(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-09
(45)【発行日】2024-09-18
(54)【発明の名称】多層盛溶接方法、多層盛突合せ溶接継手の形成方法並びに多層盛溶接の積層パターン算出方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/127 20060101AFI20240910BHJP
B23K 9/02 20060101ALI20240910BHJP
【FI】
B23K9/127 509D
B23K9/02 G
(21)【出願番号】P 2021124523
(22)【出願日】2021-07-29
【審査請求日】2023-09-01
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】八島 聖
【審査官】豊島 唯
(56)【参考文献】
【文献】特開昭49-111853(JP,A)
【文献】特開2004-074212(JP,A)
【文献】実開昭51-055828(JP,U)
【文献】特開2002-028780(JP,A)
【文献】特開2000-000664(JP,A)
【文献】特開平10-216937(JP,A)
【文献】特開平09-108838(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/127
B23K 9/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
開先を形成するように配置された上板及び下板からなる一対の母材に対し、横向姿勢の多層盛溶接によって、溶接金属を形成して接合するための多層盛溶接方法であって、
前記溶接金属は、前記母材の裏面から表面まで複数の層を有し、
前記複数の層は、
最終層を含む少なくとも2層を有する仕上げ層と、
前記仕上げ層よりも前記母材の裏面側に位置し、前記仕上げ層と隣接する層となる境界層を含む土台層と、を備え、
前記境界層における前記上板側溶着部の位置P
UBが、前記境界層における前記下板側溶着部の位置P
LBよりも前記母材の表面に近くなるように、前記境界層を形成し、
施工情報に基づいて、前記P
UBの位置情報、前記P
LBの位置情報、及び前記P
UBと前記P
LB間の相対位置情報のうち少なくとも2つの位置情報を決定する工程を有し、
前記施工情報は、少なくとも開先形状、開先角度及び前記母材の板厚の情報を含む、多層盛溶接方法。
【請求項2】
開先を形成するように配置された上板及び下板からなる一対の母材に対し、横向姿勢の多層盛溶接によって、溶接金属を形成して接合するための多層盛溶接方法であって、
前記溶接金属は、前記母材の裏面から表面まで複数の層を有し、
前記複数の層は、
最終層を含む少なくとも2層を有する仕上げ層と、
前記仕上げ層よりも前記母材の裏面側に位置し、前記仕上げ層と隣接する層となる境界層を含む土台層と、を備え、
前記境界層における前記上板側溶着部の位置P
UBが、前記境界層における前記下板側溶着部の位置P
LBよりも前記母材の表面に近くなるように、前記境界層を形成し、
少なくとも開先形状、開先角度及び前記母材の板厚の情報を含む施工情報と、前記P
UBの位置情報、前記P
LBの位置情報、及び前記P
UBと前記P
LB間の相対位置情報のうち少なくとも2つの位置情報と、を関連付けたデータベースを備え、
前記データベースに基づいて、積層数及び前記境界層の位置を含む積層パターンを決定する工程を有する、多層盛溶接方法。
【請求項3】
開先を形成するように配置された上板及び下板からなる一対の母材に対し、横向姿勢の多層盛溶接によって、溶接金属を形成して接合するための多層盛溶接方法であって、
前記溶接金属は、前記母材の裏面から表面まで複数の層を有し、
前記複数の層は、
最終層を含む少なくとも2層を有する仕上げ層と、
前記仕上げ層よりも前記母材の裏面側に位置し、前記仕上げ層と隣接する層となる境界層を含む土台層と、を備え、
前記境界層における前記上板側溶着部の位置P
UBが、前記境界層における前記下板側溶着部の位置P
LBよりも前記母材の表面に近くなるように、前記境界層を形成し、
前記母材の表面から前記P
UBまでの距離D
UBが2~12mmの範囲となり、かつ、前記母材の表面から前記P
LBまでの距離D
LBが4~16mmの範囲となるとともに、
前記D
UBと前記D
LBとの差が1mm以上10mm以下となるように、前記境界層を形成する、多層盛溶接方法。
【請求項4】
開先を形成するように配置された上板及び下板からなる一対の母材に対し、横向姿勢の多層盛溶接によって、溶接金属を形成して接合するための多層盛溶接方法であって、
前記溶接金属は、前記母材の裏面から表面まで複数の層を有し、
前記複数の層は、
最終層を含む少なくとも2層を有する仕上げ層と、
前記仕上げ層よりも前記母材の裏面側に位置し、前記仕上げ層と隣接する層となる境界層を含む土台層と、を備え、
前記境界層における前記上板側溶着部の位置P
UBが、前記境界層における前記下板側溶着部の位置P
LBよりも前記母材の表面に近くなるように、前記境界層を形成し、
n層目における前記上板側溶着部の位置をP
U(n)とし、n層目における前記下板側溶着部の位置をP
L(n)とする場合に、
前記母材の表面から前記P
L(n)までの距離D
L(n)と前記母材の表面から前記P
U(n)までの距離D
U(n)との差(D
L(n)-D
U(n))が、前記境界層に達するまで順に大きくなるように、前記土台層を形成する、多層盛溶接方法。
【請求項5】
開先を形成するように配置された上板及び下板からなる一対の母材に対し、横向姿勢の多層盛溶接によって、溶接金属を形成して接合するための多層盛溶接方法であって、
前記溶接金属は、前記母材の裏面から表面まで複数の層を有し、
前記複数の層は、
最終層を含む少なくとも2層を有する仕上げ層と、
前記仕上げ層よりも前記母材の裏面側に位置し、前記仕上げ層と隣接する層となる境界層を含む土台層と、を備え、
前記境界層における前記上板側溶着部の位置P
UBが、前記境界層における前記下板側溶着部の位置P
LBよりも前記母材の表面に近くなるように、前記境界層を形成し、
n層目における前記上板側溶着部の位置をP
U(n)とし、n層目における前記下板側溶着部の位置をP
L(n)とする場合に、
前記母材の表面から前記P
L(n)までの距離D
L(n)と前記母材の表面から前記P
U(n)までの距離D
U(n)との差(D
L(n)-D
U(n))が正である複数の層を、前記土台層における所定の層から前記境界層に達するまで連続的に形成する、多層盛溶接方法。
【請求項6】
開先を形成するように配置された上板及び下板からなる一対の母材に対し、横向姿勢の多層盛溶接によって、溶接金属を形成して接合するための多層盛溶接方法であって、
前記溶接金属は、前記母材の裏面から表面まで複数の層を有し、
前記複数の層は、
最終層を含む少なくとも2層を有する仕上げ層と、
前記仕上げ層よりも前記母材の裏面側に位置し、前記仕上げ層と隣接する層となる境界層を含む土台層と、を備え、
前記境界層における前記上板側溶着部の位置P
UBが、前記境界層における前記下板側溶着部の位置P
LBよりも前記母材の表面に近くなるように、前記境界層を形成し、
n層目における前記上板側溶着部の位置をP
U(n)とし、n層目における前記下板側溶着部の位置をP
L(n)とする場合に、
前記母材の表面から前記P
L(n)までの距離D
L(n)と前記母材の表面から前記P
U(n)までの距離D
U(n)との差(D
L(n)-D
U(n))が、前記境界層に達するまで交互に正負となるように、前記土台層を形成する、多層盛溶接方法。
【請求項7】
開先を形成するように配置された上板及び下板からなる一対の母材が、多層盛溶接により形成された溶接金属を介して接合された多層盛突合せ溶接継手の形成方法であって、
請求項1~
6のいずれか1項に記載の多層盛溶接方法を用いる多層盛突合せ溶接継手の形成方法。
【請求項8】
請求項
2に記載の多層盛溶接方法を行うための多層盛溶接の積層パターン算出方法であって、
少なくとも開先形状、開先角度及び前記母材の板厚の情報を含む施工情報と、前記P
UBの位置情報、前記P
LBの位置情報、及び前記P
UBと前記P
LB間の相対位置情報のうち少なくとも2つの位置情報と、を関連付けたデータベースを備え、
前記データベースに基づいて、積層数及び前記境界層の位置を含む積層パターンを決定する工程を有する、多層盛溶接の積層パターン算出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、横向姿勢での多層盛溶接においても、ビード垂れの発生を最小限に抑制して、溶接金属の表面が良好な溶接継手を形成することができる、多層盛溶接方法、該多層盛溶接方法により形成される多層盛突合せ溶接継手及び多層盛溶接の積層パターン算出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
構造物製造時における溶接工程は、省人化又は施工能率改善が従来より望まれ、近年、溶接ロボットの適用が増加している。また、構造物の大型化やデザインに特化した鋼構造物が増えており、建築現場等の現場溶接においても省人化又は施工能率改善を促すために可搬型溶接ロボットが用いられ、様々な溶接姿勢で自動施工される機会が増えている。なお、様々な溶接姿勢の種類としては、下向姿勢、立向姿勢、横向姿勢等がある。これらの溶接姿勢のうち横向姿勢での溶接は、柱継溶接で行われる場合が多いが、他の溶接姿勢に比べると溶接長が長く、作業負荷が高い傾向にある。また、溶融金属が垂れやすく外観不良に至りやすい特徴があるため、横向姿勢の溶接は難易度が高い。
【0003】
上記した可搬型溶接ロボットの中でも、特に建築現場で多く利用されている3軸の可搬型溶接ロボットにあっては、トーチ角変更機構を備えないものが多く、その場合にはトーチ角一定で溶接されるため、横向姿勢における溶接の難易度がより上がる。また、下板側に開先加工しているレ型やV型の開先の場合は、施工上の難しさから下板側付近において特にビード垂れが発生しやすくなり、さらに難易度が上がる。
【0004】
横向姿勢の溶接が難姿勢と言われる理由の一つに、重力による影響でビード垂れが発生しやすいことが挙げられる。一度ビード垂れが発生すると良好な継手外観を得にくくなるため、溶接を一旦中断し、グラインダー処理によりビード形状を整える作業が必要となる。また、多層盛溶接における仕上げ層においてもビード垂れが発生する可能性は高く、表当て材設置等の対策を要する場合がある。なお、グラインダー処理や表当て材設置は、タクトタイムが増え、施工能率の観点から好ましくない。
【0005】
ここで特許文献1には、溶接ワイヤを上下方向にオシレートしながら横向溶接する際、溶接ワイヤの上方向移動時間より下方向移動時間を長くするとともに、溶接中の溶融池内に磁界を与えて、溶融金属を押し上げる方向の攪拌力を生起して偏平な溶接ビードを形成するようにした溶接方法が開示されている。
【0006】
また、特許文献2には、溶接ヘッド内に少なくとも3組のワイヤ送給部品をワイヤの軸線方向に並べて配置し、3組のワイヤ送給部品のうち外側に位置する2組のワイヤ送給部品を結ぶ軸線に対して、中央に位置するワイヤ送給部品を上下方向にずらすことで、ワイヤに上下方向の曲げ癖を付加しながら送給して、開先継手内の上面又は下面を溶接する自動溶接方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開昭63-108973号公報
【文献】特開平8-309524号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1及び2に開示されている溶接方法によれば、溶融金属に押し上げ力を発生させるための専用の磁界発生装置や、ワイヤに上下方向の曲げ癖を付加しながら送給するためのワイヤ送給装置等、別途特別な装置が必要となり、装置を設置するための作業時間増加、設備コストの増加等の問題点がある。また、自動機を用いる場合には、装置が大型化することになるため、持ち運び等の運搬性や操作性の観点から、軽量、小型であるほど好ましいとされる可搬型溶接ロボット、台車を移動手段とする溶接装置等には特に適用し難いという問題点がある。
【0009】
本発明は、前述した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、横向姿勢での多層盛溶接においても、ビード垂れの発生を最小限に抑制して、溶接金属の表面が良好な溶接継手を形成することができる多層盛溶接方法、該多層盛溶接方法により形成される多層盛突合せ溶接継手及び多層盛溶接の積層パターン算出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
したがって、本発明の上記目的は、多層盛溶接方法に係る下記[1]の構成により達成される。
[1] 開先を形成するように配置された上板及び下板からなる一対の母材に対し、横向姿勢の多層盛溶接によって、溶接金属を形成して接合するための多層盛溶接方法であって、
前記溶接金属は、前記母材の裏面から表面まで複数の層を有し、
前記複数の層は、
最終層を含む少なくとも2層を有する仕上げ層と、
前記仕上げ層よりも前記母材の裏面側に位置し、前記仕上げ層と隣接する層となる境界層を含む土台層と、を備え、
前記境界層における前記上板側溶着部の位置PUBが、前記境界層における前記下板側溶着部の位置PLBよりも前記母材の表面に近くなるように、前記境界層を形成する、多層盛溶接方法。
【0011】
また、本発明の上記目的は、多層盛突合せ溶接継手に係る下記[2]の構成により達成される。
[2] 開先を形成するように配置された上板及び下板からなる一対の母材が、多層盛溶接により形成された溶接金属を介して接合された多層盛突合せ溶接継手であって、
前記溶接金属は、前記母材の裏面から表面まで複数の層を有し、
前記複数の層は、
最終層を含む少なくとも2層を有する仕上げ層と、
前記仕上げ層よりも前記母材の裏面側に位置し、前記仕上げ層と隣接する層となる境界層を含む土台層と、を備え、
前記境界層における前記上板側溶着部の位置PUBが、前記境界層における前記下板側溶着部の位置PLBよりも前記母材の表面に近い、多層盛突合せ溶接継手。
【0012】
また、本発明の上記目的は、多層盛溶接の積層パターン算出方法に係る下記[3]の構成により達成される。
[3] [1]に記載の多層盛溶接方法を行うための多層盛溶接の積層パターン算出方法であって、
少なくとも開先形状、開先角度、及び前記母材の板厚の情報を含む施工情報と、前記PUBの位置情報、前記PLBの位置情報、及び前記PUBと前記PLB間の相対位置情報のうち、少なくとも2つの位置情報と、を関連付けたデータベースを備え、
前記データベースに基づいて、積層数及び前記境界層の位置を含む積層パターンを決定する工程を有する、多層盛溶接の積層パターン算出方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の多層盛溶接方法によれば、横向姿勢での多層盛溶接においても、ビード垂れの発生を最小限に抑制して、溶接金属の表面が良好な溶接継手を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、本実施形態に係る多層盛溶接方法が用いられる可搬型溶接ロボットを備える溶接システムの一実施形態の概略図である。
【
図2】
図2は、可搬型溶接ロボットの概略側面図である。
【
図3】
図3は、可搬型溶接ロボットの斜視図である。
【
図4】
図4は、可搬型溶接ロボットが多角形角型鋼管に取付けられた場合の斜視図である。
【
図5】
図5は、本実施形態に係る多層盛溶接方法により形成された多層盛突合せ溶接継手の断面を示すマクロ写真である。
【
図6】
図6は、溶接パターン1により形成された多層盛突合せ溶接継手の土台層を模式的に示す断面図である。
【
図7】
図7は、溶接パターン2により形成された多層盛突合せ溶接継手の土台層を模式的に示す断面図である。
【
図8】
図8は、溶接パターン3により形成された多層盛突合せ溶接継手の土台層を模式的に示す断面図である。
【
図9】
図9は、一定のトーチ角で横向姿勢の開先を溶接する状態を模式的に示す断面図である。
【
図10】
図10は、3層目における最終パス、すなわち上板開先面に接する溶接パスを溶接する直前の状態を模式的に示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る多層盛溶接方法の一実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、可搬型溶接ロボットを用いた本実施形態は、最も本発明の効果を発揮する一例であって、例えば、台車を移動手段とする溶接装置、6軸の産業用ロボットや作業者の手溶接に依るものであってもよい。
【0016】
<1.溶接システム>
まず、
図1~
図4を参照して、可搬型溶接ロボット100を備える溶接システム50について説明する。
図1は、本実施形態に係る溶接システムの構成を示す概略図である。
図1に示すように、溶接システム50は、可搬型溶接ロボット100と、送給装置300と、溶接電源400と、シールドガス供給源500と、制御装置600と、を備えている。
【0017】
(1-1.制御装置)
制御装置600は、ロボット用制御ケーブル620によって可搬型溶接ロボット100と接続され、電源用制御ケーブル630によって溶接電源400と接続されている。
【0018】
制御装置600は、ワーク情報、ガイドレール情報、溶接対象となる母材であるワークWo及びガイドレール120の位置情報、可搬型溶接ロボット100の動作パターン、溶接開始位置、溶接終了位置、溶接条件、ウィービング動作等を定めたティーチングデータを、あらかじめ保持するデータ保持部601を有する。そして、このティーチングデータに基づいて可搬型溶接ロボット100及び溶接電源400に対して指令を送り、可搬型溶接ロボット100の動作及び溶接条件を制御する。
【0019】
また、制御装置600は、タッチセンシングや視覚センサ等のセンシングにより得られる検知データから開先形状情報を算出する開先条件算出部602と、該開先形状情報をもとに上記ティーチングデータの溶接条件を補正して溶接条件を取得する溶接条件算出部603と、を有する。また、可搬型溶接ロボット100において、後述するX方向、Y方向、Z方向へ駆動するための駆動部を制御する速度制御部604と、トーチ位置を判定するトーチ位置判定部605及び可搬型溶接ロボット100におけるトーチ角度駆動部である可動アーム部116を制御するトーチ角度算出部606を有する。そして、上記開先条件算出部602、溶接条件算出部603、速度制御部604、トーチ位置判定部605及びトーチ角度算出部606を含む制御部610が構成されている。なお、トーチ位置判定部605及びトーチ角度算出部606は、1つにまとめて構成することもできる。
【0020】
さらに、制御装置600は、ティーチングを行うためのコントローラとその他の制御機能をもつコントローラが一体となって形成されている。ただし、制御装置600は、これに限られるものではなく、ティーチングを行うためのコントローラ及びその他の制御機能を持つコントローラを2つに分けるなど、役割によって複数に分割してもよい。また、可搬型溶接ロボット100内に制御装置600を含めてもよいし、
図1に示すように、可搬型溶接ロボット100とは別に制御装置600を独立させて設けてもよい。すなわち、本実施形態で説明する可搬型溶接ロボット100及び制御装置600を有する溶接システムにおいては、制御装置600が、可搬型溶接ロボット100内に含まれる場合と、可搬型溶接ロボット100とは独立して設けられる場合のいずれの場合も含まれるものとする。また、本実施形態においては、ロボット用制御ケーブル620及び電源用制御ケーブル630を用いて信号が送られているが、これに限られるものではなく、無線で送信してもよい。なお、溶接現場における使用性の観点から、ティーチングを行うためのコントローラとその他の制御機能を持つコントローラの2つに分けることが好ましい。
【0021】
(1-2.溶接電源)
溶接電源400は、制御装置600からの指令により、消耗電極(以降、「溶接ワイヤ」とも称する。)211及びワークWoに電力を供給することで、溶接ワイヤ211とワークWoとの間にアークを発生させる。溶接電源400からの電力は、パワーケーブル410を介して送給装置300に送られ、送給装置300からコンジットチューブ420を介して溶接トーチ200に送られる。そして、
図2に示すように、溶接トーチ200先端のコンタクトチップを介して、溶接ワイヤ211に供給される。なお、溶接作業時の電流は、直流又は交流のいずれであっても良く、また、その波形は特に問わない。よって、電流は、矩形波や三角波などのパルスであってもよい。
【0022】
また、溶接電源400は、例えば、パワーケーブル410がプラス(+)電極として溶接トーチ200側に接続され、パワーケーブル430をマイナス(-)電極としてワークWoに接続される。なお、これは逆極性で溶接を行う場合であり、正極性で溶接を行う場合は、プラスのパワーケーブルを介してワークWo側に接続され、マイナスのパワーケーブルを介して、溶接トーチ200側と接続されていればよい。
【0023】
(1-3.シールドガス供給源)
シールドガス供給源500は、シールドガスが封入された容器及びバルブ等の付帯部材から構成される。シールドガス供給源500から、シールドガスが、ガスチューブ510を介して送給装置300へ送られる。送給装置300に送られたシールドガスは、コンジットチューブ420を介して溶接トーチ200に送られる。溶接トーチ200に送られたシールドガスは、溶接トーチ200内を流れ、ノズル210にガイドされて、溶接トーチ200の先端側から噴出する。本実施形態で用いるシールドガスとしては、例えば、アルゴン(Ar)や炭酸ガス(CO2)又はこれらの混合ガスを用いることができる。
【0024】
(1-4.送給装置)
送給装置300は、溶接ワイヤ211を繰り出して溶接トーチ200に送る。送給装置300により送られる溶接ワイヤ211は、特に限定されず、ワークWoの性質や溶接形態等によって選択され、例えば、ソリッドワイヤやフラックス入りワイヤが使用される。また、溶接ワイヤ211の材質も問わず、例えば軟鋼でもよいし、ステンレス、アルミニウム、チタンといった材質でもよい。さらに、溶接ワイヤ211の線径も特に問わないが、本実施形態において好ましい線径は、上限は1.6mmであり、下限は0.9mmである。
【0025】
本実施形態に係るコンジットチューブ420は、チューブの外皮側にパワーケーブルとして機能するための導電路が形成され、チューブの内部に溶接ワイヤ211を保護する保護管が配置され、シールドガスの流路が形成されている。ただし、コンジットチューブ420はこれに限られるものではなく、例えば、溶接トーチ200に溶接ワイヤ211を送給するための保護管を中心にして、電力供給用ケーブルやシールドガス供給用のホースを束ねたものを用いることもできる。また例えば、溶接ワイヤ211及びシールドガスを送るチューブと、パワーケーブルとを個別に設置することもできる。
【0026】
(1-5.可搬型溶接ロボット)
可搬型溶接ロボット100は、
図2及び
図3に示すように、ガイドレール120と、ガイドレール120上に設置され、該ガイドレール120に沿って移動するロボット本体110と、ロボット本体110に載置されたトーチ接続部130と、を備える。ロボット本体110は主に、ガイドレール120上に設置される筐体部112と、この筐体部112に取り付けられた固定アーム部114と、この固定アーム部114に、矢印R
1方向に回転可能な状態で取り付けられた可動アーム部116と、から構成される。
【0027】
トーチ接続部130は、溶接トーチ200を溶接線方向、すなわちX方向に可動する可動部であるクランク170を介して、可動アーム部116に取り付けられている。トーチ接続部130は、溶接トーチ200を固定するトーチクランプ132及びトーチクランプ134を備えている。また、筐体部112には、溶接トーチ200が装着される側とは反対側に、送給装置300と溶接トーチ200を繋ぐコンジットチューブ420を支えるケーブルクランプ150が設けられている。
【0028】
また、本実施形態においては、ワークWoと溶接ワイヤ211間に電圧を印加し、溶接ワイヤ211がワークWoに接触したときに生じる電圧降下現象を利用して、ワークWo上の開先10の表面等をセンシングする、タッチセンサを検知手段とする。検知手段は、本実施形態のタッチセンサに限られず、画像センサすなわち視覚センシング、若しくはレーザーセンサすなわちレーザーセンシング等、又はこれら検知手段の組み合わせを用いてもよいが、装置構成の簡便性から本実施形態のタッチセンサを用いることが好ましい。
【0029】
ロボット本体110の筐体部112は、
図2の矢印Xで示すように、紙面に対して垂直方向、すなわちロボット本体110がガイドレール120に沿って移動するX方向に駆動する、図示しないロボット駆動部を備える。また、筐体部112は、X方向に対し垂直となる開先10の深さ方向に移動するZ方向にも駆動可能である。また、固定アーム部114は、筐体部112に対して、スライド支持部113を介して、X方向に対し垂直となる開先10の幅方向であるY方向へ駆動可能である。
【0030】
さらに、溶接トーチ200が取りつけられたトーチ接続部130は、クランク170が
図3の矢印R
2に示すように回動することで、X方向において前後方向、すなわち溶接線方向に首振り駆動可能である。また、可動アーム部116は、矢印R
1に示すように、固定アーム部114に対して回転可能に取り付けられており、最適な角度に調整して固定することができる。
【0031】
以上のように、ロボット本体110は、その先端部である溶接トーチ200を3つの自由度で駆動可能である。ただし、ロボット本体110はこれに限られるものでなく、用途に応じて任意の数の自由度で駆動可能としてもよい。
【0032】
以上のように構成されていることで、トーチ接続部130に取り付けられた溶接トーチ200の先端部は、任意の方向に向けることができる。さらに、ロボット本体110は、ガイドレール120上を、
図2においてX方向に駆動可能である。溶接トーチ200は、Y方向に往復移動しながら、ロボット本体110がX方向に移動することより、ウィービング溶接を行うことができる。また、クランク170による駆動により、例えば、前進角又は後退角を設ける等の施工状況に応じて、溶接トーチ200を傾けることができる。さらに、クランク170の駆動により溶接トーチ200をX方向に傾けることで、
図4で示すような、多角形角型鋼管のようなワークWoの角部WCとガイドレール120の曲線部122の曲率が異なる場合などにより生じるトーチ角度の変化、すなわち前進角又は後退角を補正することができる。
【0033】
ガイドレール120の下方には、例えば磁石などの取付け部材140が設けられおり、ガイドレール120は、取付け部材140によりワークWoに対して着脱が容易に構成されている。可搬型溶接ロボット100をワークWoにセットする場合、オペレータは可搬型溶接ロボット100の両側把手160を掴むことにより、可搬型溶接ロボット100をワークWo上に容易にセットすることができる。
【0034】
<2.横向姿勢の多層盛溶接方法>
次に、上記可搬型溶接ロボット100を用いた横向姿勢の多層盛溶接方法について説明する。
一般的な横向姿勢における溶接の場合、基本的に初層は除いて「ストレート運棒」で溶接される。ここで、ストレート運棒とは、ウィービングを行うことなく直線状に溶接する運棒操作を指す。また、ビード垂れ防止の観点から、低入熱施工が一般的である。しかし、低入熱でストレート運棒を実施すると、凸ビード形状となりやすいため、各パスで最適なトーチ角度が設定されて溶接されることが一般的であり、筋盛状の仕上げ形状となる。任意のトーチ角度を設定可能な溶接手法としては、例えば、熟練工による溶接や、6軸以上の産業用ロボットを用いた溶接が挙げられる。
【0035】
一方、可搬型溶接ロボット100は、一般的にトーチ角変更機構を備えないことから、
図9に示すように、横向姿勢での溶接であっても、上板側のトーチ角度及び下板側のトーチ角度の全てのパスにおいて一定のトーチ角αで溶接されることになり、一定のトーチ角αでの溶接では横向姿勢での溶接の難しさに加えて、状況に応じてトーチ角を最適な条件に設定できないため、よりビード垂れが発生しやすくなる。さらに、下板側に開先加工しているレ型やV型の開先(以降、総称して「下開先」とも称する。)の場合は、施工上の難しさから下板側付近において特にビード垂れが発生しやすくなる。
【0036】
このため、本実施形態では、難姿勢である横向姿勢の場合だけでなく、さらにビード垂れが発生しやすくなる一定のトーチ角αでの溶接や開先形状がレ型又はV型であったとしても、継手外観を良好とするために、後述する「仕上げ層」、特に「最終層」におけるビード垂れを考慮して、その前段階である「土台層」でのビード形状を適切に形成することが必要となる。以下、土台層を形成する際の3つの溶接パターンについて説明する。
【0037】
(2-1.溶接パターン1)
【0038】
図5は、溶接パターン1による横向姿勢での多層盛溶接方法により形成された多層盛突合せ溶接継手20の断面マクロ写真である。また、
図6は、溶接パターン1に係る多層盛溶接方法により形成される土台層GLの断面模式図である。
【0039】
図5に示す溶接継手20は、板厚が25mmであり材質がSM490Aからなる母材としての下板1L及び上板1Uを、下開先の横向姿勢で配置し、裏当て金2を用いて7層からなる溶接金属WLにより横向溶接が施されている。なお、ここでいう下開先は、具体的には下板側に開先加工しているレ型となる。詳細には、
図5において丸付き数字の1~5で示す5層のからなる土台層GLと、丸付き数字の6及び7で示す2層からなる仕上げ層FLにより溶接金属WLが形成されている。なお、
図5における各層中の破線は、各パスの境界を模式的に示している。各パスは、原則として下板1Lに近い側のパスから上板1Uに向かって順に積層される。
このような、下開先かつ横向姿勢での溶接では、ビード垂れが発生しやすく、継手外観に大きな影響を及ぼすおそれがある。
【0040】
なお、以下の説明では、複数の層は、最終層ELを含む少なくとも2層を仕上げ層FLとし、仕上げ層FLの土台となる層を土台層GLとし、土台層GLのうち仕上げ層FLと隣接する層を境界層BLとして説明する。なお、ここでいう「複数の層」とは
図5に示す実施形態では7層であり、「境界層BL」は5層目となる。
また、各層における上板1U側の溶着部の位置をP
U(n)、下板1L側の溶着部の位置をP
L(n)とする。ただし、nは層数を示す。具体的に、
図5はn=3の場合を示しており、
図6はn=4の場合を示している。
なお、溶着部の位置とは、各層における上板1U又は下板1Lと、溶接金属WLの境界部分で最も表面寄りの位置を意味する。したがって、5層目が境界層BLとなる場合は、境界層BLの上板側溶着部の位置P
UB=P
U(5)であり、境界層BLの下板側溶着部の位置P
LB=P
L(5)となる。
また、
図5において母材である上板1U及び下板1Lの表面1Aは右側面であり、裏面1Bは左側面である。
【0041】
本実施形態の溶接継手20においては、境界層BLの上板側溶着部の位置PUBは、境界層BLの下板側溶着部の位置PLBよりも、母材の表面1Aに近くなるように形成されている。
具体的には、上板側溶着部の位置PUBの上板1Uの表面1Aからの距離DUBが2~12mmの範囲にあり、下板側溶着部の位置PLBの下板1Lの表面1Aからの距離DLBが4~16mmの範囲にある。さらに、下板側溶着部の位置PLBの下板1Lの表面1Aからの距離DLBと上板側溶着部の位置PUBの上板1Uの表面1Aからの距離DUBとの差であるDLB-DUBが、1mm以上10mm以下となるように形成されている。
【0042】
このように距離DLBがDUBより大きい傾斜を有する境界層BLを形成することにより、ビード垂れが発生しやすい横向姿勢での溶接においてビード垂れが発生したとしても、上板1U側より大きな空間が下板1L側に確保されているので、該空間に溶融金属を収容することができる。したがって、溶接金属の表面形状が良好になり、外観の優れた仕上げ層FLを容易に形成できる。
なお、仕上げ層FLは、1層であってもよいが、2層以上の複数層として次第に傾斜を修正することで、良好な外観の仕上げ層FLが形成されやすくなり、2層以上とすることが好ましい。
【0043】
図6に示す溶接パターン1での溶接は、境界層BLに関して、開先形状、開先角度及び母材の板厚Xなどの施工情報と、下板側溶着部の位置P
LBの位置情報、上板側溶着部の位置P
UBの位置情報、及び下板側溶着部の位置P
LBと上板側溶着部の位置P
UB間の相対位置情報との関係を実験などによりあらかじめ求めておき、例えば下記表1のような表を作成しておくとよい。
【0044】
【0045】
そして、施工情報に基づいて、上記表1から人手により下板側溶着部の位置PLBの位置情報、上板側溶着部の位置PUBの位置情報、及び下板側溶着部の位置PLBと上板側溶着部の位置PUB間の相対位置情報のうち、少なくとも2つの位置情報を求めることで目標とする境界層BLの形状を決定する。
【0046】
溶接によりこのような形状の境界層BLを得るため、
図6に示すように、土溶接パターン1による溶接においては、土台層GLの各層が、下板側溶着部の位置P
L(n)における母材の表面1Aからの距離D
L(n)と、上板側溶着部の位置P
U(n)における母材の表面1Aからの距離D
U(n)との差であるD
L(n)-D
U(n)が、境界層BLに達するまで順に大きくなるように積層する。欠陥のない土台層GLを形成するには、土台層GLの各層が、1層から5層に向かって、次第に境界層BLの傾斜に近づくように傾斜を調整するのがよい。このような調整により、上板側溶接パスの溶融部が重力の影響で垂れやすくなることが原因で作製が困難である境界層BLの傾斜を、より簡便に作製可能となる。なお、積層数n及びパス数は、施工情報に基づいて人手により決定されればよい。
【0047】
また、上記した積層数n、パス数、土台層GLの各層及び境界層BLの決定は、人手によらずに自動で決定するようにしてもよい。すなわち、積層数nは、開先形状、開先角度、及び母材の板厚Xなどの施工情報を、あらかじめ決められている演算式に入力して積層数nを求める。そして、施工情報と、境界層BLの下板側溶着部の位置PLBの位置情報、上板側溶着部の位置PUBの位置情報、及び下板側溶着部の位置PLBと上板側溶着部の位置PUB間の相対位置情報のうち少なくとも2つの位置情報とを関連付けたデータを蓄積するデータベースに基づいて、境界層BLの位置を含む各積層パターンを決定する。さらに、積層数nからパス数を求める他の演算式に入力して各層のパス数を求める。
【0048】
例えば、演算式から積層数nが8層と求められた場合、8層のうち、何層目が境界層BLになるのかを、データベースに基づいて求める。5層目が境界層BLとして求められた場合、5層目を境界層BLとして、土台層GL及び仕上げ層FLの溶接パターン、並びに各層でのパス数を決定する。そして、土台層GL、境界層BL及び仕上げ層FLは、それぞれ求められた形状を満たすように、後述するウィービング、溶接速度、ワイヤ先端の狙い位置などを調整して各層を形成する。
【0049】
なお、母材の表面1Aからの距離D
L(n)とD
U(n)の差であるD
L(n)-D
U(n)が、境界層BLに達するまで順に大きくなる溶接パターン1によれば、積層数n及びパス数を求める演算式が単純になり、積層条件を容易に算出できる。
なお、上述した多層盛溶接方法は、
図5に示すレ型開先に限定されるものではなく、I型開先、V型開先などの他の形状の開先にも適用することができる。
【0050】
(2-2.溶接パターン2)
図7に示すように、溶接パターン2による横向姿勢での多層盛溶接方法においても、境界層BLの上板側溶着部の位置P
UBは、境界層BLの下板側溶着部の位置P
LBよりも、母材の表面1Aに近くなるように形成される。具体的には、上板側溶着部の位置P
UBの上板1Uの表面1Aからの距離D
UBが2~12mmの範囲にあり、下板側溶着部の位置P
LBの下板1Lの表面1Aからの距離D
LBが4~16mmの範囲にあるように設定される。さらに、下板側溶着部の位置P
LBの下板1Lの表面1Aからの距離D
LBと、上板側溶着部の位置P
UBの上板1Uの表面1Aからの距離D
UBとの差であるD
LB-D
UBが、1mm以上10mm以下となるように形成される。なお、
図7は、n=4の例を示す。
【0051】
また、溶接パターン2の溶接では、各土台層GLは、所定の層すなわち
図7では2層目から境界層BLに達するまで、下板側溶着部の位置P
L(n)における下板1Lの表面1Aからの距離D
L(n)と、上板側溶着部の位置P
U(n)における上板1Uの表面1Aからの距離D
U(n)との差であるD
L(n)-D
U(n)が正である複数の層が連続的に形成される。各土台層GLをこのように形成することで、溶接金属の表面が良好な溶接継手を形成するにあたり、所望の形状である境界層BLを形成しやすくなる。また、溶接パターン2によれば、初層から上板1U側に溶着金属の肉量を多く設け、早期に目標とする境界層BLの傾斜の角度を達成できるため、傾斜の角度調整がより容易となる。
【0052】
(2-3.溶接パターン3)
図8に示すように、溶接パターン3による横向姿勢での多層盛溶接方法においても、境界層BLの上板側溶着部の位置P
UBは、境界層BLの下板側溶着部の位置P
LBよりも、母材の表面1Aに近くなるように形成される。具体的には、上板側溶着部の位置P
UBの上板1Uの表面1Aからの距離D
UBが2~12mmの範囲にあり、下板側溶着部の位置P
LBの下板1Lの表面1Aからの距離D
LBが4~16mmの範囲にあるように形成される。さらに、下板側溶着部の位置P
LBの下板1Lの表面1Aからの距離D
LBと、上板側溶着部の位置P
UBの上板1Uの表面1Aからの距離D
UBとの差であるD
LB-D
UBが、1mm以上、10mm以下となるように形成されている。なお、
図8は、n=3の例を示す。
【0053】
また、溶接パターン3による各土台層GLは、各層における、下板側溶着部の位置P
L(n)における下板1Lの表面1Aからの距離D
L(n)と、上板側溶着部の位置P
U(n)における上板1Uの表面1Aからの距離D
U(n)との差であるD
L(n)-D
U(n)が、境界層BLに達するまで、交互に正負となるように積層されている。
図8に示す実施形態では、土台層GLの2層目及び4層目の下板側溶着部の位置P
L(n)が、上板側溶着部の位置P
U(n)より母材である下板1Lの表面1Aに近く形成され、3層目及び5層目の下板側溶着部の位置P
L(n)が、上板側溶着部の位置P
U(n)より母材である下板1Lの表面1Aから遠い位置に形成されている。
【0054】
各土台層GLをこのように形成することで、溶接金属の表面が良好な溶接継手を形成するにあたり、所望の形状である境界層BLを形成しやすくなる。また、溶接パターン3によれば、後述するような、各層の最終パス、すなわち上板開先面に接する溶接パスの空間が確保しやすく、外観と溶接品質とが両立しやすくなる。
【0055】
以上より、溶接パターン1~3のいずれかにより所望の形状の境界層BLを形成することで、仕上げ層を溶接した際に重力によるビード形状への影響により、下板側の溶着部では、板厚方向の大きさが上板側の溶着部よりも大きくなり、この結果、最終層での溶接金属の表面形状が良好となり、外観の優れた溶接継手を形成できる。
【0056】
なお、上述した溶接パターンを形成するうえで、各層の形状や、各パスの溶着量を調整する方法の一例として、以下に示す(A)~(C)の各因子を挙げることができる。
(A)ウィービング
周波数1~3Hz、ウィービング幅0.5~1.5mm、ウィービング停止時間0~0.5secを設けることで、継手形状を整えやすい良好なビードが形成できる。
【0057】
(B)ワイヤ先端狙い位置及び溶接の空間確保
各層の最終パス、すなわち上板開先面に接する溶接パスにおけるワイヤ先端狙い位置は、母材である上板の開先面から2~5mm程度離れていることが望ましい。ここで、
図10を参照して具体的に説明する。
図10は、3層目における最終パス、すなわち上板開先面に接する溶接パスを溶接する直前の状態を示している。ここで、上記ワイヤ先端狙い位置が、上板1Uの開先面1UAから2mm未満、例えば0~1mmの範囲となる程度まで開先面1UAに近づき過ぎていると、アークが開先面1UA側に形成されやすくなるため、アーク長が安定しないという現象が起こり得る。また、アーク長変動が起こると、スパッタの多量発生や継手外観を損ねる要因となる。一方、上記ワイヤ先端狙い位置が、開先面1UAから5mm超、例えば6mm以上の範囲となる程度まで開先面1UAから離れ過ぎていると、アークが母材の上板1Uに当らず融合不良等の溶接欠陥の要因となり得る。
【0058】
なお、最終パスを溶接する直前の積層幅LWは、最終パスのための空間の確保に影響する。例えば、積層幅LWが大き過ぎると、最終パスを溶接するための空間が狭くなる一方で、積層幅LWが小さ過ぎると、最終パスの溶着量を多くする必要がある。したがって、最終パス直前の積層幅LWの大きさは、オーバーラップやビード垂れ等を引き起こす要因となるため、適正な高さにする必要がある。なお、上記した積層幅LWとは、下板1Lの開先面1LAから、最終パスを溶接する直前に溶接された溶接パスにおける最も開先面1LAから離れた位置までの幅をいう。
【0059】
また、各層の開始パス、すなわち下板開先面に接する溶接パスにおけるワイヤ先端狙い位置は、母材である下板1Lの開先面1LAから1~3mm程度離れていることが望ましい。可搬型溶接ロボット100ではトーチ角αの変更が困難であるため、横向溶接姿勢においてビード垂れが発生しやすい。そのため、ワイヤ先端狙い位置が開先面1LAから1~3mm程度離れていることで、オーバーラップの発生を抑制できる。オーバーラップは、ビード止端部と母材とのなじみが悪い状態の部分を指し、JIS Z 3001-4では「溶接金属WLが止端で母材に融合しないで重なった部分」と定義されており、なじみを良好とするためには、溶接速度の適正化や、ウィービングによっても改善効果が期待できる。
【0060】
(C)積層数及びパス数
積層数及びパス数は、上述した土台層GL及び仕上げ層FLの最適形状の設計に加え、溶接する空間を調整する意味で最も重要な因子である。
【0061】
以上、本発明に係る多層盛溶接方法の一実施形態を図面に基づいて詳細に説明してきたが、本発明は、前述した実施形態に限定されるものではなく、適宜、変形、改良等が可能である。
例えば本発明の多層盛溶接方法は、本実施形態の可搬型溶接ロボット100を備える溶接システム50において好適に用いられるが、本発明はこれに限らず、6軸溶接ロボットを備える溶接システムにおいても適用可能である。
【0062】
以上のとおり、本明細書には次の事項が開示されている。
【0063】
(1) 開先を形成するように配置された上板及び下板からなる一対の母材に対し、横向姿勢の多層盛溶接によって、溶接金属を形成して接合するための多層盛溶接方法であって、
前記溶接金属は、前記母材の裏面から表面まで複数の層を有し、
前記複数の層は、
最終層を含む少なくとも2層を有する仕上げ層と、
前記仕上げ層よりも前記母材の裏面側に位置し、前記仕上げ層と隣接する層となる境界層を含む土台層と、を備え、
前記境界層における前記上板側溶着部の位置PUBが、前記境界層における前記下板側溶着部の位置PLBよりも前記母材の表面に近くなるように、前記境界層を形成する、多層盛溶接方法。
この構成によれば、横向姿勢での多層盛溶接においても、ビード垂れの発生を最小限に抑制して、溶接金属の表面が良好な溶接継手を形成することができる。
【0064】
(2) 施工情報に基づいて、前記PUBの位置情報、前記PLBの位置情報、及び前記PUBと前記PLB間の相対位置情報のうち、少なくとも2つの位置情報を決定する工程を有し、
前記施工情報は、少なくとも開先形状、開先角度、及び前記母材の板厚の情報を含む、(1)に記載の多層盛溶接方法。
この構成によれば、所定の施工情報に基づいて境界層を設計することができる。
【0065】
(3) 少なくとも開先形状、開先角度、及び前記母材の板厚の情報を含む施工情報と、前記PUBの位置情報、前記PLBの位置情報、及び前記PUBと前記PLB間の相対位置情報のうち、少なくとも2つの位置情報と、を関連付けたデータベースを備え、
前記データベースに基づいて、積層数及び前記境界層の位置を含む積層パターンを決定する工程を有する、(1)又は(2)に記載の多層盛溶接方法。
この構成によれば、施工情報と所定の位置情報とが関連付けられたデータベースに基づいて、積層数及び境界層の位置を含む積層パターンを自動的に決定できる。
【0066】
(4) 前記母材の表面から前記PUBまでの距離DUBが2~12mmの範囲となり、かつ、前記母材の表面から前記PLBまでの距離DLBが4~16mmの範囲となるとともに、
前記DUBと前記DLBとの差が1mm以上10mm以下となるように、前記境界層を形成する、(1)~(3)のいずれか1つに記載の多層盛溶接方法。
この構成によれば、この境界層の表面側に仕上げ層を形成することで、少ない仕上げ層数で良好な継手外観を得ることができる。
【0067】
(5) n層目における前記上板側溶着部の位置をPU(n)とし、n層目における前記下板側溶着部の位置をPL(n)とする場合に、
前記母材の表面から前記PL(n)までの距離DL(n)と前記母材の表面から前記PU(n)までの距離DU(n)との差(DL(n)-DU(n))が、前記境界層に達するまで順に大きくなる
ように、前記土台層を形成する、(1)~(4)のいずれか1つに記載の多層盛溶接方法。
この構成によれば、溶接金属の表面が良好な溶接継手を形成するにあたり、所望の形状である境界層を形成しやすくなる。また、積層数及びパス数を求める演算式が単純になり、積層条件を容易に算出できる。
【0068】
(6) n層目における前記上板側溶着部の位置をPU(n)とし、n層目における前記下板側溶着部の位置をPL(n)とする場合に、
前記母材の表面から前記PL(n)までの距離DL(n)と前記母材の表面から前記PU(n)までの距離DU(n)との差(DL(n)-DU(n))が正である複数の層を、前記土台層における所定の層から前記境界層に達するまで連続的に形成する、(1)~(4)のいずれか1つに記載の多層盛溶接方法。
この構成によれば、溶接金属の表面が良好な溶接継手を形成するにあたり、所望の形状である境界層を形成しやすくなる。また、初層から上板側に溶着金属の肉量を多く設けることができる。
【0069】
(7) n層目における前記上板側溶着部の位置をPU(n)とし、n層目における前記下板側溶着部の位置をPL(n)とする場合に、
前記母材の表面から前記PL(n)までの距離DL(n)と前記母材の表面から前記PU(n)までの距離DU(n)との差(DL(n)-DU(n))が、前記境界層に達するまで交互に正負となるように、前記土台層を形成する、(1)~(4)のいずれか1つに記載の多層盛溶接方法。
この構成によれば、溶接金属の表面が良好な溶接継手を形成するにあたり、所望の形状である境界層を形成しやすくなる。また、開先側の空間を確保しやすく、外観品質と溶接品質とが両立しやすくなる。
【0070】
(8) 開先を形成するように配置された上板及び下板からなる一対の母材が、多層盛溶接により形成された溶接金属を介して接合された多層盛突合せ溶接継手であって、
前記溶接金属は、前記母材の裏面から表面まで複数の層を有し、
前記複数の層は、
最終層を含む少なくとも2層を有する仕上げ層と、
前記仕上げ層よりも前記母材の裏面側に位置し、前記仕上げ層と隣接する層となる境界層を含む土台層と、を備え、
前記境界層における前記上板側溶着部の位置PUBが、前記境界層における前記下板側溶着部の位置PLBよりも前記母材の表面に近い、多層盛突合せ溶接継手。
この構成によれば、横向姿勢での多層盛溶接においても、ビード垂れの発生を最小限に抑制して、溶接金属の表面が良好な溶接継手を得ることができる。
【0071】
(9) 前記母材の表面から前記PUBまでの距離DUBが2~12mmの範囲であり、かつ、前記母材の表面から前記PLBまでの距離DLBが4~16mmの範囲であるとともに、
前記DUBと前記DLBとの差が1mm以上10mm以下である、(8)に記載の多層盛突合せ溶接継手。
この構成によれば、少ない仕上げ層数で外観性能に優れた溶接継手を得ることができる。
【0072】
(10) (3)に記載の多層盛溶接方法を行うための多層盛溶接の積層パターン算出方法であって、
少なくとも開先形状、開先角度、及び前記母材の板厚の情報を含む施工情報と、前記PUBの位置情報、前記PLBの位置情報、及び前記PUBと前記PLB間の相対位置情報のうち、少なくとも2つの位置情報と、を関連付けたデータベースを備え、
前記データベースに基づいて、積層数及び前記境界層の位置を含む積層パターンを決定する工程を有する、多層盛溶接の積層パターン算出方法。
この構成によれば、施工情報と所定の位置情報とが関連付けられたデータベースに基づいて、積層数及び境界層の位置を含む積層パターンを自動的に決定できる。
【符号の説明】
【0073】
1A 母材の表面
1B 母材の裏面
1L 母材としての下板
1U 母材としての上板
20 多層盛突合せ溶接継手
BL 境界層
DL(n) 母材の表面からPL(n)までの距離
DLB 母材の表面からPLBまでの距離
DU(n) 母材の表面からPU(n)までの距離
DUB 母材の表面からPUBまでの距離
EL 最終層
FL 仕上げ層
GL 土台層
n 積層数
PL(n) n層目における下板側溶着部の位置
PLB 境界層における下板側溶着部の位置
PU(n) n層目における上板側溶着部の位置
PUB 境界層における上板側溶着部の位置
WL 溶接金属
X 母材の板厚