(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-09
(45)【発行日】2024-09-18
(54)【発明の名称】芳香族化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 41/30 20060101AFI20240910BHJP
C07C 43/205 20060101ALI20240910BHJP
C07B 61/00 20060101ALN20240910BHJP
【FI】
C07C41/30
C07C43/205 D
C07B61/00 300
(21)【出願番号】P 2022513017
(86)(22)【出願日】2020-03-31
(86)【国際出願番号】 JP2020014883
(87)【国際公開番号】W WO2021199310
(87)【国際公開日】2021-10-07
【審査請求日】2023-03-01
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 開催日 令和1年6月13日 集会名 「有機EL討論会」第28回例会 展示日 令和1年6月13日 展示会名 「有機EL討論会」第28回例会、 開催日 令和1年7月26日 集会名The 4th International Symposium Process Chemistry 展示日 令和1年7月26日 展示会名 The 4th International Symposium Process Chemistry、 開催日 令和1年11月21日 集会名 「有機EL討論会」第29回例会 展示日 令和1年11月21日 展示会名「有機EL討論会」第29回例会
(73)【特許権者】
【識別番号】000228198
【氏名又は名称】エヌ・イーケムキャット株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【氏名又は名称】内藤 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100118991
【氏名又は名称】岡野 聡二郎
(72)【発明者】
【氏名】今仲 庸介
(72)【発明者】
【氏名】上野 晋司
【審査官】中村 政彦
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-545730(JP,A)
【文献】特表2010-500391(JP,A)
【文献】特表2007-534754(JP,A)
【文献】国際公開第2014/177517(WO,A1)
【文献】特開2015-178456(JP,A)
【文献】特表2016-535033(JP,A)
【文献】DE GOMBERT, A. et al.,Mechanistic Studies of the Palladium-Catalyzed Desulfinative Cross-Coupling of Aryl Bromides and (Hetero)Aryl Sulfinate Salts,Journal of the American Chemical Society,2020年02月19日,Vol. 142, No. 7,pp. 3564-3576,DOI: 10.1021/jacs.9b13260
【文献】KASZYNSKI, P. et al.,“Comparative Analysis of Fluorine-Containing Mesogenic Derivatives of Carborane, Bicyclo[2.2.2]octane, Cyclohexane, and Benzene using the Maier-Meier Theory”,The Journal of Physical Chemistry B,2014年,Vol. 118, No. 8,pp. 2238-2248,DOI:10.1021/jp411343a
【文献】TSUJI, J.,“Rapid Progress in Palladium-catalyzed Reactions: Novel Palladium-catalyzed Reactions Recently Discovered”,Journal of Synthetic Organic Chemistry, Japan,2005年,Vol. 63, No. 5,pp. 539-550,DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.63.539
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 41/00
C07C 43/00
B01J 31/00
C07B 61/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
求核剤と求電子剤とのクロスカップリング反応による芳香族化合物の製造方法であって、
前記クロスカップリング反応が、鈴木-宮浦カップリング反応であり、
前記求電子剤が、塩化アリール又は臭化アリールであり、
前記求核剤が、アリールボロン酸又はアリールボロン酸エステルであり、
合成済みの固体Pd(OAc)
2(PCy
3)
2を触媒として用い、
炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、ナトリウムメトキシド、及びリン酸カリウムよりなる群から選択される1以上の塩基の存在下、合成済みの前記固体Pd(OAc)
2
(PCy
3
)
2
と前記求核剤と前記求電子剤とを
50℃以下の反応温度で反応させて前記芳香族化合物を得る工程を含む、
製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
芳香族化合物は、例えば、液晶材料や有機エレクトロルミネッセンス材料、医農薬中間体等として様々な用途に用いられる。上記用途で用いられる芳香族化合物は、例えば、カップリング反応により、炭素-炭素結合及び炭素-ヘテロ原子結合を生成することにより製造される。
【0003】
炭素-炭素結合及び炭素-ヘテロ原子結合を生成するためのカップリング反応には、触媒が用いられる。カップリング反応用の触媒としては、例えば、塩化パラジウムや酢酸パラジウム等のパラジウム源をトリフェニルホスフィン等のホスフィン系配位子と共に用いる手法と、有機ホスフィン化合物が配位したパラジウム錯体を用いる手法が知られている。
近年、反応温度の低減による投入エネルギーの削減や、コスト低減等を目的とし、高価な配位子源を代替しつつ高活性な触媒系を構築することが検討されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、ホスフィン配位子とアリル配位子とが配位したパラジウム錯体触媒が炭素-炭素及び炭素-窒素カップリング反応に対して高い活性を持つことが報告されており、例えば室温での鈴木-宮浦カップリング反応に用いることが開示されている。
また、特許文献2には、ホスフィン配位子とパラダサイクル配位子とを持つパラジウム錯体触媒がカップリング反応の高活性触媒として働くことが報告されており、基質として塩化アリールを用いたバックワルド-ハートウィグ(Buchwald-Hartwig)反応等が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2011/161451号
【文献】米国特許第8,889,857
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1及び2に開示されるパラジウム触媒は、いずれも合成ルートが煩雑であり、産業利用性が低い。具体的には、特許文献1のパラジウム錯体の合成には、塩化パラジウムからアリルパラジウム二量体を作る工程と、それをホスフィン配位子と反応させる工程で構成される二段合成が必要である。特許文献2のパラジウム錯体の合成には、酢酸パラジウムとo-ジフェニルアミンとを反応させる工程と、それをホスフィン配位子と反応させる工程で構成される二段合成が必要である。以上のとおり、触媒調製の煩雑さにより、芳香族化合物の製造にクロスカップリング反応を工業的に活用しにくいという問題がある。
【0007】
また、芳香族化合物を製造する際には、収率よく目的物である芳香族化合物を得ることが求められる。
【0008】
本発明は、クロスカップリング反応を利用して、収率よく芳香族化合物を製造できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意検討した結果、芳香族化合物をクロスカップリング反応により製造する際に、ビス(アセタト)ビス(トリシクロヘキシルホスフィン)パラジウム(II)(Pd(OAc)2(PCy3)2)を触媒として用いることにより、芳香族化合物の製造にクロスカップリング反応を活用しやすく、且つ、収率よく目的物を得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1]
求核剤と求電子剤とのクロスカップリング反応による芳香族化合物の製造方法であって、
Pd(OAc)2(PCy3)2を触媒として用い、前記求核剤と前記求電子剤とを反応させて前記芳香族化合物を得る工程を含む、
製造方法。
[2]
前記クロスカップリング反応が、炭素-炭素カップリング反応である、
[1]に記載の製造方法。
[3]
前記求核剤及び前記求電子剤が、それぞれ、少なくとも1つの芳香族環を有する化合物である、
[2]に記載の製造方法。
[4]
前記求核剤が、少なくとも1つの芳香族環を有する化合物であり、前記少なくとも1つの芳香族環上に、ボロン酸基及びボロン酸エステル基よりなる群から選択される少なくとも1つの基を有し、
前記求電子剤が、少なくとも1つの芳香族環を有する化合物であり、前記少なくとも1つの芳香族環上に、ハロゲン原子及びトリフラート基よりなる群から選択される少なくとも1つの基を有する、
[2]又は[3]に記載の製造方法。
[5]
反応温度が、50℃以下である、
[2]~[4]のいずれかに記載の製造方法。
[6]
前記クロスカップリング反応が、炭素-窒素カップリング反応である、
[1]に記載の製造方法。
[7]
前記求電子剤が、少なくとも1つの芳香族環を有する化合物である、
[6]に記載の製造方法。
[8]
前記求核剤が、少なくとも1つのアミノ基を有する化合物であり、
前記求電子剤が、少なくとも1つの芳香族環を有する化合物であり、前記少なくとも1つの芳香族環上に、ハロゲン原子及びトリフラート基よりなる群から選択される少なくとも1つの基を有する、
[6]又は[7]に記載の製造方法。
[9]
前記求電子剤が、少なくとも1つの芳香族環を有する化合物であり、前記少なくとも1つの芳香族環上に、少なくとも1つの塩素原子を有する、
[6]~[8]のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の製造方法によれば、クロスカップリング反応を適用して、芳香族化合物を収率よく得られる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。以下の実施の形態は、本発明の実施態様の一例(代表例)であり、本発明はこれらに限定されるものではない。すなわち、本発明は、その要旨を逸脱しない範囲内で任意に変更して実施することができる。なお、本明細書において、「~」を用いてその前後に数値又は物性値を挟んで表現する場合、その前後の値を含むものとして用いる。例えば「1~100」との数値範囲の表記は、その上限値「100」及び下限値「1」の双方を包含するものとする。また、他の数値範囲の表記も同様である。
【0013】
本実施形態の製造方法は、求核剤と求電子剤とのクロスカップリング反応による芳香族化合物の製造方法である。本実施形態の製造方法は、Pd(OAc)2(PCy3)2を触媒として用い、前記求核剤と前記求電子剤とを反応させて前記芳香族化合物を得る工程を含む。
本実施形態における求電子剤とは、クロスカップリング反応系において、電子を受け取る化学種を指す。本実施形態における求核剤とは、クロスカップリング反応系において、電子密度が低い原子へ結合を形成する化学種を指す。
本実施形態におけるクロスカップリング反応とは、2種類の有機反応基質、すなわち、求電子剤と求核剤とを結合させる反応を指す。
本実施形態における芳香族化合物とは、求核剤と求電子剤とのクロスカップリング反応により得られる生成物であり、且つ、少なくとも1つの芳香族環を有する化合物である。
【0014】
本実施形態の製造方法では、それぞれ求電子剤と求核剤として作用する2種類の有機反応基質をPd(OAc)2(PCy3)2で反応させることにより、各種芳香族化合物を高い収率で製造することができる。
また、本実施形態において使用する触媒Pd(OAc)2(PCy3)2は、簡便に合成することができ、クロスカップリング反応を用いる芳香族化合物の製造に適用しやすい。Pd(OAc)2(PCy3)2は、常温(20±15℃)、大気下において安定であり、取り扱いも容易であることからも、当該触媒を用いる製造方法は産業利用性が高い。
【0015】
本実施形態の製造方法において用いられる触媒Pd(OAc)2(PCy3)2は、例えば、エヌ・イーケムキャット株式会社製等の市販のものを用いてもよく、調製して得られたものを用いてもよい。Pd(OAc)2(PCy3)2は、例えば、溶媒の存在下又は非存在下、酢酸パラジウム(Pd3(OAc)6)とトリシクロヘキシルホスフィン(PCy3)とを混合することにより調製することができる。
【0016】
本実施形態におけるクロスカップリング反応は、炭素-炭素結合を新たに生成する、炭素-炭素カップリング、又は、炭素-窒素結合を新たに生成する、炭素-窒素カップリング反応であることが好ましい。炭素-炭素カップリング反応としては、例えば、鈴木-宮浦カップリング反応、溝呂木-ヘック(Heck)反応、薗頭カップリング反応等が挙げられる。これらの中でも、好ましくは鈴木-宮浦カップリング反応である。
また、炭素-窒素カップリング反応は、バックワルド-ハートウィグ(Buchwald-Hartwig)反応であることが好ましい。
【0017】
本実施形態における求電子剤は、少なくとも1つの芳香族環を有する化合物であることが好ましい。また、本実施形態における求核剤もまた、少なくとも1つの芳香族環を有する化合物であってもよい。本実施形態における求電子剤及び求核剤に含まれる芳香族環は、ヘテロ原子を含んでいてもよい。すなわち、本実施形態における芳香族環は、複素芳香族環も包含する。
【0018】
求電子剤が少なくとも1つの芳香族環を有する化合物であるとき、求電子剤における反応点は、芳香族環の炭素原子である。
クロスカップリング反応により炭素-炭素結合を生成する場合、求核剤もまた少なくとも1つの芳香族環を有する化合物であることが好ましい。このとき、求核剤における反応点は、芳香族環の炭素原子である。
クロスカップリング反応により炭素-窒素結合を生成する場合、求核剤は、少なくとも1つのN-H結合を含む化合物であれば特に制限されない。このとき、求核剤における反応点は、当該化合物における窒素原子である。
本明細書において反応点とは、反応により新たに共有結合が生成される原子を指す。クロスカップリング反応は、求電子剤及び求核剤のそれぞれに存在する反応点同士の反応であるため、反応点の周囲の構造は任意である。
【0019】
本実施形態における求電子剤及び求核剤に含まれる芳香族環としては、特に限定されないが、例えば、ベンゼン環、ビフェニル環、ナフタレン環、m-テルフェニル、o-テルフェニル、及びp-テルフェニル等のテルフェニル環、アセナフチレン環、フルオレン環、フェナレン環、フェナントレン環、トリフェニレン環、ピレン環、ナフタセン環、ペリレン環、ペンタセン環等が挙げられる。
また、本実施形態における求電子剤及び求核剤に含まれる芳香族環としては、特に限定されないが、例えば、ピロール環、オキサゾール環、イソオキサゾール環、チアゾール環、イソチアゾール環、イミダゾール環、オキサジアゾール環、チアジアゾール環、トリアゾール環、テトラゾール環、ピラゾール環、ピリジン環、ピリミジン環、ピリダジン環、ピラジン環、トリアジン環、インドール環、イソインドール環、1H-インダゾール環、ベンゾイミダゾール環、ベンゾオキサゾール環、ベンゾチアゾール環、1H-ベンゾトリアゾール環、キノリン環、イソキノリン環、シンノリン環、キナゾリン環、キノキサリン環、フタラジン環、ナフチリジン環、プリン環、プテリジン環、カルバゾール環、アクリジン環、フェノキサチイン環、フェノキサジン環、フェノチアジン環、フェナジン環、フェナザシリン環、インドリジン環、フラン環、ベンゾフラン環、イソベンゾフラン環、ジベンゾフラン環、ナフトベンゾフラン環、チオフェン環、ベンゾチオフェン環、ジベンゾチオフェン環、ナフトベンゾチオフェン環、ベンゾホスホール環、ジベンゾホスホール環、ベンゾホスホールオキシド環、ジベンゾホスホールオキシド環、フラザン環、オキサジアゾール環、チアントレン環、インドロカルバゾール環、ベンゾインドロカルバゾール環、及びベンゾベンゾインドロカルバゾール環等の複素芳香族環が挙げられる。
上記の中でも、好ましくは、ベンゼン環、ビフェニル環、ナフタレン環、m-テルフェニル、o-テルフェニル、及びp-テルフェニル等のテルフェニル環、アセナフチレン環、フルオレン環、フェナレン環、フェナントレン環、トリフェニレン環、ピレン環、ナフタセン環、ペリレン環、ペンタセン環である。
【0020】
本実施形態における芳香族環は、置換基を有していてもよい。
置換基としては、特に制限されないが、例えば、ヒドロキシ基、ハロゲン原子、C1~C6のアルキル基、C2~C6のアルケニル基、C2~C6のアルキニル基、-OR6で表される有機オキシ基、-N(R')(R")により表されるアミノ基等が挙げられる。
上記ハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等を挙げることができる。
R6としては、例えば、C1~C6のアルキル基、C2~C6のアルケニル基、C2~C6のアルキニル基等が挙げられる。
R'及びR"としては、それぞれ独立して、例えば、水素原子、C1~C6のアルキル基、C2~C6のアルケニル基、C2~C6のアルキニル基、及び芳香族環基等が挙げられる。ここで、芳香族環基としては、求電子剤及び求核剤に含まれる芳香族環と同様の例示の基が挙げられる。また、芳香族環基は、上記と同様の置換基を有していてもよい。
【0021】
本明細書において、C1~C6のアルキル基としては、例えば、置換基を有していてもよい炭素数1~6の直鎖状又は分岐状又は環状のアルキル基を意味し、具体的には、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、n-へキシル基、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基等を挙げることができる。
本明細書において、C2~C6のアルケニル基としては、例えば、置換基を有していてもよい炭素数2~6の直鎖状又は分岐状又は環状のアルケニル基を意味し、具体的には、ビニル基、アリル基、ビニル基、アリル基、メタリル基、1-ブテン-1-イル基、2-ブテン-1-イル基、3-ブテン-1-イル基、1-ブテン-3-イル基等を挙げることができる。
本明細書において、C2~C6のアルキニル基としては、例えば、置換基を有していてもよい炭素数2~6の直鎖状又は分岐状のアルケニル基を意味し、具体的には、2-プロピン-1-イル基、2-ブチン-1-イル基、3-ブチン-1-イル基等を挙げることができる。
【0022】
(炭素-炭素カップリング反応)
本実施形態におけるクロスカップリング反応が炭素-炭素カップリングであるとき、求核剤は、少なくとも1つの芳香族環を有する化合物であり、前記少なくとも1つの芳香族環上に、ボロン酸基及びボロン酸エステル基から選択される少なくとも1つの基を有することが好ましい。また、求電子剤は、少なくとも1つの芳香族環を有し、前記少なくとも1つの芳香族環上に、ハロゲン原子、トリフラート基から選択される少なくとも1つの基を有することが好ましい。
求核剤が2以上の芳香族環を有し、2以上のボロン酸基及び/又はボロン酸エステル基を有するとき、ボロン酸基及び/又はボロン酸エステル基は、同一の芳香族環上に置換していてもよく、異なった芳香族環上に置換していてもよい。また、求電子剤が2以上の芳香族環を有し、2以上のハロゲン原子及び/又はトリフラート基を有するとき、ハロゲン原子及び/又はトリフラート基は、同一の芳香族環上に置換していてもよく、異なった芳香族環上に置換していてもよい。
【0023】
本実施形態における炭素-炭素のクロスカップリング反応は、好ましくは以下のスキームによって表される。
【0024】
【0025】
式(I)は求電子剤を表し、式(II)は求核剤を表し、式(III)は生成物である芳香族化合物を表す。
E1及びNuは、それぞれ独立して、少なくとも1つの芳香族環を有するユニットを表す。
Xは、E1に含まれる芳香族環の炭素原子上に置換しており、ハロゲン原子、トリフラート基から選択される少なくとも1つの基を表す。ハロゲン原子としては、例えば、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等が挙げられる。
B(RX)(RY)は、Nuに含まれる芳香族環の炭素原子上に置換している。RX及びRYは、それぞれ独立して、ヒドロキシ基、アルコキシ基を表し、RX及びRYは一緒になって環を形成していてもよい。B(RX)(RY)は、一般に鈴木-宮浦カップリング反応に適用できる有機ホウ素基であれば特に制限されず、具体的には、ボロン酸(-(OH)2)、ボロン酸エステル(-(OR)2)、ピナコールボラン等が挙げられる。
式(IV)の求電子剤としては、ハロゲン化アリール、芳香族トリフラートが好ましく、より好ましくは塩化アリール、臭化アリールである。
式(V)の求核剤としては、アリールボロン酸、アリールボロン酸エステルが好ましい。
【0026】
典型的な例としては、例えば下記の化学反応式で示すように、炭素-炭素のクロスカップリング反応により、ビフェニル骨格を有する芳香族化合物を製造することができる。
【0027】
【0028】
(炭素-窒素カップリング反応)
本実施形態におけるクロスカップリング反応が炭素-窒素カップリングであるとき、求核剤は、少なくとも1つのアミノ基を有する化合物であることが好ましい。また、求電子剤は、少なくとも1つの芳香族環を有し、前記少なくとも1つの芳香族環上に、ハロゲン原子、トリフラート基から選択される少なくとも1つの基を有することが好ましい。
求電子剤が2以上の芳香族環を有し、2以上のハロゲン原子及び/又はトリフラート基を有するとき、ハロゲン原子及び/又はトリフラート基は、同一の芳香族環上に置換していてもよく、異なった芳香族環上に置換していてもよい。
【0029】
本実施形態における炭素-窒素のクロスカップリング反応は、好ましくは以下のスキームによって表される。
【0030】
【0031】
式(IV)は求電子剤を表し、式(V)は求核剤を表し、式(VI)は生成物である芳香族化合物を表す。
E2は、少なくとも1つの芳香族環を有するユニットを表す。
Xは、E2に含まれる芳香族環の炭素上に置換しており、ハロゲン原子、トリフラート基から選択される少なくとも1つの基を表す。ハロゲン原子としては、例えば、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等が挙げられる。炭素-窒素のクロスカップリング反応において、本実施形態の製造方法によれば、通常反応性が低いとされる塩素原子を有する求電子剤であっても、収率よく目的物である芳香族化合物を得ることができる。
RX'及びRY'は、それぞれ独立して、水素原子又は任意の有機基を表す。RX'及びRY'の任意の有機基としては、例えば、C1~C6のアルキル基、C2~C6のアルケニル基、C2~C6のアルキニル基、及び芳香族環基等が挙げられる。ここで、芳香族環基としては、求電子剤及び求核剤に含まれる芳香族環と同様の例示の基が挙げられる。また、芳香族環基は、前述した置換基、すなわち、ヒドロキシ基、ハロゲン原子、C1~C6のアルキル基、C2~C6のアルケニル基、C2~C6のアルキニル基、-OR6で表される有機オキシ基、-N(R')(R")により表されるアミノ基等により置換されていてもよい。
式(IV)の求電子剤としては、ハロゲン化アリール、芳香族トリフラートが好ましく、より好ましくは塩化アリール、臭化アリールである。
式(V)の求核剤としては、1級アミン、2級アミンが好ましい。
【0032】
典型的な例としては、例えば下記の化学反応式で示すように、炭素-窒素のクロスカップリング反応により、芳香族アミンを製造することができる。
【0033】
【0034】
[反応条件]
本実施形態における炭素-炭素のクロスカップリング反応は、鈴木-宮浦カップリング反応、溝呂木-ヘック(Heck)反応、薗頭カップリング反応等の反応条件、好ましくは鈴木-宮浦カップリング反応の反応条件を適用することができる。本実施形態における炭素-窒素のクロスカップリング反応は、バックワルド-ハートウィグ(Buchwald-Hartwig)反応の反応条件を適用することができる。
【0035】
本実施形態におけるクロスカップリング反応は、塩基の存在下で行うことが好ましい。塩基としては、特に制限されないが、例えば、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、ナトリウムメトキシド、りん酸カリウム等が挙げられる。
【0036】
Pd(OAc)2(PCy3)2の使用量は、特に制限されず、求核剤あるいは求電子剤の量に対して、通常0.001mol%以上50mol%以下の範囲であり、好ましくは0.01mol%以上10mol%以下の範囲である。
【0037】
本実施形態における反応は、溶媒中で行ってもよい。溶媒は、反応温度や反応基質等によって適宜選択される。溶媒としては、基質を溶解させることができるものであれば特に制限されないが、例えば、トルエン、キシレン、テトラヒドロフラン、エタノール、アセトニトリル、水等が挙げられる。これらは1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0038】
反応温度は、用いる溶媒に応じて適宜選択すればよく、通常、室温から120℃の範囲である。ここでいう室温とは、25±5℃を指す。
特に鈴木-宮浦カップリング反応の条件にてカップリング反応を行う場合、反応温度を低く設定したとしてもPd(OAc)2(PCy3)2を用いることにより反応が進行し、収率よく目的物である芳香族化合物を得ることができる。エネルギー効率を高め目的物の芳香族化合物を得る観点から、反応温度は、好ましくは50℃以下であり、より好ましくは40℃以下であり、さらに好ましくは室温である。
【0039】
本実施形態における反応にて溶媒を用いる場合、得られた反応溶液を必要に応じて濃縮した後、残渣をそのまま次の反応に共して反応を行ってもよく、適宜な後処理を行った後に、芳香族化合物として取得してもよい。後処理の具体的な方法としては、抽出処理及び/又は晶出、再結晶、クロマトグラフィー等の公知の精製を挙げることができる。
【実施例】
【0040】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0041】
[触媒調製1]ビス(アセタト)ビス(トリシクロヘキシルホスフィン)パラジウム(II)(Pd(OAc)2(PCy3)2)の製造
酢酸パラジウム80g(360mmol)をジクロロメタン700mLに溶解し、濾過により不溶解成分を除去した。得られた溶液を2Lフラスコに移し入れ、フラスコ中を窒素で十分に置換した上で、21.6%トリシクロヘキシルホスフィントルエン溶液1kg(720mmol)を添加して混合物を得た。この混合物を一晩撹拌した後に、ロータリーエバポレーターで溶媒を除去した。そこにヘキサン200mLを加えて撹拌混合した後に、濾過し、ヘキサン200mLで2回洗浄した。得られた固体を乾燥させ、目的とするビス(アセタト)ビス(トリシクロヘキシルホスフィン)パラジウム(II)を黄色固体として得た。収量は260gであった。収率は93%であった。
【0042】
[触媒調製2]ジクロロビス(トリシクロヘキシルホスフィン)パラジウム(II)(PdCl2(PCy3)2)の製造
三角フラスコに塩化パラジウム3.5g(19.6mmol)と塩化リチウム1.74g(41.1mmol)を添加し、そこに2-メトキシプロパノール90mLを添加した。2時間撹拌した後に、20%トリシクロヘキシルホスフィントルエン溶液157.6g(41.1mmol)を添加して混合物を得た。この混合物を一晩撹拌保持した後に濾過し、得られた沈殿を純水20mLで2回、メタノール20mLで2回洗浄し、目的とするジクロロビス(トリシクロヘキシルホスフィン)パラジウム(II)を黄色固体として得た。収量は9.1gであった。収率は63%であった。
【0043】
[触媒調製3]アリルクロロ(トリシクロヘキシルホスフィン)パラジウム(II)(PdCl(C3H5)(PCy3))の製造
窒素で十分に置換した三角フラスコにジ-μ-クロロビス[(η-アリル)パラジウム(II)] 1.1g(3.1mmol)と20%トリシクロヘキシルホスフィントルエン溶液9.2g(6.1mmol)を室温で添加して混合物を得た。この混合物を一晩撹拌した後に、ロータリーエバポレーターで溶媒を除去した。そこにヘキサン20mLを加えて撹拌混合した後に、濾過し、ヘキサン20mLで2回洗浄した。得られた固体を乾燥させ、目的とするアリルクロロ(トリシクロヘキシルホスフィン)パラジウム(II)を白色の固体として得た。収量は2.3gであった。収率は82%であった。
【0044】
[触媒調製4]アリルクロロ(2-ジシクロへキシルホスフィノ-2',6'-ジイソプロポキシビフェニル)パラジウム(II)(PdCl(C3H5)(RuPhos))の製造
窒素で十分に置換した三角フラスコにジ-μ-クロロビス[(η-アリル)パラジウム(II)] 0.86g(4.7mmol)と2-ジシクロへキシルホスフィノ-2',6'-ジイソプロポキシビフェニル(RuPhos) 2.2g(4.7mmol)とテトラヒドロフラン4mLとを室温で加えた混合物を、一晩撹拌した。この混合物にヘキサン20mLを加えた後に生じた沈殿を濾別し、ヘキサン10mLで洗浄することにより、目的とするアリルクロロ(2-ジシクロへキシルホスフィノ-2',6'-ジイソプロポキシビフェニル)パラジウム(II)を黄色粉末として得た。収量は2.3gであった。収率は77%であった。
【0045】
[実施例1]4-ブロモアニソールとフェニルボロン酸から4-メトキシビフェニルの合成
【0046】
【0047】
4-ブロモアニソールとフェニルボロン酸とを、トルエン:水=9:1の溶媒中で混合し、K3PO4と0.1mol%のPd(OAc)2(PCy3)2を加え25℃で2時間混合した。得られた反応混合物を、内部標準物質を使用しガスクロマトグラフィーにて定量を行った結果、目的とする4-メトキシビフェニルを97%の収率で得たことが分かった。
【0048】
[比較例1~6]
実施例1で使用したPd(OAc)2(PCy3)2の代わりに以下の表1に示す比較例1~6の触媒を用いたこと以外は、実施例1と同様の条件で反応を行った。
【0049】
実施例1及び比較例1~6の収率を表1に示す。
【0050】
【0051】
表1に示す結果から、カップリング反応の条件として低温である25℃における炭素-炭素カップリング反応において、Pd(OAc)2(PCy3)2を触媒として用いることにより、比較例1~6で用いた従来のパラジウム錯体と比較してより高い収率で且つエネルギー効率よく、生成物を得られることが明らかとなった。
【0052】
[実施例2]クロロベンゼンとジフェニルアミンからトリフェニルアミンの合成
【0053】
【0054】
クロロベンゼンとジフェニルアミンとをトルエン溶媒中で混合し、NaOtBuと1mol%のPd(OAc)2(PCy3)2を加えた混合物を100℃で4時間攪拌した。この混合物を、ガスクロマトグラフィーにて定量を行った結果、目的とするトリフェニルアミンを60%の収率で得たことが分かった。
【0055】
実施例及び比較例におけるガスクロマトグラフィーの測定条件は以下のとおりとした。
カラム:Agilent製Agilent J&W GC カラム-DB-1(長さ:30m、内径:0.25mm)
温度プロファイル:210℃~300℃(10℃/分)+300℃(5分保持)
気化室温度:300℃
検出器温度:300℃(FID)
キャリアガス:窒素
注入量:0.1μL
内部標準試料:n-デカン
希釈溶剤:トルエン
【0056】
[比較例7~10]
実施例2で使用したPd(OAc)2(PCy3)2の代わりに以下の表2に示す比較例7~10の触媒を用いたこと以外は、実施例2と同様の条件で反応を行った。
【0057】
実施例2及び比較例7~10の収率を表2に示す。
【0058】
【0059】
表2に示す結果から、カップリング反応に対する反応性の低い塩化アリールを用いた炭素-窒素カップリング反応において、Pd(OAc)2(PCy3)2を触媒として用いることにより比較例7~10で用いた従来のパラジウム錯体と比較してより高い収率で生成物を得られることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の芳香族化合物の製造法は、従来の製造方法と比較して高い収率で生成物を得ることができる。したがって本発明は、液晶材料や有機エレクトロルミネッセンス材料など電子部品材料の製造や、医薬品中間体などの製造において有効であり、各種産業の発達に寄与する。