(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-09
(45)【発行日】2024-09-18
(54)【発明の名称】スタフィロコッカス細菌の同定方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6869 20180101AFI20240910BHJP
C12Q 1/689 20180101ALI20240910BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20240910BHJP
【FI】
C12Q1/6869 Z
C12Q1/689 Z
C12Q1/686 Z ZNA
(21)【出願番号】P 2020182363
(22)【出願日】2020-10-30
【審査請求日】2023-10-03
(73)【特許権者】
【識別番号】591167430
【氏名又は名称】株式会社KRI
(72)【発明者】
【氏名】石川 文啓
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-154051(JP,A)
【文献】特表2016-525359(JP,A)
【文献】J. Clin. Microbiol.,1996年,vol.34,p.2770-2777
【文献】Scientific Reports,2020年10月09日,vol.10,article no.16907
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/68
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スタフィロコッカス属細菌の同定方法であって、スタフィロコッカス属細菌のLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNAを増幅して、増幅したゲノムDNA断片の塩基配列を決定し、前記ゲノムDNA断片の塩基配列のLysS遺伝子から5S rRNA遺伝子の遺伝子間のDNA配列を既知のスタフィロコッカス属細菌のDNA配列と比較することによりスタフィロコッカス細菌を同定する方法。
【請求項2】
スタフィロコッカス属細菌の同定方法であって、スタフィロコッカス属細菌のLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNAを増幅して、増幅したゲノムDNA断片の塩基配列を決定し、前記ゲノムDNA断片の塩基配列の16S rRNA遺伝子のDNA配列、LysS遺伝子のDNA配列及びLysS遺伝子から5S rRNA遺伝子の遺伝子間のDNA配列を既知のスタフィロコッカス属細菌のDNA配列と比較することによりスタフィロコッカス細菌を同定する方法。
【請求項3】
スタフィロコッカス属細菌のLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNAを増幅する方法であって、配列表の配列番号1に示される塩基配列からなるフォワードプライマー及び配列表の配列番号2に示される塩基配列からなるリバースプライマーを用いて、PCR(ポリメラーゼチェインリアクション)法により増幅する増幅方法。
【請求項4】
スタフィロコッカス属細菌の同定方法であって、検体を請求項3に記載のPCR(ポリメラーゼチェインリアクション)法によりスタフィロコッカス属細菌のゲノムDNAを増幅した後、増幅したゲノムDNAをTAクローニングしてスタフィロコッカス属細菌のゲノムDNAを単離し、単離したゲノムDNAをシーケンス解析することによりスタフィロコッカス属細菌のLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNA断片の塩基配列を決定する請求項1又は請求項2に記載のスタフィロコッカス細菌を同定する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゲノムDNA配列を利用したスタフィロコッカス属細菌の検出及び同定への利用に関する技術である。
【背景技術】
【0002】
細菌の検出および同定は、臨床現場、食品製造現場や公衆衛生環境の安全管理現場において恒常的に必要とされている技術である。現在、細菌検査に用いられている手法は顕微鏡観察や選択培地による培養方法および生理・化学的性質の検査が主である。これら一般的な細菌検査方法は培養に時間を要するため日単位の時間を要する。
【0003】
スタフィロコッカス属の細菌はヒトを含む動物の皮膚や腸内に存在する常在性の細菌である。その多くは非病原性もしくは弱毒性であり、他の常在性の細菌と共に細菌叢を形成する事によって、病原性の高い細菌の侵入を阻む役割を担っている。
皮膚に常在するスタフィロコッカス属の表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)は、グリセリンや有機酸等を産生して皮膚の保湿機能やバリア機能の維持に寄与し、皮膚表面を弱酸性に保つことで有害菌の繁殖を抑制する事が知られている(非特許文献1)。
【0004】
一方、スタフィロコッカス属の中で特に毒性の強い黄色ブドウ球菌(Staphylo cocus aureus)もまたヒト等に常在する事が知られている。黄色ブドウ球菌は、常在細菌叢のバランスが保たれている場合は増殖できず問題とならない。しかしながら、常在細菌叢のバランスが崩れた際に黄色ブドウ球菌は増殖し、アトピー性皮膚炎や化膿の起因菌となる(非特許文献2)。
また、黄色ブドウ球菌は食中毒の主要な原因菌であることから、食品衛生上においても非常に重要な菌種であると考えられている。
そのため、医学分野、美容分野、食品衛生分野において、検体に存在する複数のスタフィロコッカス属細菌の種を簡便に検出・同定する方法が、有害菌、有用菌、無害菌の識別のために必要とされている。
【0005】
近年,次世代シークエンシング(NGS)に代表されるDNAシークエンサーのハイスループット化によってDNA配列決定が短時間に多量の情報を得ることが可能となった。それによって、これまでに細菌の同定の基準としていた標準株や、種が同定された株の全ゲノムデータが公開データベースに急速に蓄積されている。
蓄積された既知種のDNA配列データを利用して標的細菌を簡易的に分類、同定する方法として、PCR(ポリメラーゼチェインリアクション)法によってリボソームを構成する5S rRNA(5SリボソームRNA)もしくは16S rRNA(16SリボソームRNA)もしくは23S rRNA(23SリボソームRNA)遺伝子のゲノムDNA、あるいはそれらの一部のゲノムDNAを増幅してその塩基配列を決定する方法が用いられてきた(特許文献2).PCR法を用いると少量のゲノムDNAから特定のDNA領域を短時間で増幅する事が可能となるため、標的微生物の分離培養・増菌培養を必要としない。そのため選択培地による培養方法による細菌検査と比較して迅速に検出・同定が可能となる。
しかしながら、細菌はゲノム上にリボソームRNA遺伝子が複数コピー存在し多型を有するため、同一の細菌であってもリボソームRNA遺伝子の塩基配列は一つに定まらない。また、細菌の種類によってはその近縁種とリボソームRNA遺伝子の塩基配列の類似性が高く、種を識別する事が困難となることがある。
【0006】
スタフィロコッカス属内の菌種は、16S rRNA遺伝子のDNA配列の細菌種間の類似性は高く、属レベルの識別には16S rRNA遺伝子の配列を用いることが有効である。しかし、サンガー法もしくは膨大な数のDNAの塩基配列を一度に解析するNGS(Next Generation Sequencing)を用いた16S rRNA遺伝子(16SリボソームRNA遺伝子)の塩基配列決定では、属レベルの識別に留まり種の同定に至らない。
複数遺伝子のDNA配列を用いて株を識別する MLST(Multi locus sequencing typing)法は、スタフィロコッカス属の細菌においても株レベルの詳細な分類が可能であるが、標的細菌の増菌培養・分離培養を必要とするため、多量の解析が困難である(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2012-39977号公報
【文献】特開平11-137259号公報
【文献】特開2019-107019号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】出来尾格、服部正平 共著、「人体と共生する100兆個の菌たち」、Newton(株式会社 ニュートンプレス刊)、2010年11月号、68~75ページ
【文献】Tetsuro Kobayashi、Martin Glatz、Keisuke Horiuchi、Hiroshi Kawasaki、Haruhiko Akiyama、Daniel H. Kaplan,Heidi H. Kong、Masayuki Amagai、Keisuke Nagao、Immunity 2015,756-66
【文献】長尾美紀、太田美智男、日臨微生物誌2007,159-67
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
複数種スタフィロコッカス属菌を種レベルに迅速で簡易的に検出・同定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明者は鋭意検討した結果、以下のスタフィロコッカス細菌を同定する方法を発明することができた。すなわち、本発明は以下の技術的構成を有するスタフィロコッカス細菌を同定する方法である。
【0011】
〔1〕 スタフィロコッカス属細菌の同定方法であって、スタフィロコッカス属細菌のLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNAを増幅して、増幅したゲノムDNA断片の塩基配列を決定し、前記ゲノムDNA断片の塩基配列のLysS遺伝子から5S rRNA遺伝子の遺伝子間のDNA配列を既知のスタフィロコッカス属細菌のDNA配列と比較することによりスタフィロコッカス細菌を同定する方法。
〔2〕 スタフィロコッカス属細菌の同定方法であって、スタフィロコッカス属細菌のLysS遺伝子から16SrRNA遺伝子までのゲノムDNAを増幅して、増幅したゲノムDNA断片の塩基配列を決定し、前記ゲノムDNA断片の塩基配列の16S rRNA遺伝子のDNA配列、LysS遺伝子のDNA配列及びLysS遺伝子から5S rRNA遺伝子の遺伝子間のDNA配列を既知のスタフィロコッカス属細菌のDNA配列と比較することによりスタフィロコッカス細菌を同定する方法。
〔3〕 スタフィロコッカス属細菌のLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNAを増幅する方法であって、配列表の配列番号1に示される塩基配列からなるフォワードプライマー及び配列表の配列番号2に示される塩基配列からなるリバースプライマーを用いて、PCR(ポリメラーゼチェインリアクション)法により増幅する増幅方法。
〔4〕 スタフィロコッカス属細菌の同定方法であって、検体を前記〔3〕に記載のPCR(ポリメラーゼチェインリアクション)法によりスタフィロコッカス属細菌のゲノムDNAを増幅した後、増幅したゲノムDNAをTAクローニングしてスタフィロコッカス属細菌のゲノムDNAを単離し、単離したゲノムDNAをシーケンス解析することによりスタフィロコッカス属細菌のLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNA断片の塩基配列を決定する前記〔1〕又は前記〔2〕に記載のスタフィロコッカス細菌を同定する方法。
【0012】
前記〔3〕に記載のフォワードプライマー及びリバースプライマーは、詳しくは配列表に示すが、以下の塩基配列である。
フォワードプライマーの塩基配列
Staphylo_LysS_1318F:5’-CAAGGTAAYGAYGAAGCICATGAIATGG-3’
前記フォワードプライマーの塩基配列中のYはC又はTの縮重塩基を示し、Iはイノシンを示す。そして、Iで示す18及び24塩基目の塩基は、それぞれイノシンが好ましいが、アデニン(A)、チニン(T)、グアニン(G)及びシトシン(C)のいずれか又はいずれか2つ以上の組み合わせであてもよい。
リバースプライマーの塩基配列
Staphylo_16SV1V2_R:5’-TGGCCGATCACCCTCTCAGGTC-3’
【発明の効果】
【0013】
LysS遺伝子から16S rRNAの遺伝子の並びがゲノム上に一か所であるため、スタフィロコッカスの菌株において標的の16S rRNA遺伝子は一種類に定まり、16S rRNA遺伝子による菌種を検出・同定する際の解像度が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】スタフィロコッカス属菌を種レベルで迅速に検出・同定するためにDNA検査に用いる領域
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のスタフィロコッカス属細菌を同定する方法は、スタフィロコッカス属細菌のLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNAを増幅して、増幅したゲノムDNA断片の塩基配列を決定し、前記ゲノムDNA断片の塩基配列のLysS遺伝子から5S rRNA遺伝子の遺伝子間のDNA配列を既知のスタフィロコッカス属細菌のDNA配列と比較することを特徴とし、フィロコッカス細菌を種レベルに迅速で簡易的に検出・同定することができる。
【0016】
本発明の発明者は、スタフィロコッカス属細菌の遺伝子に関するデータを解析した結果、スタフィロコッカス属では、5S rRNA遺伝子及び16S rRNA遺伝子が複数存在する場合があるが、LysS遺伝子はゲノムDNAに一つしか存在せず、LysS遺伝子~5S rRNA遺伝子~16S rRNA遺伝子がゲノムDNAに順に並んで存在しており、それらの遺伝子の並びが存在する領域はゲノムDNA上で一か所のみであることを見出した。
【0017】
スタフィロコッカス属の細菌のゲノムDNAにおいて、LysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までの間には複数の遺伝子が存在しており、その遺伝子の並びは保存されている。その並びは、LysS遺伝子、5S rRNA遺伝子(5SリボソームRNA遺伝子)、8種類のtRNA遺伝子(トランスファーRNA遺伝子)、16S rRNA遺伝子の順番である(
図1)。
【0018】
その中でも、LysS遺伝子から5S rRNA遺伝子の遺伝子間のDNA配列の相違は著しく、LysS遺伝子から5S rRNA遺伝子の遺伝子間のDNA配列を既知のスタフィロコッカス属細菌のDNA配列と比較することにより、スタフィロコッカス属細菌を種レベルに迅速で簡易的に検出・同定することができる。
【0019】
スタフィロ属について、LysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノム領域における16S rRNA遺伝子(全長)、LysS遺伝子(全長)、LysS遺伝子と5S rRNA遺伝子の間の領域の遺伝子について既存のデータを解析して、S.aureus(黄色ブドウ球菌)もしくはS.epidermidis(表皮ブドウ球菌)とその他のスタフィロコッカス属の細菌との類似性を比較した結果を表1に示す。
【表1】
【0020】
表1に示すように、スタフィロコッカス属内の菌種の16S rRNA遺伝子のDNA配列の細菌種間の類似性は平均値で97.8%であり、16S rRNA遺伝子は種間の類似性は高く細菌識別の解像度が低い。しかし、16S rRNA遺伝子のDNA配列のデータは、これまでに公開データベースにデータが多量に蓄積されており、そのため属レベルの識別には有効であるが、種レベルまでは同定することはできない。
【0021】
また、スタフィロコッカス属内の菌種のLysS遺伝子のDNA配列の種間の類似性は平均値で80.9%であり、種間の配列の相違が16S rDNAよりも多いためより詳細な識別が可能である。LysS遺伝子は、単独でもデータを比較して種の同定に用いることができるが、塩基配列決定の際にシークエンスエラーが生じる場合があり、その場合種の判別が困難となる。
【0022】
さらに、スタフィロコッカス属内の菌種のLysS遺伝子から5S rRNA遺伝子の遺伝子間のDNA配列(
図1の矢印3)の種間の類似性は平均値で38.0%である。LysS遺伝子から5S rRNA遺伝子の遺伝子間のDNA配列は、LysS遺伝子よりも種間の配列の相違が多く容易に種の識別が可能である。
【0023】
また、前記ゲノムDNA断片の塩基配列の16S rRNA遺伝子のDNA配列、LysS遺伝子のDNA配列及びLysS遺伝子から5S rRNA遺伝子の遺伝子間の3か所のDNA配列を既知のスタフィロコッカス属細菌のDNA配列と比較することにより、より精密にスタフィロコッカス属細菌を同定することができる。
【0024】
続いて、スタフィロコッカス属細菌の同定方法について、対象となる検体の採取から同定に至るまでの方法をより具体的に説明する。
【0025】
本発明の同定の対象となる検体は、食品、土壌、水、皮膚、血液などの臨床検体などを挙げることができる。
【0026】
スタフィロコッカス属細菌のLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNAを増幅するために、検体は通常の方法で採取し被検体試料とする。
【0027】
採取した被検体試料は、液状試料の場合は、採取試料をそのまま又は希釈して試料液とし、個体試料の場合は、細かく磨り潰す等して希釈水を加えて均質化した物を試料液として使用する。
実施例に示されている皮膚を検体とする場合について説明すると、皮膚常在細菌の採取方法は、湿式綿棒による採取法、テープストリッピング法カップスクラブ法等がある。皮膚上の菌数や菌種の評価という面では一定面積中に生息する微生物を掻取るスクラブ法が簡便法として優れている。
【0028】
採取した被検体試料の試料液は、そのままでも良いが、通常は、ろ過、遠心分離などを適宜選択することによって、菌を濃縮、分離する前処理をして核酸抽出工程に供される。
【0029】
次に、被検体試料からゲノムDNAを増幅するために被検体試料中に含まれる細菌から核酸を抽出する。当該核酸の抽出は、バクテリアからのトータルDNAを精製する方法において、公知の核酸抽出方法により行えばよい(核酸抽出工程)。
【0030】
このようにして抽出した核酸を鋳型としてプライマー対を使用して前記核酸の増幅を行う(核酸増幅工程)。
核酸の増幅は、特に制限されるものではないが、通常、PCR(ポリメラーゼチェインリアクション)法により行う。以下の説明は、核酸の増幅がPCR法で行われたとして説明する。
【0031】
核酸増幅のPCR法に用いるプライマー対は、スタフィロコッカス属細菌のLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNAを増幅することができるフォワードプライマーとリバースプライマーの対であれば何でもよい。フォワードプライマーとリバースプライマーは、スタフィロ属だけが共通して持っている配列を設計領域として、通常20~40bp程度のものを用いればよい。
【0032】
表1に示したように、スタフィロコッカス属では、16S rRNA遺伝子のDNA配列及びLysS遺伝子のDNA配列の種間の類似性が高いので、LysS遺伝子の下流側のDNA配列の一部および16S rRNA遺伝子の上流側のDNA配列の一部が両末端になるようにフォワードプライマーとリバースプライマーを選んで核酸増幅を行い、16S rRNA遺伝子の上流側のDNA配列の一部及び/又はLysS遺伝子の下流側のDNA配列の一部ついて相同性を検索すれば、スタフィロコッカス属レベルの判別が可能である。
【0033】
スタフィロコッカス属細菌のLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNAを増幅するプライマー対の1例を挙げると、配列表の配列番号1に示される塩基配列(Staphylo_LysS_1318F:5’-CAAGGTAAYGAYGAAGCICATGAIATGG-3’)からなるフォワードプライマー及び配列表の配列番号2に示される塩基配列(Staphylo_16SV1V2_R:5’-TGGCCGATCACCCTCTCAGGTC-3’)からなるリバースプライマーを挙げることができる。
前記プライマー対を用いてゲノムDNAを増幅すれば、LysS遺伝子の下流側171bp程度のDNA配列(
図1の矢印2)から16S rRNA遺伝子の上流側の多様性のあるV1~V2領域を含む320bp程度のDNA配列(
図1の矢印1)までのゲノムDNAを増幅することができる。
【0034】
前記フォワードプライマーおよび前記リバースプライマーは、プライマーとしての機能を変更しない範囲で適宜変更することができる。例えば、前記フォワードプライマーおよび前記リバースプライマーは数個の塩基が置換、付加もしくは欠損したオリゴヌクレオチドであっても、PCRの反応条件のアニーリング温度を最適条件から低く設定することや、アニーリング時間を長く設定することによって、スタフィロコッカス属菌のゲノムDNAの標的領域を増幅することができる。
【0035】
PCR法は、具体的には前記抽出した核酸、フォワードプライマー及びリバースプライマーを反応液に添加してサーマルサイクラーにより反応させる。
反応液は、通常用いられる耐熱性DNAポリメラーゼとNTPを含むものを用いればよい。
PCRに使用する耐熱性DNAポリメラーゼは、DNAポリメラーゼ・TaqポリメラーゼのようなDNA依存型DNAポリメラーゼ等、公知の重合酵素を使用すればよい。
【0036】
サーマルサイクラーでの反応は、どのような条件で行ってもよく、核酸増幅の条件(変性温度、アニール温度およびアニール時間、サイクル数、伸長温度および伸長時間)は設計したプライマーの長さやGC含有量等によって適宣決定する。
一例を示すと、変性温度が92~98℃、アニール温度が50~68℃、アニール時間が10秒~1分、サイクル数が20~40サイクル、伸長温度が68~72℃、伸長時間が1分~10分で行えばよい。
【0037】
PCR反応が終了した後、増幅したPCR増幅産物から目的のサイズのPCR産物を分取するために、PCR反応液を採取して電気泳動を行いサイズの異なるDNAを分離する。(電気泳動工程)。
電気泳動工程では、適切な緩衝液およびゲルを使用して通常の方法で行う。電気泳動時間・電圧は適宣設定する。使用するゲルを例示するとアガロースゲル、アクリルアミドゲルなどが挙げられる。また、使用する緩衝液としては、トリス酢酸EDTA緩衝液、トリスホウ酸EDTA緩衝液などが挙げられる。
【0038】
電気泳動工程の後、所定濃度のエチジウムブロマイド等の染色剤によりPCR産物を所定時間染色してLEDの主波長500nm、UVライト等の照射等によって可視化することによってPCR産物を検出する。電気泳動によってDNAのサイズ毎に分離されたDNAはバンド状に可視化される(PCR増幅産物検出工程)。
【0039】
PCR増幅産物検出工程によってDNAのサイズを確認した後、目的のサイズDNA断片のバンドをアガロースゲルから切り出し、精製する。切り出したアガロースゲル片からのDNA断片の精製は、公知の核酸抽出方法により行う(切り出し精製工程)。
【0040】
前記精製されたDNA断片は、シーケンス解析することにより、ゲノムDNA断片の塩基配列を決定することができる。
シーケンシング方法としては、キャピラリー電気泳動によるサンガー法シークエンス、次世代シークエンシング、次世代シークエンシングのロングリードタイプ等を使用することができる。
【0041】
キャピラリー電気泳動によるサンガー法シークエンスは、例えば3730xl DNA アナライザ(サーモフィッシャーサイエンティフィック)やSeqStudio Genetic Analyzer(サーモフィッシャーサイエンティフィック)が利用できる。
【0042】
しかし、サンガー法シークエンスでシーケンス解析するためには、その前処理としてTAクローニングによって増殖する必要がある。前記PCR法において、3’から5’エキソヌクレアーゼ活性を有するDNAポリメラーゼによって核酸を増幅した場合は、3’末端が平滑化されているので、その場合は、PCR増幅産物の平滑末端へのアデニンを付加した後に、TAクローニングを実施する。
【0043】
TAクローニングは、通常の方法を用いて行うことができる。すなわち、DNA断片を組み込んだプラスミドにより大腸菌を形質転換し、培養、抽出、生成すればよい。具体的には、形質転換された大腸菌を、まず、寒天培地に播種して培養しコロニーを形成させ、各コロニーをピックアップし液体培地により培養して、培養されたプラスミドを通常用いられる方法によって抽出し精製することにより単一のDNAが組み込まれたプラスミドを得ることができる。
【0044】
形質転換に使用する大腸菌ホストは、公知のクローニングに使用可能な大腸菌ホストを用いることが出来る。大腸菌ホストの一例を示すとE. coli HST08(タカラバイオ社製)がある。
【0045】
上記工程を経て得られた単一の増幅したゲノムDNA断片の塩基配列は、サンガー法シーケンシングによりシーケンス解析することにより、スタフィロコッカス属細菌のLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNA断片の塩基配列を決定する。
【0046】
キャピラリー電気泳動によるサンガー法シークエンスは、例えば3730xl DNA アナライザ(サーモフィッシャーサイエンティフィック)やSeqStudio Genetic Analyzer(サーモフィッシャーサイエンティフィック)が利用できる。
【0047】
次世代シークエンシングは、ショートリードタイプのMiseq(illumina)、Hiseq(illumina)、Novaseq(illumina)もしくはIon Proton(サーモフィッシャーサイエンティフィック)、Ion GeneStudio S5次世代シーケンスシステム(サーモフィッシャーサイエンティフィック)が利用できる。そのほかに、次世代シークエンシングのロングリードタイプのPacBio RS II(Pacific Biosciences)、PacBio Sequel Systems(Pacific Biosciences)もしくはMniION(Oxford Nanopore)、PromethION(Oxford Nanopore)が利用できる。
【0048】
以上の様にして決定されたスタフィロコッカス属細菌のLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNA断片の塩基配列について、16S rRNA遺伝子のDNA配列、LysS遺伝子のDNA配列及びLysS遺伝子から5S rRNA遺伝子の遺伝子間のDNA配列を既知のスタフィロコッカス属細菌のDNA配列と相同性検索により配列を比較することにより、スタフィロコッカス細菌を同定することができる。
【0049】
既知のスタフィロコッカス属細菌の16S rRNA遺伝子のDNA配列、LysS遺伝子のDNA配列及びLysS遺伝子から5S rRNA遺伝子の遺伝子間のDNA配列は、データベースに公開されている既知のスタフィロコッカス属菌のゲノムDNA配列を利用して、既知のスタフィロコッカス属菌の種別に構築してデータベース化しておく。
【0050】
相同性検索の結果、検索に用いたDNA配列とヒットしたDNA配列との類似性において、ヒットしたDNA配列の菌種の種内類似性の範囲内であること、かつ、その他の菌種間との類似性が種内類似性よりも低い場合に、検索に用いたDNA配列はヒットした種であることが判断できる。
【0051】
相同性検索は、BLAST、FASTA、SCANPS等の既存の相同性検索手法を用いて行うことができる。例えは、NCBI(National Center for Biotechnology Information)によって公開されているblastnプログラムを用いることができる。
【実施例】
【0052】
本実施例では、皮膚常在菌のスタフィロコッカス属の細菌の同定を行った例を示すが,本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0053】
(1)検体の採取
検体は、スクラブ法によって皮膚表面の組織を採取した。具体的には、前腕屈側部に円柱カップを押し付け2mLサンプリング液(50mMリン酸緩衝液(pH6.8)、0.1%(V/V)Tween80溶液)を添加した。その後、ラバーポリスマンを用いてカップ円柱カップ内側の皮膚を1分間スクラブし、2mLチューブへスクラブしたサンプリング液を回収した。回収したサンプリング液を室温で5分間、20,000xgで遠心分離し、上清を捨て、沈殿物を得た。
【0054】
(2)DNAの抽出
遠心分離で得られた沈殿物を倉敷紡績株式会社製のDNA抽出キットQuickGene DNA tissue kit Sを用いてキットのプロトコルに従ってゲノムDNAを抽出し、抽出したDNAをキット添付のCDT 100μLに溶解した。
【0055】
(3)PCRによるDNAの増幅
次に、スタフィロコッカス属の細菌のLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNAを解析するため、PCRによるLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNAの増幅を行った。PCRはKOD-Multi&Epi(登録商標)を用いた。PCRプライマーは、フォワードプライマー(Staphylo_LysS_1318F)(配列番号1)に5’-CAAGGTAAYGAYGAAGCICATGAIATGG-3、リバースプライマー(Staphylo_16SV1V2_R)(配列番号2)に5’-TGGCCGATCACCCTCTCAGGTC-3’を用いた。PCRサイクルは、98℃・2分、(98℃・10秒、63℃・30秒、68℃・2分)×34サイクルで増幅した。
PCR産物を、アガロースゲル電気泳動(1.5%アガロースゲル)によって分離した。
【0056】
(4)PCR産物の切り出し
PCR産物のDNAサイズが、1.5kbpから3.0kbpのバンドをアガロースゲルから切り出し,Gel/PCR DNA Isolation System(Viogene)を用いて精製した。
【0057】
(5)TAクローニング TAクローニングの前処理として、10×A-attachment mix(東洋紡)を用いて、精製したPCR産物にdAを付加した。
前記dAを付加したPCR産物のTAクローニングを実施した。
Ligation Mighty Mix(タカラバイオ株式会社)を用いてT-Vecter pMD20 (タカラバイオ株式会社)に3’末端にdAを付加したPCR産物をライゲーションした後、E. coli HST08 Premium Competent Cellsに形質転換した。LB-amp培地に播種後、37℃、一晩培養しコロニーを形成させた。得られたコロニーについて、コロニーダイレクトPCR(配列番号1および2のプライマーを使用)を実施し,目的の長さのDNAがクローニングされた大腸菌を選抜した。選抜した大腸菌をMini Plus(登録商標) Plasmid DNA Extraction Systemを用いてキットのプロトコルに従ってプラスミドDNAを抽出・精製し、皮膚常在性細菌のLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNA断片を導入したプラスミドDNAを得た。
【0058】
(6)DNAシーケンス解析
前記TAクローニングにより得たプラスミドDNAを、下記の2種類のシークエンシングのプライマーを用いてサンガー法シーケンシングを行い、LysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNA断片の塩基配列を決定した。
フォワードプライマー(配列番号3)
M13rev:5’-GAGCGGATAACAATTTCACACAGG-3’
リバースプライマー(配列番号4)
M13 Mod.i:5’-GGTTTTCCCAGTCACGACG-3’
【0059】
(7)DNA配列データベースの構築
スタフィロコッカス属の細菌の株のLysS遺伝子のDNA配列、LysS遺伝子から5S rRNA遺伝子の遺伝子間のDNA配列、16S rRNA遺伝子 (LysS遺伝子の下流の16S rRNA遺伝子) のDNA配列の合計3種類のDNA配列データベースの構築を以下のように行った。
The National Center for Biotechnology Information (NCBI)によって公開されているDNA配列のデータベース(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore)から全ゲノム配列が登録されているスタフィロコッカス属の細菌の株のゲノム配列データを取得した。
取得したゲノム配列データのアノテーション情報を参照することによって、各株のゲノム配列の中からLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのDNA配列を取得した。
取得した各株のDNA配列からLysS遺伝子のDNA配列、LysS遺伝子から5S rRNA遺伝子の遺伝子間のDNA配列、16S rRNA遺伝子のDNA配列の合計3種類のDNA配列をそれぞれmulti-FASTA形式でファイルに保存した。
BioEdit(http://www.mbio.ncsu.edu/BioEdit/bioedit.html)のAccessory ApplicationからCreate a local nucleotide database fileを実行し、作成した上記3領域のDNA配列データファイルから配列検索プログラムBLAST(Basic Local Alignment Search Tool)のデータベースを構築した。
【0060】
(8)DNA配列の配列解析による細菌の種の同定
前記(6)で取得したDNA配列は、BioEditのAccessory Applicationからlocal blastを実行し、下記パラメーターによるblast検索を実施した。
プログラム:blastn
Nucleotide Database:前記(7)で構築したLysS遺伝子のDNA配列、LysS遺伝子から5S rRNA遺伝子の遺伝子間のDNA配列、16S rRNA遺伝子のDNA配列の合計3種類のデータベース
Query:前記(6)で取得したDNA配列
【0061】
(8)皮膚由来検体の同定結果
皮膚表面の組織から採取した検体について、スタフィロコッカス属細菌のBlast検索を行った結果を表2に示す。
16S rRNA遺伝子のデータベースに対するBlast検索において、1番目にヒットしたスタフィロコッカス属の細菌の株のDNA配列の類似性は99%から100%であった。また、2番目にヒットした株のDNA配列の類似性は98%から99%であった。16S rRNA遺伝子の配列類似性が既知のスタフィロコッカスの細菌と99%以上であったことから、皮膚検体から取得したDNA配列は何れもスタフィロコッカス属の細菌由来であることが確認できた。一方、1番目と2番目にヒットした株のDNA配列の類似性の差がごく僅かであったため、16S rRNA遺伝子の配列比較のみでは、種の同定には至らない結果であった。
LysS遺伝子のデータベースに対するBlast検索において、最上位にヒットしたスタフィロコッカス属の細菌の株のDNA配列の類似性は94%から99%であった。また、2番目にヒットした株のDNA配列の類似性は82%から89%であった。
1番目と2番目にヒットした株のDNA配列の類似性の差は7%から14%であった。このことから、2番目にヒットした株の種で無い事が推測され、1番目にヒットした株の種がBlast検索にかけたDNA配列の由来種であることが確認できた。
LysS遺伝子と5S rRNA遺伝子の間のDNA配列のデータベースに対するBlast検索においてもLysS遺伝子のデータベースに対するBlast検索と同様の結果であった。
皮膚表面の組織から採取した検体は、Blast検索で1番目にヒットした株の種と高い相同性を示しており、1番目にヒットした株の種が検体の細菌であることが種レベルで確認することができた。
【0062】
表2 皮膚由来の細菌DNA配列を用いたBlast検索の結果
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0063】
以上説明したように、本発明によれば、従来の16S rRNA遺伝子の塩基配列決定法と同様の煩雑さで、これまで困難であったスタフィロコッカス属内の菌種を種レベルで簡易に迅速に検出・同定が可能になる。したがって、本発明は、食品の衛生検査や感染症患者の検査、美容分野の産業利用に供することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0064】
配列番号:1は、スタフィロコッカス属細菌のLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNAを増幅するフォワードプライマーの配列である。
配列番号:2は、スタフィロコッカス属細菌のLysS遺伝子から16S rRNA遺伝子までのゲノムDNAを増幅するリバースプライマーの配列である。
配列番号:3は、実施例で用いたDNAシークエンシングのフォワードプライマーの配列である。
配列番号:4は、実施例で用いたDNAシークエンシングのリバースプライマーの配列である。
【配列表】