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特許7553083表面荷電基定量方法および表面荷電基定量キット
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  • 特許-表面荷電基定量方法および表面荷電基定量キット 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-09
(45)【発行日】2024-09-18
(54)【発明の名称】表面荷電基定量方法および表面荷電基定量キット
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/78 20060101AFI20240910BHJP
【FI】
G01N21/78 Z
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020160645
(22)【出願日】2020-09-25
(65)【公開番号】P2022053813
(43)【公開日】2022-04-06
【審査請求日】2023-08-04
(73)【特許権者】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(72)【発明者】
【氏名】荒木 潤
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-327553(JP,A)
【文献】特開2013-177569(JP,A)
【文献】特開2006-071614(JP,A)
【文献】特開2005-030883(JP,A)
【文献】特開平05-284995(JP,A)
【文献】特開平05-264457(JP,A)
【文献】特表2017-519220(JP,A)
【文献】特表2016-518603(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/75 - G01N 21/83
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナノセルロースまたはナノキチン類(以下、測定対象ナノ材料という)の表面荷電基量を定量する方法であって、
容器に濃度0.5mg/mL~50mg/mlの測定対象ナノ材料懸濁液と色素またはその前駆体試薬(以下、測定検出試薬)を添加して混合液を調製する第1のステップと、
前記混合液を振盪にて測定対象ナノ材料に色素を吸着もしくは分子結合させ、あるいは色素前駆体と化学反応させて色素を産出させる第2のステップと、
前記振盪の後の混合液の上清を遠心分離にて取得する第3のステップと、
前記上清に残存する色素または化学反応によって色素前駆体から産出されて上清に蓄積される色素を測定する第4のステップと、
前記第4のステップで測定された色素の量と前記測定検出試薬の量との比較に基づき表面荷電基量の算出を実行する第5のステップを含む、表面荷電基定量方法。
【請求項2】
前記測定対象ナノ材料はナノセルロースであり、前記色素はカチオン性色素である、請求項1に記載の表面荷電基定量方法。
【請求項3】
前記カチオン性色素はトルイジンブルーO、メチレンブルー、フクシン、クリスタルバイオレット、ローダミン、オーラミン、およびマラカイトグリーンからなる群から選択される少なくとも1種である、請求項2に記載の表面荷電基定量方法。
【請求項4】
少なくとも前記1から3のステップは、非ガラス材料で形成されたあるいは非ガラス材料がコーティングされた容器および器具を使用して実行される、請求項2または請求項3のいずれか一項に記載の表面荷電基定量方法。
【請求項5】
前記器具はポリエチレン製またはポリプロピレン製である、請求項4に記載の表面荷電基定量方法。
【請求項6】
前記測定対象ナノ材料懸濁液の一部に対しpH6~8の水中で前記第1~第5のステップを実行して第1の表面荷電基量を測定するステップと、前記測定対象ナノ材料懸濁液の他の一部に対しpH1~2以下の水中で前記第1~第5のステップを実行して第2の表面荷電基量を測定するステップを含み、前記第1の表面荷電基量と前記第2の表面荷電基量から硫酸エステル基およびカルボキシ基を個別に定量するステップをさらに含む、請求項2から請求項5のいずれか一項に記載の表面荷電基定量方法。
【請求項7】
前記第1のステップにより定量された硫酸エステル基量およびカルボキシ基量の総量から前記第2の表面荷電基量を測定するステップにより定量された硫酸エステル基量から先引くことでカルボキシ基量を算出する、請求項6に記載の表面荷電基定量方法。
【請求項8】
前記第2のステップが前記混合液を少なくとも10分間振盪する工程である、請求項2から請求項7のいずれか一項に記載の表面荷電基定量方法。
【請求項9】
前記測定対象ナノ材料はナノセルロースであり、前記測定対象ナノ材料に分子結合する色素は、ベンゼンブロミド誘導体類、N-メチルフタルイミド誘導体、2-ニトロフェニルヒドラジンおよびo-フェニレンジアミンからなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の表面荷電基定量方法。
【請求項10】
前記測定対象ナノ材料はナノキチン類であり、前記測定対象ナノ材料に分子結合する色素は、2,4,6-トリニトロベンゼンスルホン酸ナトリウム(ピクリン酸ナトリウム)、5-(ジメチルアミノ)ナフタレン-1-スルホニルクロリド(ダンシルクロリド)、4-ジメチルアミノアゾベンゼン-4’-スルホニルクロリド(ダブシルクロリド)、1-フルオロ-2,4-ジニトロベンゼン、フルオレサミン、2,3-ナフタレンジアルデヒド、o-フタルアルデヒド、ピリドキサール、ベンゾイルクロリド誘導体、ベンゼンスルホニルクロリド誘導体、イソシアナート類・イソチオシアナート類および酸クロリド誘導体からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の表面荷電基定量方法。
【請求項11】
前記測定対象ナノ材料はナノキチン類であり、前記測定対象ナノ材料と化学反応させて色素を産出させる色素前駆体はニンヒドリンである、請求項1に記載の表面荷電基定量方法。
【請求項12】
請求項1から請求項11のいずれか一項に記載の表面荷電基定量方法に使用するための表面荷電基定量キットであって、前記測定検出試薬と、少なくとも前記混合液の調製、振盪もしくは遠心分離に用い、非ガラス材料で形成されたあるいは非ガラス材料がコーティングされた容器と、を含む、表面荷電基定量キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノセルロースまたはナノキチン類の表面電荷を測定する、表面荷電基定量方法および表面荷電基定量キットに関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースナノファイバー、セルロースナノクリスタル、セルロースナノウィスカーを始めとするナノセルロース材料の表面には種々のイオン性官能基が導入される。これらのイオン性官能基には、硫酸加水分解処理によって調製中に導入される硫酸エステル基、後処理によって表面に導入されるカルボキシ基やリン酸エステル基のような官能基がある。これらのイオン性官能基は、水中で解離し表面に荷電を発生させる荷電基として作用する。そしてこれら表面の荷電は、ナノ材料の静電的反発力を表面に導入し、凝集・沈殿を防いで分散安定性に寄与する。したがって、ナノセルロース材料が凝集せずよく安定分散するためにはこれらの官能基の導入が必須である。
【0003】
さらに、これらの荷電基の種類および量によって、粘性挙動・液晶形性能・耐熱性・金属イオン担持能など、ナノセルロース材料の物性の様々な物性が大きく影響を受けることが知られている(非特許文献1)。加えて、これらの表面官能基は、他の機能性分子および高分子などの分子との反応点として働くため、ナノセルロース材料に機能性分子を結合・導入するためにも重要である。そのため、ナノセルロース材料の物性を制御し、機能性材料として応用するためには、表面荷電基の定量が極めて重要である。
【0004】
表面荷電基の定量法にはいくつかの手法が提案され、利用されてきている。典型的な手法には、酸または塩基を用いた滴定、電位差滴定および伝導度滴定、ヘッドスペースガスクロマトグラフィー、蛍光修飾した後に溶媒に溶解してGPC測定、13CNMR、ゼータ電位測定などの手法が報告されてきている。これらの中では滴定法、特に伝導度滴定法(非特許文献2)は、強酸性基(例:硫酸エステル基)および弱酸性基(例:カルボキシ基)が混在している試料のそれぞれの基を個別に定量できるなどのいくつかの利点から広く用いられ、ISOにも手法が規定されている。しかしながら滴定法には、時間と労力が極めて長くかかる、自動化しようと思うと高価な自動滴定装置を必要とする、試料の前処理に時間がかかる、といった欠点もあり、より一般的に普及した装置を用いる迅速かつ簡便な定量法の開発が望まれている。
【0005】
セルロース試料の表面官能基、特に表面カルボキシ基を定量する他の手法として、カチオン性の塩基性色素の吸着を用いる手法が古くから検討され、報告されている。この手法は、これらカチオン性色素分子と表面のアニオン性官能基との化学量論的なイオン対形成に基づいている。歴史的にはメチレンブルー吸着法が1940年代という古くから検討され、紙・パルプ材料のカルボキシ基を定量する手法として紙パルプ業界の標準規格であるTAPPIにも掲載されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第4210067号
【非特許文献】
【0007】
【文献】Araki,2013; Isogai et al.,2011; Azizi-Samir et al.,2005
【文献】Bondeson,D., Mathew,A.,& Oksman,K. Cellulose, “Optimization of the isolation of nanocrystals from microcrystalline cellulose by acid hydrolysis”,2006,13,171-180.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、前記の色素吸着法はのちに他の様々な固体表面上のカルボキシ基を定量する手法として応用されているが、いずれも固体表面のカルボキシ基に対し大過剰の色素分子を加えた後に過剰の色素を洗浄し、吸着した色素(カルボキシ基と等量)を再び遊離させて測定する、という、多段階を踏んだ測定法に代わられつつある。さらに、特許文献1の手法をナノセルロース試料に適用する場合の問題点は、色素が吸着したナノセルロースの固体を未吸着色素を含む溶液から分離する過程であろう。つまり、ナノ材料は水中に分散するため濾過は困難であり、おそらくはこのような理由から、色素吸着法のナノセルロース材料への適用はこれまで試みられていなかった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らはこれらの点を考慮し、色素吸着法をナノセルロースの表面アニオン性官能基とりわけ表面カルボキシ基の定量に用いることが可能であるか、鋭意努力を重ねた。その結果、色素吸着法によって表面荷電基を精度良く定量するための手順を開発した。すなわち、請求項1に記載の本発明は、ナノセルロースまたはナノキチン類(以下、測定対象ナノ材料という)の表面荷電基量を定量する方法であって、容器に濃度0.5mg/mL~50mg/mlの測定対象ナノ材料懸濁液と色素またはその前駆体試薬(以下、測定検出試薬)を添加して混合液を調製する第1のステップと、前記混合液を振盪にて測定対象ナノ材料に色素を吸着もしくは分子結合させ、あるいは色素前駆体と化学反応させて色素を産出させる第2のステップと、前記振盪の後の混合液の上清を遠心分離にて取得する第3のステップと、前記上清に残存する色素または化学反応によって色素前駆体から産出されて上清に蓄積される色素を測定する第4のステップと、前記第4のステップで測定された色素の量と前記測定検出試薬の量との比較に基づき表面荷電基量の算出を実行する第5のステップを含む、表面荷電基定量方法である。
【0010】
請求項2に記載の本発明は、前記測定対象ナノ材料はナノセルロースであり、前記色素はカチオン性色素である、請求項1に記載の表面荷電基定量方法である。
【0011】
請求項3に記載の本発明は、前記カチオン性色素はトルイジンブルーO、メチレンブルー、フクシン、クリスタルバイオレット、ローダミン、オーラミン、およびマラカイトグリーンからなる群から選択される少なくとも1種である、請求項2に記載の表面荷電基定量方法である。
【0012】
請求項4に記載の本発明は、少なくとも前記1から3のステップは、非ガラス材料で形成されたあるいは非ガラス材料がコーティングされた器具を使用して実行される、請求項2または請求項3のいずれか一項に記載の表面荷電基定量方法である。
【0013】
請求項5に記載の本発明は、前記器具はポリエチレン製またはポリプロピレン製である、請求項4に記載の表面荷電基定量方法である。
【0014】
請求項6に記載の本発明は、前記測定対象ナノ材料懸濁液の一部に対しpH6~8の水中で前記第1~第5のステップを実行して第1の表面荷電基量を測定するステップと、前記測定対象ナノ材料懸濁液の他の一部に対しpH1~2以下の水中で前記第1~第5のステップを実行して第2の表面荷電基量を測定するステップを含み、前記第1の表面荷電基量と前記第2の表面荷電基量から硫酸エステル基およびカルボキシ基を個別に定量するステップをさらに含む、請求項2から請求項5のいずれか一項に記載の表面荷電基定量方法である。
【0015】
請求項7に記載の本発明は、前記第1のステップにより定量された硫酸エステル基量およびカルボキシ基量の総量から前記第2の表面荷電基量を測定するステップにより定量された硫酸エステル基量から先引くことでカルボキシ基量を算出する、請求項6に記載の表面荷電基定量方法である。
【0016】
請求項8に記載の本発明は、前記第2のステップが前記混合液を少なくとも10分間振盪する工程である、請求項2から請求項7のいずれか一項に記載の表面荷電基定量方法である。
【0017】
請求項9に記載の本発明は、前記測定対象ナノ材料はナノセルロースであり、前記測定対象ナノ材料に分子結合する色素は、ベンゼンブロミド誘導体類、N-メチルフタルイミド誘導体、2-ニトロフェニルヒドラジンおよびo-フェニレンジアミンからなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の表面荷電基定量方法である。
【0018】
請求項10に記載の本発明は、前記測定対象ナノ材料はナノキチン類であり、前記測定対象ナノ材料に分子結合する色素は、2,4,6-トリニトロベンゼンスルホン酸ナトリウム(ピクリン酸ナトリウム)、5-(ジメチルアミノ)ナフタレン-1-スルホニルクロリド(ダンシルクロリド)、4-ジメチルアミノアゾベンゼン-4’-スルホニルクロリド(ダブシルクロリド)、1-フルオロ-2,4-ジニトロベンゼン、フルオレサミン、2,3-ナフタレンジアルデヒド、o-フタルアルデヒド、ピリドキサール、ベンゾイルクロリド誘導体、ベンゼンスルホニルクロリド誘導体、イソシアナート類・イソチオシアナート類および酸クロリド誘導体からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の表面荷電基定量方法である。
【0019】
請求項11に記載の本発明は、前記測定対象ナノ材料はナノキチン類であり、前記測定対象ナノ材料と化学反応させて色素を産出させる色素前駆体はニンヒドリンである、請求項1に記載の表面荷電基定量方法である。
【0020】
請求項12に記載の本発明は、請求項1から請求項11のいずれか一項に記載の表面荷電基定量方法に使用するための表面荷電基定量キットであって、前記測定検出試薬と、少なくとも前記混合液の調製、振盪もしくは遠心分離に用い、非ガラス材料で形成されたあるいは非ガラス材料がコーティングされた容器と、を含む、表面荷電基定量キットである。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、滴定法と比較して極めて微量の試料を用い、繰り返し再現良く滴定法と比較しうる結果を迅速かつ簡便に与えることができる。また、これまで滴定法によりおこなわれてきた、強酸性基および弱酸性基の混在する試料におけるそれぞれの基の個別定量も可能である。さらに、滴定法では困難であった、複数の弱酸性基が混在する試料におけるカルボキシ基の個別定量も、きわめてよい精度および繰り返し再現性をもって実現可能である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】中性の水中およびpH=1条件下において色素吸着法により求めたカルボキシ基量と滴定により求めたカルボキシ基量の比較を示したグラフである。
図2】CCNW5およびCCNW100の色素混合時間に伴うカルボキシ基測定量の変化を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明に係る実施の形態について詳細に説明する。本実施の形態に係る表面荷電基定量方法は、極めて微量のナノセルロースまたはナノキチン類(以下、測定対象ナノ材料という)の表面荷電基量を定量する方法である。特にナノセルロース表面のカルボキシ基または硫酸エステル基の定量に適している。まず、測定チューブに極めて微量の測定対象ナノ材料懸濁液と色素またはその前駆体試薬(以下、測定検出試薬)を添加して混合液を調製する(以上、第1のステップ)。測定対象ナノ材料懸濁液は、測定対象ナノ材料と水を懸濁させて作成される。
【0024】
測定対象ナノ材料は混合液として含有される測定対象ナノ材料の量になるような量で含有させていればよい。好ましくは、水1mLに対し、0.5mg~50mg、好ましくは0.5~2.5mgであればよい。測定検出試薬は、適量の測定検出試薬と水の溶液で提供されてもよい。その場合、測定検出試薬は水1Lに対し、1.0×10-6mol/L~1.0×10-2mol/L、好ましくは1.0×10-5mol/L~1.0×10-3mol/Lであればよい。混合液の調整においては、測定対象ナノ材料懸濁液、測定検出試薬に加えて溶媒を加えてもよい。溶媒としては水、アルコール類、アミド系溶媒、ジメチルスルホキシド、ジオキサン、アセトン、テトラヒドロフランなどがあげられるがこれに限定されない。好ましくは水である。
【0025】
次に、前記混合液を振盪にて測定対象ナノ材料に色素を吸着もしくは分子結合反応、または色素前駆体(測定検出試薬)と化学反応させて色素を産出させる(以上、第2のステップ)。ここで、色素とは、検出手段によって検出可能な波長域、好ましくは紫外/可視光領域に吸収をもつ分子を意味する。前記色素は、トルイジンブルーO、メチレンブルー、フクシン、クリスタルバイオレット、ローダミン、オーラミン、マラカイトグリーン、等のカチオン性色素であってもよい。好ましくは、トルイジンブルーO(以下、TBO)、メチレンブルー、等のフェノチアジン系色素であってもよい。また、前記色素に代えて、反応中に前記色素を合成する前駆体を用いてもよい。振盪時間は10分以上、好ましくは30分以上2時間以下であればよい。
【0026】
次に、前記振盪の後の混合液の上清を遠心分離にて取得する(以下、第3のステップ)。測定対象ナノ材料は非常に細かくしかも分散性が高いので、濾過は不向きである。遠心分離の回転数は3000~5000rpm、時間は5~20分であればよい。
【0027】
前記色素がカチオン性色素の場合、ガラス器具の使用を極力避けることが重要である。TBOを始めとするカチオン性色素は負に帯電したガラス表面に強く不可逆吸着するため、TBO濃度に大きく影響するからである。前記振盪処理および遠心分離処理において使用する容器(チューブ等)および実験器具にはポリエチレン製またはポリプロピレン製を使用するのが好ましい。
【0028】
次に、前記上清に残存する色素または化学反応によって色素前駆体から産出されて上清に蓄積される色素を測定する(以上、第4のステップ)。測定方法としては、上清の吸収スペクトルを測定してもよいし、紫外可視吸光光度計等を用いて特定波長における吸光光度を測定してもよい。
【0029】
最後に、前記第4のステップで測定された色素の量と前記測定検出試薬の量との比較に基づき表面荷電基量の算出を実行する(以上、第5のステップ)。前記混合液に投入した色素の量は既知であり、また前ステップで測定した上清の色素濃度より上清に含まれる色素の量が一義的に求まることから、容器等への付着が無ければ、測定対象ナノ材料に吸着あるいは分子結合した色素の量は、両者の差分により求めることができる。
【0030】
さらに、本実施の形態において、以上の工程と併せて、強酸性下で同様の処理を行うことにより、ナノセルロース表面の硫酸エステル基およびカルボキシ基を個別に定量することが可能である。前記第1~第5のステップはほぼ中性(pH6~8)の水中で行われるが、測定対象ナノ材料懸濁液を取り分け、これと並行して塩酸を加えpHを1~2以下、好ましくはpH1に調整し、前記第1~第5と同様のステップを実行する。
【0031】
こうして得られた、それぞれのpHにおける表面荷電基量から、硫酸エステル基およびカルボキシ基を個別に定量することができる。すなわち強酸性下では、カルボキシ基への色素吸着が抑制される一方で、硫酸エステル基は解離していると考えられ、ここに色素が吸着すると考えられる。よって、強酸性下では硫酸エステル基のみ分離して定量することになり、中性での定量値から強酸性下での定量値を差し引くことにより、カルボキシ基の量を求めることができる。以上の本実施の形態の具体的な手法については、後の実施例で説明する。
【0032】
(第2の実施の形態)
以下、本発明の第2の実施の形態について説明する。前記実施の形態においては、色素を吸着する手法、特にナノセルロースのカルボキシ基または硫酸エステル基に色素を吸着させる手法に係るものであったが、本実施の形態では、色素を吸着させる代わりに分子結合させる方法について説明する。イオン性(アニオン性・カチオン性)の表面荷電基およびイオン性(アニオン性・カチオン性)の色素分子との間で1:1のイオン対を形成するため、荷電基に対し過剰の色素分子を添加して分子結合させ、未結合の色素分子を定量して結合量を求めることにより荷電基量を定量することができる。
【0033】
ナノセルロースまたはナノキチン類の懸濁液に、荷電基量に対して過剰量の色素分子を含む溶液を添加してよく混合し、分子結合が完了したら遠心分離により上清を分離する。適宜希釈して色素分子の極大吸光波長において吸光度を測定し、上清中の色素分子濃度に換算する。色素分子の初期濃度(添加量)から差し引くことにより分子結合した色素分子の量を求め、含まれていたセルロースないしキチンの荷電基量とすることができる。
【0034】
測定検出試薬としては、セルロースのアニオン性荷電基に対しては、例えば、ベンゼンブロミド誘導体類、N-メチルフタルイミド誘導体、2-ニトロフェニルヒドラジンおよびo-フェニレンジアミンからなる群から選択される少なくとも1種を用いてもよい。また、キチンのカチオン性荷電基(アミノ基、等)に対しては、例えば2,4,6-トリニトロベンゼンスルホン酸ナトリウム(ピクリン酸ナトリウム)、5-(ジメチルアミノ)ナフタレン-1-スルホニルクロリド(ダンシルクロリド)、4-ジメチルアミノアゾベンゼン-4’-スルホニルクロリド(ダブシルクロリド)、1-フルオロ-2,4-ジニトロベンゼン、フルオレサミン、2,3-ナフタレンジアルデヒド、o-フタルアルデヒド、ピリドキサール、ベンゾイルクロリド誘導体、ベンゼンスルホニルクロリド誘導体、イソシアナート類・イソチオシアナート類および酸クロリド誘導体からなる群から選択される少なくとも1種を用いてもよい。
【0035】
(第3の実施の形態)
上記第1および第2の実施形態では、測定対象ナノ材料に色素を吸着もしくは分子結合させる方法について説明したが、ニンヒドリンのように表面アミノ基と反応して、別の色素(有色分子)を放出させる試薬を用いることも可能である。この色素を測定することにより、アミノ基の定量が可能である。すなわち、表面荷電基および添加分子が1:1または既知の化学量論比において反応したのち、あらたに1分子または既知の化学量論比で新しい色素分子(=可視光ないし紫外領域に吸収を有する分子)を遊離する機構を活用し、荷電基に対し過剰の反応分子を添加して化学反応させ、新たに遊離した色素分子の吸光光度を測定することによって定量し、それを荷電基量とする。
【0036】
本実施の形態の場合、ナノセルロース・ナノキチン類の懸濁液に、荷電基量に対して過剰量の反応分子を含む溶液を添加して、反応が起こる条件(温度・pHなど)に置いてよく混合し、反応が完了したら遠心分離により上清を分離する。適宜希釈して新たに遊離した色素分子の極大吸光波長において吸光度を測定し、上清中の色素分子濃度に換算する。当該色素分子の濃度を、含まれていたセルロースないしキチンの荷電基量とする。
【0037】
以上、本発明の実施の形態について説明した。なお、前記実施の形態において、測定対象ナノ材料となるキチンは表面がキトサン化されたものでもよく、あるいは脱アセチル化がキトサンとしてはやや高めの試料であってもよい。
【実施例
【0038】
以下、本発明の実施例について説明する。本実施例ではカチオン系の色素を用いてナノセルロース表面のカルボキシ基を定量した実験とその結果について説明する。
【0039】
(試料・器具および実験方法)
まず、セルロース原料として以下のものを用いた。
(1)綿由来粉末:脱脂綿(スズラン株式会社製Sコットン)を既知の方法にしたがって、2.5mol/L塩酸水溶液で30分間煮沸した後に水洗し、凍結乾燥したもの
(2)微結晶セルロース粉末(木材由来):ナカライテスク株式会社より購入したもの
(3)針葉樹クラフトパルプ(SBKP、アラバマパイン由来):安積濾紙株式会社(Azumi Filter Paper Co., Ltd., Osaka, Japan)から提供受けたものであり、表面に-SH基を有するシリカゲル粒子(SiliaMets(登録商標) thiol, 1.52 mmol/g -SH groups)はSilicycle社から購入したもの
【0040】
色素は、東京化成工業株式会社から購入したトルイジンブルーO(商品名:Basic Blue 17、以下TBO)を、既知の方法に従って再結晶により精製したものを用いた。これを5.0×10-3mol/Lの濃度で脱イオン水に溶解し、不溶部を濾過して得た水溶液をストックTBO溶液とし、105°Cで乾燥して正確な濃度を求めた。そのストックTBO溶液を(ポリプロピレン製メスフラスコおよびポリプロピレン製ホールピペットを用いて)10倍に希釈して分析用TBO溶液とした(両者ともテフロン(登録商標)でコーティングされたポリエチレン製の容器中で密閉保存)。
【0041】
その他の試薬は富士フイルム和光純薬株式会社またはナカライテスク株式会社から購入し、特に精製せずに用いた。1mol/L塩酸水溶液は濃塩酸8.45mLを脱イオン水で100mLに希釈して調製し、0.1mol/L塩酸水溶液はそれをさらに10倍に希釈して調製した。なお、本実施例ではすべての実験において脱イオン水を用いた。また、本実施例ではカチオン性色素を用いるため、遠心分離用チューブを始めとするすべての実験器具にテフロン(登録商標)でコーティングされたポリエチレンを用いる等、ガラスの使用は極力避けている。
【0042】
(各種CNW懸濁液の調製)
以下、本実施例で使用するカルボキシ化セルロースナノウィスカー(以下、CCNW)の調製方法について説明する。さまざまなカルボキシ基含量をもつCCNW懸濁液は、セルロース原料を硫酸および塩酸で加水分解すること、およびその後のTEMPO酸化により調製した。まず、脱脂綿を2.5mol/L塩酸で30分間煮沸した後に、フードミキサーにより30分間粉砕し、遠心分離(3000rpm,5min)を繰り返して分離することによって表面未修飾CNW(以後、CNW)を調製した。当該CNWを、TEMPO、臭化ナトリウムおよび次亜塩素酸ナトリウム(以下、次亜塩素酸Na)の混合水溶液内で室温下4時間反応させ、回収および透析で精製することによって表面カルボキシ化CNW(CCNW)を調製した。ここで、次亜塩素酸Naの添加量を調節することによって表面カルボキシ基の量を制御した。
【0043】
得られた試料は、次亜塩素酸Na添加量に応じて、CCNW5、CCNW20、CCNW50,CCNW100と命名した。CCNWの後の数値はTEMPO酸化時のセルロース重量に対する次亜塩素酸Na添加量の重量%である。CNWおよびCCNW5~CCNW100はそれぞれ濃度5mg/mLに調節した。さらに、CNWおよびCCNW100を体積比1:4、2:3、5:5、3:2、4:1の体積比で混合することによって、カルボキシ基含量の異なる混合試料を調製した。
【0044】
次に、既知の技術を用いて、綿由来粉末(綿)、微結晶セルロース(MCC)およびSBKP(木材パルプ)を65%硫酸でさまざまな時間および温度の下で加水分解し、遠心分離および透析で精製することによって硫酸加水分解CNW(以下、SCNW)を調製した。試料名および調製条件を表1に示す。

【表1】
【0045】
カルボキシ基および-SH基の混合した試料を調製するために、CCNW50およびSiliaMets(登録商標)thiol(シリカゲル)を表2に示した重量比で混合し、それぞれ色素吸着および滴定に供した。

【表2】
【0046】
(色素吸着法1:カルボキシ基定量)
中性水中測定は、5mLのマイクロ遠心チューブ中に、濃度5mg/mLのCNW、CCNWないしCNW/CCNW混合試料(詳しい濃度を別途求めてあればそれでもよい)0.1mL、水2.9mLおよびTBO溶液(濃度5.0×10-4mol/L、正確な濃度は上記ストック溶液の1/10とする)2mLを混合し、往復振盪シェイカーを用いて一晩振盪する。振盪が終了した後、遠心分離(3500rpm,10min)を行い、得られた上清を脱イオン水で10倍に希釈(例:0.45mLの上清をマイクロピペットでポリプロピレン製試験管にとり、4.05mLの脱イオン水で希釈)したのち、紫外可視吸光光度計(株式会社島津製作所製UV-2450)を用いて628nmにおける吸光光度A628を測定する。脱イオン水を用いてベースライン測定を行う。
【0047】
次に、TBO濃度に対する検量線を作成する。中性の水および0.1mol/L塩酸水溶液を溶媒とした場合にモル吸光光度計数が異なるため別個に測定し、水中におけるモル吸光係数εおよび塩酸水溶液におけるモル吸光係数εpH1を個別に求める。0.1mol/L塩酸水溶液を溶媒に用いた場合には、TBOを溶解した後に一晩放置し、遠心分離をおこなってから吸光度を測定したほうがより望ましい。
【0048】
まず、628nmにおける水中での吸光度Aから以下の式に従って中性の水中における表面荷電基量Sを求めた。

【数3】
ここで、cTBOは測定の際にCNW懸濁液と混合したTBO溶液の濃度(mol/L)、εは水中におけるTBOのモル吸光係数(本実施例では45312)、cCNWはCNWないしCCNW懸濁液の濃度(mg/mL、上記の条件では5.0)、νは測定に用いたCNWないしCCNW懸濁液の体積(mL、上記の条件では0.1)である。
【0049】
pH=1における測定も、上記と同様に行う。5mLのマイクロ遠心チューブ中に、濃度5mg/mLのCNW、CCNWないしCNW/CCNW混合試料0.1mL、1mol/L塩酸水溶液0.5mL、水2.4mLおよびTBO溶液(濃度5.0×10-4mol/L、正確な濃度は上記ストック溶液の1/10とする)2mLを混合し、一晩振盪する。振盪が終了した後、遠心分離(3500rpm,10min)を行い、得られた上清を0.1mol/L 塩酸水溶液で10倍に希釈(例:0.45mLの上清をマイクロピペットでポリプロピレン製試験管にとり、4.05mLの0.1mol/L塩酸水溶液で希釈)したのち、紫外可視吸光光度計(株式会社島津製作所製UV-2450)を用いて628nmにおける吸光光度A628を測定する。0.1mol/L塩酸水溶液(以下、0.1M塩酸とも記載)をもちいてベースライン測定を行う。
【0050】
628nmにおける0.1M塩酸中での吸光度ApH1から以下の式に従って0.1M塩酸中における表面荷電基量SpH1を求めた。

【数4】
ここで、cTBOは測定の際にCNW懸濁液と混合したTBO溶液の濃度(mol/L)、εpH1は0.1M塩酸中におけるTBOのモル吸光係数(本実施例では41751)、cCNWはCNWないしCCNW懸濁液の濃度(mg/mL、上記の条件では5.0)、νは測定に用いたCNWないしCCNW懸濁液の体積(mL、上記の条件では0.1)である。
【0051】
この測定では求められた荷電基量がすべてカルボキシ基量に相当する。したがって表面カルボキシ基量SCOOHは以下の式で表せる。

【数5】
【0052】
(色素吸着法2:硫酸エステル基およびカルボキシ基混在試料)
以下、硫酸エステル基およびカルボキシ基混在試料における荷電基量を測定した実験について説明する。まず。中性水中測定は、5mLのマイクロ遠心チューブ中に、濃度5mg/mL(詳しい濃度を別途求めてあればそれでもよい)のSCNW試料0.5mL(2.0~3.0mgの固形分が含まれるようにする)、水2.5mLおよびTBO溶液2.0mLを混合し、往復振盪シェイカーを用いて一晩振盪する。振盪が終了した後、上記の色素吸着法1と同様の条件で、遠心分離による分離、上清の希釈を行い、628nmにおける吸光光度を測定する。脱イオン水をもちいてベースライン測定を行う。
【0053】
pH=1における測定は、実施例1と同様に、5mLのマイクロ遠心チューブ中に、濃度5mg/mLのSCNWを0.5mL、1mol/L塩酸水溶液0.5mL、水2.0mLおよびTBO溶液2.0mLを混合し、一晩振盪する。振盪が終了した後、遠心分離、0.1mol/L塩酸水溶液をもちいた上清の希釈(例:0.45mLの上清をマイクロピペットでポリプロピレン製試験管にとり、4.05mLの0.1mol/L塩酸水溶液で希釈)したのち、紫外可視吸光光度計(株式会社島津製作所製UV-2450)を用いて628nmにおける吸光度を測定する。0.1mol/L塩酸水溶液(0.1M塩酸)をもちいてベースライン測定を行う。得られた吸光度A628から以下の式に従ってカルボキシ基量を求めた。

【数6】
ここで、cTBOは測定の際にSCNW懸濁液と混合したTBO溶液の濃度(mol/L)、εpH1は0.1M塩酸中におけるTBOのモル吸光係数(本実施例では41751)、cCNWはSCNW懸濁液の濃度(mg/mL、上記の条件では5.0)、vは測定に用いたSCNW懸濁液の体積(mL、上記の条件では0.5)である。
【0054】
(色素吸着法3: チオール(スルフヒドリル)基共存下におけるカルボキシ基定量)
重量濃度0.5%に調節したCCNW試料(CCNW5およびCCNW100)0.4mL、脱イオン水11.6mL、およびTBO溶液8mLを50mLのポリプロピレン製遠沈管中で混合し、往復振盪シェイカーで振盪する。振盪を開始してから30分、1時間、2時間、4時間、6時間、8時間、および24時間後に各々の混合液から2mLの混合液を採取し、遠心分離(6000rpm、10分間)したのちに上清を10倍に希釈し、上記と同様に628nmにおける吸光度を測定して、式(1)にしたがって各反応時間における見かけのカルボキシ基量を算出する。
【0055】
(伝導度滴定による強酸性基および弱酸性基の定量)
次に伝導度滴定による強酸性基および弱酸性基の定量を行う。500~700mgのCNW、CCNWまたはSCNWを含む懸濁液をビーカーに取り、0.1M(mol/L)の塩酸(HCl)水溶液(SCNWの定量の際には添加しない)および0.1M(mol/L)のNaCl水溶液2mLを加え、最後に脱イオン水で懸濁液総重量200gになるまで希釈した。0.1MのNaOH(CCNWの場合)、ないし0.01MのNaOH(SCNW,CNWの場合)を一定間隔で滴下しながら、pH電極(メトラー・トレド株式会社製InLab(登録商標) Expert Pro-ISM)および導電率電極(同社製Inlab(登録商標) 751-4mm)を備えたpH/導電率計(同社製SevenCompact Duo S213)で系のpHおよび伝導度を測定し、NaOH滴下量に対してプロットした。滴定に用いたNaOH水溶液はフタル酸水素カリウムを用いて標定した。
【0056】
(結果および考察)
図1にCNW、(酸化度の異なる)CCNWおよび、(混合比の異なる)CNWとCCNWの混合物について、滴定で求めたカルボキシ基含量および色素吸着法で求めたカルボキシ基含量の関係を表す。図1において、●および○は(塩酸を含まない中性の)水中で測定した結果であり、▲および△はpH=1において測定した値である。●および▲はTEMPO酸化の際にさまざまに条件を変えてカルボキシ基を変えた試料、および未酸化の試料(y軸上の記号、滴定によるカルボキシ基量が0)であり、○および△は酸化された試料(CCNW)と未酸化の試料(CNW)を種々の混合比で混合してカルボキシ基含量を変えた試料である。なお、CNW/CCNW混合物のカルボキシ基含量滴定値は、実際には滴定を行っておらず、CNWおよびCCNWの(滴定による)カルボキシ基含量と混合比を用いて算出したものである。
【0057】
両者の数値は極めて良い一致を示している。また、色素吸着による定量は3回繰り返したが、ばらつきは極めて小さく繰り返し再現性は極めて高い。一方で、同じ試料に対し同様の色素吸着法をpH=1(すなわち、0.1mol/Lの塩酸を含む)条件下において行った場合、色素吸着法による見かけのカルボキシ基含量は大幅に減少し、滴定で測定したカルボキシ基量の1/10以下となる。これはpH=1の条件下において、大半のカルボキシ基は解離塩型-COO-ではなく酸型-COOHの形で存在しており、非イオン性であるために正の荷電を持つTBOとイオン性相互作用を示さなかったことが原因である。
【0058】
上述したようにpH=1においてはカルボキシ基へのTBO吸着が抑制される一方、硫酸エステル基は強酸性でpH=1においても解離しているためTBOが吸着すると考えられる。そこで発明者らは、色素吸着を中性の水中およびpH=1の条件下で2度に分けて行えば、前者は硫酸エステル基およびカルボキシ基の総和を、後者は硫酸エステル基のみの量を示し、両者の差し引きによってカルボキシ基の定量を行えば、伝導度滴定と同様に硫酸エステル基およびカルボキシ基を個別に定量できると考えた。
【0059】
種々の試料を異なる条件で硫酸加水分解して硫酸エステル基・カルボキシ基の含量が異なる表1の試料を調製し、それぞれに対して中性および酸性条件下で色素吸着をおこなって、本実施例の方法に従って求めた硫酸エステル基およびカルボキシ基の量を算出し、滴定による方法と比較した。結果を表3に示す。多くの試料では硫酸エステル基およびカルボキシ基量は良い一致を見せているが、2、3の試料においては違いを示している。官能基の総量が少ない試料において不一致の傾向がやや強まるかと思われるが、一致しない試料の特徴や傾向(滴定と色素吸着のどちらが多くなるか、など)ははっきりしない。しかしながら全ての試料において官能基量の桁が大きく変わるほどの差異は見られず、色素吸着法は硫酸エステル基およびカルボキシ基量の個別定量法としても利用可能であることがわかった。

【表3】
【0060】
上述のように、これまで滴定法によって行われてきた種々の官能基定量に加え、滴定法では困難な官能基定量も可能である。一般に、表面をカルボキシ化したCCNWにアミノエタンチオールを表面結合し、表面にカルボキシ基および-SH基を導入したナノウィスカーを合成する場合、カルボキシ基および-SH基はともに弱酸性基として働くため、滴定では個別に定量することが困難であった。一方で、これらの基はpKが異なる、例えばカルボキシ基のpKは3~4付近であるのに対し-SH基のpKは11~13程度のため、系のpHをその中間である7程度に保てば、カルボキシ基のみが解離し-SH基は解離しない状態を作り出すことができ、その状態で色素吸着を行えばカルボキシ基のみの定量が可能であると考えられる。
【0061】
そこで、CCNW50試料に表2に示した割合で-SH基含有シリカゲル(SiliaMets(登録商標)チオール)を混合した試料を作成し、滴定法および色素吸着法でカルボキシ基の定量を行って比較した。結果を表4に示す。

【表4】
【0062】
滴定法においては、これらの試料の伝導度滴定曲線は強酸(滴定に先立って添加した既知量の塩酸)の中和および弱酸の中和に対応する2つの屈曲点のみを示し、2種の弱酸の区分を求めることはできなかった。また、滴定により求めた弱酸性基の量は添加した-SH基含有シリカゲルの量に影響を受けて変動し、もとのCCNW50のカルボキシ基量とは異なっていた。滴定による弱酸性基の量は、カルボキシ基および-SH基の量の総和とはならず、また、最も-SH基含量の多い試料ではもとのカルボキシ基量よりもかえって減少した。この理由はまだ明らかではないが、いずれにせよ、滴定によるカルボキシ基の定量は、-SH基の共存により大きく影響を受けることが明らかになった。一方で、色素吸着法により求めたカルボキシ基量は共存する-SH基の量に全く影響を受けず、もとのCCNW50のカルボキシ基の量とほぼ一致した。この結果より、色素吸着法は、共存する-SH基による妨害を受けずにカルボキシ基の定量が可能であるという、滴定法にはない利点を有することが明らかになった。
【0063】
最後に、色素吸着反応の時間に伴う吸着量の変化について検討した。同じTBO/CCNW混合液から時間経過にともなって試料を分取し、上澄みを分離し分析してその時点における吸着量に基づく見かけのカルボキシ基量を求めた。もし色素吸着にかなりの時間がかかるのであれば、混合直後には吸着する色素の量が少ないため、見かけのカルボキシ基含量が少なく評価されるはずである。結果を図2に示す。TBOとCCNWの混合物は、混合後30分で試料のもつカルボキシ基量(終夜混合によって求めた)と同じ結果を与え、カルボキシ基へのTBOの吸着は30分で定量的に完了していることが示された。したがって、上述の実験はすべて色素吸着のために一晩の混合および振盪を行っているものの、実際には混合して振盪する時間は長くても2時間程度で十分であると思われる。
【0064】
本実施の形態で検討した色素吸着法は、滴定法にはないさまざまな利点を有する。極めて微量の試料(0.5~2.5mg)を用いて十分に再現性が良く、滴定法に匹敵する精度の結果を与える。極めて長時間で労力を要する滴定と異なり、反応に必要な時間は短く(2時間)色素溶液の濃度を精密に定量さえしておけば操作は試料との混合のみでその後は放置するだけでよい。分析は安価な汎用装置である吸光光度計を利用でき、希釈して吸光光度を測定するのみというシンプルかつ短時間の分析手順は、滴定では到底不可能な数、例えば1日のうちに数十本の試料の定量さえ可能にする。強酸性基および弱酸性基の個別定量に加え、滴定法では困難であった、複数の弱酸性基共存下におけるカルボキシ基定量をも可能にする。また滴定曲線に近似曲線を引く滴定結果の処理は、測定者の主観に左右される可能性があるが、滴定法は決められた試薬を混合して吸光度を測定し、そこから計算により官能基量が求まるので、主観の入り込む余地がない。このようなさまざまな利点を持つ色素吸着法が、ナノセルロース材料の簡便かつ高精度な表面官能基定量法として広く用いられることを大きく期待する。
【0065】
以上、本実施の形態によれば、極めて微量の試料を用い、滴定法と比較しうる結果を迅速かつ簡便に与えることができる。また、これまで滴定法によりおこなわれてきた、強酸性基および弱酸性基の混在する試料におけるそれぞれの基の個別定量も可能である。さらに、滴定法では困難であった、複数の弱酸性基が混在する試料におけるカルボキシ基の個別定量も、きわめてよい精度および繰り返し再現性を持って可能である。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、ナノセルロースやナノキチン類の物性に係るイオン性官能基を精度よく短時間に定量することができ、これらを原材料とする素材や製品の製造工程に導入することができる。また、ナノセルロースやナノキチン類の研究開発に用いるキットとして利用することができる。





図1
図2