(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-09
(45)【発行日】2024-09-18
(54)【発明の名称】把持システム、滑り検知装置、滑り検知プログラム、および滑り検知方法
(51)【国際特許分類】
G01L 5/162 20200101AFI20240910BHJP
【FI】
G01L5/162
(21)【出願番号】P 2021551467
(86)(22)【出願日】2020-10-02
(86)【国際出願番号】 JP2020037494
(87)【国際公開番号】W WO2021066122
(87)【国際公開日】2021-04-08
【審査請求日】2023-08-18
(31)【優先権主張番号】P 2019183388
(32)【優先日】2019-10-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(CREST)「繊細な触覚を定量的に検知する「ナノ触覚神経網」の開発と各種の手触り感計測技術への応用」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】304028346
【氏名又は名称】国立大学法人 香川大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001704
【氏名又は名称】弁理士法人山内特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高尾 英邦
(72)【発明者】
【氏名】藤原 理朗
【審査官】大森 努
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-268160(JP,A)
【文献】実開昭60-000096(JP,U)
【文献】特開平07-186083(JP,A)
【文献】特開平08-323678(JP,A)
【文献】特開2010-005732(JP,A)
【文献】特開2005-177977(JP,A)
【文献】特開2008-089522(JP,A)
【文献】特開2019-002905(JP,A)
【文献】特開2009-066683(JP,A)
【文献】特開平06-138019(JP,A)
【文献】特開2009-036557(JP,A)
【文献】米国特許第06188331(US,B1)
【文献】特開2010-120111(JP,A)
【文献】特開2006-297542(JP,A)
【文献】特開2010-271242(JP,A)
【文献】特開2015-159840(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01L 5/00-5/28,1/00-1/26,25/00
A61B 17/28-17/295
B25J 1/00-21/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
把持具と、
滑り検知装置と、を備え、
把持具は、
対象物を挟んで掴む一対の把持部と、
前記一対の把持部を開閉する開閉機構と、
前記一対の把持部の一方または両方に設けられた少なくとも1つのセンサユニットと、を備え、
前記センサユニットは所定の分布で配置された複数の力覚センサを有し、
前記複数の力覚センサは、それぞれ、前記対象物から受ける3軸方向の力を測定する機能を有し、
前記滑り検知装置は、前記センサユニットで測定された荷重分布に基づき、前記対象物の滑りを検知し、
前記荷重分布は3軸方向の力を合成して得られる合成荷重の分布である
ことを特徴とする把持システム。
【請求項2】
前記滑り検知装置は、
前記荷重分布の中心位置を求め、
前記中心位置の時間変化に基づき、前記対象物の滑りを検知する
ことを特徴とする請求項1記載の把持システム。
【請求項3】
前記滑り検知装置は、
前記荷重分布のピーク位置を求め、
前記ピーク位置の時間変化に基づき、前記対象物の滑りを検知する
ことを特徴とする請求項1記載の把持システム。
【請求項4】
前記滑り検知装置は、
前記荷重分布の平行移動に基づき、前記対象物の滑りを検知する
ことを特徴とする請求項1記載の把持システム。
【請求項5】
前記滑り検知装置は、
前記センサユニットで測定された
前記荷重分布の変化に基づき、前記対象物が滑り始めたタイミングを検知し、
前記対象物が滑り始める直前に前記センサユニットで測定された垂直荷重測定値および摩擦力測定値から前記対象物の静止摩擦係数を求める
ことを特徴とする
請求項1記載の把持システム。
【請求項6】
前記滑り検知装置は、
予め、前記静止摩擦係数を求めて記憶しておき、
前記静止摩擦係数と現在の前記垂直荷重測定値とから最大静止摩擦力を求め、
現在の前記摩擦力測定値と前記最大静止摩擦力との関係に基づき、前記対象物の滑り始めを予測する
ことを特徴とする請求項5記載の把持システム。
【請求項7】
複数の力覚センサが配置されたセンサユニットが設けられた把持部を有する把持具で掴んだ対象物の滑りを検知する滑り検知装置であって、
前記センサユニットで測定された荷重分布に基づき、前記対象物の滑りを検知し、
前記荷重分布は前記力覚センサが前記対象物から受ける3軸方向の力を合成して得られる合成荷重の分布である
ことを特徴とする滑り検知装置。
【請求項8】
前記荷重分布の中心位置を求め、
前記中心位置の時間変化に基づき、前記対象物の滑りを検知する
ことを特徴とする請求項7記載の滑り検知装置。
【請求項9】
前記荷重分布のピーク位置を求め、
前記ピーク位置の時間変化に基づき、前記対象物の滑りを検知する
ことを特徴とする請求項7記載の滑り検知装置。
【請求項10】
前記荷重分布の平行移動に基づき、前記対象物の滑りを検知する
ことを特徴とする請求項7記載の滑り検知装置。
【請求項11】
前記センサユニットで測定された
前記荷重分布の変化に基づき、前記対象物が滑り始めたタイミングを検知し、
前記対象物が滑り始める直前に前記センサユニットで測定された垂直荷重測定値および摩擦力測定値から前記対象物の静止摩擦係数を求める
ことを特徴とする
請求項7記載の滑り検知装置。
【請求項12】
予め、前記静止摩擦係数を求めて記憶しておき、
前記静止摩擦係数と現在の前記垂直荷重測定値とから最大静止摩擦力を求め、
現在の前記摩擦力測定値と前記最大静止摩擦力との関係に基づき、前記対象物の滑り始めを予測する
ことを特徴とする請求項11記載の滑り検知装置。
【請求項13】
複数の力覚センサが配置されたセンサユニットが設けられた把持部を有する把持具で掴んだ対象物の滑りを検知する滑り検知プログラムであって、
前記センサユニットで測定された荷重分布に基づき、前記対象物の滑りを検知するよう、コンピュータを機能させ、
前記荷重分布は前記力覚センサが前記対象物から受ける3軸方向の力を合成して得られる合成荷重の分布である
ことを特徴とする滑り検知プログラム。
【請求項14】
前記荷重分布の中心位置を求め、
前記中心位置の時間変化に基づき、前記対象物の滑りを検知するよう、コンピュータを機能させる
ことを特徴とする請求項13記載の滑り検知プログラム。
【請求項15】
前記荷重分布のピーク位置を求め、
前記ピーク位置の時間変化に基づき、前記対象物の滑りを検知するよう、コンピュータを機能させる
ことを特徴とする請求項13記載の滑り検知プログラム。
【請求項16】
前記荷重分布の平行移動に基づき、前記対象物の滑りを検知するよう、コンピュータを機能させる
ことを特徴とする請求項13記載の滑り検知プログラム。
【請求項17】
前記センサユニットで測定された
前記荷重分布の変化に基づき、前記対象物が滑り始めたタイミングを検知し、
前記対象物が滑り始める直前に前記センサユニットで測定された垂直荷重測定値および摩擦力測定値から前記対象物の静止摩擦係数を求めるよう、コンピュータを機能させる
ことを特徴とする
請求項13記載の滑り検知プログラム。
【請求項18】
予め、前記静止摩擦係数を求めて記憶しておき、
前記静止摩擦係数と現在の前記垂直荷重測定値とから最大静止摩擦力を求め、
現在の前記摩擦力測定値と前記最大静止摩擦力との関係に基づき、前記対象物の滑り始めを予測するよう、コンピュータを機能させる
ことを特徴とする請求項17記載の滑り検知プログラム。
【請求項19】
複数の力覚センサが配置されたセンサユニットが設けられた把持部を有する把持具で掴んだ対象物の滑りを検知する滑り検知方法であって、
前記センサユニットで測定された荷重分布に基づき、前記対象物の滑りを検知し、
前記荷重分布は前記力覚センサが前記対象物から受ける3軸方向の力を合成して得られる合成荷重の分布である
ことを特徴とする滑り検知方法。
【請求項20】
前記荷重分布の中心位置を求め、
前記中心位置の時間変化に基づき、前記対象物の滑りを検知する
ことを特徴とする請求項19記載の滑り検知方法。
【請求項21】
前記荷重分布のピーク位置を求め、
前記ピーク位置の時間変化に基づき、前記対象物の滑りを検知する
ことを特徴とする請求項19記載の滑り検知方法。
【請求項22】
前記荷重分布の平行移動に基づき、前記対象物の滑りを検知する
ことを特徴とする請求項19記載の滑り検知方法。
【請求項23】
前記センサユニットで測定された
前記荷重分布の変化に基づき、前記対象物が滑り始めたタイミングを検知し、
前記対象物が滑り始める直前に前記センサユニットで測定された垂直荷重測定値および摩擦力測定値から前記対象物の静止摩擦係数を求める
ことを特徴とする
請求項19記載の滑り検知方法。
【請求項24】
予め、前記静止摩擦係数を求めておき、
前記静止摩擦係数と現在の前記垂直荷重測定値とから最大静止摩擦力を求め、
現在の前記摩擦力測定値と前記最大静止摩擦力との関係に基づき、前記対象物の滑り始めを予測する
ことを特徴とする請求項23記載の滑り検知方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、把持システム、滑り検知装置、滑り検知プログラム、および滑り検知方法に関する。さらに詳しくは、本発明は、医療用の鉗子、ロボットハンド、グリッパーなどの把持具を有する把持システム、把持具で掴んだ対象物の滑りを検知する装置、プログラムおよび方法に関する。
【背景技術】
【0002】
低侵襲手術の一種として内視鏡手術が知られている。内視鏡手術はモニタに表示された限定的な視覚情報しか得られない困難な状況下で行なわれる。そこで、内視鏡にセンサを取り付け、体内の情報を医師に提示することが試みられている。例えば、特許文献1には、内視鏡の先端に取り付けた圧力センサにより体内のガス圧を測定することが開示されている。
【0003】
また、内視鏡手術で扱う人間の臓器は滑りやすいため、臓器を滑り落とさないように鉗子で掴むには術者の習熟が必要である。鉗子に限らず、ロボットハンド、グリッパーなど、他の把持具でも、滑りやすい対象物を掴む場面は多い。
【0004】
ロボットハンドが対象物を掴んだ際に生じる滑りについて、非特許文献1には、把持部に重ねて取り付けた三軸力覚センサで測定した三軸方向の力と静止摩擦係数とにより滑りの発生を予測することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】A MEMS slip sensor: Estimations of triaxial force and coefficient of static friction for prediction of a slip, Taiyu Okatani; Akihito Nakai; Tomoyuki Takahata; Isao Shimoyama, Digest of Technical Papers of 19th International Conference on Solid-State Sensors, Actuators and Microsystems (TRANSDUCERS2017), DOI: 10.1109/TRANSDUCERS.2017.7993991, pp. 75-77, 2017.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、非特許文献1の技術は、対象物の滑りそのものを検知できるものではない。また、人間の臓器の多くは体液などの潤滑膜で覆われた低摩擦状態にある。さらに、人間の消化器官壁は一般に四層に分かれており、特に粘膜層と筋層との間で滑りが生じやすい。臓器のように滑りやすい対象物の滑りを、摩擦力に基づいて判断することは困難である。
【0008】
本発明は上記事情に鑑み、対象物の滑りを検知できる把持具を有する把持システム、把持具で掴んだ対象物の滑りを検知する装置、プログラムおよび方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(把持システム)
第1態様の把持システムは、把持具と、滑り検知装置と、を備え、把持具は、対象物を挟んで掴む一対の把持部と、前記一対の把持部を開閉する開閉機構と、前記一対の把持部の一方または両方に設けられた少なくとも1つのセンサユニットと、を備え、前記センサユニットは所定の分布で配置された複数の力覚センサを有し、前記複数の力覚センサは、それぞれ、前記対象物から受ける3軸方向の力を測定する機能を有し、前記滑り検知装置は、前記センサユニットで測定された荷重分布に基づき、前記対象物の滑りを検知し、前記荷重分布は3軸方向の力を合成して得られる合成荷重の分布であることを特徴とする。
第2態様の把持システムは、第1態様において、前記滑り検知装置は、前記荷重分布の中心位置を求め、前記中心位置の時間変化に基づき、前記対象物の滑りを検知することを特徴とする。
第3態様の把持システムは、第1態様において、前記滑り検知装置は、前記荷重分布のピーク位置を求め、前記ピーク位置の時間変化に基づき、前記対象物の滑りを検知することを特徴とする。
第4態様の把持システムは、第1態様において、前記滑り検知装置は、前記荷重分布の平行移動に基づき、前記対象物の滑りを検知することを特徴とする。
第5態様の把持システムは、第1態様において、前記滑り検知装置は、前記センサユニットで測定された荷重分布の変化に基づき、前記対象物が滑り始めたタイミングを検知し、前記対象物が滑り始める直前に前記センサユニットで測定された垂直荷重測定値および摩擦力測定値から前記対象物の静止摩擦係数を求めることを特徴とする。
第6態様の把持システムは、第5態様において、前記滑り検知装置は、予め、前記静止摩擦係数を求めて記憶しておき、前記静止摩擦係数と現在の前記垂直荷重測定値とから最大静止摩擦力を求め、現在の前記摩擦力測定値と前記最大静止摩擦力との関係に基づき、前記対象物の滑り始めを予測することを特徴とする。
(滑り検知装置)
第7態様の滑り検知装置は、複数の力覚センサが配置されたセンサユニットが設けられた把持部を有する把持具で掴んだ対象物の滑りを検知する滑り検知装置であって、前記センサユニットで測定された荷重分布に基づき、前記対象物の滑りを検知し、前記荷重分布は前記力覚センサが前記対象物から受ける3軸方向の力を合成して得られる合成荷重の分布であることを特徴とする。
第8態様の滑り検知装置は、第7態様において、前記荷重分布の中心位置を求め、前記中心位置の時間変化に基づき、前記対象物の滑りを検知することを特徴とする。
第9態様の滑り検知装置は、第7態様において、前記荷重分布のピーク位置を求め、前記ピーク位置の時間変化に基づき、前記対象物の滑りを検知することを特徴とする。
第10態様の滑り検知装置は、第7態様において、前記荷重分布の平行移動に基づき、前記対象物の滑りを検知することを特徴とする。
第11態様の滑り検知装置は、第7態様において、前記センサユニットで測定された荷重分布の変化に基づき、前記対象物が滑り始めたタイミングを検知し、前記対象物が滑り始める直前に前記センサユニットで測定された垂直荷重測定値および摩擦力測定値から前記対象物の静止摩擦係数を求めることを特徴とする。
第12態様の滑り検知装置は、第11態様において、予め、前記静止摩擦係数を求めて記憶しておき、前記静止摩擦係数と現在の前記垂直荷重測定値とから最大静止摩擦力を求め、現在の前記摩擦力測定値と前記最大静止摩擦力との関係に基づき、前記対象物の滑り始めを予測することを特徴とする。
(滑り検知プログラム)
第13態様の滑り検知プログラムは、複数の力覚センサが配置されたセンサユニットが設けられた把持部を有する把持具で掴んだ対象物の滑りを検知する滑り検知プログラムであって、前記センサユニットで測定された荷重分布に基づき、前記対象物の滑りを検知するよう、コンピュータを機能させ、前記荷重分布は前記力覚センサが前記対象物から受ける3軸方向の力を合成して得られる合成荷重の分布であることを特徴とする。
第14態様の滑り検知プログラムは、第13態様において、前記荷重分布の中心位置を求め、前記中心位置の時間変化に基づき、前記対象物の滑りを検知するよう、コンピュータを機能させることを特徴とする。
第15態様の滑り検知プログラムは、第13態様において、前記荷重分布のピーク位置を求め、前記ピーク位置の時間変化に基づき、前記対象物の滑りを検知するよう、コンピュータを機能させることを特徴とする。
第16態様の滑り検知プログラムは、第13態様において、前記荷重分布の平行移動に基づき、前記対象物の滑りを検知するよう、コンピュータを機能させることを特徴とする。
第17態様の滑り検知プログラムは、第13態様において、前記センサユニットで測定された荷重分布の変化に基づき、前記対象物が滑り始めたタイミングを検知し、前記対象物が滑り始める直前に前記センサユニットで測定された垂直荷重測定値および摩擦力測定値から前記対象物の静止摩擦係数を求めるよう、コンピュータを機能させることを特徴とする。
第18態様の滑り検知プログラムは、第17態様において、予め、前記静止摩擦係数を求めて記憶しておき、前記静止摩擦係数と現在の前記垂直荷重測定値とから最大静止摩擦力を求め、現在の前記摩擦力測定値と前記最大静止摩擦力との関係に基づき、前記対象物の滑り始めを予測するよう、コンピュータを機能させることを特徴とする。
(滑り検知方法)
第19態様の滑り検知方法は、複数の力覚センサが配置されたセンサユニットが設けられた把持部を有する把持具で掴んだ対象物の滑りを検知する滑り検知方法であって、前記センサユニットで測定された荷重分布に基づき、前記対象物の滑りを検知し、前記荷重分布は前記力覚センサが前記対象物から受ける3軸方向の力を合成して得られる合成荷重の分布であることを特徴とする。
第20態様の滑り検知方法は、第19態様において、前記荷重分布の中心位置を求め、前記中心位置の時間変化に基づき、前記対象物の滑りを検知することを特徴とする。
第21態様の滑り検知方法は、第19態様において、前記荷重分布のピーク位置を求め、前記ピーク位置の時間変化に基づき、前記対象物の滑りを検知することを特徴とする。
第22態様の滑り検知方法は、第19態様において、前記荷重分布の平行移動に基づき、前記対象物の滑りを検知することを特徴とする。
第23態様の滑り検知方法は、第19態様において、前記センサユニットで測定された荷重分布の変化に基づき、前記対象物が滑り始めたタイミングを検知し、前記対象物が滑り始める直前に前記センサユニットで測定された垂直荷重測定値および摩擦力測定値から前記対象物の静止摩擦係数を求めることを特徴とする。
第24態様の滑り検知方法は、第23態様において、予め、前記静止摩擦係数を求めておき、前記静止摩擦係数と現在の前記垂直荷重測定値とから最大静止摩擦力を求め、現在の前記摩擦力測定値と前記最大静止摩擦力との関係に基づき、前記対象物の滑り始めを予測することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
(把持システム)
第1~第4態様によれば、荷重分布に基づいて対象物の滑りを検知するので、摩擦が生じにくい滑りやすい対象物でも滑りを検知できる。
第5態様によれば、対象物の摩擦係数を求めることで、対象物の滑りやすさを評価できる。
第6態様によれば、対象物の滑り始めの予測を把持具の動作に反映させることで、対象物を滑らせることなく維持できる。
(滑り検知装置)
第7~第10態様によれば、荷重分布に基づいて対象物の滑りを検知するので、摩擦が生じにくい滑りやすい対象物でも滑りを検知できる。
第11態様によれば、対象物の摩擦係数を求めることで、対象物の滑りやすさを評価できる。
第12態様によれば、対象物の滑り始めの予測を把持具の動作に反映させることで、対象物を滑らせることなく維持できる。
(滑り検知プログラム)
第13~第16態様によれば、荷重分布に基づいて対象物の滑りを検知するので、摩擦が生じにくい滑りやすい対象物でも滑りを検知できる。
第17態様によれば、対象物の摩擦係数を求めることで、対象物の滑りやすさを評価できる。
第18態様によれば、対象物の滑り始めの予測を把持具の動作に反映させることで、対象物を滑らせることなく維持できる。
(滑り検知方法)
第19~第22態様によれば、荷重分布に基づいて対象物の滑りを検知するので、摩擦が生じにくい滑りやすい対象物でも滑りを検知できる。
第23態様によれば、対象物の摩擦係数を求めることで、対象物の滑りやすさを評価できる。
第24態様によれば、対象物の滑り始めの予測を把持具の動作に反映させることで、対象物を滑らせることなく維持できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】第1実施形態に係る把持システムの説明図である。
【
図4】
図3におけるIV-IV線矢視断面図である。
【
図6】図(A)は
図5におけるVIa-VIa線矢視断面図である。図(B)は外力が働いている状態の力覚センサの縦断面図である。
【
図8】図(A)は把持部が対象物をしっかりと掴んだ状態の側面図および荷重分布である。図(B)は内層が滑った状態の側面図および荷重分布である。図(C)は内層がさらに滑った状態の側面図および荷重分布である。
【
図9】荷重分布の中心位置の求め方の説明図である。
【
図11】図(A)は把持部が対象物を掴んだ状態の側面図および荷重分布である。図(B)は対象物が滑った状態の側面図および荷重分布である。
【
図12】図(A)は把持部が対象物を掴んだ状態の側面図および荷重分布である。図(B)は対象物が滑った状態の側面図および荷重分布である。
【
図14】第3実施形態の力覚センサの平面図である。
【
図15】図(A)は
図14におけるXVa-XVa線矢視断面図である。図(B)は外力が働いている状態の力覚センサの縦断面図である。
【
図18】図(A)はゲル体を鉗子の把持部全体で掴んだ状態の写真および荷重分布である。図(B)はゲル体が5mm移動した状態の写真および荷重分布である。図(C)はゲル体が10mm移動した状態の写真および荷重分布である。
【
図19】図(A)は2層体を把持してから4.5秒後の状態の写真および荷重分布である。図(B)は2層体を把持してから8.2秒後の状態の写真および荷重分布である。図(C)は2層体を把持してから16.1秒後の状態の写真および荷重分布である。
【
図20】荷重分布の中心位置の時間変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
〔第1実施形態〕
(把持システム)
図1に示すように、本発明の第1実施形態に係る把持システムGSは、把持具AAと、滑り検知装置SDとを有する。
【0013】
把持具AAは対象物を把持する器具である。把持具AAとして、例えば、医療用の鉗子、ロボットハンド、グリッパーなどが挙げられる。鉗子には、それ単独で用いられるもののほか、内視鏡と組み合わせて用いられるもの、手術用ロボットに組み込まれるものなどがある。また、把持具AAは工業用、家庭用などのロボットのマニピュレータに組み込んでもよい。さらに、把持具AAは工具などとして用いられるグリッパーでもよい。
図1では、把持具AAとして鉗子の例を示している。
【0014】
後述のごとく、把持具AAはセンサユニット20を有する。滑り検知装置SDはセンサユニット20で得られたデータに基づいて、把持具AAで掴んだ対象物の滑りを検知する。滑り検知装置SDは、CPU、メモリなどで構成されたコンピュータである。コンピュータに滑り検知プログラムをインストールすることで、滑り検知装置SDとしての機能が実現する。滑り検知プログラムはコンピュータ読み取り可能な記憶媒体(非一過性のものを含む)に記憶してもよい。センサユニット20と滑り検知装置SDとは有線または無線で接続されている。センサユニット20で得られたデータは滑り検知装置SDに入力される。
【0015】
(把持具)
図2に示すように、把持具AAは一対の把持部11、11を有する。各把持部11は棒状の部材である。一方の把持部11の基端と他方の把持部11の基端とはピン12で連結されている。両把持部11、11がピン12を中心に旋回することで、把持部11、11が開閉する。
図2における実線は把持部11、11が開いた状態を示し、一点鎖線は把持部11、11が閉じた状態を示す。本実施形態の把持具AAは一対の把持部11、11がハサミの様に開閉する。
【0016】
一対の把持部11、11を閉じることで、対象物を把持部11、11で挟んで掴むことができる。また、一対の把持部11、11を開くことで、掴んでいた対象物を放すことができる。各把持部11の他方の把持部11と対向する面を把持面11sと称する。把持部11、11で対象物を掴む際には、把持面11sが対象物と接触する。対象物との摩擦を強くするために、把持面11sに凹凸を設けてもよい。また、把持面11sは平面でもよいし、曲面でもよい。
【0017】
把持具AAは一対の把持部11、11を開閉する開閉機構を有する。本実施形態の開閉機構は、主に、ハンドル13、シャフト14、およびロッド15からなる。ハンドル13は固定ハンドル13aと可動ハンドル13bとがピン連結されたハサミ型のハンドルである。固定ハンドル13aに中空のシャフト14の基端が固定されている。シャフト14の先端に一対の把持部11、11がピン12で連結されている。シャフト14の内部にロッド15が挿入されている。ロッド15の基端は可動ハンドル13bに固定されている。ロッド15の先端は一対の把持部11、11に連結されている。
【0018】
術者がハンドル13を握って開閉すると、その開閉動作がロッド15を介して伝達され、一対の把持部11、11が開閉する。これにより、術者は把持部11、11の開閉操作を行なうことができる。
【0019】
なお、本実施形態のように、一対の把持部11、11の両方がシャフト14に対して旋回する構成としてもよい。一方の把持部11がシャフト14に対して固定され、他方の把持部11がシャフト14に対して旋回する構成としてもよい。
【0020】
(センサユニット)
図3および
図4に示すように、把持部11にはセンサユニット20が設けられている。把持部11、11で対象物を掴むと、センサユニット20と対象物とが接触する。一対の把持部11、11の一方に1つのセンサユニット20を設けてもよい。一対の把持部11、11の両方に、1つずつセンサユニット20を設けてもよい。
【0021】
図3および
図4に示すように、x軸、y軸、およびz軸を定義する。x軸は把持部11の基端から先端に向かう方向に沿っている。y軸はx軸に対して垂直であり、把持部11の幅方向に沿っている。z軸はx軸およびy軸に対して垂直であり、把持面11sに対して垂直な方向に沿っている。
【0022】
センサユニット20は平面視長方形の板状の部材である。センサユニット20の一方の主面をセンシング面と称する。センサユニット20はセンシング面が把持面11sと面一となるように、把持部11の内部に固定されている。なお、センサユニット20のセンシング面は平面でよい。把持面11sが曲面の場合には、センシング面を把持面11sに沿った曲面としてもよい。
【0023】
センサユニット20は所定の分布で配置された複数の力覚センサ30を有する。本実施形態のセンサユニット20は、8つの力覚センサ30がx軸に沿って一列に並んで直線状に配置されている。力覚センサ30は等間隔で配置することが好ましいが、不等間隔で配置してもよい。また、力覚センサ30の数は8つに限定されない。センサユニット20は2つ以上の力覚センサ30を有していればよい。
【0024】
(力覚センサ)
各力覚センサ30は対象物から受ける力を測定する機能を有する。本実施形態の力覚センサ30は3軸方向の力を測定する機能を有する。ここで、3軸方向の力は、センシング面に対して垂直な方向(z軸方向)に作用する法線力と、センシング面と平行な2方向(x軸方向およびy軸方向)に作用する接線力とからなる。力覚センサ30の構成は特に限定されないが、例えば、以下に説明する構成とすればよい。
【0025】
図5および
図6(A)に示すように、力覚センサ30はフレーム31と接触子32とを有する。接触子32はフレーム31に形成された空間部に配置されている。接触子32は十字に配置された4つの梁33によりフレーム31に支持されている。フレーム31と接触子32との間には、接触子32が揺動可能な隙間が設けられている。
【0026】
フレーム31の上面および接触子32の上端面はセンシング面を構成する。接触子32の上端面はフレーム31の上面と同一の高さとすればよい。また、接触子32の上端面をフレーム31の上面より上方に突出させてもよいし、下方に埋没させてもよい。
【0027】
力覚センサ30のサイズは特に限定されないが、例えば、平面視0.5~5mm四方である。また、力覚センサ30の厚さは、例えば、100μm~1mmである。梁33の厚さは、例えば、10~30μmである。
【0028】
図6(B)に示すように、力覚センサ30のセンシング面に対象物Oが接触すると、対象物Oから受ける力により接触子32が下方(z軸方向)に沈む。これにともない梁33が撓む。また、対象物Oから受ける力の方向がz軸方向に対して傾いていると、接触子32はz軸方向に対して傾く。
【0029】
接触子32の垂直変位および傾きにより梁33に歪みが生じる。梁33の歪みを検出するために、梁33には5つの歪検出素子34、36a、36b、37a、37bが設けられている。歪検出素子34、36a、36b、37a、37bは、例えば、ピエゾ抵抗素子である。
【0030】
歪検出素子34は接触子32の垂直変位を検出するのに用いられる。以下、歪検出素子34をz軸歪検出素子34と称する。力覚センサ30にはz軸歪検出素子34と組み合わせて用いられる基準抵抗35が設けられている。基準抵抗35は梁33の撓みの影響を受けない位置、例えば、接触子32の下面に設けられる。
【0031】
歪検出素子36a、36bはx軸に沿って、接触子32を挟んだ位置に配置されている。以下、歪検出素子36a、36bをx軸歪検出素子36a、36bと称する。歪検出素子37a、37bはy軸に沿って、接触子32を挟んだ位置に配置されている。以下、歪検出素子37a、37bをy軸歪検出素子37a、37bと称する。
【0032】
力覚センサ30は梁33の歪みを検出する歪検出回路を有する。
図7に示すように、歪検出回路は、z軸歪検出素子34と基準抵抗35とを直列に接続して両端に電圧Vddをかけ、z軸歪検出素子34と基準抵抗35との間の電圧Vzを出力する。電圧Vzはz軸歪検出素子34の電気抵抗の変化により変化する。そのため、電圧Vzを読み取ることで梁33のz軸方向の歪みを検出できる。これより接触子32の垂直方向(z軸方向)の変位を検出できる。また、梁33の弾性率は既知であるから、接触子32の垂直方向の変位から、接触子32が対象物から受けるz軸方向の力、すなわち法線力を測定できる。
【0033】
また、歪検出回路は、x軸歪検出素子36a、36bを直列に接続して両端に電圧Vddをかけ、x軸歪検出素子36aと36bとの電圧Vxを出力する。電圧Vxはx軸歪検出素子36a、36bの差動により変化する。そのため、電圧Vxを読み取ることで梁33のx軸方向の歪みを検出できる。これより接触子32のx軸方向の傾きを検出できる。また、梁33の弾性率は既知であるから、接触子32のx軸方向の傾きから、接触子32が対象物から受けるx軸方向の接線力を測定できる。
【0034】
同様に、歪検出回路は、y軸歪検出素子37a、37bを直列に接続して両端に電圧Vddをかけ、y軸歪検出素子37aと37bとの電圧Vyを出力する。電圧Vyはy軸歪検出素子37a、37bの差動により変化する。そのため、電圧Vyを読み取ることで梁33のy軸方向の歪みを検出できる。これより接触子32のy軸方向の傾きを検出できる。また、梁33の弾性率は既知であるから、接触子32のy軸方向の傾きから、接触子32が対象物から受けるy軸方向の接線力を測定できる。
【0035】
力覚センサ30は半導体マイクロマシニング技術を用いてSOI基板などの半導体基板を加工することにより形成できる。その手順は、例えば、つぎのとおりである。まず、SOI基板の活性層上に不純物拡散、イオン注入などの方法でピエゾ抵抗素子などを形成する。つぎにアルミスパッタなどにより金属配線を形成して、歪検出回路を構成する。その後、Deep-RIEにより支持基板をエッチングしてフレーム31と接触子32との間の空間部を形成する。梁33は残存した活性層および中間酸化膜により形成される。
【0036】
なお、力覚センサ30の製造方法は半導体マイクロマシニング技術に限定されない。例えば、素材として金属歪ゲージ、ステンレス製ダイヤフラムなどを用いてもよいし、3次元プリンターによる造形技術なども採用できる。
【0037】
(滑り検知)
前述のごとく力覚センサ30は対象物から受ける力を測定する機能を有する。また、センサユニット20には複数の力覚センサ30が所定の分布で配置されている。そのため、センサユニット20は対象物から受ける荷重の分布を測定できる。
【0038】
ここで、力覚センサ30が対象物から受ける力の方向は、センシング面に対して常に垂直であるとは限らない。例えば、把持具AAの把持面11sが曲面の場合、対象物の表面が曲面の場合、対象物が柔軟性を有する場合、対象物の組成が不均一であり位置によって硬さが異なる場合などには、力の方向がz軸方向に対して傾くことがある。このような場合、法線力(z軸方向の力)のみからでは、対象物から受ける力の大きさを正確に求めることができない。
【0039】
本実施形態の力覚センサ30は3軸方向の力を測定できる。3軸方向の力を合成することで合成荷重を得ることができる。なお、合成荷重は、以下の式(1)により求められる。
【数1】
ここで、Fは合成荷重、f
xはx軸方向の力、f
yはy軸方向の力、f
zはz軸方向の力である。
【0040】
合成荷重は対象物から受ける荷重の大きさを正確に表したものとなる。荷重分布として合成荷重の分布を用いることで、対象物の滑りを精度良く検知できる。以下、本実施形態において荷重分布とは合成荷重の分布を意味する。
【0041】
滑り検知装置SDにはセンサユニット20で測定された荷重分布が入力されている。滑り検知装置SDは荷重分布に基づき、対象物の滑りを検知する。以下、その手順を説明する。
【0042】
・滑り検知方法1
図8(A)、(B)、(C)に示すように、対象物Oとして、消化器官壁のように外層O1と内層O2とを有するものを想定する。この種の対象物Oは外層O1と内層O2との間で滑りが生じやすい。
図8(A)、(B)、(C)は、この順に、内層O2が滑る様子を示している。また、
図8(A)、(B)、(C)は、各状態においてセンサユニット20で測定される荷重分布も示す。
【0043】
図8(A)に示すように、把持部11、11が対象物Oをしっかりと掴んだ状態では、把持部11が対象物Oから受ける荷重分布は、把持部11の基端近くにピークを有する。
図8(B)に示すように、内層O2が外層O1に対して滑りはじめると、荷重分布のピークは中央付近に移動する。そして、
図8(C)に示すように、さらに内層O2が滑って移動すると、荷重分布のピークは把持部11の先端近くまで移動する。このように、内層O2の滑りにともない、荷重分布のピークが、把持部11の基端から先端に向かって移動する。これを利用して対象物Oの滑りを検知する。
【0044】
荷重分布の中心位置は、モーメントのつり合いから、以下の式(2)により求められる。
【数2】
ここで、
図9に示すように、x
cは荷重分布の中心位置、x
kは把持部11の基端からk番目の力覚センサ30のx座標、F
kはk番目の力覚センサ30で測定された合成荷重である。
【0045】
なお、力覚センサ30が間隔aで等間隔に並べられている場合、荷重分布の中心位置x
cは式(3)で求めることができる。
【数3】
【0046】
滑り検知装置SDは、式(2)または式(3)に基づき、センサユニット20で測定された荷重分布の中心位置xcを求める。そして、滑り検知装置SDは、中心位置xcの時間変化に基づき、対象物の滑りを検知する。すなわち、滑り検知装置SDは中心位置xcが移動している場合に、対象物が滑っていると判断する。また、中心位置xcの移動速度から、対象物の滑りの速度を求めることができる。逆に、滑り検知装置SDは中心位置xcが移動していない場合に、対象物が滑っていない(しっかりと掴まれている)と判断する。
【0047】
・滑り検知方法2
荷重分布の中心位置に代えて、ピーク位置に基づき対象物の滑りを検知してもよい。センサユニット20で測定される合成荷重の測定位置は離散的である。そこで、センサユニット20で測定された荷重分布を所定の関数でフィッテイングしてピークを特定すればよい。また、センサユニット20が有する複数の力覚センサ30のうち、合成荷重測定値が最大の力覚センサ30の位置をピーク位置としてもよい。
【0048】
滑り検知装置SDは、上記のように、センサユニット20で測定された荷重分布のピーク位置を求める。そして、滑り検知装置SDは、ピーク位置の時間変化に基づき、対象物の滑りを検知する。すなわち、滑り検知装置SDはピーク位置が移動している場合に、対象物が滑っていると判断する。また、ピーク位置の移動速度から、対象物の滑りの速度を求めることができる。逆に、滑り検知装置SDはピーク位置が移動していない場合に、対象物が滑っていない(しっかりと掴まれている)と判断する。
【0049】
なお、
図8(A)、(B)、(C)では、対象物Oが外層O1と内層O2とを有すると仮定したが、このような構造を有さない単純な構造の対象物であっても、上記の方法で滑りを検知できる。溶けた氷のように、表面が潤滑剤で覆われた対象物は、把持部11との間で摩擦がほとんど生じない。このような対象物であっても、滑りを検知できる。
【0050】
以上のように、本実施形態の把持具AAは、把持部11に設けられたセンサユニット20により対象物から受ける荷重分布を測定できる。この荷重分布に基づき、対象物の滑りを検知できる。
【0051】
外層と内層との間で滑りが生じる対象物は、把持部11と外層との間で摩擦力が働き、外層が滑っていない場合でも、内層が滑る場合がある。また、表面が潤滑剤で覆われた滑りやすい対象物は、把持部11との間に生じる摩擦力が非常に弱い。したがって、このような対象物の滑りを摩擦力に基づいて検知することは困難である。
【0052】
これに対して、本実施形態では、荷重分布に基づいて対象物の滑りを検知する。そのため、摩擦が生じにくい滑りやすい対象物でも滑りを検知できる。
【0053】
(摩擦係数測定)
力覚センサ30で測定される3軸方向の力のうち、z軸方向の力を対象物から受ける垂直荷重とみなし、x軸方向およびy軸方向の力を対象物との間に作用する摩擦力とみなしてもよい。そうすると、滑り検知装置SDには、センサユニット20で測定された垂直荷重測定値および摩擦力測定値が入力されることになる。滑り検知装置SDは垂直荷重測定値および摩擦力測定値から対象物の摩擦係数を求める。その手順はつぎのとおりである。
【0054】
前述のごとく、滑り検知装置SDは対象物の滑りを検知できる。すなわち、滑り検知装置SDは対象物が滑り始めたタイミングを検知できる。したがって、滑り検知装置SDは対象物が滑り始める直前の垂直荷重f
zおよび摩擦力f
xy(0)を特定できる。ここで、摩擦力f
xy(0)は最大静止摩擦力である。滑り検知装置SDは、以下の式(4)を用いて、垂直荷重f
zおよび最大静止摩擦力f
xy(0)から対象物とセンサユニット20との間の静止摩擦係数μ
0を求める。
【数4】
【0055】
また、滑り検知装置SDは対象物が滑っている状態を検知できる。したがって、滑り検知装置SDは対象物が滑っている状態の垂直荷重f
zおよび摩擦力f
xyを特定できる。ここで、摩擦力f
xyは動摩擦力である。滑り検知装置SDは、以下の式(4)に従い、垂直荷重f
zおよび動摩擦力f
xyを用いて対象物とセンサユニット20との間の動摩擦係数μを求める。
【数5】
【0056】
以上のように、滑り検知装置SDは対象物の静止摩擦係数および動摩擦係数を測定できる。静止摩擦係数および動摩擦係数は、対象物の滑りやすさを示す。したがって、滑り検知装置SDは対象物の滑りやすさを評価できる。
【0057】
(滑り予測)
また、滑り検知装置SDは、対象物の滑り始めを予測することもできる。その手順はつぎのとおりである。
【0058】
滑り検知装置SDには、予め測定された対象物の静止摩擦係数μ0が記憶されている。滑り検知装置SDは、式(4)に基づき、静止摩擦係数μ0と現在の垂直荷重測定値fzとから最大静止摩擦力fxy(0)を求める。
【0059】
そして、滑り検知装置SDは、現在の摩擦力測定値fxyと最大静止摩擦力fxy(0)との関係に基づき、対象物の滑り始めを予測する。例えば、摩擦力fxyと最大静止摩擦力fxy(0)との差分、摩擦力fxyの増加速度などから、対象物が実際に滑り始める前に、滑り始めを予測する。
【0060】
対象物の滑り始めの予測を把持具AAの動作に反映させれば、対象物を滑らせることなく維持できる。例えば、ロボットハンドなどはアクチュエータで動作する。この種の把持具AAのアクチュエータの制御に、対象物の滑り始めの予測を反映すれば、対象物を滑らせることなく維持できる。
【0061】
なお、本実施形態では、複数の力覚センサ30が一列に並んで配置されているため、その列方向(x軸方向)の対象物の滑りを検知できる。複数の力覚センサ30が並べられる方向は、把持部11の基端から先端に向かう方向(x軸方向)に限定されない。複数の力覚センサ30を、把持部11の幅方向(y軸方向)に並べてもよいし、x-y平面内で斜めに並べてもよい。
【0062】
〔第2実施形態〕
つぎに、第2実施形態に係る把持システムGSを説明する。
図10に示すように、把持具BBは多関節のものでもよい。例えば、把持具BBは、基部16に2つの指17、17が設けられている。各指17は中間部18と把持部11とからなる。中間部18は基部16に対して旋回可能である。把持部11は中間部18に対して旋回可能である。対象物Oを指17、17で挟んで掴むことができる。一方の把持部11にはセンサユニット20が設けられている。
【0063】
このような把持具BBの場合、一対の把持部11、11が平行な状態を維持したまま開閉することがある。この場合でも、対象物Oの縁がセンサユニット20の領域内にある場合には、第1実施形態と同様に、センサユニット20で測定された荷重分布の中心位置またはピーク位置に基づき対象物Oの滑りを検知できる。
【0064】
図11(A)、(B)に示すように、対象物Oの内部に痼などの周囲よりも硬い硬質部分O3があるとする。この場合、センサユニット20で測定される荷重分布は、硬質部分O3が存在する領域の合成荷重が他の領域よりも高くなる。このような対象物Oが滑った場合、硬質部分O3の移動にともなって、合成荷重が高い領域が移動する。
【0065】
例えば、
図11(A)に示すように、硬質部分O3が把持部11の基端付近に存在する場合、荷重分布は把持部11の基端付近の領域が高くなる。
図11(B)に示すように、対象物Oが滑って硬質部分O3が把持部11の先端付近に移動した場合、荷重分布は把持部11の基端付近の領域が高くなる。このような場合には、第1実施形態と同様に、センサユニット20で測定された荷重分布の中心位置またはピーク位置に基づき対象物Oの滑りを検知できる。
【0066】
図12(A)、(B)に示すように、対象物Oがある程度の硬さを有する場合、センサユニット20で測定される荷重分布は、対象物Oの表面形状を反映したものとなる。すなわち、対象物Oの表面のうち外方に突出した部分は合成荷重が高くなり、内側に凹んだ部分は合成荷重が低くなる。
【0067】
したがって、対象物Oが
図12(A)に示す状態から、
図12(B)に示す状態まで滑って移動した場合、荷重分布はその形状を維持したまま、対象物Oが滑った方向に平行移動する。このような場合には、滑り検知装置SDは荷重分布の平行移動に基づき対象物Oの滑りを検知できる。
【0068】
〔第3実施形態〕
つぎに、第3実施形態に係る把持システムGSを説明する。
図13に示すように、センサユニット20を構成する複数の力覚センサ30を平面状に分布するよう配置してもよい。力覚センサ30の配置は正方格子状でもよいし、矩形格子状でもよいし、三角格子状でもよい。
【0069】
このように、複数の力覚センサ30を平面状に分布して配置すれば、2次元方向の対象物の滑りを検知できる。すなわち、対象物のx軸方向の滑りに加え、y軸方向の滑りを検知できる。
【0070】
なお、センサユニット20を構成する複数の力覚センサ30を十字またはT字形に配置してもよい。このようにしても、2次元方向の対象物の滑りを検知できる。
【0071】
〔第4実施形態〕
つぎに、第4実施形態に係る把持システムGSを説明する。
力覚センサ30は、対象物から受ける法線力(z軸方向の力)のみを測定するものでもよい。その構成は特に限定されないが、例えば、以下に説明する構成とすればよい。
【0072】
図14および
図15(A)に示すように、本実施形態の力覚センサ30は、主に、フレーム31、接触子32、およびダイヤフラム38を有する。フレーム31は円柱状の空間部を有している。その空間部の下側開口部はダイヤフラム38で閉塞されている。ダイヤフラム38の中央には円柱状の接触子32が立設している。すなわち、フレーム31が有する円柱状の空間部の中央に接触子32が設けられている。ダイヤフラム38の厚さは、例えば、10~30μmである。
【0073】
図15(B)に示すように、力覚センサ30のセンシング面に対象物Oが接触すると、対象物Oから受ける荷重により接触子32が下方(z軸方向)に沈む。これにともないダイヤフラム38が撓む。このときに生じるダイヤフラム38の歪みを検出するために、ダイヤフラム38にはz軸歪検出素子34が設けられている。力覚センサ30にはz軸歪検出素子34と組み合わせて用いられる基準抵抗35が設けられている。基準抵抗35はダイヤフラム38の撓みの影響を受けない位置、例えば、フレーム31の下面に設けられる。
【0074】
力覚センサ30はダイヤフラム38の歪みを検出する歪検出回路を有する。
図16に示すように、歪検出回路は、z軸歪検出素子34と基準抵抗35とを直列に接続して両端に電圧Vddをかけ、z軸歪検出素子34と基準抵抗35との間の電圧Vzを出力する。電圧Vzはz軸歪検出素子34の電気抵抗の変化により変化する。そのため、電圧Vzを読み取ることでダイヤフラム38のz軸方向の歪みを検出できる。これより接触子32の垂直方向(z軸方向)の変位を検出できる。また、ダイヤフラム38の弾性率は既知であるから、接触子32の垂直方向の変位から、接触子32が対象物から受ける法線力を測定できる。
【0075】
力覚センサ30が法線力のみを測定するものであったとしても滑り検知が可能である。すなわち、第1、第2実施形態において、合成荷重に代えて垂直荷重(法線力)を用いればよい。この場合、荷重分布は垂直荷重の分布を意味することとなる。
【実施例】
【0076】
つぎに、実施例を説明する。
(センサユニットの作製)
センサユニットを支持基板厚さ475μm、活性層厚さ20μmのn型SOIウエハを加工して作製した。ウエハの活性層に対して、n+型拡散領域による基板コンタクト領域の形成、絶縁酸化膜、ピエゾ抵抗に用いるp型拡散層の形成、アルミ配線による電極形成の順で製作プロセスを実施し、力覚検出のためのセンシング集積回路を形成した。ピエゾ抵抗部は不純物濃度3×10-12cm-2でイオン注入後、1,000℃の熱アニールによって形成した。回路部の形成後、Deep-RIEにより接触子構造形成を行なった。接触子はダイヤフラム構造で機械的に支持されている。SOI活性層によって形成された膜部分が機械特性を決定する。ピエゾ抵抗はダイヤフラム上に形成されているため、接触子の変位を応力変化として信号検出可能である。
【0077】
完成したセンサユニットの写真を
図17に示す。センサユニットは8つの力覚センサが一列に並べられた構成を有する。各力覚センサのサイズは1mm四方である。このセンサユニットを鉗子の把持部に装着した。
【0078】
(ゲル体の把持)
センサユニットを装着した鉗子を用いて、ゲル状の対象物を把持した。
図18(A)に、ゲル体を鉗子の把持部全体で掴んだ状態を示す。これを初期把持位置とする。
図18(B)に、ゲル体が初期把持位置から5mm移動した状態を示す。
図18(C)に、ゲル体が初期把持位置から10mm移動した状態を示す。
【0079】
ゲル体が把持部の先端に向かって移動するのにともない、荷重分布のピーク位置も把持部の先端に向かって移動するのが分かる。これより、荷重分布の中心位置またはピーク位置に基づいて、対象物の滑りを検知できることが確認された。
【0080】
(2層体の把持)
模擬臓器をポリエチレンフィルムで包んで、外層(ポリエチレンフィルム)と内層(模擬臓器)とからなる2層体を作製した。センサユニットを装着した鉗子を用いて、作製した2層体を把持した。
図19(A)に、鉗子で2層体を把持してから4.5秒後の状態を示す。
図19(B)に、鉗子で2層体を把持してから8.2秒後の状態を示す。
図19(C)に、鉗子で2層体を把持してから16.1秒後の状態を示す。
【0081】
鉗子で2層体を掴むと、内層と外層との間で滑りが生じ、内層のみが把持部の先端に向かって移動する。これにともない、荷重分布のピーク位置も把持部の先端に向かって移動する。
【0082】
図20に、分布荷重の中心位置の時間変化を示す。分布荷重の中心位置は時間の経過(内層の滑り)にともない移動する。これより、分布荷重の中心位置の時間変化に基づき、対象物の滑りを検知できることが確認された。
【符号の説明】
【0083】
GS 把持システム
AA 把持具
11 把持部
20 センサユニット
30 力覚センサ
SD 滑り検知装置