルテンサイト-オーステナイト組織鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240910BHJP
C22C 38/04 20060101ALI20240910BHJP
C21D 8/00 20060101ALI20240910BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/00 302A
C22C38/04
C21D8/00 A
C21D8/00 D
(21)【出願番号】P 2019159068
(22)【出願日】2019-08-30
【審査請求日】2022-08-10
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 配布日:平成30年9月1日 刊行物:第176回日本鉄鋼協会秋季講演大会(東北大学)講演要旨集CD-ROM版 発行日:平成30年12月14日 刊行物:鉄と鋼、Vol.105 No.2 第197~206頁 配布日:平成31年3月1日 刊行物:第177回日本鉄鋼協会春季講演大会(東京電機大学)講演要旨集CD-ROM版 配布日:令和1年8月26日 刊行物:第178回日本鉄鋼協会秋季講演大会(岡山大学)講演要旨集CD-ROM版
(73)【特許権者】
【識別番号】513099603
【氏名又は名称】兵庫県公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】100218062
【氏名又は名称】小野 悠樹
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】鳥塚 史郎
【審査官】田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-143244(JP,A)
【文献】特開2012-224884(JP,A)
【文献】特開2017-179589(JP,A)
【文献】安達節展, 他,"0.1%C-2%Si-5%Mn超微細フェライト-オーステナイト鋼の組織形成と力学的特性に及ぼす二相域焼鈍前組織の影響",材料とプロセス CAMP-ISIJ,Vol. 31, No.1, 353,2018年03月
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/00- 8/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C、SiおよびMnの含有量が、それぞれ0.05wt%≦C≦0.3wt%、0.5wt%≦Si≦2wt%、3wt%≦Mn≦10wt%であり、残部がFe及び不可避的不純物からなり、フェライト粒径が2.0μm以下、
オーステナイト粒径が2.0μm以下であ
る超微細
等軸粒フェライト-オーステナイト組織鋼であって、
オーステナイト体積率が40%以上であり、かつ、VγxCinγ≧0.07であり、前記Vγはオーステナイト体積率を表し、前記Cinγはオーステナイト中の固溶炭素濃度を表し、引張強さ1400MPa以上かつ全伸び25%以上であることを特徴とする超微細フェライト-オーステナイト組織鋼。
【請求項2】
C、SiおよびMnの含有量が、それぞれ0.05wt%≦C≦0.3wt%、0.5wt%≦Si≦2wt%、3wt%≦Mn≦10wt%であり、残部がFe及び不可避的不純物である
マルテンサイト組織の素材
を300~600℃の温度範囲
に加熱して圧下率50%以上の温間圧延加工を行
うことにより、フェライト粒径2μm以下の微細フェライト-セメンタイトの組織とし、セメンタイト中にMnを濃縮せしめ
、そのセメンタイトの化学式(Fe1-x, Mnx)3Cにおけるxの値が0.3以上1未満である超微細フェライト-セメンタイト組織鋼を得ること、
前記超微細フェライト-セメンタイト組織鋼について、625~750℃の温度範囲で180秒~1200秒の保持後、水冷または空冷を行うこと、
を含むことを特徴とする超微細フェライト-オーステナイト組織鋼の製造方法。
【請求項3】
C、SiおよびMnの含有量が、それぞれ0.05wt%≦C≦0.3wt%、0.5wt%≦Si≦2wt%、3wt%≦Mn≦10wt%であり、残部がFe及び不可避的不純物である素材
を、300~600℃の温度範囲
に加熱して圧下率50%以上の温間圧延加工を行い微細フェライト-セメンタイトの組織とし、セメンタイト中にMnを濃縮せしめ
、超微細フェライト-セメンタイト組織鋼を得ること、
前記超微細フェライト-セメンタイト組織鋼について、625~800℃の
二相域温度範囲で1秒~600秒保持後、水冷または空冷を行い、シングルブロック構造をもつ超微細等軸マルテンサイト-オーステナイト組織鋼である組織を製造すること、
を含むことを特徴とす
るマルテンサイト-オーステナイト組織鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建造物や橋梁等の構造物、自動車の足回り鋼、機械用歯車等部品に使用される鋼として好適な高強度・高延性を備えた超微細フェライト-セメンタイト組織鋼、超微細フェライト-オーステナイト組織鋼、超微細マルテンサイト組織鋼、および超微細マルテンサイト-オーステナイト組織鋼の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保護の観点から、自動車の車体軽量化による燃費向上と乗員保護の観点から衝突安全性もこれまで以上に重要になってきている。鋼板の板厚の増加や補強部材の追加による車体の強化は可能であるが車体重量の増加となる。相矛盾するこれらの要求に応える技術のひとつが高強度鋼板、いわゆるハイテンの開発である。しかしながら,鋼板の高強度化は成形性の劣化という課題を抱えるために、適用される部材に応じた高い成形性を有する高強度・高加工性鋼板の開発が必要である。そこで、高強度化と高延性化を両立するために注目されているのが、残留オーステナイト型複合組織を利用したハイテンである。
【0003】
このハイテンは、準安定オーステナイトを含む鋼を変形させると変形中にオーステナイトがマルテンサイトに加工誘起変態をすることで硬化し、変形の局所化が抑制され、未変態オーステナイトに変形が移行することによって高い伸びが得られる。加工誘起マルテンサイト変態によって塑性変形が促進されるためTRIP(Transformation Induced Plasticity)現象と呼ばれ、この残留オーステナイト鋼はTRIP鋼と称されている。現在、次世代自動車用ハイテンの目標は、引張強さTS×全伸びT.EI≧30000MPa%と言われており、この目標を達成するための材料開発が進められている。
【0004】
このような背景のもと、これまでに、低C中Mn鋼である0.1%C-2%Si-5%Mn組成のフェライト-オーステナイト組織鋼が、従来TRIP鋼に比べ、極めて単純な二相域焼鈍によって製造することができ、また高強度(1200MPa)、高延性(T.EI=25%)を示すことが報告されてきている(例えば、非特許文献1、2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】S. Torizuka and T. Hanamura: Bull. Iron Steel Inst. Jpn., 17(2012), 852.
【文献】T. Hanamura, S. Torizuka, A. Sunahara, M. Imagumbai and H. Takechi: ISIJ Int., 51(2011), 685.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記のような組成のフェライト-オーステナイト組織鋼においては、最適なオーステナイト分率(20~30%)を得るには、焼鈍時間が約1時間と長時間を要しており、連続焼鈍により製造することは難しい。これでは実用化は困難である。したがって、10分程度の短時間で効率よく所期のフェライト-オーステナイト組織鋼を得る方法の開発が必要である。
【0007】
そこで、本発明者らは、鋭意研究を進めた結果、フェライト-オーステナイト組織鋼の前組織として、超微細フェライト-セメンタイト組織鋼を使用することにより、焼鈍時間がわずか10分と従来の6分の1の時間で超微細フェライト-オーステナイト組織鋼が得られることを見出した。さらに、主原料となる金属元素の内、Mnの含有量を調整することにより、750℃と比較的低温からの焼入で高強度かつ高延性の超微細等軸マルテンサイトを生成できることを見出した。
【0008】
本発明者らは、そのメカニズムについて詳細に検討したところ、前組織としての超微細フェライト-セメンタイト組織鋼においては、本来Fe3Cという形のセメンタイトが、(Fe5,Mn5)3Cのように、Feの一部(50wt%)がMnに置き換わった形となっていることを見出した。このように、セメンタイト中にMnが高濃度に存在していることによって、フェライトからオーステナイトへの逆変態速度が速くなるとともに、焼鈍温度を低温化できるということを見出した。
【0009】
本発明は、上記の知見に基づいてなされたものであり、建造物や橋梁等、自動車の足回り鋼、機械用歯車等部品に使用した場合でも、十分な機械的強度、延性を有する高強度・高延性超微細フェライト-セメンタイト組織鋼、フェライト-オーステナイト組織鋼、超微細マルテンサイト組織鋼および超微細マルテンサイト-オーステナイト組織鋼を提供することができ、しかもこれらを比較的低温かつ極短時間で生成可能な製造方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明によれば、上記課題を解決するため、下記の技術的手段ないし技術的手法が提供される。
〔1〕C、SiおよびMnの含有量が、それぞれ0.05wt%≦C≦0.3wt%、0.5≦Si≦2wt%、3wt%≦Mn≦10wt%であり、残部がFe及び不可避的不純物からなり、フェライト粒径が2.0μm以下である超微細フェライト-セメンタイト組織鋼であって、セメンタイト中にはMnが固溶し、そのセメンタイトの化学式(Fe1-x, Mnx)3Cにおけるxの値が0.3以上1未満であることを特徴とする超微細フェライト-セメンタイト組織鋼。
〔2〕上記第1の発明の超微細フェライト-セメンタイト組織鋼を二相域焼鈍前組織とする超微細フェライト-オーステナイト組織鋼で、引張強さ1400MPa以上かつ全伸び25%以上であることを特徴とする超微細フェライト-オーステナイト組織鋼。
〔3〕上記第2の発明の超微細フェライト-オーステナイト組織鋼であって、引張強さ1500MPa以上かつ全伸び30%以上であることを特徴とする高強度・高延性超微細フェライト-オーステナイト組織鋼。
〔4〕上記第3の発明の超微細フェライト-オーステナイト組織鋼であって、オーステナイト体積率が40%以上でVγxCinγ≧0.07であることを特徴とする超微細フェライト-オーステナイト組織鋼。
〔5〕上記第1の発明の超微細フェライト-セメンタイト組織鋼をオーステナイト域焼鈍前組織とするマルテンサイト組織鋼であって、引張強さ1500MPa以上かつ全伸び15%以上であることを特徴とする超微細マルテンサイト組織鋼。
〔6〕上記第1の発明の超微細フェライト-セメンタイト組織鋼をオーステナイト域および二相域焼鈍前組織とするマルテンサイト-オーステナイト組織鋼であって、引張強さ1500MPa以上かつ全伸び20%以上であることを特徴とする超微細マルテンサイト-オーステナイト組織鋼。
〔7〕上記第1の発明の超微細フェライト-セメンタイト組織鋼の製造方法であって、前記化学成分の素材に、300~600℃の温度範囲で圧下率50%以上の温間圧延加工を行い微細フェライト-セメンタイトの組織とし、セメンタイト中にMnを濃縮せしめることを特徴とする超微細フェライト-セメンタイト組織鋼の製造方法。
〔8〕上記第7の発明によって製造した超微細フェライト-セメンタイト組織鋼について、625~750℃の温度範囲で180秒~1200秒の保持後、水冷または空冷を行うことを特徴とする超微細フェライト-オーステナイト組織鋼の製造方法。
〔9〕上記第7の発明の超微細フェライト-セメンタイト組織鋼について、625~800℃の温度範囲で1秒~600秒保持後、水冷または空冷を行い、シングルブロック構造をもつ等軸マルテンサイトもしくはシングルブロック構造をもつ超微細等軸マルテンサイトーオーステナイト組織鋼である組織を製造することを特徴とする超微細マルテンサイト組織鋼、マルテンサイト-オーステナイト組織鋼の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、上記構成を採用したので、建造物や橋梁等、自動車の足回り鋼、機械用歯車等部品に使用した場合でも、十分な機械的強度、延性を有するという優れた効果を得ることができる。また、超微細フェライト-セメンタイト組織鋼等を比較的低温かつ極短時間で生成可能という優れた効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】(a)は、二相域焼鈍前組織である微細フェライト-セメンタイト(α+θ)組織のSEM像である。(b)は、マルテンサイト(Μ)組織のSEM像を示す。
【
図2】二相域焼鈍時間と組織の関係を表した図である。
【
図3】二相域焼鈍温度・時間の変化に伴うオーステナイト体積率の変化を示す図である。
【
図4】(a)(b)(c)は、逆変態によるオーステナイト(γ)生成のプロセスの模式図である。
【
図5】(a)焼鈍前の微細フェライト-セメンタイト(α+θ)組織と、(b)焼鈍前のフェライト-セメンタイト(α+θ)組織とマルテンサイト(M)組織を675℃に加熱し保持することなく、直ちに水冷して得られた時の組織のSEM像を示す。
【
図6】(a)焼鈍前の微細フェライト-セメンタイト(α+θ)組織と、(b)焼鈍前のフェライト-セメンタイト(α+θ)組織とマルテンサイト(M)組織を675℃に加熱し保持することなく、直ちに水冷して得られた時の組織のTEM像を示す。
【
図7】TEM-EDS分析の結果を示した図である。
【
図8】二相域焼鈍後のフェライト-オーステナイト(α+γ)組織に関して、電解放出型電子線マイクロアナライザー(FE-EPMA)によるMn濃度マッピングの結果を示す図である。
【
図9】
図2に示した4つのフェライト-オーステナイト(α+γ)組織の丸棒引張試験で得られた公称応力-公称ひずみ曲線を示す図である。
【
図10】焼鈍前組織がフェライト-セメンタイト(α+θ)組織とマルテンサイト(M)組織で焼鈍条件が675℃、3600sのフェライト-オーステナイト(α+γ)組織鋼の板状引張試験片の公称応力-公称ひずみ曲線と、引張変形中のオーステナイト(γ)体積率の変化を示す図である。
【
図11】
図10で示した板状引張試験の結果をもとに,フェライト-オーステナイト(α+γ)組織鋼と従来TRIP鋼の強度・延性バランスの関係をプロットした図である。
【
図12】焼鈍条件675℃、1時間、C量を0.075、0.1、0.15、0.2、0.3wtと変化させた2%Si-5%Mn組成のフェライト-オーステナイト組織鋼の公称応力-公称ひずみ曲線を示した図である。
【
図13】焼鈍条件700℃、1時間、C量を0.075、0.1、0.15、0.2、0.3wtと変化させた2%Si-5%Mn組成のフェライト-オーステナイト組織鋼の公称応力-公称ひずみ曲線を示した図である。
【
図14】低炭素-2%Si-5%Mn組成の超微細フェライト-オーステナイト組織鋼の一様伸びとV
γxCin
γの関係を示した図である。
【
図15】低炭素-2%Si-5%Mn組成の超微細フェライト-オーステナイト組織鋼の引張り強さとオーステナイト体積率V
γの関係を示した図である。
【
図16】0.15C-2%Si-5%Mn組成の超微細フェライト-セメンタイト組織鋼を焼鈍前組織とするフェライト-オーステナイト組織鋼の公称応力-公称ひずみ曲線を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施の形態により詳細に説明する。なお、本明細書中において、超微細フェライト-セメンタイト組織鋼、超微細フェライト-オーステナイト組織鋼、超微細マルテンサイト-オーステナイト組織鋼のように記載された組織鋼は、ハイフンの前後に記載された組織の二相組織鋼であることを意味している。
【0014】
本発明の高強度・高延性超微細フェライト-セメンタイト組織鋼は、C、SiおよびMnの含有量が、それぞれ0.05wt%≦C≦0.3wt%、0.5≦Si≦2wt%、3wt%≦Mn≦10wt%であり、残部がFe及び不可避的不純物からなり、フェライト粒径が2.0μm以下である高強度・高延性超微細フェライト-セメンタイト組織鋼であって、セメンタイト中にはMnが固溶し、そのセメンタイトの化学式(Fe1-x, Mnx)3Cにおけるxの値が0.3以上1未満であることを特徴とする。
【0015】
本発明のフェライト-セメンタイト組織鋼において、Cの含有量は0.05wt%≦C≦0.3wt%とする。Cは、焼入性と引張強度を確保するために必要であるが、0.05wt%未満では鋼材の引張強度を十分に満たさないおそれがあり、0.3wt%を超えると、鋼材の延性・靱性の低下及び溶接性の低下が起こるおそれがある。
【0016】
本発明のフェライト-セメンタイト組織鋼において、Siの含有量は0.5wt%≦Si≦2wt%とする。Siは、材質を大きく硬質化する置換型元素であり、鋼の強度を向上させる上で有効な元素である。しかしながら、Si含有量が過度に高くなると、熱間加工時の加熱中にSiスケールが多く発生し、スケール除去に余分なコストがかかることや、スケールによる表面疵が発生しやすくなる。したがって、Si上限は2wt%とすることが望ましい。
【0017】
本発明のフェライト-セメンタイト組織鋼において、Mnの含有量は3wt%≦Mn≦10wt%とする。Mnは、オーステナイト生成元素であり、焼入れ性を向上させ、微細γ粒からマルテンサイトを生成させる。また、Mnの含有量が上記の範囲内であれば、比較的低温、短時間の焼鈍であっても、温間圧延中に生成されるセメンタイト中に、Mnが(Fe1-x, Mnx)3Cにおけるxの値(重量比)が0.3以上1未満の高濃度、例えば、0.3~0.55程度の濃度で分散、固溶しており、高濃度のMnが逆変態オーステナイトの優先核生成サイトとして有効に作用すると考えられる。その結果、安定性の高いオーステナイトの短時間形成が可能となる。
【0018】
一方、Mnが高濃度になると凝固時の鋼中Mnの偏析が過大となり材料内部の均一性を害する。また、素材の調整工程における熱間加工工程において表面割れが発生しやすくなる。したがって、Mnの上限は10wt%とすることが望ましい。
【0019】
本発明の超微細フェライト-セメンタイト組織鋼の微細組織は、フェライト粒径が2.0μm以下、より好ましくは、1.0μmである。フェライト粒径が2.0μm超では、降伏点が低下するため望ましくない。
【0020】
本発明の超微細フェライト-オーステナイト組織鋼は、前記超微細フェライト-セメンタイト組織鋼を二相域焼鈍前組織とする超微細フェライト-オーステナイト組織鋼であって、引張強さ1400MPa以上、全伸び25%以上である。前記超微細フェライト-セメンタイト組織鋼を二相域焼鈍前組織とし、焼鈍すると、従来TRIP鋼より高いオーステナイト体積率が得られ、オーステナイト中の固溶Cは低いものの、高濃度の固溶Mnの効果で、オーステナイトが安定し、高延性を得ることができる。
【0021】
本発明の超微細フェライト-セメンタイト組織鋼を二相域焼鈍前組織とし、焼鈍すると、引張強さ1500MPa以上かつ全伸び30%以上であることを特徴とする高強度・高延性超微細フェライト-オーステナイト組織鋼を得ることができる。例えば、10分程度の極短時間の焼鈍で、従来TRIP鋼よりも、降伏応力、引張強さがおよび全伸びが高く、強度・延性バランスのきわめて良好な超微細フェライト-オーステナイト組織鋼を得ることができる。
【0022】
さらにまた、本発明の超微細フェライト-オーステナイト組織鋼では、オーステナイト体積率が40%以上でVγxCinγ≧0.07であることが好ましく考慮される。より好ましくは、VγxCinγ≧0.14であることが例示される。
【0023】
本発明の超微細マルテンサイト組織鋼は、前記超微細フェライト-セメンタイト組織鋼をオーステナイト域焼鈍前組織とするマルテンサイト組織鋼であって、引張強さ1500MPa以上、全伸び15%以上であることが好ましく考慮される。
【0024】
また、前記超微細マルテンサイト-オーステナイト組織鋼は、引張強さ1500MPa以上かつ全伸び20%以上であることが好ましく考慮される。
【0025】
さらにまた、本発明のマルテンサイト-オーステナイト組織鋼は、前記高強度・高延性超微細フェライト-セメンタイト組織鋼を二相域焼鈍前組織とするマルテンサイト-オーステナイト組織鋼であって、引張強さ1400MPa以上、全伸び25%以上であることが好ましく考慮される。のぞましくは、引張強さ1500MPa以上、全伸び30%以上であることが好ましく考慮される。
【0026】
マルテンサイトは、4つの構成要素でできた複雑な階層構造をとっている。大きさが30μmの旧オーステナイト(γ)粒は、大きさ数μmのパケットが詰まった構造になっており、そのポケットは幅が約1μmの細長いブロックが詰まってできている。さらにこのブロックは、ラスによって構成されている。すなわち、旧オーステナイト粒、パケット、ブロック、ラスの4つの構成要素が積み重なってできている。これら4つの構成要素の粒界・境界や粒内に数~数十nmの大きさの炭化物粒子が分散しているという複雑な階層構造をとっている。
【0027】
通常、マルテンサイトの1つの旧オーステナイト(γ)粒は複数のパケットを持ち、パケット内部には様々な方位(バリアント)を持つブロックが変態生成する。ブロック境界は大角粒界である。ところがγ粒径を微細化していくと、シングルパケットマルチブロック、さらに微細化するとシングルブロック(シングルバリアント)マルテンサイトが生成する可能性がある。つまり、旧オーステナイトを微細化してゆくと、その内部に生成し得るブロックの数が減ってゆく。最終的には、1つのブロックしか生成できなくなる。あたかも、見かけ上1つの旧オーステナイトが1つのフェライト粒に変化したようになる。しかし、一般にγ粒径を微細化すると焼入性が低下し、マルテンサイトとならない。
【0028】
ところが、本発明では、Mnを適量添加するとともに、二相域焼鈍前組織を超微細フェライト-セメンタイトとすることにより、旧γ粒径を2.0μm以下とし、さらにMnを適量添加することによりシングルブロック構造をもつ等軸マルテンサイトである組織とすることを可能にした。ここで超微細とは、旧オーステナイト粒径が2.0μm以下のことをいう。シングルブロック構造とは、オーステナイト粒から1つのブロックのみが存在している構造をいう。隣接するブロックとは、母相であるオーステナイトが異なるものになる。これは、組織のEBSD(電子線後方散乱回折)観察結果をバリアント解析法によって確認することができる。
【0029】
次に、本発明の超微細フェライト-セメンタイト組織鋼および超微細フェライト-オーステナイト組織鋼の製造方法について説明する。
【0030】
本発明の超微細フェライト-セメンタイト組織鋼の製造方法では、まず、Fe粉末、C粉末、Si粉末及びMn粉末を、それぞれ0.05wt%≦C≦0.3wt%、0.5≦Si≦2wt%、3wt%≦Mn≦10wt%、残りがFeとなるように調整し、素材とする。そして、前記化学成分の素材に、300~600℃の温度範囲で圧下率50%以上の温間圧延加工を行い微細フェライト-セメンタイトの組織とし、セメンタイト中にMnを濃縮せしめることを特徴としている。
【0031】
そして、本発明の超微細フェライト-オーステナイト組織鋼の製造方法は、上記の方法によって製造した超微細フェライト-セメンタイト組織鋼について、625~750℃の温度範囲で180秒~1200秒の保持後、水冷または空冷を行うことを特徴としている。
【0032】
温間圧延は、工業的に行われている厚鋼板製造ラインにおける平ロール圧延、極厚鋼板製造ラインにおける鍛造、棒鋼又は鋼線材製造ラインにおける溝ロール圧延、及び条鋼又は形鋼ラインにおける形ロール圧延の内のいずれであってもよい。これらいずれかの加工方式により素材に対して塑性ひずみを与える。この温間圧延は、300~600℃の温度範囲で圧下率50~90%の圧延加工を行い、超微細フェライト-セメンタイトの組織とする。温間圧延の温度が300℃未満であると、セメンタイトが生成せず、一方600℃を超えるとオーステナイトが逆変態生成してしまう。圧下率が50%未満であると、初期組織の加工硬化状態となり、微細フェライトと微細セメンタイトが十分に発達しない。この温間圧延中に、圧延前組織であるマルテンサイト組織からフェライト-セメンタイト組織に変化する。フェライトは超微細であり、また、セメンタイト中にMnが濃縮する。
【0033】
このようにして温間圧延で得られた超微細フェライト-オーステナイト組織鋼を二相域焼鈍前組織として用い、次いで625~800℃の温度範囲で1秒~1時間保持し、水冷、あるいは空冷を行い、シングルバリアントをもつ等軸マルテンサイトである組織、または超微細マルテンサイト-オーステナイト組織を有する高強度・高延性鋼材を製造する。再加熱温度が625℃未満であると、フェライト-セメンタイト組織が完全に逆変態せず、オーステナイト分率が十分に得られない。800℃を超えると逆変態オーステナイト組織が粗大となり、微細マルテンサイトを得ることができない。
【0034】
また、本発明の超微細マルテンサイト組織鋼およびマルテンサイト-オーステナイト組織鋼の製造方法は、前記の超微細フェライト-セメンタイト組織鋼について、625~800℃の温度範囲で1秒~600秒保持後、水冷または空冷を行い、シングルブロック構造をもつ等軸マルテンサイトもしくはシングルブロック構造をもつ超微細等軸マルテンサイト-オーステナイト組織鋼である組織を製造することを特徴としている。
【実施例】
【0035】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。
<実施例>
(1)供試材料と組織観察
溶解用主原料としてFe粉末、C粉末、Si粉末及びMn粉末を0.1wt%C-2wt%Si-5wt%Mn、残りFe粉末を準備した。この溶解用主原料に高周波真空誘導加熱炉を用いて、溶製し、縦100mm×横100mm×高さ300mmの鋼塊を鋳造し、本発明の高強度・高延性鋼材の素材とした。この素材を1200℃で熱間鍛造し、38mm×38mmの角棒に成形した。
【0036】
次に、この素材を550℃で1時間加熱の後、3パスごとに再加熱を繰り返して、断面が14mm×14mmになるまで圧下率90%で温間溝ロール圧延を行い、組織をあらかじめ超微細フェライト-セメンタイトとした。得られた超微細フェライト-セメンタイト組織を電界放出型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)で撮影した写真を
図1(a)に示す。得られた組織のフェライト粒径は約0.5μmであった。
【0037】
この圧延材の組織をマルテンサイト(比較例)にするために、1200℃で1時間加熱保持しオーステナイト化した後、空冷を行った。空冷後のオーステナイト組織のFE-SEM像を
図1(b)に示す。なお、以下では、フェライトをα、オーステナイトをγ、セメンタイトをθ、マルテンサイトをMと表記する。作製した微細α+θ組織材と比較例であるΜ組織材に対して、α+γの二相域である625℃と675℃でそれぞれ10分間、30分間、1時間熱処理を行った。
【0038】
γ粒中の固溶C濃度は、株式会社リガク製SmartLabを用いたX線回折結果から求めた。ブラッグの式と面間隔dから、格子定数は式(1)より求めることが可能である。
【0039】
【0040】
Cu-Kα線を用いたのでλ =1.542(A)を代入し,θは測定によって得られた角度を用いる。またh、k、lは面指数(hkl)である。この式よりγ相(111)、(200)、(220)それぞれのγの格子定数を求めた。これを(cos2θ/sinθ)+(cos2θ/θ)によりθを90に外挿する方法を用いてγの格子定数aγ(A)とし、式(2)に示すDyson and Holmesの式より算出した。
【0041】
Mnγは電界放出型電子線マイクロアナライザ(FE-EPMA)により測定したγ中のMn濃度を代入し、算出した。
【0042】
【0043】
(2)引張試験
引張試験は、熱処理された角棒から採取した、直径3.5mm、平行部長さ24.5mmの丸棒引張試験片を用いて、クロスヘッド速度0.5mm/min(ひずみ速度4.9×10-4s-1で)で試験を行った。変位の測定は標点間距離17.0mmの伸び計を用いて計測した。
【0044】
(3)引張試験In-situ透過X線回折実験
二相域焼鈍で得られたα+γ組織におけるγが,強度と延性に及ぼす影響を直接解析するために,引張試験中のγ体積率の変化を測定した。熱処理された角棒からRD方向が引張方向になるように引張試験片を採取した。平行部長さ12mm、幅2.5mmの板状引張試験片を作製した。放射光を透過させるために、板厚を0.5mmと薄くした。引張変形を進めながらのγ体積率の変化をIn-situ測定するため、広い回折角度範囲にわたる回折プロファイル変化を短時間で行う必要がある。よって本実施例では、高輝度X線を用いることのできるSPring-8放射光施設のBL19B2およびBL15XUのビームラインを用いた。X線のエネルギーは30keVとし、ビームサイズは試験片幅方向に2.5mm、引張方向に200μmとした。ゴニオメータ上に小型引張試験機を設置し、引張試験片の法線方向からX線を入射させた。そして試験片の後ろ側に1次元検出器MYTHENまたはイメージングプレート(IP)や二次元検出器PILATUSを設置し、30keVで引張試験In-situ透過X線回折実験を行った。引張試験のクロスヘッドスピードは、0.245mm/min、時間分解能は2sで行った。
【0045】
初期γ体積率は式(3)を用いて、hkl理論回折強度と得られた散乱角におけるα相(110),(200),(211)とγ相(111),(200),(220)のピーク面積強度比より求めた。添え字jは,計算に用いたj番目の回折ピークであることを示し,nは,計算に用いたγおよびαそれぞれの回折ピークの数(n=3)を示す。
【0046】
【0047】
また,引張試験中のγ体積率はγ相(200),(211),(311)の初期ピーク面積強度和からの減少率と初期γ体積率の積から算出した。
<比較例>
比較材として、従来TRIP鋼を作製した。すなわち、0.13%C-2%SI-1.6%Mnの組成を有する冷延鋼板に対し、830℃で60s保持後700℃まで10K/sで徐冷,さらに60K/sで400℃まで急冷し、400℃で10s、60s、480s保持するオーステンパー処理を行った。その他の点については、実施例と同様にして各種試験を行った。
<結果>
図1(a)に二相域焼鈍前組織である微細α+θ組織と(b)Μ組織(比較例)のSEM像を示す。微細α+θ組織は、微細伸長α粒と粒状θからなる組織で、白い粒子であるθは、α粒界と粒内に多量に分散している。これに対して、Μ組織はパケットやブロックから構成され、ブロックは板状粒であり、ブロック境界が非常に多くθは存在しない。この微細α+θ組織とM組織に対して二相域焼鈍を行った。
【0048】
図2は、二相域焼鈍時間と組織の関係を表したものである。焼鈍時間は600sと3600sに限り、EBSD-IPF(逆極点図)map、Grain boundary mapとPhase mapを示す。観察面のND方向をマッピングしたものであり、ステレオ三角形に色と方位の関係を示す。粒界マップの赤線は方位差角15°以上の大角粒界、青色が方位差角5~15°の中角粒界、薄青色が方位差角5°未満の小角粒界である。ほぼ大角粒界からなっている。Phase mapの赤色と緑色がそれぞれ,フェライト相(α)とオーステナイト相(γ)を表している。
【0049】
焼鈍前組織微細α+θを675℃で二相域焼鈍するとαとγから構成される組織となり,ともに等軸状であり,α粒径とγ粒径は2μm以下と超微細等軸粒組織であった。これは、焼鈍前組織中に分散するθを核としてγが生成し、またγの形状として、粒界三重点付近では球形、粒界上では板状となった。
【0050】
一方、比較例である焼鈍前組織Mを675℃で二相域焼鈍すると、焼鈍前組織同様にα、γともに、板状・針状組織であった。マルテンサイトはパケット・ブロック・ラス構造をなすが、ブロックは結晶方位がほぼ同じラスの集団からなり、同一パケット内に存在するブロックは旧γの(111)面を共有する。EBSD解析で得られたPhase mapとIPF mapの結果から、ブロック境界に針状γが生成していることが確認された。また、ブロック内にも針状γが生成している。これはMのラス境界からもγが生成した結果と考えられる。このことからγの核生成サイトはMのラス、ブロック境界であると考えられる。
【0051】
焼鈍前組織が微細α+θの場合、焼鈍時間が600sから3600sに増加すると、α粒の結晶粒はやや粗大化した。一方、γ粒は、粒径、体積率ともが増加した。焼鈍前組織がMの場合、α粒、γ粒ともに粗大化していることが確認された。
【0052】
図3に二相域焼鈍温度・時間の変化に伴うγ体積率の変化を示す。どの焼鈍温度においても、焼鈍時間が長くなるにつれ、γ体積率は増加した。また同一保持時間で比較すると675℃の場合、γ体積率が増加した。これは、高い焼鈍温度ではα-γ平衡分率におけるγの相比が大きくなるためであり、また、拡散も速くなるためだと考えられる。焼鈍前組織が微細α+θの場合、675℃の3600sの焼鈍で体積率36.4%の多量のγが得られた。それに対して、焼鈍前組織がMの場合、24.3%であった。さらに、焼鈍前組織が微細α+θの場合、600sの短時間焼鈍においてもγ体積率が20%と高くなり、焼鈍前組織がMの場合の10%に比べ、2倍のγ体積率が得られた。
【0053】
図4は、逆変態によるγ生成のプロセスの模式図である。
図4(b)に示すように、焼鈍前組織Mからの逆変態の場合、過飽和C固溶体であるMから、まずθがラス、ブロック境界に多数析出し、それらが合体してつながり、細かい針状θに成長し、その針状θからγが核生成すると考えられる。その結果、針状θから針状γが生成すると考えられる。それに対して、
図4(a)に示すように、焼鈍前組織が微細α+θからの逆変態の場合、もともとα粒界と粒内に多量に分散しているθからγが核生成し、等軸のγが生成すると考えられる。このように逆変態γの優先核生成サイトとして微細分散するθが有効に作用し、極短時間(600s)でのγ(21%)の多量形成が可能となったと思われる。このことより、二相域焼鈍前の組織がフェライトーセメンタイトであることが、本発明において極めて重要であると考えられる。
【0054】
Thermo-Calcの計算では、焼鈍前組織の微細α+θを作製する時の圧延温度である550℃におけるθの組成は、(Fe0.49、Mn0.51)3Cであり、θ中にはMnが高濃度に濃縮していると考えられる。一方、焼鈍前組織がMの場合は、1200℃からの焼入で作製されているため、MnやCはマルテンサイト中に均一に存在していると考えられる。
【0055】
図5と
図6に、焼鈍前の微細α+θ組織と、焼鈍前のα+θ組織とΜ組織を675℃に加熱し保持することなく直ちに水冷して得られた時の組織のSEM像とTEM像を示す。TEM観察用サンプルは抽出レプリカ法により作製した。
図5(a)より、微細α+θ組織の場合、伸長αは再結晶して等軸化している。また、θも確認できる。
図5(b)では小さな球状θが多数析出していることが観察され、さらに、針状組織の析出も観察される。
【0056】
図6(a)から明らかなように、焼鈍前の微細α+θ組織にはθ粒が多量に存在している。
図6(b)より、675℃に加熱直後の段階で、θ粒の個数は減少し、その大きさも小さくなっている。これは逆変態によりγの生成が開始しているためである。焼鈍前組織がMの場合、
図6(c)より、
図5(b)で観察された針状組織はθと思われる。また、一部はγと思われる。
図7のTEM-EDS分析の結果より,焼鈍前の微細α+θ組織中のθには50.8(wt%)とほぼ化学量論組成のMnが存在していた。しかし、二相域へ加熱直後にθ中のMn濃度が減少したのは逆変態γへのMn移動がすでに生じていることが考えられる。焼鈍前組織がMの場合、針状θは昇温過程で生じたものであり、θ中のMn濃度が36.6(wt%)と微細α+θの場合と比べると低かった。
【0057】
したがって、焼鈍前組織が微細α+θの場合、微細分散するθ中にすでにMnが高濃度に存在しており、このような高濃度Mnが安定性の高いγの短時間形成を可能にしたと考えられる。さらに、このセメンタイト中へのMnの濃縮こそ、短時間オーステナイト生成に必要不可欠な現象である。
【0058】
二相域焼鈍後のα+γ組織に関して、FE-EPMAによる、Mn濃度マッピングの結果を
図8に示す。
図8(a)は、焼鈍前組織が微細α+θであり、675℃×3600s焼鈍を行った場合の結果を示しており、γ中のMn濃度が極めて高いことが確認された。定量分析の結果、Mn濃度は、高濃度を示した5点の平均で9.6wt%であった。
【0059】
一方、
図8(b)は、焼鈍前組織がMであり、675℃×600s焼鈍を行った場合の結果を示しており、Mn濃度のマッピングからは、Mn濃度は比較的均一であることが確認された。
【0060】
図2に示した4つのα+γ組織の丸棒引張試験で得られた公称応力-公称ひずみ曲線を
図9に示す。焼鈍前組織が微細α+θの場合、不連続降伏であるのに対して、焼鈍前組織がMの場合、連続降伏であり、公称応力-公称ひずみ曲線の形が異なっていた。
【0061】
一方、どちらの焼鈍前組織においても二相域焼鈍時間が長くなるにつれ,降伏応力は減少し、引張強さが増加した。これは、
図2からも明らかなように,焼鈍前組織がα+θの場合、焼鈍時間が長くなると、α粒が粗大化するためであり、α粒径が降伏点を決めると考えられる。焼鈍前組織がMの場合も、ブロックが明らかに粗大化しており、この影響で長時間焼鈍では、降伏点が低下したと考えられる。一方、引張強さは焼鈍時間が長い方が高いのは、
図3から明らかなように、γ体積率が増加したためである。
【0062】
焼鈍前組織がα+θの場合、極短時間(600s)の焼鈍で、高い降伏応力(870MPa)、引張強さ(960MPa)と全伸び(33.5%)を示し、強度・延性バランスが32200MPa%となり、強度・延性バランスが優れていることを示す指標である30000MPa%を超える優れた力学的特性を示した。さらに、焼鈍時間が3600sでも降伏応力(770MPa)はやや低下するものの、高い引張強さ(1090MPa)と全伸び(32.4%)を示すとともに、強度・延性バランスが35300MPa%となり、優れた力学的特性を示した。一方、比較例である焼鈍前組織がMの場合、焼鈍時間600sで、降伏応力(600MPa)、引張強さ(897MPa)と全伸び(25.4%)を示し、強度・延性バランスが22780MPa%となり、焼鈍時間3600sでは、降伏応力(550MPa)、引張強さ(970MPa)と全伸び(32.3%)を示し、強度・延性バランスが31330MPa%となった。
【0063】
焼鈍前組織はα+θが、Mに比べ、優れた強度・延性バランスをもたらす。このことは、
図3の結果から明らかなように、焼鈍前組織がα+θの場合、Mに比べ、γ体積率が高いことが、主な要因であると考えられる。
【0064】
図10に、焼鈍前組織がα+θとMで焼鈍条件が675℃×3600sのα+γ組織鋼の板状引張試験片の公称応力-公称ひずみ曲線と引張変形中のγ体積率の変化を示す。比較のため、従来TRIP鋼(オーステンパー処理時間480s)の公称応力-公称ひずみ曲線と引張試験中のγ体積率の変化も示す。丸棒引張試験と同様に焼鈍前組織が微細α+θの場合、焼鈍前組織がMの場合に比べ強度・延性が優れていた。塑性変形開始時点より急激に加工誘起変態が進むものの、焼鈍前組織がα+θの場合、より高ひずみ域までγが残ったことが、高強度・高延性メカニズムであると考えられる。従来TRIP鋼はγ体積率が10%と低いが、高ひずみ域までγが残り、TRIP効果を示した。
【0065】
二相域焼鈍条件が及ぼすオーステナイトの安定性の変化を表1に示す。
【0066】
【0067】
表1に示すように、γ中の固溶炭素濃度(Cγ)は,焼鈍時間が長くなるにつれ、低下する。このことは、焼鈍時間の長時間化にともなって、γ体積率(γR)が増加するためと考えられる。固溶炭素濃度とγ体積率の積であるγR×Cγは、0.1%添加されているC量がどのくらいγ中に固溶しているかを意味している指標であり、最大が0.1となる。焼鈍前組織がMの場合、γR×Cγは0.033~0.057であり、M中に固溶Cが多量に残っている状態であると考えられる。一方、焼鈍前組織が微細α+θの場合、γR×Cγは0.073~0.091であり、焼鈍時間3600sではθがほぼγに変化したことを意味する。焼鈍時間600sでも、効率的にθがほぼγに変化したといえる。前組織がα+θの場合、添加されたCがあらかじめθとして析出しており、このことが、多量のγに効率的にCを固溶させることができたメカニズムであると考えられる。従来TRIP鋼のC添加量が0.13%に対し、γR×Cγが0.097であり、γ中へのC濃度比は74%であり、焼鈍前組織がα+θで焼鈍時間600sの場合の73%と同程度であった。このことは、焼鈍前組織をα+θにすることは、オーステンパー処理に匹敵する効率を与えることを意味する。
【0068】
γの安定性を式(4)に示すMd30の式を用いて考察する。Md30はγ単相組織の試料に0.30の引張真ひずみを与えた時、組織全体の50%がM相に変態する温度で、この値が高温であるほどγが不安定であることを意味する。
【0069】
【0070】
焼鈍前組織がα+θで焼鈍条件が675℃×3600sの場合と焼鈍前組織がMで焼鈍条件が675℃×3600sの場合、Md30は、それぞれ200℃と227℃であった。焼鈍前組織α+θの場合、γ体積率が高いにもかかわらず,安定度も高いため焼鈍前組織がMである場合に比べ高ひずみ域までγが残ったと考えられる。このことが、高延性をもたらしたと考えられる。従来TRIP鋼のMd30は、-76℃であった。γ体積率は低く引張強さは低いが、安定度が極めて高いために高延性を示したと考えられる。
【0071】
図11に、
図10で示した板状引張試験の結果をもとに、本α+γ組織鋼と従来TRIP鋼の強度・延性バランスの関係をプロットした。0.1%C-2%Si-5%Mn組成の本α+γ鋼の強度・延性バランスは従来TRIP鋼よりも優れている。従来TRIP鋼はオーステンパー処理により少量のγに極めて高いCを濃縮させることで、高延性を発現しているが、γ体積率が低いため、強度が低い。それに対して、0.1%C-2%Si-5%Mn組成のα+γ鋼は焼鈍前組織を微細α+θとすることで、従来TRIP鋼より高いγ体積率が得られ、γ中の固溶Cは低いものの固溶Mnの効果で,γが安定化し、高延性が得られている。なお、全伸びは試験片サイズに依存するので、この比較は同じ板状引張試験片を用いたものである。600sの極短時間焼鈍においても非常に優れた力学的特性を示した。
<炭素含量による超微細フェライト-オーステナイト組織鋼の強度試験>
C量を0.075、0.1、0.15、0.2、0.3wt%と変化させた2%Si-5%Mn鋼を真空溶解・熱間鍛造により作製し、温間溝ロール圧延により、超微細フェライト(α)+オーステナイト(γ)組織を作製した。これらの試料を675℃と700℃で、それぞれ1時間二相域焼鈍を行い、供試材とした。丸棒引張試験で強度と延性を調べ、SEM-EBSDで組織を観察した。さらに、薄板試験片(GL=12mm、T=0.4mm)を用意し、SPring-8の高輝度X線を用いて、引張変形中のIn-situ XRDを行った。各ピークの積分強度比より、引張試験(CHS=0.245mm/min)中のγ体積率を求めた。
【0072】
図12および
図13に、675℃と700℃でそれぞれ焼鈍した供試材の公称応力-公称ひずみ曲線(実線)と引張試験中のγ体積率(破線)を示す。
図12および
図13より、0.15Cの供試材の物理特性を比較すると、675℃焼鈍材では、引張強さ1000MPa、全伸び40%を示し、破断時にγが5%残留していたのに対し、700℃焼鈍材では、引張強さ1480MPa、全伸び30%を示した。
【0073】
図14に、γ体積率と引張強さの関係を示す。
図14より、γ体積率が大きくなるにつれて、引張強さが大きくなることが確認された。また、
図15は、675℃焼鈍材のγ体積率とγ中の固溶炭素濃度のCin
γ積である、V
γxCin
γと一様伸びの関係を示している。V
γxCin
γが大きくなるにつれて、一様伸びが大きくなった。
図14の丸で囲まれた領域に着目すると、γ中の固溶炭素濃度が同じであるのにも関わらず、一様伸びに10%程の差があり、40%程の大きな一様伸びを得るには、V
γxCin
γを大きくする必要がある。例えば、V
γxCin
γ≧0.15であることが好ましく例示される。これらのことから、引張強さはγ体積率と、一様伸びはV
γxCin
γと相関があることが見出された。また、
図16に示したように、Cを0.15%添加した700℃焼鈍材は、大きなγ体積率45%とV
γxCin
γが0.15%を達成したことで、大きな超高強度高延性が発現した。