(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-09
(45)【発行日】2024-09-18
(54)【発明の名称】ゲノム編集された細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20240910BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240910BHJP
C12Q 1/68 20180101ALI20240910BHJP
C12Q 1/6844 20180101ALI20240910BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240910BHJP
C12N 15/85 20060101ALI20240910BHJP
C12N 15/11 20060101ALI20240910BHJP
【FI】
C12N15/09 110
C12N5/10 ZNA
C12Q1/68
C12Q1/6844 Z
C12Q1/02
C12N15/85 Z
C12N15/11 Z
(21)【出願番号】P 2020559324
(86)(22)【出願日】2019-12-12
(86)【国際出願番号】 JP2019048781
(87)【国際公開番号】W WO2020122195
(87)【国際公開日】2020-06-18
【審査請求日】2022-09-30
(31)【優先権主張番号】P 2018232946
(32)【優先日】2018-12-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、遺伝子・細胞治療研究開発基盤事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 淳史
(72)【発明者】
【氏名】川又 理樹
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/060238(WO,A1)
【文献】特表2016-500003(JP,A)
【文献】特表2015-523856(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12N 5/10
C12Q 1/00-3/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)(a1)スペーサー配列の5’末端に5個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、又はスペーサー配列の5’末端にアデニン残基、シトシン残基若しくはウリジン残基を含む1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、及び(a3)前記(a1)のガイドRNAの発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種と、
(B)Casタンパク質及びその発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種と、
を細胞に導入する工程を含み、これにより片側アレルのみがゲノム編集された細胞が産生され
、且つ、前記スペーサー配列の5’末端にヌクレオチド残基が付加されていないガイドRNA又はその発現ベクターを用いた場合と比較してゲノム編集のオフターゲット効果が抑制されるか又は細胞毒性が抑制される、ゲノム編集された細胞の製造方法。
【請求項2】
前記(a1)のガイドRNAが、スペーサー配列の5’末端に5個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNAである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記(a1)のガイドRNAが、スペーサー配列の5’末端に10個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNAである、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記(a1)のガイドRNAが、スペーサー配列の5’末端に15個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNAである、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記スペーサー配列の5’末端に付加されたヌクレオチド残基が、全て同一のヌクレオチド残基である、請求項1
~4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記スペーサー配列の5’末端に付加されたヌクレオチド残基が、シトシン残基、グアニン残基、アデニン残基、又はウリジン残基である、請求項
5に記載の製造方法。
【請求項7】
前記スペーサー配列の5’末端に付加されたヌクレオチド残基が、シトシン残基、グアニン残基、又はウリジン残基である、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記スペーサー配列の5’末端に付加されたヌクレオチド残基が、シトシン残基である、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
さらに、(C)ドナーベクターを細胞に導入する工程を含む、請求項1~
8のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項10】
前記Casタンパク質がCas9タンパク質である、請求項1~
9のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項11】
スペーサー配列の5’末端に5個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA
であって、Casタンパク質及びその発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種とともに細胞に導入されたときに前記Casタンパク質により前記スペーサー配列の相補配列を含むゲノム領域が切断され、且つ前記スペーサー配列の5’末端にヌクレオチド残基が付加されていないガイドRNA又はその発現ベクターを用いた場合と比較してゲノム編集のオフターゲット効果が抑制されるか又は細胞毒性が抑制される、ガイドRNA。
【請求項12】
前記スペーサー配列の5’末端に付加されたヌクレオチド残基が10個以上である、請求項11に記載のガイドRNA。
【請求項13】
前記スペーサー配列の5’末端に付加されたヌクレオチド残基が15個以上である、請求項12に記載のガイドRNA。
【請求項14】
前記スペーサー配列の5’末端に付加されたヌクレオチド残基が、全て同一のヌクレオチド残基であり、前記同一のヌクレオチド残基が、シトシン残基、グアニン残基、又はウリジン残基である、請求項11~13のいずれか一項に記載のガイドRNA。
【請求項15】
前記スペーサー配列の5’末端に付加されたヌクレオチド残基が、シトシン残基である、請求項14に記載のガイドRNA。
【請求項16】
前記スペーサー配列が、標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有する、請求項
11~15のいずれか一項に記載のガイドRNA。
【請求項17】
請求項
11~16のいずれか一項に記載のガイドRNAの発現ベクター。
【請求項18】
さらに、Casタンパク質を発現可能な、請求項
17に記載の発現ベクター。
【請求項19】
前記Casタンパク質がCas9タンパク質である、請求項
18に記載の発現ベクター。
【請求項20】
(A)(a1)スペーサー配列の5’末端に5個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、又はスペーサー配列の5’末端にアデニン残基、シトシン残基若しくはウリジン残基を含む1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、及び(a3)前記(a1)のガイドRNAの発現ベクター、からなる群より選択される少なくとも1種を含む、請求項1~
10のいずれか一項に記載の方法を実施するための製造キット。
【請求項21】
前記(a1)のガイドRNAが、スペーサー配列の5’末端に5個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNAである、請求項
20に記載の製造キット。
【請求項22】
(B)Casタンパク質及びその発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種をさらに含む、請求項
20又は21に記載の製造キット。
【請求項23】
(i)ガイドRNA若しくはその発現ベクター、及びCasタンパク質若しくはその発現ベクターを細胞に導入してゲノム編集を行う工程、
(ii)前記ゲノム編集を行った細胞からDNAを抽出する工程、
(iii)前記DNAから標的領域を含むDNA断片を増幅する工程、
(iv)前記増幅したDNA断片の配列解析を行い、前記標的領域へのindel誘導率(P)を求める工程、及び
(v)下記式(m)若しくは(m1)及び(b)若しくは(b1)により、片側アレルのみへのindel誘導率(mono)及び両側アレルへのindel誘導率(bi)を求める工程、
を含む、ゲノム編集パターンの予測方法。
mono=2×P×(1-P) ・・・(m)
bi=P
2 ・・・(b)
mono=-1.303P
2+1.2761P+0.0274 ・・・(m1)
bi=0.6515P
2+0.3619P-0.0137 ・・・(b1)
【請求項24】
一方のアレルに、局在化タンパク質コード配列と、切断部位と、第1の蛍光タンパク質コード配列と、がこの順にインフレームで連結されたキメラ遺伝子を含み、
他方のアレルに、前記局在化タンパク質コード配列と、前記切断部位と、第2の蛍光タンパク質コード配列と、がこの順にインフレームで連結されたキメラ遺伝子を含む、
細胞。
【請求項25】
請求項
24に記載の細胞を含む、組成物。
【請求項26】
(I)請求項
24に記載の細胞に、前記切断部位を標的とするガイドRNA若しくはその発現ベクター、及びCasタンパク質若しくはその発現ベクターを導入してゲノム編集を行う工程、
(II)前記工程(I)の後、前記細胞の蛍光パターンを解析する工程、並びに
(III)前記工程(II)で解析した蛍光パターンに基づいて、ゲノム編集パターンを判定する工程、
を含む、ゲノム編集パターンの解析方法。
【請求項27】
(A)(a1)スペーサー配列の5’末端に5個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、又はスペーサー配列の5’末端にアデニン残基、シトシン残基若しくはウリジン残基を含む1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、及び(a3)前記(a1)のガイドRNAの発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種と、
(B)Casタンパク質及びその発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種と、
を細胞に導入する工程を含み、これにより、細胞内のゲノムが編集され
、且つ前記スペーサー配列の5’末端にヌクレオチド残基が付加されていないガイドRNA又はその発現ベクターを用いた場合と比較してゲノム編集のオフターゲット効果が抑制される
か又は細胞毒性が抑制される、ゲノム編集方法。
【請求項28】
(A)(a1)スペーサー配列の5’末端に5個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、又はスペーサー配列の5’末端にアデニン残基、シトシン残基若しくはウリジン残基を含む1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、及び(a3)前記(a1)のガイドRNAの発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種と、
(B)Casタンパク質及びその発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種と、
を細胞に導入する工程を含み、細胞内のゲノムが編集され
、且つ前記スペーサー配列の5’末端にヌクレオチド残基が付加されていないガイドRNA又はその発現ベクターを用いた場合と比較してゲノム編集のオフターゲット効果が抑制される
か又は細胞毒性が抑制される、ゲノム編集された細胞の製造方法。
【請求項29】
前記(a1)のガイドRNAが、スペーサー配列の5’末端に5個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNAである、請求項
28に記載の製造方法。
【請求項30】
(A)(a1)スペーサー配列の5’末端に5個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、又はスペーサー配列の5’末端にアデニン残基、シトシン残基若しくはウリジン残基を含む1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、及び(a3)前記(a1)のガイドRNAの発現ベクター、からなる群より選択される少なくとも1種を含む、請求
28または29に記載の製造方法を実施するための製造キット。
【請求項31】
前記(a1)のガイドRNAが、スペーサー配列の5’末端に5個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNAである、請求項
30に記載の製造キット。
【請求項32】
(A)(a1)スペーサー配列の5’末端に5個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、又はスペーサー配列の5’末端にアデニン残基、シトシン残基若しくはウリジン残基を含む1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、及び(a3)前記(a1)のガイドRNAの発現ベクター、からなる群より選択される少なくとも1種を含み、
Casタンパク質及びその発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種の存在下で、細胞内でゲノム編集することに用いるためのものであり、
前記(a1)のガイドRNA又は前記(a3)のガイドRNAの発現ベクターを細胞に導入してゲノム編集を行った場合に、前記スペーサー配列の5’末端にヌクレオチド残基が付加されていないガイドRNA又はその発現ベクターを用いた場合と比較してゲノム編集のオフターゲット効果が抑制されるか又は細胞毒性が抑制される、
ゲノム編集用キット。
【請求項33】
前記(a1)のガイドRNAが、スペーサー配列の5’末端に5個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNAである、請求項32に記載のゲノム編集用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゲノム編集の分野に関する。本発明は、特に、片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法、当該製造方法に使用可能なガイドRNA、発現ベクター、及びキット、並びにゲノム編集パターンの予測方法、に関する。さらに、本発明は、ゲノム編集パターンの解析方法、及び当該解析方法に使用可能な細胞に関する。
本願は、2018年12月12日に、日本に出願された特願2018-232946号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
クラスター化した規則的な配置の短い回文反復配列(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats:CRISPR)は、Cas(CRISPR-associated)遺伝子と共に、細菌及び古細菌において侵入外来核酸に対する獲得耐性を提供する適応免疫系を構成することが知られている。CRISPRは、ファージ又はプラスミドDNAに起因することが多く、大きさの類似するスペーサーと呼ばれる独特の可変DNA配列が間に入った、24~48bpの短い保存された反復配列からなる。また、リピート及びスペーサー配列の近傍には、Casタンパク質ファミリーをコードする遺伝子群が存在する。
【0003】
CRISPR/Casシステムにおいて、外来性のDNAは、Casタンパク質ファミリーによって30bp程度の断片に切断され、CRISPRに挿入される。Casタンパク質ファミリーの一つであるCas1及びCas2タンパク質は、外来性DNAのproto-spacer adjacent motif(PAM)と呼ばれる塩基配列を認識して、その上流を切り取って、宿主のCRISPR配列に挿入し、これが細菌の免疫記憶となる。免疫記憶を含むCRISPR配列が転写されて生成したRNA(pre-crRNAと呼ぶ。)は、一部相補的なRNA(trans-activating crRNA:tracrRNA)と対合し、Casタンパク質ファミリーの一つであるCas9タンパク質に取り込まれる。Cas9に取り込まれたpre-crRNA及びtracrRNAはRNAaseIIIにより切断され、外来配列(ガイド配列)を含む小さなRNA断片(CRISPR-RNAs:crRNAs)となり、Cas9-crRNA-tracrRNA複合体が形成される。Cas9-crRNA-tracrRNA複合体はcrRNAと相補的な外来侵入性DNAに結合し、DNAを切断する酵素(nuclease)であるCas9タンパク質が、外来侵入性DNAを切断することよって、外から侵入したDNAの機能を抑制及び排除する。
【0004】
Cas9タンパク質は外来侵入性DNA中のPAM配列を認識して、その上流で二本鎖DNAを平滑末端になるように切断する。PAM配列の長さや塩基配列は細菌種によってさまざまであり、Streptococcus pyogenes(S.pyogenes)では「NGG」の3塩基を認識する。Streptococcus thermophilus(S.thermophilus)は2つのCas9を持っており、それぞれ「NGGNG」又は「NNAGAA」の5~6塩基をPAM配列として認識する。(Nは任意の塩基を表す)。PAM配列の上流の何bpのところを切断するかも細菌種によって異なるが、S.pyogenesを含め大部分のCas9オルソログはPAM配列の3塩基上流を切断する。
【0005】
近年、細菌でのCRISPR/Casシステムを、ゲノム編集に応用する技術が盛んに開発されている。crRNAとtracrRNAを融合させて、tracrRNA-crRNAキメラ(sgRNA)として発現させ、活用している。これによりRNA誘導型ヌクレアーゼ(RNA-guided nuclease:RGN)を呼び込み、目的の部位でゲノムDNAを切断する。
CRISPR/Casシステムには、I型、II型、III型があるが、ゲノム編集で用いるのはもっぱらII型のCRISPR/Casシステムであり、II型ではRGNとしてCas9タンパク質が用いられている。S.pyogenes由来のCas9タンパク質はNGGという3つの塩基をPAM配列として認識するため、グアニンが2つ並んだ配列がありさえすればその上流を切断できる。
CRISPR/Casシステムを用いた方法は、標的DNA配列と相同な配列を有する短いsgRNAを合成するだけでよく、単一のタンパク質であるCas9タンパク質を用いてゲノム編集ができる。そのため、従来用いられていたジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)やトランス活性化因子様作動体(TALEN)のようにDNA配列ごとに異なる大きなタンパク質を合成する必要がなく、簡便かつ迅速にゲノム編集を行うことができる。
例えば、特許文献1には、S.pyogenes由来のCRISPR/Casシステムを活用したゲノム編集技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ゲノム編集により二本鎖切断されたDNAは、相同組み換え修復(Homologous Directed Repair:HDR)又は非相同末端再結合(Non-Homologous End-Joining Repair:NHEJ)により修復されることが知られている。NHEJの際には、修復の際に挿入及び/又は欠失(insertion/deletion:indel)が高頻度で誘導されるため、予期せぬ遺伝子変異が生じるおそれがある。
例えば、疾患遺伝子と正常遺伝子とをヘテロに有する場合、ゲノム編集により疾患遺伝子をノックアウトしようとすると、正常遺伝子にも高頻度で変異が誘導されるおそれがある。また、HDRにより正常遺伝子をノックインしようとしても、両アレルでノックインが生じる確率は極めて低い。そのため、ノックインが誘導されなかったアレルでは、NHEJによりindelが導入されるおそれがある。
そのため、ゲノム編集により両方のアレルで二本鎖切断が生じた場合、片方のアレルに予期せぬ変異が誘導されるリスクがある。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法、並びに前記方法に使用可能なガイドRNA、発現ベクター、キットを提供することを目的とする。さらに、ゲノム編集パターンの予測方法、並びにゲノム編集パターンの解析方法、及び前記解析方法に使用可能な細胞を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は以下の態様を含む。
[1](A)(a1)スペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、(a2)標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有するスペーサー配列を含むガイドRNA、及び(a3)前記(a1)若しくは前記(a2)のガイドRNAの発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種と、(B)Casタンパク質及びその発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種と、を細胞に導入する工程を含む、片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法。
[2]前記(A)が、スペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加され、且つ前記スペーサー配列が、標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有するスペーサー配列である、ガイドRNA又はそれをコードする発現ベクターである、[1]に記載の片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法。
[3]前記スペーサー配列の5’末端に付加されたヌクレオチド残基が、全て同一のヌクレオチド残基である、[1]又は[2]に記載の片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法。
[4]前記スペーサー配列の5’末端に付加されたヌクレオチド残基が、シトシン残基又はグアニン残基である、[3]に記載の片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法。
[5]さらに、(C)ドナーベクターを細胞に導入する工程を含む、[1]~[4]のいずれかに記載の片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法。
[6]前記Casタンパク質がCas9タンパク質である、[1]~[5]のいずれか一項に記載の片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法。
[7]スペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA。
[8]前記スペーサー配列が、標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有する、[7]に記載のガイドRNA。
[9][7]又は[8]に記載のガイドRNAの発現ベクター。
[10]さらに、Casタンパク質を発現可能な、[9]に記載の発現ベクター。
[11]前記Casタンパク質がCas9タンパク質である、[10]に記載の発現ベクター。
[12](A)(a1)スペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、(a2)標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有するスペーサー配列を含むガイドRNA、及び(a3)前記(a1)若しくは前記(a2)のガイドRNAの発現ベクター、からなる群より選択される少なくとも1種を含む、片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造キット。
[13](B)Casタンパク質及びその発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種をさらに含む、[12]に記載の製造キット。
[14](i)ガイドRNA若しくはその発現ベクター、及びCasタンパク質若しくはその発現ベクターを細胞に導入してゲノム編集を行う工程、(ii)前記ゲノム編集を行った細胞からDNAを抽出する工程、(iii)前記DNAから標的領域を含むDNA断片を増幅する工程、(iv)前記増幅したDNA断片の配列解析を行い、前記標的領域へのindel誘導率(P)を求める工程、及び(v)下記式(m)若しくは(m1)及び(b)若しくは(b1)により、片側アレルのみへのindel誘導率(mono)及び両側アレルへのindel誘導率(bi)を求める工程、を含む、ゲノム編集パターンの予測方法。
mono=2×P×(1-P) ・・・(m)
bi=P2 ・・・(b)
mono=-1.303P2+1.2761P+0.0274 ・・・(m1)
bi=0.6515P2+0.3619P-0.0137 ・・・(b1)
[15]一方のアレルに、局在化タンパク質コード配列と、切断部位と、第1の蛍光タンパク質コード配列と、がこの順にインフレームで連結されたキメラ遺伝子を含み、他方のアレルに、前記局在化タンパク質コード配列と、前記切断部位と、第2の蛍光タンパク質コード配列と、がこの順にインフレームで連結されたキメラ遺伝子を含む、細胞。
[16](I)[15]に記載の細胞に、前記切断部位を標的とするガイドRNA若しくはその発現ベクター、及びCasタンパク質若しくはその発現ベクターを導入してゲノム編集を行う工程、(II)前記工程(I)の後、前記細胞の蛍光パターンを解析する工程、並びに(III)前記工程(II)で解析した蛍光パターンに基づいて、ゲノム編集パターンを判定する工程、を含む、ゲノム編集パターンの解析方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法、並びに前記方法に使用可能なガイドRNA、発現ベクター、キットが提供される。さらに、ゲノム編集パターンの予測方法、並びにゲノム編集パターンの解析方法、及び前記解析方法に使用可能な細胞が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1A】実施例で構築したAIMSの概要を説明する図である。
図1Aは、実施例で作製したAIMS細胞が有する遺伝子構成を説明する図である。
【
図1B】
図1Bは、AIMSによるindelの評価方法を説明する図である。
【
図1C】
図1Cは、実施例でAIMS細胞の作製に使用したP2Aペプチドコード配列、及び前記配列にサイレント変異を導入したaP2A配列を示す。
【
図2A】実施例でゲノム編集に用いたプラスミドの構成を示す図である。
【
図2B】実施例でゲノム編集に用いプラスミドのトランスフェクション後の操作手順を示す図である。
【
図3A】
図3A~3Bは、sgRNAのスペーサー配列に、標的配列に対する1塩基ミスマッチを導入することにより、両側アレルindel及び片側アレルindelの導入率が変化するかを調べた結果を示す。
図3Aは、実施例で用いたスペーサー配列の一例を示す。
【
図3B】
図3Bは、AIMS細胞としてTbx3-P2A-AIMSを用いてindelパターン解析を行った結果である。
【
図3C】
図3Cは、AIMS細胞としてTbx3-P2A-AIMSを用いてindelパターン解析を行った結果である。
【
図3D】
図3Dは、AIMS細胞としてCdh1-aP2A-AIMSを用いてindelパターン解析を行った結果である。
【
図4A】
図4A~4Fは、sgRNAのスペーサー配列の5’末端に、ヌクレオチド残基を付加することにより、両側アレルindel及び片側アレルindelの導入率が変化するかを調べた結果を示す。
図4Aは、実施例で用いたsgRNAの一例を示す。
【
図4B】
図4Bは、AIMS細胞としてCdh1-P2A-AIMSを用いてindelパターン解析を行った結果である。
【
図4C】
図4Cは、AIMS細胞としてCdh1-P2A-AIMSを用いてindelパターン解析を行った結果である。
【
図4D】
図4Dは、トランスフェクションするsgRNA発現プラスミドの量を変化させることにより、両側アレルindel及び片側アレルindelの導入率が変化するかを調べた結果を示す。
【
図4E】
図4Eは、トランスフェクションするsgRNA発現プラスミドの量を変化させることにより、両側アレルindel及び片側アレルindelの導入率が変化するかを調べた結果を示す。Cas9及びピューロマイシン耐性遺伝子発現プラスミドとsgRNA発現プラスミドを別々のプラスミドに分離し、sgRNA発現プラスミドの量のみを変化させた。
【
図4F】
図4Fは、Rosa26及びアルブミン遺伝子(Alb)を標的としてゲノム編集を行った結果を示す。スペーサー配列の5’末端にシトシン(C)を付加したsgRNAを用いた。
【
図5A】
図5A~5Cは、AIMS細胞を用いて、indelを含まない相同組換えの導入率を評価した結果を示す。
図5Aは、実施例5で用いた方法の概略を説明する図である。
【
図5B】
図5Bは、1塩基ミスマッチを有するスペーサー配列を含むsgRANを用いて相同組換えを行った結果を示す。
【
図5C】
図5Cは、スペーサー配列の5’末端にシトシンを付加したsgRANを用いて相同組換えを行った結果を示す。
【
図6A】
図6A~6Cは、1塩基ミスマッチの導入と5’末端へヌクレオチド残基付加を組み合わせることにより、両側アレルindel及び片側アレルindelの導入率が変化するかを調べた結果を示す。
図6Aは、標的配列に対して1塩基ミスマッチを有するsgRNAを用いた結果を示す。
【
図6B】
図6Bは、標的配列に対して1塩基ミスマッチを有し、且つ5’末端に10個のシトシンを付加したスペーサー配列を含むsgRNAを用いた結果を示す。
【
図6C】
図6Cは、標的配列に対して1塩基ミスマッチを有し、且つ5’末端に25個のシトシンを付加したスペーサー配列を含むsgRNAを用いた結果を示す。
【
図7】実施例7に記載の式(m)により算出された片側アレルindelの頻度と、
図3B~3D、
図4B、及び
図6A~6Cにおいて実際に検出された片側アレルindelの頻度との相関関係を示す。
【
図8A】
図8A~8Bは、Pre-Demo-Predictionの予測値と実測値との比較を行った結果を示す。
図8Aは、Pre-Demo-Predictionの操作プロトコールを示す。
【
図8B】
図8Bは、Pre-Demo-Predictionの予測値(左図)及び実測値(右図)を示す。
【
図9A】スペーサー配列の5’末端にヌクレオチド残基を付加することにより、オフターゲット効果を抑制できるかを調べた結果を示す。
図9Aは、
図6A~6Cのデータに基づき、実施例7に記載の式(1)によりindel誘導率(P)を算出した結果を示す。
【
図9B】
図9Bは、スペーサー配列の5’末端へのシトシン付加による、オフターゲット作用の抑制効果を検証した結果を示す。EMX1遺伝子中の標的配列(GAGTCCGAGCAGAAGAAGAA:配列番号83の5~24番目)に対するスペーサー配列の5’末端に0個、10個又は25個のシトシンを付加したsgRNA発現ベクターを、HEK293Tに導入し、オンターゲット領域、及びオフターゲット領域であるMFAP1遺伝子領域(GAGTCtaAGCAGAAGAAGAA:配列番号91;EMX1遺伝子中の標的配列とは異なる部分を小文字で示す)におけるindelを検証した結果である。
【
図9C】
図9Bは、スペーサー配列の5’末端へのシトシン付加による、オフターゲット作用の抑制効果を検証した結果を示す。
図9Bと同じ条件で、スペーサー配列の5’末端のシトシン付加の数を、0個、5個、10個、15個、20個、25個又は30個とした。
【
図10A】
図10A~10Cは、進行性骨化性線維異形成症(FOP)における遺伝性疾患変異の修復試験の結果を示す。
図10Aは、FOP遺伝性疾患変異修復方法の概要を示す。
【
図10B】
図10Bは、FOP遺伝性疾患変異(wt/R206H)を有するヒトiPS細胞を用いて、変異アレル(R206H)を修復するHDR誘導したときのHDR誘導効率を評価した結果である。
【
図10C】
図10Cは、FOP遺伝性疾患変異(wt/R206H)を有するヒトiPS細胞において、変異アレル(R206H)を標的としたゲノム編集によるindel導入効率を評価した結果である。
【
図11A】
図11A~11Dは、FOP遺伝性疾患モデルの作製試験の結果を示す。
図11Aは、FOP遺伝性疾患変異誘導方法の概要を示す。
【
図11B】
図11Bは、マウスES細胞(wt/wt)を用いて、変異アレル(R206H)を誘導するHDR誘導したときのHDR誘導効率を評価した結果である。
【
図11C】
図11Cは、マウスES細胞(wt/wt)において、Acvr1遺伝子(wt)を標的としたゲノム編集によるindel導入効率を評価した結果である。
【
図11D】
図11Dは、HDR誘導により作製したFOP遺伝性疾患変異(wt/R206H)を有するマウスES細胞をマウス受精卵にマイクロインジェクションして作製したキメラマウスで形成された異常な骨(矢印)を示す写真である。
【
図12B】
図12Bは、ACVR1を標的としたゲノム編集による細胞毒性評価試験の結果を示す。
【
図13A】AIMSによる253個のデータから算出したP値を横軸とし、両側アレルindel割合(Bi;上図)、片側アレルindel(Mono;中図)、及びindelなし(Nono;下図)の割合を縦軸としてプロットしたグラフである。
【
図13B】
図13Aのグラフから得られた数式で、両側アレルindel割合(Bi;上図)、片側アレルindel(Mono;中図)、及びindelなし(None;下図)の割合を予測した結果を示す。実際の実測値(横軸)と。数式による予測値(縦軸)とは、高い相関を示した。
【
図13C】Cdh1-P2A-AIMSでP2Aを標的としてゲノム編集を行った結果を示す。上図は、Cdh1-P2A-AIMSでP2Aを標的としてゲノム編集を行った場合の実際のデータを示す。中図は、得られたデータから、上記式(1)で算出されたP値を
図13Aの数式(P=x)に当てはめて作成した予測グラフを示す。下図は、本発明の1実施形態にかかるゲノム編集パターンの予測方法に基づいて得られたindelパターン予測グラフを示す。
【
図14A】Compound heterozygousの作製方法の概略を示す。P2A-sgRNA1及びCdh1-sgRNA4の標的位置を示す。
【
図14B】Compound heterozygousの作製方法の概略を示す。P2A-sgRNA1及びCdh1-sgRNA4によるゲノム編集後のゲノム構成と、各プライマーのアニーリング位置を示す。
【
図15】0個、10個、又は25個のシトシンを付加したsgRNAによるin vitro切断アッセイの結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[定義]
本明細書において、「ポリヌクレオチド」及び「核酸」という用語は、相互に互換的に使用され、ヌクレオチドがホスホジエステル結合によって結合したヌクレオチドポリマーを指す。「ポリヌクレオチド」及び「核酸」は、DNAであってもよく、RNAであってもよく、DNAとRNAとの組み合わせから構成されてもよい。また、「ポリヌクレオチド」及び「核酸」は、天然ヌクレオチドのポリマーであってもよく、天然ヌクレオチドと非天然ヌクレオチド(天然ヌクレオチドの類似体、塩基部分、糖部分及びリン酸部分のうち少なくとも一つの部分が修飾されているヌクレオチド(例えば、ホスホロチオエート骨格)等)とのポリマーであってもよく、非天然ヌクレオチドのポリマーであってもよい。
本明細書において、「ポリヌクレオチド」又は「核酸」の塩基配列は、特に明示しない限り、一般的に認められている1文字コードで記載される。特に明示しない限り、塩基配列は、5’側から3’側に向かって記載する。
本明細書において、「ポリヌクレオチド」又は「核酸」を構成するヌクレオチド残基は、単に、アデニン、チミン、シトシン、グアニン、又はウラシル等、あるいはそれらの1文字コードで記載される場合がある。
【0013】
本明細書において、「遺伝子」という用語は、特定のタンパク質をコードする少なくとも1つのオープンリーディングフレームを含むポリヌクレオチドを指す。遺伝子は、エクソン及びイントロンの両方を含み得る。
【0014】
本明細書において、「ポリペプチド」、「ペプチド」及び「タンパク質」という用語は、相互に互換的に使用され、アミド結合によって結合したアミノ酸のポリマーを指す。「ポリペプチド」、「ペプチド」又は「タンパク質」は、天然アミノ酸のポリマーであってもよく、天然アミノ酸と非天然アミノ酸(天然アミノ酸の化学的類似体、修飾誘導体等)とのポリマーであってもよく、非天然アミノ酸のポリマーであってもよい。特に明示しない限り、アミノ酸配列は、N末端側からC末端側に向かって記載する。
【0015】
本明細書において、「アレル」という用語は、1対の染色体上の同一遺伝子座に存在する1対の遺伝子又は同一座位に存在する1対の塩基配列を指す。前記1対の遺伝子は、必ずしも対立遺伝子である必要はなく、前記1対の塩基配列は、必ずしも異なる塩基配列である必要はない。「両側アレル」という用語は、前記1対の遺伝子又は1対の塩基配列の両方を指し、「片側アレル」という用語は、前記1対の遺伝子又は1対の塩基配列のうちのいずれか一方を指す。
【0016】
本明細書において、「ゲノム編集」という用語は、ゲノム上の所望の位置(標的領域)に変異を誘導することを指す。ゲノム編集は、標的領域のDNAを切断するように操作されたヌクレアーゼの使用を含み得る。典型的には、部位特異的ヌクレアーゼの使用により、標的領域のDNAに二本鎖切断(DSB)が誘導され、その後、相同組み換え修復(Homologous Directed Repair:HDR)及び非相同末端再結合(Non-Homologous End-Joining Repair:NHEJ)のような、細胞の内因性プロセスによってゲノムが修復される。NHEJは、修復用鋳型DNAを用いずに二本鎖切断された末端を連結する修復方法であり、修復の際に挿入及び/又は欠失(indel)が高頻度で誘導される。HDRは、修復用鋳型DNAを用いた修復機構であり、標的領域に所望の変異を導入することも可能である。ゲノム編集技術としては、例えば、CRISPR/Casシステムが好ましく例示される。
【0017】
本明細書において、「修復用鋳型DNA」という用語は、DNAの二本鎖切断の修復に用いられるDNAであって、標的領域周辺のDNAと相同組換え可能なDNAを指す。
本明細書において、「ドナーベクター」という用語は、修復用鋳型DNAとして用いられる外来性DNAを指す。ドナーベクターは、ホモロジーアームとして標的領域に隣接する塩基配列を含む。本明細書においては、標的領域の5’側に隣接する塩基配列からなるホモロジーアームを「5’アーム」、標的配列の3’側に隣接する塩基配列からなるホモロジーアームを「3’アーム」と記載する場合がある。ドナーベクターは、5’アームと3’アームとの間に、所望の塩基配列を含むことができる。各ホモロジーアームの長さは、3kb以上が好ましく、通常5~10kb程度である。5’アーム及び3’アームの長さは、同じであってもよく、異なっていてもよいが、同じであることが好ましい。
【0018】
本明細書において、「セーフ・ハーバー領域」という用語は、細胞に対して有害な効果を示すことなく外来DNAの挿入が可能であることが実証されているゲノム上の領域を指す。セーフ・ハーバー領域としては、例えば、ヒトにおけるAAVS1、マウスにおけるRosa26等が知られている。
【0019】
本明細書において、「Casタンパク質」という用語は、CRISPR関連(CRISPR-associated)タンパク質を指す。好ましい態様において、Casタンパク質は、ガイドRNAと複合体を形成し、エンドヌクレアーゼ活性又はニッカーゼ活性を示す。Casタンパク質としては、特に限定されないが、例えば、Cas9タンパク質、Cpf1タンパク質、C2c1タンパク質、C2c2タンパク質、及びC2c3タンパク質等が挙げられる。Casタンパク質は、ガイドRNAと協働してエンドヌクレアーゼ活性又はニッカーゼ活性を示す限り、野生型Casタンパク質及びそのホモログ(パラログ及びオーソログ)、並びにそれらの変異体を包含する。
好ましい態様において、Casタンパク質は、クラス2のCRISPR/Cas系に関与するものであり、より好ましくはII型のCRISPR/Cas系に関与するものである。Casタンパク質の好ましい例としては、Cas9タンパク質が例示される。
【0020】
本明細書において、「Cas9タンパク質」という用語は、II型のCRISPR/Cas系に関与するCasタンパク質を指す。Cas9タンパク質は、ガイドRNAと複合体を形成し、ガイドRNAと協働して標的領域のDNAを切断する活性を示す。Cas9タンパク質は、前記の活性を有する限り、野生型Cas9タンパク質及びそのホモログ(パラログ及びオーソログ)、並びにそれらの変異体を包含する。野生型Cas9タンパク質は、ヌクレアーゼドメインとしてRuvCドメイン及びHNHドメインを有するが、本明細書におけるCas9タンパク質は、RuvCドメイン及びHNHドメインのいずれか一方が不活性化されたものであってもよい。
Cas9タンパク質が由来する生物種は特に限定されないが、ストレプトコッカス(Streptococcus)属、スタフィロコッカス(Staphylococcus)属、ナイセリア(Neisseria)属、又はトレポネーマ(Treponema)属に属する細菌等が好ましく例示される。より具体的には、S.pyogenes、S.thermophilus、S.aureus、N.meningitidis、又はT.denticola等に由来するCas9タンパク質が好ましく例示される。好ましい態様において、Cas9タンパク質は、S.pyogenes由来のCas9タンパク質である。
【0021】
各種Casタンパク質のアミノ酸配列、及びそのコード配列の情報は、GenBank、UniProt等の各種データベース上で得ることができる。例えば、S.pyogenesのCas9タンパク質のアミノ酸配列は、アクセッション番号Q99ZW2としてUniProtに登録されたもの等を用いることができる。S.pyogenesのCas9タンパク質のコード配列の一例を配列番号9に示す。配列番号9に示す塩基配列は、S.pyogenesのCas9タンパク質の5’末端に3×Flag及び核移行シグナルが付加されており、3’末端に核移行シグナルが付加されたものである。
【0022】
本明細書において、「ガイドRNA」及び「gRNA」という用語は、相互に互換的に使用され、Casタンパク質と複合体を形成し、Casタンパク質を標的領域に誘導することができるRNAを指す。好ましい態様において、ガイドRNAは、CRISPR RNA(crRNA)及びトランス活性化型CRISPR RNA(tracrRNA)を含む。crRNAは、ゲノム上の標的領域への結合に関与し、tracrRNAは、Casタンパク質との結合に関与する。好ましい態様において、crRNAは、スペーサー配列とリピート配列とを含み、スペーサー配列が標的領域において標的配列の相補鎖と結合する。好ましい態様において、tracrRNAは、アンチリピート配列と3’テイル配列とを含む。アンチリピート配列はcrRNAのリピート配列と相補的な配列を有し、リピート配列と塩基対を形成し、3’テイル配列は通常3つのステムループを形成する。
ガイドRNAは、crRNAの3’末端にtracrRNAの5’末端を連結した一本鎖ガイドRNA(sgRNA)であってもよく、crRNA及びtracrRNAを別々のRNA分子とし、リピート配列及びアンチリピート配列で塩基対を形成させたものであってもよい。好ましい態様において、ガイドRNAはsgRNAである。
【0023】
crRNAのリピート配列及びtracrRNAの配列は、Casタンパク質の種類に応じて適宜選択することができ、Casタンパク質と同じ細菌種に由来するものを用いることができる。
例えば、S.pyogenes由来のCas9タンパク質を用いる場合、sgRNAの長さは、50~220ヌクレオチド(nt)程度とすることができ、60~180nt程度が好ましく、80~120nt程度がより好ましい。crRNAの長さは、スペーサー配列を含めて約25~70塩基長とすることができ、25~50nt程度が好ましい。tracrRNAの長さは10~130nt程度とすることができ、30~80nt程度が好ましい。
crRNAのリピート配列は、Casタンパク質が由来する細菌種におけるものと同じであってもよく、3’末端の一部を削除したものであってもよい。tracrRNAは、Casタンパク質が由来する細菌種における成熟tracrRNAと同じで配列を有していてもよく、当該成熟tracrRNAの5’末端及び/又は3’末端を切断した末端切断型であってもよい。例えば、tracrRNAは、成熟tracrRNAの3’末端から1~40個程度のヌクレオチド残基を除去した末端切断型であり得る。また、tracrRNAは、成熟tracrRNAの5’末端から1~80個程度のヌクレオチド残基を除去した末端切断型であり得る。また、tracrRNAは、例えば、5’末端から1~20程度のヌクレオチド残基を除去し、かつ3’末端から1~40個程度のヌクレオチド残基を除去した末端切断型であり得る。
sgRNA設計のためのcrRNAリピート配列及びtracrRNAの配列は、種々提案されており、当業者は、公知技術に基づいてsgRNAを設計することができる(例えば、Jinek et al. (2012) Science, 337, 816-21; Mali et al. (2013) Science, 339: 6121, 823-6; Cong et al. (2013) Science, 339: 6121, 819-23; Hwang et al. (2013) Nat. Biotechnol. 31: 3, 227-9; Jinek et al. (2013) eLife, 2, e00471)。
【0024】
本明細書において、「標的配列」という用語は、Casタンパク質による切断の対象となるゲノム中のDNA配列を指す。Casタンパク質としてCas9タンパク質を用いる場合、標的配列は、プロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)の5’側に隣接する配列である必要がある。標的配列は、通常、PAMの5’側直前に隣接する17~30塩基(好ましくは18~25塩基、より好ましくは19~22塩基、さらに好ましくは20塩基)の配列が選択される。標的配列の設計には、CRISPR DESIGN(crispr.mit.edu/)等の公知のデザインツールを利用することができる。
【0025】
本明細書において、「標的領域」という用語は、標的配列及びその相補鎖を含むゲノム領域を指す。
【0026】
本明細書において、「プロトスペーサー隣接モチーフ」及び「PAM」という用語は、相互に互換的に使用され、Casタンパク質によるDNA切断の際に、Casタンパク質に認識される配列を指す。PAMの配列及び位置は、Casタンパク質の種類によって異なる。例えば、Cas9タンパク質の場合、PAMは標的配列の3’側直後に隣接する必要がある。Cas9タンパク質に対応するPAMの配列は、Cas9タンパク質が由来する細菌種によって異なっている。例えば、S.pyogenesのCas9タンパク質に対応するPAMは「NGG」であり、S.thermophilusのCas9タンパク質に対応するPAMは「NNAGAA」であり、S.aureusのCas9タンパク質に対応するPAMは「NNGRRT」又は「NNGRR(N)」であり、N.meningitidisのCas9タンパク質に対応するPAMは「NNNNGATT」であり、T.denticolaのCas9タンパク質に対応する「NAAAAC」である(「R」はA又はG;「N」は、A、T、G又はC)。
【0027】
本明細書において、「スペーサー配列」及び「ガイド配列」という用語は、相互に互換的に使用され、ガイドRNAに含まれる配列であって、標的配列の相補鎖と結合し得る配列を指す。通常、スペーサー配列は、標的配列と同一の配列である(但し、標的配列中のTは、スペーサー配列ではUとなる)。本発明の実施態様において、スペーサー配列は、標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを含むことができる。複数塩基のミスマッチを含む場合、隣接した位置にミスマッチを有していてもよく、離れた位置にミスマッチを有していてもよい。好ましい態様において、スペーサー配列は、標的配列に対して1~5塩基のミスマッチを含み得る。特に好ましい態様において、スペーサー配列は、標的配列に対して1塩基のミスマッチを含み得る。
ガイドRNAにおいて、スペーサー配列は、crRNAの5’側に配置される。
【0028】
本明細書において、「ミスマッチ」という用語は、スペーサー配列が、標的配列と異なる塩基を含むこと、又はその異なる塩基を指す。例えば、「スペーサー配列が1塩基ミスマッチを含む」とは、スペーサー配列が、標的配列と比較して、1塩基異なっていることを意味する。
【0029】
本明細書において、「indel」という用語は、挿入及び/又は欠失(insertion/deletion)を意味する。
本明細書において、「両側アレルindel」という用語は、ゲノム編集により両側アレルの標的領域にindelが生じた状態を指す。
本明細書において、「片側アレルindel」という用語は、ゲノム編集により片側アレルの標的領域のみにindelが生じた状態を指す。
本明細書において、「フレームシフトindel」という用語は、フレームシフトを生じるindelを指す。
本明細書において、「インフレームindel」という用語は、フレームシフトを生じないindelを指す。
【0030】
本明細書において、「AIMS」という用語は、Allele-specific Indel Monitor Systemを意味し、アレル特異的にindelを検出することができる技術を指す。
本明細書において、「AIMS細胞」という用語は、AIMSを行うために構築された細胞を意味し、アレル特異的にindelを検出することができる細胞を指す。
【0031】
本明細書において、「キメラ遺伝子」という用語は、2つ以上の異なるタンパク質のコード配列がインフレームで連結されたポリヌクレオチドを指す。「キメラタンパク質」という用語は、キメラ遺伝子から発現されるタンパク質を指す。
【0032】
本明細書において、「局在化タンパク質」という用語は、細胞におけるある部分(たとえば、核又は細胞膜)に局在して存在するタンパク質を指す。「核局在化タンパク質」とは、核に局在して存在するタンパク質を意味し、「細胞膜局在化タンパク質」とは、細胞膜に局在して存在するタンパク質を意味する。
【0033】
本明細書で用いられる「切断部位」という用語は、例えばそれが切断酵素により認識され、かつ/または分割できるため、この配列が分割を方向付ける、アミノ酸配列またはヌクレオチド配列を指す。典型的には、切断部位において、ポリペプチド鎖はアミノ酸を結合する一以上のペプチド結合の加水分解により切断される。また、切断部位において、ポリヌクレオチド鎖はヌクレオチド間の一以上のホスホジエステル結合の加水分解により切断される。ペプチド結合又はホスホジエステル結合の切断は、化学的又は酵素的切断に由来してもよい。酵素的切断は、ポリヌクレオチド鎖の場合には、例えば、制限エンドヌクレアーゼ(例えばI型、II型、III型、IV型または人工的な制限酵素)により達成される、ポリヌクレオチドの切断を指す。ポリペプチド鎖の場合には、エンドペプチダーゼ、エキソペプチダーゼ又はプロテアーゼ(例えばセリン-プロテアーゼ、システイン-プロテアーゼ、メタロ-プロテアーゼ、トレオニン-プロテアーゼ、アスパルテート-プロテアーゼ、グルタミン酸-プロテアーゼ)等が挙げられるがそれらに限定されない、タンパク質分解酵素により達成される、ポリペプチドの切断を指す。典型的には、酵素的切断は、自己切断に起因して起こるか、又は独立したタンパク質分解酵素により達成される。タンパク質又はポリペプチドの酵素的切断は、翻訳と同時に又は翻訳後のいずれかに起こり得る。したがって、本明細書で用いられる「エンドペプチダーゼ切断部位」という用語は、この配列がエンドペプチダーゼ(例えばトリプシン、ペプシン、エラスターゼ、トロンビン、コラゲナーゼ、フューリン、サーモリシン、エンドペプチダーゼV8、カテプシン)により切断される又は切断可能である、アミノ酸配列内の切断部位を指す。切断部位は、自己プロテアーゼ、すなわちプロテアーゼも含む同一のタンパク質分子内のペプチド結合を切断するプロテアーゼにより、切断されてもよい。かかる自己プロテアーゼの例としては、フラビウイルスのNS2プロテアーゼ又はビルナウイルスのVP4プロテアーゼが挙げられる。あるいは、「切断部位」という用語は、アミノ酸間のペプチド結合又はヌクレオチド間のホスホジエステル結合の形成を妨げる、アミノ酸配列又はヌクレオチド配列を指す。例えば、ペプチド結合の形成は、単一のオープンリーディングフレームの単一の翻訳事象に由来する2つの非連続的な翻訳産物をもたらす、ポリペプチドの翻訳と同時に起こる自己プロセシングに起因して、妨げられ得る。典型的には、かかる自己プロセシングは、ペプチド結合を形成せずに1つのコドンから次に移動するように翻訳複合体を誘導する、偽終止コドン(pseudo stop-codon)配列により引き起こされる「リボスームスキップ」により達成される。リボソームスキップを誘導する配列の例には、ピコルナウイルス、昆虫ウイルス、アフトウイルス科(Aphtoviridae)、ロタウイルスおよびトリパノソーマを含む、ウイルスの数種のファミリーにより用いられる、ウイルス2Aペプチド又は2A様ペプチド(本明細書において、両者をまとめて「2Aペプチド」と称する)が挙げられるが、それらに限定されない。最も知られているのは、単一のORFから複数のポリペプチドを産生するために典型的に用いられる、ピコルナウイルス科ファミリーのライノウイルス及び口蹄疫ウイルスの2Aペプチドである。
したがって、本明細書で用いられる「自己切断部位」という用語は、当該配列が任意のさらなる分子を伴うことなく切断される又は切断可能である、あるいは、当該配列内のペプチド結合又はホスホジエステル結合の形成が最初の段階で(例えば、上述のような翻訳と同時の自己プロセシングを介して)妨げられる、アミノ酸配列内又はヌクレオチド配列内の切断部位を指す。切断部位は典型的に数個のアミノ酸を含む、または数個のコドンによりコードされる(例えば、そのような場合、「切断部位」はタンパク質へ翻訳されないが翻訳の妨害を引き起こす)ことが理解される。それゆえ、切断部位はまた、ペプチドリンカーという目的に適う、すなわち二つのペプチドを立体的に分離する。したがって、いくつかの実施形態では、「切断部位」は、ペプチドリンカーでもあり、上述の切断機能を提供するものでもある。この実施形態では、切断部位はさらなるN及び/又はC末端アミノ酸を包含してもよい。
【0034】
本明細書において、「2Aペプチド」という用語は、ウイルスの2Aペプチド又は2A様ペプチドを指す。2Aペプチドは、ペプチダーゼ又はリボソームスキップ機構により、切断されるペプチドである。2Aペプチドとしては、例えば、口蹄疫ウイルス(FMDV)由来の2Aペプチド(F2A)、ウマ鼻炎Aウイルス(ERAV)由来の2Aペプチド(E2A)、Porcine teschovirus(PTV-1)由来の2Aペプチド(P2A)及びThosea asigna virus(TaV)由来の2Aペプチド(T2A)等が挙げられる。
【0035】
本明細書において、「ゲノム編集パターン」という用語は、ゲノム編集の対象となった細胞の標的領域の各アレルにおけるゲノム編集の誘導状態を指す。すなわち、両側アレルでゲノム編集が誘導されているか、片側アレルのみでゲノム編集が誘導されているか、という状態を意味する。
【0036】
本明細書において、ポリヌクレオチドに関して用いる「機能的に連結」という用語は、第一の塩基配列が第二の塩基配列に十分に近くに配置され、第一の塩基配列が第二の塩基配列又は第二の塩基配列の制御下の領域に影響を及ぼしうることを意味する。例えば、ポリヌクレオチドがプロモーターに機能的に連結するとは、当該ポリヌクレオチドが、当該プロモーターの制御下で発現するように連結されていることを意味する。
【0037】
本明細書において、「発現可能な状態」という用語は、ポリヌクレオチドが導入された細胞内で、該ポリヌクレオチドが転写され得る状態にあることを指す。
本明細書において、「発現ベクター」という用語は、対象ポリヌクレオチドを含むベクターであって、該ベクターを導入した細胞内で、対象ポリヌクレオチドを発現可能な状態にするシステムを備えたベクターを指す。例えば、「Casタンパク質の発現ベクター」とは、該ベクターを導入した細胞内で、Casタンパク質を発現可能なベクターを意味する。また、例えば、「ガイドRNAの発現ベクター」とは、該ベクターを導入した細胞内で、ガイドRNAを発現可能なベクターを意味する。
【0038】
本明細書において、「サイレント変異」という用語は、コードするタンパク質のアミノ酸配列が変化しない遺伝子変異を指す。
【0039】
本明細明細書において、塩基配列どうし又はアミノ酸配列どうしの配列同一性(又は相同性)は、2つの塩基配列又はアミノ酸配列を、対応する塩基又はアミノ酸が最も多く一致するように、挿入及び欠失に当たる部分にギャップを入れながら並置し、得られたアラインメント中のギャップを除く、塩基配列全体又はアミノ酸配列全体に対する一致した塩基又はアミノ酸の割合として求められる。塩基配列又はアミノ酸配列どうしの配列同一性は、当該技術分野で公知の各種相同性検索ソフトウェアを用いて求めることができる。例えば、塩基配列の配列同一性の値は、公知の相同性検索ソフトウェアBLASTNにより得られたアライメントを元にした計算によって得ることができ、アミノ酸配列の配列同一性の値は、公知の相同性検索ソフトウェアBLASTPにより得られたアライメントを元にした計算によって得ることができる。
【0040】
[片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法]
1実施形態において、本発明は、(A)(a1)スペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、(a2)標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有するスペーサー配列を含むガイドRNA、及び(a3)前記(a1)若しくは前記(a2)のガイドRNAの発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種と、
(B)Casタンパク質及びその発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種と、を細胞に導入する工程を含む、片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法を提供する。
【0041】
<(A)ガイドRNA>
本実施形態の製造方法では、(a1)スペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、(a2)標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有するスペーサー配列を含むガイドRNA、及び(a3)前記(a1)若しくは前記(a2)のガイドRNAの発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種、を用いる。
【0042】
≪(a1)のガイドRNA≫
(a1)のガイドRNAは、スペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNAである。当該ガイドRNAを用いてゲノム編集を行うことにより、片側アレルのみでゲノム編集される割合が向上し、片側アレルのみがゲノム編集された細胞を製造することができる。
【0043】
スペーサー配列は、任意の標的配列を標的とするスペーサー配列であればよく、特に限定されない。スペーサー配列の長さは、標的配列に対応する長さでればよく、通常、17~30塩基、好ましくは18~25塩基、より好ましくは19~21塩基、さらに好ましくは20塩基の配列が選択される。
通常、スペーサー配列は、標的配列と同一配列であるが(但し、標的配列中の「T」はスペーサー配列では「U」となる)、標的配列の相補鎖に対する結合能を有する限り、ミスマッチを有していてもよい。一般的に、スペーサー配列の5’側におけるミスマッチは許容性を示す。本実施形態の製造方法では、後述の(a2)のガイドRNAのように、標的配列に対して1塩基ミスマッチを有するスペーサー配列が好ましい。
【0044】
スペーサー配列の5’末端に付加されるヌクレオチド残基(以下、「付加ヌクレオチド残基」という場合がある)は、1個以上であり、特に限定されないが、例えば1~50個の範囲が挙げられる。付加されるヌクレオチド残基の数は、スペーサー配列の種類に応じて、適宜設定することができる。例えば、付加されるヌクレオチド残基の数は、5個以上、10個以上、15個以上、20個以上、又は25個以上等とすることができる。付加ヌクレオチド残基の数が、前記下限値以上であると、片側アレルのみでゲノム編集される割合をより高めることができる。付加ヌクレオチド残基数の上限は、特に限定されないが、片側アレルのみでゲノム編集される割合が変わらなくなることから、たとえば50個以下とすることができ、40個以下が好ましく、35個以下がより好ましい。付加ヌクレオチド残基数の好ましい範囲としては、例えば、5~50個が例示され、5~40個、5~35個、10~40個、10~35個、15~35個、又は20~30個等であることが好ましい。
【0045】
付加ヌクレオチド残基の種類は、特に限定されないが、例えば、全て同一のヌクレオチド残基とすることができる。例えば、付加ヌクレオチド残基は、ポリアデニン(ポリA)、ポリウラシル(ポリU)、ポリシトシン(ポリC)、及びポリグアニン(ポリG)からなる群より選択することができる。中でも、付加ヌクレオチド残基の種類は、片側アレルのみでゲノム編集される割合が向上することから、ポリC(全てシトシン残基)又はポリG(全てグアニン残基)であることが好ましく、ポリCであることがより好ましい。
後述の(a3)の発現ベクターのように、(a1)のガイドRNAをコードする発現ベクターを用いる場合、付加ポリヌクレオチド残基は、通常、使用するプロモーターからの転写がストップするターミネーター配列の相補配列を含まない。例えば、U6プロモーターを用いる場合、チミンが5個連続すると転写がストップするため、付加ヌクレオチド残基は、通常、5個以上連続するウラシルの配列を含まない。
【0046】
≪(a2)のガイドRNA≫
(a2)のガイドRNAは、標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有するスペーサー配列を含むガイドRNAである。当該ガイドRNAを用いてゲノム編集を行うことにより、片側アレルのみでゲノム編集される割合が向上し、片側アレルのみがゲノム編集された細胞を製造することができる。
【0047】
(a2)のガイドRNAのスペーサー配列は、任意の標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有する。複数塩基のミスマッチは、例えば、2~5塩基のミスマッチであり、2~4塩基のミスマッチが好ましく、2又は3塩基のミスマッチがより好ましく、2塩基のミスマッチがさらに好ましい。スペーサー配列の長さは、上記(a1)のガイドRNAと同様であるが、20塩基が特に好ましい。
スペーサー配列が標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有する位置は、特に限定されない。例えば、スペーサー配列が20塩基である場合、3’末端側から5’末端側に数えて1~20番目の塩基のいずれにミスマッチがあってもよく、例えば1~17番目の塩基にミスマッチを有することができる。スペーサー配列が前記範囲に1塩基ミスマッチを有することにより、片側アレルのみでゲノム編集される割合をより高めることができる。一例として、3’末端側から5’末端側に数えて2~6番目、8~9播目、及び15~17番目からなる群より選択される1塩基又は複数塩基にミスマッチを有することができる。
【0048】
ミスマッチ塩基における塩基は、標的配列における塩基と異なる塩基であれば、特に限定されない。スペーサー配列におけるミスマッチ塩基は、例えば、標的配列における塩基がプリン塩基(アデニン又はグアニン)であれば、ピリミジン塩基(シトシン又はウラシル)とすることができる。同様に、スペーサー配列におけるミスマッチ塩基は、例えば、標的配列における塩基がピリミジン塩基(シトシン又はチミン)であれば、プリン塩基(アデニン又はグアニン)とすることができる。例えば、スペーサー配列におけるミスマッチ塩基は、標的配列における塩基がアデニンであればウラシル、標的配列における塩基がチミンであればアデニン、標的配列における塩基がグアニンであればシトシン、標的配列における塩基がシトシンであればグアニン、とすることができる。
【0049】
≪(a1)及び(a2)の特徴を有するガイドRNA(a12)≫
本実施形態の製造方法に用いるガイドRNAは、上記(a1)及び(a2)のガイドRNAの特徴を併せ持つものであってもよい。すなわち、ガイドRNAは、スペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加され、且つ前記スペーサー配列が、標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有するスペーサー配列である、ガイドRNAであってもよい。
上記(a1)及び(a2)の特徴を併せ持つことにより、片側アレルのみでゲノム編集される割合を向上させることができる。付加ヌクレオチド残基の数及び種類は、上記「≪(a1)のガイドRNA≫」で挙げたものと同様である。また、ミスマッチ塩基の位置及び種類は、上記≪(a2)のガイドRNA≫」で挙げたものと同様である。
【0050】
≪(a3)ガイドRNAの発現ベクター≫
本実施形態の製造方法では、上記(a1)、(a2)又は(a12)のガイドRNAに代えて、上記(a1)、(a2)又は(a12)のガイドRNAの発現ベクターを用いてもよい。好ましい態様において、本実施形態の製造方法は、上記(a1)、(a2)又は(a12)のガイドRNAの発現ベクターを用いる。
【0051】
上記(a1)、(a2)又は(a12)のガイドRNAの発現ベクターは、上記(a1)、(a2)又は(a12)のガイドRNAをコードする配列と、前記ガイドRNAコード配列の発現を制御するプロモーターを含んでいることが好ましい。発現ベクターにおいて、ガイドRNAコード配列は、プロモーターに機能的に連結している。
【0052】
プロモーターは、特に限定されず、例えば、pol II系プロモーターを使用することもできるが、比較的短いRNAの転写をより正確に行わせるという観点から、pol
III系プロモーターが好ましい。pol III系プロモーターとしては、特に制限されないが、例えばマウス及びヒトのU6-snRNAプロモーター、ヒトH1-RNase P RNAプロモーター、ヒトバリン-tRNAプロモーター等が挙げられる。U6プロモーターを用いる場合、転写開始のためにガイドRNAの5’末端が「G」であることが好ましい。そのため、ガイドRNAが上記(a1)又は(a12)のガイドRNAである場合、スペーサー配列の5’末端に付加した5~50個のヌクレオチド残基の5’末端にさらに「G」を付加することが好ましい。また、ガイドRNAが上記(a2)のガイドRNAである場合、5’末端が「G」であるスペーサー配列を選択するか、スペーサー配列の5’末端に「G」を付加することが好ましい。
【0053】
発現ベクターは、ガイドRNAのコード配列及びプロモーターの他に、所望によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、マーカー遺伝子、複製開始点、複製開始点に結合して複製を制御するタンパク質をコードする遺伝子等を含んでいてもよい。「マーカー遺伝子」とは、該マーカー遺伝子を細胞に導入することにより、細胞の選別や選択を可能とするような遺伝子を指す。マーカー遺伝子の具体例としては、例えば、薬剤耐性遺伝子、蛍光タンパク質遺伝子、発光酵素遺伝子、発色酵素遺伝子等が挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。前記薬剤耐性遺伝子の具体例としては、例えば、ピューロマイシン耐性遺伝子、ジェネティシン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ゼオシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子等が挙げられる。前記蛍光タンパク質遺伝子の具体例としては、例えば、緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子、黄色蛍光タンパク質(YFP)遺伝子、赤色蛍光タンパク質(RFP)遺伝子等が挙げられる。前記発光酵素遺伝子の具体例としては、例えば、ルシフェラーゼ遺伝子などが挙げられる。前記発色酵素遺伝子の具体例としては、例えば、βガラクトシターゼ遺伝子、βグルクロニダーゼ遺伝子、アルカリフォスファターゼ遺伝子等が挙げられる。
【0054】
発現ベクターの種類は、特に限定されず、公知の発現ベクターを用いることができる。
発現ベクターとしては、例えば、プラスミドベクター、及びウイルスベクター等が挙げられる。
【0055】
プラスミドベクターは、ゲノム編集対象となる細胞内で発現可能なプラスミドベクターであれば、特に限定されない。例えば、動物細胞である場合、動物細胞発現用プラスミドベクターとして、一般的に用いられているものを用いることができる。動物細胞発現用プラスミドベクターとしては、例えば、pX459、pA1-11、pXT1、pRc/CMV、pRc/RSV、pcDNAI/Neo等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0056】
ウイルスベクターとしては、例えば、レトロウイルス(レンチウイルスを含む)ベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、ポックスウイルスベクター、ポリオウイルスベクター、シルビスウイルスベクター、ラブドウイルスベクター、パラミクソウイルスベクター、オルソミクソウイルスベクター等が挙げられる。
【0057】
中でも、発現ベクターとしては、プラスミドベクターが好ましい。
【0058】
<(B)Casタンパク質>
≪Casタンパク質≫
Casタンパク質は、CRISPR/Casシステムにおいて用いられるものであれば、特に限定されない。例えば、ガイドRNAと複合体を形成し、ガイドRNAにより標的領域に誘導されて、標的領域のDNAを2本鎖切断できるものを各種使用することができる。
本実施形態の製造方法において、Casタンパク質は、Cas9タンパク質が好ましく、S.pyogenesのCas9タンパク質がより好ましい。
【0059】
Casタンパク質は、ガイドRNAと複合体を形成し、エンドヌクレアーゼ活性又はニッカーゼ活性を示す(以下、「Casタンパク質活性」という)ものであれば、野生型Casタンパク質の変異体であってもよい。Casタンパク質の変異体としては、例えば、以下の(b1)又は(b2)のタンパク質が例示される。
(b1)野生型Casタンパク質のアミノ酸配列と、例えば85%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つCasタンパク質活性を有するタンパク質。
(b2)野生型Casタンパク質のアミノ酸配列に対して1個若しくは複数個(例えば2~100個、好ましくは2~50個、より好ましくは2~20個、さらに好ましくは2~10個、よりさらに好ましくは2~5個、特に好ましくは2個)のアミノ酸が置換、欠失、付加、又は挿入されたアミノ酸配列からなり、且つCasタンパク質活性を有するタンパク質。
【0060】
≪Casタンパク質の発現ベクター≫
本実施形態の製造方法では、上記Casタンパク質に代えて、Casタンパク質の発現ベクターを用いてもよい。好ましい態様において、本実施形態の製造方法は、Casタンパク質の発現ベクターを用いる。
【0061】
Casタンパク質の発現ベクターは、Casタンパク質のコード配列と、前記Casタンパク質コード配列の発現を制御するプロモーターを含んでいることが好ましい。発現ベクターにおいて、Casタンパク質コード配列は、プロモーターに機能的に連結している。
【0062】
プロモーターは、特に限定されず、例えば、pol II系プロモーターを各種使用することができる。pol II系プロモーターとしては、特に制限されないが、例えばCMVプロモーター、EF1プロモーター、SV40プロモーター、MSCVプロモーター、hTERTプロモーター、βアクチンプロモーター、CAGプロモーター、CBhプロモーター等が挙げられる。
【0063】
発現ベクターは、Casタンパク質コード配列及びプロモーターの他に、所望によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、マーカー遺伝子、複製開始点、複製開始点に結合して複製を制御するタンパク質をコードする遺伝子等を含んでいてもよい。マーカー遺伝子としては、上記と同様のものが挙げられる。
【0064】
発現ベクターの種類は、特に限定されず、公知の発現ベクターを用いることができる。
発現ベクターとしては、例えば、プラスミドベクター、及びウイルスベクター等が挙げられる。これらのベクターとしては、上記と同様のものが例示される。
中でも、発現ベクターとしては、プラスミドベクターが好ましい。
【0065】
発現ベクターに含まれるCasタンパク質コード配列は、当該発現ベクターを導入する細胞が由来する生物種に応じて、コドン最適化されていてもよい。一般に、コドン最適化とは、元のアミノ酸配列を維持しつつ、元の塩基配列の少なくとも1つのコドンを、対象の生物種においてより頻繁に使用されるコドンで置き換えることを指す。コドン使用頻度表は、例えば、公益財団法人かずさDNA研究所が提供する「Codon Usage
Database」(www.kazusa.or.jp/codon/)において容易に入手可能であり、これらの表を用いて、コドンを最適化することができる。特定の動物種における発現のために特定の配列をコドン最適化するためのコンピューターアルゴリズムについても、例えば、Gene Forge(Aptagen社;Jacobus、PA)等において入手可能である。
【0066】
ガイドRNAの発現ベクターと、Casタンパク質の発現ベクターとは、同一の発現ベクターであってもよい。すなわち、本実施形態の製造方法では、ガイドRNAコード配列と、Casタンパク質コード配列とを、それぞれ発現可能な状態で含む発現ベクターを用いることができる。当該発現ベクターにおいて、ガイドRNAコード配列と、Casタンパク質コード配列とは、それぞれ異なるプロモーターに機能的に連結されていることが好ましい。
【0067】
<導入工程>
本実施形態の製造方法では、(A)上記(a1)、(a2)若しくは(a12)のガイドRNA又はその発現ベクター、及び(B)Casタンパク質又はその発現ベクターを、細胞に導入する工程を含む。
【0068】
上記(A)及び(B)を導入する細胞は、特に限定されず、ゲノム編集の対象とする所望の細胞を用いることができる。細胞が由来する生物は、特に限定されず、ヒト、サル、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウサギ、ウシ、ウマ、ブタ、ヤギ、ヒツジ等の哺乳類動物;ニワトリ等の鳥類動物;ヘビ、トカゲ等の爬虫類動物;アフリカツメガエル等の両生類動物;ゼブラフィッシュ、メダカ、トラフグ等の魚類動物;ホヤ等の脊索動物;ショウジョウバエ、カイコ等の節足動物;等の動物;シロイヌナズナ、イネ、コムギ、タバコ等の植物;酵母、アカパンカビ等の菌類;大腸菌、枯草菌、藍藻等の細菌等が挙げられる。
細胞の種類は、特に限定されず、例えば、各種組織由来又は各種性質の細胞、例えば血液細胞、造血幹細胞・前駆細胞、配偶子(精子、卵子)、受精卵、線維芽細胞、上皮細胞、血管内皮細胞、神経細胞、肝細胞、ケラチン生成細胞、筋細胞、表皮細胞、内分泌細胞、組織幹細胞、iPS細胞、ES細胞、がん細胞等が挙げられる。また、鎌形赤血球症、ハンチントン舞踏病、デュシェンヌ型筋ジストロフィー、進行性骨化性線維異形成症(FOP)等の各種遺伝性疾患を有する細胞等が挙げられる。
【0069】
上記(A)及び(B)の導入方法は、特に限定されず、対象細胞、材料の種類(核酸であるのか、タンパク質であるのか等)に応じて、適宜選択することができる。
発現ベクターの細胞への導入方法としては、例えば、リポフェクション法、マイクロインジェクション法、DEAEデキストラン法、遺伝子銃法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法などが挙げられる。発現ベクターがウイルスベクターである場合には、ウイルスベクターを細胞に感染させる方法としては、例えば、ポリブレン法が挙げられる。
【0070】
RNAを細胞に導入する方法は、特に限定されず、公知の方法を適宜選択して用いることができる。例えば、RNAは、Lipofectamine(登録商標)MessengerMAX(Life Technologies社製)などの、市販のRNAトランスフェクション試薬などを用いることができる。
【0071】
タンパク質を細胞に導入する方法は、特に限定されず、公知の方法を適宜選択して用いることができる。そのような方法としては、例えば、タンパク質導入試薬を用いる方法、タンパク質導入ドメイン(PTD)融合タンパク質を用いる方法、マイクロインジェクション法などが挙げられる。
【0072】
上記(A)及び(B)は、同時に細胞に導入してもよく、逐次的に導入してもよく、又は一定期間を空けて別々に導入してもよい。好ましい態様において、上記(A)及び(B)は、同時に細胞に導入される。
【0073】
<任意工程>
本実施形態の製造方法は、上記導入工程に加えて、任意の工程を含んでいてもよい。任意の工程としては、例えば、(C)ドナーベクターを細胞に導入する工程が挙げられる。
【0074】
≪(C)ドナーベクター≫
ドナーベクターは、ホモロジーアームとして標的領域に隣接する塩基配列を含む。ドナーベクターは、5’アームと3’アームとの間に所望の塩基配列(以下、「ノックイン配列」という場合がある)を含むことができる。ノックイン配列は、特に限定されず、任意の配列とすることができる。ノックイン配列は、例えば、遺伝子ノックアウト用の配列であってもよく、塩基置換用の配列であってもよく、任意の遺伝子配列であってもよい。ノックイン配列が、任意の遺伝子配列である場合、セーフ・ハーバー領域内に標的配列を設定することが好ましい。
【0075】
ドナーベクターは、環状DNAベクター(例えばプラスミドベクター)であってもよく、線状DNAベクターであってもよい。ドナーベクターは、ホモロジーアーム及びノックイン配列に加えて、他の配列を含んでいてもよい。他の配列としては、例えば、マーカー遺伝子、複製開始点、複製開始点に結合して複製を制御するタンパク質をコードする遺伝子等が挙げられる。マーカー遺伝子としては、上記と同様のものが挙げられる。
【0076】
ドナーベクターの導入方法は、特に限定されず、対象細胞に応じて、適宜選択することができる。ドナーベクターの細胞への導入方法としては、例えば、リポフェクション法、マイクロインジェクション法、DEAEデキストラン法、遺伝子銃法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法などが挙げられる。
【0077】
ドナーベクターは、上記(A)及び(B)と同時に細胞に導入してもよく、逐次的に導入してもよく、又は(A)及び(B)の導入後に一定期間を空けて導入してもよい。好ましい態様において、ドナーベクターは、上記(A)及び(B)は、同時に細胞に導入される。
【0078】
≪培養工程≫
任意の工程は、上記(A)及び(B)、並びに必要に応じて上記(C)を細胞に導入後、細胞を培養する工程であってもよい。細胞の培養は、細胞の種類に応じて、適切な培養条件下で行えばよい。上記(A)、(B)及び/又は(C)が、薬剤耐性マーカーを含むベクターである場合には、培養は、当該薬剤の存在下で行ってもよい。当該薬剤の存在下で培養を行うことにより、ゲノム編集された細胞を効率よく選択することができる。また、細胞培養液の希釈又はプレーティング等により、細胞のクローン化を行ってもよい。
【0079】
≪ゲノム編集パターン解析工程≫
任意の工程は、前記(A)及び(B)、並びに必要に応じて上記(C)を細胞に導入後、ゲノム編集パターンを解析する工程であってもよい。
ゲノム編集パターンの解析方法は特に限定されないが、上記導入工程後、例えば、適宜、培養工程を行った後、細胞培養液のプレーティングを行い、生じたコロニーからDNAを抽出して標的領域の配列解析を行う方法等が挙げられる。
両アレルの標的領域の配列解析を行うことにより、当該細胞が、片側アレルのみがゲノム編集された細胞であるか否かを確認することができる。
【0080】
本実施形態の製造方法は、ガイドRNAとして、(a1)スペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、又は(a2)標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有するスペーサー配列を含むガイドRNAを用いることにより、ゲノム編集の際に、片側アレルのみでゲノム編集された細胞の割合を高めることができる。そのため、本実施形態の製造方法によれば、片側アレルのみでゲノム編集された細胞を効率よく製造することができる。また、本実施形態の製造方法によれば、sgRNA及びCas9等の導入に起因する細胞毒性を抑制することができる。
【0081】
他の態様において、本発明は、(A)(a1)スペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、(a2)標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有するスペーサー配列を含むガイドRNA、及び(a3)前記(a1)若しくは前記(a2)のガイドRNAの発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種と、(B)Casタンパク質及びその発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種と、を細胞に導入する工程を含む、片側アレルのみをゲノム編集する方法、を提供する。
【0082】
[ガイドRNA、ベクター、キット]
1実施形態において、本発明は、スペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNAを提供する。
本実施形態のガイドRNAは、上記[片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法]<(A)ガイドRNA>の項で説明した(a1)のガイドRNAと同様である。
本実施形態のガイドRNAは、そのスペーサー配列が、標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有する配列であることが好ましい。すなわち、上記(a12)のガイドRNAであることが好ましい。
【0083】
1実施形態において、本発明は、スペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNAの発現ベクターを提供する。
本実施形態の発現ベクターは、上記[片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法]<(A)ガイドRNA>の項で説明した(a1)又は(a12)のガイドRNAの発現ベクターと同様である。
本実施形態の発現ベクターは、さらに、Casタンパク質コード配列(好ましくは、Cas9タンパク質コード配列)を発現可能な状態で含んでいてもよい。
【0084】
1実施形態において、本発明は、(A)(a1)スペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、(a2)標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有するスペーサー配列を含むガイドRNA、及び(a3)前記(a1)若しくは前記(a2)のガイドRNAの発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種を含む、片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造キットを提供する。前記製造キットは、さらに、(B)Casタンパク質及びその発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種、を含むことが好ましい。
(a1)及び(a2)のガイドRNAは、上記[片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法]<(A)ガイドRNA>の項で説明した(a1)及び(a2)のガイドRNAと同様である。ガイドRNAは、上記(a12)のガイドRNAであってもよい。
(a3)の発現ベクターは、上記[片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法]<(A)ガイドRNA>の項で説明した(a3)のガイドRNAの発現ベクターと同様である。
(B)のCasタンパク質及びその発現ベクターは、上記[片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法]<(B)Casタンパク質>の項で説明したものと同様である。
(A)及び(B)が発現ベクターである場合、ガイドRNAコード配列及びCasタンパク質コード配列は、同一の発現ベクターに、それぞれ発現可能な状態で含まれていてもよい。
本実施形態のキットは、前記(A)及び(B)に加えて、他の構成を備えていてもよい。他の構成は、特に制限されず、例えば、片側アレルのみがゲノム編集された細胞を作製するための説明書や、発現ベクターを細胞に導入するために用いる試薬等が挙げられる。
【0085】
[ゲノム編集パターンの予測方法]
1実施形態において、本発明は、(i)ガイドRNA若しくはその発現ベクター、及びCasタンパク質若しくはその発現ベクターを細胞に導入してゲノム編集を行う工程、(ii)前記ゲノム編集を行った細胞からDNAを抽出する工程、(iii)前記DNAから標的領域を含むDNA断片を増幅する工程、(iv)前記増幅したDNA断片の配列解析を行い、前記標的領域へのindel誘導率(P)を求める工程、及び(v)下記式(m)若しくは(m1)及び(b)若しくは(b1)により、片側アレルのみへのindel誘導率(mono)及び両側アレルへのindel誘導率(bi)を求める工程、を含む、ゲノム編集パターンの予測方法を提供する。
mono=2×P×(1-P) ・・・(m)
bi=P2 ・・・(b)
mono=-1.303P2+1.2761P+0.0274 ・・・(m1)
bi=0.6515P2+0.3619P-0.0137 ・・・(b1)
【0086】
<工程(i)>
工程(i)は、ガイドRNA若しくはその発現ベクター、及びCasタンパク質若しくはその発現ベクターを細胞に導入してゲノム編集を行う工程である。
【0087】
ガイドRNAは、特に限定されず、CRISPR/Casシステムで使用可能なガイドRNAを用いればよい。スペーサー配列は、任意の標的配列を標的配列とするスペーサー配列であればよく、特に限定されない。
ガイドRNAの発現ベクターは、上記[片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法]<(A)ガイドRNA>の項で説明した発現ベクターと同様に作製することができる。
【0088】
Casタンパク質は、特に限定されず、CRISPR/Casシステムで使用可能なCasタンパク質を用いればよい。Casタンパク質は、好ましくはCas9タンパク質であり、より好ましくはS.pyogenesのCas9タンパク質である。
Casタンパク質の発現ベクターは、上記[片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法]<(B)Casタンパク質>の項で説明した発現ベクターと同様に作製することができる。
【0089】
ガイドRNA及びCasタンパク質、又はそれらの発現ベクターの細胞への導入は、上記[片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法]<導入工程>で説明した方法と同様に行うことができる。
細胞への導入後は、適宜、培養を行ってもよい。ガイドRNA及びCasタンパク質の発現ベクターを細胞に導入し、当該発現ベクターが薬剤耐性マーカーを有する場合には、当該薬剤の存在下で細胞を培養することにより、発現ベクターが導入された細胞を選択してもよい。
【0090】
<工程(ii)>
工程(ii)は、工程(i)でゲノム編集を行った細胞からDNAを抽出する工程である。
【0091】
DNAの抽出方法は、特に限定されず、公知のDNA抽出方法を用いればよい。DNA抽出方法としては、例えば、フェノール・クロロホルム抽出法、アルカリ条件下で加熱する方法(例えば、50mM NaOH存在下で99℃10分など)等を挙げることができる。また、市販のDNA抽出キット等も利用可能である。
【0092】
<工程(iii)>
工程(iii)は、工程(ii)で抽出したDNAから標的領域を含むDNA断片を増幅する工程である。
【0093】
標的領域の増幅方法は、特に限定されず、公知の核酸断片増幅方法を用いればよい。核酸断片増幅方法としては、例えば、PCR法、等温増幅法等が挙げられる。例えば、標的領域を増幅可能なプライマーを設計し、PCR法又は等温増幅法等により、標的領域のDNA断片を増幅することができる。
増幅DNA断片の長さは、標的領域を含む限り、特に限定されないが、例えば、20~1000bp程度、通常350~750bp程度とすることができる。
【0094】
増幅DNA断片は、市販のクローニングベクター等を用いて、クローニングしてもよい。さらに、増幅DNA断片を挿入したクローニングベクターを大腸菌等に導入し、当該大腸菌を培養してコロニーを形成させてもよい。そのようにして得られたコロニーからDNAを抽出し、工程(iv)における配列解析に供してもよい。配列解析を行うコロニー数は、特に限定されないが、例えば、10~200個程度、20~100個程度、又は20~50個程度等とすることができる。
【0095】
<工程(iv)>
工程(iv)は、工程(iii)で増幅したDNA断片の配列解析を行い、標的領域へのindel誘導率(P)を求める工程である。
【0096】
DNA断片の配列解析の方法は、特に限定されず、公知の配列解析方法を用いればよい。配列解析には、市販のシークエンサーを用いることができ、製造業者の推奨する方法に従ってDNAシークエンシングを行うことができる。また、増幅したDNA断片におけるindelの有無の解析は、T7E1アッセイにより行ってもよく、シークエンサーによる配列解析とT7E1アッセイとを併用してもよい。
【0097】
標的領域へのindel誘導率(P)は、配列解析の結果に基づき、以下の式(p)により算出することができる。
【0098】
【0099】
<工程(v)>
工程(v)は、下記式(m)及び(b)により、片側アレルのみへのindel誘導率(mono)及び両側アレルへのindel誘導率(bi)を求める工程である。
mono=2×P×(1-P) ・・・(m)
bi=P2 ・・・(b)
【0100】
上記式(m)及び(b)に替えて、下記式(m1)及び(b1)を用いてもよい。
mono=-1.303P2+1.2761P+0.0274 ・・・(m1)
bi=0.6515P2+0.3619P-0.0137 ・・・(b1)
【0101】
工程(iv)で求めたindel誘導率(P)の値を、上記式(m)若しくは(m1)及び(b)若しくは(b1)に代入することにより、片側アレルのみへのindel誘導率(mono)及び両側アレルへのindel誘導率(bi)をそれぞれ求めることができる。後述する実施例で示されるように、本実施形態の方法により求められるindel誘導率(mono)及びindel誘導率(bi)の値は、実際の試験により確認されたそれぞれのindel誘導率と近似している。
【0102】
本実施形態の予測方法によれば、簡易な操作で、片側アレルのみへのindel誘導率及び両側アレルへのindel誘導率を予測することができる。したがって、任意のガイドRNAを用いて本実施形態の予測方法を実施することにより、当該ガイドRNAを用いたゲノム編集によるゲノム編集パターンを予測することができる。
【0103】
[AIMS細胞]
1実施形態において、本発明は、一方のアレルに、局在化タンパク質コード配列と、切断部位コード配列と、第1の蛍光タンパク質コード配列と、がこの順にインフレームで連結されたキメラ遺伝子を含み、他方のアレルに、前記局在化タンパク質コード配列と、前記切断部位コード配列と、第2の蛍光タンパク質コード配列と、がこの順にインフレームで連結されたキメラ遺伝子を含む、細胞を提供する。なお、本明細書において、「第1の」および「第2の」という用語は便宜的な記載である。
【0104】
本実施形態の細胞は、後述するAIMSによるゲノム編集パターンの解析に使用することができる細胞(AIMS細胞)である。本実施形態の細胞を用いれば、両側アレルでゲノム編集が誘導されたか、片側アレルのみでゲノム編集が誘導されたか、を簡易に調べることができる。
【0105】
<局在化タンパク質コード配列>
局在化タンパク質は、ゲノム編集の対象となる細胞に応じて、適宜選択することができる。局在化タンパク質は、細胞内で局在するタンパク質であれば、天然のタンパク質であってもよく、人工タンパク質(例えば、天然局在化タンパク質の変異型タンパク質や切断型タンパク質、局在化シグナルを含むペプチドなど)であってもよい。局在化タンパク質が天然タンパク質である場合、前記天然タンパク質は、対象細胞の内因性タンパク質であってもよく、外因性タンパク質(他の生物由来の局在化タンパク質)であってもよい。局在化タンパク質は、対象細胞の内因性タンパク質であって、常に発現しているタンパク質であることが好ましい。局在化タンパク質は、核局在化タンパク質であってもよく、細胞膜局在化タンパク質であってもよい。
【0106】
ヒト細胞である場合、核局在化タンパク質としては、例えば、各種転写因子、各種転写調節因子等が挙げられる。具体例としては、TBX3タンパク質などのTBXファミリー、SOX2タンパク質などのSOXファミリー等が挙げられる。また、細胞膜局在化タンパク質としては、例えば、各種細胞膜レセプター、各種細胞膜抗原等が挙げられる。具体例としては、E-カドヘリンなどのカドヘリンファミリー、SSEA4などのSSEAファミリー等が挙げられる。
【0107】
局在化タンパク質コード配列は、局在化タンパク質をコードする塩基配列を有する限り特に限定されず、サイレント変異を含んでいてもよい。局在化タンパク質コード配列は、内因性局在化タンパク質の内在性遺伝子配列を利用したものであってもよく、外来性DNAであってもよい。局在化タンパク質コード配列が外来性DNA(例えば、外因性天然局在化タンパク質コード配列、人工局在化タンパク質コード配列など)である場合、当該局在化タンパク質コード配列は、対象細胞で構成的に発現するプロモーターに機能的に連結されたものであってもよい。
【0108】
<切断部位>
切断部位は、特に限定されないが、例えば、自己切断部位又はエンドペプチダーゼ切断部位が挙げられ、具体例としては、2Aペプチドコード配列が例示される。
2Aペプチドは、特に限定されず、公知の2Aペプチド又は2A様ペプチドを用いることができる。例えば、P2Aペプチド、F2Aペプチド、E2Aペプチド、及びT2Aペプチドからなる群より選択される2Aペプチドを用いることができる。
切断部位が、リボソームスキップのような自己切断配列又はペプチダーゼ認識配列のようなアミノ酸配列をコードする場合、サイレント変異を含んでいてもよい。例えば、2Aペプチドコード配列は、2Aペプチドをコードする塩基配列を有する限り特に限定されず、サイレント変異を含んでいてもよい。また、2Aペプチドコード配列は、対象細胞に応じて、コドン最適化されたものであってもよい。2Aペプチドコード配列の具体例として、P2Aペプチドコード配列、及び前記P2Aペプチドコード配列にサイレント変異を含むコード配列(aP2A)を、それぞれ配列番号14及び配列番号15に示す。
【0109】
<第1の蛍光タンパク質コード配列>
第1の蛍光タンパク質は、特に限定されず、公知の蛍光タンパク質を用いることができる。蛍光タンパク質としては、例えば、Sirius、BFP、EBFP、ECFP、mTurquoise、TagCFP、AmCyan、mTFP1、MidoriishiCyan、CFP、TurboGFP、AcGFP、TagGFP、Azami-Green、ZsGreen、EmGFP、GFP、EGFP、GFP2、HyPer、TagYFP、EYFP、Venus、YFP、PhiYFP、PhiYFP-m、TurboYFP、ZsYellow、mBanana、KusabiraOrange、mOrange、TurboRFP、tdTomato、DsRed、DsRed-Express、DsRed2、TagRFP、DsRed-Monomer、AsRed、AsRed2、mStrawberry、TurboFP602、RFP、ERFP、mRFP1、JRed、KillerRed、mCherry、HcRed、KeimaRed、TurboFP650、mRasberry、mPlum、PS-CFP、Dendra2、Kaede、EosFP、KikumeGR等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0110】
第1の蛍光タンパク質コード配列は、蛍光タンパク質をコードする塩基配列を有する限り特に限定されず、サイレント変異を含んでいてもよい。また、対象細胞に応じて、コドン最適化されたものであってもよい。蛍光タンパク質コード配列の具体例として、tdTomatoコード配列、及びVenusコード配列を、それぞれ配列番号16及び配列番号17に示す。
【0111】
<第2の蛍光タンパク質コード配列>
第2の蛍光タンパク質は、第1の蛍光タンパク質とは異なる蛍光タンパク質である。第2の蛍光タンパク質は、第1の蛍光タンパク質と異なるものである限り、特に限定されず、公知の蛍光タンパク質を用いることができる。蛍光タンパク質としては、上記第1の蛍光タンパク質で例示したものと同様のものが挙げられる。第2の蛍光タンパク質は、第1の蛍光タンパク質と蛍光波長が異なるものが好ましい。
【0112】
第2の蛍光タンパク質コード配列は、蛍光タンパク質をコードする塩基配列を有する限り特に限定されず、サイレント変異を含んでいてもよい。また、対象細胞に応じて、コドン最適化されたものであってもよい。
【0113】
<キメラ遺伝子>
本実施形態の細胞は、一方のアレル(以下、「第1アレル」という場合がある)に、局在化タンパク質コード配列と、切断部位(例えば、2Aペプチドコード配列)と、第1の蛍光タンパク質コード配列と、がこの順にインフレームで連結されたキメラ遺伝子(以下、「第1のキメラ遺伝子」という場合がある)を含んでいる。他方のアレル(以下、「第2アレル」という場合がある)には、局在化タンパク質コード配列と、切断部位(例えば、2Aペプチドコード配列)と、第2の蛍光タンパク質コード配列と、がこの順にインフレームで連結されたキメラ遺伝子(以下、「第2のキメラ遺伝子」という場合がある)を含んでいる。
第1のキメラ遺伝子及び第2のキメラ遺伝子が有する切断部位(例えば、2Aペプチドコード配列)は、同一のものである。第1のキメラ遺伝子及び第2のキメラ遺伝子が有する局在化タンパク質コード配列は、同一であることが好ましい。
【0114】
好ましい態様において、第1のキメラ遺伝子及び第2のキメラ遺伝子は、細胞の内在性局在化タンパク質遺伝子の遺伝子座に位置している。あるいは、第1のキメラ遺伝子及び第2のキメラ遺伝子は、セーフ・ハーバー領域内の同一座位に位置していてもよい。
第1のキメラ遺伝子及び第2のキメラ遺伝子は、細胞内において、それぞれ発現可能な状態で、第1アレル及び第2アレル上にそれぞれ存在している。
【0115】
<AIMS細胞の作製方法>
上記第1のキメラ遺伝子及び第2のキメラ遺伝子を含むAIMS細胞は、ゲノム編集等の技術を用いて作製することができる。以下に、AIMS細胞の作製方法の具体例を記載するが、これに限定されるわけではない。
【0116】
まず、第1のキメラ遺伝子及び第2のキメラ遺伝子を対象細胞のゲノムにノックインするためのベクターとして、第1のキメラ遺伝子及び第2のキメラ遺伝子を含むドナーベクター(ノックインベクター)をそれぞれ作製する。ノックインベクターは、公知の方法により、作製することができる。ホモロジーアームは、キメラ遺伝子を挿入するゲノム上の位置に応じて適宜設計することができる。ホモロジーアームは、内在性局在化タンパク質遺伝子及び当該局在化タンパク質遺伝子に隣接する領域の塩基配列であることが好ましい。
【0117】
次いで、キメラ遺伝子をノックインする領域内の配列を標的配列とするガイドRNAを設計する。ノックインベクターのホモロジーアームが、内在性局在化タンパク質遺伝子及び当該局在化タンパク質遺伝子に隣接する領域の塩基配列である場合、標的配列は、例えば、内在性局在化タンパク質遺伝子内の配列から選択される。
【0118】
次いで、前記ガイドRNA若しくはその発現ベクター、及びCasタンパク質若しくはその発現ベクター、並びに第1のキメラ遺伝子のノックインベクター及び第2のキメラ遺伝子のノックインベクターを、細胞に導入する。ガイドRNA及びCasタンパク質の発現ベクターを用いる場合、それらの発現ベクターは同一の発現ベクターであってもよい。
導入方法は、上記[片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法]<導入工程>の項で説明した方法と同様の方法が挙げられる。
細胞への導入後は、適宜、培養を行ってもよい。ガイドRNA及びCasタンパク質の発現ベクターを細胞に導入し、当該発現ベクターが薬剤耐性マーカーを有する場合には、当該薬剤の存在下で細胞を培養することにより、発現ベクターが導入された細胞を選択してもよい。第1及び第2のキメラ遺伝子の各ノックインベクターが薬剤耐性マーカーを有する場合も、当該薬剤の存在下で細胞を培養することにより、ノックインベクターが導入された細胞を選択してもよい。
【0119】
次いで、第1の蛍光タンパク質及び第2の蛍光タンパク質の両方の蛍光が観察さる細胞を採取する。蛍光細胞の選別は、公知の方法で行うことができ、例えば、フローサイトメーター、蛍光顕微鏡等を用いて行うことができる。
取得した細胞は、PCR等により、第1アレル及び第2アレルの各目的遺伝子座に、第1のキメラ遺伝子及び第2のキメラ遺伝子がそれぞれ挿入されていることを確認することができる。
【0120】
本実施形態の細胞では、第1のキメラ遺伝子及び第2のキメラ遺伝子から発現されるキメラタンパク質は、切断部位(例えば2Aペプチド)で切断される。第1の蛍光タンパク質及び第2の蛍光タンパク質は、それぞれ局在化タンパク質から分離されるため、細胞内で局在化することなく、細胞全体に分布する(
図1A「wt」参照)。
一方、切断部位(例えば、2Aペプチドコード配列)を標的としてゲノム編集を行った結果、切断部位(例えば、2Aペプチドコード配列)にフレームシフトindelが生じると、蛍光タンパク質が生成されなくなる。そのため、フレームシフトindelが生じたアレルに導入された蛍光タンパク質の蛍光は消失する(
図1A「frame-shift」参照)。
一方、切断部位(例えば2Aペプチド)を標的としてゲノム編集を行った結果、切断部位(例えば、2Aペプチドコード配列)にインフレームindelが生じると、2Aペプチドでの切断が起こらなくなる。そのため、フレームシフトindelが生じたアレルに導入された蛍光タンパク質は、局在化タンパク質と分離されることなく、局在化タンパク質に従って局在化する(
図1A「in-frame」参照)。
【0121】
AIMS細胞の作製に用いられる対象細胞は、特に限定されず、所望の細胞を用いることができる。細胞が由来する生物は、特に限定されず、ヒト、サル、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウサギ、ウシ、ウマ、ブタ、ヤギ、ヒツジ等の哺乳類動物;ニワトリ等の鳥類動物;ヘビ、トカゲ等の爬虫類動物;アフリカツメガエル等の両生類動物;ゼブラフィッシュ、メダカ、トラフグ等の魚類動物;ホヤ等の脊索動物;ショウジョウバエ、カイコ等の節足動物;等の動物;シロイヌナズナ、イネ、コムギ、タバコ等の植物;酵母、アカパンカビ等の菌類;大腸菌、枯草菌、藍藻等の細菌等が挙げられる。
対象細胞の種類は、特に限定されず、例えば、各種組織由来又は各種性質の細胞、例えば血液細胞、造血幹細胞・前駆細胞、配偶子(精子、卵子)、受精卵、線維芽細胞、上皮細胞、血管内皮細胞、神経細胞、肝細胞、ケラチン生成細胞、筋細胞、表皮細胞、内分泌細胞、組織幹細胞、iPS細胞、ES細胞、がん細胞等が挙げられる。また、鎌形赤血球症、ハンチントン舞踏病、デュシェンヌ型筋ジストロフィー等の各種遺伝性疾患を有する細胞等が挙げられる。
対象細胞は、初代培養細胞であっても、不死化処理が施された株化細胞であってもよい。株化細胞の例としては、ヒト由来のHela細胞、アフリカミドリザル由来のCOS7細胞、マウス由来の3T3細胞、ハムスター由来のCHO細胞、ラット由来のPC12細胞などが挙げられる。
【0122】
後述のゲノム編集パターンの解析方法では、本実施形態の細胞の上記特性を利用して、ゲノム編集パターンの解析を行う。
【0123】
[ゲノム編集パターンの解析方法]
1実施形態において、本発明は、(I)前記実施形態の細胞(AIMS細胞)に、前記切断部位(例えば、2Aペプチドコード配列)を標的とするガイドRNA若しくはその発現ベクター、及びCasタンパク質若しくはその発現ベクターを導入してゲノム編集を行う工程、(II)前記工程(I)の後、前記細胞の蛍光パターンを解析する工程、並びに(III)前記工程(II)で解析した蛍光パターンに基づいて、ゲノム編集パターンを判定する工程を含む、ゲノム編集パターンの解析方法を提供する。
【0124】
本実施形態のゲノム編集パターンの解析方法は、上記AIMS細胞を用いることを特徴とする。上記AIMS細胞を用いることにより、簡易な方法で、ゲノム編集パターンを解析することができる。
【0125】
<工程(I)>
工程(I)は、AIMS細胞に、切断部位(例えば、2Aペプチドコード配列)を標的とするガイドRNA若しくはその発現ベクター、及びCasタンパク質若しくはその発現ベクターを導入してゲノム編集を行う工程である。
【0126】
切断部位(例えば、2Aペプチドコード配列)を標的とするガイドRNAは、使用するAIMS細胞が有する切断部位(例えば、2Aペプチドコード配列)の塩基配列に応じて、適宜設計することができる。例えば、切断部位として用いる2AペプチドがP2Aペプチドである場合、標的配列としては、配列番号14に記載の配列が例示される。
ガイドRNA若しくはその発現ベクター、及びCasタンパク質若しくはその発現ベクター導入方法は、上記[片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法]<導入工程>の項で説明した方法と同様の方法が挙げられる。ガイドRNA及びCasタンパク質の発現ベクターを用いる場合、それらの発現ベクターは同一の発現ベクターであってもよい。
細胞への導入後は、適宜、培養を行ってもよい。ガイドRNA及びCasタンパク質の発現ベクターを細胞に導入し、当該発現ベクターが薬剤耐性マーカーを有する場合には、当該薬剤の存在下で細胞を培養することにより、発現ベクターが導入された細胞を選択してもよい。また、細胞培養液の希釈又はプレーティング等により、細胞のクローン化を行ってもよい。
【0127】
<工程(II)>
工程(II)は、前記工程(I)の後、AIMS細胞の蛍光パターンを解析する工程である。
【0128】
ゲノム編集後のAIMS細胞の蛍光パターンの解析は、公知の方法により行うことができる。蛍光パターンの解析方法としては、例えば、蛍光顕微鏡による観察、フローサイトメーターを用いる方法等が挙げられる。蛍光パターンを精度よく解析できる観点からは、例えば、蛍光顕微鏡による観察が好ましい。ただし、蛍光パターンを解析できれば、解析手法は特に限定されない。
本工程により検出され得る蛍光パターンを表1に示す。
【0129】
【0130】
<工程(III)>
工程(III)は、前記工程(II)で解析した蛍光パターンに基づいて、ゲノム編集パターンを判定する工程である。
【0131】
工程(II)で解析した蛍光パターンに基づいて、表2のようにゲノム編集パターンを判定することができる。
【0132】
【0133】
上記のように、蛍光パターン(2)及び(3)では、第2アレルのみがゲノム編集されていると判定される。蛍光パターン(4)及び(7)では、第1アレルのみがゲノム編集されていると判定される。蛍光(5)、(6)、(8)及び(9)では、第1アレル及び第2アレルの両方でゲノム編集されていると判定される。蛍光パターン(1)では、いずれのアレルもゲノム編集されていないと判定される。
【0134】
本実施形態の方法によれば、簡易な方法で、ゲノム編集パターンを解析することができる。さらに、個々の細胞で解析されたゲノム編集パターンを集計し、両側アレルでゲノム編集される割合、及び片側アレルのみでゲノム編集される割合をそれぞれ求めることができる。そのため、例えば、新規に設計したガイドRNAが、両側アレルでゲノム編集を誘導しやすいか、片側アレルのみでゲノム編集を誘導しやすいか、等を解析することができる。したがって、本実施形態の方法は、所望のゲノム編集パターンを誘導するための新規ガイドRNAの開発に有用である。
【0135】
[片側アレルのゲノム編集による遺伝性疾患の治療、緩和及び/又は予防]
1実施形態において、本発明は、上述した本発明の実施形態により達成される片側アレルのゲノム編集による遺伝性疾患の治療、緩和及び/又は予防を提供する。すなわち、遺伝性疾患の原因とされるホモ接合変異もしくはヘテロ接合変異(複合ヘテロ接合変異(compound heterozygous mutation)を含む)を、上記本発明の実施形態により達成される片側アレルのゲノム編集により修復することで、当該疾患を治療、緩和及び/又は予防しうる。対象が疾患遺伝子と正常遺伝子とをヘテロで有する場合、疾患遺伝子のみを上記本発明の実施形態にかかる片側アレルのみをゲノム編集方法によりゲノム編集することで、遺伝性疾患を治療、緩和及び/又は予防することができる。対象が疾患遺伝子をホモで有する場合、一方のアレルを本発明の実施形態にかかる片側アレルのみをゲノム編集方法によりゲノム編集することでホモ接合型の疾患遺伝子を疾患遺伝子と正常遺伝子とのヘテロ接合型にし、それによって修復アレルから正常タンパク質が発現されることで遺伝性疾患を治療、緩和及び/又は予防することができる。上記本発明の実施形態により達成される片側アレルのゲノム編集は、後述するように、オンターゲットのゲノム編集活性は維持しつつ、オフターゲット効果を抑制し得るため、治療安全性が高い。上記本発明の実施形態にかかる片側アレルのゲノム編集により治療、緩和及び/又は予防されうる遺伝性疾患は、遺伝子変異に起因して生じる疾患であれば特に限定されず、例えば、がん、鎌形赤血球症、ハンチントン舞踏病、デュシェンヌ型筋ジストロフィー、進行性骨化性線維異形成症(FOP)等が挙げられるが、これらに限定されない。上記実施形態の片側アレルのゲノム編集方法は、ゲノム編集に起因する細胞毒性が抑制されるため、遺伝性疾患の治療を好適に行うことができる。特に、後述の(a1)疾患遺伝子中の標的配列に対するスペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、又は前記ガイドRNAの発現ベクターを用いるゲノム編集では、ゲノム編集に起因する細胞毒性を抑制することができる。
【0136】
本発明は、例えば、
(A)(a1)疾患遺伝子中の標的配列に対するスペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、(a2)前記標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有するスペーサー配列を含むガイドRNA、及び(a3)前記(a1)若しくは前記(a2)のガイドRNAの発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種と、
(B)Casタンパク質及びその発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種と、
を対象に投与する工程を含む、遺伝性疾患の治療、緩和及び/又は予防方法を提供する。
【0137】
当該疾患は、ヘテロ接合変異(複合ヘテロ接合変異を含む)に起因する疾患であってもよく、ホモ接合変異に起因する疾患であってもよい。(A)及び(B)の投与方法は、片側アレルのゲノム編集が起こり得る方法であれば、特に限定されず、経口投与であってもよく、非経口投与であってもよい。非経口投与の形態として、例えば静脈内注射、点滴静注、皮下注射、皮内注射、又は腹腔内注射などが挙げられる。(A)及び(B)は同時に投与してもよく、別個に投与してもよい。(A)及び(B)の投与量は、疾患の程度、対象の年齢、性別、体重、感受性差、投与方法、投与時期、投与間隔、投与期間、製剤の性質、有効成分の種類等によって異なるが、当業者であれば適宜設定することができる。
【0138】
本発明は、例えば、
(A)(a1)疾患遺伝子中の標的配列に対するスペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、(a2)前記標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有するスペーサー配列を含むガイドRNA、及び(a3)前記(a1)若しくは前記(a2)のガイドRNAの発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種、
を含む、遺伝性疾患を治療、緩和及び/又は予防するための医薬組成物を提供する。
【0139】
当該医薬組成物は、さらに、
(B)Casタンパク質及びその発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種、
を含んでもよい。
あるいは、当該医薬組成物は、
(B)Casタンパク質及びその発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種、
を含む、別の医薬組成物と組み合わせて用いられてもよい。この場合、当該別の医薬組成物は、前記本発明の医薬組成物と同時に投与されてもよく、別個に投与されてもよい。
【0140】
本発明の医薬組成物は、薬学的に許容される担体などを配合して製剤化してもよい。薬学的に許容される担体としては、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤、安定化剤、乳化剤、吸収促進剤、界面活性剤、pH調整剤、防腐剤、および抗酸化剤などが挙げられる。
当該疾患は、ヘテロ接合変異(複合ヘテロ接合変異を含む)に起因する疾患であってもよく、ホモ接合変異に起因する疾患であってもよい。本発明の医薬組成物の投与形態は特に限定されず、経口又は非経口的に投与することができる。非経口投与の形態として、例えば静脈内注射、点滴静注、皮下注射、皮内注射、又は腹腔内注射などが挙げられる。本発明の医薬組成物の投与量は、疾患の程度、対象の年齢、性別、体重、感受性差、投与方法、投与時期、投与間隔、投与期間、製剤の性質、有効成分の種類等によって異なるが、当業者であれば適宜設定することができる。
【0141】
本発明は、例えば、
遺伝性疾患の治療、緩和及び/又は予防における使用のための
(A)(a1)疾患遺伝子中の標的配列に対するスペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、(a2)前記標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有するスペーサー配列を含むガイドRNA、及び(a3)前記(a1)若しくは前記(a2)のガイドRNAの発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種、及び
(B)Casタンパク質及びその発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種、
を提供する。
当該疾患は、ヘテロ接合変異(複合ヘテロ接合変異を含む)に起因する疾患であってもよく、ホモ接合変異に起因する疾患であってもよい。
【0142】
本発明は、例えば、
遺伝性疾患の治療薬、緩和薬及び/又は予防薬の製造における、
(A)(a1)疾患遺伝子中の標的配列に対するスペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、(a2)当該標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有するスペーサー配列を含むガイドRNA、及び(a3)前記(a1)若しくは前記(a2)のガイドRNAの発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種、及び
(B)Casタンパク質及びその発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種、
の使用を提供する。
当該疾患は、ヘテロ接合変異(複合ヘテロ接合変異を含む)に起因する疾患であってもよく、ホモ接合変異に起因する疾患であってもよい。
【0143】
上述した[片側アレルのゲノム編集による遺伝性疾患の治療、緩和及び/又は予防]において、(A)および(B)に代えて、(A)および(B)を導入することで疾患遺伝子が修復された対象由来の細胞を用いてもよい。すなわち、対象から取得した細胞に上記の(A)および(B)を導入することで、細胞中の遺伝性疾患の原因とされるホモ接合変異もしくはヘテロ接合変異(複合ヘテロ接合変異を含む)を、上記本発明の実施形態により達成される片側アレルのゲノム編集により修復する。この疾患遺伝子が修復された細胞(以下、「修復細胞」という)を対象内に戻すことで、修復細胞から正常タンパク質が発現されることで遺伝性疾患を治療、緩和及び/又は予防することができる。
【0144】
[遺伝性疾患モデル細胞]
1実施形態において、本発明は、上記本発明の実施形態により達成される片側アレルのゲノム編集により、遺伝性疾患モデル細胞を製造する方法、及び当該方法によって製造されるモデル細胞を提供する。すなわち、遺伝性疾患の原因遺伝子であることが既知である遺伝子又は遺伝性疾患の原因遺伝子である疑いのある遺伝子について、当該遺伝子の正常遺伝子を標的として、上記本発明の実施形態により達成される片側アレルのゲノム編集により、片側アレルにindel又は所望の変異を導入することで、遺伝性疾患モデル細胞を製造することができる。ゲノム編集の対象とする細胞は、正常遺伝子をホモ接合型で有するものであってもよく、正常遺伝子と疾患遺伝子とをヘテロ接合型で有するものであってもよい。本実施形態の遺伝性疾患モデル細胞が有する遺伝性疾患は、遺伝子変異に起因して生じる疾患であれば特に限定されず、例えば、がん、鎌形赤血球症、ハンチントン舞踏病、デュシェンヌ型筋ジストロフィー、進行性骨化性線維異形成症(FOP)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0145】
本発明は、例えば、
(A)(a1)遺伝性疾患の原因遺伝子又はその疑いのある遺伝子の正常遺伝子中の標的配列に対するスペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、(a2)前記標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有するスペーサー配列を含むガイドRNA、及び(a3)前記(a1)若しくは前記(a2)のガイドRNAの発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種と、
(B)Casタンパク質及びその発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種と、
をインビトロで細胞に投与(導入)する工程を含む、遺伝性疾患モデル細胞を製造する方法を提供する。
【0146】
当該疾患は、ヘテロ接合変異(複合ヘテロ接合変異を含む)に起因する疾患であってもよく、ホモ接合変異に起因する疾患であってもよい。
(A)及び(B)が投与される細胞は、初代培養細胞であっても、不死化処理が施された株化細胞であってもよい。株化細胞の例としては、ヒト由来のHela細胞、アフリカミドリザル由来のCOS7細胞、マウス由来の3T3細胞、ハムスター由来のCHO細胞、ラット由来のPC12細胞などが挙げられる。(A)及び(B)が投与される細胞は、多能性幹細胞、複能性幹細胞、単能性幹細胞、ES細胞、又はiPS細胞であってもよい。(A)及び(B)が投与される細胞は、例えば、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、イヌ、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、サル、又はニワトリの細胞である。(A)及び(B)は同時に投与してもよく、別個に投与してもよい。(A)及び(B)の細胞への投与方法(導入方法)は、特に限定されず、公知の方法を用いることができる。例えば、上記[片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法]<導入工程>の項で説明した方法と同様の方法が挙げられる。
【0147】
[遺伝性疾患の非ヒトモデル動物]
1実施形態において、本発明は、上記本発明の実施形態により達成される片側アレルのゲノム編集により、遺伝性疾患の非ヒトモデル動物を製造する方法、及び当該方法によって製造された非ヒトモデル動物を提供する。すなわち、遺伝性疾患の原因遺伝子であることが既知である遺伝子又は遺伝性疾患の原因遺伝子である疑いのある遺伝子について、当該遺伝子の正常遺伝子を標的として、上記本発明の実施形態により達成される片側アレルのゲノム編集により、片側アレルにindel又は所望の変異を導入することで、遺伝性疾患非ヒトモデル動物を製造することができる。ゲノム編集の対象とする動物は、正常遺伝子をホモ接合型で有するものであってもよく、正常遺伝子と疾患遺伝子とをヘテロ接合型で有するものであってもよい。本実施形態の遺伝性疾患モデル動物が有する遺伝性疾患は、遺伝子変異に起因して生じる疾患であれば特に限定されず、例えば、がん、鎌形赤血球症、ハンチントン舞踏病、デュシェンヌ型筋ジストロフィー、進行性骨化性線維異形成症(FOP)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0148】
本発明は、例えば、
(A)(a1)遺伝性疾患の原因遺伝子又はその疑いのある遺伝子の正常遺伝子中の標的配列に対するスペーサー配列の5’末端に1個以上のヌクレオチド残基が付加されたガイドRNA、(a2)前記標的配列に対して1塩基又は複数塩基のミスマッチを有するスペーサー配列を含むガイドRNA、及び(a3)前記(a1)若しくは前記(a2)のガイドRNAの発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種と、
(B)Casタンパク質及びその発現ベクターからなる群より選択される少なくとも1種と、
を非ヒト動物に投与する工程を含む、遺伝性疾患の非ヒトモデル動物を製造する方法を提供する。
【0149】
また、1実施形態において、本発明は、前記遺伝性疾患モデル細胞を非ヒト動物に投与する工程を含む、遺伝性疾患の非ヒトモデル動物を製造する方法であってもよい。また、1実施形態において、本発明は、前記(A)及び(B)、又は前記遺伝性疾患モデル細胞を、非ヒト動物の受精卵にインジェクションする工程を含む、遺伝性疾患の非ヒトモデル動物を製造する方法であってもよい。
【0150】
当該疾患は、ヘテロ接合変異(複合ヘテロ接合変異を含む)に起因する疾患であってもよく、ホモ接合変異に起因する疾患であってもよい。
(A)及び(B)が投与される非ヒト動物としては、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、イヌ、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、サル、ニワトリ等の、当該技術分野において入手可能な任意の実験動物を用いることができる。(A)及び(B)の投与方法は、片側アレルのゲノム編集が起こり得る方法であれば、特に限定されず、経口投与であっても非経口投与であってもよい。非経口投与の形態として、例えば静脈内注射、点滴静注、皮下注射、皮内注射、又は腹腔内注射などが挙げられる。(A)及び(B)は同時に投与してもよく、別個に投与してもよい。(A)及び(B)の投与量は、投与される非ヒト動物の種類、週齢/月齢、性別、体重、感受性差、投与方法、投与時期、投与間隔、投与期間等によって異なるが、当業者であれば適宜設定することができる。
【実施例】
【0151】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0152】
下記の実施例において用いられる主な略語等の意味を以下に示す。
P2A-tdTomatoアレル:P2A-tdTomatoキメラ遺伝子がノックインされたアレル
P2A-Venusアレル:P2A-Venusキメラ遺伝子がノックインされたアレル
P2A-Neoアレル:P2A-Neoキメラ遺伝子がノックインされたアレル
オールインワンCRISPRプラスミド:Cas9、sgRNA、及び選択マーカーを発現するプラスミド
p:RCP:選択マーカーとしてピューロマイシン耐性遺伝子(Puro)を有するオールインワンCRISPRプラスミド
PX459:pSpCas9(BB)-2A-Puro(PX459)V2.0 plasmid(Addgene,plasmid #62988)
P2A_PX459:P2Aペプチドコード配列を標的とするスペーサー配列が、BpiIサイトに挿入されたPX459
aP2A_PX459:aP2A配列を標的とするスペーサー配列が、BpiIサイトに挿入されたPX459
PX459(del_Cas9-T2A-Puro):PX459からCas9-T2A-Puroキメラ遺伝子が除去されたプラスミド
Cdh1-P2A-tdTomato KIベクター:Cdh1遺伝子下流にP2A-tdTomatoキメラ遺伝子をノックインするためのノックインベクター
Cdh1-P2A-Venus KIベクター:Cdh1遺伝子下流にP2A-Venusキメラ遺伝子をノックインするためのノックインベクター
Tbx3-P2A-tdTomato KIベクター:Tbx3遺伝子下流にP2A-tdTomatoキメラ遺伝子をノックインするためのノックインベクター
Tbx3-P2A-Venus KIベクター:Tbx3遺伝子下流にP2A-Venusキメラ遺伝子をノックインするための鋳型プラスミド
Cdh1-aP2A-tdTomato KIベクター:Cdh1遺伝子下流にaP2A-tdTomatoキメラ遺伝子をノックインするためのノックインベクター
Cdh1-aP2A-Venus KIベクター:Cdh1遺伝子下流にaP2A-Venusキメラ遺伝子をノックインするためのノックインベクター
Tbx3-P2A-Neo KIベクター:Tbx3遺伝子下流にP2A-Neoキメラ遺伝子をノックインするためのノックインベクター
Cdh1-P2A-AIMS:両アレルのCdh1遺伝子座に、それぞれCdh1-P2A-tdTomatoキメラ遺伝子及びCdh1-P2A-Venusキメラ遺伝子を有するAIMS細胞
Tbx3-P2A-AIMS:両アレルのTbx3遺伝子座に、それぞれTbx3-P2A-tdTomatoキメラ遺伝子及びTbx3-P2A-Venusキメラ遺伝子を有するAIMS細胞
Cdh1-aP2A-AIMS:両アレルのCdh1遺伝子座に、それぞれCdh1-aP2A-tdTomatoキメラ遺伝子及びCdh1-aP2A-Venusキメラ遺伝子を有するAIMS細胞
P2A(ミスマッチ):P2Aペプチドコード配列内の標的配列に対して1塩基ミスマッチを有するスペーサー配列
aP2A(ミスマッチ):aP2A配列内の標的配列に対して1塩基ミスマッチを有するスペーサー配列
P2A(nX):5’末端にn個のヌクレオチド残基Xが付加された、P2Aペプチドコード配列を標的とするスペーサー配列
aP2A(nX):5’末端にn個のヌクレオチド残基Xが付加された、aP2A配列を標的とするスペーサー配列
P2A(5’付加):5’末端に任意数のヌクレオチド残基が付加された、P2Aペプチドコード配列を標的とするスペーサー配列
aP2A(5’付加):5’末端に任意数のヌクレオチド残基が付加された、aP2A配列を標的とするスペーサー配列
P2A(ミスマッチ_nX):P2Aペプチドコード配列内の標的配列に対して1塩基ミスマッチを有し、且つ5’末端にn個のヌクレオチド残基Xが付加されたスペーサー配列。
【0153】
下記の実施例で用いたプラスミド、リンカー及びプライマー等を表3~5に示す。
【表3】
【0154】
【0155】
【0156】
[実施例1]マウスES細胞の培養
マウスES細胞を、DMEM(ダルベッコ改変イーグル培地;Nacalai Tesque)で培養した。培養に用いたDMEMは、2mMのGlutamax(Nacalai Tesque)、1×非必須アミノ酸(NEAA)(Nacalai Tesque)、1mMのピルビン酸ナトリウム、100U/mLのペニシリン、100μg/mLのストレプトマイシン(P/S)(Nacalai Tesque)、0.1mMの2-メルカプトエタノール(Sigma)、及び15%のウシ胎仔血清(FBS)(GIBCO)を含み、さらに、1μMもしくは0.2μMのPD0325901(Sigma)、3μMのCHIR99021(Cayman)及び1,000U/mLの組換えマウスLIF(Millipore)を添加したものである。細胞は、フィーダーフリー条件下、37℃、5%CO2で維持した。細胞を継代した際に、Y-27632(10μM、Sigma)を添加した。
【0157】
[実施例2]AIMSの構築
(AIMSの概要)
図1は、本実施例で構築したAIMSの概要を説明する図である。
図1Aは、本実施例で作製したAIMS細胞が有する遺伝子構成を説明する図であり、
図1BはAIMSによるindelの評価方法を説明する図である。
【0158】
本実施例のAIMS細胞では、局在化タンパク質コード配列としてCdh1(E-カドヘリン遺伝子)又はTbx3(TBX3タンパク質遺伝子)を用いている。切断部位コード配列として、P2Aペプチドコード配列を用いている。第1の蛍光タンパク質コード配列としてtdTomato遺伝子を用いており、第2の蛍光タンパク質コード配列としてVenus遺伝子を用いている。したがって、第1アレルにおける第1のキメラ遺伝子は、Cdh1-P2A-tdTomato又はTbx3-P2A-tdTomatoの構造を有しており、第2アレルにおける第2のキメラ遺伝子は、Cdh1-P2A-Venus又はTbx3-P2A-Venusの構造を有している(
図1A)。
【0159】
図1Aの遺伝子構成を有するAIMS細胞において、各キメラ遺伝子から発現されたキメラタンパク質は、P2Aペプチド配列で切断されて、局在化タンパク質と、蛍光タンパク質とに分離される。そのため、蛍光タンパク質は局在化することなく、細胞全体に分布する(
図2B「wt」)。したがって、野生株(wt)のAIMS細胞を蛍光顕微鏡等で観察すると、細胞全体に蛍光が観察される。
【0160】
一方、P2Aコード配列を標的とするsgRNAを用いて、CRISPR/Casシステムによるゲノム編集を行うと、当該ゲノム編集によりP2Aペプチドコード配列に導入されたindelの種類により蛍光タンパク質の発現及び局在が変化する。すなわち、P2Aコード配列にフレームシフトindelが導入された場合、当該フレームシフトにより蛍光タンパク質は発現しなくなる(
図1B frame-shift)。
【0161】
また、P2Aペプチドコード配列にインフレームindelが導入された場合、P2Aペプチドで切断されなくなる。そのため、第1又は第2のキメラ遺伝子から発現されたキメラタンパク質は、P2Aペプチド配列で切断されることなく、局在化タンパク質の種類に応じて、細胞内で局在化する。局在化タンパク質がTbx3である場合、AIMSタンパク質は核に局在化する(
図1B in―frame,Tbx3-AIMS)。局在化タンパク質がCdh1である場合、AIMSタンパク質は細胞膜に局在化する(
図1B in―frame,Cdh1-AIMS)。
【0162】
したがって、tdTomato及びVenusの両方の蛍光が、消失又は局在化した場合には、第1アレル(P2A-tdTomatoアレル)及び第2アレル(P2A-Venusアレル)の両方でindelが生じたと判定できる。tdTomato及びVenusのいずれか一方の蛍光のみが、消失又は局在化した場合には、P2A-tdTomatoアレル及びP2A-Venusアレルのいずれか一方のみでindelが生じたと判定できる。tdTomato及びVenusの両方の蛍光が、消失も局在化もしなかった場合には、P2A-tdTomatoアレル及びP2A-Venusアレルのいずれでもindelが生じなかったと判定できる。
以上のように、AIMS細胞を用いることにより、両側アレルindel導入率、及び片側アレルindel導入率をそれぞれ評価することができる。
【0163】
図1Cは、本実施例でAIMS細胞の作製に使用したP2Aコード配列を示す。図中「target」として囲んだ領域はsgRNAの標的配列である。図中、aP2Aとして示す配列は、P2Aコード配列にサイレント突然変異を導入した配列である。後述のAIMS細胞の作製では、P2Aコード配列及びaP2Aコード配列のいずれかを使用した。
【0164】
(AIMS細胞作製用ノックインプラスミドの構築)
P2A-Venusキメラ遺伝子を含むプラスミド、又はP2A-tdTomatoキメラ遺伝子を含むプラスミドに、Cdh1の5’アーム及び3’アームをライゲーションし、Cdh1-P2A-tdTomato KIベクター及びCdh1-P2A-tdTomato KIベクターを作製した。E-カドヘリン(Cdh1)及び蛍光タンパク質(tdTomato又はVenus)をそれぞれ独立に産生するように、Cdh1コード配列末端がインフレームでP2Aコード配列に連結するように、Cdh1の5’アームを設計した。
Cdh1の5’アーム及び3’アームに代えて、Tbx3の5’アーム及び3’アームを用いたこと以外は、上記と同様の方法で、Tbx3-P2A-tdTomato KIベクター及びTbx3-P2A-tdTomato KIベクターを作製した。
P2A配列に代えて、aP2A配列を用いたことを以外は、上記と同様の方法で、Cdh1-aP2A-tdTomato KIベクター及びCdh1-aP2A-tdTomato KIベクターを作製した。
【0165】
(オールインワンCRISPRプラスミドの構築)
PX459のBpiIサイトに、Tbx中の標的配列(3’-CCAGTTTGGTCAAATCTGCCAGT-5’(配列番号94))を標的とするスペーサー配列のコード配列を含むsgRNA用アダプターリンカー(配列番号63,64)をライゲーションし、AIMS細胞作製用のオールインワンCRISPRプラスミドを作製した。同様に、PX459のBpiIサイトに、をCdh中の配列を標的とするスペーサー配列のコード配列を含むsgRNA用アダプターリンカー(配列番号65,66)をライゲーションし、AIMS細胞作製用のオールインワンCRISPRプラスミドを作製した。ストップコドンの下流を標的とするsgRNAは、CRISPR DESIGN(crispr.mit.edu/)を用いて設計した。
【0166】
(AIMS細胞の作製)
Lipofectamine(登録商標) 3000(ThermoFisher SCIENTIFIC)を用いて、上記で作製したオールインワンCRISPRプラスミド、Cdh1-P2A-tdTomato KIベクター及びCdh1-P2A-Venus KIベクターを、マウスES細胞に同時導入した。ゼラチンコートした24ウェルプレートに分注した500μLの2iL+Y培地に、トリプシン(Nacalai Tesque)で分離したES細胞を播種した。Lipofectamine 3000の標準プロトコールに従い、核酸-リポフェクタミン3000複合体を調製した。1μLのLipofectamine 3000を25μLのOpti-MEM培地(ThermoFisher SCIENTIFIC)に添加した。また、250ngの前記3種のプラスミド及び1μLのP3000試薬を別の25μLのOpti-MEM培地に添加して混合した。これらの混合液を一緒にして混合し、室温で5分間インキュベートした。その後、ES細胞を播種した24ウェルプレートに添加した。細胞が自然にプレートの底に沈降した後、プレートを600g、37℃で1時間遠心分離し、次いで、一晩、インキュベートした。1~2日間のトランスフェクションの後、細胞をピューロマイシン(12μg/mL)で24~48時間処理した。ピューロマイシン処理で選択されたピューロマイシン耐性細胞を、ピューロマイシン非存在下で数日間培養し、二色陽性(dual color-positive)のコロニーを採取した。採取したコロニーの遺伝子型をPCRで確認した。両アレルにおいて、それぞれ、Cdh1-P2A-tdTomatキメラ遺伝子及びCdh1-P2A-Venusキメラ遺伝子の導入が確認された細胞を、Cdh1-P2A-AIMSとして用いた。
【0167】
Cdh1-P2A-Venus KIベクター及びCdh1-P2A-tdTomato KIベクターに代えて、Tbx3-P2A-Venus KIベクター及びTbx3-P2A-tdTomato KIベクターを用いたこと以外は、上記と同様の方法で、Tbx3-P2A-AIMSを作製した。
【0168】
Cdh1-P2A-Venus KIベクター及びCdh1-P2A-tdTomato KIベクターに代えて、Cdh1-aP2A-Venus KIベクター及びCdh1-aP2A-tdTomato KIベクターを用いたこと以外は、上記と同様の方法で、Cdh1-aP2A-AIMSを作製した。
【0169】
(AIMS細胞を用いたindelパターン解析)
AIMS細胞を用いたindelパターンの解析は、以下のように行った。
P2Aペプチドコード配列内又はaP2A配列内に標的配列を設定し、sgRNAを設計した。当該sgRNAのスペーサー配列のコード配列を、PX459のBpiIサイトにライゲーションし、p:RCPを作製した。実施例で用いたp:RCPの構造を
図2Aに示す。
【0170】
Lipofectamine(登録商標) 3000(ThermoFisher SCIENTIFIC)を用いて、p:RCPを、AIMS細胞(Cdh1-P2A-AIMS、Tbx3-P2A-AIMS、又はCdh1-aP2A-AIMS)にトランスフェクションした。細胞としてAIMS細胞を用い、プラスミドとしてp:RCPを用いたこと以外は、上記の「(AIMS細胞の作製)」で記載した方法と同様にトランスフェクション及びピューロマイシン処理を行った。ピューロマイシン処理により選択されたピューロマイシン耐性細胞を、ピューロマイシン非存在下で数日間培養した後、継代してクローン化した。クローン化した細胞について、蛍光顕微鏡(倒立型リサーチ顕微鏡 IX73、オリンパス)を用いて、tdTomato及びVenusの蛍光を観察し、両アレルにおけるindelの評価を行った。
図2Bに、トランスフェクションから蛍光解析までのタイムラインを示す。
1回のトランスフェクションで、30~170個のクローンのindelパターン解析を行った。1種類のsgRNAについて、トランスフェクション及びその後のindelパターン解析を最低3回行った。
【0171】
[実施例3]ミスマッチ法の評価
sgRNAのスペーサー配列に、標的配列に対する1塩基ミスマッチを導入することにより、両側アレルindel及び片側アレルindelの導入率が変化するかを調べた。
P2Aの標的配列(TAACTTCAGCCTGCTGAAGC:配列番号95)のいずれか1個の塩基を、異なる塩基に置換した1塩基ミスマッチスペーサー配列をそれぞれ設計した(
図3A参照)。PAMに隣接する塩基(1位)に1塩基ミスマッチを有するスペーサー配列のコード配列に、PX459のBpiIサイトにライゲーションするためのアダプター配列を付加して、1塩基ミスマッチsgRNA用アダプターリンカーを作製した(配列番号69,70)。同様のアダプター配列を付加して、ミスマッチ塩基の位置が2~20位(PAMに隣接する塩基を1位とし、3’→5’に向かって2位→20位とする)である1塩基ミスマッチsgRNA用アダプターリンカーをそれぞれ作製した。
P2A標的配列にミスマッチを有さないsgRNA用アダプターリンカーの配列を配列番号67,68に示す。
同様に、aP2Aの標的配列(TAGTCTACTAAAACAAGCCG:配列番号96)のいずれか1個を、異なる塩基に置換した1塩基ミスマッチスペーサー配列をそれぞれ設計し、当該スペーサー配列のコード配列にアダプター配列を付加して、1塩基ミスマッチsgRNA用アダプターリンカーをそれぞれ作製した。aP2Aの標的配列に対して、PAMに隣接する塩基(1位)に1塩基ミスマッチを有する、1塩基ミスマッチsgRNA用アダプターリンカーの配列を配列番号73,74に示す。他の1塩基ミスマッチsgRNA用アダプターリンカーも、ミスマッチの位置が異なる以外は同様である。aP2A標的配列にミスマッチを有さないsgRNA用アダプターリンカーの配列を配列番号71,72に示す。
これらの1塩基ミスマッチsgRNA用アダプターリンカーを、PX459プラスミドのBpiIサイトにそれぞれ挿入し、各P2A(ミスマッチ)_PX459を作製した。
これらの各P2A(ミスマッチ)_PX459を、AIMS細胞にそれぞれ導入して、indelの評価を行った。
【0172】
結果を
図3に示す。
図3Bは、AIMS細胞としてTbx3-P2A-AIMSを用いてindelパターン解析を行った結果である。
図3Bのグラフの横軸はP2A標的配列を示し、その下にP2A(ミスマッチ)における置換後の塩基を示した。グラフの上部に、置換した塩基のPAMからの距離(PAMに隣接する塩基を1としたときの各塩基の位置)を示した。「P」は、P2A_PX459(ミスマッチなし)を用いた場合であり、「N」はPX459(スペーサー配列なし)を用いた場合である。
図3Bに示すように、P2A_PX459を用いた場合には、ほぼ100%両側アレルindelが導入された。一方、P2A(ミスマッチ)_PX459を用いた場合には、片側アレルindelの導入率が高くなった。また、ミスマッチを導入する位置により、indelの導入傾向に差が見られた。
【0173】
図3Cは、AIMS細胞としてTbx3-P2A-AIMSを用いてindelパターン解析を行った結果である。
図3Cのグラフの上部に、標的配列のPAMからの位置を示し、グラフの横軸には、当該位置に対応するスペーサー配列における塩基を示した。下線で示す塩基は、標的配列に一致する塩基である。
図3Cに示すように、ミスマッチを導入する位置及びミスマッチ塩基の種類により、indel導入率、両側アレルindel導入率、及び片側アレルindel導入率に差が見られた。
【0174】
図3Dは、AIMS細胞としてCdh1-aP2A-AIMSを用いてindelパターン解析を行った結果である。
図3Dのグラフの表記は、
図3Bと同様である。
図3Dに示すように、完全一致sgRNAを用いた場合には、ほぼ100%両側アレルindelが導入された。一方、aP2A(ミスマッチ)_PX459を用いた場合には、片側アレルindelの導入率が高くなった。また、ミスマッチを導入する位置により、indelの導入傾向に差が見られた。
図3Bとは、indelの導入傾向に差が見られた。
【0175】
以上の結果より、1塩基ミスマッチを導入する位置及びミスマッチ塩基の種類を選択することにより、片側アレルindelの割合を調節できることが確認された。
【0176】
[実施例4]5’ヌクレオチド付加法の評価
(P2A(5’付加)_PX459によるindel導入)
sgRNAのスペーサー配列の5’末端に、ヌクレオチド残基を付加することにより、両側アレルindel及び片側アレルindelの導入率が変化するかを調べた。
P2A標的配列の5’側に、0~40個のシトシンを付加したスペーサー配列をそれぞれ設計した(
図4A参照)。これらのスペーサー配列のコード配列に、PX459のBpiIサイトにライゲーションするためのアダプター配列を付加して、5’C付加sgRNA用アダプターリンカーをそれぞれ作製した。
同様に、P2Aの標的配列の5’側に、15個のグアニン、アデニン、又はウラシルを付加したスペーサー配列をそれぞれ設計し、当該スペーサー配列のコード配列にアダプター配列を付加して、P2A(15G)、P2A(15A)、P2A(15U)sgRNA用アダプターリンカーをそれぞれ作製した。これらのsgRNA用アダプターリンカーを、PX459プラスミドのBpiIサイトにそれぞれ挿入し、P2A(5’付加)_PX459をそれぞれ作製した。
上記プラスミドの作製に用いたsgRNA用アダプターリンカーの一例として、スペーサー配列の5’末端に15Gを付加するsgRNA用アダプターリンカーの配列を配列番号75,76に示す。他のsgRNA用アダプターリンカーも、スペーサー配列の5’末端に付加されるヌクレオチド残基の数及び種類が異なる以外は、全て同様の配列を有する。なお、aP2Aを標的とするスペーサー配列の5’末端に5Cを付加するsRNA用アダプターリンカーの配列を配列番号81,82に示す。
上記で作製したP2A(5’付加)_PX459を、AIMS細胞にそれぞれ導入し、indelの評価を行った。
【0177】
結果を
図4B及び
図4Cに示す。
図4Bは、AIMS細胞としてCdh1-P2A-AIMSを用いてindelパターン解析を行った結果である。
図4Bのグラフの横軸には、標的配列の5’末端に付加したヌクレオチド残基を示した。
図4Bに示すように、P2A_PX459(0C)を用いた場合には、ほぼ100%両側アレルindelが導入された。一方、付加したシトシンの個数が多くなるに従い、indel導入率は減少した。また、付加したシトシンの個数が多くなるに従い、片側アレルindelの導入率が高くなった。ただし、シトシン付加数が25個以上では、indel導入傾向に差が見られなくなった。
【0178】
図4Cは、AIMS細胞としてCdh1-P2A-AIMSを用いてindelパターン解析を行った結果である。
図4Cのグラフの表記は、
図4Bと同様である。
図4Cに示すように、付加するヌクレオチドの種類により、indel導入率及び片側アレルindelの導入率に差が見られた。アデノシン(A)を付加した場合には、indel導入率はほとんど低下せず、片側アレルindelの導入率も低かった。グアノシン(G)、シトシン(C)の順に、indel導入率が低下し、片側アレルindelの導入率が高くなった。ウリジン(U)を付加した場合には、indel導入率が著しく低下し、両側アレルindelの導入はほとんど認められなかった。
【0179】
さらに、sgRNAのスペーサー配列の3’末端に、ヌクレオチド残基を付加することにより、indelの導入率が変化するかについても確認した。スペーサー配列の3’末端に5C又は10Cを付加するsgRNA用アダプターリンカーの配列(配列番号77~80)を用いたこと以外は、上記と同様の方法で、P2A(3’付加)_PX459を作製し、AIMS細胞に導入して、indel導入率の評価を行った。その結果、5C及び10Cのいずれを3’末端に付加した場合においても、indel導入率はほぼ0%であった。これは、スペーサー配列の3’末端に配列を付加した場合、スペーサー配列とPAM配列との間に余計な配列が介在することになるためと考えられる。
【0180】
(indel導入率に及ぼすsgRNA発現プラスミド使用量の影響)
標的配列の5’側にヌクレオチド残基を付加することによりindel導入率が低下するのは、付加ヌクレオチド残基によりsgRNAの転写が抑制されることに起因する可能性がある。そこで、トランスフェクションに用いるsgRNA発現プラスミドの使用量が、indel導入率に及ぼす影響を評価した。
【0181】
〔トランスフェクション時のp:RCP使用量の影響〕
AIMS用マウスES細胞としてTbx3-P2A-AIMSを用い、P2A_PX459をトランスフェクションした。トランスフェクションに用いたP2A_PX459の使用量は、2.5ng、25ng、250ng、又は2500ngとした。
【0182】
結果を
図4Dに示す。
図4D中、左図はindel解析の結果を示し、右図はP2A_PX459のトランスフェクション後に得られたコロニー数を示す。
図4D右図に示されるように、P2A_PX459の使用量を減らすと、コロニー数は減少した。これは、トランスフェクション時のp:RCPの使用量の減少に伴い、AIMS細胞へのP2A_PX459の導入率が低下し、ピューロマイシン耐性となる細胞数が減少するためと考えられた。一方、ピューロマイシン耐性となった細胞では、ほぼ100%両側アレルindelが導入されていた。
【0183】
〔トランスフェクション時のsgRNA発現プラスミド使用量の影響〕
上記の試験では、sgRNA、Cas9、及びピューロマイシン耐性遺伝子の全てを発現するp:RCPを用いたため、トランスフェクション後に得られたピューロマイシン耐性細胞では、ほぼ100%両側アレルindelが導入されていた可能性がある。そこで、PX459をKpnI及びNotIで切断した後、切断末端をT4ポリメラーゼで平滑化し、ライゲーションすることにより、PX459(del_Cas9-T2A-Puro)を作製した。PX459(del_Cas9-T2A-Puro)のBpiIサイトに、aP2Aを標的とするスペーサー配列のコード配列を挿入し、aP2A_PX459(del_Cas9-T2A-Puro)を作製した。aP2A_PX459(del_Cas9-T2A-Puro)の量(0~250ng)を変化させて、一定量(250ng)のPX459(スペーサー配列なし)とともに、AIMS細胞にコトランスフェクションした。AIMS細胞にはCdh1-aP2A-AIMSを用いた。
【0184】
結果を
図4Eに示す。aP2A_PX459(del_Cas9-T2A-Puro)の使用量の減少に伴い、indel導入率は低下したが、片側アレルindelの導入率は、ほとんど増えなかった。
【0185】
これらの結果から、トランスフェクション時に、sgRNA発現プラスミドの使用量を減らしても、片側アレルindelの導入率は増えないことが確認された。
【0186】
(Rosa26及びアルブミン遺伝子に対するゲノム編集)
PX459のBpiIサイトに、下記のアダプターリンカー配列をそれぞれ挿入し、10C(8A)リンカーPX459及び25C(23A)リンカーPX459をそれぞれ作製した。これらのプラスミドのBPiIサイトに、所望のスペーサー配列のコード配列を挿入することにより、5’側に10C及び23Cが付加されたsgRNAをそれぞれ発現させることができる。ただし、これらのプラスミドでは、BPiIサイトへのライゲーション用のオーバーハング配列CACCを導入するために、10Cの8番目及び25Cの23番目のCがそれぞれAに置換されている。
10C(8A)アダプターリンカー:
(F)5’-CACCGCCCCCCCACCGGGTCTTCGAGAAGACCT-3’(配列番号59)
(R)5’-AAACAGGTCTTCTCGAAGACCCGGTGGGGGGGC-3’(配列番号60)
25C(23A)アダプターリンカー:
(F)5’-CACCGCCCCCCCCCCCCCCCCCCCCCCACCGGGTCTTCGAGAAGACCT-3’(配列番号61)
(R)5’-AAACAGGTCTTCTCGAAGACCCGGTGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGC-3’(配列番号62)
【0187】
前記10C(8A)リンカーPX459又は25C(23A)リンカーPX459のBPiIサイトに、Rosa26を標的とするスペーサー配列のコード配列又はアルブミン遺伝子(Alb)を標的とするスペーサー配列のコード配列を挿入し、Rosa26_PX459(10C(8A))、Rosa26_PX459(25C(23A))、Alb_PX459(10C(8A))、及びAlb_PX459(25C(23A))をそれぞれ作製した。Rosa26を標的とするsgRNA作製用リンカーの配列を配列番号87,88に示す。Albを標的とするsgRNA作製用リンカーの配列を配列番号89,90に示す。
【0188】
上記で作製したRosa26_PX459(10C(8A))、Rosa26_PX459(25C(23A))、Alb_PX459(10C(8A))、又はAlb_PX459(25C(23A))を、野生型ES細胞に導入した。上記の「(AIMS細胞の作製)」で記載した方法と同様にトランスフェクション及びピューロマイシン処理を行った。ピューロマイシン処理により選択されたピューロマイシン耐性細胞を、ピューロマイシン非存在下で数日間培養した後、継代してクローン化した。クローン化した細胞のコロニーからゲノムを回収し、PCR及びシークエンス解析により各アレルのindelの有無を判定した。
【0189】
結果を
図4Fに示す。Rosa26及びAlbのようなゲノム領域を標的とした場合においても、スペーサー配列の5’末端にシトシンを付加することにより、片側アレルindelの導入率が上昇することが確認された。
【0190】
トランスフェクション用細胞として野生型マウスES細胞を使用し、トランスフェクション用プラスミドとして上記で作製したプラスミドを使用したこと以外は、実施例2の「(AIMS細胞を用いたindelパターン解析)」で記載した方法と同様にトランスフェクション及びピューロマイシン処理を行い、ピューロマイシン耐性細胞を選択した。得られたピューロマイシン耐性細胞をピューロマイシン非存在下で数日間培養した後、継代してクローン化されたコロニーを得た。前記コロニーからゲノムDNAを抽出し、PCRにより、sgRNAの標的配列を含むDNA断片を増幅してシークエンス解析を行い、indelの有無を判定した。Rosa26を標的とした場合のindel解析用PCRプライマーの配列を配列番号55,56に示す。アルブミン遺伝子を標的とした場合のindel解析用PCRプライマーの配列を配列番号57,58に示す。
【0191】
結果を
図4Fに示す。
図4Fのグラフの横軸には、標的配列の5’末端に付加したヌクレオチド残基を示した。
図4Bにおける結果と同様に、ヌクレオチド付加を行わない場合(0C)には、ほぼ100%両側アレルindelが導入された。一方、Rosa26及びアルブミン遺伝子(Alb)のいずれにおいても、付加したシトシンの個数が多くなるに従い、indel導入率は減少した。また、シトシン付加により、片側アレルindelの導入率が高くなった。
これらの結果から、内在性遺伝子を標的とした場合も、標的配列の5’末端にヌクレオチド残基を付加することにより、片側アレルindelの導入率が上昇することが確認された。
【0192】
[実施例5]AIMS細胞を用いた相同組換え試験
(評価方法の概要)
次に、AIMS細胞を用いて、indelを含まない相同組換えの導入率を評価した。
図5Aは、本試験で用いた方法の概略を説明する図である。本試験では、P2Aコード配列内の配列を標的とするp:RCPと、Tbx3-P2A-Neo KIベクターとを、Tbx3-P2A-AIMSにコトランスフェクションする。両プラスミドが導入されたTbx3-P2A-AIMSでは、まず、オールインワンCRISPRプラスミドからP2Aを標的とするsgRNA及びCas9が発現し、これらによりP2Aコード配列が切断される。次いで、Tbx3-P2A-Neo KIベクターとの相同組換えにより、Tbx3遺伝子下流にP2A-Neoキメラ遺伝子がノックインされる(
図5A左図参照)。コトランスフェクション後、ピューロマイシン存在下で培養し、次いでジェネティシン存在下で培養することにより、ゲノム編集によりP2A-Neoキメラ遺伝子がノックインされた細胞を選択することができる。
【0193】
P2A-tdTomatアレルにP2A-Neoキメラ遺伝子がノックインされ、且つP2A-Venusアレルにindelを含まない細胞では、tdTomatoの蛍光が消失し、Venusの蛍光が細胞全体に検出される(
図5A右図(a))。P2A-VenusアレルにP2A-Neoキメラ遺伝子がノックインされ、且つP2A-tdTomatoアレルにindelを含まない細胞では、Venusの蛍光が消失し、tdTomatoの蛍光が細胞全体に検出される(
図5A右図(b))。P2A-Venusアレル又はP2A-tdTomatoアレルにP2A-Neoキメラ遺伝子がノックインされ、且つP2A-tdTomatoアレル又はP2A-Venusアレルにフレームシフトindelを含む細胞では、Venus及びtdTomatoの両方の蛍光が消失する(
図5A右図(c)左)。P2A-tdTomatoアレルにP2A-Neoキメラ遺伝子がノックインされ、且つP2A-Venusアレルにインフレームindelを含む細胞では、tdTomatoの蛍光が消失し、Venusの蛍光が核局在する(
図5A右図(c)中)。P2A-VenusアレルにP2A-Neoキメラ遺伝子がノックインされ、且つP2A-tdTomatoアレルにインフレームindelを含む細胞では、Venusの蛍光が消失し、tdTomatoの蛍光が核局在する(
図5A右図(c)右)。
このようにして、ノックインされていない方のアレルにindelを含むか否かを評価することができる。両アレルに同時にノックインされることは非常に稀であるため、tdTomatoおよびVenusの両方の蛍光が消失したものは全て、一方のアレルにP2A-Neoキメラ遺伝子がノックインされ、他方のアレルにフレームシフトindelが生じたものとみなした。
【0194】
(試験方法)
Rosa26 mT/mG plasmid (Addgene,plasmid#17787)をテンプレートとして、PCRにより、P2A-Neoキメラ遺伝子を増幅した。PCRに用いたプライマーの配列を配列番号30,32に示す。前記P2A-Neoキメラ遺伝子を、Tbx3-P2A-tdTomato KIベクターのP2A-tdTomatoキメラ遺伝子と置換して、Tbx3-P2A-Neo KIベクターを作製した。
試験対象のスペーサー配列のコード配列を含むp:RCPと、Tbx3-P2A-Neo KIベクターとを、Tbx3-P2A-AIMSに、コトランスフェクションし、ピューロマイシン処理を行った。コトランスフェクション及びピューロマイシン処理の条件は、実施例2の「(AIMS細胞を用いたindelパターン解析)」で記載した方法と同様である。
コトランスフェクションから3日後に、ピューロマイシンを除去し、ジェネティシン(400μg/mL,GIBCO)を含む培地を添加して、ジェネティシンン耐性細胞を選択した。得られたジェネティシン耐性細胞をクローン化し、9クローンのジェノタイピングを行った。その結果、9クローン全てにおいて、P2A-Neoキメラ遺伝子のノックインが確認された。この結果から、ジェネティシン耐性クローンの多くが、P2A-Neoキメラ遺伝子のノックインクローンであることが確認された。また、9クローン全てにおいてTomatoの蛍光が観察されたため、P2A-Venusアレルへの片側ノックインであると判定された。
【0195】
上記の方法でコトランスフェクションし、ピューロマイシン処理及びジェネティシン処理を行い、ジェネティシン耐性細胞を選択した。これらの細胞について、蛍光顕微鏡(倒立型リサーチ顕微鏡 IX73、オリンパス)を用いて、tdTomato及びVenusの蛍光を観察し、ノックインされていない方のアレルにindelを含むかを評価した。1回のコトランスフェクションで、40~230個のクローンの解析を行った。1種類のsgRNAについて、トランスフェクション及びその後のindel解析を最低3回行った。
【0196】
(ミスマッチ法の評価)
実施例3と同様に、P2Aの標的配列(配列番号95)のいずれか1個を、異なる塩基に置換した1塩基ミスマッチスペーサー配列をそれぞれ設計し、当該スペーサー配列のコード配列にアダプター配列を付加して1塩基ミスマッチsgRNA用アダプターリンカーを作製した。これらの1塩基ミスマッチsgRNA用アダプターリンカーを、PX459プラスミドのBpiIサイトにそれぞれ挿入し、各P2A(ミスマッチ)_PX459を作製した。これらの各P2A(ミスマッチ)_PX459を、コトランスフェクション用のp:RCPとして用いた。
【0197】
結果を
図5Bに示す。
図5Bのグラフの横軸は、P2Aの標的配列に対して置換した塩基の位置(PAMに隣接する塩基を1としたときの各塩基の位置)を示した。スペーサー配列では、標的配列のAをTに、TをAに、CをGに、GをCに置換した。「P」は、P2A_PX459(ミスマッチなし)を用いた場合である。図中、「HR+wt」は、一方のアレルに相同組換え(HR)を有し、且つ他方のアレルにindelを含まないものであり、「HR+indel」は、一方のアレルに相同組換え(HR)を有し、且つ他方のアレルにindel含むものである。「unknown」は、それら以外のものである。
図5Bに示すように、P2A_PX459を用いた場合には、ほぼ100%indelを伴う相同組換えであった。一方、P2A(ミスマッチ)_PX459を用いた場合には、indelを伴わない相同組換えの割合が増加した。また、ミスマッチの位置により、indelを伴わない相同組換えの割合に差が見られた。
以上の結果から、ミスマッチ法は、indelを伴わない相同組換えの誘導方法として有効であることが確認された。
【0198】
(5’ヌクレオチド付加法の評価)
P2A標的配列(配列番号95)の5’側に、10個又は20個のシトシンを付加したスペーサー配列をそれぞれ設計し、これらのスペーサー配列のコード配列にアダプター配列を付加して、5’C付加sgRNA用アダプターリンカーをそれぞれ作製した。これらのsgRNA用アダプターリンカーを、PX459プラスミドのBpiIサイトにそれぞれ挿入し、P2A(5’付加)_PX459をそれぞれ作製した。これらの各P2A(5’付加)_PX459を、コトランスフェクション用のp:RCPとして用いた。
【0199】
結果を
図5Cに示す。
図5Cのグラフの横軸は、標的配列の5’末端に付加したヌクレオチド残基を示した。「0C」は、P2A_PX459(5’付加なし)を用いた場合である。図中、「HR+wt」、「HR+indel」、及び「unknown」の意味は、
図5Bと同様である。
図5Cに示すように、P2A_PX459を用いた場合には、ほぼ100%indelを伴う相同組換えであった。一方、P2A(5’)_PX459を用いた場合には、indelを伴わない相同組換えの割合が増加した。また、付加したシトシンの個数の増加に伴い、indelを伴わない相同組換えの割合が増加した。
以上の結果から、5’ヌクレオチド付加法は、indelを伴わない相同組換えの誘導方法として有効であることが確認された。
【0200】
[実施例6]ミスマッチ法と5’ヌクレオチド付加法との組み合わせ
実施例3で評価したミスマッチ法と、実施例4で評価した5’ヌクレオチド付加法とを組み合わせることにより、片側アレルindelの導入率が増加するかを試験した。AIMS細胞として、Tbx3-P2A-AIMSを用いた。
【0201】
図6Aは、P2Aの標的配列(配列番号95)に対して1塩基ミスマッチを有するsgRNAを用いた結果を示す。P2A(ミスマッチ)_PX459をTbx3-P2A-AIMSに導入し、indelの評価を行った。グラフの上部に、置換した塩基のPAMからの距離(PAMに隣接する塩基を1としたときの各塩基の位置)を示した。「P」は、P2A_PX459(ミスマッチなし)を用いた場合である。スペーサー配列では、標的配列のAをTに、TをAに、CをGに、GをCに置換した。
実施例3の
図3Bと同様に、P2A_PX459を用いた場合には、ほぼ100%両側アレルindelが導入された。一方、P2A(ミスマッチ)_PX459を用いた場合には、片側アレルindelの導入率が高くなった。
【0202】
図6Bは、P2Aの標的配列(配列番号95)に対して1塩基ミスマッチを有し、且つ5’末端に10個のシトシンを付加したスペーサー配列を含むsgRNAを用いた結果を示す。P2A(ミスマッチ_10C)_PX459をTbx3-P2A-AIMSに導入し、indelの評価を行った。グラフの記載方法及び塩基の置換方法は、
図6Aの場合と同様である。「P」は、P2A(10C(8A))_PX459を用いた場合である。前記において、「P2A(10C(8A))」は、P2Aの標的配列の5’末端に付加した10個のシトシンのうち、8番目のシトシンがアデノシンに置換されていることを表す。
図6Bでは、
図6Aの結果と比較して、片側アレルindelの導入率が全体的に増加した。
【0203】
図6Cは、P2Aの標的配列(配列番号95)に対して1塩基ミスマッチを有し、且つ5’末端に25個のシトシンを付加したスペーサー配列を含むsgRNAを用いた結果を示す。P2A(ミスマッチ_25C)_PX459をTbx3-P2A-AIMSに導入し、indelの評価を行った。グラフの記載方法及び塩基の置換方法は、
図6Aの場合と同様である。「P」は、P2A(25C(23A))_PX459を用いた場合である。前記において、「P2A(25C(23A))」は、P2Aの標的配列の5’末端に付加した25個のシトシンのうち、23番目のシトシンがアデノシンに置換されていることを表す。
図6Cでは、
図6A及び
図6Bの結果と比較して、indel導入率が低下した。特に、両側アレルindelの導入率が大きく低下した。その結果、片側アレルindelのみが誘導されるミスマッチ位置が増加した。
【0204】
これらの結果より、ミスマッチ法及び5’ヌクレオチド付加法を組み合わせることにより、片側アレルindelの導入率を制御できることが示された。
【0205】
[実施例7]indel誘導率(Probability:P)の算出及び片側アレルindel頻度の予測
CRISPR-Cas9による標的領域へのindel誘導率をPとすると、片側アレルindelの頻度、両側アレルindelの頻度、及びindelなしの頻度は、それぞれ以下の式(m)、(b)、及び(n)で表すことができる。
片側アレルindelの頻度(mono)=2×P×(1-P) ・・・(m)
両側アレルindelの頻度(bi)=P2 ・・・(b)
indelなしの頻度(none)=(1-P)2 ・・・(n)
【0206】
ここで、mono+bi+none=1とすると、Pは、以下の式(1)により求めることができる。
P=(2×bi+mono)/2 ・・・(1)
【0207】
そこで、
図3B~3D、
図4B、及び
図6A~6Cの結果から、各sgRNAにおけるP値を前記式(1)により算出した。これらのP値を用いて、各sgRNAにおける片側アレルindelの頻度を、前記式(m)により算出した。
前記式(m)により算出された片側アレルindelの頻度と、
図3B~3D、
図4B、及び
図6A~6Cにおいて実際に検出された片側アレルindelの頻度との相関関係を
図7に示した。
【0208】
図7に示すように、式(m)により予測される片側アレルindelの頻度と、実際に検出された片側アレルindelの頻度とは、高い相関(R
2=0.8943)を示した。この結果から、片側アレルindelの頻度は、式(m)により予測可能であることが示された。
【0209】
[実施例8]indelパターンの予測
(Pre-Demo-Prediction)
Pre-Demo-Predictionは、前記式(1)によりP値を算出するための簡易な試験方法である。Pre-Demo-Predictionは、
図8Aに示すプロトコールに従って行った。
任意の標的配列に対するスペーサー配列のコード配列を、PX459のBpiIサイトにライゲーションし、p:RCPを作製した。前記p:RCPを、実施例2の「(AIMS細胞を用いたindelパターン解析)」で記載した方法と同様に細胞にトランスフェクションし、ピューロマイシン処理を行い、ピューロマイシン耐性細胞を選択した。
得られたピューロマイシン耐性細胞のDNAを抽出し、標的配列を含む領域をPCRにより増幅し、増幅断片をT-Easy Vector(pGEM-T Easy Vector System;Promega)に挿入してクローニングした。20~30個のクローンの配列解析を行い、indelが確認されたクローンの割合を算出した。この値をindel誘導率(P)とした。さらに、算出したP値を用いて、前記式(m)、(b)、及び(n)により、片側アレルindelの頻度、両側アレルindelの頻度、及びindelなしの頻度をそれぞれ予測した。
【0210】
(indelパターン予測の評価)
ゲノム編集の標的遺伝子として、アルブミン遺伝子(Alb)を選択し、Albを標的とするスペーサー配列のコード配列を含むsgRNA用リンカー(配列番号89,90)を用いて、p:RCPとしてAlb_PX459、Alb(10C(8A))_PX459及びAlb(25C(23A))_PX459を作製した。これらを野生型ES細胞にそれぞれ導入し、上記のようにPre-Demo-Predictionを行った。その予測結果を
図8Bの左図に示す。
【0211】
また、同様に、Alb_PX459のトランスフェクション及びピューロマイシン処理を行い、ピューロマイシン耐性細胞のコロニーを得た。個々のピューロマイシン耐性細胞コロニーから、それぞれDNAを抽出し、標的配列を含む領域の配列解析を行い、個々のクローンにおけるindelパターンを解析した。その結果から、片側アレルindelの頻度、両側アレルindelの頻度、及びindelなしの頻度をそれぞれ求めた。その結果を
図8B右図に示す。
【0212】
図8Bに示すように、Pre-Demo-Predictionによる予測値は、実際のindelパターンと類似していた。この結果から、Pre-Demo-Predictionにより、indelパターンを予測できることが示された。
【0213】
[実施例9]5’ヌクレオチド付加法によるオフターゲット効果の抑制(1塩基ミスマッチを有するsgRNAを用いた試験)
1塩基ミスマッチを有するsgRNAによる標的配列のゲノム編集は、標的配列とスペーサー配列とが一致していないため、オフターゲットのゲノム編集と考えることができる。そこで、5’ヌクレオチド付加法により、オフターゲット効果を抑制できるかを検討した。
図9Aは、
図6A~6Cのデータに基づき、前記式(1)によりindel誘導率(P)を算出した結果を示す。1~20の位置に1塩基ミスマッチを有するsgRNAによる標的配列のゲノム編集は、オフターゲットのゲノム編集とみなすことができる。
図9Aに示すように、5’末端にシトシンを付加することにより、オフターゲット作用を抑制することができた。例えば、1の位置にミスマッチを有するsgRNAを用いた場合、シトシンを付加していないと、indel誘導率(P)は、ほぼ1である。しかし、スペーサー配列の5’末端にシトシンを10個付加すると、indel誘導率(P)が有意に低下する。一方、ミスマッチを有さないsgRNAを用いた場合、10個のシトシンを付加しても、indel誘導率(P)はそれほど低下しない。この結果は、5’ヌクレオチド付加法により、オンターゲットのゲノム編集活性は維持しつつ、オフターゲット効果を抑制し得ることを示している。
【0214】
(ゲノム中のオフターゲット領域でのオフターゲット効果の検証)
EMX1遺伝子中の標的配列(GAGTCCGAGCAGAAGAAGAA:配列番号83(sgRNA作製用リンカー)の5~24番目)に対して、オフターゲット領域であるMFAP1遺伝子領域(GAGTCtaAGCAGAAGAAGAA:配列番号91;EMX1遺伝子中の標的配列とは異なる部分を小文字で示す)におけるindelをHEK293T細胞で検証した。
上記実施例4で作製した10C(8A)リンカーPX459又は25C(23A)リンカーPX459に、前記EMX1遺伝子を標的とするスペーサー配列のコード配列を挿入し、EMX1_PX459(10C(8A))、及びEMX1_PX459(25C(23A))をそれぞれ作製した。プラスミドの作製に使用したリンカーを配列番号83、84に示す。これらのプラスミドを、HEK293T細胞に導入した。上記の「(AIMS細胞の作製)」で記載した方法と同様にトランスフェクション及びピューロマイシン処理を行った。Indelの確認はT7E1アッセイとシークエンス解析により行った。
トランスフェクション及びピューロマイシン処理を行ったHEK293T細胞から抽出したDNAを、PCR(EMX1オンターゲット領域増幅用プライマー:配列番号85,86;MFARオフターゲット領域増幅用プライマー:配列番号92,93)で増幅し、0Cに関しては増幅断片をT-easy Vectorに挿入してクローニングした。次いで、T7E1酵素(NEB)でのアッセイ及びシークエンス解析によりindelの誘導率(P)を決定した。0C以外の(P)は増幅させたPCR産物を直接T7E1アッセイし、切断バンド量の比率から(P)値を算出し、
図9Bに示した。
スペーサー配列の5’末端にシトシンを付加することにより、オンターゲットであるEMX1遺伝子中の標的配列(オンターゲット領域)よりも、MFAP1遺伝子中のオフターゲット領域において、indel誘導率の顕著な低下が確認された。この結果から、5’末端にヌクレオチドを付加することにより、オフターゲット効果を低減できることが示された。
【0215】
上記で作製した10C(8A)リンカーPX459又は25C(23A)リンカーPX459に加え、5C(3A)リンカーPX459、15C(13A)リンカーPX459、20C(18A)リンカーPX459、及び30C(28A)リンカーPX459を作製し、前記EMX1遺伝子を標的とするスペーサー列のコード配列を挿入し、EMX1_PX459(5C(3A))、EMX1_PX459(10C(8A))、EMX1_PX459(15C(13A))、EMX1_PX459(20C(18A))、EMX1_PX459(25C(23A))、及びEMX1_PX459(30C(28A))、をそれぞれ作製した。プラスミドの作製に使用したリンカーを配列番号117~124に示す。これらのプラスミドを、HEK293T細胞に導入した。上記の「(AIMS細胞の作製)」で記載した方法と同様にトランスフェクション及びピューロマイシン処理を行った。Indelの確認はT7E1アッセイとシークエンス解析により行った。
トランスフェクション及びピューロマイシン処理を行ったHEK293T細胞から抽出したDNAを、PCR(EMX1オンターゲット領域増幅用プライマー:配列番号85,86;MFARオフターゲット領域増幅用プライマー:配列番号92,93)で増幅し、0Cに関しては増幅断片をT-easy Vectorに挿入してクローニングした。次いで、T7E1酵素(NEB)でのアッセイ及びシークエンス解析によりindelの誘導率(P)を決定した。0C以外の(P)は増幅させたPCR産物を直接T7E1アッセイし、切断バンド量の比率から(P)値を算出し、
図9Cに示した。
スペーサー配列の5’末端にシトシンを付加することにより、オンターゲットであるEMX1遺伝子中の標的配列(オンターゲット領域)よりも、MFAP1遺伝子中のオフターゲット領域において、indel誘導率の顕著な低下が確認された。この結果から、5’末端にヌクレオチドを付加することにより、オフターゲット効果を低減できることが示された。
【0216】
[実施例10]進行性骨化性線維異形成症(FOP)における遺伝性疾患変異の修復試験
(細胞株)
ACVR1遺伝子のアレルの一方に、FOP遺伝性疾患変異((206位のアルギニン(CGC)がヒスチジン(CAC)に変異:R206H))を有するヒトiPS細胞(wt/R206H)を用いた。
【0217】
(FOP遺伝性疾患変異修復方法)
FOP遺伝性疾患変異修復方法の概要を
図10Aに示した。
ACVR1遺伝子の変異アレル(R206H)に対する選択的標的配列として、(GGCTC[A]CCAGATTACACTGT:配列番号112;[]は変異塩基を示す。)を選択し、前記標的配列にアダプター配列を付加したDNA(配列番号100、101)を作製した。これをPX459、5C(3A)リンカーPX459、10C(8A)リンカーPX459、及び15C(13A)リンカーPX459のBPiIサイトに挿入し、ACVR1(R206H)_PX459、ACVR1(R206H)_PX459(5C(3A))、ACVR1(R206H)_PX459(10C(8A))、及びACVR1(R206H)_PX459(15C(13A))をそれぞれ作製した。その結果、スペーサー配列の5’末端に0個、5個(内1個がA)、10個(内1個がA)又は15個(内1個がA)のシトシンが付加された配列を含むsgRNAと、Cas9を発現する変異アレル(R206H)編集用プラスミドを得た。これらのプラスミドをヒトiPS細胞(wt/R206H)に導入すると、Cas9により変異アレル(R206H)が優先的に切断される(
図10Aドット矢印)。
【0218】
次に、前記変異アレルの修復用鋳型DNAとして、配列番号102に示す塩基配列を有する一本鎖オリゴドナーDNA(ssODN)を作製した。前記ssODNは、R206Hの変異を修復する[G]に加えて、前記[G]の2塩基5’上流にサイレント変異[G]を有する。前記サイレント変異[G]により、ゲノム修復後のさらなるindel導入が阻止される(
図10A黒矢印)。また、wtのアレルと修復されたアレル(correct)とを有するACVR1遺伝子(wt/correct)の存在を確認することができる。変異アレル(R206H)のゲノム編集を行うと、Cas9の作用により、変異アレル(R206H)の欠失やlong deletionがしばしば起こる(unknown indel)。この時、サイレント変異[G]が存在しない場合、wt/unknown indelを有するクローンを、wt/correctを有するクローンであると誤認する恐れがある。さらに、サイレント変異[G]により、制限酵素BstUIの切断サイトが導入されるため、修復クローンのgenotypingを簡易に行うことができる。
【0219】
前記各プラスミド及び前記ssODNをヒトiPS細胞(wt/R206H)に導入し、HDR(Homology Directed Repair)を誘導した。
【0220】
(genotype解析)
上記の方法によりHDRを誘導したiPS細胞クローンについて、genotype解析を行い、HDRの誘導効率を確認した。HDR誘導後のクローンについて、プライマーPr.KW1181(配列番号No.103)及びPr.KW1182(配列番号No.104)を用いて、前記標的部位のDNAをPCRで増幅した。増幅断片がBustUIで切断されたものに関して、Pr.KW1181を用いてシークエンス解析を行った。
【0221】
(結果)
結果を
図10Bに示す。
図10B中、「overall」は、HDRが誘導されたクローンのうち、wt/correct以外のgenotype(indel/correct、wt/correct+indel等)を含むクローンの割合である。
図10Bに示すように、5’末端にシトシンが付加されていないsgRNA(0C)では、正しく修復されたwt/correctのクローンは取得できなかった。一方、5個又は10個のシトシンを付加したsgRNA(5C、10C)では、wt/correctのクローンを取得することができた。
【0222】
(標的ゲノム切断効率の評価)
前記変異アレル(R206H)編集用の各プラスミドのいずれかを、ヒトiPS細胞(wt/R206H)に導入し、ACVR1遺伝子配列内の変異アレル(R206H)を標的としてゲノム編集を行った。次いで、細胞からゲノムを回収し、プライマーPr.KW1181及びPr.KW1182を用いて、DNAをPCR増幅した。次いで、増幅断片を用いて、T7 Endonuclease I(T7E1)(NEB社から購入)による切断アッセイを行い、indel誘導効率を測定した。
【0223】
その結果を
図10Cに示す。5’末端にシトシンが付加されていないsgRNA(0C)と比較して、シトシン付加したsgRNA(5C、10C、15C)ではindel誘導効率が著しく低下していることが確認された。このindel誘導効率の低下が、wt/correctクローンの取得(
図10B)に必要であることが示された。
【0224】
[実施例11]FOP遺伝性疾患モデルの作製試験
(細胞株)
Acvr1遺伝子の変異を有さないマウスES細胞(wt/wt)を用いた。
【0225】
(FOP遺伝性疾患変異の誘導方法)
FOP遺伝性疾患変異誘導方法の概要を
図11Aに示した。
Acvr1遺伝子(wt/wt)に対する標的配列として、(GGCTCGCCAGATAACCCTGT:配列番号115)を選択し、前記標的配列にアダプター配列を付加したDNA(配列番号105、106)を作製した。これをPX459、5C(3A)リンカーPX459、10C(8A)リンカーPX459、15C(13A)リンカーPX459、20C(18A)リンカーPX459、25C(23A)リンカーPX459、及び30C(28A)リンカーPX459のBPiIサイトに挿入し、ACVR1(R206H)_PX459、ACVR1(R206H)_PX459(5C(3A))、ACVR1(R206H)_PX459(10C(8A))、ACVR1(R206H)_PX459(15C(13A))、ACVR1(R206H)_PX459(20C(18A))、ACVR1(R206H)_PX459(25C(23A))、及びACVR1(R206H)_PX459(30C(28A))をそれぞれ作製した。その結果、スペーサー配列の5’末端に0個、5個(内1個がA)、10個(内1個がA)、15個(内1個がA)、20個(内1個がA)、25個(内1個がA)又は30個(内1個がA)のシトシンが付加された配列を含むsgRNAと、Cas9を発現するAcvr1遺伝子(wt/wt)編集用プラスミドを得た。これらのプラスミドをマウスES細胞に導入すると、Cas9によりAcvr1遺伝子のwtアレルが切断される(
図11Aドット矢印)。
【0226】
次に、変異誘導用鋳型DNAとして、配列番号107に示す塩基配列を有するssODNを作製した。前記ssODNは、R206Hの変異を誘導する[A]を有する。
【0227】
前記各プラスミド及び前記ssODNをマウスES細胞(wt/wt)に導入し、HDR(Homology Directed Repair)を誘導した。前記プラスミドは、ヘテロ型変異クローン(wt/R206H)の変異アレル(R206H)に対してもindelを誘導し得るが(
図11A白矢印)、5’ヌクレオチド付加sgRNAのオフターゲット抑制効果により、変異アレル(R206H)に対するindelの誘導は抑制される。そのため、効率的に、ヘテロ型変異クローン(wt/R206H)の取得が可能となると考えられた。
【0228】
(genotype解析)
上記の方法によりHDRを誘導したES細胞クローンについて、genotype解析を行い、HDRの誘導効率を確認した。HDR誘導後のクローンについて、プライマーPr.KW1201(配列番号No.108)及びPr.KW1202(配列番号No.109)を用いて、前記標的部位のDNAをPCRで増幅した。増幅断片について、Pr.KW1201を用いてシークエンス解析を行った。
【0229】
(結果)
結果を
図11Bに示す。
図11B中、「overall」は、HDRが誘導されたクローンのうち、wt/R206H以外のgenotype(indel/R206H、wt/R206H+indel等)を含むクローンの割合である。
図11Bに示すように、5’末端に5個のシトシンを付加したsgRNA(5C)において、HDR誘導効率が最も高かった。シトシン付加数の増加によるCas9の活性低下(
図11C)に伴い、HDR誘導効率も低くなった。一方、ヘテロ型変異クローン(wt/R206H)の取得率は、シトシン付加数の増加によるCas9活性の低下(
図11C)に伴い増加した。
【0230】
(標的ゲノム切断効率の評価)
前記wtアレル編集用の各プラスミドのいずれかを、マウスES細胞(wt/wt)に導入し、Acvr1遺伝子配列を標的としてゲノム編集を行った。次いで、細胞からゲノムを回収し、プライマーPr.KW1201及びPr.KW1202を用いて、DNAをPCR増幅した。次いで、増幅断片を用いて、T7 Endonuclease I(T7E1)(NEB社から購入)による切断アッセイを行い、indel誘導効率を測定した。
【0231】
その結果を
図11Cに示す。シトシン付加数の増加に伴い、indel誘導効率が低下することが確認された。
図11C中、pX459は、スペーサー配列を有さないsgRNAを用いたネガティブコントロールである。
【0232】
(FOP遺伝性疾患モデル動物の作製)
上記試験で取得したヘテロ型変異クローン(wt/R206H)を、マウスの受精卵にマイクロインジェクションし、キメラマウスを作製した。前記キメラマウスでは、ES細胞が寄与した部位で異常な骨の形成が観察された(
図11Dの矢印)。以上の結果より、FOP遺伝性疾患モデル動物を作製できることが実証された。
【0233】
[実施例12]細胞毒性評価試験
(AIMSを用いた細胞毒性評価試験)
実施例4と同様の方法で、P2Aの標的配列(TAACTTCAGCCTGCTGAAGC:配列番号95)を標的として、AIMS細胞のゲノム編集を行った。スペーサー配列として、前記P2A標的配列の5’末端に0~20個のシトシンを付加した配列を用いた。ゲノム編集後、細胞数をカウントした。
【0234】
その結果を
図12Aに示す。シトシンが付加されていないsgRNA(0C)では、シトシン5個を付加したsgRNA(5C)と比較して、細胞数が1/5に低下した。上記
図4Bに示すように、sgRNA(0C)及びsgRNA(5C)におけるindel誘導効率は、いずれもほぼ100%であった。そのため、シトシン付加により、ゲノム切断及びindel誘導効率に関与しない細胞毒性を、抑制できることが示唆された。
【0235】
(ACVR1を標的としたゲノム編集による細胞毒性評価試験)
ACVR1遺伝子に対する標的配列として、(GGCTCGCCAGATTACACTGT:配列番号113)を選択し、前記標的配列にアダプター配列を付加したDNA(配列番号110、111)を作製した。これをPX459、5C(3A)リンカーPX459、10C(8A)リンカーPX459、15C(13A)リンカーPX459、及び20C(18A)リンカーPX459のBpiIサイトに挿入し、ACVR1(R206H)_PX459、ACVR1(R206H)_PX459(5C(3A))、ACVR1(R206H)_PX459(10C(8A))、ACVR1(R206H)_PX459(15C(13A))、及びACVR1(R206H)_PX459(20C(18A))をそれぞれ作製した。その結果、スペーサー配列の5’末端に0個、5個(内1個がA)、10個(内1個がA)、15個(内1個がA)又は20個(内1個がA)のシトシンが付加された配列を含むsgRNAと、Cas9を発現するwt/wt編集用プラスミドを得た。これらのプラスミドをヒトiPS細胞(wt/wt)に導入し、ゲノム編集を行った。ゲノム編集後、細胞数をカウントした。
【0236】
その結果を
図12Bに示す。シトシンが付加されていないsgRNA(0C)では、シトシン5個を付加したsgRNA(5C)と比較して、細胞数が1/22に低下した。
【0237】
[実施例13]indel誘導率(Probability:P)の算出及びindel頻度の予測
AIMSから得られた253個のデータ(C付加gRNA、mismatch gRNA、C付加+mismatch gRNAの全てからなる)を取得し、これらのデータに基づいて、前記式(1)によりP値を算出した。この算出したP値を横軸とし、Bi,Meno,Noneそれぞれのindelデータ値Pを縦軸としてプロットした。このグラフから、二次関数の数式を得た(
図13A)。これらの得られた数式にP値を当てはめると、Bi, Mono, Noneのindel割合がそれぞれ予測できる。
【0238】
図13Bに、実際の実測値と上記式による予測値との関係を示した。実際の実測値Bi indel(P)、Mono indel(P)、None (P)を横軸とし、予測値(Prediction)を縦軸としてプロットした。実測値と予測値は、高い相関を示した。
図13Bの下図は、Bi indel(P)+Mono indel(P)+None(P)=1であるため、None(P)=1-Bi indel(P)-Mono indel(P)として作製した。
【0239】
図13C上図に、Cdh1-P2A-AIMSでP2Aを標的としてゲノム編集を行った場合の実際のデータを示す。
図13C中図に、得られたデータから、上記式(1)で算出されたP値を
図13Aの数式(P=x)に当てはめて作成した予測グラフを示す。
図13C下図に、
図13C上図の実験の際に抽出したゲノムに対してPCRを行い、上記「[ゲノム編集パターンの予測方法]」に従って行ったバクテリア(大腸菌)アッセイ(実施例8:Pre-Demo-Prediction)からP値を求め、
図13Aの数式に当てはめて得られたindelパターン予測グラフを示す。
図13C下図が、
図13C上図とほぼ一致することから、
図13Aの数式の正確性に加え、バクテリアアッセイの有効性が証明された。したがって、AIMSを使用しなくても、内在性遺伝子(ゲノム)をターゲットとする場合でも、ゲノム編集誘導後の細胞ゲノムに対してPCRを行い、バクテリアアッセイを行うことで、アレル別intelパターンが正確に予測することができる。
【0240】
[実施例14]Compound heterozygousによる予測
Cdh1-P2A-AIMS ES細胞に対してP2A-sgRNA1(リンカーの配列番号67,68)とCdh1-sgRNA4(リンカーの配列番号125,126)の2箇所の標的配列を設定した(
図14A)。それぞれの片側アレルindelを、異なるアレル(トランスの関係)に発生させて、Compound heterozygous indelクローンを1度の組換え操作で作製した(
図14B)。蛍光パターン(P2A部位に関して:シークエンスの必要なし)と、設定プライマー(内在性Cdh1遺伝子領域)でのPCRによるPCR産物のシークエンスにより、遺伝子型を決定した。Tomato alleleのCdh1-sgRNA4 target領域のgenotypeは、Pr.KW1287(配列番号127)とPr.KW1118(配列番号54)である。Venus alleleのCdh1-sgRNA4 target領域のgenotypeは、Pr.KW558(配列番号39)とPr.KW1118 (配列番号54)である。
【0241】
表6に、結果を示す。
【0242】
【0243】
P2A-sgRNA1とCdh1-sgRNA4は、0個のシトシンを付加したsgRNA(0C)と25個のシトシンを付加したsgRNA(25C)の組み合わせで実験した。[0C]同士又はCdh1のみが[25C]であっても、Compound heterozygous indelクローンは取得できなかった。[25C]同士では、21クローン取得できた。したがって、活性の低下によるMono indelの誘導が、両標的に必須であることが示された。
【0244】
21/363クローンの片側アレルindelの発生確率より、Compound heterozygous indel probabilityはP=0.050と算出される。このP値が、
図13に従ったバクテリアアッセイによるMono P値から予測可能であるかを検証した。P2A-sgRNA1とCdh1-sgRNA4の[0C]のsgRNAと[25C]のsgRNAとを用いて、それぞれ予測Mono P値をバクテリアアッセイからの
図13Aの数式で求めた(表6のMono(P))。Compound予測P値は、P2A Mono(P)xCdh1 Mono(P)x1/2(トランスになる確率)より求められ、0.047となった。この予測P値0.047は、実測P値0.050とほぼ一致していることから、compound heterozygous indelの発生割合も、バクテリアアッセイで正確に予測できることが証明された。
【0245】
本試験では、一遺伝子内におけるcompound heterozygousを作製したが、同様の原理で、例えば異なる複数の遺伝子に関して全てhetero型、全てhomo型または混合型として、indelを誘導する際の確率を予測することなどにも応用できる。
【0246】
例えば、Gene A~Cの3遺伝子ならば、以下のように予測できる。
全てhetero型P=Gene A Mono(P) x Gene B Mono(P) x Gene C Mono(P)
全てhomo型P=Gene A Bi(P) x Gene B Bi(P) x Gene C Bi(P)
混合型P=Gene A Bi(P) x Gene B Mono(P) x Gene C None(P)
【0247】
[実施例15]in vitro切断アッセイ
P.KW13-3プラスミド(配列番号4)を鋳型とし、Pr.KW541(配列番号41)とPr.KW607(配列番号128)をプライマーとして、PCRを行った。PCR産物300ng(951bp)に対して、sgRNAとCas9の複合体をin vitroで作用させて、C付加gRNA-Cas9のDNA切断活性を測定した(切断DNA:741bpと210bp)。
[0C]sgRNA、[10C]sgRNA、及び[25C]sgRNAは、以下の手順で作製した。P2A-gRNA1リンカー(配列番号67,68)が挿入されたPX459プラスミドを鋳型として、それぞれフォワードプライマー(Pr.KW1105(配列番号129),Pr.KW1106(配列番号130),Pr.KW1107(配列番号131))と、リバースプライマー(Pr.KW1108(配列番号132))を用いてPCRを行った。このPCR産物に対してT7 RNA polymeraseによるin vitro転写を行うことで、上記各sgRNAを得た。Cas9タンパク質はIDT社より購入した。
【0248】
結果を
図15に示す。同一のモル濃度gRNA(200nM)作用下において、C鎖長依存的にDNA切断活性が低下することが確認された。したがって、5’ヌクレオチド付加法は、in vivo(細胞レベル)に限らず、in vitro(試験管内)でも有効であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0249】
本発明によれば、片側アレルのみがゲノム編集された細胞の製造方法、並びに前記方法に使用可能なガイドRNA、発現ベクター、キットが提供される。さらに、ゲノム編集パターンの予測方法、並びにゲノム編集パターンの解析方法、及び前記解析方法に使用可能な細胞が提供される。
【配列表】